926 名前:虚無への砲弾 ~異界の王~ 投稿日:2006/12/30(土) 05:36:47 [ nLpy2dFM ]
シュトライバーの意識が覚醒した時、家屋の中の天井が視界に広がっていた。
どうやら、煉瓦の家らしい。
雑魚寝の部屋なのか、周りには十数台の簡易ベットが並んでいる。
何故だ? とシュトライバーは思った。
確か自分は、追撃してくるソ連軍戦車隊を迎え撃っていたのでは無かったのだろうか。
何故、自分はこの様にベットに寝かされているのか。
近くに居るであろう部下達に問いただすべくシュトライバーは起き上がろうとして気付いた。
近くにあるベットにシーツを掛けている少女の存在を。見たことの無い女性だ。
服装も、白いローブを幾重にも着込み、胸からホーリーシンボルらしいものを下げている。
ふと、視線が合った。少女は人の良さそうな笑みを浮かべ。
「あ、気付かれましたか……きゃ!!」
「貴様、何者だ」
発砲音と共に近くのベットに黒々と穴が開く。
少女の言葉は強制的に、銃声と突き付けられた銃口によって遮られた。
シュトライバーは腰に差したままのホルスターから拳銃を引き抜き威嚇射撃をした後、彼女の眼前に銃を突き付ける。
「俺の言葉が通じるならバーバ・ヤガー(魔女の婆さん)……では無いか、ボリシェビキどもなら言葉が通じる筈もない」
学が無いからなと心の中で呟き、シュトライバーはルガーP08の引き金に指をかけた。
思えば、ルガーを握ったのは数日ぶりになる。
ベルリンから脱出しようとした時に、戦車の前に立ち塞がり停車を命じたあの哀れな野戦憲兵の少佐を射殺した時以来だ。
「米軍か? 英軍か? 自由フランス軍でも無さそうだな……となれば」
女性の顔色は蒼白となり、胸に抱え込んでいる水瓶が今にもずり落ちそうだ。
当たり前だろう。さっきまで寝ていた男がいきなり見たことも無い武器を振り回しながら詰問してきたのだから。
だが、女性の哀れな様を見てもシュトライバーには、嗜虐心も同情も湧かなかった。
ただ、淡々と言葉を紡ぎながら、引き金に力を込めていく。
「貴様……レジスタンスだな? レジスタンスならば射殺せねばなるまい。例え、女子供と言えどもな」
「あ、あああ……」
水瓶が両手から危うく落ちかけても、女性は動けなかった。
シュトライバーの殺意と血走った視線に縫い止められ、恐ろしくて動けなかった。
だが、それは彼女にとって幸いだった。もし、下手に逃げよう等としてたら、間違いなく背中を撃たれてしまっていただろう。
「何をしているのですか少尉殿、銃を降ろしてください!!」
と、大声が室内に響き、シュトライバーの意識が部屋の入り口に向けられる。
見ると、装填手のヨハネス一等兵が強張った表情でこちらを見ていた。
彼はザクセンドルフの戦いでシュトライバーの戦車に負傷者が出た際に、補充兵として編入された新米戦車兵だ。
恐らくは、先程の銃声を聞きつけたのだろう。その後ろではローブ姿の男女が怖々とこちらを伺っている。
「銃を降ろしてください少尉殿、彼女は民間人です。我々の協力者なんですよ!!」
頬にソバカスが残る十八歳のヨハネスは、繰り返し銃を降ろすように言う。
ガクガクと震えるその両手には、戦死した降下猟兵から分捕ったStG44が握られている。
揺れる目にはシュトライバーに対する恐怖と、罪もない少女を助けたいという気持ちが鬩ぎ合っているように見えた。
―――あれでは、撃った瞬間に俺だけでなく少女も、それどころか自分の足ですら撃ち抜きかねんな。
シュトライバーはそんな感想を抱きながら、自分に向けられる銃口などどうでも良いとばかりにもう一度少女の方に視線を向ける。
ルガーを突き付けられたままの少女の方は、もう卒倒する寸前だった。
「銃を降ろせヨハネス一等兵。現在の状況を報告しろ……それとだ」
