自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

125 第97話 連合国首脳会談

最終更新:

tapper

- view
だれでも歓迎! 編集
第97話 連合国首脳会談

1483年12月18日 午前8時 バルランド王国ヴィルフレイング

その日、バルランド王国国王、アルマンツ・ヴォイゼは、数人の側近と共に、馬車でヴィルフレイング港の桟橋に向かっていた。

「それにしても、アメリカ側は会場選びが上手いものだな。」

ヴォイゼ国王は、反対側で対面するように座っているファリンベ元帥に言った。

「ええ。その通りですな。」

ファリンベ元帥も、苦笑しながら呟いた。

「会場選びは、アメリカ側が決めると言っておりましたので、我々は任せたままにしたのですが。」

ファリンベ元帥は、馬車の窓に顔を向けた。
宿営地から港までは10分ほどの距離である。その10分の間、馬車の右の窓枠からヴィルフレイング港が見渡せられる。
ファリンベ元帥は、窓から見える軍港を見ながら、やや呆れたような口調で言葉を紡いだ。

「まさか、戦艦の中で、重要な会議を開くとは。」
「だが、これほど安全な会場は他にあるまい。」

ヴォイゼ国王もまた、苦笑しながらファリンベに返事する。

首脳会談の開始日程が決まったのは、1週間前の事である。
連合国各国に派遣されているアメリカ側の親善大使と協議した結果、首脳会談の開始は12月18日に行われる事になった。
各国の首脳は、12月17日までには、バルランド王国の港であるヴィルフレイングに向かい、アメリカ大統領の到着を待った。
ヴォイゼ国王は、17日の午後1時に、馬車でヴィルフレイング入りした。
ヴィルフレイング入りした彼はまず、港を視察した。

港の視察には、アメリカ側から南西太平洋軍司令官のドワイト・アイゼンハワー大将と、南太平洋部隊司令官のチェスター・ニミッツ中将が同行した。
ヴォイゼ国王がまず驚いたのは、あの死の町と呼ばれたヴィルフレイングが、今では首都に勝るとも劣らぬ都市に変貌していた事であった。
ヴォイゼが、最後にヴィルフレイングを見たのは5年前である。
当時のヴィルフレイングは、見渡すところ空き地ばかりで、家も少なく、住民達もまた、元気のある者は少なかった。
その時は、住民の誰もが“呪われた死の町”に住んでいる事に、大きく影響されていた。
暗いという文字しか当てはまらなかったヴィルフレイングが、今では活気に満ち溢れている。
空き地ばかりだった港町は、今や多くの建物が建てられ、どこぞから入り込んできた行商人が快活よく商売を行っている。
目線を港に向ければ、そこにはかなりの数の船が停泊している。
昔は、ただ広いだけの寂しい港であったはずが、今では何百隻以上はあろうかという大型船によって埋め尽くされている。
特に、ヴィルフレイングを根拠地とするアメリカ海軍の艦船は相当数おり、広報紙でしか見た事のなかった大型空母や戦艦等の大型艦群が、何隻も
港の桟橋に並んでいる姿は、アメリカという国の底力を如実に表しているかのようだ。
ただの暗い寒村でしか無かったヴィルフレイングが、たった2、3年で首都とほぼ同等、いや、部分的には勝るほどまでに成長させたアメリカの国力に、
ヴォイゼらはその日1日、驚き通しであった。
その興奮に満ちた1日が終わり、今日、いよいよ、アメリカの大統領と直接対面する。

「陛下、間も無く桟橋に到着致します。」
「分かった。」

ヴォイゼは、やや硬い口調で御者に返事する。
ヴォイゼらを乗せた馬車は、内火艇が待つ桟橋に到着した。
馬車から降りた一行は、2分ほど歩いてから内火艇に乗り移った。
内火艇は20分ほど航行した後、首脳会談の“会場”に到着した。
ヴォイゼらは、目の前にある会場に圧倒されていた。

「これが・・・・首脳会談の会場か。」

ファリンベ元帥が言う。緊張と興奮で、口調がやや上ついている。
アメリカ側が選定した会場。戦艦アイオワが、今、目と鼻の先にある。
巨大な3連装砲塔。その後方にある大きな艦橋、そして、尖塔のように聳え立つ艦上構造物。

その後ろには、2本の煙突がある。後部には小さめの艦橋と、主砲塔がある。
艦上には、連装式の副砲らしきものや、機銃がびっしりと並んでいる。
全体的には、どっしりとした感じがあるが、それと同時に優美さも感じられる。

「美しい船だな。」

ヴォイゼは、正直にそう思った。
内火艇は、アイオワの左舷中央部側に掛けられている階段に接舷した。

「国王陛下。会場に到着致しました。」

純白の軍服に身を包んだ内火艇の艇長が、慇懃な口調でヴォイゼに言った。

「ありがとう。」

ヴォイゼはただ一言そう言うと、内火艇から降り、ゆっくりとした足取りで階段を上る。
階段を上りきり、甲板に立つ。甲板上では、白い軍服に身を包んだ乗員が、直立不動の態勢で立っていた。
階段の前には、赤い絨毯が敷かれており、その両脇にはライフルを持った海兵隊員が捧げ筒の態勢で立っている。
その奥から、2人の士官が現れた。

「国王陛下、よくぞお越しいただきました。私はアメリカ合衆国海軍作戦部長を務めます、アーネスト・キングと申します。
こちらは、戦艦アイオワの艦長を務めます、ブルース・メイヤー大佐です。」
「ブルース・メイヤー大佐です。よろしくお願いします。」
「初めまして、キング提督。それにメイヤー艦長。お目にかかれて光栄です。」

ヴォイゼ国王は、出迎えた2人に微笑みながら、握手を交わす。
その後、ヴォイゼらは若い士官に先導されながら、アイオワ艦内に入って行った。
3分ほどアイオワの艦内を歩いた後、彼らは会談場所となる部屋に辿り着いた。
案内してくれた士官が、ドアを開けてくれた。

「ありがとう。」

ヴォイゼは、ドアを開けてくれた士官に一言礼を言った後、部屋の中に足を踏み入れた。
部屋の中には、白い布が敷かれた長テーブルが置かれ、その左端に1人の初老の男が座っていた。

