自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

310 第227話 ファルヴエイノの白い花

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第227話 ファルヴエイノの白い花

1485年(1945年)2月2日 午前7時 レスタン領レーミア沖60マイル地点

第5艦隊所属の高速空母部隊である第58任務部隊は、未だに雪が降り止まぬ中、時速24ノットの速力で南に向けて航行していた。
第58任務部隊司令官であるマーク・ミッチャー中将は、防寒着に身を包んだ姿で、旗艦ランドルフの張り出し艦橋から、上空の
一大スペクタクルシーンとも言うべき光景に見入っていた。

「いやはや、これはまた凄い光景だな。スコールの境界点のような物は何度も見て来たが、雪の境界点を見るのは初めてだ。」
「同感です。」

彼の傍らで、同じく上空を見つめていたアーレイ・バーク少将(レーミア沖海戦後に昇進した)も頷きながら言う。

「通常、雪が止む頃でも、空は大抵曇り空の場合が多いのですが……ああも、はっきりと青空が見えるのは、自分も今までに見た事がありません。」
「この世界は、本当に不思議な物ばかりだ。」

ミッチャーは苦笑しながら呟いた。
第58任務部隊の上空は厚い雪雲で覆われているのだが、驚くべき事に、艦隊のすぐ西側には、鬱屈した曇り空とは全く対照的な、
透き通るような青空が広がっていた。
雪が降り止んだ後も、しばらくの間は曇り空が続くという事が常識となっている彼らから見れば、雪雲のすぐ後ろに晴れ間が広がって
いる光景は、まさに摩訶不思議な光景と言えた。

「司令官、各任務群とも、第1次攻撃隊の準備は完了しているそうです。後は、雪が止むのを待つだけです。」
「出撃時刻は午前8時だったな。その頃には、この雪も大分遠くに離れているだろう。陸軍航空隊の状況はどうかね?」
「はっ。陸軍では、既に第3航空軍の5個航空団が出撃準備を終えつつあります。これに加えて、第5航空軍でも、レーダー装備の
B-29航空団2個が後方への撹乱攻撃を行うため、出撃準備を整えつつあります。それから、今日の主役達は、後方の急造航空基地に
集結済みで、着々と、搭乗準備を整えつつあるようです。」
「今の所、万事順調と言う訳だな。」

ミッチャーの言葉に、バーク少将は深く頷いた。
それから10分後、TF58の上空を覆っていた雪雲は、徐々に東へ向かいつつあり、機動部隊に降り注いでいた雪は急に止み始めた。

「司令官、雪が止んでいきます。」
「おお……これはまた、凄い光景だな。」

ミッチャーは、徐々に迫って来る降雪と晴天の境界を、面白げに見つめていた。
ランドルフの上空に雪雲の切れ端が過ぎ去ったかと思うと、艦上にしんしんと降り続けていた雪はぱたりと止み、代わりに、見事な冬晴れの
陽光が、ランドルフの艦上に差し込んで来た。
さほど間を置かぬ内に、TF58は全艦が、降雪の範囲外に抜けていた。

「司令官。これより、攻撃隊の発艦準備に取り掛かります。」

ミッチャーは、バーク少将の言葉にゆっくりと頷く。

「何度も言うが。ミスが起こらぬよう、注意してやれと伝えてくれ。発艦準備中に事故でも起こされたら事だからな。」
「了解です。」

バークは凛とした声音でそう返事する。
第5艦隊の主力である第58任務部隊は、1月23日のレーミア沖海戦で空母3隻、戦艦2隻を始めとする多数の艦艇や航空機を失い、
主力空母群は19隻から10隻に激減すると言う事態に見舞われたが、現在は予め用意しておいたオリスカニーとグラーズレット・シーを
指揮下に編入し、護衛空母から補充機を受領した事で、空母数は12隻、航空戦力は1000機を保有するまでに回復した。
ミッチャーはTF58の指揮下にある正規空母9隻、軽空母3隻を3個に分けて行動させている。
TG58.1は正規空母イントレピッド、オリスカニー、グラーズレット・シー、軽空母サンジャシント、TG58.2は正規空母ランドルフ、
フランクリン、シャングリラ、軽空母プリンストン、TG58.3は正規空母レキシントン、レンジャーⅡ、ヴァリーフォージ、
軽空母ノーフォークをそれぞれ主力に据えている。
この大作戦が開始される前は、TF58は正規空母、軽空母合わせて22隻を保有し、それを支援する高速戦艦、巡戦は12隻もおり、
巡洋艦、駆逐艦も多数随伴させていたTF58であったが、僅か2週間のうちに6個あった任務群が3個に半減した事は、レーミア沖海戦前の
事前攻撃や、レーミア沖海戦時の敵の攻撃がいかに凄まじかった事かを如実に表していた。

だが、戦力はほぼ半減したとはいえ、TF58はなお、高速空母12隻、戦艦、巡戦5隻、支援艦艇72隻を有する大機動部隊である。
今度の作戦でも、前進中海兵隊や、カレアント軍の障害となる敵地上部隊や航空部隊を、機動部隊の強大な航空戦力で持って打ちのめす事は
充分に可能であった。
また、洋上の機動部隊に加えて、レーミア海岸に急造した航空基地にも、海兵隊航空隊の飛行隊が待機している。
最初に展開した海兵隊航空隊のF4Uは、降雪中にも整備員達が入念に整備を行い続けたため、稼働率はほぼ満点に近い状態であり、これらの
航空隊も航空支援に加われば、地上部隊もより前進し易くなるであろう。
ランドルフの飛行甲板に、1機目の艦載機が上げられた。
翼を折り畳んだアベンジャーに、防寒着姿の甲板要員達が取り付き、飛行甲板の後ろ側に押して行く。
それを皮切りに、甲板上に次々と爆装した攻撃機を飛行甲板に上げていく。
午前7時45分には、ランドルフの艦上にはアベンジャー12機、ヘルダイバー16機、ヘルキャット24機が並べられており、予定されていた
発信時刻を今か今かと待ち侘びていた。


