麦わらの一味 占い師 マチカネフクキタル SSまとめwiki

トレセン諸島編(第七話~)

最終更新:

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だれでも歓迎! 編集

※注意※

テスト用に作った小項目なので、ページ名を「テスト」にしてしまったのですが、
どうやらページ名は後から編集することが出来ないため、しばらくはこのままの名前にします。
SSのタイトル(エピソード・オブ・ライスシャワーみたいな)が思い付きましたら、
このページやスレを通じて、管理人様にタイトル変更のお願いをしようと思います。
よって、テストページとは異なりますので、別記事の試し書きによる上書きはご容赦下さい。

はじめに

当ページは“あにまん掲示板”内の“ウマ娘カテゴリ”に属する、
“麦わらの一味 占い師 マチカネフクキタル”スレ内に投稿したSSのまとめ用小項目です。

スレ内での設定を参照して個人で投稿しているSSとなりますので、
当ページ内のSSおよび設定項目の内容については、
スレ内の公式設定ではなく、あくまでも解釈はスレ参加者それぞれの心の中にあります。

各話ごとの末尾に投稿した【元スレ】を貼り付けております。
スレ内で住人の皆様から頂いた感想なども書いてありますので、
宜しければ併せてご覧ください。できればハートも押して頂けると幸いです。

読後の感想やご質問などは、最新スレッドへお気軽に投稿してください。

第一話~第六話は以下のページから閲覧下さい。


+ 【第七話:“誰かの夢”】
ジャヤという島の西にある町。
そこは夢を見ない無法者達が集まる、政府介せぬ無法地帯。
人が傷つけ合い、歌い笑う町。――――嘲りの町、“モックタウン”

「ワタクシはこの町では決してケンカしないと誓います」

ルフィはナミに促されるまま、迫真の目力で棒読みな台詞を諳んじた。
無論、空島に向かう道筋目当ての情報収集を円滑にするために、
ナミが言わせてるだけなので、ルフィもゾロも気乗りしない誓いだった。

「アンタ達が騒動起こすと、この町にいられなくなるのよ!?
 そうしたら、もう空へなんていけないんだからね?」

ナミも口を酸っぱくして二人に小言を重ねるが、上の空の二人にはのれんに腕押しだ。
早速、町一番の喧嘩自慢と張り合おうとする二人を引っ張りながら、
三人は情報収集のメッカである酒場を探してモックタウンを彷徨っていた。

「おい、あそこで揉めてるぞ」

何かを囲うように集まった群衆に気付いたゾロが二人に声を掛けると、
殺気だった群衆達は轟々と罵声を浴びせながら、握り拳を天に掲げている。

「ケンカかしら? ――――ちょっとルフィ、何してるの!?」

先を急ごうとしたナミだったが、ルフィは構わずに群衆の中へと分け入った。
聞くに堪えない罵声が響く中、円の中心にいるのは仮面を被った一人だけだった。
小柄な体躯に煌びやかな衣装。仮面のせいで男女の区別は付かず、中性的な声色をしている。
声色。――――そう、仮面の人物が何をしていたかと言えば……

「あぁ~~~美しき闇の帳を 開けるのは誰? 誰? 月だけが見ている♪
 そう、抱えた秘密に濡れる 夜露を……。拭い去りに来ただけさ♪」

「可愛い花よ永久の星よ 美しき僕を赦しておくれよ♪
 暗き空にだけ姿見せるは かの光も恥じ入るからさ♪」

「そう、僕の名は――――」    「テイおっ「引っ込めー、大根役者!」
「ナメた寸劇やってんじゃねぇぞ!」「この町を知らねぇのかテメェーは!」

オペラだ。無法者達に囲まれた仮面の人物は高らかな歌声と共に身を踊らせ、
たった一人で何役もこなしながら、何者かへの賛歌を響かせている。
聴く者が聴けば見事な表現力に唾を飲むことだろう。――――だが、ここはモックタウン。
荒くれもの達は手にしたトマトや酒瓶を投げ入れては、惜しみないブーイングを浴びせる。

「あははははっ、お前面白れぇーなー!!!」
「元気なお客さん達、歓声をありがとう!
 ――――麦わら帽子の君もね! さあ、第二章の開幕だー!」

ルフィの率直な感想も、住人達の罵詈雑言も合わせて等しく受け止めると、
仮面の人物は何事もなかったかのように、オペラの続きを演じ始めた。

「ルフィ! さっさと行くわよ!」

業を煮やしたナミがルフィの首根っこを掴んで群衆から引きずり出し、
その場を離れたルフィはナミのお説教を聞き流しながら、道を歩き始めた。

「ケンカはしない! トラブルに首を突っ込まない!
 いい!? 二つよ!? アンタはこの二つだけ守ってればいいの!」
「解ったからそんなに怒るなよー」
「……それにしても、こんな場末でオペラなんて、何のつもりかしらね?」

怒り疲れたナミは溜息の後に説教を止め、未だに騒がしい群衆達へと振り返った。

「案の定、あまり歓迎されてないみたいね」
「もったいねぇな。飲みかけをわざわざ投げるなんて」

呑気なゾロの一言は聞き流され、一行が辿り着いたのは賑やかな酒場だった。
早速、ルフィと大柄な男との言い争いが生じた上、現れたベラミー達に喧嘩を売られ、
しまいには“空島”そのものがホラ話と笑われれば、ナミの堪忍袋も限界に達していた。

「いいか……? 海賊が夢を見る時代はもう終わったんだよ!」
「ルフィ、ゾロ!! 約束はもういいから、早くあいつらをぶっ飛ばして!」
「ゾロ。――――このケンカは、絶対買うな」

立ち上がったルフィが命じると、ゾロは無言のまま頷き、
二人はベラミーの配下達にされるがままに殴られ蹴られ、それでも拳一つ出さなかった。

「おう、もう二度と来るんじゃねぇーぞ!」 「ぎゃははははっ!!」

店から叩き出されたルフィとゾロを引きずり、ナミも苛立ちが収まらないまま店を出た。
やり場のない怒りを抱えたナミの目に映ったのは、先程ルフィと言い争っていた大柄な男だった。

「“空島”はあるぜ」

その男は店の前でテイクアウトしたチェリーパイを貪りながら、葡萄酒を瓶のままガブ飲みし、
その態度と台詞で呆気に取られたナミに対し、手出しをしなかった三人へ惜しみない賛辞を贈った。

