自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

084 第73話 ルベンゲーブ上空の死闘(後編)

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第73話 ルベンゲーブ上空の死闘(後編)

1483年(1943年)6月28日 午前11時40分 ウェンステル領ルベンゲーブ
ラシャルド・ベリヤ中尉の操縦するB-24爆撃機は、目立った損傷も負う事無く、中隊と共に密集編隊を組みながら高度を上げていた。

「機長、俺達が爆撃した工場は激しく燃えていますぜ。」

尾部銃座のドミル・バンギス伍長がやや高い声音でベリヤ中尉に報告してきた。

「フライパスしたあと、派手な誘爆みたいのが起きたからな。恐らく、俺達の攻撃目標には危なげな物が置いてあったのかもしれん。」
「あれだけ派手な爆発が起これば、あの工場は当分使い物にならないかもしれませんね。」

コ・パイロットのレスト・ガントナー少尉も誇らしげな口調で言ってくる。

「下手したら、再生不能に陥らせたかも知れんな。いずれにしろ、大当たりを引き当てた事には変わりは無い。それよりもお前ら!
しっかり周囲を見張れよ!敵のワイバーンは戦闘機隊が引き受けてくれているが、ここは敵地だ。いつ別のワイバーンが襲ってくるか
分からんからな!」

ベリヤ中尉はガントナー少尉にそう返事しながら、クルーに注意を喚起する。
迎撃に出て来たワイバーンは、P-51、F6Fとの戦闘に忙殺されているから爆撃隊に向かって来ていないが、
ワイバーンが空戦から抜けて来たり、別の用意されたワイバーンが向かって来ないとも限らない。
そのためには、周囲をよく見張る必要がある。
高度を上げつつあるベリヤ中尉の周囲には、味方のB-24が集まり始めている。
第2中隊や、第3中隊の残存機は、徐々に編隊を組みながら高度を上げつつある。
現在、高度は2500メートル。黒煙を吹き上げるルベンゲーブ精錬工場は徐々に遠ざかりつつある。

「機長、前方に第1中隊です。」

ガントナー少尉は、正面に見えるB-24の編隊を指差した。
雲の切れ目に第1中隊の残存機が編隊を組みながら高度を稼いでいるのが見て取れる。

「僚機の中に被弾機が何機か見られますが、こうして付いてきていると言う事は機体の損傷はそれほど大事には至らなかったようですね。」
「そのようだ。機体はだが、な。」

ベリヤ中尉はそう言いながら、前方200メートルを行く中隊長機を見る。
中隊長機の尾部機銃座の辺りがひどく傷付いている。
よく見てみれば、ガラス張りの銃座に赤い液体のようなものが付着している。
中隊長機の尾部機銃座のクルーは、他の僚機によく手を振ったり、何らかのパフォーマンスをしていた。
だが、その陽気な射手は今、尾部機銃座にはいない。

「問題は、乗っているクルーだ。B-24は頑丈でも、人の体は頑丈ではない。俺の機では皆傷ひとつ負っちゃ
いねえが、他の機ではそうもいかんだろう。」
「・・・・・確かに。」
「負傷した奴には、この危険な作戦に参加した戦友だから、生き延びて欲しい物だが・・・・・」

ベリヤ中尉は少し苦い表情を浮かべてそう言った。
似たような事は、ベリヤ中尉の属する689BG(爆撃航空群)のみならず、690、691BGでも起きていた。
避退中の689BGだけでも2機を失い、20機が損傷を負っている。
シホールアンル軍の対空砲火は、奇襲を受けながらも手強い反撃を行っており、B-24乗り達に敵防空部隊の錬度の高さを見せ付けた。
7つある区画のうち、全区画で激しい反撃を受けている事から、全体で恐らく10機。
いや、下手したら20機近くを失っているかもしれない。
(シホールアンル手強し・・・・て事か)
ベリヤ中尉は、漠然とした気持ちでそう思っていた。
その危険だった爆撃行も、あとは帰り道を飛ぶだけだ。

