自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

261 第195話 とある信者の決断

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第195話 とある信者の決断

1484年(1944年)11月18日 午前1時 リィクスタ

ガーイル・ヘヴリウルの率いる小隊は、トハスタ市から東に5ゼルド離れた所にある町、リィクスタ郊外の森林で待機していた。
ヘヴリウルは、荷台の中から顔を出し、御者台の部下に何かを差し出した。

「行動計画書だ。頭の中には叩き込んであると思うが、今のうちにもう1度読んでおけ。」
「わかりました。」

部下は、単調な口ぶりで返しつつ、ヘヴリウルから差し出された数枚の紙を受け取る。
部下が紙に書かれた内容を流し読みしている間、ヘヴリウルは、木々の間から見える街道に目を向ける。
街道沿いには、夜間にも関わらず、馬車や荷車に荷物を詰めて避難をしている住民が居る。
数は、50人ほどと、あまり多くは無い。
だが……

「町の住民がまた逃げ出して来たか……先程よりも少し数が増えているな。」

ヘヴリウルは、眉をひそめながら呟く。
2時間ほど前、ヘヴリウル達が潜んでいる森の街道を40人程の集団が、同じように荷物を抱え込みながら町を離れていく様子を、
彼らはずっと見ていた。
その2時間前も、そして、その前にも。
ヘヴリウルは既に知っていたが、昨日の昼頃から、リィクスタの住民達は、戦闘に巻き込まれる事を恐れて町から離れ始めていた。
ヘヴリウル達が、この街道沿いに潜み始めた直後から、住民達の脱出は始まっており、彼らが数えた脱出者の数は、計1000名にも上る。
リィクスタの町は、35000人の人々が住む中規模な都市であり、町は外周を高い塀で囲まれている。
元々、リィクスタ要塞の跡地を利用して作られたため、現在でも町の周囲には、外敵防止用の高い堀で守られている。
リィクスタと同じような町は、北に2つあり、すぐ北のリルマシクには25000人、そこから1ゼルド北のシィムスナには18000人が
住んでいる。
領都トハスタの人口も含めれば、半径5ゼルド以内には約17万人以上の人々が暮らしている事になる。
だが、17万名居た住民達は、今減りつつある。

「アメリカ軍が侵攻してきた、と知らされた途端、この様です。全く、トハスタ人共は腰抜け揃いですな。」
「確かに……だが、それはちと、言いすぎではないかな。」

ヘヴリウルが注意する。

「ここは確かに、トハスタ王国という国だった。だが、それはもう、過去の話だ。ここを統治していたスレンランド家は、とうの昔にひれ伏し、
今や我がマオンドの一貴族に過ぎない。マオンドの純然たる領土の人々に文句を言うのは、マオンドそのものに文句を言っている、と思われて
も仕方ないぞ?」
「はっ……口が過ぎました。」

部下は謝り、軽く頭を下げる。

「しかし、今は、私も君と同じ思いだ。」

ヘヴリウルは、口元を歪めた。

「アメリカと言う神をも恐れぬ蛮族共が、この神聖な領土に土足で踏み込んでいるにもかかわらず、のうのうと逃げ出す奴らは、神、そして、
我がナルファトスに逆らう邪教徒と見て過言ではない。いずれは、残った住民も、アメリカ軍に保護されるだろう。」

彼は、酷薄な笑みを浮かべながら、部下に顔を向ける。

「そんな奴らは、我がマオンドの民ではない。駆除すべき邪教徒だ。」
「おっしゃる通りです。」

部下も頷く。

「そんな奴らにも、私達は働き場所を与えようとしている。私達は、なんと情け深いのでしょう。」
「罰する物にも一縷の情けを与えるのが、我らナルファトスだ。不死の薬で逝く者達も、この作戦が終わった後は偉大なる殉教者として、
後世に称えられるだろう。」

