自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

09 第9話:ハードミッション(中編)

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2004年5月22日18時00分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 29階トイレ
 2人のテロリストは慎重にバリアフリーのトイレに入ってきた。誰もいないことを確認して、深呼吸した。携帯無線を取り出して誰かに報告している。
「こちら29階。人質は全員4階に移送しました」
「了解。屋上班に任せて4階に降りてこい」
 点検孔から天井裏に隠れた村山とドローテアは息を潜めて様子をうかがっている。無線交信を終えたと確認した村山は点検孔の蓋を思い切り蹴った。頭上からいきなり落下物に襲われた2人は驚いている。
「行くぞ!ドローテア!」
  村山は素早くトイレに飛び降りると、銃を構えようとするテロリストのバックを取って首を締め上げた。それを見たもう1人はあたふたと銃を向けようとする が、彼に続いて飛び降りてきたドローテアが手にしているヒールで顔面を殴られて昏倒した。村山はテロリストの持っていた無線機のイヤホンを耳にはめてみ た。
「3階以上の全員を確保!3階の人質はレストランに、その他の人質は4階のパーティ会場に移しました」
「秘密兵器の威力は抜群です!警察と自衛隊の部隊を撃退しました!」
 次々と入ってくる報告に村山は背筋が寒くなった。ドローテアは状況がいまいちわからないようできょとんとしている。
「村山殿、いったい何が起こったのだ?」
 倒した2名のテロリストが持っていたスコーピオンSMGと予備マガジン、そして無線機を奪った村山はそのうち1挺をドローテアに渡した。
「テ ロだ。おそらく、県知事も王様も捕まった。バルクマンも重岡も捕まったと思った方がいい。こいつらの持っている銃は、チェコという国の銃だ。説明が長くな るから省くけど、この国じゃテロをする連中がよく使う銃だ。とすれば・・・、内通者がいるな。ドローテア、王様の警護に就いていた連中はみんなダンカン公 の部下だったか?」
 素早い村山の質問に少しうろたえながらも、ドローテアは自分の記憶を掘り起こして答えようとした。たしかに、王の警護は全員 ダンカン公の騎士が担当していた。とすれば、安易に王がテロリストの手に落ちるはずがない。王を含めてあっさりみんな捕まったとなると、警護の騎士が同調 したとしか思えなかった。
「だったらダンカンってのもぐるだろう。それに、携帯電話も無線も盗聴されている。当分助けは来ないぞ」
 村山の推測はある程度の事実に基づいていた。さっきのテロリストの交信。自衛隊と県警を撃破とは、彼らの無線や携帯の通話を傍受していないと不可能だ。
「これからどうする?」
 ドローテアの質問に村山は悩んだ。今は2人だけ。しかも2挺の銃と弾薬だけ。もしもダンカン公の騎士が本当にこの事件に荷担していれば、敵の数が多すぎる。
「少しここで様子を見よう。敵も王を人質にするくらいだ。そう簡単に殺しはしないだろう。きっと何か要求なり、アクションを起こすはずだ。」

同時刻 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 4階ホール
  テロリストのリーダー、田中は状況に満足していた。彼のそばでは数台のノートパソコンを操るメンバーが自衛隊と警察、一般市民の無線や、携帯電話の通話を すべて傍受している。おかげで、県警と自衛隊の動きを封じることができた。田中のメンバーは50名いたが、この直接行動とアジェンダ亡命に異議を唱えた数 名を「総括」しなければいけなかった。おかげでメンバーは43名になってしまったが、東亜興産のドボレク社長のおかげで、まんまとこのホテルの臨時バイト として潜り込むことができた。彼らは銃などの機器を分解して持ち込んでいた。それを前日に組み立てていたのだ。
 ドボレクが旧東側製の武器をどこ から仕入れたのか、そして秋葉原のなくなった現在、盗聴機器や監視カメラなどをどうやって入手したのか。そんなことは彼らには関係なかった。ヤミ金融をし ていれば暴力団関係者などともつながりができる。そのあたりから買いあさったんだろうことは容易に推測できる。
「よし、声明を出せ。日本にはガシリアからの自衛隊と、関連企業の撤退。ガシリアにはアジェンダとの即時講和を要求しろ。そして、我々のアジェンダ亡命を受け入れろと。24時間以内にこの要求が実行されない場合、王と知事の命は保証できないとな」
  ドボレクは田中にアジェンダから戦果を逃れてやってきた哀れな商人を演じていた。田中にとって、憲法の制約のなくなった自衛隊が暴走することは目に見えて ていた。それを防ぎ、好戦的なガシリアを止め、滅亡の縁にあるアジェンダを救い平和を取り戻すのは彼らの使命に思えたのだ。
 だが、それは彼らの思考の中での話で、実際は全然違うのだが、長年、そういった思想を受け入れてきた田中にとってはそれが真実だった。そしてそれを支援するドボレクは強力な「同志」だった。
「さあ、声明を権力の犬に送ってやれ!」
 田中はホールに集められた「権力」に屈した犬を見つめながら叫んだ。俺は今、この世界を革命するために戦っているのだ。平和のためには、それを乱す連中は皆殺しにしても構わないし、許される行為だ。そう思えた。

