麦わらの一味 占い師 マチカネフクキタル SSまとめwiki

テスト

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だれでも歓迎! 編集

※注意※

テスト用に作った小項目なので、ページ名を「テスト」にしてしまったのですが、
どうやらページ名は後から編集することが出来ないため、しばらくはこのままの名前にします。
SSのタイトル(エピソード・オブ・ライスシャワーみたいな)が思い付きましたら、
このページやスレを通じて、管理人様にタイトル変更のお願いをしようと思います。
よって、テストページとは異なりますので、別記事の試し書きによる上書きはご容赦下さい。

はじめに

当ページは“あにまん掲示板”内の“ウマ娘カテゴリ”に属する、
“麦わらの一味 占い師 マチカネフクキタル”スレ内に投稿したSSのまとめ用小項目です。

スレ内での設定を参照して個人で投稿しているSSとなりますので、
当ページ内のSSおよび設定項目の内容については、
スレ内の公式設定ではなく、あくまでも解釈はスレ参加者それぞれの心の中にあります。

各話ごとの末尾に投稿した【元スレ】を貼り付けております。
スレ内で住人の皆様から頂いた感想なども書いてありますので、
宜しければ併せてご覧ください。できればハートも押して頂けると幸いです。

読後の感想やご質問などは、最新スレッドへお気軽に投稿してください。

トレセン諸島編SS本編

+ 【第一話:“ウマ娘達が住まう国”】
「ヤハハハハ、お前が祈るちっぽけな神など、
 本物の恐怖の前には……無意味!」

暗闇から声が響く。自慢げな声色は己への肯定に満ちている。
無力さを噛み締める。その声に抗うどころか、声の主を直視しないように、
何も見えない中、更に両目を瞑ろうとする。耳を塞ぎたいのに、身体は動かない。

「恐怖こそが神なのだ。恐れ慄き、地を這って許しを乞うべき存在だ。
 屈した恐怖が過ぎ去る束の間、人は初めて安寧を得られる……」

違う。声が出ない。シラオキ様は、そんな神様じゃない。
頭の中で否定する度に声は鳴り響き、その姿さえ近づいてくる。
違う。一歩も動いていない。それなのに、その存在が大きくなっていく。

「ならば、お前の祈る神などいない。――――“放電(ヴァーリー)”」

雷鳴が轟いた。稲光に反射し、自信に満ち溢れた偉丈夫の姿が見える。
強烈な光に包まれ、脊椎を震わせる衝撃が身を焼き、その恐怖に耐え兼ね――――

「うぎゃああああああ!!!!」

目が覚めた。真っ暗な室内には二人の寝息が微かに聞こえてくる。
静かに寝台から降り、女部屋の扉を開け、夜の潮風を浴びて気持ちを落ち着かせる。

「ふぎゃぎゃ……また、あの夢……」

寝間着から伸びた尻尾、ピョンと立ち上がるウマ耳。彼女の名前はマチカネフクキタル。
ウマ娘と呼ばれる地上最速の種族であり、このゴーイングメリー号で偉大なる航路を進む、
“麦わらの一味”の占い師。彼女は溜息を吐き、しょぼくれた表情で暗い海原を眺めていた。

    ・     ・     ・

「おーい、フクキタル。聞いてるのかぁー、返事しろー」

朝日が昇り、各々が朝食を取るために集まったダイニングでは、
ボーっとしているフクキタルの横で、ウソップが肩を小突いていた。

「ふわっ、ウソップさん。……あの、私に何か御用ですか?」
「いや、別にねぇんだけど、早く食べないとルフィに全部取られるぞ」

遠慮がちに伝えるウソップを尻目に、フクキタルのトーストは既に伸びた腕が掴んでいた。
その伸び切った腕をサンジが掴むと、新たに焼いたトーストをフクキタルの皿に乗せる。

「行儀の悪いことしてんじゃねぇ、ルフィ」
「フクのお代わりあるなら、冷める前に喰っちまわないとさー」
「フクキタルちゃんには焼き立てを食べて欲しいのは、お前の言う通りだ。
 だが、お前が横から喰う理由はねぇ。ほれ、自分の皿に集中しろ」

サンジが大カモメの目玉焼きをルフィの前に滑らすと、新たな獲物を前にしたルフィは、
伸ばした腕を引っ込めると、頬がパンパンになる程に目玉焼きを貪り始める。

「フクキタルちゃん、船酔いかい? ほら、オレンジジュースもあるよ。
 ナミさんのミカンを使った、搾りたて100%の極上品だ」
「そうよー、残したらダメだからね?」

ルフィに向けた声とは打って変わって、サンジは優しい口振りでジュースを勧める。
朗らかに同調するナミが大事にしているミカンだとフクキタルも解っており、
冷えたオレンジジュースを飲み始める。甘い喉越しが少しだけ気分を潤した。

「お、美味しいです」
「ん? おい、おれのには酒を混ぜてくれ」
「おめぇには冷や水だ。コイツは朝飯で酒のつまみじゃねぇ!」

朝から青筋を浮かべて言い争いを始めたゾロとサンジを、微笑を浮かべたロビンが眺める。
食事を終えたチョッパーがフクキタルの傍に近寄り、沈んだ表情をじっと見つめる。

「なあ、フクキタル。どこか調子が悪いのか?
 おれ、船医なんだから、おかしかったら言ってくれよ」
「だ、大丈夫です。チョッパーさん、その……悪い夢を見ただけで……」
「あら、遂に海軍に捕まったのかしら?」
「そ、そういうのじゃないですけど……」

穏やかな微笑みのまま黒い冗談を口遊むロビンに対し、フクキタルは首を振った。
その程度なら杞憂に過ぎないのだ。寝起きで仲間の顔を見れば、そんな不安はすぐに吹き飛ぶ。
だが、これは自分の問題なのだ。空島で味わった恐怖が拭えず、青海に降りても尚、過去を引きずっている。

「夢の話ならおれに任せろ! 知ってるか、タコってのは夢を見るんだ。
 恐ろしい夢を見る余り、身体が真っ青になったまま戻らないタコがいてな……」
「スゲェー、不思議タコじゃねぇか!」
「ウソップ、フクキタルは本当に悩んでるんだぞ!」
「あ、いや、わるいなフクキタル。ついつい話したくなっちまって……」

小さなチョッパーが真剣に諫めると、ルフィはキョトンとした顔を浮かべ、
ウソップは慌てて話題を変えようと、視線を空に向け、あれこれ考え始める。

「あ、その、大丈夫です。本当に、夢の話ですから……。
 ご、ごちそうさまでした! サンジさん、ナミさん、ジュース美味しかったです!」
「あれ、フクキタルちゃん! まだ全然食べてないじゃないか!」

居心地が悪くなって飛び跳ねるように席を立ったフクキタルを、一同はじっと眺めている。
追いかけようとするサンジに対し、「放っておけ」とゾロはその背中に声を掛けた。
実際、掛ける言葉もなかったのか、渋々戻ったサンジはフクキタルの食器を片付け始める。

「そうね。占い師さんも、空島の一件ではすっかり落ち込んでいたから」
「そうかぁ? 楽しかったけどなぁ」
「アンタみたいに能天気なヤツばかりじゃないのよ」

フクキタルの残したトーストに舌鼓を打つルフィの頭に、呆れたナミの手刀が飛んだ。
ウソップも腕を組んで頷き、同意を示す。とはいえ、空島の一件を恐れるフクキタルの心境に、
最も共感が深いのは彼なのだが。

「まあ、おれは勇敢なる海の戦士として、あれくらいの冒険はドンとこい、って感じだが、
 普通のヤツなら命がいくつあっても足りない危険ばっかりだったからな」
「ウソップはスゴイなぁ。おれも、もっと勉強して危険が増えないようにガンバるからな!」

いつもの調子で会話を続ける一同だが、その多くがある一つの懸念を抱いていた。
“フクキタルはこのまま一味を抜けて、冒険を辞めてしまうのではないか”と。
とはいえ、例外はいる。食事を終えたルフィはパンパンに腹を膨らませながら、
「ごっそーさん!」と言い残すと、ダイニングを一抜けして甲板へと歩いて行った。

「まあ、アイツが船を出たいと言うなら、無理に引き留めることもねぇ」
「おい腹巻き、もう一度言ってみろ! そんなこと冗談だって言っていいわけ」
「冗談じゃねぇさ。航海を続ければ、アイツより強いヤツはごまんと立ち塞がる」

苛立ったサンジも口を閉ざす。東の海で彼の前に立ち塞がり、敗北を刻んだ最強の剣士。
それを知って尚、その可能性を口にするゾロの声色に、突き放すような冷たさはなかった。

「おれ達が守れるとは限らねぇ。フクキタルが強くならねぇと、仕方のねぇ話だ」
「はいはい。二人とも、たらればで話したって、仕方ないでしょ。
 ――――ルフィが行ったんだから、とりあえずは見守りましょう」

能天気と揶揄された船長だが、その度量の広さや真意を見る目は誰もが理解している。
ナミの仲裁に二人は押し黙り、全員がそっと息を殺してルフィとフクキタルの会話に耳を澄ませた。

     ・     ・     ・

「なぁフク、冒険つまんねぇか?」

能天気な声調から発せられる、人によってはグサリと突き刺さる一声。
ダイニングでは全員がずっこけたような騒音が響いたが、フクキタルは気にも留めなかった。

「ルフィさん。その、楽しいですよ。
 見るものみんな初めてで、その、辛いこともありますけど、
 ルフィさんもナミさんも、みんな優しくて、今日も心配してくれて、
 私……あの時、皆さんと一緒に旅がしたい、って、本当に言えて良かったと思ってます」

ポツリポツリと、フクキタルは凝り固まっていた心境をルフィへと吐露した。
あの時、二度の奇跡を目撃し、突き動かされるままに尾いていった一行が包囲され、
思い浮かんだヴィジョンのままに連れ出し、なんやかんかで一緒の船に乗った。
前も見えぬ嵐の中、ジョッキを掲げて各々の夢を宣誓する五人を傍から眺め、
――――フクキタルは初めて、大凶であっても共に歩みたい、と願ったのだ。

「そっか。じゃあ、次の島に出航だ!」
「はい! 次の島って、確か船大工さんの町だって――――」

満面の笑みを浮かべるルフィを見ていると、フクキタルも抱えた不安が薄れたように思えた。
天真爛漫に生きる少年に見えて、その両の瞳は誰よりも先を見据え、大きな夢を追っている。
彼と共に夢を追いたい。あの時、なんとなく口走った“長生きしたい”という夢だって、
数々の冒険を経た今となっては、全く別の色を映し出している。