「ようこそ、戦艦アイオワへ。」

その眼鏡を掛けた男は、にこやかな笑みを浮かべながら、ヴォイゼに話しかけてきた。

「初めまして。私はアメリカ合衆国大統領、フランクリン・ルーズベルトと申します。」

初老の男は、やや低いながらも、快活のある声音で自己紹介を行った。

「私は、バルランド王国国王、アルマンツ・ヴォイゼと申し上げます。大統領閣下、偉大なるアメリカの指導者であるあなたに会えて、光栄に思います。」
「私も、南大陸のリーダーを務める陛下に会えて光栄です。立ち話も何ですし、どうぞおかけ下さい。」

ルーズベルトは、自分のすぐ左斜めにある椅子に手を差した。
ヴォイゼは恐縮そうな顔を浮かべつつも、一礼してからルーズベルトのすぐ左斜めの席に座った。
この時、ヴォイゼはとる部分に注目した。
(?)
どういう訳か、ルーズベルトが座る椅子だけ、他の椅子とは違う。
(なぜ、ルーズベルト大統領の座る椅子だけ、車輪がついているのだろうか?)
ヴォイゼはふと、そう思った。
そのヴォイゼに、ルーズベルトは心中を見透かしたかのように語りかけた。

「私の椅子が気になりますかな?」
「は・・・・あ、いえ。」
「そうですか。まあ、私の特注の椅子については、後でお話しましょう。」

ルーズベルトは、子供が浮かべるような邪気の無い笑みを浮かべる。
その後、5分間の間に各国の首脳達が次々と、会談場所にやって来た。
僅か数分の間に、残りの連合国首脳は会議室に集まってきた。
最後の1人である、カレアント公国国王のレミナ・カンレアクが席に座った時、ルーズベルトは各国首脳の顔を見渡した。
ルーズベルトは、長テーブルの左端に座っている。
彼から見て右斜めには、グレンキア王国国王のシュナルク・トレウク、その隣にはカレアント公国国王のレミナ・カンレアクが座っている。
左斜めには、バルランド国王のアルマンツ・ヴォイゼと、その隣にミスリアル王国国王リクレア・ヒューリック、そしてレースベルン公国の
トロア・レースベルン国王が座っている。
南大陸には、この5カ国の他に、ヴェリンス共和国と、ウェンステル王国の南部がある。
ヴェリンス共和国は、シホールアンル軍の奇襲攻撃時に、首都に侵入したシホールアンル軍特殊部隊によって首脳部を殺害されており、
今は新しい首脳部の選定や国の復興等に忙殺されていて、首脳会談には参加できない。
ウェンステル王国は、国王や王族等が殺害されるか、あるいは北大陸で軟禁状態にあるため、これたま参加できない。
会議は、ルーズベルトと、この5人の首脳と共に行われる。
ルーズベルトが最初に意外と思った事は、連合国首脳が思ったより若い事と、女性の首脳が居た事である。
(グレンキア国王は、40代後半と言った辺りだが・・・・残りは20代か、30代ぐらいの年齢だな。しかも、ミスリアルとカレアントの首脳は
女性だ。この世界では、女性の社会進出がかなり進んでいるようだな。エレノアにこの首脳達を見せたら喜びそうだ。)
ルーズベルトは、内心で冗談を交えながら思った。

「皆さん。忙しい中、よくお越しいただきました。」

彼は気持ちを切り替えてから、話を切り出した。

「本日の連合国首脳会談に参加していただいた、各国の首脳の方々には、心から感謝いたします。」

ルーズベルトは、慇懃な口調で最初の挨拶を行う。それを聞いた各国の首脳達は、ルーズベルトに向けて首を縦に振った。
この時、不意に振動が伝わってきた。首脳達は、突然船が動き始めた事に、やや戸惑いの表情を見せるが、すぐに元の表情に戻る。

「今回、皆様にお集まり頂いたのは、今後のシホールアンル軍に対する対応、又は近いうちに起こりうるであろう、北大陸解放を目的とした
連合国の方針を決める事であります。話の本題に入る前に、私から首脳会談の選定について、皆様に苦労をお掛けした事に関してここでお詫びを申し上げます。」

ルーズベルトは、首脳達に対してまず頭を下げた。
彼は間髪入れず、次の言葉を発する。

「今回、首脳会談の会場を、この戦艦アイオワの艦内で執り行う事を決めましたのは、シホールアンルシンパのテロを考えての事です。現在、南大陸には
数万以上のシホールアンル側協力者がいると伝えられています。この戦争で、シホールアンル軍は様々な方法で我々連合軍を苦しめてきました。
シホールアンル軍がもし、この連合国首脳会談の情報を嗅ぎ付ければ、何らかの行動を起こす可能性があります。私としましては、最も攻めにくく、
かつ、頑丈な場所で首脳会談を行いたいと思いました。」

ルーズベルトは一旦言葉を切ってから、室内をゆっくりと見渡す。
5秒ほど間を開けてから、ルーズベルトは話を続けた。

「それが、この戦艦アイオワなのです。皆様方の中には、何故このような軍艦で首脳会談をするのか、疑問に思った方もおりますでしょう。
何故なら、このアイオワが、攻めにくく、とても頑丈であるという条件を満たしているからです。」
「大統領閣下のおっしゃる通りですな。」

グレンキア国王であるシュナルク・トレウクが納得したように相槌を打つ。
堀の深い顔立ちに、右頬に痛々しい傷が付いている。体つきは痩せていて、黒髪が四角状に整えられている。
後ろから見れば、どこか暗そうな感じを受ける姿だが、正面から見ればそうでもない。
逆に、優しげな目付きのお陰で温厚そうなイメージが強く滲み出ている。
実際、シュナルクは24歳で国王になってから20年経った今日まで、善政を敷いてきており、国民は暗黒時代であったグレンキアを見事に再生させた
英雄として、彼を尊敬している。