同時刻 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 28階レストラン
 ガルシア大尉は懐に忍ばせていたベレッタ92Fを構えてトイレの中にいた。携帯電話でどうにかホテルの外に逃げ出したワドル大佐に状況は報告した。だが、それだけではこの事件は解決できそうになかった。
「ああ、ドローテア・・・。いったいどこにいるんだ・・・」
 彼が最も心配なのは彼女のことだった。こんな大事件を、捕まった浅川知事を欠いて自衛隊や県警の連中に解決できるとは、楽観主義的なガルシアでもとうてい思えなかった。だとすれば、方法はこれしかない。
彼は携帯を再び取り出すと、沖縄にいる副官、ホプキンス曹長を呼び出した。
「サー!いかがされましたか?」
 電話口の向こうで屈強な黒人曹長の声が聞こえた。
「小倉のホテルに至急、強襲部隊を送り込め。君が指揮しろ。俺の大事なドローテアの一大事だ。ワドル大佐の了承は得てある。相手は学生の運動家だ!容赦するな!俺の命より大事なドローテアに指一本ふれさせるな!」
「サー!イエス!サー!すぐに出発します!テロリストの尻の穴に(以下自粛)してやります!」
 電話を切ったガルシアは手に持っているベレッタのマガジンをチェックした。軽くネクタイをほどくと深呼吸して戦闘モードに頭を切り替えた。
「愛するドローテア、君のためにこの命、捧げてもかまわないぞ・・・」
 ひとりごちるガルシアの耳に、数名の足音が聞こえてきた。

同時刻 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 29階トイレ
 とりあえず、当座の武器を手に入れた村山とドローテアだが、トイレから動くことができないでいた。何しろ、情報が少なすぎるのだ。その時、階下から銃声が聞こえてきた。
「村山殿・・・」
  ドローテアの言葉に村山も反応していた。スコーピオンのマガジンを点検するとトイレから飛び出した。誰もいない。みんな階下に連行されたようだ。村山が安 全を確認すると、ドローテアは彼女の身体を包んでいるイタリア製のイブニングドレスの裾をつかむとおもむろに引き裂き始めた。
「おいおい!何してんだよ?」
 びっくりする村山に、太ももまで裾を破ったドローテアは笑いかけた。
「この方が動きやすいのでな・・・」
  アップにした金髪に足を露わにした真っ赤なイブニングドレス。それにサブマシンガンを構える姿はほとんどB級アクション映画のヒロインみたいだった。それ を見て村山は苦笑すると、銃を構えて螺旋状の階段を慎重に下り始めた。銃撃戦が発生するということは、少なくとも武器を持った味方が残っているということ だ。床が絨毯なのは幸いだった。革靴でも足音がほとんど聞こえない。
「後ろをしっかり見ててくれ・・・」
 ドローテアに言いながら村山は28階に降りた。28階は鉄板焼きの和食店などが入っているレストラン街だ。その一角、トイレを挟んで、テロリストとダンカンの部下が数名見えた。トイレに向かって銃撃し、騎士は突入の機会をうかがっているようだ。
「どうやら、追いつめられているようだな」
「一気に倒すぞ・・・」
 村山とドローテアは足音もなく接近し、遮蔽物に身を隠した。敵が彼らに気がついていないことを確認すると、彼は指で合図を送った。
「3、2、1・・・・」
  2人の一斉の銃撃はテロリストと騎士をあっという間に全員撃ち倒した。村山とドローテアは新手が来ないことを確認してゆっくりとトイレに近寄った。死んだ テロリストからスコーピオンの予備マガジンをちょうだいする。1人はトカレフを持っているのに気がついた。村山はそれをスーツのベルトに挟んだ。トイレは 辺り一面砕けたタイルだらけだった。タイルがはげた壁の奥から、ガルシアがひょいっと顔を出した。

