自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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自衛隊がバスラに寄港してから、約二週間たったある日の事。輸送艦内の会議室では
司令部による特別ミーティングが開かれていた。もちろん定期的にもこれ以外の会議や
集会等は開催されるが、今回の会は幾つかの面で特別な意味を持っていた。

「今回の議題だが、まずは隊員の士気低下について話し合いたいと思う」
この会議の議長を務めている芝尾は、参加者の顔を見渡しながら言った。
最初から重いので来たな、と他の面々は少し暗い顔をした。

バスラ寄港から二週間が経ったと言うことは、それ以前の状況から通算すると、
自衛隊派遣部隊が日本から離れて一月程の時間が経っているのだった。だから今回の
会議の日取りは、いわば節目のようなものだった。

そして一月の間に起きた様々な事態をまとめ、それに基づく事項を考慮・決定する
という意味でも、この会議は特別な物だった。そんな会議の性格上、最初に重い
テーマが来るのも仕方が無いのだった。

「では現状についての報告を頼む」

芝尾に促され、側にいた士官が紙を持ちながら報告を始める。
「船医室からの報告では、現地到着からこれまでの間にノイローゼと幻覚症状、
それに鬱病兆候の見られる隊員が大幅に増加し、総数は70人近いそうです」


最初の報告は、ひどく重苦しいものであった。70人と言うことは、つまり
少なくとも全体の一割が精神の平衡を失いつつあると言うことだ。

更に悪いことには、これは表面的な数値でしか無いのだ。船医に届け出ない者は当然いるし、
これからもっと患者が増える可能性はある。だから現状の一割は、明日の二割三割かも
知れないのだ。

「それと不注意から来る怪我や、ストレス性の病気も増えているそうです。
これらの状況から、隊員の心的負担は大分増えていると見て良いでしょう」

注意散漫、行動の混乱、胃潰瘍から痔の悪化に到るまで様々な心因性の病気が
広がっている、と言う訳だった。

士官の感情のこもらない声に、他の出席者は暗い顔をした。状況は余り良くなかった。
まともな医療を受けるには、今のところ護衛艦・輸送艦の船医室に行くか陸自部隊の
医官に見て貰うしか方法が無かった。そして患者は日に日に増えている。

つまり今の状況が続けば、医療体制が崩壊しかねないと言うことだ。そうなれば
環境は一気に悪化するだろう。それに現状でも既に弊害が出始めている。幹部
士官への不満のうっ積、愚痴を言う者と聞かされる者の悪循環などがそれだった。

「会計課からの報告です。現在日用雑貨の確保率は3割程度と、低い数値です。
割合が低い原因としては、根本的に入手が出来ない物や、生産技術の限界で
値段が高い物が多いためです」

日用品の確保は、士気を維持する為の第一歩である。満足に尻も拭けず歯も磨けない
ような所では、人のやる気は確実に衰えるからだ。特に今回の状況では、たとえ隊員に
死の覚悟は有っても、補給が断たれる覚悟は成されていない。

「嗜好品類の入手は比較的順調です。酒やコーヒーなど習慣性の有る物も
入手できたのは幸運でした。まあ、豆は二級品ですが」

イスラムでは禁酒が原則だが、イスラム教徒ではない商人や住人向けに酒は取り
扱っていたし、規制が厳しくない土地では酒を飲むことも可能だった。

コーヒーも発見当時は薬用・携帯食として使われていたが、その内に煮出した汁を
飲むことが考案され、アラビアにも流通していったのだった。

「生鮮食料は全く問題有りません。供給量と質は良いレベルです。値段は現状でも
大丈夫ですが、もう少し交渉の余地もあります」

流石に海港都市だけあって、地元の魚貝類から各地の野菜類・肉類の供給は豊富だった。
食料の買い付けに困ることは全くなかった。

「会計課からの報告は、以上です」
士官が締めくくりの言葉を述べると、場に明るい空気が流れた。何もかもが悪いこと
だけでもない、その事は喜ばしいことだった。

「次は外交班からの報告です」
そう言って立ち上がったのは、士官ではなく事務官であった。長身痩躯といった身体
つきだが、瞳と口許は良く引き締まっていた。角刈りに近い頭をしているので
ひ弱といった様子はない。むしろインテリヤクザ風味である。
3
「外出計画は現在、三回目を行っています。第一回と二回の反省点は、一度に移動させる
人数が多すぎたこと、それに対する誘導員の少なさが挙げられます。それを踏まえて
今回は許可人数を十人ほど削りました。しかし随員の少なさは、どうしようもありません」

外交班というのは、司令部内に置かれた新設の組織である。大使館もNGOもない状態で
商人らや町民との関係を保つ為に、派遣部隊はこの組織を結成したのだった。
アラビア語の会話が出来る者を集めて編制された、いわば苦情係兼顔つなぎである。

もっとも現地の言葉を流暢に話せる者は、そう数がいない。一般大出でアラビア語学を
学んでいた者や、土地交渉で族長と渡り合うべく来ていた者などしかいないからだ。
中東に子供の頃住んでいた、などという者は数的に少なすぎたのだった。

「会話教育も行っていますが、進渉状況は良くありません。何より問題なのは、今は
我々もかなり苦労しないと喋れない事です。まずそこからなんとかしないとなりません」
そう言いながら、彼は苦々しい顔つきをした。といっても見た目はガンを飛ばすヤクザだが。

「山村事務官は普通に会話していたが、何か問題でもあるのかね?」
横から出席者の望田が質問をする。寄港一日目から貴族との会話が成立していた
訳だから、喋れないというのは奇妙な話だった。

「アラビアの話し言葉には、日本語でいう文語と口語があるのです。文語は殆ど
変わらずに伝わった部分もありますが、口語はだいぶ違う言葉なのです。大和言葉と
現代口語が違っているのと同じですね。多分その時は、文語で喋ったのでしょう」
望田の疑問に対して、彼は淀みなく解答を返した。

「なるほど、そういうことか。では満足のいくレベルになるまで、一体どれくらい
掛かりそうかね?」
片言しか喋れない繋ぎ役では、やはりどこかに不安が残る。そういった思いも
込められた調子で、望田は彼に聞いてみた。

望田の言葉に、彼はきっぱりとした口調で応えた。
「全く分かりません。先程申し上げた文語ですら、変わらず伝わったのは文法などだけで、
それ以外の部分は簡略化して再編されたものなのです。しかも、この時期はまだ完成されて
いないので、その穴埋めから始めなければならないのです」

「分かった。議長!この件に関して、後で討議をお願いします」
溜め息を付くような調子で、無表情に望田は言った。そして彼は心の中でこう思った。
全く、意志の疎通さえこれほど困難とは。とんでもない所に来たもんだ、俺達も。と。

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