822 名前:虚無への砲弾 ~異界の王~ 投稿日:2006/12/18(月) 03:56:50 [ hGn.zo2w ]
1945年 5月2日 ドイツ降伏
陥落した帝都から西へ逃れるドイツ軍とドイツ人難民の群れが幾つもあった。
運の悪い群れはソ連軍の爆撃や蹂躙を受けて壊滅。
運の良い群れは米軍戦線まで落ち延びて投降した。
その中の1つ、ベルリン防衛隊の残余と、幾つもの壊滅した師団の残滓が集まって出来た群れがあった。
先頭をパンツァーカイルを組んだケーニヒスティーゲルとパンテルが先導し、大きく円陣を組んだⅣ号戦車とヘッツァーが後に続く。
円陣の真ん中には装甲擲弾兵のSd.Kfz.251から輸送部隊のトラック、市営バスから民間の自動車など雑多な車両の列が黙々と西への道を走り続けている。
どの車両にも、呻き声を上げる負傷兵から怯えた表情で辺りを見ている民間人等、車両と同様雑多な人間で満載状態になっていた。
よく見ると、円陣を組んでいる戦車突撃砲、パンツァーカイルを組んでいる戦車隊にも歩兵が張り付いている。
顔の皺が目立つ国民突撃兵から、まだ十代半ばをやっと過ぎたのヒトラーユーゲントの少年兵、国防軍兵、空軍野戦師団兵などこれまた雑多。
唯一武装親衛隊兵は居ない。理由は簡単で、みんな死亡した国防軍兵の服に着替えてしまったからだ。
その群れの中で最後尾で殿を請け負っている、迷彩すら施されていない錆止塗装のままの新型戦車が居た。
E-79戦車。ロシア製のディーゼルエンジンを搭載し、強力な装甲と128mm砲を備えたある意味ケーニヒスティーゲルを上回る戦車である。
「…………燃えている」
かさついた唇から、生気の無い声が漏れる。
E-79の車長ハッチから、後方をずっと眺めている少尉が居た。
彼の名前はアルフレート・シュトライバー。
ベルリンから辛くも脱出できた、数少ない戦車の一両を駆る戦車エースである。
「全てが、燃えている……燃え尽きている」
彼の眼差しの先にあるもの。
それは、ほんの数十時間前までそこで死闘を繰り広げていた、凄まじい黒煙で覆われた帝都の残骸。
かなり離れたにも関わらず黒煙が見えるその様は、一国の巨大な帝国の終焉を示すには充分だった。
だが、終焉の様ですら、シュトライバーの心を動かせなかった。
彼の心は、大きな虚無で満たされていたのだから。
彼は数日前の4月30日午後3時30分、彼の所属していた部隊に課せられた任務を果たした。
ベルリン郊外で遭遇した『森の王』を、戦死したヘルムート・フォン・カスパー大尉から託された"銀の砲弾"によって屠ったのだ。
だが、任務を果たしたにも関わらず、彼が救われる事は無かった。
魔女の鍋底と化したベルリンで多くのソ連軍戦車を撃破した後。
僅かな包囲網の緩みを鬼神の如き戦い振りで潜り抜け突破し、西へと脱出するこの群れと合流した。
その過程で多くの戦友達が倒れていったが、虚無に満たされたシュトライバーの心を動かすには至らなかった。
彼を動かすもの。それは、戦いのみであった。
彼は殆ど戦車と一体になっていた。黒煙で禄に視界が確保出来ない状態にも関わらず敵の居場所と距離を言い当てた。
的確な移動により敵の射線から悉く逃れ、隙を付いては一方的に撃破していく。
その様は味方にすら畏怖を抱かせた。彼の駆る戦車の乗員は、常軌を逸した言動を繰り返す戦車長に怯えていた。
この群れに居られるのも、群れの側面を襲おうとしたJS-2数両をほぼ一両で難なく殲滅したその腕を買われているに過ぎない。
作戦会議の場でも異様な雰囲気を放出するシュトライバーに対し、必要で無い限り声をかける者は居なかった。
「森の王を倒し、全ては燃え尽きた。なのに。何故、終わらない?」
森の王を倒した後も、彼は悪夢から逃れる事は出来なかった。
悪夢は彼を蝕み続けた。かつて休暇中にライン川の森で出会った『何か』。
隊が転戦したロシアの戦地と西部戦線、そしてカスパー大尉の死地であるザクセンドルフ郊外。
ヴァルハラに召される直前にカスパーから聞かされた言葉が鐘楼の鐘のように響き渡る。
『本来、任務はお前が果たすべきものだったのだ』
『何故なのです。何故自分なのですか大尉!?』
そしてカスパーは去り、任務だけが残った。
ゼーロウ高地での死闘から撤退したあの夜、泣き咽ぶ彼の手に落ちてきた真っ赤な血の雫。
血の雨に打たれ、絶叫したシュトライバーの背後で鳴動を始めたあの紅い砲弾ケース。
