第220話 レーミア沖の黄昏
1485年(1945年)1月23日 午後4時 レーミア湾西方沖70マイル地点
第58任務部隊司令官であるマーク・ミッチャー中将は、旗艦ランドルフ艦橋の張り出し通路から第3次攻撃隊の発艦を眺めている最中に、
索敵機の報告を聞いた。
「司令官。空母フランクリンから発艦したハイライダーからの報告です。敵機動部隊はレーミア湾沖西方280マイルを時速28ノットで
東方に向けて航行中との事です。我が機動部隊からは210マイル(336キロ)程まで近付いている事になりますな。」
TF58司令部参謀長であるアーレイ・バーク少将の報告に、ミッチャーはやや驚いた口調で返す。
「210マイルだと?朝、敵機動部隊を発見した時は、290マイルは離れていた筈だが。」
「敵が28ノットで東方に向かっている事を考えますと、敵は夜に入っても戦闘を行う腹ではないでしょうか。」
「夜になると、航空兵力は大して使えぬ。使えたとしても、シホールアンル機動部隊は我が機動部隊ほどに夜間戦闘を行える航空部隊を
配置していない。と、なると……」
ミッチャーは艦載機発艦の爆音を聞きながら、ランドルフの右舷前方を行く戦艦ミズーリに視線を移す。
「水上艦の主砲で、我が機動部隊に挑みかかるのかもしれんな。」
「そうなりますと、我々も第6任務群を繰り出す事になりますな。」
バーク参謀長の言葉に、ミッチャーはそうだなと相槌を打ちながら、ゆっくりと頷いた。
TG58.3の護衛艦として陣形に加わっている戦艦ミズーリは、今日の戦闘で敵ワイバーン隊や、飛空挺隊相手に、大量に積んだ対空火器を
十二分に活用して敵の攻撃を阻止して来ている。
TG58.3は、結果として空母ボクサーと軽空母ラングレーを損傷し、両艦を後退させざるを得なかったが、アイオワ級戦艦の3番艦として
生まれたミズーリと、新兵器のマジックジャマーのお陰で対艦爆裂光弾の餌食にならなかった、防空軽巡サンディエゴの活躍が無ければ、
TG58.2のように壊滅状態に陥っていたかもしれない。
だが、TG58.3は辛くも空襲を凌ぎ切り、今なお、正規空母2隻を有してTF58の戦力供給に貢献出来ている。
TG58.3壊滅の危機を救った防空軽巡サンディエゴと、ミズーリ。
そのミズーリの姉妹艦は、TG58.6にも2隻加えられている。
ウィリス・リー中将の率いるTG58.6は、戦艦アイオワ、ニュージャージー、アラバマ、ノースカロライナ、ワシントンの5隻の高速、
または中速戦艦を主力に編成された水上砲戦部隊である。
シホールアンル機動部隊が水上砲戦部隊を突撃させてきた場合は、TG58.6がこれに対抗する予定だ。
「2隻のアイオワ級戦艦を含むTG58.6と、敵艦隊の艦隊決戦か。わしは根っからの航空屋だが、TG58.6とシホールアンル軍との
艦隊決戦は、さぞかし、壮絶な物になるかもしれんな。」
「その前に、我が機動部隊は敵機動部隊との航空戦を戦わねばなりません。既に、ハイライダーが敵機動部隊から発艦したと思しき大編隊を、
30分前に発見しています。距離からして、遅くても、あと1時間半程で現れるでしょう。」
「うむ……この海戦は、互いにノーガードで殴りまくるような形になっているからな。今度も、互いに損害を被るかも知れんぞ。」
ミッチャーは、緊張でやや声を震わせたが、その声音はアベンジャーの爆音によって半ばかき消されていた。
午後4時55分 レーミア湾沖西方170マイル地点
空母イントレピッドのVB-12所属の艦爆隊16機は、同空母に乗り組むF6F12機とTBF8機、エンタープライズ所属のF6F6機を
第3次攻撃隊に加え、他の母艦航空隊より発艦した攻撃隊と合流した後、210マイル向こうに居る敵機動部隊に向かっていた。
「……段々、空の色が変わって来たなぁ。」
空母イントレピッド艦爆隊に属しているカズヒロ・シマブクロ1等飛行兵曹は、愛機であるSB2Cヘルダイバーの操縦席から、徐々に
変わりつつある空の色に見入っていた。
「……どんな世界でも、やっぱり夕焼けは綺麗やっさ……」
うっとりと見入る彼は、作戦行動中である事も忘れて、独特の訛りのある声音で感想を漏らした。
「おい!カズヒロ!夕焼けばっかりに見入るな!」
カズヒロは、後部座席の相棒であるニュール・ロージア1等飛行兵曹に一喝されてから、緩んでいた気持ちを引き締めた。
「お、おっと!すまんすまん。」
「全く……おめえの口から例の訛りのある言葉とやらが出てたぜ。気を緩ませるのは、イントレピッドに降りてからにしてくれよ。」
「いやはや、面目ない……」
頼りな下げに謝る相棒の声を聞いたニュールは、ため息を吐いた後、微かに苦笑を洩らした。
「まっ、ボーっとするのも無理は無いけどな。」
「ああ。何しろ、今日2回目の出撃だからな。うちの飛行長も人使いが荒いぜ……」
カズヒロはそう言いながら、疲れた肩を、片手でひとしきり揉んだ。
VB-12は、午前中の敵機動部隊攻撃に第2次攻撃隊として参加している。カズヒロは、2個小隊8機で参加した内の第2小隊2番機として
参加し、敵正規竜母に爆弾を投下したが、この時は命中弾を得られなかった。
イントレピッドの艦爆隊は、8機中2機を撃墜され、もう1機は着艦事故で失われた。
事故機は飛行甲板からずり落ち、海面に落下。
搭乗員は2名とも駆逐艦に救助されたが、厳冬期の海の温度は極端に低く、搭乗員はあと5分救助が遅れれば、低体温症で危険な状態に陥る所であった。
結局、イントレピッド隊は8機中2機を撃墜され、1機は着艦事故で失われ、もう1機は帰還後、重度の損傷により修復不能と判断され、再出撃が
可能な機体は4機となった。
イントレピッド隊のパイロット達は、敵機動部隊上空の激戦で疲労し、しばしの間休息を取ったものの、午後2時には再出撃が決まり、直ちに
準備に取り掛かった。
第3次攻撃隊は午後4時に、各母艦より発艦した。
第3次攻撃隊は、壊滅したTG58.1を覗く全ての任務群より発艦した母艦航空隊によって編成されている。
TG58.1は、エセックスよりF6F16機、SB2C11機、TBF9機。
ボノム・リシャールよりF4U24機。サンジャシント、プリンストンよりF6F12機ずつ。
TG58.3は、ランドルフよりF4U18機、SB2C10機、TBF9機。
フランクリンよりF4U20機、SB2C16機、TBF10機が発艦している。
TG58.4はレキシントンよりF6F26機、SB2C14機、TBF12機。
シャングリラよりF4U24機、SB2C20機、TBF12機。
軽空母インディペンデンスよりF6F12機を第3次攻撃隊に加えている。
TG58.5も、ヴァリー・フォージよりF4U24機、SB2C18機、TBF16機。
レンジャーⅡよりF6F24機、SB2C18機、TBF18機。
軽空母ノーフォークよりF6F12機を発艦させた。
第3次攻撃隊は、イントレピッド隊も含めると、総計で459機もの大攻撃部隊である。
この459機は一緒になって敵機動部隊に向かっている訳では無く、午前中の攻撃のように、制空戦闘並びに対空艦攻撃部隊と、対主力艦攻撃部隊を
分けて飛行している。
制空戦闘隊と対空艦攻撃部隊には、ボノム・リシャール隊のF4U24機、サンジャシント隊、プリンストン隊のF6F24機、ランドルフ隊の
F4U20機、SB2C10機、ヴァリー・フォージ隊のF4U24機、SB2C18機、軽空母ノーフォーク隊のF6F12機が当たっている。
残りの艦爆、艦攻は敵機動部隊の主力である竜母を攻撃する手筈になっている。カズヒロのイントレピッド隊もその1つだ。
イントレピッド隊は、午前中の攻撃で敵正規竜母1隻に爆弾2発、魚雷1本の命中を与え、中破と判定される損傷を負わせていた。
第3次攻撃隊に参加する事になったイントレピッド隊のクルーは、今度は敵竜母に撃沈確実の損害を与えてやると心に誓い、カズヒロも、今度こそは
敵竜母の甲板に爆弾を叩き付けてやると意気込んでいた。
とはいえ、先の戦闘の疲れは完全に癒えた訳では無く、カズヒロと同じように、午前中の攻撃に参加したパイロットの大半は、体に残る疲れを感じ
ながらも、ひたすら任務に集中している。
「飛行長の人使いの荒さはいつもの事だが、逆に頼りにされている、って事もあるぜ。何しろ、VB-12のパイロットでは、俺とカズヒロが
古参の部類にはいるからな。」
「古参……か。」
カズヒロは小声でそう口ずさみながら、脳裏には、今まで一緒に生活を共にし、大空に散って行った戦友達の顔を思い出している。
最初、VB-12が編成された頃、カズヒロ同じようにヘルダイバーを操る搭乗員は48名居た。
その48名のうち、4名は他の母艦に移ったが、残りの42名はずっとイントレピッド艦爆隊の一員として戦い、そして、次々に散って行った。
今、昔ながらのメンバーでイントレピッド隊に残っている者は、僅か16名だけで、他は別の母艦より移動して来た者か、本国より補充されて
来た新米パイロットである。
(あの初出撃からもう、随分立つな……新米だった俺も古参と呼ばれるとは、あの時、予想できんかったが……あの当時、憧れていた
古参パイロットというモンも、実際なってみると、どことなく寂しい感じがするな)
カズヒロはそう思いながら、戦争の現実と言う物を改めて痛感した。
「制空隊指揮官機より攻撃隊指揮官機へ、敵攻撃隊と思しき大編隊を発見!」
唐突に、耳元のレシーバーにその言葉が響いて来た。
それまで思考に耽っていたカズヒロは、ハッと我に返り、機体の前方を凝視した。
その報告がもたらされてから、しばらくの間は何も見えなかった。
だが、10分ほど経って、攻撃隊の右前方に夥しい数のワイバーン編隊が見え始めた。
「……TF58の方向に向かっている。」
カズヒロは、味方攻撃隊とすれ違って行く、遠方の敵編隊を見つめながら、ぼそりと呟く。
彼は、昨年のレビリンイクル沖海戦でも今と同じような光景を見ている。
あの時、カズヒロは敵竜母に爆弾を命中させ、意気揚々と機動部隊に帰って行ったが、帰還した時には、母艦であるイントレピッドは
損傷しており、離着艦不能となっていた。
カズヒロは仕方なく、僚艦フランクリンに降りたが、帰るべき母艦が大破し、黒煙を噴き上げる光景は、いつ思い出しても胸が痛くなる。
「凄い数だな……少なめに見積もっても、300以上は居るぞ。」
「300か……居残り組の連中に頑張って貰うしかないな。」
カズヒロとニュールは言葉を交わしながら、すれ違って行く敵編隊を見つめる。
護衛戦闘機隊は、敵編隊から戦闘ワイバーンが向かって来た時に備え、敵編隊の監視を続ける。
そのまま、5分ほどが経った。敵編隊は、第3次攻撃隊に襲い掛かる事なく、悠々とすれ違って行った。
「行っちまったな……」
ニュールが呟くと、カズヒロも頷きながら言葉を返す。
「ああ。」
カズヒロは、味方機動部隊の無事は勿論の事、母艦イントレピッドが無事である事を強く祈った。
第3次攻撃隊は何事も無かったかのように前進を続けていく。
459機の大攻撃隊は、夕日に照らされながら、ひたすら敵に向かい続けていた。
午後5時35分 レーミア湾西方沖70マイル地点
太陽が傾き、空がオレンジ色に染まりつつある中、巡洋戦艦アラスカ艦上の第5艦隊司令部はピケット艦から、敵大編隊接近の報告を伝えられた。
「長官。敵の新たな攻撃隊です。」
「……来たか。」
第5艦隊司令長官レイモンド・スプルーアンス大将は、報告を伝えてきた参謀長のムーア少将にそう言い返した。
「数はどれぐらいだ?」
「ピケット艦からの情報によりますと、敵編隊は約2群。第1群、第2群ともに200騎以上の大編隊のようです。」
「既に、各任務群は残存戦闘機隊の発艦を開始しています。」
航空参謀のジョン・サッチ中佐がスプルーアンスに言う。
「敵編隊が我が機動部隊上空に辿り着くまでには、使用可能な戦闘機は全て、迎撃に加われるでしょう。」
「全てと言っても、280機のF6F、F4Uで敵編隊を阻止する事は難しいだろう。ここは、艦隊各艦の頑張りに掛けるしかないな。」
スプルーアンスは冷静な声音で、サッチに向けてそう返した。
TF58は、今日の作戦開始前には空母19隻。1600機の艦載機を有していたが、終日続いた航空戦の影響でTG58.2の4空母が撃沈破され、
TG58.3の2空母が使用不能になったため、稼働空母13隻、残存機は午後2時の時点で1300機を割り込んでいた。
この数は、午後2時以降に使用不能機として廃棄された艦載機を多数含んでおり、実数は1200機あるかどうかである。
また、この実数というものも、修理すれば使える機体を含んでの物であり、すぐに燃料、弾薬を入れて使えそうな機体は1000機足らずであった。
TF58は、第3次攻撃隊を送る前に、戦闘力を大幅に削り取られていた事になるが、スプルーアンスはそれでも攻撃隊を編成し、温存していた
TG58.4、TG58.5も加えた上で、第3次攻撃隊を発艦させた。
「長官。もう間もなく、先陣の直掩隊が敵編隊と接触する頃です。」
スプルーアンスはサッチから報告を聞いた後、おもむろに腕時計を見つめた。
「午後5時35分か……日没は確か、6時30分から7時頃だったな。航空参謀、第3次攻撃隊からはまだ何も言って来ないかね?」
「はっ……まだ何も。恐らく、未だに進撃途上にあると思われます。」
「ふむ……こちらが放った攻撃隊が敵に取り付く前に、我々は敵に突っ込まれる事になったようだな。どうせなら、戦果報告を聞いた後に、
敵を迎撃したい所であったが……こうなってしまっては仕方ない。」
スプルーアンスはそう言った後、従兵に声をかけた。
「コルソン君。ちょっといいかね?」
「はっ!」
「コーヒーを頼む。いつもの奴だ。」
午後5時50分 レーミア沖西方70マイル地点
竜母ランフックより発艦した攻撃ワイバーン16騎を指揮するツェルス・マオミトス少佐は、ようやく、敵機動部隊の姿を視認出来る位置にまで
到達する事が出来た。
「見えたぞ、アメリカ機動部隊だ。」
マオミトス少佐は、雲の合間から見える複数の航跡を見て、やや嬉しそうな口ぶりで言う。
アメリカ機動部隊は制空隊に随伴していた対空艦攻撃部隊と戦闘中であり、盛んに対空砲火を噴き上げている。
既に対艦爆裂光弾を食らった艦が居るのか、陣形の外側を航行する複数の艦から黒煙が噴き上がっている。
その少し前方の上空では、夥しい数のワイバーンと戦闘機が、乱戦状態で空戦を行っている。
「注意!12時方向より接近せる敵!」
唐突に、護衛の戦闘ワイバーン隊指揮官より魔法通信が届く。
脳内に響いた声をもとに、12時方向に視線を移す。
乱戦の巷から抜けだしたのか、あるいは戦闘に加わらなかったのかは判然としないが、戦闘中の敵機とは別の敵編隊が、整然と編隊を保ちながら
攻撃隊に向かいつつある。数は約70機ほどであろう。
「敵の戦闘機は俺達が引き付ける!」
戦闘ワイバーン隊指揮官の声が響くと同時に、攻撃ワイバーンの周囲を固めていた多数のワイバーンが離れ、米戦闘機の群れに向かって行く。
たちまち激しい空戦が勃発し、新たな空域で、彼我合わせて150機以上のワイバーンと米戦闘機が必死の戦いを繰り広げていく。
攻撃ワイバーン隊は、制空隊と護衛戦闘隊のワイバーンとの空戦を尻目に、着実に敵機動部隊との間合いを詰めていく。
第4機動艦隊は、第4次攻撃隊として総計430騎のワイバーンを発艦させており、これを制空、対空艦掃討隊と、主力艦攻撃隊に分けている。
対空艦掃討隊は戦闘ワイバーン160騎、攻撃ワイバーン50騎で編成され、これらは既に敵機動部隊に対して攻撃を行っている。
後続の主力艦攻撃隊は、戦闘ワイバーン70騎と攻撃ワイバーン150騎で編成され、今しがた、護衛のワイバーン70騎が戦闘に入ったばかりだ。
艦隊に残る270騎のワイバーンは防空戦闘隊として残り、来襲する米攻撃隊に備えている。
攻撃ワイバーンはしばらくの間、敵戦闘機の妨害を受けぬまま、敵機動部隊まであと10ゼルドの位置にまで接近したが、敵戦闘機は攻撃ワイバーン隊の
進撃を見逃さなかった。
「敵戦闘機接近!約20機前後!」
竜母マルラリアの指揮官から魔法通信が入る。
心なしか、マルラリア隊指揮官の声音が、恐怖で上ずっているようにも思えた。
(あの指揮官は歴戦の勇士だが、敵機動部隊に対する実戦は初だから緊張しているのかも知れんな)
マオミトス少佐は心中で呟いた。
ラルマリア隊の指揮官は、元々は陸軍に所属していた竜騎士だが、陸軍よりも竜騎士の数が不足しがちだった海軍航空隊の再建を加速するため、2年前に
陸軍から海軍に転属となり、専ら後方で訓練に当たって来た。
元は勇猛果敢な竜騎士でもあり、これまでに48機のアメリカ軍機やワイバーンを撃墜した他、地上攻撃にも多数参加した猛者であり、また、訓練技術も
長けているため、彼の指導を受けて前線に送られた竜騎士はかなり多い。
そんな彼は、昨年の11月にラルマリアのワイバーン隊指揮官に任ぜられ、技量未熟なこの部隊を短期間でしごき上げ、今日の海戦までに何とか使える
ように仕立て上げた。
そのベテラン指揮官でさえ、アメリカ機動部隊と戦う時には恐怖感を覚えるのか。
(いや、実際恐怖感を覚えない筈がない。アメリカ機動部隊は、これまでに幾多ものベテラン竜騎士を葬り去って来ている。そんな連中と戦えと
言われて平然でいられる筈はないな)
マオミトス少佐はそう呟きながら、敵戦闘機の襲撃に備える。
ホロウレイグ隊は急降下爆撃を行うため、腹に重い300リギル爆弾を抱えている。
米軍の1000ポンド爆弾にも匹敵するこの爆弾は、敵空母の甲板に叩きつけるために、母艦から運んで来たものだが、相棒のワイバーンはこの爆弾の
せいで、空荷状態よりも機動性がかなり劣っている。
「あと少し……あと少し進めれば……」
マオミトス少佐がそう呟いた時、後ろ上方から米戦闘機が爆音を響かせながら襲い掛かって来た。
ワイバーン隊との乱戦を突破して来たコルセアとヘルキャットの混成編隊は、猛速で攻撃ワイバーン隊に殴り込む。
攻撃を受けたのは、ラルマリア隊とジルファリア隊であった。
まず、4機のF4Uが雷装状態のワイバーンに対して12.7ミリ弾の雨を降らせる。
すぐにワイバーンの周囲に張られた防御結界が作動し、機銃弾はあっけなく弾き飛ばされる。
コルセア4機は、ワイバーン1騎1騎に狙いを定めていないらしく、ワイバーン編隊全体にばら撒くような感じで機銃弾を放った。
この4機編隊の射撃は、ワイバーン7騎に命中したが、防御結界のお陰で1騎も傷付いていない。
続くコルセアの編隊も、ヘルキャットの編隊も、集中して射撃を行うのではなく、わざとばら撒くような感じで機銃弾を放ち、ワイバーン編隊に
命中弾を与えていくが、防御魔法は耐用限界に至る程までに消耗せず、この時点で1騎のワイバーンも脱落しなかった。
傍目から見れば、米戦闘機隊の射撃はお粗末その物であった。
だが……
「クソ!またあの方法で来やがったか!!」
マオミトス少佐は、“お粗末な筈の射撃”に対して、憎悪をむき出しにし、大きく叫んだ。
彼は、午前中の攻撃にも参加していたが、あの時も、米軍戦闘機の大半は、最初、このような方法で攻撃を仕掛けてきた。
数が少なかった(それでも100機以上は居たが)敵戦闘機隊は、終始、機銃弾をばら撒くだけで、敵艦隊攻撃の目前で、不運なワイバーン6騎が
魔法防御の耐用限界に達した所で撃墜されたが、一緒に付いて来たランフック隊とリンファニー隊の残り40騎は敵機動部隊に取り付き、
見事にヨークタウン級空母1隻に大破、インディペンデンス級空母1隻に撃沈確実の損害を与える事が出来た。
だが、ランフック隊は生き残った14騎中8騎、リンファニー隊は26騎中20騎を失うと言う大損害を被った。
ランフックとリンファニーは、昨年のレビリンイクル沖海戦でも敵艦隊を攻撃し、大きな損害を受けていたが、それでも攻撃に参加した
ワイバーンが半数以上も未帰還になるという事態にはならなかった。
だが、午前中の海戦では、ランフックとリンファニー隊は共に損耗率5割超という恐るべき損害を出しており、特に損害の大きかったリンファニー隊は
第4次攻撃隊に攻撃ワイバーンを参加させられなかった。
何故か?
その原因は、今行われている、敵戦闘機の迎撃にあった。
ワイバーンは防御結界さえ生きていれば、敵機動部隊の輪形陣に突入した時も、しばらくは防御結界の効果を利用して敵艦との間合いを詰める事も
出来るが、防御結界が無くなった場合は即座に落とされる場合が多い。
輪形陣に侵入した瞬間に撃墜されるワイバーンは、殆どが防御結界を無くした物ばかりである。
ワイバーンの体は頑丈だが、米艦艇の放つ大口径機銃弾や高射砲弾には脆く、竜騎士は機銃弾の1発でも当たれば致命傷を負い、すぐに戦死する。
それを防ぐための防御結界であるが、米軍の戦闘機隊は、対空砲火の阻止効率を上げる為に、わざと防御結界を作動させ、じわじわと耐用限界に
近付けているのである。
マオミトス少佐が激怒するのも当然と言えた。
「敵戦闘機、下方から接近して来る!」
今度は別の竜騎士から魔法通信が届く。マオミトスは声の主が自分の部下である事に気付いた。
「俺達を狙って来たか!」
彼は忌々しげに呟きながら、下方に顔を向ける。
一旦は下降したコルセアが今度は上昇に転じ、猛速で迫って来る。
コルセアがワイバーン隊まで400メートルに迫った所で機銃弾を発射した。
下方より夥しい数の機銃弾が噴き上がって来る。
マオミトスは機銃弾を避けるべく、相棒を左右に横滑りさせるが、全ての機銃弾を避ける事はかなわず、周囲が2度、赤紫色に光った。
(弾が当たったか!)
彼はそう確信しつつ、後ろの部下達の様子を見ようと、顔を振り向く。
やはり、彼の部下達も機銃弾を避ける事が出来なかった。
ばら撒くようにして放たれた機銃弾は、17騎中8騎に命中していた。
コルセアは機銃弾を撃ちまくりながら、ワイバーン隊の上方に駆け上がっていく。
コルセアの次はヘルキャットが続き、同じように機銃弾をばら撒いてはすぐりに離脱して行く。
似たような攻撃が3度、4度と、繰り返し行われていく。
これだけの攻撃を受けても、ワイバーン隊の被撃墜数は0であったが、被弾したワイバーンは、大多数が防御結界の耐用限界に近付いていた。
5度目の攻撃を受けた時、ついに被撃墜騎が出た。
「ラルマリア隊に被弾騎!2騎落ちます!」
その報告がマオミトスに届くが、彼らには何もできない。
4機のコルセアに下方から射弾を集中された2騎のワイバーンは遂に結界が崩され、ワイバーンの無防備な腹に12.7ミリ弾を浴びせられてしまった。
2騎のワイバーンが致命傷を負い、次々と落ちていく。
飛空挺隊と違って、脱出用の落下傘を付けていない竜騎士は、ワイバーンと運命を共にするしか無く、瀕死のワイバーンに跨ったまま冷たい海の上に落ちていく。
「隊長!3時下方からグラマン!!」
マオミトスは咄嗟に振りかえる。
彼の右横の下方から、2機のグラマンが猛然たる勢いで上昇している。グラマンの太い鼻先は、マオミトスに向いていた。
(出来るかな!?)
マオミトスは心中でそう思いながら、相棒に指示を下す。
相棒は通常より機動が鈍っている事を知りつつも、行動で彼の指示に応えてくれた。
ワイバーンの体がくるりと回る。普段よりも機動性が鈍っているため、危うく部下のワイバーンと接触しかけたが、間一髪で免れる。
グラマンの放った射弾は、マオミトスの判断によって悉く外れた。
咄嗟の超機動によって射弾を外されたグラマン2機は、悔しげな爆音を発しながら離れて行った。
(思い知ったかアメリカ人!これがワイバーンの動きだ!!)
