自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

117 第92話 潜水艦ボーフィンとハーピィ

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第92話 潜水艦ボーフィンとハーピィ

翼をはためかせるたびに、体力を消耗していく。
体があちこち軋んでいる。

「はぁ・・・・はぁ・・・・」

息が苦しい。出発した時と比べて、かなり息遣いが荒くなっている。
今や、すぐ下は漆黒の海が広がっている。
このままでは、遠からず海に落ちてしまう。

「きっと・・・・死んでしまうかもね。」

彼女はそう呟いたが、不思議な事に、その表情はどこか嬉しそうであった。

「最後に、自分の思う通りに空を飛べたんだもの・・・・・あんな所で、むざむざ死ぬよりは、まだマシな、
そして、あたし達ハーピィ族に相応しい死に方ね。」

彼女は、余裕とも取れる笑みを浮かべた。
だが、体は既に限界を超えており、いつ海に落ちるかわからない状態である。
それでも、彼女は空を飛び続けた。
いつまでも・・・・どこまでも・・・・・

1483年(1943年)12月1日 午前2時 ソドルゲルグ岬沖南100マイル地点

この日、アメリカ大西洋艦隊第92任務部隊第2任務群に所属する潜水艦ボーフィンは、時速12ノットの速力で海上を航行していた。
潜水艦ボーフィンの艦長であるダニエル・スタウト中佐は、艦橋に上がって周囲の海上を双眼鏡で眺め回していた。
スタウト中佐は、顔立ちはそこらの繁華街にいる優男のような顔付きだが、体つきはがっしりとしており、身長は194センチある。
誰から見ても、なかなかの偉丈夫である。
実際、彼は軍に入る前に所属していたフットボールチームで鍛えていたために、今ではヘビー級ボクサーのような体つきになっている。
その外見から、彼は乗員からタフ・スタウトという渾名を頂戴している。
ハッチから、1人の士官が出てきた。

「艦長。外はすっかり穏やかになりましたなあ。」
「おう、副長か。」

スタウト艦長は、副長のドリー・ストルックス少佐に顔を向けた。
ストルックス少佐は、この潜水艦ボーフィンの副長である。体つきは艦長とは対照的に太り気味で、身長も167センチと、やや小さい。
しかし、潜水艦乗りとしての腕前は一流であり、乗員達からも信頼されている。

「3時間前に浮上した時は酷いシケでしたなあ。」
「全くだね。あの時は、このボーフィンがまるで激流の中のカヌーに思えたよ。」
「その酷い嵐が、嘘のように収まりましたな。」
「気象班長の話によると、低気圧は西に移動して言ったらしい。恐らく、潜航している間に低気圧から抜けたんだろう。
このボーフィンを散々揺らしまくった元凶は、今はあそこに居ると言うわけだ。」

スタウト中佐はそう言いながら、艦尾方向に指を指した。指先の向こうには、大きな積乱雲があり、時折雲が光っている。

「嵐が去った今のうちに、レーダーを修理したいものだが」

スタウト中佐は、レーダーを修理している3人の水兵と兵曹に視線を向けた。

「あと、どれぐらいかかる?」

スパナを片手に、部品とにらめっこしている兵曹が答えた。

「早くて20分、遅くて30分ぐらいですな。」

水兵が箱の中から新しい部品らしきものを取り出す。それを兵曹が受け取ってから、交換した部品を水兵に渡した。

「それは動作確認も含めてか?」
「ええ、そうです。最も、順調に行けばですがね。」
「早くしてくれよ。この辺りの海域では、キングフィッシュが撃沈されているんだからな。いつマイリーが襲ってくるか分からんぞ。」
「アイアイサー。なるべく早く終わらせますよ。」

