自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

274 第203話 大西洋の嵐(中編)

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第203話 大西洋の嵐(中編)

午後3時40分 第7艦隊旗艦オレゴンシティ

「……流石に、敵の重要拠点だけあって、被害を抑える事は難しかったか。」

第7艦隊司令長官オーブリー・フィッチ大将は、たった今読み上げられた被害報告に対して、仏頂面でそう呟いた。

「被害が大きすぎます。特に、戦闘機専用空母ばかりに被害が集中した事は、大きな痛手と言えます。」

航空参謀のウェイド・マクラスキー中佐も、気難し気な顔で発言する。
第7艦隊は、午前中は一方的に戦闘を進める事が出来たが、午後に至っては立場が逆になってしまった。
午後1時頃から午後3時頃までに行われた戦闘で、TF72は空母ベニントン、ゲティスバーグ、イラストリアス、軽空母ライト、
ロング・アイランド、駆逐艦2隻が損傷し、航空機52機を失った。
損傷した5空母の内、4空母は戦闘機専用空母として戦闘機中心の航空団を搭載していた。
この4空母が被弾、損傷した結果、TF72で使える戦闘機専用空母は、僅か2隻に激減してしまった。
4空母は、機関部等の艦深部には全く損傷を受けていないため、沈没する事は無い物の、飛行甲板を使用不可能にされた今、
空母としての役割は果たせない。
マオンド側は、期せずして、TF72の戦闘機戦力を大幅に削ぐ事に成功したのである。

「使用可能の戦闘機が、一気に200機以上も減った今、敵の更なる空襲を避けるため、機動部隊は今まで以上に、
慎重に行動する必要があります。」
「長官。問題はその他にもあります。」

作戦参謀のコナン・ウェリントン中佐が、顔を引き攣らせながらフィッチに発言する。

「敵は、TG72.1を攻撃した際、あのハーピィを空母の甲板に体当たりさせて来ました。通常、ハーピィを機動部隊の攻撃に
使う事は無い筈ですが、それを躊躇いも無く使って来たとなると……極秘施設を砲撃する際にも、何か、似たような策を講じて
来る可能性は、あると考えられます。」
「ふむ。つまり、こっちの砲撃部隊の接近を察知した敵が、河の両側に自爆攻撃用のモンスターやらなんやらを用意して来るかもしれない、
と言う事か。」

「決して、考えられぬ事では無いかと思われます。」
「……しかし、マオンドの奴らが、ああいう手を使って来るとは……」

バイター参謀長は、顔をしかめつつ、頭を振りながらフィッチに言う。

「あのゾンビ作戦が行われてから、私はマオンドが狂ったかと思いましたが、戦況が進むにつれて、彼らの発狂ぶりは徐々に
エスカレートしつつありますな。」
「参謀長の言う通りだな。」

フィッチは、深く頷いた。

「だが、それもここまでだ。我々は、何としてでも、あの元凶を討ち果たせねばならん。空母が損傷した事は確かに痛手だが、
作戦は続ける事が出来る。何よりも、この作戦の主役であるイラストリアス艦攻隊と、戦艦部隊は未だに健在だ。」
「はっ。確かにそうです。」

マクラスキーもフィッチの言葉に同意する。

「イラストリアスは、先の空襲で飛行甲板に直撃弾を受けていますが、流石は装甲空母だけあって、今回も発着機能を失わずに済みました。
あとは、このまま夜を待ち、夜間攻撃隊を放つと同時に、砲撃部隊を突入させるだけです。」
「そうだな。」

フィッチはそう答えながら、硬かった表情を幾らか柔らかくする。

「敵の奇策を交えた攻撃は、曲がりなりにも果たせたようだが、それは同時に、敵がどれだけ追い詰められているのかを知る
いい機会にもなった。諸君、もはや、真の目標は我々の手の届く所にある。このまま一気に目標を叩き潰し、あの忌まわしき物を
この世から一掃しよう。」

フィッチは、自分に言い聞かせるかのように、自らの決意を皆に語る。
幕僚達は、フィッチの言葉を理解し、誰もが無言で頷いた。

午後7時50分 ネロニカ地方南西沖180マイル地点

空母イラストリアスを含む第72任務部隊第1任務群は、24ノットの速力で僚艦ハーミズと共に、ネロニカ方面に向かって航行していた。
既に日は落ち、辺りは真っ暗になっている。
ブリーフィングを終え、飛行甲板に出て来たジーン・マーチス少佐は、真っ暗闇に覆われた空を、一通り眺め回した。

「いつも通りの暗さですな、隊長。」

彼の背後から、マーチス機のパイロットであるジェイク・スコックス少尉が声を掛けて来た。

「ああ、いつも通りだ。」

マーチスは、微笑みながらスコックス少尉に返す。

「こうしてみると、初の夜間作戦となったタラント空襲を思い出すな。」
「ええ。あの時から、早5年近くですか……うちらも随分、古株になりましたねぇ。」

スコックス少尉は苦笑しながら言う。

「もう5年も経つとはな。ホント、時の流れは早いもんだよ。お陰で、見知った顔も少なくなってしまったな。」

彼は、口調にやや悲しげな響きを交えながらそう言い放った。
スコックスの率いるイラストリアス艦攻隊は、現在10機のアベンジャーを有している。
この10機のうち、6機の搭乗員は転移前からの戦友で占められている。
部隊名がVT-9になる前、イラストリアスにはNOS-233という部隊名が付いた艦攻隊がおり、12機のソードフィッシュに
乗っていた搭乗員は、全てが開隊以来、欧州戦線の様々な戦場を渡り歩いて来た戦友ばかりであった。
マーチスは、開隊以来部隊を率いながら、多くの航空作戦に従事し、艦攻乗りの花型とも言える航空雷撃を、既に6回も経験している。
この6回と言う数字は、艦攻乗りから見れば驚異的な数字であり、通常は3度の雷撃を経験する前に死ぬか、再起不能な傷を受けて
前線を離脱する事が、艦攻搭乗員には多い。
太平洋戦線で勇名を馳せているヨークタウン3姉妹や、レキシントン級の生き残りである、レキシントンの精鋭搭乗員ですら、
やっと5回の雷撃行を成し遂げたのみである。

戦死者や、前線離脱者の多い艦攻乗り達は、前人未到の6回の雷撃行を経験したマーチスに対して、陰で雷撃の神様という渾名を付けている。
だが、そんな栄えある渾名を与えられた彼も、この5年間は決して、楽しい事ばかりでは無かった。
対マオンド戦が行われて以来、VT-9に元々在籍していた、36名の搭乗員は、今や、マーチスも含めて18名に減っている。
残りの18名中、12人は戦死し、6人は負傷して飛べない体となり、退役するか、後方に下がっている。
現在、共にペアを組んでいるスコックス少尉とスワング兵曹は、元々は第2中隊長であったボビー・パーソンズ中尉とペアを組んでいたが、
編制替えで一時的にペアを入れ替えた際、パーソンズ中尉機は雷撃後に被弾し、洋上に散華している。
そして、彼らはそのまま、マーチス機のペアとなった。
(それにしても、パーソンズも、フィッシャーも……みんな、いい奴だったな。)
マーチスは、これまでの作戦で散って行った戦友達に思いを馳せたが、すぐに心を入れ替え、愛機の元へと歩み寄った。

「よう!機体の調子はどうだい?」

マーチスは、エンジン部分の最終チェックを行っている整備班長に声をかけた。

「ええ。いつもと同様、機体には異常は見られません。第1次空襲で付いた傷も塞がっていますから、通常通りに動いても、何ら問題はありませんぜ!」

整備班長は、胸を張りながら自信たっぷりの口調でマーチスに言った。

「毎度毎度、助かるよ。俺達が実戦に臨めるのも、あんた達のお陰だ。」

マーチスは、整備班長の完璧な整備に感謝し、整備班長の右肩をポンと叩いた。

「では、ちょっくら行って来るよ。」
「どうぞ、胸の空く雷撃行を。」

整備班長は、演技めいた口調でマーチスにそう言った。
マーチスは微笑みながら2度頷いた後、スコックス少尉とスワング兵曹長と共に愛機の席に乗り込んだ。
彼は電信員席に乗り組み、各種機器のチェックを行う。
(無線機、計器、レーダー機器……全て異常なしだな)
チェックを終えたマーチスは、ひとまずは前準備を終えた事に満足した。

パイロットのスコックス少尉がエンジンを始動させ、愛機が轟音を上げながら機体を震わせる。
第1次攻撃から帰還後に入念な整備を行わせた事と、事前に暖気運転を済ませていたお陰で、エンジンは快調そのものである。

「隊長!エンジン快調です!」
「こちら機銃席。機銃の動作確認終わりました。旋回機銃、胴体下方機銃共に異常なし。」
「了解。」

マーチスは、素っ気ない声音で答える。
イラストリアスの艦体が、ゆっくりと回頭していく。やがて、向かい風がより強くなった所で回頭が止まった。

「こちらイラストリアス管制室。聞こえるか?」

イラストリアスのCICから、管制官の声が無線機越しに響いて来た。

「こちら指揮官機。感度良好。」
「これより作戦を開始する。これから貴隊にはソーサラーというコードネームを付ける。イラストリアスはパパグースと呼んでくれ。」
「OK。パパグース。」

マーチスはそう返しながら、ふと、自分達の隊に付けられたコードネームが、2年前のグラーズレット空襲の時に付けられた物と、
同じ物であるという事に気が付いた。
(あの時と同じコードネームとはね。偶然にしては、少し出来過ぎかと思うが)
マーチスは心中でそう呟きつつ、管制室から発艦許可が下りるのを待った。
それから2分と経たぬうちに、待望の命令が下された。