マオミトスは内心で喝采を叫んだ。
しかし、彼のささやかな勝利にも関わらず、攻撃隊のワイバーンは次々と食われていく。
米軍の戦闘機はいつの間にか30機に増えており、都合、12騎目のワイバーンが撃墜された所で、味方のワイバーン隊が駆け付けてくれた。
24、5騎のワイバーン隊は、コルセア、ヘルキャット隊と攻撃隊の間に暴れ込むと、猛然とコルセア、ヘルキャットに挑みかかった。
「……ふぅ、ひとまず、礼を言っておくぜ。」
マオミトスは、奮闘する味方の戦闘ワイバーン隊に感謝しつつ、前方に視線を向けた。
夕焼けですっかり色を変えた洋上を、アメリカ機動部隊は速度を変える事無く進み続けていた。
だが、対空艦掃討隊はかなり奮闘したのか、高速で航行を続ける敵艦隊の一部……特に輪形陣の左側を航行する5隻の駆逐艦と思しき艦からは
黒煙が上がっている。
黒煙は駆逐艦のみならず、陣形の更に内側に位置する巡洋艦1隻と、戦艦1隻からも上がっている。
こちらの艦が噴き出す黒煙の量は少ない物の、対空艦掃討隊が何らかの損害を与えた事は確実と言えた。
「対空艦掃討隊の爆裂光弾はしっかり仕事を果たしたようだな。連中に負けないよう、俺達も頑張らなくちゃな。」
マオミトスは頷きながらそう言うと、魔法通信で各母艦航空隊の指揮官に命令する。
攻撃ワイバーン隊の指揮官はマオミトスが任ぜられていた。
「これより攻撃を開始する!第1群のワイバーン隊は第3群のワイバーン隊と共同で敵正規空母1番艦を攻撃せよ。第4群は敵正規空母2番艦、
第2艦隊は敵正規空母3番艦を攻撃せよ!」
マオミトスは一呼吸置いた後に、命令を発した。
「突撃!!」
彼の号令が発せられるや、敵戦闘機の攻撃から生き残った138騎のワイバーンが一斉に攻撃位置に付いて行く。
敵艦隊の射程外で、爆装のワイバーンは現在の飛行高度1500グレルから2000グレルまで上昇し、雷装のワイバーンは一気に高度100グレル
まで下降していく。
マオミトスの率いるランフック隊17騎は、小型竜母ライル・エグ、リテレの爆装ワイバーン12騎と、雷装したモルクドのワイバーン隊10騎、
同じく雷装した第3群のジルファリア隊9騎と共同で敵正規空母の1番艦を攻撃する。
攻撃する敵正規空母は、形からしてエセックス級空母だ。
爆装ワイバーン29騎、雷装ワイバーン19騎。
計48騎で攻撃を行えば、確実に撃沈できるかもしれないが、結果はどうなるか分からない。
「午前中の攻撃では、ヨークタウン級空母1隻に30機以上で攻撃して1発の爆弾、魚雷を当てられなかった時があったようだからな。
あの艦の艦長が腕の良い奴だったら、撃沈出来るかどうかは微妙な問題だな。」
マオミトスはそう呟きながら、相棒と共に上昇を続ける。
ランフック隊は、隊形の都合上、小型竜母のライル・エグ、リテレ隊に先導される形で敵輪形陣に向かっていた。
先行していたライル・エグ隊とリテレ隊に対空砲火が放たれ、周囲に砲弾が炸裂する。
ライル・エグ隊とリテレ隊は雲の合間を出たり入ったりしているのだが、それでも米艦艇の対空砲火は熾烈かつ、正確であった。
1騎のワイバーンが雲から出た瞬間、高射砲弾の炸裂を間近に受ける。
このワイバーンはまだ、防御結界の耐用限界に達していなかったが、至近距離で砲弾の炸裂を受けては、多少の防御魔法なぞは関係無かった。
VT信管付きの砲弾が炸裂した直後、一瞬にして防御魔法が撃ち崩され、竜騎士とワイバーンは全身をずたずたに引き裂かれた。
更に別のワイバーンが砲弾の炸裂によって肩翼を失い、錐揉み状態となって墜落して行く。
ライル・エグ隊とリテレ隊の周囲に、砲弾炸裂の黒煙が湧く。その数は僅か1分足らずの間に爆発的に増えた。
「くそ、何て弾幕だ!対空艦掃討隊は何やってたんだ!!」
先程、奮闘した味方ワイバーン隊を褒め称えた口から、今度はその戦果を疑うような言葉が吐き出される。
敵の対空砲火は、先行するワイバーン隊のみならず、ランフック隊にも注がれる。
周囲に砲弾が音を立てながら炸裂する。
砲弾が炸裂する度に、細々とした破片が凄まじい速度で周囲を飛び抜け、ワイバーンが煽りを食らって幾度か揺れる。
マオミトスは敵の対空砲火を受けながらも、落ち着いた表情を浮かべながら下方に視線を向ける。
うっすらとだが、敵機動部隊の下方でも激しい対空砲火が放たれている。
撃たれているのは雷装のワイバーン隊だ。
米艦艇は高空から迫るワイバーン隊と、低空から迫るワイバーン隊を同時に相手取らなければならないため、対空砲火を分散せざるを
得なくなっている筈なのだが、それでも、放たれる対空砲火の量は多い。
砲弾が近い所で炸裂する。破片が命中したのか、防御結界が作動する。
(まずい、あと3、4度打撃を食らったら、魔法防御が崩れる……)
マオミトスは内心ひやりとしながら、自らの置かれている危機的状況を分析する。
唐突に後方で悲鳴が聞こえた、かと思うと、脳内に部下の声が響いて来た。
「隊長!第2小隊長騎が被弾!墜落して行きます!」
「……わかった。」
マオミトスは一瞬だけ、表情を暗くしたが、すぐに平静な声音で部下に返す。
16騎に減ったランフック隊は、尚も前進を続ける。
先行していたライル・エグ隊、リテレ隊が次々と降下に入った。
高射砲弾の迎撃を受けて、12騎から9騎に減ったライル・エグ隊、リテレ隊だが、仲間を失った事なぞ露知らずといった動作で敵空母目掛けて
突っ込んでいく。
視線を下方に移すと、雷装ワイバーン隊の一部隊が、敵空母まであと1000グレル前後にまで迫っている。
その雷装ワイバーン隊は巡洋艦の迎撃網をすり抜け、戦艦の迎撃網を突破しようとしている。
高度2000グレル上空では詳細は分からないが、その戦艦から放たれる対空砲火は尋常ではない。
対空艦掃討隊の攻撃を受けて損傷したにもかかわらず、尚、激しい対空砲火を噴き上げている。
雷装のワイバーン隊に被撃墜騎が続出する。
鉄の体と言う装甲で覆われたアベンジャーと違って、防御結界が無いワイバーンは、竜騎士がやられればそれまでであり、墜落に至るワイバーンは
次々と出て来る。
だが、残ったワイバーン隊は敵戦艦の迎撃網を突破し、戦艦に守られていたエセックス級空母に肉薄していく。
エセックス級空母は依然直進を続けていたが、雷装ワイバーン隊が急速に迫って来た事に驚いたのか、急に回頭を始めた。
エセックス級空母から放たれる対空砲火もかなり多い。
護衛の戦艦と違って、まだ無傷の姿を保っているため、戦艦よりも激しい弾幕を放っているように思えた。
回頭したエセックス級空母に、急降下して行ったワイバーン隊が猛速で突っ込み、次々と爆弾を投下する。
1番騎は爆弾を投下した直後、機銃弾の集中射を食らってそのまま海面に激突する。
エセックス級空母の左舷側海面に爆弾が落下し、水柱が高々と吹き上がる。
2番騎、3番騎の爆弾も同様だ。
4番騎の爆弾も惜しい所で敵空母の左舷側後部海面に至近弾となり、虚しく水柱を噴き上げた。
「頑張れ!頑張るんだ!」
猛烈な対空弾幕の中、奮闘するライル・エグ隊とリテレ隊の奮闘に、マオミトスは思わず声援を送っていた。
5発目の爆弾が彼の声援に応えるかのように、エセックス級空母の飛行甲板後部に命中した。
命中個所は甲板の右端側であったが、命中弾を受けたエセックス級空母は黒煙を噴き始めた。
6発目の爆弾は惜しくも外れ、7発目も敵艦の左側海面に外れ、水柱を噴き上げさせるだけに留まった。
落下して来た爆弾は、この7発だけであった。
急降下に入って来た9騎のうち、2騎は投弾前に叩き落とされていた。
爆撃隊は大した被害を与えられなかったが、その代わりとばかりに、敵空母左舷側に爆弾落下時の水柱とは異なる、大きな水柱が立ち上がった。
左舷側前部付近から水柱を立ちあがらせた敵空母は、見る見る内に速度を低下させていく。
低空侵入した雷装のワイバーン隊が、エセックス級空母に魚雷を命中させたのだ。
それ以降の魚雷命中は無かったものの、ライル・エグ、リテレ隊と、雷装ワイバーン隊の一部隊は、共同で敵空母に中破以上の被害を与える事に
成功したのだった。
「ようし、今度は俺達の出番だ!」
味方ワイバーン隊の奮闘に勇気をもらったマオミトスは、意気込んだ口調でそう呟いた後、敵空母の左舷側後方から急降下に入った。
斜め単横陣で飛行していたランフック隊のワイバーンは、次々と急降下に入る。
7番騎が急降下に入る前に、高射砲弾によって撃墜されたが、残りは体を翻し、翼を半ば折り畳んだ状態で降下して行く。
マオミトスの眼前に、目標であるエセックス級空母が居る。
爆弾1発と魚雷1本を受けたエセックス級空母は、回頭を止めて直進に入っている。
先程までは15リンル以上は出ていたスピードも、今では10リンルかそれ以下と思える程に低下している。
だが、敵空母から放たれる対空砲火は尚も熾烈だ。
敵艦の艦橋前側と後ろ側、舷側から盛んに高射砲弾が撃ち放たれる。高度が1200グレルを切ったあたりからは、機銃弾も撃って来た。
砲弾や機銃弾は、目標の敵空母からではなく、その後方や右側を行くエセックス級空母や、周囲の護衛艦からも撃たれている。
眼前に大量の砲弾が炸裂して黒いまだら模様が作られ、そのまだら模様から機銃弾が吹き荒んで来る。
ランフック隊に次々と犠牲が出る。
5番騎が横合いから40ミリ弾を複数食らい、ワイバーンの体が断裂し、血や臓物を噴き散らしながら大小2つの物体となって海面目掛けて落下して行く。
高射砲弾が竜騎士とワイバーンの体を吹き飛ばしただけではなく、腹に抱えていた爆弾も誘爆させ、空中で大爆発が湧き起こった。
その爆発に巻き込まれたワイバーンと竜騎士が致命傷を食らう。敵空母に叩きつける筈であった仲間の爆弾によって、不本意にも“撃墜”された
ワイバーンは、向かっていた先を敵空母から夕焼けに染まる海面に変え、高速で海に激突した。
降下中に、ランフック隊は5騎が撃墜されたが、残った10騎は猛速で降下を続ける。
マオミトスの目に映る敵空母の姿が大きくなっていく。飛行甲板の前部と後部に11という数字が見える。
彼は少し前まで、この文字が数字だとは分からなかったが、定期的に開かれる、米軍に対抗策を考える講習会で、それが数字だとわかった。
ある程度の艦番号と、敵空母の名前が分かっていたマオミトスは、この空母がボノム・リシャールであるとわかった。
「エセックス級空母の2番艦か……乗っている艦長が手錬じゃない事を祈るだけだな!」
彼はそう叫びながら、投下高度の250グレルに達した事を脳内で確認し、爆弾を投下した。
腹に抱えていた爆弾が離れ、ワイバーンの体が軽くなる。
彼は相棒に、水平飛行に移れと指示を伝える。
急降下から水平飛行に入る際の圧力が体に加わり、呼吸が出来なくなる。
この時、敵弾が命中し、防御魔法の効果が切れた。
「くそ!効果が切れたか!」
彼は忌々しげに叫んだが、すぐにこの場から脱出する方法だけを考え、身軽になったワイバーンを操りながら、弾幕を抜けようと試みる。
脱出の際、低空侵入の雷装ワイバーンとすれ違う。
竜騎士の1人と目があったような気がしたが、それも一瞬の事であり、雷装のワイバーン隊とすぐに離れる。
敵戦艦から放たれる対空砲火を紙一重で避けながら、陣形の更に外へと向かう。
敵戦艦の後方をすり抜ける。
その艦は、アイオワ級戦艦とどことなく似ていたが、煙突が一本しか無い事から、すぐにアラスカ級巡洋戦艦である事を見抜いた。
アラスカ級巡戦の対空砲火を潜り抜け、更に巡洋艦の防空網も突破する。
彼は巡洋艦の対空砲火をすり抜ける際、その贅沢な編成にため息を漏らした。
「はぁ……陣形の片側だけに、アトランタ級防空巡洋艦を2隻も起きやがるとは。アメリカ人共は本当に、贅沢なモンだ。」
彼はそうぼやきながら、何とか陣形の外に抜け出る事が出来た。
彼は、爆弾投下後から陣形を抜けるまでの記憶が殆ど無く、断片的に覚えているだけであった。
巡洋戦艦アラスカ艦長であるリューエンリ・アイツベルン大佐は、エセックスの左舷側を航行していた空母ボノム・リシャールの艦体から、
立て続けに3本もの水柱が噴き上がるのを戦慄の眼差しで見つめていた。
既に爆弾6発、魚雷1本を受けていたボノム・リシャールにとって、魚雷3本の命中は致命傷と言えた。
「ボノム・リシャールに魚雷命中!あ…行き足、更に鈍ります!!」
見張り員が、言葉の後半部分を涙声に震わせながら艦橋に報告して来る。
「なんてこった……ボノム・リシャールが!!」
リューエンリは、今、現実に起きている事が半ば信じられなかった。
昨年のレビリンイクル沖海戦の際、リューエンリはアラスカの艦長として、同じ戦隊の僚艦コンステレーションと共に奮闘し、TG37.3の
母艦群の護衛に大きく貢献していた。
リューエンリは、今回の海戦でも、パートナーであるコンステレーションと共に、損傷空母ゼロを目指せると思っていた。
しかし、コンステレーションと護衛の巡洋艦は敵の攻撃を防ぎきれず、ボノム・リシャールは致命弾を受けてしまった。
TG58.1は、ボノム・リシャールの速度低下に合わせ、30ノットから20ノットに速度を落としていたが、ボノム・リシャールはその
20ノットにすら付いていけず、艦体から大量の黒煙を噴き上げ、左舷側に傾斜を深めながら陣形から脱落して行く。
ボノム・リシャールが速度を出すどころか、艦そのものすら失いかねない状況にある事は、誰の目にも明らかであった。
「任務群旗艦より指令!艦隊速力30ノット!」
「航海長!速力30ノットだ!」
リューエンリは、通信員から聞いた指令を即座に航海長へ伝える。
それまで、ボノム・リシャールに合わせていたアラスカが、再び30ノットの快速で驀進し始める。
「新たな敵編隊接近!エセックスに向かいます!イントレピッドに向かう敵もいます!」
「イントレピッドの敵は他の艦に任せる。砲術長!エセックスに向かう敵を全力で叩け!」
リューエンリは砲術長に指示を飛ばしながら、エセックスの上方と、低空から迫りつつある敵ワイバーン隊を交互に見やる。
エセックスに向かう敵は30騎ほどだ。
30騎中、ちょうど半数ずつが高空と低空に別れている。
敵編隊はともに、エセックスの左舷側斜め方向から迫りつつある。
リューエンリとしては、爆弾よりも遥かに危険な魚雷を積んだワイバーン隊を集中的に狙いたかったが、射線がエセックスと
被ってしまうため、やむなく高空の爆撃隊を狙う事にした。
アラスカの左舷側の両用砲が高空の敵編隊向けて放たれる。
ノースカロライナ級やサウスダコタ、アイオワ級といった新鋭戦艦と同様に、アラスカも舷側に4基の連装砲塔を搭載している。
アラスカは元々、大型巡洋艦案で建造される予定であり、そのままの状態でも多数の対空火器が搭載されていたに違いないが、
両用砲は航空兵装にスペースを取られて、クリーブランド級やボルチモア級のように、連装砲塔が6基しか積めない筈であった。
だが、設計変更によって航空兵装を全廃したお陰で、アラスカはより多くの対空兵装を積め込む事ができ、効果的に対空戦闘を行う事が可能となっている。
アラスカから、4基8門の5インチ砲が断続的に放たれ、敵編隊の周囲に夥しい数の黒煙が湧く。
アラスカの護衛を受けるエセックスも、敵編隊に向けて艦橋前と後ろ側に取り付けられた5インチ砲8門を撃ちまくっている。
早くも1騎のワイバーンが高射砲弾の弾幕にとらわれ、あえなく撃墜される。
続いて、もう1騎が破片を食らい、最初は徐々に高度を下げて行ったが、急に真っ逆さまになって墜落して行く。
敵編隊に対する砲撃は、アラスカ、エセックスのみならず、陣形の右側に位置する重巡洋艦ボストン、軽巡洋艦サンアントニオ、バーミンガム、
無傷で残っている前衛の駆逐艦3隻も行っている。
敵編隊は、対空砲火の弾幕の中を臆す事無く飛行して行くが、1騎、また1騎と撃墜されていく。
リューエンリは対空戦闘の行方を見守る中で、エセックスの方にも時折視線を送る。
敵編隊が8騎に減らされつつも、エセックスの左舷側上方の降下地点に到達するかどうかの所まで達した時、リューエンリは再びエセックスの方に……
正確には艦首に視線を向けた。
その時、彼は艦首波が、先程と比べて、若干変わっている事に気付いた。
「操舵手!取り舵だ!今は目一杯切るな!」
「アイアイサー!」
リューエンリの指示を聞いた操舵手は、心持ち、舵輪を回した。
敵編隊が次々と急降下に入る。8騎のワイバーンや、鮮やかな動作で下降に移り、まっしぐらにエセックスへ向かって行った。
アラスカの対空機銃は、このワイバーン群目掛けて放たれる。
艦首や舷側の40ミリ4連装機銃、20ミリ機銃が火を噴き、敵編隊に夥しい数の曳光弾が注ぎ込まれていく。
リューエンリは敵ワイバーンよりも、エセックスの動向に目を配った。
「曲がるか?それとも、曲がらないか?」
リューエンリがそう呟いた瞬間、エセックスの動きに変化が生じた。
それまで、ゆっくりと左側に進んでいたエセックスが、急に回頭を行った。
「操舵手!面舵一杯!」
リューエンリは指示を下した。
彼の指示通り、操舵手は舵輪を思いっ切りぶん回す。
程無くして、アラスカの艦体がエセックスの動きに追随するかのように、左に急回頭し始めた。
新鋭戦艦並みの重量を持つアラスカの艦体が、鮮やかに回って行く。
エセックスに接近する敵編隊は、高度400メートルまで降下し、次々と爆弾を投下した。
エセックスの周囲に爆弾が落下し、270メートル近い巨大な艦体が林立する水柱に覆われた。
「……かわせたか!?」
リューエンリは、水柱に覆い隠されたエセックスが心配になり、思わず前のめりになってその行方を追う。
エセックス艦長は巧みに回避運動を行って、敵編隊の投弾コースから大きく外された筈だが、敵編隊の中には、体を捻って爆弾を投下する
ワイバーンも居たため、全て回避できたかどうかはわからない。
猛烈な対空弾幕を浴びつつも、敵も必中の思いを込めて爆弾を投下している。
1発か2発は浴びても不思議では無かった。
アラスカのみならず、他の護衛艦の乗員達は、誰もがエセックスの被弾を覚悟した。
だが、それは杞憂であった。
エセックスは艦首で水柱を踏み潰しながら、健在な姿を現した。
エセックスの舷側からは相変わらず、激しい量の対空砲火が放たれ、自艦を危うい目に陥らせた敵ワイバーンに向けて、40ミリ機銃、
20ミリ機銃が狂ったように撃ちまくっている。
「エセックス健在!損傷なし!!」
見張り員からの報告に、アラスカの艦橋は一瞬ながら、歓声に包まれた。
「ようし、敵の爆撃は回避できた。あとは雷撃隊だけだ。」
リューエンリはそう呟きつつ、エセックスの動きを注視する。
その時、エセックスは回避運動を止めた。
「舵戻せ!面舵一杯!」
リューエンリは即座に命じる。
やや間を置いて、アラスカの回頭も止まり、今度は右舷側に舵を切り始めた。
エセックスが回頭しながら、左舷側の機銃座を撃ちまくっている。
アラスカの艦上からは見えなかったが、爆弾を回避したエセックスは、その喜びに浸る間もなく、別のワイバーン隊に襲われていた。
12騎の雷装ワイバーン隊は、海面近くで激しい対空砲火を浴びつつも、時速300キロでエセックスに迫っていた。
敵ワイバーン隊は、アラスカの僚艦コンステレーションや、アトランタ級防空軽巡のリノとアトランタから夥しい砲火を浴び、ワイバーン隊の
周囲は、間断無く炸裂する砲弾や着弾する海面の飛沫によって、そこだけ地獄さながらの様相を呈していた。
ワイバーン1騎が40ミリ機銃弾に両翼をもがれ、すぐに海面に叩きつけられる。
更に2騎が致命弾を浴びて海面に激突し、うち1騎は魚雷が衝撃で誘爆して、海面上で大爆発を起こした。
ワイバーン隊は、櫛の歯が欠けるかのように次々と叩き落とされていく。
もし、この光景をシホールアンル軍のワイバーン養成部隊の幹部が見れば、恐ろしいまでの消耗率にショック死しかねないであろう。
しかし、ワイバーン隊の竜騎士は、目の前に敵が居る以上、退く事は決してなかった。
エセックスの左舷前方800メートルに接近した時には、ワイバーン隊は既に6騎に減っていたが、敵は尚も魚雷を落とさぬまま、エセックスに接近する。
距離は800から700、700から600と、急速に縮まっていく。
同時に、ワイバーンも新たに1騎が叩き落とされ、もう1騎が体から夥しく出血するが、傷を負ったワイバーンは落ちる事無く、エセックスとの距離を詰める。
やがて、距離が500メートルを切った時、敵ワイバーンは次々と魚雷を落とした。
傷を負ったワイバーンは魚雷を落とした後、魚雷の行く先を妨げまいと、緩やかに横滑りしながら墜落した。
エセックスが回頭し始めたのはこの直前であったが、魚雷をかわすのは困難であった。
エセックスの舷側に5本中、3本が突き刺さった。
最初に左舷側前部から水柱が立ちあがった。
水柱は70メートル以上もの高さまで噴き上がり、海水が轟音を立ててエセックスの甲板を濡らす。
続いて、2本目が舷側エレベーターから10メートル後ろ側に命中し、水柱が天を衝かんばかりに上がる。
3本目が2本目の命中個所からさほど離れていない場所に命中するが、この魚雷は不発で、舷側にぶつかった後、反動でやや押し返され、そのまま海底に
沈んで行った。
2本の魚雷は、エセックスの艦尾方向に流れて行ったが、そのうちの1本が、エセックスに習って、回頭を行っていたアラスカに向かって来た。
「エセックスを外れた魚雷が本艦に向かってきまーす!!」
リューエンリはその瞬間、自らの失態を悟った。
(エセックスを守るために、付かず離れずの位置で掩護しようとしたのが間違いだったか…!)
リューエンリは、心中で自分の判断を呪いつつ、アラスカが魚雷の命中コースから離れる所まで回頭する事を期待したが、魚雷の速度は思ったよりも早く、
真っ白な航跡は、斜め前からアラスカの左舷側中央部に迫って来た。
「敵の魚雷が接近する!総員、衝撃に備えろ!!」
リューエンリは咄嗟にマイクに向かって叫んだ。その瞬間、魚雷の航跡が視界から消え去った。
(……敵の魚雷は不発が多いと聞く。あの角度なら、もしかして)
衝撃は唐突に襲ってきた。
凄まじい衝撃がアラスカの32900トンの艦体を激しく揺さぶり、リューエンリは危うく転倒しかけた。
「本艦の左舷中央部に魚雷命中―!」
「畜生!甘い考えが浮かんだ罰か……!」
リューエンリは、心中で甘い事を考えた自分を恥じた。
「スピードを12ノットに落とせ!ダメコン班、至急、被害状況を知らせろ!」
彼はすぐさま命令を下した。
それまで30ノットの速力で驀進していたアラスカは、徐々にスピードを落とし始めた。
リューエンリの指示が伝わってから3分後、ダメコン班から連絡が入った。
「艦長!ダメコン班からです。現在、本艦の左舷第4甲板機械室横の通路付近で浸水が発生しています。至急、隔壁を強化して浸水の拡大に努めます。」
「了解。その他に被害は無いか?」
「いえ。ここでは特にありません。機関室では負傷者が5名出て、うち3名は骨折を負う程の重傷ですが、それ以外の損害は、今の所報告されておりません。
ひとまず、破孔の拡大を防ぐため、最大でも20ノット以上は出さない方が良いでしょう。」
「わかった。引き続き浸水の防止と、被害個所の確認に当たってくれ。」
「アイアイサー。」
リューエンリは受話器を置きながら、深く溜息を吐いた。
彼は艦橋内を見回しながら、アラスカの状況を確認した。
アラスカは魚雷1本を受け、若干左舷側に傾いているが、それ以外に損害らしい損害は無いように思えた。
リューエンリはCICに艦内電話をつなぎ、第5艦隊司令部の安否を確かめた。
「長官はご無事か?」
「はい。長官のみならず、第5艦隊司令部は全員ご無事です。」
「……ほう、そうか。ありがとう。」
リューエンリはそれだけ応えると、受話器を置いた。
彼は安堵の息を漏らした。
「流石は新鋭巡戦だ。戦艦並みの防御を施した甲斐があったな。」
アラスカ級巡洋戦艦は、前の世界で言われていたような、攻撃力が高く、防御力には難があると思われている巡戦とは一味違う。
アラスカ級は55口径14インチ砲9門を有し、旧式戦艦と同等からそれ以上の攻撃力を持つが、防御力にも力を入れている。
アラスカは前の大型巡洋艦案とは違い、防御方式は新鋭戦艦と同様の集中防御方式を取っており、主要防御部の甲板装甲は128ミリ、
舷側部は310ミリと、サウスダコタ級より若干劣るものの、それまでの巡洋戦艦に比べれば破格の装甲を有している。
また、舷側にはバルジと、バルジに面した艦内には防水区画を幾つも設け、魚雷が命中しても被害を極限できるように工夫が凝らされていた。
巡戦にしては贅沢とも言える防御を施したアラスカは、予定よりも重量が重くなり、予定されていた最大速力が低下すると言う欠点
(本来は33.5ノットが発揮可能と言われていた)が露呈してしまったが、それでも搭載された高馬力エンジンは、アラスカを32.ノットという、
米戦艦の中では随一の快速で走らせる事が可能であった。
この事から、一部の海軍関係者は、アラスカ級巡戦の事を巡戦とは言わず、金をかけた究極の14インチ砲搭載戦艦と渾名を付けた程だ。
アラスカはその甲斐あって、魚雷1本を受けるも、現時点では航行に支障が出ないレベルの被害を受けただけで済んだのである。
「もし大型巡洋艦案のままで建造されてたら、被害は更に酷くなっていたかも知れん。作り方を変えてくれたお偉方に感謝だな。」
リューエンリは、心の底からアラスカの設計変更の断を下した上層部と、カムデンの造船所職員達に感謝した。
午後6時10分 第5艦隊旗艦巡戦アラスカ
「TG58.1の損害は、現時点でボノム・リシャール、エセックス大破。軽巡洋艦リノ、駆逐艦6隻大中破。巡戦アラスカ、コンステレーション小破です。
そのうち、ボノム・リシャールは艦長からの報告で、被雷により、機関区画がほぼ壊滅したため、傾斜を止められずとありますので、沈没確実の損害を
受けていると思われています。また、エセックスも左舷側に魚雷2本を受けて傾斜しています。ボノム・リシャールと違って機関区画の損傷は比較的軽微で
あるため、浸水拡大の阻止の見込みが立っているエセックスは沈没しないかと思われます。また、被雷したこのアラスカですが、艦長の話によれば、
28ノットまでは発揮可能との事です。」
「ふむ……TG58.2からアトランタと駆逐艦6隻を回して貰ったにも関わらず、空母の喪失が出てしまうとは……やはり、敵機動部隊のワイバーン隊は
恐ろしい物だな。」
参謀長のムーア少将から報告を聞いたスプルーアンスは、珍しくしかめっ面を浮かべながらムーアに言った。
「……敵が魚雷を使いこなしていなければ、空母の喪失もある程度抑えられたでしょうが、あちらも魚雷を有している以上は……不謹慎ではありますが、