「急ぐ旅じゃあねぇしさ。折角だから、寄り道しようぜ」

ルフィがポケットから取り出したのは、砂時計にも似た“永久指針”と呼ばれる方位磁針。
行先を示す刻印を見たフクキタルは両の目を丸くし、

「ふぎゃああああああああ!!!!!」

絶叫し、何事かと駆け付けた一味が、ルフィへと詰め寄った。

「おいルフィ、フクキタルちゃんに何しやがった!?」
「ちょっとそれ、“永久指針”じゃない! なんでアンタが持ってるの!?」

サンジがルフィの首根っこを掴み、その手に持つ“永久指針”をナミが取り上げた。
島によっては量産もされている“永久指針”自体は珍しいものではないが、
それをルフィが持っているという事実に、全てのお宝を管理するナミは驚きを隠せない。

「それな、オペラがくれたんだよ」
「くれた!? タダで!? なんで!?」
「くれるって言うからさ。アイツいいヤツだぞ、だから悪いモンじゃねぇよ」

血相を変えたナミの詰問にも、ルフィも何処吹く風とばかりに笑っている。
“世紀末海賊団”の船長であるテイエムオペラオーとモックタウンで接触したと、
後になってナミ達は聞かされていたが、その時は空島出航もあり、気にする余裕もなかった。

「それで、指針は何処を指してるのかしら?」
「えーっと、“Islands of Tracen”……トレセン諸島?」

ナミが読み上げた行先を聞くと、ルフィを除く一同はフクキタルへと視線を向けた。
“トレセン諸島”、彼女の種族である“ウマ娘”が根城とする諸島であり、
即ち、彼女の故郷である。当の本人は顔を真っ青にし、ぶるぶると両脚を震わせている。

「る、ルフィさん! 私、絶対絶対行かないですからね!
 知ってますよね、私、トレセン諸島から家出してローグタウンに来たんですよ!」
「いいじゃねぇーか。トレセン諸島にだって宴があるんだろ?」
「レースが終わったら宴はありますけど、私絶対に行かないです!」

「おいおい、折角なんだから実家に顔を出すくらい、いいんじゃねぇか?」
「無理には勧めないけど、トレセン諸島なら確か、一日あれば着くのよね」

頑なに首を振るフクキタルに対し、ウソップが取り成すように話を振る。
周辺の海図が多少なりとも頭に入ったナミもまた、無理のない進路だと促した。

「ナバロンの要塞でほとんどの食糧が押収されてしまったものね」
「黄金は取り返したが、酒はちょっとした残ってなかったな」

落下した空島から不時着した先は、不幸にも海軍の誇る鉄壁の要塞、ナバロンだった。
空島で入手した黄金を取り戻すのが精いっぱいで、貨物のほとんどは要塞に置いてきてしまったのだ。
現実的な目線でゾロとロビンが上陸を提案する中、一人肩を震わせる者がいた。

「フクキタルちゃん。……おれは紳士として、レディーに無理強いはしたくない。
 それを解った上で、……頼む! 是非、トレセン諸島を案内してくれないか!?」
「うわあ、サンジ! 熱出した時のナミより顔真っ赤だぞ! 大丈夫か!?」

金髪を振り乱して頭を下げるサンジの表情は、背丈の低いチョッパーには伺い知れた。
鼻の下を思いっきり伸ばし、血走った目はハートマークを浮かべている。

「エロコック、てめぇさっきまでの心配はどうした?」
「黙れクソマリモ! いいか、トレセン諸島と言えばだな、
 乙女達がレースに汗を流し、ウイニングライブでは笑顔で魅せる歌とダンス!
 男として、一度はこの目で見てみたい! なあ頼む、フクキタルちゃん!」

ゾロの皮肉を背に受けながら、サンジは必死の懇願でフクキタルに縋り付く。
それに押し負けたフクキタルは、あー、うー、と困ったように視線を彷徨わせる。

「そ、それは確かに、諸島では今もレースをやってますけど……」
「レースだったら、あの“サイレンススズカ”も出走してるのかしら?」

ロビンが“ニュース・クー”を取り出すと、そこにはトレセン諸島の記事が載っていた。
早速、サンジが食い入るように記事を読み始め、卒倒せんばかりの勢いで声を上げる。

「そうだ、サイレンススズカ! バラティエの客が言ってたんだよ!
 “ニュース・クー・レース”では、当時の最強世代にぶっちぎりで勝利、
 “最速の機能美”、誰が言ったかは知らないが、飾るに相応しい言葉だぜ……」

「最速のレースだって、なんかワクワクしてくるな!」
「なあ、フクキタル。その、行きたくないから、行かなくてもいいんだぞ?
 おれ、レースは見たいけど、フクキタルがイヤなら、おれ、ガマンするからさ……」

サンジの熱弁にすっかり興味を持ったウソップとチョッパーだが、
流石にチョッパーがおずおずとフクキタルの様子を伺うと、ウソップも慌てて口を閉ざす。

「ま、まあおれも“島に上陸したら死んでしまう病”が再発するかも知れないからな」
「えぇー!? それじゃあどうしたって、トレセン諸島には行けないじゃないかあー!!!」

ウソップのウソに驚いたチョッパーは、ついつい諸島に行きたいと本音を喋ってしまう。
他の面々もトレセン諸島に興味を示しており、それがフクキタルにとって誇らしい反面、
“サイレンススズカ”の名を聞くと、何処か気まずさを見せながら、問い掛ける。

「その、諸島はヨソの人に慣れてなくて、居心地悪いかも知れないですけど……」
「構うものか。どうせおれ達はお尋ね者だからな」
「その、島に入るには険しい海流があって……」
「誰に言ってるのよ、フクキタル。私達、この船で空島に入ったのよ?」

フクキタルが思い付いく懸念は全て、ゾロとナミに切って捨てられた。
家出をした諸島への再上陸は後ろめたい反面、故郷への懐かしさがフクキタルの後ろ髪を引く。

「よーし、進路は変更だ! トレセン諸島、行くぞぉー!」

躊躇するフクキタルの背中を押すように、ルフィの鶴の一声が響き渡った。
観念したフクキタルは不安を振り切るように、久方ぶりの明るい笑顔を見せた。

「わかりました! 皆さん、トレセン諸島へご案内します!
 レースにライブにニンジン料理、楽しいところでいっぱいですよ!」
「それじゃあ、“永久指針”に従って進路を変更するわよ。
 いい? メリー号はもうボロボロなんだから、無理はさせられないの」

ナミの指摘通り、間欠泉にも似た海流に乗って空島まで一味を運んだメリー号は、
マストを始めとする船体の数々に痛々しい継ぎ板が張られている。

「“トレセン諸島”の“ウマ込み海流”に巻き込まれたら、
 この船は間違いなく沈むから、覚悟の上で進むからね」
「あー、なんだろーなー、急に“海流で目が回る病”が……」
「ウソップー! 死ぬなぁー!」

顔を真っ青にしたウソップが心臓を抑え、フラフラと千鳥足を作る。
無論、この船にドクターストップなどあるわけがない。船医も大慌てだ。

「アラバスタで闘ったスマートファルコン、
 あのウマ娘の走法を取り入れれれば、おれはもっと強くなれる」

「一滴の血も流さず、誇りのみを賭けてレースに挑むってか。
 あの偉大なる巨人の戦士達のような、アツい戦いが見られるかもしれねぇ」

「スズカのレース、そんなに速いなら見てみたいなぁー、
 なあ、おれトナカイだけど、レースに参加できないかなー?」

「チョッパー、女の子が一生懸命汗を流すのがいいんだろうが。
 ウマ娘達だらけの夢の楽園。みんなにおれの料理を味わってほしいなぁ」

「フクキタル、レースに出るなら絶対に一着取るのよ!
 こうなったら、アンタに全額ベットするから!」

「ナミさん! ウマ娘のレースにお金を賭けるのはご法度なんですよ!」

「楽しみだなぁー、トレセン諸島! ナミー! まだ着かないのかぁー!?」

清々しい騒がしさの戻ったメリー号の様子を、ロビンは愉しげに眺めていた。
先ほど取り出したのは、BW時代のナンバーズに渡された、古い新聞だった。

「優しい船長さんね」 「どうだかな。宴が楽しみなだけだろ」

ぶっきらぼうに応えるゾロだったが、フクキタルの元気が戻ったのに悪い気はしなかった。
ロビンは女部屋へと戻ると、ナバロン要塞で入手した新聞を一瞥した。

「だから、これは私だけの秘密。――――今はね」

【サイレンススズカ骨折、レース復帰は絶望的か】、ロビンは本棚の隙間に畳んだ新聞紙を挟み込んだ。

     ・     ・     ・

「ゾロ、花火が上がってるぞ! 何だろう、オマツリかなー?」
「ゾロ、ボサッとしてないでこの瓶を針路目掛けて投げなさい!」

晴天に上がった花火の音に気を取られ、チョッパーは傍にいたゾロに話しかける。
花火を眺めてたゾロを注意したナミが、小瓶の入ったブリキバケツを投げ渡した。
ゾロの腕力で放られた小瓶達は海面に浮かび、不規則な海流の動きを伝えてくれる。

「サンジ君、面舵を九十度! ルフィ、ウソップ、一旦帆を降ろして!
 この海流に乗れば、風に頼らなくても、あの小島までは辿り着けるわ」
「す、スゴイです! ナミさん、あの海流を突破できるなんて!」

海流の周囲には座礁したガレオン船の破片が浮かび、海流の激しさを物語っている。
フクキタルが告げた海流の法則は、彼女が僅かに知る範囲に過ぎなかったが、
ナミの指示は機敏かつ的確であり、メリー号は何の支障もなく航路を進んでいく。

「私は世界一の航海士よ? 仲間の帰省くらい、どうってことないわよ」
「頼もし過ぎるぜナミさぁーん!!!」
「航海士さん。あの入り江、船を停泊するには丁度いいんじゃないかしら?」

望遠鏡を手にしたロビンが示した先には、崖壁を抉ったような入り江が見えた。
崖壁の高さを目測で確認したナミは、その入り江を停泊先に決め、全員に指示を出す。
かくして、船頭泣かせの難所と呼ばれる、トレセン諸島のウマコミ海流を突破し、
入り江に到着したメリー号は錨を降ろし、一行は諸島上陸の足掛かりを作ったのであった。