開いた砲弾ケースに収まっていたのは……。
823 名前:虚無への砲弾 ~異界の王~ 投稿日:2006/12/18(月) 03:57:37 [ hGn.zo2w ]
意識が、一瞬で虚無から現実へと復帰する。
群れを率いる指揮車両のSd.Kfz.251から、ソ連軍戦車隊が迫っている事がヘッドホン越しに伝えられて来た。
周囲を素早く見渡す。
確かに、キャタピラの軋む音や、タイヤが轍を刻む音、歩兵の息遣いまでもが多く聞こえて来る。
「敵か、ロシア軍だけだな」
僅かな安堵を込めて呟き、車体の正面を背後に回させる。
彼の感じるエネジィが、円陣を組む他の車両やパンツァーカイルを組んでいる連中の方より多く存在したからだ。
指揮車両に対し、殿を持って応戦する旨を伝える。向こうから感謝と安堵が返されて来る。
時間稼ぎになる事に対し年若い装填手の顔が悲痛に歪んだのをシュトライバーは見たが、彼は構わず射撃指示を出した。
「距離800、目標先頭のT-34/85。撃て!」
轟音と共に撃ち出された128mm鉄甲弾が、T-34/85の砲塔部を吹き飛ばす。
射手はカスパー隊時代からの付き合いで、腕は並のベテラン以上だ。やはり、シュトライバーに恐れを抱いてはいたが。
「敵戦車隊、尚も前進中、次弾装填急げ!」
「ヤボール!」
装填手達が黒い汗を流しながら連携して弾丸を装填し、藥筒を押し込んでから閉鎖器を閉じる。
砲塔がグググっと動き、炎上するT-34/85を押しのけるようにして前に出ようとするJS-1を捉える。
「撃て!」
JS-1の車体下部に穴が開き、内部で爆発した運動エネルギーが車体の穴と言う穴から噴き出す。
車体の上に乗っていたソ連軍兵士が爆発に巻き込まれ、玩具の人形のようにバラバラと振り落とされていく。
「見たか敵の死だ……次は2時のT-34/85だ。装填急げ!」
猛烈に応戦して来るソ連軍戦車の砲撃によって揺れるE-79の中で、何かに駆られるようにして指示を出し続けるシュトライバー。
その為か、彼は気付かなかった。
雲の無かった空に真っ黒な暗雲が発生し、稲光を迸らせながらE-79の頭上で渦を巻き始めた事を。
車内に積んだままであったあの砲弾ケースが、疼くように緑色の光を放った事を。
続く
1945年 5月2日 ドイツ降伏
陥落した帝都から西へ逃れるドイツ軍とドイツ人難民の群れが幾つもあった。
運の悪い群れはソ連軍の爆撃や蹂躙を受けて壊滅。
運の良い群れは米軍戦線まで落ち延びて投降した。
その中の1つ、ベルリン防衛隊の残余と、幾つもの壊滅した師団の残滓が集まって出来た群れがあった。
先頭をパンツァーカイルを組んだケーニヒスティーゲルとパンテルが先導し、大きく円陣を組んだⅣ号戦車とヘッツァーが後に続く。
円陣の真ん中には装甲擲弾兵のSd.Kfz.251から輸送部隊のトラック、市営バスから民間の自動車など雑多な車両の列が黙々と西への道を走り続けている。
どの車両にも、呻き声を上げる負傷兵から怯えた表情で辺りを見ている民間人等、車両と同様雑多な人間で満載状態になっていた。
よく見ると、円陣を組んでいる戦車突撃砲、パンツァーカイルを組んでいる戦車隊にも歩兵が張り付いている。
顔の皺が目立つ国民突撃兵から、まだ十代半ばをやっと過ぎたのヒトラーユーゲントの少年兵、国防軍兵、空軍野戦師団兵などこれまた雑多。
唯一武装親衛隊兵は居ない。理由は簡単で、みんな死亡した国防軍兵の服に着替えてしまったからだ。
その群れの中で最後尾で殿を請け負っている、迷彩すら施されていない錆止塗装のままの新型戦車が居た。
E-79戦車。ロシア製のディーゼルエンジンを搭載し、強力な装甲と128mm砲を備えたある意味ケーニヒスティーゲルを上回る戦車である。
「…………燃えている」
かさついた唇から、生気の無い声が漏れる。
E-79の車長ハッチから、後方をずっと眺めている少尉が居た。
彼の名前はアルフレート・シュトライバー。
ベルリンから辛くも脱出できた、数少ない戦車の一両を駆る戦車エースである。
「全てが、燃えている……燃え尽きている」
彼の眼差しの先にあるもの。
それは、ほんの数十時間前までそこで死闘を繰り広げていた、凄まじい黒煙で覆われた帝都の残骸。
かなり離れたにも関わらず黒煙が見えるその様は、一国の巨大な帝国の終焉を示すには充分だった。
だが、終焉の様ですら、シュトライバーの心を動かせなかった。
