自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

292 第214話 疑問符の戦果(後編)

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第214話 疑問符の戦果(後編)
1485年(1945年)1月17日 午後6時 リリャンフィルク沖北西90ゼルド地点

この日、ヒーレリ領リリャンフィルク近郊で一時的に休息を取っていた第618空中騎士隊は、昼頃より続けられているアメリカ機動部隊に
対する航空攻撃に、第5次攻撃隊として参加していた。
第618空中騎士隊指揮官であるウィルグバ・トルンキヲ少佐は、58騎のワイバーンを従えながら、偵察ワイバーンが発見した敵機動部隊に
向かっていたが、陽もすっかり落ちた今、洋上は完全に真っ暗となっていた。

「なんてこった……これじゃ敵を見つけられんかも知れないぞ。」

トルンキヲ少佐は不安げな表情を浮かべながらそう呟いた。
昼頃から続けられているアメリカ機動部隊に対する攻撃は、既に4波500騎以上にも及び、午後4時の時点で敵空母6隻撃沈破、戦艦1撃沈、
巡洋艦またはその他を6隻撃沈、または大中破させたと言われている。
トルンキヲ少佐は、攻撃を仕掛けた敵機動部隊とは南に10ゼルドの位置に居た別の敵機動部隊を叩く為、同僚部隊である614空中騎士隊と
共に敵を探し求めているのだが、彼の内心は、これまでに経験した事の無い不安で満たされていた。

「俺の空中騎士隊は、今回が初めての実戦だからな。偵察ワイバーンの話では、敵機動部隊は3群居て、そのうち2群に損害を与えたと言うから、
敵の夜間戦闘機の迎撃は無いか、あったとしても小規模と言われているが……この難しい夜間攻撃で、なるべく被害を受けずに戦果を上げられる
といいが……」

彼はそう呟きながら、軍司令官から聞かされた、15日の夜半から続く一連の航空戦の結果を思い出す。
去る1月15日。ヒーレリ領に一時的に駐屯していたレスタン領増援部隊は、本国からの指令で急遽、ヒーレリ領西岸を航行している
アメリカ機動部隊を攻撃する事となった。
まず、15日の夜半には第31空中騎士軍がアメリカ機動部隊に夜間攻撃を行い、敵空母3隻撃沈、2隻撃破、戦艦1隻撃破、
巡洋艦、駆逐艦6隻撃破という大戦果を上げたが、代償として出撃数220騎中140騎を失っている。
翌16日には、リリャンフィルク南方の物資集積所を襲撃した敵機動部隊に対して、同じく増援部隊であった第28空中騎士軍が
薄暮攻撃を仕掛け、空母2隻撃沈、2隻撃破、巡洋艦1隻撃沈、駆逐艦2隻撃破という戦果を上げたものの、第28空中騎士軍も
出撃した200騎のワイバーンの内、98騎が未帰還となっており、2個空中騎士隊が壊滅判定を受けてしまった。

これだけの大損害を与えたにもかかわらず、17日にはリリャンフィルクと、その北方のワイバーン基地に艦載機を送り込み、
同地の味方部隊に少なからぬ損害を与えている。
しかし、15日以来の損害がかなり効いているのか、この2方面にはそれぞれ200機前後の艦載機が1度だけ空襲を受けただけで済んでいる。
ヒーレリ領空中騎士軍統括司令部は、この報告を本国に送った後、僅か15分後に弱った敵機動部隊に大規模な追い討ちをかけよとの命令を受け取った。
現地の空中騎士軍司令官であるバフォンド・ピルッスグ大将は、レスタン領増援部隊が敵機動部隊の攻撃を続行すれば、更に大損害を被り、
当初予定されていたレスタン領の航空作戦に影響が出ると返信を送ったが、本国はピルッスグの忠告を無視する形で、改めて攻撃を命じた。
ピルッスグ大将は、やむを得ず、出撃できるワイバーン隊を総動員して、“弱体化”した敵機動部隊に追い討ちをかけた。
航空攻撃は昼頃から始まり、午後4時までに588騎のワイバーンが敵機動部隊攻撃に出撃し、空母だけでも6隻撃沈破というこの航空作戦で
最も大きな戦果を得る事が出来た。
だが、敵機動部隊の反撃も激烈であり、午後4時までに出撃した4波もの攻撃隊は、その全てが大損害を被り、未帰還機だけでも半数に迫る
勢いだと言う。

「今日の作戦では、ヒーレリ領にもともと駐屯していたワイバーン隊も100騎が攻撃に参加したが、帰って来たのは42騎しか居なかった
という有様だったからな。幾ら弱体化しているとはいえ、俺達も大出血を覚悟しないといけないな。」

トルキンヲ少佐は、悲壮な決意を呟きつつ、目標に到達するまでひたすら洋上を飛び続けた。
それから30分後、3ゼルド先を行く先導隊から報告が入った。

「敵機動部隊と思しき生命反応を探知!」
「了解!遂に見つけたか。しっかり誘導してくれよ!」

トルキンヲ少佐は、敵艦艇の生命反応を探知した先導隊に感謝のこもった口調で返信するが、心中では当てが外れたかと呟いていた。
彼は、昨日の航空攻撃で、薄暮攻撃のみならず、夜間攻撃も行われたものの、夜間の攻撃を担当した部隊は敵機動部隊を発見できず、
虚しく引き返した事を覚えている。
(その際、攻撃隊は8騎の未帰還騎を出していた)
トルキンヲ少佐は、どうせならこの航空攻撃が空振りに終わって、翌日のレスタン領への移送が始まる事を期待していた。
だが、運命の女神は、彼の不届きな(米機動部隊攻撃を命じられた者には、ある意味当然な)思いを受けて罰を与えたのであろう。
トルキンヲ少佐の部隊は、結局、敵機動部隊と一戦交える事となってしまった。