「あっ!我が愛しき太陽、ドローテア!無事だったのか!」
 ガルシアはドローテアを抱きしめようとしたが、彼女はそれをひょいっとかわした。ガルシアはちょっと不満そうな顔をしたが、村山に気がつくと彼の顔をじっと見つめた。
「君は、サラミドで会った日本人だな・・・?たしか、村山とかいったな・・・」
 自己紹介の暇はなかった。村山の耳にはめた無線のイヤホンからリーダーとおぼしき男の声が聞こえている。
「山口、応答しろ!28階で携帯を使っていたのは誰だ?」
「ガルシア大尉、ひょっとして携帯電話を使ったのか?」
 自己紹介ではなく、質問をガルシアに投げかける。彼は最初はぴんとこないようだったが、彼の質問の意味を察すると顔をしかめた。
「沖縄から応援を呼んだ。ヘリで到着するはずだ」
 村山はまずい、と思った。携帯を盗聴し、無線を傍受しているとなると屋上に何か仕掛けているはずだ。当然、それを守るため+ヘリボーンを防ぐために敵もそれなりの警備をしているだろう。早くしないと彼の部下も、おそらく投入されるだろうSATも危険だ。
「俺とドローテアで屋上のアンテナを壊す。ガルシア大尉は手当たり次第、敵を倒して動き回って欲しい。」
 一介の探偵の提案に、誇り高い海兵隊員は顔を真っ赤にして抗議した。
「な、なんで私がドローテアと離れなければいけないんだ?」
「ガルシア大尉、そなたの力を見込んでお願いしているのだ。」
 うまいタイミングのドローテアの言葉に、ガルシアも不承不承オッケーを出した。携帯無線を受け取って、周波数を変えた。どうせ聞かれている可能性は高いが、無防備で使うよりはましだろう。
「集合場所は?」
 ガルシアはドローテアの表情を観察しながら聞いた。この村山という男。いつも彼女にくっついている。ガルシアにはそれが気にくわなかった。いまいちぱっとしないこんな男がドローテアの思い人だった日には、彼のプライドはずたずたになるだろう。
「15階のトイレでどうだ」
「よかろう。村山、ドローテアを危ない目に遭わせてみろ。私がおまえを絞め殺してやるからな」
 挑発めいた言葉をはなつガルシアに村山は肩をすくめて笑った。
「そうなったら、あんたに絞め殺される前に、俺の大事な部分が潰されることになるさ・・・」

2004年5月22日18時16分 北九州市小倉北区浅野 JR小倉駅 警備本部
「えええ!?SATを投入する?」
 岩村の決断に丸山と田島は驚きを隠せなかった。だが、これに対する対案を彼らが持ち合わせているわけではない。岩村は言葉を続けた。
「一刻も早く、ホテルに橋頭堡を確保し、国王と浅川先生を救出すべきです。それが今すぐに実行可能なのは、我が県警のSATしかありません」
 その時、警官が本部に駆け込んできて1枚の紙を岩村に渡した。それを見た岩村が表情を暗くした。
「犯人側からの声明です。日本にはガシリアからの自衛隊と関連企業の撤退。ガシリアにはアジェンダとの即時講和を要求・・・?犯人たちのアジェンダ亡命受け入れ・・・。24時間以内にこの要求が実行されない場合、王と知事の命は保証できない・・・。なんだこれは!」
 丸山が声明文を読み上げて絶句した。こんなもの、とうてい受け入れられるはずもない。こいつら本気でこんな要求が受け入れられると思っているのか?岩村はため息をついた。
「こんな要求、検討にも値しません。やはり、SATの迅速な投入しかなさそうですな」