「なーんだ。あの花火、一発だけで終わっちゃったな」
「火薬でもシケってたのかね?」

花火の続きが待ち遠しかったチョッパーは残念そうに呟き、ウソップも同調する。
こうして、入り江にメリー号を隠した一行は、トレセン諸島に足を踏み入れるのであった。

     ・      ・     ・

「おおー、上陸だー!」

メリー号が岩陰の入り江へと到着し、両腕を高々と掲げたルフィが感嘆の叫びを上げる。
入り江の崖壁はメリー号を隠すほどに大きく、ルフィは一足早くマストの見張り台まで昇ると、
見張り台から蹴り跳び、崖の縁先へと飛び乗った。

「ルフィ、縄梯子を張れ!」  「ああ、解った!」

サンジが放り投げた縄梯子をルフィは受け取り、手近な樹幹へと括り付ける。
縄梯子を伝ってゾロやサンジが後を続き、ウソップとナミ、チョッパーも追って来る。

「フクー! 早く来いよー!」
「ルフィさーん、私まだ心の準備が出来てませーん!」
「船長さん。占い師さんは私の方で見ているから、いってらっしゃい」

未だに上陸を渋っているフクキタルをロビンが庇い、細やかな笑みと共に全員を見送った。
フクキタルとロビンを除いた一行は、島一帯を見下ろせる小高い丘へと登っていった。

「ありゃあ、誰もいねぇぞ?」
「誰も住んでねぇんじゃねぇか?」
「でも、あれ。――――ほら、あそこに畑と集落があるわ」

ナミが指差した先には畑群が一面に広がり、周辺には家屋が並んでいる。
だが、集落には誰もおらず、一行は訝しみながらも集落へ続く畦道を下って行った。

「あれだけの畑が管理されてるんだぜ。集会か何かで留守にしてるんじゃねぇか?」
「とはいえ、人がいねぇのは有難ぇ。おれ達はお尋ね者だからな」

ウソップの推理を耳にしながらも、一行は畑の傍へと近づいていく。
ルフィが無造作に畑の作物を一本引き抜き、泥付きのまま思いっきり齧り付いた。

「うめぇ! サンジ、これニンジンだぞ!」 「バカ! 勝手に食ってんじゃねぇ!」

サンジに怒鳴られながらも、ルフィは気にせずにニンジンを口に放り込む。
その傍で青鼻をひくつかせていたチョッパーが、不審そうに眉を顰めた。

「さっきの花火、この島から上がったみたいだぞ」
「どれどれ……。あの煙か? 歓迎の花火、ってわけじゃあなさそうだが……」

先程までは諸島の祭りか、と騒いでいたウソップだが、
物見櫓から一筋の硝煙が昇るのを見つければ、嫌な予感を口に出していた。
案の定、物見櫓から人影が覗く。その頭頂部にはピンと起立したウマ耳があった。

「お前たち、このカサマツ島で何をしている!?」

物見櫓から警戒の声が響いた。全員が櫓を見上げると、葦毛のウマ娘が銃口を向けている。

「おれ達、諸島に来たんだ」
「来たのは解ってる、何をしに来た!?」
「お、おれ達は仲間の故郷に来たんだ!」

ルフィの率直すぎる物言いに苛立つウマ娘。焦ったウソップはルフィの影に隠れて口を挟んだ。
瞬間、銃撃がルフィの足元を削った。ギョッとしたウソップがルフィの背中へと身を隠す。

「ウソを付くな! オグリとタマモクロスの海賊船とは全く別物だ!
 お前たち、性懲りもなく人攫いにやって来たんだろうが!」

もう一度、狙いを定めるウマ娘が仰天した。ルフィの両腕が何十メートルも伸び、
ウマ娘の構えていた猟銃が掴まれると、思いっきりひったくられたのだ。
抵抗の最中に引き金を引いてしまい、銃弾がルフィのどてっぱらに命中するが、
銃弾は貫通するどころか、ルフィの背中を引っ張り、パンと弾ける音が櫓の屋根に響いた。

「か、身体がゴムみたいに伸びてる……。なんだ、化け物か!?」
「おれ達、フクキタルの故郷に来たんだー!
 海賊だけど人攫いはしねぇから、その銃を降ろしてくれよー!」

何事もなかったかのように振る舞うルフィに動揺を隠せないウマ娘は、
銃を取り返そうと揉み合う中、足を滑らせると物見櫓から身を乗り上げてしまう。

「う、ああああああ!!!」
「バカ、ルフィ! レディーは丁重に扱え!
 お前、あの娘にケガさせたらメシ抜きだからな!」

サンジにドヤされるまま、ルフィは伸ばした両腕を引き寄せ、
物見櫓の真下まで一気に接近し、思いっきり息を吸い込み、風船のように腹を膨らませた。

「“ゴムゴムの風船”!」

バヨン、と軽快な音と共に、落下したウマ娘はルフィの膨らんだ腹の上で跳ねると、
落下の衝撃を殺されたまま、柔らかい地面の上に落ち、横たわっている。

「ありゃりゃ、びっくりして気絶しちまってる」
「アホかルフィ、レディーにクソ怖い思いさせてるんじゃねぇ!」

大急ぎで駆け寄ったサンジがルフィを蹴り飛ばすと、ルフィはボヨンボヨンと跳ねて行った。
ウマ娘の脈を測り、命に別条がないと解ればサンジは安堵し、咥えたタバコに火を付けた。

「あんまり歓迎されてはいないようだな……」
「サンジ! おれ、この娘の手当するから!」
「ああ。おれもちょっと、この娘の様子を見て来る」

同じくウマ娘に駆け寄ったチョッパーが隆々とした人型に変身すると、
倒れたウマ娘を抱き抱え、近くの小屋の扉を開け、屋内に入っていった。
それに続いて、サンジも悠々と煙を吸ってから、揉み消したタバコをポケットに入れて後を追う。

「全く、上陸早々に大騒ぎして……」
「とりあえず、フクキタルを連れて来るか。
 アイツがいないと話がややこしくなりそうだ」

呆れ顔のナミとゾロ。二人の視界の隅から猛速で走り寄る人影が近付いて来る。
フクキタルか、と予想して振り向く二人だが、ポニーテールを振り乱して一直線に駆けるのは、
フクキタルとは全く別のウマ娘だった。

「バクシンバクシーン!!! フジマサマーチさんからの危険信号の花火です!!!
 貴方達、まさか悪い海賊さんですね!?」
「あっ、おれ達は良い海賊です」 「そうですか、それではお邪魔しましたー!!!」

ウソップの適当な返答に人影は回れ右をし、元来た道を真っ直ぐに戻っていく。
が、すぐに踵を返して戻って来ると、瞬く間に二人の前へと立ち塞がった。

「ちょや!? 海賊に騙されるとは何たる迂闊!?
 海賊の皆さん、このカサマツ島にぬけぬけと上陸したからには、
 トレセン諸島警備委員長のサクラバクシンオー、黙ってはいませんよ!」
「あのね、勝手に入ったのは悪いとは思ってるけど、何も人攫いなんて考えてないわよ。
 私達、フクキタルの故郷に顔を出しに来ただけなんだから」

詰め寄るバクシンオーに言い返すナミだったが、銃声が響くとハッとして視線を離した。
離れた家屋の塀へと身を隠したウマ娘が、手にしたリボルバーで威嚇射撃を行ったのだ。

「フリーズ!!! パイレーツの皆さん、ここから一歩もドントムーブ!!!」
「おいおい、随分と穏やかじゃあねぇな……」

テンガロンハットにネルシャツを着たウマ娘の警告に対し、ゾロは腰の刀へ手を当てた。
一方、銃を恐れないルフィはニンマリと笑いながら、悠々と拳銃のウマ娘に近寄っていく。

「なー、おれ達フクキタルの仲間なんだよー」
「シャラップ! フクキタルは去年に家出して行方知れずデース!!!
 それに、貴方達はフジマサマーチを拉致しましたネ!?」
「な、なんですとー!? タイキシャトルさん、本当ですか!?」

尻尾をピンと逆立てるバクシンオーが素っ頓狂な声を上げ、ゾロを睨み付ける。
睨み返すゾロは説得が不可能と察すると、腰の刀を抜いてナミへ怒鳴り声を上げた。

「ナミ、フクキタルを連れて来い!
 アイツを見せねぇと、コイツら納得しねぇぞ!」
「解ってるわよ! ゾロ、ルフィ、ウソップ! あの二人を足止めして!」 「お、おれもかよー!?」

気弱なウソップの叫びを背に、ナミは一直線に元来た畦道を駆け上がっていく。
追い縋ろうとするバクシンオーに回り込んだゾロが、三本の刀を抜いた。

「ちょっと待ってろ。今から証拠を見せる」 「むむ……。まさか血の惨劇を見せよう、ってわけですか――――」

ダン、と地面を蹴ったバクシンオーがゾロへと浴びせ蹴りを仕掛けると、
ゾロは峰を向けた二刀によって蹴り足を受け止め、一撃の重みを噛み締める。

「随分と強烈な蹴りじゃねぇか。諸島のウマ娘ってのは、これが当たり前なのか?」
「フッフッフッ、諸島一番のトップスプリンターの私であれば、
 スピードを乗せたバクシンで、これくらいは朝飯前です!」

バクシンオーの健脚とゾロの二刀が交差し、互いに一歩も譲らぬ押し合いが始まる。
フクキタルやスマートファルコンから垣間見たウマ娘武術の強さ、その技量を体感し、
これが勘違いからの衝突だと解っていても、ゾロは強敵との闘いを予感し、その頬を歪めた。

「“ゴムゴムの風船”!!!」

タイキシャトルの銃撃をルフィが膨らませた腹部で受け止めるも、
ブハッと苦悶の表情を浮かべて息を吐き出し、銃弾があちこちに飛んでいく。

「い、痛でぇぇぇぇ!!!」  「ルフィ!? まさか、“海楼石”の銃弾か!?」

ゴムの身体に銃弾は利かない、と高を括っていたウソップは驚愕し、
激昂したルフィはタイキシャトルへと接近し、振りかぶった拳を放った。

「痛てぇじゃねぇか!!! ゴムだけど痛てぇぞ!!!」
「オーウ、“麦わらのルフィ”なら知ってマース。
 一億ベリーのプロップス、絶対に油断できませーん!」

ルフィの拳打とタイキシャトルの蹴撃がぶつかり合う。
タイキシャトルの放つ剃刀のような蹴りの連撃とルフィは真っ向から拳で打ち合い、
ゴムの反動と柔軟性を生かした反撃を放つが、ウマ娘特有の軽やかな身のこなしが直撃を避ける。
ホルスターから抜かれた二丁目のリボルバーがルフィを狙い、その銃口からルフィが身を逸らす。

