第228話 首都進軍
1485年(1945年)2月1日 午前11時45分 レスタン領クリメエイヴァ
アメリカ第5水陸両用軍に所属する第3海兵師団は、他の海兵師団や、カレアント軍第2機械化軍団と共に、シホールアンル側の前線に
向けて猛攻を加えていた。
クリメエイヴァは、なだらかな丘が続く他に、所々に森林地帯があり、一見すると、のどかな自然の風景が広がっているのだが、ここに
陣を構えたシホールアンル軍は、急造ながらも、効果的な防御陣地を構築していた。
クリメエイヴァ戦線の突破を計る前進部隊の中の1つである、カレアント軍第1機械化騎兵師団第2機械化騎兵連隊第2大隊は、ひっきり
なしに着弾する野砲弾の雨の中を、指揮下の戦車隊とハーフトラックに乗った機械化歩兵1個大隊を率いながら前進を続けていた。
第2大隊第1中隊の第2小隊に配属されているエリラ・ファルマント曹長のM4シャーマン戦車もまた、味方の戦車と同様、砲弾の炸裂に
よる爆煙と土煙をひっきりなしに浴びている。
「今のは近かったな……操縦手!キャタピラはやられていないよね!」
エリラは、操縦手のキリト・リンツェロ伍長に聞く。
「キャタピラはやられていません!異常なしです!」
「よーし……この間のようになったら、ヤバイからね。」
エリラは小声で呟きながら、キューポラの外に視線を向ける。
先行している第1中隊は、敵の第2陣まであと500メートル程まで迫っている。
第1中隊は、元々は12両で編成されていたが、5分前まで繰り広げられたキリラルブスとの戦闘で8両にまで撃ち減らされている。
だが、第1中隊はそんな事は気にしていないとばかりに、備砲と機銃を撃ちまくりながら、敵陣に迫っていた。
第1中隊目掛けて、対戦車砲が火を噴く。
後方の敵も、前線部隊の苦境を悟ったのであろう、第1中隊のみならず、前進部隊に向けて落下する砲弾の量がより増して行く。
いきなり、キューポラの後ろ側から赤い爆発炎が差し込んで来た。
強烈な爆発音と共に、エリラ車がその衝撃波で僅かばかり揺れ動く。彼女は後方に振り向く。
同じ第2中隊第2小隊に属する4番車が炎上していた。
後部付近から猛烈な火炎を上げる戦車から、乗員達が慌てて飛び出してくるが、既に車内にも火が回っていたのか、乗員達は、背中や、
臀部付近の空いた穴から伸ばした尻尾に炎を纏わりつかせていた。
火達磨になった乗員達は、10歩も走らぬうちに倒れ込み、それから動く事は無かった。
「……仇は取ってやるからね……!」
エリラは、戦友達の非業の死に悔しげな口調で呟きながらも、すぐに意識を切り替え、前方の敵陣に視線を集中する。
その時、上空に幾つもの影が飛び去って行った。
その影の集団は、超低空で前進部隊の上空を通り過ぎていくや、敵陣に向けて両翼から何かを発射した。
「コルセアだ!」
エリラは、嬉しさの余り叫んでしまった。
「車長!中隊長車より通信です!洋上のアメリカ機動部隊より発艦した第2次攻撃隊が我が隊の航空支援を行っているようです!」
通信手のグルアロス・ファルマント伍長が、声に喜色を滲ませながら報告して来る。
「アメリカ機動部隊……第58任務部隊だね。あいつらが来たとなると、後は安心だね。」
エリラは顔に笑みを滲ませつつ、前方で手酷く叩かれていく敵陣に視線を向け続ける。
カレアント軍第1機械化騎兵師団の上空に現れたのは、第58任務部隊第3任務群の正規空母レキシントン、レンジャーⅡ、オリスカニーより
発艦した98機の戦爆連合編隊であった。
TG58.3の各攻撃機は、護衛のF4U、F6Fの援護を受けながら派手に暴れ回った。
前進中のカレアント軍部隊を後方で叩いていた、シホールアンル軍第13石甲機動砲兵旅団は、レキシントンより発進した8機のヘルダイバーと
10機のアベンジャー、オリスカニーより発進した9機のコルセアに捕まった。
まず、9機のコルセアが猛スピードで突っ込んでいく。
砲兵型キリラルブスの護衛役として配備されていた対空部隊が激しく反撃する。
対空部隊の役割は、重野砲を積んだ砲兵型キリラルブスの護衛であり、必死に対空砲火を放つ。
だが、オリスカニー隊のコルセア9機の任務は、砲兵型キリラルブスを攻撃する事では無く、それを守る対空部隊を駆逐する事であった。
派手に対空魔道銃や、高射砲を撃ちまくった対空部隊に、コルセアが殺到して行く。
コルセア隊は2機が撃墜されたが、残りはそれぞれ割り当てられた目標に突進し、ロケット弾攻撃を行うのみに留まらず、機銃掃射までも仕掛けていく。
ロケット弾を叩き込まれた高射砲が、爆炎と共に爆砕され、機銃掃射をモロに食らった対空魔道銃が、機銃弾着弾の土煙に覆われた途端、瞬く間に沈黙する。
土煙が晴れたあと、そこには機構部や銃架を叩き壊され、体を撃ち抜かれて事切れた幾つもの死体が、周囲に横たわっていた。
コルセア隊の襲撃によって、対空火力が大幅に減殺された事を確認した艦爆隊が、待っていましたとばかりに急降下を始めていく。
生き残った対空魔道銃や高射砲が迎撃するが、その弾幕は悲しくなるほど薄く、1機のヘルダイバーも捉えられない。
いや、幾つかはヘルダイバーに当たっているのだが、米軍機の防弾装甲は、少々の打撃ぐらいではビクともしなかった。
8機のヘルダイバーは、2発ずつの500ポンド爆弾を投下した後、両翼に吊り下げていた計4発のロケット弾を撃ち放った。
砲兵型キリラルブスに次々と爆弾が落下し、ロケット弾が猛速で殺到する。
直撃弾を受けたキリラルブスが、呆気なく爆砕され、上空に火柱を噴き上げた。
ヘルダイバー隊の猛攻で瀕死の状況に陥った砲兵大隊に、アベンジャー隊の止めとも言うべき水平爆撃が追加される。
その時、ようやく、大隊長が半狂乱になりながらも、声高に撤収を命じていたのだが、その次の瞬間、アベンジャー隊の投下した500ポンド爆弾が
落下した。
この空襲で、第13石甲機動砲兵旅団は、1個大隊相当の砲兵型キリラルブスと、多数の兵員を失った。
第13石甲機動砲兵旅団は、それ以前にも2度の空襲を受け、1個機動砲兵連隊と2個大隊を失い、旅団の砲兵戦力の大半を失っていたが、
この空襲で実質的に、砲兵戦力は潰滅状態となった。
第2親衛石甲軍の根幹部隊がまた1つ、編成上から抹消されたころ、第2機械化騎兵連隊は更に前進を続けていた。
先頭の第1中隊が、空襲で打撃を受けた敵の塹壕陣地を次々と乗り越えていく。
第2中隊もその後に続いていく。
ハーフトラックに乗った1個大隊も敵陣を突破して行く。
時折、敵の歩兵が携行型魔道銃を使って反撃してくるが、ハーフトラック上のカレアント兵は、車載機銃であるM2ブローニング重機は勿論の事、
乗っている兵が総出で撃ちまくって、シホールアンル兵を文字通り蜂の巣に変えていく。
ハーフトラックの中には運悪く、敵兵にオープントップ式のキャビンに手榴弾を放り込まれる物も居る。
手榴弾が爆発するや、ハーフトラックは停止し、即死した兵が血まみれで車内に倒れ込み、負傷した兵が絶叫を上げながら車内から飛び出して来た。
パニックを起こしたカレアント兵目掛けて、シホールアンル兵は落ち着きながら、携行型魔道銃で1人1人討ち取っていく。
それを見て、怒りに駆られたとあるハーフトラックがひとしきり、M2重機を撃ちまくった後、塹壕の近くに停車し、10名のカレアント兵が
キャビンから飛び出し、尻尾を荒々しく逆立てながら突進して行く。
たちまち、塹壕内で乱戦が始まる。
シホールアンル兵は、元は魔法騎士団や、特殊戦技兵出身の兵が多いため、猛訓練で染み付いた格闘術を効果的に使ってカレアント兵を倒そうとし、
ある者は携行型魔道銃をうまく取り回して的確に撃ち込んでいく。
だが、カレアント兵も負けてはおらず、こちらもまた、部隊内訓練で培った体術や、近接戦闘では最も威力を発揮する、トミーガンやグリースガンを
使って敵を倒しにかかる。
8名のシホールアンル兵は奮闘し、5名のカレアント兵を殺害し、3名に傷を負わせたが、最終的には、トミーガンや、グリースガンと言った
自動火器をふんだんに持つカレアント兵に全員が射殺された。
塹壕内のシホールアンル兵は激しく抵抗したが、勢いはカレアント側にあり、正午までには、塹壕を守っていたシホールアンル軍部隊はすべて降伏した。
午後0時 塹壕を突破した第2機械化騎兵連隊は、敵の逆襲を警戒しながら前進を続けていた。
「これで、第2線陣地もなんとか突破……か。次の敵は、どのような布陣で待ち構えているのかな。」
エリラは疲れを感じながら、これから戦う新たな敵に向けて意識を改める。
今まで、シホールアンル軍は3重、4重の防御陣地を構え、こちらの戦力を次第に減殺して行くように努めている。
現に、エリラの属する第2機械化騎兵連隊は、上陸作戦前は3個戦車大隊で編成されていたが、今では2個大隊あるかどうかの戦力しか残っていない。
早朝から今までの戦闘で新たに損失も出ているだろうから、実質的に、第2機械化騎兵連隊は1個大隊強程度の戦力にまで低下しているだろう。
「車長!司令部より新たな通信です!」
レシーバーに、グルアロスの声が入って来る。
「第3海兵師団が前線を突破!ファルヴエイノに向けて、急速進撃しているとの事です!」
「第3海兵師団の連中、首都に向けて、一気に突っ走ろうとしているね。」
エリラは、第3海兵師団の猪突猛進ぶり(彼らから見ればそう見えた)に苦笑しつつも、それで大丈夫なのだろうかと不安になった。
「あ、連隊司令部より命令です!前進部隊各隊は、損害に顧みず、ファルヴエイノに前進せよ!」
「ちょ……損害に顧みずだって!?」
エリラは、思わず叫んでしまった。
「こっちの損害も馬鹿にならないのに、更に前進しろだなんて……」
「でも、制空権はほぼ、味方が確保している状態ですよ。午前中は、敵も2度ほど大空襲を仕掛けて来ていますが、その大半はアメリカ軍機に
妨害されて、こっちの被害は思ったよりも酷くありませんでしたよ。」
「でもね、グルアロス。シホールアンル軍は、この先にも防御陣地を敷いて待っているかもしれないんだよ。この、少なくなった前進部隊で
突破できるのかなぁ……」
(それ以前に、たった2キロ前進するだけで何時間かかった事やら……)
エリラは、早朝から続く激戦模様を脳裏に思い浮かべた。
カレアント軍第1機械化騎兵師団は、午前8時をもって、敵防御線へ総攻撃を開始した。
攻撃に参加した部隊は、第1機械海騎兵師団の他に、アメリカ海兵隊の第3海兵師団並びに第1、第2海兵師団である。
エリラの部隊は北部戦線に属しており、南部戦線には第2機械化騎兵師団とアメリカ第4、第5、第6海兵師団が布陣し、そこでも攻撃が始まっていた。
シホールアンル軍は、前進して来るアメリカ、カレアント連合軍に対して、残った石甲部隊や、航空部隊を投入した他、健在であった
機動砲兵旅団等を用いて迎撃に当たった。
シホールアンル側の抵抗は凄まじく、連合軍は北部、南部戦線共に、ゆっくりと前進をするしかなかった。
それでも、シホールアンル軍は米カ地上軍の猛攻や、航空支援の前に徐々に戦力を消耗し、午前11時頃に第1線陣地を突破された。
この時、米カ連合軍は、シホールアンル軍第2親衛石甲軍を構成している第1、第2親衛軍団を完全に分断し、南部戦線の部隊が第1親衛軍団の2個師団
並びに、2個旅団を半ば包囲しかけていた。
第2親衛軍団は第1親衛軍団と違って、巧みに機動を行いながら戦線を後退させ、午前11時20分には、第1機械化騎兵師団に対して、新たに40台の
キリラルブスを投入して反撃に転じて来た。
第1機械海騎兵師団所属の第1機械化騎兵連隊と第2機械化騎兵連隊は、これに全力で持って応え、キリラルブス28台を破壊して撃退に成功したが、
カレアント側もM4戦車9台、M3戦車7台、M10駆逐戦車5台を失った他、その他装甲車両12台を失うと言う大損害を被った。
この戦闘で、常に師団の先頭に立っていた第1機械化騎兵連隊は壊滅的打撃を受け、先頭を第2機械化騎兵連隊に譲った。
その第2機械化騎兵連隊でさえ、戦力は定数の6割程度しか残っておらず、制空権をほぼ手中に収めているとはいえ、この減少した戦力で、シホールアンル側の
新たな防御線を突き崩す事は難しいのでは?と、エリラは不安に思っていた。
「グルアロス、命令はどこから出ているの?連隊本部から?」
「いえ……師団長命令のようです。」
「師団長から……あ、そういえば、第3海兵師団の先鋒って、確か……」
「パーシング戦車を装備している第3海兵戦車連隊です。指揮官は、俺達を打ち負かした、あのパイパー中佐ですよ。」
エリラはその時、師団長であるファメル・ヴォルベルグ少将が、第3海兵師団に対抗意識を燃やしているのではないかと思った。
「……まさか、うちの姐さんは、“またパイパーに負ける”事を嫌がって、強行軍を命じているのかしら……」
「さぁ……そこの辺りは、何とも。」
グルアロスは答えに窮したが、エリラは、そのような感情で部隊を危険な目に合わせようとするヴォルベルグ師団長に対して、半ば、呆れていた。
何はともあれ、第1機械化騎兵師団は防御線の突破に成功し、第3海兵師団を追う形で、首都ファルヴエイノに向かい始めた。
だが、第3海兵師団と第1機械化騎兵師団の、半ば競争めいた急進撃は、その2時間後に中断を余儀なくされた。
午後2時10分。
第3海兵師団と第1機械化騎兵師団は、側面を第1、第2海兵師団の前進部隊に守られながら首都ファルヴエイノへ向けて進んでいたが、その時に
なって、敵の新たな航空部隊が現れた。
「空襲警報!新たな敵航空部隊が接近!」
「なに!?」
エリラは、キューポラから身を乗り出し、周囲を確認している最中に、グルアロスからその報せを受け取った。
唐突に、上空を旋回していたアメリカ海兵隊所属のコルセアが急に向きを変えて、南西方向に向かって行く。
南西方向からは、敵と思しき大編隊がその姿を現していた。
その数は余りにも多く、少なめに見積もっても100機は下らないであろう。
それに対して、迎撃に向かった海兵隊航空隊のコルセアは、僅か16機であった。
10分前までは、約50機のアメリカ陸軍機が居たのだが、燃料切れで海兵隊航空隊の先遣隊と交替していた。
「なんて、タイミング悪い時に……グルアロス!アメリカ海兵隊の増援機は、あと何分で来られる!?」
「わかりません!今確認してみます!」
グルアロスはそう答えた後、大急ぎで中隊長車に確認を取る。
1分後、彼はエリラに情報を伝えた。