「後方より機影!」

ふと、バンギス伍長の声が聞こえた。

「何?ワイバーンか!?」

すかさずベリヤ中尉は聞き返した。だが、

「いえ・・・・・飛行機です。味方戦闘機です!」

バンギス伍長の声は喜びで上ずっていた。
この時、上昇中である689BGの編隊後方から20機程度の単発機が向かいつつあった。
高度は4000ほどだ。

「恐らく、敵のワイバーンをぶちのめしたマスタング隊がこっちに向かって来たんだろう。帰り道を行く友達は多い方が楽しめるぜ。」
レシーバーに、ベリヤ中尉の陽気な声が流れて来た。
バンギス伍長は迫りつつある味方機の編隊を見ながら微笑んだ。

「そうですねぇ。」

彼はそう返事しながら、単発機の編隊を見つめ続けた。
単発機の編隊は、5分ほどで第3中隊の上空を跳び越し、第2中隊の真上に達しようとしていた。
バンギス伍長はよく、味方機の写真を見て、それぞれの機の特徴等を頭に叩き込んでいた。
この時、彼は味方であるはずの単発機群に不信感を抱いていた。
現在、B-24隊は高度2900に達し、今も上昇中だ。
後方に視線を向ければ、ルベンゲーブから立ち上る黒煙が未だにハッキリと見れる。
しかし、上空に占位しつつある編隊は、どうもおかしかった。
(マスタング・・・・なのか?マスタングに似てはいるが、腹に付いている出張った空気取り入れ口が無い・・・・・
それに、形も所々違う・・・・・)
彼は目を凝らして、その単発機群を見るが、遠いために詳細が分からない。
(怪しい・・・・)
彼がそう呟いた時、とある一点に目が留まった。
いつもなら、翼に誇らしく描かれた横帯つきの白い星。
それが、あの飛空挺のマークは、その白い星とは似ても似つかぬ物・・・・

まさか。

「・・・・・・・・・・・!」

バンギス伍長はその瞬間、喉が一気に干上がったように感じた。
単発機の編隊は翼を翻して急降下に入った。
その機首が向けられている先には、俺たち第2中隊がいる!

「機長!!!」

バンギス伍長は血走った目をシホールアンル“軍機”に向けながら怒鳴った。

「っ・・・・バカ野朗!!いきなり大声出すんじゃねえ!!」
「敵です!敵機です!」
「何い!?」
「シホットの戦闘機です!!あれはマスタングであはりません!!!!」

バンギス伍長はベリヤ中尉に報告している時、第2中隊の7番機がいきなり胴体上面に取り付けられている機銃を発砲した。
曳光弾が向かっていく先には、突如牙を剥き出しにしたシホールアンル軍戦闘機がいる。
敵戦闘機は、4機ずつに分かれて第2中隊の後続機や第3中隊の先頭グループに襲い掛かっていた。
敵戦闘機の形は、一見マスタングに似ているが、マスタングよりは逞しく、打たれ強そうな感がある。
(畜生、敵ながら見事な形だぜ)
バンギス伍長は不謹慎ながらも、シホールアンル軍機に見とれていた。

「中隊長機から射撃許可が下りた!向かって来るシホット共を叩き落せ!」

ベリヤ中尉の命令の下、機銃員達がそれぞれの機銃座の視界をくまなく見回して敵の接近をいち早く見つけようとする。
バンギス伍長はベリヤ中尉の命令が出た瞬間に、尾部の12.7ミリ機銃を撃った。
重々しい発射音が鳴り響き、2本の銃身から曳光弾が線となって、7番機に襲い掛かるシホールアンル軍機に注がれる。

だが、曳光弾はシホールアンル軍機の後方に流れてしまう。

「畜生!あいつら早すぎる!」

彼は罵声を漏らしながら射撃を続けた。
敵機の先頭機が両翼から光弾らしき物を放った。敵防空部隊が撃った物と同様の、カラフルな光弾が7番機に迫る。
この光弾は7番機を捉えるに至らない。
先頭機は7番機の射撃を跳ね除けるような機動で7番機の右下方に飛びぬける。
続いて2、3番機が光弾を撃って来た。今度ばかりは敵も外さなかった。
光弾の線が7番機の翼や胴体にまつわり付く。被弾箇所から破片が飛び散り、右主翼からは白煙が吹き出す。
どうやらエンジン部分に被弾したらしい。