「私は、これほどの巨艦に乗ったのは生まれて初めてですが、この逞しい軍艦で会議を行うならば、安全に話は進みます。」
「私もそう思います。」

レースベルン公国国王のトロア・レースベルンも頷いた。
外見は理知的な感じのある青年で、年は28歳と若い。
10年前にレースベルン公国の国王に就任してからは、大胆な改革を行って見事に国を発展させた。
彼の改革が順調に行き始めてからは、レースベルン公国の経済成長は弾みがつき、今では小国にも関わらず、バルランドやカレアント等の
大国と同等の発言力を得ている。

「この戦艦なら、どんな敵でも恐れを成して逃げてしまうでしょう。」
「私も同感です!」

カレアント公国国王のミレナ・カンレアクも、やや大きめの声で賛同する。

「グレンキア代表の言われる通り、この軍艦なら確かに安全です。それに、この艦はとても凄い砲を装備しています!大統領閣下!
あんな凄い大砲を搭載する艦を何隻も作るとは・・・・あなた方の国の力は底無しですか!」

どういう訳か、カレアント代表は興奮しながら喋っている。
ふと、隣の部屋で誰かが唸るような声がした。
(なんか、頭を抱えながら唸っているようだな)
ルーズベルトは、直感でそう思った。
カレアント公国の女王であるミレナ・カンレアクは年齢が20歳と、この中で一番若い。
色はやや浅黒く、髪は茶色、頭にはネコ科系動物のもの(トラと似ている)耳を生やしており、顔立ちはまだあどけなさが残るが、それでいて
王者に相応しい精悍な顔つきをしている。
カレアント公国では、王族であるカンレアクの王位継承者の中で1番であった人物であり、カレアント公国が侵攻された時は彼女が女王に就任して
間もない頃であったが、劣勢ながらも国軍を巧みに指揮して、南大陸軍の増援部隊到着まで時間を稼いでいる。
この他にも、カレアント公国侵攻時に、首都に襲って来たシホールアンル軍特殊部隊と正面切って戦い、2人を殺害し、3人を負傷させるという武勇伝も持っている。
この事からして、彼女が非凡な能力を持つ人物である事が分かる。
欠点としては、興奮すると誰彼構わず、自分の思った事を相手に言う事である。

「いや、底無しではないのですが。」

ルーズベルトは苦笑しながら、カレアントの女王に言い返す。

「カンレアク陛下、まずは落ち着きましょう。ルーズベルト大統領がお困りになりますよ。」
「あ・・・すいません。ちょっと、いつもの癖が出てしまって。」

カンレアク女王はヴォイゼの言葉を聞くと、すまなさそうな表情になってからルーズベルトに謝った。

「いや、大丈夫ですよ。むしろ、戦艦を見て興奮するというのは当然ですよ。戦艦というものは、そう言う物ですからな。」

ルーズベルトは柔らかい口調で、カンレアク女王に語った。

「話は少しずれましたが、先にも申したとおり、この艦を会談場所に選んだ理由は安全面を考えての事です。そして、我々が気兼ねなく、
相手と腹を割って話しする事でもあります。」

ルーズベルトは、両肘をテーブルに乗せてから、各国首脳の顔を見回す。

「まず、最初にお話しする事は、今後のシホールアンル帝国の出方に関する事です。シホールアンル帝国は現在、我が連合国によって、
南大陸から駆逐されました。シホールアンルを北大陸に追い出した事は、我々連合国にとって大きな勝利と言えるでしょう。」

ルーズベルトの言葉に、だれもが深く頷いた。
シホールアンル軍が南大陸に侵攻してから早2年。
一時は南大陸の半分近くまで攻め込んだシホールアンル軍だが、アメリカの連合国参加によって、流れは徐々に変わった。
そして、つい先日。シホールアンル軍は南大陸から完全に撤退して行った。
この事は、打倒シホールアンルを目標に掲げていた各国にとって大きな一歩となった。

「ですが、果たして。シホールアンル帝国がこのまま引き下がると思うでしょうか?」

ルーズベルトは、最初の疑問を各国の首脳達に言った。

「思えません。」

やや冷たそうな口調で、返事が発せられた。
真っ先に言ったのは、ミスリアル王国国王のリクレア・ヒューリック女王である。
外見的には、20代後半の女性に見える。しかし、実際には48歳のようだ。
肌はやや浅黒く、目付きはきりっとしていてどこか冷たそうな感じがある。
このダークエルフの女王は、感情を感じさせにくい印象があるが、実際はかなり礼儀正しい。
このアイオワに乗艦し、ルーズベルトに出会った時は、挨拶の後に去年10月に起きたミスリアル王国の一連の戦闘の事で、何度も礼を言った。

「あなた方アメリカの素早い対応が無ければ、多くの民が笑って今日という日を遅れなかった事でしょう。私達ミスリアルの民は、アメリカの事を
今や兄弟同然に思っています。」

リクレア女王から直接聞いたこの言葉に、さしものルーズベルトも熱いものがこみ上げた。
(リップサービスも幾らか含まれているだろうが、それを除いても、ミスリアル王国はアメリカを信頼している)
ルーズベルトはその時、大きな満足感を得ていた。

「シホールアンル帝国皇帝、オールフェス・リリスレイの願う事は、シホールアンルの南北統治による平和です。シホールアンル帝国は、
彼が国の舵取りを担っている限り、この方針をやり遂げようとするでしょう。」
「私もそう思います!」

リクレア女王の意見に、ミレナ女王も当然と言わんばかりに賛成する。

「シホールアンルは、常に何を考えているか分からない。あの国が行動に移せば、徹底的にやってくる。北大陸やヴェリンス、カレアントで
開戦初日から国の首脳部暗殺を実行してくるほどの国です。彼らが立ち直れば、再び軍を南大陸に進めてくるはずです。」
「果たして、そうですかな?」

シホールアンルが出てくると言った2人に対し、シュナルク国王が違う意見を唱えた。

「今と昔では、情勢は大きく変わっています。もし、アメリカを召喚せぬまま、シホールアンル軍を北大陸に押し返しておれば、そのような
危惧を抱くのは当然の事でしょう。しかし、今はアメリカという強力な国が敵に回っています。アメリカは、シホールアンルが保有する兵器と
互角以上か、上回る兵器ばかりを装備しています。過去に行われた海空戦、陸上戦では、シホールアンル軍は負けを重ねています。今、再び
南大陸へ侵攻しても、アメリカ軍の反撃で頓挫する事は、火を見るより明らかです。」