「海賊が夢を見る時代が終わるって……? えェ、オイ!!!」

「ゼハハハハハハハハッ、“人の夢は終わらねぇ”!!!」

ルフィは立ち止まって男を見た。刺すような視線さえ、男は意にも解さなかった。
その闘志を心地良く受け止めるように、周囲を憚らぬ大声を響かせていた。

「笑われていこうじゃねェか。
 高みを目指せば、出す拳の見つからねェケンカもあるもんだ!!!」

ルフィは無言のまま踵を返し、険しい表情を浮かべながらその場を立ち去った。
ゾロも続き、二人の只ならぬ気配にナミも足早になって二人を追っていく。

「ゼハハハ、今日は酒のウメェ日だ!!! ――――なあ、テイエムオペラオーよ」
「今日は名乗らずに済ませるつもりだったけど、気付かれてしまったかな」

酒場の騒動を遠巻きに眺めていたオペラオーは、男に声を掛けられると顔を覆う仮面を外した。
声の通りに中性的な貌を輝かせ、小さな顎に指先を当てると思案顔を作ってみせる。

「君の名前は知らないんだ。どうだい、名乗りの口上を聞かせてくれないかな?」
「アンタに比べたら、まだ名乗る名前なんて持ち合わせちゃあいねぇよ」

男は大柄な身体を揺らしながら、葡萄酒の瓶で喉を潤しながら喧噪の中に消えていった。
オペラオーの顔を見た群衆達がざわつき始め、誰もが後退りをして道を開けていく。

「ウソだろ……アイツが“テイエムオペラオー”……」
「バ、バカを言うな……こんな汚ねぇ町に、何をしに……」

彼女の寸劇に罵倒や投げ捨てたゴミで応えていた者達が言葉を失い、逃げ場を探す。
当のオペラオーは何も気にせぬ平静な眼差しを浮かべ、群衆達を一瞥した。

「ハァーハッハッハッ、バレてしまっては仕方ない!
 そう、ボクこそがテイエムオペラオー。人に知られた顔故に、
 今日はお忍びで麗しき歌劇の一席を設けに来たというわけさ!」
「ど、どうぞ! 狭苦しいところですが……」 「さ、さあ! 此方の舞台にどうぞ!」

彼女の正体を知る者達が怯えへつらいながら、酒樽とテーブルを並べた即席の舞台を用意するも、
オペラオーは舞台に立つことはなく、煌びやかな笑顔と共にその場を去っていく。

「いいや、今日は十分に楽しませてもらったよ!
 悪意に塗れた歓声、酒に焼けた喉での罵倒、――――実に素晴らしい!」

その賞賛には皮肉の色は一切籠らず、心からの感謝が光る歯に現れていた。
呆然とする群衆達を分け入るようにオペラオーは進み、華麗なウインクを周囲に零す。

「とても元気な町だ! また会おう、今度は仲間達も連れて来ようじゃないか!」

蓮の花は泥の中で咲き誇る。悪意ある観衆達から数多のゴミを投げつけられていても、
テイエムオペラオーの衣服にはチリ一つ付かず、被る王冠は輝きを残したままだった。

    ・     ・     ・

真夜中の“モックタウン”を飾る喧騒は、拳によって静まり返った。
モンブラン・クリケットから奪い取った金塊を肴にし、仲間と共に盛り上がっていたベラミーは、
酒場に乗り込んだルフィの一撃によって床に沈み、周囲の男達は呆気に取られていた。

「どうした、麦わら!? まだおれが残ってるだろうが!?
 おれ達が夢追いのバカに負けるわけがねぇ、どこに行くつもりだ!?」

倒れたベラミーから視線を逸らしながら、サーキースは町を去るルフィへと怒鳴った。
その声は震えながら、ベラミーが訳知り顔で話していた、懸賞金の偽装という可能性に縋っていた。
既に黄金を回収したルフィはサーキースへと振り向き、一本の指を天に掲げると、当たり前のように答えた。

「――――“空”」

サーキースは引き留めず、背を向けたルフィの姿に心から安堵していた。
昼間には、夢を追うなど馬鹿らしい、と大笑いと共に嬲っていた少年のはずだった。
しかし、天を指差す彼の様相には、夢物語を心底から信じる核心というものを感じられた。

「さーて、どっちだったかな……?」

ルフィの行先は一つだ。だが、鬱蒼と生い茂る森の抜け道は忘れていた。
目印代わりにしていたカナブンは何処かに飛んで行ってしまい、すっかり途方に暮れていた。

「おーい、ナミー!!! ウソップー!!! 何処だぁー!!!」

ルフィは大声を張り上げて仲間を呼ぶが、森を抜けるには心許ない声量だった。
参ったなー、と他人事のようにゴチると近くの切り株に腰掛ける。

「“空島”に行かなくていいのかい?」

柔らかなハスキーボイスでルフィへと語りかけたのはオペラオーだった。
余裕に満ちたオペラオーの問い掛けに、ルフィは難儀そうに首を傾げている。

「道しるべのカナブンがいなくなってちまってさあ」
「“何事も時が来なければ熟さない”、――――が、
 時こそが解決を遠ざけることもある。……難しいね」
「いやー、お前の言葉の方が難しいなあ」

歌劇めいた台詞回しはオペラオーの常なのだが、ルフィは首を捻るばかりで意味を見出せない。
ハッハッハッ、と夜闇に溶ける高笑いを響かせたオペラオーが、マントを翻してルフィの前に立つ。

「我が名はテイエムオペラオー、万物の前を走る覇王なり!
 さあ、麦わら帽子の少年。君の名を聞かせてくれるかい?」
「おれはルフィ。海賊王になる男だ」
「―――――ハァーハッハッハッ!!! いい名乗りだよ!」
「にししししし!!! お前も面白れぇーなー」

自信に溢れた名乗りを交わし合うと、互いに視線がぶつかり合い、白い歯が輝く。
互いの同調を感じ取れたのか、二人は競うように笑い合っていた。

「クリケット氏の下へ戻るのなら、ボクがアリアドネの糸となろう」
「おれがひし形のおっさんのところ行くって、よくわかったなー」
「町の一件は見学させてもらったよ。相手の気骨を砕く、素晴らしい一撃だった」

オペラオーが先導して真っ暗な森の中を歩きながら、二人は旅路の話に花を咲かせていた。
月明かりさえ遮られながらも、オペラオーは木の根に蹴躓くことなく獣道を進んでいく。

「さあ、向かうべき道は二つ! 誠の愛の道は決して平坦ではない、とは言われるが、
 われらが道も同じだ! そう、空島へのルートも、――――海賊王への道のりもね」

二股の分かれ道でオペラオーはピタリと足を止め、ルフィがその背中にぶつかった。
振り向いたオペラオーは森の葉枝から抜ける月明かりをスポットライトに見立て、
麗しい旋律を脳裏に浮かべながら、ルフィへと語りかけていく。