「見つけたからには叩くしかないな。敵を叩けば、その分味方も楽出来るし、新米共も、今日の経験を次回に生かす事が出来るだろう。」

彼はそう呟いた後、自嘲的な笑みを浮かべた。

「もっとも……次と言う機会を味わう人間は少なくなるかも知れんが。」


午後8時30分 ヒーレリ領リーシウィルム

ヒーレリ領空中騎士軍統括司令官である、バフォンド・ピルッスグ大将は、司令部内にある作戦室で、苦り切った顔つきを浮かべながら
地図を眺めていた。

「攻撃を担当した第34空中騎士軍からの暫定報告は以上になります。」
「ううむ……空母2隻撃沈、1隻大破……戦艦1隻撃沈、その他の艦艇5隻撃沈破……か。一応、報告の中には、敵空母1ないし2に
大火災とあったから、この情報は確かかもしれんが。」
「第34空中騎士軍司令部からは、ワイバーン隊の生き残りから聞いた戦果情報を精査した結果であると伝えられていますが。」
「精査しただと?帰還して1時間も経っていないのに精査なぞできるか。」

ピルッスグは、忌々しげにそう吐き捨てた。

「私としては、どうも気になるのだ。」
「気になる、といいますと?」
「君は分からんのかね。」

ピルッスグは、地図の下に置かれている絵……エセックス級空母のイラストを指差しながら魔道参謀に言った。

「アメリカ軍が保有しているエセックス級空母は、あまりやわな艦ではない。過去の戦いで、皮肉にも我が軍がそれを証明している。
エセックス級は、1隻を沈めるのに最低でも2、300騎のワイバーンを集中せねばならん。なのに、15日から続くこの航空戦で、
不思議な事に、我が軍は総計で11隻もの敵空母を撃沈し、5隻を撃破している。攻撃に使用したワイバーンは、レビリンイクル
沖海戦の半数以下なのに、どうしてなのだ?」

「もしかして、敵正規空母の防御力が意外にも脆かった、という事は考えられませんか?」
「それはどういう事かね?」
「はっ。我が軍は、昨年9月のレビリンイクル沖海戦から、飛空挺やワイバーンに搭載できる魚雷を大々的に使用しております。
あの海戦で、我が軍は敵の空母5隻、戦艦1隻撃沈という戦果を上げています。今回の航空作戦でも、対艦攻撃役のワイバーンの
半数以上は魚雷を抱いていました。あの海戦で、我々は敵空母が、対爆弾防御には優れている物の、対魚雷防御はそれほどでは
無いと理解する事が出来ました。今回の航空作戦で敵空母の撃沈破が16隻にも上ったのは、恐らく、魚雷攻撃によって致命傷を
受けた艦が多かった……つまり、敵艦の対魚雷防御の不備を衝いたため、戦果の拡大に繋がった、と言う事も考えられます。」
「魔道参謀の言われる事は最もかと思われますが、敵空母を攻撃したと思われる時間が、視界の悪い夜間と夕方にも行われた事と、
戦果報告に曖昧な部分が多い事を忘れてはいけませんぞ。」

航空参謀がすかさず横から発言して来た。

「今回の作戦で、我々は確かに大戦果を挙げたかも知れません。ですが、私としてはこの戦果に幾らか疑問が残ります。そもそも、
竜騎士達の報告だけで、敵空母の撃沈をしたかどうかを判断するのは異例の事です。」
「仕方がなかろう。戦果を確認しようにも、攻撃時期が夜間や薄暮であるし、今日の昼間攻撃でも、戦果確認役のワイバーンが
少なからず、敵艦載機に撃ち落とされている。」

参謀長が苛立ったような口ぶりで航空参謀に言う。

「戦果確認の手段が少ない以上、竜騎士達の報告でどれほど戦果を挙げたか調べるしかないだろう。」
「……お言葉ですが参謀長閣下。私は、それだけで済ますのが危ないと思うのです。竜騎士達が、1年前のように頼れる者ばかりなら
別にそれでも良いかもしれません。ですが、今回の作戦に参加した竜騎士達は、全体の半数以上……空中騎士隊によっては、大半が
実戦も参加していないどころか、技量に不安が残る新米ばかりです。彼らの報告を鵜呑みにて、本当に宜しいのでしょうか?」
「君!苦労して戦果を挙げた竜騎士達の苦労を無にする気か!?」
「いえ、そうは言っておりません。ただ、私はもう少し、敵情を確認した上で戦果の判定をするべきではないのかと申したいだけです。
今の戦果報告では、未だに戦果の重複が行われているような気がするのです。ここは少しばかり、時間を費やしてから戦果の確認を
行うのが良いと考えますが。」
「馬鹿者!時間が無いのに、そんな悠長な事が出来るか!?」

参謀長は顔を赤くしながら航空参謀に怒鳴った。

「本国総司令部からは、20日までに増援部隊をレスタンに送れと言っておるのだぞ!今すぐ準備に取り掛からねば、レスタン領に
応援を送る事が出来なくなる!」
「うむ……参謀長の言う通りだな。」

ピルッスグ大将が頷きながら言う。

「レスタン領には、先陣の第41、42空中騎士軍の500騎が到達したばかりで、航空戦力は未だに揃い切っていない。レスタン領
各地では、15日からアメリカ軍の基地航空隊が連日、激しい爆撃を繰り返していると聞いている。残りの部隊を早急に送らなければ、
現地の迎撃戦闘も厳しくなるだろう。」
「残りを送る、でありますか……エルグマド閣下は何と思うでしょうか。」