「車長!海兵隊の残りの掩護機は、早くても10分後に到達予定との事です!それとは別に、アメリカ陸軍の支援機も向かっている
ようですが、そいつらも早くて、10分後に到達予定と……」
「10分だって?掩護機が来るまでの間、あたし達は、あいつらにされるがままじゃない……!」
エリラは歯噛みしながらそう言う。
「目的地まであと、10キロしか無いって言うのに!」
彼女が悔しげな言葉を吐きだしている中、16機のコルセアは、敵の大編隊と交戦を開始した。
16機のコルセアは、シェリキナ連峰付近の飛行場に隠匿されていた、ケルフェラクと、ドシュダムの混成編隊、計130機を相手に
勇敢に戦ったが、流石のコルセアも多勢に無勢であった。
5分後、敵大編隊は、第1機械化騎兵師団と第3海兵師団に襲い掛かって来た。
第3海兵師団第3海兵戦車連隊の指揮官であるヨアヒム・パイパー中佐は、敵編隊に襲撃され、次々と被害を出している第1機械化騎兵師団と、
自らの部隊に迫りつつある別の敵編隊を交互に見やった後、忌々しげに顔を歪めた。
「優秀なコルセアといえども、あんな大量の敵にやって来られたら手も足も出ないか……!」
パイパーはそう言いながら、無線機のマイクを握った。
「こちらパイパー!敵編隊が接近している、対空車両は敵の迎撃に当たれ!」
彼の指示が全隊に伝わり、第3海兵戦車連隊に追随していた第3海兵連隊も対空戦闘の準備に入る。
第3海兵連隊と戦車部隊がスピードを落とす中、共に後方より着いて来た対空車両が鮮やかな動きで楔形隊形の外側に布陣して行く。
第3海兵対空大隊に所属するM16対空自走砲36両と、M17対空自走砲12両は、それぞれ4丁の12.7ミリ機銃と、2丁の40ミリ機銃を
振り立てながら、迫り来る敵編隊を待ち構える。
M16対空自走砲と、M17対空自走砲は、アメリカ軍がM3ハーフトラックをベースに開発した対空戦闘用の装甲車両である。
最初に配属されたM16対空自走砲は、米軍の機甲師団は歩兵師団は勿論の事、1944年頃からは海兵隊や、連合国軍にも配属され、戦場で
敵航空部隊に対して奮闘している。
M17対空自走砲は、威力不足が指摘されたM16対空自走砲の改良型として開発された最新鋭の対空戦闘車両で、ボフォース40ミリ連装機銃を
搭載している。
今回、第3海兵師団には、試験用に初期生産型の16両が配備され、午前中の敵の空襲では、ワイバーン5騎を撃墜する戦果をあげていた。
やがて、第3海兵師団前進部隊の上空に迫る敵機の正体が明らかとなった。
「あいつは……ドシュダムと言う名の戦闘機だな。」
パイパーは、双眼鏡越しに敵機を見つめながら、その名前を呟いた。
ドシュダムは、昨年11月の敵の限定攻勢の際に、米陸軍を始めとする連合国軍地上部隊を散々に打ち負かすきっかけを作った忌まわしい
戦闘攻撃機として(実際は戦闘機である)海兵隊にも、その名は広まっている。
このレスタン進攻作戦の際にも、海軍航空隊の艦載機隊が、幾度かドシュダムと戦火を交え、常に2:1、または3:1のキルレシオを維持しているが、
艦載機隊のパイロット達も、ドシュダムは低空や中高度域では侮れない飛空挺として警戒している。
その侮れない飛空挺の数が、40機前後は居る。
味方戦闘機の援護が、今の所はまだ望めない以上、手持ちの対空部隊で頑張る他はなかった。
敵編隊の先頭グループが急速に高度を落としながら、戦車部隊に迫って来た。
M16、M17対空自走砲が撃ちまくる。
12.7ミリ弾のか細い火箭と、40ミリ弾の太い火箭が同時に噴き上がった。
12.7ミリ弾と40ミリ弾は、我先にとばかりに突っ込んで来たドシュダムに集中される。
1発の40ミリ弾がドシュダムの右主翼に突き刺さるや、ドシュダムは右主翼を吹き飛ばされ、錐揉みになりながら地面に激突した。
また1機、別のドシュダムが機銃弾に捉えられる。
このドシュダムは、12.7ミリ弾の集中射を受け、機体全体をずたずたに引き裂かれて空中分解を起こした。
戦闘開始から僅か30秒足らずの間に、相次いで2機のドシュダムを撃墜した対空自走砲の射手と操作要員は、これなら敵を撃退できる!と確信し、
より激しく機銃を撃ちまくる。
だが、事態は、海兵隊有利のまま推移する事は無かった。
残りのドシュダムが、猛スピードで対空車両に襲い掛かって来た。
あるM16対空自走砲は、自分達に向かって来たドシュダムに12.7ミリ弾を浴びせかけたが、そのドシュダムはひらりと機銃弾をかわし、逆に両翼から
光弾の一連射を叩き込んで来た。
このドシュダムは、従来型のドシュダムと違って威力が20ミリクラスに近い長砲身魔道銃を搭載しており、その威力は、ハーフトラック等の軽装甲車両は
勿論の事、運が悪ければ、戦車の天蓋やエンジングリルを貫通して行動不能に陥れてしまう程である。
この型のドシュダムは、今年の1月から配備されており、地上部隊攻撃には最も威力を発揮する機体として、シホールアンル側上層部に評価されている。
ドシュダムの光弾の連射をもろにくらったM16対空自走砲は、あっけなく炎上し、生き残った乗員達が慌てて、外に逃げ出していく。
M16対空自走砲を撃破したドシュダムは、そのままの勢いでパーシング戦車に接近し、両翼に吊っていた2発の小型爆弾を投下した。
狙われた戦車の左右で、爆発音と共にどす黒い土砂が噴き上がる。幸いにも、敵機の爆撃は失敗に終わった。
ドシュダムは、次から次へと迫り来る。しかも、一方向からのみならず、四方からだ。
M17対空自走砲の40ミリ機銃弾は威力を発揮し、接近して来るドシュダムや、爆弾を放って離脱しようとするドシュダムを相次いで叩き落として行く。
自走砲を操作する海兵隊員達は、口々に罵声を上げながら戦闘に従事する。
しかし、ドシュダム隊はM17対空自走砲を脅威とみなしたのか、2機1組となってM17に攻撃を仕掛けていく。
ドシュダムは、一般の米軍機に比べれば、性能は劣る機体だが、地上襲撃機としては申し分の無い性能を有している。
ましてや、時には戦車すら撃破しうる強力な魔道銃を装備しているとあっては、流石のM16、M17対空自走砲も不利な戦を強いられた。
ドシュダムが高速で通過する度に、M16、M17のいずれかが被弾炎上して行く。
敵機の放つ高威力の光弾は、M3ハーフトラックがベースである対空自走砲の薄い装甲板を難無く突き破り、車体前部のエンジン部分や内部のガソリンタンクを
破壊して火達磨にする。
別のM16対空自走砲は、銃座部分に射弾を集中された。
この対空自走砲は、車両としてはまだ生きていたが、銃座部分が破壊された事によって対空戦闘が不可能となり、実質的に撃破されたも同然であった。
M16対空自走砲8両、M17対空自走砲6両が破壊された時、ついに、パーシングにも犠牲が出始めた。
パイパーは、唐突に、後方から強烈な爆発音が轟いた時、驚きの余り、首を竦めてしまった。
「まさか、戦車がやられたのか!?」
パイパーはそう叫びながら、後ろを振り向いた。
そこには、1両のパーシングが、後部付近から火災炎を起こしながら停止していた。
既に、乗員の脱出は始まっており、ハッチから戦車兵が飛び出して来るのが見える。
爆弾の直撃を受けたのか、あるいは、敵の魔道弾がエンジングリルの薄い上面装甲を叩き割ったのかを分からなかったが、いずれにせよ、第3海兵戦車連隊の
稼働戦車が、また1台減った事は明らかであった。
「!」
パイパーは、敵機のエンジン音が近付いて来る事に気付き、その方向に顔を向ける。
大きな虻を思わせる敵機が、パイパーの乗る戦車に向けて突進しつつあった。
彼は素早く車内に潜り込み、ハッチを閉めた。
「操縦手!右に切れ!」
パイパーは操縦手に指示を伝える。パイパーの指揮戦車が右に回った瞬間、爆発音が鳴り響き、同時に猛烈な衝撃が車体を揺さぶった。
彼は、余りにも強い衝撃に、この戦車に爆弾が命中したのかと思った。
しかし、それは杞憂に終わった。
「……おい、皆無事か!?」
パイパーは、瞑っていた目を開けるや、部下の乗員達に声をかけた。
幸いにも、4名の乗員は全員が無事であった。
パイパーはすぐにハッチを開け、周囲を見回した。
この時、新たに1台のパーシングが銃撃を受け、白煙を上げながら停止するのが見えた。
濃い白煙を噴き出すパーシングからは、乗員達が脱出する気配は無かった。
「くそったれ!ファルヴエイノまで、後少しと言う時に!」
パイパーは、傍若無人に暴れ回る多数のドシュダムを睨みつけながら、悔しげに言い放った。
午後2時30分 ファルヴエイノ西方6マイル地点
海兵隊航空隊VMF-369に属しているF4Uコルセア48機が第3海兵師団前進部隊の上空に現れた時、地上部隊はドシュダムの蹂躙によって
次々と損害を出していた。
「なんてこった、地上部隊がシホット共にやられているぞ!」
VMF-369の指揮官であるジョセフ・フォス少佐は、味方部隊を銃爆撃する小柄の飛空挺を見るなり、敵愾心を燃やした。
「隊長!カレアント軍の方もやられていますが、向こう側は陸軍の戦闘機隊がたった今、支援を開始したようです!」
「ようし、陸軍さんも試合に参加して来たな。あっちは陸さんに任せて、俺達は第3海兵師団を守るぞ!全機続け!」
フォス少佐も含む48機のコルセアは、更に増速して、第3海兵師団を襲いまくるドシュダム目掛けて突進する。
その時、フォス少佐は、上空に別の敵編隊が居る事に気が付いた。
「1時上方に敵機!」
彼は、隊内無線で敵機の位置を知らせる。
「隊長!あれは恐らく、攻撃機の護衛役です。」
第2中隊長のグレイド・ファンソム大尉が、無線機越しにフォス少佐に行って来た。
「恐らく、そうだろうな。グレイド!お前達の部隊に、連中の始末を任せたいが、いいかな?」
「ええ、喜んで!」
その返事に満足したフォスは、すぐに指示を送った。
「よし!第2中隊は、敵の護衛機に当たれ!残りは、低空のシホット共を蹴散らす。地上部隊を誤射しないように気をつけろ!」
フォスはそう命じるなり、機首を低空の敵機群に向けた。
48機中、12機は高度3000メートル付近を飛ぶ敵編隊に向かい、残りの36機が、低空を舞う敵機に殺到して行く。
フォス率いる本隊は、途中、2機ずつの小編隊に別れる。
彼は、今しも、戦車に向けて降下攻撃を行おうとしている1機の敵機に狙いを付けた。
「隊長!あいつはドシュダムですよ!」
「ああ、嫌な奴が出て来たな。」
フォスは、顔をしかめながら敵機を見つめ続ける。
「だが、連中にとっても、俺達は嫌な奴だろう。ここは、嫌な奴同士、存分に戦おうじゃないか!」
フォスはそう言い放ちながら、愛機の速度をより一層を速めていく。
彼の操るF4U-1Dは、コルセアシリーズでは、20ミリ機銃を積んだF4U-1Cと同じく、最新の機体であり、最大で696キロの
スピードを出す事が出来るが、今は降下しながら突き進んでいるため、速度計は700キロを指していた。
外見が旧世界のポリカルポフ戦闘機と似た敵機の至近に近付くまで、さほど時間はかからなかった。
敵機のパイロットは側方を警戒して居なかったためか、猛速で突っ込んで来る2機のコルセアに全く気付いていなかった。
フォスは、ドシュダムの側面めがけて、200メートルの距離から12.7ミリ弾を撃ち放った。
フォス機とペア機の放った、計12条の火箭は、そのまま鉄の奔流となってドシュダムを包み込み、機体全体から夥しい破片が飛び散った。
敵機の操縦席が一瞬、朱に染まったように見えた頃には、フォス機とペア機はドシュダムの上方を飛び去って行った。
「隊長、やりました!1機撃墜です!」
「OK!この調子で、残りも落として行くぞ!」
彼は、相棒にそう返しながら、首を捻って周囲を見回して行く。
フォス機とペア機は、一旦は高度100メートルまで降下した後、再び上昇して次なる獲物を探そうとした。
その時、側方から2機のドシュダムが、フォス機とペア機に突進してくるのが見えた。
「隊長!3時方向より敵機です!」
「ああ、こっちでも確認した!」
フォスは返事をしながら、どのように敵を迎え撃つかと考えたが、この時、彼は、敵機と自分達の距離が約1000メートルほど離れている事に
気付いた。
「このままフルパワーで上昇する!」
「了解です!」
フォス機とペア機は、敵機を確認した後も、そのまま上昇を続けた。
2機のドシュダムは、フォス機とペア機を側面から撃てないと見るや、2機のコルセアの後を追い始めた。
その様子を見ていたフォスは、心中で確信した。
(俺達の後にホイホイ着いて行くとは。ドシュダムの乗員には、空戦技術が未熟な奴が多いと言う噂は、どうやら本当のようだな)
フォス機とペア機は、機首の2000馬力エンジンを唸らせながらぐんぐん上昇して行く。
2機のコルセアの後を追う2機のドシュダムも、背後から光弾を撃ち放つべく、距離を詰めようとする。
だが、コルセアとドシュダムの距離は、見る見る内に開いていき、高度5000メートルに上がる頃には、彼我の差は2000メートル以上にも開いていた。
「ようし、反転して突っ込むぞ!」
フォスはペアに指示を送りながら、上昇を止めて旋回降下に移った。
2機のコルセアは、急降下の要領で、追って来た2機のドシュダムに迫っていく。
未だに上昇を続けていたドシュダムは、真正面からコルセアと戦う事になった。
コルセアの猛速のお陰で、あっという間に彼我の距離は縮まった。
フォス機は、やや前を行くドシュダムに照準を合わせ、200メートル程の距離から12.7ミリ機銃を撃ち放った。
同時に、ドシュダムも両翼から光弾を放って来る。
6条の火箭が白煙を引きながらドシュダムを包み込んだ、と思いきや、ドシュダムから放たれた太い光弾がフォス機に向かって来る。
敵の照準は思いのほか正確であり、2条の光弾のうち、1条が操縦席に迫っていた。
「まずい……!」
フォスは、迫り来る敵弾を見、死を覚悟した。
いきなり、機体がハンマーで叩かれるような振動が響いた。3度の甲高い被弾音が鳴る。
同時に、フォスの放った12.7ミリ弾もまた、過たず、敵機を捉えており、敵機の機首からは夥しい破片が飛び散っているのが見えた。
2機のコルセアと2機のドシュダムは、互いに高速ですれ違って行った。
コルセアとの正面対決を戦った2機のドシュダムは、共に致命弾を受けて墜落し始めた。
フォスとペア機は、高度4000付近で一旦、水平飛行に入った。
「隊長、敵を1機撃墜しましたが、こっちも被弾しました。」
「なに?どこをやられた!」
「左主翼です。エルロンを飛ばされました!」
