第74話 諦め
1483年(1943年)7月3日 午後9時 シホールアンル帝国ウェルバンル
「ふむ、なんとか合格じゃな。」
侍従長のブラル・マルバは、メイド達が行った掃除の点検を終えるや、やや明るい口調で背後で返事を待つ5人のメイドに言った。
「ようやく、出来るようになったの。この調子で、明日も頑張っておくれよ。今日の業務はこれにて終了。」
メイド達はほっとしたような表情を浮かべながら、マルバに一礼した。
マルバは、この帝国宮殿の侍従長を長年勤めており、普段は厳しい侍従長として他の侍従やメイド達に恐れられている。
しかし、ただ単に恐れられているわけではなく仕事以外の時には陽気な好々爺として振舞っている。
このため、マルバは皆から恐れられながらも尊敬を集めていた。
彼の仕事熱心ぶりは有名であり、オールフェスですらマルバには容赦なく注意される。
オールフェスは、俺が怖いのはアメリカ軍とマルバの説教だなと
メイド達が自室に戻って言った後、会議室のドアが開いた。
中からは軍の高官達が出て来た。6人の高官は、いずれもが疲れた表情を浮かべながらも帰っていった。
高官達が帰った後、会議室から1人の男が出て来た。
「陛下。」
マルバはゆっくりとした足取りでオールフェスに近付いた。
「ああ、侍従長か。」
「長い間話し合われて、お疲れになったでありましょう。」
「ああ、疲れちまったよ。」
オールフェスは苦笑しながら腕を回したりする。
マルバから見た限り、オールフェスの表情は固くなっていた。
それもここ最近は、オールフェスは前みたいに心の底から笑ったりしなくなった。
笑うとしても、無理に笑っているようにしか見えないのだ。
「一国の王ていうのも、なかなかの重労働だぜ。」
オールフェスはおどけた口調でマルバに言う。調子は別段悪くは無いようだ。
「陛下は、ここ最近休息を取っておらぬようですが・・・・どうでしょうか、機会を作って少し休まれては?」
「休む?とんでもねえよ。」
マルバの提案を、オールフェスは断る。
「侍従長の言う事は正しいが、前線では俺の国の兵隊が、あのアメリカ人共と戦っているんだ。休み無しでな。
そんな奴らがいるのに、俺だけパーッと遊んでくるか!なんて出来ないよ。やるとしても、そこら辺の散歩が関の山さ。」
オールフェスはそう言って、ニヤリと笑みを浮かべた。
「そうですか。分かりました。」
「ああ。まあ、気持ちだけは受け取っておくさ。じゃ、俺は寝るよ。」
オールフェスは、自分の寝室に向かっていった。
マルバは、先代皇帝が即位した時から宮殿の侍従長を勤めてきた。
オールフェスとは彼が生まれた時からの付き合いであり、若い頃はオールフェスにさんざん振り回されて来た。
そのため、オールフェスが何を思っているかは彼の表情や、動作ですぐに分かる。
この時も、マルバはオールフェスが疲れていると確信していた。
一見軽やかに見える足取りも、通常時と比べてどこか重いように見える。
(アメリカと言う国が現れてから、陛下は元気が無くなりつつある。)
マルバは、オールフェスがそのようになった原因が、アメリカにあると確信していた。
南大陸を制圧中に突然現れた異界の国、アメリカは、シホールアンルと真っ向から勝負を挑んで、味方の軍を次々と打ち破っていると聞いている。
詳しくは聞いていないが、つい最近も北大陸南部の国、ウェンステルでアメリカが何かをやらかしたようだ。
今日の会議は、その事件に関する事で開かれたのだろう。
「陛下・・・・・」
マルバの悩みは、オールフェスが過労で倒れてしまわないかである。
広大な北大陸を統治する大帝国の王が倒れてしまえば、軍や国民に対する影響は計り知れない物となる。
そうならぬように、マルバを始めとする侍従達は自分の職務を果たすだけである。
無論、オールフェスが働きすぎて倒れるような事を防ぐ事も含めてだ。
「あまりご無理をなさらぬように・・・・・」
マルバは不安そうな表情を浮かべて、囁くような声音で呟いた。
寝室のベッドに仰向けで倒れたオールフェスは、深いため息を吐いた。
彼は自分の髪を手で弄びながら、一言呟いた。
「ルベンゲーブ・・・・か。」