航空参謀は、顔を暗くしながらピルッスグに言う。

「レスタン領向かう筈であった、800騎の航空戦力のうち、残った戦力は半数程度です。」
「恐らく、レスタン領軍集団司令部から抗議文が送られて来るだろう……」

ピルッスグは苦笑しながら航空参謀に向けて喋る。

「今回の作戦で、貴重な決戦兵力を大幅に減らしてしまった以上、レスタン領は大丈夫だろうか……もし、この大戦果の通り、敵機動部隊が
損害を受けていても……果たして、第4機動艦隊は勝てるかな。」
「そこの所は、何とも言えませんが。ともかく、我々としては、地上部隊が敵の大攻勢を撥ね退けてくれる事を祈るしかありません。
今日の航空戦で、使用できる航空戦力の7割を消耗した我々には、そうするしかないでしょう。」
「だな。」

航空参謀の言葉を聞いたピルッスグは深く頷く。
(こう言う時、あの弟ならば何と答えただろうかな。ワイバーン500騎以上の喪失と引き換えに、敵空母16隻を撃沈破したのならば、
それは安い買い物であるとでも言うのかな)

彼は心中で、今は亡き弟の事を思いながらそう呟いた。
唐突に会議室のドアが開かれた。

「失礼します。」

若い魔道士官が軽く挨拶をしながら入室し、魔道参謀に2枚の紙を渡した。

「司令官、ヒーレリ領海軍司令部と、本国総司令部より魔法通信が入ったようです。」
「ふむ……海軍側から届けられた物から読んでくれ」
「はっ。」

魔道参謀は軽く頭を下げてから、紙に書かれている内容を読み始めた。

「本日午後8時20分。リリャンフィルク北西沖に展開していたレンフェラルが、西南西に高速で向かう敵機動部隊を発見せり。
詳細は不明なれど、敵の針路からして戦線離脱の公算、極めて大なり」
「アメリカ機動部隊が高速で西南西に向かう……か。一応、アメリカ軍も何らかの損害を受けていたのか。」
「敵機動部隊の針路が大陸を背にしている格好になっておりますから、恐らく、海軍側の見方は正しいと思われます。」
「航空参謀。君はどう思うかね?」

ピルッスグは航空参謀に話を振る。

「この敵機動部隊の戦線離脱が、大損害のための離脱なのか、それとも……ただ単に、一時的に休息するだけの離脱なのか。君は、どっちだと思う?」
「……私としましては、はっきりとお答えは出来ませんが……恐らくは一時的な休息だけのために過ぎないと思われます。」
「どうしてそう言えるのだね?」

航空参謀の言葉を聞いた参謀長がむっとなった表情を浮かべながら、すかさず質問する。

「敵は空母を大量に失っていると思われるのだぞ。こんな大損害を受けた以上、これ以上の作戦行動は不可能になるのではないかね?」
「私は、それも踏まえた上で申しています。」

「何ぃ?」

参謀長が目を細める。

「航空参謀、大損害を受けても、君はアメリカの機動部隊が尚も作戦行動を続行できる、と言いたいのかね?」
「可能でしょう。例え、今回の作戦で空母を16隻も撃沈破されても、アメリカ軍にはまだ10隻以上もの空母が残っています。」
「……その10隻の空母は、レーフェイル戦線から送り込まれた予備も含んでの事だな?」
「それもありますが、私はこれに、新鋭の空母が加わると考えています。我が帝国がアメリカと戦争を始めて3年以上になりますが、
アメリカの国力は強大であると同時に、非常に脅威です。参謀長、我が国が、この3年の間に揃えた竜母は何隻だと思いますか?」
「20隻近く、だろうか。」
「大雑把にいえばそうです。では、海軍が確認した新しいアメリカの空母は何隻だと思います?」
「そこまでは知らんが……我々よりも10隻多い方だろう。」
「……それだけで済めばどれだけ幸せだったか。」

航空参謀は、参謀長の無知ぶりに呆れてしまった。
参謀長は半年前まで、帝国北部のワイバーン基地で勤務しており、前線勤務は5年ぶりとなる。
かつては、勇猛なワイバーン隊の指揮官として名を馳せて来た参謀長だが……
航空参謀は、そんな英雄でさえも、知るべき情報を知らなければ、途端に役立たずになるのかと思い知らされていた。
(いや、この情報自体があまり出回っていないからな。俺のように、つい最近まで前線で血みどろの戦いを経験し、中枢にも縁がある奴しか、
この情報を知っている者はいないからな)
航空参謀は心中でため息を吐きながら、参謀長に説明を続ける。

「83年から85年の1月までに増援としてやって来たアメリカ軍の空母は、確認できただけでも58隻です。」
「……君。何を出鱈目な事を言っているのだね?」
「デタラメではありません。これは真実です。」
「真実だと?そんな馬鹿な話がある筈が無い!!」
「参謀長、落ち着きたまえ。航空参謀、話を続けてくれ。」

航空参謀はピルッスグの助け船に感謝しつつ、言葉を続ける。

「この58隻のうち、半数以上は後方支援用として使われている小型空母ですが、残りは、我々が戦った敵の主力機動部隊です。
このうち、主力であるエセックス級空母は14、5隻程は居るでしょう。」
「エセックス級が14、5隻……我が国が、2年がかりでホロウレイグ級、プルパグント級を合わせて、9隻揃えたというのに。」
「参謀長。この方面だけでもこの数だ。恐らく、レーフェイル方面にもエセックス級は6、7隻程は回っていただろう。」
「司令官閣下!そのような言葉を信じるのですか!?」
「信じるな、とでも言うのかね?」