「くそ、重傷じゃないか。なんとか飛べそうか?」
「は……一応は……」
フォスは舌打ちをする。
「仕方ない。お前は基地に戻れ。空戦域からなるべく離れろ。」
「了解です。隊長の方も被弾しているようですが、大丈夫ですか?」
「俺も3発ぐらい食らったが、少しだけスピードが落ちただけで満足に動ける。大丈夫だ、心配ない。」
「わかりました。すいませんが、先に戻ります。基地で待っていますよ。」
「ああ。」
ファオスはそう返してから、右横にいるペア機に手を振った。
ペア機のパイロットも、フォス機に向けて手を振った後、フォス機から離れ、基地に戻って行った。
「まずいな……早い所、戦域に戻って、ペアを探さんとな。」
フォスはそう呟いた後、愛機を空戦域に向け直して増速仕掛けた。
不意に、何かを感じ取った彼は、後ろ上方に顔を向けた。
そこには、今しも、急降下で迫ろうとしている3機のケルフェラクの姿があった。
ハンス・マルセイユ大尉の率いる第194飛行隊は、第133戦闘航空群の中の一飛行隊としてカレアント軍地上部隊の航空支援を行い、
第194飛行隊は、敵のケルフェラク隊の掃討を担当していた。
マルセイユ、相棒のチャック・イエーガー少尉と共に敵戦闘飛空挺と渡り合い、この日で2機目……通算99機目の敵を撃墜した所であった。
「やりましたな、隊長!」
「なんとかな……結構、手強い敵だったな。」
マルセイユは、ふぅっため息を吐いた後、周囲を見回す。
「大分、空戦域から離れてしまったが……戦闘は終息しつつあるようだな。」
彼は、周囲の状況を見て、そう判断した。
マルセイユの属している第133戦闘航空群は、15分ほどの空戦でドシュダムとケルフェラクの混成編隊相手に激戦を演じた。
カレアント軍地上部隊の上空では、今でも空中戦が行われているが、先と比べると、空戦の規模も小さく、敵機の大半は空戦域から離脱しつつあった。
「一時はどうなるかと思いましたが、ひとまず、カレアント軍部隊の被害が拡大するのは防げたな。」
「そうですね。あとは、後退の部隊が来るまで自分達が……隊長!」
いきなり、イエーガー少尉の口調が変わった。
「どうしたチャック!」
「9時下方に、味方機と敵機が居ます。空戦中のようですね!」
マルセイユは、相棒が知らせた方角に目を向ける。
うっすらとだが、高度3000メートル付近で小規模な空戦が行われている。
マルセイユは目を凝らし、敵と戦っている味方機の正体を確認した。
「チャック!あいつはコルセアだ!3機のケルフェラクに追い回されているぞ!」
彼はそう言いながら、愛機のスロットルを全開にした。
「あいつは海兵隊か海軍の所属機だな、加勢するぞ!」
マルセイユはそう言うなり、愛機のスピードをフルに上げて、危機に陥っているコルセアの救援に向かった。
マルセイユの乗るP-51Dは、最高速度700キロを誇る高速戦闘機であり、2機のマスタングは猛速で、味方機を追い回す3機のケルフェラクに
接近して行く。
だが、流石のマスタングでも、瞬時に味方機のもとに行けるとまでないかない。
コルセアとケルフェラクの空戦に乱入出来るまでは、少なくとも1分半ほどの時間を要した。
その間、コルセアは幾度か、ケルフェラクの光弾を浴びていた。
だが、コルセアの機体は思ったよりも頑丈であり、米軍機の中では防御に難があると言われているP-51が受けていれば、墜落に陥りかねない程の
打撃を受けながら、コルセアは巧みな機動で敵の決定打を避け続けていた。
全速力で救援に向かい始めてから1分半が経ち、ようやく、ケルフェラクをマスタングの射程内に収める事が出来た。
「狙いは大雑把でも構わん!牽制がてらに撃つぞ!」
マルセイユはイエーガーに指示を飛ばしながら、彼我の距離がまだ700メートル程開いているのにも関わらず、敵機に向けて射撃を開始した。
両翼の12.7ミリ機銃がリズミカルな音と共に機銃弾を弾き出し、6条の火箭が敵機に注がれる。
イエーガー機の射弾も敵機に向かうが、牽制がてらに放ったため、敵機に命中する事は無かった。
だが、敵機はようやく、2機のマスタングに気が付いたのか、3機中、2機がマルセイユとイエーガーに向かって来た。
隊長機と思しき残りの1機は、コルセアの追撃を続けた。
「3機全てを引き離す事は出来なかったか……俺達が片付けるまで、なんとか頑張ってくれよ!」
マルセイユは、全ての敵機を引き付けられなかった事を、手負いのコルセアに向けて詫びながら、まずは、向かって来た2機を相手にする事にした。
ケルフェラクとマスタングの距離はあっという間に縮まっていく。
互いに、200メートルの距離に迫った所、ほぼ同時に射撃を開始した。
マルセイユの放った射弾は、惜しくも敵機のすぐ右に逸れたが、敵機の射弾も、マルセイユ機の上方に逸れて行った。
互いの攻撃が空振りに終わり、高速ですれ違って行く。
「チャック!散開するぞ、左の敵機は任せた!」
「了解です!隊長、ご武運を!」
マルセイユとイエーガーは散開し、別々に敵機を追った。
マルセイユは右旋回した後、敵のケルフェラクの背後に回った。
ケルフェラクのパイロットもマルセイユが向かって来た事に気付いたのか、旋回して背後を取ろうとする。
「格闘戦か……よし、受けて立ってやる!」
マルセイユはそう叫ぶや、愛機を左旋回させて、敵機の内懐に飛び込もうとする。
ケルフェラクの旋回性能は良好であり、1度のみならず、2度、3度と、旋回を繰り返しても、敵機に覆い被さる事が出来ない。
「やはり、ケルフェラク相手では手こずってしまうな……なかなか、いい飛行機だ。」
マルセイユは、旋回中のGに耐えながら、敵の旋回性能を評価する。
巴戦は更に続き、4回、5回、6回と、互いに回り続けて行く。
「くそ、早い内にこいつを仕留めなければ、あのコルセアが危ない……どうすれば……」
マルセイユは焦っていた。
先程、追い回されていたコルセアは、機体の各所に弾痕を穿たれていた。
あの状態でも満足に動けるコルセアの頑丈さには目を見張るものがあるが、それでも手負いである事には変わりない。
コルセアに追随していったケルフェラクは、機動性ではコルセアに勝っている。
手負いのコルセアが幾ら善戦したといえども、ケルフェラクが相手……しかも、低空域とあっては長くはもたないだろう。
(こうなったら……)
マルセイユは、咄嗟にある考えが浮かび、それを、即座に実行した。
彼は、唐突に巴戦を中断したと思いきや、いきなり急降下に入った。
傍目から見れば、格闘戦に耐え切れなくなり、体制を整える為に離脱したようにも見える行動である。
ワイバーンが相手ならば、そのまま急降下に入っても逃げ切る事は出来た。
だが、今回の相手はケルフェラクであり、マルセイユの判断は間違っていた。
敵機は、マルセイユ機が急降下に入るのを見逃さなかった。
ケルフェラクはマルセイユ機と同じように急降下に入るや、全速力で追随して来た。
「ドシュダムに乗ってるやつは、ひょろひょろとした飛び方をする奴が多いが、ケルフェラク乗りは依然として、いい飛び方をする奴が
ほとんどだな。」
マルセイユは、急降下のGに耐えつつ、どこか暢気さを感じさせる口調で呟いた。
急降下性能には、どのような米軍戦闘機にも一定の評価があるのだが、実を言うと、ケルフェラクも、急降下性能に関してはかなり評価の高い戦闘機だ。
ケルフェラクは、その機動性や高速性もさるものだが、急降下性能に関しても申し分の無い機体であり、米軍のF6FやP-47等は、急降下で逃れようと
したばかりにケルフェラクに追いつかれ、撃墜されてしまったという事例が多数報告されている。
コルセアやマスタングも、ケルフェラクの急降下性能には及ばない場合があり、過去に何機かが撃墜されている。
今回もまた、ケルフェラクはマスタングとの差をじわじわと詰めつつあった。
高度計が1200メートルを突破した時、ケルフェラクはマスタング後方150メートルに迫っていた。
「こんな近くに来るまで発砲しないとは、さては、弾に余裕が無いな。」
マルセイユは、危機的状況に陥っているにもかかわらず、余裕すら感じさせる口調でそう判断した。
「さて、ビックリタイムだ!」
マルセイユは、気合を入れるかのように叫び、同時に操縦桿を思い切り引いた。
愛機が降下を止め、上昇に転じ始めた。
急降下時にスピードが出ていたため、急上昇に転ずると言う事は不可能であったが、それでも、ケルフェラクの視界からは、マルセイユ機は完全に消えていた。
ケルフェラクのパイロットは、慌てて急降下を止め、水平飛行に移ろうとした。
不意に、殺気を感じたケルフェラクパイロットは、真上に顔を向けた。
マルセイユは、愛機が空中分解する危険性を考慮しながら、上昇に転じた直後、右ロールを行い、ほとんど背面飛行に近い形で敵機に覆い被さった。
その時、敵機が急降下を止め、水平飛行に転じ始めた。
「今だ!」
マルセイユは好機とばかりに、逆落としで敵機に向かった。
照準器が完全に敵機に重なった事を確認するや、彼は機銃の発射ボタンを押した。
僅か2秒ほどの射撃であったが、マスタングの両翼からは、6条の12.7ミリ機銃弾が白煙を引きながら弾き出され、それは、過たず、敵機の右主翼や胴体、
左主翼、そして、機首部分に命中した。
マルセイユ機は、ほぼ空中衝突寸前の所で敵機接近した後、敵機の下方に飛び抜けた。
どっと押し寄せる疲労感に苛まれながらも、マルセイユは愛機の姿勢を整え、周囲を見回しながら敵機の有無を確認する。
200メートル上方に、マルセイユと交戦したケルフェラクが飛行していた。
そのケルフェラクは、機首から真っ赤な煙を吹いていた。
やがて、そのケルフェラクから何かが落ちたかと思うと、ケルフェラクは機首を下に向けて墜落して行った。
ケルフェラクから落ちた何かは、その機のパイロットであり、高度700メートル付近でパラシュートが開いた。
「敵機1機を新たに撃墜か。」
マルセイユは、自らの目で敵機撃墜を確認した後、すぐに、コルセアの事を思い出した。
「あのコルセアが心配だ。すぐに加勢にいかないと!」
マルセイユはそう言うなり、愛機を増速させて、コルセアとケルフェラクを探し始めた。
2分ほど経ってから、彼は、問題のコルセアを見つける事が出来た。
その瞬間、マルセイユは、コルセアの見せた、見事な機動に心を奪われた。
コルセアは、背後の敵機から銃撃を受けた直後、両翼から脚を出しながら緩やかなスローロールを行った。
脚が出た事により、急激にスピードが落ちたコルセアは、追跡していたケルフェラクをオーバーシュートさせた。
そして、コルセアがスローロールを終えた頃には、ケルフェラクはコルセアの射点に飛び出した格好となっていた。
勝負は一瞬であった。
コルセアが数秒ほど機銃を発射した後、致命弾を受けたケルフェラクは機体全体から夥しい破片と白煙を噴き出し、徐々に高度を落として行く。
ケルフェラクのパイロットは操縦不能と見たのか、程無くして、敵機から搭乗員が飛び出して行った。
「ふぅー、なんて奴だ。あの調子なら、泡食って急ぐ必要もなかったかな。」
マルセイユは、心底安堵した口調で呟きながら、見事に敵機撃墜を果たしたコルセアに、バンクをしながら近づいて行った。
ケルフェラクと比較的似た容姿を持つマスタングは、過去に何度か、味方の誤射を受けているため、他の機種を持つ海兵隊、海軍航空隊の戦闘機に
近付く際は、味方という事を現すため、バンクをしながら接近する事が義務となっている。
「こちらイエーガーです。マルセイユ隊長、聞こえますか?」
「こちらマルセイユ。聞こえるぞ。」
マルセイユは、イエーガーにそう返しながら、彼の機体を探す。
マルセイユ機の右側から近付いて来る、1機のマスタングが見える。機体の番号からして、イエーガー機に間違い無かった。
「どうだった?」
「駄目です、あと一歩の所で逃げられました。」
「そうか……残念だったな。」
「あちらのコルセアパイロットは大丈夫ですか?」
「ああ、こちらからはまだ話し掛けていないが……待ってくれ。」
マルセイユは無線機の周波数を切り替え、左横を飛ぶコルセアに話し掛けた。
「こちら、陸軍航空隊第133戦闘個空軍所属、第194飛行隊のマルセイユ大尉だ。そちらの状況を教えられたし。」
「おお……すげえな、あのミスリアル星が目の前に居るとは……」
無線機の向こうの相手は、驚いた口調でそう言って来た。
「おっと、失礼。こちらは第1海兵航空団所属、VMF369指揮官のジョセフ・フォス少佐だ。君達の援護に深く感謝する。」
「少佐殿でありましたか。こちらこそ、先程は無礼な言い方をしてしまって、申し訳ありません。」
「いやいや、気にしないでくれ。」
風防ガラス越しに見える海兵隊のパイロットは、満面の笑みを浮かべながらマルセイユにそう返した。
「一時はどうなる事かと思ったが、君達がうまく乱入してくれたお陰で、何とか生き延びる事が出来た。あとで、うちのボスに君達の
活躍ぶりを報告させて貰うよ。」
「ハッ、ありがとうございます。」
マルセイユは、フォス少佐が発した感謝の言葉を、素直に受け止めた。
「ところでマルセイユ大尉。今日は何機落とした?」
「はい。今日は2機を落としています。」
「2機か……今までに撃墜した数はいくつだね?」
「97機。今日の戦果を含めれば、99機であります。」
「あれ、隊長。さっきの敵機はどうなったんですか?」
「ん?さっきの敵機だと?」
マルセイユは、一瞬、イエーガーの言葉が理解できなかったが、その時、彼は先程の一騎打ちで、敵を撃墜した事をようやく思い出した。
「……すまん、忘れていた。俺はさっき、何とか敵を1機撃墜していたな。」
「おお……と言う事は、遂に100機撃墜と言う事か。おめでとう、マルセイユ大尉!」
フォス少佐は、マルセイユに賛辞を贈った。
「隊長!おめでとうございます!100機撃墜は凄い成績ですよ!」
「まあ待てチャック。はしゃぐのはまだ早いぜ。」
半ば興奮気味に話すイエーガー少尉に対して、マルセイユは落ち着いた口調で返す。
「空戦は終わりつつあるが、俺達の任務はまだ終わっていない。任務は、飛行場に無事に帰って、初めて終わったと言える。君の言葉は嬉しいが、
今はまだ任務中だ。帰還するまでは、任務に集中しよう。」
「はぁ……確かにそうですね。申し訳ありません。」
無線機越しのイエーガーは、すまなさそうに謝罪の言葉を述べた。
「まっ、本来ならば、俺もはしゃぎたいんだけどね。でも、ここで馬鹿をして機体をオシャカにでもしたらとんでも無い事になるからな。今は我慢だよ、