2004年5月22日18時19分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉上空
 ヘリで待機していたSATに降下命令が下った。隊員たちは一斉にH&KMP5のマガジンを装着した。赤外線暗視スコープを装着してシステムチェックを行った。
「いいか!屋上に降下してA班は階段で階下へ、B班は壁から4階まで降下。誤射に気をつけろ。犯人は容赦するな。全員射殺でかまわん!」
 隊長は厳しい声で命令すると、彼自身のMP5にもマガジンを装着した。ヘリは旋回してホテルの屋上を目指している。隣で緊張している隊員に隊長が冗談めかして言った。
「安田講堂を思い出すなぁ!」
「まだ生まれてないですよ!」
 冗談の通じない部下を不満げに見てから、隊長は屋上の様子を観察した。様々なアンテナや設備があちこちにあって視界が効きにくい。
「た、隊長!」
 横の部下が素っ頓狂な声をあげた。その理由がすぐ隊長にもわかった。
「SA-7だ!か、回避しろっ!」
 なんで学生がそんなモノ持っているのかわからないがとにかく、今自分たちに向けられているのは間違いなく、旧東側の対空ミサイルだった。
「だめだ!間に合わない!」
 ホテルの真上で急旋回するヘリはまったく無防備だった。それに向けて、SAー7はまっすぐに飛んでいく。
「う、うわぁぁぁぁ!!」
 隊員の絶叫と爆発はほとんど同時だった。

同時刻 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉屋上
 屋上に出た村山とドローテアを迎えたのは大きな爆発だった。
「くそっ!遅かったか・・・」
 遅かれ早かれ、岩村がSATを投入するとは思っていたがここまで決断が早いとは思わなかった。思案を巡らせる村山の耳に銃声が聞こえてきた。
「村山殿、あそこのようだ」
 ドローテアの指す方向に数名のテロリストが見えた。パイプを乗り越えて慎重に敵の背後に回り込む。だが屋内の絨毯とは違ってコンクリートの床では足音が消えない。
「後ろにもいるぞ!」
 とたんに銃弾が村山とドローテアに撃ち込まれる。彼女の頭を押さえて近くに隠れた。完全に射すくめられる格好になってしまった。
「くそ!動けねぇ!」
 思わず悪態をつく村山に、テロリストと銃撃戦をしている人物から声がかけられた。
「目と耳をふさげ!」
 その声と共に、テロリストに何かが投げられた。それが何であるか瞬時に判断した村山はドローテアの目をふさいだ。直後、閃光と爆音が周囲を襲った。
「わああ!」
 とたんに銃撃がやんだ。村山がそれを確認してテロリストに発砲した。フラッシュグレネードを投げた人物も発砲しているようだ。すぐにテロリストは全員射殺された。死体の傍らに発射されたSA-7が墜ちていた。こんなものを学生が持っているなんて誰も予想しないだろう。
「自衛隊か・・・・」
 テロリストと銃撃戦を繰り広げていたのは谷口という若いSAT隊員だった。爆発するヘリから放り出されたようで、足を骨折していた。村山の助けでどうにか立ち上がることができた。
「ちくしょう・・・我々は何が劣っていたと言うんだ・・・」
「劣っちゃいない。まさか、学生運動の連中が対空ミサイルまで持ってるなんて誰も予想していないだろ」
 村山の言葉に谷口は自分を納得させようとするかのように頷いた。が、悔しさはひとしおであろう。とにかく、動けない彼を29階のトイレに移すことにした。

2004年5月22日18時23分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 4階メイン会場
 屋上班からヘリを撃墜したと報告の入った後、彼らからの連絡が途絶えた。28階で携帯電話を使った人物を捕獲に向かったグループも連絡を絶った。声明を送ったがまだその返答はない。当局は強行突入を試みる上に、捕まえ損なえたネズミまで暴れ回っている。
「ひょっとして無視するつもりか・・・」
 田中はひとりごちた。ひとかたまりに集められた200名近い人質を見やって、彼は決断をした。あのヘリにはおそらく、県警のSATが乗っていたはずだ。要求を出して数分で強行突入を試みるとは・・・。
「おい・・・!」
 彼は近くのメンバーを呼んで耳打ちした。それ聞いたメンバーは驚いて彼を見返した。だが、田中の決意を見たメンバーはかすれた声を出して「了解」と答えて行動に移った。
「おまえ、おまえ、それにおまえだ・・・」
 人質の中から適当にピックアップして呼びつける。人質からざわめきが聞こえてきた。
「なに?いったいなに?」
 美雪がうろたえたように重岡に聞いてきた。重岡とて、何がこれから起こるのかはわからない。ざわめく人質たちに、リーダーの田中が声をかけた。
「県警が先ほど、我々の送った要求に応えずに、SATを送り込んできた。だが、我々は彼らを撃破した。今選んだ連中には、我々の要求を無視した当局の行動に対する報いを受けてもらう」
 田中の言葉の意味するところが理解できた人々は思わず凍り付いた。選ばれた人々、主に県警関係者と在日米軍だったがは、絶望の表情を浮かべている。
「連れて行け!」
 数名の不幸な人々がドアの外に引き立てられた直後、銃声が立て続けに聞こえた。美雪は思わず恐怖で重岡にしがみついた。
「バルクマン、助けて・・・」