今日開かれた会議は、先に発生したルベンゲーブ空襲と、それに伴って行われたウェンステル北部の被害報告も兼ねて開かれた。
報告によれば、ルベンゲーブ空襲前に行われたウェンステル北部の爆撃で、ルテクリッピは数波の空襲を受けて軍港機能を壊滅させられた。
次に、ワイバーン発着基地があるブレクマヤが夕刻前に空襲を受けてこれも壊滅した。
これに対して、味方はワイバーン隊を使って敵機動部隊に反撃を行い、エセックス級空母1隻を大破させたようだが、敵の猛烈な反撃で
攻撃隊の半数以上を撃墜された。
そして、その翌日に行われた、アメリカ軍のルベンゲーブ空襲では、北大陸南部で最も重要な戦略拠点である魔法石精錬工場が大型爆撃機の空襲で破壊された。
魔法石精錬工場は全体の6割が機能を失うと言う壊滅的打撃を与えられ、ルベンゲーブの戦略的価値は失われてしまった。
特に頭が痛いのは、建造中の陸上装甲艦に搭載予定であった、特注の魔法石が全て失われてしまったことである。
これによって、3番艦以降の建造は困難となった。恐らくは建造中止になるであろう。
影響は陸上装甲艦の建造数縮小のみに留まらず、魔法石供給にも及んでいた。
ルベンゲーブで生産していた魔法石は、全体で2割と、割と少ないように見えるが、この2割と言う数字は意外に馬鹿にならない。
現在、北大陸には、シホールアンル本土に5箇所、被占領国3箇所存在している。
被占領国の3箇所には、先日に大空襲を喰らったルベンゲーブを含まれている。
ルベンゲーブの魔法石精錬工場は、被占領国の中では最大規模のもので、シホールアンル本土にある精錬工場と比べても、大きな部類に入る。
その工場から吐き出す魔法石供給が無くなれば、自然に軍に搬入される魔法石も少なくなってしまう。
この問題に関しては、他の精錬工場で増産する事で対応する事が決まっているが、魔法石の供給不足は免れられない。
「それだけ、ルベンゲーブに負っていた所は大きい、と言う事だな。全く、毎度毎度、アメリカさんはいい仕事してくれるぜ。」
オールフェスは自嘲気味にそう言うと、くくっと笑った。
彼はここ最近、元から掲げていた目標を達成できないと思っている。
1474年3月。オールフェスのシホールアンルは行動を起こした。
侵攻前に、ヒーレリ、グルレノ、バイスエ、レイキがフレルとの交渉で軍門に下った後、長年、小国ながら侮れぬ軍事力を持つ
レスタンに50万の大軍で侵攻した軍は、5万の死傷者を出しながらもレスタンを2週間足らずで蹂躙した。
次のジャスオ並びにデイレア侵攻作戦では、同国軍が協力であった事や、南大陸が援軍をよこした事で占領までにかなりの時間がかかった。
だが、これらの国も81年の始めまでに占領を終えた。ウェンステルの占領も81年5月までに終え、後は南大陸に侵攻するのみとなった。
それまでに、シホールアンルは敵対国に対しては容赦の無い攻撃を行い続けた。
例え、軍人以外の一般民などが抵抗してきても、シホールアンル軍は全力を持って攻撃し、抵抗する物は降参しても殺し続けた。
正確には分からないが、北大陸統一戦争時にシホールアンルが奪った命は、1000万~2000万以上とも言われている。
国民は圧倒的な自国軍に熱狂し、いつしかオールフェスは英雄王と呼ばれるようになった。
10月に開始された南大陸侵攻作戦は、オールフェスの期待通りに進展し、早くて1年。
遅くても2年以内には南大陸を制圧できると思っていた。
英雄王が率いる軍隊ならば、南大陸なぞ一蹴できる。
誰もがそう思い、南大陸がシホールアンルに統治されるのも近いと確信した時、それらはやって来た。
アメリカ。
異界の国より呼ばれし未知の国・・・・
しかし、その未知の国は強かで、凶暴であった。
フレルの交渉をあっさりとつっぱね、こちらが行った奇襲にも驚くべき腕前で跳ね返す。
海軍は、竜母と同じ正確を持つ空母を主力としてシホールアンル海軍に立ちはだかり続けた。
レアルタ、ガルクレルフ、グンリーラ、ジェリンファ、2次に渡るバゼット海を巡る海戦。
この7大海空戦に、シホールアンルは負けるか、勝っても後味の悪い結果しか残さなかった。
そして、陸軍部隊はアメリカの圧倒的な火力差の前に惨敗している。