「パパグースよりソーサラー1へ、発艦を許可する。」
「こちらソーサラー1。了解した!」

マーチスは、幾分張りのある声音で返した後、前のスコックスに指示を下す。

「発艦だ!」

彼の言葉を聞き取ったスコックスが頷き、機体の下で待機していた甲板要員に、車輪止めを外せと合図を送る。
車輪止めが外されたのを確認したスコックスは、愛機のブレーキを緩め、エンジン出力を上げる。
機首のエンジンが轟々と唸りを上げ、重いアベンジャーの機体が、順調に加速を付けていく。
飛行甲板を滑走し終えたのだろう、愛機が一瞬だけ、下に沈み込むが、独特の浮遊感と共に、機体が上昇して行く感覚が伝わって来る。
発艦に成功したマーチス機は、真っ暗な夜闇に向けて徐々に高度を上げていき、他の9機のアベンジャーが発艦を終えるまで、
機動部隊の上空を旋回し続けた。

10機のアベンジャーは、手慣れた動作で次々と発艦を終えた後、途中でワスプから発艦した6機のアベンジャーと合流し、
一路、ネロニカ河沿いにある目標に向かって行った。


午後8時50分 ネロニカ地方ソドルゲルグ

ソドルゲルグ魔法研究所の内部にある会議室では、勤務時間外であるにも関わらず、研究所の主だった幹部達が集まり、会合を開いていた。
所長であるギニレ・ダングヴァ導師は、不死の薬制作の責任者であるリムジ・イシュリクの報告を、顔にしかめっ面を貼り付かせたまま聞き入っていた。

「所長、アメリカ軍は、夕方前に第3波の攻撃隊を放っています。我が教団と、軍のワイバーン隊があれだけ、敵機動部隊を叩いたにも関わらず、
敵は依然として、敵地を空襲できる程の戦力を残しています。もし、敵機動部隊が戦艦部隊を分派させて、グラーズレット港を徹底的に叩くとなれば
不死の薬制作に必要不可欠な、テスティツ草も、収容されている倉庫もろもと、全滅する可能性があります。」
「……おのれぇ、ようやく、不死の薬の大量生産に移行しようとした所で、敵がグラーズレットに攻め入って来るとは……!」

ダングヴァ所長は、怒りに声をわななかせながら言う。
テスティツ草とは、マオンド西部の付近で取れる草の事である。
この草は、マオンド西部の森林地帯で良く見られる。
形は楕円形に、葉っぱの端がギザギザに尖っており、色は黒く、葉っぱの全体に赤紫色の斑点が付いている。
この草は、毒草として付近の住民から知られており、昔から、テスティツ草に似た食用のニルシビ草と間違えられて、誤食される事が多い
症状は下痢に吐き気、目眩など、毒性は余り強くないが、稀にそれらの症状が持続し、脱水症状で死に至る場合もある。
このテスティツ草は、不死の薬を作る際に触媒として最適であり、前回の作戦では大量のテスティツ草が運び込まれ、不死の薬制作に大きく役立った。
現在、テスティツ草の残りは少なくなっており、今の所、50人の人間を不死に出来る分の薬が完成しているが、テスティツ草が無い限りは、
研究所内にある大量の魔法薬を、不死の薬に変える事は出来ない。

不死の薬は、テスティツ草が無ければただの無害な水溶液でしかなく、もし、テスティツ草が入って来なければ、貯水槽に入っている魔法薬は
使い物にならない。

「テスティツ草が無ければ、いくら事前薬(テスティツ草を使う前の魔法薬を、彼らはそう呼んでいる)があろうと、宝の持ち腐れにすぎん。
本音を言うと、わしは触媒を必要とする不死の薬を作る事は、あまり気が進まなかったのだ。あのような臭い草をいちいち使うよりは、
時間をかけてでも良いから、もっと簡単な工程で作れる不死の薬を作れば良かったのだ!まったく、魔法製作部の石頭共め!時間が無い、
時間が無いといってこんな欠陥薬を作るから、いざという時に困るのだ!!!」
「所長のお怒りはごもっともです。ですが、今はこの事態に対して、どう対処していくかを考えねば。」

イシュリクは、やんわりとした口調で言う。
だが、それは却って、彼の怒りをあおる事となった。

「対処だと!?折角入手できる筈だった触媒を灰にされようとしているのに、何を対処するのだ!!グラーズレットに集めていた草は、特に
鮮度の良い物を厳選して集めて置いたのだぞ!それを、またしても、あのアメリカ人共が灰にしようとしておる!いや、一部は既に灰にされた!!」

ダングヴァは、顔を真っ赤に染め上げながら怒声を発する。

「残りも灰にされれば、我々の崇高なる執行活動に支障を来すではないか!そもそも、何故、敵の機動部隊は戦闘力を残しておる!?
空襲によって敵空母を1隻撃沈し、4隻を大破させたのであろう!!これは、敵の航空戦力の約半数に当たるぞ!」
「ですが、それでも4ないし、5隻の空母が残ります。」

第9要塞旅団の指揮官である、ムイス・ヒウケル准将が言う。

「それ以前に、航空攻撃の際は戦果の誤認が付き物です。敵に損害を与えた事は事実かもしれませんが、敵機動部隊の指揮官に揺さぶりを掛ける
までには、至らなかったのでしょう。」
「将軍!君は友軍部隊の言葉が信用できんのかね!!」

ダングヴァは、狂犬のような表情を浮かべながら、ヒウケル准将に噛み付いた。

「いえ。勿論、我が優秀なワイバーン部隊の事です。挙げた戦果は事実であると思っております。ですが、相手は物量戦を仕掛ける事で
有名なアメリカ軍です。風の噂によると、アメリカ軍は、たった2年間で20隻以上もの新造空母を前線に送り込んだと言われています。
戦果が事実だとしても、後方に予備がある彼らには、壊滅寸前の重要拠点を前にして、退く、という選択肢自体、考えては無いのかもしれません。」

「馬鹿者!そのような言い訳は聞きたくない!それにもう1つ、わしは気に食わん事が他にもある。」

ダングヴァは、港の方角に顔を向ける。

「港には、海軍の巡洋艦と駆逐艦がいたが、あ奴らは、敵の位置が分かったにも関わらず、出撃しなかった!あ奴らが出撃し、敵を迎え撃たなかった
せいで、グラーズレットは敵の艦載機に、好き放題されておる!このような軟弱者が軍におるとは、誠に信じ難い!!」
「……所長。ワイバーン隊の報告では、敵機動部隊にはアイオワ級戦艦をも含む、有力な水上部隊がおるのですぞ。それ以前に、航空戦力では敵が
勝っています。」

ヒウケル准将は、務めて平静な口調でダングヴァに言い返す。

「これでは、あの艦隊に死ねと言っているような物ですぞ。」
「軍人は、敵と戦う事が仕事であろうが。」
「ええ、勿論そうです。」

ヒウケルは即答する。

「だからといって、圧倒的不利な状況と分かっているのに、敵地に突っ込む事は……それも、勝算が全くないまま、戦うのは余りにも無謀です。
自分は陸軍の軍人であり、海軍の作戦は知りません。ですが、所長の言う通り、艦隊を敵機動部隊に突っ込ませても、近付く前に、航空部隊に
よって容易く討ち取られる事は容易に想像できます。例え、近付けたとしても、戦艦によって一方的に打ちのめされるだけです。それでは、
彼らは無駄死にです。」

彼は、諭すような口調でダングヴァに言った。
だが、頭が完全に煮え切っている彼には、ヒウケルの言葉は全くと言っていいほど、理解できていなかった。
ダングヴァは更に言葉を吐きだそうと、口を大きく開いた。
その瞬間、会議室のドアが勢いよく開かれた。

「失礼します!!」

ダングヴァの体が、一瞬にしてドアの方向に向けられた。

「馬鹿者ぉ!!!今は会議中だ!!!!」

彼の怒声が、慌ててドアを開けた魔道士に向けられた。
魔道士は一瞬、飛び上がらんばかりに仰天したが、胆力が人一倍付いているのか、魔道士はそれに負けまいと、一方的に言葉を吐き出した!

「海軍より緊急信です!我、ネロニカ河沖南方10ゼルド付近に敵らしき艦隊を発見せり!!」
「………」
「………」
「………」

魔道士の報告は、一瞬にして、会議室に居る8人の男の思考を停止させた。
ネロニカ河沖南方10ゼルド……10ゼルド……10ゼルド……
ダングヴァの脳裏に、その言葉が反響する。
沈黙が1分ほど続いた後、ようやく、誰かが口を開いた。

「おい。それは本当なのかね?」

ダングヴァは、自分の声が裏返っている事にも気が付かぬまま、魔道士に質問する。

「はっ。事実であります。報告では、戦艦らしき艦を2隻伴った艦隊が、14リンルの速度で急行しつつあるとの事です。」
「……なんたる……事…だ」

ダングヴァの顔が、みるみるうちに青く染まって行く。

「……いや、しかし。何故こんな所に敵艦隊が来る!?ここは、表面的には何の価値も無い所だ!なのに、何故敵艦隊が!?」

彼は、ヒウケル准将に聞く。だが、陸軍軍人である彼に聞いても、意味は無かった。

「私に尋ねられても、お答えようがありません。」
「むむ……そ、それにしても、敵艦隊がここに向かっているとは……まさか、この研究所の存在が知られたからか!?」

ダングヴァがそう言った瞬間、その言葉を肯定するような出来事が、沿岸部で起きた。
窓の外から、青白い閃光が差し込んで来た。
ダングヴァを始めとする会議室の一同は、窓の近くに集まり、その閃光の方角に見入る。
閃光は、丁度、艦隊が停泊している河口の入り口付近で煌めいている。
この時になって、彼らはようやく、事態の深刻さに気付き始めたのであった。