「二丁拳銃とウマ娘武術のクロスオーバー、ヒットすればベッドでおねんねデース!」
「あの至近距離でルフィの動きを捉えるなんて、あのウマ娘とんでもねぇぞ……」

援護のタイミングを見計らないながらも、ウソップは眼前の激戦に興奮を隠せない。
異能力の介在しない真正面からの衝突でルフィとタメを張る相手など、いつぶりだろうか。
伯仲する乱打の応酬の中、先に仕掛けたのはタイキシャトルだった。

「ウマ娘武術冠二番、“白鳥鉄杭(スワン・ステークス)”!」

ルフィの拳撃に身を捩って避けながら、空を裂く中段回し蹴りがルフィの胴体を狙う。
ゴムの柔軟さを利用し、咄嗟に避けたルフィだったが、その蹴り足は崖壁を抉って尚、勢いが殺されない。

「スッゲェー!」 「な、なんつー蹴りだよ……。ルフィ、援護するぞ!」

蹴りの威力に呆然とするウソップは、手にしたパチンコでタイキシャトルを狙う。
がま口から取り出した卵をパチンコに宛て、引き絞ったゴム紐を解き放ち、ウマ娘の側頭部を狙う。

「“必殺・新鮮卵星”!」 「グッドスナイプ! ですが、まだまだ甘いデース!」

タイキシャトルは僅かに首を動かして卵を避け、べしゃりと音を立てて卵黄が四散する。
ウソップは射撃の腕に自信はあったが、乱戦中の不意打ちが避けられたのは初めての経験だった。
“白鳥鉄杭”を避けたルフィが足を止め、横っ飛びになりながら拳を放った。

「“ゴムゴムの銃弾(ブレッド)!」

牽制のように放たれた一撃をタイキシャトルは目視もせずに身を逸らして避け、
カウンターのように放たれた銃弾が、ルフィの肩口に命中した。

「“麦わらのルフィ”のパンチ、全部お見通しデース!」

二丁のリボルバーをホルスターに収めたタイキシャトルは飛び上がって崖壁を蹴ると、
ルフィの真正面へと飛び込みながら、蹴り足を振り下ろすように縦回転し、

「冠一番、“惹流・回輪(ジャック・ル・マロワ)”!!!」

互いの距離が空き、飛び退けば避けられる距離。だが、ルフィは仁王立ちになると、
両の拳を握りしめ、迫るタイキシャトル目掛けて両拳の乱打をぶちかます。

「避けられねぇ……、“ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)”」 「ハードなフィストラッシュ、絶対に押し切りマース!!!」

縦回転するタイキシャトルの全体重を乗せた浴びせ蹴りが、拳の乱打を真っ向から切り開く。
雨あられとなる拳の連撃がタイキシャトルを押し戻さんと、互いの全力が衝突する。

「“三刀流・鬼切”!」
「“バクシン流・水晶滑舞(クリスタル・カップ)”!」

ゾロの振り抜いた三刀を足裏で受け止めたバクシンオーが、
その勢いのままゾロの三刀と肩口を蹴って駆け上がり、中空へと飛んだ。
振り向いたゾロは交差した二刀で放たれる踏み蹴りを受け止め、ニヤリと笑う。

「大した跳び蹴りじゃねぇか」
「まだまだぁ! 貴方が“参った”と言うまで止まりませんよぉ!」

華麗なバク宙の後に着地したバクシンオーにゾロが迫り、手にした二刀を振り下ろす。
峰打ちではあるが加減はない。それを許さぬ程、眼前のウマ娘は高い練度の武術を誇っている。
二峰を裏拳で受け流したバクシンオーの掌底を、ゾロは咥えた和道一文字で受け止める。

「行きますよぉー! “バクシン流・王者見参(マイル・チャンピオン)”!」

目にも止まらなぬ掌底の乱打がゾロを襲い、怒涛の連打を巧みな刀捌きで受け流す。
斬り合いと打ち合い、息も付かせぬ攻防の中、一瞬の隙を突いたゾロがその身を滑らせる。

「“二刀流・刀狼流し”」  「“バクシン流・疾風・王者見参(マイル・チャンピオンシップ)”!」

“刀狼流し”の旋回に受け流されたバクシンオーが、その勢いを乗せたまま腰を捻り、
高回転の後ろ回し蹴りをゾロの側頭部に浴びせ、バクシンオーの踵には確かな衝撃が伝わった。

「効か、ねぇな……」 「まさか!? この一撃を耐えるなんて、オグリさん以来ですよ!?」

“刀狼流し”の剣勢を保ったまま、身を低く屈めたゾロがもう一捻りとばかりに双刀を振るった。
瞬間、雄々しい剣気が旋風となって舞い上がり、バクシンオーの姿勢を崩して吹き飛ばす。

「“二刀流・龍巻き”」  「ちょわわわ、何という気迫!?」

土の地面にすっ転んだバクシンオーが慌てて立ち上がり、ゾロの剣気に慄きを隠せない。
フラつく頭部を振って意識を覚醒させたゾロは、視線を彼方へやると三刀を納めた。

「もう少し手合わせ願いたかったが、生憎時間切れのようだな」
「なっ、どうして刀を納めるんですか!?」

バクシンオーが問い詰める中、入り江に繋がる丘から大きな声が響いた。
涙目になって駆け寄るのはマチカネフクキタルだ。息を荒げながら乱戦の中に飛び込んで来る。

「み、みなざぁぁぁ~~~~ん!!! 戦いを、やめでくださぁぁ~~~い!!!」

バクシンオーがギョッとしてフクキタルを見返し、乱打と競り合っていたタイキシャトルも、
フクキタルに気付くとルフィの拳を蹴り返して後方に飛び、着地と同時にフクキタルに駆け寄った。

「フ、フクキタルゥー! ベリーベリー、お久しぶりデース!」

タイキシャトルがフクキタルをしっかりと抱き留め、ワンワンと泣き叫んでいた。
再会を喜び合う様子にルフィとウソップも闘いの手を止め、呆気に取られたように二人を見る。

「ハァ……ハァ……。やっと追い付いた……ほら、喧嘩はこれでおしまい……」

フクキタルを追っていたナミも息を荒げて足を止め、大粒の汗を流している。
丘の上から悠々と近付いてきたロビンが事態を察し、そっと微笑んだ。

「良かったわ。刃傷沙汰になる前に解決したのね」
「おいお前ら、レディーが寝てる時に何騒いでるんだ!?」

扉を押し開けたサンジが様変わりした光景を呆気に取られて眺める中、
タイキシャトルに抱きしめられたフクキタルによって、諸島まで到着した事情が明かされたのであった。




+ 【第二話:“マチカネフクキタルの冒険”】
テレビの前の皆さん、こんばんは! マチカネフクキタルです!
今日は私がルフィさん達と巡って来た冒険を振り返りたいと思います!

トレセン諸島から家出した私は、ローグタウンへと流れ着きました。
トレセン諸島は近隣の島と貿易を行っていまして、今回は近場に家出するはずだったのですが、
……いやー、まさかグランドラインを出る羽目になるとは思わなかったです……。
結局、ローグタウンには一年くらい住んでましたねぇー。

えっ? 家出した理由ですか? それは、その……とりあえずは置いといて。
辻占い師と開運グッズの販売で何とか生活をしていたのですが、暮らしは悪くなかったです。
場所柄、荒っぽい方も多かったのですが、船出の前の占いとなると、皆さん真剣に聞いてくれましたし。

ずっとここで暮らすのかな、なんてボヤっとした未来予想図を打ち砕いたのが、ゾロさんとルフィさんでした。
最初は武器屋を探すゾロさんへの付き添いから始まり、……途中ではぐれちゃったんですけど、
結果的に先回りになった武器屋で再会した時、ゾロさんが手にしたのは、
――――な、なんと、かの妖刀、“三代鬼徹”だったのです!

しかもゾロさんは妖刀を宙に投げ、その真下に右腕を突き出しました。
あっ、危なぁ~~~い!!! ですが、妖刀はゾロさんの腕を斬らず、床に突き刺さったらしいです。
妖刀を従える程の強運の持ち主、だったようです。……えっ? どうして伝聞なのか、ですって?
ふぐぐ……刀が刺さる音を聞いて気絶してしまって、……いやぁー、お恥ずかしいです。

目を覚ました私が大通りに戻ると、処刑台の広場で大騒ぎが起こってました。
なんと、ルフィさんが処刑台のてっぺんで拘束され、刀が振り下ろされる寸前だったのです!
大騒ぎの広場でも、ルフィさんの声はハッキリと聞き取れました。真下にいる仲間達に向かって、

「わりぃ、おれ死んだ」

暗雲の立ち込める空の下、晴れやかな笑顔と共に、皆に告げたのです。
死を覚悟して尚も笑うなんて。……まるで、お姉ちゃんみたいでした。

     ・     ・     ・

途端、広場が眩い光に照らされます。そして、刀を手にした海賊はバッタリと倒れ、
ルフィさんは枷を外されると、何事もなかったかのように、ニッコリと笑っていました。

「へへ……もうけ!」

奇跡? ……いや、私の予感した大凶を覆すほどの強運を、あの人が包んでいる。
スゴイ……。それでも、不運はまだ終わりません。
立ち込めた暗雲が大雨を降らし、周囲に煙幕が立ち込める中、
私はルフィさん達を広場から逃がすために、港へ抜ける裏道を案内しました。
大雨が嵐となって航路を阻む中、私が乗り込んでいたメリー号はローグタウンを出航し、
皆さんが各々の夢を語る中、居ても立っても居られなかった私は、そこに飛び込みました。

「わ、私を皆さんの仲間にしてください!」

面識のあったルフィさんもゾロさんも勿論、他の三人もビックリしていました。
正直に言うと、……あの時の皆さんの反応は、芳しくはなかったでした。
特にゾロさんは露骨に眉を顰めて、何言ってるんだコイツ、って顔してましたねー。

「フクキタル、お前の夢は何だ?」

誰もが言葉を失う中、ルフィさんがそう問い掛けてくれました。
皆さんが夢を背負って出航したのですから、私に聞くのも当然のことです。
でも、私に夢なんて……。でも、もしも夢があるとしたら、

「な、長生きです!」

お姉ちゃんの分まで長生きしたい、たったそれだけの夢でしかなかったです。
きっと、皆呆れてるんだろうな。……そう思って、恐る恐る周囲を見回したら、
ゾロさんもナミさんも、ウソップさんもサンジさんも、誰もが静かに笑ってました。

     ・     ・      ・

ルフィさんは満面の笑みを浮かべて、両腕を大きく空に突き出して、

「よーし、お前も一緒に来い!」
「は、はい! 皆さん、よろしくお願いします!」

こうして、私はゴーイングメリー号の船員となり、皆さんと共に冒険の旅に出ました。

それから、リヴァースマウンテンを乗り越え、ウィスキーピークで大宴会をして、
ゾロさんが妖刀に操られたと勘違いして闘ったり、色々あったんですけど……。
……気付いたらなんと、バロックワークスのお尋ね者になっていたんです!

