※投稿者は作者とは別人です
843 :陸士長:2011/06/18(土) 21:19:40 ID:eW4IB1ds0
レスタン領戦線の戦局は日々悪化を辿っていた。
名将リリスティ提督率いる水上艦隊の総反抗は頓挫し、陸海からの米軍上陸部隊の包囲殲滅は夢幻と消えた。
一連の戦闘以降、戦線の上空を舞うのは白い星マークをペイントされた米軍機が多くなった。
ルィキム・エルグマド大将が率いるレスタン領軍集団は迫り来る米軍へ必死の抵抗を継続している。
後のことを考えれば結末の先延ばしをしていただけだろう。
勝機と展望の無い、何時かは米軍が損害に耐えかねて侵攻を諦めるかも。
そんな希望論に縋った防戦を繰り返すシホールアンル軍にかつての常勝軍の面影は無かった。
しかし、前線で戦う一般兵達からすれば、そんな事はどうでも良かったのかもしれない。
彼らは戦う事に、生き延びる事に必死だったのだから。
1485年(1945年)1月26日 午後13時 レスタン領 某街道
「荷台を切り離せっ、退避開始ぃぃぃぃぃ!!」
「了解っ!!」
「ウスノロ、さっさと弾倉を込めろ、対空戦闘準備だ!」
「無理ですよぉ、こんなのでどうするって……あたっ!?」
ガチャンという音と共に、牽引していた大きな荷台を切り離す。
全速前進の号令と共に、彼らの乗る有人型戦闘ゴーレム『キリラルブス』はその六本の脚をワシワシと動かし始める。
「この音は……裁断機です、単機ですがこっちに来ます!」
「車長拙いですぜ、向こうはこっちを捕捉してますよ!!」
「解ってらぁな、ガキンチョ、この先の廃墟に逃げ込め、こないだ通過した宿場町跡だっ!!」
「了解っ!!」
街道上を必死に逃げるキリラルブスを、上空から迫るP-47はしっかりと捉えていた。
先の上陸作戦で上陸地点近くに設営された飛行場から発進したP-47は、その重装備と長大な航続距離を遺憾なく発揮した。
そしてそれは、レスタンの前線だけではなく後方にまで魔手を伸ばしていたのであった。
「早く廃墟へ逃げ込め~~!!!」
「り、了解~~!!」
「このウスノロ、何処狙ってやがる、全然当たらないだろが!!」
「たった一丁でどうやって追い払えって言うんですかぁ~!!」
844 :陸士長:2011/06/18(土) 21:21:13 ID:eW4IB1ds0
ヒョロヒョロと飛んでくる一条のカラフルな対空弾を嘲笑うかのように回避し、P47は距離を詰めてくる。
他の車列か施設かを叩いたのか、ロケット弾や小型爆弾は積んでいない。
しかし、両翼に四丁ずつ搭載された12.7mm機銃は、レスタン領内で数え切れない程の陸兵を切り刻んでいる。
非装甲又は軽装甲車両もこれらの銃撃に巻き込まれれば、たちまちスクラップの出来上がり。
先の海戦で海上反撃が頓挫し陸上航空隊の優勢が消失してからというもの、P-47の群れが襲撃して来ると逃げるか隠れるしかない。
何しろP-47は非常に固く、ちっとやそっとの対空機銃を受けても簡単には落ちないからだ。
そして一旦見つかればワラワラと飛んできて、機銃弾をばらまきながらロケット弾を撃ち込んだり爆弾を放り込んでくる。
空を守るべき友軍機が目減りしつつある今、陸兵にとって彼らはまさに死に神と化していた。
シホールアンル兵が付けた愛すべき彼らの名、それは『空飛ぶ裁断機』。
兵士でも馬車でもゴーレムでも何でもバラバラにしてしまうからだ。
必死に逃げるキリラルブスであるが、このままでは遠からず乗員諸共バラバラにされてしまうだろう。
「おいガキンチョ、俺が合図したら右に急旋回しろ、いいなっ!!」
「は、はいいっ!?」
「曹長、詰まりましたっ射撃不能っ!!」
「お、おいいいいいっ」
宿場町の廃墟と覚しき町並みの十字路を、キリラルブスはワシワシと脚を動かして移動し続ける。
グォーンと腹へ響くような音と共に、P-47は低空での射撃体勢に入った。
「へへ、てめえらの車列を吹き飛ばした行きがけの駄賃よ、12.7mmのシャワーを受け取りなシホット野郎!!」
K-14照準装置越しにキルラルブスを捉えたパイロットは、軽く発射ボタンを押し込んだ。
P-47の引き金は非常に軽い。それこそ、地上で動いているものは全て引き裂かんと言わんばかりに。
ガガガガガガ、と煉瓦や家具を破砕しつつ、キリラルブスに迫る銃撃。
