「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - Tさん、エピローグに至るまで-神智学協会-15

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 巨大な蒸気船が海に浮かんでいた。
 今時見る事も無いような古い様式のその船は、名を≪ベイチモ号≫という。
 沈没する様を誰にも見られず消息を絶った、いわゆる幽霊船である。
 所々に手を加えられて現代的に改造を施されている≪ベイチモ号≫船内。その奥まった場所に六つの人影があった。
 明かり取りの窓を背に、長机を前にして、一人椅子に座っている男が頷きを作る。
 白い肌に白い髪の紳士然とした男だった。顔に刻まれた皺などは初老と言っても差しつかえない程だろうか、しかし彼の持つ横溢する気配は彼の外見を遥かに若く見せていた。
 そんな、どこか浮世離れしてしまったかのような雰囲気の男は机の上に紙片を何枚か置くと、目の前、机の両側にそれぞれ立っている男達に声をかけた。
「モニカは確認できたが、その回収は徹心の懐刀に邪魔をされたか」
「ああ、かつて狂った≪夢の国≫が暴れて以降、都市伝説的には無法地帯に近かった学校町ならばモニカを死霊に導かせて接触を図るのも容易だと考えたのだが、流石にチトセは傑物だな。それに学校町だが、これが脱出となるとなかなかに手厳しかったぞ。いくつかの探知能力を潜るのに時間がかかってしまった。機を見計らってせっかく起動した死霊も祓われてしまったようだ。それにチトセの弟子と言っていた男……確かTさんと言ったか……あれも危険だな。チトセと同格と見て良い」
 魁偉な白人、≪冬将軍≫が口髭をなぞりながら淡々と報告する。
 それに答えるように人影は呟いた。
「流石は天帝の禁軍と言われた徹心の懐刀。兵を半ば失い、半ばを戦線離脱させて尚、私達に抗うか」
 そう言って記憶を探るように男は目を細め、
「T……徹心は確か≪組織≫という集団内でT№を名乗っていたが……」
「それは関係ないものと思われるようです。オルコット様」
 そう言ったのは騎士の装いをした欧風の男、ユーグだ。
「Tさん――≪寺生まれで霊感の強いTさん≫。そう噂されるモノが極東には存在するそうで、人の姿を成した対抗神話とでもいうような性質を持っているとか」
「ほう、契約者か?」
「いえ、契約者は舞という少女のようでした。こちらは戦闘能力は無いものとみて良いでしょう。――あと、会話はこの国の言葉を希望していました」
「分かった。覚えておこう」
 オルコットと呼ばれた、現在≪神智学協会≫を束ねている男は、今日モニカの回収に赴いた先で起こった戦闘の報告を終えた二人へと思慮深げに頷いた。
「……千勢が現れたのならば、モニカは徹心の近くで護られる事になるだろうが、≪フィラデルフィア計画≫と契約している女、藤宮由実は≪首塚≫の者だという話だな。≪組織≫所属の徹心を警戒してあの男の異界には身を置かないかもしれん、その軋轢が狙い目となるだろう」
 そう言って机の上に先程置いた紙片を見る。そこでは手を触れる者が居ないにも関わらず、自動筆記で何かが描かれようとしていた。
 それを確認してオルコットはユーグに訊ねる。
「モニカはどうしていた?」
「……無事に成長していました」
 多少歯切れが悪い返答。そのユーグの答えに被せるように質問する者があった。
「――封印の強度はどうだったね?」
 同じく部屋の中に居た者の内の一人、白衣の男がユーグに問いかけたのだ。
 ユーグはアジア系の、やや濃色の肌をして多少癖のある波打った髪をしている白衣の男に目を向け、不機嫌さが覗く声で答えた。
「強度は数年前に確認したままのようだ、一切の綻びは無く、解ける様子も見せていない」
「それはそれは……」
 くっく、と喉を震わせるような笑い声を上げた男へとオルコットは目線を向けた。
「ウィリアム・ウェッブ。研究班の長としてはその封印、解けると思うか?」
「レ二ーとトリシアが施した封印だ、そう易々と解くことは出来ないだろうね……しかし、ああ、ワタシならば可能だとも」
「ではモニカの身柄を確保し次第、ウィリアムには封印を解いてもらう」
「仰せのままに」
 芝居がかった動作で礼をしたウィリアム。そんな彼に向けて着流しに刀を佩き、黒髪を総髪に結った精悍な壮年が言葉をかける。
「モニカ嬢に、貴様の愉しみの為に変な手を加えるなよ?」
 ウィリアムはそう諫言するように言った五人目の男へと頷き、
「もちろんだともアキヅキ。モニカ嬢は君たちの実験を糧に造られた最高傑作だ。これ以上手を加えることはすまいよ」
 壮年の男、秋月弘蔵(あきづきこうぞう)は眉を微かに歪める。
「アキヅキの能力で封印を解く事は出来ないの?」
 その場に居た最後の一人、飾り気の無い長衣を身に纏った女性が弘蔵に訊ねる。
「儂の都市伝説では少々荒っぽい方法をとらざるを得ん。技術的にはウィリアムに任せた方が遥かに安全だろう」
 そう、と答えた女性に向けて、ウィリアムは机の上で紙片へと自動筆記されていく図形を見ながら言う。
「ああ、エレナ。次は君にも出張ってもらおうと思ってる。将軍では派手に過ぎるからね。居場所にもよるけど、街中で冬の結界を発動されては騒ぎになってしまう」
 エレナと呼ばれた女性、エレナ・サヴァレーゼはブルネットの髪を勢いよく揺らしてウィリアムへと振り向いた。
 その整った西洋系の顔にウィリアムへの隔意をありありと浮かべて、しかし頷く。
「……ええ、分かったわ」
「儂も付いて行こう。個人単位で余人に対する認識阻害能力を発動させる武器を使った方が広範囲に人避けを張るよりは悪目立ちすまい」
 弘蔵が腕組みをしながら参加を表明するのに、ウィリアムは感嘆の吐息を吐いた。
「これは錚々たる顔ぶれだ」
「ではユーグ、エレナ、弘蔵は目標の居場所が判明し次第、行動に移ってもらう」
 指示を出すオルコットへと≪冬将軍≫が問いかける。
「居場所はどのくらいで見つかりそうだね? オルコット」
「徹心の異界を挟んでいないのならば……そうだな、どのように隠蔽していようと数日中には発見できよう」
「それはいい、モニカ嬢を護っている者達の緊張が緩んでいてくれれば言う事無しだね」
 そう言ってウィリアムは白衣を翻した。
「ではワタシはこれで失礼するよ。準備があるのでね」
 そう言って彼はそのままその場を後にした。