致し方ないかと思われます。」
「むしろ、私としては、空母の被害がエセックスとボノム・リシャールだけに留まった事が幸運だったかと思います。」
横からサッチ航空参謀が入って来た。
「攻撃を受けた空母はエセックスとボノム・リシャールのみならず、イントレピッドと軽空母のサンジャシントが敵ワイバーンに襲われていますが、
両艦は至近弾による微々たる被害を受けたのみで、ほぼ無傷で済んでいます。両艦とも20機前後の敵編隊に襲われたにもかかわらず、です。
私は、イントレピッドとサンジャシントの艦長からに話を聞きました。すると、興味深い言葉を聞き出す事が出来ました。」
「ほう……その興味深い言葉、とは?」
作戦参謀のフォレステル大佐がサッチに聞く。
「両艦の艦長曰く、ワイバーン隊の連中は新米が混じっていた、と。」
「それはどういう事かね?」
スプルーアンスはすかさず問い質した。
「イントレピッドは低空の雷撃隊と高空の爆撃隊。サンジャシントは高空の爆撃隊に襲われた物の、雷撃隊はイントレピッドから
1500メートルほどの距離で魚雷を投下し、爆撃隊はいずれも、高度が1000メートルを切らないうちに爆弾を投下したそうです。
魚雷は1本も命中せず、爆弾は破片をイントレピッドとサンジャシントの舷側に叩き付け、10名の負傷者を出した程度に過ぎません
でした。私が幸運であったと言うのは、シホールアンル海軍も、人材不足で技量未熟な竜騎士を前線に出さざる得なくなった、と言う事です。
もし、イントレピッドとサンジャシントを襲った敵編隊が、別の母艦ワイバーン隊と同様の錬度を有していた場合。このTG58.1も、
TG58.2と同様の憂き目にあった事はほぼ確実だったでしょう。」
「なるほど。確かに、君の言う通りだ。」
スプルーアンスは深く頷いた。
「しかし、ボノム・リシャールが航行不能になるのが少し早過ぎたような気がするが……」
「最初の雷撃で、機関部が全滅した事が災いしたのでしょう。ホーネットも沈没確実の損害を受けましたが、ホーネットは幸いにも、被雷時には
まだ機関区が生きていたので、停止後も消火活動を行う事が出来ました。そのホーネットも、今は放棄されましたが……」
午前中の空襲で被害を受けたホーネットは、爆弾、被雷多数で沈没確実の損害を受けたが、それでも艦長は栄光の空母救うため、あらゆる努力を行った。
機関部が辛うじて生きている事が幸いし、ホーネットの乗員達は良く奮闘、被雷してから2時間が経っても、懸命の消火活動と復旧作業が行われ、
何とか浸水を食い止める事が出来、消火にも成功した。
だが、艦の浸水阻止と、火災鎮火は成功した物の、ホーネットの損害はあまりにも深刻だった。
ホーネットは艦内に3000トンもの海水を飲み込んだ為、艦の傾斜角は20度にも及び、曳航すれば、強化した隔壁が破れて艦の沈降が始まる
可能性が極めて高かった。
それ以前に、隔壁の強化で浸水は食い止めらたが、隔壁はいつ、水圧で破られるか分からない状態であり、曳航どころか、艦に留まる事すら危険な
状態であった。
ホーネット艦長は、それでもホーネットを救おうとしたものの、艦体は限界を超えており、浮いているだけでも奇跡といえた。
午後4時15分。第3次攻撃隊が発艦して行く中、ホーネット艦長は、状況を知らされたバックスマスター司令から遂に艦の放棄を命じられ、
午後4時20分に総員退艦が発令された。
ホーネットはいつ沈んでもおかしくない状態だが、総員退艦から既に2時間近くが経った今も、ホーネットは尚、浮き続けていると言う。
それに比べると、ボノム・リシャールの様相はかなり違った。
傍目から見れば、ヨークタウン級の進化型ともえるエセックス級の方が脆く感じるような状態に言えた。
「ボノム・リシャールは、運が悪かったとしか言いようがありません。機関さえ……機関さえ生きていれば、ホーネットと同等か、あるいは、
そのまま曳航可能な状態にまで回復させる事が出来たかも知れません。」
「……いずれにせよ、正規空母2隻、軽空母1隻の喪失はほぼ確実となった。今はその現実を受け止めるしかあるまい。」
スプルーアンスの言葉を聞いた幕僚達は、重苦しい表情を浮かべながら、深く頷いた。
「さて、我々が放った攻撃隊は、今、どれ程の戦果を上げているかな。ミスターアームストロング、続報はまだ入っていないかね?」
スプルーアンスに声を掛けられたアームストロング中佐は、首を横に振った。
「いえ、先程お話しした第一報以外は、まだ続報は入っておりません。しかし、先程の報告を見る限り、攻撃隊は敵正規竜母1隻を大破させて
おりますから、他にも複数の竜母に損害を与えているでしょう。少なくとも、TG58.1が受けたカウンターパンチを浴びせた事はほぼ
確実であると言えます。」
午後5時50分 レーミア湾西方沖205マイル地点
第3次攻撃隊は、午後5時40分に敵ワイバーン隊の迎撃を受けた。
第3次攻撃隊の先発隊である132機のF4U、F6F、SB2Cは、150騎以上のワイバーンに襲撃された。
SB2Cは敵ワイバーンの接近前に、攻撃隊本隊に向けて避退して行き、残った戦闘機隊はすぐさま、敵編隊との空中戦に突入した。
100機前後の米軍戦闘機隊と、150騎以上ものワイバーン隊は、明らかにワイバーン隊の方が不利であったが、米戦闘機隊はそれを感じさせぬ
戦いぶりを見せ、ワイバーンを次々と屠って行った。
しかし、数の差にはやはりかなわず、次第に押され気味になり始めたものの、先発隊の苦境を知って駆け付けて来た本隊の戦闘機隊が合流するや、
たちまち大乱戦が展開され、夕焼けに染まるレーミア沖に、彼我の被撃墜機が次々と落ちて行った。
第3次攻撃隊の艦爆、艦攻は、先発隊のSB2Cと合流した後、大空戦を尻目に敵機動部隊に向けて突進を続けていく。
午後5時50分、第3次攻撃隊は、遂に敵機動部隊を視認した。
夕焼けに染まる洋上を、幾つもの輪形陣が東に向けて航行している。
カズヒロは、予想よりも早い敵機動部隊との接触にやや驚いていた。
「もうシホールアンル艦隊と接触したのか……予想では6時20分頃に、敵を見つける筈だったが……」
「もしかして、連中は数時間前からずっと、東に向かって突っ走っていたんじゃないか?」
「東に……もしや、シホールアンル軍はワイバーン隊の着艦をやり易くするために、あえて俺達の艦隊が居る方向に進み続けたのかな。」
「そうだろうな。」
ニュールは頷きながら答える。
「傷付き、疲れ果てた攻撃隊を大事にするのは、俺たちのみならず、シホールアンル海軍も変わらない、と言う事か。」
カズヒロはそう呟きつつ、心中で出征前に、父から贈られた言葉を思い出す。
「命どぅ宝は、やはり、どこの世界でも共通なんだな。」
彼は、シホールアンル艦隊の健気さに心を打たれたが、感傷に浸っていられるのも束の間であった。
「5時方向上空より敵ワイバーン10機以上!接近して来る!」
唐突に、攻撃隊指揮官の切迫した声がレシーバー越しに響いて来た。
カズヒロは顔をしかめながら右の後ろ側に首を振る。
彼の所からは見え辛かったが、それでもワイバーンらしき物が後続の編隊に向けて急速に接近しつつある事は確認出来た。
「やばいな……ワイバーンの一部が戦闘機隊の迎撃を突破して来たか。」
カズヒロは舌打ちをしながら、後部座席のニュールに言う。
「ニュール!お客さんのお出ましのようだ!」
「OK!こっちに来たら、俺の相棒をぶっ放してやるぜ!」
ニュールは獰猛な笑みを浮かべながら、7.62ミリ連装機銃の発射準備を整えた。
「シホットの奴ら、レンジャー隊の方に突っ込んでいくぞ!」
ニュールは、接近するワイバーン群の動きを追いながら、その様子をカズヒロに伝えていく。
敵ワイバーン隊は、第3次攻撃隊の外郭部を飛んでいるレンジャーのヘルダイバーに襲い掛かって行った。
狙われたレンジャー艦爆隊のヘルダイバー18機は、後方上空より襲い掛かる敵騎目掛けて後部機銃を撃ちまくる。
敵ワイバーンはそれをものともせず、それぞれの目標に接近しては次々と光弾を放って行く。
ヘルダイバーは、タイミングを合わせて巧みに機を横滑りする等して、ワイバーンの光弾を避けるか、機銃を撃ちまくり、ワイバーンを
叩き落とす機も居る。
ワイバーン隊が下方に飛び抜けた後、レンジャー隊のヘルダイバーは3機が被弾し、うち2機が炎と黒煙を噴き出しながら墜落して行く。
敵ワイバーン隊はそのままの勢いで、ヘルダイバー隊の下方1000メートル付近を飛ぶアベンジャー隊目掛けて突っ込んでいく。
艦攻隊も艦爆隊と同様に、後部の旋回機銃を振り回しながら敵を撃つが、機動性の高いワイバーンは、艦攻隊の反撃をかわしながら接近し、
必殺の射弾を放つ。
狙われたのはヴァリー・フォージのアベンジャー隊である。
ワイバーン隊が下方に向けて飛び去った後、一気に3機のアベンジャーが墜落し始めた。
1騎を撃墜されながらも、最初の攻撃で5騎の艦爆、艦攻を撃墜した12騎のワイバーン隊は、更に撃墜数を増やすべく、2騎一組に散開し、
目に付くアベンジャー、ヘルダイバーに次々と襲いかかる。
カズヒロのイントレピッド隊は、4騎のワイバーンに襲われた。
「カズヒロ!9時下方よりワイバーンだ!」
「了解!」
カズヒロはニュールの声を聞きながら、操縦桿を力強く握る。
「敵1騎、下方より接近!距離300!口を開けたぞ!」
カズヒロは咄嗟に、愛機を右に横滑りさせた。
カズヒロ機を狙ったワイバーンの射弾は、全てが左に逸れて行った。
ワイバーンは猛速で上方に飛び抜けて行った。
「野郎!逃がすか!!」
ニュールは唸り声を上げながら、7.62ミリ連装機銃をワイバーンに向け、発射する。
多量の機銃弾が2本の銃身から吐き出される。カズヒロ機のみならず、近くに居る2機のヘルダイバーの後部旋回機銃も同じワイバーンに
向けて機銃弾を放っていた。
敵ワイバーンは弾幕に絡め取られた。
だが、機銃弾はワイバーンの防御結界に阻まれ、敵に被害を与える事はできなかった。
いきなり、左前方を飛んでいたヘルダイバーが、右主翼から火を噴き出した。
「あ……!小隊長機が!」
カズヒロは、一瞬だけ、悲鳴にも似た声を上げた。
カズヒロは、第2小隊の2番機としてイントレピッドから飛び立っている。
第2小隊長機は、日系人士官であるマサヨシ・トオノ少尉と、開隊以来の戦友であるデリット・エバンス1等兵曹がペアで乗り組んでいた。
2名の若い搭乗員が乗ったヘルダイバーは、右主翼から炎と、濃い黒煙を吐き出しながら、機首を下げて墜落して行く。
「第3小隊の3番機もやられたぞ!」
「く……敵の奴ら!」
カズヒロは、次々とVB-12の戦友達を食らって行く敵ワイバーンに憎悪の念を抱く。
「上に飛び抜けて行ったから、今度は反転して来るぞ!」
彼はそう叫びつつ、イントレピッド隊の上方に占位しようとしているであろう、敵ワイバーンを負った。
意外な事に、敵ワイバーンの新たな襲撃は無かった。
いや、襲撃は出来なかった、と言った方が正しかった。
「おいニュール!味方だ!味方のF6Fがすっ飛んで来たぞ!」
カズヒロは知らなかったが、この時、空母エンタープライズの飛行小隊を率いていたリンゲ・レイノルズ中尉はペアと共に、味方の艦爆隊を襲い、
反転して襲撃を行おうとしていた敵ワイバーンに、横合いから突っかかっていた。
「味方の仇だ!」
リンゲは、横腹を見せるワイバーン目掛けて機銃弾を放った。
敵から200メートルほど離れた位置で撃たれた曳光弾のシャワーは、不運にも咄嗟に体を翻したワイバーンによって、全て外されてしまった。
「しくじったか!」
リンゲは、攻撃の失敗に歯を噛み締めるが、最大速度のまま、ワイバーンのすぐ上を飛び抜ける。
彼は即座にロールに入りつつ、愛機を急降下に移らせた。
リンゲは一連の動作を行う傍ら、バックミラー越しに後方を見る。
案の定、ワイバーンは急機動を行ってリンゲの後方に付こうとしていた。
敵の竜騎士は、飛び去ったF6Fを後方から追い掛け、光弾を浴びせようとしていたのだろう。
しかし、その目論見は、リンゲの咄嗟の判断で脆くも崩れ去った。
ワイバーンは慌てふためいたように、リンゲ機を追跡しようとし、同じように急降下に入る。
だが、そのワイバーンの竜騎士にとって、それは命取りとなった。
ワイバーンは後方から、別のF6Fに攻撃された。
12.7ミリ弾の猛射をもろに浴びたワイバーンは、空戦で消耗していた防御結界たちまち撃ち崩され、その体を無数の機銃弾によって抉られる。
高速弾は、竜騎士の柔らかい体に大穴を穿ち、その直後に胴を分断する。ワイバーンは背中に多量の機銃弾を食らい、致命傷を負ってしまった。
ワイバーンは即座に死に絶え、その巨大な骸は、猛速で海面目掛けて突っ込んで行った。
「今の竜騎士、動きが甘かったな。」
リンゲは、小声で言う。
「さっき、俺の攻撃を避けた時はなかなかやるなとは思ったが、ペア機の存在を確認しないまま敵の追撃に入るとは……まだまだだな。」
彼はひとしきり独語した後、ペアと合流して攻撃隊の周囲を見張る。
制空隊は、敵の戦闘ワイバーンとの戦闘を続けているが、数は敵の方が多いらしく、今も10騎ほどのワイバーンが空戦域を突破して攻撃隊の艦爆、
艦攻に迫っている。
艦爆、艦攻の周囲には、なお20機のF6F、F4Uが居たのだが、これらは先に攻撃を仕掛けた敵ワイバーンを追い払うのに躍起になり、
攻撃隊の周囲をがら空きにしてしまっている。
「やはり、敵のワイバーンの方が多すぎるか……とにかく、俺達だけでも動き回って、攻撃隊を守ってやらんと行かんな。」
彼はそう言いながら、周囲を見渡す。
いつの間にか、リンゲ機の周囲には8機のF6Fが集まっていた。
いずれも、午前中の航空戦でエンタープライズが発着不能となり、やむなく、別の母艦に着艦した機である。
第3次攻撃隊には、16機のエンタープライズ所属機が参加しており、うち8機は制空隊と共に敵ワイバーンの掃討に当たっている。
残り8機は、間接的に第3次攻撃隊の艦爆、艦攻の援護に回っていた。
「よし、あのお客さんの相手をするぞ。」
リンゲはそう呟くと、指揮下にある7機のF6Fを引き連れ、艦爆、艦攻に襲い掛かろうとするワイバーンに向かって行った。
護衛戦闘機隊とエンタープライズ隊は、敵ワイバーンを近付けさせぬため、幾度となく敵を叩き落とし、または追い返した物の、如何せん、相手の数が多すぎた。
ワイバーンを追い返しても、少数、または単騎が隙ありとばかりに襲い掛かり、1機、また1機と、艦爆、艦攻を撃墜して行く。
とあるワイバーンは、ヘルダイバーの弾幕射撃に絡め取られ、致命弾を受けたが、死ならば諸共とばかりに1機のヘルダイバーに激突した。
ワイバーンはヘルダイバーの左主翼に激突し、へし折った。
肩翼を失ったヘルダイバーは、ワイバーンともつれ合うようにして夕焼けの海に向かって落下して行った。
別のワイバーンは、アベンジャーに向かって至近距離でブレスを吐いた。
大きな口から放たれた灼熱の炎は、アベンジャー機体を満遍なく焼く。
グラマンワークスの異名を取るグラマン社の機体も、高熱の炎を浴びせられては耐えられる道理が無く、アベンジャーは炎を全身にまとわりつかせた後、
ガソリンと魚雷が爆発を起こして四散した。
アベンジャー、ヘルダイバーの犠牲は尚も続いたが、敵が都合16機目の戦果……ヴァリー・フォージ隊のヘルダイバーを撃墜した所で、敵ワイバーン隊の
攻撃は終わった。
「こちら指揮官機。敵機動部隊を発見した!」
第3次攻撃隊指揮官を務めるレキシントン艦爆隊指揮官が、興奮で声を上ずらせながら、敵ワイバーンの攻撃に生き残った艦爆、艦攻に隊内無線で伝える。
太陽は落ちかけている。洋上を彩っていたオレンジ色は薄れかけ、早くも星が空に出始めている。
だが、洋上はまだ明るく、海上には敵機動部隊と思しき大艦隊が、幾つもの陣形を維持したまま航行を続けていた。
陣形の数は計4つある。
午前中の攻撃では、陣形は5個確認されたが、第2次攻撃隊が1個竜母群に壊滅的打撃を与えたためか、今では4つに減っている。
敵機動部隊は、4つの陣形が2列縦隊を作る形で東に向かって進んでいた。
「見えたぞ、敵機動部隊だ。」
「午前中も見たが、相変わらず、凄い数だな……」
カズヒロの言葉に対して、ニュールはシホールアンル艦隊の陣容に圧倒されつつも、幾分陽気な口調で答える。
「これより、敵機動部隊の攻撃に移る。対艦攻撃隊は左前方の敵竜母群を攻撃せよ。」
攻撃隊指揮官機の指示が下るや、攻撃隊の前方を飛んでいた、ランドルフ隊とヴァリー・フォージ隊のヘルダイバーが離れる。
ランドルフ隊とヴァリー・フォージ隊のヘルダイバーは、先の攻撃で被撃墜機を出していたが、それでも30機以上のヘルダイバーが戦列に残っている。
この30機は、速度を上げつつ、飛行高度を4000メートルまで上げていく。
「エセックス隊、イントレピッド隊、ランドルフ隊、フランクリン隊は右前方の竜母群。レキシントン隊、シャングリラ隊、ヴァリー・フォージ隊、
レンジャー隊は左前方の竜母群を攻撃せよ。」
攻撃隊指揮官は、一呼吸置いてから命令を発した。
「各隊、攻撃開始!」
その命令が下るや、各母艦の攻撃隊は、それぞれの目標に向かい始める。
ランドルフ隊とヴァリー・フォージ隊は、共にヘルダイバーとアベンジャーの混成編隊であったが、ヘルダイバーは対艦攻撃役としてTG58.4、
TG58.5が攻撃する竜母群に向かって行ったため、残ったアベンジャー隊は、それぞれ指定された目標に向かった。
ランドルフ隊のTBFは右前方の竜母群へ、ヴァリー・フォージ隊のTBFは左前方の竜母群に向かう。
カズヒロは、左側の竜母群を攻撃するため、イントレピッド隊の仲間と共に飛行を続けていた。
カズヒロの第2小隊は、小隊長機が撃墜されたため、第1小隊に組み込まれる形で隊形を組んでいる。
未だ夕日の光が残る海面に、高速で驀進を続ける敵機動部隊が見え始めた。
「竜母の数が1、2、3、4……計4隻か。その周囲を取り巻く護衛艦は巡洋艦4、5隻、駆逐艦16ないし17隻といった所か。」
「戦艦はいないようだな。」
ニュールの言葉に、カズヒロはこくりと頷く。
「ただ、敵もアトランタ級のような巡洋艦を複数持っているからな。あの巡洋艦の中に、防空巡洋艦が混じっている可能性は極めて高い。
畜生、対空艦攻撃隊をこっちにも回して貰いたかったな。」
カズヒロは舌打ちをしながら、対空艦攻撃機を回さなかった攻撃隊指揮官を呪った。
「アベンジャー隊が高度を落として行くぞ。」
ニュールが、アベンジャー隊の動きを追いながらカズヒロに報告して来る。
31機のTBFは、母艦毎の編隊に別れながら、大きく散開して行く。
先行するイントレピッド隊とエセックス隊のアベンジャー16機は、敵竜母群の前方を大きく迂回する形で飛行しながら、高度を下げつつある。
エセックス隊の艦爆隊も同様であり、アベンジャー隊に習うようにして、大きく旋回していく。
「隊長機より各機へ。目標、敵正規竜母。」
唐突に、レシーバーからイントレピッド艦爆隊指揮官の声が入る。
カズヒロはすぐに、下方に視線を向けた。
敵竜母群は、4隻の竜母を2列縦隊にする形で航行している。イントレピッド隊は、一番右端に居る正規竜母への攻撃を命ぜられたのだ。
この竜母群は、正規竜母はたった1隻しかおらず、残りは艦体の小さい小型竜母ばかりだ。
程無くして、イントレピッド隊は敵機動部隊の輪形陣外輪部付近に到達した。
その直後から、敵艦隊は発砲を開始し、編隊の周囲に間断無く砲弾が炸裂するようになった。
高度4000メートル付近を飛ぶイントレピッドとフランクリンのヘルダイバー隊は、連続する砲弾の炸裂を受けつつ、投下地点へと急ぐ。
フランクリン隊は小型竜母への攻撃を命じられているのだろう、次第にイントレピッド艦爆隊から距離を置き始めた。
機体の周囲に、敵艦から放たれた砲弾が炸裂する度に、愛機がそのあおりを受けて揺れ動く。
時折、小さな金属音が響く。
(音が小さい内は、まだ安心だな)
カズヒロはそう思いながら、第1小隊のあとを追い続ける。
陣形の内部に近付くにつれて、高射砲弾の炸裂がより激しくなって来る。
イントレピッド隊が攻撃をしようとしている敵竜母群には、護衛の戦艦が居なかったが、それでも敵艦の撃ち出す対空砲火の量はかなり多い。
(対空巡洋艦が2隻ぐらい混じってるな)
カズヒロは心中で確信した。その時、ニュールが声を張り上げた。
「第3小隊2番機被弾!」
カズヒロはその言葉を聞いた時、一瞬、目をつぶった。
敵の砲弾の餌食になるヘルダイバーは、これだけに留まらない。
今度は、先行する第1小隊の所属機が高射砲弾にやられた。
第1小隊の4番機は、砲弾の破片によって左側の尾翼を吹き飛ばされたのみならず、胴体にも夥しい破片を浴びていた。
被弾部から白煙を噴き出したヘルダイバーは、最初は徐々に編隊から落伍していったが、しばらくして、がくりと機首を下げてから、真っ逆さまに
なって墜落して行った。
イントレピッド隊は、先の敵騎の攻撃で受けた被害も加えて、4機を撃墜された事になる。
16機中、4機が敵艦に投弾する事すら叶わぬまま、冬の寒い洋上に散ったのである。
(仇は取ってやるぜ、戦友)
カズヒロは、レーミア湾沖に散華した戦友達に、心中でそう語りかけた。
被撃墜機はイントレピッド隊のみならず、フランクリン隊にも出ている。
フランクリン隊は高射砲弾によって3機が撃墜された。先のワイバーンの攻撃も含めれば、計5機が失われた事になる。
これで、フランクリン隊の残存機は11機に減ってしまった。
エセックス隊は幸いにも、1機も失う事無く進み続けていたが、2機が白煙を噴きながら、強引に飛行を続けている。
この2機が、あと少しでもダメージを受ければ、即墜落に至る事は一目瞭然であったが、それでも、被弾機のパイロットは限界が来るまで、
任務を続行するつもりだった。
艦爆隊も敵の対空砲火を浴びているが、同時に、低空に降りた艦攻隊も、敵の激しい対空砲火に晒されている。
先に、敵竜母群の陣形右側から突入を開始したエセックス隊は、敵駆逐艦、巡洋艦から激しい対空砲火を浴び、たちまち2機を失っていた。
少しばかり時間差を置いて、敵竜母群の前方から突入したイントレピッドの艦攻隊も敵艦の猛射を浴び、次々と損傷機を出している。
アベンジャー隊の周囲には、ひっきりなしに砲弾が炸裂し、破片が海水を噴き上げる。
光弾も多数注ぎ込まれ、アベンジャー隊が飛行する海面には、ミシン掛けを行うかのように光弾が突き刺さり、水飛沫があがる。
目を覆いたくなるような猛射を受けている艦攻隊であるが、米艦載機は防御結界が切れれば脆いワイバーンとは違い、機体は頑丈に作られている。
致命弾を受け、撃墜されるアベンジャー、ヘルダイバーが続出するが、その減り具合は、ワイバーン隊のそれと比べて、比較的緩やかであり、
目標に接近した後も、充分な戦力を残していた。
12機に減ったイントレピッド艦爆隊は、敵正規竜母の右舷側上方から次々に急降下に入った。
第1小隊の3機が急降下を始めてから30秒分後に、カズヒロの第2小隊も急降下に移る。
操縦桿を倒し、愛機の機種を下げる。
眼下にオレンジ色に染まった海面が移り、その海面を、白波を蹴立てて疾駆する敵の竜母がいる。
敵竜母は、早くも右に急回頭を行おうとしていた。
「タイミングが早いな……」
カズヒロは、敵竜母の動きを見て、そう呟く。
午前中の攻撃で、カズヒロは敵正規竜母に急降下爆撃を仕掛けたが、その竜母は、艦爆隊が投下高度に達する直前まで回避運動を行わなかった。
イントレピッド隊が爆弾を投下するか否かの時点で、いきなり回避運動を行い、イントレピッド隊の爆撃を次々と空振りさせた。
爆弾は2発が命中し、その後の艦攻隊による攻撃で魚雷1本も命中させたが、戦果はそれだけであり、甘く見ても敵竜母を大破させたか
どうかは微妙な所であった。
イントレピッド隊は、敵竜母艦長の巧みな操艦によって、竜母撃沈の大戦果を与える事が出来なかった。
それと比べると、眼前の竜母の動きは、明らかに慌てふためいたように見える。
第1小隊は、敵竜母と巡洋艦の猛射を浴びながら、高度500メートルで爆弾を投下した。
その直後、ヘルダイバー1機が敵の光弾を食らって撃墜されたが、投下された爆弾3発は、敵竜母目掛けて降り注ぐ。
最初の1発が敵竜母の左舷側海面に落下し、2発目が右舷側海面に突き刺さり、水柱を噴き上げる。
3発目が敵竜母のど真ん中に命中した。
敵竜母は被弾個所から濛々と黒煙を噴き出し始めた。
この時になって、カズヒロは、敵竜母が、これまでの竜母とは違う事を見抜いた。
(あの竜母……午前中に攻撃したホロウレイグ級よりも大きい。あれは、敵の新鋭竜母かもしれんな)
カズヒロは心中で呟いた後、意識を集中し、敵竜母の動きを見続ける。
敵竜母は右への回頭を止めた後、再び直進し始める。
カズヒロ機が高度1500メートルを切った所で、敵竜母は左に回頭を始めた。
敵竜母から夥しい数の光弾が向かって来る。
七色の光弾は、カズヒロ機の周囲を抜けていく。1度だけ、胴体から軽い振動が伝わったが、機体には何の異常も生じない。
高射砲弾の迎撃も激しくなり、カズヒロ機はひっきりなしに揺さぶられる。
ともすれば、愛機が爆風に耐え切れなくなり、バラバラに分解してしまわないかと思うほどである。
「1200……1100……1000……900」
後部座席のニュールは、レシーバー越しに高度を読み上げていく。
主翼のダイブブレーキは既に全開状態となり、無数に開けられた穴からは、独特の甲高い轟音が周囲に響き渡っている。
眼前の敵竜母からすれば、まさに悪魔の叫び声にも似た轟音であるが、カズヒロにとっては、自らの思いを代弁する雄叫びの様な物である。
ヘルダイバーは、70度の降下角度で急速に迫っていく。
開かれた胴体からは、重い1000ポンド爆弾が姿を現している。
敵竜母が放つ対空砲火は熾烈その物だ。
高度が100メートル。いや、10メートル下がる度に、敵艦から放つ対空砲火が急激に増えたような錯覚を覚えるが、幸運な事に、
カズヒロ機は、未だに致命弾を浴びていない。
急降下のGによって、眼前の敵竜母の姿が薄れかけた時、耳元に待ち侘びていた言葉が、その時だけ強く響いて来た。
「400!」
カズヒロはその瞬間、爆弾の投下レバーを引いた。
1000ポンド爆弾が胴体から放たれ、回転しながら敵竜母に降り注ぐ。
その時には、カズヒロは愛機の操縦桿を思い切り引き戻し、水平飛行へ移ろうとした。
急激なGが体にのしかかり、思わず息が止まりかけたが、彼はいつものように堪え、愛機が水平飛行に戻るのを待った。