ピルッスグは、冷たい口調で参謀長に言う。

「毎度の如く、洋上に堂々たる大機動部隊を浮かべている敵が居るのに、信じるなと言うのかね?参謀長、それは間違いだな。」
「……話は戻りますが、もし、今度の作戦で敵が16隻の空母を撃沈破された場合、敵機動部隊の稼働空母は20隻から4隻程度に
激減すると思われます。ですが、敵が予備を控えていた場合、稼働空母は回復するでしょう。抜け目の無いアメリカ軍の事です。
既に、レンフェラル隊の死地ともなっているマルヒナス運河の近くには、集められるだけの空母群を集めて待機させている事でしょう。
レーフェイル戦線の予備と、新たな新鋭空母も含めれば、敵機動部隊は再び、空母14、5隻を有する大艦隊になるでしょう。」
「航空参謀!君は……君は……!」
「この作戦の勝利は結局、無意味だ、とでも言いたいのかね?」

怒りの余り、言葉に窮した参謀長に変わって、ピルッスグが質問する。

「非常に申し上げにくい事ですが……私個人としては、そう考えても差し支えは無いかと思います。例え、過大評価というそしりを受けようとも。」

航空参謀は、静かながらも、断固たる口調でそう言い放った。

「フライングフォートレス、リベレーターのみならず、手負いとはいえ、スーパーフォートレスをも撃墜し、1年前には、敵空母にも
爆弾を命中させた君からそのような言葉が出るとはな。」
「臆病になった、とでも思われましたか?司令官閣下。」

航空参謀は苦笑する。

「……私のように、戦場を駆け巡る度に部下が全滅する、という事を経験すれば、誰だって臆病になります。例え、大昔の英雄であった、
恐れ知らずのマレナリイド姫であっても。」
「ふむ……さて、話が脱線してしまったが、ともかく、ヒーレリ領近海からアメリカ機動部隊が離脱しつつあると言う事はわかった。
敵機動部隊の離脱が長期的なのか、一時的なのかわからんが、少なくとも、数日はこのヒーレリ領は静かになると言う訳だな。では、
海軍側からの報告は、そう結論付けるとして。総司令部からの通信を聞いてみよう。魔道参謀!」
「は。続いて、本国総司令部からの通信です。」

魔道参謀は、改まった口調で紙に書かれた内容を読み取っていく。

「15日から本日までの、敵機動部隊攻撃の総合戦果を、翌朝までに報告されたし。以上です。」
「なんだ、たったそれだけか。」

参謀長は呆気にとられた口調で魔道参謀に言う。

「はい。私も、もう少し長い文が来ると思っていたのですが……」
「翌朝まで、か。どうも、総司令部は焦っているような気がするな。」
「総司令部の気持ちも、分からぬのではないのですが……しかし、本当に宜しいのでしょうか?」

航空参謀が不安げな口調で言う。

「一応、戦果のまとめは出来ました。しかし、先程も申した通り、これは搭乗員の報告を鵜呑みにしたような物で、この通りに報告するのは
いかがな物かと……」
「航空参謀の言う事も分かるが、確認のしようが無い。それに、報告が遅れると、本国から苦情が来るかもしれん。司令官閣下、
ここはひとまず、翌朝まで竜騎士達に聞き取りを行うなどして再度情報を整理し、それを総司令部に報告してはどうでしょうか?」
「………」

ピルッスグは、2分ほど黙り込んでいたが、最後には渋々と頭を下げた。

翌朝、ピルッスグはこれまでの総合戦果を本国司令部に送ったが、彼は司令部への
送信文に、

「なお、この戦果は信憑性に欠ける部分があるため、さらなる確認の必要がある」

と追加していた。

同日 午後9時30分 リリャンフィルク西北西沖110マイル地点

ヒーレリ領の空中騎士軍司令部が憂鬱な空気で包まれているのに呼応してか、第5艦隊旗艦である巡洋戦艦アラスカ内部にある
作戦室でも、浮かない雰囲気に満ち満ちていた。
第5艦隊司令長官レイモンド・スプルーアンス大将は、机に広げられた地図の上に置かれた、第5艦隊各任務群の編成図を見つめ
ながら思案にふけっていた。

「……いつもなら、この時間帯に眠っている私も、今回ばかりはそうもいかないようだな。」

スプルーアンスは思考を止めた後、冗談混じりの言葉を言い放った。
彼の珍しいジョークを聞いた幕僚達が小さく笑った。

「長官。15日から続く一連の航空戦で、各任務群のパイロット達は疲労しています。また、それに加え、この3日間の空襲で艦隊にも
少なからぬ損害が出ています。特に、戦闘機専用空母が足りないのは非常に厄介です。」

航空参謀のジョン・サッチ中佐がスプルーアンスに進言する。

「来るべき決戦に備える為にも、マルヒナス沖で待機しているオリスカニーとグラーズレット・シーを至急、呼び寄せた方が良いかと思われますが。」

第58任務部隊は、15日から17日にかけて、ヒーレリ領沿岸部を艦載機で荒らし回ったが、それは同地に点在するシホールアンル軍
航空部隊の大規模な反撃を招いてしまった。
15日には、TG58.4のアンティータムと、TG58.5のハンコックが被弾し、アンティータムは大破して戦線離脱を余儀なくされた。
ハンコックもまた、飛行甲板に2発の直撃弾と、右舷に魚雷1本を受けたが、飛行甲板は応急修理で対応できるレベルであり、魚雷も幸か不幸か、
爆発威力が通常よりも低かった為、何とか作戦を続行出来た。
16日に行われた敵の薄暮攻撃では、TG58.5とTG58.6が襲われ、この空襲で昨夜は何とか前線に踏みとどまる事が出来たハンコックが、
飛行甲板に爆弾4発を受けて遂にリタイヤとなってしまい、この他にも輪形陣外輪部を守っていた駆逐艦1隻が、魚雷を抱いた敵ワイバーンの体当たりを
受けて撃沈された。
TG58.6では、戦艦ニュージャージーに爆弾1発が命中したが、被害は軽微であった。
17日には、昼間からシホールアンル側の大規模な空襲が行われ、TF58は全力でこの空襲を迎え撃った。

