自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

301 第221話 抜かれた鞘

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第221話 抜かれた鞘

1485年(1945年)1月23日 午後9時30分 レーミア湾沖西方73マイル地点

第58任務部隊第6任務群は、午後7時30分に、TF58より分派された巡洋艦カンザスシティとフェアバンクス、駆逐艦6隻と
合流した後、接近中と思われるシホールアンル側の水上砲戦部隊を迎撃するため、24ノットの速力で西に進んでいた。
第58任務部隊第6任務群司令ウィリス・リー中将は、旗艦である戦艦アイオワのCICで、群司令部の幕僚達と共に戦況を見守っていた。

「……ハイライダーからはまだ、何も言って来ないか?」

リー中将は、参謀長のクリス・ブランドン大佐に聞いた。

「母艦から発艦して1時間が経つ。そろそろ、敵を発見しても良い頃だが。」
「ハイライダーからは、まだ何もありません。恐らく、敵はまだ、索敵線の範囲外に居るかもしれません。」

リー中将はブランドン参謀長の言葉を聞いた後、視線を左手の腕時計に向ける。

「9時30分か……第3次攻撃隊の報告では、午後6時20分現在、敵は20ノット以上の速度で東進を続けていたと言う。私達との距離は
200マイルも離れていないから、あと1時間か2時間以内に会敵する筈だ。その前に、ハイライダーに敵を見つけさせ、大まかな位置を
知りたいと思ったのだが、ここはもう少し、待った方が良いかな。」
「それが良いかと思われます。」

ブランドン大佐は答えた。

「敵も我が方目掛けて艦を進ませている事は、潜水艦部隊からの報告でほぼ確実となっています。今はただ、会敵まで待ちましょう。」

午後7時30分、脱落機パイロットの救助任務に当たっていた潜水艦ディースから、機動部隊から西180マイル、方位50度方向より、
戦艦と思しき大型艦を含む大艦隊が、時速20ノットの速力で東へ向けて航行中という報告を送って来た。

ディースは、僚艦カバラと共に救助、並びに哨戒活動を行っていたのだが、午後7時頃に敵艦隊を発見し、潜行して敵をやり過ごした。
無事に難を逃れたディースとは対象的に、カバラは潜行が遅れたのか、敵艦隊より分派された敵駆逐艦3隻の爆雷攻撃を受け、以降、
連絡が途絶えている。
ディースからはその事も含めて報告が伝えられたが、カバラが撃沈されたかどうかは、未だにわからない。
リーとしては、乗っている艦は違えども、同じ戦場で任務に当たっているカバラの戦友達に、万難を排して生き残って欲しいと、胸中で祈った。

「敵艦隊の陣容はまだわからないが……やはり、シホールアンル側はネグリスレイ級という新鋭戦艦を投入してくるだろうな。」
「性能としては、サウスダコタ級戦艦とほぼ同等と言われているようです。戦艦の他にも、巡洋艦、駆逐艦部隊も護衛に付いているでしょう。
こちら側の巡洋艦部隊、駆逐艦部隊は、うまく敵の随伴艦艇を引き込んでくれる筈です。」

ブランドン参謀長の言葉に、リーも同感とばかりに頷いた。

「こう言ってしまってはやや不謹慎だが、空襲が無ければ、我々は元の戦力のまま、敵と戦わねばならなかっただろうな。」
「損傷を受けて後退した艦は、いずれも旧式艦でしたからな。敵に戦果を上げてしまった事にはかわりませんが、彼らは、それがかえって、
TG58.6の戦力強化に繋がった事を、身を持って味わう事になるでしょう。」

TG58.6は、今日の海戦で重巡洋艦サンフランシスコが魚雷1本と爆弾4発を受けて大破された他、駆逐艦1隻を失い、軽巡ホーマーと
駆逐艦1隻が中破している。
その前のヒーレリ領沖航空戦では、駆逐艦2隻が損傷し、戦線離脱を余儀なくされた。
TG58.6は、今日の夕方時点で随伴艦艇が巡洋艦4隻、駆逐艦14隻に減っており、そこから更に、沈没した駆逐艦の乗員を救助した
駆逐艦2隻が後送のため戦線を離れている為、TG58.6の駆逐艦は12隻に減っている。
護衛艦艇の中で欠かす事の出来ない駆逐艦の戦力が、作戦開始前と比べて著しく減った事を危惧したリーは、第5艦隊司令部に補助艦艇の
補充を要請した。
第5艦隊司令部はこの要請に応え、巡洋艦2隻と駆逐艦6隻を新たに回してくれた。
リーとしては、巡洋艦はともかく、駆逐艦の方をあと2隻ほど欲しかったが、第5艦隊はTF58の護衛艦艇で別の艦隊を急遽編成したため、
TG58.6には駆逐艦が6隻しか回って来なかった。
とはいえ、戦力が元通りになった事は喜ぶべき事である。
また、リーにとって嬉しい事はそれだけでは無かった。

TG58.6の護衛艦艇には、今では旧式化したベンソン級駆逐艦やグリーブス級駆逐艦が、18隻いる駆逐艦の中で、8隻もいた。
残る10隻中、6隻はフレッチャー級で、残る4隻はアレン・M・サムナー級である。
幸か不幸か、脱落した艦はいずれもベンソン級やグリーブス級であったため、その穴埋めを最新鋭のアレン・M・サムナー級で行う事が出来た。
また、後退したサンフランシスコは条約型巡洋艦であるため、敵艦隊との砲撃戦に入った際、敵艦の猛射の前に打ち崩されるのではないかと
懸念されていたが、サンフランシスコの代わりとしてやって来た巡洋艦カンザスシティは、ボルチモア級重巡洋艦の改良型である最新鋭艦だ。
ボルチモア級の11番艦として就役したカンザスシティは、ボルチモア級重巡の悩みの種であった復元性を解決するため、艦橋を若干縮小した他、
煙突を1本に纏める等をし、戦闘航海時の艦の安定性向上を図っている。
このため、正式にはボルチモア級重巡と言われながらも、外見は別の艦種に見える為、しばしばカンザスシティ級重巡と呼ばれる事も多い。
似たような事はクリーブランド級軽巡にも行われており、24番艦であるバッファローはカンザスシティと同様の改良を施されたため、
24番艦から最後に当たる28番艦ウラナスカは、外見がカンザスシティと似通っている。
バッファローもまた、カンザスシティと同じく、バッファロー級軽巡と呼ばれる事がある。
カンザスティは、形はやや変わった物の、ボルチモア級重巡が誇る重防御と向上した砲戦能力を有しており、間も無く行われるであろう
水上砲戦では、カンザスシティと同じく、別の任務群より回されて来た軽巡フェアバンクスも含む、5隻の巡洋艦と共に、敵と対等以上に
渡り合えると期待されている。

「戦力は揃った。次に必要な物は、情報だな。早い所、ハイライダーに敵の位置を掴んで貰いたい所だが……」


リーの願いは、それから10分ほど経ってから叶った。

「司令官。ハイライダーより入電です。我、貴艦隊より30マイル西方に、敵らしき艦隊をレーダーで探知せり。詳細は追って報告する、
以上であります。」
「ほほう、遂に敵の尻尾を掴んだか。」

リーは、その報告電を聞くなり、深く頷いた。

「30マイルとは、またかなり近くまで来ていますな。」
「うむ。敵の速力がまだ分からんが、仮に20ノットだとした場合、遅くても30分以内には会敵できるな。」

リーの言葉を聞いた参謀長は、満足そうに微笑する。

「これで、シホールアンル軍にも、アイオワ級戦艦の威力を存分に見せつける事が出来ますな。」
「ああ。17インチ砲の威力を思い知らせてやろう。」

リーはそう返しながら、レーダースコープに移るTG58.6の陣形を見つめる。
TG58.6は、既に輪形陣から、水上戦闘を想定した単縦陣に陣形を組み替えており、レーダーには、艦種ごとに分けられた艦が、
4本の線となって航行している。
戦艦部隊は、旗艦アイオワを先頭に、2番艦ニュージャージー、3番艦アラバマ、4番艦ノースカロライナ、5番艦ワシントンという
並びになっている。
戦艦部隊の右舷900メートルには巡洋艦6隻、そこからまた900メートル先には駆逐艦10隻が一本棒となって航行している。
目線を戦艦部隊の左舷側に向けると、そこにも駆逐艦8隻が一本棒で並んでいる。
TG58.6は、既に準備を終え、臨戦態勢に入っていた。
午後9時50分。ハイライダーから新たな報告がアイオワのCICに届いた。

「フランクリン機より新たな通信です。敵艦隊の総数は約20隻から30隻前後。うち、戦艦らしき大型艦の反応を4隻無いし、
5隻探知せり。」
「戦艦らしき反応が4隻ないし5隻、か。レーダーで敵艦隊を捉えているから、それ以上の事は分からんが、ひとまず、敵の主力も
我々とほぼ同じ数である事は分かったな。」
「敵は依然として、我が方に近付きつつあるようです。司令官、そろそろ砲撃準備に移ってもよろしいのでは?」

ブランドン大佐の進言に、リーは快活の良い声音で答えた。

「OK。参謀長、試合開始だ。」

リーはすぐさま、各艦に戦闘準備に入れと伝えようとした。だが、彼の耳に、意外な言葉が響いた。

「司令!フランクリン機より緊急信です!敵の前進艦隊が一斉に反転したようです!」

「……なに?」

まさかの敵反転の報告に、リーは眉をひそめた。

「それは確かなのか?もう一度、フランクリン機と確認を取ってくれ。」

リーは半信半疑になりながらも、通信員にそう命じた。
2分後、ハイライダーと確認を取った通信員はリーに顔を向けた。

「司令官。フランクリン機と確認を取りましたが、敵艦隊が反転したのは間違いない様です。現在、敵艦隊は西方、方位270度
方向に向け、26ノットのスピードで航行中との事です。」
「……さっきよりもスピードが上がっているな。」
「司令官。敵は逃げ出したのではありませんか?」

ブランドンも理解し難いと言わんばかりの表情を浮かべつつも、平静な声音でリーに言う。

「敵艦隊の反転が報告される10分程まで、このアイオワの魔法通信傍受機が、敵の海竜らしき物から発信されたと思しき通信を
傍受しております。内容は、我が艦隊の陣容を知らせる物で、その中には、アイオワ級戦艦を含む新鋭艦多数が存在せり、と言った
文も確認されております。私自身、言い難い事ではありますが……敵は、我が方にアイオワ級戦艦を含んでいる事に恐れを成して、
逃げた可能性も、否定は出来ないと思います。」
「君、いくらなんでも、それはなかろう。」

リーは、ブランドンの意見を否定した。

「シホールアンル海軍は、昼間の航空戦で敗北した以上、水上艦で我が方の空母を減らすしかない。それを行う前にはまず、
第1の障害となるTG58.6に戦いを挑み、勝利を収める必要がある。そうしなければ、敵は前に進む事が出来ぬし、
例え、我々をすり抜ける事が出来たとしても、退路を我が任務群に塞がれ、結果的には戦わざるを得なくなる。敵はこれまでの
経験からして、現時点では一番強力な我が艦隊を最初に叩きに来るだろう。敵も16インチ砲相当の主砲を搭載した新鋭戦艦だ。
敵が戦いを挑んで来ない筈は無い。」

「しかし司令官。敵は反転して、我々から遠ざかろうとしております。」
「参謀長、恐らく、これは敵の欺瞞行動だろう。」

リーは確信したように言う。

「敵はこちらが逃げたと判断して、後ろから襲い掛かろうとしているに違いない。近くにレンフェラルが居る以上、敵艦隊はこちらの
動きを掴む事が出来る。」

彼はそう言いながら、水上レーダーのPPIスコープに視線を向けた。

「しばらくこちらが追跡する形を取れば、自然に反転して戻って来るだろう。」

リーはそう断言する。
彼の言葉を証明するかのように、敵艦隊は反転してから30分後、再び舳先をTG58.6に向けて来た。

「司令官。ハイライダーより通信です。敵艦隊再反転。速力26ノットでTG58.6に向かいつつあり。距離は約40マイル。」
「……やはりな。」

リーは、ブランドンに対して、それ、見た事かと言わんばかりに呟く。

「参謀長、どうやら、敵はこちらの目を欺けないと知って、決戦を挑む様だぞ。」
「は……そのようですな。では、こちらも速力を上げましょう。」

ブランドンは進言する。

「現在、我々の艦隊速力は24ノットですが、アラバマ、ノースカロライナ、ワシントンは27ノットまで速力を発揮できます。
ここは増速して、会敵までの時間を短縮すべきです。」
「ほほう、参謀長もなかなか、ガッツがあるようだな。」

リーは満足気に頷いた。

「よろしい。速力を上げよう。」

リーは命令を下し、各艦に速力を27ノットまで上げさせた。
彼我50ノット以上の高速で接近しているためか、距離はぐんぐん縮まっていく。
敵艦隊の対空砲の射程外に張り付いているハイライダーは、TG58.6と敵艦隊との距離を刻々と伝えて来る。
午後10時40分には、彼我の距離は23マイル(36キロ)にまで近付いた。
レーダーには捉えられていないが、敵艦隊は既に、アイオワ級戦艦の持つ48口径17インチ(43センチ)砲の射程圏内に入っていた。

