ドクター65
『コーク・ロア』や『悪魔の囁き』の騒動がようやく終息を迎えた頃
『組織』の方はと言えば、そちらへの対応で未だゴタゴタしているらしく、新しい担当者から連絡が入る気配は全く無い
宮定繰は普通に学校へ行き、普通に家に帰り、学校の課題や契約都市伝説『髪が伸びる日本人形』の菊花のお手入れなどをしている日々
中学以来の親友である佳奈美はといえば、体調を崩したのか学校を休んでいるらしい
学校ではクラスが違う事と、携帯の電源を切っているらしく連絡が取れない事から、状況は不確定なままだった
「こういう業界で過ごしてると、ちょっと連絡取れないだけで不安になるのよね……大丈夫かなあの子」
中学生時代、虐めの加害者と被害者という間柄だった繰と佳奈美
元々口数が少なく人付き合いを避けていたような佳奈美が、明るく話しやすい性格になった事もあり、和解する事ができたのだが
都市伝説と契約し、様々な異形や異常と接していくうちに、繰の中に妙な不安が湧いてくる
あの時、鏡の中で笑っていた佳奈美と同じ姿をした存在
佳奈美一人を置いてその場から逃げ出した事
あの日を境に性格が一辺した佳奈美
かつて虐めに荷担していて、彼女に謝罪しなかった二人の末路
「『組織』の方で佳奈美の事調べてみたいんだけどな……新しい担当とかいつ決まるんだろ」
実際には、学校を休んでいるのは呆れるような色恋沙汰で、過去の事件や性格の変貌にも関連は全く無い
ただ色々な不安が積み重なって解決されないままな事が、繰の更なる不安の種になっているだけなのだ
「……帰って宿題やろ」
空を仰ぎながら大きく溜息を吐き
その髪が濁流のようにうねり伸び、背後から触れようとしていた腕を絡め取り、そのまま思い切り空中へ放り投げる
「背後から気配消して襲うとか、いい根性してるわね……私、今すっごく機嫌悪いんだから覚悟しな……さ、い?」
空中に放り投げられたものが、ぼとりと地面に落ちる
それは人間一人丸ごと放り投げたにしては、余りにも小さいもの
服の袖ごと引き千切れた右腕で
「余り物を繋いだだけではやはり脆いな」
『それ』は、とても良く知った顔で、とても良く知った声で
だがその顔色は生きているもののそれではなく、額に張り付いた符は容易に死者を操るものを連想させる
不安に駆られていた繰の感情を、一瞬で沸騰させるには充分な存在だった
かつて自分の担当だった黒服の姿をした『もの』を、圧倒的な質量を凝縮した髪の拳で真上から殴り潰した
砂袋を押し潰したようにひしゃげる身体と、それでも意に介した様子もない声
「なるほど、これの知り合いと当たったか。存外役に立つものだ」
「黙れ。あいつの声でそれ以上喋るな」
憎悪を煮詰めた声で吐き捨てる繰に、眉一つ動かさずに喉から音だけを搾り出すように笑う黒服だったもの
「かははははは……知は脳ごと我らに喰われ、房中の術で性も根も絞り尽くされ、もぎ取られた手足は別の木偶の部品となり、果てはこうして毒まで集める。実に役に立ったものだ」
「黙れって言ったでしょ」
懐かしい声で不快な音を発するそれを、布状に編み合わされた髪の毛で包み込み――コンクリートすら粉砕するその力で思い切り、絞る
拉げ潰れ、染み出したものがびたびたと地面を汚す
その折に貼り付けられた符や支配していた何かも壊れたのだろう、傀儡だったそれは黒服の死体となり、塵となって空気に溶けるように消えていった
「売られた喧嘩は買ってやろうじゃない……後悔すんじゃないわよ」
繰は元来気の短い性格であり、ついでに言えば思慮が足りないタイプ、端的に言えばバカである
多少の反省と担当であった女黒服のお陰で少しは丸くなったものの、過去に抱いていた都市伝説への恐怖感は力を得た事により丸ごと攻撃性へと変換されており
知り合いを殺し、その死体を弄び操る何者かという行為は、そんな繰を挑発するのには充分だった
それが敵意と殺意でより毒を濃くしようとする中華黒服達の誘いだと知らぬままに、彼女は『敵』を探し動き始めたのだった