「人は夢を抱く。夢には妨げがつきもの。想いや願いや、涙が哀れな恋のお供であるように。
 クリケット氏は偉大なる夢追い人だ。ボクも追い返されたとはいえ、彼には敬意を持っている」

理解を超えた台詞回しにルフィは首を傾げていたが、ふと背中が軽くなったと気が付いた。
慌てて腕を回した先には何もない。――――背負った黄金入りの袋はオペラオーが掴んでいた。

「おい、それはひし形のおっさんの黄金だぞ! 返せ!」
「こうは思わないかな? ベラミー君の言葉もまた、尊重すべきだと。
 つまり、彼が実力で取った宝は、クリケット氏の手によって取り戻すべきだとは?」

奪われた黄金目掛けてルフィが腕を伸ばすも、オペラオーは軽く身を捩って伸びる腕を避ける。
駆け寄るルフィよりも早く、オペラオーは飛び上がると太い幹の一本に腰掛けていた。
余裕に満ちた笑みはそのままに、敵意のない真っ直ぐな目でルフィを見下ろしている。

「奪われた尊厳は、奪われた者によって奪い返されるべきだ。
 ボクはそう思うね。――――君はどうかな、“麦わらのルフィ”」
「お前が何を思おうと関係ねぇ。ひし形のおっさんは夢を追って黄金を集めたんだ」

ルフィの横蹴りによって大樹が揺れ、オペラオーは振り落とされるよりも前に飛び上がる。
木の幹を掴んだルフィが腕を引き寄せ、オペラオーの傍へと近づき、その拳を打ち出す。
瞬間、オペラオーが両目を見開く。木々の葉は一枚一枚が震え、一瞬で散っていった。

「おれはおっさんが諦めたから、黄金を取り戻したんじゃねぇぞ!!!」

空気が震える。オペラオーの威圧とも呼べる覇気にさえ、ルフィは全く怖気づかなかった。
空中で肉薄するオペラオーの顔面に掌を突き出し、鼻っ柱を砕かんと一気に押し出した。

「おっさんの見る夢が好きだから、おっさんの友達だからに決まってンだろうが!!!」

オペラオーは交差した両腕でルフィの一撃を受け止め、吹き飛んだ衝撃を殺すように大樹を蹴った。
腐葉土の地面に両足を付け、掌が軽くなっているのに気付いた。黄金を入れた袋は宙に飛んでいた。

「あっ、黄金!!!」

着地したばかりのオペラオーを尻目に、ルフィは腕を伸ばして黄金入りの袋を掴んだ。
追撃は来ない、と気付いていたはずのオペラオーだったが、一瞬だけ身動きが遅れたと気付いた。

「――――確かに、この覇気で“3,000万ベリー”は有り得ないね」
「ふぅー、おっさんの黄金取り戻したぞ」

一方のルフィはにこやかな笑みを浮かべて、黄金入りの袋を大事そうに抱き締めた。
オペラオーが近付くとキッと睨み付け、大切な袋を庇うようにギュッと抱き抱える。

「おい、オペラ! おっさんの黄金はやらねぇぞ!」
「ハッハッハッ、――――語った言葉は全て真実。偽りはなく心からの声さ。
 だけど、この黄金を奪うつもりはなかったと、信じてはくれないかな?」

本心を晒すオペラオーの言葉は真に迫っているが、ルフィはジト目でオペラオーを流し見し、
胡散臭そうに眺めていると、オペラオーは困ったように眉根を寄せていた。

「本当だとも! 今のはちょっとした悪ふざけさ!
 ……ああ、そんな目で見ないでおくれよ……。少年の瞳は姿見と同じ……。
 クリケット氏には航海日誌を見せてくれと頼んで、追い返されたのも事実なのさ……。
 だがね、彼の身を削ってでも夢を叶える心意気を、心から尊敬するのも同じなんだ……」

よよよ、と弱ったように身を崩すオペラオーだが、その動作も何処か演技じみて見える。
やがて、ルフィは袋を背負い直すとオペラオーに近づき、じーっとその貌を眺めた。

「よくわかんねぇけど、おまえいいヤツそうだしなー」
「――――ああ、信じてくれるのかい? 麦わらのルフィ、その人よ!」
「黄金は戻って来たんだし、おまえ楽しそうだから構わねえよ!」

信じる、信じないの判断は二の次において、ルフィはニカッと気持ちの良い笑みを浮かべた。
オペラオーは感心していた。彼が澄んだ心を持っていると理解したからだ。
もし、オペラオーに邪心があって、彼にとって大切な宝を奪ったのだとしても、
それが手元に戻って来たのであれば、彼はきっとオペラオーを赦していた、と確信したのだ。

「さあ、道を急ごう! 星々に導かれるままに!
 夜よ、闇よ! 冷泉を乱す二つの光にお目こぼしを、通る道は覇道なり!」

芝居がかった言葉と共にオペラオーは道を進み、ルフィが後を追う。
だが、その首元がギュッとしまった。ルフィが声を殺してオペラオーに告げる。

「おい、オペラ。――――ちょっと止まれ」

先導するオペラオーのマントを掴み、ルフィがオペラオーの足を止めた。
何事かと振り向いたオペラオーが見たのは、葉の散った大樹の群れ。その太幹。
木肌から滴る樹液を求め、遮るモノのない月明かりに導かれた、無数の甲虫達。

「スッゲーだろ!!! アトラスにミヤマ、ヘラクレスもだ!!!
 全部取るのはマズイだろー。一番大きいやつだけ持って帰るんだー!」
「――――素晴らしい、夏島の夜の風物詩だね!
 持って帰ったらドトウも喜ぶだろうなあ、こんなに大きいアトラスなんて!」

大樹へと群がった二人は嬉々としてカブトムシを掴み、互いに品定めをしている。
そうなれば戦いとなるのが世の常だ。切株にカブトムシとクワガタを並べ、互いに戦わせる。

「威風堂々の大地、太陽神ニカの座所にて集いし二人の雄姿よ!
 角は名剣、甲羅は鎧、血の代わりには勝利の蜜を味わいたまえ!」
「ルフィミヤマー! オペラのカブトムシをひっくりかえせー!」

キャッキャと笑い合う二人の様子を満ち始めの半月が見届けている。
選んだ甲虫同士の戦いは一進一退となり、勝負が付かないまま二人はそれぞれの宝物を選んだ。

     ・     ・     ・

「さあ、この道を真っ直ぐに進むといい!」
「ありがとな、オペラ!」
「いいのさ、――――それと、これを受け取りたまえ」

オペラオーが放り投げたモノはルフィのポケットへと収まった。
片手に黄金の袋、片手にカブトムシを掴んだルフィはキャッチできず、
赤いシャツのポケットへと収まったそれを、ルフィが確認することはなかった。