「ふぎゃぁー!!! 私も“アンラッキー”に写真を撮られましたー!」

バロックワークスは“アラバスタ王国”を乗っ取り、
理想の国家を作り上げようとする、とんでもない犯罪組織だったんです!!!
私達はアラバスタ王国の王女であるビビさんを国に送り届ける為に、
ウィスキーピークを出航し、リトルガーデンでアラバスタ王国への“永久指針”を手に入れ、
いよいよアラバスタ王国へ迎う準備が出来ました、――――その時でした。

「みんな来て、大変! ナミさんが……!!! ひどい熱を……!!!」

高熱で倒れたナミさんを治療するため、医者のいるに島に向かわなければなりません。
でも、グランドラインの何処に島があるかなんて、ふぐぐ……私達の誰も解りません。
高熱に冒されながらもナミさんが身体を起こして、私に頼みました。

「……フクキタル、……アンタの占いで決めて……」
「ナミさん! シラオキ様にすべて任せる気ですかぁ!?」
「そ、そりゃあマズイだろ……。運に任せるしか、ないかも知れないけどよぉ」

ウソップさんの言うのも最もです。私の占いに命を賭けるなんて……。

「ローグタウンで……ゾロとルフィの大凶も、当てたでしょ……」
「占いは……信じてないけど……仲間の言うことなら……信じるから……」

ナミさんが死んじゃう。いつも元気で優しい、お姉ちゃんみたいなナミさんが。
みんなが私を見てる。不安や迷いもなく、私の言葉を待っている。

「フク、進路はどうするんだ?」
「み、見えました……!ベッドに寝ているナミさんと、……桜?」
「進路はこのまま、南に直進です!」

水晶玉に見えた光景を呟きました。春島なら、ナミさんの療養にはピッタリです。
でも、南進したメリー号が到着したのは、雪に閉ざされた寒冷な島国、ドラム王国でした。

     ・     ・      ・

結局、私の占いは外れたのでしょうか。……ズンと気分が下がってしまいます。
サンジさんやビビさんが慰めてくれて、あのゾロさんまで声を掛けてくれました。
ワポル達と闘う時も全然調子が出なくて、私って皆さんの役に立ってるのかな……。

それでも、私に出来ることはきっとある……。そう思って、ずっとナミさんの看病をしてきました。
ウマ娘の身体は毒や病気への抵抗力が強くて、仮に病気に感染してもすぐに治ってしまうんです。
だから、私はずっとナミさんの傍にいて、そのことをチョッパーさんやDr.くれはに相談をして、
出来上がった“それ”を、ドラム王国から出航したメリー号で、ナミさんに手渡しました。

「ナミさん! これ、熱病の抗血清です!
 えへへ……。私も熱病に感染していて、それでもすぐに治っちゃったんですけど、
 ウマ娘は病気に強いですから、私の身体に残ったウイルスを血清にして貰って――――」

バンッ、と目の前に火花が散って、平手を晴らしたナミさんが歯を食いしばっていました。
そして、ギュッとナミさんに抱き締められると、とても優しい声で私に囁きました。

「ありがとう、フクキタル。……でも、もうこんな真似は二度としないで。
 ウマ娘だろうと何だろうと、未知の病原菌なのよ。アンタまで死んだらどうするの?」

きっとナミさんはすぐに気付いたんです。私がわざと病気に罹るように傍にいたことを。
止めてと言われても、私に出来る精一杯のことなのに。だから、急に涙が溢れて来て。

「でも、私は他に何もできません! 占いだって外れて、春島なのに冬島に来ちゃって……」
「見て、フクキタル。――――桜が、咲いてるわよ」

ハッとして空を見上げました。風に舞う雪がピンク色に染まっていました。
ドラム王国に降り注ぐ雪が鮮やかな桃色に染まって、まるで桜吹雪のようでした。

「アンタはね、私の代わりに進路を決めたの。立派にやったくれたのよ。
 だから、ありがとう。……ほら、いつまでもメソメソしてないの!」

ヒリヒリと痛む頬を撫でて、ナミさんは私の傍を離れました。
そうだ。ナミさんの病気が治って、チョッパーさんが乗船して、ハッピーエンドなんだ。
だから、涙は似合わない。船出はいつだって、新たな冒険の始まりなんです!

「アッハッハッハッハッ!!!」
「めでてーめでてーっ!!! 月が出てるし、桜が咲いたぞ!!!」

ルフィさんとウソップさんが大騒ぎをして、メリー号は大盛り上がりでした。
だから、私も涙を拭って立ち上がり、宴の輪の中に飛び込んでいきました。

「みなさぁーん!!! チョッパーさんの加入とナミさんの歓喜祝い!!!
 今日という大吉を祝して、さあ!!! 盛り上がっていきましょー!!!」
「いいぞー、フクキタル!!! モノマネやってくれよ、モノマネ!!!」
「では、ローグタウンで道に迷ったゾロさんのモノマネです!!!」

「……おかしいな? いつまで階段登ればいいんだ?」
「ブハハハハハハッ、屋上で一寝入りするつもりだったのかよ!!!」
「バカヤロウ!!! ぐる眉、テメェーも笑いすぎだ!!!」

ゾロさんの太い指が私の顎を掴み、思いっきり持ち上げられます。
ルフィさんもウソップさんも、ナミさんやビビさんまで爆笑の渦に飲まれて、
チョッパーさんも恐る恐るながら、へへへ……と可愛く笑っていました。

ドラム王国が見えなくなっても、夜が明けるまで宴会は続いて、
私も甲板でぐっすり眠って、久しぶりにシラオキ様の夢を見ました。
シラオキ様は嬉しそうに微笑んでいて、何も言わずに空へと消えていきました。

目を覚ましたらビビさん以外は全員眠ったままで、皆さんの寝顔を見てホッとしました。
どんな困難があっても進む道を曲げることなく、最後まで抱いた思いを貫き通した皆の姿。
そうだ。きっとこれが、この船の最短航路なんだ。――――私も、この船のように生きてみたい。

     ・     ・      ・

「いやー、本当にスワンスワン」
「私もカルガモに抱き着いたボンちゃんを引き剥がそうとしたら、
 一緒に釣られてしまうなんて。こんなイリュージョンは初めてだよ」

ホットスポットの蒸気の中、釣りをしていたルフィさんとウソップさんは、
何とオカマの方と男装の麗人を釣り上げてしまいました。……ええー、なんでですか?

「見ず知らずの海賊さんに命を助けてもらうなんて、この御恩一生忘れません!!!
 あと、温かいスープを一杯頂けるかしら?」
「ねぇよ!!!」 「こっちがハラへってんだよ!!!」
「ボンちゃんと私のことは気にしないで。迎えの船が来たら、すぐに戻るから」
「そんな……。お腹を空かせたレディーにスープの一杯もご馳走出来ないなんて、
 おれのコック人生はじめての屈辱……。チョッパー、ちょっと来い」
「うわぁー!!! ついに食べられちまうー!!!」
「バカ!!! お前の薬草でスープが作れないか見せてみろ、ってことだ!!!」
「なによぉー。あちしのお願いに比べて、たーいどぅー、ちがくなぁーい!?」

ともあれ、助けてくれたお礼とばかりに、お二人は余興を見せてくれました。
オカマの方はルフィさんの他、色々な人に変身する悪魔の実の能力を、
男装の方は手品を超えたイリュージョンの数々を披露し、皆さん大盛り上がりでした。

「さあ、ポニーちゃん。カードを一枚引いて、見えないように絵柄を確認してごらん?」
「はい、確認しました。この後、このカードを見えないように渡すんですよね?」
「その必要はないよ。君が引いたカードは、長鼻のお兄さんのポケットに!」
「えっ、うおおお!!! スゲー、いつの間にカードが入ってやがる!!!」

私の手にしたハートのクイーンと同じ絵柄のカードが、ウソップさんのポケットに入ってました。
これは流石に皆さんでも見抜けなかったのか、ルフィさんも目をキラキラさせていました。

「スゲェー!!! ウソップ、次のカード出してくれよー!!!」 「おれが出したんじゃねぇよ!!!」
「美し過ぎるトリックだ。全く目を離さなかったのに……」
「クソコック、てめぇはずっと余所見してただろうが」

胸の谷間を食い入るようにずっと見てたエッチなサンジさんはともかく、
皆さんが目を離さなかったのは間違いありません。勿論、私もです。
突然の来訪者とルフィさんがすっかり打ち解けた時、別れの時を告げるように船が近付いてきました。

「さァ行くのよお前達っ!!!」 「アラバスタまで出航しようか」
「ハッ!!! Mr.2ボン・クレー様!!! Ms.バイセクスタル・デー様!!!」

Mr.2、そして祝日を冠したコードネーム。気付いた時には、船は遥か遠くまで去っていました。
顔を真っ青にしたビビさんが何かに気付いたように、皆に告げました。

「噂には聞いていたのに……。Mr.2は大柄のオカマでオカマ口調。
 白鳥のコートを愛用して、背中には“おかま道”と……。
 Ms.バイセクスタル・デーは胸元を開けた黒いタキシードを纏い、
 年下の女の子には“ポニーちゃん”と呼ぶ手品の達人だって……」

いやいや、気付けよ。と皆がツッコミを入れる中、私も諸島での噂を思い出しました。
かつて、諸島のレースで強豪達を抜き去り、当時のレコードを更新したウマ娘がいました。
そして、私はそのウマ娘に小さな頃に出会っていたのです。

小さな頃、かけっこではビリッケツばかりだった私が一人で泣いていると、
レース場から現れたウマ娘のお姉さんは、私の小さな頭を撫でて、静かに微笑みました。

「ポニーちゃん、諦めないで最後まで走り抜けてごらん。新しい景色が見えるはずだよ」

それから色々な手品を見せて勇気付けてくれた人が、レースを終えた直後に島から姿を消し、
その実力を惜しんだ人々に“幻の輝石”と呼ばれたと、後からお姉ちゃんから聞きました。

“マネマネの実”の変身で仲間とすり替わられてしまう、そんな懸念への対策として、
私達は腕に布切れを巻き付け、“仲間の印”を作り、サンディ島へと上陸しました。
――――“仲間の印”、ギュッと腕を縛る布切れが急に頼もしく見えてきて、
これから七武海が率いる犯罪組織と闘うのに、私はワクワクが止まりませんでした。

そして、私達はアラバスタ王国へと入国し、……早速、ルフィさんが騒動を起こしました。
ローグタウンで私達を追い詰めたスモーカー大佐に迫られ、あわやと言う時です!
テンガロンハットを被った上裸の男性が私達の前に立ち、その拳から炎を飛ばしたのです!