時間はそのまま流れていき、午前8時30分、遂に発進命令が下った。


午前9時 レスタン領ハタリフィク

「一体……これは、どういう事か……?」

レスタン領軍集団主任参謀長である、ヴィルヒレ・レイフスコ中将は、西部戦線側の部隊から次々と届けられる報告文の内容に、思考停止に陥りかけていた。

「魔道参謀!この報告は確かなのか!?」
「主任参謀長……お気持ちは分かりますが、これは確かな報告です。前線部隊は、唐突に天候が回復した所に猛烈な空襲を受けた上に、対峙している敵部隊
から砲撃を受けています。」
「前線の様子はどうなっている?」
「今の所、敵地上部隊は新たな動きを見せていませんが……砲撃を終えた後に前進を再開する事は、ほぼ間違いないでしょう。その際は、我が方も残存している
第2親衛石甲軍や第47軍、第54軍団の残余で迎撃いたしますが。」
「魔道参謀、いきなり天候が回復したとは、どういう事かね?」

レスタン領軍集団司令官であるルィキム・エルグマド大将は、フーシュタル魔道参謀に質問した。

「このハタリフィクは、依然として雪が降っているのだが、この天気から、いきなり晴れになったとでも言うのかの?」
「報告を見る限りは、その可能性は極めて大かと思われます。」

フーシュタル中佐は、額に浮かんだ汗をハンカチで拭いながら、エルグマドに言う。

「何故、このような事が……気象観測半は一体、何をやっていたのだ!?」

レイフスコは、“デタラメ”な予報結果を出した気象観測半に恨み節を漏らした。

「あの役立たず共め!閣下、気象観測半の連中は全員最前線送りにしてやりましょう!あのような能無し共でも、携行型魔道銃さえ与えれば、
1個小隊は道連れに華々しく散る事が出来るでしょう!!」
「……主任参謀長、まぁ、落ち着かんか。」

興奮するレイフスコに対し、エルグマドは、冷える様な声音で答える。

「お前も、このレスタン領駐留軍司令部では2番目の男じゃろう。参謀達の取り纏め役でも君が取り乱すとは何事か?頭を冷やせ。」
「!………も、申し訳ありません。閣下。」

頭に血が上っていたレイフスコは、エルグマドの言葉で我に返り、取り乱した己を恥じた。

「ファルヴエイノはどうなっている?やはり晴れているのか?」
「首都ファルヴエイノはまだ降雪下にあるようですが、あと1時間以内には天候が回復するとの事です。」

作戦参謀のヒートス・ファイロク大佐が答える。

「……まずいな。戦力の減った我が航空部隊では、押し寄せて来る連合軍戦爆連合編隊に対応しきれないだろう。いや、既に対応しきれて
おらん。前線では、既に200機以上の米軍機が、緊急発進したワイバーン隊を押しのけて地上軍を爆撃しておる。今の所、敵の航空攻撃は、
この200機だけだったが、今後、更に敵の航空部隊がレスタン領に押し寄せて来る可能性もある。その中に……空挺部隊を乗せた輸送機が
混じっている可能性もあるな。」

「閣下、ファルヴエイノに展開している対空大隊に警報を送りましょう。」

ファイロクが進言する。

「うむ。すぐにやろう。手駒は全く足らんが、無いよりはましだ。それから作戦参謀……前線の部隊にはきついかも知れんが……」

エルグマドはしばしの間、次の事を場を出す事を躊躇ったが、彼は意を決して、その続きを口にした。

「1個石甲連隊をファルヴエイノに向けられんかな?」
「閣下……親衛石甲師団は、28日から続く戦闘で戦力が減っています。とてもではありませんが、ファルヴエイノに回す戦力は、恐らく、
無いかと思われますが。」
「むむ……駄目か。」

エルグマドが表情を曇らせた時、唐突に若い魔道士官が入室し、魔道参謀に紙を手渡した。

「……閣下!レーミア湾沖の敵輸送船団を監視に当たっていたレンフェラルが、敵機動部隊から発艦したと思しき大編隊を発見したようです。
敵の数は、約300以上との事です!」
「早速、敵機動部隊も動き出したか。」

エルグマドは、唸るような声音でそう答えた。

「前線付近での戦闘を行っている第39空中騎士軍は、既に戦闘可能ワイバーンが定数の6割しかおりません。早々に手を打たねば、
地上部隊は全滅です!」
「作戦参謀、それはわしにも分かっておる。すぐに、第12空中騎士軍から増援を送るように命じよう。それから、第10空中騎士軍と
第9空中騎士軍には、南方より迫る敵航空部隊に注意しろと伝えろ。待機中の飛空挺部隊も同様だ。魔道参謀、急いで伝えてくれ。」
「了解です!」

魔道参謀は、エルグマドが言った指示を伝える為、すぐに作戦室から飛び出して行った。

それから10分後、魔道参謀が作戦室に戻って来た。

「閣下!来ました!!」

フーシュタルは、エルグマドの顔を見るなり、慌てた口調で喋りながら、数枚の紙をエルグマドに手渡した。

「南方の領境に居た監視員と、ジャスオ領北部に残っていたスパイから報告です!」
「うむ、見せてもらうぞ。」

エルグマドは、フーシュタルから手渡された紙に目を通して行く。
1、2分ほどで、エルグマドは5枚の紙に書かれた内容を読み終えた

「諸君。どうやら、敵は急な天候回復が分かっていたようじゃ。」
「わかっていた……といいますと?」
「つまり、こう言う事だ。」

エルグマドは、手渡された紙を机の上に投げ出した。

「わしらは、戦う前から敵に一本取られておったのだ。」

彼はそう言った後、机に投げ出した1枚の紙を手に取り、それを読み上げた。

「ジャスオ北部で生き残っていたスパイのうち、1人はある重大な情報を手に入れている。そのスパイからの報告では、レスタン領では、
50年から40年周期に、雪のまやかし晴れという現象が起きていたようだ。その現象と言う物は、天候が回復するまでは、あれほど
吹雪いていたり、雪が降り続けていたにもかかわらず、唐突に降り止んで、見事な冬晴れになり、それは最低でも、1週間は続くと言う
ようだ。現地人達は、この嘘のような天候回復を、雪のまやかし晴れと呼んでいたらしい。」
「………なんですと?そのような情報は、本国ですら、全く入手できませんでしたぞ!」