彼の心は、大きな虚無で満たされていたのだから。
彼は数日前の4月30日午後3時30分、彼の所属していた部隊に課せられた任務を果たした。
ベルリン郊外で遭遇した『森の王』を、戦死したヘルムート・フォン・カスパー大尉から託された"銀の砲弾"によって屠ったのだ。
だが、任務を果たしたにも関わらず、彼が救われる事は無かった。
魔女の鍋底と化したベルリンで多くのソ連軍戦車を撃破した後。
僅かな包囲網の緩みを鬼神の如き戦い振りで潜り抜け突破し、西へと脱出するこの群れと合流した。
その過程で多くの戦友達が倒れていったが、虚無に満たされたシュトライバーの心を動かすには至らなかった。
彼を動かすもの。それは、戦いのみであった。
彼は殆ど戦車と一体になっていた。黒煙で禄に視界が確保出来ない状態にも関わらず敵の居場所と距離を言い当てた。
的確な移動により敵の射線から悉く逃れ、隙を付いては一方的に撃破していく。
その様は味方にすら畏怖を抱かせた。彼の駆る戦車の乗員は、常軌を逸した言動を繰り返す戦車長に怯えていた。
この群れに居られるのも、群れの側面を襲おうとしたJS-2数両をほぼ一両で難なく殲滅したその腕を買われているに過ぎない。
作戦会議の場でも異様な雰囲気を放出するシュトライバーに対し、必要で無い限り声をかける者は居なかった。
「森の王を倒し、全ては燃え尽きた。なのに。何故、終わらない?」
森の王を倒した後も、彼は悪夢から逃れる事は出来なかった。
悪夢は彼を蝕み続けた。かつて休暇中にライン川の森で出会った『何か』。
隊が転戦したロシアの戦地と西部戦線、そしてカスパー大尉の死地であるザクセンドルフ郊外。
ヴァルハラに召される直前にカスパーから聞かされた言葉が鐘楼の鐘のように響き渡る。
『本来、任務はお前が果たすべきものだったのだ』
『何故なのです。何故自分なのですか大尉!?』
そしてカスパーは去り、任務だけが残った。
ゼーロウ高地での死闘から撤退したあの夜、泣き咽ぶ彼の手に落ちてきた真っ赤な血の雫。
血の雨に打たれ、絶叫したシュトライバーの背後で鳴動を始めたあの紅い砲弾ケース。
開いた砲弾ケースに収まっていたのは……。
823 名前:虚無への砲弾 ~異界の王~ 投稿日:2006/12/18(月) 03:57:37 [ hGn.zo2w ]
意識が、一瞬で虚無から現実へと復帰する。
群れを率いる指揮車両のSd.Kfz.251から、ソ連軍戦車隊が迫っている事がヘッドホン越しに伝えられて来た。
周囲を素早く見渡す。
確かに、キャタピラの軋む音や、タイヤが轍を刻む音、歩兵の息遣いまでもが多く聞こえて来る。
「敵か、ロシア軍だけだな」
僅かな安堵を込めて呟き、車体の正面を背後に回させる。
彼の感じるエネジィが、円陣を組む他の車両やパンツァーカイルを組んでいる連中の方より多く存在したからだ。
指揮車両に対し、殿を持って応戦する旨を伝える。向こうから感謝と安堵が返されて来る。
時間稼ぎになる事に対し年若い装填手の顔が悲痛に歪んだのをシュトライバーは見たが、彼は構わず射撃指示を出した。
「距離800、目標先頭のT-34/85。撃て!」
轟音と共に撃ち出された128mm鉄甲弾が、T-34/85の砲塔部を吹き飛ばす。
射手はカスパー隊時代からの付き合いで、腕は並のベテラン以上だ。やはり、シュトライバーに恐れを抱いてはいたが。
「敵戦車隊、尚も前進中、次弾装填急げ!」
「ヤボール!」
装填手達が黒い汗を流しながら連携して弾丸を装填し、藥筒を押し込んでから閉鎖器を閉じる。
砲塔がグググっと動き、炎上するT-34/85を押しのけるようにして前に出ようとするJS-1を捉える。
「撃て!」
JS-1の車体下部に穴が開き、内部で爆発した運動エネルギーが車体の穴と言う穴から噴き出す。
車体の上に乗っていたソ連軍兵士が爆発に巻き込まれ、玩具の人形のようにバラバラと振り落とされていく。
「見たか敵の死だ……次は2時のT-34/85だ。装填急げ!」
猛烈に応戦して来るソ連軍戦車の砲撃によって揺れるE-79の中で、何かに駆られるようにして指示を出し続けるシュトライバー。
その為か、彼は気付かなかった。
雲の無かった空に真っ黒な暗雲が発生し、稲光を迸らせながらE-79の頭上で渦を巻き始めた事を。
車内に積んだままであったあの砲弾ケースが、疼くように緑色の光を放った事を。
続く