シュナルク国王は、ルーズベルトに視線を送りながら、2人に語る。

「私もシュナルク陛下の言われる意見と同じ考えです。」

今度はトロア国王が口を開いた。

「シホールアンル軍の執拗さは常に有名ですが、それは勝てる見込みがあればこそです。今の情勢で、シホールアンル軍が南大陸侵攻を再開しても、
洋上には強力な大艦隊。陸地にはあれほど悪戦苦闘した陸軍部隊が待ち構えている。もはや、シホールアンルにとって、南大陸侵攻を再開する事は、
現地点では無きに等しいと思われます。」
「レースベルン国王や、グレンキア国王の言われるとおりです。」

ルーズベルトは、トロア国王とシュナルク国王に頷きながら、口を開く。

「南大陸には、太平洋艦隊の主力艦群は勿論、先の南大陸戦でも活躍した陸軍部隊が多数駐屯しています。現在、このヴィルフレイングと、
ミスリアル王国のエスピリットゥサントには海軍の高速空母部隊が配備され、北大陸のシホールアンル艦隊並びに、シホールアンル陸軍に対して
睨みを利かせています。もし、敵が南大陸侵攻を再開すれば、まず海軍の空母部隊から発艦した艦載機、そして陸軍機の攻撃を受けます。
太平洋艦隊は、12月現在で19隻の高速空母を保有しており、艦載機の総数は1600機以上です。それに加え、陸軍航空隊も相当数の
航空兵力を有しております。この情報は、当然シホールアンル側も把握している筈です。」
「確かに、あなた方アメリカ側の航空兵力は強力な物があります。」

ミレナ女王は頷きながらそう呟いた。

「ですが、シホールアンル軍は考える軍隊でもあります。航空兵力は、昼間では威力を発揮しますが、悪天候時や、夜間では大きく行動を制限されます。
シホールアンル軍がそれを利用して、侵攻を強行する可能性は無いとは言い切れません。」
「なるほど。シホールアンルは時に常識を無視した戦法を使いますからな。」

ルーズベルトは納得した。

「しかし、それが出来ても、後が続かぬかと思います。確かに侵攻を強行し、作戦が成功したとしても、それは一時しのぎに過ぎません。その後は、
先の南大陸戦でも行われたように補給切れで撤退を待つだけです。」
「恐らく、シホールアンル軍は南大陸へ来ないでしょう。」

ヴォイゼ国王も言う。

「彼らは補給が断たれれば、どれほど恐ろしい事になるか身を持って知ったばかりです。先の南大陸戦で、膨大な兵員と大量の物資を失った
シホールアンルには、南大陸侵攻を再開できるほどの余裕も、やる気も無いと、我が国は考えています。」

「・・・・そうですか。」

リクレア女王は納得したのだろう、小さく頷く。
ミレナ女王も渋々と言った表情を浮かべつつも、頭を何度か頷かせる。

「結論からして、現状ではシホールアンル側が南大陸に再侵攻を行う余裕は無いと考えられます。しばらくは、北大陸に引き篭もる事になるでしょう。しかし、」

ルーズベルトは途中で語調を変えた。

「北大陸には、不本意ながらもシホールアンルの統治下に置かれた国が幾つもあります。今の所、シホールアンル側は占領地に対して善政を
敷いておるようですが、我々が南大陸で足踏みしている間、この被占領国がいつまでも健在であるという保障はありません。」
「大統領閣下。では、我々はこの被占領国も解放するため、北大陸にも攻め込むと言うのでしょうか?」

ヴォイゼ国王の言葉に、ルーズベルトは深く頷いた。

「その通りです。確かに南大陸は完全に解放され、シホールアンルはしばらくは出て来れない。ですが、数年後もシホールアンルが出て来ない、
という保障はありません。あなた方も知っている筈です。シホールアンル帝国は武器の開発能力に長けています。もしかしたら、シホールアンルは
我々アメリカ軍の装備と互角か、最悪の場合、上回る兵器を前線に投入して来る可能性があります。勿論、そうなっても我々アメリカは負ける事は
無いでしょう。しかし、負けぬとは言えど、前線で散る将兵はより多くなっていく。その苦境を味わうのは、我々アメリカのみならず、あなた方が
指導する南大陸各国も同じです。」
「要するに、最悪の事態を迎える前に、シホールアンルに立ち直る余裕を与えず、次々と攻めて行く。そうですね?」

ミレナ女王が不敵な笑みを浮かべながら、ルーズベルトに質問してきた。

「その通りです。我々は待つ必要は無いのです。この機会に、自らを強しと思い上がるシホールアンルに渇を入れてやるのです。」

ルーズベルトは話を中断させると、顔を下にうつむかせる。

「既に、我々は北大陸侵攻作戦の準備を進めつつあります。」
「準備ですか・・・・それは、マルヒナス運河北岸に対する侵攻作戦の事ですな。」

シュナルク国王は確信した。
しかし、ルーズベルトの返事は、彼の確信を揺さぶる物であった。

「いや。その後に行われる侵攻作戦です。」
「その後・・・・?」
「正確には上陸作戦です。それも、今までの規模とは比べ物にならぬほど、遥かに強大な物です。」

シュナルク国王は、ルーズベルトの返事に困惑した表情を浮かべる。

「大統領閣下、北大陸への入り口はマルヒナス運河があります。そこから北上していけば、いずれはシホールアンル本土に入れますが。」
「確かにそうでしょう。ですが、戦争と言う物は常に相手の裏を取るものです。」
「相手の裏を取るもの・・・・・大統領閣下。あなたは・・・・」

リクレア女王は、ルーズベルトの言わんとしている事がわかった。

「察しが良いですな。」

ルーズベルトは彼女に微笑みかけた。
「皆様にお伝えします。我々アメリカ合衆国は、北大陸中西部地方への上陸作戦を計画しています。」

その瞬間、南大陸各国首脳は体に電撃が走った。

「北大陸中西部・・・・・正確にはどの地方へ侵攻を行うのですか?」
「統合参謀本部の検討によりますと、我々はジャスオ領への上陸作戦を考えております。本土では既に軍の編成、並びに輸送船の
確保が進められています。この席上で申し上げますが、我々アメリカ合衆国としては、あなた方南大陸の軍にも、この上陸作戦の
参加を要請したいと思います。」
「大統領閣下、それは本当なのですか?」

