愛する貴方 > 貴女と、そよ風の中で 後



綻びの糸は、いつの間に現れていたのだろう。
徐倫には分からない。何も知らない。
目の前で蜃気楼のように儚く揺らぐ男の、本当の名前も。
彼の過去も。記憶も。目的も。
かつてウェザー・リポートと呼ばれた仲間の、見据えるその瞳の先に燃ゆる光景も。

何も、かも。


(ウェザー…………)


男の心から解れつつあった糸は、綻びとなって千切れ落ちてゆく。
殻から現れた空っぽの心こそが、その男『ウェス・ブルーマリン』の正体であり。
徐倫は今、真に彼と向き合うことが出来たのだ。


全ては、遅かった。


肌に触れていたそよ風が、一段と鋭く荒む。
訊きたいことがあった。
話したいことも沢山あった。
その機会が、この掌からポロポロと零れてゆく。

二人に会話はない。
正確には徐倫のみが、未だ何かを語りかけようと男を臨むも。
既に男の瞳は全てを拒絶する暴風のような眼光を放っている。
徐倫は一目見て察した。


―――彼はもう、『ウェザー・リポート』ではない。


ウェザー・リポートという過去の残像のみが精神となって、男の傍に吹く嵐として暴を撒き散らしているに過ぎない。

『ストーン・フリー』―――“石の海”から自由を手にするという意味を込めて、そんな名を付けた。
あたしは自由を手にした。だがウェザーの心は、永遠に縛られたままだ。
救ってやりたい。もう一度救って、彼の心を運命の糸から解放させてあげたい。
ウェザーの綻びは、あたしが―――


威を増してゆく風が二人を取り囲んだ。
視界の外、二人の周りには雨がしきりに呻きを上げている。
徐倫とウェザー。彼女らを中心とした半径10メートルのみが、暖かな晴れ間と共に風を渦巻かせていた。
ここは二人の世界。
彼女らだけが感情を吐露することを許された、二人だけのそよ風の中。


徐倫とウェザーが全く同時にスタンドを出した瞬間、徐倫は全てを察して駆けた。
何もかも分からないが、今のウェザーはきっと『敵』だ。ならば徐倫に出来ることは至ってシンプル。

―――まずはブン殴って止めるッ!

結局、彼女が取れる選択肢はそれしかないのだ。
ウェザー・リポートの傍らに浮かぶ雲が帯電するようにバチバチと雷光を光らせる。
稲妻が来る―――! そう直感した徐倫はすぐさまウェザーの懐に跳ぶも、距離が遠い。
元よりストーン・フリーに飛び道具らしい武器は無いが、ウェザー相手に遠・中距離戦を選ばなかった徐倫の判断は正解である。
何といっても相手は天候を自在とする規格外の能力。同条件での遠隔対決では勝ち目がない。
だからといって近接戦闘なら相手を土俵から突き落とせるかといえば、事はそう単純な話ではない。
ウェザー・リポートはそのスタンドステータスも高く、天候の応用があれば遠かろうが近かろうが柔軟に対処される。
味方である限りはこれ以上なく頼りになるが、敵として戦うことは徐倫も考えたくなかった。

ウェザー・リポートの両腕が迫り来る徐倫に伸ばされたと同時、最高値まで漲った殺意の雷鳴が轟く。
音速を越えた二本の電光石火の槍は―――その双方が徐倫の両脇を通り過ぎて、そのまま風の彼方へ消えた。

「……」

ウェザーはその不可思議な光景を眺め、しかし何の言葉も発さず。
外れたのではない。“外された”のだ。
走り来る徐倫の両腕から二本ずつ、直線状に延びた『糸』がウェザーの両腕を絡め取っていた。これにより攻撃の軌道は意図的に逸らされたのである。
ストーン・フリーには飛び道具こそ無いものの、幾重にも延ばし、拡がらせることの出来る『糸』がある。応用力、という点では徐倫も決して負けていない。


「到着よ、ウェザー」


超近接。ウェザーの能力をよく知る徐倫は、この互いに1メートル未満という一撃絶命の間合いこそが最良の距離だと判断する。
この距離なら雷は撃てない。自分まで感電する恐れがあるからだ。
徐倫はウェザーの両腕に絡めていた糸を、右腕だけ残して手元に回収する。
そして残した糸を幾重にも編み込み、頑丈なる『手錠』へと変化させてウェザーの手首にガッチリと嵌め込んだ。
徐倫の『右腕』とウェザーの『右腕』。その手首から連なる糸の手錠は、二人の間合いを決して剥がさない。

剛と柔の両特性。しなやかな強さを持つ徐倫の糸が、台風の目の中心で舞う。


「ねえ……ウェザー。何か……言いなさいよ」

「……」


徐倫とウェザー。二人の対照的な瞳が交差し、言葉をかけた。
男から返ってくるのは、言葉でなく拳。
ウェザー・リポートの風速を纏った重い拳が、徐倫の心臓を狙い打つ。打つ。打つ。
糸の持つ柔軟さでその全てを受け流す徐倫に、反撃の意志は。


「ねえったら……お願いよ、ウェザー。何であたし達、こんなことやってるの……?」

「……」


二人の周囲を渦巻く雨風が、また一層に激しさを増す。その様はとてもそよ風などと形容できる範疇になく、もはやハリケーンの域。
それでも中心に立つ男と女の頭上には、なおも優しげな陽光が射している。
今、ウェザーは何を思い、何を感じながら拳を振るっているのだろう。
徐倫には、何も分からない。
たとえ彼が理由もなく襲ってこようと、徐倫には理由なく彼と戦う(殺す)ことが、やはり出来ない。


「オラァ!」


拳の嵐を掻い潜って見つけた隙。徐倫の糸の拳が、ここでとうとうウェザーの頬に届いた。
怯み、ほんの一瞬両者の間に疾風が走る。
だが、それまで。


「―――ッ!」


男は倒れず、その瞳は揺るがなかった。
それほどに強靭な覚悟なのだろうか。それもあるだろう。
だがそれ以上に、徐倫の闘志が男の闘志を上回れなかった。それが拳の重さに現れ、決定的な一打に成り得なかったのだ。