ヘヴリウルは、自分の放った言葉に酔いしれる。

「しかし、アメリカ軍が侵攻を開始してもう1日が経とうとしているというのに、本部からは作戦実行の命令が来ないというのは、少し解せぬな。」


17日の早朝に、アメリカ軍がトハスタ北部に侵攻を開始した事は、午前9時に入って来た緊急信で確認している。
その後、2時間おきに入る本部からの戦況情報で、トハスタの情勢が急速に悪化しているのがわかった。
それ以前にも、16日夕方に入って来た本部からの魔法通信で、トハスタ西岸沖に空母を伴う敵の機動部隊と、その後方居るに大輸送船団が
コルザミ方面に向けて航行中との情報が入っている。
その魔法通信が入ってから30分後には、ヘヴリウルは急遽、リィクスタ近郊で待機するように命じられた。
この急な命令変更を受け取ったのは、ヘヴリウルの小隊だけではなかった。
元々、この不死の薬を使った作戦では、トハスタやジクス方面は勿論の事、トハスタ-ジクス間に点在する村や町には片端から、不死の薬を
注入した不死者を送り込み、町や村を1つずつ支配下に置いて、米軍の進行に備える予定だった。
トハスタ-ジクス間に点在する町や村は、大小含めて50以上あり、人口は40万を超える。
本来の計画では、不死の薬を使って40万のトハスタ住民を徐々に不死者化し、事後報告を受けた軍と共同で米軍に対抗する予定であった。
ところが、教団本部は突然命令変更を発し、74個小隊のうち、実に55個小隊をトハスタ以東に位置するリクスタ、リルマシク、シィムスナ郊外に
配置し、残り19個小隊をジクス方面に派遣したのである。
この命令変更を疑問に思う小隊長は少なくなかったが、命令は絶対であるため、小隊長達は内心に浮かんだ疑問を表わす事無く、忠実に従った。
17日夜半までには、全ての小隊が配置を終えたが、この時、既にアメリカ軍の侵攻は始まっていた。
状況は、加速度的に悪化しつつあった。
17日正午には、コルザミが敵機動部隊から発艦した攻撃隊に襲われ、30分ほどの空襲でコルザミの軍港施設は壊滅した。
その一方で、マオンド軍側も偵察ワイバーンで敵機動部隊と輸送船団を捕捉し、3波、500騎もの攻撃隊を送り込んだ。
だが、攻撃は失敗し、アメリカ艦隊は依然、東進を続けていると言う。
地上戦の状況も、マオンド側不利で推移しており、17日の夕方までには、ケリステブルから侵入した敵が19ゼルド南のウィリテへ、ジェシクから
侵入した敵が22ゼルド南のラジェリク近郊にまで達した。
この調子でアメリカ軍が前進を続けるとなると、長くても1週間半ほどで、トハスタが縦断される事になる。
米軍の圧倒的な進行速度の前に、ヘヴリウルは、これがアメリカ軍の戦い方なのかと、驚かされた。

「敵の進行速度は予想よりも早い。あと3日もすれば、このトハスタにも、あの蛮族共が迫っているかもしれぬというのに……まさか。」

ヘヴリウルの内心に、ある疑念が浮かぶ。
本部の様子がおかしいと思い始めたのは、あの急な命令変更を受け取った後だ。

いつもなら、あのような命令変更は全く無い。
(命令変更が伝えられたのは、アメリカ軍の輸送船団が迫っているという報告を受け取ってからだったが……もしかして、本部の連中は、
アメリカ軍輸送船団という想定外の敵が現れた事でパニックになったのだろうか?)
ヘヴリウルは考えたが、彼の思考はそこで終わった。
(いや、本部を疑う事をしてはいけない。本部には本部の考えがあるのだ。私達は、常に本部の意思に従う事で、成果を挙げてきている。
深く考えるのは止めた方がいいな)
彼は内心で納得したあと、先程と同じように黙り込み、本部からの命令を待ち続けた。
それから3時間後。
ヘヴリウルは仮眠を取った後、部下と交替で御者台に座り、街道を見張っていた。
見張りを交替してから5分後に、待ちに待っていた物がやって来た。

「……来たな。」

ヘヴリウルは、頭の中に入って来る魔法通信の内容を確認し、ニヤリと笑みを浮かべる。
魔法通信の受信が終わると、彼は、内容を紙に書き記した。

「おい、起きろ。」

彼は、荷台の中で寝ていた部下達に声を掛けた。
眠っていた部下達は、彼の呼び掛けで次々と起きていく。
部下の中でただ1人、護衛役のフィリネ・ヘミトラエヌだけは、他の部下達よりも先に体を起こした。
(……あいつだけ起きるのが早いな。緊張で寝付けなかったか)
ヘヴリウルは、心中でそう呟きながら、御者台から離れ、他の馬車に居る部下達を起こして回った。

それから5分後、ヘヴリウルは、1番車の前に小隊の全員を集めた。

「おはよう諸君。早速だが、先程、本部から魔法通信が入った。」

ヘヴリウルの言葉を聞いた部下達は、一様に体を緊張させた。
誰もが、来るべき物がついに来たかと、内心でそう確信した。

「我々は、本日午前6時をもって、アメリカ軍の進行を阻止するための執行活動に移る。我が小隊はまず、リィクスタ方面において、
敵軍阻止のための執行活動を行う。」

ヘヴリウルは、紙に書いてある内容を、張りのある口調で読み上げていく。

「リィクスタでの事前準備を終えた後は、トハスタ市の事前準備に移り、作業が終了次第、作り上げた不死の軍団を持ってアメリカ軍の前進に備える。」

彼は、フィリネを含む4人の護衛役の顔を交互に見る。

「我々ネクロマンサーが行動を移す前に、君達は午前5時までにここから離れるように。任務が終わるまであと1時間しかないが、
最後まで気を抜かぬよう、努力してくれ。」
「はい!」

