※投稿者は作者とは別人です
456 :外パラサイト:2011/12/25(日) 18:34:40 ID:6iqjxSFw0
1485年(1945年)5月23日 ヒーレリ領クィネル
スバイタ川はシェリキナ連峰に源を発し、レスタン、ヒーレリ、バイスエの三国を縦断して大西洋に注ぐ、北大陸有数の大
河である。
総延長は1.090キロ、川幅はもっとも広いところで540.8メートルに達する。
そのスバイタ川を遡行する一隻の船があった。
船首部には二本の太短い砲身を突き出した旋回砲塔。
その他にも船体各所に銃火器が装備されていることから、その船が軍用船であることがわかる。
その船の名はワロス号といい、ありし日のヒーレリ海軍が内陸部の運河地帯で運用する目的で建造した河川砲艦であった。
全長37.5グレル、全幅7.62グレル。
排水量は417ラッグで乗組員は55名。
リーマン・ワップ式魔導機関を搭載し、最大航行速度は公称7リンルとされている。
砲填兵装は船首に砲塔式の24口径7.5ネルリ連装平射砲一基、船尾に45口径4ネルリ単装両用砲が一基。
その他に近接防御火器として、船橋左右の銃座にアメリカ軍のブローニング機関銃に相当する手動式の軽魔導銃が一基ずつ、
船体中央部の全周旋回砲座にボフォース砲にあたる二連装の重魔導銃を装備している。
余談だがヒーレリは魔導銃の開発に関しては北大陸でも1~2を争う先進国で、シホールアンル軍が装備する魔導銃のなか
にもヒーレリ人が設計し、シホールアンルがパテントを買い取ったものがある。
このように特定の分野ではシホールアンルをリードさえしていたヒーレリだったが、総合的な国力の差はいかんともしがた
く屈辱的な降伏後、シホールアンル軍に接収されたワロス号は河川警備艦28号と名前を変え、ヒーレリ領に駐屯する治安
維持部隊に配備される。
こうして新たな主人のもとでかつての同胞を取り締まる任務についていたワロス号改め河川警備艦28号だったが、意地悪
な神は数奇な運命を辿る河川砲艦に再度の主替えを強いることになる。
きっかけはワロス号が所属する第七管区警備隊が駐屯するチューリンの街で起きた暴動だった。
二日前、行商から帰る途中の姉弟が街中でシホールアンル兵の一隊と遭遇した。
姉は18歳で群を抜いた美人とまではいかないが、それなりに整った顔立ちをした肉感的な少女であり、弟は15歳だが大
人並みの背丈があり、体格もがっちりしていた。
総勢9人からなる兵士の一隊が姉弟と擦れ違おうとしたときだ。
「いい尻だぜ」
姉の尻を一人の兵士がなでで卑猥な言葉を放った。
「いやらしいことしないでよ!」
姉が叫ぶと同時に、弟が進み出て兵士の顎に拳を叩き込んだ。
恵まれた体格と肉体労働で鍛えた筋力を持つ少年のパンチは下手な大人顔負けの威力を持っている。
強烈な一撃を受けた兵士は吹っ飛んで倒れた。
「なにをしやがる!」
仲間の兵士が雪崩をうって襲いかかった。
「やめるのよ!やめて!誰か助けて!」
457 :外パラサイト:2011/12/25(日) 18:35:27 ID:6iqjxSFw0
姉の悲鳴を聞いて街の住人が集まってきた。
乱闘は短時間で終わり、姉は頭から血をながして倒れ伏す弟を抱き起こした。
弟は死んでいた。
白兵戦用の戦槌で後頭部を強打され、頭蓋骨が陥没していた。
姉は甲高い絶叫を放った。
泣き叫ぶ姉と死んだ弟、そして加害者の兵士達は、いつの間にか大勢の街の人間に取り囲まれていた。
兵士たちの顔に興奮に代わっておびえの色が浮かんだ。