体に掛かっていたGが急激に薄れ始めた時、カズヒロはようやく、愛機が水平飛行に戻った事に気付いた。
カズヒロ機に狙われた正規竜母のラルマリアは、2発目の爆弾を飛行甲板前部に受けた。
爆弾は飛行甲板を貫通し、格納甲板で炸裂した。
爆発の瞬間、ラルマリアの飛行甲板は大きく盛り上がり、最初の被弾と同様、激しい火炎が命中個所から噴き上がった。
2発目の被弾からさほど間を置かぬ内に、3発目、4発目がラルマリアに突き刺さる。
新たに後部と、中央部に穴を1つずつ穿たれたラルマリアは、更に黒煙を噴き出しながら回頭を続ける。
ラルマリアは、この時点で竜母としての機能をほぼ喪失したが、爆弾は更に降り注ぐ。
5発目、6発目、7発目が、ラルマリアの前、中、後部に満遍なく命中する。
イントレピッド艦爆隊の爆撃はそれで終わったが、ラルマリアは飛行甲板から大量の黒煙を噴き出しながら海面をのたうち回った。
そこに、低空から忍び寄ったアベンジャー6機が一斉に魚雷を投下した。
ラルマリア艦長は、ヘルダイバーの爆撃に気を取られすぎたため、爆撃よりも最も恐ろしい、雷撃に対しての備えが疎かになっていた。
ラルマリア艦長が雷撃機の存在に気付いた時には、既に後の祭であった。
ラルマリアは、急回頭を行えぬまま、左舷に4本の魚雷を食らってしまった。
魚雷は左舷側前部に2本と左舷中央部に2本に命中し、破孔から大量の海水が艦内に流れ込んだ。
不運な事に、ラルマリア艦長は被雷の際の衝撃によって転倒。頭を強打して気絶してしまった。
気絶した艦長を起こせば、乗員は何らかの対応を聞く事が出来たのだが、どういう訳か、パニックに陥りかけていた艦橋要員は、
艦長が思い切り頭を打って意識を失った光景を目の当たりにし、それまで抑えていた物が一気に溢れ出てしまった。
「か、艦長が戦死された!!」
とある艦橋要員が発したその言葉は、同時に、ラルマリアの運命も決定づけた。
ラルマリアは、この時点で致命弾を受けていた物の、プルパグント級正規竜母は、元々は頑丈な巡洋戦艦を改造した艦であるため、舷側部の
防御はそれなりに整っていた。
甲板防御は普通の竜母と同じだが、格納甲板や舷側には防御装甲を有しており、舷側部は最低でも、3本の魚雷に耐えられるように作られていた。
ラルマリアは、不運にも4本もの魚雷を食らい、艦内に大量の海水を飲み込み始めていたが、この時点で適切な措置を行っていれば、最悪でも
艦を生き残らせる事は可能であった。
だが、ラルマリアの乗員は未だに錬度不足であり、艦の応急修理班も、次々と寄せられる被害報告を前に右往左往するだけで、何ら有効な対応を
行う事が出来ず、被害を拡大させるばかりであった。
そこに舞い込んで来た艦長戦死の誤報は、乗員達の士気をどん底に突き落とした。
ラルマリアが、あらゆる事情によって沈没確実の損害を受けた時、他の僚艦も米艦載機の猛攻を受けつつある。
小型竜母ヴィルニ・レグはエセックス隊の艦爆、艦攻計19機の攻撃を受けた。
エセックス隊は雷爆同時攻撃でヴィルニ・レグを攻撃し、爆弾3発と魚雷2本を命中させた。
ヴィルニ・レグはこの攻撃で大火災を生じた他、左舷中央部に受けた魚雷がヴィルニ・レグの機関部を壊滅させた。
小型竜母グンニグリアはフランクリン隊の攻撃を受け、爆弾5発を被弾し、ヴィルニ・レグと同様大火災を生じた。
グンニグリアはヴィルニ・レグと違って、魚雷は受けなかったものの、爆弾は飛行甲板と格納甲板を貫通して、艦深部で爆発した為、魚雷を
受けずともグンニグリアは致命傷を受けていた。
グンニグリアもラルマリアと同じく、ダメージコントロールに失敗し、被弾から20分後に弾火薬庫の誘爆を起こして爆沈した。
4隻の竜母の中で、唯一無傷で残ったのは、壊滅した第2群から回されて来た小型竜母のゾルラーであった。
ゾルラーは、ランドルフのアベンジャー隊に襲われた。
ランドルフ隊は艦爆抜きで攻撃したにもかかわらず、上手い具合に、ゾルラーに両舷同時雷撃を行い、撃沈しようとした。
ゾルラー艦長はアベンジャーが魚雷を投下する直前になって機関を停止し、その直後に後進をかけて魚雷を避けようとした。
アベンジャー隊の指揮官機はこの動きを読む事が出来ず、敵が30ノットのまま航行すると思い込んで魚雷を投下させてしまった。
しかし、ゾルラーは急激に速度を低下させてしまったため、魚雷の殆どは命中コースから外れてしまった。
1本だけが、ゾルラーの右舷側に向かい、見事命中したが、その魚雷は不発であった。
第2艦隊の竜母群が猛攻を受けている間、第4機動艦隊第3群もまた、米艦載機の攻撃を受けようとしていた。
巡洋艦シンファクツは、輪形陣右側の防衛を受け持っていた。
シンファクツ艦長ジョニル・ヘルヴォガ大佐は、望遠鏡越しに高空より接近しつつあるヘルダイバーを見つめていた。
「ヘルダイバーが駆逐艦の攻撃に移ります!」
ヘルヴォガ大佐は、見張りの声を聞きつつ、すぐさま指示を飛ばす。
「目標、駆逐艦カリヴラ上空の敵機!撃ち方始め!」
命令が下るや、シンファクツの舷側と中央部に取り付けられている高射砲が一斉に火を噴いた。
マルバンラミル級巡洋艦の8番艦として就役したシンファクツは、4ネルリ(10.28センチ)連装両用砲を5基搭載しており、
5基のうち、舷側の2基と、中央部の1基は舷側に向けて撃ち放つ事が出来る。
後方のルオグレイ級巡洋艦インクォトと、壊滅した第2群より合流した防空巡洋艦のフィキイギラも、駆逐艦を狙う敵機目掛けて両用砲を撃ちまくる。
敵機の周囲に高射砲弾が炸裂し、黒い小さな煙が多数湧くのだが、急降下を始めたヘルダイバーにはなかなか有効弾を得られない。
1発の砲弾が、ヘルダイバーの斜め前で炸裂する。
これは有効弾となったのか、ヘルダイバーは白煙を引き始めた。
しかし、被弾したヘルダイバーは墜落には至らず、そのまま猛速で駆逐艦との距離を詰めていく。
「魔道銃、撃て!」
砲術長の命令が下り、手ぐすね引いて待っていた魔道銃の射手が引き金を引く。
多量の光弾がヘルダイバー目掛けて放たれる。
先程、被弾して白煙を引いたヘルダイバーに光弾が束となって襲い掛かる。今度は致命弾となったのか、ヘルダイバーはどす黒い煙を吐き始めた。
だが、それでもヘルダイバーは急降下を続ける。
やがて、ヘルダイバーは腹から爆弾を投下した。そして、そのまま駆逐艦カリヴラに中央部に突っ込んだ。
爆弾と、ヘルダイバーの体当たりを受けたカリヴラは、一瞬にして爆炎に包まれた。
この時点で、カリヴラは中央部と後部の銃座がほぼ全滅となったが、不幸中の幸いで機関部は無事であり、健在である前部の銃座から
魔道銃を撃ちまくりながら、尚も航行を続けた。
被弾しながらも奮闘するカリヴラに、2機目、3機目のヘルダイバーが襲い掛かり、各機1発ずつの爆弾を叩き付けて来る。
2機目の爆弾は、カリヴラの急回頭によって狙いを外され、艦首右舷側海面に至近弾として落下し、高々と水柱を噴き上げた。
2発目は外れ弾となったが、3発目は過たず、カリヴラに命中した。
爆弾はカリヴラの後部甲板に命中し、爆発した。
後部に搭載されている1基の連装両用砲が爆砕され、夥しい破片が夕焼け色に染まった空に噴き上がる。
破片の中には、明らかに砲身と思しき物体が混じっており、それはくるくると回転しながら海面に落下した。
中央部と後部に火災を起こしたカリヴラは、被弾から20秒後に速度を低下させ、艦隊から落伍した。
カリヴラと同様に、ヘルダイバーの爆撃を受けた駆逐艦は6隻おり、うち、4隻が被弾、炎上した。
ヘルダイバーの攻撃は駆逐艦のみならず、陣形の更に内側に布陣する巡洋艦にも行われる。
シンファクツには、4機のヘルダイバーが向かって来た。
「敵機接近!高度2000グレル!」
「両用法、魔道銃、目標変更!目標、本艦右舷上方のヘルダイバー!」
ヘルヴォガ艦長は大音声で命じる。
ヘルダイバーが、轟音を上げて急降下を始めるのと、シンファクツが砲撃を開始するのはほぼ同時であった。
右舷に指向出来る6門の高射砲が唸りを上げる。
ヘルダイバーの前面に砲弾が炸裂するが、ヘルダイバーはその鼻先で黒煙を突っ切り、急速に降下していく。
ヘルダイバーの周囲には、シンファクツの高射砲のみならず、シンファクツの左舷後方400グレルを航行する戦艦ジフォルライグの高射砲弾も炸裂している。
新鋭戦艦も対空射撃に加わったためか、ヘルダイバーに対する対空砲火は激しさを増す。
唐突に、ヘルダイバーの2番機が両用砲弾の直撃を受けたのか、大爆発を起こした。
魔道銃ではなかなか落としきれないほど固いヘルダイバーが、あっさりと爆散する様子は、見る者の度肝を抜いた。
残ったヘルダイバーは、仲間の死などは見えていないとばかりに爆煙を突っ切り、独特の甲高い轟音を撒き散らしながらシンファクツに接近する。
ヘルダイバーの高度が800グレルを切った所で、一斉に魔道銃が火を噴いた。
魔道銃と両用砲が対空射撃を行うため、シンファクツの艦橋内は、すぐ隣に人が居ても大声で話し合わなければならぬほどの喧騒に包まれた。
魔道銃、両用砲の弾幕は、ヘルダイバーを捉えているかのように見えるのだが、どういう訳か、ヘルダイバーは一向に煙を噴き上げる様子を見せない。
魔道銃、両用砲はヘルダイバーに有効弾を与えられぬまま、投弾を許してしまった。
3番機が投弾した直後、魔道銃の集束弾がヘルダイバーの右主翼を撫でた。
その瞬間、ヘルダイバーは右主翼の付け根から黒煙を噴き出した。
魔道銃の射手達は歓声を上げるが、それも束の間の出来事であり、爆弾が次々と降って来た。
1発目はシンファクツの右舷中央部に命中した。爆弾は最上甲板を突き破り、第2甲板で炸裂した。
1000ポンド爆弾が炸裂した瞬間、被弾個所から火炎が噴き上がり、3基の銃座が操作していた兵諸共、木端微塵に吹き飛ばされた。
2発目はシンファクツの左舷後部側の海面に至近弾として落下し、水中爆発の衝撃がシンファクツの艦体を叩いた。
至近弾の水柱は、轟音と共に崩れ落ち、艦尾甲板で配置に付いていた銃座の水兵2人を極寒の海面に引きずり込んだ。
3発目は、中央部の連装両用砲座に命中した。
爆弾は砲塔の天蓋を貫通して内部で爆発し、砲塔を粉砕した。
爆弾が炸裂した直後、ヘルヴォガ艦長はすぐに、砲術長に指示を飛ばした。
「第3両用砲座火薬庫注水!急げぇ!!」
彼は砲術長に指示を飛ばしながら、両用砲弾庫が誘爆した場合、どの程度の被害が出るかを予想してみた。
マルバンラミル級巡洋艦は、艦の中央部に1基の連装両用砲と、1基の主砲を配置している。
主砲と連装両用砲の弾薬庫は、分厚い装甲板で隔離されているものの、いちどきに数十発以上もの両用砲弾が爆発した場合、連装両用砲の
弾薬庫にも被害が及び、誘爆する恐れがある。
今は装甲板で隔離されているのだが、爆発エネルギーに耐え切ると言う保障は無いため、両用砲弾庫が誘爆する前に予防措置を取らなければならない。
もし、両用砲弾庫と主砲弾薬庫が誘爆した場合、シンファクツは、運が良くても大破確実の損害を被り、通常なら、誘爆轟沈となるだろう。
幸い、両用砲弾庫への注水は即座に行われたため、懸念された両用砲弾庫の誘爆は起こらなかった。
シンファクツは、大損害を被る前に難を逃れたが、それでも両用砲座1基と連装魔道銃3基6丁を破壊されたため、対空火力は弱体化した。
シンファクツの他に、後方のインクォトも被弾していた。
「艦長。インクォトより信号。我、操舵不能。」
「何?インクォトがだと?」
ヘルヴォガは怪訝な表情を浮かべて答え、死角になっているインクォトに目を向けた。
その時、見えない筈のインクォトが何故か、艦橋から見えていた。
「む?インクォトが……」
彼は、先の見張りの言葉を瞬時に理解した。
インクォトは、艦首甲板と後部甲板から黒煙を噴きながら、高速で陣形の右側に離脱しようとしていた。
インクォトの艦橋から、盛んに発光信号が放たれる。
「我、至近弾によって舵故障。か。なんとも哀れな……」
ヘルヴォガは、不運にも舵を損傷し、陣形から離れていく僚艦を見、ため息混じりにそう呟いた。
「敵艦載機多数!更に向かって来ます!」
ヘルヴォガはその声を聞いたあと、望遠鏡越しに敵編隊を見つめる。
「わらわらとやって来やがったか。」
彼は、右舷側上空に見える夥しい機影を見るなり、忌々しげに吐き捨てた。
攻撃隊の本隊である米艦載機群は、二手に別れながら接近しつつあるが、輪形陣の右側に向かっている敵だけでも、50機以上の大編隊だ。
敵編隊は既に、高空と超低空に散開を終えており、程無くして、輪形陣に向けて突入して来た。
「撃て!全力で撃ちまくれ!」
ヘルヴォガは大音声で命令を発する。
シンファクツの両用砲、魔道銃が射撃を開始する。シンファクツの後方に居る防空巡洋艦のフィキイギラも射撃を始める。
シンファクツは、低空侵入の雷撃隊のみを狙って対空射撃を行った。
先の攻撃を免れた駆逐艦は、専らアベンジャーを狙って両用砲と魔道銃を撃っている。
アベンジャー隊は、高射砲弾と魔道銃を撃たれながらも、1機も欠ける事無く駆逐艦の防御線を突破した。
シンファクツは、これに怒り狂ったかのように、更に激しく対空砲火を放つ。
ようやく1機のアベンジャーが右の翼を吹き飛ばされ、もんどりうって海面に激突する。
その時、アベンジャー隊は3つの編隊に別れた。
1つの編隊は、シンファクツの前方を、迂回する様な形で飛行し、もう1つは直進して来る。
最後の編隊はシンファクツとフィキイギラの間を通る形で飛行して行く。
自然に、シンファクツの射撃は、そのまま直進して来るアベンジャー隊に集中する。
シンファクツに向かって来るアベンジャーは9機居る。
そのうちの1機が、シンファクツの放つ射撃に捉われ、火を噴いて墜落した。
残りは、一定の速度を保ち続け、横一列の横陣を形成したまま向かって来る。
新たに1機のアベンジャーが、光弾の集中射を食らって叩き落とされた。
残った7機のアベンジャーが急速に迫り、ずんぐりとした機体がハッキリと確認できる。
その時、アベンジャー7機のうち、4機が両翼から機銃を発射した。
機銃弾がシンファクツの右舷側に突き刺さる。それまで盛んに魔道銃を撃っていたとある射手が、機銃弾を腹や胸に食らって昏倒する。
別の射手は、高速弾を頭に食らったと思いきや、頭部そのものが粉砕された。
機銃弾が命中する度、甲板上に火花が散り、機銃弾を食らった射手や水兵が、悲鳴を上げて打ち倒される。
アベンジャーの爆音は、その悲鳴をかき消しながらシンファクツの艦上を飛び去る。その際、思考可能な後部の旋回機銃を撃ちまくって来た。
一瞬、身の危険を感じたヘルヴォガは、艦橋内で伏せろ!と叫んでから、頭を抱えて床にうつ伏せになった。
その直後、アベンジャーの発動機が発する轟音と共に、けたたましい金属音が鳴り響き、艦橋のガラスが音立てて砕け散った。
彼の体の上に、機銃弾によって砕かれたガラスの破片が降り注ぐ。
爆音が通り過ぎた後、ヘルヴォガはガラス片を払いのけながら、アベンジャーの向かった先を見つめた。
アベンジャーは、戦艦ジフォルライグの対空砲火を浴びながら前進を続ける。
流石は戦艦だけあって、放たれる対空砲火の量は膨大であり、アベンジャーは1機、2機、3機と、次々に撃墜される。
だが、撃墜できたのは3機だけであり、残りはジフォルライグを突破して、竜母に迫った。
その時、ジフォルライグの護衛を受けていた正規竜母リンファニーは、米艦爆の猛攻を受けつつあった。
ヘルヴォガは、望遠鏡を米艦爆の方に向けた。
ヘルダイバーの一群は、ちょうど、急降下を開始したばかりであったが、その統制の取れた動きに、ヘルヴォガは圧倒されてしまった。
「あいつら……できるな。」
リンファニーを襲ったヘルダイバーは、空母レキシントンから発艦した14機のSB2Cであった。
レキシントン隊は幸運にも、敵ワイバーンの襲撃に1機も失う事無く切り抜け、敵竜母に接近する事が出来た。
更に、リンファニーにはレキシントンとシャングリラから発艦したアベンジャーが超低空から迫りつつあった。
リンファニーは、諦めてなる物かとばかりに魔道銃、両用砲を激しく撃ちまくった。
急降下に入った米艦爆隊に魔道銃の集中射撃が加えられる。
2番機が集中射を受けて撃墜され、5番機が横合いから貫かれ、搭乗員が戦死する。
5番機は機体が無事に残った物の、搭乗員が戦死しては意味が無く、そのまま海面に直行して行く。
更に4番機が両用砲弾の炸裂を受け、機体全体が紅蓮の炎と化し、その直後に爆発を起こした。
残ったヘルダイバーは臆した様子を見せず、周囲に湧く高射砲弾の黒煙を突っ切りながら、甲高い轟音を上げてリンファニーに向けて突っ込んでいく。
リンファニーが咄嗟に急回頭を行った。
右舷に舵を切ったリンファニーに習って、ジフォルライグも回頭する。
急降下を続けていた1番機が、高度200グレルに達した所で腹から何かを投下した。
その小さい何かは、リンファニーの後部甲板に落下した、と思った瞬間、爆炎が天を衝かんばかりに噴き上がり、直後、濛々たる黒煙が後方に流れ始める。
続いて、リンファニーの左舷側に水柱が噴き上がる。
水柱が崩れ落ちる前に、別の水柱が左舷後部側海面に立ち上がった。
新たな爆発が、リンファニーの飛行甲板前部付近で起こる。爆発1度だけでは無く、2度起きた。
「ほぼ同じ個所に当たったぞ!」
ヘルヴォガは、驚きの余り声を上げてしまった。
だが、驚くのはここからであった。
前部甲板の被弾個所から爆炎と共に、夥しい破片が噴き上がる。その中に、一際巨大な破片が空高く舞い上がった。
否。それは単なる破片では無かった。
それは……竜母には必ず着いている、巨大な四角形の物体……
「なんてこった……ワイバーンを上げ下げする昇降機が吹き飛んだぞ!」
ヘルヴォガと同じように、リンファニーの行方を見守っていた者が居たのだろう。後ろから仰天したような声音が響く。
リンファニーは、2発の爆弾が炸裂した事によって飛行甲板前部にある昇降機を吹き飛ばされた。
爆発で空高く舞い上がった昇降機は、煙を吹きながらくるくると回転し、海面に落下して行った。
リンファニーは更に、爆弾を受け続ける。
新たに飛行甲板中央部で爆炎が噴き上がる。爆炎はどす黒い煙に変わり、後方に流れていく。
被弾はそれだけに留まらず、艦尾付近で新たな爆発が湧き起こる。新たな爆弾が命中したのだ。
米艦爆隊の爆撃は、それを最後に終わりを告げたが、リンファニーは計、6発もの命中弾を受けていた。
飛行甲板は端から端まで黒煙に覆われ、艦の後方には、黒い入道雲を思わせる多量の煙が流れていた。
そのリンファニーに、別の影が超低空よりしたい寄る。
それはアベンジャーであった。
リンファニーの右舷側から接近して来た4機のアベンジャーは、リンファニーから発せられる対空砲火を浴びながら急速に接近し、
300グレルの距離で魚雷を投下した。
リンファニーはこれを見越していたのか、急に回頭を行い始めた。
だが、その瞬間、リンファニーの右舷側艦首部に、真っ白な航跡がすうっと伸びて来た、と見えた直後、巨大な水柱が天を衝かんばかりに立ち上がった。
この時、リンファニーの艦首がやや、海面から飛び上がったように思えた。
「な……!?」
ヘルヴォガは、一瞬、状況が理解できなかったが、前方から3機のアベンジャーが現れた事で、リンファニーがどのような状況に置かれていたかを
わかる事が出来た。
「アメリカ人共……リンファニーを前と横から狙っていたのか。」
艦首部に被雷し、速度を急激に衰えさせたリンファニーの右舷に、3本もの水柱が立ち上がる。
中央部に2本、後部に1本の水柱が噴き上がり、リンファニーの艦体が激しく振動する。
更に左舷側艦首部にも1本の水柱が轟々と噴き上がる。
リンファニーは計、5本もの魚雷を食らったのだ。未だに新鋭竜母に属するリンファニーは、在来の竜母と比べて防御性能は向上して
いるのだが、一時に5本の魚雷を受けてはたまったものではない。
水柱が崩れ落ちたあと、リンファニーは再び、その巨体を現した。
リンファニーは、飛行甲板から多量の黒煙を噴き上げながら、艦首を大きく沈みこませている。先程まで、15リンル以上出ていた速力は、
かなり低下している。
今では5リンルどころか、3リンルも出ているか怪しいだろう。
リンファニーの状況からして、短時間で航行不能に陥る事は、容易に想像できた。
「なんてこった……リンファニーのみならず、ジルファリアも煙を吹いてやがる!」
ヘルヴォガは、リンファニーの左舷側を航行するジルファリアも被弾炎上している事に気付いた。
ジルファリアも飛行甲板に複数の爆弾を食らったのか、多量の黒煙を噴き上げている。
今は日も落ちかけ、辺りも薄暗くなっているため、洋上に流れる黒煙も見辛いが、飛行甲板の下からは赤い炎がちらちらと見える。
格納庫内で火災を起こしているのだろう。
だが、ジルファリアは魚雷を受けていないのか、相変わらず、15リンル以上の高速で洋上を疾駆している。
「被害の規模はわからんが、傷が軽ければ、応急修理で穴を塞ぐ事が出来る。ジルファリアが魚雷をかわす事が出来れば」
ヘルヴォガは、言葉を最後まで言わなかった。
ジルファリアの左舷側に、爆弾落下時の水柱とは異なる、太く、高い水柱が2本噴き上がっていた。
午後6時40分 第4機動艦隊旗艦モルクド
アメリカ艦載機の空襲は、午後6時25分には終わりを告げ、海上は再び静けさを取り戻していた。
第4機動艦隊司令官であるリリスティ・モルクンレル大将は、苦り切った表情を浮かべたまま、司令官席に座っていた。
「……司令官。先の敵艦載機による攻撃で、我が機動部隊は甚大な損害を被りました。まず、第2艦隊ですが……」
主任参謀のハランクブ大佐が、纏められた報告を読み上げていく。
「正規竜母ラルマリア、小型竜母ヴィルニ・レグ、リネェング・バイが沈没確実。このうち、グンニグリアは先程、弾薬庫の誘爆を起こして
爆沈しました。続いて、第3群の損害です。第3群は、正規竜母リンファニー、駆逐艦1隻が沈没確実。正規竜母ジルファリア、小型竜母マルヒク、
駆逐艦2隻が大破。巡洋艦インクォト、駆逐艦1隻が中破、巡洋艦シンファクツが小破となっています。撃墜した航空機は、暫定で150機に
上るようです。」
「……こちら側の戦果は、正規空母1隻撃沈、1隻大破、小型空母1隻と護衛艦6隻大中破……か。」
リリスティは、務めて平静な声音で、ハランクブ大佐に言う。
「敵の空母を3隻撃沈して、こっちの竜母は6隻が沈められる……これじゃ、どう見ても、あたし達の負けね。」
「は……」
リリスティの言葉が、艦橋内に響く。
「第4次攻撃隊も、かなり消耗していると聞いている。特に、攻撃ワイバーンの損耗率は6割を超える勢い、と伝えられている。少なくなった母艦に、
激減した航空戦力。これで、明日も敵機動部隊と戦えといったら、あたしは竜騎士達に剣で刺し殺されるかもしれないわね。」
「司令官。確かにこちら側の喪失竜母は多いでしょう。ですが、敵には沈没艦のみならず、飛行甲板を傷付けられ、発着不能に陥った空母も
複数おります。恐らく、米機動部隊でも、稼働空母の思わぬ激減に苦しんでいる筈です。」
「まぁ……そりゃそうね。」
リリスティは肩を竦めながら、航空参謀に返す。
「でも、こっちが使えるワイバーンは、恐らく500騎にも満たない……いや、500騎どころか、300騎使えればいいかもしれない。
それに対して、あたし達が陸軍のワイバーン隊と共同して得た戦果は、正規空母2隻、小型空母1隻、護衛艦6隻撃沈、正規空母5隻、
小型空母2隻撃破。残る敵空母は、19隻中9隻。そのうち、正規空母は7隻、小型空母2隻。恐らく、残った正規空母は殆どが
エセックス級だろうから……使える航空戦力は小型空母に残っている残存機もあわせて、最低でも600機以上は使えるだろうね。」
「………」
艦橋内の空気が、更に重くなった。
第4機動艦隊は、持てる限りの戦力を動員して、敵機動部隊の稼働空母を半数以下にまで抑え込んだ。
第4機動艦隊も、今日の戦闘で竜母6隻喪失。3隻が大破され、稼働竜母は10隻に減ってしまったものの、強大な米機動部隊相手に
よく戦ったと言える。
だが、それでも、彼我の航空戦力の差は開いたまま。
第4機動艦隊の目標は、敵機動部隊の稼働空母と、航空戦力を半数以下にまで減らす事であった。
その目的は達成されたと言っても良いが、その後の作戦は、実行できるか否かの瀬戸際に立たされている。
一番の原因は、航空戦力の急激な減少にある。
第4機動艦隊司令部は、最低でも600騎の航空戦力を残したいと考えていた。
だが、実際に残る航空兵力は、どう見積もっても、作戦開始前の半分以下にしかならない。
この激減した航空戦力で、再度、米機動部隊との決戦を行った場合、第4機動艦隊が全滅する事は火を見るより明らかであった。
「ここは、第3案を取るしかなさそうね……あたしとしては、気に食わないけど。」
「……では司令官。戦艦部隊に指令を出しますか?」
「ええ。すぐに命令を発して。」
リリスティは頷きながら、ハランクブに命じた。
それから、リリスティは何かを待ち侘びていたかのように、張りのある声音で新たな命令を発した。
「それから、連中にこう伝えて。鞘から抜けて、と。」
午後6時40分 レーミア湾沖西方70マイル地点
「……長官。たった今、駆逐艦ラングスタより、ホーネット沈没の報告が入りました。」
ムーア参謀長は、スプルーアンス大将に向けて、厳かな口調で報告を伝えた。
スプルーアンスは、無言で頷いた。
午前中の空襲で被弾炎上したホーネットは、第3次攻撃隊の戦果報告が入った午後6時25分頃になっても、まだ浮かんでいたが、
10分程前に沈下が速まり始め、午後6時40分。ホーネットは、転覆する事無く、ほぼ、そのままの状態で海底に沈んで行った。
開戦以来、ヨークタウン、エンタープライズと共に太平洋を駆け巡ったヨークタウン3姉妹の末妹は、このレーミア湾沖で、3年3カ月の
生涯に幕を閉じたのであった。
「ホーネットは、今まで良くもちましたな。」
「ダメコン班の腕が良かったからな。あの艦は。」
フォレステル大佐の言葉に、スプルーアンスは答える。
「絶望的ともいえる状況で、ホーネットが長く浮いていられたのも、ダメコン班が適切な処置を行った結果だろう。残念な事に、ホーネットは
先程、沈んでしまったが、ホーネットに乗っていた乗員達は、艦が浮いている間に救助する事が出来た。彼らはまた、ホーネットで培った技術を、
新しい艦で活かす事が出来るだろう。」
スプルーアンスがそう言うと、幕僚達は一様に頷いた。
「長官。駆逐艦イングラハムより報告です。ボノム・リシャールの処分、完了せり。」