同時刻 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 3階レストラン
 3階のレストランでも数名の人質が選ばれて壁際に引き立てられていた。ここでも人々はざわついているが、トカレフを持ったこのグループのリーダーらしき学生が、壁に立たされた人質に銃を向けると静まり返った。
「美咲殿、見てはいけません!」
  バルクマンはこれから起こるであろう事を悟ると美咲を抱きしめた。小さな子供でもこの雰囲気を察したようで、バルクマンの手の中で震えている。銃声は3発 聞こえ、壁際には3名の死体が転がる。そんな2人を1人のテロリストがじっと見つめているのに気がついた。てっきり、バルクマンの顔に気がついたのかと 思ったが、彼はじっと美咲を見ている。
「おい、あの子供・・・」
 彼が近くのメンバーに話しかけるが、話しかけられた方は首を傾げてい る。バルクマンはその光景に何となくイヤな予感を感じた。その一方でホールの警官と自衛官は互いに目を会わせあっている。このホールのテロリストは6名。 騎士はいない。人質は60名ほどだった。ホールの扉は固く閉じられて、外の様子は伺い知ることはできない。彼らはチャンスをうかがっていた。
「バルにいちゃん、これからどうなるの?」
 不安そうに聞いてくる美咲に、バルクマンはいつもと変わらない笑顔を投げかけてやった。
「私がついているんだから、大丈夫ですよ」

2004年5月22日18時54分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 屋上
 谷口を29階のトイレに隠して、再び屋上に登った。アンテナを破壊するためだ。どのアンテナでどのように携帯を傍受しているかはわからない。片っ端から壊してしまえば構わない。
「携帯の電波を探知されたら身動きがとれないからな・・・」
「とにかく、早く王を救出せねば」
 焦るドローテアを村山は落ち着かせた。王を救出するにはいくつか手順を踏まなくてはいけない。ガルシアの呼んだ海兵隊は少なくとも3時間はかかる。人質は3,4階にすべて集められ、100名近いテロリストがホテルのあちこちをうろうろしている。
「まずはそのためにもアンテナをぶちこわすんだ。」
 そう言って村山は目に付いたアンテナ類を片っ端から壊し始めた。ドローテアも銃を構えて警戒している。
「来たぞ!」
  ドローテアは近くに現れたテロリストを撃ち倒しながら叫んだ。どうやらアンテナを壊したことは成功のようだ。彼らが急いで屋上に来たことがその効果を証拠 づけていた。複雑なパイプ類やコンクリートの遮蔽物の影から騎士が剣を振りかざして斬りかかってくるが、村山とドローテアは冷静に彼らを撃ち倒しながら、 移動してはアンテナ類を壊していった。
「まずい!行き止まりだ!」
 村山の歩が止まった。彼の数歩先には地面はなく、130メートル下の市街が見えるばかりだった。2人は消防用のホース小屋に隠れて、突撃しようとする騎士を数名撃ち倒した。
「くそ!数が多すぎる!」
 ドローテアがマガジンを交換しながら、珍しく悪態をついた。それを援護するように村山は彼女に銃を向けるテロリストを4発撃ち込んで倒した。だが、次の瞬間彼は恐怖の叫びをあげた。
「や、やばい!RPGだ!」
 RPGを抱えたテロリストが走ってくるのが見えた。あれを撃ち込まれたら2人は一巻の終わりだ。慌てて村山は周りを見回したが、武器になるモノは何もない。
「ど、どうするんだ?」
 せかすドローテアの言葉を受けてもどうにもならない。テロリストはRPGを持つメンバーに村山たちの隠れている場所を指し示している。
「ちくしょう!」