護衛班の班長を務める男が、快活の良い声で返事した。

「私からは以上だ。行動開始まではあと2時間、君達護衛役は残り1時間ある。あとひと踏ん張りだ。しっかりやってくれ。」

ヘヴリウルはそう言った後、小隊を馬車ごとに解散させた。


時間は、刻々と過ぎつつあった。
上空に見えていた2つの月は、次第に西へ消えていき、東からは、太陽光を受けた空が、少しずつ明るみを増しつつある。
小隊長の訓示から、早30分が経った。
護衛役の1人であるフィリネは、訓示が終わった後、心中である決断を下していた。
(……いくら敵を防ぐためとはいえ、戦闘には無関係な人達を殺すのは、やはり間違っている。はっきり言って…これは、人のやる事ではない)
フィリネは、心中でそう断言する。
彼女は、今までナルファトスの教えに従って来た。
特殊執行部隊に入れたのも、彼女の信仰心が認められたからだ。
故郷を出て以来、ナルファトスの教えにずっと従って行くつもりで……部落を出る事を、出発直前になってまで反対し続けていた父の気持など
忘れるつもりで、ずっとナルファトス教に身を捧げてきた。

だが、その厚い信仰心は、ヘヴリウルが見せた、あの化け物を使った実験によってもろくも崩れ去った。
父は、出発直前になって考えを改め、フィリネがナルファトス教に入信する事を認めた。

「ナルファトスも、昔とは違って考えを改めつつある。私は、部族を一時、絶滅寸前にまで追いやったナルファトスを恨んでいたが、
それも昔の話だ。今のナルファトスなら、昔ほど考えは固くは無いから大丈夫だろう。だから、お前を送り出す事に、私は賛成する。」

4年前。冬の雨模様の中の日。降りしきる雨に身を打たれながら、父は優しげな声音で、フィリネを送り出した。
父の表情からは、今のナルファトスなら、道を外す事も無いだろうと思っていたのだろう。
だが……
(父さん……ナルファトス教は、父さんの言う通り、悪魔に身を売った化け物が統べる、恐ろしい教団だったよ。)
フィリネはそう思いながら、自分の今までの行動を恥じていた。
彼女は、俯かせていた顔を上げると、荷台の中を見回す。
馬車の中には、小隊長であるヘヴリウルと、部下のネクロマンサーが会話を交わしている。
会話の内容は、これから始まる執行活動でどう動き回るか等だが、2人のネクロマンサーは、愉しげに話し合っている。

「町から出る通行人を、夜盗のふりをして襲うのが、不死者を増やすには最も効果的だと思う。」
「5、6人の通行人が現れた場合、3人を殺して、2人は手傷を負わせて逃がした方が良いでしょう。通行人も、時間が経てば不死の薬の
毒で息絶え、不死者に生まれ変わって仲間を作る作業を始めますから。」
「うむ。それで行こう。」

フィリネは、会話の内容を聞いて行く内に、背筋に冷たい物が走るような感覚に囚われた。
彼女は、2人に顔を背けると、何気ない動作で馬車から降りた。

「ヘミトラエヌ。何をしている?」
「……少し、外の空気を吸って来ます。」
「ふむ。いいだろう。」

ヘヴリエルは頷いた後、フィリネには関心が無いと言わんばかりに、部下のネクロマンサーと会話を続けた。
会話は、執行活動の話から、アメリカ軍の今後の動きに付いてと、話題が変わる。

話は先程と同様、スムーズに進んでいくが、執行活動の話の時は、愉快気に話していた2人だが、アメリカ軍の話になると、幾らか不安げな
口調で話している。
(……小隊長達のような人でも、やっぱりアメリカ軍は怖いのかな)
フィリネはそう思った。
彼女は、アメリカ軍の詳しい事は分からないが、それでもある程度の事は知っている。

広大な海を自由に移動し、強力な航空兵力で持って拠点を叩き潰す高速空母部隊。
地上を見た事も無い車で機動し、あっという間に部隊を包囲して何千、何万という味方部隊を戦闘不能に陥れる機械化部隊。
少し考えれば、いずれも次元の違う兵器と、戦術で構成されている事は想像がつく。
だが、ナルファトス教側は、今まで、