「……わかった。」
スプルーアンスは、一言だけ答えた。
敵の第4次空襲で沈没確実の損害を受けたボノム・リシャールは、戦闘終了後、すぐさま総員退艦が発令され、生き残った乗員達は速やかに艦から離れた。
火災と浸水が食い止められ、大傾斜しながらも浮いていたホーネットと違って、ボノム・リシャールは乗員が待避した後も、艦内で誘爆を繰り返しながら、
多量の黒煙を吐き出していた。
午後6時37分。駆逐艦イングラハムは、誘爆を起こしながらも、辛うじて浮いているボノム・リシャールの右舷に5本の魚雷を撃ち込んだ。
ボノム・リシャールは魚雷を受けた後、急速に沈み始め、午後6時40分に転覆、その後、沈没が確認された。
ボノム・リシャールの乗員は280名が戦死し、390名が負傷したが、残りの乗員は全員救助された。
「これで、我が艦隊は空母3隻を喪失し……空母6隻が戦線を離脱せざるを得なくなった。残った空母は計10隻か。」
「TG58.1で使える正規空母は、イントレピッドのみとなっています。エセックスは被雷による速度低下で、発着艦不能に陥っています。
エセックスも速やかに後退させた方が良いでしょう。」
ムーア参謀長がスプルーアンスに言った。
「ひとまず、今日の航空戦はこれで終わりとなった訳だが……私としてはもう1つ、気になる点がある。」
「……敵機動部隊の動向ですね?」
「その通りだ、ミスターフォレステル。」
スプルーアンスは頷きながら言う。
「敵機動部隊は、我々が攻撃を完了した後も東へ前進を続けていた。私はそれまで、敵はワイバーン隊の収容をやりやすくする為に、距離を
詰めていたのかと思った。だが、敵機動部隊の行動を見る限り、敵の狙いは攻撃隊の収容以外にもあると考えた方が良い。」
「攻撃隊の収容とは、別の狙い……もしや、艦隊決戦ですか?」
「……断定は出来んが、あともう少しで、判断材料が揃う筈だ……」
スプルーアンスは腕時計を見つめる。
現在の時刻は、午後6時47分を指している。
それから3分後、待望の報告がサッチ航空参謀より伝えられた。
「長官。攻撃隊に追随していたハイライダーより報告です。敵は戦艦と思しき大型艦を分離させ、中、小型艦主力の艦隊と合流させよう
としているとの事です。レーダーを用いた夜間索敵のため、詳細は曖昧で、分かる事はこれだけですが……」
「いや、それだけでも充分だ。」
スプルーアンスはサッチにそう言った後、すぐさま決断を下した。
「TF58司令部にに伝えてくれ。」
「はっ!」
「TF58は、敵の水上艦隊の襲撃に備えるため、TG58.6を用いて、速やかに迎撃態勢を整えよ。以上だ。」
スプルーアンスはそこまで行ってから、持っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「……それからもう1つ、新たな命令を出す。」
「TF58司令部にですか?」
「うむ、そうだ」
スプルーアンスは、首を縦に振る。
(念のため、動ける艦隊を増やした方が良いだろう。)
彼は心中でそう呟きながら、ムーア参謀長に命令を発した。
1485年(1945年)1月23日 午後4時 レーミア湾西方沖70マイル地点
第58任務部隊司令官であるマーク・ミッチャー中将は、旗艦ランドルフ艦橋の張り出し通路から第3次攻撃隊の発艦を眺めている最中に、
索敵機の報告を聞いた。
「司令官。空母フランクリンから発艦したハイライダーからの報告です。敵機動部隊はレーミア湾沖西方280マイルを時速28ノットで
東方に向けて航行中との事です。我が機動部隊からは210マイル(336キロ)程まで近付いている事になりますな。」
TF58司令部参謀長であるアーレイ・バーク少将の報告に、ミッチャーはやや驚いた口調で返す。
「210マイルだと?朝、敵機動部隊を発見した時は、290マイルは離れていた筈だが。」
「敵が28ノットで東方に向かっている事を考えますと、敵は夜に入っても戦闘を行う腹ではないでしょうか。」
「夜になると、航空兵力は大して使えぬ。使えたとしても、シホールアンル機動部隊は我が機動部隊ほどに夜間戦闘を行える航空部隊を
配置していない。と、なると……」
ミッチャーは艦載機発艦の爆音を聞きながら、ランドルフの右舷前方を行く戦艦ミズーリに視線を移す。
「水上艦の主砲で、我が機動部隊に挑みかかるのかもしれんな。」
「そうなりますと、我々も第6任務群を繰り出す事になりますな。」
バーク参謀長の言葉に、ミッチャーはそうだなと相槌を打ちながら、ゆっくりと頷いた。
TG58.3の護衛艦として陣形に加わっている戦艦ミズーリは、今日の戦闘で敵ワイバーン隊や、飛空挺隊相手に、大量に積んだ対空火器を
十二分に活用して敵の攻撃を阻止して来ている。
TG58.3は、結果として空母ボクサーと軽空母ラングレーを損傷し、両艦を後退させざるを得なかったが、アイオワ級戦艦の3番艦として
生まれたミズーリと、新兵器のマジックジャマーのお陰で対艦爆裂光弾の餌食にならなかった、防空軽巡サンディエゴの活躍が無ければ、
TG58.2のように壊滅状態に陥っていたかもしれない。
だが、TG58.3は辛くも空襲を凌ぎ切り、今なお、正規空母2隻を有してTF58の戦力供給に貢献出来ている。
TG58.3壊滅の危機を救った防空軽巡サンディエゴと、ミズーリ。
そのミズーリの姉妹艦は、TG58.6にも2隻加えられている。
ウィリス・リー中将の率いるTG58.6は、戦艦アイオワ、ニュージャージー、アラバマ、ノースカロライナ、ワシントンの5隻の高速、
または中速戦艦を主力に編成された水上砲戦部隊である。
シホールアンル機動部隊が水上砲戦部隊を突撃させてきた場合は、TG58.6がこれに対抗する予定だ。
「2隻のアイオワ級戦艦を含むTG58.6と、敵艦隊の艦隊決戦か。わしは根っからの航空屋だが、TG58.6とシホールアンル軍との
艦隊決戦は、さぞかし、壮絶な物になるかもしれんな。」
「その前に、我が機動部隊は敵機動部隊との航空戦を戦わねばなりません。既に、ハイライダーが敵機動部隊から発艦したと思しき大編隊を、
30分前に発見しています。距離からして、遅くても、あと1時間半程で現れるでしょう。」
「うむ……この海戦は、互いにノーガードで殴りまくるような形になっているからな。今度も、互いに損害を被るかも知れんぞ。」
ミッチャーは、緊張でやや声を震わせたが、その声音はアベンジャーの爆音によって半ばかき消されていた。
午後4時55分 レーミア湾沖西方170マイル地点
空母イントレピッドのVB-12所属の艦爆隊16機は、同空母に乗り組むF6F12機とTBF8機、エンタープライズ所属のF6F6機を
第3次攻撃隊に加え、他の母艦航空隊より発艦した攻撃隊と合流した後、210マイル向こうに居る敵機動部隊に向かっていた。
「……段々、空の色が変わって来たなぁ。」
空母イントレピッド艦爆隊に属しているカズヒロ・シマブクロ1等飛行兵曹は、愛機であるSB2Cヘルダイバーの操縦席から、徐々に
変わりつつある空の色に見入っていた。
「……どんな世界でも、やっぱり夕焼けは綺麗やっさ……」
うっとりと見入る彼は、作戦行動中である事も忘れて、独特の訛りのある声音で感想を漏らした。
「おい!カズヒロ!夕焼けばっかりに見入るな!」
カズヒロは、後部座席の相棒であるニュール・ロージア1等飛行兵曹に一喝されてから、緩んでいた気持ちを引き締めた。
「お、おっと!すまんすまん。」
「全く……おめえの口から例の訛りのある言葉とやらが出てたぜ。気を緩ませるのは、イントレピッドに降りてからにしてくれよ。」
「いやはや、面目ない……」
頼りな下げに謝る相棒の声を聞いたニュールは、ため息を吐いた後、微かに苦笑を洩らした。
「まっ、ボーっとするのも無理は無いけどな。」
「ああ。何しろ、今日2回目の出撃だからな。うちの飛行長も人使いが荒いぜ……」
カズヒロはそう言いながら、疲れた肩を、片手でひとしきり揉んだ。
VB-12は、午前中の敵機動部隊攻撃に第2次攻撃隊として参加している。カズヒロは、2個小隊8機で参加した内の第2小隊2番機として
参加し、敵正規竜母に爆弾を投下したが、この時は命中弾を得られなかった。
イントレピッドの艦爆隊は、8機中2機を撃墜され、もう1機は着艦事故で失われた。
事故機は飛行甲板からずり落ち、海面に落下。
搭乗員は2名とも駆逐艦に救助されたが、厳冬期の海の温度は極端に低く、搭乗員はあと5分救助が遅れれば、低体温症で危険な状態に陥る所であった。
結局、イントレピッド隊は8機中2機を撃墜され、1機は着艦事故で失われ、もう1機は帰還後、重度の損傷により修復不能と判断され、再出撃が
可能な機体は4機となった。
イントレピッド隊のパイロット達は、敵機動部隊上空の激戦で疲労し、しばしの間休息を取ったものの、午後2時には再出撃が決まり、直ちに
準備に取り掛かった。
第3次攻撃隊は午後4時に、各母艦より発艦した。
第3次攻撃隊は、壊滅したTG58.1を覗く全ての任務群より発艦した母艦航空隊によって編成されている。
TG58.1は、エセックスよりF6F16機、SB2C11機、TBF9機。
ボノム・リシャールよりF4U24機。サンジャシント、プリンストンよりF6F12機ずつ。
TG58.3は、ランドルフよりF4U18機、SB2C10機、TBF9機。
フランクリンよりF4U20機、SB2C16機、TBF10機が発艦している。
TG58.4はレキシントンよりF6F26機、SB2C14機、TBF12機。
シャングリラよりF4U24機、SB2C20機、TBF12機。
軽空母インディペンデンスよりF6F12機を第3次攻撃隊に加えている。
TG58.5も、ヴァリー・フォージよりF4U24機、SB2C18機、TBF16機。
レンジャーⅡよりF6F24機、SB2C18機、TBF18機。
軽空母ノーフォークよりF6F12機を発艦させた。
第3次攻撃隊は、イントレピッド隊も含めると、総計で459機もの大攻撃部隊である。
この459機は一緒になって敵機動部隊に向かっている訳では無く、午前中の攻撃のように、制空戦闘並びに対空艦攻撃部隊と、対主力艦攻撃部隊を
分けて飛行している。
制空戦闘隊と対空艦攻撃部隊には、ボノム・リシャール隊のF4U24機、サンジャシント隊、プリンストン隊のF6F24機、ランドルフ隊の
F4U20機、SB2C10機、ヴァリー・フォージ隊のF4U24機、SB2C18機、軽空母ノーフォーク隊のF6F12機が当たっている。
残りの艦爆、艦攻は敵機動部隊の主力である竜母を攻撃する手筈になっている。カズヒロのイントレピッド隊もその1つだ。
イントレピッド隊は、午前中の攻撃で敵正規竜母1隻に爆弾2発、魚雷1本の命中を与え、中破と判定される損傷を負わせていた。
第3次攻撃隊に参加する事になったイントレピッド隊のクルーは、今度は敵竜母に撃沈確実の損害を与えてやると心に誓い、カズヒロも、今度こそは
敵竜母の甲板に爆弾を叩き付けてやると意気込んでいた。
とはいえ、先の戦闘の疲れは完全に癒えた訳では無く、カズヒロと同じように、午前中の攻撃に参加したパイロットの大半は、体に残る疲れを感じ
ながらも、ひたすら任務に集中している。
「飛行長の人使いの荒さはいつもの事だが、逆に頼りにされている、って事もあるぜ。何しろ、VB-12のパイロットでは、俺とカズヒロが
古参の部類にはいるからな。」
「古参……か。」
カズヒロは小声でそう口ずさみながら、脳裏には、今まで一緒に生活を共にし、大空に散って行った戦友達の顔を思い出している。
最初、VB-12が編成された頃、カズヒロ同じようにヘルダイバーを操る搭乗員は48名居た。
その48名のうち、4名は他の母艦に移ったが、残りの42名はずっとイントレピッド艦爆隊の一員として戦い、そして、次々に散って行った。
今、昔ながらのメンバーでイントレピッド隊に残っている者は、僅か16名だけで、他は別の母艦より移動して来た者か、本国より補充されて
来た新米パイロットである。
(あの初出撃からもう、随分立つな……新米だった俺も古参と呼ばれるとは、あの時、予想できんかったが……あの当時、憧れていた
古参パイロットというモンも、実際なってみると、どことなく寂しい感じがするな)
カズヒロはそう思いながら、戦争の現実と言う物を改めて痛感した。
「制空隊指揮官機より攻撃隊指揮官機へ、敵攻撃隊と思しき大編隊を発見!」
唐突に、耳元のレシーバーにその言葉が響いて来た。
それまで思考に耽っていたカズヒロは、ハッと我に返り、機体の前方を凝視した。
その報告がもたらされてから、しばらくの間は何も見えなかった。
だが、10分ほど経って、攻撃隊の右前方に夥しい数のワイバーン編隊が見え始めた。
「……TF58の方向に向かっている。」
カズヒロは、味方攻撃隊とすれ違って行く、遠方の敵編隊を見つめながら、ぼそりと呟く。
彼は、昨年のレビリンイクル沖海戦でも今と同じような光景を見ている。
あの時、カズヒロは敵竜母に爆弾を命中させ、意気揚々と機動部隊に帰って行ったが、帰還した時には、母艦であるイントレピッドは
損傷しており、離着艦不能となっていた。
カズヒロは仕方なく、僚艦フランクリンに降りたが、帰るべき母艦が大破し、黒煙を噴き上げる光景は、いつ思い出しても胸が痛くなる。
「凄い数だな……少なめに見積もっても、300以上は居るぞ。」
「300か……居残り組の連中に頑張って貰うしかないな。」
カズヒロとニュールは言葉を交わしながら、すれ違って行く敵編隊を見つめる。
護衛戦闘機隊は、敵編隊から戦闘ワイバーンが向かって来た時に備え、敵編隊の監視を続ける。
そのまま、5分ほどが経った。敵編隊は、第3次攻撃隊に襲い掛かる事なく、悠々とすれ違って行った。
「行っちまったな……」
ニュールが呟くと、カズヒロも頷きながら言葉を返す。
「ああ。」
カズヒロは、味方機動部隊の無事は勿論の事、母艦イントレピッドが無事である事を強く祈った。
第3次攻撃隊は何事も無かったかのように前進を続けていく。
459機の大攻撃隊は、夕日に照らされながら、ひたすら敵に向かい続けていた。
午後5時35分 レーミア湾西方沖70マイル地点
太陽が傾き、空がオレンジ色に染まりつつある中、巡洋戦艦アラスカ艦上の第5艦隊司令部はピケット艦から、敵大編隊接近の報告を伝えられた。
「長官。敵の新たな攻撃隊です。」
「……来たか。」
第5艦隊司令長官レイモンド・スプルーアンス大将は、報告を伝えてきた参謀長のムーア少将にそう言い返した。
「数はどれぐらいだ?」
「ピケット艦からの情報によりますと、敵編隊は約2群。第1群、第2群ともに200騎以上の大編隊のようです。」
「既に、各任務群は残存戦闘機隊の発艦を開始しています。」
航空参謀のジョン・サッチ中佐がスプルーアンスに言う。
「敵編隊が我が機動部隊上空に辿り着くまでには、使用可能な戦闘機は全て、迎撃に加われるでしょう。」
「全てと言っても、280機のF6F、F4Uで敵編隊を阻止する事は難しいだろう。ここは、艦隊各艦の頑張りに掛けるしかないな。」
スプルーアンスは冷静な声音で、サッチに向けてそう返した。
TF58は、今日の作戦開始前には空母19隻。1600機の艦載機を有していたが、終日続いた航空戦の影響でTG58.2の4空母が撃沈破され、
TG58.3の2空母が使用不能になったため、稼働空母13隻、残存機は午後2時の時点で1300機を割り込んでいた。
この数は、午後2時以降に使用不能機として廃棄された艦載機を多数含んでおり、実数は1200機あるかどうかである。
また、この実数というものも、修理すれば使える機体を含んでの物であり、すぐに燃料、弾薬を入れて使えそうな機体は1000機足らずであった。
TF58は、第3次攻撃隊を送る前に、戦闘力を大幅に削り取られていた事になるが、スプルーアンスはそれでも攻撃隊を編成し、温存していた
TG58.4、TG58.5も加えた上で、第3次攻撃隊を発艦させた。
「長官。もう間もなく、先陣の直掩隊が敵編隊と接触する頃です。」
スプルーアンスはサッチから報告を聞いた後、おもむろに腕時計を見つめた。
「午後5時35分か……日没は確か、6時30分から7時頃だったな。航空参謀、第3次攻撃隊からはまだ何も言って来ないかね?」
「はっ……まだ何も。恐らく、未だに進撃途上にあると思われます。」
「ふむ……こちらが放った攻撃隊が敵に取り付く前に、我々は敵に突っ込まれる事になったようだな。どうせなら、戦果報告を聞いた後に、
敵を迎撃したい所であったが……こうなってしまっては仕方ない。」
スプルーアンスはそう言った後、従兵に声をかけた。
「コルソン君。ちょっといいかね?」
「はっ!」
「コーヒーを頼む。いつもの奴だ。」
午後5時50分 レーミア沖西方70マイル地点
竜母ランフックより発艦した攻撃ワイバーン16騎を指揮するツェルス・マオミトス少佐は、ようやく、敵機動部隊の姿を視認出来る位置にまで
到達する事が出来た。
「見えたぞ、アメリカ機動部隊だ。」
マオミトス少佐は、雲の合間から見える複数の航跡を見て、やや嬉しそうな口ぶりで言う。
アメリカ機動部隊は制空隊に随伴していた対空艦攻撃部隊と戦闘中であり、盛んに対空砲火を噴き上げている。
既に対艦爆裂光弾を食らった艦が居るのか、陣形の外側を航行する複数の艦から黒煙が噴き上がっている。
その少し前方の上空では、夥しい数のワイバーンと戦闘機が、乱戦状態で空戦を行っている。
「注意!12時方向より接近せる敵!」
唐突に、護衛の戦闘ワイバーン隊指揮官より魔法通信が届く。
脳内に響いた声をもとに、12時方向に視線を移す。
乱戦の巷から抜けだしたのか、あるいは戦闘に加わらなかったのかは判然としないが、戦闘中の敵機とは別の敵編隊が、整然と編隊を保ちながら
攻撃隊に向かいつつある。数は約70機ほどであろう。
「敵の戦闘機は俺達が引き付ける!」
戦闘ワイバーン隊指揮官の声が響くと同時に、攻撃ワイバーンの周囲を固めていた多数のワイバーンが離れ、米戦闘機の群れに向かって行く。
たちまち激しい空戦が勃発し、新たな空域で、彼我合わせて150機以上のワイバーンと米戦闘機が必死の戦いを繰り広げていく。
攻撃ワイバーン隊は、制空隊と護衛戦闘隊のワイバーンとの空戦を尻目に、着実に敵機動部隊との間合いを詰めていく。
第4機動艦隊は、第4次攻撃隊として総計430騎のワイバーンを発艦させており、これを制空、対空艦掃討隊と、主力艦攻撃隊に分けている。
対空艦掃討隊は戦闘ワイバーン160騎、攻撃ワイバーン50騎で編成され、これらは既に敵機動部隊に対して攻撃を行っている。
後続の主力艦攻撃隊は、戦闘ワイバーン70騎と攻撃ワイバーン150騎で編成され、今しがた、護衛のワイバーン70騎が戦闘に入ったばかりだ。
艦隊に残る270騎のワイバーンは防空戦闘隊として残り、来襲する米攻撃隊に備えている。
攻撃ワイバーンはしばらくの間、敵戦闘機の妨害を受けぬまま、敵機動部隊まであと10ゼルドの位置にまで接近したが、敵戦闘機は攻撃ワイバーン隊の
進撃を見逃さなかった。
「敵戦闘機接近!約20機前後!」
竜母マルラリアの指揮官から魔法通信が入る。
心なしか、マルラリア隊指揮官の声音が、恐怖で上ずっているようにも思えた。
(あの指揮官は歴戦の勇士だが、敵機動部隊に対する実戦は初だから緊張しているのかも知れんな)
マオミトス少佐は心中で呟いた。
ラルマリア隊の指揮官は、元々は陸軍に所属していた竜騎士だが、陸軍よりも竜騎士の数が不足しがちだった海軍航空隊の再建を加速するため、2年前に
陸軍から海軍に転属となり、専ら後方で訓練に当たって来た。
元は勇猛果敢な竜騎士でもあり、これまでに48機のアメリカ軍機やワイバーンを撃墜した他、地上攻撃にも多数参加した猛者であり、また、訓練技術も
長けているため、彼の指導を受けて前線に送られた竜騎士はかなり多い。
そんな彼は、昨年の11月にラルマリアのワイバーン隊指揮官に任ぜられ、技量未熟なこの部隊を短期間でしごき上げ、今日の海戦までに何とか使える
ように仕立て上げた。
そのベテラン指揮官でさえ、アメリカ機動部隊と戦う時には恐怖感を覚えるのか。
(いや、実際恐怖感を覚えない筈がない。アメリカ機動部隊は、これまでに幾多ものベテラン竜騎士を葬り去って来ている。そんな連中と戦えと
言われて平然でいられる筈はないな)
マオミトス少佐はそう呟きながら、敵戦闘機の襲撃に備える。
ホロウレイグ隊は急降下爆撃を行うため、腹に重い300リギル爆弾を抱えている。
米軍の1000ポンド爆弾にも匹敵するこの爆弾は、敵空母の甲板に叩きつけるために、母艦から運んで来たものだが、相棒のワイバーンはこの爆弾の
せいで、空荷状態よりも機動性がかなり劣っている。
「あと少し……あと少し進めれば……」
マオミトス少佐がそう呟いた時、後ろ上方から米戦闘機が爆音を響かせながら襲い掛かって来た。
ワイバーン隊との乱戦を突破して来たコルセアとヘルキャットの混成編隊は、猛速で攻撃ワイバーン隊に殴り込む。
攻撃を受けたのは、ラルマリア隊とジルファリア隊であった。
まず、4機のF4Uが雷装状態のワイバーンに対して12.7ミリ弾の雨を降らせる。
すぐにワイバーンの周囲に張られた防御結界が作動し、機銃弾はあっけなく弾き飛ばされる。
コルセア4機は、ワイバーン1騎1騎に狙いを定めていないらしく、ワイバーン編隊全体にばら撒くような感じで機銃弾を放った。
この4機編隊の射撃は、ワイバーン7騎に命中したが、防御結界のお陰で1騎も傷付いていない。
続くコルセアの編隊も、ヘルキャットの編隊も、集中して射撃を行うのではなく、わざとばら撒くような感じで機銃弾を放ち、ワイバーン編隊に
命中弾を与えていくが、防御魔法は耐用限界に至る程までに消耗せず、この時点で1騎のワイバーンも脱落しなかった。
傍目から見れば、米戦闘機隊の射撃はお粗末その物であった。
だが……
「クソ!またあの方法で来やがったか!!」
マオミトス少佐は、“お粗末な筈の射撃”に対して、憎悪をむき出しにし、大きく叫んだ。
彼は、午前中の攻撃にも参加していたが、あの時も、米軍戦闘機の大半は、最初、このような方法で攻撃を仕掛けてきた。
数が少なかった(それでも100機以上は居たが)敵戦闘機隊は、終始、機銃弾をばら撒くだけで、敵艦隊攻撃の目前で、不運なワイバーン6騎が
魔法防御の耐用限界に達した所で撃墜されたが、一緒に付いて来たランフック隊とリンファニー隊の残り40騎は敵機動部隊に取り付き、
見事にヨークタウン級空母1隻に大破、インディペンデンス級空母1隻に撃沈確実の損害を与える事が出来た。
だが、ランフック隊は生き残った14騎中8騎、リンファニー隊は26騎中20騎を失うと言う大損害を被った。
ランフックとリンファニーは、昨年のレビリンイクル沖海戦でも敵艦隊を攻撃し、大きな損害を受けていたが、それでも攻撃に参加した
ワイバーンが半数以上も未帰還になるという事態にはならなかった。
だが、午前中の海戦では、ランフックとリンファニー隊は共に損耗率5割超という恐るべき損害を出しており、特に損害の大きかったリンファニー隊は
第4次攻撃隊に攻撃ワイバーンを参加させられなかった。
何故か?
その原因は、今行われている、敵戦闘機の迎撃にあった。
ワイバーンは防御結界さえ生きていれば、敵機動部隊の輪形陣に突入した時も、しばらくは防御結界の効果を利用して敵艦との間合いを詰める事も
出来るが、防御結界が無くなった場合は即座に落とされる場合が多い。
輪形陣に侵入した瞬間に撃墜されるワイバーンは、殆どが防御結界を無くした物ばかりである。
ワイバーンの体は頑丈だが、米艦艇の放つ大口径機銃弾や高射砲弾には脆く、竜騎士は機銃弾の1発でも当たれば致命傷を負い、すぐに戦死する。
それを防ぐための防御結界であるが、米軍の戦闘機隊は、対空砲火の阻止効率を上げる為に、わざと防御結界を作動させ、じわじわと耐用限界に
近付けているのである。
マオミトス少佐が激怒するのも当然と言えた。
「敵戦闘機、下方から接近して来る!」
今度は別の竜騎士から魔法通信が届く。マオミトスは声の主が自分の部下である事に気付いた。
「俺達を狙って来たか!」
彼は忌々しげに呟きながら、下方に顔を向ける。
一旦は下降したコルセアが今度は上昇に転じ、猛速で迫って来る。
コルセアがワイバーン隊まで400メートルに迫った所で機銃弾を発射した。
下方より夥しい数の機銃弾が噴き上がって来る。
マオミトスは機銃弾を避けるべく、相棒を左右に横滑りさせるが、全ての機銃弾を避ける事はかなわず、周囲が2度、赤紫色に光った。
(弾が当たったか!)
彼はそう確信しつつ、後ろの部下達の様子を見ようと、顔を振り向く。
やはり、彼の部下達も機銃弾を避ける事が出来なかった。
ばら撒くようにして放たれた機銃弾は、17騎中8騎に命中していた。
コルセアは機銃弾を撃ちまくりながら、ワイバーン隊の上方に駆け上がっていく。
コルセアの次はヘルキャットが続き、同じように機銃弾をばら撒いてはすぐりに離脱して行く。
似たような攻撃が3度、4度と、繰り返し行われていく。
これだけの攻撃を受けても、ワイバーン隊の被撃墜数は0であったが、被弾したワイバーンは、大多数が防御結界の耐用限界に近付いていた。
5度目の攻撃を受けた時、ついに被撃墜騎が出た。
「ラルマリア隊に被弾騎!2騎落ちます!」
その報告がマオミトスに届くが、彼らには何もできない。
4機のコルセアに下方から射弾を集中された2騎のワイバーンは遂に結界が崩され、ワイバーンの無防備な腹に12.7ミリ弾を浴びせられてしまった。
2騎のワイバーンが致命傷を負い、次々と落ちていく。
飛空挺隊と違って、脱出用の落下傘を付けていない竜騎士は、ワイバーンと運命を共にするしか無く、瀕死のワイバーンに跨ったまま冷たい海の上に落ちていく。
「隊長!3時下方からグラマン!!」
マオミトスは咄嗟に振りかえる。
彼の右横の下方から、2機のグラマンが猛然たる勢いで上昇している。グラマンの太い鼻先は、マオミトスに向いていた。
(出来るかな!?)
マオミトスは心中でそう思いながら、相棒に指示を下す。
相棒は通常より機動が鈍っている事を知りつつも、行動で彼の指示に応えてくれた。
ワイバーンの体がくるりと回る。普段よりも機動性が鈍っているため、危うく部下のワイバーンと接触しかけたが、間一髪で免れる。
グラマンの放った射弾は、マオミトスの判断によって悉く外れた。
咄嗟の超機動によって射弾を外されたグラマン2機は、悔しげな爆音を発しながら離れて行った。
(思い知ったかアメリカ人!これがワイバーンの動きだ!!)