我慢。」
マルセイユは苦笑しながらイエーガーに言った後、顔をコルセアに向けた。
「それでは大尉。俺はおいとまさせてもらう。無事を祈っているぜ。」
「ハッ!ありがとうございます!」
マルセイユは、フォス少佐に向けて敬礼を送る。
フォス少佐も、割れた風防ガラス越しに答礼を返したあと、愛機を仲間のいる空域に向け、飛び去って行った。
午後3時10分 レスタン領首都ファルヴエイノ
第3海兵師団第3海兵戦車連隊は、随伴していた第3海兵連隊と共に、午後3時丁度にファルヴエイノ入城を果たした。
レスタン領の住民達は、初めて目の当たりにするアメリカ軍戦車部隊や機械化部隊に度肝を抜かれながらも、死力を尽くして戦ってきた解放軍の
堂々たる入城を熱烈に歓迎した。
第3海兵連隊第1大隊B中隊の指揮官であるルエスト・ステビンス大尉は、沿道の両脇を埋めるレスタン人の多さに驚きながらも、自分達がようやく、
ファヴエイノに到達したと言う実感を仄かに味わっていた。
「こんにちは!アメリカ兵さん!」
ステビンスは、ゆっくりと走るM3ハーフトラックに並走する現地の女性に声を掛けられた。
「レスタン領にようこそ!ゆっくりしていってね!」
女性は明るい笑みをたたえながら、一輪の花を手渡して来た。
「お嬢さん、ありがとうよ!大事に取って置くぜ!」
ステビンスも、その花を快く受け取った。
白い肌をした美しい女性は、手を振りながらハーフトラックから離れ、沿道に戻って行った。
沿道に陣取った多数のレスタン人達は、それぞれが布切れや、即席の横断幕や、元のカレアントの国旗を掲げている。
中には、即興で作った星条旗を派手に振り回す、粋な現地住民も少なからず混じっている。
「おーい!海兵隊!」
唐突に、彼らのハーフトラックに並走する1台のジープが現れた。
「ファルヴエイノにようこそ!」
「おう、あんたらは101師団か!?」
「そうだ。今から3時間前に降下して来た。ファルヴエイノの観光案内は任せてくれよ!」
「OK!暇が出来たら頼むよ!」
「じゃ、また後でな!」
ジープに乗った5名の兵達は(普通なら規則違反でMPにしょっぴかれる)、カラヒーと声高に叫びながら、ハーフトラックを追い越して行った。
「いやはや、こりゃ盛大なパレードだね。」
隣に座っていた、従軍記者のアーニー・パイルがステビンスに言う。
「ホント。こいつはパレードだな。俺達の装いは、パレードには似つかわしくないもんだけどね。」
ステビンスは苦笑しながら、パイルに返した。
上空にはひっきりなしに海軍や海兵隊、陸軍航空隊の掩護機が飛び回っているが、それらの戦闘機隊も編隊飛行をしながら首都上空を飛行している
ため、パイルの言う通り、第3海兵師団の行進は軍事パレードといっても過言では無い。
しかし、その主役たる第3海兵師団は、普段の軍事パレードで見られるような、煌びやかな軍装に身を包み、整備の行き届いた車両部隊で行進を
行っている訳ではない。
早朝から、激戦に告ぐ激戦を制して来た第3海兵師団の前進部隊は、戦車を始めとする車両は勿論の事、前線で戦ってきた兵達は、ほぼ全員が汗と土砂、
硝煙によって顔や、軍服が汚れきっている。
一見すると、第3海兵師団の各隊は、どこぞで泥遊びをしたかのような格好になっていたが、レスタン領の住民達はそれを気にしないどころか、却って
注目の的になっている節があり、その歓迎度合いは、先に降下して来た第10空挺軍団よりも明らかに上だった。
やがて、第3海兵連隊の各車両は、広い間取りのある場所に来ると、そこで停止した。
ハーフトラックから降りた第3海兵連隊の将兵達は、既に待機していた第82空挺師団や101師団、115旅団の将兵達からまた歓迎攻めにあった。
それからしばらく時間が経った後、新たな部隊がファルヴエイノに入城して来た。
「おい、見ろよパイルさん。カレアント軍だぜ。」
ステビンスは、周囲にカメラを向けて撮影に専念するパイルの肩を叩いた。
カレアント軍もまた、第3海兵師団と同様に、熱烈な歓迎を受けていた。
住民達の歓呼に出迎えられながら、カレアント軍の先頭部隊が、第3海兵連隊と第3海兵戦車連隊が停車しているファルヴエイノ中央広間に進入してきた。
カレアント軍部隊を先導する形で入城して来たM8グレイハウンドには、カレアント軍第1機械化騎兵師団の指揮官である、ファメル・ヴォルベルグ少将の姿があった。
パイパー中佐は、停止した装甲車から降りて来るヴォルベルグ少将の姿を見るなり、思わず、自分が緊張している事に気付いた。
(まずいな……どうも、穏やかな雰囲気じゃないぞ)
彼が不安がっている事に気が付いたのか、隣にいた第3海兵連隊指揮官であるジェームズ・スチュアート大佐が声をかけて来た。
「どうしたパイパー。顔が引きつっとるぞ。」
「え?そ、そうですかな。自分としては、リラックスしてるつもりですが。」
「ふむ……まっ、俺の方に話が行くようにするから、心配するな。」
スチュアート大佐は快活そうな声音で言いながら、パイパーの肩をポンと叩いた。
装甲車から降りたヴォルベルク少将が、ベレー帽を被り直しながら彼らの元に歩いて来た。
パイパーとスチュアート大佐も、ヴォルベルク少将に向かって歩いて行く。
この時、ヴォルベルグ少将と視線が合った。
(ヴォルベルグ閣下と目が……って、おいおい。なんか殺気がこもっていないか?)
パイパーは、ファメルが向ける視線が異様に冷たい事に気付き、背筋が凍りついた。
互いに、4歩ほどの間隔を開けて立ち止まった。
「第1機械化騎兵師団指揮官、ファメル・ヴォルベルグ少将です。」
「第3海兵師団第3海兵連隊指揮官、ジェームズ・スチュアート大佐です。」
「同じく、第3海兵戦車連隊指揮官、ヨアヒム・パイパー中佐です。」
互いに紹介を終えると、ファメルはまず、スチュアート大佐と握手を交わす。
「道中、ご苦労様です。」
「ありがとうございます大佐。貴軍もまた、道中の困難を撥ね退けながら、ここまで前進出来た事は称賛に値します。」
「は、恐縮です。」
スチュアート大佐は、慇懃な口調で行った後、内心では、おっかない狼耳の将官に因縁をつけられた、元武装SS上がりの部下を救おうと、
考えていた話題を話そうとしていた。
「実……あれ?」
気付いた頃には、ファメルの姿は目の前に無かった。彼女は、手早くスチュアートから離れると、パイパーの前に移動していた。
(うーむ……俺には興味は無いって事か。すまんなパイパー、頑張ってくれ)
「ヴォルベルグ閣下。お久しぶりであります。部隊の方は大丈夫でありますか?」
パイパーは、心中では、スチュアート大佐という防御線を、電撃戦顔負けの鮮やかさで迂回して来たファメルに仰天していたが、彼もまたさる物で、
即興ながらも、彼女の怒りを削ぐ言葉を考えていた。
「これはパイパー中佐。部隊の方の損害は、あまり良くは無い。これからしばらくは、兵員の休養と再編成が必要かもしれないね。そちらの方は
どうかな?」
「は……実を言いますと、我々も似たような物です。」
パイパーは、視線を後方の戦車群に向ける。
彼の後ろには、42台のパーシング戦車が居た。そして、その42台が、第3海兵戦車連隊の全戦力であった。
「私達の連隊は、レーミア上陸作戦前、144両の戦車が居ました。その大戦車部隊も、今では、たったの42両を有するのみです。」
パイパーは、ヴォルベルグの顔を真っ直ぐ見据えた。
「我々は、あの新鋭戦車を与えられた時、無敵であると思った物です。ですが、その無敵の戦車も、実際の戦場では無敵ではありませんでした。
我々は、味方の死を多く見てきました。敵の野砲に狙撃され、擱坐する戦車。敵キリラルブスに不意を突かれ、乗員共々炎上する戦車……首都を
目前にして、敵航空機に撃破される戦車。そして、一緒に追随し、我々の為に血路開いてくれた歩兵達。あなた方もそうですが、我々もまた、
多くの死を糧にして、ここまで来る事が出来ました。我々が頑張る事が出来たのも、戦友達の死を無駄にしないがため。そして、我々が事を
成し遂げた今、彼らの死も、無駄にする事無く済んだかと、私は思っています。」
パイパーは、左手を差し出した。
「閣下が、私に対して対抗心を燃やしていた事は、常々聞いておりました。ただ、私が見る限りでは、今回の作戦で、我々は上手く連携し合い、
時には助け合う形で戦線を押し上げ、遂にはファルヴエイノ占領と言う目標を達成する事が出来ました。その達成のため、私が憎まれ役になった
事が少しでも戦局の好転に貢献したかと思いますと、私としては、とても嬉しい限りです。」
ファメルは、一瞬だけ唖然となり、その直後、対抗心ばかりに逸っていた自分が恥ずかしくなった。
彼女は、模擬訓練で無敵の師団に一敗地にまみれさせたパイパーを尊敬すると同時に、憎んでいた。そして、今度の作戦では、必ずや、パイパーの
部隊に競り勝ち、彼らを見返してやると決意していた。
だが、パイパーはそのような事を望んでいなかった。彼の口調から察するに、彼は、味方と競争する気は全くなく、ただ単に、無事、任務が成功
することだけを考えていただけであった。
結果的に、機械化部隊のファルヴエイノ一番乗りは、第3海兵師団に譲ってしまったが、パイパーは、そのような“瑣末”な事を誇るのでは
なく、任務が成功した事だけを、純粋に喜んでいたのである。
もし、第1機械化騎兵師団が1番乗りを果たしていたら、ファメルは、そのような瑣末な事に固執していた自分を今よりも酷く責め抜いたであろう。
第3海兵師団が1番乗りを果たした事で、ファメルは逆に、救われた事になったのである。
「……ハハ。自分勝手に憎んで、舞い上がっていただけとは。確かに、戦争を行う上で、最上の喜びは、戦う者同士が競い合う事ではなく、
いかに上手く、そして、早く目標を達成するか、だったね。負けたよ。」
ファメルは、感服した表情を浮かべながら、パイパーと握手を交わした。
「貴方の様な、立派な軍人と肩を並べて戦える事が出来ただけでも、名誉な事だ。貴方の様な軍人が居る限り、アメリカ軍はこれからも、勝利を続けるだろう。」
ファメルは、スチュアート大佐に顔を向けた。
「大佐、貴方は良い部下を持たれましたな。彼をも含む貴方がたこそ、この進攻作戦の英雄だ。」
「はい。しかし閣下、我々は英雄ではありません。」
スチュアート大佐は、上空に顔を向けながら、ファメルに言う。
「この戦いで散って行った、多くの戦友達こそが、この作戦の真の英雄です。彼らの活躍無くしては、このファルヴエイノ攻略も上手く行ったかどうか……
ですが、こうして、我々はファルヴエイノに入城できました。」
スチュアートは、ファメルを見据えた。
「これで、私達は、アーリントンに眠る彼らに、胸を張って報告できます。目的は達成された、と。」
「それは、私も同感です。」
スチュアート大佐の言葉に、ファメルもまた深く頷いた。
「これからは、戦友達の想いに恥じぬ戦いが出来ればと、私は思います。」
ファメルとスチュアートは、再び固い握手をかわしたのであった。
一種の儀式とも言える、アメリカ軍、カレアント軍双方の指揮官達のによる短い会合は、5分ほどで幕を閉じ、3人の高級士官達は、第10空挺軍団の
指揮官達が待つ、レスタン領中央庁舎に向けて歩いて行った。
その様子をカメラに収めていたパイルは、ふと、ある事に気付いた。
「ステビンスさん。そういや、ここファルヴエイノは、元々、レスタン王国時代の首都だったと聞いたが。」
「ああ。そうだぜ。」
ステビンスは頷いた。
「とすると……もう、レスタン領は陥落したも同然だな。」
「形式上はそうだろうね……でも、レスタン領での戦いは、これからも続くよ。」
ステビンスは、懐から地図を取り出し、レスタン領のハーフトラックの床の上に、全体図を広げた。
「俺達は、こうやってレーミア海岸から、ここ、ファルヴエイノまで前進して来た。このお陰で、レスタン領南東部は陥落したも同然だ。だが、
第4、第5、第6海兵師団と、カレアント軍の第2機械化騎兵師団は、まだ敵の1個軍団を包囲しているし、俺達が北に追い散らしたシホールアンル軍も
どれぐらいの戦力を残しているかわからん。それに加えて、東部方面では、陸軍さんが敵大部隊と交戦中だ。このマーケット・ガーデン作戦は、
レスタン領内の敵野戦軍撃滅を目標としているから、ファルヴエイノを陥落させたからと言って、まだ先はある。」
「て事は、作戦終了までの道のりは、まだ長いって事か。」
「……長いかどうかは、シホットのファック野郎次第だな。」
ステビンスは、大袈裟に肩を竦めながら答えつつ、広げた地図を畳んで懐に入れた。
「ファルヴエイノ陥落はめでたいが、こっちも激戦続きで大損害だ。補充が来るまではまともに動けんだろう。まぁ、シホット共が腰砕けになって、
ママー!パパー!俺は悪い子じゃないよー!といいながら降参してくれれば、大分楽なんだがな。」
ステビンスの口の悪いジョークを聞いた中隊の部下達が、一斉に爆笑した。
「いやはや、マリーンの連中は、いつでも口が悪いもんだねぇ。」
「パイルさん、今頃何言ってるんだい。それが俺達のウリだろうがよ。」
「よせボブ。おめえの悪口は洒落にならんぞ。ただでさえ。顔付が子供泣かせなんだからよ。」
「あ!中隊長、ひでぇ!」
ステビンスと部下のやり取りを聞いた部下達が、再び元気の良い笑い声を上げた。
パイルも口に微笑を張り付かせながら、周囲に視線を巡らせる。
この時、彼の目は、ある物に釘付けとなった。
それは、レスタン領中央庁舎に掲げられた、2枚の旗であった。
1枚目は、パイルも慣れ親しんだ、アメリカ合衆国の国旗であったが、もう1枚は見慣れない旗だ。
赤と紫と緑をバランスよく配しながら、その右側には、青地に十字架と盾が重なった紋章が描かれている。
パイルは、その十字架をどこかで見たような気がした。
「あの十字架の色……思い出したぞ。あれは、陸軍のレスタン人航空隊が部隊エンブレムに使っていた物だ。俺達が普段見る十字架とは、
どこか違うような気がしていたが……」
彼はそこまで言ったあと、このファルヴエイノ攻略に参加した第115空挺旅団の部隊エンブレムにも、十字架が使われていた事に気付いた。
「て事は、あれは、レスタン領の国旗なのか……いいデザインじゃないか。」
パイルは、その国旗のデザインに感動しながら、カメラのレンズを向ける。
彼は、2度シャッターを押した。
レスタン王国の国旗は、この時を待っていたかのように、心地よい冬晴れの青空のもとで力強くはためいていた。