髭面の兵曹は自身ありげに微笑むと、部品を取り付けようとする。
そこで何かに気が付いた兵曹は、部品を渡した水兵に顔を向けて罵った。

「馬鹿野朗!これは違う部品だろうが!」
「はっ、すいません!」

水兵も間違いに気付き、慌てて正しい部品を渡した。
修理班がレーダーをいじっている間、甲板には6人の水兵が左右両舷に立って、周囲を見張っていた。

「やはり、マイリー共の縄張りに入るのは、何度やっても慣れませんね。」

ストルックス少佐は、何気ない口調でスタウト艦長に言って来た。

「レーフェイル大陸沿岸の偵察は、このボーフィンに乗ってからは4回目だが、君の言う通り、なかなか慣れないな。」
「最初は敵の輸送船を結構沈めましたが、それに怒ったのか、ここ最近はマイリー共も潜水艦狩が上手くなってきていますからね。」
「全くだ。今年だけで、大西洋艦隊所属の潜水艦が16隻も帰らなかったからな。少ないように見える数字だが、俺としては少なくないと思う。
むしろ、多すぎるほうだ。」

大西洋艦隊は、42年の初め頃から潜水艦部隊をレーフェイル大陸の沿岸部に派遣して、監視させている。
現在、大西洋艦隊には第91並びに第92任務部隊と呼ばれる潜水艦中心の艦隊が編成されている。
第91、第92任務部隊は、それぞれ3つの任務群で編成されており、1つの任務群は10隻の潜水艦で形成されている。
スタウト中佐のボーフィンは第92任務部隊第2任務群の指揮下にある。
TG92.2は、9月からレーフェイル大陸南西部、並びに南端部の哨戒を担当しており、常時6隻の潜水艦が、
マオンド共和国南部沿岸を監視している。
潜水艦部隊は、監視と同時にマオンド海軍艦船の攻撃も行い、1月から12月までに、巡洋艦2隻、駆逐艦10隻、輸送船47隻、
ベグゲギュス4頭、他雑艦9隻の撃沈が確認された。
だが、敵国マオンド共和国は、駆逐艦の対潜能力を強化し、今年に入ってマオンド駆逐艦、ベグゲギュス、並びにワイバーンに撃沈された潜水艦は16隻に上る。
撃沈されなくても、損傷を受け、急遽母港に戻った艦に関しては18隻にものぼり、レーフェイル沿岸の哨戒任務がいかに難しいものであるかを、如実に現していた。
スタウト中佐の潜水艦も、この哨戒任務に4回参加しているが、そのうち3回ほどは、敵駆逐艦の爆雷攻撃を受けている。
特に前回の哨戒任務では激しい攻撃を受け、あわや撃沈という所まで行きかけたが、ボーフィン乗員の粘りのお陰で、九死に一生を得た。
それから2ヶ月が経ち、ボーフィンは7回目の哨戒任務に従事している。
浮上航行に移ってから30分ほどが経った。
それまでに、ハッチからは艦内にいた乗員達が外の空気を吸おうと何人も行ったりきたりしていた。
2人の水兵が、満足した表情で艦内に入っていく。それと入れ代わりに3人の兵曹と水兵が上がってきた。

「ぷぁ~、やっぱ外の空気はうめえなあ。」
「潜水艦の中は空気が新鮮じゃねえからな。こうして、外の空気を吸うだけでも気持ち良くて眠りそうになるぜ。」

水兵は雑談を交わしながら甲板に上がる。スタウト艦長は、無言のまま上がってきた兵曹に声をかけた。

「やあイトウ兵曹。」
「あっ、これは艦長。」

声を掛けられたマコト・イトウ2等兵曹は、無精髭に覆われた顔に笑みを浮かべた。
日系人下士官であるイトウ2等兵曹は、このボーフィンが就役した時から乗り組んでいる。
年は24歳で、水雷科の中堅下士官である。