「7番機被弾!」

バンギス伍長はそう報告しながら、自然に腹が立ってきた。
7番機が右主翼のエンジンを打ち抜かれ、速度を落としている所に4番機が光弾を撃ちこんで来る。
今度は後部胴体や右主翼に被弾した。
バンギス伍長は飛び抜けようとする4番機の前面に機銃弾を放つ。
ドダダダダダン!という発射音と共に連装機銃が吼える。
今度は彼の機銃弾も敵機を捉え、一瞬だが敵機から何かしらの破片が吹き飛ぶのが見えた。
それを確認する暇も無く、バンギス伍長は次に襲って来る敵機がいないか確かめる。

「9番機被弾!機銃員1名負傷!」
「第3中隊2番機被弾!機長がやられた!」

次々にレシーバーから、味方の悲痛な報告が飛び込んでくる。
しかし、報告は入ってくる物の、敵機の襲撃から5分ほど経っても撃墜されるB-24はいない。
バンギス伍長は、左斜め後方に位置する7番機を見ていた。
7番機は3機ほどの敵機に光弾を浴びせられたようだが、まだ飛んでいる。

「流石に頑丈だぜ。シホットの豆鉄砲ではそう簡単に落ちないな・・・・だが。」

バンギス伍長は、7番機が編隊から落伍し始めている事に気が付いていた。
確かにダメージは致命的ではないようだが、エンジンを1基損傷した7番機はスピードが思うように出せず、編隊から遅れつつある。
その7番機に、4機の敵機が下方から襲い掛かってきた。
7番機は機銃を撃ちまくって敵機を近づけまいとするが、応戦空しく、敵機は猛速で突っ込み、光弾を浴びせた。
今度は4機分の光弾が、B-24の操縦席部分や胴体、主翼部に叩き込まれる。
左主翼のエンジン1基から火が噴き出て、黒煙が後方にたなびき始める。操縦席のガラスが下方から突き刺さった光弾に叩き割られた。
この容赦の無い一撃で、7番機の運命は定まった。
操縦者を射殺され、主翼から火災を起こした7番機は、急に機首を下に向けるとそのまま地面に向かっていった。

「7番機墜落・・・・・畜生・・・・!」

7番機が撃墜された頃には、第2、第3中隊の全機が、次々と襲い来る敵機に向けて猛然と撃ちまくっていた。

「中隊長機に敵機が!」

ガントナー少尉の声に、ベリヤ中尉は反応する。

「どこだ!?」
「あそこ、11時上方です!」

ガントナー少尉は敵機のいる方向を指差す。前方左斜めを行く中隊長機に、左速報から4機ほどの敵機が突っ込みつつある。
中隊長機はこれに反撃する。
唐突に、先頭を行く敵機が機銃弾に絡め取られて白煙を噴出する。
次いで、左主翼が中ほどから千切れとんだ。
片翼を失った敵機が、そのまま錐揉み状態になって地面に向かっていく。

「おっ、やったぞ!」

中隊長機の敵機撃墜にベリヤ中尉は頬を緩ませる。
だが、緩んだ頬はすぐに引きつった。
残った3機が両翼を煌かせて、多量の光弾を中隊長機に浴びせた。中隊長機の主翼や胴部に満遍なく光弾が叩き込まれる。
相次ぐ命中弾によって機体から夥しい破片が飛び散った。
その次の瞬間、中隊長機は右主翼の付け根がブリキよろしく、くの字に折れ曲がった。
折れ曲がった主翼は、あっという間に切断され、中隊長機は切断部分から炎を吹き出しながら墜落して言った。

「なんてこった!あいつら中隊長機を叩き落しやがった!」

ベリヤ中尉は思わずそう叫んだが、脅威は彼の機にも迫っていた。

「機長!3時上方より敵機!突っ込んで来まぁす!!」
「撃ち落せ!シホットを近づけるな!」

ベリヤ中尉は怒鳴るような声でそう命じた。無線機からは、敵の新型機に襲われる仲間達の悲痛な声が盛んに流れている。

「くそったれ!あいつら早すぎるぜ!まともに狙えねえ!!」
「シホット共はいつの間にこんな隠し玉を用意していたんだ!?」
「ファックシホットお得意のアレだ。今更驚く必要は無い!」
「こちらルーナ・ボーイズ!駄目だ、高度を保てない!!」
「馬鹿野朗!諦めるな!俺たちは一緒に帰るんだぞ!?」