最近では、アメリカ陸海軍の装備する飛空挺が新しいものに変わりつつあり、再び前線の航空部隊は苦戦を強いられるようになっている。
「南大陸侵攻前に、俺は2年以内にカタがつくと言った。あれから既に1年半近く経ってるのに、俺達はカレアントで足止めを喰らってる。」
いや、敵の怖さは質だけではない。
オールフェスは思った。
最近気が付いた事がある。それは、アメリカ軍の量だ。
つい最近行われたルベンゲーブ空襲の際、アメリカは空母部隊も援護に出している。
ルベンゲーブ空襲後に、偵察ワイバーンの1騎が帰還中のアメリカ機動部隊を発見している。
今日の会議で、その時見つけられた敵空母の数を聞いて彼は耳を疑った。
偵察ワイバーンが見つけた敵空母は、総計で9隻。
うち数隻は新顔のエセックス級だという。
その時、初めてオールフェスは背筋が凍りついた。
数隻のエセックス級だって?こっちはやっと、ホロウレイグ級の3番艦と、ライル・エグ級の4番艦が配備されたばかりなのに・・・・・
アメリカの空母戦力は、当初6隻程度と見積もられていた。
しかし、蓋を開けてみれば、敵の機動部隊は当初の見積もりよりも余分に空母を投入していた。
出撃している9隻の空母以外にも、アメリカはヴィルフレイングに2隻の大型空母を停泊させている。
これらを纏めると、アメリカ太平洋艦隊は空母11隻主体の大機動部隊を有している事になる。
しかも、アメリカは11隻の主力空母の他に、6~8隻程度の低速小型の空母を保有している事が海軍側から報告されている。
そう、アメリカは半年強でこれだけの空母を投入してきたのだ。
それに対し、シホールアンル海軍は9隻の竜母を保有するのみだ。
また、アメリカは海上兵力のみならず、陸上兵力も大幅に増強しつつある。
南大陸に現在まで増強されたアメリカの地上部隊は、30万以上である。
9月までには50万に達する見込みで、今年中にはアメリカを含む南大陸連合の反攻が開始されるようだ。
これだけでも度肝を抜かれるのに、アメリカは更に、レーフェイル方面にも兵の派遣を計画しているとの情報が伝えられている。
片手ではシホールアンルを。もう片手ではレーフェイルを同時に相手取れるのだ。
ハッキリ言って、国力が違う。
心情的には認めたくない。しかし、認めざるを得ない事実だ。
その時、オールフェスは初めて、彼我の戦力差が開きつつある事を理解した。
「なんて贅沢な奴なんだ。アメリカって。」
オールフェスは後悔に心を苛まれた。
「お陰で、こっちの予定は滅茶苦茶に狂わされちまった。」
彼はそう言いながら、2年前を思い出した。
2年前は、他国の攻略も順調に進み、近い将来南北大陸が制圧できると確信していた。
今のように敵に対して思い悩む事など全く無く、毎日が楽しく思えた。
『あと少し。あと少しで、この大陸も平和になれる。』
自信満々にそう語った2年前の夏の日。
それから2年。今ではアメリカと言う常識を無視したような力を持つ国に、流れは変えられつつある。
「最前線の補給線は、海の中に潜む敵潜水艦に細くなる一方。陸の補給線は敵の爆撃やどこぞから沸いたゲリラに襲われて
これまた細くなる一方。お陰で、ループレング等の前線部隊には定数にも満たない分の物資しか送れない・・・・・・」
彼は小さな声でぼそぼそと言った。
脳裏に、今日の会議で聞いた、あの言葉が響く。
『前線を後退させ、反撃密度を高める方法もあります。これによって、伸びた補給路も短くなり、補給量も安定するはずです。』
陸軍側から出席したとある参謀の案だ。
その案は、前線を後退させるという物だ。要するに、軍をカレアントから退けという事だ。
「後退・・・・か。今までなら、話すら聞かなかったんだが。」
北大陸統一時、軍が危ない場面は何度もあった。
その度に後退案が出されたが、オールフェスは話すら聞かなかった。
逆に増援を送って無理やり作戦を成功させている。
しかし、今日のオールフェスは、その参謀の話を聞き入っていた。
「その話に聞き入ってたな。俺。」
彼はそう呟くと、不意に乾いた笑いを発した。
「それほど、俺は変わったと言う事か。」
オールフェスは何気ない口調で言うと、そのまま目を閉じた。
彼の心中では、2年前にはあった南北大陸統一という意気込みは、既に消えていた。