「どうした?かなりくたびれたツラしてるが。」
「さっきまで魚雷の分解整備をやっていたんですよ。それに新兵の奴らにも手取り足取り教えていたんで。」

イトウ2等兵曹は頭を掻きながら説明する。
ボーフィンはバラオ級に属している。
バラオ級潜水艦は今年の2月から竣工を開始した、最新鋭の潜水艦である。
全長95メートル、全幅8.3メートル、基準排水量は水上で1526トン、水中で2424トン。
速力は水上で20ノット、水中で8.5ノット出せる。
兵装は53.3センチ魚雷発射管を前部に6基、後部に4基、計10基装備しており、魚雷は24本搭載している。
対空兵装は3インチ単装両用砲1門に40ミリ連装機銃1基である。
従来の潜水艦に比べ、魚雷兵装、対空兵曹共に強化されているが、充実したのは武装のみではない。
各種レーダーやソナー類も、バラオ級からは最新のものが搭載されている。
しかし、潜水艦のクルーからしてみれば、このような各種兵装はどうでも良かった。(どうでも良くは無いのだが)
この各種装備品以外にも、潜水艦のクルー達が待ちかねていた物が、遂に艦に装備された。アメリカ海軍は今年の初め頃から、
潜水艦にもアイスクリーム製造機を標準装備したのだ。その事が潜水艦のクルー達に知られると、彼らは狂喜した。
なにせ、潜水艦の内部は暑い。そして匂いがこもる。
そのような環境下では、つめたく、そして美味しい物が求められる。それが、アイスクリームである。
このように、各種装備が充実した潜水艦であるが、それでも、きつい仕事場である事は変わらない。
水雷科の仕事としては、魚雷の分解整備が特にきつい仕事の1つである。
魚雷はそのままほったらかしにしておくと、精度が狂ってきて、いざ発射しても役に立たぬ場合がある。
そのような事を防ぐために、定期的に魚雷を分解して、部品を掃除せねばならない。
これは1本だけでもなかなか手難しい作業だ。しかも、この作業は波で揺れている艦内でやらないといけない。
ボーフィンに搭載されている魚雷は全部で24本であるから、全部の魚雷を整備し終わった頃には、水雷科のクルー達は全員が
疲労困憊となっていた。

「どうだね?新米連中は成長してるか?」
「人並みには成長しとりますよ。腕前はまあ、そいつら次第ですが、性格的にはなかなかの面白い奴らが揃っていますよ。
特にレオン・デミトリー2等水兵は芯の通った奴で、遊ぶ時は馬鹿みたい遊びますが、仕事となると誰よりも真面目にこなし、
わからない事があれば真っ先に、「先輩!教えて下さい!」と言いますよ。」
「ほほう、向上心があるな。」

「ええ。お陰で、水雷科も常に活気に満ちてますよ。」

イトウ2等兵曹は、微笑みながらそう言った。

「最も、ウチの水雷長のしごきもきつくなりましたが。」
「彼は彼で、よくやってくれているよ。きついとは思うが、これも生き残るためだからな。」
「ええ、わかっていますよ。」

スタウト中佐とイトウ2等兵曹が、互いに雑談を交わしている時、レーダーの修理を行っていた兵曹が彼らの元にやって来た。

「艦長、レーダーの修理終わりました。」
「どうだ?ちゃんと作動しているか?」

スタウト中佐は、顔をレーダーのある方向に向けた。艦橋トップの小型レーダーはしっかり作動していた。

「なんとか直ったようだな。」

スタウト艦長は艦内電話を取り出して、レーダー手を呼び付ける。

「レーダーに。異常はないか?」
「今の所、異常なしです。レーダーはしっかり作動していますよ。」
「わかった。そのまま監視を続けてくれ。」

スタウト中佐はそう言ってから、電話を置いた。
その時、

「左舷方向に不審な飛行物体!!」

左舷見張員が仰天したような声音で報告してきた。

「何ぃ!距離は!?」

スタウト艦長はそう聞き返しながら、内心しまったと思った。
レーダーの故障を浮上走行の間に直そうと言う提案は、他の幹部士官から反対されていた。
彼らが反対する原因は、最近マオンドが配備し始めた夜間戦闘用のワイバーンや、敵駆逐艦の警戒がここ最近、厳しくなっている事にある。
しかし、スタウト艦長は作戦海域であるソドルゲルグ岬沖の警戒が、他と比べて緩い事を知っており、1~2時間未満、
しかも夜間の浮上航行なら問題は無いと確信していた。
そのため、彼は出撃後からしばらくして故障してしまったレーダーを、この海域にいる間に直す事にした。
だが、レーダーが作動していない間、ボーフィンの至近に飛行物体が忍び寄っていたのだ。