1485年(1945年)2月1日 午前11時45分 レスタン領クリメエイヴァ
アメリカ第5水陸両用軍に所属する第3海兵師団は、他の海兵師団や、カレアント軍第2機械化軍団と共に、シホールアンル側の前線に
向けて猛攻を加えていた。
クリメエイヴァは、なだらかな丘が続く他に、所々に森林地帯があり、一見すると、のどかな自然の風景が広がっているのだが、ここに
陣を構えたシホールアンル軍は、急造ながらも、効果的な防御陣地を構築していた。
クリメエイヴァ戦線の突破を計る前進部隊の中の1つである、カレアント軍第1機械化騎兵師団第2機械化騎兵連隊第2大隊は、ひっきり
なしに着弾する野砲弾の雨の中を、指揮下の戦車隊とハーフトラックに乗った機械化歩兵1個大隊を率いながら前進を続けていた。
第2大隊第1中隊の第2小隊に配属されているエリラ・ファルマント曹長のM4シャーマン戦車もまた、味方の戦車と同様、砲弾の炸裂に
よる爆煙と土煙をひっきりなしに浴びている。
「今のは近かったな……操縦手!キャタピラはやられていないよね!」
エリラは、操縦手のキリト・リンツェロ伍長に聞く。
「キャタピラはやられていません!異常なしです!」
「よーし……この間のようになったら、ヤバイからね。」
エリラは小声で呟きながら、キューポラの外に視線を向ける。
先行している第1中隊は、敵の第2陣まであと500メートル程まで迫っている。
第1中隊は、元々は12両で編成されていたが、5分前まで繰り広げられたキリラルブスとの戦闘で8両にまで撃ち減らされている。
だが、第1中隊はそんな事は気にしていないとばかりに、備砲と機銃を撃ちまくりながら、敵陣に迫っていた。
第1中隊目掛けて、対戦車砲が火を噴く。
後方の敵も、前線部隊の苦境を悟ったのであろう、第1中隊のみならず、前進部隊に向けて落下する砲弾の量がより増して行く。
いきなり、キューポラの後ろ側から赤い爆発炎が差し込んで来た。
強烈な爆発音と共に、エリラ車がその衝撃波で僅かばかり揺れ動く。彼女は後方に振り向く。
同じ第2中隊第2小隊に属する4番車が炎上していた。
後部付近から猛烈な火炎を上げる戦車から、乗員達が慌てて飛び出してくるが、既に車内にも火が回っていたのか、乗員達は、背中や、
臀部付近の空いた穴から伸ばした尻尾に炎を纏わりつかせていた。
火達磨になった乗員達は、10歩も走らぬうちに倒れ込み、それから動く事は無かった。
「……仇は取ってやるからね……!」
エリラは、戦友達の非業の死に悔しげな口調で呟きながらも、すぐに意識を切り替え、前方の敵陣に視線を集中する。
その時、上空に幾つもの影が飛び去って行った。
その影の集団は、超低空で前進部隊の上空を通り過ぎていくや、敵陣に向けて両翼から何かを発射した。
「コルセアだ!」
エリラは、嬉しさの余り叫んでしまった。
「車長!中隊長車より通信です!洋上のアメリカ機動部隊より発艦した第2次攻撃隊が我が隊の航空支援を行っているようです!」
通信手のグルアロス・ファルマント伍長が、声に喜色を滲ませながら報告して来る。
「アメリカ機動部隊……第58任務部隊だね。あいつらが来たとなると、後は安心だね。」
エリラは顔に笑みを滲ませつつ、前方で手酷く叩かれていく敵陣に視線を向け続ける。
カレアント軍第1機械化騎兵師団の上空に現れたのは、第58任務部隊第3任務群の正規空母レキシントン、レンジャーⅡ、オリスカニーより
発艦した98機の戦爆連合編隊であった。
TG58.3の各攻撃機は、護衛のF4U、F6Fの援護を受けながら派手に暴れ回った。
前進中のカレアント軍部隊を後方で叩いていた、シホールアンル軍第13石甲機動砲兵旅団は、レキシントンより発進した8機のヘルダイバーと
10機のアベンジャー、オリスカニーより発進した9機のコルセアに捕まった。
まず、9機のコルセアが猛スピードで突っ込んでいく。
砲兵型キリラルブスの護衛役として配備されていた対空部隊が激しく反撃する。
対空部隊の役割は、重野砲を積んだ砲兵型キリラルブスの護衛であり、必死に対空砲火を放つ。
だが、オリスカニー隊のコルセア9機の任務は、砲兵型キリラルブスを攻撃する事では無く、それを守る対空部隊を駆逐する事であった。
派手に対空魔道銃や、高射砲を撃ちまくった対空部隊に、コルセアが殺到して行く。
コルセア隊は2機が撃墜されたが、残りはそれぞれ割り当てられた目標に突進し、ロケット弾攻撃を行うのみに留まらず、機銃掃射までも仕掛けていく。
ロケット弾を叩き込まれた高射砲が、爆炎と共に爆砕され、機銃掃射をモロに食らった対空魔道銃が、機銃弾着弾の土煙に覆われた途端、瞬く間に沈黙する。
土煙が晴れたあと、そこには機構部や銃架を叩き壊され、体を撃ち抜かれて事切れた幾つもの死体が、周囲に横たわっていた。
コルセア隊の襲撃によって、対空火力が大幅に減殺された事を確認した艦爆隊が、待っていましたとばかりに急降下を始めていく。
生き残った対空魔道銃や高射砲が迎撃するが、その弾幕は悲しくなるほど薄く、1機のヘルダイバーも捉えられない。
いや、幾つかはヘルダイバーに当たっているのだが、米軍機の防弾装甲は、少々の打撃ぐらいではビクともしなかった。
8機のヘルダイバーは、2発ずつの500ポンド爆弾を投下した後、両翼に吊り下げていた計4発のロケット弾を撃ち放った。
砲兵型キリラルブスに次々と爆弾が落下し、ロケット弾が猛速で殺到する。
直撃弾を受けたキリラルブスが、呆気なく爆砕され、上空に火柱を噴き上げた。
ヘルダイバー隊の猛攻で瀕死の状況に陥った砲兵大隊に、アベンジャー隊の止めとも言うべき水平爆撃が追加される。
その時、ようやく、大隊長が半狂乱になりながらも、声高に撤収を命じていたのだが、その次の瞬間、アベンジャー隊の投下した500ポンド爆弾が
落下した。
この空襲で、第13石甲機動砲兵旅団は、1個大隊相当の砲兵型キリラルブスと、多数の兵員を失った。
第13石甲機動砲兵旅団は、それ以前にも2度の空襲を受け、1個機動砲兵連隊と2個大隊を失い、旅団の砲兵戦力の大半を失っていたが、
この空襲で実質的に、砲兵戦力は潰滅状態となった。
第2親衛石甲軍の根幹部隊がまた1つ、編成上から抹消されたころ、第2機械化騎兵連隊は更に前進を続けていた。
先頭の第1中隊が、空襲で打撃を受けた敵の塹壕陣地を次々と乗り越えていく。
第2中隊もその後に続いていく。
ハーフトラックに乗った1個大隊も敵陣を突破して行く。
時折、敵の歩兵が携行型魔道銃を使って反撃してくるが、ハーフトラック上のカレアント兵は、車載機銃であるM2ブローニング重機は勿論の事、
乗っている兵が総出で撃ちまくって、シホールアンル兵を文字通り蜂の巣に変えていく。
ハーフトラックの中には運悪く、敵兵にオープントップ式のキャビンに手榴弾を放り込まれる物も居る。
手榴弾が爆発するや、ハーフトラックは停止し、即死した兵が血まみれで車内に倒れ込み、負傷した兵が絶叫を上げながら車内から飛び出して来た。
パニックを起こしたカレアント兵目掛けて、シホールアンル兵は落ち着きながら、携行型魔道銃で1人1人討ち取っていく。
それを見て、怒りに駆られたとあるハーフトラックがひとしきり、M2重機を撃ちまくった後、塹壕の近くに停車し、10名のカレアント兵が
キャビンから飛び出し、尻尾を荒々しく逆立てながら突進して行く。
たちまち、塹壕内で乱戦が始まる。
シホールアンル兵は、元は魔法騎士団や、特殊戦技兵出身の兵が多いため、猛訓練で染み付いた格闘術を効果的に使ってカレアント兵を倒そうとし、
ある者は携行型魔道銃をうまく取り回して的確に撃ち込んでいく。
だが、カレアント兵も負けてはおらず、こちらもまた、部隊内訓練で培った体術や、近接戦闘では最も威力を発揮する、トミーガンやグリースガンを
使って敵を倒しにかかる。
8名のシホールアンル兵は奮闘し、5名のカレアント兵を殺害し、3名に傷を負わせたが、最終的には、トミーガンや、グリースガンと言った
自動火器をふんだんに持つカレアント兵に全員が射殺された。
塹壕内のシホールアンル兵は激しく抵抗したが、勢いはカレアント側にあり、正午までには、塹壕を守っていたシホールアンル軍部隊はすべて降伏した。
午後0時 塹壕を突破した第2機械化騎兵連隊は、敵の逆襲を警戒しながら前進を続けていた。
「これで、第2線陣地もなんとか突破……か。次の敵は、どのような布陣で待ち構えているのかな。」
エリラは疲れを感じながら、これから戦う新たな敵に向けて意識を改める。
今まで、シホールアンル軍は3重、4重の防御陣地を構え、こちらの戦力を次第に減殺して行くように努めている。
現に、エリラの属する第2機械化騎兵連隊は、上陸作戦前は3個戦車大隊で編成されていたが、今では2個大隊あるかどうかの戦力しか残っていない。
早朝から今までの戦闘で新たに損失も出ているだろうから、実質的に、第2機械化騎兵連隊は1個大隊強程度の戦力にまで低下しているだろう。
「車長!司令部より新たな通信です!」
レシーバーに、グルアロスの声が入って来る。
「第3海兵師団が前線を突破!ファルヴエイノに向けて、急速進撃しているとの事です!」
「第3海兵師団の連中、首都に向けて、一気に突っ走ろうとしているね。」
エリラは、第3海兵師団の猪突猛進ぶり(彼らから見ればそう見えた)に苦笑しつつも、それで大丈夫なのだろうかと不安になった。
「あ、連隊司令部より命令です!前進部隊各隊は、損害に顧みず、ファルヴエイノに前進せよ!」
「ちょ……損害に顧みずだって!?」
エリラは、思わず叫んでしまった。
「こっちの損害も馬鹿にならないのに、更に前進しろだなんて……」
「でも、制空権はほぼ、味方が確保している状態ですよ。午前中は、敵も2度ほど大空襲を仕掛けて来ていますが、その大半はアメリカ軍機に
妨害されて、こっちの被害は思ったよりも酷くありませんでしたよ。」
「でもね、グルアロス。シホールアンル軍は、この先にも防御陣地を敷いて待っているかもしれないんだよ。この、少なくなった前進部隊で
突破できるのかなぁ……」
(それ以前に、たった2キロ前進するだけで何時間かかった事やら……)
エリラは、早朝から続く激戦模様を脳裏に思い浮かべた。
カレアント軍第1機械化騎兵師団は、午前8時をもって、敵防御線へ総攻撃を開始した。
攻撃に参加した部隊は、第1機械海騎兵師団の他に、アメリカ海兵隊の第3海兵師団並びに第1、第2海兵師団である。
エリラの部隊は北部戦線に属しており、南部戦線には第2機械化騎兵師団とアメリカ第4、第5、第6海兵師団が布陣し、そこでも攻撃が始まっていた。
シホールアンル軍は、前進して来るアメリカ、カレアント連合軍に対して、残った石甲部隊や、航空部隊を投入した他、健在であった
機動砲兵旅団等を用いて迎撃に当たった。
シホールアンル側の抵抗は凄まじく、連合軍は北部、南部戦線共に、ゆっくりと前進をするしかなかった。
それでも、シホールアンル軍は米カ地上軍の猛攻や、航空支援の前に徐々に戦力を消耗し、午前11時頃に第1線陣地を突破された。
この時、米カ連合軍は、シホールアンル軍第2親衛石甲軍を構成している第1、第2親衛軍団を完全に分断し、南部戦線の部隊が第1親衛軍団の2個師団
並びに、2個旅団を半ば包囲しかけていた。
第2親衛軍団は第1親衛軍団と違って、巧みに機動を行いながら戦線を後退させ、午前11時20分には、第1機械化騎兵師団に対して、新たに40台の
キリラルブスを投入して反撃に転じて来た。
第1機械海騎兵師団所属の第1機械化騎兵連隊と第2機械化騎兵連隊は、これに全力で持って応え、キリラルブス28台を破壊して撃退に成功したが、
カレアント側もM4戦車9台、M3戦車7台、M10駆逐戦車5台を失った他、その他装甲車両12台を失うと言う大損害を被った。
この戦闘で、常に師団の先頭に立っていた第1機械化騎兵連隊は壊滅的打撃を受け、先頭を第2機械化騎兵連隊に譲った。
その第2機械化騎兵連隊でさえ、戦力は定数の6割程度しか残っておらず、制空権をほぼ手中に収めているとはいえ、この減少した戦力で、シホールアンル側の
新たな防御線を突き崩す事は難しいのでは?と、エリラは不安に思っていた。
「グルアロス、命令はどこから出ているの?連隊本部から?」
「いえ……師団長命令のようです。」
「師団長から……あ、そういえば、第3海兵師団の先鋒って、確か……」
「パーシング戦車を装備している第3海兵戦車連隊です。指揮官は、俺達を打ち負かした、あのパイパー中佐ですよ。」
エリラはその時、師団長であるファメル・ヴォルベルグ少将が、第3海兵師団に対抗意識を燃やしているのではないかと思った。
「……まさか、うちの姐さんは、“またパイパーに負ける”事を嫌がって、強行軍を命じているのかしら……」
「さぁ……そこの辺りは、何とも。」
グルアロスは答えに窮したが、エリラは、そのような感情で部隊を危険な目に合わせようとするヴォルベルグ師団長に対して、半ば、呆れていた。
何はともあれ、第1機械化騎兵師団は防御線の突破に成功し、第3海兵師団を追う形で、首都ファルヴエイノに向かい始めた。
だが、第3海兵師団と第1機械化騎兵師団の、半ば競争めいた急進撃は、その2時間後に中断を余儀なくされた。
午後2時10分。
第3海兵師団と第1機械化騎兵師団は、側面を第1、第2海兵師団の前進部隊に守られながら首都ファルヴエイノへ向けて進んでいたが、その時に
なって、敵の新たな航空部隊が現れた。
「空襲警報!新たな敵航空部隊が接近!」
「なに!?」
エリラは、キューポラから身を乗り出し、周囲を確認している最中に、グルアロスからその報せを受け取った。
唐突に、上空を旋回していたアメリカ海兵隊所属のコルセアが急に向きを変えて、南西方向に向かって行く。
南西方向からは、敵と思しき大編隊がその姿を現していた。
その数は余りにも多く、少なめに見積もっても100機は下らないであろう。
それに対して、迎撃に向かった海兵隊航空隊のコルセアは、僅か16機であった。
10分前までは、約50機のアメリカ陸軍機が居たのだが、燃料切れで海兵隊航空隊の先遣隊と交替していた。
「なんて、タイミング悪い時に……グルアロス!アメリカ海兵隊の増援機は、あと何分で来られる!?」
「わかりません!今確認してみます!」
グルアロスはそう答えた後、大急ぎで中隊長車に確認を取る。
1分後、彼はエリラに情報を伝えた。