「このような敵と戦っても、ナルファトス神の加護の下に育てられた我々なら、容易に打ち負かす事が出来る。我々が誇る戦闘部隊の
装備は整っている。戦えば、必ずや勝利するであろう。」

と、声高に、信者に言い続けてきた。
フィリネ自身も、指導者達の言を信じ続けてきた。
だが、あの実験を見せられて以来、彼女はナルファトス教が今まで言って来た事が信じられなくなっていた。
(上層部は、あのような代物がある事自体、今まで隠していた。となると、今までに私達が教えられてきた、無敵のナルファトスという
言葉も、嘘という事になる)
彼女は心中でそう確信する。
父は、ナルファトスが変わってくれていると信じ、故郷を離れる事も最終的に了解してくれた。
しかし、現実は違った。
フィリネの信仰心は、あの時から揺らぎ始め、そして、今やそれは、完全に無に帰していた。
(もはや……この人達と付き合う必要は無い。)
彼女は胸の内でそう呟くと、ゆっくりとした足取りで、馬車から離れ始めた。
街道を1ゼルド西に進めば、リィクスタがある。
フィリネの足ならば、20分以内にはリィクスタに辿り着ける。
彼女は、リィクスタの役人に、この秘密作戦の内容を暴露しようと決めていた。
そのためには、リィクスタに駐屯している軍の警備兵に、第一報を知らさなければならない。

「時間が無い。急がなきゃ。」

フィリネは、小声で呟く。
馬車から30メートルほど離れた後は、小走りで森の中を西に駆け抜けようとした。
だが、

「フィリネ。何を急いでいる?」

不意に、後ろから声が掛かった。彼女は咄嗟に振り向いた。
その瞬間、彼女の首を誰かが鷲掴みにし、草生す地面に体を押し倒した。

「グッ!」

フィリネは苦しげな声を漏らす。

「俺達と離れて、どこに向かおうとしていた?」
「………小隊長…」

彼女は、馬乗りになったヘヴリウルを睨み付ける。それにむっとなったのか、ヘヴリウルは、首を掴んだ手に力を加える。

「う……ぐ!」

フィリネは苦しげに顔を歪める。その顔を見たヘヴリウルは薄ら笑いを浮かべながら、顔をゆっくりと近付けてきた。

「質問に答えてくれないかな?どこに行こうとしていた?」

彼は、囁くようなゆっくりとした小声でフィリネに聞く。
このままでは、彼女が質問に答えられぬと思ったのか、ヘヴリウルは手の力を緩めた。

「……町……へ。」

「町?リィクスタか。」
「小隊長……本当に……このままで…良いのですか?」

フィリネは、息も絶え絶えになりながらも、なんとか質問する。

「この地方の住民達は、同じマオンド国民。私達は、同胞を守らなければいけない筈。なのに……守るべき物達を殺める事で、
本当に敵は止められるのですか?」

フィリネの言葉に、ヘヴリウルは意外だ、と言わんばかりに驚いた。

「……ナルファトスの信者たる君の口から、そのような言葉が出て来るとは。意外だ。」

「意外……?」

フィリネは怪訝そうな表情を浮かべる。

「そう。意外だ。何故、偉大なる執行活動にわざわざ意見を言うのだね?」
「同じマオンド国民として、それは当然の筈では?」
「マオンド国民?君、それは違うな。」

ヘヴリウルは傲然と胸を張る。

「彼らは殉教者だ。マオンドのな。それに、元々、ここはトハスタ王国と言われている。今でこそ、ここは我がマオンドの領土となったが、
トハスタ人共は相変わらず、マオンドから独立したい等と、妄言を吐いている。これがまだ、一般の民衆だけならまだしも、領主や、ここに
配置された軍の中からも、偉大なるマオンドに不満を感じている輩がいる。まっ、トハスタ地域配備の軍も、殆どはこの土地出身の物ばかり
だからな。不満が出るのは仕方のないことだ。」

ヘヴリウルは、狂気に歪んだ笑みをこぼしながら、更に続ける。

「国王陛下も、そこの所は心配していたのだろう。先程の魔法通信では、不死の薬の効用範囲を、軍部隊の将兵にも広げろ、とも伝えられていた。」
「軍……にも?」
「そうだ。元々は、不死の薬の影響で、不死者と化した住民共と、軍部隊が共同で敵を迎え撃つ予定だったのだが、ここ数日で、軍が頼り無い事が
分かった。国王陛下は、我が教団の首脳と会談した末に、トハスタ守備軍……我々が執行活動を行う場所に居る部隊にも、不死の薬の恩恵を与えよ
と命じられたのだ。」
「そん……な……」

