848 名前:虚無への砲弾 ~異界の王~ 投稿日:2006/12/21(木) 23:40:13 [ e5PxrTYg ]
「大司祭様、ご再考願います。そのような手立てをすれば……危険すぎます!」
「止めるな司祭長よ、この手しか無いのだ」
半壊した、かつては荘厳であっただろう大神殿の中の祭壇。
その前で、1つの大秘儀が執り行われようとしていた。
「聖竜王が再び目覚め、あの魔王の想念を討ち滅ぼせるようになるまで後50日。だが」
白い法衣を着込んだ皺深い老婆の表情が、苦悩に歪む。
如何なる事態にも毅然として立ち向かった偉大な大司祭の表情に、年若き司祭長の表情が同じく苦悩を示した。
「それまで待とうものならば、この大陸は何一つ残らん。その後に聖竜王に魔王の想念が滅ぼされようとな」
「…………はい」
「あの魔王と呼ばれた魔法王が召喚された聖竜王に打ち倒されてはや30日」
「魔王が倒れた時、全てが終わったと思いました。ですが、まさかあのような存在が生まれるとは……」
「その30日の間にどれ程の国や街が滅ぼされたか知っておるであろう?」
「…………」
「十二賢者達は眠りについた聖竜王の覚醒に全力を挙げておる。彼等以外に、異界からの召喚を行えるのはもはや儂ぐらいしかおるまい。やるしか、無いのじゃ」
そう言うと、再度祭壇に向き直り、呪文を唱え始める。
途絶えてた呪文が紡ぎ始められると同時に、辺りに半円の陣形を組んでいた司祭と魔術師が詠唱を始める。
膨大な魔力が祭壇に集中し始め、同時に空間が歪み始めた。
(おお、見えてきた。もう少しじゃ……)
老大司祭の視界に、異なる世界の様相が映った。
無数の黒煙とその下で戦う鉄の化け物の群れが映った。
そして、彼女の世界が望む存在が。
大司祭は、ゆっくりと魔力を広げた。
戦闘はまさに佳境に突入していた。
戦闘開始からものの数分でソ連軍戦車隊はT-34/85を3両、JS-1を1両、JS-2を2両撃破されていた。
だが、彼らは損害に委細構わずE-79に砲撃を浴びせながら前進してくる。
凄まじいまでのドイツ人に対する敵意が、シュトライバーの意識にぶつかってくる。
「敵戦車、一部後退、我が車の側面へと迂回するもよう!」
「正面突進と側面への迂回戦術か、オクチャブリスキの連中と同じ目に遭わせてやれ。12時のJS-2、照準合わせ!」
「発射!」
発射ペダルを踏み込むと同時に、砲架がギシリと軋み轟音が鳴る。
一両だけのE-79が側面へ注意を回せないように正面から突進して来たJS-2の車体下部に128mm砲弾が突き刺さる。
砲塔部の避弾経始なら128mmでも上手く逸らせただろう。だが、度重なる対戦で、シュトライバー達はこの重戦車の弱点を熟知していた。
弱点を突かれたJS-2は呆気なく黒煙を吹き、122ミリ戦車砲D-25Tが項垂れるようにして砲門を地面に向けた。
849 名前:虚無への砲弾 ~異界の王~ 投稿日:2006/12/21(木) 23:41:39 [ e5PxrTYg ]
「両側面にロシア軍のエネジィが集中し始めた。地形を利用する、200Mほど後退せよ。遮蔽物として丁度良い廃墟がある」
「は、はい!」
この車長は時々周囲全ての地形と敵の配置を理解してるとしか思えない発言をするなと思いながら、操縦手はバックのギアを入れる。
彼の指示は大まか正しいからだ。それがどんな、エキセントリックな言動を包容していたにしても。
キャタピラを軋ませながら、後退していくE-79。
後退する先には、道を挟むようにして数件の廃屋が建ち並んでいる。
彼処に逃げ込めれば、側面からの攻撃を限定出来るだろう。そしてそれは、攻撃する側のソ連軍戦車隊にも解る事だ。
逃がすまいとばかりに、砲弾が飛来し車体を捉えようとする。その内の何発かは明らかにキャタピラを狙っていた。
E-79が如何に強力でも、足が止まれば装甲を備えた砲台に過ぎなくなる。