マーチス少佐の率いるダム攻撃隊がネロニカ河の出入り口に達したのは、午後8時55分の事であった。
先頭を飛行していたワスプ隊のアベンジャーが照明弾を落とした直後、真下にいる敵艦隊が一斉に対空砲火を撃って来た。
攻撃隊の周囲に高射砲弾が炸裂し始めるが、敵は見当違いの所を狙い撃ったのか、被弾する機は1機も無い。

「少佐!第1目標のネロニカ河です!」

パイロットのスコックス少尉が、若干興奮気味になりながらマーチスに報告する。
ワスプ隊の落とした照明弾は、河口の出入り口をくっきりと浮かび上がらせていた。
光の中には、単縦陣で航行する軍艦らしき物が居る。
その姿は、すぐに機体の後ろへ消えて行ったが、それでも敵艦隊の全容を掴む事は出来た。
(船の数は14、5ほど。そのうち、巡洋艦クラスが4隻ないし、5隻といった所か。砲撃部隊はまず、あいつらを相手にしなければならんな)
マーチスは心中でそう呟きつつ、目標への到達を待ち続ける。
攻撃隊は、ダムを破壊するため、雷装したアベンジャー10機と、照明弾のみを積んだ照明隊6機で編成されている。
照明隊はワスプのアベンジャー隊が引き受けてくれたため、イラストリアス隊は全機が雷装状態で出撃する事が出来た。
16機の攻撃隊は、敵の対空砲火を受けつつも、着実にダムへ向かって行く。
先行するワスプ隊は、1分進む毎に照明弾を投下し、事前に打ち合わせた、峡谷沿いの進入路へイラストリアス隊を誘導する。
イラストリアス隊は照明弾の光を頼りに、徐々に高度を下げながら、峡谷に向かって行く。
やがて、山の谷間に下がったイラストリアス隊は、周囲に注意を払いつつ、ダムへの攻撃まであと一歩の所まで迫っていた。

「あっ!ワスプ隊の3番機が……!」

唐突に、機銃員のスワングが悲鳴のような声を上げる。
ワスプ隊は、照明弾を投下しながら飛行を続けていたが、それは同時に、敵の対空砲火を引き付ける事になってしまった。

施設への航空攻撃を警戒していたためか、山頂部には対空陣地が敷かれており、高射砲や魔道銃の攻撃がワスプ隊に集中した。
その結果、ワスプ隊の3番機が撃墜されてしまった。
だが、ワスプ隊は僚機が犠牲になったにも関わらず、編隊を崩す事も無く、黙々と照明弾を投下して行く。
峡谷沿いの飛行が5分ほど続いた後、ようやく、イラストリアス隊は目標のダムを視認する事が出来た。
ダムの真上で、ワスプ隊の照明弾が炸裂する。
青白い光と共に、黒い水面と、その上に浮かぶ真っ白な壁が見えた。

「隊長!前方にダムを発見!距離1000!」
「ようし、ここから一気に行くぞ!」

マーチスは、スコックスの頭越しに目標を確認した後、無線機で攻撃隊の各機に指示を飛ばした。

「こちら指揮官機。攻撃隊各機へ。目標を視認した!後は訓練通りにやれ!以上!」

彼の短い指示は、イラストリアス隊の全機に伝わった。
開けた場所に到達するや、イラストリアス隊は5機ずつが雁行隊形で飛行し、目標であるダムに接近する。
ダムの両脇にある山や、ダム本体からイラストリアス隊目掛けて対空射撃が行われる。
5箇所から、七色の光弾が飛んで来るが、高度を下げつつあるイラストリアス隊を中々捕える事が出来ない。
それに、視界の悪い夜間と言う事もあって狙いが付けにくく、光弾は殆どが見当外れの位置に飛んで行く。
最初の第1グループである5機が、雁行隊形のまま、ダムの湖面から20メートルという超低空を時速270キロという雷撃速度を
維持したまま接近していく。

「800……700……600……」

スコックスが、目標である白い壁との距離を測り、それを口に出して逐一、スコックスに報告する。
目標視認から、射点に辿り着くまでの時間は短かった。

「300!」
「魚雷、投下ぁ!」

スコックスは、気合を入れるかのように、待望の命令を発した。
開かれたアベンジャーの爆弾倉から魚雷が投下され、音立ててダムの湖面に突き刺さる。
最初の5機編隊は、敵の対空砲火に捉われる事無く、猛速でダムの白い壁を飛び抜けて行った。
それから5秒後に、後続の編隊も同じように、ダムの堤防をフライパスした。


「と、と、と、とにかく、こ、ここから立ち去らねば!」

ワスプ隊、イラストリス隊の航空攻撃が行われている最中、ダングヴァは動揺しながら、部下達に指示を飛ばしていた。

「敵の航空機がせ、迫っておるが!ここは厳重に秘匿されておる!敵機が立ち去った後は速やかに、不死の薬や重要書類を回収して、
この場所から逃れるのだ!」
「し、しかし所長。かの敵機は、我々の退路を断つために、ネロニカ橋を落とそうと考えて居るのでは?」
「馬鹿者!それぐらい分かっておる!だが、それでは我々の退路を断つことはできん!」

ダングヴァは、緊張と興奮に顔を歪めながらも、持っていた懐の地図を広げて、部下達に説明する。

「ネロニカ橋はもともと、迂回ルートを通る時の時間が無駄なのを省くために作られた物だ!橋が落ちようが、わしらは昔から存在している、
この川沿いの道を通って行けば良い!そうなれば、敵の艦砲射撃の範囲内から逃れる事も出来る!」
「なるほど、名案ですな。」

後ろで話を聞いていたヒウケル准将が、素っ気ない口調で言う。

「それでは、私は部隊に戻って、敵艦隊との戦闘を指揮いたします。では、これで。」

彼は、見事な敬礼を決めてから、会議室から出て行った。

「ヒウケル准将も、ああ言っておる通り、ここには敵艦隊が迫りつつある。我々は、これまでの努力の結晶を無くさぬ為にも、
少しでも多くの不死の薬や関連書類等を運び出さねばならん。もはや時間が無い。戦闘執行部隊も総動員し、直ちに移送準備にかかれ!」
ダングヴァの命令を受け取った部下達は、大慌てで会議室から飛び出して行った。

「おのれ……アメリカ人共め、今に見て居れよ!」

恨み節を吐きながら、彼は執務室にある重要書類を回収するため会議室から歩み出た。
と、その時。どこからともなく、異様な爆発音が響いて来た。
その爆発音は、立て続けで鳴り響いている。

「む……早くも橋が落とされたか?」

ダングヴァは、腹に答えるような、重々しい爆発音を聞いてそう呟いたが、この時、彼はこの爆発音が、異様に近い場所から響いている事に
気が付いた。

「……にしては、妙に音が大きいな。橋はもっと遠い場所にある。」

彼は首を捻りながらも、自室の前に到達し、慌ただしくドアを開けた。
その直後、室内がまるで、大地震にあったかのように大きく揺れ動いた。同時に、今までに聞いた事も無いような音が、北のさほど遠くない場所から聞こえた。

「な、な、なっ……!」

物凄い振動と轟音が伝わる中、ダングヴァは床に伏せたまま、振動と音が収まるのを待つ。
彼が未知の恐怖を前に縮こまっている間、今度は大量の水が流れ込んでいくような音まで聞こえ始めた。

「……水が流れていくような音……どうやら、河の方から聞こえて来るが…」

その時、ダングヴァは、先程の音の正体が何であるかを、瞬時に理解できた。

「おい、誰か!誰かおらんか!」

ダングヴァは急いで起き上がると、廊下に向かって叫んだ。

「はい。何でありましょうか?」

1人の若い執行部隊の警備兵が、恐る恐ると言った様子で室内に入って来た。

「貴様の部隊長に、誰かを街道の様子見に行かせろと伝えろ!何をぼさっとしておる?早く動かんか!!」

ダングヴァは、最後には大喝を浴びせてから、警備兵を送り出した。
15分後、予想通りの報告が彼の下に飛び込んで来た。

「所長!街道の偵察に赴いた魔道士の報告によりますと、街道は、決壊したダムの破片や、大量の土砂によって完全に塞がれているとの事です!」
「うぬぬ……あの音と振動は、ダムが破壊された時に生じた物か……!」

ダングヴァは、怒りの余り、自室にあった木製の小さな本棚を、思い切り蹴飛ばした。

「脱出路を断たれたとなると……我々はただ、敵が近寄って来るのを待つだけになる……最悪だ!」

彼は、絶望に顔を醜く歪め、両手で頭を抱えた。

「しょ……所長。」

ダングヴァは、声をかけた兵士にすかさず顔を向け、悪鬼もかくやと思われるような表情を表しながら、大口を開けた。

「…!」

すぐに怒声が飛んで来る!そう確信した兵士は、姿勢を固くした。
だが、ダングヴァは怒声を発さなかった。


「………ふ……ふふふふ」

それどころか、気味の悪い笑い声を室内に響かせた。

「おい!副所長を呼んで来い!」

ダングヴァは、早口で兵士に命じる。兵士は頷くと、サッと執務室から立ち去って行った。
2分ほど経ってから、痩身の男が執務室に現れた。

「所長。お呼びでしょうか?」
「ケルニッテヴ。確か、地下には、この地が要塞であった頃に作られた脱出路があったな?」
「はい。確かにあります。あの脱出路は、元々、鉱山でもあった坑道を改造して作られた物です。ですが、作られてから既に200年以上も
経っており、老朽化のため、落盤の危険が高くなっております。それ以前に、あの脱出路を使うにしても、入口付近を塞いでいる岩や、それを
更に塞ぐように置かれている大量の不用品や保管品をどけなければ、脱出路を使うことすら出来ません。」
「だが、我々は、不死の薬という偉大なる兵器を有している今、これを再び有効活用するためにも、あの危険な脱出路を渡らなければならぬ。
苦労を掛けるが、何とか、我々が脱出出来るように出来ない物か?」
「……まずは、現場の状況を確認せねばなりませんな。脱出路がある地下の部屋は、既に5年も閉ざされたままですから。」
「人員はそなたの所に優先的に回す。これも、偉大なるマオンドと、崇高なる我が教団のためだ。何としてでも、あの脱出路を使えるようにしてくれ。」
「わかりました。それでは、これで。」