マオミトスは内心で喝采を叫んだ。
しかし、彼のささやかな勝利にも関わらず、攻撃隊のワイバーンは次々と食われていく。
米軍の戦闘機はいつの間にか30機に増えており、都合、12騎目のワイバーンが撃墜された所で、味方のワイバーン隊が駆け付けてくれた。
24、5騎のワイバーン隊は、コルセア、ヘルキャット隊と攻撃隊の間に暴れ込むと、猛然とコルセア、ヘルキャットに挑みかかった。
「……ふぅ、ひとまず、礼を言っておくぜ。」
マオミトスは、奮闘する味方の戦闘ワイバーン隊に感謝しつつ、前方に視線を向けた。
夕焼けですっかり色を変えた洋上を、アメリカ機動部隊は速度を変える事無く進み続けていた。
だが、対空艦掃討隊はかなり奮闘したのか、高速で航行を続ける敵艦隊の一部……特に輪形陣の左側を航行する5隻の駆逐艦と思しき艦からは
黒煙が上がっている。
黒煙は駆逐艦のみならず、陣形の更に内側に位置する巡洋艦1隻と、戦艦1隻からも上がっている。
こちらの艦が噴き出す黒煙の量は少ない物の、対空艦掃討隊が何らかの損害を与えた事は確実と言えた。
「対空艦掃討隊の爆裂光弾はしっかり仕事を果たしたようだな。連中に負けないよう、俺達も頑張らなくちゃな。」
マオミトスは頷きながらそう言うと、魔法通信で各母艦航空隊の指揮官に命令する。
攻撃ワイバーン隊の指揮官はマオミトスが任ぜられていた。
「これより攻撃を開始する!第1群のワイバーン隊は第3群のワイバーン隊と共同で敵正規空母1番艦を攻撃せよ。第4群は敵正規空母2番艦、
第2艦隊は敵正規空母3番艦を攻撃せよ!」
マオミトスは一呼吸置いた後に、命令を発した。
「突撃!!」
彼の号令が発せられるや、敵戦闘機の攻撃から生き残った138騎のワイバーンが一斉に攻撃位置に付いて行く。
敵艦隊の射程外で、爆装のワイバーンは現在の飛行高度1500グレルから2000グレルまで上昇し、雷装のワイバーンは一気に高度100グレル
まで下降していく。
マオミトスの率いるランフック隊17騎は、小型竜母ライル・エグ、リテレの爆装ワイバーン12騎と、雷装したモルクドのワイバーン隊10騎、
同じく雷装した第3群のジルファリア隊9騎と共同で敵正規空母の1番艦を攻撃する。
攻撃する敵正規空母は、形からしてエセックス級空母だ。
爆装ワイバーン29騎、雷装ワイバーン19騎。
計48騎で攻撃を行えば、確実に撃沈できるかもしれないが、結果はどうなるか分からない。
「午前中の攻撃では、ヨークタウン級空母1隻に30機以上で攻撃して1発の爆弾、魚雷を当てられなかった時があったようだからな。
あの艦の艦長が腕の良い奴だったら、撃沈出来るかどうかは微妙な問題だな。」
マオミトスはそう呟きながら、相棒と共に上昇を続ける。
ランフック隊は、隊形の都合上、小型竜母のライル・エグ、リテレ隊に先導される形で敵輪形陣に向かっていた。
先行していたライル・エグ隊とリテレ隊に対空砲火が放たれ、周囲に砲弾が炸裂する。
ライル・エグ隊とリテレ隊は雲の合間を出たり入ったりしているのだが、それでも米艦艇の対空砲火は熾烈かつ、正確であった。
1騎のワイバーンが雲から出た瞬間、高射砲弾の炸裂を間近に受ける。
このワイバーンはまだ、防御結界の耐用限界に達していなかったが、至近距離で砲弾の炸裂を受けては、多少の防御魔法なぞは関係無かった。
VT信管付きの砲弾が炸裂した直後、一瞬にして防御魔法が撃ち崩され、竜騎士とワイバーンは全身をずたずたに引き裂かれた。
更に別のワイバーンが砲弾の炸裂によって肩翼を失い、錐揉み状態となって墜落して行く。
ライル・エグ隊とリテレ隊の周囲に、砲弾炸裂の黒煙が湧く。その数は僅か1分足らずの間に爆発的に増えた。
「くそ、何て弾幕だ!対空艦掃討隊は何やってたんだ!!」
先程、奮闘した味方ワイバーン隊を褒め称えた口から、今度はその戦果を疑うような言葉が吐き出される。
敵の対空砲火は、先行するワイバーン隊のみならず、ランフック隊にも注がれる。
周囲に砲弾が音を立てながら炸裂する。
砲弾が炸裂する度に、細々とした破片が凄まじい速度で周囲を飛び抜け、ワイバーンが煽りを食らって幾度か揺れる。
マオミトスは敵の対空砲火を受けながらも、落ち着いた表情を浮かべながら下方に視線を向ける。
うっすらとだが、敵機動部隊の下方でも激しい対空砲火が放たれている。
撃たれているのは雷装のワイバーン隊だ。
米艦艇は高空から迫るワイバーン隊と、低空から迫るワイバーン隊を同時に相手取らなければならないため、対空砲火を分散せざるを
得なくなっている筈なのだが、それでも、放たれる対空砲火の量は多い。
砲弾が近い所で炸裂する。破片が命中したのか、防御結界が作動する。
(まずい、あと3、4度打撃を食らったら、魔法防御が崩れる……)
マオミトスは内心ひやりとしながら、自らの置かれている危機的状況を分析する。
唐突に後方で悲鳴が聞こえた、かと思うと、脳内に部下の声が響いて来た。
「隊長!第2小隊長騎が被弾!墜落して行きます!」
「……わかった。」
マオミトスは一瞬だけ、表情を暗くしたが、すぐに平静な声音で部下に返す。
16騎に減ったランフック隊は、尚も前進を続ける。
先行していたライル・エグ隊、リテレ隊が次々と降下に入った。
高射砲弾の迎撃を受けて、12騎から9騎に減ったライル・エグ隊、リテレ隊だが、仲間を失った事なぞ露知らずといった動作で敵空母目掛けて
突っ込んでいく。
視線を下方に移すと、雷装ワイバーン隊の一部隊が、敵空母まであと1000グレル前後にまで迫っている。
その雷装ワイバーン隊は巡洋艦の迎撃網をすり抜け、戦艦の迎撃網を突破しようとしている。
高度2000グレル上空では詳細は分からないが、その戦艦から放たれる対空砲火は尋常ではない。
対空艦掃討隊の攻撃を受けて損傷したにもかかわらず、尚、激しい対空砲火を噴き上げている。
雷装のワイバーン隊に被撃墜騎が続出する。
鉄の体と言う装甲で覆われたアベンジャーと違って、防御結界が無いワイバーンは、竜騎士がやられればそれまでであり、墜落に至るワイバーンは
次々と出て来る。
だが、残ったワイバーン隊は敵戦艦の迎撃網を突破し、戦艦に守られていたエセックス級空母に肉薄していく。
エセックス級空母は依然直進を続けていたが、雷装ワイバーン隊が急速に迫って来た事に驚いたのか、急に回頭を始めた。
エセックス級空母から放たれる対空砲火もかなり多い。
護衛の戦艦と違って、まだ無傷の姿を保っているため、戦艦よりも激しい弾幕を放っているように思えた。
回頭したエセックス級空母に、急降下して行ったワイバーン隊が猛速で突っ込み、次々と爆弾を投下する。
1番騎は爆弾を投下した直後、機銃弾の集中射を食らってそのまま海面に激突する。
エセックス級空母の左舷側海面に爆弾が落下し、水柱が高々と吹き上がる。
2番騎、3番騎の爆弾も同様だ。
4番騎の爆弾も惜しい所で敵空母の左舷側後部海面に至近弾となり、虚しく水柱を噴き上げた。
「頑張れ!頑張るんだ!」
猛烈な対空弾幕の中、奮闘するライル・エグ隊とリテレ隊の奮闘に、マオミトスは思わず声援を送っていた。
5発目の爆弾が彼の声援に応えるかのように、エセックス級空母の飛行甲板後部に命中した。
命中個所は甲板の右端側であったが、命中弾を受けたエセックス級空母は黒煙を噴き始めた。
6発目の爆弾は惜しくも外れ、7発目も敵艦の左側海面に外れ、水柱を噴き上げさせるだけに留まった。
落下して来た爆弾は、この7発だけであった。
急降下に入って来た9騎のうち、2騎は投弾前に叩き落とされていた。
爆撃隊は大した被害を与えられなかったが、その代わりとばかりに、敵空母左舷側に爆弾落下時の水柱とは異なる、大きな水柱が立ち上がった。
左舷側前部付近から水柱を立ちあがらせた敵空母は、見る見る内に速度を低下させていく。
低空侵入した雷装のワイバーン隊が、エセックス級空母に魚雷を命中させたのだ。
それ以降の魚雷命中は無かったものの、ライル・エグ、リテレ隊と、雷装ワイバーン隊の一部隊は、共同で敵空母に中破以上の被害を与える事に
成功したのだった。
「ようし、今度は俺達の出番だ!」
味方ワイバーン隊の奮闘に勇気をもらったマオミトスは、意気込んだ口調でそう呟いた後、敵空母の左舷側後方から急降下に入った。
斜め単横陣で飛行していたランフック隊のワイバーンは、次々と急降下に入る。
7番騎が急降下に入る前に、高射砲弾によって撃墜されたが、残りは体を翻し、翼を半ば折り畳んだ状態で降下して行く。
マオミトスの眼前に、目標であるエセックス級空母が居る。
爆弾1発と魚雷1本を受けたエセックス級空母は、回頭を止めて直進に入っている。
先程までは15リンル以上は出ていたスピードも、今では10リンルかそれ以下と思える程に低下している。
だが、敵空母から放たれる対空砲火は尚も熾烈だ。
敵艦の艦橋前側と後ろ側、舷側から盛んに高射砲弾が撃ち放たれる。高度が1200グレルを切ったあたりからは、機銃弾も撃って来た。
砲弾や機銃弾は、目標の敵空母からではなく、その後方や右側を行くエセックス級空母や、周囲の護衛艦からも撃たれている。
眼前に大量の砲弾が炸裂して黒いまだら模様が作られ、そのまだら模様から機銃弾が吹き荒んで来る。
ランフック隊に次々と犠牲が出る。
5番騎が横合いから40ミリ弾を複数食らい、ワイバーンの体が断裂し、血や臓物を噴き散らしながら大小2つの物体となって海面目掛けて落下して行く。
高射砲弾が竜騎士とワイバーンの体を吹き飛ばしただけではなく、腹に抱えていた爆弾も誘爆させ、空中で大爆発が湧き起こった。
その爆発に巻き込まれたワイバーンと竜騎士が致命傷を食らう。敵空母に叩きつける筈であった仲間の爆弾によって、不本意にも“撃墜”された
ワイバーンは、向かっていた先を敵空母から夕焼けに染まる海面に変え、高速で海に激突した。
降下中に、ランフック隊は5騎が撃墜されたが、残った10騎は猛速で降下を続ける。
マオミトスの目に映る敵空母の姿が大きくなっていく。飛行甲板の前部と後部に11という数字が見える。
彼は少し前まで、この文字が数字だとは分からなかったが、定期的に開かれる、米軍に対抗策を考える講習会で、それが数字だとわかった。
ある程度の艦番号と、敵空母の名前が分かっていたマオミトスは、この空母がボノム・リシャールであるとわかった。
「エセックス級空母の2番艦か……乗っている艦長が手錬じゃない事を祈るだけだな!」
彼はそう叫びながら、投下高度の250グレルに達した事を脳内で確認し、爆弾を投下した。
腹に抱えていた爆弾が離れ、ワイバーンの体が軽くなる。
彼は相棒に、水平飛行に移れと指示を伝える。
急降下から水平飛行に入る際の圧力が体に加わり、呼吸が出来なくなる。
この時、敵弾が命中し、防御魔法の効果が切れた。
「くそ!効果が切れたか!」
彼は忌々しげに叫んだが、すぐにこの場から脱出する方法だけを考え、身軽になったワイバーンを操りながら、弾幕を抜けようと試みる。
脱出の際、低空侵入の雷装ワイバーンとすれ違う。
竜騎士の1人と目があったような気がしたが、それも一瞬の事であり、雷装のワイバーン隊とすぐに離れる。
敵戦艦から放たれる対空砲火を紙一重で避けながら、陣形の更に外へと向かう。
敵戦艦の後方をすり抜ける。
その艦は、アイオワ級戦艦とどことなく似ていたが、煙突が一本しか無い事から、すぐにアラスカ級巡洋戦艦である事を見抜いた。
アラスカ級巡戦の対空砲火を潜り抜け、更に巡洋艦の防空網も突破する。
彼は巡洋艦の対空砲火をすり抜ける際、その贅沢な編成にため息を漏らした。
「はぁ……陣形の片側だけに、アトランタ級防空巡洋艦を2隻も起きやがるとは。アメリカ人共は本当に、贅沢なモンだ。」
彼はそうぼやきながら、何とか陣形の外に抜け出る事が出来た。
彼は、爆弾投下後から陣形を抜けるまでの記憶が殆ど無く、断片的に覚えているだけであった。
巡洋戦艦アラスカ艦長であるリューエンリ・アイツベルン大佐は、エセックスの左舷側を航行していた空母ボノム・リシャールの艦体から、
立て続けに3本もの水柱が噴き上がるのを戦慄の眼差しで見つめていた。
既に爆弾6発、魚雷1本を受けていたボノム・リシャールにとって、魚雷3本の命中は致命傷と言えた。
「ボノム・リシャールに魚雷命中!あ…行き足、更に鈍ります!!」
見張り員が、言葉の後半部分を涙声に震わせながら艦橋に報告して来る。
「なんてこった……ボノム・リシャールが!!」
リューエンリは、今、現実に起きている事が半ば信じられなかった。
昨年のレビリンイクル沖海戦の際、リューエンリはアラスカの艦長として、同じ戦隊の僚艦コンステレーションと共に奮闘し、TG37.3の
母艦群の護衛に大きく貢献していた。
リューエンリは、今回の海戦でも、パートナーであるコンステレーションと共に、損傷空母ゼロを目指せると思っていた。
しかし、コンステレーションと護衛の巡洋艦は敵の攻撃を防ぎきれず、ボノム・リシャールは致命弾を受けてしまった。
TG58.1は、ボノム・リシャールの速度低下に合わせ、30ノットから20ノットに速度を落としていたが、ボノム・リシャールはその
20ノットにすら付いていけず、艦体から大量の黒煙を噴き上げ、左舷側に傾斜を深めながら陣形から脱落して行く。
ボノム・リシャールが速度を出すどころか、艦そのものすら失いかねない状況にある事は、誰の目にも明らかであった。
「任務群旗艦より指令!艦隊速力30ノット!」
「航海長!速力30ノットだ!」
リューエンリは、通信員から聞いた指令を即座に航海長へ伝える。
それまで、ボノム・リシャールに合わせていたアラスカが、再び30ノットの快速で驀進し始める。
「新たな敵編隊接近!エセックスに向かいます!イントレピッドに向かう敵もいます!」
「イントレピッドの敵は他の艦に任せる。砲術長!エセックスに向かう敵を全力で叩け!」
リューエンリは砲術長に指示を飛ばしながら、エセックスの上方と、低空から迫りつつある敵ワイバーン隊を交互に見やる。
エセックスに向かう敵は30騎ほどだ。
30騎中、ちょうど半数ずつが高空と低空に別れている。
敵編隊はともに、エセックスの左舷側斜め方向から迫りつつある。
リューエンリとしては、爆弾よりも遥かに危険な魚雷を積んだワイバーン隊を集中的に狙いたかったが、射線がエセックスと
被ってしまうため、やむなく高空の爆撃隊を狙う事にした。
アラスカの左舷側の両用砲が高空の敵編隊向けて放たれる。
ノースカロライナ級やサウスダコタ、アイオワ級といった新鋭戦艦と同様に、アラスカも舷側に4基の連装砲塔を搭載している。
アラスカは元々、大型巡洋艦案で建造される予定であり、そのままの状態でも多数の対空火器が搭載されていたに違いないが、
両用砲は航空兵装にスペースを取られて、クリーブランド級やボルチモア級のように、連装砲塔が6基しか積めない筈であった。
だが、設計変更によって航空兵装を全廃したお陰で、アラスカはより多くの対空兵装を積め込む事ができ、効果的に対空戦闘を行う事が可能となっている。
アラスカから、4基8門の5インチ砲が断続的に放たれ、敵編隊の周囲に夥しい数の黒煙が湧く。
アラスカの護衛を受けるエセックスも、敵編隊に向けて艦橋前と後ろ側に取り付けられた5インチ砲8門を撃ちまくっている。
早くも1騎のワイバーンが高射砲弾の弾幕にとらわれ、あえなく撃墜される。
続いて、もう1騎が破片を食らい、最初は徐々に高度を下げて行ったが、急に真っ逆さまになって墜落して行く。
敵編隊に対する砲撃は、アラスカ、エセックスのみならず、陣形の右側に位置する重巡洋艦ボストン、軽巡洋艦サンアントニオ、バーミンガム、
無傷で残っている前衛の駆逐艦3隻も行っている。
敵編隊は、対空砲火の弾幕の中を臆す事無く飛行して行くが、1騎、また1騎と撃墜されていく。
リューエンリは対空戦闘の行方を見守る中で、エセックスの方にも時折視線を送る。
敵編隊が8騎に減らされつつも、エセックスの左舷側上方の降下地点に到達するかどうかの所まで達した時、リューエンリは再びエセックスの方に……
正確には艦首に視線を向けた。
その時、彼は艦首波が、先程と比べて、若干変わっている事に気付いた。
「操舵手!取り舵だ!今は目一杯切るな!」
「アイアイサー!」
リューエンリの指示を聞いた操舵手は、心持ち、舵輪を回した。
敵編隊が次々と急降下に入る。8騎のワイバーンや、鮮やかな動作で下降に移り、まっしぐらにエセックスへ向かって行った。
アラスカの対空機銃は、このワイバーン群目掛けて放たれる。
艦首や舷側の40ミリ4連装機銃、20ミリ機銃が火を噴き、敵編隊に夥しい数の曳光弾が注ぎ込まれていく。
リューエンリは敵ワイバーンよりも、エセックスの動向に目を配った。
「曲がるか?それとも、曲がらないか?」
リューエンリがそう呟いた瞬間、エセックスの動きに変化が生じた。
それまで、ゆっくりと左側に進んでいたエセックスが、急に回頭を行った。
「操舵手!面舵一杯!」
リューエンリは指示を下した。
彼の指示通り、操舵手は舵輪を思いっ切りぶん回す。
程無くして、アラスカの艦体がエセックスの動きに追随するかのように、左に急回頭し始めた。
新鋭戦艦並みの重量を持つアラスカの艦体が、鮮やかに回って行く。
エセックスに接近する敵編隊は、高度400メートルまで降下し、次々と爆弾を投下した。
エセックスの周囲に爆弾が落下し、270メートル近い巨大な艦体が林立する水柱に覆われた。
「……かわせたか!?」
リューエンリは、水柱に覆い隠されたエセックスが心配になり、思わず前のめりになってその行方を追う。
エセックス艦長は巧みに回避運動を行って、敵編隊の投弾コースから大きく外された筈だが、敵編隊の中には、体を捻って爆弾を投下する
ワイバーンも居たため、全て回避できたかどうかはわからない。
猛烈な対空弾幕を浴びつつも、敵も必中の思いを込めて爆弾を投下している。
1発か2発は浴びても不思議では無かった。
アラスカのみならず、他の護衛艦の乗員達は、誰もがエセックスの被弾を覚悟した。
だが、それは杞憂であった。
エセックスは艦首で水柱を踏み潰しながら、健在な姿を現した。
エセックスの舷側からは相変わらず、激しい量の対空砲火が放たれ、自艦を危うい目に陥らせた敵ワイバーンに向けて、40ミリ機銃、
20ミリ機銃が狂ったように撃ちまくっている。
「エセックス健在!損傷なし!!」
見張り員からの報告に、アラスカの艦橋は一瞬ながら、歓声に包まれた。
「ようし、敵の爆撃は回避できた。あとは雷撃隊だけだ。」
リューエンリはそう呟きつつ、エセックスの動きを注視する。
その時、エセックスは回避運動を止めた。
「舵戻せ!面舵一杯!」
リューエンリは即座に命じる。
やや間を置いて、アラスカの回頭も止まり、今度は右舷側に舵を切り始めた。
エセックスが回頭しながら、左舷側の機銃座を撃ちまくっている。
アラスカの艦上からは見えなかったが、爆弾を回避したエセックスは、その喜びに浸る間もなく、別のワイバーン隊に襲われていた。
12騎の雷装ワイバーン隊は、海面近くで激しい対空砲火を浴びつつも、時速300キロでエセックスに迫っていた。
敵ワイバーン隊は、アラスカの僚艦コンステレーションや、アトランタ級防空軽巡のリノとアトランタから夥しい砲火を浴び、ワイバーン隊の
周囲は、間断無く炸裂する砲弾や着弾する海面の飛沫によって、そこだけ地獄さながらの様相を呈していた。
ワイバーン1騎が40ミリ機銃弾に両翼をもがれ、すぐに海面に叩きつけられる。
更に2騎が致命弾を浴びて海面に激突し、うち1騎は魚雷が衝撃で誘爆して、海面上で大爆発を起こした。
ワイバーン隊は、櫛の歯が欠けるかのように次々と叩き落とされていく。
もし、この光景をシホールアンル軍のワイバーン養成部隊の幹部が見れば、恐ろしいまでの消耗率にショック死しかねないであろう。
しかし、ワイバーン隊の竜騎士は、目の前に敵が居る以上、退く事は決してなかった。
エセックスの左舷前方800メートルに接近した時には、ワイバーン隊は既に6騎に減っていたが、敵は尚も魚雷を落とさぬまま、エセックスに接近する。
距離は800から700、700から600と、急速に縮まっていく。
同時に、ワイバーンも新たに1騎が叩き落とされ、もう1騎が体から夥しく出血するが、傷を負ったワイバーンは落ちる事無く、エセックスとの距離を詰める。
やがて、距離が500メートルを切った時、敵ワイバーンは次々と魚雷を落とした。
傷を負ったワイバーンは魚雷を落とした後、魚雷の行く先を妨げまいと、緩やかに横滑りしながら墜落した。
エセックスが回頭し始めたのはこの直前であったが、魚雷をかわすのは困難であった。
エセックスの舷側に5本中、3本が突き刺さった。
最初に左舷側前部から水柱が立ちあがった。
水柱は70メートル以上もの高さまで噴き上がり、海水が轟音を立ててエセックスの甲板を濡らす。
続いて、2本目が舷側エレベーターから10メートル後ろ側に命中し、水柱が天を衝かんばかりに上がる。
3本目が2本目の命中個所からさほど離れていない場所に命中するが、この魚雷は不発で、舷側にぶつかった後、反動でやや押し返され、そのまま海底に
沈んで行った。
2本の魚雷は、エセックスの艦尾方向に流れて行ったが、そのうちの1本が、エセックスに習って、回頭を行っていたアラスカに向かって来た。
「エセックスを外れた魚雷が本艦に向かってきまーす!!」
リューエンリはその瞬間、自らの失態を悟った。
(エセックスを守るために、付かず離れずの位置で掩護しようとしたのが間違いだったか…!)
リューエンリは、心中で自分の判断を呪いつつ、アラスカが魚雷の命中コースから離れる所まで回頭する事を期待したが、魚雷の速度は思ったよりも早く、
真っ白な航跡は、斜め前からアラスカの左舷側中央部に迫って来た。
「敵の魚雷が接近する!総員、衝撃に備えろ!!」
リューエンリは咄嗟にマイクに向かって叫んだ。その瞬間、魚雷の航跡が視界から消え去った。
(……敵の魚雷は不発が多いと聞く。あの角度なら、もしかして)
衝撃は唐突に襲ってきた。
凄まじい衝撃がアラスカの32900トンの艦体を激しく揺さぶり、リューエンリは危うく転倒しかけた。
「本艦の左舷中央部に魚雷命中―!」
「畜生!甘い考えが浮かんだ罰か……!」
リューエンリは、心中で甘い事を考えた自分を恥じた。
「スピードを12ノットに落とせ!ダメコン班、至急、被害状況を知らせろ!」
彼はすぐさま命令を下した。
それまで30ノットの速力で驀進していたアラスカは、徐々にスピードを落とし始めた。
リューエンリの指示が伝わってから3分後、ダメコン班から連絡が入った。
「艦長!ダメコン班からです。現在、本艦の左舷第4甲板機械室横の通路付近で浸水が発生しています。至急、隔壁を強化して浸水の拡大に努めます。」
「了解。その他に被害は無いか?」
「いえ。ここでは特にありません。機関室では負傷者が5名出て、うち3名は骨折を負う程の重傷ですが、それ以外の損害は、今の所報告されておりません。
ひとまず、破孔の拡大を防ぐため、最大でも20ノット以上は出さない方が良いでしょう。」
「わかった。引き続き浸水の防止と、被害個所の確認に当たってくれ。」
「アイアイサー。」
リューエンリは受話器を置きながら、深く溜息を吐いた。
彼は艦橋内を見回しながら、アラスカの状況を確認した。
アラスカは魚雷1本を受け、若干左舷側に傾いているが、それ以外に損害らしい損害は無いように思えた。
リューエンリはCICに艦内電話をつなぎ、第5艦隊司令部の安否を確かめた。
「長官はご無事か?」
「はい。長官のみならず、第5艦隊司令部は全員ご無事です。」
「……ほう、そうか。ありがとう。」
リューエンリはそれだけ応えると、受話器を置いた。
彼は安堵の息を漏らした。
「流石は新鋭巡戦だ。戦艦並みの防御を施した甲斐があったな。」
アラスカ級巡洋戦艦は、前の世界で言われていたような、攻撃力が高く、防御力には難があると思われている巡戦とは一味違う。
アラスカ級は55口径14インチ砲9門を有し、旧式戦艦と同等からそれ以上の攻撃力を持つが、防御力にも力を入れている。
アラスカは前の大型巡洋艦案とは違い、防御方式は新鋭戦艦と同様の集中防御方式を取っており、主要防御部の甲板装甲は128ミリ、
舷側部は310ミリと、サウスダコタ級より若干劣るものの、それまでの巡洋戦艦に比べれば破格の装甲を有している。
また、舷側にはバルジと、バルジに面した艦内には防水区画を幾つも設け、魚雷が命中しても被害を極限できるように工夫が凝らされていた。
巡戦にしては贅沢とも言える防御を施したアラスカは、予定よりも重量が重くなり、予定されていた最大速力が低下すると言う欠点
(本来は33.5ノットが発揮可能と言われていた)が露呈してしまったが、それでも搭載された高馬力エンジンは、アラスカを32.ノットという、
米戦艦の中では随一の快速で走らせる事が可能であった。
この事から、一部の海軍関係者は、アラスカ級巡戦の事を巡戦とは言わず、金をかけた究極の14インチ砲搭載戦艦と渾名を付けた程だ。
アラスカはその甲斐あって、魚雷1本を受けるも、現時点では航行に支障が出ないレベルの被害を受けただけで済んだのである。
「もし大型巡洋艦案のままで建造されてたら、被害は更に酷くなっていたかも知れん。作り方を変えてくれたお偉方に感謝だな。」
リューエンリは、心の底からアラスカの設計変更の断を下した上層部と、カムデンの造船所職員達に感謝した。
午後6時10分 第5艦隊旗艦巡戦アラスカ
「TG58.1の損害は、現時点でボノム・リシャール、エセックス大破。軽巡洋艦リノ、駆逐艦6隻大中破。巡戦アラスカ、コンステレーション小破です。
そのうち、ボノム・リシャールは艦長からの報告で、被雷により、機関区画がほぼ壊滅したため、傾斜を止められずとありますので、沈没確実の損害を
受けていると思われています。また、エセックスも左舷側に魚雷2本を受けて傾斜しています。ボノム・リシャールと違って機関区画の損傷は比較的軽微で
あるため、浸水拡大の阻止の見込みが立っているエセックスは沈没しないかと思われます。また、被雷したこのアラスカですが、艦長の話によれば、
28ノットまでは発揮可能との事です。」
「ふむ……TG58.2からアトランタと駆逐艦6隻を回して貰ったにも関わらず、空母の喪失が出てしまうとは……やはり、敵機動部隊のワイバーン隊は
恐ろしい物だな。」
参謀長のムーア少将から報告を聞いたスプルーアンスは、珍しくしかめっ面を浮かべながらムーアに言った。
「……敵が魚雷を使いこなしていなければ、空母の喪失もある程度抑えられたでしょうが、あちらも魚雷を有している以上は……不謹慎ではありますが、
致し方ないかと思われます。」
「むしろ、私としては、空母の被害がエセックスとボノム・リシャールだけに留まった事が幸運だったかと思います。」
横からサッチ航空参謀が入って来た。
「攻撃を受けた空母はエセックスとボノム・リシャールのみならず、イントレピッドと軽空母のサンジャシントが敵ワイバーンに襲われていますが、
両艦は至近弾による微々たる被害を受けたのみで、ほぼ無傷で済んでいます。両艦とも20機前後の敵編隊に襲われたにもかかわらず、です。
私は、イントレピッドとサンジャシントの艦長からに話を聞きました。すると、興味深い言葉を聞き出す事が出来ました。」
「ほう……その興味深い言葉、とは?」
作戦参謀のフォレステル大佐がサッチに聞く。
「両艦の艦長曰く、ワイバーン隊の連中は新米が混じっていた、と。」
「それはどういう事かね?」
スプルーアンスはすかさず問い質した。