「ようし、交戦開始まで、もう間も無くだな。」

彼がそう呟いた瞬間、敵艦隊が居ると思しき方角から、発砲炎が確認されたとの報告が飛び込んで来た。
それから1分後には、TG58.6の前方の海域で照明弾が炸裂したとの報せも入った。
もはやこの時点で、海戦は始まったに等しい。
リーは、すぐそこにまで迫った艦隊決戦に闘志を燃やし、いつでも命令を下せるよう構えていた……が

「司令官!ハイライダーより緊急信!敵艦隊、再度反転せり!」

唐突に、その報告が飛び込んで来た。
久方ぶりの決戦に、闘志を昂ぶらせていたリーであったが、その報告を聞くなり、彼は肩透かしを食らわされたような気分を味わった。

「な、なんだと……?」
「通信員!先の報告は確かか!?」

傍らに立っていたブランドンが、すかさず通信員に聞いた。

「ハッ!間違いありません!敵艦隊は高速で反転しつつあるようです!」

それから更に5分後、リーの心中を困惑させる報せがもたらされた。

「司令官。敵艦隊は30ノット以上のスピードで我々から離れつつあります。現在、敵艦隊との距離は約25マイルのようです。」
「……一体、どういう事だ?」

リーは、敵艦隊の奇行の数々に困惑の色を浮かべた。
フランクリンから飛び立ったハイライダーが敵艦隊を発見して既に1時間以上が経つ。
その間、敵艦隊は2度、反転を行っている。
先程の反転は、すわ交戦開始か、と思われた直後に行われ、リーは思わず、唖然となってしまった。

「なぜ、敵は反転したのだ……照明弾を撃って、俺達の居場所を突き止めようとしていた筈なのに……」

リーは、あった事もない敵将の影を思い起こす。
敵将の姿は当然分からないから、思い浮かぶのは真っ黒な人影だけである。
だが、リーは、その真っ黒な人影が、妙に気味悪く感じると共に、自分達を馬鹿にしているかのようにも思えた。

「お前達は一体、何をしようとしている?戦うのでは無かったのか?それとも……」

本当に、このアイオワ級が怖いのか?
リーは、最後の言葉を口には出さなかった。
彼としては、そんな事は無いだろうと思わなかったが、敵艦隊が戦闘開始直前になって、TG58.6の面前で急反転した事が、
リーの中に、敵艦隊の撤退という疑念を徐々に膨らませつつある。
(確かに、大西洋戦線では、マオンド海軍の最新鋭戦艦をミズーリとウィスコンシンが撃沈しているが……しかし、お前達の戦艦は
マオンド軍の新鋭戦艦よりも優れていた筈……なのに、急に行われたあの反転……敵艦隊の司令官はよっぽどの腰抜けなのか?)
彼は心中で、不気味な黒い人影に語りかけた。
敵艦隊は、反転した後、TG58.6に振り変えぬまま、30ノット以上のスピードで航行を続ける。
10分……15分……20分と、時間だけが無為に過ぎ去っていく。
無論、リー艦隊も27ノットのスピードで追い続けるが、午後11時10分頃には、彼我の距離は再び、30マイルにまで広がっていた。

「司令官。ハイライダーが引き上げを開始しました。」

リーがCICのレーダー機器を見つめ続けている中、ブランドンが声をかけて来た。

「……そうか。」

リーは、ただ一言だけ答えた。

「……参謀長。敵艦隊の狙いは、一体何だったのかね?」
「断言はできませんが、恐らく、心理戦を仕掛けてきたのではないでしょうか?」
「心理戦?」
「はい。敵は竜母群に大損害を負いましたが、戦艦部隊はまだ無傷です。その戦艦部隊が中心となって攻め立ててくれば、当然、
我々も戦艦部隊を繰り出さねばなりません。しかし、敵のネグリスレイ級戦艦では、アイオワ級戦艦には力不足でしょうから、
まともにやっては勝てないかもしれない……そこで、敵は我々に精神的な疲労を与える為に、あの艦隊を派遣して来たのではないでしょうか。」
「ふむ……それにしては、効率が悪いのではないかね?」

リーの質問に、ブランドンは答えようとした。
だが、それは、急に入って来た報告によって遮られてしまった。

「司令官!味方艦隊より緊急信です!我、敵艦隊見ゆ!敵は戦艦らしき艦を3隻伴う!これより交戦を開始す!」

その報告を聞いた瞬間、リーとブランドンは互いに顔を見合わせた。

「……参謀長、もしかしたら、我々は敵に注意を惹きつけられていた隙に、別動隊の接近を許してしまったそうだ。」
「そのようです。」

2人は、どういう訳か、落ち着き払った口調で言葉を交わしていた。

「通信員、発信元はどこだね?」
「はっ、発信元はTG58.7であります!」
「TG58.7か……」

リーは、何故か残念そうな表情を浮かべた。

「TG58.8なら、ミズーリにも活躍の機会を与えられたのだが。」

彼がそう言った直後、帰還しようとしていたハイライダーから最後の通信が入った。

「司令官。帰還中のハイライダーより通信です。敵艦隊、再度反転。TG58.6に向かいつつあり。」

それを聞いたリーは、深く頷いてから言葉を吐き出した。

「…こちらも、今から本番のようだな。」


時間は、これより30分程遡る。

午後11時40分。第4機動艦隊別働隊は、レンフェラルの発した情報をもとに、時速11.5リンル(33ノット)の高速で
アメリカ機動部隊に迫りつつあった。
第4機動艦隊別働隊の旗艦である、巡洋戦艦マレディングラの艦橋で、司令官を務めるフラクトス・ドゥレイコヌ少将は、作戦が
成功しつつある事を確信していた。

「レンフェラルが伝えた位置まで、あと20ゼルドか。最初は上手く行くのかと思ったが……リリスティ司令官も、上手い事を考えた物だ。」

ドゥレイコヌ少将は、いかつい顔に笑みを張り付かせながら、別動隊編成のきっかけを作ってくれたリリスティを素直に尊敬した。

リリスティは、出撃前、3隻の巡洋戦艦で編成される第7巡洋戦艦戦隊の司令であったドゥレイコヌと、3隻の巡洋戦艦の艦長を呼び、
それぞれに1枚の封筒を手渡した。

「この封筒は、私がある言葉を発した後に開封して。その言葉を言うまでは、決して開けないで。」

リリスティは、ドゥレイコヌらにそれだけ伝えた後、開封の命令文となる言葉を彼らに教えた。
ドゥレイコヌらは、何故このような事をするのかとリリスティに問い質したが、彼女は詳しく教えてくれなかった。
彼らは、いきなり封筒を手渡し、謎の言葉を伝えたリリスティに多少不満を抱いた物の、命令には逆らう事ができず、ひとまず、
言われた通りに封筒を持ち帰った。
それから日付が経った今日、彼らは、第4機動艦隊旗艦モルクドから、短い言葉を伝えられた。
その言葉が、『鞘から抜けて』であった。
言葉が伝わった彼らは、すぐさま封筒を開封し、中に入っていた紙を取り出した。
それは、紛れもない封緘命令書であった。

「第4機動艦隊別働隊は、他艦と協力し、戦艦部隊が敵主力を引き付けている間に迂回航路を取り、後方の敵機動部隊を襲撃せよ。
指揮はドゥレイコヌに任せる。」

その命令書を見た瞬間、ドゥレイコヌは、出撃前に散々行われた猛訓練の意味が、ようやく分かったような気がした。

第4機動艦隊は、通常の艦隊訓練は勿論の事、別の竜母群に所属していた艦同士でも即座に編隊行動を取れるように、所属別の艦同士で
隊形を組んだり、攻撃訓練を行うと言ったある意味、変わった訓練も頻繁に行っていた。
通常、艦隊の訓練は、同じ艦隊に所属している艦同士……第4機動艦隊では、同じ竜母群に属している艦艇が集まって行うのが常だが、
リリスティはあえて、所属がばらけた状態でもまともに行動できるようにするため、第5戦隊所属の艦を第8戦隊所属の艦と組み合わせて
航行させたりして、連携を取れるようにしていた。
その甲斐あってか、第4機動艦隊は、出撃前までに、別々の所属の艦同士であっても、まるで、同じ部隊で訓練し続けていたかのような、
連携の取れた動きを満足にこなせるまでになっていた。
午後6時40分に命令を受け取ったドゥレイコヌは、付近に潜んでいるであろう、米潜水艦を警戒しながら機動部隊から離脱し、
約5ゼルド離れた海域で別動隊に選ばれた艦を待った。

午後7時頃には、他の艦も続々と集まり始め、最終的には、マレディングラを始めとする巡洋戦艦3隻の他、巡洋艦5隻、駆逐艦18隻が
集合し、一路、迂回航路を取って、全速力で米機動部隊に向かった。
別働隊は、進撃中に態勢を整え、今では4本の単縦陣を形成しながら進撃を続けている。
単縦陣の中の1つは、マレディングラを始めとする3隻の巡洋戦艦であり、2つは駆逐艦主体の快速部隊。
最後の1つは巡洋艦部隊である。
進撃開始から3時間が経ち、目標海域まであと少しという所まで迫りつつある。

「司令。今の所、順調に言っておりますな。」
「ああ、今の所はな。」

ドゥレイコヌは、戦隊司令部付きの主任参謀にそう返す。

「問題はここからだぞ。敵機動部隊は、輪形陣の外郭に警戒用の駆逐艦を置いていると聞く。こいつに見つかったら、敵機動部隊は早々と
戦闘態勢を整えてしまう。敵駆逐艦を見つけたら、即座に砲撃しろ。敵が報せを送る前に撃沈するのだ。」

ドゥレイコヌはそう言いながら、心中ではそれは不可能かもしれないと思っている。
(敵駆逐艦も、レーダーとやらを持っていると聞く。私はああ言ったが、こちらが主砲を向ける頃には、敵はレーダーとやらで、こっちの
姿を捉えているかも知れんな)
彼は心中で呟きつつも、それはそれで構わないと覚悟を決める。
問題の敵駆逐艦は、見つかる事は無かった。
午後11時 マレディングラの魔道士官が敵艦隊と思しき生命反応を探知したとの報告を、ドゥレイコヌに伝えてきた。

「敵艦隊との距離は、約9ゼルド!我が艦隊から北東の位置におります!」
「9ゼルドか。なかなかに近いじゃないか。リリスティ司令官の勘は冴えわたっているな。」

ドゥレイコヌは内心、興奮気味になりながらも、意識を切り替える。

「ようし!通信封鎖解除!全艦に通達!これより、敵艦隊と戦闘に入る!主砲!照明弾を放て!」

ドゥレイコヌの命令は、魔法通信でもって全艦に伝えられた。
マレディングラの艦橋前に設置されている2基の3連装砲塔が、北東の方角に向けられた後、轟然と唸りを上げる。
艦橋の露天部に陣取る見張り員達は、固定式の望遠鏡を覗き込み、照明弾の下に移るであろう、敵艦の姿を確認するべく、意識を集中させていく。
やがて、照明弾が炸裂した。
艦隊の左舷側前方に、おぼろげながらも、赤紫色の光が輝いた。
その時になって、魔道士官がおかしな報告を届けて来た。

「司令官!敵艦隊が我が方に向かいつつあります!」
「なに?こっちに向かっているだと?」

ドゥレイコヌは怪訝な表情を浮かべる。

「敵は空母を伴っている。この距離からして、敵は既に、レーダーとやらでこちらを捉えている筈……針路を間違えたのか?」

彼はふと、そう呟いた。
だが、それは誤りであった。

「司令官!敵艦隊に戦艦らしき艦がおります!数は2隻!その他に、護衛艦らしきもの多数!」


第58任務部隊第7任務群は、午後11時5分、敵艦隊と接触した。
TG58.7旗艦である、巡洋戦艦トライデントの艦橋では、群司令であるローレンス・デュポーズ少将が仁王立ちの体勢で双眼鏡を
構えながら、前方の海面を見つめていた。

「流石はスプルーアンス長官だ。敵さん、本当にやって来たぞ。」

デュポーズ少将は、隣に立っているトライデント艦長チャールズ・マックベイ大佐に話しかけた。

マックベイ大佐は、昨年の12月中旬にトライデントの艦長に任ぜられている。
艦長就任から1ヵ月ほどしか経っていないため、大艦であるトライデントには完全に馴染んだとは言い難いが、それでも、ベテラン艦長
のプライドにかけて、任務を果たすと誓っていた。

「やはり、敵さんは快速部隊でこちらの空母を狙って来ましたな。」
「ああ。敵の動きは、モンメロ沖のマオンド海軍と行動が似ている。恐らく、敵の司令官は、ここでマオンド海軍の果たせなかった、
敵主力の襲撃という夢を実現しようとしたのだろう。」