ケルニッテヴ副所長はそう返すと、足早に執務室から出て行った。

「フッフッフッフ。アメリカ人共め、ダムを破壊して道を断ったその腕前は見事であった。だが、少々詰めが甘いな。」

ダングヴァは、早くも勝ち誇ったような表情を浮かべた。

「我々がここから脱出した暁には、不死の軍団を再び作り上げ、自慢の戦車軍団とやらをも飲み尽くしてやろう。いや、貴様らにはそれでも足りん。
どんな手を使ってでも、酷く苦しめ抜いてやる。いずれは、あの忌々しいアイオワ級戦艦とやらも、乗員共を我らが不死者達の仲間入りにさせてやろうぞ。」

彼はそう言った後、愉快気に笑い飛ばしたのであった。

午後9時20分 ソドルゲルグ沖南17マイル地点 第2艦隊旗艦タリグモゴ

マオンド海軍第2艦隊司令官であるミルギ・ラルヴング少将は、巡洋艦5隻と駆逐艦9隻を率いながら、前進しているであろう、アメリカ艦隊に
向かいつつあった。

「司令!本国の総司令部より緊急信です!」
「読め!」

旗艦である巡洋艦タリグモゴの艦橋で仁王立ちになっているラルヴング少将は、魔道士官に顔を振り向ける事無く、真っ暗な海上を見据える。

「第2艦隊は、重要施設の機密物資の搬送が終わるまで、いかなる手段を用いても、敵艦隊を阻止すべし。場合によっては、敵戦艦に艦艇を
体当たりさせて、敵の進撃を阻止せよ、であります。尚、この命令は、国王陛下より直々に発せられた物である」
「体当たりだと?フン。」

ラルヴング少将は、馬鹿馬鹿しいとばかりに鼻を鳴らす。

「それが出来れば苦労はせん!アメリカ人共が良く使う魚雷すら持っていない我が艦隊では、敵戦艦に近付く前に、一方的にたたきのめされて、
全滅するだけだ!」
「しかし司令。ネロニカ河沿岸には、重要な機密物資が秘匿されているようです。機密物資が搬送されるまでは、是が非でも目的を果たさねば
なりません。もし、敵艦隊に敗れれば、あとは第9要塞旅団のみで敵と戦わねばなりません。確かに体当たりは無理でしょうが、上手く行けば、
砲撃のみでも敵戦艦を脱落させる事が出来るかも知れません。巡洋艦数隻で敵戦艦にかかれば、砲戦力ぐらいを失わせられる事は、既にモンメロ沖海戦で
実証されています。」

彼の側に立っていた艦隊主任参謀が、興奮で上ずった言葉を放つ。

「あの時、味方の巡洋艦が敵戦艦の砲撃に成功したのは、別の味方艦が敵巡洋艦を拘束していたからだ。だが、今回は敵も、我々と同じぐらいの
数の巡洋艦を従えているだろう。敵戦艦に近付く前に阻止されるのは、容易に想像が付く。」
「し……しかし。」
「主任参謀!」

ラルヴング少将は叩き付けるように言ってから、主任参謀に顔を向ける。

「貴様の言いたい事は分かる。我々海軍は、アメリカ海軍相手に負け通しだ。本国では、同じ役立たず同士なのに、陸軍の連中から使えんと
言われている。まだそれだけならいい。だが!軍人でもない、宗教連中にすら馬鹿にされる始末!ここは我々が奮戦し、マオンド海軍を蔑んで
いる奴らを見返したい!と、そう思っているのだな?」

ラルヴング少将の、心を見透かしたかのような言葉を聞いた主任参謀は、何も言う事が出来なかった。

「その様子では、図星と言う所だな。」
「は……その通りでございます。」
「ふむ……実を言うとな、内心は俺も同じ気持ちだ。」

ラルヴング少将は微笑する。

「本国の司令部から送られてきた命令文は、実に気に入らんが、それ以上に、私はマオンドの内庭であるグラーズレット海に、アメリカ人連中が
我が物顔で乗り込んで来ている事がもっと気に入らん。」

彼は、不敵な笑みを浮かべた。

「勝算は無きに等しいが、ここは1つ、我々の姿を敵戦艦に見せ付けて、マオンド海軍ここにありと、連中に知らしめてやろうではないか。」

ラルヴング少将の発した何気無い言葉は、主任参謀の胸に深く食い込んだ。
主任参謀は、しばらくの間呆然としていたが、やがて、ゆっくりと頷いた。

「艦長!南西方向6ゼルド付近に生命反応を捉えました!」

唐突に、伝声管越しに魔道士官から報告が入った。
それまで、主任参謀とラルヴング少将のやりとりと黙って見ていた艦長が、すかさず伝声管に飛び付いた。

「その生命反応は敵艦か!?」

「方角からして、敵艦隊に間違いありません!反応の度合いからして、敵は7、8隻ほどです。反応は尚も増えつつあります!艦種は今の所不明です!」
「艦種が分かり次第、至急報告せよ!」

艦長はそう言って、魔道士官との会話を一旦終えた。

「司令。我が艦の魔道士が敵艦隊を探知しました。距離は南西6ゼルド。敵艦の数は約8隻で、尚も増えつつあるようです。」
「艦種はわからないかね?」
「いえ、まだ不明ですが、間も無く分かると思われます。」

彼がそう言った直後、先程の魔道士官から追加報告が入った。

「艦長!聞こえますか?」
「こちら艦長だ。艦種が分かったのか?」
「はい。敵艦隊の陣容は巡洋艦4隻、駆逐艦8隻のようです。」
「戦艦はおらんのか?」
「いえ、戦艦らしき反応は捉えておりません。」
「……わかった。引き続き、探知を続けろ。」

艦長は、首を捻りながらも、ラルヴンク少将に振り向いた。

「司令。魔道士官の話によりますと、どうも、敵艦隊には戦艦らしき艦はおらんようですな。」
「何?戦艦がおらんだと?ベグゲギュスの報告では、敵艦隊には、戦艦らしき艦が2隻含まれているとあったぞ。」
「おかしいですな。」

ラルヴングと主任参謀は、共に怪訝な表情を浮かべた。

「もしかして、ベグゲギュスの報告に誤りがあったのでは?」
「……それも考えられない事は無いが。それにしてはおかしい。敵は、あの秘密施設の場所を突き止めているのであれば、当然、秘密施設を
守っている第9要塞旅団の存在も知っている筈。第9要塞旅団は、戦艦並みの重砲も揃えている。それなのに、巡洋艦主体の艦隊で突っ込んで
来る事は、自殺行為に等しい。敵は必ず、戦艦を従えている筈だが……」

「ですが、もし、敵が戦艦を連れていた場合。我々はとっくに、敵から砲撃を受けている筈です。現在、我々と敵との距離は既に6ゼルドを
切っています。敵に戦艦が居れば、7ゼルドを切る辺りで主砲を撃ってもおかしくありません。なのに、敵からの砲撃が無いという事は、
敵が戦艦を伴っていないという証拠になりませんか?」

主任参謀の言葉を聞いたラルヴングは、確かにそうだと思った。

「主任参謀の言う通りだな。となると、ベグゲギュスの報告はやはり、誤報と言う事になる。ならば、敵戦艦の大口径砲弾に怯える必要は無いな。」

ラルヴングはニヤリと笑い、即座に命令を発した。

「全艦に通達。これより、敵艦隊を迎撃する!相手は我々と同じ巡洋艦だ!モンメロ沖の雪辱を果たせ!各艦、速力15リンルに上げ!」

彼の指示が、魔法通信で艦隊全艦に伝わり、旗艦を始めとする14隻の艦が、28ノットから30ノットに増速する。
程なくして、全艦が30ノットの速力で海上を驀進し始めた。
第2艦隊に所属する巡洋艦5隻の内、旗艦タリグモゴと2番艦イレドモド、3番艦シタヴコレバは、同じタリグモゴ級巡洋艦に属しており、
残りの2隻、リシュギとミーリンボゥはツポルグム級に属している。
この5隻の巡洋艦を主体とする第2艦隊が、マオンド海軍が有する唯一の海上打撃部隊である。
モンメロ沖海戦後、残存艦艇は敵機動部隊の艦載機にやられるか、潜水艦の餌食になる等して、急速に数を減らして行った。
11月現在では、マオンド海軍に残る巡洋艦は、新旧合わせて9隻しかなく、そのうち2隻は、未だに修理中という有様で、残り2隻は、
偽大型竜母1隻と小型竜母ミカルで編成された、“釣り餌”機動部隊の護衛艦として第1機動艦隊に配属されている。
困窮を極めるマオンド海軍の中で、唯一、第2艦隊だけは比較的新しい巡洋艦や駆逐艦が多く配属されており、戦闘力も高い。
確かにアメリカ海軍は強力無比ではあるが、同じ巡洋艦部隊ならば、今度こそはという者も相当数居た。
艦長が再び、魔道士に呼び出され、しばしの間会話を交わす。

「司令!敵艦隊が面舵に変針しました!どうやら、我々を避けようとしているようです。」
「ほほう、この期に及んで、我々との戦いを避けようとするか。となると、敵は相当慌てていると見える。」

ラルヴングは、小声でそう呟いてから、新たな指示を下す。

「艦隊進路変更!取り舵一杯!」

「針路変更、取り舵一杯!」

彼の命令を聞いた艦長が、すかさず航海長に命令を送る。
やがて、タリグモゴの艦体が左に回頭を始めた。
タリグモゴに習って、後続の艦も次々と回頭する。

「この先は絶対に通さんぞ。覚悟しろ、アメリカ人!」


第72任務部隊第4任務群の2番艦として、旗艦ドーセットシャーの後を追う重巡洋艦ロサンゼルスの艦橋で、艦長のシア・ローランド大佐は、
CICからの報告を聞くなり、敵がこちらの策に嵌った事を確認した。