「イントレピッドは低空の雷撃隊と高空の爆撃隊。サンジャシントは高空の爆撃隊に襲われた物の、雷撃隊はイントレピッドから
1500メートルほどの距離で魚雷を投下し、爆撃隊はいずれも、高度が1000メートルを切らないうちに爆弾を投下したそうです。
魚雷は1本も命中せず、爆弾は破片をイントレピッドとサンジャシントの舷側に叩き付け、10名の負傷者を出した程度に過ぎません
でした。私が幸運であったと言うのは、シホールアンル海軍も、人材不足で技量未熟な竜騎士を前線に出さざる得なくなった、と言う事です。
もし、イントレピッドとサンジャシントを襲った敵編隊が、別の母艦ワイバーン隊と同様の錬度を有していた場合。このTG58.1も、
TG58.2と同様の憂き目にあった事はほぼ確実だったでしょう。」
「なるほど。確かに、君の言う通りだ。」
スプルーアンスは深く頷いた。
「しかし、ボノム・リシャールが航行不能になるのが少し早過ぎたような気がするが……」
「最初の雷撃で、機関部が全滅した事が災いしたのでしょう。ホーネットも沈没確実の損害を受けましたが、ホーネットは幸いにも、被雷時には
まだ機関区が生きていたので、停止後も消火活動を行う事が出来ました。そのホーネットも、今は放棄されましたが……」
午前中の空襲で被害を受けたホーネットは、爆弾、被雷多数で沈没確実の損害を受けたが、それでも艦長は栄光の空母救うため、あらゆる努力を行った。
機関部が辛うじて生きている事が幸いし、ホーネットの乗員達は良く奮闘、被雷してから2時間が経っても、懸命の消火活動と復旧作業が行われ、
何とか浸水を食い止める事が出来、消火にも成功した。
だが、艦の浸水阻止と、火災鎮火は成功した物の、ホーネットの損害はあまりにも深刻だった。
ホーネットは艦内に3000トンもの海水を飲み込んだ為、艦の傾斜角は20度にも及び、曳航すれば、強化した隔壁が破れて艦の沈降が始まる
可能性が極めて高かった。
それ以前に、隔壁の強化で浸水は食い止めらたが、隔壁はいつ、水圧で破られるか分からない状態であり、曳航どころか、艦に留まる事すら危険な
状態であった。
ホーネット艦長は、それでもホーネットを救おうとしたものの、艦体は限界を超えており、浮いているだけでも奇跡といえた。
午後4時15分。第3次攻撃隊が発艦して行く中、ホーネット艦長は、状況を知らされたバックスマスター司令から遂に艦の放棄を命じられ、
午後4時20分に総員退艦が発令された。
ホーネットはいつ沈んでもおかしくない状態だが、総員退艦から既に2時間近くが経った今も、ホーネットは尚、浮き続けていると言う。
それに比べると、ボノム・リシャールの様相はかなり違った。
傍目から見れば、ヨークタウン級の進化型ともえるエセックス級の方が脆く感じるような状態に言えた。
「ボノム・リシャールは、運が悪かったとしか言いようがありません。機関さえ……機関さえ生きていれば、ホーネットと同等か、あるいは、
そのまま曳航可能な状態にまで回復させる事が出来たかも知れません。」
「……いずれにせよ、正規空母2隻、軽空母1隻の喪失はほぼ確実となった。今はその現実を受け止めるしかあるまい。」
スプルーアンスの言葉を聞いた幕僚達は、重苦しい表情を浮かべながら、深く頷いた。
「さて、我々が放った攻撃隊は、今、どれ程の戦果を上げているかな。ミスターアームストロング、続報はまだ入っていないかね?」
スプルーアンスに声を掛けられたアームストロング中佐は、首を横に振った。
「いえ、先程お話しした第一報以外は、まだ続報は入っておりません。しかし、先程の報告を見る限り、攻撃隊は敵正規竜母1隻を大破させて
おりますから、他にも複数の竜母に損害を与えているでしょう。少なくとも、TG58.1が受けたカウンターパンチを浴びせた事はほぼ
確実であると言えます。」
午後5時50分 レーミア湾西方沖205マイル地点
第3次攻撃隊は、午後5時40分に敵ワイバーン隊の迎撃を受けた。
第3次攻撃隊の先発隊である132機のF4U、F6F、SB2Cは、150騎以上のワイバーンに襲撃された。
SB2Cは敵ワイバーンの接近前に、攻撃隊本隊に向けて避退して行き、残った戦闘機隊はすぐさま、敵編隊との空中戦に突入した。
100機前後の米軍戦闘機隊と、150騎以上ものワイバーン隊は、明らかにワイバーン隊の方が不利であったが、米戦闘機隊はそれを感じさせぬ
戦いぶりを見せ、ワイバーンを次々と屠って行った。
しかし、数の差にはやはりかなわず、次第に押され気味になり始めたものの、先発隊の苦境を知って駆け付けて来た本隊の戦闘機隊が合流するや、
たちまち大乱戦が展開され、夕焼けに染まるレーミア沖に、彼我の被撃墜機が次々と落ちて行った。
第3次攻撃隊の艦爆、艦攻は、先発隊のSB2Cと合流した後、大空戦を尻目に敵機動部隊に向けて突進を続けていく。
午後5時50分、第3次攻撃隊は、遂に敵機動部隊を視認した。
夕焼けに染まる洋上を、幾つもの輪形陣が東に向けて航行している。
カズヒロは、予想よりも早い敵機動部隊との接触にやや驚いていた。
「もうシホールアンル艦隊と接触したのか……予想では6時20分頃に、敵を見つける筈だったが……」
「もしかして、連中は数時間前からずっと、東に向かって突っ走っていたんじゃないか?」
「東に……もしや、シホールアンル軍はワイバーン隊の着艦をやり易くするために、あえて俺達の艦隊が居る方向に進み続けたのかな。」
「そうだろうな。」
ニュールは頷きながら答える。
「傷付き、疲れ果てた攻撃隊を大事にするのは、俺たちのみならず、シホールアンル海軍も変わらない、と言う事か。」
カズヒロはそう呟きつつ、心中で出征前に、父から贈られた言葉を思い出す。
「命どぅ宝は、やはり、どこの世界でも共通なんだな。」
彼は、シホールアンル艦隊の健気さに心を打たれたが、感傷に浸っていられるのも束の間であった。
「5時方向上空より敵ワイバーン10機以上!接近して来る!」
唐突に、攻撃隊指揮官の切迫した声がレシーバー越しに響いて来た。
カズヒロは顔をしかめながら右の後ろ側に首を振る。
彼の所からは見え辛かったが、それでもワイバーンらしき物が後続の編隊に向けて急速に接近しつつある事は確認出来た。
「やばいな……ワイバーンの一部が戦闘機隊の迎撃を突破して来たか。」
カズヒロは舌打ちをしながら、後部座席のニュールに言う。
「ニュール!お客さんのお出ましのようだ!」
「OK!こっちに来たら、俺の相棒をぶっ放してやるぜ!」
ニュールは獰猛な笑みを浮かべながら、7.62ミリ連装機銃の発射準備を整えた。
「シホットの奴ら、レンジャー隊の方に突っ込んでいくぞ!」
ニュールは、接近するワイバーン群の動きを追いながら、その様子をカズヒロに伝えていく。
敵ワイバーン隊は、第3次攻撃隊の外郭部を飛んでいるレンジャーのヘルダイバーに襲い掛かって行った。
狙われたレンジャー艦爆隊のヘルダイバー18機は、後方上空より襲い掛かる敵騎目掛けて後部機銃を撃ちまくる。
敵ワイバーンはそれをものともせず、それぞれの目標に接近しては次々と光弾を放って行く。
ヘルダイバーは、タイミングを合わせて巧みに機を横滑りする等して、ワイバーンの光弾を避けるか、機銃を撃ちまくり、ワイバーンを
叩き落とす機も居る。
ワイバーン隊が下方に飛び抜けた後、レンジャー隊のヘルダイバーは3機が被弾し、うち2機が炎と黒煙を噴き出しながら墜落して行く。
敵ワイバーン隊はそのままの勢いで、ヘルダイバー隊の下方1000メートル付近を飛ぶアベンジャー隊目掛けて突っ込んでいく。
艦攻隊も艦爆隊と同様に、後部の旋回機銃を振り回しながら敵を撃つが、機動性の高いワイバーンは、艦攻隊の反撃をかわしながら接近し、
必殺の射弾を放つ。
狙われたのはヴァリー・フォージのアベンジャー隊である。
ワイバーン隊が下方に向けて飛び去った後、一気に3機のアベンジャーが墜落し始めた。
1騎を撃墜されながらも、最初の攻撃で5騎の艦爆、艦攻を撃墜した12騎のワイバーン隊は、更に撃墜数を増やすべく、2騎一組に散開し、
目に付くアベンジャー、ヘルダイバーに次々と襲いかかる。
カズヒロのイントレピッド隊は、4騎のワイバーンに襲われた。
「カズヒロ!9時下方よりワイバーンだ!」
「了解!」
カズヒロはニュールの声を聞きながら、操縦桿を力強く握る。
「敵1騎、下方より接近!距離300!口を開けたぞ!」
カズヒロは咄嗟に、愛機を右に横滑りさせた。
カズヒロ機を狙ったワイバーンの射弾は、全てが左に逸れて行った。
ワイバーンは猛速で上方に飛び抜けて行った。
「野郎!逃がすか!!」
ニュールは唸り声を上げながら、7.62ミリ連装機銃をワイバーンに向け、発射する。
多量の機銃弾が2本の銃身から吐き出される。カズヒロ機のみならず、近くに居る2機のヘルダイバーの後部旋回機銃も同じワイバーンに
向けて機銃弾を放っていた。
敵ワイバーンは弾幕に絡め取られた。
だが、機銃弾はワイバーンの防御結界に阻まれ、敵に被害を与える事はできなかった。
いきなり、左前方を飛んでいたヘルダイバーが、右主翼から火を噴き出した。
「あ……!小隊長機が!」
カズヒロは、一瞬だけ、悲鳴にも似た声を上げた。
カズヒロは、第2小隊の2番機としてイントレピッドから飛び立っている。
第2小隊長機は、日系人士官であるマサヨシ・トオノ少尉と、開隊以来の戦友であるデリット・エバンス1等兵曹がペアで乗り組んでいた。
2名の若い搭乗員が乗ったヘルダイバーは、右主翼から炎と、濃い黒煙を吐き出しながら、機首を下げて墜落して行く。
「第3小隊の3番機もやられたぞ!」
「く……敵の奴ら!」
カズヒロは、次々とVB-12の戦友達を食らって行く敵ワイバーンに憎悪の念を抱く。
「上に飛び抜けて行ったから、今度は反転して来るぞ!」
彼はそう叫びつつ、イントレピッド隊の上方に占位しようとしているであろう、敵ワイバーンを負った。
意外な事に、敵ワイバーンの新たな襲撃は無かった。
いや、襲撃は出来なかった、と言った方が正しかった。
「おいニュール!味方だ!味方のF6Fがすっ飛んで来たぞ!」
カズヒロは知らなかったが、この時、空母エンタープライズの飛行小隊を率いていたリンゲ・レイノルズ中尉はペアと共に、味方の艦爆隊を襲い、
反転して襲撃を行おうとしていた敵ワイバーンに、横合いから突っかかっていた。
「味方の仇だ!」
リンゲは、横腹を見せるワイバーン目掛けて機銃弾を放った。
敵から200メートルほど離れた位置で撃たれた曳光弾のシャワーは、不運にも咄嗟に体を翻したワイバーンによって、全て外されてしまった。
「しくじったか!」
リンゲは、攻撃の失敗に歯を噛み締めるが、最大速度のまま、ワイバーンのすぐ上を飛び抜ける。
彼は即座にロールに入りつつ、愛機を急降下に移らせた。
リンゲは一連の動作を行う傍ら、バックミラー越しに後方を見る。
案の定、ワイバーンは急機動を行ってリンゲの後方に付こうとしていた。
敵の竜騎士は、飛び去ったF6Fを後方から追い掛け、光弾を浴びせようとしていたのだろう。
しかし、その目論見は、リンゲの咄嗟の判断で脆くも崩れ去った。
ワイバーンは慌てふためいたように、リンゲ機を追跡しようとし、同じように急降下に入る。
だが、そのワイバーンの竜騎士にとって、それは命取りとなった。
ワイバーンは後方から、別のF6Fに攻撃された。
12.7ミリ弾の猛射をもろに浴びたワイバーンは、空戦で消耗していた防御結界たちまち撃ち崩され、その体を無数の機銃弾によって抉られる。
高速弾は、竜騎士の柔らかい体に大穴を穿ち、その直後に胴を分断する。ワイバーンは背中に多量の機銃弾を食らい、致命傷を負ってしまった。
ワイバーンは即座に死に絶え、その巨大な骸は、猛速で海面目掛けて突っ込んで行った。
「今の竜騎士、動きが甘かったな。」
リンゲは、小声で言う。
「さっき、俺の攻撃を避けた時はなかなかやるなとは思ったが、ペア機の存在を確認しないまま敵の追撃に入るとは……まだまだだな。」
彼はひとしきり独語した後、ペアと合流して攻撃隊の周囲を見張る。
制空隊は、敵の戦闘ワイバーンとの戦闘を続けているが、数は敵の方が多いらしく、今も10騎ほどのワイバーンが空戦域を突破して攻撃隊の艦爆、
艦攻に迫っている。
艦爆、艦攻の周囲には、なお20機のF6F、F4Uが居たのだが、これらは先に攻撃を仕掛けた敵ワイバーンを追い払うのに躍起になり、
攻撃隊の周囲をがら空きにしてしまっている。
「やはり、敵のワイバーンの方が多すぎるか……とにかく、俺達だけでも動き回って、攻撃隊を守ってやらんと行かんな。」
彼はそう言いながら、周囲を見渡す。
いつの間にか、リンゲ機の周囲には8機のF6Fが集まっていた。
いずれも、午前中の航空戦でエンタープライズが発着不能となり、やむなく、別の母艦に着艦した機である。
第3次攻撃隊には、16機のエンタープライズ所属機が参加しており、うち8機は制空隊と共に敵ワイバーンの掃討に当たっている。
残り8機は、間接的に第3次攻撃隊の艦爆、艦攻の援護に回っていた。
「よし、あのお客さんの相手をするぞ。」
リンゲはそう呟くと、指揮下にある7機のF6Fを引き連れ、艦爆、艦攻に襲い掛かろうとするワイバーンに向かって行った。
護衛戦闘機隊とエンタープライズ隊は、敵ワイバーンを近付けさせぬため、幾度となく敵を叩き落とし、または追い返した物の、如何せん、相手の数が多すぎた。
ワイバーンを追い返しても、少数、または単騎が隙ありとばかりに襲い掛かり、1機、また1機と、艦爆、艦攻を撃墜して行く。
とあるワイバーンは、ヘルダイバーの弾幕射撃に絡め取られ、致命弾を受けたが、死ならば諸共とばかりに1機のヘルダイバーに激突した。
ワイバーンはヘルダイバーの左主翼に激突し、へし折った。
肩翼を失ったヘルダイバーは、ワイバーンともつれ合うようにして夕焼けの海に向かって落下して行った。
別のワイバーンは、アベンジャーに向かって至近距離でブレスを吐いた。
大きな口から放たれた灼熱の炎は、アベンジャー機体を満遍なく焼く。
グラマンワークスの異名を取るグラマン社の機体も、高熱の炎を浴びせられては耐えられる道理が無く、アベンジャーは炎を全身にまとわりつかせた後、
ガソリンと魚雷が爆発を起こして四散した。
アベンジャー、ヘルダイバーの犠牲は尚も続いたが、敵が都合16機目の戦果……ヴァリー・フォージ隊のヘルダイバーを撃墜した所で、敵ワイバーン隊の
攻撃は終わった。
「こちら指揮官機。敵機動部隊を発見した!」
第3次攻撃隊指揮官を務めるレキシントン艦爆隊指揮官が、興奮で声を上ずらせながら、敵ワイバーンの攻撃に生き残った艦爆、艦攻に隊内無線で伝える。
太陽は落ちかけている。洋上を彩っていたオレンジ色は薄れかけ、早くも星が空に出始めている。
だが、洋上はまだ明るく、海上には敵機動部隊と思しき大艦隊が、幾つもの陣形を維持したまま航行を続けていた。
陣形の数は計4つある。
午前中の攻撃では、陣形は5個確認されたが、第2次攻撃隊が1個竜母群に壊滅的打撃を与えたためか、今では4つに減っている。
敵機動部隊は、4つの陣形が2列縦隊を作る形で東に向かって進んでいた。
「見えたぞ、敵機動部隊だ。」
「午前中も見たが、相変わらず、凄い数だな……」
カズヒロの言葉に対して、ニュールはシホールアンル艦隊の陣容に圧倒されつつも、幾分陽気な口調で答える。
「これより、敵機動部隊の攻撃に移る。対艦攻撃隊は左前方の敵竜母群を攻撃せよ。」
攻撃隊指揮官機の指示が下るや、攻撃隊の前方を飛んでいた、ランドルフ隊とヴァリー・フォージ隊のヘルダイバーが離れる。
ランドルフ隊とヴァリー・フォージ隊のヘルダイバーは、先の攻撃で被撃墜機を出していたが、それでも30機以上のヘルダイバーが戦列に残っている。
この30機は、速度を上げつつ、飛行高度を4000メートルまで上げていく。
「エセックス隊、イントレピッド隊、ランドルフ隊、フランクリン隊は右前方の竜母群。レキシントン隊、シャングリラ隊、ヴァリー・フォージ隊、
レンジャー隊は左前方の竜母群を攻撃せよ。」
攻撃隊指揮官は、一呼吸置いてから命令を発した。
「各隊、攻撃開始!」
その命令が下るや、各母艦の攻撃隊は、それぞれの目標に向かい始める。
ランドルフ隊とヴァリー・フォージ隊は、共にヘルダイバーとアベンジャーの混成編隊であったが、ヘルダイバーは対艦攻撃役としてTG58.4、
TG58.5が攻撃する竜母群に向かって行ったため、残ったアベンジャー隊は、それぞれ指定された目標に向かった。
ランドルフ隊のTBFは右前方の竜母群へ、ヴァリー・フォージ隊のTBFは左前方の竜母群に向かう。
カズヒロは、左側の竜母群を攻撃するため、イントレピッド隊の仲間と共に飛行を続けていた。
カズヒロの第2小隊は、小隊長機が撃墜されたため、第1小隊に組み込まれる形で隊形を組んでいる。
未だ夕日の光が残る海面に、高速で驀進を続ける敵機動部隊が見え始めた。
「竜母の数が1、2、3、4……計4隻か。その周囲を取り巻く護衛艦は巡洋艦4、5隻、駆逐艦16ないし17隻といった所か。」
「戦艦はいないようだな。」
ニュールの言葉に、カズヒロはこくりと頷く。
「ただ、敵もアトランタ級のような巡洋艦を複数持っているからな。あの巡洋艦の中に、防空巡洋艦が混じっている可能性は極めて高い。
畜生、対空艦攻撃隊をこっちにも回して貰いたかったな。」
カズヒロは舌打ちをしながら、対空艦攻撃機を回さなかった攻撃隊指揮官を呪った。
「アベンジャー隊が高度を落として行くぞ。」
ニュールが、アベンジャー隊の動きを追いながらカズヒロに報告して来る。
31機のTBFは、母艦毎の編隊に別れながら、大きく散開して行く。
先行するイントレピッド隊とエセックス隊のアベンジャー16機は、敵竜母群の前方を大きく迂回する形で飛行しながら、高度を下げつつある。
エセックス隊の艦爆隊も同様であり、アベンジャー隊に習うようにして、大きく旋回していく。
「隊長機より各機へ。目標、敵正規竜母。」
唐突に、レシーバーからイントレピッド艦爆隊指揮官の声が入る。
カズヒロはすぐに、下方に視線を向けた。
敵竜母群は、4隻の竜母を2列縦隊にする形で航行している。イントレピッド隊は、一番右端に居る正規竜母への攻撃を命ぜられたのだ。
この竜母群は、正規竜母はたった1隻しかおらず、残りは艦体の小さい小型竜母ばかりだ。
程無くして、イントレピッド隊は敵機動部隊の輪形陣外輪部付近に到達した。
その直後から、敵艦隊は発砲を開始し、編隊の周囲に間断無く砲弾が炸裂するようになった。
高度4000メートル付近を飛ぶイントレピッドとフランクリンのヘルダイバー隊は、連続する砲弾の炸裂を受けつつ、投下地点へと急ぐ。
フランクリン隊は小型竜母への攻撃を命じられているのだろう、次第にイントレピッド艦爆隊から距離を置き始めた。
機体の周囲に、敵艦から放たれた砲弾が炸裂する度に、愛機がそのあおりを受けて揺れ動く。
時折、小さな金属音が響く。
(音が小さい内は、まだ安心だな)
カズヒロはそう思いながら、第1小隊のあとを追い続ける。
陣形の内部に近付くにつれて、高射砲弾の炸裂がより激しくなって来る。
イントレピッド隊が攻撃をしようとしている敵竜母群には、護衛の戦艦が居なかったが、それでも敵艦の撃ち出す対空砲火の量はかなり多い。
(対空巡洋艦が2隻ぐらい混じってるな)
カズヒロは心中で確信した。その時、ニュールが声を張り上げた。
「第3小隊2番機被弾!」
カズヒロはその言葉を聞いた時、一瞬、目をつぶった。
敵の砲弾の餌食になるヘルダイバーは、これだけに留まらない。
今度は、先行する第1小隊の所属機が高射砲弾にやられた。
第1小隊の4番機は、砲弾の破片によって左側の尾翼を吹き飛ばされたのみならず、胴体にも夥しい破片を浴びていた。
被弾部から白煙を噴き出したヘルダイバーは、最初は徐々に編隊から落伍していったが、しばらくして、がくりと機首を下げてから、真っ逆さまに
なって墜落して行った。
イントレピッド隊は、先の敵騎の攻撃で受けた被害も加えて、4機を撃墜された事になる。
16機中、4機が敵艦に投弾する事すら叶わぬまま、冬の寒い洋上に散ったのである。
(仇は取ってやるぜ、戦友)
カズヒロは、レーミア湾沖に散華した戦友達に、心中でそう語りかけた。
被撃墜機はイントレピッド隊のみならず、フランクリン隊にも出ている。
フランクリン隊は高射砲弾によって3機が撃墜された。先のワイバーンの攻撃も含めれば、計5機が失われた事になる。
これで、フランクリン隊の残存機は11機に減ってしまった。
エセックス隊は幸いにも、1機も失う事無く進み続けていたが、2機が白煙を噴きながら、強引に飛行を続けている。
この2機が、あと少しでもダメージを受ければ、即墜落に至る事は一目瞭然であったが、それでも、被弾機のパイロットは限界が来るまで、
任務を続行するつもりだった。
艦爆隊も敵の対空砲火を浴びているが、同時に、低空に降りた艦攻隊も、敵の激しい対空砲火に晒されている。
先に、敵竜母群の陣形右側から突入を開始したエセックス隊は、敵駆逐艦、巡洋艦から激しい対空砲火を浴び、たちまち2機を失っていた。
少しばかり時間差を置いて、敵竜母群の前方から突入したイントレピッドの艦攻隊も敵艦の猛射を浴び、次々と損傷機を出している。
アベンジャー隊の周囲には、ひっきりなしに砲弾が炸裂し、破片が海水を噴き上げる。
光弾も多数注ぎ込まれ、アベンジャー隊が飛行する海面には、ミシン掛けを行うかのように光弾が突き刺さり、水飛沫があがる。
目を覆いたくなるような猛射を受けている艦攻隊であるが、米艦載機は防御結界が切れれば脆いワイバーンとは違い、機体は頑丈に作られている。
致命弾を受け、撃墜されるアベンジャー、ヘルダイバーが続出するが、その減り具合は、ワイバーン隊のそれと比べて、比較的緩やかであり、
目標に接近した後も、充分な戦力を残していた。
12機に減ったイントレピッド艦爆隊は、敵正規竜母の右舷側上方から次々に急降下に入った。
第1小隊の3機が急降下を始めてから30秒分後に、カズヒロの第2小隊も急降下に移る。
操縦桿を倒し、愛機の機種を下げる。
眼下にオレンジ色に染まった海面が移り、その海面を、白波を蹴立てて疾駆する敵の竜母がいる。
敵竜母は、早くも右に急回頭を行おうとしていた。
「タイミングが早いな……」
カズヒロは、敵竜母の動きを見て、そう呟く。
午前中の攻撃で、カズヒロは敵正規竜母に急降下爆撃を仕掛けたが、その竜母は、艦爆隊が投下高度に達する直前まで回避運動を行わなかった。
イントレピッド隊が爆弾を投下するか否かの時点で、いきなり回避運動を行い、イントレピッド隊の爆撃を次々と空振りさせた。
爆弾は2発が命中し、その後の艦攻隊による攻撃で魚雷1本も命中させたが、戦果はそれだけであり、甘く見ても敵竜母を大破させたか
どうかは微妙な所であった。
イントレピッド隊は、敵竜母艦長の巧みな操艦によって、竜母撃沈の大戦果を与える事が出来なかった。
それと比べると、眼前の竜母の動きは、明らかに慌てふためいたように見える。
第1小隊は、敵竜母と巡洋艦の猛射を浴びながら、高度500メートルで爆弾を投下した。
その直後、ヘルダイバー1機が敵の光弾を食らって撃墜されたが、投下された爆弾3発は、敵竜母目掛けて降り注ぐ。
最初の1発が敵竜母の左舷側海面に落下し、2発目が右舷側海面に突き刺さり、水柱を噴き上げる。
3発目が敵竜母のど真ん中に命中した。
敵竜母は被弾個所から濛々と黒煙を噴き出し始めた。
この時になって、カズヒロは、敵竜母が、これまでの竜母とは違う事を見抜いた。
(あの竜母……午前中に攻撃したホロウレイグ級よりも大きい。あれは、敵の新鋭竜母かもしれんな)
カズヒロは心中で呟いた後、意識を集中し、敵竜母の動きを見続ける。
敵竜母は右への回頭を止めた後、再び直進し始める。
カズヒロ機が高度1500メートルを切った所で、敵竜母は左に回頭を始めた。
敵竜母から夥しい数の光弾が向かって来る。
七色の光弾は、カズヒロ機の周囲を抜けていく。1度だけ、胴体から軽い振動が伝わったが、機体には何の異常も生じない。
高射砲弾の迎撃も激しくなり、カズヒロ機はひっきりなしに揺さぶられる。
ともすれば、愛機が爆風に耐え切れなくなり、バラバラに分解してしまわないかと思うほどである。
「1200……1100……1000……900」
後部座席のニュールは、レシーバー越しに高度を読み上げていく。
主翼のダイブブレーキは既に全開状態となり、無数に開けられた穴からは、独特の甲高い轟音が周囲に響き渡っている。
眼前の敵竜母からすれば、まさに悪魔の叫び声にも似た轟音であるが、カズヒロにとっては、自らの思いを代弁する雄叫びの様な物である。
ヘルダイバーは、70度の降下角度で急速に迫っていく。
開かれた胴体からは、重い1000ポンド爆弾が姿を現している。
敵竜母が放つ対空砲火は熾烈その物だ。
高度が100メートル。いや、10メートル下がる度に、敵艦から放つ対空砲火が急激に増えたような錯覚を覚えるが、幸運な事に、
カズヒロ機は、未だに致命弾を浴びていない。
急降下のGによって、眼前の敵竜母の姿が薄れかけた時、耳元に待ち侘びていた言葉が、その時だけ強く響いて来た。
「400!」
カズヒロはその瞬間、爆弾の投下レバーを引いた。
1000ポンド爆弾が胴体から放たれ、回転しながら敵竜母に降り注ぐ。
その時には、カズヒロは愛機の操縦桿を思い切り引き戻し、水平飛行へ移ろうとした。
急激なGが体にのしかかり、思わず息が止まりかけたが、彼はいつものように堪え、愛機が水平飛行に戻るのを待った。
体に掛かっていたGが急激に薄れ始めた時、カズヒロはようやく、愛機が水平飛行に戻った事に気付いた。
カズヒロ機に狙われた正規竜母のラルマリアは、2発目の爆弾を飛行甲板前部に受けた。
爆弾は飛行甲板を貫通し、格納甲板で炸裂した。
爆発の瞬間、ラルマリアの飛行甲板は大きく盛り上がり、最初の被弾と同様、激しい火炎が命中個所から噴き上がった。
2発目の被弾からさほど間を置かぬ内に、3発目、4発目がラルマリアに突き刺さる。
新たに後部と、中央部に穴を1つずつ穿たれたラルマリアは、更に黒煙を噴き出しながら回頭を続ける。
ラルマリアは、この時点で竜母としての機能をほぼ喪失したが、爆弾は更に降り注ぐ。
5発目、6発目、7発目が、ラルマリアの前、中、後部に満遍なく命中する。
イントレピッド艦爆隊の爆撃はそれで終わったが、ラルマリアは飛行甲板から大量の黒煙を噴き出しながら海面をのたうち回った。
そこに、低空から忍び寄ったアベンジャー6機が一斉に魚雷を投下した。
ラルマリア艦長は、ヘルダイバーの爆撃に気を取られすぎたため、爆撃よりも最も恐ろしい、雷撃に対しての備えが疎かになっていた。
ラルマリア艦長が雷撃機の存在に気付いた時には、既に後の祭であった。
ラルマリアは、急回頭を行えぬまま、左舷に4本の魚雷を食らってしまった。
魚雷は左舷側前部に2本と左舷中央部に2本に命中し、破孔から大量の海水が艦内に流れ込んだ。
不運な事に、ラルマリア艦長は被雷の際の衝撃によって転倒。頭を強打して気絶してしまった。
気絶した艦長を起こせば、乗員は何らかの対応を聞く事が出来たのだが、どういう訳か、パニックに陥りかけていた艦橋要員は、
艦長が思い切り頭を打って意識を失った光景を目の当たりにし、それまで抑えていた物が一気に溢れ出てしまった。
「か、艦長が戦死された!!」
とある艦橋要員が発したその言葉は、同時に、ラルマリアの運命も決定づけた。
ラルマリアは、この時点で致命弾を受けていた物の、プルパグント級正規竜母は、元々は頑丈な巡洋戦艦を改造した艦であるため、舷側部の
防御はそれなりに整っていた。
甲板防御は普通の竜母と同じだが、格納甲板や舷側には防御装甲を有しており、舷側部は最低でも、3本の魚雷に耐えられるように作られていた。
ラルマリアは、不運にも4本もの魚雷を食らい、艦内に大量の海水を飲み込み始めていたが、この時点で適切な措置を行っていれば、最悪でも
艦を生き残らせる事は可能であった。
だが、ラルマリアの乗員は未だに錬度不足であり、艦の応急修理班も、次々と寄せられる被害報告を前に右往左往するだけで、何ら有効な対応を
行う事が出来ず、被害を拡大させるばかりであった。
そこに舞い込んで来た艦長戦死の誤報は、乗員達の士気をどん底に突き落とした。
ラルマリアが、あらゆる事情によって沈没確実の損害を受けた時、他の僚艦も米艦載機の猛攻を受けつつある。
小型竜母ヴィルニ・レグはエセックス隊の艦爆、艦攻計19機の攻撃を受けた。
エセックス隊は雷爆同時攻撃でヴィルニ・レグを攻撃し、爆弾3発と魚雷2本を命中させた。
ヴィルニ・レグはこの攻撃で大火災を生じた他、左舷中央部に受けた魚雷がヴィルニ・レグの機関部を壊滅させた。
小型竜母グンニグリアはフランクリン隊の攻撃を受け、爆弾5発を被弾し、ヴィルニ・レグと同様大火災を生じた。
グンニグリアはヴィルニ・レグと違って、魚雷は受けなかったものの、爆弾は飛行甲板と格納甲板を貫通して、艦深部で爆発した為、魚雷を
受けずともグンニグリアは致命傷を受けていた。
グンニグリアもラルマリアと同じく、ダメージコントロールに失敗し、被弾から20分後に弾火薬庫の誘爆を起こして爆沈した。
4隻の竜母の中で、唯一無傷で残ったのは、壊滅した第2群から回されて来た小型竜母のゾルラーであった。
ゾルラーは、ランドルフのアベンジャー隊に襲われた。
ランドルフ隊は艦爆抜きで攻撃したにもかかわらず、上手い具合に、ゾルラーに両舷同時雷撃を行い、撃沈しようとした。
ゾルラー艦長はアベンジャーが魚雷を投下する直前になって機関を停止し、その直後に後進をかけて魚雷を避けようとした。
アベンジャー隊の指揮官機はこの動きを読む事が出来ず、敵が30ノットのまま航行すると思い込んで魚雷を投下させてしまった。
しかし、ゾルラーは急激に速度を低下させてしまったため、魚雷の殆どは命中コースから外れてしまった。
1本だけが、ゾルラーの右舷側に向かい、見事命中したが、その魚雷は不発であった。
第2艦隊の竜母群が猛攻を受けている間、第4機動艦隊第3群もまた、米艦載機の攻撃を受けようとしていた。
巡洋艦シンファクツは、輪形陣右側の防衛を受け持っていた。
シンファクツ艦長ジョニル・ヘルヴォガ大佐は、望遠鏡越しに高空より接近しつつあるヘルダイバーを見つめていた。
「ヘルダイバーが駆逐艦の攻撃に移ります!」
ヘルヴォガ大佐は、見張りの声を聞きつつ、すぐさま指示を飛ばす。
「目標、駆逐艦カリヴラ上空の敵機!撃ち方始め!」
命令が下るや、シンファクツの舷側と中央部に取り付けられている高射砲が一斉に火を噴いた。
マルバンラミル級巡洋艦の8番艦として就役したシンファクツは、4ネルリ(10.28センチ)連装両用砲を5基搭載しており、
5基のうち、舷側の2基と、中央部の1基は舷側に向けて撃ち放つ事が出来る。
後方のルオグレイ級巡洋艦インクォトと、壊滅した第2群より合流した防空巡洋艦のフィキイギラも、駆逐艦を狙う敵機目掛けて両用砲を撃ちまくる。
敵機の周囲に高射砲弾が炸裂し、黒い小さな煙が多数湧くのだが、急降下を始めたヘルダイバーにはなかなか有効弾を得られない。
1発の砲弾が、ヘルダイバーの斜め前で炸裂する。
これは有効弾となったのか、ヘルダイバーは白煙を引き始めた。
しかし、被弾したヘルダイバーは墜落には至らず、そのまま猛速で駆逐艦との距離を詰めていく。
「魔道銃、撃て!」
砲術長の命令が下り、手ぐすね引いて待っていた魔道銃の射手が引き金を引く。
多量の光弾がヘルダイバー目掛けて放たれる。
先程、被弾して白煙を引いたヘルダイバーに光弾が束となって襲い掛かる。今度は致命弾となったのか、ヘルダイバーはどす黒い煙を吐き始めた。
だが、それでもヘルダイバーは急降下を続ける。
やがて、ヘルダイバーは腹から爆弾を投下した。そして、そのまま駆逐艦カリヴラに中央部に突っ込んだ。
爆弾と、ヘルダイバーの体当たりを受けたカリヴラは、一瞬にして爆炎に包まれた。
この時点で、カリヴラは中央部と後部の銃座がほぼ全滅となったが、不幸中の幸いで機関部は無事であり、健在である前部の銃座から
魔道銃を撃ちまくりながら、尚も航行を続けた。
被弾しながらも奮闘するカリヴラに、2機目、3機目のヘルダイバーが襲い掛かり、各機1発ずつの爆弾を叩き付けて来る。
2機目の爆弾は、カリヴラの急回頭によって狙いを外され、艦首右舷側海面に至近弾として落下し、高々と水柱を噴き上げた。
2発目は外れ弾となったが、3発目は過たず、カリヴラに命中した。
爆弾はカリヴラの後部甲板に命中し、爆発した。
後部に搭載されている1基の連装両用砲が爆砕され、夥しい破片が夕焼け色に染まった空に噴き上がる。
破片の中には、明らかに砲身と思しき物体が混じっており、それはくるくると回転しながら海面に落下した。
中央部と後部に火災を起こしたカリヴラは、被弾から20秒後に速度を低下させ、艦隊から落伍した。
カリヴラと同様に、ヘルダイバーの爆撃を受けた駆逐艦は6隻おり、うち、4隻が被弾、炎上した。
ヘルダイバーの攻撃は駆逐艦のみならず、陣形の更に内側に布陣する巡洋艦にも行われる。
シンファクツには、4機のヘルダイバーが向かって来た。
「敵機接近!高度2000グレル!」
「両用法、魔道銃、目標変更!目標、本艦右舷上方のヘルダイバー!」
ヘルヴォガ艦長は大音声で命じる。
ヘルダイバーが、轟音を上げて急降下を始めるのと、シンファクツが砲撃を開始するのはほぼ同時であった。
右舷に指向出来る6門の高射砲が唸りを上げる。
ヘルダイバーの前面に砲弾が炸裂するが、ヘルダイバーはその鼻先で黒煙を突っ切り、急速に降下していく。
ヘルダイバーの周囲には、シンファクツの高射砲のみならず、シンファクツの左舷後方400グレルを航行する戦艦ジフォルライグの高射砲弾も炸裂している。
新鋭戦艦も対空射撃に加わったためか、ヘルダイバーに対する対空砲火は激しさを増す。
唐突に、ヘルダイバーの2番機が両用砲弾の直撃を受けたのか、大爆発を起こした。
魔道銃ではなかなか落としきれないほど固いヘルダイバーが、あっさりと爆散する様子は、見る者の度肝を抜いた。
残ったヘルダイバーは、仲間の死などは見えていないとばかりに爆煙を突っ切り、独特の甲高い轟音を撒き散らしながらシンファクツに接近する。
ヘルダイバーの高度が800グレルを切った所で、一斉に魔道銃が火を噴いた。
魔道銃と両用砲が対空射撃を行うため、シンファクツの艦橋内は、すぐ隣に人が居ても大声で話し合わなければならぬほどの喧騒に包まれた。
魔道銃、両用砲の弾幕は、ヘルダイバーを捉えているかのように見えるのだが、どういう訳か、ヘルダイバーは一向に煙を噴き上げる様子を見せない。
魔道銃、両用砲はヘルダイバーに有効弾を与えられぬまま、投弾を許してしまった。
3番機が投弾した直後、魔道銃の集束弾がヘルダイバーの右主翼を撫でた。
その瞬間、ヘルダイバーは右主翼の付け根から黒煙を噴き出した。
魔道銃の射手達は歓声を上げるが、それも束の間の出来事であり、爆弾が次々と降って来た。
1発目はシンファクツの右舷中央部に命中した。爆弾は最上甲板を突き破り、第2甲板で炸裂した。
1000ポンド爆弾が炸裂した瞬間、被弾個所から火炎が噴き上がり、3基の銃座が操作していた兵諸共、木端微塵に吹き飛ばされた。
2発目はシンファクツの左舷後部側の海面に至近弾として落下し、水中爆発の衝撃がシンファクツの艦体を叩いた。
至近弾の水柱は、轟音と共に崩れ落ち、艦尾甲板で配置に付いていた銃座の水兵2人を極寒の海面に引きずり込んだ。
3発目は、中央部の連装両用砲座に命中した。
爆弾は砲塔の天蓋を貫通して内部で爆発し、砲塔を粉砕した。
爆弾が炸裂した直後、ヘルヴォガ艦長はすぐに、砲術長に指示を飛ばした。
「第3両用砲座火薬庫注水!急げぇ!!」
彼は砲術長に指示を飛ばしながら、両用砲弾庫が誘爆した場合、どの程度の被害が出るかを予想してみた。
マルバンラミル級巡洋艦は、艦の中央部に1基の連装両用砲と、1基の主砲を配置している。
主砲と連装両用砲の弾薬庫は、分厚い装甲板で隔離されているものの、いちどきに数十発以上もの両用砲弾が爆発した場合、連装両用砲の
弾薬庫にも被害が及び、誘爆する恐れがある。
今は装甲板で隔離されているのだが、爆発エネルギーに耐え切ると言う保障は無いため、両用砲弾庫が誘爆する前に予防措置を取らなければならない。
もし、両用砲弾庫と主砲弾薬庫が誘爆した場合、シンファクツは、運が良くても大破確実の損害を被り、通常なら、誘爆轟沈となるだろう。
幸い、両用砲弾庫への注水は即座に行われたため、懸念された両用砲弾庫の誘爆は起こらなかった。
シンファクツは、大損害を被る前に難を逃れたが、それでも両用砲座1基と連装魔道銃3基6丁を破壊されたため、対空火力は弱体化した。
シンファクツの他に、後方のインクォトも被弾していた。
「艦長。インクォトより信号。我、操舵不能。」
「何?インクォトがだと?」
ヘルヴォガは怪訝な表情を浮かべて答え、死角になっているインクォトに目を向けた。
その時、見えない筈のインクォトが何故か、艦橋から見えていた。
「む?インクォトが……」
彼は、先の見張りの言葉を瞬時に理解した。
インクォトは、艦首甲板と後部甲板から黒煙を噴きながら、高速で陣形の右側に離脱しようとしていた。
インクォトの艦橋から、盛んに発光信号が放たれる。
「我、至近弾によって舵故障。か。なんとも哀れな……」
ヘルヴォガは、不運にも舵を損傷し、陣形から離れていく僚艦を見、ため息混じりにそう呟いた。
「敵艦載機多数!更に向かって来ます!」
ヘルヴォガはその声を聞いたあと、望遠鏡越しに敵編隊を見つめる。
「わらわらとやって来やがったか。」
彼は、右舷側上空に見える夥しい機影を見るなり、忌々しげに吐き捨てた。
攻撃隊の本隊である米艦載機群は、二手に別れながら接近しつつあるが、輪形陣の右側に向かっている敵だけでも、50機以上の大編隊だ。
敵編隊は既に、高空と超低空に散開を終えており、程無くして、輪形陣に向けて突入して来た。
「撃て!全力で撃ちまくれ!」
ヘルヴォガは大音声で命令を発する。
シンファクツの両用砲、魔道銃が射撃を開始する。シンファクツの後方に居る防空巡洋艦のフィキイギラも射撃を始める。
シンファクツは、低空侵入の雷撃隊のみを狙って対空射撃を行った。
先の攻撃を免れた駆逐艦は、専らアベンジャーを狙って両用砲と魔道銃を撃っている。
アベンジャー隊は、高射砲弾と魔道銃を撃たれながらも、1機も欠ける事無く駆逐艦の防御線を突破した。
シンファクツは、これに怒り狂ったかのように、更に激しく対空砲火を放つ。
ようやく1機のアベンジャーが右の翼を吹き飛ばされ、もんどりうって海面に激突する。
その時、アベンジャー隊は3つの編隊に別れた。
1つの編隊は、シンファクツの前方を、迂回する様な形で飛行し、もう1つは直進して来る。
最後の編隊はシンファクツとフィキイギラの間を通る形で飛行して行く。
自然に、シンファクツの射撃は、そのまま直進して来るアベンジャー隊に集中する。
シンファクツに向かって来るアベンジャーは9機居る。
そのうちの1機が、シンファクツの放つ射撃に捉われ、火を噴いて墜落した。
残りは、一定の速度を保ち続け、横一列の横陣を形成したまま向かって来る。
新たに1機のアベンジャーが、光弾の集中射を食らって叩き落とされた。
残った7機のアベンジャーが急速に迫り、ずんぐりとした機体がハッキリと確認できる。
その時、アベンジャー7機のうち、4機が両翼から機銃を発射した。
機銃弾がシンファクツの右舷側に突き刺さる。それまで盛んに魔道銃を撃っていたとある射手が、機銃弾を腹や胸に食らって昏倒する。
別の射手は、高速弾を頭に食らったと思いきや、頭部そのものが粉砕された。
機銃弾が命中する度、甲板上に火花が散り、機銃弾を食らった射手や水兵が、悲鳴を上げて打ち倒される。
アベンジャーの爆音は、その悲鳴をかき消しながらシンファクツの艦上を飛び去る。その際、思考可能な後部の旋回機銃を撃ちまくって来た。
一瞬、身の危険を感じたヘルヴォガは、艦橋内で伏せろ!と叫んでから、頭を抱えて床にうつ伏せになった。
その直後、アベンジャーの発動機が発する轟音と共に、けたたましい金属音が鳴り響き、艦橋のガラスが音立てて砕け散った。
彼の体の上に、機銃弾によって砕かれたガラスの破片が降り注ぐ。
爆音が通り過ぎた後、ヘルヴォガはガラス片を払いのけながら、アベンジャーの向かった先を見つめた。
アベンジャーは、戦艦ジフォルライグの対空砲火を浴びながら前進を続ける。
流石は戦艦だけあって、放たれる対空砲火の量は膨大であり、アベンジャーは1機、2機、3機と、次々に撃墜される。
だが、撃墜できたのは3機だけであり、残りはジフォルライグを突破して、竜母に迫った。
その時、ジフォルライグの護衛を受けていた正規竜母リンファニーは、米艦爆の猛攻を受けつつあった。
ヘルヴォガは、望遠鏡を米艦爆の方に向けた。
ヘルダイバーの一群は、ちょうど、急降下を開始したばかりであったが、その統制の取れた動きに、ヘルヴォガは圧倒されてしまった。
「あいつら……できるな。」
リンファニーを襲ったヘルダイバーは、空母レキシントンから発艦した14機のSB2Cであった。
レキシントン隊は幸運にも、敵ワイバーンの襲撃に1機も失う事無く切り抜け、敵竜母に接近する事が出来た。
更に、リンファニーにはレキシントンとシャングリラから発艦したアベンジャーが超低空から迫りつつあった。
リンファニーは、諦めてなる物かとばかりに魔道銃、両用砲を激しく撃ちまくった。
急降下に入った米艦爆隊に魔道銃の集中射撃が加えられる。
2番機が集中射を受けて撃墜され、5番機が横合いから貫かれ、搭乗員が戦死する。
5番機は機体が無事に残った物の、搭乗員が戦死しては意味が無く、そのまま海面に直行して行く。
更に4番機が両用砲弾の炸裂を受け、機体全体が紅蓮の炎と化し、その直後に爆発を起こした。
残ったヘルダイバーは臆した様子を見せず、周囲に湧く高射砲弾の黒煙を突っ切りながら、甲高い轟音を上げてリンファニーに向けて突っ込んでいく。
リンファニーが咄嗟に急回頭を行った。
右舷に舵を切ったリンファニーに習って、ジフォルライグも回頭する。
急降下を続けていた1番機が、高度200グレルに達した所で腹から何かを投下した。
その小さい何かは、リンファニーの後部甲板に落下した、と思った瞬間、爆炎が天を衝かんばかりに噴き上がり、直後、濛々たる黒煙が後方に流れ始める。
続いて、リンファニーの左舷側に水柱が噴き上がる。
水柱が崩れ落ちる前に、別の水柱が左舷後部側海面に立ち上がった。
新たな爆発が、リンファニーの飛行甲板前部付近で起こる。爆発1度だけでは無く、2度起きた。
「ほぼ同じ個所に当たったぞ!」
ヘルヴォガは、驚きの余り声を上げてしまった。
だが、驚くのはここからであった。
前部甲板の被弾個所から爆炎と共に、夥しい破片が噴き上がる。その中に、一際巨大な破片が空高く舞い上がった。
否。それは単なる破片では無かった。
それは……竜母には必ず着いている、巨大な四角形の物体……
「なんてこった……ワイバーンを上げ下げする昇降機が吹き飛んだぞ!」
ヘルヴォガと同じように、リンファニーの行方を見守っていた者が居たのだろう。後ろから仰天したような声音が響く。
リンファニーは、2発の爆弾が炸裂した事によって飛行甲板前部にある昇降機を吹き飛ばされた。
爆発で空高く舞い上がった昇降機は、煙を吹きながらくるくると回転し、海面に落下して行った。
リンファニーは更に、爆弾を受け続ける。
新たに飛行甲板中央部で爆炎が噴き上がる。爆炎はどす黒い煙に変わり、後方に流れていく。
被弾はそれだけに留まらず、艦尾付近で新たな爆発が湧き起こる。新たな爆弾が命中したのだ。
米艦爆隊の爆撃は、それを最後に終わりを告げたが、リンファニーは計、6発もの命中弾を受けていた。
飛行甲板は端から端まで黒煙に覆われ、艦の後方には、黒い入道雲を思わせる多量の煙が流れていた。
そのリンファニーに、別の影が超低空よりしたい寄る。
それはアベンジャーであった。
リンファニーの右舷側から接近して来た4機のアベンジャーは、リンファニーから発せられる対空砲火を浴びながら急速に接近し、
300グレルの距離で魚雷を投下した。
リンファニーはこれを見越していたのか、急に回頭を行い始めた。
だが、その瞬間、リンファニーの右舷側艦首部に、真っ白な航跡がすうっと伸びて来た、と見えた直後、巨大な水柱が天を衝かんばかりに立ち上がった。
この時、リンファニーの艦首がやや、海面から飛び上がったように思えた。
「な……!?」
ヘルヴォガは、一瞬、状況が理解できなかったが、前方から3機のアベンジャーが現れた事で、リンファニーがどのような状況に置かれていたかを
わかる事が出来た。
「アメリカ人共……リンファニーを前と横から狙っていたのか。」
艦首部に被雷し、速度を急激に衰えさせたリンファニーの右舷に、3本もの水柱が立ち上がる。
中央部に2本、後部に1本の水柱が噴き上がり、リンファニーの艦体が激しく振動する。
更に左舷側艦首部にも1本の水柱が轟々と噴き上がる。
リンファニーは計、5本もの魚雷を食らったのだ。未だに新鋭竜母に属するリンファニーは、在来の竜母と比べて防御性能は向上して
いるのだが、一時に5本の魚雷を受けてはたまったものではない。
水柱が崩れ落ちたあと、リンファニーは再び、その巨体を現した。
リンファニーは、飛行甲板から多量の黒煙を噴き上げながら、艦首を大きく沈みこませている。先程まで、15リンル以上出ていた速力は、
かなり低下している。
今では5リンルどころか、3リンルも出ているか怪しいだろう。
リンファニーの状況からして、短時間で航行不能に陥る事は、容易に想像できた。
「なんてこった……リンファニーのみならず、ジルファリアも煙を吹いてやがる!」
ヘルヴォガは、リンファニーの左舷側を航行するジルファリアも被弾炎上している事に気付いた。
ジルファリアも飛行甲板に複数の爆弾を食らったのか、多量の黒煙を噴き上げている。
今は日も落ちかけ、辺りも薄暗くなっているため、洋上に流れる黒煙も見辛いが、飛行甲板の下からは赤い炎がちらちらと見える。
格納庫内で火災を起こしているのだろう。
だが、ジルファリアは魚雷を受けていないのか、相変わらず、15リンル以上の高速で洋上を疾駆している。
「被害の規模はわからんが、傷が軽ければ、応急修理で穴を塞ぐ事が出来る。ジルファリアが魚雷をかわす事が出来れば」
ヘルヴォガは、言葉を最後まで言わなかった。
ジルファリアの左舷側に、爆弾落下時の水柱とは異なる、太く、高い水柱が2本噴き上がっていた。
午後6時40分 第4機動艦隊旗艦モルクド
アメリカ艦載機の空襲は、午後6時25分には終わりを告げ、海上は再び静けさを取り戻していた。
第4機動艦隊司令官であるリリスティ・モルクンレル大将は、苦り切った表情を浮かべたまま、司令官席に座っていた。
「……司令官。先の敵艦載機による攻撃で、我が機動部隊は甚大な損害を被りました。まず、第2艦隊ですが……」
主任参謀のハランクブ大佐が、纏められた報告を読み上げていく。
「正規竜母ラルマリア、小型竜母ヴィルニ・レグ、リネェング・バイが沈没確実。このうち、グンニグリアは先程、弾薬庫の誘爆を起こして
爆沈しました。続いて、第3群の損害です。第3群は、正規竜母リンファニー、駆逐艦1隻が沈没確実。正規竜母ジルファリア、小型竜母マルヒク、
駆逐艦2隻が大破。巡洋艦インクォト、駆逐艦1隻が中破、巡洋艦シンファクツが小破となっています。撃墜した航空機は、暫定で150機に
上るようです。」
「……こちら側の戦果は、正規空母1隻撃沈、1隻大破、小型空母1隻と護衛艦6隻大中破……か。」
リリスティは、務めて平静な声音で、ハランクブ大佐に言う。
「敵の空母を3隻撃沈して、こっちの竜母は6隻が沈められる……これじゃ、どう見ても、あたし達の負けね。」
「は……」
リリスティの言葉が、艦橋内に響く。
「第4次攻撃隊も、かなり消耗していると聞いている。特に、攻撃ワイバーンの損耗率は6割を超える勢い、と伝えられている。少なくなった母艦に、
激減した航空戦力。これで、明日も敵機動部隊と戦えといったら、あたしは竜騎士達に剣で刺し殺されるかもしれないわね。」
「司令官。確かにこちら側の喪失竜母は多いでしょう。ですが、敵には沈没艦のみならず、飛行甲板を傷付けられ、発着不能に陥った空母も
複数おります。恐らく、米機動部隊でも、稼働空母の思わぬ激減に苦しんでいる筈です。」
「まぁ……そりゃそうね。」
リリスティは肩を竦めながら、航空参謀に返す。
「でも、こっちが使えるワイバーンは、恐らく500騎にも満たない……いや、500騎どころか、300騎使えればいいかもしれない。
それに対して、あたし達が陸軍のワイバーン隊と共同して得た戦果は、正規空母2隻、小型空母1隻、護衛艦6隻撃沈、正規空母5隻、
小型空母2隻撃破。残る敵空母は、19隻中9隻。そのうち、正規空母は7隻、小型空母2隻。恐らく、残った正規空母は殆どが
エセックス級だろうから……使える航空戦力は小型空母に残っている残存機もあわせて、最低でも600機以上は使えるだろうね。」
「………」
艦橋内の空気が、更に重くなった。
第4機動艦隊は、持てる限りの戦力を動員して、敵機動部隊の稼働空母を半数以下にまで抑え込んだ。
第4機動艦隊も、今日の戦闘で竜母6隻喪失。3隻が大破され、稼働竜母は10隻に減ってしまったものの、強大な米機動部隊相手に
よく戦ったと言える。
だが、それでも、彼我の航空戦力の差は開いたまま。
第4機動艦隊の目標は、敵機動部隊の稼働空母と、航空戦力を半数以下にまで減らす事であった。
その目的は達成されたと言っても良いが、その後の作戦は、実行できるか否かの瀬戸際に立たされている。
一番の原因は、航空戦力の急激な減少にある。
第4機動艦隊司令部は、最低でも600騎の航空戦力を残したいと考えていた。
だが、実際に残る航空兵力は、どう見積もっても、作戦開始前の半分以下にしかならない。
この激減した航空戦力で、再度、米機動部隊との決戦を行った場合、第4機動艦隊が全滅する事は火を見るより明らかであった。
「ここは、第3案を取るしかなさそうね……あたしとしては、気に食わないけど。」
「……では司令官。戦艦部隊に指令を出しますか?」
「ええ。すぐに命令を発して。」
リリスティは頷きながら、ハランクブに命じた。
それから、リリスティは何かを待ち侘びていたかのように、張りのある声音で新たな命令を発した。
「それから、連中にこう伝えて。鞘から抜けて、と。」
午後6時40分 レーミア湾沖西方70マイル地点
「……長官。たった今、駆逐艦ラングスタより、ホーネット沈没の報告が入りました。」
ムーア参謀長は、スプルーアンス大将に向けて、厳かな口調で報告を伝えた。
スプルーアンスは、無言で頷いた。
午前中の空襲で被弾炎上したホーネットは、第3次攻撃隊の戦果報告が入った午後6時25分頃になっても、まだ浮かんでいたが、
10分程前に沈下が速まり始め、午後6時40分。ホーネットは、転覆する事無く、ほぼ、そのままの状態で海底に沈んで行った。
開戦以来、ヨークタウン、エンタープライズと共に太平洋を駆け巡ったヨークタウン3姉妹の末妹は、このレーミア湾沖で、3年3カ月の
生涯に幕を閉じたのであった。
「ホーネットは、今まで良くもちましたな。」
「ダメコン班の腕が良かったからな。あの艦は。」
フォレステル大佐の言葉に、スプルーアンスは答える。
「絶望的ともいえる状況で、ホーネットが長く浮いていられたのも、ダメコン班が適切な処置を行った結果だろう。残念な事に、ホーネットは
先程、沈んでしまったが、ホーネットに乗っていた乗員達は、艦が浮いている間に救助する事が出来た。彼らはまた、ホーネットで培った技術を、
新しい艦で活かす事が出来るだろう。」
スプルーアンスがそう言うと、幕僚達は一様に頷いた。
「長官。駆逐艦イングラハムより報告です。ボノム・リシャールの処分、完了せり。」
「……わかった。」
スプルーアンスは、一言だけ答えた。
敵の第4次空襲で沈没確実の損害を受けたボノム・リシャールは、戦闘終了後、すぐさま総員退艦が発令され、生き残った乗員達は速やかに艦から離れた。
火災と浸水が食い止められ、大傾斜しながらも浮いていたホーネットと違って、ボノム・リシャールは乗員が待避した後も、艦内で誘爆を繰り返しながら、
多量の黒煙を吐き出していた。
午後6時37分。駆逐艦イングラハムは、誘爆を起こしながらも、辛うじて浮いているボノム・リシャールの右舷に5本の魚雷を撃ち込んだ。
ボノム・リシャールは魚雷を受けた後、急速に沈み始め、午後6時40分に転覆、その後、沈没が確認された。
ボノム・リシャールの乗員は280名が戦死し、390名が負傷したが、残りの乗員は全員救助された。
「これで、我が艦隊は空母3隻を喪失し……空母6隻が戦線を離脱せざるを得なくなった。残った空母は計10隻か。」
「TG58.1で使える正規空母は、イントレピッドのみとなっています。エセックスは被雷による速度低下で、発着艦不能に陥っています。
エセックスも速やかに後退させた方が良いでしょう。」
ムーア参謀長がスプルーアンスに言った。
「ひとまず、今日の航空戦はこれで終わりとなった訳だが……私としてはもう1つ、気になる点がある。」
「……敵機動部隊の動向ですね?」
「その通りだ、ミスターフォレステル。」
スプルーアンスは頷きながら言う。
「敵機動部隊は、我々が攻撃を完了した後も東へ前進を続けていた。私はそれまで、敵はワイバーン隊の収容をやりやすくする為に、距離を
詰めていたのかと思った。だが、敵機動部隊の行動を見る限り、敵の狙いは攻撃隊の収容以外にもあると考えた方が良い。」
「攻撃隊の収容とは、別の狙い……もしや、艦隊決戦ですか?」
「……断定は出来んが、あともう少しで、判断材料が揃う筈だ……」
スプルーアンスは腕時計を見つめる。
現在の時刻は、午後6時47分を指している。
それから3分後、待望の報告がサッチ航空参謀より伝えられた。
「長官。攻撃隊に追随していたハイライダーより報告です。敵は戦艦と思しき大型艦を分離させ、中、小型艦主力の艦隊と合流させよう
としているとの事です。レーダーを用いた夜間索敵のため、詳細は曖昧で、分かる事はこれだけですが……」
「いや、それだけでも充分だ。」
スプルーアンスはサッチにそう言った後、すぐさま決断を下した。
「TF58司令部にに伝えてくれ。」
「はっ!」
「TF58は、敵の水上艦隊の襲撃に備えるため、TG58.6を用いて、速やかに迎撃態勢を整えよ。以上だ。」
スプルーアンスはそこまで行ってから、持っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「……それからもう1つ、新たな命令を出す。」
「TF58司令部にですか?」
「うむ、そうだ」
スプルーアンスは、首を縦に振る。
(念のため、動ける艦隊を増やした方が良いだろう。)
彼は心中でそう呟きながら、ムーア参謀長に命令を発した。