「距離は!?」
「飛行物体との距離、約500メートル!超低空です!」
「畜生!まずったか!!」

スタウト艦長は、内心悔しさで一杯になった。500メートルと言えば、もはや、目と鼻の先である。
急速潜行を命じようにも、もう間に合わない。
(全く、なんてドジを踏んだんだ!畜生め!)
スタウト艦長は自分を罵った。

「対空戦闘用意!」

彼はすかさず、命令を下した。
こうなれば、敵を撃ち落す以外道を切り開く方法は無い。
40ミリ連装機銃や3インチ単装砲に乗員が飛び付く。
慣れた手つきで、素早く防水カバーを引っぺがし、機銃に弾を、砲に砲弾を込めて、自艦に向かいつつある左舷の敵に筒先を向けた。

「敵距離、100メートル!」

見張員が切迫した声音で報告して来る。もはやいつ光弾やブレスを叩き込まれてもおかしくない。

「撃ち方始めぇ!」

スタウト艦長は待望の命令を発した。
この時、彼はその飛行物体の形が、どこか変わったものである事に気が付いた。
(ワイバーンはあんな・・・・・あんな人みたいな姿をしていたか?)
彼は一瞬、そう疑問に思った。しかし、命令を伝えられた機銃員や砲員は既に狙いを定めている。
機銃員や砲員が引き金を引こうとした時、超低空で飛行していたその飛行物体はいきなり海に突っ込んだ。

「・・・・おい、今の飛行物体・・・・」
「お前もか?あれって・・・・・・・・」

それまで、頭に血が上っていた機銃員、砲員達も、こちらが1発も撃たないうちに相手があっけなく落ちた事で落ち着きが戻り始め、
彼らは撃ち落とそうとしていた相手が何であるかわかりはじめた。

「艦長!何か様子が変です!」

当直将校のロジャー・ランバート少尉が困惑したような表情を浮かべて、スタウト艦長に言ってくる。

「ランバート少尉。君はあれの形がわかったか?」
「はぁ・・・・・・ワイバーンには似ても似つかぬ物です。」

ランバート少尉は、迎撃要員達の顔を見つめる。彼らもやはり、相手が何であるか、かりかけているようだ。

「まるで、人間に翼を生やしたような生き物でしたよ。」
「君もそう思うか。」

スタウト艦長は深く頷いた。

「俺もそう思った。」

彼は見張員に顔を向ける。

「奴さんはどこに落ちた。」
「本艦の左舷側80メートルの海域に墜落しました。」
「墜落した時の高度は?」
「かなりの超低空であったもので、恐らく、10メートルあるかないかでしょう。」
「超低空か・・・・」