1483年(1943年)7月3日 午後9時 シホールアンル帝国ウェルバンル
「ふむ、なんとか合格じゃな。」
侍従長のブラル・マルバは、メイド達が行った掃除の点検を終えるや、やや明るい口調で背後で返事を待つ5人のメイドに言った。
「ようやく、出来るようになったの。この調子で、明日も頑張っておくれよ。今日の業務はこれにて終了。」
メイド達はほっとしたような表情を浮かべながら、マルバに一礼した。
マルバは、この帝国宮殿の侍従長を長年勤めており、普段は厳しい侍従長として他の侍従やメイド達に恐れられている。
しかし、ただ単に恐れられているわけではなく仕事以外の時には陽気な好々爺として振舞っている。
このため、マルバは皆から恐れられながらも尊敬を集めていた。
彼の仕事熱心ぶりは有名であり、オールフェスですらマルバには容赦なく注意される。
オールフェスは、俺が怖いのはアメリカ軍とマルバの説教だなと
メイド達が自室に戻って言った後、会議室のドアが開いた。
中からは軍の高官達が出て来た。6人の高官は、いずれもが疲れた表情を浮かべながらも帰っていった。
高官達が帰った後、会議室から1人の男が出て来た。
「陛下。」
マルバはゆっくりとした足取りでオールフェスに近付いた。
「ああ、侍従長か。」
「長い間話し合われて、お疲れになったでありましょう。」
「ああ、疲れちまったよ。」
オールフェスは苦笑しながら腕を回したりする。
マルバから見た限り、オールフェスの表情は固くなっていた。
それもここ最近は、オールフェスは前みたいに心の底から笑ったりしなくなった。
笑うとしても、無理に笑っているようにしか見えないのだ。
「一国の王ていうのも、なかなかの重労働だぜ。」
オールフェスはおどけた口調でマルバに言う。調子は別段悪くは無いようだ。
「陛下は、ここ最近休息を取っておらぬようですが・・・・どうでしょうか、機会を作って少し休まれては?」
「休む?とんでもねえよ。」
マルバの提案を、オールフェスは断る。
「侍従長の言う事は正しいが、前線では俺の国の兵隊が、あのアメリカ人共と戦っているんだ。休み無しでな。
そんな奴らがいるのに、俺だけパーッと遊んでくるか!なんて出来ないよ。やるとしても、そこら辺の散歩が関の山さ。」
オールフェスはそう言って、ニヤリと笑みを浮かべた。
「そうですか。分かりました。」
「ああ。まあ、気持ちだけは受け取っておくさ。じゃ、俺は寝るよ。」
オールフェスは、自分の寝室に向かっていった。
マルバは、先代皇帝が即位した時から宮殿の侍従長を勤めてきた。
オールフェスとは彼が生まれた時からの付き合いであり、若い頃はオールフェスにさんざん振り回されて来た。
そのため、オールフェスが何を思っているかは彼の表情や、動作ですぐに分かる。
この時も、マルバはオールフェスが疲れていると確信していた。
一見軽やかに見える足取りも、通常時と比べてどこか重いように見える。
(アメリカと言う国が現れてから、陛下は元気が無くなりつつある。)
マルバは、オールフェスがそのようになった原因が、アメリカにあると確信していた。
南大陸を制圧中に突然現れた異界の国、アメリカは、シホールアンルと真っ向から勝負を挑んで、味方の軍を次々と打ち破っていると聞いている。
詳しくは聞いていないが、つい最近も北大陸南部の国、ウェンステルでアメリカが何かをやらかしたようだ。
今日の会議は、その事件に関する事で開かれたのだろう。
「陛下・・・・・」
マルバの悩みは、オールフェスが過労で倒れてしまわないかである。
広大な北大陸を統治する大帝国の王が倒れてしまえば、軍や国民に対する影響は計り知れない物となる。
そうならぬように、マルバを始めとする侍従達は自分の職務を果たすだけである。
無論、オールフェスが働きすぎて倒れるような事を防ぐ事も含めてだ。
「あまりご無理をなさらぬように・・・・・」
マルバは不安そうな表情を浮かべて、囁くような声音で呟いた。
寝室のベッドに仰向けで倒れたオールフェスは、深いため息を吐いた。
彼は自分の髪を手で弄びながら、一言呟いた。
「ルベンゲーブ・・・・か。」