「お前は“煙”だろうが、おれは“火”だ。おれとお前の能力じゃ勝負はつかねェよ」
「エース……!?」「変わらねェな、ルフィ」

エースさんがスモーカー大佐を足止めしている間、私達は物資を持ってメリー号へと逃げました。
ルフィさんでさえ、手も足も出なかったスモーカー大佐に立ち塞がるとは、なんてスゴイ人なんでしょう!?
ルフィさんから正体を聞いてビックリです!!! なんと、あのルフィさんの“お兄さん”なんですから!

「おれは勝負して一回も勝ったことなかった。とにかく強ェんだエースは!!」 「でも今やったらおれが勝つね!」

お兄さんを自慢げに語る上、対抗心まで燃やすルフィさんはなんだか新鮮でした。
いつも自信と夢に溢れているルフィさんにも、自分より強い人がいるって解っているんです。
それでもお兄さんには勝てる、って信じていて、ずっとまっすぐに夢を追っているんだから、
本当にルフィさんはスゴイです!!! ――――と、思っている間にエースさんが現れました。

「お前が、誰に勝てるって? おれどころか、まだテイオーにだって勝てないんじゃないか?」
「エース!!! アイツとは次に会ったら決着を付けてやるんだ!」
「まあいいさ。姉弟同士、仲良くケンカしてくれるなら、兄貴としては何よりだ」

ハッハッハッ、と気さくな笑い声を上げる姿は、まさしくルフィさんのお兄さんでした。
それでも私達への挨拶はしっかりしていて、とても丁寧な人だなー、なんて思っていると、
何故かエースさんは私へと視線を向け、パタパタと振っている尻尾に目をやりました。

「アンタ、ウマ娘か。ルフィの世話を焼くのは大変だろ?」
「そんなことないです! ルフィさんは、私に夢を見せてくれた人ですから」
「そうかい。コイツもちょっとは成長してるんだな」

エースさんは嬉しそうに両目を細めると、ルフィさんに“白ひげ海賊団”への加入を誘いました。
勿論、ルフィさんは断ります。だって、ルフィさんの夢は海賊王ですからね! 占わずとも解ってましたよ!
エースさんも断られるのは解ってたみたいで、ルフィさんに一枚の紙きれを放り投げて渡しました。

「出来の悪い弟を持つと……兄貴は心配なんだ」
「勿論、姉貴もな。だからルフィ、バカ騒ぎは結構だが、ちょっとは気を付けろ」
「解ってるさー!!!」  「おめェらもコイツにゃ手を焼くだろうが、よろしく頼むよ」

私達に頼みを告げたエースさんは、用は済んだとばかりに乗って来た小舟へと戻ってしまいました。
もっとお話したかったですけど、エースさんもグランドラインを逆走してまで追っている人がいるらしく、
ちょっと名残惜しいですが、去り際のエースさんは不敵な笑みを浮かべて、こう告げました。

「次に会う時は、海賊の高みだ」

ルフィさんは無言で頷き、エースさんとはお別れです。
ゾロさんもナミさんも、ルフィのお兄さんの割には礼儀正しくて弟思いのしっかり者だと、
エースさんを口々に褒める反面、広い海はやっぱり不思議なことだらけだと、首を傾げていました。
そういえば、と私はエースさんの言葉を思い出し、見送りを終えたルフィさんに問い掛けました。

「ルフィさん、エースさんはルフィさんのお兄さんじゃないですか?
 それじゃあ、エースさんが言ってた、ルフィさんのお姉ちゃんってどんな人なんですか?」

ルフィさんのお姉ちゃん、ちょっと想像が付かないですけど、やっぱり気になります。
ナミさんやウソップさんも興味津々みたいで、ルフィさんの答えを待っていました。
でも、ルフィさんは露骨に唇を尖らせて、ちょっと拗ねたような目をしてました。

「いやだ」
「えー、どういうことですかー?」
「テイオーはムカつくからいやだ」

あまり話したくないみたいなので、私はこれ以上の追求を止めましたが、
デリカシーのないウソップさんやゾロさんは、ルフィさんの珍しい反応を面白がってます。

「なんだなんだ、ルフィひょっとしてイジメられてたのかー?」
「気持ちは解るぜ。小さい頃の女、ってのは、男をナメてかかるからな」

囃し立てるウソップさんをルフィさんが横目で睨み付けています。
ゾロさんの真に迫ったからかいはさておいて、チョッパーさんはブルブル震えています。

「ルフィがイジメられてたなんて、ひょっとしてルフィのお姉ちゃんって化け物なのか!?」
「チョッパー、レディーに対して化け物とはなんだ!
 きっと、ルフィに似て、……そうだな。きっと喰いっぷりの気持ちいいレディーだ!」

あの女性に優しいサンジさんであっても、ルフィさんのお姉ちゃんはちょっと想像が付かないみたいです。
男性陣の反応に呆れた顔をしているナミさんやビビさんも、面白がって口を挟んで来ます。

「ルフィも案外、可愛いところあるじゃない」
「もう、ナミさんもからかったりしたらダメよ。
 ……でも、ルフィさんみたいにワンパクな男の子が弟だったら、
 私だってケンカの一つくらい、するかも知れないわね」

降って湧いたルフィさんの弱みを面白がる私達に怒ったのか、
ルフィさんはメリー号の船首に立つと、大声を張り上げました。

「うがああああ!!! おまえらぁー!!! 出航だぁー!!!!」

     ・     ・     ・

海原に続くサンドラ河を抜けて、エルマルに上陸した私達は、
反乱軍のリーダーがいる町、ユバへと向かう為に広い広い砂漠を横断し始めました。
容赦なく照り付ける太陽、足を止めれば沈み込む砂地、レース場の坂道よりも険しい砂丘。
スタミナ自慢のステイヤーである私もヘトヘトになりながら、砂漠を抜けていきました。
途中、野良ラクダの“マツゲ”が仲間になると、ナミさんとビビさんは“マツゲ”に乗り、
サボテンを食べて錯乱したルフィさんをチョッパーさんが気絶させ、私が背負って運びました。

「悪いなあ……。フクキタル、おれは自分の汗さえ重くて……」
「すまねぇ、フクキタルちゃん。疲れたらいつでも交代するからな……」
「大丈夫です。私、諸島では長距離レースで優勝したことだってあるんですから」

弱音を吐くウソップさんと、珍しく私を頼ってくれたサンジさん。
二人ともヘロヘロなのが解ります。きっと、私の方が体力が残っている。
立ち塞がる動物達を切り伏せていたゾロさんが、ふと私に話しかけました。

「お前、足速いんだからナミ達のところまで走って、ラクダを呼べないのか?」
「そうしたいのも山々なんですが、この砂地だとトップスピードが出せなくて……」
「やっぱりフクキタルもそうなんだ。おれもヒヅメが沈んで、なんだか走り辛いんだ」

砂地への慣れなさは私と同じなのか、チョッパーさんも私に同意しました。
諸島では“芝”と土の地面である“ダート”の二種類のレース場が用意されているのですが、
生まれ持った適性なのか、“芝”では不調なウマ娘も“ダート”で快走するケースがあるんです。
その辺りの諸島のレースについて説明をすると、ゾロさんは興味がなかったのか聞き流していて、
私の背中でグースカ寝ているルフィさんの足首を掴んで引っ張ると、地面に引き倒しました。

「引きずっていくぞ。その内、コイツも目を覚ますだろ」
「おい腹巻き、流石にちょっと乱暴だぞ」

慌ててゾロさんを諫めるサンジさんですが、ゾロさんはルフィさんを引きずったまま歩き始めました。
サンジさんもウソップさんも後に続き、チョッパーさんが何かに気付いたように、私に話しかけました。

「ゾロのやつ、フクキタルの調子が出ないから替わってくれたのかな?」
「ま、まさかー。ゾロさんに限って、そんなこと……」

口では否定しましたが、ぶっきらぼうだけど何処か優しい一面を見せるゾロさんだから、
きっとチョッパーさんの言う通りなのかな、って思いました。……なんだか嬉しいです!
ナミさんとビビさんに追い付いた後、ルフィさんは何事もなかったかのように目を覚まし、
ゾロさん達にこってり絞られながら砂漠を進むと、いつの間にか真夜中になっていました。

「砂嵐、ユバの町が砂嵐に襲われてる!!!」

目的地であるユバの町に到着した私達が見たのは、廃墟となった町を襲う砂嵐でした。
砂漠のオアシス、とビビさんから聞いていましたが、干上がった町には井戸一つありません。
町に唯一残っていたトトさんというおじいさんに出会い、反乱軍が本拠地をユバの町から、
ナノハナの隣にあるカトレアに拠点を移したと聞くと、ドッと疲れが吹き出ました……。

