自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

12

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
12


京都府舞鶴市余部下 北吸岸壁前 国道27号線上
2012年 6月5日 21時50分

 街路上に設けられた敵陣は、土袋を積み上げた程度の簡素なものであった。恐らく、後衛程度のものだったのであろう。
 その陣地を守っていた敵兵は駆逐された。辺りには放棄された敵の得物や兜が転がっていた。
 竜牙兵の集団を先頭に、神官戦士団が続く。さらに勢いに乗る騎士団の兵が敵陣を乗り越えようとしていた。
 エレウテリオはその最も先頭で剣を掲げていた。かつて、よく磨かれていた板金鎧は一日の戦塵によってくすんでしまっている。しかし、自ら兵を率い敵に迫るその姿は、何より兵の士気を鼓舞し続けた。
 あとは、容易い。エレウテリオは思った。敵勢は完全に崩れている。追撃戦が最も戦果を挙げられることを、彼はよく知っていた。
 正面から戦えばどれほど手強い勇士とて、撤退時には容易く討たれるのだ。あとは兵の体力が続く内にどれだけ稼げるか。敵の城館も包囲すれば綻びは見えよう。
 右手にそびえる城館の敵は、柵の内に籠もり、味方の苦境にも打って出る気配はない。それだけで、敵兵の数が知れた。アランサバルの手勢も動かせば──。

 そこまで考えたところで、彼は正面を逃げていた敵が消えたことに気づいた。
──いや、消えるはずがない。よく見れば、ことごとく道の脇に設けられた溝に飛び込んでいる。ついに気が触れたか。エレウテリオは、憐れんだ。
 あの様な場所に逃げ込めば、豚のように殺されるのみだというのに。武人らしく斬り合って死ねば、少なくとも名誉は保たれよう。
 愚かな。


 次の瞬間。
 閃光が、彼の網膜を焼いた。轟音が物理的な力となって、彼の身体を吹き飛ばした。天地が逆さまになり、エレウテリオは道路脇の手すりに叩きつけられた。
 鎧に包まれた身体が軋んだ。息が詰まる。何が起きた?朦朧とする意識の中、彼は仰向けに倒れた身体を身じろぎさせると、後ろに続く彼の配下を見た。

 轟音。土砂が降り注ぐ。耳に圧力を覚えた後、何も聞こえなくなった。人の頭ほどある破片が、彼の右足を砕いた。痛みが脳髄まで駆け上がった。
 無意識のうちに叫びをあげた。

 後には、配下などいなかった。

 あれほど猛威を振るった竜牙兵は、跡形もない。巨大な何かが通り過ぎたかのように、ほとんどが吹き飛んでいた。
 わずかに一体──エレウテリオの後ろを進んでいた一体が、半身を失いもがいていた。
 勇壮な戦歌を詠いながら進撃していた神官戦士団は、生き残った数名が自分の腕や足を探して、幽鬼のようにさまよっていた。
 騎士団の兵達も似たような状態であった。頭を失った兵がいた。頑丈な板金鎧を巨大なハンマーで叩かれたかの如く潰され、七穴から血を噴いて倒れる騎士がいた。

 おお、神よ。いや、悪魔か。古の魔神の技か。一体何が起きたのだ!


 俺の騎士団が消えてしまった。


 三度閃光と爆風。音はきこえない。土砂と柔らかい何かが彼の頭上に降り注ぐ。
 彼の視界には、ゆっくりと傾ぐ橋脚が見えた。それを最後に、エレウテリオの視界は闇に包まれた。



京都府舞鶴市森町   
2012年 6月5日 21時12分

 ロンゴリアはとても良い気分だった。手勢を率いて狭い路地を抜け、開けた道を走っていた。
 目の前わずか十歩には異界の魔法戦士共が、よろばいながら逃げている。あれだけ我らを手こずらせた奴等も、魔力が尽き
た様であった。手傷を負った者もいると見えた。
 まるで、狩りだな。愉快だ。まことに愉快だぞ!
 ロンゴリアは暗い愉悦を感じていた。あれ程までに強力な魔術をもって、彼を怖れさせた敵兵が、立場を逆転させ逃げ惑っている。その現状に耐え難い喜びを感じていたのだった。
 配下も彼と同じ気持ちのようである。