確かにそれはキリラルブスを捉えたかに見えたが……。
バフッ。
「なっ!?」
煙が高々と舞い、銃撃はその中に吸い込まれてしまった。
P-47は慌ててフライパスし再度射線を確保したが、その時にはキルラルブスの姿は消えていた。
「ちっ……上手いこと家屋に逃げ込みやがったか。ゴキブリみたいな野郎だ」
パイロットは舌打ちをしつつ、大きく旋回しながら小賢しく廃墟に隠れたキルラルブスを探す。
しかし元々崩壊してた町並みはP-47の銃撃によって砂埃が大きく巻き上げられ、視界が悪くなっている。
そして余程的確に隠れたのだろう。先程まで逃げ回っていたゴーレムの姿はなかなか見つけられなかった。
「ロケット弾か対地爆弾がありゃ、ゴキブリが隠れたベット毎粉砕してやれるんだが機銃じゃ踏みつぶせねぇ……ファック!」
廃墟の町並みの上空を暫くP-47は旋回し続けていたが、やがて諦めたかのように去っていった……。
845 :陸士長:2011/06/18(土) 21:22:12 ID:eW4IB1ds0
「へへへ、どうよ。野戦整備工廠に無理言って付けさせた擲弾筒の煙幕弾は?」
「はぁ……はぁ……はぁ、凄い……ですぅ」
運転席に突っ伏したガキンチョが、息を荒らげながら返事する。
車長もP-47に追い回されたのは精神に堪えたのか、冷や汗を拭いつつ煙草を口に銜える。
曹長はひっくり返った荷物を慌てて直し始め、ウスノロと呼ばれた少年兵は魔導銃の銃身を外して整備用の棒を押し込んでいた。
「でも、よくこんな場所があるって知っていましたね」
「ああ、前に此処を通った時、馬車を格納する場所があったのを思いだしてな。そこに滑り込ませたって訳よ」
「なるほど……」
埃っぽい倉庫の中は、壊れた樽や崩れた古い馬車などが置かれているだけだった。
それでも時折聞こえる飛行機の爆音や、遠くで鳴り響く砲声のみが彼らに聞こえた。
人々が去った後の廃墟自体は、酷く静かであった。
「よし、一息入れたら、車体を擬装して切り離した荷物を取りに行くぞ。もう半日近く遅れてるから急がないといけねぇ」
「栄光あるシホールアンル軍の補給部隊が、敵機に怯えて草か瓦礫を被って移動すると。
本国の娼館の娼婦達に聞かれたら笑われますなぁ。まるで浜辺に住む臆病な甲殻類みたいだって」
「あんまりそう言う事いうな曹長、国内省の士官殿に聞かれたら吊されるぞ? 最近の負け戦続きで連中殺気立ってるからな」
意外な程真顔でそう言うと、車長は煙草を携帯灰皿で揉み潰した。
数時間後、彼らは再び車体と荷車一杯の弾薬を牽引しながら前線へと移動していた。
半日前までは行動を共にしていて、空襲ではぐれた馬車編成の輜重部隊とは遂に合流できなかった。
(後から聞いた話では、集結地点の森がスーパーフォートレス軍団の焼夷弾攻撃により焼き払われ所有馬車の7割を喪失。
前線に向かった残りは臨時編成の守備隊に組み込まれ全滅したらしい)
「しっかし大したもんですねぇこいつは」
「全くだぜ。運転士のガキンチョと一緒にコイツを渡された時はどうなるかと思ったが……今じゃコイツから降りる気にならねぇな」
「は、はいっ、戦闘用のキリラルブスよりずっと運転し易いです。装甲が軽装甲なのと六脚で運動性が増しているからだと思います」
846 :陸士長:2011/06/18(土) 21:22:53 ID:eW4IB1ds0
牽引できる荷重を増やす事と車体の安定性を保つ為、この運搬用は頑強さと踏破力を重視した六脚となっている。
搭載できる魔法石も通常の戦闘型よりも多く、戦線と後方の間で立ち往生する心配はない。
この実験機を与えられて性能評価を任されてから一ヶ月経つ。
馬車で物資武器弾薬を輸送するより遙かに効率的だと車長は考えていた。
ただ、今後このキリラルブスが増産されるかと言えば……非常に怪しい。
いや、多分殆ど録に配備される事も無く試験止まりだろうと車長は考えていた。
答えは簡単であり、キリラルブスの車体が足りない、これに尽きるのである。
前線では毎日多数のキリラルブスが撃破、または損傷を受けている。
2つの戦線の両方で石甲旅団が保有するキリラルブスは定数割れを起こし始め、輸送されてくる増援や補充が追い着かない。
そんな戦闘用ゴーレムが足りない状態で、非戦闘用の輜重部隊にキルラルブスが回されたらどうなるか?