「敵はうまく食い付いて来たようだな。」

ローランド艦長は、単調な口ぶりで呟いてから、脳裏に各隊の位置を思い浮かべた。
砲撃部隊は、夕刻前の午後4時頃に機動部隊から抽出した艦艇で編成され、一路、目標であるソドルゲルグに向かった。
砲撃部隊は、急遽編成された第72任務部隊第4任務群と、第74任務部隊第5任務群に別れている。
TG72.4は、巡洋艦ドーセットシャーに座乗するヘンリー・ハーウッド少将が指揮を取り、本隊であるTG72.5の10マイル前方を、
前衛部隊として28ノットのスピードで航行していた。
ジェイムス・サマービル中将が直率するTG72.5は、現在、TG72.4の南10マイル付近を航行中である。
TG72.4は、重巡洋艦ドーセットシャー、ロサンゼルス、ロチェスター、ウィチタ、駆逐艦8隻から成り、
TG72.5は戦艦プリンス・オブ・ウェールズ、巡洋戦艦レナウン、軽巡洋艦ケニア、ナイジェリア、セント・ルイス、マイアミ、駆逐艦10隻で
編成されている。
今回の作戦は、まず、夜間攻撃隊がダムを雷撃し、破壊した後、砲撃部隊が現地に接近する。
その際、前衛部隊が本隊の前方に進出し、敵艦隊の有無を確認、敵艦隊が居た場合はこれを釣り上げて捕捉撃滅し、居なかった場合は単独で
沿岸部に接近し、敵の要塞砲と短時間交戦した後に引き上げる。
その後、前衛部隊より敵の要塞砲の大まかな位置を知らされた本隊は、要塞砲を制圧しながら極秘施設に艦砲射撃を加え、これを完膚なきまでに破壊する。
これが、今回の作戦のおおまなか流れである。
作戦の第1段階であるダムの破壊は成功している。次は、前衛部隊の出番である。

「旗艦より通信。ロサンゼルス目標、敵2番艦!」
「敵2番艦か。」

ローランド艦長がそう呟いた直後、敵艦隊から発砲炎と思しき閃光が煌めいた。
やや間を置いて、TG72.4の上空に照明弾が炸裂し、赤紫色の光が艦を照らし出した。

「照明弾か。今度は実弾をぶっ放して来るな。」

ローランドは小声で呟きつつ、艦内電話でCICに居る砲術長に指示を送る。

「砲術長!本艦の目標は敵2番艦だ!」
「アイ・サー!」

砲術長は威勢の良い声でローランドに返した後、すぐに受話器を置いた。
左舷側に指向されている9門の8インチ砲が、目標である敵2番艦に向け直される。
CICのレーダーでは、敵艦隊がくっきりと映し出され、砲術長は、PPIスコープに移る敵2番艦を見据えつつ、各砲塔に細かい指示を伝えていく。
唐突に、敵艦隊で動きがみられた。
巡洋艦群に後続していた敵駆逐艦が隊列から離脱し、30ノット以上の高速力で米艦隊に向かって来る。

「味方駆逐隊、隊列より離脱します!」

すぐさま、TG72.4からも、迎撃のため、8隻の駆逐艦が敵駆逐艦部隊に向かう。
ローランド艦長が砲術長に命令を下してから丁度1分が経った時、砲術長より連絡が入った。

「艦長。砲撃準備完了!いつでも撃てます!」

ローランドは、それに返事を送ろうとした。その時、見張り員から報告が飛び込んで来た。

「敵艦隊発砲!」

その言葉を聞いたローランドは、内心舌打ちをした。
(先手を取られたか。)
彼は心中でそう呟く。先頭を航行している旗艦ドーセットシャーが発砲を開始した。

「砲術長。目標、敵2番艦。撃ち方始め!」
「アイ・サー!」

ローランドの指示を受け取った砲術長は、即座に砲撃始めの号令を発した。
その直後、ロサンゼルスの主砲から、3発の8インチ砲弾が放たれた。
最初は、各砲塔の砲1門ずつのみで行う交互撃ち方からである。

ロサンゼルスの艦橋で見張りに付いている黒人兵のニッキー・ヒルトン1等水兵は、ロサンゼルスが第1射を放った後、
上空から敵弾の物と思しき飛翔音が聞こえている事に気付いた。
飛翔音が極大に達した時、ヒルトン1等水兵は咄嗟に、張り出し通路の防盾に身を隠した。
音はロサンゼルスの真上を通り過ぎた、と見るや、反対の右舷側海面に落下して、水柱を噴き上げた。

「ふぅ、外れてくれたか。」

ヒルトン1等水兵は、いかつい顔をひょっこりと出してから、そう呟く。
すぐに体を起こして、見張りの任に戻る。
ロサンゼルスが第2射を放った時、敵艦隊の方角からも発砲炎と思しき閃光が煌めいた。
程なくして、再び砲弾の飛翔音が響いて来た。

「う、また来た!」

ヒルトンは、今度ばかりは隠れてなるまいと思い、足を踏ん張った。
砲弾はロサンゼルスを飛び越える事無く、ロサンゼルスの左舷側海面に着弾した。
ロサンゼルスが第3射を放った。
8インチ砲の放つ轟音が、夜の海上を圧し、左舷側海面がにわかに明るくなる。
敵巡洋艦も砲撃を行うが、この第3射も、敵艦の艦体に命中する事は無く、敵艦の砲弾も再びロサンゼルスを越え、虚しく水柱を上げるだけに留まった。

しばらくの間、敵2番艦もロサンゼルスも空振りを続けた。
ロサンゼルスが第8射目を放った時、敵艦隊の方角で発砲炎とは異なる光が見えた。
光はすぐに消えたが、その代わりに、おぼろげながらも、オレンジ色の淡い火が灯った。
オレンジ色の火は、いつまでたっても消える事は無かった。

「ドッセットシャー、敵1番艦に命中弾を与えた模様!」

ヒルトンは、艦橋にそう報告する。
その直後、敵弾がロサンゼルスに落下して来た。
敵弾は、左舷側海面に至近弾として落下し、水柱が噴き上がる。
その水柱は、ロサンゼルスの艦体に降りかかり、大量の海水が左舷側甲板に流れ落ちる。

「うわっ!濡れるっ!!」

海水の飛沫を浴びたヒルトンは、素っ頓狂な声で叫びながら、両手で海水を振り払う。

「畜生、マイリーの奴らめ!俺を濡れ鼠にするつもりだな!」

彼は、自分を濡れさせようとした敵2番艦に対して、恨み節を言い放つ。
敵艦隊は、主砲弾を放ちながら、定期的に照明弾を打ち上げて、米艦隊の姿を捉え続ける。
最初は幾らか雑に思えた砲撃の精度も、徐々に良くなりつつあった。
そんな中、旗艦ドーセットシャーが最初に、敵に痛手を負わせたが、残りの3隻の重巡は、命中弾どころか、狭叉弾すら与えていない。

「ちっとも当たりやしねえな。交戦距離がまだ17000メートル以上もあるから、仕方ないと言えば仕方ないかも知れんが。」

ヒルトンはぼそりと呟きながら、もう少し早く、距離を縮めれば良いのにと思った。
砲撃戦は、常に照明弾を打ち上げて敵情を確かめる必要があるマオンド軍に対して、レーダーが使えるアメリカ側にやや有利な形で推移しているが、
砲戦距離が未だに17000メートルと開きがあるのが災いしてか、米側の成績はあまり芳しくは無い。
一応、彼我の距離は徐々に縮まっており、砲撃精度もこれから良くなる筈であるが……

「もう少し、テンポ良く行きたいもんだな。」

ヒルトンは、小声でそう呟いた。その時、またもや敵艦隊の方角で命中と思しき光が灯った。
光の位置は、重巡ウィチタが撃ち合っている敵4番艦の辺りだ。
砲弾命中の光の後、ひときわ大きな閃光が敵艦隊の辺りから煌めき、その後、敵1番艦が生じた火災よりも、明らかに大きい火災が敵巡洋艦の艦体で
発生していた。
(あれは、砲塔か可燃物の収納庫か……そういったような場所に当たったような火だ。なかなか、いい場所を撃ち抜いたのかも知れんな)
ウィチタが得たラッキーショットを、ヒルトンは羨ましく思いつつも、艦橋に報告を送る。

「ウィチタ、敵4番艦に命中弾を与えた模様!」

報告を終えた直後に、ロサンゼルスが第9射を放った。
轟音と震動と共に、3発の砲弾が砲身から撃ち出され、敵艦目掛けて飛んで行く。
敵2番艦からも発砲炎が灯るが、そのすぐ後に、第9射が敵艦の周囲に落下した。
ヒルトンは、敵2番艦の艦体に、砲弾が命中した時の閃光が発せられたのを、確かに見た。

「命中!命中です!!」

ヒルトンは、思わず感激にしながらも、上ずった声音で報告を伝えた。
ロサンゼルスは、今回が初めての水上砲戦となる。
先のモンメロ沖海戦では、ベグゲギュスの攻撃を受けて中破し、決戦を前にして戦線を離脱せざるを得なかったが、今回の作戦は、
その時の雪辱を晴らす絶好の機会であった。
そのロサンゼルスは、ようやく、自らの主砲弾を敵艦に叩き付ける事が出来た。