「逃がすかァ蛮族どもめ!」
「八つ裂きにしてくれるわ!」
 多くの仲間を失った兵達は、手にした得物を振り上げ、威嚇する。
「どうした!そんな逃げ方では追いつくぞ!」
 騎士ですら、復讐心に駆られている様であった。敵兵は一兵残らず殺されるだろう。
 もちろん、ロンゴリアにそれを止めるつもりなどない。ここまでやられた相手だ。殺すのも一度きりでは気が済まぬ程よ。重い鎧を付けて走るのは息が切れたが、この先敵を切り刻めると思えば、何のことはない。

 陣形も何もない。ただ殺戮の衝動に突き動かされた集団は、一丸となって敵を追った。


 走るロンゴリアの目の前に、巨大な橋が姿を現した。橋?しかし、地の上に架かる橋とは?
 その巨大な石造りの橋の下に川はなかった。家屋や道を跨ぐようにそびえ立っていた。ならば、一体何のための橋であろうか?
 考え込みそうになったロンゴリアは、配下の笑い声で我に返った。遂に力尽きた敵兵が路上に座り込んでいた。兵達はそれを嘲笑していたのだった。
 そうだ、今は橋などどうでも良い。あやつらを八つ裂きにせねば。

 ロンゴリアは恐怖に引きつる敵兵の顔を見てやろうと思った。脚を緩めヘルムのバイザーを上げた。そして、気づいた。

 笑っている。
 何がおかしい。貴様等は今から死ぬのだというのに。何故笑えるのだ。 


 巨漢の敵兵が悠然と右腕を上げた。


 その動きに惹かれるようにロンゴリアが視線を上げたその先には、巨大な橋があった。橋には灯りが点されていた。
 彼の顔は瞬く間に真っ青になった。全身が熱病にかかったかのように震えた。
 手勢の一部もそれに気づいた。誰かが剣を取り落とした。


 そんな、そんな馬鹿な。有り得ない。ここまで来て……。




『クアーズ、こちらコロナ。打ち方止めた』
「クアーズ了解。敵はあらかたやっつけたな。助かった」
『お安い御用だ。マラソンお疲れさん』

 『みょうこう』立入検査隊を救ったのは、JR東舞鶴駅の高架上に陣取った舞鶴陸警隊機動班の小銃分隊であった。
 無線連絡を受けた彼等は、立入検査隊が必死で引きつけた敵に対して、容赦なく7.62㎜弾の雨を降らせ、これを粉砕したのだった。



京都府舞鶴市浜 県道51号線 大門七条
2012年 6月5日 21時32分


 アランサバル率いる別働隊は、未だ統制を保っていた。手勢の一部を分け、敵部隊の捜索に回しているが、残りの軽騎兵と槍兵、重装歩兵、長弓兵合わせて二百名を直率していた。
 敵地での夜間行軍は、苦労ばかり多く、実入りが少ないものである。アランサバルもそれは十分承知していた。何事にも手を抜かない彼は、軽騎兵の半数を斥候とし、部隊の前方を探らせている。
 残りは、重装歩兵、槍兵、長弓兵に戦闘縦隊を組ませ、いつでも交戦できる態勢を維持していた。幸いなことに、街には灯が点っている場所が多く、月明かりもある。

「落伍兵は少なくて済みそうですな」
「うむ、このまま北上し、街道に出る。その後西に向かい、敵の背後を衝くぞ」
「オゥ!」
 アランサバルは入手した地図を思い浮かべた。今、部隊を移動させている道を北上すれば、西の市邑から続く街道に出る。
 街道を西に進めば、騎士団長率いる本隊と合流出来よう。敵がいれば挟撃出来る。

 アランサバルは手勢を振り返った。松明を掲げ行軍する軍勢の士気は保たれているが、さすがに疲れも見える。もう、半日も戦い通しなのだ。
 早く宿営地を定め、兵を休ませねば。明日も厳しいいくさになるだろう。

 左右の景色が変化した。どうやら商店が並ぶ通りらしい。昼間はさぞ賑やかに違いない。
 そこで、前方より二騎の騎兵が隊列に近付いてきた。緊張した面持ちで、傍らの騎士が誰何した。