ふと、彼はあることを思いついた。

「発令所!進路変更だ!」
「進路変更ですか?」
「ああ。」

スタウト艦長は、一瞬だけ、不審な飛行物体が墜落した海域に目を向けた。

「取舵一杯、針路0度。」
「針路0度。アイアイサー。」

やがて、ボーフィンの艦首が左舷側に向けて回頭を始めた。
艦首の舳先が真北に向いた所で、スタウト艦長は回頭を止めさせた。

「減速!速力4ノット!」
「速力4ノット、アイアイサー!」

ボーフィンは、急激に速度を落としながら、墜落地点に近付いていった。
5分ほどが経ち、先ほど、なぞの飛行物体が墜落した海域に到達した。

「サーチライトで辺りを照射しろ。」

「艦長、サーチライトを使うのですか?」

ストルックス副長が驚いたような顔をして聞いてきた。

「ここはマイリー共の制海権内ですよ?」
「ちょっと確かめたいんだ。勝手に落ちた生き物は何であるかね。」

スタウト艦長は副長にそう返事した後、レーダー員を呼びつけた。

「レーダー手。水上レーダーに反応はないか?」
「今の所反応ありません。」
「ようし。サーチライト照射!」

スタウト艦長は命令を発した。
艦橋に設置されているサーチライトから青白いビームが、海面に向けて照射された。
探し物はすぐに見つかった。

「艦長!左舷前方20メートルに何かが浮いています!」
「何かわかるか?」

報告を送って来た見張員は、海面で漂流しているそれをじっくりと見た。
(嘘だろ・・・・・これって・・・・・)
見張員は自分の目がおかしいのかと思った。
サーチライトに照らされているそれは、鳥人間と言っても良い物であった。
メス、いや、女性と言ったほうがいいのであろう。仰向けになって漂流しているそれは女性に翼を生やした生き物だ。
胸の部分には、しっかりと2つの膨らみがある。顔は女性のそれらしい物であり、意識がないのであろう、瞼は閉ざされていた。
双眼鏡で、その信じられぬ生き物に見入っていたスタウト艦長は、これは夢ではないかと錯覚してしまった。
だが、夢ではない。いくら目をこすっても、目の前には不思議な生き物が漂流し続けていた。

「艦長、どうしましょうか?」

ストルックス副長が聞いてきた。
スタウト艦長はすぐに答えなかった。彼はしばらく考えた後、決断を下した。

「引き上げてみよう。」
「え?引き上げるんですか!?」

ストルックス副長は、またもや驚いた口調で言った。

「死んでいるかもしれませんよ?」
「それでもかまわんさ。もしかしたら、あれはとんでもない掘り出し物かも知れんぞ。」

スタウト艦長はニヤリと笑みを浮かべた。

「本国にはレーフェイルから来た亡命者もいる。あれを持って帰って、亡命者達に見せれば、何か良い情報が得られるかも知れん。」
「なるほど。」

ストルックス副長は納得した。
やがて、艦長の命令通りにゴムボートが下ろされ、兵曹と水兵合わせて4人がこの翼の生えた人間の回収に向かった。
波はかなり穏やかであり、距離も至近であった事から、ゴムボートはすぐにこの翼の生えた人間の所まで近付き、回収した。
回収班に加わったマイケル・フォード1等兵曹は、回収した鳥人間を見るなり、ぎょっとなった。

「おい、見ろよ。この生き物、本当に人間みたいだぜ。」
「フォード兵曹、この羽、まるで鳥の羽そのものですよ。」
「野生の生き物なんですかね?真っ裸ですよ。その割には所々もふもふしとりますな。それに、緑色の髪とは・・・」
「班長、こいつ生きていますよ!」
「それは本当か?」
「ええ。やや弱いですが、ちゃんと呼吸してます。」
「こいつは大変な事になったぞ。とにかく戻ろう!」

4人は急いでゴムボートを、ボーフィンまで戻した。

「無事回収できたか。」
「ええ。それよりも、こいつ生きとりますよ。」

フォード1等兵曹の言葉に、スタウト艦長は驚いた。

「えっ!それは本当か?」
「はい。意識は失っていますが、ちゃんと呼吸しています。」
「そうか。ならば、衛生兵を呼ばんとな。」

スタウト艦長はすぐに、衛生兵を呼びつけた。

2人がかりで、鳥人間を艦内に入れた時、急にレーダー員の緊迫した声が聞こえてきた。

「艦長!水上レーダーに反応です!」
「何!?本当か?」
「はい。反応は本艦の後方。速力24ノット、方位315度、距離は5マイルです!」
「5マイルか。どこに向かっている?」

レーダー員は、やや間を置いてから答えた。

「敵の進路は135度。本艦の居る方向に向かいつつあります。」
「いかんな。このままだと見つかってしまう。」

スタウト艦長は、艦を潜行させる事に決めた。

「潜行する!甲板に出ている者はすぐに艦内に入れ!」

甲板に出ていた見張員は、その言葉を聞くと弾かれたように動き出した。
見張員は、手馴れた手付きで艦内に入っていく。
最後の見張員が入った時、ボーフィンは潜行を開始していた。最後に艦内に入ったスタウト艦長は、ハッチを閉めた。