デュポーズ少将はそこまで行ってから、不敵な笑みを浮かべた。

「だが、スプルーアンス長官は、それを許す程、甘くは無かった。」


第5艦隊司令長官レイモンド・スプルーアンス大将は、TG58.6を迎撃に当たらせると同時に、迂回して来た敵艦隊の襲撃に備える為、
TF58所属の戦闘艦艇の一部を抽出して警戒部隊を編成した。
警戒部隊は、TF58所属の戦艦、巡洋艦、駆逐艦で編成され、2群に分けられた。
TG58.7は、アラスカ級巡洋戦艦コンスティチューション、トライデントの2隻を主力に、重巡洋艦ボルチモア、ボストン、
軽巡洋艦サンアントニオ、防空軽巡アトランタ、リノ、駆逐艦16隻で編成されている。
指揮官は第15戦艦戦隊司令官であるデュポーズ少将に任ぜられた。
TG58.8は、アイオワ級戦艦のミズーリと、巡洋戦艦コンステレーションの2隻を主力に置き、重巡洋艦ピッツバーグⅡ、
軽巡洋艦サンタフェ、モントピーリア、防空軽巡サンディエゴ、駆逐艦14隻で編成されている。
スプルーアンスは、臨時に編成した2つの警戒部隊を、機動部隊の北側と南側に置き、万が一の場合に備えた。
待つ事数時間……来ないとさえ噂されていた敵艦隊は、TG58.7の面前に姿を現したのであった。

「CICより報告!敵艦隊は単縦陣を4つ形成!うち、1つの反応が大。戦艦クラスかと思われます!」
「CIC。戦艦クラスの反応はいくつだ?」
「3つです!」

艦長とCICのやり取りを聞いていたデュポーズは、少しばかり不安げになる。
(戦艦クラスが3隻か……こっちはコンスティチューションとトライデントの2隻だけ。ちょいとばかり、こっちが不利かな……)
第5艦隊に配属されているアラスカ級巡戦は、第12戦艦戦隊のアラスカ、コンステレーションと、第15戦艦戦隊のコンスティチューション、
トライデントの計4隻である。
アラスカ級巡戦の姉妹艦全てが配備されている事になるが、ネームシップのアラスカは、昼間の空襲で魚雷を食らっている他、今は第5艦隊旗艦
として使われている為、今回の迎撃戦には参加できなかった。
その穴埋めとして、第12戦艦戦隊には、アイオワ級戦艦の3番艦ミズーリが編入され、TG58.8はTG.58.7を上回る火力を手に入れる事が出来た。
しかし、デュポーズは、それが少々気に入らなかった。
彼は第5艦隊司令部に対して、TG58.8にミズーリを入れるのならば、コンステレーションをTG58.7に編入させ、同型艦同士の戦隊として
編成してはどうか?と意見具申した。
だが、第5艦隊司令部は、迎撃部隊のバランスの良い配置を優先したため、結局、TG58.7は、2隻の巡戦を主力に編成され、警戒任務に付いた。
そのTG58.7に、敵は食いついて来たのだ。
敵の主力艦は3隻。対して、こちら側の主力は2隻。
デュポーズは、あの時、司令部がコンステレーションをTG58.7に回してくれれば、と、半ば恨めしい気持ちになった。
(まぁ、敵が来たのなら仕方が無い。それに、状況は、“あの時”と比べてまだ良い方だ。)
デュポーズは心中で呟きながら、昨年1月17日行われた、トアレ岬沖海戦を思い出す。
あの時、デュポーズは軽巡洋艦クリーブランドの艦長で、敵の新鋭戦艦と撃ち合っているが、その時は、同乗していた亡命者の協力を得たお陰で、
何とか敵戦艦を撃退する事に成功している。
あの時、彼は、自分はここで死ぬかも知れぬと覚悟を決めた程、状況は良くなかった。
その時と比べると、今の状況は決して、悪いとは言い切れない。
(敵が新鋭戦艦である事には間違いないかもしれないが、それでも構わん。アラスカ級巡戦は、17000メートル以下になれば、新鋭戦艦にも打撃を
与えられるからな)
デュポーズは自信を取り戻し、暗闇の向こう側に居る敵艦隊を睨みつける。
敵艦隊の姿はまだ視認できないが、トライデントのレーダーはしっかりと、敵艦を捉え続けている。
やがて、敵艦隊は本格的に行動を起こし始めた。

「司令!敵戦艦群に随行していた護衛艦群が増速しました!」
「OK。こちらも駆逐艦部隊と巡洋艦部隊に迎撃を命じる。」

デュポーズは即座に命令を下した。
トライデントとコンスティチューションの左右に張り付いていた駆逐艦部隊と巡洋艦部隊は、突出した敵艦目掛けて増速していく。


対空巡洋艦ルンガレシは、後方に9隻の駆逐艦を伴いながら、16.5リンル(33ノット)の高速で海上を驀進していた。

「艦長!敵艦隊より随伴艦が向かって来ます!」

巡洋艦ルンガレシ艦長、ヴェンバ・ラガンガル大佐は、見張り員の声を聞くなり、軽く舌打ちをする。

「やはり、戦艦部隊に突進しようとすると、敵も小型艦を差し向けて来るか。まぁ、それでいい。」

ラガンガル大佐はそう呟きながら、自分達に与えられた任務を思い出す。
別働隊は、巡洋戦艦マレディングラ、ミスレライスツ、ファンクルブの他に、マルバンラミル級巡洋艦のルィストカウスト、オーメイ級巡洋艦の
キャムロイド、イシトバ。
そして、対空巡洋艦のルンガレシとイムレガルツ、駆逐艦18隻で編成されている。
ルンガレシとイムレガルツは、敵駆逐艦部隊と戦う駆逐艦群の先頭に立ち、その圧倒的な砲火力によって駆逐艦群の援護を行うように命じられている。
ルンガレシは艦隊の左側を航行していたため、自然に、敵艦隊の右側に張り付いていた敵駆逐艦と戦う事になった。
ルンガレシと、後続する駆逐艦部隊は、一本棒となって敵艦隊に接近する。
敵艦隊も15リンル以上の快速で洋上を突っ走っているため、彼我の距離はグングン縮まっていく。
魔道士が、距離9000グレルと伝えた時、ラガンガル大佐は次のステップに進み始めた。

「砲術長!照明弾を発射しろ!」

彼は伝声管越しに命じた。
ルンガレシの前部に配置された、2基の4ネルリ連装砲のうち、第1砲塔の2門の砲身が火を噴く。
小口径砲とはいえ、腹に応える砲声が鳴り、照明弾が敵艦隊の推定位置目掛けて撃ち放たれた。
やや間を置いて、敵艦隊が居ると思しき海面上空に照明弾が炸裂するが、その光の下には、僅かに何隻かの艦影を見る事が出来ただけで、
その詳細までは分からない。

「艦長!敵艦隊が面舵に変針!距離8000グレル!(16000メートル)

魔道士からの報告が上がる。
(敵は変針したか。それで、照明弾に敵艦があまり移らなかったのか)
ルンガレシから放たれた照明弾は、敵が回頭を行っている最中に炸裂したため、敵駆逐艦部隊の全容を知る事が出来なかった。
だが、それでも、幾らかの情報は伝わって来た。

「艦長!敵駆逐艦はアレン・M・サムナー級が主体のようです!」
「アレン・M・サムナーか……」

ラガンガルは、口中で反芻する。
アレン・M・サムナー級駆逐艦は、83年の末頃からアメリカ海軍に配備された駆逐艦だ。
大きさはフレッチャー級駆逐艦と大差ない物の、主砲火力は6門と増えている。
また、アレン・M・サムナー級も魚雷発射官を搭載しているため、フレッチャー級と同等か、それ以上に侮れぬ敵だ。
見張り員の報告からして、敵の駆逐艦群は、ほとんど……少なめに見積もっても、約半数がこの最新鋭の駆逐艦で構成されているだろう。

「こちらも変針する!取り舵一杯!」
「了解!」

ラガンガル大佐の指示を受けた操舵手が、勢い良く舵輪を回す。
基準排水量6000ラッグ(9000トン)のルンガレシが、艦を右舷側に傾がせながら大回頭を行う。
後続の駆逐艦もルンガレシに習い、次々と回頭していく。

「砲術!続けて照明弾を撃て!」

ラガンガルは早口で命令を伝える。
ルンガレシの第2砲塔が火を噴く。それに続き、先程照明弾を放った第1砲塔も再び咆哮し、照明弾を撃ち放った。
(敵艦隊の編成は駆逐艦が9隻。うち、4隻ないし、5隻はアレン・M・サムナー級だろう。後続の駆逐艦群に楽をさせる為にも、
ルンガレシの砲火力に物を言わせて、一隻でも多く叩かねば……)

ラガンガルが心中でそう呟いた時、敵艦隊の上空で照明弾が炸裂した。
赤紫色の光が海面を照らし出し、暗闇の向こうの敵艦を光の下にさらけ出した。
今度は、上手い具合に照明弾が炸裂したため、先程は見えなかった敵の先頭艦も見る事が出来た。
その瞬間、ラガンガルは体が凍りついてしまった。

「か、艦長!敵1番艦は駆逐艦ではありません!」

見張りが仰天したような口調で報告して来る。

「ああ!言われなくても分かっている!!」

ラガンガルは、望遠鏡越しに敵1番艦を見つめながら叫び返す。
敵1番艦は、駆逐艦にしては形が大きすぎた。
照明弾の光はおぼろげであり、敵艦の黒い影を形作る事しか出来ないが、その影は、ある艦の特徴をよくあらわしている。
敵1番艦は、艦の前部と後部に、3つもの砲塔を階段状に重ね、艦上構造物が、比較的低くなっている。
そこまで分かれば、敵1番艦の正体は何であるかが分かる。

「あれは、アトランタ級だ!」

ラガンガルは、望遠鏡を下ろした。

「連中も、俺達と同じ考えを持っていたようだな!」

彼は、確信した様な口調でそう言い放った。

「敵艦隊!距離を詰めています!現在、7000グレル!」

アトランタ級防空巡洋艦に率いられた米駆逐艦群は、ルンガレシと味方駆逐艦群との距離を徐々に詰めつつある。

距離は7000グレルか6500グレル。6500グレルから6000グレルと、流れるように変化して行く。
彼我の距離が6000グレルを切った時、敵艦隊が発砲を開始した。

「敵艦隊発砲!」
「砲術!目標、敵1番艦!砲撃始めぇ!」

ラガンガルは咄嗟に、命令を下した。
右舷側に向いていたルンガレシの主砲が咆哮し、4ネルリ砲弾を叩き出す。
左舷側に指向出来る12門の砲弾から弾き出された砲弾は、上空でアトランタ級巡洋艦が吐き出した砲弾とすれ違う。
ルンガレシの艦橋に砲弾の飛翔音が響いた後、左舷側海面に多数の水柱が噴き上がった。
ルンガレシの砲弾も、敵1番艦の左舷側海面に落下した。
敵1番艦以下の駆逐艦も、次々と主砲を放って来た。それに対して、味方の駆逐艦群も応戦する。
敵1番艦が第2斉射を放つ。
ルンガレシも第2斉射を放ち、12発の砲弾が敵1番艦に注ぎ込まれた。
右舷側海面に多数の砲弾が突き刺さり、水柱が噴き上がる。
砲弾の大半は、ルンガレシの右舷側に至近弾となり、しばしの間、敵1番艦の姿が水柱に隠れた。
唐突に、後方で砲弾発射音とは異なる音が響いた。

「駆逐艦ザムーク被弾!」

後方の見張り員から報告が届く。
ルンガレシの後方を行く駆逐艦ザムークが敵駆逐艦の砲弾を浴びたのだ。
米駆逐艦の砲弾は、ザムークの第2砲塔に命中し、砲戦力をもぎ取ったものの、ザムークは健在であり、残った砲で応戦した。
突然、敵艦隊に動きが生じた。

「敵艦隊が左舷側に回頭します!」

ラガンガルは見張り員の言葉を聞くまでもなく、敵1番艦以下の敵艦隊が順繰りに回頭を行う様子を見つめていた。

672 :ヨークタウン ◆x6YgdbB/Rw:2011/05/28(土) 01:39:03 ID:5x/ol6rU0
米艦隊は、先頭のアトランタ級と2番艦、3番艦が砲火を放ちながら、左に回頭し続けている。
ルンガレシと駆逐艦部隊は、回頭を行う巡洋艦と駆逐艦目掛けて砲弾を撃ちまくる。
敵1番艦の艦体に砲弾が命中し、火災炎と思しき物がゆらめいた。
敵3番艦にも砲弾が命中する。僚艦の砲弾が数発、纏まって着弾したと思いきや、敵3番艦はいきなり大爆発を起こした。
その瞬間、ラガンガルは、敵艦隊の方角から発せられた凄まじい光量に、思わず度肝を抜かれた。

「うわ!?な、何だ!?」

ラガンガルは一瞬、右腕で自らの顔を覆い隠した。光は、すぐに収まった。
彼は右腕をどかし、すぐに敵艦隊の方角を注視する。
米艦隊の方角で、大火災を起こしながら停止している艦がいた。
艦首から艦尾まで炎に包まれたその艦は、あっという間の内に姿を消してしまった。