どちらからともなく手錠を引き寄せ、二人の距離がゼロに近づく。
またも、拳のラッシュ。ラッシュ。ラッシュ。


(……こんなにも)


男はその静寂をも纏う心中で、どこか残念そうに気落ちする。


(……こんなにも弱かっただろうか。彼女の拳は)


男は、過ぎし日見た彼女の勇姿を心に思い浮かべる。
彼女はもっと強かった。こんなにもひ弱な拳ではない。


(やはり徐倫……君は、優しいな)


理由など、とうに知れている。
俺が彼女の仲間であり、共に同じ道を歩もうとした者同士だったからだ。


(俺は吹っ切れているが、君はまだ……)


徐倫と戦う目的は一つだ。
呪われた運命の清算。その為に俺は今、彼女と戦っている。
だからこんなじゃあ、俺自身がとても納得できない。
こんな腑抜けたパンチを打つ徐倫を殺したところで、俺も彼女も永遠に救われることは出来ない。
お互い、全霊の力でぶつからなければ、この戦いに意味など見出すことは出来やしない。


―――ならば、その心に風穴を。























「――――――エルメェスは…………俺が殺した」






















初めて、男は口を開いた。
皮肉にもこの一言が、彼と彼女の初めての会話となってしまう。

ほんの数秒、時間が止まり。
そよ風が、空気を揺らし。






「―――ッ!! ウェザァァアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーッッッ!!!!」






哀に哭かれた、愛のように。

暮雨に荒れる、暴のように。



石の海を共に生き抜いた“相棒”を奪われた哀しみと怒りは、“愛”と“暴”が吹き荒れる嵐となって二人を包んだ。



「ウェザー、か。…………その男は、死んだ。俺の名前は―――ウェス・ブルーマリンだ」

「―――ッ!」

「俺を殺してみせろ。……空条徐倫



風雲急は告げられた。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


「じゃあそのスタンド使いの男は徐倫に何か恨みやらがあって、アイツを殺しに来たってのか!?」

「でしょうね。でもこれって当人たちの問題。私たちが首を突っ込むべきではないのよ」

地面に押し倒されたまま、魔理沙は鈴仙から全てを聞かされた。
話を聞く限り、その男は鈴仙を正面から下した芸達者。あのワムウとの激闘の傷癒えぬままでは、徐倫といえど……

「は、放せよ! だったら尚更アイツがやばいだろ!」

「話を聞いてたの? あの人はもう諦めて。私だってこんなこと好きでやってるわけじゃない」

「私は自分の目の前で誰かが死ぬのは嫌なんだ! アリスも妖夢も死んだ! これ以上……!」

せめて、自分の掌に収まる者たちだけは救う。幼くも理想を追う魔理沙の、固く脆い決意。
彼女の与り知らぬ場所で死に逝った者については、ある程度は仕方ないと割り切れる部分もまだあったろう。
だが今回はすぐ近くで、手の届く範囲で仲間が死ぬかもしれないというのだ。
自分が動くことで徐倫を救える。逆にここで徐倫を失う羽目になれば、魔理沙の心に掛かる負担は尋常ではなくなる。

『自分のせいで仲間を死なせてしまった』……。否応に痛感するだろう。
未熟だったから、決断が遅れたからと、責め立てるのは自らのひ弱な心だ。
そんな最悪な状況を回避するためにも、魔理沙はここで奮起せねばならない。
ここで動かねば、それは霧雨魔理沙ではない。

「頼むから退けって鈴仙! お前、正気じゃないぞ!?」

「正気じゃないなら狂気かしら? ……私の気持ちにも、なってよ」

対して鈴仙を取り巻く心境は、魔理沙とは一線を画している。
彼女は既に“零してしまった”のだ。救えた命を、目の前で取り零した。
そんな悲劇を経験してなお、鈴仙は立ち止まらない。目的を見据えてひたすらに足を止めることはない。
これでも鈴仙は魔理沙を気に入っている。だからこそ、そんな彼女をのこのこと死地に向かわせるわけにはいかない。

『幻想郷の皆を守って欲しい』というアリスの遺した願いは、ある種鈴仙に呪いとして機能しているのかもしれない。
故人の望みを叶えることで、その無念を晴らしてあげたい。
言葉に出せば滑稽と捉えられかねない。けれども鈴仙には、アリスの想いを無視することなどとても出来なかった。

ほんの少し話しただけの人間。切って捨てるに、何の躊躇もありはしない。
魔理沙には気の毒と思わないでもないが、それで彼女が助かるならそれでいいではないか。
だから鈴仙の行動は間違っていない。苦渋と慈愛に満ちた、立派な判断であるはずだ。
そうやって鈴仙は、自らの行動を正当化して心に刷り込んだ。


「徐倫はな! アイツなりにアリスの死を弔ってくれた! 私を元気付けてくれたんだ!」

「……っ」


叫び、魔理沙は懐から綿人形を取り出して見せた。
それはアリスの家で徐倫が見繕ってくれた、誰かにソックリな人形。
これを受け取ることで魔理沙は、初めてアリスの死に向き合うことが出来た。

「この人形はアリスの証そのものだ。そして同時に、徐倫の証そのものにもなる。お前、これを呪いの人形にでも進化させるつもりか?」

「……人形は所詮、人形よ。死んだ人を想起するのに、物は必要ない。大事なのは死んだ人が何を想い、それをどう受け継ぐか、よ」

「だから私を生かして徐倫を殺すのか!?」

「あなただけじゃない。こうしてる間にも霊夢だって危険な目に遭ってるのよ」

脳裏に蘇ったのは例の新聞記事。
鈴仙は暗に『徐倫はさっさと諦めて霊夢を助けに行ったらどうだ』と示唆している。
魔理沙とて時間が迫っているのは分かっている。だがこれはどちらを天秤に掛けるという話ではない。