今日開かれた会議は、先に発生したルベンゲーブ空襲と、それに伴って行われたウェンステル北部の被害報告も兼ねて開かれた。
報告によれば、ルベンゲーブ空襲前に行われたウェンステル北部の爆撃で、ルテクリッピは数波の空襲を受けて軍港機能を壊滅させられた。
次に、ワイバーン発着基地があるブレクマヤが夕刻前に空襲を受けてこれも壊滅した。
これに対して、味方はワイバーン隊を使って敵機動部隊に反撃を行い、エセックス級空母1隻を大破させたようだが、敵の猛烈な反撃で
攻撃隊の半数以上を撃墜された。
そして、その翌日に行われた、アメリカ軍のルベンゲーブ空襲では、北大陸南部で最も重要な戦略拠点である魔法石精錬工場が大型爆撃機の空襲で破壊された。
魔法石精錬工場は全体の6割が機能を失うと言う壊滅的打撃を与えられ、ルベンゲーブの戦略的価値は失われてしまった。
特に頭が痛いのは、建造中の陸上装甲艦に搭載予定であった、特注の魔法石が全て失われてしまったことである。
これによって、3番艦以降の建造は困難となった。恐らくは建造中止になるであろう。
影響は陸上装甲艦の建造数縮小のみに留まらず、魔法石供給にも及んでいた。
ルベンゲーブで生産していた魔法石は、全体で2割と、割と少ないように見えるが、この2割と言う数字は意外に馬鹿にならない。
現在、北大陸には、シホールアンル本土に5箇所、被占領国3箇所存在している。
被占領国の3箇所には、先日に大空襲を喰らったルベンゲーブを含まれている。
ルベンゲーブの魔法石精錬工場は、被占領国の中では最大規模のもので、シホールアンル本土にある精錬工場と比べても、大きな部類に入る。
その工場から吐き出す魔法石供給が無くなれば、自然に軍に搬入される魔法石も少なくなってしまう。
この問題に関しては、他の精錬工場で増産する事で対応する事が決まっているが、魔法石の供給不足は免れられない。
「それだけ、ルベンゲーブに負っていた所は大きい、と言う事だな。全く、毎度毎度、アメリカさんはいい仕事してくれるぜ。」
オールフェスは自嘲気味にそう言うと、くくっと笑った。
彼はここ最近、元から掲げていた目標を達成できないと思っている。
1474年3月。オールフェスのシホールアンルは行動を起こした。
侵攻前に、ヒーレリ、グルレノ、バイスエ、レイキがフレルとの交渉で軍門に下った後、長年、小国ながら侮れぬ軍事力を持つ
レスタンに50万の大軍で侵攻した軍は、5万の死傷者を出しながらもレスタンを2週間足らずで蹂躙した。
次のジャスオ並びにデイレア侵攻作戦では、同国軍が協力であった事や、南大陸が援軍をよこした事で占領までにかなりの時間がかかった。
だが、これらの国も81年の始めまでに占領を終えた。ウェンステルの占領も81年5月までに終え、後は南大陸に侵攻するのみとなった。
それまでに、シホールアンルは敵対国に対しては容赦の無い攻撃を行い続けた。
例え、軍人以外の一般民などが抵抗してきても、シホールアンル軍は全力を持って攻撃し、抵抗する物は降参しても殺し続けた。
正確には分からないが、北大陸統一戦争時にシホールアンルが奪った命は、1000万~2000万以上とも言われている。
国民は圧倒的な自国軍に熱狂し、いつしかオールフェスは英雄王と呼ばれるようになった。
10月に開始された南大陸侵攻作戦は、オールフェスの期待通りに進展し、早くて1年。
遅くても2年以内には南大陸を制圧できると思っていた。
英雄王が率いる軍隊ならば、南大陸なぞ一蹴できる。
誰もがそう思い、南大陸がシホールアンルに統治されるのも近いと確信した時、それらはやって来た。
アメリカ。
異界の国より呼ばれし未知の国・・・・
しかし、その未知の国は強かで、凶暴であった。
フレルの交渉をあっさりとつっぱね、こちらが行った奇襲にも驚くべき腕前で跳ね返す。
海軍は、竜母と同じ正確を持つ空母を主力としてシホールアンル海軍に立ちはだかり続けた。
レアルタ、ガルクレルフ、グンリーラ、ジェリンファ、2次に渡るバゼット海を巡る海戦。
この7大海空戦に、シホールアンルは負けるか、勝っても後味の悪い結果しか残さなかった。
そして、陸軍部隊はアメリカの圧倒的な火力差の前に惨敗している。