昼間から夜間にかけて行われたこの空襲で、TF58は新たに空母フランクリンと軽空母フェイト、軽巡洋艦デンバー、戦艦アイオワが損傷した。
軽空母フェイトとデンバーは、先の夜間空襲でそれぞれ魚雷1発ずつを受けて大破したため、戦線を離脱せざるを得なかったが、フランクリンと
アイオワは被弾こそあれども損傷は軽微であり、敵の空襲が終わった後も、作戦続行は可能であった。
TF58は、攻撃を受ける一方で、迎撃戦闘で少なからぬワイバーンを撃墜しており、戦果は暫定ながら、約380騎と推定されている。
この連続する航空戦の結果、シホールアンル側は約900騎近いワイバーンを投入したにもかかわらず、米側が実質的に失った艦は駆逐艦1隻のみであり、
戦線離脱となった正規空母2隻と軽空母1隻、軽巡洋艦1隻は修理すればまた使える。
視点を空中戦に移せば、こちらもまた一方的にな結果となっている。
このヒーレリ領事前空襲と、艦隊の迎撃戦で生じた航空機の喪失は総計で150。実際に撃墜されたのはそれの半数以下である。
それに対して、アメリカ軍は戦闘機の迎撃と艦隊の対空砲火で、敵ワイバーン500機以上を撃墜したと言われており、話半分で見ても、まず200機以上
撃墜した事はほぼ確実である。
また、今回の連続する防空戦では、明らかに技量未熟と思えるワイバーン隊も相当数含まれており、口さがない戦闘機パイロットからは、ヒーレリ沖の
七面鳥撃ちと揶揄されるほどの一方的な空戦が展開された事も幾らかあった。
結果的に見れば、TF58の完勝といえた。
だが、問題は別の所にあった。

敵の執拗な空襲を受けたにもかかわらず、喪失が駆逐艦1隻のみに留まった事は特筆すべき事であるが、幸か不幸か、シホールアンル軍航空部隊は
立派に仕事をこなしていた。
大破炎上し、戦線離脱を余儀なくされた正規空母ハンコックとアンティータム、軽空母フェイトは、戦闘機専用空母であった。
アメリカ海軍の空母機動部隊は、レビリンイクル沖海戦の教訓として、1個の空母群に2隻、または3隻に戦闘機中心の航空団を乗せ、防空戦闘機を
増やしている。
戦闘機専用空母案を採用した結果は、後の実戦で遺憾なく発揮され、今回の航空戦でも、多数の戦闘機を用いて、敵攻撃隊の戦力減殺に大きく貢献していた。
だが、シホールアンル軍航空部隊は、その防空戦の主役ともいうべき戦闘機専用空母を相次いで戦線離脱に追い込んだ。
TF58は、数字の面では戦いを完勝に導いた物の、迎撃の要ともいうべき戦闘機専用空母を次々と狙い撃ちにされたため、戦闘機の数が減っていた。
特に、戦闘機専用空母の役割を担っていたエセックス級空母が、大破炎上して戦線から脱落したTG58.4とTG58.5は、防空戦闘機が100機単位で
丸ごと失われた為、敵機動部隊との決戦で敵ワイバーン隊の集中攻撃を受けた場合、両任務群は甚大な損害を被る可能性が高い。
空母の喪失をゼロに抑えた事は確かに特筆すべき事であったが、肝心な戦闘機専用空母を3隻も脱落させられた点も考えれば、この航空戦は決して、完勝と
呼べる代物では無かった。
アメリカ太平洋艦隊司令部は、事前攻撃を行うTF58に万が一の場合が起きた事に備えて、就役したばかりの2隻の正規空母、オリスカニーと
グラーズレット・シーを急遽呼び寄せ、マルヒナス運河の沖合に待機させていた。

脱落した空母は3隻だが、補充に使える空母はまだ2隻ある。
数は合わないが、脱落した空母の内、軽空母フェイトは、搭載機数が45機(場合によっては40機以下しか積めないが)のインディペンデンス級空母であり、
正規空母の数は元に戻る。
決して、悪い話では無かった。

「私も、航空参謀の案に賛成です。至急、オリスカニーとグラーズレット・シーを会合地点に向かわせるべきです。」

参謀長のカール・ムーア少将も同意する。だが、作戦参謀のジュスタス・フォレステル大佐はこれに異議を唱えた。

「私はそれに反対です。」
「む?どうしてだね?」

ムーア少将が怪訝な表情を浮かべて、フォレステル大佐を問い質す。

「脱落した空母3隻の内、2隻はいずれもエセックス級だ。そして、補充に来る空母も同じく、エセックス級だ。悪い話では無いと思うが。」
「表面上は確かに賢明な判断です。しかし、オリスカニーとグラーズレット・シーは4カ月の慣熟訓練を終えたとはいえ、就役してまだ日が浅く、同時に、
搭載する航空団のパイロットも、大半は実戦経験が未熟か、皆無の者ばかりです。それに加えて、この2隻の空母は戦闘機専用空母では無く、通常編成の
航空団を積んでいます。この2空母が加われば、攻撃力は保たれるでしょうが、艦隊に必要な戦闘機は減ったままになります。オリスカニーとグラーズレット・シー
を投入するのはなるべく、避けた方が宜しいかと思われます。」
「しかしだな。TG58.4とTG58.5は共に正規空母を1隻ずつ戦列から失い、3隻しか居なくなっている。それに加えて、戦闘機の数も
大きく目減りしたままだ。確かに、君の言う事も分からんではないが、それでも、戦闘機の数は大きく目減りした状態から、幾らか減った状態になるし、
何よりも、敵にこちらがまだまだ、備えを蓄えていると知らしめる事が出来る。私は、オリスカニーとグラーズレット・シーを連れて来るべきだと思うがな。」
「ですが参謀長!この2空母は就役してまだ1週間足らずです。当然、この2空母にもダメコンチームは乗り組んでおり、ある程度の被弾にも耐えられるかも
しれませんが、彼らはまだ実戦経験しておらず、対処を誤れば、許容範囲内と思われるダメージを取り返しのつかぬダメージに変える恐れがあります。
彼らの腕が充分になると思われる2月頃までは、前線に出さない方が得策かと。」