背面や側面を捉える事が容易になるし、攻撃機を呼べば直ぐさま撃破出来るだろう。
戦車は航空攻撃に弱い。これはどの国のどんな戦車にでも言える弱点なのだ。
「シャイセ! 逃がすつもりは無いみたいですよ!!」
「無駄な事だ。愚か者共に、我等の鎧を打ち砕く事など出来ぬ」
砲弾が飛び交う中必死に車体をバックさせる操縦手と、敵の攻撃など意に介さぬとばかりに喉を鳴らすシュトライバー。
不安げに振り返った装填手が、血に飢えた狼のように血走ったシュトライバーの眼光と目を合わせてしまい、慌てて目線を逸らした。
「SU-122が突っ込んで来ます!」
「愚か者め、差し違えるつもりか」
E-79が全力で後退している今なら砲撃出来ないと見たのか、一両のSU-122が全速で突っ込んで来る。
ソ連軍の対独軍重戦車戦への対策として損害に構わず全速で敵重戦車に突進肉薄、懐に飛び込んで零距離射撃を行う戦法がある。
数両のT-34/85も同調するかのように突っ込んでくる。例え途中で一両か二両喰われても結果的にE-79を撃破出来ればそれで良しだとでも言うのだろうか。
「追いすがろうとするならば打ち砕くまで。装填は済んでるか!?」
「ですが全速後退中です、命中率が著しく下がります!」
「構わぬ。目標、前方11時のSU-122、撃て!」
射手の言葉を遮るようにシュトライバーが叫んだ瞬間、異変が起きた。
戦車の中が、一瞬にして緑色の発光体に覆われたのだ。
「な、何だこの揺れは!?」
「少尉、外が真っ暗です! 上から黒い雲が……うわっ!!」
「ヴァルハラからの使いか? 我等はまだ戦える。殺す! まだ殺せる……うぉ!?」
それと同時に、E-79の上空に大きく広がっていた黒雲が、凄まじい勢いで落下してくる。
回避する余裕など無く、一瞬にして黒雲はE-79を中心に半径数百メートルを呑み込んだ…………。
数時間後、ソ連軍の偵察機が上空を通りがかった。
「なんだ、これは……?」
パイロットの眼下に広がっていたもの。
それは、巨大なすり鉢状のクレーターだった。
続く
「大司祭様、ご再考願います。そのような手立てをすれば……危険すぎます!」
「止めるな司祭長よ、この手しか無いのだ」
半壊した、かつては荘厳であっただろう大神殿の中の祭壇。
その前で、1つの大秘儀が執り行われようとしていた。
「聖竜王が再び目覚め、あの魔王の想念を討ち滅ぼせるようになるまで後50日。だが」
白い法衣を着込んだ皺深い老婆の表情が、苦悩に歪む。
如何なる事態にも毅然として立ち向かった偉大な大司祭の表情に、年若き司祭長の表情が同じく苦悩を示した。
「それまで待とうものならば、この大陸は何一つ残らん。その後に聖竜王に魔王の想念が滅ぼされようとな」
「…………はい」
「あの魔王と呼ばれた魔法王が召喚された聖竜王に打ち倒されてはや30日」
「魔王が倒れた時、全てが終わったと思いました。ですが、まさかあのような存在が生まれるとは……」
「その30日の間にどれ程の国や街が滅ぼされたか知っておるであろう?」
「…………」
「十二賢者達は眠りについた聖竜王の覚醒に全力を挙げておる。彼等以外に、異界からの召喚を行えるのはもはや儂ぐらいしかおるまい。やるしか、無いのじゃ」
そう言うと、再度祭壇に向き直り、呪文を唱え始める。
途絶えてた呪文が紡ぎ始められると同時に、辺りに半円の陣形を組んでいた司祭と魔術師が詠唱を始める。
膨大な魔力が祭壇に集中し始め、同時に空間が歪み始めた。
(おお、見えてきた。もう少しじゃ……)
老大司祭の視界に、異なる世界の様相が映った。
無数の黒煙とその下で戦う鉄の化け物の群れが映った。
そして、彼女の世界が望む存在が。
大司祭は、ゆっくりと魔力を広げた。
戦闘はまさに佳境に突入していた。
戦闘開始からものの数分でソ連軍戦車隊はT-34/85を3両、JS-1を1両、JS-2を2両撃破されていた。
だが、彼らは損害に委細構わずE-79に砲撃を浴びせながら前進してくる。