「いいのかー!?」
「ああ、遊びに行きたまえ!
 ――――君はきっと、いいヤツだからねー!!!」

それだけを告げたオペラオーはマントを翻すと、鷹揚な足取りで獣道へと消えていく。
放り渡したのは“永久指針”。行先は彼女の故郷である“トレセン諸島”だ。
胸に秘めた決意が燃える。いつか、誰かがやるべきこと。世界をひっくり返す一幕を上げる。
抱いた義務感は僅か。テイエムオペラオーは好奇心に震えていた。

「そう、奪われたものは奪い返す。――――但し、奪われた者の手で。
 見ていますか、フィッシャータイガー。あの日、貴方に誓った通り――――」

美しい夜だ。澄んだ風が吹き抜け、月も星も淀んだ雲に遮られず、光り輝いている。
例え、二度と故郷の土を踏むことがなくとも構わない。死ぬのなら、舞台の上で果てていたい。

「一世一代の歌劇を、披露しよう!!!」

天へと届けるようにオペラオーの宣誓が木霊する。
あの少年は諸島へと向かうだろうか。オペラオーも未踏の地である“空島”から戻れるのか。
懸念はない。交わした覇気と語る言葉の力強さが、彼の進む道を示したかのようだった。
――――彼の進む道はきっと、あの“諸島”の閉塞を解いてくれると、信じていた。


+ 【第八話:“シスター・マチカネ”】
孤児院の子供たちが夢に誘われ、スーパークリークは一人ひとりの寝顔を覗き、
穏やかな寝姿を眺めながら、既に孤児院を去ったチョッパーのことを思い返していた。

「チョッパーちゃんには、話し過ぎてしまったかしら……」

二年前の事件は、彼女にとっても深い傷を負った出来事であった。
警備隊長であった彼女の到着は間に合わず、多くの人々が亡くなった上、
事件の解決に尽力した一人の警備隊長が還らぬ人となった。

「……ぅぅ、ん……おかあさん……」
「大丈夫、大丈夫よ。……まぶたの裏のシラオキ様、悪い夢は食べてください。
 まぶたの裏のシラオキ様、良い夢だけを残してください」

悪夢にぐずる女の子を慰めるように、クリークは布団の上から女の子を撫で、
諸島に伝わる悪夢除けのおまじないを口ずさみながら、少女がぐずるまで傍にいた。

「昔話にしたかったのかしら。……もう、あんなこと起こらない、って思いたくて」

普段であれば他人にしない話を口にしたのは、彼女自身もまた傷が癒えていないからか。
一人の女性を思い出す。穏やかで聡明な修道女は、彼女にとっても大切な友人の一人だった。
そして、諸島に戻って来たフクキタルにとっては、唯一の肉親だったのだ。

「ふふふっ、おやすみなさい」

やがて、少女が再びまどろみに包まれれば、クリークは安堵の息を漏らしていた。
十一年前、当時は七武海の一人であったシンボリルドルフが諸島へと帰還した日。
諸島が歓喜し、畏怖し、喧噪の中に包まれたあの日。――――クリークも両目を閉じる。

「これは……」

たづなと名乗った老女に連れられて博物館の地下階段を下りたロビンは、
地下の一室に並ぶ数々の品物に驚きの声を上げ、そっと陳列品を見て回った。

「いずれも諸島外のウマ娘が遺したものばかりです」
「驚いたわ。セントライト、シンザン、テスコガビー、どれも名立たる海賊ばかり。
 いずれも海の彼方に散ったか、海軍に処刑されたはずだけれど、どうして彼女達の遺品が……」

鉈とも見紛う大剣、松明に見立てた槍、血に濡れたボロボロの海賊旗。
遺品の一つ一つが彼女達の荒々しい航海を物語る。たづなは穏やかな笑みを浮かべたままだ。

「そちらは後でお見せいたします。――――これを、貴方は読めませんか?」

被せられた白布を剥ぎ、ロビンの前に現れたのは分厚い石碑だった。
“ポーネグリフ”と呼ばれる古代文字の掘られたモノリスは決して破壊できず、
誰が掘ったかさえ定かではない。――――唯一つ言えるのは、それは“空白の歴史”を記したものだと。

「この諸島にもあるなんて。……解ったわ」

ロビンにも警戒心は残っている。それでも尚、言われるがままに石碑へと目を通したのは、
考古学者としての彼女の好奇心が上回ったからだ。読み解いた内容を告げると、たづなは悲しそうに目を伏せた。

「そう、ですか。――――ありがとうございます」

彼女は誰にも語らない。かつて、一人だけこの地下室を訪れた時を覚えている。
彼女が何を思って地下室に降り、“あるもの”を持ち去り、石碑の何に気付いたのか、
たづなは解っていた。……だからこそ、今日この日に彼女の妹が戻って来たのは、何かの運命だと感じた。
……これからの話はクリークの夢でも、たづなの思い出でもない。誰も知らないはずの話。
――――シスター・マチカネの生涯、紐解かれた悲運に過ぎない話。

    ・

    ・

    ・

それは今から十一年前、“チュウオウ島”に停泊した一隻の海賊船。
船から降り立つ船長の名は“シンボリルドルフ”。“王下七武海”の一人にして、
ナワバリとした諸島を保護する彼女は、正しく諸島の英雄であると疑いはなかった。

「お集まり頂き、心より感謝する」

彼女は中央レース場に立ち、“電伝虫”と呼ばれる一匹のカタツムリを手にする。
諸島間での磁場の引き合いが災いしてか、“チュウオウ島”では電伝虫による念話は出来ず、
ルドルフが手にした電伝虫は“拡声器”に接続され、観客席に座る島民達へと演説を響かせる。

「諸君。本日は話があって来た。
 ――――私は今日より半年後を以て、“七武海”の座を降りる」

ルドルフの一声を耳にした島民達がざわめき、互いに顔を見合わせる。
世界政府非加盟国である“トレセン諸島”には、島民を守る分厚い壁が存在する。
一つは“偉大なる航路”側に存在する“ウマコミ海流”。
一つは“凪の海”を遊泳する“海王馬・ヒッポカンパス”。
そして、見えない壁こそがシンボリルドルフの座する“七武海”の威光だ。