巡回中だった9人の兵士はいずれも武装し、うち3人は携帯式魔導銃を持っている。
群集の武器はせいぜいが棒かナイフといったところで、なかには素手のものもいたが、その数は百人近かった。
恐怖にかられた兵士が魔導銃を構え、顔を引き攣らせてて叫んだ。
「散れ!早く失せろ!撃たれたいのか!」
群集の中からも怒声があがった。
「やかましい!おのれらみんなぶち殺してくれる!」
街の住人はこれまでシホールアンル兵が行ってきた狼藉の数々に怒りを溜め込んできた。
姉弟への暴行は人々の感情を爆発させ、武器を持った兵士への恐怖を忘れさせた。
パニックに陥った兵士が引き金を引くと同時に、暴徒と化した群集がシホールアンル兵に襲い掛かった。
何人かの町人が蜂の巣になって絶命したが、それは群集を猛り狂わせるだけだった。
「まってくれまってくれ!話せばわかる!」
「わからん!」
仲間がボロ雑巾のように引き裂かれるのを見て、武器を投げ捨てて土下座したシホールアンル兵はよってたかって地面に引
き摺り倒され、さっきまで自分が群集に向けていた魔導銃の銃身を口にねじ込まれる。
町人が引き金を引くのをためらう理由は何もなかった。
暴徒と化した町人の群れはさらに軍の基地を襲い、まさか叛乱などあるまいと油断しきっていた駐屯軍は大損害を出して駆
逐されてしまった。
こうしてなし崩し的に解放なったチューリンの街だったが、一時の激情が収まった住民たちはそろって途方に暮れた。
なにしろ行き当たりばったりな蜂起だったため今後の展望などなにも考えていない。
おまけに気がついてみれば戦闘で街の人口の約半分が死ぬか重症を負っていて、のこり半分のうち六割強は戦力にならない
子供と老人だ。
幸い鹵獲した魔法通信機-戦闘で損傷したため受信はできるが送信はできない-から得た情報で、偶然にもヒーレリ各地で
大規模な蜂起がほぼ同時に発生したため占領軍も混乱しており、すぐさま鎮圧部隊が差し向けられることはなさそうだった。
そこで生き残った大人の中でもと軍属が中心となって協議した結果、街外れの船着場に係留され、抜錨する間もなく叛徒の
手に落ちた河川砲艦を使って街を脱出しようということになった。
幸い生き残った住民の中にはもと河川砲艦乗りで、停戦後は水上輸送業に転職していたものがまとまった数いたため、船の
操り手には問題はなかった。
マストにはヒーレリ国旗を掲げ、シホールアンル船籍を示す標識を塗りつぶした跡に再びワロス号の名称が書き込まれた河
川砲艦には、定員の二倍近い94名が乗船し、206名の避難民を詰め込んだ艀を曳航して上流の街、トラクランケを目指
すことになった。
458 :外パラサイト:2011/12/25(日) 18:36:31 ID:6iqjxSFw0
それでも街には移動に耐えられない重傷者108人を残していかざるをえず、24人の医師と僧侶と修道女が彼らの面倒を
見るため志願して街に残ることになった。
旧名を復活させた河川砲艦の船橋で、燃えるような赤毛を風になびかせながら周囲に厳しい視線を向ける長身の女性がいた。
名をリア・コスヴァニスといい、もとヒーレリ海軍一等水士長で現在はワロス号の臨時指揮官を務めている。
後ろを振り返ると、二時間前に脱出したチューリンの街から立ち上る黒煙がかすかに見える。
「無事トラクランケに着けますかね?」
心配そうな表情で尋ねるのはリアの海軍時代の部下であり、今また副官を務めているポーリィン・リガロもと上級水兵であ
る。
「ツキがあればね」
ポーリィンの問いかけに、リアは強張った笑顔をみせた。