「おっと、ここで興奮している場合じゃねえ。戦いはこれからなんだ。落ち着け、自分!」

ヒルトンは、そう呟きながら興奮を無理やり押さえ、再び敵2番艦に視線を送り続ける。
その時、敵2番艦から放たれた砲弾が、ロサンゼルスに降り注いで来た。


砲弾の飛翔音が極大に達したと思いきや、唐突に、2度の異音がロサンゼルスの艦体に伝わった。

「む、この振動は……!」

ローランドは、艦橋内で揺れに耐えながらも、ロサンゼルスの艦体に何かが起きた事を悟った。

「本艦左舷中央部舷側と後部甲板に命中弾!中央部の被害は軽微!後部甲板からは火災が発生しました!」
「ダメコン班!至急後部甲板の被弾個所に向かえ!」

ローランドはすかさず、艦内電話でダメージコントロール班に指示を飛ばす。

「しかし、こっちがやっとで1発叩き込んだのに、あっちは2発も撃ち込んで来やがった。敵巡洋艦は、砲の数からしてタリグモゴ級。
ボルチモア級重巡として就役したロサンゼルスと同じく、新鋭艦の部類に入る。相手も7インチ相当の砲戦力だから、性能的には対して差は無い。」
(ぶち当てた砲弾の数で判断すれば、相手の艦長の方が、俺よりも腕が良い、てことになるかも知れんな)
ローランドは、言葉の最後の部分は心中で呟く。

「しかし、舷側に砲弾が当たったといのに、損傷軽微で済むとは……流石は新鋭艦だ。条約型巡洋艦と違って、いい防御力を持っている。」

ロサンゼルスは、ボルチモア級重巡洋艦の8番艦として竣工している。
ボルチモア級重巡は、米海軍では初の条約明け後に設計、建造された艦であり、艦体には条約型重巡ではほぼ成し得なかった防御力の強化が
ふんだんに行われている。
この結果、防御力は条約型重巡と比べて格段に向上し、基準排水量が条約型重巡よりも大きい13600トンに増大した。
敵巡洋艦が命中した舷側の装甲には152ミリの装甲板が張られており、装甲は見事にその役割を果たしたのである。

「あちらの腕前が、俺よりも良いかもしれんが、こっちは防御には自信があるんだ。その腕前の差、すぐに埋めさせて貰うぞ。」

ローランドは誰にも聞こえぬような小声で呟く。
直後、ロサンゼルスが最初の第1斉射を放った。
55口径8インチ砲9門が放つ斉射音はなかなかに凄まじく、ローランドは空気の塊で体を殴られたかのような振動を感じた。
ロサンゼルスの斉射弾が降り注ぐ前に、敵2番艦も発砲する。
敵2番艦の発砲炎は、これまでのよりも明らかに大きい。
(敵さんも斉射弾を放ったな)

ローランドはそう確信した。
飛来して来る砲弾の数からして、敵2番艦も、ロサンゼルスと同様に交互撃ち方を行っていた事は分かっている。
敵2番艦の艦長は、命中弾が出た事で精度は良いと判断し、斉射に移ったのであろう。
第1斉射弾が敵2番艦に降り注いだ。
この時、敵1番艦はドーセットシャーとの撃ち合いで艦のあちこちから火災を発していたため、その火が、おぼろげながらも、敵2番艦の姿を
映し出していた。
蜃気楼のような敵2番艦の姿が、一瞬だけ、幾つもの細長い黒い塊に覆われて見えなくなる。
細長い黒い塊の正体は、ロサンゼルスが放った第1斉射弾が着弾した事によって生じた水柱である。
ローランドは、林立した水柱の中に、命中弾と思しき閃光をはっきりと確認する事が出来た。

「よし、1発は命中したな。」

彼は小声で呟いた。
その刹那、砲弾の飛翔音が聞こえたかと思うと、金属的な叫喚が鳴り響き、ロサンゼルスの艦体が一際激しく揺れた。

「ぐっ、あっちも当てて来たか!」

ローランドは、振動に耐えながら、半ば感嘆した口調で呟く。

「艦長!左舷1番両用砲に直撃弾!両用砲座は全壊!被弾個所から火災発生!」

艦橋に見張り員の声が飛び込んで来る。

「こちら艦長!左舷1番両用砲に命中弾だ!すぐに対処に当たれ!」

ローランドは、艦内電話でダメージコントロール班に指示を飛ばす。
最初の第1斉射を放ってから15秒後に、ロサンゼルスが第2斉射を放つ。その直後、敵2番艦も第2斉射を放った。
(敵2番艦の奴、先の斉射から12、3秒しか経っていないのに砲を撃ちやがった。タリグモゴ級は、ボルチモア級よりも発射間隔が
短いようだ。となると、純粋な打ち合いではこちらがやや不利ってことか)
ローランドは、心中で状況を確認する。

「ドーセットシャー被弾!後部砲塔1基、使用不能の模様!」

見張りが新たな報告を知らせて来る。
旗艦ドーセットシャーは、敵1番艦と撃ち合いを演じていたが、それまでは、技量が勝るドッセットシャーが敵に打ち勝っていた。
が、ここにきて敵1番艦の射撃精度も向上しており、ついにドーセットシャーに命中弾を与えた。
敵1番艦の射弾はドーセットシャーの第3砲塔を粉砕し、砲戦力の25%を奪ってしまった。
敵1番艦は、ドーセットシャーに散々叩かれていた物の、主砲は1門も破壊される事は無く、全て健在であった。

「敵もやるな。」

ローランドはぼそりと呟いた。その直後、敵の第2斉射弾が降り注いで来た。
またもや艦体に異音が鳴り響き、ロサンゼルスの13600トンの体が揺さぶられる。

「左舷中央部に命中弾!40ミリ機銃座2基破損!」
「後部甲板に命中弾!火災、更に広がります!」

ローランドは、その被害報告に素早く答えながらも、目は敵2番艦を捉え続けていた。
その敵2番艦に、ロサンゼルスの斉射弾が降り注いだ。
敵2番艦が、先程と同様に艦の周囲を至近弾で覆われる。その中で、命中弾と思しき閃光が灯る。
閃光は、中央部と後部辺りから煌めき、特に後部付近からは、一際激しい閃光が灯り、微かながら、細長い破片のような物が吹き飛んで行く様子も見て取れた。
ロサンゼルスの第2斉射弾は、少なめに見積もっても、2発が敵2番艦の艦体を捉えていた。

「敵2番艦にも火災が発生したか。」

ローランドは、敵2番艦の中央部と後部に生じた火災炎を見つめる。
(特に後部付近の火災が激しいな……あの位置は、敵の第3砲塔がある辺りだ。もしかして……)
ロサンゼルスが第3斉射を放つ前に、敵2番艦が第3斉射を放って来た。
その時、後部付近からは発砲炎と思しき物は、全く無かった。
(やはり……第2斉射弾は、上手い具合に砲塔を叩き潰したようだ)
ローランドは、やや満足げな表情を浮かべた。

ロサンゼルスが第3斉射弾を撃ち放った直後、敵の第2斉射弾が降り注いで来た。
周囲に砲弾が落下し、水中爆発の衝撃がひっきりなしに、ロサンゼルスの艦体を叩く。
艦橋のスリッドガラスの前でピカッと、白い閃光が放たれたと思いきや、強烈な爆裂音が鳴り響き、破片と思しき物が多数艦橋に当たり、
艦橋内にはスコールが降り注いだような音が響いた。

「艦首甲板に被弾!錨鎖庫付近に火災発生!」
「見張り員1名負傷!衛生兵を呼びます。」

2つの報告が、ほぼ同時に艦橋に飛び込んで来た。
敵の第3斉射弾は、1発がロサンゼルスの艦首甲板に命中した。
18センチ口径の砲弾は、薄い艦首甲板を突き破って左舷側錨鎖庫に達し、そこで炸裂。
爆発エネルギーは左舷側艦首部分をざっくりと引き裂き、爆風が錨を海中にはたき落とした。
爆発の際の破片は、被弾個所から後方にある第1、第2砲塔や、艦橋部に流れ込み、破片を食らった見張り員1人がその場に倒れた。

「レーダーに異常は無いか!?」

ローランドは、真っ先にレーダー機器の方を心配し、CICにすかさず確認を取る。

「こちらCIC!今の所、レーダー機器に異常はありません!」
「了解。」

ローランドは冷静に答えつつ、内心ではホッとしていた。
レーダー機器は防備が施されていない分、被弾には非常に弱く、破片をもろに受ければレーダー機器が丸ごと全損という事もあり得る。
現に、過去の戦闘では、レーダー機器を失ったため、戦闘行動が行えなくなったという艦もおり、ローランドはレーダー類がいつ
使えなくなるか、気が気でなかった。
(今の所、電波の目は使えるな)
ローランドは心中でそう呟いた。
ロサンゼルスの第3斉射弾が敵2番艦に着弾する。
敵2番艦の周囲に三度、水柱が林立する。その中に、命中の閃光が煌めいた。
閃光は、前、中、後部と、ほぼ均等の位置に灯った。

(前部にも命中したか。もしかしたら、また砲塔を潰したかも知れんな)
ローランドは、命中弾の位置から、敵の前部砲塔を潰したかと思った。
しかし、彼の予想はすぐに外れと分かった。
敵2番艦が第4斉射を放った。光量は、先程とほぼ同じである。

「うぬ……いらん期待をしてしまったか」

彼は、淡い期待を抱いた自分を恥じながらも、敵2番艦から目を離さず、監視を続ける。
敵2番艦が第4斉射を放った5秒後に、ロサンゼルスも第4斉射を放つ。
それから間を置かぬ内に、敵2番艦の射弾がロサンゼルスに殺到して来た。
異音が2度、ロサンゼルスに鳴り響く。異音は艦橋の後ろ側と、前の方から聞こえてきた。