フィリネは、ヘヴリウルから聞いた恐ろしい言葉の前に、顔を青くした。

「ん?何故そのような顔をする?軍部隊も、不死の薬の恩恵を受け、死ににくい体で敵と戦うのだぞ?」
「狂ってる……」
「狂っている?何を馬鹿な事を。」

ヘヴリウルは、嘲るように鼻を鳴らす。

「国内の不満分子共に、名誉の死に場所を与え、敵を阻止すれば、勝利の英雄となるのだぞ?素晴らしいではないか。」
「いえ、ちっとも素晴らしくなんかない!!」

フィリネは、知らず知らずの内に叫んでしまった。

「そこまでして戦争に勝ちたいの?いくら、自国の軍隊が頼り無いからって……あんまりじゃない!!」
「……ほぅ、本当に、良くしゃべる小娘だ。」

ヘヴリウルは、右手に再び力を加える。

「いかなる理由があれど、執行活動に異を唱える物は、ナルファトスに仇なす邪教徒だ。今すぐ死んでもらおう……と思ったが。」

彼は、左手に何かの液体が入った小さな容器を持ち、それをフィリネに近付けて見せる。

「私は寛大だ。お前を気絶させて、後でこいつを投与してやろう。おめでとう。これで、お前も偉大な殉教者の仲間入りだ。」

フィリネの中で何かが壊れる音がした。
その瞬間、彼女は右膝を思い切り蹴り上げた。膝は、ヘヴリウルの腹に食い込んだ。

「ぐぉ!?」

ヘヴリウルは、唐突に襲ってきた苦しみにフィリネから離れ、その側で腹を押さえて丸くなった。
フィリネはその隙を突こうと、腰に差していたナイフ……故郷を出る前に、父から渡された、一族の長が代々受け継いできたと
言われる短剣を抜き、へヴリウルに切りかかろうとした。
だが、彼女は不意に殺気を感じ、すぐさま後ろに飛び退いた。
フィリネが居た場所に、2本のナイフが刺さった。
更に、飛び退いた彼女に、新たなナイフが2本を向かって来る。
咄嗟にフィリネはナイフを振り、飛んで来たナイフを弾き飛ばした。
着地した瞬間、彼女の顔目掛けて素早い回し蹴りが飛んで来る。全く躊躇いの無い、鋭い蹴りだ。当たれば、顔の骨を確実に砕く。
それを、フィリネはかがんで避け、蹴りを繰り出してきた相手を逆に蹴り返した。
弾丸のごとき速さで突き出された右の横蹴りは、見事に敵を捕らえた。彼女は敵が自分の蹴りを受けて、吹き飛ばされた感触を感じていた。
しかし、吹き飛ばされた相手は、転倒したかと思いきや、すぐさま起き上がり、何事も無かったかのように構える。

「流石だな、フィリネ。」

吹き飛ばされた敵……今回の作戦で、同じ護衛役を務めていた、護衛班の班長が気丈に言い放つ。

「良い蹴りだったが……今回は相手が悪かったな。」

班長が言い終えると同時に、フィリネの左右に2人の同僚が張り着く。

「すまないが、お前には少し、痛い思いをさせなければならん!」

班長は、張りのある声音で言うや、素早い動作でフィリネの顔を殴りかかる。
10歩ほど離れていた班長の体が爆発したように近付き、瞬時に拳が顔の真正面に迫る。
彼女は、体を右に振ってそれをかわし、右手で顔を隠して、班長の回し蹴りを受け止める。

班長がすかさず、フィリネから離れる。その直後には、同僚2人がフィリネに襲いかかる。
同僚と言っても、2人はフィリネの先輩格であり、腕はフィリネよりも良い。
同僚2人の攻撃を、なんとかかわし、受け止め、時折反撃と、一連の動作をひたすら続けるが、次第に彼女の息が切れて来た。

「どうした!もう息が上がったのか!?」

班長が叫びながら、フィリネに足払いを掛けようとする。
彼女は咄嗟に飛び上がって、それを避けたが、この時、フィリネは内心、しまったと思った。
フィリネの姿勢に、ようやく隙が現れた。2人の同僚はそれを見逃さなかった。
同僚の1人が、握っていたナイフを振り、フィリネの右腕を切り裂く。鋭い痛みを感じる暇も無く、別の同僚が彼女の脇腹に蹴りを入れた。
強烈な一撃を食らったフィリネは、あっけなく吹き飛ばされ、3人の護衛役から10メートルほど離れた草地に落下した。