シホールアンル軍機の性能に驚く声、諦めを表す声、それを必死に叱咤する声など、様々な会話が無線機から流れて来る。

「くそう・・・・忌々しいシホット共め!」

ベリヤ中尉は、忌々しげに表情を歪めた。
その間にも、ベリヤ機に向かって来る新型機は轟音を上げながらも急速に距離を詰めて来る。
機銃は、敵機との距離が800を切った所で一斉に射撃を開始した。

12.7ミリ機銃の曳光弾が、迫り来る敵新型機を包み込もうとするが、いずれも外れてしまう。
機銃座の兵が罵声を漏らしながら、向きを微調整して機銃を撃ち続ける。
ベリヤ機のみならず、他の5番機や6番機も援護射撃を行って来た。
先頭の機に、機銃弾が何発か胴体部分に命中する。
しかし、敵機は頑丈に出来ているのか、数発命中しただけではビクともしない。
お返しだと言わんばかりに両翼から光弾を放ってきた。
いきなりバリバリ!という金属が引き裂かれる音と振動が、ベリヤ機を揺さぶった。
先頭機と、2番機の光弾がB-24の胴体部分を抉ったのだ。光弾は胴体部分に命中した。
最初の命中弾はB-24の厚い装甲を抜けられなかったが、いくら頑丈な装甲版といえども同じ部分に打撃を集中されれば
たまったものではない。
多量に注がれた光弾のうち、8、9発ほどが機内に飛び込んできた。

「胴体後部に被弾!イレクがやられた!」

突如、悲鳴のような声がレシーバーに聞こえる。
イレクとは、胴体右側銃座の射手であるイレク・フォルテ伍長だ。
2機の敵機が轟音を上げながらベリヤ機の左下方に抜ける。
航続の2機の敵機が光弾を放って来た。
またもやガン!という振動が機体に響く。

「右主翼に被弾!」

すかさず、ベリヤ中尉は計器に視線を移す。主翼には、エンジンが付いている。
エンジンに被弾すれば、エンジンの調子は悪くなり、速力は落ちて編隊から落伍する。
そうなれば、高高度を飛ぶことも出来ないし、1機でいるところを敵機に取り囲まれてなぶり殺しにされる。
そうなってはますい。ベリヤ中尉はそう思いながら、右主翼のエンジンの計器を見た。

「・・・・ふぅ、エンジンはやられてねえな。」

計器はどれも正常値を現している。

「おい!燃料は漏ってないか!?」

彼は別の気になる事を胴体上方機銃座の射手に聞いた。

「燃料は・・・・・はい、大丈夫です!」

それを聞いたベリヤ中尉は安堵した。エンジンに異常が無くても、燃料が漏れれば途中で敵地に不時着するという事態になりかねない。
ベリヤ中尉は絶対に敵地に不時着したくないと思っていた。
シホールアンル軍は敵に対しては過酷な扱いをする事が広く知られており、後方には捕虜を処理する専門の部隊もあるという。
その部隊は、捕虜の虐殺は勿論、魔道士が立ち会って人体実験をする事も公式に確認されている。
このため、アメリカ軍内ではこの部隊に異常な警戒心を抱いており、カレアント戦線では、第3航空軍がこのような部隊に対して
1週間で述べ1200機もの攻撃機を投入して殲滅を図ろうとしたほどだ。
そんな軍隊に捕まるよりは、機体ごと敵地に体当たりしてやるとベリヤ中尉は思っていた。
だが、機体は今の所大丈夫そうである。

「6番機被弾!」

唐突に、聞き慣れてしまった報告が飛び込んで来た。一瞬、ベリヤ中尉は何かがよぎった。
それは、ブレンナー中尉が言った言葉だった。

「まあ、気楽にいこうや。」

ベリヤ中尉はすかさず左方向に顔を向けた。だが、6番機は自機の陰になって見る事が出来なかった。
彼は知らなかったが、ブレンナー中尉の操縦する6番機は、下方から4機のケルフェラクに襲われた。
続けざまに放たれた光弾によって2枚の垂直尾翼のうち、1枚を剥ぎ取られ、右主翼の2基エンジンが共に多数の光弾を受けて破壊された。
そして、右主翼を炎に包まれた6番機は、滑るようにして編隊から落伍したあと、爆発した。