当然良い感情では迎えられない。事実彼らもキリラルブス乗り達に砲弾を届けに行った時、感謝はされたものの奇異の目で見られた。
シホールアンルは周辺諸国に比べて補給の概念は発達してたが、やはり輜重などの後方兵に対する戦闘部隊の上から目線というものはあった。
特にシホールアンル自慢の魔導技術を駆使して製造されたキリラルブス。これを操るのはゴーレム使いにとって栄誉である。
エリート意識の強い彼らからすれば、後方で『荷物を運んでればいい』輜重兵がキリラルブスを使うなど不相応だと言うのだろう。
特に鼻っ柱の強い奴ら言えば、『直接戦う事も無い輩がゴーレムに乗るなどおこがましい』事らしい。
「なんでこいつら、キリラルブスに乗ってる? な目付きでしたよね車長」
「だなぁ曹長、輜重兵がキリラルブス乗ってはいけねぇのかよと……馬車じゃ速度が遅くてしかたねぇし、空爆の度に暴れるからなぁ」
勿論、輜重用の駄馬達は多少の爆発音や銃声で怯えないよう調教されている。
悪いのは度が過ぎた爆撃を毎日やらかしてくる米軍なのだ。
戦闘爆撃機が低空で発射してくるロケット弾は甲高い音を放ち爆発音も大きいので、攻撃を受ける度に馬車が散り散りとなってしまうそうだ。
結果、前線への武器弾薬食料などの輸送は遅配が多くなり、前線指揮官と後方の輸送担当との関係も険悪な有様だ。
彼らも空襲を避け続けた結果前回の配送が1日遅れ、激怒した前線指揮官と殴り合いになったりしている。
あらゆる悪路を走破可能で、ゴーレム故に爆音にも動じる事のないキリラルブスでもこんな状態である。
補給部隊の大半を占める馬車部隊の悪戦苦闘は、米軍に押しまくられている前線部隊に引けを取らないのだ。
「こんな有様で大丈夫なんだろうーかねぇ……」
爆音が聞こえ、車長は取り出そうとした紙巻き煙草の箱を懐に戻す。
夜空を見上げた彼の目には、数十機の多様な機種で編成された爆撃機の群れだった。
「空もすっかりアメ公臭くなりやがったし……煙草もまともに吸えないや」
草臥れた様子の車長のぼやきに答えた声は無かった。
続く
847 :陸士長:2011/06/18(土) 21:23:40 ID:eW4IB1ds0
戦局が動く毎に彼らを登場させようと思います。んでは。
車長:34歳、たたき上げの准尉。勇猛な騎兵だったが無謀な突撃命令を出した上官をぶっ飛ばした責で補給部隊へ左遷された。
ガキンチョ:18歳、志願兵で一等兵。実家が魔術師の家系でゴーレムの操作は手慣れていたので操縦士。
曹長:28歳、兵士をどやすのがお仕事。意外と小心者な中間管理職。年若い兵士の渾名は彼が適当に付ける。
ウスノロ:19歳、志願兵で二等兵、泣き言が多い。身体は意外とガッシリしてて、荷物を軽々と運ぶ。渾名の割にはそこそこ機敏。
843 :陸士長:2011/06/18(土) 21:19:40 ID:eW4IB1ds0
レスタン領戦線の戦局は日々悪化を辿っていた。
名将リリスティ提督率いる水上艦隊の総反抗は頓挫し、陸海からの米軍上陸部隊の包囲殲滅は夢幻と消えた。
一連の戦闘以降、戦線の上空を舞うのは白い星マークをペイントされた米軍機が多くなった。
ルィキム・エルグマド大将が率いるレスタン領軍集団は迫り来る米軍へ必死の抵抗を継続している。
後のことを考えれば結末の先延ばしをしていただけだろう。
勝機と展望の無い、何時かは米軍が損害に耐えかねて侵攻を諦めるかも。
そんな希望論に縋った防戦を繰り返すシホールアンル軍にかつての常勝軍の面影は無かった。
しかし、前線で戦う一般兵達からすれば、そんな事はどうでも良かったのかもしれない。
彼らは戦う事に、生き延びる事に必死だったのだから。
1485年(1945年)1月26日 午後13時 レスタン領 某街道
「荷台を切り離せっ、退避開始ぃぃぃぃぃ!!」