「フン!蹴り一発であそこまで吹っ飛ぶとは。情けない物だな。」

班長は、嘲るような口調でそう言ったが、ふと、彼は、側に立っていた部下が眉をひそめたのに気付いた。

「……今の蹴り、妙に手応えが薄い。」
「手応えが薄いだと?」

班長が怪訝な表情を浮かべて、部下に尋ねた時、不意に視界が、強烈な閃光で覆われた。

「しまった!」
彼が失態を悟った時には、後の祭だった。
フィリネは、班長達が怯んでいる隙に起き上がり、その場から駈け出していた。


それから20分後。

「はぁ……はぁ……」

フィリネは、森林の奥深くで、周囲から迫り来る気配を感じ取っていた。

「チッ……逃げ切れると思ったんだけどね。」

彼女は、頬を伝う汗を拭いながら悔しげに呟く。唐突に、右腕に痛みが走る。
先程、同僚……もとい、元同僚の敵に右腕を切り付けられた。傷はあまり深く無く、右腕は何とか動かせる。
しかし、傷は浅くも無く、先程から出血が止まらない。
彼女は、敵の攻撃を上手く利用する事で、一時的に包囲から逃れる事が出来た。
だが、逃走中にも、血を滴らせながら逃げたため、彼女は敵に痕跡を辿られた挙句、20分という短時間であっさりと包囲されてしまった。
今の所、元同僚の敵達は、彼女を発見していないが、経験を積んだ彼らが、フィリネを発見するのは時間の問題だった。
現に、四方に幾つかの気配を感じ取る事が出来る。普段ならば、彼らは気配を消して目標に接近する事が可能だ。
だが、彼らはあえて気配を消さずに、じりじりと包囲の幅を狭めつつある。

「どうやら、あたしは甚振られているようね。経験の差はどうしようもない……て訳か。」

フィリネは自嘲気味に呟いた後、握っていたナイフに視線を落とす。
彼女が居た部族では、このナイフは部族の中でも有数の宝の1つだと言われており、名のある志士でもあった父は、このナイフを家宝として
家に保管していた。
家のみならず……部族の宝物でもあったこのナイフを、父は餞別代わりに渡してくれた。
脳裏に、出発直前、父から聞いた言葉が響く。

「フィリネ。この宝刀は、古来からイディルスの精霊達の加護を受けながら、代々私達の部族に受け継がれてきた。もし、お前が窮地に陥った時は、
これを使いなさい。宝刀に宿った精霊達がきっと、お前を守ってくれるだろう。」
「父上、それは本当ですか?」
「……正直言って、信用できないがね。」

父は、苦笑しながら答える。

「俺も、この宝刀を受け継いだ時に、父から聞いたが、父は飲んだくれの嘘つきとして部族中に知れ渡っていたから、この言い伝えも嘘だろうな。」

父はそう言うなり、フィリネの頭を撫でる。

「だが、そんな事はどうでもいい。俺の言いたい事は、ただ1つ。」

父は、はにかみながら、本心を伝えた。

「この短剣を、俺達の代わりと思いなさい。そして、部族で育った事を、いつまでも忘れないようにしなさい。」


父が見せた最後の優しさは、厳しい訓練の中で忘れようと思っても、忘れられる物ではなかった。

「……ごめんなさい、父上。」

彼女は、呻くような声音で言いながら、左手で衣服の胸元を開く。
ボタンが外され、2つの膨らみの真ん中部分が現れ、白い肌が露わになる。形の整った胸元の間に、彼女は手ですぅっと撫でた。

「父上がくれた短剣を、こんな形で使う事になるなんて。」

フィリネは、目尻に涙を浮かべつつも、両手でナイフを握り、刃先を胸の真ん中のやわ肌に当てる。
彼女は自決するつもりだった。
フィリネは、手傷を負い、動きが鈍った上で、この包囲網を突破するのは無理だと判断していた。
もし包囲網を突破しようとしても、彼女が足腰立たぬまで叩きのめされるのは確実だ。
捕らえられれば、あの不死の薬を投与され、生ける屍に成り下がるだけである。

「でも、部族の娘としての誇りは、まだ捨てていない。」

フィリネは、ナイフを胸元に向けたまま、一旦離した。

「さようなら……みんな。」

彼女は、小さく呟いた後、躊躇い無く、自らの胸にナイフを突き立てた。
胸の真ん中に鋭い痛みが走り、その次に、刃先が背中の皮膚を突き破る感覚が体を走った。

手傷を負っているとはいえ、勢い良く突き立てられたナイフは、彼女の胸元に深々と突き刺さり、胸骨をあっさりと断ち割り、
心臓を貫いていた。
猛烈な激痛が全身を走り、フィリネは、自然に体を仰け反らせた。