「シンボリルドルフ様!!! 海賊達はウマ娘を狙って島を襲っております!
 貴方が島を守らなければ、この島は誰が守るというのですか!」
「“ウマコミ海流”を越えた海賊は、過去に何人もいるというのに!
 海流の法則を知らなくても、流れ着く海賊船もあるのですよ!」

島民達からの非難の声が轟き、そうでもなくとも多くの島民は困惑の声を上げていた。
ルドルフは表情を見せぬまま声が止むのを待ち、再び電伝虫を手に取った。

「案ずることはない。諸島を守る警備隊長の実力はこの肌で確認した。
 いずれも一騎当千の実力者ばかり。次期に就任する二人も含めて、だ。
 そうだな? ――――サクラバクシンオー、スーパークリーク」

ルドルフの呼び声に応え、観客席から二人のウマ娘が立ち上がった。
二年間で短距離戦のプログラムレースを総なめしたサクラバクシンオー、
類稀なるスタミナと苛烈な末脚により、長距離レースに勝ち続けたスーパークリーク。
いずれも十代という若さでありながら、諸島内で最も強いウマ娘と呼んでも過言ではない。
レースは勿論、ウマ娘武術においても同じ結論だった。

「半年間、私とマルゼンスキーが諸島内の防衛力強化に努める。
 そして、その後。――――私は世界政府海軍へ本部大佐として入隊する」

島民達が再びざわめき始めた。今度は不安や恐れとは違う。期待の籠った声が交わされる。
89年前、現在のメジロ家総帥がウマ娘として初の海軍への入隊後、本部将官まで登り詰めた。
巨人を除いた他種族の影も見えない海軍において、異例の人事であるのは明白であった。
以降、ウマ娘達は海軍内にて密かに勢力を伸ばし、何人ものウマ娘が本部将官の座に就いている。

「ルドルフ様がいきなり将官の地位に!?」 「それも海賊の身から、だって!?」
「私達は世界に必要とされているのよ!!」 「それなら諸島にだって手出しは出来ねぇ!!」

色めきだった島民達が沸き上がり、人間もウマ娘も期待の眼差しをルドルフに向けている。
ルドルフは複雑そうな表情を浮かべるが、やがて興奮冷めやらぬ島民達へと演説を続ける。

「諸君! 私は島民達の哀毀骨立は望まない! 公明正大な手段によって、諸島の鳶飛魚躍を守ろう!
 君達の和衷協同によって諸島の平和を守り、一新紀元を目指しての日々邁進を望む!」

島民達が立ち上がり、湧き上がるような拍手と歓声が響き渡った。
そろそろ頃合いか、とルドルフは拡声器の音量を強め、注目を集めようと咳を払った。

「貴君らにもマリーンに所属する私へのわだかまり-ン は有るだろう!   ...
 しかし、私の心は決まりーン、覆すことはない。海軍は一大組織、つまりデカい軍隊である」
「私は“マストを飛ぶカモメ”と共に生き、正義の旗印となる“マントを背負(しょ)うだろね”」

島民の大歓声がルドルフを祝福し、新たな時代を築こうと各人が大いに燃え上がった。
しばらくウマ耳をそばだてるルドルフだが、笑い声が聞こえなければ電伝虫を寂しそうにしまった。

     ・     ・     ・

「思えば海軍の駐留していないトレセン諸島において、
 海軍ゆかりのダジャレは通じないか。生き急いだ私の失策だったな……」
「そうだったのですね。私も気付けずに申し訳ございません」

郊外の武術練習場で殊勝な反省をするルドルフに対し、スーパークリークは小さな謝罪をした。
顔を上げたルドルフは何事もなかったように微笑を浮かべ、泰然自若な立ち振る舞いを取り戻す。

「いいや、私の落ち度だよ。さて、クリーク。中長距離部門の隊長には私から指導をする。
 百錬成鋼を目標とし、鍛冶研磨に邁進してほしい。……さて、君が“シスター・マチカネ”だね?」

ルドルフが視線を向けた先には、藍色の修道服を身に纏った少女が佇んでいた。
茫洋とした佇まいのままシンボリルドルフに近づき、胸元のロザリオを襟奥にしまう。

「シンボリルドルフ様、一つお尋ねしたいことがあります」
「何かな、シスター? 当意即妙とはならないが、私の知る限りは答えよう」
「見事な演説でしたが、海軍大佐であるなら既に正義のマントは……プッ、フフ……!
 フフフ、うふっ……そう、マストとマントを、フフ……うふふ……!!!」

今更気付いたダジャレがツボに入ったのか、“シスター・マチカネ”は口元に手を当て、
目尻を緩めると笑みを堪え切れず、感極まったルドルフが彼女の両肩に手を置いた。

「――――君は将来有望だ。新時代の始まりーンは君達二人に掛かっている」
「そ、そうでした! フフッ、マリーンも、海軍だから、デカい……プフッ」
「ルドルフさん、シスター。そろそろ始めませんか?」

すっかり肩の力が抜けた二人はシンボリルドルフの指導の下、ウマ娘武術の修行に励む。
防御に長けたスーパークリークに対し、“シスター・マチカネ”は多芸に秀でた腕前を見せる。
日が暮れた頃に初日の鍛錬が終わり、小さなウマ娘が練習場へと駆け寄って来た。

「おねえちゃーん! フクがむかえにきたよー!」
「おや、可愛い妹さんだね。では、今日はお開きにしようか」
「フクちゃん、食べちゃいたいくらいカワイイですよねー」

スーパークリークはシンボリルドルフを宿に案内する為にシスターと別れ、
彼女は妹であるフクキタルを抱き留めると、柔らかい掌でフクキタルの頭を撫でた。

「フクちゃん。遠くまで来てくれて、ありがとうね」
「だって、フクがはしったら、おねえちゃんとながくいっしょにいられるからー」
「よしよし、今日はおめでたい日だから、ニンジンハンバーグにしましょうね」
「わーい!!! フク、やおやさんでおっきなニンジンかったの!」

“シスター・マチカネ”はフクキタルの小さな手を握り、二人連れ立って家路へ戻る。
途中、昼間の演説に沸き立っていた住民達がシスターを見かけ、歩み寄って来る。

「シスター、ウチの馬がすっかり元気になりました。貴方のおかげです!!!」
「それはマキバの頑張りとシラオキ様のお力ですよ。私は唯、祈りを捧げただけですから」
「シスター、ウチの亭主がまーた昼間から酒場で飲んだくれてるんですよ!!!」
「最近は仕入れた鉄の質が悪いですから、鍛冶の仕事が上手く行ってないのではないですか?」
「シスター、好きです!!! 貴方を幸せにします!!!」
「ごめんなさい。私はシラオキ様に仕える身ですから。でも、気持ちは嬉しく思います」