「ビビちゃん……ビビちゃんなのかい?」 「国王様は、国を裏切るような人じゃない……!!!」

ビビさんの正体に気付いたトトさんは、枯れ乾いた顔に大粒の涙を零し、ビビさんの生存を喜んでいました。
親しい人との再会を喜ぶだけの涙ではありません。この国にとって、ビビさんは最後の希望だったのです。

「反乱軍の体力はもう限界だよ……。次の攻撃で決着を付ける、もう死ぬ気なんだ!!!」
「頼むビビちゃん……。あのバカどもを止めてくれ!!!」

自分の子供と同じくらいの年のビビさんへと泣き崩れて縋り付くトトさんに、
ビビさんはハンカチを差し出して、何も心配は要らない、と示すように笑ったのです。

「トトおじさん、心配しないで。反乱はきっと止めるから!」

ありがとう、とハンカチで顔を拭いたトトさんは肩の荷が降りたかのように立ち上がると、
私達を宿屋へと招待し、ウソップさん達は枕投げでいつも通りのドタバタを繰り広げました。

     ・      ・      ・

レインベースへと到着した私達を待ち構えていたのは、再び遭遇したスモーカー大佐でした!
いや、またルフィさんが連れて来たんですけど……。ふぎゃあー、このままカジノに入るしかないです!
石橋を渡った先に建立するピラミッドにも似た大きな建物、それがレインベース最大のカジノ、“レインディナーズ”です。
中にはスロットやルーレット、そして砂漠を模して砂の敷き詰められた、メインステージで歌や踊りを披露しているのは……。

「お客様ー、ファル子のステージは静かに見ようね?」

私と同じウマ娘の女の子が、煌びやかなステージで屈託のない笑顔を向けて来ました。
一応、私は手を振りましたが、状況が状況なので全速力です! 何故か、黒服の人達が奥へと案内してくれて、
左右に別れた廊下の中央に立つ看板には、“←VIP 海賊→”と立てられています。当然、左です!!!
って、ええー!? ルフィさん、なんで右に行くんですか!? いや、確かに私達“海賊”ですけど!!!

「解った、右だ!」

ゾロさん、そっちは左です!!! どっちに進んでも、みんなが別れたらマズイですよー!!!
ゾロさんを追って走り抜けた先はメインステージでした。そして、そこで待ち構えていたのは。

「こらこらー、踊り子さんには指一本触れちゃダメ! ファル子との約束だよー?」
「おい、クロコダイルは何処にいる?」

ゾロさんが問い掛けたのはステージにいたファル子さんです。
途端、ステージの幕が下り、地面を蹴ったその娘が瞬く間にゾロさんに肉薄しました。
ゾロさんが三刀を抜くも、沈み込む砂によって足が動かず、その隙を突かれました!

「これは……ステージ全体が流砂になってやがる」
「“砂のサイレンススズカ”、スマートファルコン!
 ステージを邪魔する悪い子は、お帰り頂きまーす!」

私も流砂の上ではマトモに動けず、ゾロさんも足運びが全くできません!
砂の上を自在に走り回るファル子さんには全く歯が立たず――――

「“輝雲英☆STARDOM”!!!」

流砂を斬り割く怒涛の蹴り足に吹き飛ばされたゾロさんと私は、
結局、“海賊”の道へと進まされ、落とし穴に落ちてしまいました。ぎゃふん……。

「来るわよ……どこまでだって……!!! Mr.0!」
「死ぬのはこのくだらねェ王国さ……ミス・ウェンズデー」

脱出不可能な海楼石の檻に閉じ込められる中、ビビさんは檻の外でクロコダイルと闘います。
でも、全然歯が立ちません。身体を砂に変えるクロコダイルには、全く攻撃が通じないんです!
そして、反乱軍が遂に動き出し、首都アルバーナへと全軍を進めたのです。

クロコダイルとミス・オールサンデーが部屋から出て行き、部屋には大量の水が注入されていきます。
そして、残ったビビさんを襲う為に、牢屋のカギを飲み込んだバナナワニ達が現れるのです!

「どれだ!? フクキタル、どこに牢屋のカギがあるんだ!?」
「わ、解りません……。牢屋のカギが何処にあるか、全然解らないんです!」

シラオキ様……助けてください……。まさか、私達を見捨てられたのですか……?
いいえ、ビビさんが部屋を脱出しました! 助けを呼べる、でもバナナワニはすぐ傍に。

「“食事中は極力、音を立てませんように”」
「“踊り子さんには手を触れない”」
「“反行儀(アンチマナー)キックコース!!!”」 「“勝ち馬凱旋(ウイニング・ラン)!!!”」

巨大なバナナワニを蹴り上げるサンジさん、踏み付けるファル子さん。
歓喜する私達の前でバナナワニから吐き出されたのは、……ボール?

「ぷは―――っ 生き返った! 死ぬかと思ったガネ!!!」

あれはリトルガーデンで遭遇したMr.3! 勝手に話す彼の言葉を聞くと、
どうやらクロコダイルに裏切られ、ワニの餌食となっていたところを、
ドルドルボールで身を守り、消化されずに済んだみたいです。……し、しぶとい……。
ドルドルの実で牢屋のカギを作らせて脱出した私達は、スモーカー大佐に身逃され、
チョッパーさんの連れて来た“ヒッコシクラブ”に乗って、アルバーナへと急ぎます。

「あの娘……ひょっとして、ファル子?」

激走する“ヒッコシクラブ”の上で訝し気な声を上げるのはビビさんでした。
ファル子さんはビビさんの幼少期の幼馴染で、レイニーベースで踊り子をしてるそうです。

「助けてくれたんだろ? だったらいいやつじゃねぇーか」
「冗談じゃねぇ。おれとフクキタルは、ソイツに吹っ飛ばされて牢屋に落ちたんだ」

能天気なルフィさんに対し、憮然とした表情で睨み返すゾロさんです。
流砂の悪環境とはいえ、ファル子さんに負けたのは、確かに悔しいですよね……。
“ヒッコシクラブ”で走り出した直後、砂と化したクロコダイルがビビさんを攫おうと、

「お前ら先行け!!! おれ一人でいい!!!」

ビビさんを庇い、クロコダイルの鉤爪に捕まったルフィさんが私達に叫びます。
“ヒッコシクラブ”は止まらない。クロコダイルをルフィさんに任せ、私達は進み続けます。
目的地はアルバーナ。反乱軍と国王軍の衝突を止められるのは、ビビさんだけです。

     ・     ・     ・

ルフィさんの安否は気になりますが、……きっと、ルフィさんなら大丈夫です!
残った私達はアルバーナへ到着するまでの間、ビビさんを革命軍の下へ送り届けるため、
作戦会議を始めます。勿論、私達がアルバーナに向かっているのは、クロコダイルにバレてますから、
一番の障害となるのは、残りのナンバーズ。……そう、あの“輝石”と闘わなければなりません。

「皆さん! Ms.バイセクスタル・デーは、私が倒します!」
「……確かに、あの娘がウマ娘なら、その機動力は一番の脅威だな。
 フクキタルちゃんが足止めしてくれるなら、一番やりやすい」
「スゴイぞ、自分から言い出すなんてフクキタルはエラいぞ!」
「しっかりやりなさい、フクキタル。
 同じウマ娘なんだから、負けちゃったら怒るわよ」

サンジさんが冷静な意見を出して同意してくれました。
チョッパーさんが感心したように両目を輝かせて、私を褒めてくれました。
ナミさんも横で頷いて、私にサッパリしたエールを送ってくれます。

「ええ。砂漠ならまだしも、アルバーナに入ってしまったら、
 カルーでも追い付かれてしまうかもしれないわ。……お願いね、フクキタルさん」
「よぉーし、キャプテン代理のウソップ様の命令だ!
 フクキタル、あのマジシャンはお前に任せた!」

責任重大だと解っていながら、ビビさんが私に託してくれました。
さっきまで、くじ引きで決まったマツゲさんとのコンビをイヤがっていたウソップさんも、
そんな意見は引っ込めて、私の決断を後押ししてくれます。

「フクキタル」 「は、はい!」 「――――あの手品師、絶対に倒せよ」

そして、バンッと私の背中を叩いたゾロさんが、最後の一押しをくれました。
アルバーナが迫る。私だって、いつまでも皆さんのお荷物なんかじゃない。
――――腕を縛る仲間の印が、私に勇気を与えてくれます。



+ 【第三話:“マチカネフクキタルの決意”】
「さあ、私達は南西門へ!」

ボンクレーを跳ね飛ばした二人を追って、Ms.バイセクスタル・デーが駆け寄る中、
私は超カルガモさんの手綱を引き、彼女目掛けて思いっきりタックルを仕掛けます。

「私が相手です! ――――フジキセキさん」

これは賭けでした。私の正体に気付かれたら、私を追う必要はありません。
ですが、その本名を知る者だとすれば……? ――――賭けは成功しました。
砂地では走力の勝る超カルガモさんに身を任せ、私は南東門へと移動します。
後を追うのはフジキセキさん。――――“幻の輝石”は私が食い止める。

     ・     ・     ・

<アルバーナ南西ブロック:クレント劇場前>

「そろそろ自分の脚で走ったらどうかな、ポニーちゃん」 「言われなくても! さあ、後は宮殿へ急いでください」


超カルガモさんから降りた私が告げると、超カルガモさんは宮殿へと走っていきました。
屋外型の劇場には多数の座席と大きな石造りの舞台が鎮座していて、
きっと、平和な時代は歌劇で賑わってたんだな、と思いました。

「君は……。そうか、私が島を去る時に出会った……」
「お久しぶりです、フジキセキさん。
 ――――どうして、バロックワークスなんかの味方をするんですか?」

理想国家を建国する為に犯罪紛いの悪行ばかりを働く理由が、私には解りません。
まして、諸島のレースで好成績を収めたフジキセキさんが、なんでそんなことを……?

「バロックワークスの社訓の通りだよ。私は、理想の国家を作りたい」
「そんなの、私達にはトレセン諸島があるじゃないですか!」
「もう解っただろう? 私を止めなければ、アラバスタ王国は崩壊する」

解っていました。だからこそ、フジキセキさんを絶対に倒して見せます。

「ウマ娘武術、“先駆け”! “上がり三波浪”!」
「“上がり三波浪”、――――“幻術(イリュージョン)”」

フジキセキさんも同じく、掌底の三連撃。
ですが、フジキセキさんの掌底がブレて、九連撃!?
ぶつかり合った掌底の反動を逃がそうと、私は背後へと飛びます。

「見えないものを見せ、見せるべきものを隠す。
 私の“幻術”は、前のような手品じゃあ済まないよ」

フジキセキさんがゆっくりと歩き始めると、フジキセキさんが何人にも増えていきます。
一つとして違いの見えない幻影。匂いでも辿らなければ、どれが本物か解らないはず。
……何故でしょう。今の私になら、どれが本物なのか感じ取れます!!!