シホールアンル軍の通信を傍受して、トラクランケの街も蜂起した住民が駐屯部隊を追い出したことはわかっている。
トラクランケは先の戦争でも陥落するまで三ヶ月間粘りぬいた城砦都市で、街の規模もチューリンの五倍以上ある。
トラクランケに逃げ込めば当座はしのげるだろうというのがリアを中心としたもと軍人グループの考えだった。
だがシホールアンル軍もみすみす反逆者を逃がすつもりは無い。
空からやって来た刺客は四機のドシュダムだった。
『見つけたぞ、11時の方角だ!』
編隊長機からの魔法通信を聞き、視界を斜めに横切る大河に視線を走らせたニポラ・ロシュミックは、指示された方角に艀
を曳航した灰色の船影を認めた。
レスタン領から撤退するまでに配属された三つの飛行隊が壊滅するというなかなかに不幸な経験をしたニポラだったが、彼
女自身は幸運にも十二回の空中戦に生き残り、公認撃墜七機を認められ曹長に昇進していた。
現在はヒーレリ領バーバトリを基地とする第21飛行挺中隊第1小隊に所属し、いけすかない貴族様の上官のケツを守る仕
事に神経をすり減らす毎日である。
『かかれ!身の程知らずの叛徒どもを木っ端ミジンコにしてしまえ!』
興奮した小隊長のだみ声を聞いて内心うんざりしながらも、ニポラは両翼に60リミラ爆弾一発ずつを吊り下げたドシュダ
ムを緩降下に入れる。
「引きつけんでいい、撃て!」
ワロス号ではリアの号令一下、河川砲艦に装備された対空用魔導銃と駐留軍から分捕った携帯式魔導銃が一斉に火を吹く。
下手に狙って撃つよりも大量の弾をばら撒いて敵をびびらせ、爆撃の精度を落とすことが肝心なのだ。
案の定、腕よりも家柄で編隊指揮官の座についた小隊長とその取り巻きの貴族様は、及び腰の爆撃で標的から遠く離れた川
岸の泥を掘り返しただけだった。
そして今回の任務に最初から気乗りしないニポラは慎重に狙いを定め、隊長機よりは狙いが近いがそれでもワロス号からは
十分に離れた位置に爆弾を叩き込む。
女学生から志願して入隊した初心なニポラも、幾度かの死線を潜るうちに気に入らない上官の命令には、上辺だけ従いつつ
も気付かれないように手を抜く程度に世間擦れしていた。
459 :外パラサイト:2011/12/25(日) 18:37:21 ID:6iqjxSFw0
『下手糞どもめ!今度は魔導銃で掃射するぞ!』
自分のことを棚にあげて怒鳴る編隊長に率いられ、四機のドシュダムは180度水平旋回で河川砲艦の右斜め後ろから接近
するコースをとる。
攻撃態勢に入ったニポラは、それでも身に染み付いた習性で射撃を開始する前にぐるりと周囲に視線を巡らせると、はたし
て雲の切れ間にきらりと煌く真昼の星が。
「敵機!7時上方!」
恐れるものは何も無いとばかりに光り輝くアルミの地肌をむき出しにしたP-47の四機編隊が猛然と突っ込んでくる。
『反撃だ!全速力!』
「あの、むしろ速度を落としたほうがいいです、というか私はそうさせていただきます」
ニポラは形だけの忠告をしたのち一斉に加速しつつ反転にかかった編隊から離れ、一機だけ反対方向に機首を巡らせる。
P-51やP-47といったアメリカ軍の高速戦闘機に比べ、最大速度で100キロ以上の速度差があるうえ高G機動を続
けると空中分解の危険があるドシュダムは高速戦闘ではまず勝ち目は無い。
その一方で低速旋回だけは米軍機の追随を許さなかった。
強度を犠牲にしてまで軽量化に徹したドシュダムは、アメリカ戦闘機なら失速してしまうような速度域でも魔導機関の出力
で機体を支えることができるのだ。