ゆっくりとした動作でルガーをホルスターに滑り込ませながら、シュトライバーは囁くように続けた。
「安全装置を外さねば銃は撃てんぞ」
「あっ……」
ガシャン。
水瓶が落ちる音と共に少女は崩れ落ちて失神した。
927 名前:虚無への砲弾 ~異界の王~ 投稿日:2006/12/30(土) 05:38:04 [ nLpy2dFM ]
「なぁ、俺達って何でこんな場所に居るんだろうな……冗談だろ、此処が異世界だなんて」
「そんな事俺が知るかよ……車長が起きなきゃあの婆さんも説明してくれないみたいだし。おい、ハーマンはどうなってるんだ」
ステンド硝子越しの陽光を浴びているE-79の中で、ガンプ曹長とクリシュ軍曹は車内のチェックに勤しんでいた。
幸い、あの猛攻で装甲が彼方此方凹み、無理な全速後退でギアが少しおかしくなっていた所以外は大丈夫だった。
「徹甲弾が11発、溜弾が4発だな……アハトアハトや75mmならパンテルかティーゲルの砲弾融通出来たんだろうけど128mmはなぁ」
「しょうがないだろ。E-79なんて全軍でも数える程しか配備されてない。隊直属の補給部隊が居なくなりゃ直ぐさま弾切れになるさ」
シュトライバー隊はベルリン包囲網突破時に隊長車を除いて全滅している。
勿論、その中には補給隊も含まれていた。
「オットーも半分切ってやがる……あのケチども。俺達が殿務めてたんだからもう少し入れておいても良かったのによぉ」
「しょうがないだろ。軽油の配分が少ししか無かったんだから……おい、マイヤー。ギアの方はどうだ?」
「はい、ギアの方の調子はまずまずです。応急処置で何とかなると思います」
工具を持った運転手が、真っ黒な顔をハッチから見せる。
マイヤー上等兵、カスパー隊が西部戦線に移動した際に編入されたこのE-79の運転手である。
戦歴は短いもののその操縦テクニックはピカイチであり、幾度もの敵の追撃を振り切れたのは彼の手腕によるものだ。
「よーし、これなら車長が起きてくるまでにチェックと点検が終われるな」
「そうだなぁ……なぁ、ガンプ」
「何だクリシュ……ん、銃声!?」
何かをガンプが言いかけた瞬間、小さな銃声が聞こえた。
聞き覚えのある銃声だ。ルガーに違いない。
3人は顔を見合わせると、各々の手に武器を持ちながらE-79を飛び出した。
「隊長が撃ったのかな!?」
「解らん、ヨハネスが近くで見張っている筈だ」
「"あの"車長だぞ? 何やらかしてもおかしくはない。大事になって無ければ良いが」
シュトライバーから滲み出る狂気に対する畏怖は、乗員四名にとって共通して抱いている意識である。
彼等がいまだにシュトライバーに従っているのは、軍人としての意識よりも戦後まで生き残りたいからだ。
言動や行動がイカれてても、戦車を指揮するに至っては一流であり、彼の指揮なくばここまで生き延びる事は出来なかっただろう。
地獄のようなゼーロウ、ベルリン。
そして、あの化け物のような亡霊戦車との戦いでも。
あれがどんな存在なのか、彼等には理解出来ない。
あれが何だったのか、そしてどう倒せば良かったのかを理解していたのはシュトライバーだけだ。
事実、あらゆる砲撃を無効化されてパニックに陥りかけた車内を一喝し、不気味な砲弾ケースから取り出した銀で作られた砲弾であの化け物を仕留めた。
(そう言えば、あの砲弾ケース。積んだままだったな)
ガンプの脳裏の片隅に、中身が空になった筈の砲弾ケースの事が過ぎる。
あの後直ぐにベルリンに入り、突入してきたソ連軍との死闘が始まったので存在をすっかり忘れていた。
唐突に、あの砲弾ケースの事が気になったガンプであったが、その思考は中断された。
前からヨハネスと白いローブを纏った老女を連れてやってくるシュトライバーによって。
誰も居なくなったE-79の車内で。
微かに、密やかに砲弾ケースが緑色に発光した。
続く
シュトライバーの意識が覚醒した時、家屋の中の天井が視界に広がっていた。
どうやら、煉瓦の家らしい。
雑魚寝の部屋なのか、周りには十数台の簡易ベットが並んでいる。
何故だ? とシュトライバーは思った。
確か自分は、追撃してくるソ連軍戦車隊を迎え撃っていたのでは無かったのだろうか。
何故、自分はこの様にベットに寝かされているのか。
近くに居るであろう部下達に問いただすべくシュトライバーは起き上がろうとして気付いた。
近くにあるベットにシーツを掛けている少女の存在を。見たことの無い女性だ。
服装も、白いローブを幾重にも着込み、胸からホーリーシンボルらしいものを下げている。
ふと、視線が合った。少女は人の良さそうな笑みを浮かべ。
「あ、気付かれましたか……きゃ!!」
「貴様、何者だ」
発砲音と共に近くのベットに黒々と穴が開く。
少女の言葉は強制的に、銃声と突き付けられた銃口によって遮られた。
シュトライバーは腰に差したままのホルスターから拳銃を引き抜き威嚇射撃をした後、彼女の眼前に銃を突き付ける。
「俺の言葉が通じるならバーバ・ヤガー(魔女の婆さん)……では無いか、ボリシェビキどもなら言葉が通じる筈もない」
学が無いからなと心の中で呟き、シュトライバーはルガーP08の引き金に指をかけた。
思えば、ルガーを握ったのは数日ぶりになる。
ベルリンから脱出しようとした時に、戦車の前に立ち塞がり停車を命じたあの哀れな野戦憲兵の少佐を射殺した時以来だ。
「米軍か? 英軍か? 自由フランス軍でも無さそうだな……となれば」
女性の顔色は蒼白となり、胸に抱え込んでいる水瓶が今にもずり落ちそうだ。
当たり前だろう。さっきまで寝ていた男がいきなり見たことも無い武器を振り回しながら詰問してきたのだから。
だが、女性の哀れな様を見てもシュトライバーには、嗜虐心も同情も湧かなかった。
ただ、淡々と言葉を紡ぎながら、引き金に力を込めていく。
「貴様……レジスタンスだな? レジスタンスならば射殺せねばなるまい。例え、女子供と言えどもな」
「あ、あああ……」
水瓶が両手から危うく落ちかけても、女性は動けなかった。
シュトライバーの殺意と血走った視線に縫い止められ、恐ろしくて動けなかった。
だが、それは彼女にとって幸いだった。もし、下手に逃げよう等としてたら、間違いなく背中を撃たれてしまっていただろう。
「何をしているのですか少尉殿、銃を降ろしてください!!」
と、大声が室内に響き、シュトライバーの意識が部屋の入り口に向けられる。
見ると、装填手のヨハネス一等兵が強張った表情でこちらを見ていた。
彼はザクセンドルフの戦いでシュトライバーの戦車に負傷者が出た際に、補充兵として編入された新米戦車兵だ。
恐らくは、先程の銃声を聞きつけたのだろう。その後ろではローブ姿の男女が怖々とこちらを伺っている。
「銃を降ろしてください少尉殿、彼女は民間人です。我々の協力者なんですよ!!」
頬にソバカスが残る十八歳のヨハネスは、繰り返し銃を降ろすように言う。
ガクガクと震えるその両手には、戦死した降下猟兵から分捕ったStG44が握られている。
揺れる目にはシュトライバーに対する恐怖と、罪もない少女を助けたいという気持ちが鬩ぎ合っているように見えた。
―――あれでは、撃った瞬間に俺だけでなく少女も、それどころか自分の足ですら撃ち抜きかねんな。
シュトライバーはそんな感想を抱きながら、自分に向けられる銃口などどうでも良いとばかりにもう一度少女の方に視線を向ける。
ルガーを突き付けられたままの少女の方は、もう卒倒する寸前だった。
「銃を降ろせヨハネス一等兵。現在の状況を報告しろ……それとだ」
ゆっくりとした動作でルガーをホルスターに滑り込ませながら、シュトライバーは囁くように続けた。
「安全装置を外さねば銃は撃てんぞ」
「あっ……」
ガシャン。
水瓶が落ちる音と共に少女は崩れ落ちて失神した。
927 名前:虚無への砲弾 ~異界の王~ 投稿日:2006/12/30(土) 05:38:04 [ nLpy2dFM ]
「なぁ、俺達って何でこんな場所に居るんだろうな……冗談だろ、此処が異世界だなんて」
「そんな事俺が知るかよ……車長が起きなきゃあの婆さんも説明してくれないみたいだし。おい、ハーマンはどうなってるんだ」
ステンド硝子越しの陽光を浴びているE-79の中で、ガンプ曹長とクリシュ軍曹は車内のチェックに勤しんでいた。
幸い、あの猛攻で装甲が彼方此方凹み、無理な全速後退でギアが少しおかしくなっていた所以外は大丈夫だった。
「徹甲弾が11発、溜弾が4発だな……アハトアハトや75mmならパンテルかティーゲルの砲弾融通出来たんだろうけど128mmはなぁ」
「しょうがないだろ。E-79なんて全軍でも数える程しか配備されてない。隊直属の補給部隊が居なくなりゃ直ぐさま弾切れになるさ」
シュトライバー隊はベルリン包囲網突破時に隊長車を除いて全滅している。
勿論、その中には補給隊も含まれていた。
「オットーも半分切ってやがる……あのケチども。俺達が殿務めてたんだからもう少し入れておいても良かったのによぉ」
「しょうがないだろ。軽油の配分が少ししか無かったんだから……おい、マイヤー。ギアの方はどうだ?」
「はい、ギアの方の調子はまずまずです。応急処置で何とかなると思います」
工具を持った運転手が、真っ黒な顔をハッチから見せる。
マイヤー上等兵、カスパー隊が西部戦線に移動した際に編入されたこのE-79の運転手である。
戦歴は短いもののその操縦テクニックはピカイチであり、幾度もの敵の追撃を振り切れたのは彼の手腕によるものだ。
「よーし、これなら車長が起きてくるまでにチェックと点検が終われるな」
「そうだなぁ……なぁ、ガンプ」
「何だクリシュ……ん、銃声!?」
何かをガンプが言いかけた瞬間、小さな銃声が聞こえた。
聞き覚えのある銃声だ。ルガーに違いない。
3人は顔を見合わせると、各々の手に武器を持ちながらE-79を飛び出した。
「隊長が撃ったのかな!?」
「解らん、ヨハネスが近くで見張っている筈だ」
「"あの"車長だぞ? 何やらかしてもおかしくはない。大事になって無ければ良いが」
シュトライバーから滲み出る狂気に対する畏怖は、乗員四名にとって共通して抱いている意識である。
彼等がいまだにシュトライバーに従っているのは、軍人としての意識よりも戦後まで生き残りたいからだ。
言動や行動がイカれてても、戦車を指揮するに至っては一流であり、彼の指揮なくばここまで生き延びる事は出来なかっただろう。
地獄のようなゼーロウ、ベルリン。
そして、あの化け物のような亡霊戦車との戦いでも。
あれがどんな存在なのか、彼等には理解出来ない。
あれが何だったのか、そしてどう倒せば良かったのかを理解していたのはシュトライバーだけだ。
事実、あらゆる砲撃を無効化されてパニックに陥りかけた車内を一喝し、不気味な砲弾ケースから取り出した銀で作られた砲弾であの化け物を仕留めた。
(そう言えば、あの砲弾ケース。積んだままだったな)
ガンプの脳裏の片隅に、中身が空になった筈の砲弾ケースの事が過ぎる。
あの後直ぐにベルリンに入り、突入してきたソ連軍との死闘が始まったので存在をすっかり忘れていた。
唐突に、あの砲弾ケースの事が気になったガンプであったが、その思考は中断された。
前からヨハネスと白いローブを纏った老女を連れてやってくるシュトライバーによって。
誰も居なくなったE-79の車内で。
微かに、密やかに砲弾ケースが緑色に発光した。
続く