「車長!海兵隊の残りの掩護機は、早くても10分後に到達予定との事です!それとは別に、アメリカ陸軍の支援機も向かっている
ようですが、そいつらも早くて、10分後に到達予定と……」
「10分だって?掩護機が来るまでの間、あたし達は、あいつらにされるがままじゃない……!」
エリラは歯噛みしながらそう言う。
「目的地まであと、10キロしか無いって言うのに!」
彼女が悔しげな言葉を吐きだしている中、16機のコルセアは、敵の大編隊と交戦を開始した。
16機のコルセアは、シェリキナ連峰付近の飛行場に隠匿されていた、ケルフェラクと、ドシュダムの混成編隊、計130機を相手に
勇敢に戦ったが、流石のコルセアも多勢に無勢であった。
5分後、敵大編隊は、第1機械化騎兵師団と第3海兵師団に襲い掛かって来た。
第3海兵師団第3海兵戦車連隊の指揮官であるヨアヒム・パイパー中佐は、敵編隊に襲撃され、次々と被害を出している第1機械化騎兵師団と、
自らの部隊に迫りつつある別の敵編隊を交互に見やった後、忌々しげに顔を歪めた。
「優秀なコルセアといえども、あんな大量の敵にやって来られたら手も足も出ないか……!」
パイパーはそう言いながら、無線機のマイクを握った。
「こちらパイパー!敵編隊が接近している、対空車両は敵の迎撃に当たれ!」
彼の指示が全隊に伝わり、第3海兵戦車連隊に追随していた第3海兵連隊も対空戦闘の準備に入る。
第3海兵連隊と戦車部隊がスピードを落とす中、共に後方より着いて来た対空車両が鮮やかな動きで楔形隊形の外側に布陣して行く。
第3海兵対空大隊に所属するM16対空自走砲36両と、M17対空自走砲12両は、それぞれ4丁の12.7ミリ機銃と、2丁の40ミリ機銃を
振り立てながら、迫り来る敵編隊を待ち構える。
M16対空自走砲と、M17対空自走砲は、アメリカ軍がM3ハーフトラックをベースに開発した対空戦闘用の装甲車両である。
最初に配属されたM16対空自走砲は、米軍の機甲師団は歩兵師団は勿論の事、1944年頃からは海兵隊や、連合国軍にも配属され、戦場で
敵航空部隊に対して奮闘している。
M17対空自走砲は、威力不足が指摘されたM16対空自走砲の改良型として開発された最新鋭の対空戦闘車両で、ボフォース40ミリ連装機銃を
搭載している。
今回、第3海兵師団には、試験用に初期生産型の16両が配備され、午前中の敵の空襲では、ワイバーン5騎を撃墜する戦果をあげていた。
やがて、第3海兵師団前進部隊の上空に迫る敵機の正体が明らかとなった。
「あいつは……ドシュダムと言う名の戦闘機だな。」
パイパーは、双眼鏡越しに敵機を見つめながら、その名前を呟いた。
ドシュダムは、昨年11月の敵の限定攻勢の際に、米陸軍を始めとする連合国軍地上部隊を散々に打ち負かすきっかけを作った忌まわしい
戦闘攻撃機として(実際は戦闘機である)海兵隊にも、その名は広まっている。
このレスタン進攻作戦の際にも、海軍航空隊の艦載機隊が、幾度かドシュダムと戦火を交え、常に2:1、または3:1のキルレシオを維持しているが、
艦載機隊のパイロット達も、ドシュダムは低空や中高度域では侮れない飛空挺として警戒している。
その侮れない飛空挺の数が、40機前後は居る。
味方戦闘機の援護が、今の所はまだ望めない以上、手持ちの対空部隊で頑張る他はなかった。
敵編隊の先頭グループが急速に高度を落としながら、戦車部隊に迫って来た。
M16、M17対空自走砲が撃ちまくる。
12.7ミリ弾のか細い火箭と、40ミリ弾の太い火箭が同時に噴き上がった。
12.7ミリ弾と40ミリ弾は、我先にとばかりに突っ込んで来たドシュダムに集中される。
1発の40ミリ弾がドシュダムの右主翼に突き刺さるや、ドシュダムは右主翼を吹き飛ばされ、錐揉みになりながら地面に激突した。
また1機、別のドシュダムが機銃弾に捉えられる。
このドシュダムは、12.7ミリ弾の集中射を受け、機体全体をずたずたに引き裂かれて空中分解を起こした。
戦闘開始から僅か30秒足らずの間に、相次いで2機のドシュダムを撃墜した対空自走砲の射手と操作要員は、これなら敵を撃退できる!と確信し、
より激しく機銃を撃ちまくる。
だが、事態は、海兵隊有利のまま推移する事は無かった。
残りのドシュダムが、猛スピードで対空車両に襲い掛かって来た。
あるM16対空自走砲は、自分達に向かって来たドシュダムに12.7ミリ弾を浴びせかけたが、そのドシュダムはひらりと機銃弾をかわし、逆に両翼から
光弾の一連射を叩き込んで来た。
このドシュダムは、従来型のドシュダムと違って威力が20ミリクラスに近い長砲身魔道銃を搭載しており、その威力は、ハーフトラック等の軽装甲車両は
勿論の事、運が悪ければ、戦車の天蓋やエンジングリルを貫通して行動不能に陥れてしまう程である。
この型のドシュダムは、今年の1月から配備されており、地上部隊攻撃には最も威力を発揮する機体として、シホールアンル側上層部に評価されている。
ドシュダムの光弾の連射をもろにくらったM16対空自走砲は、あっけなく炎上し、生き残った乗員達が慌てて、外に逃げ出していく。
M16対空自走砲を撃破したドシュダムは、そのままの勢いでパーシング戦車に接近し、両翼に吊っていた2発の小型爆弾を投下した。
狙われた戦車の左右で、爆発音と共にどす黒い土砂が噴き上がる。幸いにも、敵機の爆撃は失敗に終わった。
ドシュダムは、次から次へと迫り来る。しかも、一方向からのみならず、四方からだ。
M17対空自走砲の40ミリ機銃弾は威力を発揮し、接近して来るドシュダムや、爆弾を放って離脱しようとするドシュダムを相次いで叩き落として行く。
自走砲を操作する海兵隊員達は、口々に罵声を上げながら戦闘に従事する。
しかし、ドシュダム隊はM17対空自走砲を脅威とみなしたのか、2機1組となってM17に攻撃を仕掛けていく。
ドシュダムは、一般の米軍機に比べれば、性能は劣る機体だが、地上襲撃機としては申し分の無い性能を有している。
ましてや、時には戦車すら撃破しうる強力な魔道銃を装備しているとあっては、流石のM16、M17対空自走砲も不利な戦を強いられた。
ドシュダムが高速で通過する度に、M16、M17のいずれかが被弾炎上して行く。
敵機の放つ高威力の光弾は、M3ハーフトラックがベースである対空自走砲の薄い装甲板を難無く突き破り、車体前部のエンジン部分や内部のガソリンタンクを
破壊して火達磨にする。
別のM16対空自走砲は、銃座部分に射弾を集中された。
この対空自走砲は、車両としてはまだ生きていたが、銃座部分が破壊された事によって対空戦闘が不可能となり、実質的に撃破されたも同然であった。
M16対空自走砲8両、M17対空自走砲6両が破壊された時、ついに、パーシングにも犠牲が出始めた。
パイパーは、唐突に、後方から強烈な爆発音が轟いた時、驚きの余り、首を竦めてしまった。
「まさか、戦車がやられたのか!?」
パイパーはそう叫びながら、後ろを振り向いた。
そこには、1両のパーシングが、後部付近から火災炎を起こしながら停止していた。
既に、乗員の脱出は始まっており、ハッチから戦車兵が飛び出して来るのが見える。
爆弾の直撃を受けたのか、あるいは、敵の魔道弾がエンジングリルの薄い上面装甲を叩き割ったのかを分からなかったが、いずれにせよ、第3海兵戦車連隊の
稼働戦車が、また1台減った事は明らかであった。
「!」
パイパーは、敵機のエンジン音が近付いて来る事に気付き、その方向に顔を向ける。
大きな虻を思わせる敵機が、パイパーの乗る戦車に向けて突進しつつあった。
彼は素早く車内に潜り込み、ハッチを閉めた。
「操縦手!右に切れ!」
パイパーは操縦手に指示を伝える。パイパーの指揮戦車が右に回った瞬間、爆発音が鳴り響き、同時に猛烈な衝撃が車体を揺さぶった。
彼は、余りにも強い衝撃に、この戦車に爆弾が命中したのかと思った。
しかし、それは杞憂に終わった。
「……おい、皆無事か!?」
パイパーは、瞑っていた目を開けるや、部下の乗員達に声をかけた。
幸いにも、4名の乗員は全員が無事であった。
パイパーはすぐにハッチを開け、周囲を見回した。
この時、新たに1台のパーシングが銃撃を受け、白煙を上げながら停止するのが見えた。
濃い白煙を噴き出すパーシングからは、乗員達が脱出する気配は無かった。
「くそったれ!ファルヴエイノまで、後少しと言う時に!」
パイパーは、傍若無人に暴れ回る多数のドシュダムを睨みつけながら、悔しげに言い放った。
午後2時30分 ファルヴエイノ西方6マイル地点
海兵隊航空隊VMF-369に属しているF4Uコルセア48機が第3海兵師団前進部隊の上空に現れた時、地上部隊はドシュダムの蹂躙によって
次々と損害を出していた。
「なんてこった、地上部隊がシホット共にやられているぞ!」
VMF-369の指揮官であるジョセフ・フォス少佐は、味方部隊を銃爆撃する小柄の飛空挺を見るなり、敵愾心を燃やした。
「隊長!カレアント軍の方もやられていますが、向こう側は陸軍の戦闘機隊がたった今、支援を開始したようです!」
「ようし、陸軍さんも試合に参加して来たな。あっちは陸さんに任せて、俺達は第3海兵師団を守るぞ!全機続け!」
フォス少佐も含む48機のコルセアは、更に増速して、第3海兵師団を襲いまくるドシュダム目掛けて突進する。
その時、フォス少佐は、上空に別の敵編隊が居る事に気が付いた。
「1時上方に敵機!」
彼は、隊内無線で敵機の位置を知らせる。
「隊長!あれは恐らく、攻撃機の護衛役です。」
第2中隊長のグレイド・ファンソム大尉が、無線機越しにフォス少佐に行って来た。
「恐らく、そうだろうな。グレイド!お前達の部隊に、連中の始末を任せたいが、いいかな?」
「ええ、喜んで!」
その返事に満足したフォスは、すぐに指示を送った。
「よし!第2中隊は、敵の護衛機に当たれ!残りは、低空のシホット共を蹴散らす。地上部隊を誤射しないように気をつけろ!」
フォスはそう命じるなり、機首を低空の敵機群に向けた。
48機中、12機は高度3000メートル付近を飛ぶ敵編隊に向かい、残りの36機が、低空を舞う敵機に殺到して行く。
フォス率いる本隊は、途中、2機ずつの小編隊に別れる。
彼は、今しも、戦車に向けて降下攻撃を行おうとしている1機の敵機に狙いを付けた。
「隊長!あいつはドシュダムですよ!」
「ああ、嫌な奴が出て来たな。」
フォスは、顔をしかめながら敵機を見つめ続ける。
「だが、連中にとっても、俺達は嫌な奴だろう。ここは、嫌な奴同士、存分に戦おうじゃないか!」
フォスはそう言い放ちながら、愛機の速度をより一層を速めていく。
彼の操るF4U-1Dは、コルセアシリーズでは、20ミリ機銃を積んだF4U-1Cと同じく、最新の機体であり、最大で696キロの
スピードを出す事が出来るが、今は降下しながら突き進んでいるため、速度計は700キロを指していた。
外見が旧世界のポリカルポフ戦闘機と似た敵機の至近に近付くまで、さほど時間はかからなかった。
敵機のパイロットは側方を警戒して居なかったためか、猛速で突っ込んで来る2機のコルセアに全く気付いていなかった。
フォスは、ドシュダムの側面めがけて、200メートルの距離から12.7ミリ弾を撃ち放った。
フォス機とペア機の放った、計12条の火箭は、そのまま鉄の奔流となってドシュダムを包み込み、機体全体から夥しい破片が飛び散った。
敵機の操縦席が一瞬、朱に染まったように見えた頃には、フォス機とペア機はドシュダムの上方を飛び去って行った。
「隊長、やりました!1機撃墜です!」
「OK!この調子で、残りも落として行くぞ!」
彼は、相棒にそう返しながら、首を捻って周囲を見回して行く。
フォス機とペア機は、一旦は高度100メートルまで降下した後、再び上昇して次なる獲物を探そうとした。
その時、側方から2機のドシュダムが、フォス機とペア機に突進してくるのが見えた。
「隊長!3時方向より敵機です!」
「ああ、こっちでも確認した!」
フォスは返事をしながら、どのように敵を迎え撃つかと考えたが、この時、彼は、敵機と自分達の距離が約1000メートルほど離れている事に
気付いた。
「このままフルパワーで上昇する!」
「了解です!」
フォス機とペア機は、敵機を確認した後も、そのまま上昇を続けた。
2機のドシュダムは、フォス機とペア機を側面から撃てないと見るや、2機のコルセアの後を追い始めた。
その様子を見ていたフォスは、心中で確信した。
(俺達の後にホイホイ着いて行くとは。ドシュダムの乗員には、空戦技術が未熟な奴が多いと言う噂は、どうやら本当のようだな)
フォス機とペア機は、機首の2000馬力エンジンを唸らせながらぐんぐん上昇して行く。
2機のコルセアの後を追う2機のドシュダムも、背後から光弾を撃ち放つべく、距離を詰めようとする。
だが、コルセアとドシュダムの距離は、見る見る内に開いていき、高度5000メートルに上がる頃には、彼我の差は2000メートル以上にも開いていた。
「ようし、反転して突っ込むぞ!」
フォスはペアに指示を送りながら、上昇を止めて旋回降下に移った。
2機のコルセアは、急降下の要領で、追って来た2機のドシュダムに迫っていく。
未だに上昇を続けていたドシュダムは、真正面からコルセアと戦う事になった。
コルセアの猛速のお陰で、あっという間に彼我の距離は縮まった。
フォス機は、やや前を行くドシュダムに照準を合わせ、200メートル程の距離から12.7ミリ機銃を撃ち放った。
同時に、ドシュダムも両翼から光弾を放って来る。
6条の火箭が白煙を引きながらドシュダムを包み込んだ、と思いきや、ドシュダムから放たれた太い光弾がフォス機に向かって来る。
敵の照準は思いのほか正確であり、2条の光弾のうち、1条が操縦席に迫っていた。
「まずい……!」
フォスは、迫り来る敵弾を見、死を覚悟した。
いきなり、機体がハンマーで叩かれるような振動が響いた。3度の甲高い被弾音が鳴る。
同時に、フォスの放った12.7ミリ弾もまた、過たず、敵機を捉えており、敵機の機首からは夥しい破片が飛び散っているのが見えた。
2機のコルセアと2機のドシュダムは、互いに高速ですれ違って行った。
コルセアとの正面対決を戦った2機のドシュダムは、共に致命弾を受けて墜落し始めた。
フォスとペア機は、高度4000付近で一旦、水平飛行に入った。
「隊長、敵を1機撃墜しましたが、こっちも被弾しました。」
「なに?どこをやられた!」
「左主翼です。エルロンを飛ばされました!」