「左舷2番両用砲損傷!火災発生!」
「第1砲塔に命中弾!されど、損害なし!」

この2つの報告が、前後して艦橋に届けられた時、ローランドは一瞬、複雑な表情を浮かべた。
(流石は新鋭巡洋艦だ。砲塔部の守りは固い……だが、一方で左舷側に向けられる両用砲は、先の被弾で半減してしまった。これはちと痛いぞ。)
ローランドは、ボルチモア級独特の重防御さに感心する半面、向けられる砲が減った事にやや落胆する。
ボルチモア級重巡は、クリーブランド級軽巡と同じように、舷側に2基の38口径連装両用砲を装備している。
艦首前部、並びに、後部の軸線上に配置されている連装両用砲も合わせれば、片舷に対して計8門の5インチ砲を向けられる事が出来るのだが、
敵巡洋艦は、舷側の両用砲座を悉く粉砕している。
この結果、ロサンゼルスは、左舷側に向けられる砲戦力が減ってしまった。
両用砲の口径は5インチと、艦砲にしては小さい部類であるが、発射速度は良好であり、5インチ砲も交えた全力射撃は、敵に対して間談の無い
砲撃を浴びせる事が可能であり、これによって、敵に与えられるダメージも無視できない。
それが出来なくなるのは、地味に痛かった。
敵2番艦が第5斉射を放つ。
ロサンゼルスも、お返しだと言わんばかりに、第5斉射を放った。
着弾は敵2番艦の斉射弾の方が早かった。
またもや、艦の前方で異音が鳴り響く。先とほぼ同様な衝撃が艦に伝わり、ローランド以下の艦橋職員は、足を踏ん張って揺れに耐えた。
ロサンゼルスが斉射を放った2秒後に、敵2番艦は第6斉射を撃ち放った。

その返礼に、ロサンゼルスは第6斉射を放つが、この時、ローランドは自分の艦に異変が起きている事に気付いた。

「……第2砲塔が沈黙している。まさか……!」

その時、艦内電話が鳴り響いた。

「こちら艦長!」
「砲術長です!第2砲塔が被弾で砲撃不能に陥りました!」
「やはりか……砲員の安否は?」
「砲台長とその他2名が衝撃で重傷を負い、3名が軽傷です。第2砲塔からの報告では、砲の装填装置が故障した他、砲身に歪みが生じているようです。
敵の砲弾はどうやら、砲塔の真正面から当たったようです。」
「……了解。引き続き、残る主砲で砲撃を続行しろ。」

ローランドは、冷静な口調で砲術長に命じ、電話を置いた。
(クッ……これで使える砲塔は、互いに6門のみ、か。悔しいが、本当にいい腕だ。お前達もやってくれるじゃないか)
彼は、心中で敵2番艦にそう語りかけた。
ロサンゼルスの第6斉射弾は、敵2番艦の後部甲板に命中した。
砲弾が、破壊された第3砲塔を粉砕し、敵2番艦の火災をより一層拡大させる。

「敵2番艦の火災、更に大きくなります!」

見張りの絶叫めいた報告が聞こえて来るが、敵2番艦がそれに刺激されたかのように、第7斉射を放って来る。
ロサンゼルスは、それから12秒後に斉射弾を放つ。
敵弾が降り注ぐ前に、敵2番艦は更に第8斉射を放った。

「くそ、発射速度が勝っている方と戦うと、あまり良い気持ちにはなれんな。ブルックリン級やクリーブランド級と戦った敵の艦長の気持ちが、
少しは分かった気がするな。」

ローランドは、呻くような口調でそう呟く。
その直後、新たな砲弾がロサンゼルスに突き刺さった。

艦橋に、異音が3度伝わって来た。
今度の振動は、これまでの物と比べても大きく、聞こえて来る音も、どこか激しさが感じられた。
(何かが派手に壊れる音がしたな)
ローランドが心中で思った時、艦内電話がけたたましく鳴り響いた。

「こちら艦長!」
「こちらダメコン班です!敵弾は左舷側中央部と後部甲板に命中!中央部は更に機銃座が破壊され、火災が延焼。後部甲板では水上機収容クレーンと
カタパルトが破損しました!」
「了解。引き続き、任務に当たれ。」

ローランドは、素っ気なさを感じさせる声音で返してから、受話器を置いた。
(カタパルトとクレーンがやられたか。これで、水上機は使えなくなったな)
敵弾は3発中、1発が中央部命中し、2発が後部甲板端にある水上機収容クレーンとカタパルトに命中した。
中央部に命中した砲弾は、更に20ミリ機銃2丁と40ミリ機銃座2基を吹き飛ばし、左舷側の対空火力を更に減らした。
クレーンとカタパルトは、砲弾炸裂によって夥しく破壊され、クレーンはお辞儀をするように後部甲板に倒れ込み、カタパルトは2本ある内の1本が
くの字に折れ曲がり、もう1本は設置部分が根こそぎにされて、中央から後ろ、約3分の1の部分がやや浮いたようになっていた。
ロサンゼルスの第7斉射弾が敵2番艦に降り注いだ。
6発中、1発が敵の艦首甲板に命中し、火災炎を上げた。
ロサンゼルスが第8斉射弾を放つ前に、敵の斉射弾が着弾する。
2発がロサンゼルスの艦体を叩いた。

「後部両用砲に被弾!両用砲損傷!」
「後部艦橋にも命中弾!死傷者が出ています!」

その報告が艦橋に届いた直後、ロサンゼルスが負けじとばかりに、第8斉射を放つ。
その時、敵艦隊の後方で派手な爆発が起こった。
ローランドはすかさず、敵4番艦に視線を移す。敵4番艦が居ると思しき位置から、火柱が天を衝かんばかりに噴き上がっている。
敵4番艦は、後部部分から大爆発を起こしていた。位置からして、何らかの原因で、主砲弾薬庫の誘爆が引き起こされたのであろう。
その原因が何であるかは、容易に想像が付いた。

「ウィチタ、敵4番艦に致命弾を与えた模様!」
「ウィチタか……流石は、大西洋艦隊随一の重巡だ。」

ローランドは、敵4番艦を大破炎上させたウィチタの腕前に感心した。
ロサンゼルスの第8斉射弾が降り注ぐ直前、敵2番艦が第10斉射を放つ。
その直後、敵2番艦に第8斉射弾が殺到し、敵艦の周囲に水柱が立ちあがり、命中弾の閃光が煌めく。
この時、彼我の距離は15000メートル以下に縮まっているため、砲戦開始当初と比べて、敵の状況が確認し易くなっている。
敵2番艦の後部艦橋と思しき場所に命中弾の閃光が煌めき、何かの破片と思しき物が空高く舞い上がる。
その直後、マストらしき物が崩れ落ちて行くのが確認できた。
ロサンゼルスが与えた命中弾はこの1発だけであった。
敵2番艦の第10斉射弾が、ロサンゼルス目掛けて殺到して来る。
ロサンゼルスは、敵弾が降り注ぐ前に第9斉射弾を放つ。その直後、敵弾がロサンゼルスの艦体を叩いた。
敵弾は2発が、ロサンゼルスに命中した。
砲弾は艦首甲板と後部甲板に突き刺さった。
艦首甲板に突き刺さった砲弾は、損傷した錨鎖庫に飛び込み、爆発によって右舷側の錨までもが海中にはたき落とされてしまった。
後部甲板に命中した砲弾は、先の被弾個所であるクレーンとカタパルトの近くに命中した。
砲弾は最上甲板を貫通し、格納庫に達してから炸裂した。
格納庫には、2機のOS2Uキングフィッシャーが、翼を折り畳んだ状態で保管されていたが、砲弾はこの2機を完璧に粉砕した他、
格納庫内にあった整備用の機械や工具類を目茶目茶に破壊し、格納庫を鉄屑集積所に変えてしまった。

「畜生!敵にも打撃を与えている筈なのに……こっちの方が、いいようにやられているような気がする!」

ローランドは、悔しげな口調で呟く。
ロサンゼルスに命中した砲弾は、既に17発を数えている。
それに対して、ロサンゼルスが敵に与えた砲弾は10発である。
成績は、明らかに敵の方が良い。

「早い内に勝負を決めねば、形成は不利になって行く。せめて、敵の砲塔をあと1基、使用不能にできれば……!」

ローランドは、第9斉射弾が敵の砲塔を、最低でも1基は潰してくれる事を願った。

ロサンゼルスの第9斉射弾が敵2番艦に降り注いだが、結果はローランドが期待した物とは、異なる物になった。
敵2番艦が水柱に覆われ、その中から2度、命中弾の閃光が煌めく。
命中弾は、後部と中央部の辺りであった。
残念だったなと嘲笑するかのように、敵2番艦が第11斉射を放った。

「クッ、やはり、思い通りにはならんか!」

ローランドは、自分の期待が外れた事に内心苛立ったが、それでも平静さを忘れまいと努力する。
敵2番艦の砲弾が降り注いで来た。
ロサンゼルスは、被弾前に第10斉射を放つ。その直後、これまでのよりも激しい衝撃がロサンゼルスを襲った。
今度ばかりは、ローランドも耐えきれず、床に転倒してしまった。
砲弾は、ロサンゼルスの艦橋真横の左舷甲板と後部甲板に命中した。
このため、衝撃がもろに艦橋に伝わり、艦橋職員は、全員が例外なく、床を這わせられる事になった。