「敵駆逐艦1隻轟沈!」

見張り員が感極まった口調で知らせて来た。

「あの敵は、魚雷発射官か弾薬庫の誘爆を起こしたらしいな。敵に叩き付ける筈の兵器で沈められるとは、何とも不運な……」

ラガンガルは、戦場の厳しい現実を前にして、轟沈した敵駆逐艦に僅かながらも同情の念を抱いた。
彼の言う通り、敵駆逐艦は魚雷発射官に砲弾を食らい、大爆発を起こしていた。
誘爆を起こした魚雷は5本であり、実に2トン以上もの炸薬が敵艦の小さな艦体上で爆発を起こしたのだ。
たかだか2000トン程度の(それでも、駆逐艦クラスとしては大型の方だ)駆逐艦ではそれに耐え切れる筈が無く、米駆逐艦は
全艦火達磨となって沈んで行った。
爆沈した駆逐艦の生存者はゼロであった。

誘爆、轟沈した駆逐艦とは別に、更に1隻の敵駆逐艦が被弾し、火災炎を生じさせる。

「魚雷は?敵艦は魚雷を放っていないか!?」

ラガンガルは味方艦の戦果よりも、敵が放ったかもしれない恐ろしい兵器……魚雷が発射されたか否かが一番気になっていた。
敵艦隊は全艦が回頭を終えている。敵の動きからして、舷側の魚雷発射官から魚雷を発射した可能性がある。
ほどなくして、見張り員が伝えてきた。

「右舷方向より航跡!魚雷です!距離500グレル!」
「面舵一杯!」

ラガンガルは即座に命じた。
(やはり、敵艦隊は魚雷を発射していたか)
彼は心中で呟きながら、艦が早く回る事を祈った。
やがて、ルンガレシの艦首が回り始めた。艦首が右舷側を向け切る前に、ラガンガルは舵戻せと指示を飛ばす。
前方から魚雷の航跡が伸びて来る。その数は多い。
ルンガレシに習い、後続の駆逐艦群も一斉に回頭し、魚雷との対抗面積を減少させる。
ルンガレシの左右を、白い航跡が通り過ぎていく。
2本の魚雷が、かなり近い所まで接近して来たが、ルンガレシは幸運にも被雷を免れた。
残りの駆逐艦9隻も魚雷を食らわなかったが、その頃には、米艦隊は再び前進してきており、ルンガレシと9隻の駆逐艦は、敵艦の
横腹に艦首を向けた状態で砲撃を受け始めた。

「敵艦、発砲開始!」
「こっちも撃ち返せ!」

ラガンガルは、半ば苛立ったような口ぶりで指示を飛ばす。
ルンガレシが指向可能な前部2基、舷側の2基の主砲を放つ。
敵艦隊は主砲を放ちながら、ルンガレシ以下のシホールアンル艦隊めがけて、新たな魚雷を発射した。

「艦長!右舷側方向より魚雷!」

ラガンガルはすかさず窓の側に移動し、海面を眺める。
ルンガレシの右舷側から幾つもの魚雷が、白い航跡を引きながら突き進んで来る。
夜間であるため、航跡が見辛い。
ラガンガルは、魚雷の全てが、ルンガレシの後方に逸れる位置にある事に気付いた。

「針路、速力共にこのままだ!」

彼は艦をこのまま突き進ませる事を決めた。その直後、彼は自分の判断が間違っていた事に気づく。
1本の魚雷が、明らかに命中コースと思われる位置を突き進んで来た。

「!?」
彼は、思わず体を震わせた。
(しまった!)
ラガンガルは、自らの判断ミスに後悔の念が湧き起こったが、魚雷は後悔に浸る事も許さぬとばかりに、ルンガレシの右舷中央部に突き刺さった。
白い航跡が舷側に向かって進んで来た、かと思うと、微かな振動が艦橋に伝わった。
ラガンガルは魚雷が爆発すると確信し、足を踏ん張った。
その直後、魚雷命中と思しき爆発音が響いた。
強烈な轟音が鳴り響いた時、ラガンガルはルンガレシの艦体が魚雷の爆発によって裂けたかと思った。

「艦長!後方のザムークが轟沈しました!」

耳に入って来たその報告に、ラガンガルが遂に、味方艦に犠牲が出たかと思った。
その次に、彼は自らの艦が何の不自由もなく動いている事に気付き、一瞬、唖然となってしまった。

「……どういう事だ?ルンガレシは魚雷を食らったんじゃないのか?」

彼は一瞬、訳が分からないとばかりに首を捻ったが、その疑問は瞬時に氷解した。

「敵魚雷、爆発せず!不発弾の模様!」
「……そうか。不発だったのか……」

ラガンガルはようやく、ルンガレシに被害が無い事に気付いた。
ルンガレシに命中した魚雷は、理想的な角度と速度で右舷側中央部に命中したが、魚雷は信管が作動せず、弾頭部を舷側に打ち付けただけに留まり、
魚雷本隊は海中に沈んで行った。
ルンガレシは、幸運にも被害を免れたが、僚艦はルンガレシほどの強運を持ち合わせていなかった。
ルンガレシのすぐ後方を走っていた駆逐艦ザムークは、中央部に2本の魚雷を食らい、轟沈した。
3番艦キュルベは艦首正面に魚雷を食らい、破孔から大量の海水を飲み込んだため、艦首部から急激に喫水を下げてから停止した。
5番艦アルズバは後部に被雷し、速力を大幅に低下させた所に、更にもう一本の魚雷を食らった。
2本目の魚雷はアルズバの艦首部の弾火薬庫の誘爆を起こし、一瞬にして艦の半分以上が炎に包まれた。
アルズバは大爆発を起こした後、大火災を生じ、洋上に停止した。
7番艦ティーウィカは中央部に1本の魚雷を受け、速力の低下を来した。
ティーウィカはこの1本の魚雷によって、機関部がほぼ全滅したため、最初はゆっくりであった速力の低下も、破孔部からの浸水と機関部損傷の
影響で急激に速力を落とし、最終的には右舷側に大きく傾いた状態で停止した。
米艦隊の雷撃により、4隻の駆逐艦が相次いで撃沈されたが、残ったルンガレシと、駆逐艦5隻は、すぐさま態勢を立て直して砲撃戦を挑んだ。
アトランタ級巡洋艦がルンガレシに対して矢継ぎ早に主砲を放って来る。
ルンガレシは舵を切り、転舵しながらも反撃の砲火を放つ。
アトランタ級巡洋艦とルンガレシは、3500グレルという比較的近い距離で、本格的な同航戦を開始した。
ルンガレシは、右舷側に指向出来るだけの主砲を向けて発砲を行う。
対するアトランタ級巡洋艦も左舷側に多数の砲を向けて砲撃して来る。
互いに2度、3度、4度と、激しい撃ち合いを繰り返す。
ルンガレシの艦首甲板に砲弾が命中し、爆炎と共に甲板の板材が海面、艦上に撒き散らされる。
先程放った射弾がアトランタ級の後部甲板に命中するや、アトランタ級は後部に火災を起こし、命中個所から炎をゆらゆらとたな引かせる。
ルンガレシが第5斉射を放った直後、2発の射弾が艦体に直撃し、艦橋にも振動が伝わる。

「アトランタ級の方が若干、発射速度が速いな。」

ラガンガル艦長は、アトランタ級の速射性能がルンガレシの発射速度を上回っている事に気付いた。
ルンガレシは、装填機甲の改良の結果、6秒、または5秒置きに砲弾を放てるようになっているが、砲弾の装填は人力で行うため、兵員が
疲労すれば発射速度は7秒から8秒、酷い時には10秒置きに1発、という事もある。
ルンガレシは今、アトランタ級と同じように、矢継ぎ早に砲弾を放っている。
敵に絶えず砲弾を浴びせ続ける為、全門一斉射ではなく、交互撃ち方を速めた様なやり方で砲撃を行っているが、発射速度は6秒から7秒置きに
1発と、やや遅い。
それに対して、アトランタ級巡洋艦は戦闘開始直後から今まで、5秒、または4秒置きに1発の割合で砲弾を放ち続けている。
また、アトランタとルンガレシが、舷側に向けられる砲の数にも差があった。
ルンガレシが対抗しているアトランタ級は、アトランタ級巡洋艦のネームシップ、アトランタであり、舷側には5インチ連装砲7基14門を
向ける事が出来たが、ルンガレシは4ネルリ連装砲6基12門と、僅かながら、砲の数でも敵に差を付けられている。
ルンガレシは、アトランタ級の速射性能に押され始めていた。
アトランタ級の砲弾が降り注ぐ度に、ルンガレシの艦体に穴が穿たれていく。
ある砲弾は、ルンガレシの中央部に取り付けられた銃座に命中し、連装式の魔道銃を粉々に打ち砕く。
別の砲弾は後部甲板に命中して火災を起こさせ、ルンガレシの艦影をおぼろげながらも浮かび上がらせる。
格好の目標を得たアトランタ級は、畳み掛けるように砲弾を放って来た。
アトランタ級の砲弾がルンガレシに殺到し、周囲に砲弾が落下して水柱が噴き上がる。
今度は2発が命中した。1発は中央部に命中し、火災を発生させた。
もう1発は、舷側の両用砲1基に命中し、これを爆砕した。

「右舷側2番両用砲損傷!射撃不能!」

報告を聞かされたラガンガルは、悔しさの余り歯噛みする。

「くそ!こっちの砲も、もう少し発射速度が早ければ!」

彼は忌々しげに呟くが、ルンガレシの砲弾も、アトランタ級に命中している。
アトランタは、ルンガレシに砲弾を7発命中させたが、アトランタも5発の砲弾を受けている。
命中個所は前部甲板と中央部、後部甲板と、艦体に満遍なく広がっている。

命中弾のうち、1発は空の魚雷発射官を直撃していた。
砲弾は発射官を爆砕しただけで終わったが、もしアトランタが魚雷を発射しなかったら、ルンガレシはアトランタに撃沈確実の
損害を与える事が出来たであろう。
アトランタは、被弾によって艦の各所から火災を起こしているものの、左舷側に指向出来る14門の5インチ砲は健在であり、圧倒的な
速射でルンガレシを叩きのめしつつある。
ルンガレシに新たな砲弾が命中する。
今度は1発のみであったが、その衝撃は大きかった。

「畜生!また食らったか!」

ラガンガルは衝撃に耐えながら、呻くように言う。

「第2砲塔に被弾!射撃不能の模様!」

彼は、見張り員の報告を聞くなり、半ば憂鬱な気分になった。
アトランタ級と本格的に交戦を開始して僅か5分足らずで、ルンガレシは4門の砲を使用不能にされた。
それに対して、ルンガレシは敵の戦闘力を全く削れていない。
全く、予期せぬ形で生じた米シ対空巡洋艦同士の戦いは、今の所、ルンガレシがアトランタに圧倒される形で推移しつつある。

「くそ!このまま押しまくられてしまうのか!」

ラガンガルは再び、悔しげな口調でそう言い放つ。
だが、ルンガレシはここで調子を取り戻し始めた。
ルンガレシが砲弾を放つ。その直後にアトランタ級の射弾が降り注ぎ、艦体の損傷が広がっていく。
敵艦の後部に閃光が煌めいた瞬間、一際激しい爆発が命中個所から湧き起こった。

「お……あれは。」

ラガンガルは、何かを期待するかのような気持ちで敵艦を注視した。
アトランタ級は更に射撃を続けるが、炎上する後部部分から発せられる光量は、先程と比べて明らかに小さい。
敵艦は、後部にある3つの砲塔のうち、2つ程を破壊されていた。

「敵1番艦に直撃弾!後部砲塔に命中した模様!」

その報告が艦橋にもたらされるや否や、艦橋職員達は一様に、喜びに満ちた表情を浮かべた。
喜ぶのも束の間、敵艦から放たれた射弾がルンガレシに降り注ぐ。
今度は3発が命中した。1発は後部甲板に命中し、火災を拡大させる。
もう1発は艦橋横の甲板に命中し、艦橋の側面に夥しい破片が突き刺さった。
最後の1発は後部艦橋の基部に命中し、そこから新たな火災を生じさせた。
ルンガレシが返礼とばかりに砲弾を放つ。
アトランタ級には、交互撃ち方で砲撃を行っているため、敵艦には絶えず砲弾が降り注ぐ。
敵艦の左舷側甲板に砲弾が命中し、爆炎が破片らしき物を噴き上げる。
後部甲板にも新たな砲弾が突き刺さり、爆発が起こる。
命中個所からは小さな火災炎がゆらめき、黒煙が艦の後部に流れていく。
アトランタも負けじとばかりに砲弾を放つ。
ルンガレシにアトランタ級から放たれた砲弾が降り注ぐ。10発もの5インチ砲弾が落下し、うち、2発がルンガレシに命中する。
後部付近から何かの破壊音と共に、強い振動が伝わって来た、と思いきや、一際大きな爆発音が鳴った。