「了解っ!!」
「ウスノロ、さっさと弾倉を込めろ、対空戦闘準備だ!」
「無理ですよぉ、こんなのでどうするって……あたっ!?」
ガチャンという音と共に、牽引していた大きな荷台を切り離す。
全速前進の号令と共に、彼らの乗る有人型戦闘ゴーレム『キリラルブス』はその六本の脚をワシワシと動かし始める。
「この音は……裁断機です、単機ですがこっちに来ます!」
「車長拙いですぜ、向こうはこっちを捕捉してますよ!!」
「解ってらぁな、ガキンチョ、この先の廃墟に逃げ込め、こないだ通過した宿場町跡だっ!!」
「了解っ!!」
街道上を必死に逃げるキリラルブスを、上空から迫るP-47はしっかりと捉えていた。
先の上陸作戦で上陸地点近くに設営された飛行場から発進したP-47は、その重装備と長大な航続距離を遺憾なく発揮した。
そしてそれは、レスタンの前線だけではなく後方にまで魔手を伸ばしていたのであった。
「早く廃墟へ逃げ込め~~!!!」
「り、了解~~!!」
「このウスノロ、何処狙ってやがる、全然当たらないだろが!!」
「たった一丁でどうやって追い払えって言うんですかぁ~!!」
844 :陸士長:2011/06/18(土) 21:21:13 ID:eW4IB1ds0
ヒョロヒョロと飛んでくる一条のカラフルな対空弾を嘲笑うかのように回避し、P47は距離を詰めてくる。
他の車列か施設かを叩いたのか、ロケット弾や小型爆弾は積んでいない。
しかし、両翼に四丁ずつ搭載された12.7mm機銃は、レスタン領内で数え切れない程の陸兵を切り刻んでいる。
非装甲又は軽装甲車両もこれらの銃撃に巻き込まれれば、たちまちスクラップの出来上がり。
先の海戦で海上反撃が頓挫し陸上航空隊の優勢が消失してからというもの、P-47の群れが襲撃して来ると逃げるか隠れるしかない。
何しろP-47は非常に固く、ちっとやそっとの対空機銃を受けても簡単には落ちないからだ。
そして一旦見つかればワラワラと飛んできて、機銃弾をばらまきながらロケット弾を撃ち込んだり爆弾を放り込んでくる。
空を守るべき友軍機が目減りしつつある今、陸兵にとって彼らはまさに死に神と化していた。
シホールアンル兵が付けた愛すべき彼らの名、それは『空飛ぶ裁断機』。
兵士でも馬車でもゴーレムでも何でもバラバラにしてしまうからだ。
必死に逃げるキリラルブスであるが、このままでは遠からず乗員諸共バラバラにされてしまうだろう。
「おいガキンチョ、俺が合図したら右に急旋回しろ、いいなっ!!」
「は、はいいっ!?」
「曹長、詰まりましたっ射撃不能っ!!」
「お、おいいいいいっ」
宿場町の廃墟と覚しき町並みの十字路を、キリラルブスはワシワシと脚を動かして移動し続ける。
グォーンと腹へ響くような音と共に、P-47は低空での射撃体勢に入った。
「へへ、てめえらの車列を吹き飛ばした行きがけの駄賃よ、12.7mmのシャワーを受け取りなシホット野郎!!」
K-14照準装置越しにキルラルブスを捉えたパイロットは、軽く発射ボタンを押し込んだ。
P-47の引き金は非常に軽い。それこそ、地上で動いているものは全て引き裂かんと言わんばかりに。
ガガガガガガ、と煉瓦や家具を破砕しつつ、キリラルブスに迫る銃撃。
確かにそれはキリラルブスを捉えたかに見えたが……。
バフッ。
「なっ!?」
煙が高々と舞い、銃撃はその中に吸い込まれてしまった。
P-47は慌ててフライパスし再度射線を確保したが、その時にはキルラルブスの姿は消えていた。
「ちっ……上手いこと家屋に逃げ込みやがったか。ゴキブリみたいな野郎だ」
パイロットは舌打ちをしつつ、大きく旋回しながら小賢しく廃墟に隠れたキルラルブスを探す。
しかし元々崩壊してた町並みはP-47の銃撃によって砂埃が大きく巻き上げられ、視界が悪くなっている。