魔理沙は既に宣誓したのだ。徐倫と共に、光り輝く流星の星々を見続けると。
流れ星を見続けるには、自らも星となって追うしかない。
勿論死ぬという意味ではない。自分を見失わない確固たる煌きを放ち続けることによって、この空を流れるように翔び抜くのだ。
いつだって輝きを失わない北極星こそが、魔法使い魔理沙が到達するべき最終地点なのだ。


その輝きを、自らの光条を、戦場に舞う血で覆い隠されることだけは絶対にイヤだ。


「霊夢も当然大切だが、私は徐倫の親父も必ず助けたいと思っている。
 お前、徐倫の目を見て綺麗だって言ってたろ。父親のことで必死になれるアイツを羨ましいって」

「……言った、わよ」

「私だって羨ましいぜ。アイツは私やお前には無いモノ持ってんだからな」

「私には無い、モノ……」

「お前が居るかも分からん親に対して何を求めているかは知らんが、徐倫を見ていたらその悩みも解決するんじゃないのか?」

「……それって『一緒に来い』って言ってるの? 私に……?」

「そう聞こえなかったのなら、その長い耳はハリボテだってことだな」

殺しの檻にてせっかく会えた最初の知己だ。わざわざ別れる理由もない。
今の鈴仙を見ていると、不安になるほどの危うさが見て取れる。誰かが彼女に付いていなければならない。
魔理沙にだって、件のディアボロには思うところはある。それはもう星のようにある。
だがまず救うべきは徐倫。それを終えたら霊夢だ。
ディアボロを追うのはその後からだって遅くはない。鈴仙はその優先順位をどうにも履き違えている。どこか正常ではないのだ。

「とにかく私は徐倫を助けるぜ! ようは私が死ななきゃいいんだろ! 簡単だ!」

魔理沙の懸命な問い掛けが功を奏したのか、覇気を失った鈴仙を体から退かすことに成功すると、一目に駆け出していく。
鈴仙の幻惑攻撃が未だ尾を引くのか、少しふらつきながらも魔理沙は里内の騒がしい地点……台風の目を目指す。



「―――待って! …………お願い待って、魔理沙」



焦燥に色塗られる背を、鈴仙の弱々しい声が射抜いた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


そこは、荒れ狂った暴風雨のドームのようだった。
そよ風が呼んだ乱気流は女の心に風穴を開け。
今や彼女の拳に躊躇はない。


戦いは激烈を極め、韋駄天台風が如く加速を極めていく。


「ウェザーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」

「『その男』は死んだと言った筈だ。『俺』が殺してやった」


かつて二人の心に繋がれていた『仲間』という絆の糸は、今日この時に千切れて落ちた。
今、男と女を繋ぐのは手錠のみ。運命に囚われてしまった心を解放させる為、糸は鎖となって二人を引き寄せる。


1の距離を0に縮めようと女が駆けた。
ウェスは肉弾戦の不利を殺ぐ為、『ウェザー・リポート』の起こす突風で女を吹き飛ばす。

不可。繋がれる手錠により、両者の間に距離は生まれない。
―――徐倫にウェスの突風は効かない。


バランスを崩しながらも、徐倫は男の眼前ゼロ距離まで近づけた。
完全密着状態。だがこの距離ではパンチに力は生まれない。
懐から取り出した小型拳銃『ダブルデリンジャー』の銃口を男の腹に突きつける。

不可。ウェザー・リポートの起こす雨水が、装填された弾丸を中からダメにした。
―――ウェスに徐倫の拳銃は効かない。


僅かな隙の生まれた女を突き飛ばし、再び距離を開ける。
多少距離が出来ればウェスの持つ『ワルサーP38』が威力を吹く。
三発の弾丸全てが女の胸に吸い込まれた。受け皿は心の臓、人体の急所だ。

不可。確かに入った筈の弾丸は、女が皮膚表面に編んだ糸の防弾チョッキにより防がれた。
―――徐倫にウェスの拳銃は効かない。


血を吐きながらも徐倫は、男を視線から外さない。
右の手錠を手前に引き寄せ、男の身体ごと拳の間合いに持ち込ませた。
グンと引っ張られた男の顔面へと『ストーン・フリー』のパンチが迫る。

不可。ウェザー・リポートの生み出した空気の層が、徐倫の打った一発を左へ逸らした。
―――ウェスに徐倫の拳は効かない。


攻撃の隙を突いたウェスはストーン・フリーの腕を掴み、逆の手で女の頭部を両端から掴んだ。
頭蓋をミシミシと圧迫された女の表情は苦痛に歪まるも、すぐに蹴りを入れようと軸足に重力を落とす。
その強靭なミドルキックが放たれる前にウェスは、女の肺も、頭部も、喉も、『雨浸し』にして溺死を狙う。

不可。突然女の喉や胸からスルスルと糸が解かれ、その皮膚に穴が出現して体内に生んでやった雨を逃がした。
―――徐倫にウェスの雨は効かない。


糸状にした身体を再び編み込み、徐倫は男に掴まれたままスタンドの拳を構える。
片腕でダメなら両腕で。それでもダメなら何度だって。
拳の糸を何重にも、幾重にも編みこんで『剛』を生成し、オラオラのラッシュを畳み掛ける。

不可。男の周囲を守るように纏われた高気圧雲が空気抵抗摩擦熱を生み出し、徐倫の両腕を燃え盛りながら登ってくる。
―――ウェスに徐倫のラッシュは効か


「――――――関係あるかァァアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」


烈風とも紛う拳の風。轟々と突き抜ける風圧と炎が、ストーン・フリーの突きに乗算され。


「―――しまっ」


ウェスが悪手を打ったと後悔した時には、徐倫の拳は既に眼前。
燃え盛る炎のラッシュは、空気の防御層を物量によって悠々と突破した。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」


自身へのダメージも省みずに徐倫はひたすら叩き込む。
本来、ストーン・フリーは糸という構成上、『炎』に弱い。糸へのダメージはそのまま本体へとフィードバックされてしまう。
ウェスはそれを知っていた。その上で弱点を突いた。

突いた、つもりであった。


「ウェェーーーーーーーーース!!!!」


その瞳、まるで揺らがず。
逸れず、迷わず、これと決めた目的へと一直線。
肉体全身に炎が燃え移ってなお、徐倫は攻撃の意志を絶やさない。


(あぁ…………そうだ、忘れていた。これこそが君の……空条徐倫の、強さだった)


拳の乱撃を受けながらウェスは、彼女と触れ合った僅かな日々を思い出す。
今はもう捨て去った日々。ウェス・ブルーマリンには不必要な異物だ。

捨て去ったが故に、敗北する。
ウェスは徐倫という女性と決別したが故に、彼女の強さまで見誤ってしまったのだ。
思い出の無い人間は死人と同じだと、誰かが言った。

だが、まだまだ。
足りない。こんな執念(モノ)では、まだ―――!