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 部屋の扉が閉じる音を背後に聞き、ウィリアムは口の両端をつり上げて三日月の笑みを作った。
「ふ、くく……、まさかあの被験体と本当に接触できるとは、オルコットについて来て正解だった」
 そう呟きながら今回の目標であるモニカの情報を反芻する。
 長く研究材料として観てきた実験体だ。当時の資料は悉く彼の脳内に収まっている。そこから成長を遂げたとして、どれほど彼女に変わりがあるのかも想像がつくというものだ。
 ……リデル夫妻は強攻な実験には反対ではあったが……。
 モニカの祖父、エルマーは実験には協力的だった。ただ常に≪テンプル騎士団≫を監視に置いて研究結果の開示を求められたのには閉口したが、それもここまで来ればいい思い出だ。
「……オルコットとの利用し利用されの関係もここまでだろう、ワタシは彼らの思想には興味は無いことだし、な」
 モニカを捕らえ、しかる後オルコットに引き渡す。これが≪神智学協会≫のこれからの行動指針だが、それをしてしまうと以後、ウィリアムにモニカを解析する機会などは与えられないだろう。
 それは面白く無い……、
「あの被験体、モニカ嬢。彼女はワタシが貰い受けるとしよう」
 そう言って彼は白衣のポケットから紙片を取り出した。それはオルコットが操作していたものと同じ代物であり、
「研究用にオルコットから原本を預けられた折に精製した複製品、本式には劣るが強力な結界でもない限りは隠れおおせることなど出来まい。他組織の女がモニカ嬢の保護役をしているのなら長く一緒に留まる事もないだろから……チャンスは近いねぇ」


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 部屋を退出したウィリアムを見送り、エレナは小さく息を吐いた。
 部屋の最奥で椅子に座り、同じようにウィリアムを見送っていたオルコットへと彼女は言う。
「オルコット様。彼、ウィリアム・ウェッブはやはり信用が置けません。元々彼はオルコット様の理想に賛同しているわけでもないのですよ?」
「分かっている、しかしあの男は役に立つ。研究者としては当代最高であろうな。そして彼でなくてはエルマーの息子夫婦が娘にかけた封印は解けまい」
 巨大都市伝説研究機関として動いていた≪神智学協会≫は、その長い運営期間においてオルコットの目的を理解しないままに組織内部で動く輩も湧いていた。
 それらの不要な分子を切り捨てて身軽になる為の内紛であったが、それでもウィリアムとその傘下にある研究班を完全に切り捨てる事は出来なかった。
 彼には切り捨てる事を躊躇わせる程の利用価値があるのだ。
 それを理解していながらも、エレナは納得できなかった。
「その封印、ユーグではどうなの?」
 エレナは≪テンプル騎士団≫、その総長へと目を向けた。対する彼は首を左右に振って、
「私ではモニカにかけられた封印には手の出しようが無かった」
「秘儀に通じるという≪テンプル騎士団≫でもか?」
 弘蔵の問いにユーグは頷く。
「モニカからは都市伝説の気配が感じとれなかった。それほどまで巧妙に成された封印を解く方法を私は心得ていない。よしんば出来たとしても弘蔵同様、強引なものになるだろう」
 その強引な方法ではモニカを大きく損なう可能性がある。暗に示された言葉に、エレナは諦めたようにため息を吐いた。
「ウィリアムに任せるしかないのね……」
「不服かね、エレナ?」
 ≪冬将軍≫の問いにエレナは素直に頷いた。
「はい、オルコット様の大事な計画の、重要な存在であるモニカを面白半分に害されるのではないかと思うと」
「そうだな、しかしウィリアムもモニカ嬢を儂のように手当たり次第弄り倒そうとは思っておらぬようだ。アレは狂人だが、確かに力量はある。封印の件についてはウィリアムの力を頼る他ないだろう」
 そう言った弘蔵をエレナはしげしげと眺める。
「貴方、確か彼に実験材料として供された人の生き残りよね?」
「ああ、オルコットの理想を実現するために研究されていた都市伝説と人間の親和性の人為的向上、その被験体だった。ウィリアムには面白半分に色々とされたな」
「それでよくもウィリアムを頼ろうと言えるわね」
「あの男はこうして儂の都市伝説の能力をを強くする事には成功している。故に彼の力量は信用しているのだ。人格的な面はこの際目を瞑るしかなかろう」
 確かに、と頷いてオルコットは紙片に染み込んでいくインクを見て笑んだ。
「……居場所は数日中には確実に割れる。動き出すまでそう時間は無いだろう。それぞれ準備をしておけ」




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