島民達に慕われる姉の様子をフクキタルは自慢げに見上げており、
やがて島民達が去っていくと、二人は再び家路を急いだ。

「やっぱり、おねえちゃんはスゴイなー!
 しまのひとたちはみんな、おねえちゃんをたよりにしてるんだね!」
「フクキタル、私はシラオキ様の声を島の皆様に届けているだけよ」
「でも、おねえちゃんはしまのひとたちのためにがんばってて、えらいなー」

はにかんだ笑顔を見せていたフクキタルだが、シュンと小さなウマ耳を垂れさせる。
幾つもの重賞を制し、ウマ娘武術においても秀で、島民の相談役として尊敬される姉に比べ、
かけっこではいつもビリけつの自分と比較し、フクキタルはちょっと落ち込んでいたのだ。

「私はね、島の人達に笑顔でいてほしいの。……でも、一番笑ってて欲しいのは、貴方よ」

シスター・マチカネはフクキタルを抱きかかえ、ひょいと肩車をしてしまえば地面を蹴った。
グングンと加速する姉の眺める景色は、加速する度に光の帯となって背中へと流れていき、
フクキタルは嬉しそうに笑い、それをウマ耳で聞き遂げたシスターも笑みを浮かべた。

「はやいはやーい!!! おねえちゃん、すっごくはやーい!!!」
「怖かったらいつでも下ろすからね。――――今日みたいに、おねしょされたらイヤだもの」
「むー、おねえちゃんのいじわるー!!! 今日はこわいゆめをみたから、しょーがないのー!」

イタズラっぽく揶揄われたフクキタルはほっぺを膨らませ、姉の頭をぺちぺち叩いた。
シスターが笑っていると、信じてないのかと怒ったフクキタルが、夢の内容を伝える。

「おつきさまがむっつにわれて、もりやうみのどうぶつさんが、おつきさまにすわってるの!
 フクもすわろうとしても、どうぶつさんたちがいて、ルドルフさまがいすをくれたの!
 だけど、いすにすわろうとしたら、おおきなへびになって、フクをたべちゃったの!!!」
「そうなの? 大丈夫よ、フクキタル。大きな蛇がいても、海馬様が食べちゃうから」

ルドルフ様の運んできた椅子が蛇になる、という子供らしい想像力に微笑ましいものを覚えていたが、
そういえば、とシスター・マチカネは思い直した。フクキタルは何故、ルドルフの顔を知っていたのだろうか。
ルドルフが諸島に訪れる機会はあったが、顔を見る機会は今日が初めてのはずだ。
きっと、新聞の写真でも眺めたのか、と思い直し、二人は家路へと辿り着いた。

      ・     ・     ・

ルドルフの宣言から半年が経過し、警備隊長を始めとする諸島の警備力は格段に増していた。
無論、海賊や人攫いの襲撃はなく、彼女達の仕事は海獣や海王類の狩猟ばかりであったが、
“ヒッポカンパス”の群れから逃れた中型の海王類を、四人の警備隊長が先導して仕留めた時は、
諸島始まって以来の大捕り物となり、海王類の肉を振る舞う宴は最高潮の盛り上がりを見せた。

「大変だー!!! おい、みんな新聞を読めー!!!」

だが、その安穏とした雰囲気は長くは続かなかった。カモメ達が運ぶ号外記事が諸島にもバラ巻かれ、
拾い上げた島民達は朝っぱらから酒場に集まり、その記事の内容に眉を顰めていた。

「一面は……“勇皇・シンボリルドルフ”の海軍入り、だな。
 おれ達は半年前に知ってるだろ? お前、まさか酒場で飲んでたのか?」
「バカ!!! なわけねぇだろ、二面の記事だよ、いいから読め!!!」
「――――後任は“海賊女帝・ボア=ハンコック”……。九蛇海賊団が七武海入りだって!?」

正義のコートを羽織ったルドルフの写真を肴に一杯やろうとした面々は、
とぐろを巻いた大蛇に腰掛けるハンコックの写真を前に、馬乳酒を一斉に噴き出した。

「九蛇と言えば、おれ達と同じく“凪の海”に住む海賊狩りの海賊……」
「海賊だけじゃねぇーだろ、非加盟国の商船だって見境なしに襲うって……」
「そんなの許されるのかよ!?」 「今まではダメだろ。だが、これからは政府のお墨付きだ……」

政府公認の海賊である“七武海”には二つの特権が存在する。
一つは自身とその配下への懸賞金の取り下げ。もう一つは政府公認での海賊行為だ。
但し、海賊行為は海賊船及び世界政府非加盟国に限られる。――――トレセン諸島は非加盟国だ。

「ねぇ、九蛇って知ってる?」 「私知ってる。海の向こうのこわーい海賊だって」
「女の人しかいないんだって」 「じゃあ優しいのかな……?」
「そんなわけないじゃない!」 「七武海ってことは、ルドルフ様と同じくらい強いの?」

不安を抱くのはウマ娘達も同じだ。島外の情報がほとんど入らない島民達にとって、
“凪の海”の海賊と聞けば誰もが震え上がり、見えぬ恐怖は増大する一方だった。

「だが、“凪の海”と“ウマコミ海流”に守られれば、九蛇であっても諸島に入れるわけ……」
「何言ってるんだ! 九蛇の連中は“凪の海”にある島を出て、海賊をやってるんだぞ!!!」
「クソッ! アイツらは“凪の海”を自在に行き来できるってことじゃあねぇーか!!!」
「使者を送って和平を結べば……」 「こっちは“凪の海”を渡れねぇんだ、接触は不可能だぞ!」

諸島中が恐怖に混乱する中、何十人もの島民達が新聞紙を握り締めて教会に押し寄せる。
修道女たちも人の群れを押し留められず、教会に雪崩れ込んだ島民達はシスター・マチカネを頼った。

「シスター、シラオキ様の声を聞かせてください!」
「いいや、シスターの声が聞きたい! 九蛇が諸島に攻めてきます!」
「シスター、私達はどうすれば……?」 「諸島の警備は万全でしょうか!?」

祭壇の掃除をしていたシスター・マチカネは小さく息を吸い、手にした雑巾をバケツに掛けた。
そして、緩やかな立ち振る舞いのまま祭壇に立つと、騒ぎが収まるまでじっと島民を見つめていた。