(俺の心の中にはもう……そよ風が吹くことさえない。この命、果てるまで……絶対に)



二人を取り巻く風が、掻き消えた。



ガクン―――!


「……!?」


ラッシュを続ける徐倫の右腕を襲った振動。
薄れゆく意識の最中、ウェスが反射的に手錠を思い切り手前へ引いたのだ。
必然、腕に繋がれた徐倫もバランスを崩し前方へ倒れる。
ウェスと徐倫。二人の身体が地面へと吸い込まれる。完全には体勢を崩すまいと、膝と手を地に突かせ転倒を防ぐが。

その瞬間であった。徐倫の鼓膜に届いた神の唸り声が、彼女を戦慄させる。


(徐倫は……捨て身の攻撃で俺を追い詰めた。俺が彼女に勝つには、同じく捨て身の特攻を仕掛けなければならない……!)


戦いの環境を取り巻く暴風雨の操作をウェスが解除したのは、意識の薄れによるものからではない。
ただ、雨に濡れたかった。
ハリケーン外部では自然の雨が降り続いている。ウェスはその『雨』に、塗れる必要があった。

だから、天候の操作を解除した。



バシャン!



ウェスと徐倫が体勢を崩して地面に手を突いたそこには、大きな水溜りが口を広げて待っていた。
次にこの場を襲ったのは、ゴロゴロと鳴り響く『雷雲』の音。
ウェスが“この方法”を行わなかった理由は、徐倫に距離を詰められていたからに他ない。
天候操作の弱点は、極端に距離を詰められると大規模な攻撃では自分が巻き込まれてしまうことにある。
徐倫に纏わせた炎が、牙を剥いて自分を襲ったように。
彼女はウェザー・リポートの弱点をよく理解していた。だからウェスもここまで追い詰められてしまった。


―――だがもう、臆病風に吹かれるのは終わりだ。


ラッシュを受けて息も絶え絶え。『撃てる』数はこの一発が限度だろう。
これはイチかバチかだ。この短いスパンでは、即死級の威力は出せない。



「――――――身も心も痺れようぜ、一緒に」

「ウェ――――――!」



徐倫は立ち上がろうと腕に力を込める、も。




ゴ ォ ン ッ ――――――!




直近で空爆を受けたかのような、破壊的な爆発音。
訪れる雷鎚の洗礼。神の怒り―――トールハンマー(Thor's Hammer)が地上を噛み潰した。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




   ザァーーーーーーーー

      ザァーーーーーーーー



暴の吹き抜けた無法地帯。今や雨音の響きを残し、静寂が支配するのみとなっていた。

嵐は去った。

徐倫とウェス。二人の肉体が、水溜りの中に沈んでいた。
相打ち。ウェスが狙ったのは双方共に撃ち抜く相打ちだ。


バリ!


小さな火薬が炸裂したような音。
出所は沈み込むウェスの心臓からだ。


バリ!  バリ!  バリ!  バリ!


一定のリズムで小気味良く流れるその音は、先の雷鎚のそれと似ている。
だが遥か縮小されたその規模の電撃は、ウェスの息の根を完全に止める為に流れるという目的ではない。

心室細動。
心臓の心室が小刻みに震え、全身に血液を送ることが出来ない状態をいう。
ウェスの放った最後の雷は、通常よりも極端に威力の低いモノであり、ゆえに彼は死を逃れることが出来た。
とはいえ肉体に負った過大なショックは、ウェスの身体に心室細動を起こしてしまった。
彼が行っているのは、ポンプ機能を失った心臓に息を吹き返す為の救急行為。
所謂、スタンドを応用した電気ショック療法。無意識下の肉体で自身に電気を流し続けることで、心拍蘇生を図っている。


「――――――ガハッ……! ――ハァ! ――ハァ! ――ハァ……!」


痙攣と共に身体を起き上がらせたのはウェスだ。
彼は心臓に手を当て、自らの生存を認識して大きく息を吐いた。

完全に賭けであった。
あの時、周囲に広く水溜りを作っていたことが幸いしていた。
自らを避雷針とするには流石に危険度がケタを越える。だからウェスが雷で狙ったのは自分達の肉体そのものでなく、周囲の水溜りだ。
水の量と撒かれた範囲によって電流の強さは大きく変動する。最低限、生命を脅かさない程度に弱めた雷は、水溜りによって広く拡散されながら二人へと伝導した。

共倒れ覚悟の自爆策。徐倫より先に復活出来たのは運が良かっただけに過ぎない。


「……………………うっ」


フラフラと立ち上がったウェスの耳に、女の呻き声が届いた。

「……驚いた。まだ意識があったのか」

うつ伏せのまま水溜りに沈む徐倫が覚醒していたのだ。
見れば彼女の肉体からは、数多の糸が周囲の水溜りの外側、その地面部へと張られている。
アース(接地)だ。徐倫は雷が肉体を襲う直前、糸のアースで身体を流れる何割かの電流を地面へと逃がした。
心臓に電流が到達するのを防ぐ為、咄嗟の逃げ道を生成することで心停止を逃れたのだ。
しかし、とはいえダメージが大きいのは徐倫だ。ウェスと違って彼女には、自己再生の術など持ち合わせていなかったのだから。


「だが、しばらく起き上がれまい。この雨ですっかり消失したようだが、炎のダメージだって軽くはないだろう」

「ウェ…………ス…………っ!」


必死に大地へと腕を突き立てるも、力が入らない。立つことが出来ない。
それでも徐倫は未だ燻る瞳を、目の前に立つ男へと突き刺している。

勝敗は喫した。この優劣が覆ることは無いだろう。
その事実は勝者であるウェスにも、敗者である徐倫にもしかと刻まれた。

「な、んで……ウェ、ス…………!」

徐倫の心を占めるものは『痛み』だ。
肉体的な痛みではない。一度電撃を喰らって大きく冷えた頭は、彼女から闘争心と引き換えに男への哀情を思い出させた。
名を捨てようとも、徐倫にとって目の前の男はウェザー・リポートその人である筈だった。


彼が何を思い、エルメェスを殺したのかは計れない。
彼が何を思い、このあたしと戦ったのかも計れない。
あたしは何故、彼と戦わなければならなかったのか。
あたしは何故、彼と共に歩む事が出来なかったのか。

あたしはウェス・ブルーマリンという男を知らない。
何も知らず、何も理解してあげようとせず、エルメェスを殺されたという怒りのままに拳を振るった。
彼は違うだろう。あたしは野蛮が為に感情の糸をブチ切れさせてしまったが、彼は違う。
彼が戦う理由はきっと、人の本来が持つ野蛮の中にはない。
彼とプッチ神父の間に何か計り知れない確執が存在するのは分かっていた。大切な者の為の復讐……それもあるだろう。
だが彼は――ウェスは、己の呪われた運命の清算の為に戦い続けている。
ウェスにとってあたしを殺すという行為は、きっと必要な儀式……なのだろう。
決定的な何かがあたし達の運命を断たせてしまった。
グチャグチャに絡み尽くしたコードの糸のように、醜く歪んで。
時間を掛けてゆっくり解いていけば元通りになったであろう糸を、彼は引き千切ることで前へ進もうとした。
それだけの、話。



―――ねえ、ウェザー。貴方の心は、本当に救われたの?



「―――あぁ。『ウェザー・リポート』の心は確かに、空条徐倫に救われたよ。……ありがとう」



ずっと訊きたかったその答え。
それは確かに、徐倫が求めていた言葉ではあったが、
それは決して、徐倫が求めていた意味ではなかった。


―――そう…………『ウェザー』はやっぱり、この世には居ないのね……


分かってしまった。
エルメェスに続き、ウェザーの死も実感してしまった。
ストーンオーシャンを共に生きた仲間の、二人目の死を。
そして自らに迫る死を間際にして静まり返った心は、ここへ来てようやく『哀しみ』をもたらした。

徐倫の頬に雨とは違う雫が伝う。
石の如き硬い意志を持つ彼女も、普通の魔法使いを自称する魔理沙となんら変わらない少女である。
同じだ。一般の普通とは逸する魔理沙も徐倫も、その本質はどこにでも居るような少女と同じなのだ。


最後に掛けられたウェスの「ありがとう」という言葉に、徐倫の心はほんの少しばかり―――救われた。
それはウェスの心に残った一抹の、徐倫に対する情、なのかもしれない。

ウェスが徐倫に向けた拳銃は、エルメェスの生命を奪った物と同じ。
とてもスタンドで防御する力は残っていない。


(――――――そういえば、魔理沙のヤツはどこへ行ったのかしら)


死を覚悟した徐倫の脳裏に浮き上がるのは走馬灯などでなく、この地を共にした相方の姿。
魔理沙ではこの男にとても敵わない。危機を察して、いち早く逃げ出したのかもしれない――などどあられない想像すら浮かんだ。
そしてそんな下らぬ妄想はすぐに手で振り払う。
あの極めて普通なマジシャンが、我が身可愛さに戦場を真っ先に去るわけがない。



―――去るわけが、ないでしょう。……ねえ、魔理沙?




「たりまえだッ!! この霧雨魔理沙が、こんなド派手な嵐!雷! そして友のピンチをむざむざ見過ごすワケがないだろ!」




ヒーローは遅れてやって来るもんだぜ。そうキメながら、嵐の過ぎた戦場にて白と黒の魔法使いが颯爽と降り立つ。

いや、違う。
“降り立つ”ではない。その少女は遮ったのだ。
ウェスの射線上。徐倫の前方。
『ウェザー・リポート』の射程範囲内を。


「……なんだ、お前は?」

「自己紹介ならたった今終えたところだぜ! 嵐吹き、雷轟く所に私の影在り……ってな!」

「そうじゃあない。……ひょっとしてだが、俺を倒しに来たとでも?」

「それもあるが、私は徐倫を逃がしに来た。『ハーヴェスト』!」


魔理沙と名乗った少女が声高に叫び上げると同時、どこからともなく現れた小型の黄色い群体スタンドが濁流を作り上げた。
数を数えることすら馬鹿らしくなるほどの大群。ウェスのスタンドはこの手の群体型に対して相性は悪くないが、これら全てに即対応するほどの体力があるかといえば厳しい。
だがこの女はどうやらオツムの方は残念らしい。本体が一緒に現れたとなると、その本体を潰せばイイだけの話なのだから。
何故かウェスの眼前、完全射程距離内に飛び出してきた魔理沙を逃すほど、ウェスの肉体は麻痺状態に陥っていたわけではない。

ガシリと、ウェザー・リポートの腕で魔理沙の首を容易く鷲掴みにする。

「雷轟く所に……とかなんとかぬかしていたな。何ならお前自身が雷電を轟かせるか?」

バチバチ鳴る積乱雲を纏う右腕が、魔理沙の喉元を狙う。
それを見据えてなお、この魔法使いが不敵に笑うのは蛮勇の類かそれとも。


「ぐ……っ! こ、このどこぞの竜宮の使いを思わせる紫電……天候が乱れる異変はもうコリゴリだ、が……っ
 知恵比べは……私の勝ちだぜ! 全ての風は私の方向に吹いている!ぜ!」


ハーヴェストと呼ばれた群体スタンドの攻撃が来る前に魔理沙を仕留めようとしたウェスだった、が。
当のハーヴェストらはウェスを無視し、傷付き倒れる徐倫の体を持ち上げ、そのまま猛スピードで里の外へ逃亡を開始した。
ウェスの元には一匹たりとも、攻撃は寄越さずに。

「…………?」

「言ったはず、だぜ……! 私は徐倫を、逃がしに来たって……な!」

「……つまりこういうことか? “お前は自分の命を犠牲にして徐倫を助けた”」

魔理沙は誇らしげに踏ん反り返ったままだ。無言の肯定、という奴なのか。
まさしく嵐が過ぎたような静寂が一瞬だけ、二人を包んだ。
呆気に取られた。ウェスがそんな表情を浮かべたのもほんの一瞬。


「知恵比べのつもりだったか? ……徐倫はとんだノータリンをお供に選んだらしい」

「破天荒の魔法使い……と呼んで欲しい、ぜ……っ!」

「誤用だ。破天荒は『乱暴で型破り』という否定的な意味じゃあない。『前人未到の境地を切り開く』という、徐倫のような一本槍の女のことを言うんだ」

「そーなの、か……? じゃ、あ……ますます…私のこと、だぜ!」

「……時間を無駄にした。やっぱり『雷』はパワーを使う。お前は『何』にするべきか……そうだな―――」





「―――『焼死』だ。魔女の死にザマにはやはりコレが一番似合うだろう」





そして男は、摩擦熱を伴った風速の腕で魔理沙の胸を打った。
小さな体が吹き飛ぶと同時、瞬く間に燃え上がる少女の服飾。髪や帽子、皮膚から何まで。
少女は喉を焼かれ肺を焼かれ、何を断末魔とすることもなく、ただ苦しそうに天へと腕を伸ばす。



そして、終わった。
幕切れとは驚くほどに呆気ないものだった。
燃え盛る肉体は完全に運動を止め、かつては霧雨魔理沙だった『黒炭』が、人里の地に斃った。





「……徐倫のアザの反応は、ここから北に向かっているな。手引きはあの兎女ってとこか。アイツ、今度会ったらミンチにしてやる」


そもそも魔理沙を引き剥がせという取り決めを完璧に反故にされている。そうは見えなかったが、あの兎女も自分の命が惜しくない輩だったか。
気流で追いかけられる速度ではない。何か乗り物にでも乗っているのかもしれないとウェスは当たりを付ける。
徐倫に与えたダメージは決定的なモノではなかった。精々が火傷と、一時的な肉体麻痺が望めるところだろう。
彼女の性格。そして近場にあった『電子掲示板』の内容を顧みるに、徐倫の当座の目的は。


「―――『空条承太郎』、か」


徐倫がすぐさまリターンマッチを行うのでなければ、恐らく彼女は緊急である父親の救出にひとまず向かう筈だ。
そういえばあのはたてからも喧しくメールが何通も届いていた。内容は死にかけの空条承太郎およびその他の現在地だ。

最強のスタンド使い・空条承太郎。その抹殺のまたとないチャンス。
滞りなく行けば、親子揃って始末することも出来るかもしれない。


「…………追うか」


痺れの抜け切っていない身体を押し、ウェス・ブルーマリンは己を止まらせない。
黒炭と化した少女に見向きもせずに、ただただ目的に向かって足を進めるのみだ。


風が止み、天から滴る霧雨だけがそんな光景を眺めていた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

【昼】E-4 人間の里

【ウェス・ブルーマリン@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消費(中)、精神疲労(中)、肋骨・内臓の損傷(中)、左肩にレーザー貫通痕、服に少し切れ込み(腹部)、麻痺(時間経過で回復)、濡れている
[装備]:妖器「お祓い棒」@東方輝針城、ワルサーP38(5/8)@現実
[道具]:タブレットPC@現実、手榴弾×2@現実、不明支給品(ジョジョor東方)、ワルサーP38の予備弾倉×1、
ワルサーP38の予備弾×7、救急箱、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:ペルラを取り戻す。
1:この戦いに勝ち残る。どんな手を使ってでも、どんな奴を利用してでも。
2:はたてを利用し、参加者を狩る。まずはメールの場所へ。
3:空条徐倫、エンリコ・プッチ、FFと決着を付け『ウェザー・リポート』という存在に終止符を打つ。
4:あのガキ(ジョルノ)、何者なんだ?
[備考]
※参戦時期はヴェルサスによって記憶DISCを挿入され、記憶を取り戻した直後です。
※肉親であるプッチ神父の影響で首筋に星型のアザがあります。
 星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※制限により「ヘビー・ウェザー」は使用不可です。
 「ウェザー・リポート」の天候操作の範囲はエリア1ブロック分ですが、距離が遠くなる程能力は大雑把になります。
※主催者のどちらかが『時間を超越するスタンド』を持っている可能性を推測しました。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※ディアボロの容姿・スタンド能力の情報を得ました。


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『霧雨魔理沙』
【昼】E-4 人間の里 北



「―――なーんつったりしてな」



人里を脱出した少女三人、霧雨魔理沙、空条徐倫、鈴仙。
彼女らは現在北西を目指し、平地の上を空飛ぶ箒で滑空している。当然、霊夢と承太郎の救出のためである。

「私のカタチした人形が殺される光景なんて見たくなかったぜ。……鈴仙、あの男は追ってきてないか?」

「大丈夫。追ってきてはいるかもだけど、少なくとも今は撒いたわ」

「フー……、作戦は何とか成功したみたいだな」

「代わりに私の連れてた『木人形』は犠牲になっちゃったけどね」

箒の後列で周りを警戒する鈴仙の表情は暗い。
彼女の獲得したスタンド『サーフィス』、その依り代となっていた木人形を陽動として囮に使ったのだから当然だ。
魔理沙に化けたサーフィスはあのウェスを完璧に騙し通した。これで彼の中ではひとまず魔理沙は死亡扱いにされているだろう。

「なあ鈴仙。やっぱあのままハーヴェストでアイツを攻撃した方が良かったんじゃないか?」

「やめときなさいよ。中途半端に攻撃に転じて返り討ちに遭うのが関の山だわ。時間もないんでしょう?」

「……まあ、そうだな」

帽子の縁に溜まった雨水を全て流し捨てながら、魔理沙は背にもたれ掛かる徐倫を振り返る。
電撃を受けた麻痺は残っているものの、その肉体に大きな損傷は見られない。この雨により熱傷の拡大も防げたのも幸いだ。
それにしては彼女の顔色は優れなかった。その理由の一端を魔理沙はよくは知らないが、相手の男との関係にあるものだと何となく察しはつく。


「……知り合いだったのか?」

「…………」


無言。
その言葉なき感情が、魔理沙には背中越しで痛切に伝わる。
なればこれ以上何を言うこともすまいと、魔理沙は一旦頭を切り替えて目的を据える。それが彼女なりの優しさだった。


「―――で、鈴仙」

「……なに?」

「私達はこれから霊夢たちを助けに向かうが……」


―――お前、どうするんだ?


言外に滲ませるその意味を、鈴仙は未だ返答する術を持っていない。
霊夢が危機に陥っているというのなら、それは鈴仙からしても無関係ではない。

勿論、助けに向かいたい。
やっと出来た仲間と呼べる存在と共に、アリスの遺志は極力叶えてあげたい。
だが……


「……ごめん魔理沙。私やっぱり……」


彼女の決断はやはり固い。
同行の拒否を示すと共に、鈴仙は箒の上から一人、ピョンと飛び降りた。

「わたし、私は……っ」

「ああ。……お前の気持ち、分からんでもないからな。その代わり……」

「……ええ。絶対ディアボロを殺して―――」

「バーカ違うだろ。…………絶対、死なないでくれ。無茶だけはするな」

独り孤高を選び、申し訳無さそうに顔を歪める鈴仙を魔理沙は激励し、懇願する。
彼女の意思はどうあっても曲げられそうにない。鈴仙は既に『兵士』の道を突き進んでいる。
あるいは強さ。またあるいは弱さとも見える彼女の生き様を、魔理沙はもうこれ以上否定しない。

鈴仙は戦ったのだ。
あの時、ウェス・ブルーマリンの元へ向かおうとする魔理沙を引き止め、徐倫を救う策を構築したのは鈴仙だ。
己の武器ともなるサーフィスの媒体を捨て石にしてまで、鈴仙はウェスに歯向かった。
それは彼女にとって魔理沙が大切であると同時に、肉親を救う為に迷いなく前進する徐倫にどこか心打たれていたからかもしれない。
自分には無いモノ。それを徐倫は持っていた。
それを失ってしまうのが何故かたまらなく悲しいことだと、あの時の鈴仙は感じたのだ。


「魔理沙も。……その人間、死なさないでね」

「分かってるってばよ。それと、これあげるぜ。釣りは要らん」


そう言って魔理沙が投げ渡してきたのは小さな人形。先程、魔理沙が徐倫から受け取った、どこかの誰かに似た綿人形だ。

「これって……」

「お前の……何だっけ? サーフィン?とかいう能力に必要だろ」

「いや、でも……」

「いいんだ。私にはもう……必要のないモンさ」

そう言う魔理沙の顔はやっぱりどこか悲しげで。
これが彼女にとって、意味のある品だということが鈴仙にもよくわかる。
それを手放すということは、彼女は成長したということなのだろう。
未熟な少女だった心が、また一段階。

徐倫から魔理沙へ。
魔理沙から鈴仙へ。
受け継がれゆく『証』は、解れた心を縫う『糸』となって、『人形』のカタチを手に入れた。
ならばこれはきっと、鈴仙にとっても大事な大事な証にもなる。


「それじゃあ、魔理沙。霊夢や……その子のお父さん、絶対助けてあげなさいよ」

「お前もあんま一人で抱えんなよ。―――じゃ、私たちは行くぜ」


しんみりする空気は嫌いだぜ、とでも言うかのように。
スピードスターを自称する魔法使いは、その二つ名を体現するかのようにあっという間に遠くへ消えた。


(行っちゃったな……)


残された鈴仙の兎耳に、冷たい雨がシトシトと落ち続ける。
しばらくの間、二人が去った方向を眺めていたが、すぐにその目つきを鋭く変貌させる。

ディアボロ。
鈴仙の追跡を完全に煙に巻き、今もどこかでのうのうと息吐く悪魔。
普通に探したのでは日が暮れかねない。鈴仙はここで、兼ねてより考えていた伝を当たることにした。


姫海棠はたて……確か彼女の能力は『念写』、だったわね」


聞けば徐倫とも既に接触していたという。
阿呆らしいことに、彼女の現在地はあの掲示板に堂々と飾ってあった。
霊夢・承太郎の追跡取材。二人の居場所の近くにあの鴉天狗は潜んでいるという。
この殺し合いにて自らの居場所を名指しで第三者に示すというのは、余程の馬鹿か大物かのどちらかだ。
恐らく前者だろうと予測をつけ、それでも油断は出来ない。
空飛ぶ鴉天狗を地上から撃ち落すなど、流鏑馬の達人であろうと簡単ではないからだ。
それでも何とか彼女と接触できれば、噂に聞く『念写』によりディアボロの現在地を捕捉できる可能性はある。

はたての潜んでいるであろう場所と、霊夢たちの逃走先――すなわち魔理沙らの目的地は合致する。
だが鈴仙はあえて魔理沙らと共に行動することを拒否した。
やはりまだ、踏ん切りは付かなかったのかもしれない。独りで居たい心境だったのだ。
下手をすればあのウェスと再び鉢合わせする可能性だってある。
そうなったらそうなったで戦うつもりだが、今度こそは殺されるかもしれない。


「いや、とにかく今は進もう。……考えてる暇なんて、私には」


無いのだ。
迷える仔兎に、手に取る選択肢など、元々。

手に持つ綿人形をグッと握り締める。
今これに能力を行使すれば、ミニ魔理沙が出来上がるのかな。
そんな可愛げな想像を浮かべ、ふと頬が緩む。
自分にはまだ、残されているモノがある。
友は死に、名は捨て去り、居場所も失い、それでもまだ。

自分は一体何の為に歩くのか。
何を目指すのか。
心の底に浮き現れたそんな疑問を強引に押し込み、孤高のハンターは再び走り出した。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

【昼】E-4 人間の里 北

鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:疲労(中)、妖力消費(小)、濡れている、渇望、強い覚悟
[装備]:スタンドDISC「サーフィス」
[道具]:基本支給品(食料、水を少量消費)、ゾンビ馬(残り40%)、綿人形@現地調達、不明支給品0~1(現実出典)、鉄筋(数本)、その他永遠亭で回収した医療器具や物品
[思考・状況]
基本行動方針:アリスの仇を討ち、自分の心に欠けた『何か』を追い求めるため、ディアボロを殺す。
1:未来に何が待ち構えていようとも、必ずディアボロを追って殺す。確か今は『若い方』の姿だったはず。
2:姫海棠はたてに接触。その能力でディアボロを発見する。
3:『第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』という伝言を輝夜とてゐに伝える。ただし、彼女らと同行はしない。
4:ディアボロに狙われているであろう古明地さとりを保護する。
5:危険人物は無視。特に柱の男、姫海棠はたては警戒。危険でない人物には、ディアボロ捜索の協力を依頼する。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※波長を操る能力の応用で、『スタンド』に生身で触ることができるようになりました。
※能力制限:波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。
 波長を操る能力による精神操作の有効射程が低下しています。燃費も悪化しています。
 波長を読み取る能力の射程距離が低下しています。また、人の存在を物陰越しに感知したりはできません。
※『八意永琳の携帯電話』、『広瀬康一の家』の電話番号を手に入れました。
※入手した綿人形にもサーフィスの能力は使えます。ただしサイズはミニで耐久能力も低いものです。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。


【空条徐倫@ジョジョ第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消耗(中)、全身火傷(軽量)、麻痺(時間経過で回復)、全身に裂傷(縫合済み)、脇腹を少し欠損(縫合済み)、濡れている、竹ボウキ騎乗中
[装備]:ダブルデリンジャー(0/2)@現実
[道具]:基本支給品(水を少量消費)
[思考・状況]
基本行動方針:プッチ神父とDIOを倒し、主催者も打倒する。
1:魔理沙と同行、信頼が生まれた。彼女を放っておけない。
2:空条承太郎・博麗霊夢の救出。
3:襲ってくる相手は迎え討つ。それ以外の相手への対応はその時次第。
4:FFと会いたい。だが、敵であった時や記憶を取り戻した後だったら……。
5:姫海棠はたて、ワムウを警戒。
6:しかし、どうしてスタンドDISCが支給品になっているんだ…?
7:もし次にウェスと出会ったならば……
[備考]
※参戦時期はプッチ神父を追ってケープ・カナベラルに向かう車中で居眠りしている時です。
※霧雨魔理沙と情報を交換し、彼女の知り合いや幻想郷について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※ウェス・ブルーマリンを完全に敵と認識しましたが、生命を奪おうとまでは思ってません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。


【霧雨魔理沙@東方 その他】
[状態]:体力消耗(小)、精神消耗(小)、全身に裂傷と軽度の火傷 、濡れている、竹ボウキ騎乗中
[装備]:スタンドDISC「ハーヴェスト」、ダイナマイト(6/12)@現実、一夜のクシナダ(120cc/180cc)、竹ボウキ@現実
[道具]:基本支給品×2(水を少量消費、一つはワムウのもの)
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。会場から脱出し主催者をぶっ倒す。
1:徐倫と同行。信頼が生まれた。『ホウキ』のことは許しているわけではないが、それ以上に思い詰めている。
2:博麗霊夢・空条承太郎の救出。
3:出会った参加者には臨機応変に対処する。
4:出来ればミニ八卦炉が欲しい。
5:何故か解らないけど、太田順也に奇妙な懐かしさを感じる。
6:姫海棠はたて、エンリコ・プッチ、DIO、ワムウ、ウェスを警戒。
7:咲夜……生きているのか?
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※徐倫と情報交換をし、彼女の知り合いやスタンドの概念について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※C-4 アリスの家の「竹ボウキ@現実」を回収しました。愛用の箒ほどではありませんがタンデム程度なら可能。やっぱり魔理沙の箒ではないことに気付いていません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※二人は参加者と主催者の能力に関して、仮説を立てました。
内容は
•荒木と太田は世界を自在に行き来し、時間を自由に操作できる何らかの力を持っているのではないか
•参加者たちは全く別の世界、時間軸から拉致されているのではないか
•自分の知っている人物が自分の知る人物ではないかもしれない
•自分を知っているはずの人物が自分を知らないかもしれない
•過去に敵対していて後に和解した人物が居たとして、その人物が和解した後じゃないかもしれない
です。

※E-4人間の里内に『電子掲示板』が立てられてあります。参加者および主催者の持つ電子媒体から、最新の新聞やマンガなどがリアルタイムで更新されます。
※E-4人間の里内に『木人形』の燃えカスがあります。


143:Lucky Strike 投下順 145:MONSTER HOUSE DA!
141:偽装×錯綜×アンノウンX 時系列順 145:MONSTER HOUSE DA!
130:映らぬ星空に見たシルエット ~overlap 空条徐倫 153:スターゲイザー
130:映らぬ星空に見たシルエット ~overlap 霧雨魔理沙 153:スターゲイザー
095:薄氷のdisaster ウェザー・リポート 155:この子に流れる血の色も
108:Other Complex 鈴仙・優曇華院・イナバ 152:ある者は、泥を見た

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最終更新:2017年03月16日 20:23