「誰かッ!」
「軽騎兵隊、アルセに御座います!前方に敵を発見致しました!」
「申せ!」
「はっ、街道を西に進む一団を物見致しました。大型の荷車が4両、中型のものが2両。護衛騎兵は随伴せず。恐らく輜重の列かと」
「歩兵もおらぬか?」 
「おりませぬ。見えたのは大型の荷車に御者らしき人影のみ。ただ、面妖な事に……」
 アルセは顔を曇らせた。アランサバルが続きを促す。
「何でも良い。見たものを申してみよ」
「荷車を牽く馬の姿が見えません。八輪のあれだけの車。どうして馬もなしに動いているのか……」
「誠か?」
「間違いありませぬ。四角い車は何にも牽かれず動いておりました」

 アランサバルは攻城用の破城槌を思い浮かべた。それならば四角く、馬が見えないのも理解できる。しかし、破城槌などどこで使うというのか。
 いや、思い込みを捨てねばならん。敵の鉄車は、馬なしで動いておったではないか。恐らくその類に違いない。

 その時、前方から低い唸り声のような音が聞こえてきた。アルセが警告する。

「荷車の音です。間もなく見えてくるかと」

 アランサバルは道の先、街道との十字路を睨みつけた。いくらも経たない内に、荷車の車体が見えた。のっぺりとしたその車は、金属で出来ているように見えた。
 御者が一名、天井から上半身をのぞかせている。
 確かに護衛は見えない。ならば、横腹を突けば容易に倒せよう。上手くすれば、敵の魔導具等を手に入れられるやもしれん。

 アランサバルは素早く決断した。配下に命ずる。

「あれに見えるは敵の輜重車列だ!ものども、かかれ!」

 配下の兵達は素早く反応した。長弓兵が矢をつがえる。重装歩兵と槍兵が戦闘縦隊のまま、槍を斜めに突き出し、早足で駆け出した。
 軽騎兵は手槍を脇に抱え、愛馬に鞭を入れた。
 彼の手勢は奇襲の成功を確信し、敵に向け殺到した。



 敵の存在は既に判明していた。あれだけの集団が松明をかざして移動していれば、誰だって気付く。
『クロコ00、こちら01。敵情報告。武装した約200名、突撃に移行。送レ』
『クロコ01、こちら00。警告を実施せよ、送レ』
 車列前方から、拡声器による警告が聞こえてきた。無線機からも同様の声が漏れる。
『こちら01。対象は警告に応じず。発砲許可求む、送レ』
 車列の中程で指揮を執る海北一尉は、速やかに次の指示を行った。クロコ00が彼の乗る73式小型トラック。01から04が96式装輪装甲車で、05が後衛の73式である。
『01、警告射撃を行え。クロコ04、05の他、各員降車せよ。前には出るな。車体を盾にしろ、送レ』
『01了解。警告射撃開始』
『02了解。小銃班を降車させる』
『03了解』
『こちら04。指示を請う』
『05。後方異状なし』
 海北は警告の声に負けぬよう無線機に叫んだ。
『04と05は海岸通から市役所前へ向かえ。海自部隊と協同し東から来る敵を迎撃せよ、送レ』
『04了解』
『05了解』

 そのやり取りの間に、警告射撃が始まっているようだった。中島三曹が言った。
「面倒ですねぇ。さっさと撃てないんですかぁ?」
「交戦規定ってやつだ。俺達はあくまで治安出動だからな!」
「はぁ、お巡りさんみたいなもんですかねぇ」
「おう、いいかナカジ。何でもいきなりぶっ放す奴は嫌われるぞ」


『こちらは陸上自衛隊です。速やかに武器を捨て、投降しなさい。指示に従わない場合は実力を行使します』
「駄目だなこりゃ」
 拡声器で警告していた陸曹が、諦め口調で言った。集団は警告の意味が分からないとばかりに、雄叫びをあげて突撃を続行していた。
 これが映画ならなかなか迫力のあるシーンだと誉めてやるんだけどな。
「発砲許可は出たか?」
「警告射撃を行えとのことです」
 中隊長の命令を陸士長が中継した。陸曹はM2重機関銃を構える銃手に指示した。

「機関銃、警告射撃だ。撃て!」
 腹に響く重低音。続いて銃手の罵りが聞こえた。
「危ねぇ。矢が飛んできた!撃たれています!」
「中隊長に反撃許可を要請しろ!」
 車体に矢の当たる金属音が鳴っている。すぐさま返事が帰ってきた。