ミレナ女王が、苦笑を交えながら聞いてくる。

「アメリカは、レーフェイル方面にも数十万の軍を動員するようですが、それ以上にもまだ余裕があるのですか?」
「はい。」

ルーズベルトは即答する。

「であるがゆえに、我々は北大陸中西部への上陸作戦を計画しているのです。」
「予定人員はどれぐらいになるのでしょうか?」

ヴォイゼ国王が恐る恐るといった口調で聞いてくる。

「予定としましては、50万を見込んでいます。後方支援部隊や輸送船、艦艇乗員も含めれば、80万は越えるでしょう。」
「80万・・・・・!」

南大陸各国首脳は、先よりも顔を強張らせた。ミレナ女王に至っては顔を真っ青に染めている。
自分達の国でさえ、良くて3、40万、多ければ70万程度の軍勢を確保するのが精一杯なのに、アメリカはシホールアンルとの戦いに
100万以上の兵力を派遣できる。
先の話でも出て来た北大陸中西部上陸作戦では、途方も無い数の輸送船が必要になるであろう。
それだけでも驚きなのに、アメリカはシホールアンルだけでなく、レーフェイルのマオンドに対しても侵攻作戦を開始しようとしている。
マオンドに対する侵攻作戦でも、相当数の船舶、物資が用意されるのであろう。
(まさに、底無しの国だ)
偶然にも、南大陸各国首脳は、心中で全く同じ言葉を呟いていた。

「マルヒナス運河北岸への上陸も、重要な物です。しかし、シホールアンル本土に至るまでは、敵の膨大な野戦軍と、いくつもの縦進陣地が
てぐすね引いて待ち構えているでしょう。それを少しでも和らげるために、北大陸中西部上陸作戦は必要不可欠です。返事は今すぐに、
と言う訳ではありません。あなた方各国首脳も、それぞれ事情があるはずです。私はそれを踏まえて、この上陸作戦の参加か、否かのお返事をお待ちします。」
「強制・・・・・ではないのですね?」

ヴォイゼ国王はルーズベルトに聞いた。

「勿論です。いくら国力が優れているとはいえ、アメリカは他の国と同様、世界を構成する一国家に過ぎません。まあ、この世界に来てからは
まだ2年に程度しか経たんので新人同様でしょうが。とにかく、私は対等な立場にあるあなた方に命令する事はできません。出来るとしたら、
ただの提案ぐらいのものです。」


そう言って、ルーズベルトは苦笑した。

「では、回答は今すぐ、と言う訳ではないのですね。」

リクレア女王が質問する。

「はい。参加する、しないは自由です。もし参加するのならば、お国の閣僚と協議を重ねてからにしてもらいます。」

ルーズベルトの言葉に、リクレア女王はやや間を置いてから頷いた。


それから1時間ほど協議が続いた。

「皆さん、少し休憩にしましょうか?」

ルーズベルトは、やや疲れた表情になった各国首脳の顔を見渡しながら提案する。

「ええ。気分転換にも丁度よろしいでしょう。」

リクレア女王が賛成の声を上げる。

「私も同感です!難しい話ばかりして頭が煮詰まりそうです。」

ミレナ女王が苦笑しながら賛成の意を伝えてきた。他の首脳もルーズベルトの提案に賛成のようだ。

「では、30分ほど休憩を取りましょう。休憩を取る場所はここでも良いですが、この艦の艦橋で休憩を取るのもよろしいですよ。」
「艦橋ですか?」

ヴォイゼの言葉に、ルーズベルトは頷く。

「ええ。見晴らしがとても良く、心地よい風が吹いています。気分転換には持って来いの場所ですよ。それでは、これから30分ほど休憩に入りたいと思います。」

ルーズベルトの最後の一言で、休憩時間に入った。
各国首脳は席を立ってから、別室に移動して行く。やがて、部屋には誰もいなくなった。

「大統領閣下、お疲れ様です。」

1人の男が、各国首脳と入れ替わりに部屋に入ってきた。

「やあハリー。」

ルーズベルトは破顔して、陽気な声で話しかけた。

「南大陸の首脳達は、なかなかの猛者揃いだ。流石に長い間、戦乱を潜り抜けただけあって相手との話し合い方を心得ている。」
「そりゃそうでしょうな。何せ、話し方ひとつで国の行き先が変わるのです。話が上手くなければ国のトップにはなれないでしょう。」

その男、ルーズベルトの補佐官を勤めるハリー・ホプキンスはたおやかな口調で語った。

「君の言う通りだ。」

ルーズベルトはそう言ってから、ハハハと笑った。

「ハリー、艦橋までちょいと押してくれんかね?いつもの場所だよ。」

彼は、ホプキンスに頼み込んだ。

「よろしいのですか?車椅子姿をあの首脳達に見られますぞ。」
「構わんさ。むしろ、見せた方がインパクトを与えられるだろう。私個人のみならず、アメリカという国のな。」

ルーズベルトは悪戯小僧のような笑みを浮かべた。

「分かりました。」

ホプキンスも止む無く了解し、車椅子を押して部屋から出て行った。

2分後、ルーズベルトの姿はアイオワの露天艦橋にあった。

「いつ見ても素晴らしい。」
彼は満面の笑みを浮かべていた。
よく晴れた空に美しい海。吹いてくる風は冷たく、やや強いが、ルーズベルトにとっては涼しいそよ風に過ぎなかった。