「6番機・・・・・・爆発しました・・・・・」

その報告に、ベリヤ中尉はショックを抑え切れなかった。

「ブレンナー・・・・・・・馬鹿野朗が。気楽に行こうと言ったじゃねえか・・・・・」

ベリヤ中尉は手を震わせながらも、前を見続けた。今は落ち込んでいる時ではなかった。

「畜生・・・・泣くのは後だ。今は」
「後方より敵機4機!その後ろに20機以上の敵機!突っ込んできます!」

感傷に浸る暇もなく、新たな敵機がベリヤ機に襲い掛かってきた。
4機の敵機の後方には、新たに20機程度の敵機が続いている。

「第2、第3中隊は全滅だな。」

ベリヤ中尉は、そう呟いて諦めかけた。
だがこの時、尾部銃座のバンギス伍長は異変に気付いていた。
ベリヤ機に向かいつつある4機。これかは確実に敵機である。しかし、後ろの20機の動きがおかしい。
途中で4機ずつに離れながら、第3中隊を襲っている敵機に猛速で突っ込みつつある。
そして、新たに現れた飛行機のうち、先頭の2機が敵機よりも早いスピードで4機に近付きつつある。
4機が、ベリヤ機まで1000メートルを切ろうとした時、その更に後方の機がいきなり光弾。いや、機銃弾を浴びせた。
突然、2機の奇襲を受けた最後尾の4番機は、全身から破片を飛び散らせ、その次の瞬間空中分解を起こした。
異変に気付いた残る3機が一斉に散開し、ベリヤ機から離れた。

「あ・・・・ああ!機長!」
「どうした?何かあったのか!?」
「敵機が離れていきます!味方です!マスタングが応援に駆けつけて来ました!」
「何?マスタングだと!?」

ベリヤ中尉がそう返事した時、敵機を撃墜した2機のマスタングが、ベリヤ機の右側方を通り抜けていった。

その中の1機のパイロットと目が合った。銀色の尾翼に黄文字で14と描かれたP-51Bのパイロットは、
ベリヤが知っている人物であった。

「マルセイユの奴め。後で一杯奢らんといけなくなったじゃねえか」


相棒のブラッドウォード中尉と共に敵機1機を共同撃墜した後、敵の魔の手から救ったB-24の側を
フライパスしたマルセイユは思わず苦笑していた。

「こいつは、後で期待できるかも知れん。」

彼はそう言うと、ブラッドウォード中尉と共に他の敵機を探し始めた。
マルセイユ中尉の所属するマスタング隊は、シホールアンル軍のワイバーン隊を海軍のF6Fと共に押え込んだ。
この結果、ワイバーン隊は爆撃隊が最後の1発を投下するまで戦闘に忙殺され、10騎程度が空戦から抜けた以外はルベンゲーブから離脱していった。
この空中戦で、P-51B10機と、F6F23機を失った物の、ワイバーン53騎を撃墜し、40騎に損害を与えて撃退した。
その後、マスタング隊は会合ポイントに向かった機以外は爆撃機と共に帰りの道を行く筈であった。
その時、689BGの指揮官機から謎の敵新型機に襲われているという緊急信が入り、燃料や弾薬にある程度余裕のあるマスタング18機が
689BGの空域に駆けつけた。
駆けつけた時には、既に5機のB-24が撃墜され、3機が新たに攻撃を受けていた。
そこに18機のマスタングが切り込んだのである。

「マルセイユ!9時方向から3機向かって来るぞ!」
「ああ、こっちでも確認した。」

マルセイユはブラッドウォードにそう返事した。
左側方から、3機の敵機が猛速でこちらに向かいつつある。その敵は、ワイバーンではない。
マスタングと相通じる戦闘機だ。

「戦闘機の戦い方を教えてやるぞ。」

マルセイユはそう言うと、愛機を敵機の方向に向けた。ブラッドウォードもマルセイユと同様に敵と相対する。
マスタングの速度が徐々に上がっていき、あっという間に680キロまで上がった。
マスタングと3機の敵が発砲するのはほぼ同時であった。

互いに命中弾を与えぬまま、猛速で通り過ぎる。

「久しぶりに、あれをやってみるか。」

マルセイユはそう言うと、愛機を左旋回させた。高速旋回のため、かなり大回りだ。
すると、敵機も旋回してきた。1機はブラッドウォード機に喰らい付くが、2機がマルセイユに向かって来る。
その2機は、マルセイユの背後に回ろうと、旋回中のマルセイユ機の背後に食いついて来た。