「静粛に。――――見えぬ不安に押し潰されて、何になるというのでしょうか?
 私達は九蛇を知らない。……ですが、ルドルフ様の教練を受け、私達は強くなりました」

シスター・マチカネは静かに言葉を紡ぎ、島民たちは固唾を飲んで彼女の言葉を待ち続ける。

「“凪の海”を越える手段がなければ、使者を送ることも敵いません。
 時を待ちましょう。九蛇が攻めて来ず、何もなければ一番良いことです。
 仮に攻めて来たのであれば、私達の実力を示し、その上で和平を結びましょう」

噂や不安に怯えずに堂々たる振る舞いを見せるシスター・マチカネの言葉を受け、
島民達は胸を撫で下ろすも、内に燻る不安や敵意を慰めるには至らなかった。

「シスターが仰られたんだ。まずは静観と行こうじゃねぇか……」
「だが、九蛇の出方を伺ってから決めるなんて、ちょっと弱腰じゃあねぇーか?」
「バカを言うなよ。どの道、“凪の海”を越えられないなら、他に何もできないだろ」
「――――なあ、海馬様ってのは、シラオキ様が連れて来たんだよな……?」

酒場に戻った男達の脳裏に過ぎるのは、諸島に伝わる神話の一つだった。
ウマ娘に力を与えた三女神に対し、シラオキ様は諸島へ人々を導いたと伝えられる。
ウマ娘達の信仰対象が三女神であり、諸島の人間にとってはシラオキ様が主神となっていた。
そして、諸島の海域に“ヒッポカンパス”を導いたのは、シラオキ様であると伝えられる。

「もしもシラオキ様がいるのなら、“ヒッポカンパス”に命令できるんじゃないか?」
「いや、そりゃあ“たられば”だろ。シラオキ様の生まれ変わりでもいるっていうのか?」
「だがな。馬と心を通わせるウマ娘もいるんだ。場合によっちゃあ、海馬様とだって……」
「アホを言うな。……まあ、そんなウマ娘がいるのなら、九蛇の島にも攻め込めるがな」

シスター・マチカネの消極策に不満の残る島民達も、他に打つ手がないと解れば、
酒場を後にしてそれぞれの仕事に戻り始める。教会では修道女達が日課に精を出す中、
シスター・マチカネだけは茫洋とした目でステンドグラスを眺めていた。半年前の一件を思い出す。

 ――――おつきさまがむっつにわれて、もりやうみのどうぶつさんが、おつきさまにすわってるの!

「月が六つ、六つの月。……半年?」

シスター・マチカネは号外紙を広げ、七武海の面々の名前に視線を走らせる。
鷹の目のミホーク、バーソロミュー・くま、……いずれも動物の名前が目に入る。
あの日、悪夢を信じないと思ったフクキタルがむきになって、夢の光景を画用紙に描き殴っていた。
へたくそな絵だが、二羽の鳥、クマ、コウモリ。残りの一匹は解らなかったが、いずれも七武海に当てはまる。

 ――――フクもすわろうとしても、どうぶつさんたちがいて、ルドルフさまがいすをくれたの!

シンボリルドルフが席を譲った。演説が始まる前に見た夢であれば、何故フクキタルがそれを知っているのか。

 ――――だけど、いすにすわろうとしたら、おおきなへびになって、フクをたべちゃったの!!!

ボア・ハンコック。とぐろを巻いた大蛇に腰掛け、長い美脚を組んだ麗しい座姿だ。
偶然だ。七武海のことは島民達から又聞きし、ルドルフの七武海引退も誰かの噂話でも耳にしたのだ。
己に言い聞かせるようにシスター・マチカネは結論を出し、心を曇らせたまま日課へと戻る。
教会に駆け込んだ島民から、フクキタルが暴れ馬に跳ね飛ばされたと聞いたのは、その時だった。

     ・     ・     ・

「お、おねえぢゃあぁぁ~~~~ん!!!」

涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったフクキタルを抱き留め、シスター・マチカネは安堵の表情を浮かべた。
結局、暴れ馬に跳ね飛ばされた、とは島民の早とちりであり、フクキタルは馬に蹴られる寸前、
思いっきり飛び退いて柵の外へと転がり、膝小僧を擦りむいた程度で済んだのだった。

「大人しいマキバが急に暴れるなんて、この子どうしちゃったの!?」
「フクちゃんにケガさせるたぁ、やらかしやがったな、この駄馬が!」

激高した牧場主がマキバの手綱を引くも、マキバは抵抗して鼻息を荒げて首を振る。
牧場主が腰の拳銃を抜き、荒れ狂うマキバに引導を渡そうとする時、シスター・マチカネが吠えた。

「お待ちください! ――――大丈夫、落ち着いて……」

牧場主とマキバの間に割って入ったシスターは、暴れるマキバに抱き着いて掲げ上げた。
マキバの前脚に蹴られながらも、シスターはマキバの腹部に掌を当て、一気に押し込んだ。
ズン、と胃を圧迫されたマキバが吐しゃ物を吐き、それをモロに浴びたシスターはその場に屈む。

「ふぅー、ふぅー……。このカエルを飲み込んだのでしょう……。
 猛毒を分泌するカエルに胃をやられ、大暴れしたに違いありません……」
「シスター様、まずはお身体をお清めください……!」 「すぐに風呂を沸かしますから……!」

見るからに毒々しいまだら模様のカエルを拾い上げると、シスターはカエルを修道服のポケットにしまい、
ゲロまみれの修道女に唖然とする島民達を尻目に、シスター・マチカネはフクキタルへと近付いた。
牧場ではカエルを吐いて大人しくなったマキバを厩舎に戻す者、シスターの為に着替えを用意する者、
風呂を沸かす者と、一騒動が解決してからも人々はあくせくと動き回っている。

「フクキタル! ダメじゃない、一人で牧場に近づいたら……」
「ゴメンなさい、おねえちゃん……」
「もう、無事だから良かったわ。どうしたの、こんなところで?」

シュンと項垂れるフクキタルを慮りながら、シスター・マチカネは優しい声色で妹に問い掛けた。
フクキタルはオドオドとしながらも、一人で牧場に来たわけを話し始めた。

「マキバのおなかがいたくなって、ぼくじょうからにげだすとおもったの……」
「本当にそうだったけれど、……どうして、それが解ったの?」
「ゆめを、みたの……」

一度ならず二度までも、フクキタルの挙動と事件が繋がり、シスター・マチカネは天を仰いだ。
彼女が見るのは“予知夢”だ。未来に起こる出来事を予知し、それが夢のヴィジョンとなって彼女に伝わる。
――――この“予知夢”は、伝説に語られるシラオキ様と同じだった。