「大統領閣下はこの場所がお気に入りになりましたな。」
「たった2度ほどしかここには来ていないが、私は好きなんだよ。ここから見える風景が。」

ルーズベルトはそう言った後、しばらく前方の海を眺めていた。
5分ほどそのまま見入っていると、いきなりホプキンスが肩を叩いてきた。

「閣下。」
「どうしたハリー。何を慌てている?」
「バルランド王国のヴォイゼ陛下と、ミスリアル王国のヒューリック陛下がお見えになっています。」

ホプキンスのやや慌てた口調を聞いた後、彼は後ろを振り返った。

「これはこれは。ようこそ、本艦の展望台へ。ささ、どうぞこちらに。」

ルーズベルトは2人の首脳を、自分の側に来るように手招きした。

「大統領閣下。その椅子は・・・・・」

ヴォイゼが、ルーズベルトの右隣に来てから質問してきた。

「これですかな?」

彼は笑みを絶やさないまま、車椅子を手で叩いた。

「私の特注の車椅子ですよ。私はこれが無いと、外に出れない物でね。」
「もしや、閣下は足が・・・・」

リクレア女王がルーズベルトに言おうとしたが、彼女は最後まで話さなかった。
彼女としては、このような質問をするのは悪いと思ったため、最後まで言う事を躊躇った。
だが、ルーズベルトは彼女の聞きたい事を喋った。

「ええ。昔、重病を患ったせいで足が不自由になりましてね。お陰で、今ではこの有様ですよ。」
「病を患ったのですか。」
「はい。足がこのようになった時は、もはや誰にも見られたくない思いで一杯でしたな。つい最近まで、私は側近にしかこのような姿を見せていません。」
「では、何故閣下自ら、首脳会談を開こうと思われたのですか?」
「必要と感じたからです。」

リクレアの問いに、ルーズベルトはきっぱりと答えた。

「転移してから丸2年近く、私はあなた方と直接話し合ったことはありませんでした。私としては、転移した直後から、すぐにこのような
会談を行うべきと考えておりました。ですが、国際情勢の変化や、私の国内での政務が多忙なために長い間、機会が巡って来ませんでした。
しかし、ようやくあなた方と腹を割って話せた事に、私はとても嬉しく思います。」

「閣下、私は改めてアメリカが凄い国であると思いました。」

ヴォイゼは改まった口調でルーズベルトに言って来た。

「ほう、それはどうしてですか?このような、巨大な戦艦を作れるからでしょうか?」
「それもあります。ですが、私が改めてアメリカが凄いと思ったのは、閣下の姿を見てからです。」
「私の姿・・・ですか?」

ルーズベルトは怪訝な表情を浮かべた。

「はい。我々の世界では、体に障害を負った国王は、王として見受けられません。王は常に健全たるべきで、体の不自由な王などは存在するべきではない
と言われているのです。」
「ふむ。なかなかに厳しいですな。体が不自由な王はどうなるのです?」
「王位を失い、屋敷で軟禁されます。民に王家の恥を晒さぬために・・・・・」

ヴォイゼは、話の途中から険しい表情になった。

「・・・・・陛下。つかぬ事をお聞きしますが、あなたの知り合いに、そのようにされた方がいらっしゃるのですかな?」
「はい。私の妹がそうなっています。10年前に、事故で足が不自由になって以来、屋敷で満足に外に出れぬまま過ごし続けています。」
「閣下、このような事は、バルランドのみならず、他の国でも同様です。私の国も・・・・」

リクレア女王もまた、表情を曇らせながらルーズベルトに言う。

「・・・・・・王族の威信を考えれば、それも致し方ないのでしょう。ヴォイゼ陛下、あなたはそれを考えた上で、私の事、
ひいてはアメリカが凄いと思われたのですね?」
「そうです。健全たるものがしか手に入れる事が出来ない国の王という物を、アメリカは閣下のような方でも一国の王に任命する。
私は、アメリカのその柔軟さに感嘆したのです。」

ヴォイゼは心からそう思っていた。

未だに、古い体制から抜けきれないこの世界。力を見せ付けるには、それを保持する者もその象徴とならざるを得ない。
いくら有能であろうとも、四肢のどれかひとつが欠け、動かなければ決してなれない。
だが、アメリカは決して健全な体とはいえぬルーズベルトを国の主にした。
それはひとえに、ルーズベルトが有能である事もあるが、それを成し得たのはアメリカの柔軟さにあると、ヴォイゼは確信していた。

「私が理想としているのは、あなた方アメリカのような国を作る事なのです。勿論、アメリカにも裏表ある事は、留学生達の報告で
分かっています。ですが、それを差し引いてもアメリカが我々の理想である事は変わりません。」
「いやあ、そこまで言われると照れてしまいますな。」

ルーズベルトはヴォイゼに対して、照れ臭そうに返事する。

「陛下のお言葉を聞いていると、私もアメリカ合衆国大統領になれて良かったと思います。正直言って、今のアメリカにはまだまだ
課題が山積みとなっています。私が在任中に全てが解決できるとは限らないでしょうが、陛下の言われるような真の理想国家になるために、
これからも努力を続けていきます。」

ルーズベルトは、柔らかいながらも、芯の通った口調でヴォイゼに語った。

「話は変わるのですが。」

ヴォイゼは、視線を一旦前方に向ける。
視線の先には、巨大な17インチ3連装砲2基が見える。その先にある艦首は、時折海水を吹き上げている。
視線を回りに向ける。アイオワの右舷や左舷には、ボルチモア級重巡洋艦とクリーブランド級軽巡洋艦が各2隻ずつ配置されている。
ヴォイゼのいる艦橋からは見えなかったが、アイオワの後方には、エセックス級空母とインディペンデンス級軽空母が1隻ずつ布陣していた。
この他にも、輪形陣の外周部には、フレッチャー級駆逐艦や、今年から配備の始まったアレン・M・サムナー級駆逐艦ががっちり固めている。
上空に視線を向ければ、絶えず10機以上の航空機が、編隊を組みながら艦隊上空を旋回している。
(たのもしい護衛が付いているな)
ヴォイゼは心中でそう思いながらも、視線を再び艦首に向ける。

「この船は大分早い速度で進んでいるようですが、今はどれぐらいの速さで航行しているのですか?」
「少しばかりお待ちを。」

ルーズベルトはそう言うと、その場にいた水兵(持ち場にいきなり大統領と、南大陸の首脳が来ているからかなり緊張している)に聞いた。
30秒ほどしてから、ルーズベルトはヴォイゼに答えた。