「後部第3砲塔被弾!砲員は総員戦死の模様!」

矢継ぎ早に報告が届けられる。

「第3砲塔弾薬庫注水!」

ラガンガルは素早く命令を発した。
彼は、最後の爆発音が、砲塔内に残っていた砲弾が誘爆した音であると確信していた。

そうなった場合、第3砲塔は今、火災を起こしている可能性が高く、砲塔下部の弾薬庫に火災が及ぶ危険がある。
弾薬庫の誘爆が起きた場合、ルンガレシは確実に沈没するであろう。
事実、第3砲塔は火災を起こしており、その猛火は下部弾薬庫にも及びつつあった。
だが、ラガンガル艦長の咄嗟の判断が、ルンガレシを危機から救った。

「艦長!第3砲塔火薬庫、注水完了です!」
「よし、よくやった!」

ラガンガルは満足気に頷いた後、目の前の砲撃戦に意識を戻す。
ルンガレシの砲弾がアトランタの後部艦橋に命中し、そこから火災炎があがる。
アトランタ級は、後部に一際大きな火災を背負う事になり、その艦影がはっきりと見えるようになった。

「くそ、やはりあいつは前期型だったか……どうりで飛んで来る砲弾の量が多い訳だ。」

ラガンガルは眉をひそめながら呟く。彼は、それまでアトランタ級が前期型であるかもしれないと思っていたが、断定する事は出来なかった。
しかし、アトランタ級は自らの発する炎によって、ルンガレシにその姿をさらけ出した。
アトランタ級の砲弾が降り注ぎ、新たに1発がルンガレシに命中する。
今度の砲弾も艦橋横の甲板に命中し、一瞬だけ、爆炎が艦橋のスリットガラスの外に躍り上がるのが見えた。

「負けるな!撃ち続けろ!」

ラガンガルは仁王立ちになりながら、大声音で命じる。

「敵も手負いだ!押しまくれば倒せるぞ!」

彼の言葉に応えるかのように、ルンガレシの砲撃は続く。
アトランタ級の左舷側中央部に、新たな爆発が起こる。爆発光は2つ煌めいた。
1発は、舷側のやや後部にある両用砲を爆砕した。

爆発の瞬間、砲塔の上半分が吹き飛び、2本の砲身が宙高く吹き飛ばされていく。
もう1発の砲弾は、アトランタ級の2本ある煙突のうち、後ろ側にある煙突に命中した。
砲弾が炸裂した瞬間、アトランタは2番煙突の上半分をもぎ取られてしまった。

「敵艦に新たな火災発生!砲力が更に低下した模様!」

その報せを聞いたラガンガル艦長は、心が躍り上がる様な高揚感を感じた。

「ようし、その調子だ!」
ラガンガルは不敵な笑みを浮かべながら、快活のある声音でそう言い放つ。
アトランタ級の砲弾も落下して来た。
後部付近から一際、大きな衝撃と爆発音が伝わって来た。

「艦長!後部予備射撃指揮所に命中弾!」
「……了解。」

ラガンガルは報告を聞くなり、やや表情を暗くしたものの、砲戦力の更なる低下は見られないため、すぐに気を取り直した。

「まだ艦橋トップの射撃指揮所が残っている。ここと、主砲が残っている限りはまだ戦える。戦って、あのアトランタ級を仕留めてやる!」

(どちらの対空艦が強いのか……証明してやろうじゃないか!)
ラガンガルは、心中でそう叫んだ。
ルンガレシが砲弾を放つ。その直後にアトランタ級の砲弾が落下し、ルンガレシの艦体が更に損傷する。
今度は3発が命中した。3発中2発は中央部に命中し、1発は艦首の錨鎖庫に命中した。ルンガレシの砲弾も敵に降り注ぐ。
ルンガレシの射弾は、1発だけが命中したが、これは後部に唯一残っていた4番砲塔に直撃した。

「敵巡洋艦の後部砲塔が完全に沈黙した模様!」
「ほほう……残るは、前部砲塔のみか。」

ラガンガルは、これで5分5分になったと確信する。
アトランタ級は、後部と舷側の砲塔を叩き潰され、残りは前部にある3基だけとなっている。
一方、ルンガレシは前部の第1砲塔と後部の第4砲塔、右舷側第2砲塔の3基6門が使える。
使用できる大砲は互いに6門のみであり、戦力的には互角と言える。

「ここからが正念場だぞ。」

ラガンガルは小声で呟きながら、83年10月2日に起きたマルヒナス沖海戦の事を思い出す。
当時、ラガンガルは、今日と同じように、ルンガレシを率いてアメリカ軍の巡洋艦部隊と戦っている。
あの時戦った巡洋艦は、アトランタ級よりも強力なクリーブランド級巡洋艦だったが、ラガンガルはルンガレシの速射性能で持って、
最終的にクリーブランド級に打ち勝つ事が出来た。
状況は、マルヒナス沖海戦の時と似ている。どちらが、相手の砲塔を全て吹き飛ばすか、または急所を叩くかで、全ては決まる。
だが、ラガンガルは、決して負けるつもりは無かった。
ルンガレシが砲弾を弾き出した。同時に、アトランタ級も前部砲塔から砲撃を行う。
彼我の砲弾が空中で交錯し、それぞれの目標に向かって行く。
着弾は、ほぼ同時であった。
唐突に、真上から激しい衝撃が伝わった。ラガンガルは、今までに経験した事の無い衝撃に耐え切れず、床に転がされてしまった。

「うぉ!?」

彼は転倒の際、右肩を床に打ち付けてしまった。
右肩からしびれる様な痛みが伝わり、彼はしばらく痛みに苦しんだ。
(くそ……骨をやられたか?)
ラガンガルは心中で右肩の心配をしながらも、戦況を見守るべく、痛みに耐えながら体を起こした。
その瞬間、彼の耳に思いがけない言葉が響いて来た。

「艦長!主砲射撃指揮所に敵弾が命中!指揮所の要員は総員、戦死の模様!」
「………」

ラガンガルは、言葉を発する事が出来なかった。
だが、彼は心中で、今の状況を的確に分析していた。
(主砲射撃指揮所が破壊されたとなると……ルンガレシはもはや、効果的な射撃が出来ない事になる。ああ、なんともあっけない幕切れか……)

ルンガレシはその後も交戦を続けたが、主砲射撃指揮所が破壊されてから2分後には、全ての砲塔を粉砕され、ルンガレシは完全に戦闘能力を失った。


巡洋艦部隊と駆逐艦部隊が戦っている間、TG58.7の主力である2隻のアラスカ級巡戦も交戦を開始しようとしていた。

「敵艦との距離、19000メートル!」

TG58.7旗艦であるトライデントは、左舷前方に敵の主力艦群を迎える形で、30ノットの高速で進んでいる。

「大分距離が縮まって来たが、敵はまだ撃たんのか。」

デュポーズ少将は、暗闇の向こう側に居る敵艦隊を見つめながら、ぼそりと呟く。
敵戦艦群の姿は視認出来ないが、トライデントのレーダーは、トライデント、コンスティチューションと同じように、30ノット以上の
速力で驀進する敵戦艦3隻を捉え続けている。

「司令。敵戦艦群は一向に針路を変えませんな。」

マックベイ艦長がデュポーズに語りかける。

「敵がこの先、針路を変えるかどうかまでは分からんが、この調子で行くと、恐らく、敵は反航戦でトライデントとコンスティチューションに
挑もうとしているのかも知れん。」
「反航戦ですか……少しきついですな。」

マックベイ艦長は眉をひそめながらデュポーズに言う。

「反航戦で戦うよりも、同航戦で戦った方がやり易いのですが。」
「私も同感だが、敵が反航戦を挑んで来るのならば、受けて立つしかあるまい。」

デュポーズはぶすりとした口調でマックベイに返した。
既に、トライデントの前部第1、第2砲塔は仰角を上げ、敵艦に向けられている。
敵艦に向けられている砲は、主砲だけではなく、前方に指向可能な5インチ連装両用砲も2基が、暗闇の向こう側に2門ずつの砲を向けている。

「敵艦との距離、18000メートル!」

CICのレーダー員が、機械的な口調で距離を知らせて来る。
トライデントの艦橋内は、戦闘開始前の緊張感に包まれている。
デュポーズも、マックベイを始めとする艦橋要員も、戦闘が始まるその瞬間を、今か今かと待っていた。

「旗艦より通達。射撃距離、16000。トライデント、コンスティチューション、目標、敵1番艦!」

唐突に、デュポーズが命令を発した。
デュポーズの命令は、隊内無線を通じて、2番艦コンステレーションに伝えられた。

「敵艦との距離、17000メートル!」

レーダー員の声がスピーカー越しに響く。
(敵はまだ撃たぬのか……)
デュポーズは、敵戦艦群が沈黙を続けている事が気になった。
アラスカ級巡戦の初陣となったトアレ岬沖海戦では、ネームシップのアラスカが敵戦艦2隻を相手に大立ち回りを演じているが、この時、
アラスカは19000で射撃を開始し、敵戦艦2隻もほぼ同じ距離で砲撃を開始している。
だが、2隻のアラスカ巡戦と対抗している敵戦艦3隻は、距離が17000メートルを切った今でも、一向に射撃を開始しない。
(敵の指揮官もまた、自分と同じように、夜戦での遠距離砲戦はやり難いため、より接近してから砲撃を行おうと考えているのか?)
ふと、デュポーズはそう思った。

だが、状況は違う方向に……ある意味では良い方向に流れた。

「司令!敵戦艦部隊が左に転舵を行います!あっ!舷側より発砲炎!」

見張りの声が聞こえたかと思うと、トライデント前方上方に照明弾が輝いた。
3隻の敵戦艦は、急に回頭を始めた、と思った瞬間に舷側の両用砲から照明弾を放つと同時に、全ての主砲を1番艦、トライデントに向けつつあった。

「本艦上空に照明弾!」

デュポーズはその報告を聞くや、カッと目を見開き、張りのある声音で命令を発した。

「変針!針路350度!」

デュポーズの命令を聞いたマックベイ艦長は、即座に命令を伝える。

「面舵一杯!針路350度!」
「アイアイサー!」

トライデントの航海科に命令が伝わり、操舵員が舵輪を勢いよく回す。アラスカの艦尾部にある舵が反応し、艦を右へと回頭させようとする。
トライデントは重量が32900トンと、新鋭戦艦並みの重量があるため、すぐには丸事が出来ない。
艦が回頭する直前、先に回頭を終わった敵戦艦3隻が一斉に主砲弾を放って来た。

「敵艦発砲!」

見張りが絶叫めいた口調で報告して来る。
デュポーズは見張りの声を聞くまでもなく、自らの目で敵戦艦3隻が、その主砲から火を噴く様子を凝視していた。
トライデントの艦首が鮮やかな速度で回り始める。
デュポーズの居る艦橋部は、甲板よりも高い部分にあるため、回頭時の揺れが強く感じた。

トライデントの上空に、耳鳴りのような飛翔音が鳴り響いて来た、と思った直後、トライデントの左舷側海面と、左舷側前方の海面に多数の水柱が噴き上がった。
水中爆発の衝撃が、トライデントの艦底部を叩き、艦橋の揺れが幾分大きくなった。

「本艦の左舷側海面に敵弾落下!敵弾の一部は左舷側50メートル程の位置に落下しています!」

その報告を聞いたデュポーズは、背筋が凍りついた。
(危なかった……少しでも命令を出すのが遅れていたら、このトライデントはやられていただろうな)
デュポーズは、自分の出した命令のお陰で、敵弾を紙一重で避けられた事と、トライデントが早々と戦闘不能に陥り、ひいては、第15戦艦戦隊の
敗北に繋がりかねない事態を避けた事に、しばし安堵した。

「司令!トライデント、回頭終わりました!」

マックベイ艦長が報告を伝えて来る。それから5秒後に、見張り員からも報せが届く。

「後方のコンスティチューションも回頭を終えた模様!」

デュポーズは頷きながら、敵戦艦3隻に視線を向ける。
トライデントに一斉射撃を加えた敵戦艦3隻は、仕切り直しとばかりに主砲を発射する。

「ようし、今度は俺達の番だ!」

デュポーズは、唸る様な声で呟いた後、凛とした声音で命令を発した。

「主砲、左砲戦!トライデント目標、敵1番艦!コンスティチューション目標、敵2番艦!」

デュポーズの命令に従い、2隻の巡戦の砲術科員は、狙いを敵戦艦に定めていく。
それぞれの1番砲塔と2番砲塔。そして、3番砲塔が敵艦に向けられ、砲が生き物のように微調整を繰り返しながら、敵艦への砲弾を発射するべく、
準備が整えられていく。

敵戦艦の主砲弾が、トライデントの右舷に落下して来た。
敵艦は、1番艦と2番艦がトライデントを狙っているのか、6発の砲弾が前後して降り注ぎ、水柱を跳ね上げた。
敵艦は更に、第2射を放つ。この時、発砲炎が一瞬ながらも、敵1番艦の姿を露わにした。
その箱型艦橋と、ごつごつとした何か(後に両用砲の群れとわかる)に覆われている中央部。そして、艦首側に2基、艦尾側に1基配置された主砲塔。