もっともこの戦法を有効に使えるのはドシュダムの癖を知り尽くした一握りの操縦士だけだが。
600フィートまで高度を下げたニポラが頭上を見上げると、編隊長以下三機のドシュダムが四機のP-47に一方的に追
いまくられているのが見える。
一瞬助けに行こうかとも考えたが、何度も真夜中に呼び出され強制的に“親睦を深め”させられたことを思い出したニポラ
は、そのまま空中に三つの火の玉が生まれるまで低空に留まっていた。
そして束になって襲い掛かってきたP-47を超低空での格闘戦に引きずり込んで翻弄し、一機を撃墜したあと雲に飛び込
んで遁走した。
難を逃れたワロス号はその後は何事もなく航行を続け、トラクランケまであと30分というところまでやって来た。
「なんですあの音は?」
空を見上げたポーリィンの瞳に高高度を飛行するゴマ粒のような機影が映る。
「アメリカ軍の飛行艇だ、シホールアンル軍の基地を攻撃した帰りだろう」
そう言ったリアは見えはしないと思いつつも、頭上を通過する米軍機に手を振った。
「アメリカさーん、早く来て…」
笑顔で手を振ろうとしたポーリィンが、不気味な音を響かせて落ちてくる物体を見て顔を引き攣らせる。
「面舵一杯!全速!」
リアが操舵室に向かって叫んだ瞬間、炎と爆煙、そして無数の水柱がワロス号を包んだ。
「なんか敵の船に命中したみたいですよ」
「マジか!この高度で?」
「ケガの功名ってやつですかね」
投下装置の故障で目標に落とし損なった1000ポンド爆弾を抱えて帰投中、駄目もとで緊急投下装置を試してみたら全弾
投下に成功し、運悪く真下にいたワロス号に直撃させてしまった第321爆撃中隊のB-26<パンチト号>の搭乗員は、
自分たちがこの世から消し飛ばした河川砲艦に乗っていたのが解放すべきヒーレリの人民だったなどとは夢にも思わなか
った。
456 :外パラサイト:2011/12/25(日) 18:34:40 ID:6iqjxSFw0
1485年(1945年)5月23日 ヒーレリ領クィネル
スバイタ川はシェリキナ連峰に源を発し、レスタン、ヒーレリ、バイスエの三国を縦断して大西洋に注ぐ、北大陸有数の大
河である。
総延長は1.090キロ、川幅はもっとも広いところで540.8メートルに達する。
そのスバイタ川を遡行する一隻の船があった。
船首部には二本の太短い砲身を突き出した旋回砲塔。
その他にも船体各所に銃火器が装備されていることから、その船が軍用船であることがわかる。
その船の名はワロス号といい、ありし日のヒーレリ海軍が内陸部の運河地帯で運用する目的で建造した河川砲艦であった。
全長37.5グレル、全幅7.62グレル。
排水量は417ラッグで乗組員は55名。
リーマン・ワップ式魔導機関を搭載し、最大航行速度は公称7リンルとされている。
砲填兵装は船首に砲塔式の24口径7.5ネルリ連装平射砲一基、船尾に45口径4ネルリ単装両用砲が一基。
その他に近接防御火器として、船橋左右の銃座にアメリカ軍のブローニング機関銃に相当する手動式の軽魔導銃が一基ずつ、
船体中央部の全周旋回砲座にボフォース砲にあたる二連装の重魔導銃を装備している。
余談だがヒーレリは魔導銃の開発に関しては北大陸でも1~2を争う先進国で、シホールアンル軍が装備する魔導銃のなか
にもヒーレリ人が設計し、シホールアンルがパテントを買い取ったものがある。
このように特定の分野ではシホールアンルをリードさえしていたヒーレリだったが、総合的な国力の差はいかんともしがた
く屈辱的な降伏後、シホールアンル軍に接収されたワロス号は河川警備艦28号と名前を変え、ヒーレリ領に駐屯する治安