フォレステル大佐はそう言って、オリスカニーとグラーズレット・シーの回航を諦めさせようとするが、ムーア少将は譲らなかった。

「君は合衆国海軍のダメコンチームを甘く見ているのかね?確かに、実戦経験の差は如何ともしがたいだろうが、そんな彼らも戦力には変わりない。ここは、
技量の不足に目をつむってでも、オリスカニーとグラーズレット・シーは出すべきだ。」

それにフォレステル大佐は顔を赤くして反論しようとした。
そこに、サッチ中佐が割って入った。

「まあまあ、ここで言い合いをしても始まりません。今はひとまず、長官の判断を仰ぐのが最適かと……」

サッチは穏やかな口調でフォレステルとムーアに言った。

「長官は、どう判断されますか?」

ムーアが顔を向いてから、スプルーアンスに判断を仰いだ。
スプルーアンスの返事は早かった。

「やはり、補充の空母は加えない方が良いだろう。」
「な……!」
「長官。」

ムーアとフォレステルは、それぞれ正反対の表情を浮かべた。

「君達の意見は良く分かる。空母が減ったままでは、艦隊の対空防御力は低下したままだ。かといって、空母を補充したとしても、その空母の乗員や
パイロットの技量に疑問符が残るとあっては、いざ実戦と言う時にリスクを増やす事になる。この2つを考えた上で、私はあえて、補充の空母は
加えない事に決めた。」
「長官、その理由をお聞かせ願いたいのですが……」

ムーアがすかさず質問して来た。
スプルーアンスは、待ってましたとばかりに深く頷く。

「艦隊というものは、古来より、陣形をいかに上手く形成できるかによって、敵と戦う時の被害が、どれほど抑えられるか大きく左右して行く。
これは、空母が主役となった現代の海空戦でも同じ事だ。航空参謀、確か、戦闘機専用空母が脱落した任務群はTG58.4と58.5の2つかね?」
「フェイトも含めれば、TG58.3も含まれますが、TG58.3には、まだボクサーとラングレーが残っています。」

「と言う事は、戦闘機の数が著しく減っている任務群はTG58.4とTG58.3だけになるな。ならば、こうすればいい。」

スプルーアンスは、すぐ側にあった鉛筆と大きめの紙を手に取り、何かを描き始めた。
彼は、3分ほど黙々と絵を描き続けた後、それを幕僚達に見せた。

「長官……これは。」
「強い者で弱った者を守る。要するに、巨大な輪形陣を作れば良いだけだ。」

スプルーアンスが紙に書いた陣形図を、幕僚達は1人1人がじっくりと見て行く。
スプルーアンスは、TF58が決戦時に構成する陣形図を紙に描いていた。
彼の考えた陣形図は、単純明快であった。
まず、陣形の外側には、右側にTG58.1、左側にTG58.2、前方にTG58.3を置いている。
その内側に、空母が3隻に減ったTG58.4とTG58.5を置き、機動部隊のしんがりは、戦艦中心のTG58.6が務める。
戦闘機専用空母が残る3個任務群と戦艦中心の打撃部隊で、戦闘機専用空母が欠けた2個任務群を包み込むようにして守る形だ。
各任務群の距離は約20マイル程であり、これだけの距離ならば、攻撃を受けた任務群に対して、迅速に相互支援を行う事が出来る。

「各任務群が、必ずしも単一に進むだけでは無い。このように、弱った任務群を守る陣形を作る事も手であると私は思う。この陣形なら、
例え外側の任務群が相次ぐ攻撃で消耗したとしても、無傷のままで残された内側の任務群で反撃を行う事も可能だ。それ以前に、この陣形を
取れば各任務群から発艦した攻撃隊の空中集合も、今までより容易に行う事が出来るかも知れんし、相互支援によって自然に防御力も高まる。」
スプルーアンスはそう言いながら、机の前に置かれた紙を逆に回す。

「また、航空攻撃だけで敵艦隊や敵の地上施設を壊滅しきれなかった場合、艦隊を一斉反転させて、戦艦部隊を先頭に突っ込ませる事も可能だ。
この陣形なら、戦艦部隊も迅速に敵地に向かう事が出来るだろう。」
「なるほど、そう言う手があったとは。」

ムーアが感心したようにそう言い放った。

「まっ、私のつたない思考力をフルに使った案だが……ひとまず、これで急場を凌げるだろう。」
「この方法は後の戦いでも使えそうですな。」

サッチ中佐も顔に微笑みを浮かべながら、スプルーアンスに言う。

「迎撃戦闘機の集中運用を行う点に付いても、この大輪形陣戦法はメリットが大きそうです。」
「この方法は、技量優秀な艦が集まっていないとなかなかに難しい代物だが、今まで幾度となく実戦を積んで来たTF58なら難無くやれるだろうと思う。
最も、今まで速度30ノットに合わせて来た機動部隊は、ノースカロライナ級やサウスダコタ級の歩調に合わせないと言うデメリットも出てくるが、
それは相互支援の大幅な強化で打ち消せるだろう。」
「わかりました。では、至急、このような陣形を取るように、ミッチャー司令官に指示を送りましょう。」
「うむ、そうしてくれ。」