最近では、アメリカ陸海軍の装備する飛空挺が新しいものに変わりつつあり、再び前線の航空部隊は苦戦を強いられるようになっている。
「南大陸侵攻前に、俺は2年以内にカタがつくと言った。あれから既に1年半近く経ってるのに、俺達はカレアントで足止めを喰らってる。」
いや、敵の怖さは質だけではない。
オールフェスは思った。
最近気が付いた事がある。それは、アメリカ軍の量だ。
つい最近行われたルベンゲーブ空襲の際、アメリカは空母部隊も援護に出している。
ルベンゲーブ空襲後に、偵察ワイバーンの1騎が帰還中のアメリカ機動部隊を発見している。
今日の会議で、その時見つけられた敵空母の数を聞いて彼は耳を疑った。
偵察ワイバーンが見つけた敵空母は、総計で9隻。
うち数隻は新顔のエセックス級だという。
その時、初めてオールフェスは背筋が凍りついた。
数隻のエセックス級だって?こっちはやっと、ホロウレイグ級の3番艦と、ライル・エグ級の4番艦が配備されたばかりなのに・・・・・
アメリカの空母戦力は、当初6隻程度と見積もられていた。
しかし、蓋を開けてみれば、敵の機動部隊は当初の見積もりよりも余分に空母を投入していた。
出撃している9隻の空母以外にも、アメリカはヴィルフレイングに2隻の大型空母を停泊させている。
これらを纏めると、アメリカ太平洋艦隊は空母11隻主体の大機動部隊を有している事になる。
しかも、アメリカは11隻の主力空母の他に、6~8隻程度の低速小型の空母を保有している事が海軍側から報告されている。
そう、アメリカは半年強でこれだけの空母を投入してきたのだ。
それに対し、シホールアンル海軍は9隻の竜母を保有するのみだ。
また、アメリカは海上兵力のみならず、陸上兵力も大幅に増強しつつある。
南大陸に現在まで増強されたアメリカの地上部隊は、30万以上である。
9月までには50万に達する見込みで、今年中にはアメリカを含む南大陸連合の反攻が開始されるようだ。
これだけでも度肝を抜かれるのに、アメリカは更に、レーフェイル方面にも兵の派遣を計画しているとの情報が伝えられている。
片手ではシホールアンルを。もう片手ではレーフェイルを同時に相手取れるのだ。
ハッキリ言って、国力が違う。
心情的には認めたくない。しかし、認めざるを得ない事実だ。
その時、オールフェスは初めて、彼我の戦力差が開きつつある事を理解した。
「なんて贅沢な奴なんだ。アメリカって。」
オールフェスは後悔に心を苛まれた。
「お陰で、こっちの予定は滅茶苦茶に狂わされちまった。」
彼はそう言いながら、2年前を思い出した。
2年前は、他国の攻略も順調に進み、近い将来南北大陸が制圧できると確信していた。
今のように敵に対して思い悩む事など全く無く、毎日が楽しく思えた。
『あと少し。あと少しで、この大陸も平和になれる。』
自信満々にそう語った2年前の夏の日。
それから2年。今ではアメリカと言う常識を無視したような力を持つ国に、流れは変えられつつある。
「最前線の補給線は、海の中に潜む敵潜水艦に細くなる一方。陸の補給線は敵の爆撃やどこぞから沸いたゲリラに襲われて
これまた細くなる一方。お陰で、ループレング等の前線部隊には定数にも満たない分の物資しか送れない・・・・・・」
彼は小さな声でぼそぼそと言った。
脳裏に、今日の会議で聞いた、あの言葉が響く。
『前線を後退させ、反撃密度を高める方法もあります。これによって、伸びた補給路も短くなり、補給量も安定するはずです。』
陸軍側から出席したとある参謀の案だ。
その案は、前線を後退させるという物だ。要するに、軍をカレアントから退けという事だ。
「後退・・・・か。今までなら、話すら聞かなかったんだが。」
北大陸統一時、軍が危ない場面は何度もあった。
その度に後退案が出されたが、オールフェスは話すら聞かなかった。
逆に増援を送って無理やり作戦を成功させている。
しかし、今日のオールフェスは、その参謀の話を聞き入っていた。
「その話に聞き入ってたな。俺。」
彼はそう呟くと、不意に乾いた笑いを発した。
「それほど、俺は変わったと言う事か。」
オールフェスは何気ない口調で言うと、そのまま目を閉じた。
彼の心中では、2年前にはあった南北大陸統一という意気込みは、既に消えていた。