レイフスコは戸惑いながらも、初めて耳にする情報が、何故、今まで入手できなかったのか理解できなかった。

「本国の特殊戦技兵は愚か、国内相ですら把握していなかったとは……」
「レイフスコ。答えは簡単だ。」

エルグマドは、頭を抱え込みたくのなるのを堪えながら、務めて平静な声音で言う。

「わしらの祖国は、この国から、余りにも多くの物を奪いすぎた。そして、余りにも深い恨みを、この国の人達から買ってしまったのだ。」
「深い恨み……」
「この国には、もともと、800万以上の国民がいた。それが、今では430万人だ。たった10年ほどの間で、わしらの祖国は、この国の
民の半数を亡き者にしてしまったのだ。反乱騒ぎの類を起こした者のみならず、ただ邪魔だという、どうでも良い様な理由を付けて殺すか、
他の占領地の貴族に売り飛ばしたり、関所破りを企てた者を片っ端から死罪にし、関所の周辺に晒し物にしたり等してな。」

エルグマドはそう言った後、幕僚達に背を向け、しばしの間黙り込んだ。

「閣下………?」

レイフスコは、これからの対応策を考えてはどうかと言おうとした。この時、彼は、エルグマドの異変に気が付いた。
エルグマドの背中は、小刻みに震えていた。
その震えは、次第に大きくなっていく。

「………」

ただならぬ雰囲気に、幕僚達は戸惑いを見せたが、レイフスコは再び声をかけようとした。
その直前になって、背を向けているエルグマドが言葉を発した。

「我が祖国の優秀な制度を、全大陸に浸透させるために始めた戦争。本国で知らされるのは、我が国の制度を導入し、素晴らしいまでの発展を
見せ、幸せな生活を謳歌する、“新しき帝国臣民達”の姿……帝国は寛大で、新しい臣民達にも尊敬されている……大帝国シホールアンル。
だが……」

エルグマドは、体をくるりと回す。その瞬間、幕僚達は息を呑んだ。

「これが、大帝国シホールアンル……我が祖国がしでかしてきた事実だ。そう、肝心な時に、虐殺や、弾圧と言った、現地住民に全く配慮しない
所業の数々……全く、無駄な事ばかりをして来た結果がこれだ!!!!」

作戦室に、エルグマドの怒号が響いた。

「本国からやって来た役人共は、現地民をどうやって虐げる事しか考えていない無能ばかり!その上、このような大事な戦の時は、
所属している組織の規定通りにしか動けん!その挙句が、起死回生のチャンスにもなり得たかも知れない、現地の天候を知らぬばかりか、
戦線崩壊という惨事になりかねないかもしれぬと言う有様だ!!現地民の反発を抑える為に見せしめが必要だと?レスタン人は劣等人種だから
何をしてもいいだと?馬鹿共が!!」

エルグマドの溜まりに溜まった怒りが爆発していく。それに対して、幕僚達はただ、黙って聞くしかなかった。

「自国を守るために各国を占領し、“優秀な制度”とやらを導入しておいて、その結果が戦線崩壊とは!!本末転倒にも程がある!!!
このレスタンの大地で、苦心惨澹しながら戦っている我が将兵は、味方に“足を引っ張られたせい”で更なる苦境を味わおうとしているとは……
これほど、馬鹿げた話は他に無い!」

エルグマドの血の吐く様な独白は、そこで終わった。
彼は、しばしの間深呼吸し、乱れていた息を戻した。

「………諸君、取り乱してしまって申し訳ない。」

エルグマドは、幕僚達に謝りながら、会議を再開させた。

「先程の続きだが、ジャスオ北部のもう1人のスパイは、多数の戦爆連合編隊と、それに続航している多数の戦闘機、並びに輸送機を発見したという。
輸送機はスカイトレインであり、数は最低でも500は下らぬようだ。それから、輸送機の中には、滑空用の飛空挺……敵が持つグライダーとやらを
曳いた奴も多数混じっておったようだ。敵は恐らく、大規模な空爆と砲撃で持って地上部隊を拘束している間、ファルヴエイノに歩兵部隊を降下
させるつもりじゃろう。」
「となりますと、早急に対策を立てねばなりませんが……」

レイフスコが、恐る恐るといった口調でエルグマドに言う。それに対して、彼は淀みなく答えた。

「ファルヴエイノは放棄する。」
「ほ……放棄ですと!?」

レイフスコは仰天し、エルグマドに詰め寄った。

「ファルヴエイノは、このレスタン領の中心ですぞ!そこを、何の抵抗すら行わずに放棄するのは考えものです。ここは、無理やりにでも良いですから、
早急に即応部隊を編成してファルヴエイノ防衛に当たるべきです!」
「主任参謀長。残念ながら、西部戦線軍にはそのような余裕はありません。第2親衛石甲軍は既に1個旅団を失い、中核である4個石甲師団も、
損耗率が4割近くという大損害を受けています。そこから1個連隊……いや、1個大隊だけでも戦力を割けば、敵の強力な突破力の前に、前線は
たちどころに突破されてしまいます。」
「作戦参謀の言う通りじゃよ。」