「深度80まで潜行する。」
「深度80、アイアイサー。」

復唱する声が聞こえ、艦内の各部で指示が発せられる。
やがて、ボーフィンは海中深くに潜って行った。

潜行から1時間が経った。
スタウト艦長は、発令所から医務室に移動していた。
医務室に入ると、寝台には先ほど救出した、翼を生やした女が寝かされていた。
女には、足から首の部分まで毛布がかけられていた。

「どうだいドクター。」

スタウト艦長は親しげな口調で、軍医のサミュエル・モラン大尉に話しかけた。

「艦長。私達はとんでもない物を引き上げたようですな。」
「そのようだ。」
「翼の生えてる人間を見るなんて、生まれて初めてですよ。」
「このボーフィンに乗ってる連中は、全員が初めてだろう。」
「はは、まあそうですね。ちなみに、奴さんの状態は安定しています。海に落ちた時にいくらか海水を飲んでしまって
いたようですが、命に別条はないようです。」

スタウト艦長はモラン大尉の説明を聞きながら、寝かされている女をじっくりと眺めた。

「おい、顔の所々に殴られたような痣があるんだが、これはなんだ?」

「ええ。艦長、実を言うと、この女はおかしいのですよ。」
「おかしい、だと?」

スタウト艦長は怪訝な表情を浮かべた。

「翼が生えている時点で相当におかしいですが、それよりも、奴さんの体には、至る所に殴られたような後や、切り傷みたいな物が見受けられるのです。」

モラン大尉は、そう言いながら女の足をスタウト艦長に見せた。

「それだけではなく、足の指には、爪を剥がされたような後が見受けられます。」
「全身に生傷・・・・爪剥がし・・・・まるで拷問を受けたみたいだな。」
「もしかして、シホットやマイリー共のやっている人体実験に、この女も駆り出されようとしていたのではありませんか?」
「その可能性は充分にあるな。」

スタウト艦長は頷いた。

「俺は、奴さんが起きるまでに、営倉に放り込んで置こうと思ってたんだが・・・・もしかすると、彼女は我々の敵ではないのかもしれん。」
「艦長、それはちょっと早計では?」

モラン大尉が苦笑しながら言って来た。

「マイリーが我々潜水艦部隊の動きを知らせるために、送り出してきたスパイかもしれませんぞ。」
「彼女がマイリーのスパイだとわかりゃあ、その時は首根っこ捕まえて、魚雷発射管に放り込んだあと、海中に撃ち出してやるまでさ。」
「艦長、それはいくらなんでもやり過ぎでしょう。」
「なあに、いい薬になるだろうよ。」
「死んだら薬も何も無いと思うんですがね。」

スタウト艦長の言葉に、モラン大尉は吹き出しながら答えた。

「しかし、よく見てみると、なかなか可愛いな。」
「わかりますか?自分もびっくりするほどの美人ですよ。」
「わかるさ。こう見えても、俺は無類の女好きなんだ。」
「イトウ兵曹が言うようなことをいいますね。」
「あいつと比べるなよ。あいつに比べりゃあ、俺なんぞはまだ可愛げがあるほうさ。」

スタウト艦長は、そう苦笑しながら言う。

「まあそれはともかく、奴さんの状態は今の所心配ないな。」
「ええ。最も、起きた後が心配ですな。」

モラン大尉は毛布を少しはだけてから、彼女の手を見せた。

「艦長、これを見てください。」
「ほほう・・・・・こいつはまた、立派な爪を持っているな。」

スタウト艦長は、長く伸びた、鋭そうな爪を見て感嘆したような口調で言う。

「彼女が暴れ出したら、この刃物みたいな爪で引っかかれますよ。」
「そいつは厄介だな。」

この時、

「艦長!本艦後方に敵艦らしき推進音!」

という報告が聞こえて来た。

「おっと、発令所に戻らんとな。ドクター、念のためドアの前に銃を持たせた若い奴を2人ほど付けるよ。
奴さんが暴れ出したらそいつらに言ってくれ。」
「わかりました。」