『組織』の方はと言えば、そちらへの対応で未だゴタゴタしているらしく、新しい担当者から連絡が入る気配は全く無い
宮定繰は普通に学校へ行き、普通に家に帰り、学校の課題や契約都市伝説『髪が伸びる日本人形』の菊花のお手入れなどをしている日々
中学以来の親友である佳奈美はといえば、体調を崩したのか学校を休んでいるらしい
学校ではクラスが違う事と、携帯の電源を切っているらしく連絡が取れない事から、状況は不確定なままだった
「こういう業界で過ごしてると、ちょっと連絡取れないだけで不安になるのよね……大丈夫かなあの子」
中学生時代、虐めの加害者と被害者という間柄だった繰と佳奈美
元々口数が少なく人付き合いを避けていたような佳奈美が、明るく話しやすい性格になった事もあり、和解する事ができたのだが
都市伝説と契約し、様々な異形や異常と接していくうちに、繰の中に妙な不安が湧いてくる
あの時、鏡の中で笑っていた佳奈美と同じ姿をした存在
佳奈美一人を置いてその場から逃げ出した事
あの日を境に性格が一辺した佳奈美
かつて虐めに荷担していて、彼女に謝罪しなかった二人の末路
「『組織』の方で佳奈美の事調べてみたいんだけどな……新しい担当とかいつ決まるんだろ」
実際には、学校を休んでいるのは呆れるような色恋沙汰で、過去の事件や性格の変貌にも関連は全く無い
ただ色々な不安が積み重なって解決されないままな事が、繰の更なる不安の種になっているだけなのだ
「……帰って宿題やろ」
空を仰ぎながら大きく溜息を吐き
その髪が濁流のようにうねり伸び、背後から触れようとしていた腕を絡め取り、そのまま思い切り空中へ放り投げる
「背後から気配消して襲うとか、いい根性してるわね……私、今すっごく機嫌悪いんだから覚悟しな……さ、い?」
空中に放り投げられたものが、ぼとりと地面に落ちる
それは人間一人丸ごと放り投げたにしては、余りにも小さいもの
服の袖ごと引き千切れた右腕で
「余り物を繋いだだけではやはり脆いな」
『それ』は、とても良く知った顔で、とても良く知った声で
だがその顔色は生きているもののそれではなく、額に張り付いた符は容易に死者を操るものを連想させる
不安に駆られていた繰の感情を、一瞬で沸騰させるには充分な存在だった
かつて自分の担当だった黒服の姿をした『もの』を、圧倒的な質量を凝縮した髪の拳で真上から殴り潰した
砂袋を押し潰したようにひしゃげる身体と、それでも意に介した様子もない声
「なるほど、これの知り合いと当たったか。存外役に立つものだ」
「黙れ。あいつの声でそれ以上喋るな」
憎悪を煮詰めた声で吐き捨てる繰に、眉一つ動かさずに喉から音だけを搾り出すように笑う黒服だったもの
「かははははは……知は脳ごと我らに喰われ、房中の術で性も根も絞り尽くされ、もぎ取られた手足は別の木偶の部品となり、果てはこうして毒まで集める。実に役に立ったものだ」
「黙れって言ったでしょ」
懐かしい声で不快な音を発するそれを、布状に編み合わされた髪の毛で包み込み――コンクリートすら粉砕するその力で思い切り、絞る
拉げ潰れ、染み出したものがびたびたと地面を汚す
その折に貼り付けられた符や支配していた何かも壊れたのだろう、傀儡だったそれは黒服の死体となり、塵となって空気に溶けるように消えていった
「売られた喧嘩は買ってやろうじゃない……後悔すんじゃないわよ」
繰は元来気の短い性格であり、ついでに言えば思慮が足りないタイプ、端的に言えばバカである
多少の反省と担当であった女黒服のお陰で少しは丸くなったものの、過去に抱いていた都市伝説への恐怖感は力を得た事により丸ごと攻撃性へと変換されており
知り合いを殺し、その死体を弄び操る何者かという行為は、そんな繰を挑発するのには充分だった
それが敵意と殺意でより毒を濃くしようとする中華黒服達の誘いだと知らぬままに、彼女は『敵』を探し動き始めたのだった