ファイロクの言葉に頷きながら、エルグマドはレイフスコに言う。

「一応、こちらにはまだ2個空中騎士軍と飛空挺部隊が残っておるが、アメリカ軍はそれ以上に多い数の飛行機を飛ばして来ているだろう。例え、
輸送機を撃墜できる事が出来たとしても、こちらも相当な損害を被るだろうし、その戦果は、圧倒的な物量の前には気休めにしかならん。敵空挺部隊の
進撃は、我々にはどうする事も出来ぬだろう。」
「しかし……しかし、ここで何か手を打たねば。それに、閣下ご自身の名誉にも、大きく関わって来ますぞ。」
「ふむ、名誉か……まぁ、わしの経歴は汚れてしまうのぅ。」

エルグマドは自嘲気味に呟く。

「だが、このままでは敵が来る事はほぼ確実だ。そして、ファルヴエイノにいる国内相軍と、治安部隊5000名は、ろくな武器すら持たぬまま、
一方的に殲滅されてしまうだろう。しかし、わしは、そのような事にはしたくない。国内相の連中は大嫌いじゃが、あ奴らとて、国には家族や知人が
おるのだ。撤退させた方が良い。」
「……よろしいのですか閣下?本国は、黙っておりませんぞ。」
「ハハ、構うまい。このまま留まらせ続ければ、確実に消えるであろう、5000名の命を救う事が出来るのだ。わしのような老いぼれ1人と、
5000名の命。しかも、昔の様な馬鹿共と違って、まだ汚れ切っていない新参が多い連中だ。そ奴らを救う事が出来れば、わしの名誉が汚れるぐらい、
安い買い物じゃよ。」

彼はそう言うなり、愉快そうな笑みを浮かべた。

「では……閣下。」

エルグマドは、レイフスコの顔を真っ直ぐ見据えた。

「主任参謀長。ファルヴエイノの国内相統括官に連絡を送れ。ファルヴエイノの駐留部隊は、速やかに撤退し、北東方面に避退せよ、とな。
それから、同市の守備に付いている対空大隊にも撤退命令を伝えろ。以上だ。」
「わかりました。魔道参謀、話は聞いたな?」
「はい。しかと耳にしました。」

フーシュタル中佐が頷きながら言う。

「すぐに伝えてくれ。早急に撤退させねば、国内相軍と治安部隊5000名が危険に晒されるぞ。」
「ハッ!すぐにお知らせいたします!」

フーシュタルは威勢の良い声音で返した後、脱兎の如き勢いで作戦室から飛び出して行った。

同日 午前11時 レスタン領首都ファルヴエイノ

その日、ルミス・ウスリエクは、ファルヴエイノ郊外の森の中にある小さな墓地に、墓参りのため、自宅から20分程の時間をかけてやって来た。
茶色の薄い防寒コートに身を包んだ彼は、無表情のまま墓地の中を歩き続け、やがては止まった。

「やあ、姐さん。今年も来たよ。」

ルミスは、垂直に立てられた丸い棒のような物に語りかけながら、携えて来た花束を、棒の前に置いた。
今年で20歳になる彼は、3年前、病気がちだった姉が亡くなっている。

「あれから、もう3年か。早いもんだな。」

ルミスは、墓の小さな石棒に、姉の顔を重ねながら呟いた。

「今日は、このレスタンが作られた日だった。それが、姐さんの命日になるとはな。これも、何かの縁だったのかな。」

彼は、石棒に語りかけながら、脳裏に昔の事を思い浮かべていく。

11年前のあの日……1474年2月1日。レスタン王国は、シホールアンル帝国の一方的な侵攻を受けた。
レスタン王国軍は、3週間の戦闘で壊滅的な打撃を受け、王国は、国王を始めとする主だった首脳や、主要な貴族達が殺害された事もあり、
戦争開始から1月経たぬうちに滅んだ。
その後に待っていたのは、偉大なる帝国による優秀な支配という名の、一方的な弾圧であった。
戦争中、シホールアンル軍は軍民の区別なく、目に付く都市や町、村は片っ端から襲撃し、多数の住民達が犠牲になっていった。
ルミスは、父と母、姉と4人で、レスタンの北東部に住んでいたが、彼らは侵攻して来たシホールアンル軍が、奇跡的にも、住民にも寛大な
待遇をするように命じていたため、他の地域の住民とは違い、何の暴行もされる事は無かった。
戦争終結後は、戦闘で自宅の農地が荒れて作物が取れなくなったため、一家総出で、まだ被害が少ない南西部の方へ移住しようとした。
だが、その道中、彼らに悲劇が襲った。
シホールアンル軍は、占領したレスタン領内の各地に検問所を設け、常に不満分子の有無を確認していた。
ルミス達がハタリフィク郊外の検問所を通過しようとした時、運悪く、父が通行証を落としている事に気付かず、そのまま検問所の砦を
通過しようとした時、役人が通行証を持っていない事を咎めた。
役人はこの時気が立っていたのか、父に尋問をした後、すぐに不満分子と決め付け、母と一緒に砦の拷問部屋に連れて行かれた。
そして、何故か、ルミスと彼の姉までもが、砦内に連れ込まれた。
ルミスと姉は、牢屋に閉じ込められ、そこで丸1日閉じ込められた後、やっと解放された。

だが、そこからが本当の地獄であった。

彼らの目の前には、散々に打ちのめされ、ボロボロの姿に変わり果てた父と母が、今しも絞首刑に処されようとしている姿があった。
ルミスと姉が、父と母の姿を見、そして、思考停止に陥るまで僅か数秒足らず。
その数秒間が、父と母が、まだ息をしている時に見られた最期の時間であった。
担当官が仕置き、開始、という号令をかけるや、父と母の体は沈み込み、そして、首に掛けられた縄が、その体を支えた。
何かが折れる様な鈍い音が聞こえた後……父と母は、完全に事切れていた。