維持部隊に配備される。
こうして新たな主人のもとでかつての同胞を取り締まる任務についていたワロス号改め河川警備艦28号だったが、意地悪
な神は数奇な運命を辿る河川砲艦に再度の主替えを強いることになる。
きっかけはワロス号が所属する第七管区警備隊が駐屯するチューリンの街で起きた暴動だった。
二日前、行商から帰る途中の姉弟が街中でシホールアンル兵の一隊と遭遇した。
姉は18歳で群を抜いた美人とまではいかないが、それなりに整った顔立ちをした肉感的な少女であり、弟は15歳だが大
人並みの背丈があり、体格もがっちりしていた。
総勢9人からなる兵士の一隊が姉弟と擦れ違おうとしたときだ。
「いい尻だぜ」
姉の尻を一人の兵士がなでで卑猥な言葉を放った。
「いやらしいことしないでよ!」
姉が叫ぶと同時に、弟が進み出て兵士の顎に拳を叩き込んだ。
恵まれた体格と肉体労働で鍛えた筋力を持つ少年のパンチは下手な大人顔負けの威力を持っている。
強烈な一撃を受けた兵士は吹っ飛んで倒れた。
「なにをしやがる!」
仲間の兵士が雪崩をうって襲いかかった。
「やめるのよ!やめて!誰か助けて!」
457 :外パラサイト:2011/12/25(日) 18:35:27 ID:6iqjxSFw0
姉の悲鳴を聞いて街の住人が集まってきた。
乱闘は短時間で終わり、姉は頭から血をながして倒れ伏す弟を抱き起こした。
弟は死んでいた。
白兵戦用の戦槌で後頭部を強打され、頭蓋骨が陥没していた。
姉は甲高い絶叫を放った。
泣き叫ぶ姉と死んだ弟、そして加害者の兵士達は、いつの間にか大勢の街の人間に取り囲まれていた。
兵士たちの顔に興奮に代わっておびえの色が浮かんだ。
巡回中だった9人の兵士はいずれも武装し、うち3人は携帯式魔導銃を持っている。
群集の武器はせいぜいが棒かナイフといったところで、なかには素手のものもいたが、その数は百人近かった。
恐怖にかられた兵士が魔導銃を構え、顔を引き攣らせてて叫んだ。
「散れ!早く失せろ!撃たれたいのか!」
群集の中からも怒声があがった。
「やかましい!おのれらみんなぶち殺してくれる!」
街の住人はこれまでシホールアンル兵が行ってきた狼藉の数々に怒りを溜め込んできた。
姉弟への暴行は人々の感情を爆発させ、武器を持った兵士への恐怖を忘れさせた。
パニックに陥った兵士が引き金を引くと同時に、暴徒と化した群集がシホールアンル兵に襲い掛かった。
何人かの町人が蜂の巣になって絶命したが、それは群集を猛り狂わせるだけだった。
「まってくれまってくれ!話せばわかる!」
「わからん!」
仲間がボロ雑巾のように引き裂かれるのを見て、武器を投げ捨てて土下座したシホールアンル兵はよってたかって地面に引
き摺り倒され、さっきまで自分が群集に向けていた魔導銃の銃身を口にねじ込まれる。
町人が引き金を引くのをためらう理由は何もなかった。
暴徒と化した町人の群れはさらに軍の基地を襲い、まさか叛乱などあるまいと油断しきっていた駐屯軍は大損害を出して駆
逐されてしまった。
こうしてなし崩し的に解放なったチューリンの街だったが、一時の激情が収まった住民たちはそろって途方に暮れた。
なにしろ行き当たりばったりな蜂起だったため今後の展望などなにも考えていない。
おまけに気がついてみれば戦闘で街の人口の約半分が死ぬか重症を負っていて、のこり半分のうち六割強は戦力にならない
子供と老人だ。
幸い鹵獲した魔法通信機-戦闘で損傷したため受信はできるが送信はできない-から得た情報で、偶然にもヒーレリ各地で