そして余程的確に隠れたのだろう。先程まで逃げ回っていたゴーレムの姿はなかなか見つけられなかった。
「ロケット弾か対地爆弾がありゃ、ゴキブリが隠れたベット毎粉砕してやれるんだが機銃じゃ踏みつぶせねぇ……ファック!」
廃墟の町並みの上空を暫くP-47は旋回し続けていたが、やがて諦めたかのように去っていった……。
845 :陸士長:2011/06/18(土) 21:22:12 ID:eW4IB1ds0
「へへへ、どうよ。野戦整備工廠に無理言って付けさせた擲弾筒の煙幕弾は?」
「はぁ……はぁ……はぁ、凄い……ですぅ」
運転席に突っ伏したガキンチョが、息を荒らげながら返事する。
車長もP-47に追い回されたのは精神に堪えたのか、冷や汗を拭いつつ煙草を口に銜える。
曹長はひっくり返った荷物を慌てて直し始め、ウスノロと呼ばれた少年兵は魔導銃の銃身を外して整備用の棒を押し込んでいた。
「でも、よくこんな場所があるって知っていましたね」
「ああ、前に此処を通った時、馬車を格納する場所があったのを思いだしてな。そこに滑り込ませたって訳よ」
「なるほど……」
埃っぽい倉庫の中は、壊れた樽や崩れた古い馬車などが置かれているだけだった。
それでも時折聞こえる飛行機の爆音や、遠くで鳴り響く砲声のみが彼らに聞こえた。
人々が去った後の廃墟自体は、酷く静かであった。
「よし、一息入れたら、車体を擬装して切り離した荷物を取りに行くぞ。もう半日近く遅れてるから急がないといけねぇ」
「栄光あるシホールアンル軍の補給部隊が、敵機に怯えて草か瓦礫を被って移動すると。
本国の娼館の娼婦達に聞かれたら笑われますなぁ。まるで浜辺に住む臆病な甲殻類みたいだって」
「あんまりそう言う事いうな曹長、国内省の士官殿に聞かれたら吊されるぞ? 最近の負け戦続きで連中殺気立ってるからな」
意外な程真顔でそう言うと、車長は煙草を携帯灰皿で揉み潰した。
数時間後、彼らは再び車体と荷車一杯の弾薬を牽引しながら前線へと移動していた。
半日前までは行動を共にしていて、空襲ではぐれた馬車編成の輜重部隊とは遂に合流できなかった。
(後から聞いた話では、集結地点の森がスーパーフォートレス軍団の焼夷弾攻撃により焼き払われ所有馬車の7割を喪失。
前線に向かった残りは臨時編成の守備隊に組み込まれ全滅したらしい)
「しっかし大したもんですねぇこいつは」
「全くだぜ。運転士のガキンチョと一緒にコイツを渡された時はどうなるかと思ったが……今じゃコイツから降りる気にならねぇな」
「は、はいっ、戦闘用のキリラルブスよりずっと運転し易いです。装甲が軽装甲なのと六脚で運動性が増しているからだと思います」
846 :陸士長:2011/06/18(土) 21:22:53 ID:eW4IB1ds0
牽引できる荷重を増やす事と車体の安定性を保つ為、この運搬用は頑強さと踏破力を重視した六脚となっている。
搭載できる魔法石も通常の戦闘型よりも多く、戦線と後方の間で立ち往生する心配はない。
この実験機を与えられて性能評価を任されてから一ヶ月経つ。
馬車で物資武器弾薬を輸送するより遙かに効率的だと車長は考えていた。
ただ、今後このキリラルブスが増産されるかと言えば……非常に怪しい。
いや、多分殆ど録に配備される事も無く試験止まりだろうと車長は考えていた。
答えは簡単であり、キリラルブスの車体が足りない、これに尽きるのである。
前線では毎日多数のキリラルブスが撃破、または損傷を受けている。
2つの戦線の両方で石甲旅団が保有するキリラルブスは定数割れを起こし始め、輸送されてくる増援や補充が追い着かない。
そんな戦闘用ゴーレムが足りない状態で、非戦闘用の輜重部隊にキルラルブスが回されたらどうなるか?