ルミスと姉は、役人の恩赦を受けて無事解放されたが、それから3年間は、浮浪児としてハタリフィクに留まった。
7年前、2人はたまたま、行商人の人夫として雇われた後、ファルヴエイノから1ゼルド離れた村に小さな住居を与えられ、そこで行商人の
仕事を手伝いながら生活をしていた。
病気がちだった姉が、床に伏せるようになったのは今から4年前だ。
それから1年の間、姉は徐々に衰弱し、そして、3年前の2月1日……ルミスの未来を案じながら、この世を去った。
その後、ルミスは、行商人の手伝いをしながら、細々と暮らし続けた。

「姐さん。俺は何とかやっていけているよ。そうそう、最近は、この国を支配していたシホールアンルの奴らが、南からやって来た軍隊に
やられまくっている。俺も何度か、その軍隊が使っている兵器を見た事があるけど、なかなか恰好が良かったよ。胴体に星のマークを描いた、
飛んでいる兵器しか見た事が無いけど、すばしっこくて、シホールアンルの連中も、四苦八苦しながら戦っていたよ。もしかしたら……
近い内に、この国から、あの侵略者達は追い出されるかもしれない。」

ルミスは、作り笑いを浮かべながら、墓石に語り続ける。

「本当なら、もっと早い時期に来てくれれば……姐さんも、連中が去って行った、真のレスタンが見られたかもしれないけど……
それはもう、出来ない話だね。」

彼はそう言いながら、墓石にキスをした。

「それじゃ姐さん。今日は帰るよ。また来年、ここに来る。その時は……きっと、この国は、侵略者達の手から解放されている筈。
もし、その時が来ていたら、何か、いい土産を持って来るよ。」

ルミスはそう言い終えると、墓石をゆっくりと撫で、その場から立ち去った。
森の中から出ると、不意に、遠くから何かの音が立て続けに聞こえ始めた。

「……またか。」

ルミスは、西の方角から聞こえて来る不審な音を聞くなり、顔をしかめた。
それはまるで、遠くで太鼓の音を叩くような物に似ていた。

断続的に鳴り響くその音は、決して大きな音では無かったが、あまりにも長い時間鳴り続けるので、最初は音の正体が何であるのかが
分からなかった。
だが、ルミスは、その音の正体が、シホールアンル軍と南からやって来た軍隊が発している戦闘騒音だという事に気付き始めていた。
遠くから聞こえて来るその騒音が、どのような物から発せられているかまでは、ルミスには分からないが、いずれにせよ、戦闘区域が
徐々に近づきつつある事は、軍事知識が無い彼にも理解できていた。

「例の、アメリカ軍とかいう、南からの軍隊が迫りつつあるのかな。」

ルミスは、単調な声音でそう呟いた後、家から出る前に、近所の知り合いから聞いた話を思い出した。

ルミスが、毎年欠かさず行っている墓参りに行くため、村から出ようとした時、近所の知り合いが怪訝な表情を浮かべながら行って来た。

「おい。ファルヴエイノのシホールアンル人達の様子が変だぞ。」
「ファルヴエイノの様子?どんな感じに?」
「……俺も詳しくは知らねえんだが、とにかく、変なんだよ。俺が見た限りじゃ、何十台もの馬車が猛スピードで北東方面に向かって
行くのが見えたんだ。それで、俺は、シホールアンル人の知己がいる奴に何があったんだと、話を聞いたんだ。で、その知り合いが言うには、
国内相部隊はそのまま後方に引き上げて、代わりに、軍の精鋭部隊がファルヴエイノに送られて来るらしい。」
「へえ、つまり、部隊を交換しただけなのか。」

ルミスは、興味なさげに言う。彼の淡白な反応に対して、知り合いは常に興奮気味だった。

「でもな……なんか怪しいんだよなぁ。あいつら、馬車の中から物を落としても、どうでもいいとばかりに放置したまま、北東の方向へ
行ってたし。まるで、役人から必死で逃げようとする悪党みたいだったぜ。」
「おいおい、役人はあいつらだぜ。」

ルミスは、知り合いに苦笑しながらそう答えた後、姉の破壊参りに出かけて行った。

墓参りを終えるまで、知り合いから聞いた話はどうでも良い物としか見ていなかった。
だが、その知り合いの話が、今になって無性に気になり始めた。

「あいつが言っていた、逃げるようにして首都から出ていきつつあるシホールアンル人達。そして、西から聞こえる断続的な騒音。
もしかして、この2つの事は、何か関係があるのだろうか……」

ルミスは、無い知恵を振り絞りながら、急ぎ足で帰り道を歩いて行く。
森から出て10分程が立ち、周囲にはいつも通り、起伏の少ない平原地帯が広がっている。
南の方角から、今までに幾度か聞いた物音……シホールアンル人達が言っていた、敵の飛空挺が放つ音が聞こえ始めたのは、その時からだった。

「……南から、何かが来る?」

ルミスはふと、南の方角が気になり、顔を、不審な物音が聞こえて来る南に向けた。
心地良いぐらいに広がった冬晴れの向こうに、それを見つけるまでの手間は、全くと言っていいほど掛からなかった。
南の空には、今までに見た事もない数の飛空挺が見え始めており、それは急速に近付きつつあった。
ルミスは、どういう訳か、自分の脚が軽くなったかのような錯覚に陥った。

「これは……何だか、とんでもない事が起こるかもしれないぞ。」

彼はそう呟くと同時に、駆け足で村に向かい始めた。
走り始める事5分。ルミスは息を切らしながらも、ファルヴエイノから西に500グレル離れた村まで、あと400グレルにまで迫っていた。
その頃には、単発機と思しき大編隊が、姿がはっきり分かるほどにまで近付いていた。