「久しぶりにやるが・・・・上手く言ってくれよ!」

彼はそう言いながら、機のスロットルを絞る。
愛機の速度が、みるみるうちに落ちて行く。だが、速度が落ちていくほど、マスタングの旋回半径は小さくなっていく。


ジャルビ少佐は内心、混乱を起こしかけていた。
彼は、マスタングと思われる新鋭機の背後に、2番機と共にピッタリと張り付いた。
旋回中は光弾が思うように飛ばないため、敵の搭乗員が息切れするのを待つしかない。
1旋回、2旋回と、2機のケルフェラクと、1機のマスタングは旋回する。
しかし、旋回性能が優秀なはずのケルフェラクは一向にマスタングの内懐に回りこめず、逆にマスタングは、徐々に旋回半径を縮めていく。

「クソ!どうした事だ!なぜあんな旋回が!?」

ジャルビ少佐は思わず罵声を漏らした。
その次の瞬間、マスタングがジャルビ機の背後にいる2番機に機銃を撃ってきた。
この時、ジャルビ少佐は驚かなかった。

「射撃音・・・・・ふん、敵も相当頭に血が上っているようだ。」

逆に嘲笑さえ浮かべたが、その刹那。

「隊長!敵の弾が、うわぁ!」

いきなり魔法通信機から2番機搭乗員の悲痛な声が聞こえた。

「お・・・・おい。どうした・・・・・どうしたんだ!?」

旋回中のGに苦しみながらも、ジャルビ少佐は2番機の安否を気遣った。
ふと、視界の片隅に、2番機の尾翼が見えた。
見えたのは一瞬だけだが、尾翼には被弾した後があり、うっすらとだが白煙も引いていた。
その直後、ガンガンガン!という槌で叩かれまくるような振動が機体を振るわせた。
同時に、機首の前面に機銃の曳光弾らしき物が上から下に過ぎ去っていくのが見える。
やられた!
そう確信した彼はすぐに機体を急降下に移した。急降下に移る前にも、2度ほど敵の機銃弾に叩かれ、ガラスが割れる音が
聞こえたが、彼のケルフェラクは墜落しているかのように降下していく。
高度が200グレルまで下がった時に、ジャルビ少佐は機体を引き起こした。
水平飛行に入る際に、周囲を確認して敵機がいないかを確かめる。
幸いにも、近くに敵機はいない。
まだ南の上空で爆撃機や戦闘機が、ケルフェラクと戦っているようだが、戦闘は終わりに近付いているようだ。
彼は機体の状況を確かめるべく、左右の主翼や操縦席内を確かめる。
風防ガラスが割られている。割れた位置は彼の頭のすぐ後ろである。

「・・・・・危機一髪か。」

ジャルビ少佐は背筋が凍るような思いがしたが、それを跳ね除けて期待の被弾状況を確かめる。
見た限りでは、計10発は被弾していた。

「10発もぶち込まれても飛べるとは、大した機体だ。しかし・・・・」

ジャルビ少佐は先のマスタングとの戦いを思い起こした。
マスタングは、彼からしたら信じられない方法で2番機を撃墜し、彼の機に損傷を与えた。

「まさか、旋回中に撃ってくるとは・・・・・・」

ジャルビ少佐は信じられなかった。
普通、射撃の際は旋回中にやらない物なのだが、あのマスタングは平気で撃って来た。
まるで、旋回中のケルフェラクの進路を見越しているかのように。

「見越し射撃か。」

ジャルビ少佐は、初めて体験する新戦法に思わず身を震わせた。

「一瞬だけ見えた、あの黄色文字の番号・・・・・あのマスタングのパイロットは要注意だな。」


午後2時30分 ウェンステル領ルベンゲーブ

小高い丘の上にあるルベンゲーブ防空軍団の司令部からは、黒煙を吹き上げるルベンゲーブ精錬工場が一望できた。

「・・・・・はぁ。」

作戦室の窓から、外を見ていたデムラ・ラルムガブト中将は、思わず深いため息を吐いた。
彼は待っていた。
突然の空襲で、ルベンゲーブの精錬工場群は爆撃を受けてしまった。
精錬工場群の中には、完全に壊滅した所もあるようだが、敵の爆撃制度が不味くて、傍目では大損害に見えつつも、実際には
工場施設はまだまだ使えるという区画もあるようだ。
ウェンステル人の市街地に敵の爆撃機が墜落して火災が発生したようだが、現地住民の活躍のおかげで、大事には至っていないようだ。

「だが、損害が少なくないのは確実であろうな・・・・・」

ラルムガブト中将は確信していた。
英雄王と呼ばれたオールフェス・リリスレイ帝が、仮借ない方法で北大陸を統一して早2年。
その課程で得られたルベンゲーブの精錬工場群は、軍等に収める魔法石のうち、全体の2割を賄っていた。
全体から見たら2割。たかが2割と思うかもしれないが、されど2割である。
たった2割と言えど、失えば多大な打撃となる。

「司令官。暫定報告が出来上がりました。これまでの情報に、最新の情報も加えてあります。」
「見せてくれ。」

ウランル・ルヒャット大佐は、紙をラルムガブト中将に渡した。
紙に内容はこう書いてあった。

「ルベンゲーブ精錬工場の損害は、7区画全体を統合すると、5割~6割の工場、施設が破壊されるか、何らかの損傷を
被っている。特に第7区画は区画全体で8割の施設が破壊、炎上し、施設の復旧は不可能と見られる。比較的被害の軽い第4、
第5区画は復旧が可能なれども、最低1ヶ月。復旧の見込みありと判断された第2区画は最低6ヶ月の時間を要する。他の区画に
関しては復旧の見込み無しと判断される。迎撃に出たワイバーン隊は60騎が失われ、自己判断で出撃したケルフェラク隊は
5機が撃墜された模様。判明せる戦果は大型爆撃機49機、小型機40機。」

これをざっと読み通したラルムガブト中将は、置いてあったカップを取ろうとした。
だが、取れなかった。
右手が震えているために、カップはなかなか握れない。彼はカップを握ろうと奮闘したが、最後には諦めてしまった。

「・・・・・司令官・・・・・」

作戦室内はシーンと静まり返り、ルヒャット大佐の声音が、いつもよりも大声で言っているかのように感じられた。

「馬鹿だった・・・・・・」

ラルムガブト中将は、震える手を押さえながら言った。

「私は、馬鹿だった。まさか、度胸試しの峡谷を、ワイバーンよりも巨大な爆撃機が出て来るとは・・・・・・
だが、アメリカ人達はやって来た・・・・・あの峡谷を通って。」

ラルムガブト中将は、幕僚達に振り返った。
彼の表情は、悔しそうに歪んでいた。

「アメリカ人達の勇気と腕に・・・・・我々は敗北したのだ。」

彼はそう言うと、再び窓の外に視線を移した。精錬工場からの黒煙は、今も上がり続けていた。


ルベンゲーブ精錬工場爆撃作戦。
ストレートショック作戦と名付けられたこの爆撃作戦は、シホールアンル勢力圏内である北大陸初の戦略爆撃として広く知られた。
爆撃は見事に成功し、ルベンゲーブの魔法石精錬工場は壊滅状態に陥った。
だが、勝者の受けた傷は、決して浅くは無かった。
作戦に参加した第145爆撃航空師団の300機のB-24のうち、現地の対空砲火で撃墜されたものは16機、未知の戦闘機に撃墜されたものは5機。
被弾後、第39任務部隊の会合ポイントに不時着水したものは9機。
そして、ルイシ・リアンで着陸に失敗、あるいは使用不能と判断されて喪失となった機は19機、計49機である。
P-51Bは16機、F6Fは30機が失われ、全体の喪失機数では95機を数えた。
特に大損害を受けた第145爆撃航空師団では、搭乗員258人を失い、78人が戦列を離れると言う事態になった。
陸軍航空隊始まって以来の大損害を受けたこの日は、暗黒の月曜日と呼ばれ、作戦参加者の胸に深く刻まれる事になった。
しかし、同時にウェンステルを始めとする北大陸の被占領国は、この勇敢な爆撃作戦に感銘を受ける者が多数にのぼり、
北大陸の人々にはシホールアンル凋落の第一歩として記憶に残る事になる。
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