スプルーアンスは頷いた後、それで今日の役目は終わったとばかりに、作戦室から退出して行った。


1485年(1945年)1月20日 午前8時 レスタン領ハタリフィク

「……一体、この数は何だ!?」

レスタン領軍集団司令官ルィキム・エルグマド大将は、その文書を読み終えるなり、怒声を上げた。

「航空参謀!これが、わしらの手元に送り届けられた、残りのワイバーンの総数なのかね?」
「は……報告の上ではそうなっておりますが
……」
「話が全然違うではないか!」

エルグマドは頭を抱えながら、文書に書かれているある一文を睨みつけた。

「ヒーレリ領に待機していたワイバーンは800騎以上騎居た筈……なのに、レスタン領に来た増援部隊は、たったの380騎!余りにも
少なすぎるではないか!」

エルグマドは、紙に人差し指をトントンと当てながら、航空参謀に目を向ける。

「本国の連中は、ヒーレリ領沖の航空戦で生じた被害はワイバーン100騎程度と報告して来たぞ!それでも許し難い物だが、蓋を開けてみれば、
被害は100騎どころではない!半数以上だぞ!」
「はぁ……」

怒り狂うエルグマドに対して、航空参謀はただ、生返事をするしかなかった。

「ヒーレリ領沖で400騎以上ものワイバーンを失うとは……!決戦兵力として用意された戦力の内、実に3割だ!3割を肝心な決戦の前に、
むざむざ失うとは!」

エルグマドは、怒りで顔を真っ赤にしたまま、両手で顔を覆い尽くした。
いつもは飄々としているエルグマドが見せる激情の前に、航空参謀はただ、唖然とするしかなかった。

「これで、戦果も教えてくれれば、まだ気持ちは収まると言うものの、本国の奴らは失ったワイバーンの数だけは教えて、戦果は全く教えない……
航空参謀、君は、本国の連中が、わしらを馬鹿にしているとは思わんかね?」
「い……いえ、小官としましては、とてもそうは……それに、戦果を教えないと言う事は、きっと、まだ正確に戦果を確認できてはいないのかも
しれません。」
「正確にか……どうしてそう思うのかね?」
「今回のヒーレリ領航空戦では、夜間空襲も用いた攻撃も複数回行われているようです。通常、夜間の戦闘は戦果の確認が容易ではない為、
確認作業に時間を取られる事が頻繁にあります。恐らく、戦果の発表が無いのは、その確認作業を行っている為ではないかと、私は思います。」
「ふむ……戦果の確認は重要じゃからな。間違った戦果を知らせたら偉い事になる……なるほど、被害報告だけを送ったのはそのためか。」

エルグマドはそう納得すると同時に、早々と頭に血が上ってしまった自分を恥じた。

「しかし、正直申しまして、決戦兵力として用意された戦力をこれ程までにすり潰すのは、明らかにやり過ぎではあります。」
「君もやはりそう思うか。」

航空参謀の言葉に反応したエルグマドは、我が意を得たりとばかりに深く頷く。

「うむ。やはりこれは許される事では無い。あれは、間近に迫った決戦のために用意された部隊だ。現に、レーミア沖には、敵の上陸支援部隊が
18日の未明から押し寄せて、連日、激しい爆撃と艦砲射撃を加えている。ヒーレリ領航空戦で大損失を出してしまった今、敵輸送船団並びに、
敵機動部隊に対する航空攻撃は困難になってしまった……」

敵の上陸地点と予想されたレーミア海岸には、1月18日から米戦艦部隊が多数の上空援護機と共に姿を現し、連日、海岸の防御陣地目掛けて
砲弾を浴びせている。
敵戦艦部隊が砲撃を開始した直後は、海岸要塞に取り付けられた重砲部隊や要塞砲部隊も反撃した他、内陸寄り飛び立ったワイバーン隊も迎撃に加わった。
この結果、コロラド級戦艦1隻と巡洋艦2隻を大破させ、小型空母2隻を航空攻撃で撃沈し、その他の艦艇12隻にも損傷を与えたが、出来たのはそれまでであった。
時間が経つにつれて、レーミア海岸上空に飛来する航空機は増え続け、19日の昼頃までには、海岸の制空権は確保できなくなっていた。
レーミア海岸地区の攻撃を担当している第9空中騎士軍と第12空中騎士軍は尚も健在であり、時機が許す限り制空戦闘を挑むのだが、無数にいる
小型空母から発艦した護衛機と、必ずと言っていいほど横やりを入れて来るアメリカ陸軍機の前に、常に苦戦を強いられていた。
不幸中の幸いとして、海岸の防備に付いている第47軍所属の第41軍団(2個歩兵師団・1個機動砲兵旅団で編成されている)がまだ戦闘能力を
維持し続けており、残りの各軍も臨戦態勢に入り、敵部隊が上陸すれば後詰めとして投入できる態勢が整っている。
(増援の航空戦力が大きく減ってしまった事は痛いが……決戦兵力が無い事は無い。それに、レスタン領に配備されたワイバーン隊はいずれも健在だ。
まだまだ、勝機はあるぞ)
エルグマドはそう思う事で、荒れた心を落ち着かせた。

それから3時間後。魔道参謀からレーミア海岸での苦闘の様子を聞き入っていたエルグマドの下に、1人の若い魔道士が血相を変えて走り寄って来た。

「魔道参謀!エルグマド閣下!本国司令部より通信であります!」
「どうした?凄い慌てようだが……何かあったのかね?」
「はい!閣下、これで迎撃作戦はやりやすくなりますぞ!」
「おい、まずは落ち着け。どれ、それを見せてみろ。」

魔道参謀は、まるで子供のようにはしゃぐ若い士官を諌めながら、紙を受け取った。
そして、内容を一読した後、魔道参謀もまた満面の笑みを浮かべながら、その紙をエルグマドに手渡した。