「あれは……アメリカ軍機?なぜ、こんなに……?」

彼は、初めて目にする、米軍機の大編隊の前に、ただただ驚くしかなかった。
単発機の大編隊は、周囲に爆音を響かせながら、村の上空を通過して行った。
ルミスは、上空を通り過ぎて行ったその大編隊を見送った後、まだ爆音が鳴り続けている南の方角に、再び顔を向けた。

「……さっきの飛空挺よりも大きい奴がいる。それも……恐ろしい数だ!」

ルミスは、先程の単発機の大編隊を遥かに上回る規模の、双発機の大群を目にして更に驚いていた。

双発機の大群は、単発機編隊よりも明らかに低い高度を飛んでいた。

「あの飛空挺は、シホールアンル人達が輸送機用飛空挺と呼んでいた奴だ。まさか……俺達に何か、物資を送ろうとしているのか?」

ルミスはふと、そう思った。
その時、村の方角から誰かが駆け寄り、彼の名前を呼んで来た。

「おーい!ルミスー!」

ルミスは、その声がした方向に顔を向ける。
そこには、先程、彼にシホールアンル人達が大慌てで移動していると言う話しを持ちかけて来た、近所の知り合いが立っていた。

「トランヴァルか。凄い数の飛空挺だな。」
「あれって、アメリカ軍っていう奴らの飛空挺だろ?」
「そうかもしれないね。見た限りでは、輸送用飛空挺のようだけど。」
「輸送機用と言う事は、何か物資を運んで来たのかな。運んで来たのなら、こっちに寄越して貰いたいモンだが。」
「そうだな。」

ルミスは、苦笑を浮かべながらトランヴァルに相槌を打ったが、そこで、彼は間違いに気付いた。

「あ……でも、ここはシホールアンル人達の支配地域だ。あいつらからすると、ここは敵地だぜ。そんな敵地に着陸して、物資を下ろすという、
危険すぎて無謀な事はやらないかもしれないぜ。」
「へー。でも、シホールアンル人達のワイバーンや飛空挺は、1機もあいつらに襲い掛かっていないぜ。いや、そればかりか、空には
1騎のワイバーンも、飛空挺も見えないな。」

トランヴァルは、近付きつつある輸送用飛空挺の大群に指を指しながら、ルミスに言う。

「もしや、シホールアンル人の航空隊は、どこかで戦闘に巻き込まれて来れないんじゃないか?」
「さぁ……そこの所はどうなんだろ。でも、来れないとしても、こんな所に輸送用飛空挺が下りよう物ならば、ファルヴエイノにいる
シホールアンル人達が殺到してくるぜ。」

「じゃあ……何であいつらは、こっちに向かって来てるんだ?」

トランヴァルは首を捻りながら、ルミスに聞く。だが、ルミスも当然、分かる筈は無い。

「それが分かれば、苦労はしないよ。」

ルミスは首を横に振りながらそう言い放った。
突如現れた輸送用飛空挺の大群が、いったい、何の目的で現れたのか?
その疑問は、ルミスとトランヴァルのみならず、彼らが住んでいた村の住人達全員。
そして、同じように、未知の輸送用飛空挺が大挙押し寄せつつある、ファルヴエイノ東側や、南側の郊外に住む住民達も、同じような疑問を抱いていた。
現地住民の全員が、理解し難いとばかり首を捻り、ある者は言い知れぬ恐怖感を抱き始めて居た時、その輸送機の大群は、新たな動きを見せ始めた。
それは、輸送用飛空挺の先頭グループ30機程が、横に3機ずつの縦隊を維持しながら、村の近くの上空を通り過ぎようとした時に起こった。
不意に、先頭を行く3機から何かが飛び出して来た、と思いきや、その何かから白い布らしき物が広がった。
輸送用飛空挺から投下された“物資らしき物”は、上に丸く、白い布がピンと張られた瞬間、落下速度が急激に落ち、しまいには緩やかなスピードで
地面に降りようとしている。
その瞬間、彼らは、その投下されたモノが、“物資”では無い事に気が付いた。

「おい……あれって、人じゃないか?」
「む………確かに。ありゃ人だぞ!」

トランヴァルとルミスは、ゆっくりと降りて来る丸い白布にぶら下がっている人影に指をさした。

「と言う事は……」

ルミスは、爆音を発しながら、次々と上空を通過して行く輸送用飛空挺から、上空をゆらゆらと待っている、多数の丸い白布に視線を向ける。
輸送用飛空挺から投下されるその白布は、爆発的に数を増しており、今では1000を軽く超えんばかりにまでなっている。

「こいつらは、南からやって来た軍隊。つまり、アメリカ軍と言う事か!」

ルミスは、確信したような口調で、トランヴァルに言った。
輸送用飛空挺は、次から次へと飛来して来る。
飛空挺の中には、すぐ後ろに滑空用と思しき飛行隊を引いている者もあり、それらは、村から300グレルほど離れた場所に飛来するや、
滑空機との曳航策を切って、滑空機を切り離した。
ルミス達は知らなかったが、それは、第115空挺旅団が使用するジープを搭載したグライダーであり、今回の作戦でも、115旅団だけ
で300機以上のグライダーが用意され、次々と着陸していた。
最初の輸送用飛空挺が、歩兵を降下してから10分が経った頃には、1個中隊規模の兵力が村のすぐ近くにまで迫っていた。
ルミスは、恐る恐るといった調子で村に近付いて来たアメリカ軍兵士達を見るや、あらん限りの声音で米兵達に叫んだ。

「おーい!あんたらはアメリカ軍か!?」

ルミスの声が聞こえたのか、先頭のアメリカ兵が顔を上げる。
アメリカ兵は後ろの上官と短いやり取りを終えた後、それまで、かがみながら前進して来たアメリカ兵達は、背筋をピンと張り、堂々と
歩きながら村の近くにやって来た。