大規模な蜂起がほぼ同時に発生したため占領軍も混乱しており、すぐさま鎮圧部隊が差し向けられることはなさそうだった。
そこで生き残った大人の中でもと軍属が中心となって協議した結果、街外れの船着場に係留され、抜錨する間もなく叛徒の
手に落ちた河川砲艦を使って街を脱出しようということになった。
幸い生き残った住民の中にはもと河川砲艦乗りで、停戦後は水上輸送業に転職していたものがまとまった数いたため、船の
操り手には問題はなかった。
マストにはヒーレリ国旗を掲げ、シホールアンル船籍を示す標識を塗りつぶした跡に再びワロス号の名称が書き込まれた河
川砲艦には、定員の二倍近い94名が乗船し、206名の避難民を詰め込んだ艀を曳航して上流の街、トラクランケを目指
すことになった。
458 :外パラサイト:2011/12/25(日) 18:36:31 ID:6iqjxSFw0
それでも街には移動に耐えられない重傷者108人を残していかざるをえず、24人の医師と僧侶と修道女が彼らの面倒を
見るため志願して街に残ることになった。
旧名を復活させた河川砲艦の船橋で、燃えるような赤毛を風になびかせながら周囲に厳しい視線を向ける長身の女性がいた。
名をリア・コスヴァニスといい、もとヒーレリ海軍一等水士長で現在はワロス号の臨時指揮官を務めている。
後ろを振り返ると、二時間前に脱出したチューリンの街から立ち上る黒煙がかすかに見える。
「無事トラクランケに着けますかね?」
心配そうな表情で尋ねるのはリアの海軍時代の部下であり、今また副官を務めているポーリィン・リガロもと上級水兵であ
る。
「ツキがあればね」
ポーリィンの問いかけに、リアは強張った笑顔をみせた。
シホールアンル軍の通信を傍受して、トラクランケの街も蜂起した住民が駐屯部隊を追い出したことはわかっている。
トラクランケは先の戦争でも陥落するまで三ヶ月間粘りぬいた城砦都市で、街の規模もチューリンの五倍以上ある。
トラクランケに逃げ込めば当座はしのげるだろうというのがリアを中心としたもと軍人グループの考えだった。
だがシホールアンル軍もみすみす反逆者を逃がすつもりは無い。
空からやって来た刺客は四機のドシュダムだった。
『見つけたぞ、11時の方角だ!』
編隊長機からの魔法通信を聞き、視界を斜めに横切る大河に視線を走らせたニポラ・ロシュミックは、指示された方角に艀
を曳航した灰色の船影を認めた。
レスタン領から撤退するまでに配属された三つの飛行隊が壊滅するというなかなかに不幸な経験をしたニポラだったが、彼
女自身は幸運にも十二回の空中戦に生き残り、公認撃墜七機を認められ曹長に昇進していた。
現在はヒーレリ領バーバトリを基地とする第21飛行挺中隊第1小隊に所属し、いけすかない貴族様の上官のケツを守る仕
事に神経をすり減らす毎日である。
『かかれ!身の程知らずの叛徒どもを木っ端ミジンコにしてしまえ!』
興奮した小隊長のだみ声を聞いて内心うんざりしながらも、ニポラは両翼に60リミラ爆弾一発ずつを吊り下げたドシュダ
ムを緩降下に入れる。
「引きつけんでいい、撃て!」
ワロス号ではリアの号令一下、河川砲艦に装備された対空用魔導銃と駐留軍から分捕った携帯式魔導銃が一斉に火を吹く。
下手に狙って撃つよりも大量の弾をばら撒いて敵をびびらせ、爆撃の精度を落とすことが肝心なのだ。
案の定、腕よりも家柄で編隊指揮官の座についた小隊長とその取り巻きの貴族様は、及び腰の爆撃で標的から遠く離れた川
岸の泥を掘り返しただけだった。