「シスター様、お召し物をお持ちしました!」
「お風呂も沸いております、どうぞお入りください!」
「ありがとうございます。……フクキタル、一緒に入りましょう」

穏やかさの中に有無を言わせぬ語気の強さを滲ませると、フクキタルは素直に姉と共に風呂に入った。
湯船に浸かる二人だったが、シスター・マチカネは穏やかではない心中を悟られぬように、
そっとフクキタルへと話し掛けた。

「フクキタル。――――夢の話は、他の人にしてはダメよ」
「どーして? 楽しい夢でもダメなの?」
「ダーメ。夢の話より、起きてる時の話をしましょう」
「んー。かけっこでビリだったり、おさらをわっちゃうの、ばっかりなのにー」

お風呂上りのフクキタルの尻尾にブラシを掛けながら、シスター・マチカネは考え込んでいた。
フクキタルが本当に“予知夢”を見ているのなら、それはきっと諸島にとって有益な力だ。
今日の一件も、もしもマキバが毒カエルを飲んだままなら、暴れ馬として何人も負傷させていただろう。

「これは……諸島外のカエルですね」

フクキタルを家に送り、シスター・マチカネが毒ガエルを持ち込んだ先は、
キュレーターのたづなさんの職場である、ウマ娘歴史博物館であった。
若い頃には外海への出航経験もある彼女は、島内一の博識の持ち主であり、
外海で片脚を失い、帰郷した後には歴史博物館を一人で切り盛りしていた。

「そうですか。でも、どうして諸島内に……?」
「ルドルフ様がいらっしゃった時に、一緒に持ち込んでしまったのでしょうね」

毒カエルの出所に当たりを付けた彼女は、毒カエルを大口の瓶へと放り込んだ。
歴史博物館の地下には、たづなが収集した外来品の数々が保管されていると噂されており、
それはウマ娘達が諸島に移住した遥か昔から、とも嘘か真か囁かれている。

「この毒カエルは私が預かります。もしかしたら、薬になるかも知れませんから」

毒カエル入りの瓶を手にしたたづなが階段へ通じる扉を開け、パチンと内鍵を閉めた。
あの地下室への鍵を持つのはたづなだけだ。あの地下に何があるのか、誰も知らない。
――――誰も知ろうとしないのだ。諸島の外に目を向けた者は、帰っては来ないのだから。

     ・     ・     ・

島民達の憂慮とは裏腹に、トレセン諸島に襲撃の気配はなく、町は平穏なままだった。
一月が過ぎ、一年が過ぎ、三年が過ぎ、多くの年月が過ぎた。平穏とは裏腹に、人々は怯えたままだった。

「警告の花火だ!!! ウマと財産を隠せ、九蛇が来るぞー!」

安穏とした生活で薄れていたはずの恐怖は、小さな機会によって再燃する。
この花火も遠くに見える海軍の軍艦を海賊船と勘違いした誤報であったが、
人々は取りこし苦労を笑う余裕さえなく、酒場に集まった男達は怒りの声をぶつけあった。

「いつまでおれ達は怯えて暮らさなければならねぇんだ!」
「“ヒッポカンパス”に手綱さえ付ければ、“凪の海”を越えられるっていうのに……」
「タイキシャトルが馬の声を聴いたというぞ! あの子が救世主じゃないのか!?」

ウマ娘の誰かが馬と心を通わせると聞けば、周囲の期待は別物へと変わっていく。
そして、“ヒッポカンパス”の声が聞こえないと解れば、誰もが残念そうに首を振る。
事件の匂いがする度に、シスター・マチカネの教会にも島民達が押しかけ、
彼女が心を砕いて島民達の安心を取り戻そうとするが、焼け石に水なのは明白だった。

「ハロー、シスター!」
「シスター、こんにちは」

日に焼けた金髪の少女、タイキシャトル。
栗色のストレートヘアの少女、サイレンススズカ。
教会から出たシスター・マチカネを二人が出迎え、シスターも静かに挨拶をする。

「タイキちゃん、スズカちゃん。こんにちは。
 ――――そういえば、今日がプログラムのスタートだったのね」
「イエース、明日のゲート・テストがクリア出来れば、レースデビューなのデース!」

フクキタルの友人である二人のことは、勿論シスター・マチカネも知っている。
明るく元気なタイキシャトルに、物静かでミステリアスなサイレンススズカ、
この場にはいないが、メジロ家らしいしっかり者のメジロドーベルも合わせると、
それそれ毛色の違ったウマ娘ばかりだが、いずれも仲の良い友人であるとフクキタルから聞いていた。

「タイキちゃん、頑張ってね。落ち着いてスタートすれば、失敗なんてしないわ」
「そうよ、タイキ。フクキタルだって、同じことを言ってたわ」
「はい! フクキタルのドリームの通り、思いっきりスタートです!」

ピタリ、とシスター・マチカネの両脚が止まる。知らぬ内にタイキシャトルの肩を掴む。
突然のことに混乱するタイキに何も言わず、シスター・マチカネは貌を近づける。

「タイキちゃん、フクキタルの夢って何?」
「タイキ! ダメよ、お姉さんから話してはダメって言われてたのだから」
「そ、ソーリー! でも、フクキタルはワルくないデース……。
 ワタシ、ゲートテストが不安で不安で、フクキタルがワタシをハッピーにしようと、
 コソコソ話で夢のお告げをレクチャーしてくれたのデース……」

理由は解らないが、姉に口止めされていると知っている二人は、
シスターの只ならぬ剣幕に怯え、フクキタルを庇うように説明を添えてくれた。
だが、シスターは地面を蹴り、芝の生えた大通りの中央を瞬く間に駆け抜けていく。

「(あの様子なら、タイキちゃんは両親や友達にも夢の話をしている。
  ――――お願い、今日のゲート試験では、……何も起きないで!)」

雑音さえ届かぬスピードで駆け抜けるシスター・マチカネ。
島民達の声が脳裏に反響する。誰もが九蛇に対抗する救世主を望んでいる。

     ――――シスター、もしもシラオキ様の生まれ変わりがいれば……
     ――――九蛇のいる“アマゾン・リリー”に真っ向から攻められます!
     ――――“凪の海”を越えて、海賊達に先手を打てるんですよ!

「(お願い。夢の内容なんてどうでもいい、フクキタル……。
  あの子を、一人だけの妹を、戦争の道具になんてさせないで……!)」

「(シラオキ様、貴方の声を、フクキタルに聞かせないで――――)」

踏み駆ける度に抉れた芝が散り、潮風に乗って何処かへ飛ばされていく。
フクキタルは家にはいない。レース場に行くとの置手紙。――――タイキシャトルのゲート試験。
踵を返してレース場へと駆ける。中央レース場で号砲が響き、タイキシャトルの悲鳴が響き渡った。

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