「マレディングラ級巡洋戦艦だな。」

デュポーズは、即座に敵艦の正体を見抜いた。

「アラスカ級巡洋戦艦のライバルが来るとはな。これは、負けられない戦いになるぞ。」

彼は、闘志のこもった口調でそう言い放った。

「司令!トライデント、コンスティチューション、射撃準備完了しました!」

デュポーズは頷いてから、命令を発した。

「撃ち方始め!」

命令が下るや、トライデントの主砲が火を噴いた。
各砲塔の1番砲塔がまず、砲弾を放つ。長砲身の主砲から弾き出された14インチ砲弾は、弧を描いて敵1番艦に降り注ぐ。

「弾着……今!」

その声と共に、トライデントの主砲弾が落下する。
第1射3発は、敵1番艦を飛び越えてしまった。

「最初はあんな物だな。」

デュポーズは達観した口調で呟く。敵1番艦と2番艦の主砲弾がトライデントに降り注いで来た。
最初の3発は、トライデントの左舷側200メートルの海面に落下した。その2秒後に、トライデントの右舷側海面に3本の水柱が立つ。
敵1番艦はトライデントの左舷側に砲弾を落下させたが、敵2番艦の砲弾は全て遠弾になったようだ。
トライデントが第2射を放つ。少しばかり時間が経ってから、3発の砲弾が敵1番艦目掛けて落下する。
第2射弾は、敵1番艦の右舷側に1発、左舷側に2発が落下した。

「敵1番艦を狭叉!」

早くも狭叉弾を与えた事により、報せを送って来る見張り声音が、興奮で上ずっていた。
敵1番艦と2番艦が第3射を放ってから5秒後に、トライデントが第3射を放つ。
トライデントの射弾が弾着する前に、敵1番艦と2番艦の砲弾が落下する。
今度は、敵1番艦の砲弾が遠弾となり、敵2番艦の砲弾が全て近弾となった。
先程とあべこべな展開になったが、デュポーズはトライデントに伝わった振動が先の第2射弾よりも大きい事から、敵1番艦と2番艦も
射撃の精度を上げて来ていると確信する。
水柱が崩れ落ち、トライデントの目の前に再び、敵1番艦が姿を現す。
敵1番艦は、後部甲板から火災炎を発していた。先の第3射弾のうち、1発が命中したのだ。

「敵1番艦に直撃弾!火災発生!」
「砲術、一斉撃ち方に切り替えろ!」

マックベイ艦長はすかさず、一斉撃ち方に切り替えさせる。
トライデントの主砲がしばしの間、沈黙する。
敵1番艦と2番艦は、今のうちと言わんばかりに第4射を放った。
敵巡戦の主砲弾が、トライデントの周囲に落下する。最初に、敵1番艦が放った砲弾が落下して来た。
トライデントの右舷側海面に3本の水柱が立ち上がる。その直後に、敵2番艦の砲弾が降り注いで来た。
デュポーズは、3度の爆発音と、右側から来る揺れを感じた後、左右からやや強い揺れを感じた。

「む……今の揺れは……」

デュポーズはハッとなった。敵2番艦の砲弾は、トライデントの右舷側海面と、左舷側海面に落下したと思われる。
それはつまり、トライデントが敵2番艦に狭叉弾を与えられた事を意味していた。

「敵2番艦、トライデントを狭叉しました!」
「むう……まずいな……」

デュポーズは不安げな口調で呟く。だが、不安に駆られるのも束の間であった。
トライデントの主砲が第1斉射を放った。
3連装3基9門の主砲は、やや発射間隔をずらして砲弾を放っているが、55口径14インチ砲9門の斉射音は、間隔がずれている事など
分からぬほど強烈であった。
デュポーズは、初めて経験する実戦での戦艦の斉射に、心中で驚かされていた。
(アラスカの14インチ砲は、アイオワ級の17インチ砲と比べて見劣りするかと思っていたが、実際に間近で斉射を体験してみると、かなり凄いぞ)
彼は、14インチ砲の斉射に舌を巻きながらも、敵1番艦を凝視した。
敵1番艦が第5射を放つ。その直後、第1斉射弾が次々と降り注いだ。
敵艦の中央部と後部に命中弾と思しき閃光が煌めき、命中個所から爆炎が噴き上がった。

「2弾命中!」

見張りが艦橋に報告を伝えて来る。
トライデントの主砲弾は、敵1番艦の右舷側中央部にある2基の連装両用砲を爆砕した他、後部甲板に命中した砲弾は最上甲板を突き破り、無人の
兵員室で炸裂して火災を起こさせた。
トライデントにも、敵1番艦と2番艦の主砲弾が落下して来る。
敵1番艦の主砲弾はトライデントの左舷側に落下したが、敵2番艦の砲弾は1発が、トライデントの左舷側後部に命中した。
砲弾が艦体に命中した瞬間、トライデントの艦体がひとしきり、激しく揺れた。

「!?」

デュポーズは、その衝撃に仰天しながらも、なんとか耐えた。

「左舷側後部に被弾!左舷4番両用砲損傷!」

被害報告が艦橋に届けられる。
自艦の被弾をよそに、トライデントは第2斉射を放った。
程無くして、敵1番艦に9発の14インチ砲弾が降り注ぐ。敵1番艦の周囲に水柱が高々と吹き上がり、その中に2つの爆発光がきらめく。
水柱が崩れ落ちると、敵1番艦の全容が明らかになった。
敵1番艦は、新たに前部甲板からも火災を起こし、黒煙をたな引かせている。
敵艦が第6射を放つが、敵2番艦は主砲を沈黙させていた。
その敵2番艦は、コンスティチューションの第7射弾を受けた。

「コンスティチューション、敵2番艦に直撃弾!」
「ようし、コンスティチューションも乗って来たな」

デュポーズは、指揮下の巡戦2隻が、ようやく本領を発揮し始めた事に対して、満足感を覚えていた。
敵1番艦の第6射弾が降り注いで来た。驚く事に、敵1番艦はトライデントに狭叉を浴びせた。

「敵1番艦、本艦を狭叉!」

見張りがやや、声を震わせながら報告を伝えて来る。
トライデントは、そんな事知らぬとばかりに、轟然と第3斉射を放った。
同時に、敵2番艦もトライデント目掛けて、最初の斉射弾を撃ち放って来た。
トライデントの第3斉射弾が敵1番艦に降り注ぐ。デュポーズは、敵1番艦が水柱に囲まれる中、敵艦の中央部と後部に爆発光を確認した。
その直後、トライデントにも敵2番艦の斉射弾が降り注いだ。
敵の主砲弾が甲高い轟音をがなり立てながら落下し、周囲に水柱が噴き上がる。トライデントの艦体が被弾により、強く揺れた。
揺れは、間も無く収まった。

「本艦、敵弾3発を被弾!左舷側中央部並びに、後部甲板で火災発生!」

再び、被害報告が艦橋に届けられた。
敵2番艦の主砲弾は、3発がトライデントに命中していた。
砲弾2発は後部甲板に命中して甲板に大穴を開け、左舷中央部命中した砲弾は、左舷側2番両用砲と40ミリ4連装機銃2基、20ミリ機銃3丁を
破壊し、無数の破片を艦上に撒き散らした。
トライデントは損害を被りつつも、9門の主砲を用いて第4斉射弾を放つ。
敵1番艦も第7射を放った。後方のコンスティチューションが、2番艦目掛けて第1斉射を放つ。
後方から、55口径14インチ砲9門の斉射音が響く。デュポーズは、その轟音を頼もしげに聞いていた。
トライデントの第4斉射弾が敵1番艦に降り注いだ。今度は1発が敵1番艦の艦橋に近い所で命中した。

「おっ……もしや……」

デュポーズは、命中個所が艦橋に近い事から、敵1番艦が艦橋職員に被害を出し、人事不省に陥って砲撃に支障が出る事を期待した。
だが、敵1番艦は先の被弾で戦闘力を失わなかった。
敵1番艦が第1斉射を放った。その光量は、最初に放った一斉射撃とほぼ同じ大きさだ。
敵2番艦の第2斉射弾がトライデントに殺到する。次の瞬間、トライデントは至近弾による衝撃と、命中弾爆発による2重の衝撃に強く揺さぶられた。

「おのれ、また食らったか!」

デュポーズは忌々しげに呟く。敵2番艦の第2斉射弾が命中してから10秒後に、敵1番艦の斉射弾も降り注いで切る。
またもやトライデントの艦体に敵弾が命中し、次いで、至近弾の衝撃が頑丈な筈のトライデントの艦体を頼りなく感じさせるほど、強く揺らした。

「左舷中央部並びに後部甲板に被弾!火災発生!」

トライデントは、この被弾の際にも主砲に損害を受ける事は無かった。
第5斉射が放たれ、トライデントの左舷側が真っ赤に染まる。
砲弾が、敵1番艦に降り注ぎ、周囲で水柱を噴き上げ、同時に敵1番艦の前部甲板と中央部に命中弾と思しき閃光が煌めく。
それから28秒後、トライデントが第6斉射を撃ち放つ。敵2番艦も第3斉射を放ち、その5秒後に敵1番艦も第2斉射を放った。
第6斉射弾が敵1番艦の周囲に落下し、またもや林立する水柱に覆われる。

直後、敵1番艦の後部付近で命中弾炸裂の閃光がきらめく。その後、紅蓮の炎が命中箇所から上がった。
敵2番艦と敵1番艦の主砲弾もトライデントに目掛けて落下した。
敵2番艦の砲弾は2発が、敵1番艦の砲弾は1発が命中した。命中弾を受ける度に、トライデントの32900トンの艦体は激しく揺さぶられ、
艦の損傷が蓄積していく。

「前部甲板に被弾!火災発生!」
「左舷側射撃レーダー損傷!使用不能の模様!」
「左舷第1両用砲損傷!左舷側両用砲は全滅です!」

艦橋に、ダメコン班から次々と報告が送られて来る。トライデントの甲板上の被害は無視しえぬ物になっており、火災も徐々に拡大しつつある。
だが、トライデントのヴァイタルパートは、何発もの砲弾を食らいながらも、敵弾の貫通を許していなかった。

「流石はアラスカ級巡戦だ。分厚い装甲を施した甲斐があったな。」

デュポーズはニヤリと笑みを浮かべた。
トライデントが第6斉射を放って28秒後に、9門の主砲から第7斉射が放たれる。
それから数秒後、敵1番艦が第3斉射を放つが、この時、デュポーズは敵1番艦の後部付近から、発砲炎が見えなかった事に気が付いた。

「……ははぁ、敵艦は後部の主砲塔を破壊されたか。」

敵1番艦は、先の第6斉射弾によって、後部の第3砲塔を破壊されていた。
トライデントの14インチ砲弾は、敵1番艦の第3砲塔の天蓋に命中。砲弾は天蓋を貫通して砲塔内部で炸裂し、第3砲塔を爆砕した。
第3砲塔は真っ赤な炎を噴き上げ、濛々たる黒煙を噴き上げた。
敵2番艦が第4斉射を放つ傍ら、敵1番艦にトライデントの第7斉射弾が放つ。
敵1番艦の後檣に命中弾と思しき閃光が煌めき、直後に爆炎と、夥しい破片が高々と舞い上がる。
敵1番艦の中央部にも砲弾が命中し、爆発と共に炎と煙が噴き上がるのが見える。
トライデントに、敵1番艦の第3斉射弾が落下して来た。
その次の瞬間、トライデントの周囲に水柱が林立し、次いで、艦橋に強い衝撃が伝わった。

「ぬお!?」

デュポーズは、思わず姿勢を崩し掛けたものの、何とか耐えきる事が出来た。

「左舷甲板に被弾!見張り員戦死!」

先程の見張り員とは違う声が艦橋に響く。その声の主が、戦死した見張り員の交代要員である事は容易に想像が付いた。
敵2番艦の斉射弾も落下する。またもや、トライデントの周囲に水柱が湧き立つ。
不思議な事に、敵2番艦の砲弾は1発も命中しなかった。

「敵2番艦の奴、この期に及んで外すとは。」

デュポーズはぼそり呟いた。
トライデントが第8斉射を放つ。55口径14インチ砲9門が力の限り咆哮し、敵1番艦に9発の14インチSHS弾を叩き込む。
敵1番艦と敵2番艦も斉射弾を放つ。この時、見張り員から朗報が飛び込んで来た。

「敵2番艦、砲塔1基を喪失した模様!」

その報せを聞いたデュポーズは、コンスティチューションもトライデントに劣らず、奮闘しているのだなと思った。
敵1番艦に9発の14インチ砲弾が殺到し、次々と水柱が噴き上がる。
敵1番艦の艦首部に爆発が起こり、何かの破片が宙高く噴き上がる。敵1番艦の第1砲塔付近で炸裂の閃光が湧き起こり、直後、炎と
黒煙が後方にたな引き始める。
更に、後檣寄りの位置に3発目の砲弾が命中し、派手に爆炎を噴き上げた。
トライデントにも、敵1番艦の第4斉射弾、敵2番艦の第6斉射弾が殺到する。
前後して、6発ずつの砲弾が落下し、トライデントの艦体が至近弾炸裂の衝撃と、被弾の振動でしたたかに揺らされる。

「後檣基部に命中弾!火災発生!」
「後部甲板に命中弾!後部兵員室の損害拡大!」
「左舷中央部に敵弾命中!火災が拡大します!」

トライデントの被害も次第に大きくなりつつある。
9門の主砲は依然健在だが、何発もの砲弾を浴びた左舷側甲板や前部甲板、後部甲板では火災が発生し、艦の後方にかなりの量の黒煙が
たな引いていている。
傍目から見れば、大破炎上した艦が、無理強いしながら突っ走っているようにも思える光景だ。
彼我の距離は尚も詰まりつつあり、今では15000メートルという、戦艦同士の砲撃戦にしては至近と言っても良い距離で殴り合いを続けている。
トライデントが第9斉射を撃ち、9発の14インチSHSを敵1番艦に叩き付ける。
その時、敵1番艦の後方にいる敵2番艦が、一際激しい爆発を起こし、敵1番艦の後部部分がその爆発光に照らし出された。

「敵2番艦!中央部より大火災!」
「おぉ、コンスティチューションが敵2番艦に重傷を負わせたか!」

デュポーズは、僚艦の奮闘ぶりに、やや弾んだ声音でそう言った。
コンスティチューションの斉射弾は、1発が敵2番艦の中央部に命中し、両用砲弾庫の収められていた100発以上の両用砲弾を誘爆させた。
敵2番艦はこの大爆発で中央部から大火災を生じ、艦の中央部はめらめらと燃え盛る炎に覆われた。
だが、敵2番艦は重傷を負いながらも、尚、機関部と残りの主砲塔は健在であった。
ダメコン対策に奔走していたのは、アメリカ海軍だけではなく、シホールアンル海軍でも同様であった。
敵2番艦の応急修理班は、右舷側3番両用砲弾庫が誘爆した瞬間、瞬時に隣接する2番両用砲弾庫と4番両用砲弾庫の注水を行った。
マレディングラ級巡洋戦艦の防御力は、新鋭戦艦には劣る物の、防御はかなり整っており、両用砲弾庫の誘爆だけでは沈まない構造になっていたが、
それでも複数の弾薬庫が誘爆すれば大破は免れず、最悪の場合、主砲弾薬庫の誘爆も招きかねないため、応急修理班の指揮官は独断で、2番、4番
両用砲弾庫の注水を命じた。
その結果、敵2番艦……もとい、巡戦ミズレライスツは、3番両用砲弾庫の誘爆で大損害を被った物の、艦深部の機関部や主砲塔には損傷が及ぶ事は
無く、砲撃を続行できた。
アラスカの第9斉射弾が敵1番艦に落下する。1発が、敵1番艦の第1砲塔に命中し、これを粉砕した。
もう1発が中央部に命中。この砲弾は、敵1番艦の最上甲板を貫通した後、第2甲板、第3甲板も貫通して、第4甲板の無人の工作室で炸裂した。
その直後、敵1番艦が第5斉射、敵2番艦が第7斉射を放って来た。

「敵1番艦の発砲炎がまた弱くなっている。先の被弾が、前部甲板の第1砲塔か第2砲塔を傷付けたな。」

デュポーズは、敵1番艦の砲戦力が最初と比べて、かなり弱体化している事に気付いた。
彼の言う通り、敵1番艦は第1砲塔と第3砲塔を損傷し、残りは第2砲塔が使えるのみとなっていた。
敵1番艦と2番艦の射弾が殺到して来る。幾度となく聞いた飛翔音がトライデントの頭上に鳴り響いた、と思った瞬間、弾着の衝撃が
トライデントの艦体を強く揺さぶった。
唐突に、目の前で強烈な爆発が鳴り響き、スリットガラスの前面で紅蓮の炎が躍りあがった。

「まさか……!」

マックベイ艦長は、艦橋前面に躍り上がった炎を見た瞬間、顔を青ざめさせ、揺れが収まるや、すぐに艦橋の側に走り寄った。

「おのれ……第2砲塔が……!」

マックベイ艦長の目には、敵の主砲弾によって破壊された第2砲塔の姿が映っていた。
トライデントには、敵1番艦と敵2番艦の主砲弾が降り注いだ。
先に落下したのは敵2番艦の主砲弾で、これは後檣手前に落下してヴァイタルパートを貫通し、第3甲板で炸裂した。
次に落下したのは、驚くべき事に、敵1番艦の斉射弾であった。
敵1番艦の砲弾は、1発がトライデントの第2砲塔に命中した。
敵弾はトライデントの厚さ150ミリの天蓋を斜め上に落下し、そこで炸裂した。砲弾は砲塔の上面装甲を貫通しきれなかったが、砲弾本体は
天蓋の装甲板の半ばまで食い込んでいたため、炸裂した瞬間、爆発エネルギーが裂け目に集中、天蓋を突き抜け、爆炎が第2砲塔内に躍り込んだ。
第2砲塔は、3本の主砲は敵艦を睨んでいるものの、天蓋はざっくりと裂け、その破孔部からは濛々と黒煙が噴き上がっていた。
砲塔内に居た砲員は、全員が戦死し、砲塔内部も滅茶苦茶に破壊されてしまった。
トライデントは、これで砲戦力の3割を失った事になる。
マックベイ艦長は、火災の延焼による主砲弾火薬庫誘爆を避けるため、即座に第2砲塔火薬庫注水を命じた。
第2砲塔の火薬庫注水が行われている間、残った6門の主砲が第10斉射を放った。
砲弾は、敵1番艦が新たな斉射弾を放つ前に落下した。
デュポーズは、敵の前部砲塔がある辺りに、再び砲弾命中の閃光が煌めくのを、自らの目で確認した。

トライデント艦上からは詳細が分からなかったが、トライデントの放った砲弾のうち、1発は敵1番艦の第2砲塔の正面に命中した。

敵艦の砲塔正面は、340ミリ相当の装甲が施されており、敵艦も自艦から放たれた砲弾に耐えうると言う要件を満たした防御力を
誇っていた。
更に、砲塔正面は傾斜がかけられており、部分的には340ミリ以上の厚みがあるため、角度によっては砲弾が弾き飛ばされる可能性もあった。
だが、アラスカ級巡戦の持つ55口径14インチ砲弾は、その特徴である高初速でもって、距離17000メートル以内では、厚さ390ミリ
相当の装甲板でも貫通する威力を有している。
故に、敵艦の主砲塔は、真正面から14インチ砲弾を食らい、たちまち爆砕された。
敵1番艦には、もう1発の砲弾が落下する。
命中箇所は中央部付近であり、これは分厚い装甲板を難無く貫通して、艦深部の前部機関室で炸裂した。
砲弾が命中し、爆発する。敵1番艦は艦体から爆炎と煙を噴き出した後、更に斉射弾を放とうとしたが、それはもはや、不可能であった。
そればかりでなく、敵1番艦は徐々に速力を落としながら、左舷に回頭し始めた。
敵1番艦の艦上から、主砲発射の発砲炎が煌めく事は、もはや無かった。

「敵1番艦沈黙!」

見張りの声が響いた瞬間、艦橋に歓声が爆発した。
トライデントは敵1番艦と2番艦を相手取りながら、敵1番艦を沈黙に追い込む事に成功したのだ。
この時は、ひたすら冷静さを取り繕っていたデュポーズさえも、感極まってガッツポーズをした程であった。
更に朗報は続く。

「コンスティチューション、敵2番艦に有効弾を与えた模様!」

デュポーズは見張りの声を聞いた後、艦橋の側に駆け寄って、双眼鏡で敵2番艦を見つめる。
敵2番艦は、敵1番艦のように、全ての主砲塔を粉砕されてはいなかったが、中央部と後部甲板付近から大火災を発生している。
それに加えて、敵2番艦は、若干艦容が変わっているように思える。
デュポーズは、敵2番艦の様子が気になり、艦橋に視線を集中するが、その時、敵2番艦は新たな斉射弾を放って来た。
敵2番艦は前部2基の主砲塔が健在であり、残った6門の主砲を全て放って来た。

「コンスティチューションは、敵2番艦の戦闘力を完全に奪っていなかったか。」

デュポーズは顔をしかめながら呟く。見張りは一体、何を見てコンスティチューションが有効弾を与えたのかと思ったが、その意味は、
間も無く理解できた。
敵2番艦の砲弾が弾着した。不思議な事に、弾着点はトライデントを飛び越えていた。

「……射撃精度が悪いな。」

デュポーズは、不思議そうに呟くが、その時、彼は、敵2番艦の前檣の形が変わっていた事に気付き、すぐに敵2番艦に視線を向ける。

「……なるほど、そう言う事か!」

彼は、思わず声を上げてしまった。
敵2番艦は、コンスティチューションの主砲弾によって、艦橋トップを吹き飛ばされていた。
そのため、主砲射撃指揮所を失い、有効な射撃ができないでいた。
敵2番艦はその前にも、後檣を爆砕されていたため、敵2番艦が精度の高い統制射撃を行う事は、完全に不可能となっていた。
敵2番艦は更に斉射弾を放つが、悲しい事に、砲弾は見当外れの海面に落下した。
コンスティチューションの新たな斉射弾が、敵2番艦に命中した。
この被弾で、新たに主砲塔1基を爆砕された敵2番艦は、溜まりかねたかのように回頭を行った。

「コンスティチューション、敵2番艦を撃退しました!」
「ようし、これでこっちが有利になったぞ!」

デュポーズは、誇らしげな口調でそう言いながら、新たな命令を発しようとした。
だが、その直後、彼の耳に凶報が飛び込んで来た。

「コンスティチューションより緊急信!我、舵機損傷により操舵不能!」
「な……」

デュポーズは思わず絶句してしまった。

トライデントが敵1番艦を狙う傍ら、敵2番艦に撃たれまくっていたように、コンスティチューションも敵3番艦から一方的な砲撃を
浴びせられていた。
コンスティチューションは、敵3番艦の主砲弾を17発も食らい、第3砲塔は、砲塔基部の命中弾によって旋回不能に陥り、艦の左舷側
中央部と後部からは火災と被弾のため、対空火器が全滅するという大損害を被っていた。
その上、コンスティチューションは、敵弾の水中弾効果によって艦尾付近に破孔を穿たれ、浸水のため舵機室が冠水し、使用不能となった。
このため、コンスティチューションは舵が右に固定されたまま、緩やかに右回頭をするだけとなってしまった。
こうなってしまっては、砲撃を行うどころでは無く、コンスティチューションは敵2番艦を撃破した代わりに、3番艦に撃破される破目に陥ってしまった。

「コンスティチューション、隊列から落伍します!」
「畜生、一難去って、また一難か……!」

デュポーズは唸る様な声音で呟くが、すぐに意識を切り替え、新たな命令を発する。

「目標、敵3番艦!」

デュポーズの命令を受け取ったマックベイ艦長が、すぐに指示を飛ばす。
トライデントは、残った第1、第3砲塔を敵3番艦に向けた。
暗闇の向こうの敵3番艦は、トライデントに向けて照明弾を放とうともしない。

「こっちが火災炎を引きずって姿を丸出しにしているから、照明弾を放つ必要は無い、と言う事か。」

隣のマックベイ艦長が悔しげに呟く。
トライデントには、まだSGレーダーが残っており、その正確な位置情報は常にCICから伝えられているため、砲撃を行いやすいが、
もともと、水上レーダーは射撃照準レーダーでは無いため、主砲の射撃は、専ら光学照準射撃でもって行われる。
要するに、米艦艇はレーダーを従とし、光学照準を主としているのだ。
海軍内では、SGレーダーを用いて射撃を行う事をレーダー照準射撃と呼ぶ事があるが、これは間違いであり、本当はレーダーの位置情報を
頼りに光学照準射撃で砲撃を行っているにすぎない。
そのため、射撃精度は、レーダーを使わない時よりは良い物の、完璧かつ、正確な射撃を行う事では無いため、射撃精度は最初から満点と
言う事では無い。

先程の砲撃で、トライデントとコンスティチューションが僅か数回とは言え、空振りを繰り返しているのがその証拠である。
対して、敵は、炎を纏ったトライデントに狙いを付ける為、最初からトライデントよりも精度の良い射撃を行う可能性が高い。
それに加え、トライデントは手負いであるに対して、敵3番艦は無傷のままである。
また、砲撃を受けなかったとはいえ、僚艦コンスティチューションを脱落させたその腕前は認めざるを得ない。
トライデントが、敵3番艦と不利な砲戦を行う事は、ほぼ確実であると思えた。

「敵3番艦、主砲発射!」

見張りが切迫した声音で報告を伝えて来る。程なくして、敵3番艦の砲弾が落下して来た。
トライデントの右舷側50メートル程の海面に、9本の水柱が噴き上がり、艦体が水中爆発の衝撃でしばし揺さぶられた。