凄まじいまでのドイツ人に対する敵意が、シュトライバーの意識にぶつかってくる。
「敵戦車、一部後退、我が車の側面へと迂回するもよう!」
「正面突進と側面への迂回戦術か、オクチャブリスキの連中と同じ目に遭わせてやれ。12時のJS-2、照準合わせ!」
「発射!」
発射ペダルを踏み込むと同時に、砲架がギシリと軋み轟音が鳴る。
一両だけのE-79が側面へ注意を回せないように正面から突進して来たJS-2の車体下部に128mm砲弾が突き刺さる。
砲塔部の避弾経始なら128mmでも上手く逸らせただろう。だが、度重なる対戦で、シュトライバー達はこの重戦車の弱点を熟知していた。
弱点を突かれたJS-2は呆気なく黒煙を吹き、122ミリ戦車砲D-25Tが項垂れるようにして砲門を地面に向けた。
849 名前:虚無への砲弾 ~異界の王~ 投稿日:2006/12/21(木) 23:41:39 [ e5PxrTYg ]
「両側面にロシア軍のエネジィが集中し始めた。地形を利用する、200Mほど後退せよ。遮蔽物として丁度良い廃墟がある」
「は、はい!」
この車長は時々周囲全ての地形と敵の配置を理解してるとしか思えない発言をするなと思いながら、操縦手はバックのギアを入れる。
彼の指示は大まか正しいからだ。それがどんな、エキセントリックな言動を包容していたにしても。
キャタピラを軋ませながら、後退していくE-79。
後退する先には、道を挟むようにして数件の廃屋が建ち並んでいる。
彼処に逃げ込めれば、側面からの攻撃を限定出来るだろう。そしてそれは、攻撃する側のソ連軍戦車隊にも解る事だ。
逃がすまいとばかりに、砲弾が飛来し車体を捉えようとする。その内の何発かは明らかにキャタピラを狙っていた。
E-79が如何に強力でも、足が止まれば装甲を備えた砲台に過ぎなくなる。
背面や側面を捉える事が容易になるし、攻撃機を呼べば直ぐさま撃破出来るだろう。
戦車は航空攻撃に弱い。これはどの国のどんな戦車にでも言える弱点なのだ。
「シャイセ! 逃がすつもりは無いみたいですよ!!」
「無駄な事だ。愚か者共に、我等の鎧を打ち砕く事など出来ぬ」
砲弾が飛び交う中必死に車体をバックさせる操縦手と、敵の攻撃など意に介さぬとばかりに喉を鳴らすシュトライバー。
不安げに振り返った装填手が、血に飢えた狼のように血走ったシュトライバーの眼光と目を合わせてしまい、慌てて目線を逸らした。
「SU-122が突っ込んで来ます!」
「愚か者め、差し違えるつもりか」
E-79が全力で後退している今なら砲撃出来ないと見たのか、一両のSU-122が全速で突っ込んで来る。
ソ連軍の対独軍重戦車戦への対策として損害に構わず全速で敵重戦車に突進肉薄、懐に飛び込んで零距離射撃を行う戦法がある。
数両のT-34/85も同調するかのように突っ込んでくる。例え途中で一両か二両喰われても結果的にE-79を撃破出来ればそれで良しだとでも言うのだろうか。
「追いすがろうとするならば打ち砕くまで。装填は済んでるか!?」
「ですが全速後退中です、命中率が著しく下がります!」
「構わぬ。目標、前方11時のSU-122、撃て!」
射手の言葉を遮るようにシュトライバーが叫んだ瞬間、異変が起きた。
戦車の中が、一瞬にして緑色の発光体に覆われたのだ。
「な、何だこの揺れは!?」
「少尉、外が真っ暗です! 上から黒い雲が……うわっ!!」
「ヴァルハラからの使いか? 我等はまだ戦える。殺す! まだ殺せる……うぉ!?」
それと同時に、E-79の上空に大きく広がっていた黒雲が、凄まじい勢いで落下してくる。
回避する余裕など無く、一瞬にして黒雲はE-79を中心に半径数百メートルを呑み込んだ…………。
数時間後、ソ連軍の偵察機が上空を通りがかった。
「なんだ、これは……?」
パイロットの眼下に広がっていたもの。
それは、巨大なすり鉢状のクレーターだった。
続く