「……あ」

口から出た最後の言葉は、たったそれだけであった。
フィリネは、自分の体が地面に倒れたと思った瞬間、意識を暗転させていた。


「小隊長。居ました。」

護衛班の班長と共に、血眼になってフィリネを探していたヘヴリウルは、ようやく、彼女と対面する事が出来た。

「ふむ……逃げられぬと見て、自ら命を絶ったか。」

彼は、吐き捨てるように言い放った。
彼の目の前には、横向きになって倒れているフィリネの死体があった。
目は薄く開かれているが、その瞳は、もはや光を宿していない。開かれた口からは、赤い血が流れ出ている。
胸元に視線を移すと、ボタンが開かれて豊満な胸の谷間が露わになっている。
その谷間には、握られた短剣の根元が埋まっていた。
視線を背中に戻すと、短剣の切っ先が突き出ており、傷口の周囲に血が滲んでいる。

「こいつは、自分の持っていたナイフで心臓を抉ったようです。見ての通り、ほぼ即死です。」
「せっかく、名誉のある死を選ばせようと思ったのに……」

ヘヴリウルは、やや残念そうな口調で言う。
彼は、フィリネにも不死の薬を投与しようと考えていた。だが、当の本人は、自ら持っていた武器で、命を絶ってしまった。

「フン、死んでしまった物は仕方あるまい。不死の薬は、死んだ奴には使えぬからな。」

ヘヴリウルは、ため息を吐きながら班長に言う。

「まぁ、我が教団を裏切ろうとした者には、うってつけの死に様だろう。」
「死体はどうしましょうか?」
「そこに捨てておけ。」

ヘヴリウルは即答する。

「傍目から見れば、薄汚い貧乏人が無様に自殺したとしか思えん。それよりも、私達はこれから実行する任務に集中しなければならん。
元の場所に戻るぞ。」
「はっ。わかりました。」

ヘヴリウルの言葉を聞いた班長は、異論を言う事もせずに、深々と頭を下げた。
彼らが立ち去った後、辺りは静寂に包まれた。
フィリネの遺体は、何事も無かったかのように放置されたまま、森はいつもの平穏な時間を取り戻していた。


1484年(1944年)11月18日 午前4時50分 コルザミ沖北西180マイル地点

戦艦ウィスコンシンの艦長であるアール・ストーン大佐は、CICで副長と話し合っている最中に、通信長のスティーブン・アンカート大尉に
声を掛けられた。

「艦長、急で申し訳ありませんが、少しよろしいでしょうか?」
「どうした通信長?」

副長のブリック・サイモン中佐が尋ねた。

「今、艦長と話し合っている最中なんだが。」
「お時間は取らせません。」

アンカート大尉は、すまなさそうな顔で副長に言う。

「艦長。」
「ああ。話を聞こう。」

ストーン艦長は頷きながら言うと、後ろを振り返った。
そこには、アンカート大尉と、カレアント人の通信員であるフィムト・ヒッケルス兵曹が立っていた。

「おお、団長さんも居たのか。」

ストーン艦長は微笑みながら言う。
ヒッケルス兵曹は、海軍に異動する前は元々親衛騎士団の魔道士であり、5歳上の兄であるリルトが若くして騎士団長のポストに付いている。
フィムト自身も兄に習って、騎士団長を目指していたため、ウィスコンシンの乗員達からは団長さんという仇名をもらっている。

「話とは何かね?」
「ハッ。艦長、実は以前にお話しした、マオンド軍の“不死の薬”の件ですが……ヒッケルス兵曹の話によりますと、トハスタ地方で
ナルファトス教関連の魔法通信が一時的に増え、その通信の中に、“不死の薬”という言葉が少なからず出てきたとの事です。」

アンカート大尉は、携えていた紙をストーン艦長に手渡した。

「これが、ナルファトス教本部から発信されたと思しき通信文の内容です。」

ストーン艦長は紙を受け取るなり、すぐに内容を呼んで行く。

「この、不死の薬とやらは一体なんだ?団長さん。魔法使いでもある君は、この変な薬がなんであるか、わかるかね?」
「正直申しまして、この薬がなんであるかは分かりません。ですが……内容からして、一種の麻薬ではないか?と思われます。」
「麻薬……か。」