『実力行使を許可する。反撃せよ』

 陸曹は待ってましたとばかりに、勢い込んで銃手に指示を出した。

「機関銃、敵集団、距離二十メートル、連射、指命、撃て!」

 銃手はM2ブローニング重機関銃の銃口を敵集団に向けると、一瞬躊躇いの表情を見せた。しかし、矢が頬を掠めると「お前等が悪いんだからな」と、小声でつぶやき、発射レバーを押し込んだ。


 夜の闇を曳光弾の光が切り裂いた。



 敵の御者が構えた筒が空に向けて火を吐いた瞬間、それを目撃した全ての兵が、相手が無力な輜重馬車などではないということを、本能的に理解した。
 だが誰も止まれない。彼らは前に進むしかなかった。

 そして、恐るべき筒がついに彼らに向き、火を放った。

 アランサバルも、現実に気づいていた。だが、全ては遅すぎた。彼の左にいた騎士の愛馬が、首から上を吹き飛ばされた。騎乗した主人も同じ運命を辿った。
 焔の礫が命中したものは、人であれ馬であれ、四肢を飛ばされ、大穴が空いた。

「な、なんだこれは!」
「信じら──」

 身分の高低も、技の優劣も、勇者も卑怯者も、分け隔てなく吹き飛ばされた。

「盾を構えよ!密集陣を敷け!」
「だ、駄目です!盾では防げませ──ギャァァァ!」
「ォ──。」

 ふざけるな。こんな強力な魔導を用いる兵など、いてたまるか!このようないくさがあってたまるか!
 ワシの求める名誉あるいくさはこんなものでは──。

 左右に逃れる場所もなく、アランサバル率いる軍勢は、96式装輪装甲車車載の重機関銃によって叩き潰された。
 軍を率いるアランサバルも、最初の一連射で、周囲の騎兵と諸共に銃弾を受け戦死した。

 指揮官を失った軍勢は、あっさりと潰乱。約50名の死者とほぼ同数の重傷者を残し、散り散りになり軍勢としての機能を喪失した。



京都府舞鶴市余部下 北吸岸壁前 国道27号線上
2012年 6月5日 22時08分


 エレウテリオは意識を取り戻した。酷い耳鳴りが頭の中をかき回している。彼は腹に乗った破片を払い落とすと、苦労して身体を起こした。
 全身から伝わる激しい痛みを強靭な意志の力で無視すると、彼は周囲を見渡した。ぼやけた視界が徐々に輪郭を取り戻すと、そこはこの世の地獄であった。

「……なんということだ」

 街道は、巨人族が力任せに掘り返したような有り様となっていた。焦げ臭いにおいが辺りに漂う。
 そして、瓦礫には人であった者達の欠片が混ざり込んでいた。彼の視界に動く者は居なかった。

「こんなことがあるものか。騎士団をわずか数撃で……古代竜に出くわしたとでもいうのか!」
 エレウテリオはやり場の無い怒りを吐き出した。だが、彼の中に確固として存在する熟練した野戦指揮官としての部分が、これほどの破壊を為したものが何であるのかを理解していた。
 彼は、閃光が発せられた方角に頭を向けた。そこには、港があった。折れた並木の向こうに、星空を背に黒々とした巨体が聳え立っていた。城壁を思わせる重厚な構造物が周囲を威圧し、櫓は天を突く程の高さだ。
 軍船?まさか、あれほど巨大な船などあるわけがない。俺の頭はどうかしてしまったのか?あれは、まるで──

──黒鉄の城、だ。

 エレウテリオは、笑った。このような国を蛮族と侮り、戦いを挑むとは。何たる道化よ。我等こそ蛮族ではないか。

「……エレウテリオ様」
 背後でよく知った声が聞こえた。振り返ったエレウテリオの前には、満身創痍の騎士パスクアルが剣を杖に立っていた。

「騎士パスクアル!その姿は一体?本隊にはたどり着けたのか?」

 エレウテリオは問いかけながらも、答えを得る前に全てを察していた。パスクアルの頭に巻かれた布に滲んだ血は赤黒く固まっていた。
 パスクアルは震える声を絞り出した。

「無念で御座います。既に西方諸侯領本軍八千は壊滅いたしました。ベタンコウルト公を始め、カニサレス候、エリソンド伯他名のある諸侯はことごとく討たれ、ある者は虜囚となり、ある者は行方も知れませぬ」
「八千もの軍勢が、壊滅……」
「異界の軍は陣を固く守り、我が軍勢は攻め倦ねておりました。そこに敵の増援が着陣。敵勢二千余りが全て攻撃魔術を用いたと、聞きました。地を這う鉄車に蹂躙され、空を駆ける異形の竜のブレスは騎士団一つを焼き払った、と」
 エレウテリオは己の血の気が引く音を聞いた。魔法戦士が二千だと?
「本軍にたどり着いた時には、既に潰走が始まっておりました。護衛の軽騎兵も討たれ、私もこの有様。情けない限りで御座います!」
 パスクアルは号泣し、最後は絶叫となった。