「今は24ノットのスピードで航行しています。あなた達の単位で表せば、12リンルと言った所ですな。」
「12リンル・・・・・この大きさで。」

ヴォイゼは驚いたような表情を浮かべた。

「このような巨艦で、12リンルもの高速を出せるとは。」
「我々としては、12リンルでは高速とは言えませんよ。」
「では、もっと早いスピードを出せるのですか?」
「はい。正確にはお教え出来ませんが、この戦艦の高速性能は従来の戦艦より優秀ですよ。だから、味方がピンチな時にはすぐに現場へ駆けつけられます。」
「大統領閣下、このアイオワと同じ戦艦は、今後も作られるのでしょうか?」
「はい。再来年の3月までには、同型艦6隻が艦隊に配備される予定です。」

ルーズベルトはさりげない口調で言ったが、ヴォイゼは唖然とした表情を浮かべていた。
それに対して、リクレア女王もやや驚いてはいたが、彼女は比較的冷静であった。

「搭載している兵器はともかく、このような大型船をより遠く、より早く動けるように建造するアメリカから、これから多くを学べると思うと
今後が楽しみになりますね。」

逆に、彼女は笑みを交えながら、ルーズベルトに返事した。

午前10時。休憩時間を追えた各国首脳は、再び会議室に集まった。

「では、次の議題に移りたいと思います。」

ルーズベルトは早速、協議を再開した。

「次なる議題は、今後の北大陸解放の際の、我々連合国の方針についてです。我々連合国は、近いうちに北大陸へ侵攻いたします。この北大陸侵攻は、
シホールアンル帝国の現政権を打ち倒す事、そして、北大陸の被占領国を解放する事を目的に行いますが、作戦中は敵シホールアンル軍の戦時捕虜が
多数出る事が予想されます。また、戦地で家や財産を失った北大陸住人も少なからず出てくる事でしょう。この捕虜と、被災民の対応について、
我々連合国は改めて、方針を決めねばなりません。」

ルーズベルトは一呼吸置いてから、話を続けた。

「先の南大陸戦で、我々は多数のシホールアンル軍将兵を捕虜にしました。しかし、残念な事に、最近この捕虜に対して扱いの良くない部隊が
出ているとの報告があります。ある部隊の報告では、連合国の将兵が収容所の独房に乱入して捕虜に乱暴を働いていると言う物もあります。」
「そのような報告は、私も耳にしています。」

ミレナ女王がルーズベルトに言う。
口調がどこか硬い。表情は、少しだけムスっとした顔つきだ。
(先ほど、別室で何か言い争ってたな。あの女王が臣下から何か注意されていたようだが、彼女にはあまり気に入らない内容だったらしいな)
ルーズベルトは、先ほどの休憩時間の際に聞こえた、言い争いなのか、掛け合い漫才なのか分からぬ喧嘩を聞いた。
その事を不審に思ったルーズベルトは、ヴォイゼ国王に聞いたが、

「ミレナ女王はいつもああですよ。まあ、喧嘩するほど仲が良いと言うではありませんか。」

彼は苦笑しながら返事した。彼はさほど気にしていないようであった。

「捕虜に対する不祥事が、我が軍に最も多い事は、私としても、とても恥ずべき事だと思います。」

順調に推移していった南大陸戦で、連合軍は10万以上のシホールアンル軍捕虜を得ている。
アメリカ軍の場合、捕虜や現地人に対して犯罪行為を行った場合は軍刑法に則って厳罰に処すと、予め伝えておいたせいか、戦いの最中では
いかなる弱敵でも全く容赦しなかったが、相手が降伏した場合、アメリカ軍は紳士的な態度で捕虜に接していた。
流石にゼロとまでは行かなかったものの、事件の発生件数はかなり少なく、(イチョンツの虐殺事件が明らかなった後も、アメリカ兵による
事件の発生件数はほんの僅かであった)南西太平洋軍司令部を安堵させていた。
だが、問題は他の連合軍にあった。
連合軍には、これまで仲間をシホールアンルによって奪われた恨みがあった。
イチョンツの虐殺事件が起こった後は、連合軍将兵による捕虜虐待などの犯罪行為は増え、11月22日には小規模の簡易収容所に殴り込んだ
カレアント軍の歩兵小隊が、収容されていたシホールアンル軍捕虜男女38名を暴行後、虐殺すると言う痛ましい事件が起きた。
102件起きた事件のうち、57件はカレアント軍の部隊が起こした物であり、南西太平洋軍司令部は事前の命令遵守を怠ったカレアント軍総司令部に
対して、異例の抗議文を送りつけたほどであった。

「今後は軍に対し、捕虜に対する処遇の行い方を、より徹底して教育していきます。」
「分かりました。」

詫びるミレナ女王に対して、ルーズベルトは頷きながらそう言った。

「このように、捕虜に対する不祥事が幾つも起きていますが、我々連合国としては今後の事も考えて、捕虜に対する不祥事を減らさなければなりません。
この戦争は、国同士の戦争でもありますが、同時に、現地住民に対していかに好印象を与えるかの勝負でもあります。」
「いわば、現地民の支持を得たほうが、戦争もやり易くなる、という事ですな?」

シュナルク国王の言葉に、ルーズベルトは頷いた。

「その通りです。北大陸の住民は、恐らく我々の到着を待ち望んでいるはずです。その待ち望んでいた解放軍が、抵抗もしない捕虜を面白がって叩きのめし、
しまいには殺してしまう。それを見た北大陸の住人は、どう思います?」
「シホールアンルと同じような事をしている。そう思われてしまうでしょうね。」

リクレア女王が、冷たい口調で相槌を打つ。

「そう。我々がシホールアンルと同じと思われてしまうと行けないのです。確かに敵を殺すのも良い。それが戦争です。ただし、殺してばかりでは
どうにもならない。降参した敵には情けを与え、そして受け止める事で寛大さを思い知らせる。その事を、他の占領地でも知らしめ、シホールアンル
への忠誠心を薄れさせる。こうするのもまた、戦争なのです。」
「一種の情報戦のようなものですね。」

ヴォイゼが納得したように言った。

「この方法はかなり効果があるでしょう。シホールアンルが恐れるのは、このような事かもしれません。」

トロアもまた、ルーズベルトの言葉に頷いた。

「はい。これからの戦争では、相手にどのような印象を与えるかで、流れは決まるでしょう。無論、時には鬼、悪魔と罵られるような事を
するかもしれないでしょう。ですが、それも時期や場所等を考えてやらねばなりません。」
「大統領閣下。お言葉ですが、私としてはそれはいささか、理想の範疇にあるかと思われるのですが。」