艦長はゆっくりと頷く。

「とすると、マイリー共は、軍人のみならず、一般住民をもヤク中にして、陸軍と戦わせようと言うのかね?」
「その点が濃厚である、と、私は思います。」

ヒッケルスが答える。

「魔法の中には、痛みを麻痺させて相手の攻撃を恐れなくさせたり、体力を通常時よりも向上させて、戦闘を継続させる物もあります。
しかし、この種の魔法は、術式を起動しているときは良いのですが、効果が切れた後は体に副作用を起こす事があります。一昔前までは、
前線で頻繁に使用されていましたが、今ではあまり使われていません。」
「副作用とは何かね?」
「ハッ。幻覚や吐き気、虚脱感といった一種の禁断症状です。酷い場合には、脳に重大な障害を起こし、そのまま戦闘不能に陥る場合もあります。」
「つまり、マイリーの奴らは、住民と軍の将兵をペイ中にして、陸軍に猛反撃を仕掛けよう、って腹か。艦長、これはこれでかなり厄介ですな。」
「ああ。恐らく、マイリーの奴らは、襲いかかった陸軍の連中に、住民虐殺の濡れ衣を着せようとしているのかもしれんな。」

艦長は、気難しい表情を浮かべながら、副長に返した。

「艦長。この報告はすぐに、艦隊司令部に届けなければいけません。」
「そこの所は、俺もわかっているよ。」

アンカート大尉の肩を、ストーン艦長はポンと叩いた。

「他の艦の通信士も、似たような文を傍受しているかも知れんが、このウィスコンシンからも至急、報告を送ってみよう。艦隊司令部を通じて、
陸軍にも情報は届けられるだろうから、何らかの対策は取ってくれる筈だ。」

「艦長。ありがとうございます。」

アンカート大尉とヒッケルス兵曹は、見事な敬礼をした後、CICから立ち去って行った。
答礼しながら、2人の後ろ姿を見送ったストーン艦長は、やれやれと言った顔つきで副長を見る。

「全く、マイリー共も小癪な事を考える物だな。」
「元々、我々と居た世界と違って、卑怯極まりない行動がまかり通る世界です。彼らにとっては、恐らく普通の事なんでしょう。」

「癪に障る物だが……一応、艦隊司令部には報告を送ろう。おっと、その命令を出すのを忘れていたな。」

ストーン艦長はそう言ってから、通信室を呼び出し、アンカート大尉に先程の内容を、旗艦オレゴンシティに送るように命じた。

「しかし、仮眠から上がってみれば、こんなとんでもない話を聞かされるとはね。」

ストーン艦長は、アンカート大尉から手渡された、通信文の内容を見ながら言う。

「まっ、この件に関しては、陸軍が処理してくれるだろう。俺達は、いつも通り、対空戦闘と、あるかもしれない艦砲射撃に備えるだけさ。」
「いつも通りの作業ですね。」
「ああ、いつも通りだな。」

副長の言葉を聞いたストーン艦長は、苦笑しながらそう返した。
最新鋭戦艦であるウィスコンシンの艦長に就任してから、早8ヶ月が経った。
モンメロ沖海戦では、マオンド軍の最新鋭戦艦を轟沈させた戦果を挙げているが、最近は対空戦闘の他に、沿岸部の艦砲射撃が主な任務となっている。
元々、ストーン大佐は典型的な大艦巨砲主義者であり、こういった地味な任務よりも、艦対艦の戦闘を最も望んでいた。
だが、モンメロ沖海戦以降は、重要だが、彼からしてみれば地味な任務が主体となっている。
出撃の度に、アイオワ級の自慢である、48口径17インチ砲を上手く活用する事は出来るかと、彼は考えているのだが、最近は、アイオワ級は
大西洋戦線においては、もはや必要ではないのではと感じるようになっている。
(確かに、アイオワ級は高速戦艦でもあり、機動部隊の護衛にはうってつけだ。だが、戦艦のライバルである敵戦艦は、この大西洋には存在しないし、
以前は恐れていたマオンド機動部隊も、今では壊滅している。俺としては、太平洋戦線のサウスダコタ級や、ノースカロライナ級をここに引っ張って、
ウィスコンシンとミズーリを太平洋戦線に移動してはどうか、と思っているんだがなぁ)
ストーン艦長は、CICで任務にあたっているレーダー員を見つめながら、心中でそう思う。
(とは言え、敵戦艦が居ない今、贅沢を言ってもどうしようもないな。どうせなら、今度の艦砲射撃は、劇的な場面で、幻想物語に出て来るような
魔獣の群れを目標に行う、というのであれば、少しは憂さも晴れるんだが)
彼はそこまで思ってから、すぐに首を振った。

「ふぅ……大鑑巨砲主義者のつまらん夢想は、ここで終わりにするとしよう。」

ストーン艦長は自嘲気味に呟くと、副長に断りを入れてから艦橋に戻って行った。
ウィスコンシンの持つ3連装3基9門の48口径17インチ砲が威力を発揮するのは、どうせ遠い未来の話であろうと、彼はそう確信していた。
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