 その時、二人のすぐ傍で瓦礫が持ち上がった。身構えた二人の前に、竜牙兵に支えられた魔導師バルトロが姿を表した。
「やれやれ、酷い有り様じゃ。……おお、エレウテリオ殿御無事じゃったか」
「そちらも」
 そんなやりとりに、パスクアルが割って入った。憎悪に満ちた視線をバルトロに向けている。

「エレウテリオ様!我等は嵌められました!」
「どういうことだ?」
「西方諸侯領軍が壊滅する前、本領軍五百騎は『門を守備する』と戦線を離脱しました。我等が囲みを破り門まで撤退したとき──既に門は本領軍と共に消えていたのです!」

 つまり、逃げ出したということか。いや、会敵前に離脱するとは、もしや初めから──。

 エレウテリオの中で全てが繋がった。

 ここ一年程で西方諸侯と皇帝の関係はずいぶん冷え込んでいたな。そこに降って湧いた、異世界への外征案。敵は惰弱で油断しきっている。豊かな土地。勝利の約束されたいくさ。だが、現実は違った。
 この敗戦で、一万の兵が失われる。

「領邦を統治すべき貴族達と共に。敗戦の咎も問われるだろうな」
 エレウテリオはじろりとバルトロを見た。バルトロは平然としていた。
「何かと口うるさい古い諸侯の力は削がれ、西方諸侯領には代官が送り込まれる。徴税だけでなく鉱山採掘権も皇帝の直轄となるだろう」

 殺気がエレウテリオの背に膨れ上がった。

「やってくれたな、本領軍の狗め」

 バルトロは怯えも狼狽えもしなかった。ただ、静かに言った。

「その通りじゃ、エレウテリオ殿。本領軍は西方諸侯が邪魔じゃった。帝國の揺籃期から続く旧家は、皇帝陛下の言うことをろくに聞かぬ。豊かな領地も、細切れに分断され必要以上の税が諸侯の懐に納められておった」
 パスクアルが剣を握りなおした。
「そのくせ、騎士団は旧態依然のままで見栄えが良いだけ。南方諸国の攻略に使うことも出来ぬ。陛下は、南征を前に後顧の憂いを絶つと定められたのじゃ」
 エレウテリオは、揶揄するように言った。
「我等を異界で戦わせ、棄てるか。だが、異界の軍の強さ尋常では無いぞバルトロ。皇帝の浅知恵は帝國を滅ぼすだろうよ!」
 バルトロは笑った。
「ふぇっふぇっふぇっ。織り込み済みじゃよ。この地の門はもはや開かぬ。門を開くには古代魔法王国の遺跡にて、然るべき術式を織らねばならぬ。異界の軍がどれほど強くとも、この世の者に門は開けぬ」
 そうか。そういうことか。まんまと引っかかった我等西方諸侯が甘かったということか。
「恐れ入ったぞ、バルトロ。もはや我が剣は皇帝に届くまい。だが、貴様には!」
 エレウテリオは剣を抜いた。バルトロは力無く笑うと首を横に振った。
「ワシを斬る必要は無いぞ。もはや死んでおるからな」
「なんと……」
 そう言ったバルトロの腹からは臓腑がはみ出ていた。致命傷であることは明らかであった。
「しくじったわい。それにのう、ワシも門が既に閉じられたことを知らなんだのじゃ。門が閉まる前に迎えが来る手筈であったのじゃが……ワシもトカゲの尻尾の一部よ」
 バルトロが姿を消せば、目論見に気づいたかも知れぬ。策を完璧とするため、バルトロ程の魔導師も捨て駒か。
「そろそろ疲れたわ。先に冥界で待っておるぞエレウテリオ殿──」
 そう言うと、バルトロは倒れた。彼の魔力が消えると共に、竜牙兵も土塊に還った。