ミレナ女王が、ルーズベルトに言い返してきた。

「確かに、現地民や敵に対する受けを良くするためには、閣下の言われる事も必要でしょう。しかし、シホールアンルはどのような手を使ってでも
相手に損害を与えようと考えています。そのシホールアンルが、閣下の考えた策につけ込んで、何かしでかす事は充分に考えられます。
はっきり申しまして、私は甘い、と思います。」

ミレナ女王は、きつい口調で自らの真意を語った。
それを聞いたルーズベルトは、腕組みしてしばらく黙り込む。

「・・・・・確かに。確かに、私の考えは甘いでしょう。私がこうやって、敵に情けを掛けろというのは容易い。しかし、敵と常に命のやりとりを
する前線の将兵には、私の考えは甘い、と思われるでしょう。」

ルーズベルトはふと、何かを思い出した。その後、彼は苦笑した。

「いやはや、陛下と同じような事を、私は大分前に言われましたな。」

彼は苦笑したまま、目の前に置かれている紅茶を一口すすった。

「陛下。あなたの言わんとしている事はよく分かりました。ところで陛下。あなたはもし、敵と安心して戦うのならば、どちらをお選びいたしますか?
相手は2種類の敵がいます。1つは、戦闘中も、戦闘後も容赦の無い敵。この敵は、こちらが降参すればそれを受け入れる。だが、その後は相手に散々罵倒され、
強制労働に付かせたり、運が悪ければ気分次第であっさり殺される。恐らく、降伏しなければ良かったと思うほど、酷い事をさせるでしょう。
もう1つは、戦闘中は本当に容赦が無い。降伏しなければ殺される。だが、降伏した後は、一生懸命戦った相手として敬意を払ってくれる。囚われの身と
なっても、その間は別にきつい労働を課される事も無く、戦争が終わって祖国に帰れるまでは、しっかり面倒を見てくれる。この2つの敵のうち、
本当に安心して戦える相手は、どちらだと思いますか?」

ルーズベルトの質問に、ミレナ女王はしばらく考えた。
2分ほど考えた後、彼女は答えた。

「戦士として戦うのならば、相手も敬意を払ってくれる方に戦います。いざ負けても、自分の誇りを汚さぬのなら、私は後者を選びます。」
「そうですか。」

ミレナの回答に、ルーズベルトは頷いた。

「あなたのおっしゃった回答は、同時に敵味方が抱く思いでもあるのです。確かに、自分の命を投げ出そうとする者は少なからず居る事でしょう。
ですが、我々も、そして、シホールアンルも人の子です。彼らの中には、あなたと同じ思いを抱くものは大勢いるでしょう。現に、この南大陸戦での
結果が、その事を如実に物語っています。」
「大統領閣下のおっしゃる事はよく分かります。」

リクレア女王が彼に相槌を打った。

「そもそも、この世界の戦争は相手を完全に死滅させる意味での全滅戦でした。相手に負けたら自分達は皆殺しに合う。ならば、逆に自分達が
相手を皆殺しにすればいい。このような思いで、我々は今まで争ってきました。ミスリアルでもそうでした。その結果、生まれるのは復讐、
絶滅戦の繰り返しと言う負の連鎖ばかり。昔の戦争は、強迫観念に駆られて行われた戦争と言えます。しかし、その強迫観念を本格的に取り払ったのが、
あなた方アメリカ合衆国です。アメリカ軍の行った、捕虜を取った後は収容所に送るだけで何もしないと言う行動は、シホールアンル軍にかなりの衝撃を
与えています。その結果、今までは文字通り、全滅するまで戦う事で知られるシホールアンル軍も、先の反攻作戦では相当数の捕虜を出しています。
これもひとえに、閣下の方針のお陰であると、私は思います。」

「ありがとうございます。」

ルーズベルトは、リクレア女王に感謝の言葉を述べた。

「大統領閣下、私もその意見に賛成です。今まで、シホールアンル軍は捕虜に対しても厳しい対応を施してきましたが、我々は降参した敵にも
情けを与える。我々はそうする事によって、北大陸の住民にシホールアンル軍が“未開で野蛮な軍隊”という印象を植え付けられるでしょう。」
「なるほど。」

シュナルク国王の言葉に、ミレナ女王が納得したように呟いた。

「あのシホールアンルが“未開な野蛮人”そして、私達が“紳士で進んだ軍隊”になると言うのですね。これは面白い。」

彼女は愉快そうな表情を浮かべた。

「では、北大陸侵攻時には、捕虜に対する処遇は出来るだけ紳士的、と言う事でよろしいのですね?」

ヴォイゼ国王が纏めるような口調で、ルーズベルトに聞いた。

「そうです。我々連合国は、今後は敵軍の捕虜に対して寛大な措置を取るという方針で行きましょう。我々は、『進んだ軍隊』になるのです。」

その後、1時間半ほど首脳会談は続いた。
午前11時40分。連合国首脳会談は無事閉幕し。各国首脳は共同宣言を発表した。
後にヴィルフレイング宣言と呼ばれる共同宣言の内容は以下の通りである。

1 連合国は、シホールアンル帝国が不必要な領地の保有、または膨張主義を廃するまで戦いを止めない。
2 連合国はシホールアンル帝国の被占領地で甚大な損害を負った地域に対して、出来る限りの支援を行う。
3 連合国はシホールアンル側の戦争犯罪人を法廷で裁き、真実を国民に知らせる。
4 連合国側は、降伏する敵に対して寛大な対応を行う事を約束する。
5 シホールアンル帝国は、被占領地に対して賠償金を支払う義務がある。
6 シホールアンル帝国が不当に支配する占領地並びに膨張主義を放棄する意志があれば、連合国は停戦会談に応じる。


この6つの共同宣言は全世界に発信された。
後にヴィルフレイング会談と呼ばれたこの日の首脳会談は、シホールアンル帝国首脳に大きな衝撃を与える事になった。
+ タグ編集
  • タグ:
  • 星がはためく時
  • アメリカ軍
  • アメリカ
ウィキ募集バナー