「やっぱり……やっぱり、アメリカ軍なんだな?」

隣に立っていたトランヴァルが、すぐ近くまで歩いて来たアメリカ兵に感無量といった口調で語りかける。
ヘルメットを目深に被り、顔に緑や茶色の染料を塗りたくった米兵達は、一様に頷いた。
そして、先頭の米兵が口を開いた。

「そう。私達はアメリカ軍だ。」

その言葉を聞いた時、2人は、その声音が高い事に気付いた。

「そして……」

米兵はヘルメットを外した。
驚くべき事に、その米兵は、長い髪を後ろに束ねた女性であり……その双眸は、ルミスやトランヴァルと同じように、金色であった。

「私達はレスタン人よ。皆さん、遅れてしまって、申し訳ない。」
「……!!」

2人は仰天した。
彼らは、目の前の米兵が、まさか、自分達と同じレスタン人だとは思ってもみなかった。
最初、2人は、自分達が幻を見ているのではないかと疑った。
だが、目の前の米兵は、顔に染料を塗り、アメリカ軍の軍服を身に着けてはいるものの、その特徴のある、エルフのような長い耳に
金色の瞳、そして、申し訳なさそうに笑う米兵が見せる尖った牙は、紛れもなく、レスタン人そのものであった。

「まさか……君は、薬屋のテレスかい?」

不意に、トランヴァルとルミスの後ろから声が響いた。
振り向くと、そこには、村長が立っていた。

「……あなたは、店長さん!?」
「ああ。そうだとも。君がよく、子供の頃からよく悪戯していた、商店の店長だ。」
「………!」

薬屋のテレスと呼びかけられた女性兵士は、溜まりかねたかのように、村長に抱き付いた。

「……ごめんなさい……ごめんなさい!遅くなってしまってごめんなさい!」
「いや、いいんだ。別に謝らなくてもいい。それよりも、今まで良く生きていたね、テレスちゃん。ホント、立派だよ。」

村長は、女性兵士の頭を撫でながら、親しみのこもった口調でそう言った。
女性兵士……もとい、テレス・ビステンデル曹長は、10年ぶりとなるその再会に、込み上げる感情を抑える事が出来なかった。
彼女は、親しかった知己の胸の中で、喜びの涙を流し続けた。

「……ハッ!す、すいません!」

うれし涙を流していたテレスは、慌てて村長から離れ、軍服の袖で涙を拭いた。

「いや、いいさ。それよりも、今は任務中だろう?後ろでお仲間が待っているぞ。」

村長に言われたテレスは、後ろを振り返るなり、恥ずかしさの余り顔を赤く染め上げた。
彼女が率いていた分隊の部下達は、全員がニヤニヤと笑いながら、テレスと村長の感動の再会を見届けていたのであった。

「分隊長!今のはとても感動的でしたよ!」

部下の1人がそう言うと、全員が笑い声を上げた。

「ええい!このまま前進するよ!」

恥ずかしさを打ち消すため、テレスは大声で指示を飛ばした後、ファルヴエイノに向けて分隊を率いて行った。
その頃には、騒ぎを聞き付けた村人達が大歓声を上げて、第115空挺旅団を歓迎していた。

午前11時55分 レスタン領首都ファルヴエイノ

第115空挺旅団は、午前11時25分にファルヴエイノ西方1キロ離れた村の側に降下した後、部隊を集結し、午前11時50分には
ファルヴエイノに突入を果たした。
同時に、ファルヴエイノの南方に降下した第101空挺師団は、ファルヴエイノ南方から。
ファルヴエイノの北東方面に降下した第82空挺師団は、北方から迫った。
2個空挺師団、1個空挺旅団の中で、一番最初にファルヴエイノ入りを果たした第115空挺旅団は、残っていた町の住民から熱烈な歓迎を受けつつあった。
第115空挺旅団第726連隊第1大隊B中隊に属しているアールス・ヴィンセンク曹長は、過去に1度だけ通った事があるファルヴエイノ中央通りを、
住民達の歓呼の嵐を浴びながら進んでいた。

「俺達は、本当に帰って来たんだ……この、レスタンに……一度は離れた、この祖国に……!」

アールスは、祖国への帰還、そして、首都解放という現実の前に、今にも泣きそうになるが、彼は寸前の所でそれを押し留め、ゆっくりとした
足取りで中央通りを歩き続ける。

彼らは、町に駐留していたシホールアンル軍が、降下寸前に逃げ出していた事を住民の証言で知っていたため、全員がヘルメットを外した状態で
歩いている。
その彼らに、住民達は万感の思いで迎えていた。

「よくぞ戻って来た!」
「ありがとう!この国を解放してくれてありがとう!」
「ファルヴエイノを奴らの手から解放してくれて、礼を言うぞ!レスタン万歳!第115旅団万歳!」
「このレスタン解放のきっかけを作ってくれたアメリカにも感謝だ!アメリカ万歳!!」

第115旅団の兵士達は、これらの声を聞きながら、祖国に戻って来た喜びをかみしめていた。
兵士の中には、先のエルネイル戦で犠牲になった戦友の写真を、涙を流しながら観衆に向けている者も居る。

「見ろ!帰って来たぞ。俺達の祖国だ!これで、お前も、慣れ親しんだこの国で、安らかに眠る事が出来るぞ……!」

その兵士は、戦死した戦友の遺骨の一部が入った空き缶を手で叩きながら、感慨に耽っていた。
だが、その一方で、兵士達はある意味、拍子抜けしていた。
第115旅団は、全員が亡命レスタン人で編成された部隊だが、彼らの中には、祖国の帰って来た途端、国を見捨てた裏切者として、国民から
罵倒されるのではないかと思う者も居た。
しかし、現実には、そのような輩はいなかった。
いや、正確には居たと言った方が正しかったが、その者達ですら、帰還して来た115旅団の姿を見るや、目の前に現れた解放者達を歓迎する
事に頭が一杯になり、彼らを批判する者はただの1人も居なかった。