スタウト艦長はモラン大尉との会話を終えると、すぐさま発令所に戻って行った。

1483年(1943年)12月1日 午前4時 マオンド共和国ソドルゲルグ

「最後の1匹は海に逃げたと言う訳か。」

ソドルゲルグの魔法研究所所長である、ギニレ・ダングヴァは、部下の研究班主任から報告を聞いていた。

「はい。ですが、最後の1匹も、今頃海に落ちて息絶えている頃でしょう。」
「ふむ。」

ダングヴァ所長はふてくされたような表情を浮かべて主任をみつめた。

「どうして、このような事態になったのだね?」
「は・・・・それは・・・・その。」

主任は口ごもる。その主任の態度に、ダングヴァ所長は激発した。

「この役立たずめが!!前々から貴重な研究材料は逃がしてはならぬと、あれほど言っておいたではないか!!」
「はっ、申し訳ありません!」
「申し訳ないで済むのなら、苦労せぬわ!貴様らのせいで8匹のハーピィを殺す事になったのだぞ!!」

それからというものの、ダングヴァ所長は20分に渡って主任に当り散らした。
ソドルゲルグにあるこの魔法研究所は、1435年に建造された。
表向きは、軍事用の攻勢魔法や新兵器の開発という物であったが、実態は魔法の各種人体実験や、特殊兵の練成を目的としていた。
この中で、ソドルゲルグ研究所は、大陸北部から捕獲してきたハーピィを使った生物兵器の研究を行っていた。
この研究は、一旦は縮小されたものの、82年7月頃から再び規模が拡大された。
研究に使われたハーピィは総数で600人以上に上り、そのほとんどが研究途中の事故で死亡するか、あるいは“壊され”てしまった。
所長のダングヴァは、相次ぐ実験失敗に頭を悩ませていたが、それに追い討ちをかけたのが、ハーピィの集団脱走である。
報告によれば、前日の午後10時に、檻の中に入れていたハーピィが突然喧嘩を始めた。
最初は、いつもの通り、1~2匹程度が争っている(ハーピィは時折、ストレスのためか仲間に襲い掛かってしまう)程度であろうと思っていた。

檻に入っているハーピィは9匹。(研究所全体では30ほどがいる)
そのうち1、2匹がしばらく使えなくなってもしても研究に刺し違えは無いと、番兵は思っていた。
そのまま放置していれば静かになるであろうと思われたが、ハーピィ同士の争いは次第に大きくなり、しまいには檻の中に入っていた9匹全てが乱闘を行っていた。
いきなりの乱闘騒ぎに驚いた番兵は、急いで3、4人ほどの魔道士を呼んで檻に向かった。
魔道士が檻のすぐ側にまで来てから、ハーピィ達を静めようとしたその時、1匹のハーピィがあっという間に檻まで近寄り、鉄格子の間から鋭い爪を
突き出し、魔道士を刺した。
慌てた魔道士が痛みに耐えながら、攻勢魔法を発したが、それは刺してきたハーピィのみならず、鉄格子までもを吹き飛ばしてしまった。
刺したハーピィは魔法をモロに食らって死んだが、残りのハーピィが開いた檻に殺到してきた。
普段は従順そうなハーピィも、この時は鬼気迫る勢いで魔道士達を蹴散らし、8匹のハーピィが研究所の外に脱出を図った。
ハーピィは研究所の守備兵や魔道士、緊急出動した陸軍のワイバーンにほとんど殺され、最後の1匹のみが、海に向かって逃げていった。
20分ほど、ネチネチと主任を説教した後、ダングヴァは彼を解放した。
ほうほうの体で部屋から出て行った主任と入れ替わりに、年配の魔道士が部屋に入って来た。