「敵は最初から斉射を放って来たか!」

マックベイ艦長は焦りのこもった口調で呟いた。
敵3番艦の斉射は、コンスティチューションへの砲撃で腕ならしが出来たためか、最初から精度が良かった。
最初の斉射から40秒後、砲術科員の測的完了という報告と同時に、敵3番艦が第2斉射を放った。

「砲術!こちらも斉射で行くぞ!」

マックベイ艦長は、思い切って斉射弾を放つ事を決めた。
敵3番艦の第2斉射弾が落下する前に、トライデントは敵3番艦に対する第1斉射を放った。
その直後、敵弾が轟音を上げながら、トライデントに落下して来た。
驚くべき事に、敵の第2斉射弾は、トライデントを狭叉した。

「何と言う事だ……」

さしものデュポーズも、敵3番艦の射撃精度の前には唖然とするしか無かった。

「弾着……今!」

見張り員の声が聞こえると同時に、14000メートルの向こう側に居る敵3番艦に第1斉射弾が落下する。
砲弾は全て、敵3番艦を飛び越えていた。

「くそ……最後の最後で、とんでもない敵と出くわすとは!」

デュポーズの耳に、マックベイ艦長の呪詛のような声音が響いた。


敵駆逐艦部隊との激闘を制した第68駆逐隊の4隻の駆逐艦は、トライデントと敵3番艦の砲撃戦に乱入してきた。
第68駆逐隊司令であるアーロン・ウィルソン大佐は、司令駆逐艦シャノンの艦橋で、互いに大口径砲弾を撃ち合う両艦を交互に見やった。

「艦長!どうやら、トライデントは押されているようだぞ。」
「まずい状況ですね……早く射点に到達しないと、トライデントもコンスティチューションの二の舞になりかねません。」

駆逐艦シャノン艦長ジェレミル・ハマー中佐がそう言うと、ウィルソン大佐も深く頷いた。

「まっ、俺達は、そんな事をさせるつもりはないが。」

ウィルソン大佐は獰猛な笑みを浮かべた。

「代わりに、残った魚雷を、シホットの戦艦にぶち込んでやる。」

第68駆逐隊は、最新鋭のアレン・M・サムナー級駆逐艦で編成された部隊だ。
駆逐隊はシャノンを始め、マンナート・エーブル、ドレスクラー、タウシッグの4隻で編成されている。
第68駆逐隊は、緒戦の敵駆逐艦部隊との戦闘で、フレッチャー級駆逐艦で編成された第54駆逐隊の5隻と、防空軽巡洋艦リノと共同で
駆逐艦4隻撃沈、巡洋艦1隻、駆逐艦3隻撃破の戦果を上げたが、第54駆逐隊の駆逐艦2隻が撃沈され、残った3隻も大中破。

リノも酷く損傷したため、第68駆逐隊は損傷の度合いが少ない(といっても、全艦が損傷し、シャノンとマンナート・エーブルは主砲塔
1基を失っている)が単独で第15戦艦戦隊を掩護する事になった。
TG58.7には、他にも別の艦隊が居たのだが、アトランタと第67駆逐隊、52駆逐隊、3隻の巡洋艦は戦艦部隊の交戦海域から
離れているため、すぐには応援に駆け付ける事が出来なかった。
敵艦隊との戦闘で、いつの間にか巡戦部隊の前方に突出していた第68駆逐隊は、さほど苦労する事も無く、交戦海域に到達する事に成功し、
第68駆逐隊が現場に駆け付けてみると、戦闘は既に大詰めを迎えつつあった。

「目標、右舷前方の敵戦艦!雷撃戦用意!」

ウィルソン大佐は大音声で命じた。
4隻の駆逐艦には、まだ5本の魚雷が残っている。
第68駆逐隊を構成するアレン・M・サムナー級駆逐艦は、前級のフレッチャー級駆逐艦と同様に、21インチ(533ミリ)5連装魚雷発射官を
2基搭載している。
第68駆逐隊の各艦はそれぞれ前部発射官の魚雷を使っているため、残りは後部発射官の5本のみとなっている。

「各艦に追申!雷撃距離は4000とする!」

その報せを聞いたハマー中佐は、一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに納得して、水雷科に雷撃距離を知らせた。
4隻の駆逐艦は、34ノットの最大速度で海上を驀進していく。
敵戦艦はトライデントに対して、第2斉射、第3斉射と、次々と砲弾を放っていたが、先頭のシャノンが距離9000メートルまで近付いた所で、
舷側の砲を撃って来た。

「敵艦発砲!」

見張り員が絶叫めいた口調で知らせて来る。シャノンの周囲に、次々と砲弾が落下し、水柱を噴き上げる。
1発がシャノンの前方に落下して水柱が立ちあがるが、シャノンは猛速でこれを踏み潰し、水飛沫が艦首甲板と艦橋に振りかかった。
4隻の駆逐艦は、それぞれが白波を盛大に蹴立てながら、34ノットの最大戦速で肉迫して行く。
敵戦艦は、駆逐艦群の突撃を阻止するため、トライデントに斉射弾を浴びせながら、舷側の副砲から激しい砲撃を放って来る。

シャノンを始めとする4隻の駆逐艦も、負けじとばかりに5インチ砲を撃ちまくった。
1発の敵弾が、シャノンの艦首甲板に命中し、破片と、爆砕された鎖が甲板上にばら撒かれた。
更にもう1発が、空の前部発射官に命中した。

「チッ!流石に戦艦ともなると、迎撃も凄まじいな!」

ウィルソン大佐は舌打ちをしながら呟く。
敵戦艦の砲撃は凄まじく、シャノンの艦体は、至近弾と命中弾によって一寸刻みに嬲られていく。
このままでは、短時間でシャノンが撃破、または撃沈される事は確実であったが、ウィルソン大佐は、例えシャノンが撃沈確実の被害を
受けようとも、僚艦が魚雷を発射出来ればそれで良いと考えていた。
敵との距離が6000メートルを切った所で、新たな1発が、応戦していたシャノンの1番両用砲に命中し、砲座から炎と黒煙が噴き上がった。

「1番両用砲座被弾!砲員は総員、戦死の模様!」

ウィルソン大佐はしばし瞑目した。
(無理な戦いをさせてしまってすまぬ……)
彼は心中で、1番砲座の将兵に詫びを入れながら、敵戦艦を睨みつける。
この時、敵戦艦の右舷側中央部に命中弾と思しき閃光が煌めき、その次の瞬間には、爆発が起こった。
それはトライデントの主砲弾であった。
敵戦艦は、その被弾で使える副砲を減らされたのか、第68駆逐隊に向けて放たれる砲弾の量が急激に減った。

「ありがたい!」

ウィルソンは、自らは被害を受けながらも、結果的にDS68を援護してくれたトライデントに感謝した。
シャノンはそれ以上、新たな被害を受ける事も無く、予定通り、敵艦まで4000メートルに達した。

「取り舵一杯!針路170度!」

ウィルソンは各艦に命令を発した。シャノンがまず、敵戦艦に反航する形で舵を切り、次に3隻の駆逐艦が順繰りに回頭する。
ウィルソンは、左舷側前方に敵戦艦が居る事を確認するや、大音声で命令を発した。

「各艦、魚雷発射始め!!」

彼の命令が下るや、すぐさまハマー中佐が指示を飛ばす。
後部発射官で待ち構えていた水雷科員が部下に命令を下し、5本の魚雷が一本ずつ発射されていく。
シャノンに習い、後続のマンナート・エーブル、ドレスクラー、タウシッグも次々に魚雷を海中に放って行く。
DS68の4隻の駆逐艦が放った魚雷は、1943年末から配備が開始されたMk-17魚雷である。
Mk-17は、従来のMk-15と比べて信頼性と速度性能、そして、航続距離が格段に改善された新型魚雷で、航続距離は
45ノットで15000メートルを記録している。
また、弾頭部の炸薬も、TNT火薬よりも強力なトルペックス火薬が400キロも詰め込まれており、実質的に、この世界では最強の
対艦兵器と言っても過言ではない。
4隻の駆逐艦から発射された20本のMk-17魚雷は、投網のように広がりながら、猛速で敵戦艦の艦腹に向かった。
敵戦艦は、4隻の駆逐艦が魚雷発射を完了してから、ようやく急回頭を行ったもの物の、扇状に広がった魚雷網を回避するには、タイミングが遅すぎた。
敵戦艦は、回頭を行ってから10秒後に、1本目の魚雷を受けた。
魚雷は敵艦の右舷側前部に突き刺さり、艦内に達してから炸裂し、舷側に8メートルもの大穴を広げた。
敵艦は30ノット近い速力で航行していた事もあり、右舷側艦首部の破孔からは大量の海水が艦内に流れ込み、命中個所の区画を次々に海水で
満たして行った。
1本目の被雷から僅か5秒後、2本目の魚雷が敵艦の右舷側中央部に命中し、高々と水柱を噴き上げた。
2本目の魚雷は、敵艦の舷側に張られたバルジをあっさりと突き破り、防水区画に達してから炸裂した。
爆発エネルギーは防水区画を紙細工のように叩き壊しただけに留まらず、区画をぶち抜いて第4甲板の通路に暴れ込み、通路内を紅蓮の炎で焼き払った。
たまたま被雷箇所に急いでいた12名の応急修理班は、後方から流れ込んで来た爆風に飲み込まれ、全員が即死した。
3本目の魚雷は、2本目の被雷箇所から僅か5メートルと離れていない場所に命中し、これまた天を突かんばかりの勢いで、太い水柱が高々と噴き上がった。
魚雷は、2本目の被雷で強度の下がったバルジを突き破って防水区画に達し、更に弾頭部が防水区画の壁をぶち抜いて第4甲板の通路に達した。
その瞬間、弾頭部に詰められていた400キロものトルペックス火薬が炸裂し、通路内はたちまち、凄まじい大爆発によって完全に破壊し尽くされた。
命中個所は、前部魔道機関室の近くであったため、爆発はモロに前部魔道機関室を巻き込み、中で働いていた3名の魔道士と10名の水兵達は、何が
起きたのか分からぬまま、全員戦死した。

その命中箇所からも大量の海水が流れ込み、敵艦の艦内を徐々に満たして行った。

トライデントの艦橋からは、3本もの魚雷を受けた敵3番艦が急激に速度を落とし始める様子が見て取れた。

「敵3番艦被雷!行き足……止まります!」

デュポーズは、見張り員の声を聞きながら、敵3番艦を見つめ続ける。
味方駆逐艦4隻の放った魚雷は、敵3番艦にとって致命傷となったのだろう。
敵3番艦は舷側から濛々たる黒煙を噴き上げ、急速に傾斜を深めながら速度を落とし、程無くして停止した。
敵3番艦が戦う力だけでなく、船として動く能力までも失った事は、もはや一目瞭然である。

「終わった……。」

デュポーズは、軽い虚脱状態に陥りながら、小声で呟いた。

「司令……我々は勝ったのでしょうか?」

マックベイ艦長が、半信半疑といった口調でデュポーズに聞く。
今さっきまで、トライデントは不利な戦いを強いられていた。だが、その危機を救ったのは味方の駆逐隊であった。
敵3番艦は、味方駆逐艦の魚雷攻撃を受け、戦闘、航行、共に不能な状態となっている。
だが、マックベイ艦長には、この一連の出来事が夢物語のように感じていた。

「艦長。我々は勝ったんだよ。見たまえ。」

デュポーズは、指揮官らしく、気丈な口調でマックベイに言う。

「味方艦の掩護のお陰とは言え、敵艦はああして沈みかけている。それに、残りの敵艦隊も全速でこの海域から離脱しつつある。
我々が被った損害も大きいが、TG58.7は敵の水上艦隊と戦い、撃退に成功した。艦長、これは、堂々たる勝利だよ。」

デュポーズは微笑みながら、マックベイの肩を叩いた。

「それに、君の指揮も見事だった。敵1番艦を撃破した時もそうだったが、何よりも、敵3番艦に不利な状況で戦いを強いられながらも、
君は諦めずに指揮を執り続けた。それに加え、君の部下も、この厳しい戦闘によく耐えてくれた。君と、トライデントの乗員達は、まさに、
合衆国海軍の鑑だよ。」
「はっ……ありがとうございます。司令!」

マックベイ艦長はようやく、状況が飲み込めたのか、感極まった声音でデュポーズに礼を言った。

「今のお言葉は乗組員たちにもお伝えいたします。」
「うむ、そうしてくれ。」

デュポーズは軽く頷きながら、安堵したような足取りで司令官席に腰を下ろした。
彼は、後ろでダメコン班に指示を伝えていくマックベイ艦長の声を聞きながら、もう一つ、気になっている事を思い出した。

「そういえば……リー提督の主力部隊はどうなっているかな?今頃は、TG58.6も敵と殴り合いをしている筈だが……何だか、
嫌な胸騒ぎがするな。」

デュポーズは、先程の戦闘で感じた違和感を思い出しながら、戦闘を続けているであろうTG58.6の事を案じる。

「……うまく、戦闘を進めていればいいのだが……」
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