同日 午前10時 リーシウィルム沖北西600マイル地点

スプルーアンスは、アラスカの敵信班が捉えた魔法通信の内容を呼んだ後、ムーア少将に視線を向けた。

「どう思うね?」
「明らかに誤報ですな。それも、デタラメな。」

ムーアはきっぱりと言い放つ。

「確かに、TF58は被害を受けました。ですが、我々は“壊滅”などしておりません。」

ムーアは苦笑しながら、シホールアンル側を嘲笑した。
午前9時50分、アラスカの敵信班は、シホールアンル側から発せられる魔法通信を傍受したが、その内容はとんでもない代物であった。

「我が陸軍ワイバーン部隊は、1月15日から17日夜半にかけて、ヒーレリ領沖を航行するアメリカ機動部隊に対して反復攻撃を実施し、
以下の戦果を収めた。

 撃沈:空母11隻 戦艦2隻 巡洋艦3隻 駆逐艦9隻
 撃破:空母5隻 戦艦1隻 巡洋艦または駆逐艦6隻
 撃墜航空機390機

本戦闘によって、アメリカ機動部隊は壊滅的打撃を被り、17日夜半のうちに残存する敵機動部隊は、ヒーレリ領沖を撤退した模様なり。
なお、レスタン領地区にて、アメリカ軍部隊が上陸作戦を企図しているが、その敵部隊は、間も無く我が軍によって撃滅されるであろう。」

シホールアンル側が発表した、ヒーレリ領沖航空戦の戦果はこのような物であったが、第5艦隊の幕僚達は、始めから、この戦果発表が誤認、
もしくは嘘であると見抜いた。
第1に、TF58は貴重な戦闘機専用空母を3隻も失うと言う手痛い損害を受けているが、この3隻は沈んではない。
第2に、仮に、被弾した空母が全て沈められたとしても、TF58にはまだ19隻の高速空母が残されている。
にもかかわらず、シホールアンル側は、計16隻もの空母を撃沈破したと主張している。
第5艦隊司令部幕僚は、敵が何故、このような幻の大戦果を生み出してしまったのか、しばらくの間理解できなかったが、時間が経つにつれて、
その原因がわかって来た。

「長官。確か、敵は幾度か夜間攻撃を仕掛けてきた他、明らかに錬度不足と思える航空部隊を攻撃に差し向けてきましたね。」

航空参謀のサッチ中佐がスプルーアンスに言う。

「報告ではそうあったな。」
「シホールアンル側が、こんな馬鹿げた戦果を発表した理由が自分には理解できました。原因としては、視界が利かない夜間に攻撃を行った事と、
錬度不足のワイバーン隊にあると思います。恐らく、この2つの要素が折り重なった事で、あのような誇大戦果が生まれたのでしょう。」
「その可能性は高いな。」

フォレステル作戦参謀が納得したとばかりに頷く。

「特に、夜間は視界が利かない為、味方が爆散した閃光や、魚雷が自爆した水柱を敵艦への命中弾であると誤認し易い。15日に空襲を受けた
アンティータムは、右舷に魚雷2本を受け、その後に、2本が艦から50メートル手前で早爆したと報告を送って来ている。アンティータムを
攻撃した側から見れば、これだけでも、敵正規空母1撃沈確実と思いこんでしまうだろう。あの時の敵は、かなり腕が良かったようだが、
ベテラン部隊でさえ誤認し易い夜間戦闘を、錬度不足のワイバーン隊が頻繁に繰り返す事は充分にあり得る。」
「昼間の戦闘でも、こちらが繰り出す戦闘機の迎撃や対空砲火によって、敵が戦果を確認しづらいだろうと思う部分は多々あります。確認手段が
パイロットの口からだけ、と言う場合は特にそうです。我が方も敵竜母を撃沈した時、幾度か戦果が重複しかけた時がありますからな。」
「その点から推察すると……戦果誤認も仕方ない、と言う事になるが……」

スプルーアンスは、途中で言葉を濁しながら、改めて魔法通信の内容が描かれた紙を見つめる。

「幾ら何でも、この数字は酷過ぎるな。」
「きっと、シホールアンル上層部の連中は今頃、有頂天になっているでしょう。おい見ろ!アメリカ軍空母が紙船のように沈んでいくぞ!とばかりにね。」

ムーア参謀長がおどけた口調で言う。

「その熱を、今から冷ましてやらんとな。」

スプルーアンスが単調な口ぶりで言うと、幕僚達は一斉に笑い声を上げた。

「通信参謀。一応、太平洋艦隊司令部に送ろう。」
「わかりました。では、早速。」

通信参謀が作戦室から出て行こうとするのを、スプルーアンスは見届けようとしたが、扉を開けようとした時、彼は通信参謀を呼び止めた。

「通信参謀、少し待ってくれ。」
「は。どうされましたか?」
「……すまないが、報告文にこう付けて加えないかね。」

スプルーアンスは、手元に置いといたコーヒーを一口すすってから、追加分を言い始めた。

「なお、第5艦隊はこれより、海底より浮上し、通常通り任務遂行に励む物なり。以上だ。」

作戦室にどっと笑いが生じた。スプルーアンスもまんざらではなく、珍しく心地よさそうな笑みを浮かべた。

「了解しました!直ちに報告を送ります!」

通信参謀は爽やかな笑顔を見せた後、軽やかな動作で作戦室をあとにした。

SS投下終了です。

かなり今更ですが、先月投下した戦闘序列の中に誤りがありましたので訂正いたします。

TG58.3 戦艦アラバマ→戦艦ミズーリ

しかし、戦闘序列を書く度にミスするとは……俺もまだまだじゃなイカorz

320 :ヨークタウン ◆x6YgdbB/Rw:2011/03/09(水) 09:51:13 ID:5x/ol6rU0
おっと、これを付け加えるのを忘れていました。

TG58.6 戦艦サウスダコタ→戦艦アラバマ

同じ任務部隊に同名の戦艦があるのはおかしいですからねぇ……
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