「所長、少しばかり耳寄りな情報を手に入れました。」

年配の魔道士は、この魔法研究所の副所長である。

「何だと?それはどんな物かね?」
「海軍の駆逐艦が、ソドルゲルグ沖で不審な飛行物体が通過して行ったのを確認したようです。」
「・・・・それは何時頃だ?」
「午前0時ほどです。」
「ほほう。あの時間には陸軍のワイバーンは1騎も飛んでいない。そうなると、その不審な飛行物体というのは逃げ出した最後の1匹かもしれんな。」
「はい。ですが、驚くのはここからです。不審に思った駆逐艦がこの飛行物体の向かった進路を進むと、午前2時頃にアメリカの潜水艦らしき
生命反応を、僅かながら探知したと言うのです。その後、駆逐艦は周囲を捜索しましたが、反応は途切れたまま。ですが、午前3時頃に、
再びアメリカ潜水艦の反応を捉えたようです。」
「それは本当か?」
「はい。」

この時、ダングヴァはある事に思い至った。

(もしや・・・・・アメリカ潜水艦は、最後の1匹を収容しているのでは?)
まさかとは思った。だが、もしそうなれば・・・・・・

「そうなれば、我が軍の魔法研究の実態が、敵に知られてしまう!」

脱走したハーピィには、既に幾度か実験を行っている。脱走を図ったハーピィ達は、研究所側からは良好の実験体とされていた。
そのハーピィが海に落ち、それをたまたまアメリカ潜水艦が回収したとしたら、その体からどのような魔法で実験されたかはすぐにわかる。

「報告はそれだけです。」
「わかった。副所長、補充のハーピィを早めに仕入れるようにしてくれ。」
「わかりました。それでは。」

副所長は恭しく頭を下げると、所長室から出て行った。
それからしばらく考えた後、ダングヴァは海軍の知り合い宛に魔法通信を送ろうと考えた。


12月1日 午前5時

頭がすきずき痛む。
体は、中に鉛を仕込んだかのように重い。
目の前が真っ白になって、ここがどこであるか見当が付かない。
(逃げて!)
さっきまで、彼女と一緒に逃げていた仲間の声が、脳裏に響く。
(あたし達の分まで、思う存分飛んで・・・・・)
ワイバーンの炎に焼かれながらも、仲間は最後まで彼女が、ハーピィらしく生き、そして死んでいく事を望んでいた。
だから、彼女は力尽きるまで飛び続けた。
その結果、彼女は今、真っ白な世界に居る。

「ここが・・・あの世なのか。」

彼女はそう言った直後、ふと疑問に思った。
ならば何故、体に感覚がるのだろうか?死んだのなら、何も感じぬはずなのに・・・・
そう思った時、真っ白に染まった世界は、急に見慣れぬ天井にと変わった。

「・・・・・・・ここ・・・は?」
「おっ、気が付いたようだね。」

いきなり、どこからか声が聞こえた。彼女はすぐさま、声がした方向に顔を向ける。

「おはよう。気分はどうかね?」

そこには、気の良さそうな、変わった服を付けた男が座っていた。
彼女は、すぐに殺気を呼び起こした。
(これはマオンド艦・・・・・ならば、敵だわ!)
彼女は2秒後に、この男の首を撥ねれるように全身に力を入れる。

「ようこそ、潜水艦ボーフィンへ。あまり上品なおもてなしは出来ないがね。」
潜水艦ボーフィン・・・・・
この一言で、彼女の殺気は消えた。

「潜水艦・・・・・・もしかして、あなたはアメリカ海軍の人?」
「ああ。そうだよ。私はこの艦の医者だ。それよりも、私の言った事がわかるのかね?」
「ええ、はっきりと。」

彼女はそう答えた。医者は目を見開きながら、その後に苦笑した。

「いやはや、ファンタジーの世界という物は、実に便利なものだ。」
「?????」
「おっと、自己紹介しないとね。私はサミュエル・モランだ。君の名前は何かね?」

モラン大尉は、寝そべっているハーピィに名前を聞いた。

「あたしは・・・・メリマ・・・メリマ・エイルム。」

メリマは、恥ずかしそうに自分の名前を言った。

「メリマか、いい名前だな。」

モラン大尉はメリマの名前を褒めた。それから、彼はスタウト艦長にメリマが目を覚ました事を報告した。
潜水艦ボーフィンと、手負いのハーピィが味わう苦闘は、この時から始まっていた。
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