「艦橋横の左舷側甲板、並びに後部第3砲塔横の甲板に命中弾!」

ダメコン班からの報告が艦橋に飛び込んでくる。その後に、CICからも報告が伝えられた。

「艦長!こちらCIC!先の被弾で、レーダーがブラックアウトしました!」
「何!?レーダーがブラックアウトだと!?」

ローランドは、とうとう恐れていたい事態が起きたかと確信したが、彼は被弾個所からどのレーダーがやられたかを推測した後、
すかさず、CICに聞き返した。

「どれだ?どのレーダーがやられた?」
「……破損したのは対空用のSKレーダーです!水上用のSGレーダーはまだ生きています!」

その返事を聞いたローランドは、僅かながらも安堵する事が出来た。

「OK。SGレーダーが生きていればまだ大丈夫だ。まだレーダー射撃は続けられる。引き続き、敵艦隊の監視を怠るな。」

「アイ・サー!」

ローランドは、受話器を置いた。
レーダー機器は、マスト1本に集中している訳ではなく、前部マストには対空用のSKレーダーを、後部マストには対水上用のSGレーダーを、
という具合に分散させてある。
ロサンゼルスは、先の被弾で前部マストにも被害が及んだが、幸いにして、破損したレーダー機器はSKレーダーのみで済んだのである。
もし、SGレーダーも前部マストに設置されていれば、今頃はレーダーの情報無しに光学照準射撃を行うハメになっていただろう。
ロサンゼルスが第11斉射を放つ。それと同時に、敵巡洋艦も第12斉射を放った。
彼我の放った砲弾が上空ですれ違い、互いの艦めがけて殺到して行く。
ロサンゼルスと敵2番艦の放った砲弾は、ほぼ同時に着弾した。
ロサンゼルスの後部と中央部に、それぞれ1発の砲弾が命中する。中央部に命中した砲弾は更に対空火器を粉砕して被害を拡大させていく。
後部に飛来した砲弾は、第3砲塔の天蓋に命中したが、砲塔を貫通する事が出来ず、その場で炸裂した。
ロサンゼルスの砲弾も敵2番艦に命中する。
今度は3発が敵2番艦に命中した。命中個所は、敵2番艦の右舷側舷側と艦橋の後ろ側と、敵艦の後部甲板である。
砲弾が命中した後、敵2番艦は前部部分と艦橋の後ろ側から黒煙を噴き上げた。
ロサンゼルスが第12斉射を放つ前に、敵2番艦が第13斉射を放つ。
それから3秒後に、ロサンゼルスが第12斉射を放った。
ロサンゼルスに敵弾が落下し、新たに左舷中央部舷側に1発、後部甲板に1発が命中する。

「中央部並びに後部甲板に被弾!火災、尚も拡大します!」
「クソ!こっちの方が、総合性能は上の筈なのに……!」

相次ぐ被弾によって、痛めつけられていく自艦を前にして、ローランドの心中には、焦りが芽生え始めていた。
ロサンゼルスの斉射弾が、敵2番艦に落下する。
今度は2発が敵2番艦に命中した。2発中1発は、奇しくも、先程命中した右舷側舷側の被弾個所に突き刺さり、喫水線下の傷口をより拡大させた。
もう1発は、敵の第2砲塔がある辺りに命中した。命中の瞬間、夥しい破片が噴き上がるのが確認出来た。

「よし!今度こそ、砲塔を潰したかも知れんぞ!」

ローランドは、声を弾ませながらそう確信する。敵2番艦が更に斉射を放ってくるが、発砲炎が明らかに小さかった。

「やったぞ!これで、残る主砲塔はあと1基だ!」

ローランドは興奮を抑えきれずにそう言い放った。
散々叩かれて来たロサンゼルスであるが、これで、ようやく優勢となった。
後は、残る砲塔を叩き潰して、勝ちを決めるだけだ。
ローランドは心中でそう決意した。
だが……彼の決意は、意外な形で空振りに終わる事となった。
敵2番艦の砲弾が落下してきたが、どういう訳か、砲弾は全て、ロサンゼルスの左舷側海面に着弾していた。

「ん?この期に及んで、砲弾を外すとは……何かあったのか?」

敵2番艦の突然の射撃精度低下に不審に思ったローランドは、双眼鏡で敵2番艦の様子を見ようとした。
そこに、見張りからの報告が耳に飛び込んで来た。

「敵2番艦、速力落としています!」
「何?」

首をかしげたローランドは、双眼鏡越しに敵2番艦を凝視した。
敵2番艦は、先程と比べて、急激に速力を落としつつある。それに加えて、敵2番艦は右舷側に傾斜していた。
それでも、敵2番艦は尚も砲撃を行って来た。
敵2番艦の斉射弾は、すぐにやって来たが、その砲弾は先程と同様、ロサンゼルスを飛び越える事すら叶わなかった。

「傾斜しているせいで、艦のトリムが狂い、それが射撃精度の低下に繋がったのか……

あの傾斜の仕方からして、喫水線下の被弾個所に相当の海水が流れ込んでいるのかも知れんな。」
ローランドは、敵艦の状況をそう分析した。

「敵1番艦、沈黙。」

見張りから新たな報告が入る。ローランドは、視線を敵2番艦から敵1番艦に移す。

敵1番艦は、艦の各所から火災を起こし、急速に速度を下げつつある。
ドッセットシャーは、敵1番艦から15発の命中弾を受け、第3砲塔と第2砲塔を使用不能にされたが、逆に23発の命中弾を浴びせて
敵1番艦を戦闘不能に陥れていた。
ローランドは、視線を敵1番艦から、再び敵2番艦に向け直す。
敵2番艦もまた、敵1番艦と負けず劣らず、艦の各所から火災を起こしている。
特に後部の火災は酷く、今にも後部艦橋が炎に飲み込まれそうになっている。
敵2番艦の第1砲塔からは、もはや、発砲炎が煌めく事は無い。
敵2番艦の状態から見て、戦闘能力を失った事は、誰の目から見ても明らかであった。


それから10分後。最後の敵巡洋艦が、ドーセットシャー、ロサンゼルス、ロチェスターの前に屈した。

「撃ち方やめ。」

ローランドは、最後の斉射が行われた直後に、砲術長にそう命じた。
最後の敵巡洋艦は、3隻の重巡に滅多打ちにされた影響で、全艦火達磨となっている。
この敵巡洋艦が、じきに水面の底に導かれる事は容易に想像が付いた。

「しかし……俺のロサンゼルスに関しては、新鋭重巡ゆえの、防御のお陰で勝ったようなもんだな。これが、やや古いタイプの重巡……
ニューオーリンズ級とかの重巡だったら、今頃どうなっていた事やら……」

ローランドはそう呟きながら、ロサンゼルスがボルチモア級重巡の1隻として生まれた事を、深く感謝した。
ロサンゼルスは、敵巡洋艦に21発の砲弾を叩き込まれている。
それに対して、ロサンゼルスは敵に16発を命中させた。
砲の口径から見れば、ロサンゼルスの方が、敵に与えたダメージは大きい事になるが、射撃に関しての成績を見れば、明らかに敵巡洋艦の方が
上だと言う事が分かる。
もし、ロサンゼルスに重防御と言う加護が無ければ……そして、敵巡洋艦に与えた砲弾の当たりどころが、敵にとって良い物となっていたら、
戦闘不能に陥れられたのは、ロサンゼルスであっただろう。

「この船を設計してくれた技師に感謝しなくてはな。」

ローランドはそう言った後、今度こそ、心の底から安堵する事が出来た。

午後10時 ソドルゲルグ沖南西17マイル地点

臨時にTG72.5を率いている、第72任務部隊司令官ジェイムス・サマービル中将は、通信将校から報告を聞いていた。

「前衛部隊は、先の戦闘で駆逐艦2隻沈没、重巡ウィチタ大破、駆逐艦2隻大破、重巡ドーセットシャー、ロサンゼルス、ロチェスター中破、
駆逐艦3隻中小破の損害を受けましたが、敵巡洋艦2隻撃沈確実、3隻撃破。駆逐艦4隻撃沈確実、5隻撃破の戦果を与え、敵艦隊を打ち破る
事に成功しています。」
「前衛部隊は、本当にご苦労だったな。」

サマービルはそう言ってから、先程から抱いていた懸念を、参謀長のシャンク・リーガン少将に話した。

「しかし、前衛部隊の殆どの艦が損傷を受けたとなっては、敵の要塞陣地に対する威力偵察は、控えた方が良いかもしれんな。」
「司令官の言う通りです。」

リーガン少将は頷いた。

「TG72.4は、戦闘開始前と比べて戦力の低下が激しいですからな。ここは、退かせてやるのが得策かと、思われます。」
「……参謀長、実を言いますと、TG72.4司令部からの報告には続きがあります。」
「続きだと?」
「はい。」

通信将校は頷くなり、持っていた紙片の内容を読み始めた。

「我、これより、敵要塞陣地の威力偵察を行う。敵陣地の情報は、必ずや、貴艦にもたらす物なり……であります。」
「な……馬鹿な!」

リーガン参謀長が驚いたように叫んだ。

「司令官!TG72.4は、敵艦隊との交戦でボロボロです。それ以前に、敵の極秘施設には、戦艦並みの威力を持つ要塞砲もあると言われています!
TG72.4を突っ込ませるのは、余りにも無謀かと思われますが……」

「ふむ……君の言う通りだな。」

サマービルも、リーガンの言葉を聞いて、深く頷く。

「だが、参謀長。ハーウッドの部隊は、もう既に動き出しているだろう。今更戻れと命令しても、手遅れかもしれん。」
「し、しかし、司令官!」
「まぁ参謀長。少しは落ち着きたまえ。」

サマービルは、尚も食い下がるリーガン参謀長、諭すような言葉で制した。

「TG72.4の指揮官は、ラプラタ沖で活躍したあのハーウッドだぞ。奴は常に合理的で、危な気のない方法を考えてくれる。恐らく、今回も、
何か考えがあって、ボロボロになった艦隊を敢えて前進させたのだろう。」
「考え……ですか。」

リーガン少将は、尚も納得しがたいといわんばかりに、渋面を張り付かせる。
この時、上空に航空機の物と思しき爆音が通り過ぎていく事に、彼は気付いた。
その爆音は、南から北に向かって行った。

「……なるほど、そう言う事ですか。」

リーガンが納得すると、サマービルは人を食ったような笑みを浮かべた。

「だから言っただろう。ハーウッドは、常に良い考えを持っていると。」
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