当然良い感情では迎えられない。事実彼らもキリラルブス乗り達に砲弾を届けに行った時、感謝はされたものの奇異の目で見られた。
シホールアンルは周辺諸国に比べて補給の概念は発達してたが、やはり輜重などの後方兵に対する戦闘部隊の上から目線というものはあった。
特にシホールアンル自慢の魔導技術を駆使して製造されたキリラルブス。これを操るのはゴーレム使いにとって栄誉である。
エリート意識の強い彼らからすれば、後方で『荷物を運んでればいい』輜重兵がキリラルブスを使うなど不相応だと言うのだろう。
特に鼻っ柱の強い奴ら言えば、『直接戦う事も無い輩がゴーレムに乗るなどおこがましい』事らしい。
「なんでこいつら、キリラルブスに乗ってる? な目付きでしたよね車長」
「だなぁ曹長、輜重兵がキリラルブス乗ってはいけねぇのかよと……馬車じゃ速度が遅くてしかたねぇし、空爆の度に暴れるからなぁ」
勿論、輜重用の駄馬達は多少の爆発音や銃声で怯えないよう調教されている。
悪いのは度が過ぎた爆撃を毎日やらかしてくる米軍なのだ。
戦闘爆撃機が低空で発射してくるロケット弾は甲高い音を放ち爆発音も大きいので、攻撃を受ける度に馬車が散り散りとなってしまうそうだ。
結果、前線への武器弾薬食料などの輸送は遅配が多くなり、前線指揮官と後方の輸送担当との関係も険悪な有様だ。
彼らも空襲を避け続けた結果前回の配送が1日遅れ、激怒した前線指揮官と殴り合いになったりしている。
あらゆる悪路を走破可能で、ゴーレム故に爆音にも動じる事のないキリラルブスでもこんな状態である。
補給部隊の大半を占める馬車部隊の悪戦苦闘は、米軍に押しまくられている前線部隊に引けを取らないのだ。
「こんな有様で大丈夫なんだろうーかねぇ……」
爆音が聞こえ、車長は取り出そうとした紙巻き煙草の箱を懐に戻す。
夜空を見上げた彼の目には、数十機の多様な機種で編成された爆撃機の群れだった。
「空もすっかりアメ公臭くなりやがったし……煙草もまともに吸えないや」
草臥れた様子の車長のぼやきに答えた声は無かった。
続く
847 :陸士長:2011/06/18(土) 21:23:40 ID:eW4IB1ds0
戦局が動く毎に彼らを登場させようと思います。んでは。
車長:34歳、たたき上げの准尉。勇猛な騎兵だったが無謀な突撃命令を出した上官をぶっ飛ばした責で補給部隊へ左遷された。
ガキンチョ:18歳、志願兵で一等兵。実家が魔術師の家系でゴーレムの操作は手慣れていたので操縦士。
曹長:28歳、兵士をどやすのがお仕事。意外と小心者な中間管理職。年若い兵士の渾名は彼が適当に付ける。
ウスノロ:19歳、志願兵で二等兵、泣き言が多い。身体は意外とガッシリしてて、荷物を軽々と運ぶ。渾名の割にはそこそこ機敏。