「アールス、見てる?凄い熱狂ぶりね。」

アールスは、隣に歩いているテレスに声を掛けられた。その声も、沿道の両側に集まった住民達の声で聞き取り辛かった。

「見てるよ。本当に、俺達は帰って来たんだな。」
「シホールアンル軍が、ファルヴエイノから逃げ出すとは予想外だったけど、これはこれで、楽でいいと思うね。」
「ああ。しかも、首都無血占領だぞ。俺達にとっては、この上ない、名誉な事だ。敵にどんな考えがあったかは分からないが、とにもかくも、
首都はこうして、俺達が奪還した。あとは、101師団と82師団と共同で、機甲師団が来るまでここを防衛するだけだ。」

アールスは、周囲に目を配りながらそう答えた。

「しかし……俺は今でも思ってしまうよ。基地から飛び立ち、輸送機に乗ってファルヴエイノに来たまではいいが……本当は、これは
夢なんじゃないか?ってね。」
「……あんたもそう思う?」

テレスはクスリと笑った。

「実を言うと、あたしもよ。何だか、足取りが妙に軽い気がするの。」
「それは俺も同じだな。そのお陰で……」

アースルは、持っていたガーランドライフルを背に回すや、いきなり、テレスを抱き抱えた。
後ろから着いて来る部下達は、お姫様抱っこをするアースルと、抱きかかえられたテレスを見るなり、一様に驚いた。

「ちょ……!アースル!」
「愛しい女も、軽々と持ち上げられるぞ。」
「……!」

アースルの爆弾発言に、テレスは顔を真っ赤に染めたまま、何も言えなくなった。

「おっ、分隊長がついに!」
「珍しい。女に弱いアースルの兄貴が。」
「流石です分隊長!」

アースルの部下達が、思い切った行動に出た分隊長に賛辞の言葉を次々と送った。

「この場を借りて言わせて貰うが……どうだ、俺と付き合ってみないか?」
「………」

アースルの告白を受けたテレスは、しばしの間身じろぎもせず、ただアースルの顔を見つめていただけだったが、やがて、意を決したか
のように、ゆっくりと顔を頷かせた。

午後0時 ジャスオ領ファバール

ジャスオ領ファバールにある連合軍最高司令部では、アメリカ軍北大陸派遣軍総司令官である、ドワイト・アイゼンハワー大将が、他の
連合国軍の将星達と共に、通信士官が読み上げる報告に聞き入っていた。

「第10空挺軍団は、敵の抵抗を受けぬまま、ファルヴエイノ制圧に成功した模様です。」
「ほほう、ファイルヴエイノを無血占領とは。」

アイゼンハワーから感嘆の一言が漏れた後、会議室に祝福の拍手が響いた。

「閣下、おめでとうございます。」

カレアント軍北大陸派遣軍総司令官フェルデス・イードランク中将が祝いの言葉を送る。

「ありがとうございます。しかし、まだ気は抜けません。」

アイゼンハワーは、丁寧な言葉で返しながら、壁に掛けられた戦況地図の一点に指をさす。

「ファルヴエイノから西方43マイルにある前線では、海兵隊やカレアント軍機械化師団が猛攻を加えており、2キロ程前進しましたが、
敵の抵抗線を破るには至っておりません。もし、ここで攻撃が頓挫すれば、敵は予備兵力をファルヴエイノに回して来るでしょう。
そのような事態に陥れば、第10空挺軍団は壊滅する恐れがあります。」
「首都制圧成功が生きるのは、海兵隊とカレアント軍機械化師団が前線を突破してから、と言う事になりますな。」

ミスリアル王国軍北大陸派遣軍司令官である、マルスキ・ラルブレイト大将が言う。

「その通りです。しかし、今回のファルヴエイノ制圧は、同地に駐留するシホールアンル軍にも相当な影響を与えるでしょう。その領地の
中心部が制圧される事は、領地自体の失陥にも匹敵します。また、同時に、シホールアンル帝国本土の上層部にも、多大な衝撃を与える事は、
ほぼ間違いありません。」
「シホールアンルのあの皇帝は、属国がまた1つ無くなりつつある事を、どのような心境で思っているのやら……」

バルランド軍北大陸派遣軍司令官である、オルフラ・カルベナイト大将が言う。
昨年9月に解任されたウォージ・インゲルテント大将に代わって就任したカルベナイト大将は、前任者と違って、常に冷静でありながら、
温和な性格の将官である。

「3年前とは違って、逆転したこの状況。今頃は、シホールアンル本国でも大変な騒ぎになっている事は、ほぼ間違いないでしょう。
とはいえ、今は、味方機械化部隊が、前線を突破するのを祈るだけです。」

レースベルン軍司令官のホムト・ロッセルト中将がカルベナイト大将に言う。

「我々としてはただ、朗報を待つしかありませんな。毎度のことではありますが。」

グレンキア軍司令官のスルーク・フラトスク中将も、苦笑しながらアイゼンハワーに言った。

それから20分後、今後の対策について話し合っていた彼らの下に報告が入った。
アイゼンハワーは、通信士官から手渡された紙の内容を読むなり、満足気に頷いた。

「閣下、朗報ですかな?」

イードランク中将の問いに、アイゼンハワーは再び頷く。

「今しがた、敵の前線を攻撃していた海兵隊が敵の抵抗線を突破。第3海兵師団に所属する戦車部隊と、カレアント軍第1機械化騎兵師団の
部隊が前進を開始したようです。」
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