「くそ、重傷じゃないか。なんとか飛べそうか?」
「は……一応は……」
フォスは舌打ちをする。
「仕方ない。お前は基地に戻れ。空戦域からなるべく離れろ。」
「了解です。隊長の方も被弾しているようですが、大丈夫ですか?」
「俺も3発ぐらい食らったが、少しだけスピードが落ちただけで満足に動ける。大丈夫だ、心配ない。」
「わかりました。すいませんが、先に戻ります。基地で待っていますよ。」
「ああ。」
ファオスはそう返してから、右横にいるペア機に手を振った。
ペア機のパイロットも、フォス機に向けて手を振った後、フォス機から離れ、基地に戻って行った。
「まずいな……早い所、戦域に戻って、ペアを探さんとな。」
フォスはそう呟いた後、愛機を空戦域に向け直して増速仕掛けた。
不意に、何かを感じ取った彼は、後ろ上方に顔を向けた。
そこには、今しも、急降下で迫ろうとしている3機のケルフェラクの姿があった。
ハンス・マルセイユ大尉の率いる第194飛行隊は、第133戦闘航空群の中の一飛行隊としてカレアント軍地上部隊の航空支援を行い、
第194飛行隊は、敵のケルフェラク隊の掃討を担当していた。
マルセイユ、相棒のチャック・イエーガー少尉と共に敵戦闘飛空挺と渡り合い、この日で2機目……通算99機目の敵を撃墜した所であった。
「やりましたな、隊長!」
「なんとかな……結構、手強い敵だったな。」
マルセイユは、ふぅっため息を吐いた後、周囲を見回す。
「大分、空戦域から離れてしまったが……戦闘は終息しつつあるようだな。」
彼は、周囲の状況を見て、そう判断した。
マルセイユの属している第133戦闘航空群は、15分ほどの空戦でドシュダムとケルフェラクの混成編隊相手に激戦を演じた。
カレアント軍地上部隊の上空では、今でも空中戦が行われているが、先と比べると、空戦の規模も小さく、敵機の大半は空戦域から離脱しつつあった。
「一時はどうなるかと思いましたが、ひとまず、カレアント軍部隊の被害が拡大するのは防げたな。」
「そうですね。あとは、後退の部隊が来るまで自分達が……隊長!」
いきなり、イエーガー少尉の口調が変わった。
「どうしたチャック!」
「9時下方に、味方機と敵機が居ます。空戦中のようですね!」
マルセイユは、相棒が知らせた方角に目を向ける。
うっすらとだが、高度3000メートル付近で小規模な空戦が行われている。
マルセイユは目を凝らし、敵と戦っている味方機の正体を確認した。
「チャック!あいつはコルセアだ!3機のケルフェラクに追い回されているぞ!」
彼はそう言いながら、愛機のスロットルを全開にした。
「あいつは海兵隊か海軍の所属機だな、加勢するぞ!」
マルセイユはそう言うなり、愛機のスピードをフルに上げて、危機に陥っているコルセアの救援に向かった。
マルセイユの乗るP-51Dは、最高速度700キロを誇る高速戦闘機であり、2機のマスタングは猛速で、味方機を追い回す3機のケルフェラクに
接近して行く。
だが、流石のマスタングでも、瞬時に味方機のもとに行けるとまでないかない。
コルセアとケルフェラクの空戦に乱入出来るまでは、少なくとも1分半ほどの時間を要した。
その間、コルセアは幾度か、ケルフェラクの光弾を浴びていた。
だが、コルセアの機体は思ったよりも頑丈であり、米軍機の中では防御に難があると言われているP-51が受けていれば、墜落に陥りかねない程の
打撃を受けながら、コルセアは巧みな機動で敵の決定打を避け続けていた。
全速力で救援に向かい始めてから1分半が経ち、ようやく、ケルフェラクをマスタングの射程内に収める事が出来た。
「狙いは大雑把でも構わん!牽制がてらに撃つぞ!」
マルセイユはイエーガーに指示を飛ばしながら、彼我の距離がまだ700メートル程開いているのにも関わらず、敵機に向けて射撃を開始した。
両翼の12.7ミリ機銃がリズミカルな音と共に機銃弾を弾き出し、6条の火箭が敵機に注がれる。
イエーガー機の射弾も敵機に向かうが、牽制がてらに放ったため、敵機に命中する事は無かった。
だが、敵機はようやく、2機のマスタングに気が付いたのか、3機中、2機がマルセイユとイエーガーに向かって来た。
隊長機と思しき残りの1機は、コルセアの追撃を続けた。
「3機全てを引き離す事は出来なかったか……俺達が片付けるまで、なんとか頑張ってくれよ!」
マルセイユは、全ての敵機を引き付けられなかった事を、手負いのコルセアに向けて詫びながら、まずは、向かって来た2機を相手にする事にした。
ケルフェラクとマスタングの距離はあっという間に縮まっていく。
互いに、200メートルの距離に迫った所、ほぼ同時に射撃を開始した。
マルセイユの放った射弾は、惜しくも敵機のすぐ右に逸れたが、敵機の射弾も、マルセイユ機の上方に逸れて行った。
互いの攻撃が空振りに終わり、高速ですれ違って行く。
「チャック!散開するぞ、左の敵機は任せた!」
「了解です!隊長、ご武運を!」
マルセイユとイエーガーは散開し、別々に敵機を追った。
マルセイユは右旋回した後、敵のケルフェラクの背後に回った。
ケルフェラクのパイロットもマルセイユが向かって来た事に気付いたのか、旋回して背後を取ろうとする。
「格闘戦か……よし、受けて立ってやる!」
マルセイユはそう叫ぶや、愛機を左旋回させて、敵機の内懐に飛び込もうとする。
ケルフェラクの旋回性能は良好であり、1度のみならず、2度、3度と、旋回を繰り返しても、敵機に覆い被さる事が出来ない。
「やはり、ケルフェラク相手では手こずってしまうな……なかなか、いい飛行機だ。」
マルセイユは、旋回中のGに耐えながら、敵の旋回性能を評価する。
巴戦は更に続き、4回、5回、6回と、互いに回り続けて行く。
「くそ、早い内にこいつを仕留めなければ、あのコルセアが危ない……どうすれば……」
マルセイユは焦っていた。
先程、追い回されていたコルセアは、機体の各所に弾痕を穿たれていた。
あの状態でも満足に動けるコルセアの頑丈さには目を見張るものがあるが、それでも手負いである事には変わりない。
コルセアに追随していったケルフェラクは、機動性ではコルセアに勝っている。
手負いのコルセアが幾ら善戦したといえども、ケルフェラクが相手……しかも、低空域とあっては長くはもたないだろう。
(こうなったら……)
マルセイユは、咄嗟にある考えが浮かび、それを、即座に実行した。
彼は、唐突に巴戦を中断したと思いきや、いきなり急降下に入った。
傍目から見れば、格闘戦に耐え切れなくなり、体制を整える為に離脱したようにも見える行動である。
ワイバーンが相手ならば、そのまま急降下に入っても逃げ切る事は出来た。
だが、今回の相手はケルフェラクであり、マルセイユの判断は間違っていた。
敵機は、マルセイユ機が急降下に入るのを見逃さなかった。
ケルフェラクはマルセイユ機と同じように急降下に入るや、全速力で追随して来た。
「ドシュダムに乗ってるやつは、ひょろひょろとした飛び方をする奴が多いが、ケルフェラク乗りは依然として、いい飛び方をする奴が
ほとんどだな。」
マルセイユは、急降下のGに耐えつつ、どこか暢気さを感じさせる口調で呟いた。
急降下性能には、どのような米軍戦闘機にも一定の評価があるのだが、実を言うと、ケルフェラクも、急降下性能に関してはかなり評価の高い戦闘機だ。
ケルフェラクは、その機動性や高速性もさるものだが、急降下性能に関しても申し分の無い機体であり、米軍のF6FやP-47等は、急降下で逃れようと
したばかりにケルフェラクに追いつかれ、撃墜されてしまったという事例が多数報告されている。
コルセアやマスタングも、ケルフェラクの急降下性能には及ばない場合があり、過去に何機かが撃墜されている。
今回もまた、ケルフェラクはマスタングとの差をじわじわと詰めつつあった。
高度計が1200メートルを突破した時、ケルフェラクはマスタング後方150メートルに迫っていた。
「こんな近くに来るまで発砲しないとは、さては、弾に余裕が無いな。」
マルセイユは、危機的状況に陥っているにもかかわらず、余裕すら感じさせる口調でそう判断した。
「さて、ビックリタイムだ!」
マルセイユは、気合を入れるかのように叫び、同時に操縦桿を思い切り引いた。
愛機が降下を止め、上昇に転じ始めた。
急降下時にスピードが出ていたため、急上昇に転ずると言う事は不可能であったが、それでも、ケルフェラクの視界からは、マルセイユ機は完全に消えていた。
ケルフェラクのパイロットは、慌てて急降下を止め、水平飛行に移ろうとした。
不意に、殺気を感じたケルフェラクパイロットは、真上に顔を向けた。
マルセイユは、愛機が空中分解する危険性を考慮しながら、上昇に転じた直後、右ロールを行い、ほとんど背面飛行に近い形で敵機に覆い被さった。
その時、敵機が急降下を止め、水平飛行に転じ始めた。
「今だ!」
マルセイユは好機とばかりに、逆落としで敵機に向かった。
照準器が完全に敵機に重なった事を確認するや、彼は機銃の発射ボタンを押した。
僅か2秒ほどの射撃であったが、マスタングの両翼からは、6条の12.7ミリ機銃弾が白煙を引きながら弾き出され、それは、過たず、敵機の右主翼や胴体、
左主翼、そして、機首部分に命中した。
マルセイユ機は、ほぼ空中衝突寸前の所で敵機接近した後、敵機の下方に飛び抜けた。
どっと押し寄せる疲労感に苛まれながらも、マルセイユは愛機の姿勢を整え、周囲を見回しながら敵機の有無を確認する。
200メートル上方に、マルセイユと交戦したケルフェラクが飛行していた。
そのケルフェラクは、機首から真っ赤な煙を吹いていた。
やがて、そのケルフェラクから何かが落ちたかと思うと、ケルフェラクは機首を下に向けて墜落して行った。
ケルフェラクから落ちた何かは、その機のパイロットであり、高度700メートル付近でパラシュートが開いた。
「敵機1機を新たに撃墜か。」
マルセイユは、自らの目で敵機撃墜を確認した後、すぐに、コルセアの事を思い出した。
「あのコルセアが心配だ。すぐに加勢にいかないと!」
マルセイユはそう言うなり、愛機を増速させて、コルセアとケルフェラクを探し始めた。
2分ほど経ってから、彼は、問題のコルセアを見つける事が出来た。
その瞬間、マルセイユは、コルセアの見せた、見事な機動に心を奪われた。
コルセアは、背後の敵機から銃撃を受けた直後、両翼から脚を出しながら緩やかなスローロールを行った。
脚が出た事により、急激にスピードが落ちたコルセアは、追跡していたケルフェラクをオーバーシュートさせた。
そして、コルセアがスローロールを終えた頃には、ケルフェラクはコルセアの射点に飛び出した格好となっていた。
勝負は一瞬であった。
コルセアが数秒ほど機銃を発射した後、致命弾を受けたケルフェラクは機体全体から夥しい破片と白煙を噴き出し、徐々に高度を落として行く。
ケルフェラクのパイロットは操縦不能と見たのか、程無くして、敵機から搭乗員が飛び出して行った。
「ふぅー、なんて奴だ。あの調子なら、泡食って急ぐ必要もなかったかな。」
マルセイユは、心底安堵した口調で呟きながら、見事に敵機撃墜を果たしたコルセアに、バンクをしながら近づいて行った。
ケルフェラクと比較的似た容姿を持つマスタングは、過去に何度か、味方の誤射を受けているため、他の機種を持つ海兵隊、海軍航空隊の戦闘機に
近付く際は、味方という事を現すため、バンクをしながら接近する事が義務となっている。
「こちらイエーガーです。マルセイユ隊長、聞こえますか?」
「こちらマルセイユ。聞こえるぞ。」
マルセイユは、イエーガーにそう返しながら、彼の機体を探す。
マルセイユ機の右側から近付いて来る、1機のマスタングが見える。機体の番号からして、イエーガー機に間違い無かった。
「どうだった?」
「駄目です、あと一歩の所で逃げられました。」
「そうか……残念だったな。」
「あちらのコルセアパイロットは大丈夫ですか?」
「ああ、こちらからはまだ話し掛けていないが……待ってくれ。」
マルセイユは無線機の周波数を切り替え、左横を飛ぶコルセアに話し掛けた。
「こちら、陸軍航空隊第133戦闘個空軍所属、第194飛行隊のマルセイユ大尉だ。そちらの状況を教えられたし。」
「おお……すげえな、あのミスリアル星が目の前に居るとは……」
無線機の向こうの相手は、驚いた口調でそう言って来た。
「おっと、失礼。こちらは第1海兵航空団所属、VMF369指揮官のジョセフ・フォス少佐だ。君達の援護に深く感謝する。」
「少佐殿でありましたか。こちらこそ、先程は無礼な言い方をしてしまって、申し訳ありません。」
「いやいや、気にしないでくれ。」
風防ガラス越しに見える海兵隊のパイロットは、満面の笑みを浮かべながらマルセイユにそう返した。
「一時はどうなる事かと思ったが、君達がうまく乱入してくれたお陰で、何とか生き延びる事が出来た。あとで、うちのボスに君達の
活躍ぶりを報告させて貰うよ。」
「ハッ、ありがとうございます。」
マルセイユは、フォス少佐が発した感謝の言葉を、素直に受け止めた。
「ところでマルセイユ大尉。今日は何機落とした?」
「はい。今日は2機を落としています。」
「2機か……今までに撃墜した数はいくつだね?」
「97機。今日の戦果を含めれば、99機であります。」
「あれ、隊長。さっきの敵機はどうなったんですか?」
「ん?さっきの敵機だと?」
マルセイユは、一瞬、イエーガーの言葉が理解できなかったが、その時、彼は先程の一騎打ちで、敵を撃墜した事をようやく思い出した。
「……すまん、忘れていた。俺はさっき、何とか敵を1機撃墜していたな。」
「おお……と言う事は、遂に100機撃墜と言う事か。おめでとう、マルセイユ大尉!」
フォス少佐は、マルセイユに賛辞を贈った。
「隊長!おめでとうございます!100機撃墜は凄い成績ですよ!」
「まあ待てチャック。はしゃぐのはまだ早いぜ。」
半ば興奮気味に話すイエーガー少尉に対して、マルセイユは落ち着いた口調で返す。
「空戦は終わりつつあるが、俺達の任務はまだ終わっていない。任務は、飛行場に無事に帰って、初めて終わったと言える。君の言葉は嬉しいが、
今はまだ任務中だ。帰還するまでは、任務に集中しよう。」
「はぁ……確かにそうですね。申し訳ありません。」
無線機越しのイエーガーは、すまなさそうに謝罪の言葉を述べた。
「まっ、本来ならば、俺もはしゃぎたいんだけどね。でも、ここで馬鹿をして機体をオシャカにでもしたらとんでも無い事になるからな。今は我慢だよ、