 後には、エレウテリオとパスクアルが残された。虚無感が心に満ちた。もはや兵は絶え、故郷に戻る術もなく、妻子とも永遠に離れ離れだ。

 ようやく止んだ耳鳴りの代わりに、敵兵の警告が周囲を満たした。新手らしい兵達の前には、今日死力を尽くして戦った敵勢の指揮官らしい、ずんぐりとした漢が立っていた。
 エレウテリオは残った力を振り絞り名乗りを上げた。

「名のある騎士とお見受けする。我が騎士団は貴殿の勇戦の前に敗れ去った。我、ブエナベンドゥラ・ディ・エレウテリオ・イ・ロッサは最期の戦いを所望する!」
 敵の指揮官は手のひらをこちらに向け何かを叫んでいた。降伏せよとでも言っているのだろう。

 だが、エレウテリオは剣を抜き、騎士パスクアルと共に最後の突撃を敢行した。





「敵兵二名射殺!」
 陸自隊員が報告した。稲富の制止を聞かなかった二名の騎士は、あっさりと銃弾に倒れた。
 稲富は周囲の荒れ果てた景色を眺め、顔をしかめた。陸自隊員の持つ無線からは、舞鶴市各所の状況が流れてくる。
 国道27号線及び白鳥街道の二方向から侵入した武装集団は、陸上自衛隊第三戦車大隊の増援を受けた各部隊により、鎮圧された。
 諸隊は速やかに西舞鶴地区の奪還に向けて行動を開始していた。明朝には全域の制圧が完了するだろう。

 本職が来ればこんなもんだ。
 稲富は、手近にいた陸自隊員に声をかけた。
「タバコ、持ってないか?」
「ありますよ、どうぞ。……しかし、酷い有り様ですね」
 稲富の血と硝煙にまみれた姿を一瞥し、陸自隊員は気の毒そうに言った。
 稲富は思い切り肺に吸い込んだ紫煙をゆっくりと吐きながら、言った。


「ああ、酷い一日だったよ」


 指揮官らしい騎士の死体の虚ろな瞳が、稲富を見上げていた。
 このままでは終わらない。日本はとてつもなく大きな何かに巻き込まれていく。
 稲富は何故かそう思った。彼はもう一度肺を満たすと、足元の死体にタバコを供え、その場を立ち去った。



 2012年6月4日から5日にかけて発生した大規模騒乱──のちに『北近畿騒乱』と呼ばれる事件は、自衛隊治安出動部隊による鎮圧という形で、終結へと向かった。
 福知山市及び舞鶴市を奪回した陸上自衛隊は、第七普通科連隊と第三戦車大隊を基幹とする部隊を綾部市に投入、6日の午前には市庁舎を制圧、市全域を回復した。
 謎の武装集団は、その多くが死亡、または逮捕されたものの一部が付近の山間部に逃走した。
 このため、陸上自衛隊、京都府警、管区機動隊諸隊が協同し大規模な山狩りが実施された。
 この間、大江山にて武装集団のものと思われる何かの大規模な痕跡が発見されたものの、逃走した人間及びそれに似た何かを完全に捕捉することは、困難を極めた。
 北近畿全域に安全宣言を出すまでに、三カ月の月日が必要とされ、その間に家畜や人命に少なからぬ被害が出ている。

 本事件における人的被害は以下の通り。
 死者:4417名(うち警察官67名、消防官39名、自衛官52名)
 重軽傷者:2094名
 行方不明者:1000名(日本人999名、米国人1名)

 なお、武装集団の死者は推定約5000名、逮捕者3631名を数えた。

 逮捕された者は、全員が未知の言語を話し、また、身元を証明するものを何も持たなかった。このため、捜査は難航を極め、背後関係に迫ることが出来ないでいる。

 一方、政府は事件への対応の遅れと、甚大な被害が生じたことに対し、野党、マスコミ、世論からの厳しい追及を受けた。支持率は低迷し、政権運営に行き詰まった政府は8月、衆議院を解散した。
 結果、政界再編成ののち、中道右派連立政権が成立。今回の事件を受け、様々な法律が改正されていくこととなる。

 そして、行方不明者の行方は、必死の捜索にもかかわらず、手掛かりすらも掴めなかった。『消えた千名』がどこへ行ったのか。
 死亡説、隣国による拉致説に始まり、果ては神隠しまでが論じられたが、事件から6ヶ月が過ぎた現在も、発見されていない。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー