866 名前:陸士長 投稿日:2006/12/24(日) 06:54:14 [ FHGXzeXM ]
「起きろ、シュトライバー」
低い声音が、目蓋を閉じていたシュトライバーの意識を覚醒させる。
ぱちり、ぱちりと瞬きをしてみる。
朝日が差し込む粗末な寒村の農家の中。
草臥れた家具と赤錆びたストーブだけの素っ気ない部屋。
シュトライバーは、木の椅子に座りながら毛布にくるまっていた。
見上げると、彼の上官が居る。
ヘルムート・フォン・カスパー大尉。彼が所属する戦車小隊の隊長である。
全体的に充血した目が静かに此方を見下ろしていた。
「あ、あれ? た、隊長。何故、自分は此処に居るのでありますか?」
「何を言っておる? まだ目が覚めぬのか」
両肩をバンと叩かれ、強制的に意識を正される。
毛布を足下に落としながら、シュトライバーは慌てて姿勢の方も正した。
「申し訳ありませんでしたカスパー隊長。妙な夢を見てしまいまして」
「そうか……それでは行くぞ。今日は新型戦車受領の日だ」
「は、はい!」
確か、そんな日だった。入り口に向かうカスパーの背を追いながら、シュトライバーは思う。
そんな日? 前に過ごしたような既視感を感じるのは何故だろうか?
妙な引っかかりを覚えながらも外に出ると、ウクライナ特有の突き刺すような寒気が襲ってくる。
ウクライナの寒村、カスパー隊他この近辺に布陣している装甲師団が根城にしている場所だ。
遠くで砲声が聞こえるが、この分では此方には飛び火しては来ないだろう。
「こっちだ。早く来い」
「はい!」
遠離るカスパーの背中を追い掛ける。
乗り慣れたⅣ号戦車が数台並んでいて整備中隊の手入れを受けていた。
新型戦車を受領してしまえば、幾多の戦場を共にした彼等ともお別れになる。
小さく敬礼しつつ、その脇をすり抜ける。勘違いした整備兵がニヤリと笑って小さく手を振ってきた。
と、先を歩いていたカスパーが、そのまま歩き続けながらポツリと呟いた。
「先程、妙な夢を見たと言ったな?」
「あ、はい」
「どんな夢だ?」
「は、実に奇妙な夢でした。私が大尉からあの砲弾ケースを預かり、使命を果たした夢です……使命を?」
そこまで言って、シュトライバーは首を傾げた。
使命? 使命とは何だ? 自分はカスパーから「隊の使命」らしきモノを暗に聞かされてはいる。
だが、詳しくは聞いては居ないし、そもそも何故自分はあの不気味な砲弾ケースを預かったのだろうか。
夢と自分の思考が、妙な軋みを上げる。違和感を感じる。気持ちが、悪い。
僅かに顔を青ざめさせるシュトライバーに対し、カスパーはただ一言
「そうか」
と呟いただけだった。
暫く歩き、村の中央付近に出る。
入り口にいる交通誘導係の憲兵に敬礼をし、カスパーとシュトライバーは中央にあるシートの小山へと向かう。
迷彩柄に覆われたシートにカスパーが歩み寄り、勢い良く引っ張った。
そう、確か、この下には自分達の乗る新型戦車がある。ある筈……だった。
「そ、そんな!!」
E-79は無かった。代わりにあったのは、赤黒く焦げたティーガーⅠだった。
キャタピラは焼き切れ、装甲は穴だらけ、ハッチは全て開け放たれている。
完全に破壊された筈の、だが、嵐を纏って襲いかかって来たあの魔性の戦車が其処に居た。
青白い妖気が、車体全体から吹き出る。ギシギシ音を立てながら、「森の王」が動き出す。
「撃て、アルフレート・シュトライバー」
声に振り向いたシュトライバーはぎょっとした。
其処に立っていたのは、全身から血を流し、包帯にまみれたあの死を迎える直前のカスパーだった。
「『王』が、まだ其処に居る。我等の使命を果たさねばならぬ。撃て、シュトライバー。『王』を撃つのだ!!」
「大尉、何故なのですか! 自分は隊に課せられた使命を果たしました! 何故、倒した筈の『王』が居るのですか!!?」
鋭い軋みを持って、王がシュトライバーに迫り来る。
声にならない絶叫を上げたシュトライバーに、カスパーの声が突き刺さる。
「王を撃て、シュトライバー!! それがお前に課せられた運命なのだ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
砲声と共に、シュトライバーの意識は虚空へと飛ばされた。
続く
「起きろ、シュトライバー」
低い声音が、目蓋を閉じていたシュトライバーの意識を覚醒させる。
ぱちり、ぱちりと瞬きをしてみる。
朝日が差し込む粗末な寒村の農家の中。
草臥れた家具と赤錆びたストーブだけの素っ気ない部屋。
シュトライバーは、木の椅子に座りながら毛布にくるまっていた。
見上げると、彼の上官が居る。
ヘルムート・フォン・カスパー大尉。彼が所属する戦車小隊の隊長である。
全体的に充血した目が静かに此方を見下ろしていた。
「あ、あれ? た、隊長。何故、自分は此処に居るのでありますか?」
「何を言っておる? まだ目が覚めぬのか」
両肩をバンと叩かれ、強制的に意識を正される。
毛布を足下に落としながら、シュトライバーは慌てて姿勢の方も正した。
「申し訳ありませんでしたカスパー隊長。妙な夢を見てしまいまして」
「そうか……それでは行くぞ。今日は新型戦車受領の日だ」
「は、はい!」
確か、そんな日だった。入り口に向かうカスパーの背を追いながら、シュトライバーは思う。
そんな日? 前に過ごしたような既視感を感じるのは何故だろうか?
妙な引っかかりを覚えながらも外に出ると、ウクライナ特有の突き刺すような寒気が襲ってくる。
ウクライナの寒村、カスパー隊他この近辺に布陣している装甲師団が根城にしている場所だ。
遠くで砲声が聞こえるが、この分では此方には飛び火しては来ないだろう。
「こっちだ。早く来い」
「はい!」
遠離るカスパーの背中を追い掛ける。
乗り慣れたⅣ号戦車が数台並んでいて整備中隊の手入れを受けていた。
新型戦車を受領してしまえば、幾多の戦場を共にした彼等ともお別れになる。
小さく敬礼しつつ、その脇をすり抜ける。勘違いした整備兵がニヤリと笑って小さく手を振ってきた。
と、先を歩いていたカスパーが、そのまま歩き続けながらポツリと呟いた。
「先程、妙な夢を見たと言ったな?」
「あ、はい」
「どんな夢だ?」
「は、実に奇妙な夢でした。私が大尉からあの砲弾ケースを預かり、使命を果たした夢です……使命を?」
そこまで言って、シュトライバーは首を傾げた。
使命? 使命とは何だ? 自分はカスパーから「隊の使命」らしきモノを暗に聞かされてはいる。
だが、詳しくは聞いては居ないし、そもそも何故自分はあの不気味な砲弾ケースを預かったのだろうか。
夢と自分の思考が、妙な軋みを上げる。違和感を感じる。気持ちが、悪い。
僅かに顔を青ざめさせるシュトライバーに対し、カスパーはただ一言
「そうか」
と呟いただけだった。
暫く歩き、村の中央付近に出る。
入り口にいる交通誘導係の憲兵に敬礼をし、カスパーとシュトライバーは中央にあるシートの小山へと向かう。
迷彩柄に覆われたシートにカスパーが歩み寄り、勢い良く引っ張った。
そう、確か、この下には自分達の乗る新型戦車がある。ある筈……だった。
「そ、そんな!!」
E-79は無かった。代わりにあったのは、赤黒く焦げたティーガーⅠだった。
キャタピラは焼き切れ、装甲は穴だらけ、ハッチは全て開け放たれている。
完全に破壊された筈の、だが、嵐を纏って襲いかかって来たあの魔性の戦車が其処に居た。
青白い妖気が、車体全体から吹き出る。ギシギシ音を立てながら、「森の王」が動き出す。
「撃て、アルフレート・シュトライバー」
声に振り向いたシュトライバーはぎょっとした。
其処に立っていたのは、全身から血を流し、包帯にまみれたあの死を迎える直前のカスパーだった。
「『王』が、まだ其処に居る。我等の使命を果たさねばならぬ。撃て、シュトライバー。『王』を撃つのだ!!」
「大尉、何故なのですか! 自分は隊に課せられた使命を果たしました! 何故、倒した筈の『王』が居るのですか!!?」
鋭い軋みを持って、王がシュトライバーに迫り来る。
声にならない絶叫を上げたシュトライバーに、カスパーの声が突き刺さる。
「王を撃て、シュトライバー!! それがお前に課せられた運命なのだ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
砲声と共に、シュトライバーの意識は虚空へと飛ばされた。
続く