我慢。」
マルセイユは苦笑しながらイエーガーに言った後、顔をコルセアに向けた。
「それでは大尉。俺はおいとまさせてもらう。無事を祈っているぜ。」
「ハッ!ありがとうございます!」
マルセイユは、フォス少佐に向けて敬礼を送る。
フォス少佐も、割れた風防ガラス越しに答礼を返したあと、愛機を仲間のいる空域に向け、飛び去って行った。
午後3時10分 レスタン領首都ファルヴエイノ
第3海兵師団第3海兵戦車連隊は、随伴していた第3海兵連隊と共に、午後3時丁度にファルヴエイノ入城を果たした。
レスタン領の住民達は、初めて目の当たりにするアメリカ軍戦車部隊や機械化部隊に度肝を抜かれながらも、死力を尽くして戦ってきた解放軍の
堂々たる入城を熱烈に歓迎した。
第3海兵連隊第1大隊B中隊の指揮官であるルエスト・ステビンス大尉は、沿道の両脇を埋めるレスタン人の多さに驚きながらも、自分達がようやく、
ファヴエイノに到達したと言う実感を仄かに味わっていた。
「こんにちは!アメリカ兵さん!」
ステビンスは、ゆっくりと走るM3ハーフトラックに並走する現地の女性に声を掛けられた。
「レスタン領にようこそ!ゆっくりしていってね!」
女性は明るい笑みをたたえながら、一輪の花を手渡して来た。
「お嬢さん、ありがとうよ!大事に取って置くぜ!」
ステビンスも、その花を快く受け取った。
白い肌をした美しい女性は、手を振りながらハーフトラックから離れ、沿道に戻って行った。
沿道に陣取った多数のレスタン人達は、それぞれが布切れや、即席の横断幕や、元のカレアントの国旗を掲げている。
中には、即興で作った星条旗を派手に振り回す、粋な現地住民も少なからず混じっている。
「おーい!海兵隊!」
唐突に、彼らのハーフトラックに並走する1台のジープが現れた。
「ファルヴエイノにようこそ!」
「おう、あんたらは101師団か!?」
「そうだ。今から3時間前に降下して来た。ファルヴエイノの観光案内は任せてくれよ!」
「OK!暇が出来たら頼むよ!」
「じゃ、また後でな!」
ジープに乗った5名の兵達は(普通なら規則違反でMPにしょっぴかれる)、カラヒーと声高に叫びながら、ハーフトラックを追い越して行った。
「いやはや、こりゃ盛大なパレードだね。」
隣に座っていた、従軍記者のアーニー・パイルがステビンスに言う。
「ホント。こいつはパレードだな。俺達の装いは、パレードには似つかわしくないもんだけどね。」
ステビンスは苦笑しながら、パイルに返した。
上空にはひっきりなしに海軍や海兵隊、陸軍航空隊の掩護機が飛び回っているが、それらの戦闘機隊も編隊飛行をしながら首都上空を飛行している
ため、パイルの言う通り、第3海兵師団の行進は軍事パレードといっても過言では無い。
しかし、その主役たる第3海兵師団は、普段の軍事パレードで見られるような、煌びやかな軍装に身を包み、整備の行き届いた車両部隊で行進を
行っている訳ではない。
早朝から、激戦に告ぐ激戦を制して来た第3海兵師団の前進部隊は、戦車を始めとする車両は勿論の事、前線で戦ってきた兵達は、ほぼ全員が汗と土砂、
硝煙によって顔や、軍服が汚れきっている。
一見すると、第3海兵師団の各隊は、どこぞで泥遊びをしたかのような格好になっていたが、レスタン領の住民達はそれを気にしないどころか、却って
注目の的になっている節があり、その歓迎度合いは、先に降下して来た第10空挺軍団よりも明らかに上だった。
やがて、第3海兵連隊の各車両は、広い間取りのある場所に来ると、そこで停止した。
ハーフトラックから降りた第3海兵連隊の将兵達は、既に待機していた第82空挺師団や101師団、115旅団の将兵達からまた歓迎攻めにあった。
それからしばらく時間が経った後、新たな部隊がファルヴエイノに入城して来た。
「おい、見ろよパイルさん。カレアント軍だぜ。」
ステビンスは、周囲にカメラを向けて撮影に専念するパイルの肩を叩いた。
カレアント軍もまた、第3海兵師団と同様に、熱烈な歓迎を受けていた。
住民達の歓呼に出迎えられながら、カレアント軍の先頭部隊が、第3海兵連隊と第3海兵戦車連隊が停車しているファルヴエイノ中央広間に進入してきた。
カレアント軍部隊を先導する形で入城して来たM8グレイハウンドには、カレアント軍第1機械化騎兵師団の指揮官である、ファメル・ヴォルベルグ少将の姿があった。
パイパー中佐は、停止した装甲車から降りて来るヴォルベルグ少将の姿を見るなり、思わず、自分が緊張している事に気付いた。
(まずいな……どうも、穏やかな雰囲気じゃないぞ)
彼が不安がっている事に気が付いたのか、隣にいた第3海兵連隊指揮官であるジェームズ・スチュアート大佐が声をかけて来た。
「どうしたパイパー。顔が引きつっとるぞ。」
「え?そ、そうですかな。自分としては、リラックスしてるつもりですが。」
「ふむ……まっ、俺の方に話が行くようにするから、心配するな。」
スチュアート大佐は快活そうな声音で言いながら、パイパーの肩をポンと叩いた。
装甲車から降りたヴォルベルク少将が、ベレー帽を被り直しながら彼らの元に歩いて来た。
パイパーとスチュアート大佐も、ヴォルベルク少将に向かって歩いて行く。
この時、ヴォルベルグ少将と視線が合った。
(ヴォルベルグ閣下と目が……って、おいおい。なんか殺気がこもっていないか?)
パイパーは、ファメルが向ける視線が異様に冷たい事に気付き、背筋が凍りついた。
互いに、4歩ほどの間隔を開けて立ち止まった。
「第1機械化騎兵師団指揮官、ファメル・ヴォルベルグ少将です。」
「第3海兵師団第3海兵連隊指揮官、ジェームズ・スチュアート大佐です。」
「同じく、第3海兵戦車連隊指揮官、ヨアヒム・パイパー中佐です。」
互いに紹介を終えると、ファメルはまず、スチュアート大佐と握手を交わす。
「道中、ご苦労様です。」
「ありがとうございます大佐。貴軍もまた、道中の困難を撥ね退けながら、ここまで前進出来た事は称賛に値します。」
「は、恐縮です。」
スチュアート大佐は、慇懃な口調で行った後、内心では、おっかない狼耳の将官に因縁をつけられた、元武装SS上がりの部下を救おうと、
考えていた話題を話そうとしていた。
「実……あれ?」
気付いた頃には、ファメルの姿は目の前に無かった。彼女は、手早くスチュアートから離れると、パイパーの前に移動していた。
(うーむ……俺には興味は無いって事か。すまんなパイパー、頑張ってくれ)
「ヴォルベルグ閣下。お久しぶりであります。部隊の方は大丈夫でありますか?」
パイパーは、心中では、スチュアート大佐という防御線を、電撃戦顔負けの鮮やかさで迂回して来たファメルに仰天していたが、彼もまたさる物で、
即興ながらも、彼女の怒りを削ぐ言葉を考えていた。
「これはパイパー中佐。部隊の方の損害は、あまり良くは無い。これからしばらくは、兵員の休養と再編成が必要かもしれないね。そちらの方は
どうかな?」
「は……実を言いますと、我々も似たような物です。」
パイパーは、視線を後方の戦車群に向ける。
彼の後ろには、42台のパーシング戦車が居た。そして、その42台が、第3海兵戦車連隊の全戦力であった。
「私達の連隊は、レーミア上陸作戦前、144両の戦車が居ました。その大戦車部隊も、今では、たったの42両を有するのみです。」
パイパーは、ヴォルベルグの顔を真っ直ぐ見据えた。
「我々は、あの新鋭戦車を与えられた時、無敵であると思った物です。ですが、その無敵の戦車も、実際の戦場では無敵ではありませんでした。
我々は、味方の死を多く見てきました。敵の野砲に狙撃され、擱坐する戦車。敵キリラルブスに不意を突かれ、乗員共々炎上する戦車……首都を
目前にして、敵航空機に撃破される戦車。そして、一緒に追随し、我々の為に血路開いてくれた歩兵達。あなた方もそうですが、我々もまた、
多くの死を糧にして、ここまで来る事が出来ました。我々が頑張る事が出来たのも、戦友達の死を無駄にしないがため。そして、我々が事を
成し遂げた今、彼らの死も、無駄にする事無く済んだかと、私は思っています。」
パイパーは、左手を差し出した。
「閣下が、私に対して対抗心を燃やしていた事は、常々聞いておりました。ただ、私が見る限りでは、今回の作戦で、我々は上手く連携し合い、
時には助け合う形で戦線を押し上げ、遂にはファルヴエイノ占領と言う目標を達成する事が出来ました。その達成のため、私が憎まれ役になった
事が少しでも戦局の好転に貢献したかと思いますと、私としては、とても嬉しい限りです。」
ファメルは、一瞬だけ唖然となり、その直後、対抗心ばかりに逸っていた自分が恥ずかしくなった。
彼女は、模擬訓練で無敵の師団に一敗地にまみれさせたパイパーを尊敬すると同時に、憎んでいた。そして、今度の作戦では、必ずや、パイパーの
部隊に競り勝ち、彼らを見返してやると決意していた。
だが、パイパーはそのような事を望んでいなかった。彼の口調から察するに、彼は、味方と競争する気は全くなく、ただ単に、無事、任務が成功
することだけを考えていただけであった。
結果的に、機械化部隊のファルヴエイノ一番乗りは、第3海兵師団に譲ってしまったが、パイパーは、そのような“瑣末”な事を誇るのでは
なく、任務が成功した事だけを、純粋に喜んでいたのである。
もし、第1機械化騎兵師団が1番乗りを果たしていたら、ファメルは、そのような瑣末な事に固執していた自分を今よりも酷く責め抜いたであろう。
第3海兵師団が1番乗りを果たした事で、ファメルは逆に、救われた事になったのである。
「……ハハ。自分勝手に憎んで、舞い上がっていただけとは。確かに、戦争を行う上で、最上の喜びは、戦う者同士が競い合う事ではなく、
いかに上手く、そして、早く目標を達成するか、だったね。負けたよ。」
ファメルは、感服した表情を浮かべながら、パイパーと握手を交わした。
「貴方の様な、立派な軍人と肩を並べて戦える事が出来ただけでも、名誉な事だ。貴方の様な軍人が居る限り、アメリカ軍はこれからも、勝利を続けるだろう。」
ファメルは、スチュアート大佐に顔を向けた。
「大佐、貴方は良い部下を持たれましたな。彼をも含む貴方がたこそ、この進攻作戦の英雄だ。」
「はい。しかし閣下、我々は英雄ではありません。」
スチュアート大佐は、上空に顔を向けながら、ファメルに言う。
「この戦いで散って行った、多くの戦友達こそが、この作戦の真の英雄です。彼らの活躍無くしては、このファルヴエイノ攻略も上手く行ったかどうか……
ですが、こうして、我々はファルヴエイノに入城できました。」
スチュアートは、ファメルを見据えた。
「これで、私達は、アーリントンに眠る彼らに、胸を張って報告できます。目的は達成された、と。」
「それは、私も同感です。」
スチュアート大佐の言葉に、ファメルもまた深く頷いた。
「これからは、戦友達の想いに恥じぬ戦いが出来ればと、私は思います。」
ファメルとスチュアートは、再び固い握手をかわしたのであった。
一種の儀式とも言える、アメリカ軍、カレアント軍双方の指揮官達のによる短い会合は、5分ほどで幕を閉じ、3人の高級士官達は、第10空挺軍団の
指揮官達が待つ、レスタン領中央庁舎に向けて歩いて行った。
その様子をカメラに収めていたパイルは、ふと、ある事に気付いた。
「ステビンスさん。そういや、ここファルヴエイノは、元々、レスタン王国時代の首都だったと聞いたが。」
「ああ。そうだぜ。」
ステビンスは頷いた。
「とすると……もう、レスタン領は陥落したも同然だな。」
「形式上はそうだろうね……でも、レスタン領での戦いは、これからも続くよ。」
ステビンスは、懐から地図を取り出し、レスタン領のハーフトラックの床の上に、全体図を広げた。
「俺達は、こうやってレーミア海岸から、ここ、ファルヴエイノまで前進して来た。このお陰で、レスタン領南東部は陥落したも同然だ。だが、
第4、第5、第6海兵師団と、カレアント軍の第2機械化騎兵師団は、まだ敵の1個軍団を包囲しているし、俺達が北に追い散らしたシホールアンル軍も
どれぐらいの戦力を残しているかわからん。それに加えて、東部方面では、陸軍さんが敵大部隊と交戦中だ。このマーケット・ガーデン作戦は、
レスタン領内の敵野戦軍撃滅を目標としているから、ファルヴエイノを陥落させたからと言って、まだ先はある。」
「て事は、作戦終了までの道のりは、まだ長いって事か。」
「……長いかどうかは、シホットのファック野郎次第だな。」
ステビンスは、大袈裟に肩を竦めながら答えつつ、広げた地図を畳んで懐に入れた。
「ファルヴエイノ陥落はめでたいが、こっちも激戦続きで大損害だ。補充が来るまではまともに動けんだろう。まぁ、シホット共が腰砕けになって、
ママー!パパー!俺は悪い子じゃないよー!といいながら降参してくれれば、大分楽なんだがな。」
ステビンスの口の悪いジョークを聞いた中隊の部下達が、一斉に爆笑した。
「いやはや、マリーンの連中は、いつでも口が悪いもんだねぇ。」
「パイルさん、今頃何言ってるんだい。それが俺達のウリだろうがよ。」
「よせボブ。おめえの悪口は洒落にならんぞ。ただでさえ。顔付が子供泣かせなんだからよ。」
「あ!中隊長、ひでぇ!」
ステビンスと部下のやり取りを聞いた部下達が、再び元気の良い笑い声を上げた。
パイルも口に微笑を張り付かせながら、周囲に視線を巡らせる。
この時、彼の目は、ある物に釘付けとなった。
それは、レスタン領中央庁舎に掲げられた、2枚の旗であった。
1枚目は、パイルも慣れ親しんだ、アメリカ合衆国の国旗であったが、もう1枚は見慣れない旗だ。
赤と紫と緑をバランスよく配しながら、その右側には、青地に十字架と盾が重なった紋章が描かれている。
パイルは、その十字架をどこかで見たような気がした。
「あの十字架の色……思い出したぞ。あれは、陸軍のレスタン人航空隊が部隊エンブレムに使っていた物だ。俺達が普段見る十字架とは、
どこか違うような気がしていたが……」
彼はそこまで言ったあと、このファルヴエイノ攻略に参加した第115空挺旅団の部隊エンブレムにも、十字架が使われていた事に気付いた。
「て事は、あれは、レスタン領の国旗なのか……いいデザインじゃないか。」
パイルは、その国旗のデザインに感動しながら、カメラのレンズを向ける。
彼は、2度シャッターを押した。
レスタン王国の国旗は、この時を待っていたかのように、心地よい冬晴れの青空のもとで力強くはためいていた。