そして今回の任務に最初から気乗りしないニポラは慎重に狙いを定め、隊長機よりは狙いが近いがそれでもワロス号からは
十分に離れた位置に爆弾を叩き込む。
女学生から志願して入隊した初心なニポラも、幾度かの死線を潜るうちに気に入らない上官の命令には、上辺だけ従いつつ
も気付かれないように手を抜く程度に世間擦れしていた。
459 :外パラサイト:2011/12/25(日) 18:37:21 ID:6iqjxSFw0
『下手糞どもめ!今度は魔導銃で掃射するぞ!』
自分のことを棚にあげて怒鳴る編隊長に率いられ、四機のドシュダムは180度水平旋回で河川砲艦の右斜め後ろから接近
するコースをとる。
攻撃態勢に入ったニポラは、それでも身に染み付いた習性で射撃を開始する前にぐるりと周囲に視線を巡らせると、はたし
て雲の切れ間にきらりと煌く真昼の星が。
「敵機!7時上方!」
恐れるものは何も無いとばかりに光り輝くアルミの地肌をむき出しにしたP-47の四機編隊が猛然と突っ込んでくる。
『反撃だ!全速力!』
「あの、むしろ速度を落としたほうがいいです、というか私はそうさせていただきます」
ニポラは形だけの忠告をしたのち一斉に加速しつつ反転にかかった編隊から離れ、一機だけ反対方向に機首を巡らせる。
P-51やP-47といったアメリカ軍の高速戦闘機に比べ、最大速度で100キロ以上の速度差があるうえ高G機動を続
けると空中分解の危険があるドシュダムは高速戦闘ではまず勝ち目は無い。
その一方で低速旋回だけは米軍機の追随を許さなかった。
強度を犠牲にしてまで軽量化に徹したドシュダムは、アメリカ戦闘機なら失速してしまうような速度域でも魔導機関の出力
で機体を支えることができるのだ。
もっともこの戦法を有効に使えるのはドシュダムの癖を知り尽くした一握りの操縦士だけだが。
600フィートまで高度を下げたニポラが頭上を見上げると、編隊長以下三機のドシュダムが四機のP-47に一方的に追
いまくられているのが見える。
一瞬助けに行こうかとも考えたが、何度も真夜中に呼び出され強制的に“親睦を深め”させられたことを思い出したニポラ
は、そのまま空中に三つの火の玉が生まれるまで低空に留まっていた。
そして束になって襲い掛かってきたP-47を超低空での格闘戦に引きずり込んで翻弄し、一機を撃墜したあと雲に飛び込
んで遁走した。
難を逃れたワロス号はその後は何事もなく航行を続け、トラクランケまであと30分というところまでやって来た。
「なんですあの音は?」
空を見上げたポーリィンの瞳に高高度を飛行するゴマ粒のような機影が映る。
「アメリカ軍の飛行艇だ、シホールアンル軍の基地を攻撃した帰りだろう」
そう言ったリアは見えはしないと思いつつも、頭上を通過する米軍機に手を振った。
「アメリカさーん、早く来て…」
笑顔で手を振ろうとしたポーリィンが、不気味な音を響かせて落ちてくる物体を見て顔を引き攣らせる。
「面舵一杯!全速!」
リアが操舵室に向かって叫んだ瞬間、炎と爆煙、そして無数の水柱がワロス号を包んだ。
「なんか敵の船に命中したみたいですよ」
「マジか!この高度で?」
「ケガの功名ってやつですかね」
投下装置の故障で目標に落とし損なった1000ポンド爆弾を抱えて帰投中、駄目もとで緊急投下装置を試してみたら全弾
投下に成功し、運悪く真下にいたワロス号に直撃させてしまった第321爆撃中隊のB-26<パンチト号>の搭乗員は、
自分たちがこの世から消し飛ばした河川砲艦に乗っていたのが解放すべきヒーレリの人民だったなどとは夢にも思わなか
った。