 村山は意を決すると消防用ホースを取り出した。映画で見た方法だが、今の彼にはこれしか生き残る方法を思いつかなかった。彼はきょとんとするドローテアを抱き寄せて2人の腰にホースを巻いた。
「一体何を?」
 スコーピオンを肩に引っかけながら、村山は彼の意図を読めないドローテアの唇をいきなり奪った。突然の彼の行為に目をぱちくりさせるドローテアに村山はひきつった笑顔を見せると静かに言った。
「お詫びの印だ・・・」
「お詫びだと・・・?」
 理解できないという表情のドローテアを抱いたまま、村山は深呼吸して地上130メートルの屋上からダイブした。それとほぼ同時に、RPGが発射されてホース小屋は轟音と共に吹き飛んだ。
「飛び降りた?」
 撃ったテロリストも村山たちの行動を理解できない。粉々になったホース小屋に2人の影はなかった。ただ、カラカラという音と共にホースが繰り出されているばかりだった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「む、む、む、む、村山殿、な、な、な、な、なんてことをぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 村山とドローテアは絶叫しながら空中を落下していった。15,6階に達したところで2人は腹をぎゅっと締め付けられた。ホースがいっぱいに伸びて落下が止まったのだ。
「こ、こんなところでぶら下がって、どうする?」
 息も絶え絶えなドローテアの質問に答えることなく、村山は靴で窓ガラスを蹴った。今度は2人の身体は横に大きく振られだした。
「おい!見ろ」
 窓の向こうには数名の騎士がいる。村山がガラスを蹴った音に気がついたようで騒いでいる。その村山はスコーピオンを構えて窓に向けて引き金を引いた。窓越しに騎士たちが血を吹き出して倒れた。
「いくぞお!」
 ひびの入った窓に向けて、空中ブランコの要領で勢いをつけた村山は思いっきり蹴りを入れた。窓は粉々に砕け、2人の身体は柔らかい絨毯の上に投げ出された。
「は、早く・・・。ホースをほどかねば・・・」
 ドローテアが慌ててホースをほどいて2人はようやく自由になった。極度の恐怖でぐったりとした2人は客室であろう、暗い一室の床にへたりこんだ。やっとのことで呼吸を整えたドローテアが言葉を発した。
「村山殿・・・・、死ぬかと思ったぞ・・・」
「俺も自分でやっといてあれだけど、やばいって思った・・・」
 気の抜けた声で村山がどうにかそれに答えた。

2004年5月22日19時22分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 3階レストラン
  バルクマンは不審に思っていた。さっきからテロリストの1人がしきりに美咲の顔を眺めている。彼はスーツに着替えた際に靴下に隠したタガーを確認した。彼 もさっきから何度も目配せする警察官や自衛官に加わっていた。隙をうかがって一気に武器を奪おうとしているのだ。だが、そのタイミングがなかなか見つから ない。一方、しきりに、美咲を見ていたテロリストは何か決心したのか、無線でリーダーを呼んだ。
「田中さん、3階の人質の中に新聞で見た自衛官の娘が混じってます」
 彼はイヤホンでリーダーの指示を聞いているようだ。バルクマンは身を固くした。美咲が重岡の娘とばれたら、彼らの交渉に利用されてしまうだろう。やがて、交信を終えたテロリストがトカレフを手に、2人のところに歩いてきた。
「来るんだ!」
 テロリストは美咲の腕をつかんで無理矢理バルクマンから引き離そうとした。思わず彼は身構える。
「まだ子供だぞ!」
 抗議するバルクマンにトカレフを向け、彼は無理矢理美咲を引っ張って人質の集まりから出た。
「バルにいちゃん、助けて!」
 叫ぶ美咲に室内にいるテロリストたちの視線が集中した。その時だった。自衛官、警察官が一斉に6名のテロリストに飛びかかった。アイコンタクトを取っていなかった人々もそれを見て次々と彼らに加勢する。
「あっ!」
 美咲を捕まえたテロリストもそれに気がついてドアを開けようとしていた手を止めて振り返った。それを見たバルクマンは立ち上がって、隠していたタガーを構えた。彼がタガーを投げるのと、テロリストが発砲するのとほとんど一緒だった。
「がっっ!!」
 バルクマンの投げたタガーは拳銃を持つテロリストの首をまっすぐに捕らえていた。他のメンバーを襲った人質たちも彼らから武器を奪っていた。自分を捕まえる手がゆるんだのを見て美咲はバルクマンに駆け寄った。
「バルにいちゃん、怖かったぁ!」
「美咲殿、お怪我はありませんか・・・?」
 しゃがみ込んで走ってきた美咲を抱きしめながらバルクマンが言った。彼女はそれに答えずに泣いている。どうやら怪我はないようだ。
「よかった、どうやら無事なようですね・・・」
 そう言うと、バルクマンは力無く床に手をついた。銃を奪って周囲を警戒していた警官の1人が彼の異変に気がついて駆け寄った。
「あっ!」
 バルクマンのシャツは彼の脇腹から流れる血で真っ赤に染まっていたのだ・・・。
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