「ウマ娘武術冠三番、“奇術・紅葉鉄崩(マジック・もみじステークス)”!!!」
「ウマ娘武術冠三番、“月光排撃(ムーニー・バレー)”!!!」

お互いの攻撃がぶつかり合い、フジキセキさんは幻影を見破られたのに驚きを隠せません。
勿論、私だって同じです! なんとなく解る、くらいだったのに、私もビックリしました!

「参ったね。私の幻術が早々に見抜かれるなんて、
 ……やっぱり君も、あの娘の妹さんなんだね」
「!? お姉ちゃんのこと、どういう意味ですか?」

何故、ここでお姉ちゃんの名前が。――――いや、これは誘導(ミスリード)!
気付けば姿勢を低く屈めたフジキセキさんを見失い、私の両脚が思いっきり刈られます。

「ふぎゃっ!?」  「騙せるのは、見た目だけじゃないんだよ!」

ゴスッ、とフジキセキさんの踏み蹴りが私の鳩尾にめり込み、地面に引き倒されます。
慌てて身を捩らせ、次撃を避けてから立ち上がるも、身体を曲げた私を救い上げるように、
フジキセキさんの回し蹴りが胴体にめり込み、劇場の客席へと吹き飛ばされます。

「ぐがぁ!?」   「てこずらせたね、ポニーちゃん」

フジキセキさんが呆れたような呟きを漏らし、私のぶつかった木製の客席がバラバラに壊れ、
ぜぇぜぇと荒い息を吐くだけの私です。きっと、この人は私よりも遥かに強い……。

「ハァ……が、ぁぁ……。まだ、まだです……」
「ポニーちゃん、君も十分時間は稼いだんじゃない?
 今頃、ビビ王女は反乱軍と合流して、闘いは終わってるかも知れないね」

蹴られた肋骨が軋み、息を吐く度に喉奥から荒れた音が響き渡ります。
フジキセキさんの言葉から聞くに、もしかしたら同族同士で争いたくはないのかも……。

「違います!」

石畳を蹴って真正面からフジキセキさんに飛び込み、横薙ぎの掌底を放ちます。
庇い腕によって防ぐフジキセキさん。ですが、袖口に引っ掛けた指を振るった私は、
互いのパワーで指の関節が抜け曲がる激痛の中、フジキセキさんを地面に引き倒します。

「私は時間稼ぎなんかじゃない。貴方を倒すためにここに来たんです!」

ゾロさん、ナミさん、ウソップさん、サンジさん、ビビさん、チョッパーさん。
私達をここまで連れて来てくれた、カルーさんに超カルガモ隊の皆さん。
何より、クロコダイルと闘っているルフィさん。

「私はマチカネフクキタル、麦わらの一味の占い師です。
 私が倒すと預言(いっ)たなら、絶対倒さなきゃあ、ハッピーにはなりません!!!」

地面に転がしたフジキセキさんに追い討ちを掛けるように、掌底を打ち落とします。
肩口の肉骨を抉り砕く怪音が響き、苦悶の声を漏らすフジキセキさんに二撃目を――――

「ウマ娘武術冠二番、“深憤排撃・頭顱(しんぶんはい・こうべ)”!!!」
「ウマ娘武術冠二番、“夜宵掌(やよいしょう)”!!!」

互いの掌底がぶつかり合い、力負けした私は上空へと弾き飛ばされました。
有利な姿勢を取り、抉った肩口から伸びる腕での掌底でありながら、
フジキセキさんの“夜宵掌”は、私に対して力では劣ってはいない――――

「ポニーちゃん、……いいや、マチカネフクキタル。
 諸島でも君ほどの実力者は、十本の指に入るほどじゃないかな」

フジキセキさんが立ち上がります。フジキセキさんも私の撃力を逃がし切れず、
横たわっていた石畳には大きな亀裂が入り、十分なダメージを与えていると解ります。

「だけど、私を倒すには力不足だったね。
 ――――“自在雁行(キャンター・ギャロップ)”」

またしてもフジキセキさんが何人にも増えたかのように姿が揺らいでいきます。
見破られたのに何故? ……違う。あれは私を惑わすための動きじゃありません。
あの幻術を可能とする緩急自在の歩法そのものが、技を繰り出すための布石。

「“紅葉鉄崩・冷鋼弩(もみじステークス・レコード)”!!!」

空中で身動きの取れない私目掛けて、フジキセキさんが矢のように飛び、
私の心臓を貫かんとする鋭い貫手が真っ直ぐに突き出され、私はそれを――――

「う、ぎゃあああああ!!!」

貫手に胸骨が突き折られ、その指先が心臓へ届く前に、その手首を両の掌で掴みます。
私達は揉み合うように劇場へと突っ込む。自由な両の脚が蹴る先は、衝突する劇場の壁面。
フジキセキさんの体重が乗った一撃を両脚に乗せ、衝撃に耐えながら、確かに足裏が壁面を捉える。

「ウマ娘が、足を犠牲に……!?」  「ウマ娘武術冠一番――――」

ローグタウン出航後、リヴァースマウンテンに向かうまでの間に、
ルフィさんを始めとする皆さんとはすっかり打ち解けていました。
ルフィさんもウソップさんも気さくな振る舞いで楽しい話をしてくれますし、
いつもは厳しいナミさんも同じ女の子の私を気にかけてくれましたし、
味見と前置きしては大事なミカンを一番初めに食べさせてくれました。
サンジさんはベタベタに優しくて、なんだかお兄さんみたいだな、って嬉しかったです。

でも、ゾロさんはいつもムッスリしていて、毎日トレーニングばかりで、
前に長生きの話になった時も、「この船じゃ望めねぇ夢だな」と冷ややかな反応でした。
だから、実はちょっとニガテだったんですけど、転機が訪れたのはウィスキーピークの時でした。
その時、私はゾロさんとちょっとだけケンカをしたんです。夜中に町の人を刀で斬り回るゾロさんを、
“三代鬼徹”の妖力で操られてる、なんて勘違いして……。ふにゃにゃ、今思うと恥ずかしいです……。

「おい、フクキタル。あの時の“菊花掌”だが」

ドラム王国から出航した翌日、甲板を走り回ってる時にゾロさんから声を掛けられました。
昼寝の邪魔をして怒られたのかな、とウマ耳をへたらせてると、ゾロさんの思惑は違いました。

「あの合体野郎やワポルに使えなかったのか?」
「あ、あの時はちょっと、調子も運勢も悪くて……」

ゾロさんはブスッとしているので、本気を出さなかったのを責められたのかと思いました。
私の答えを聞いたゾロさんは、納得したように頷くと、横目で私を見遣りました。

「あれは何時でも使えるようにしておけ。――――まあまあ効いたぞ」

えっ、とゾロさんを見返すと、当の本人は再び寝息を立て始めました。
どういうことかな、と考えていると、風向きを計測していたナミさんとビビさんが近付きました。

「あらら、素直じゃないのねー。褒めるならちゃんと言えばいいのに」
「Mr.ブシドーは頑固な方ですからね。
 ウイスキーピークでフクキタルさんに張り合われたの、気にしてたりして」

あの時、勘違いからとはいえ、妖刀を狙って放った“菊花掌”。
――――ウマ娘武術とレースは表裏一体。レースを勝ち抜いたウマ娘が、強力な十八番を使える。
中でも“菊花掌”は最速・最優・最強の中でも、“最強”に位置する強烈な発勁。
実をいうと、“菊花掌”を会得した私でも、未だに放つのを躊躇う場面ばかりです。
何故でしょう。……レースに勝ち抜いたのなら、“菊花掌”を使えてもおかしくないのに……。

    ――――いつまでも、不運不運、って……
    ――――わたし、あなたのそういうところ、だいきらい。

私にとって、レースの勝利は幸運がもたらし、敗北は不運がもたらしたものでした。
だから、幸運じゃなければ、“菊花掌”を振るえない。
でも、これからは幸運だって不運だって関係ない。シラオキ様、見ていますか……?

――――私、不運であっても、皆さんと一緒に冒険を続けますよ。

貫手の肘関節を曲げるように腕を差し入れ、フジキセキさんの胸倉を掴み、
ステージへの落下よりも速く、菊花のように咲いた掌底を突き出しました。

「“菊花掌”ォォォォ―――――!!!」

両脚が壁面を蹴り飛ばし、密着したフジキセキさんの胸骨に添えます。
そして、確かに伝わる地響きにも似た衝撃がフジキセキさんの肉体に伝わり、
壁面を蹴り飛ばすまま、私の身体諸共ステージの上へと叩き付ける。

「ぐ、がああああ―――――ッッ!!!」

ニス塗りの床板が圧し砕け、絶叫と共にフジキセキさんはステージの上へと倒れます。
何とか立ち上がろうとする私は、ガクンと膝が抜けたように床の上へと倒れました。
両脚骨折? 少なくともヒビは入っています。ウマ娘の両脚の骨格は、人間とは少し異なるので、
どちらにせよ歩けはしますが、もしもフジキセキさんが立ち上がったら――――

「あ、がッ! ああ、がぁぁ……」

心臓を両肺を押し潰され、混濁した意識の中でフジキセキさんが死の形相を見せます。
とりあえずは再起不能です。私はステージの上にある雑多な道具類を床の穴へと運び、
息も絶え絶えになりながら、なんとかフジキセキさんをステージの底へと監禁しました。

「あの時、私を勇気付けてくれてありがとうございます。
 ……フジキセキさん。私、“クリサンス・レース”で一着になったんですよ」

何故、フジキセキさんが諸島を出たのか、バロックワークスに加入したのか。
私には解りません。とても聞きたいですけど、もうアルバーナには時間が残されていません。
痛む両脚にムチを打って、私は反乱を止める為に宮殿へと走り始めました。

【アルバーナ南西ブロック:クレント劇場前の戦い――――】 【勝者:マチカネフクキタル】

     ・      ・      ・

「今振っている雨は……!!! 昔のように、また振ります」
「悪夢は全て、終わりましたから……!!!」

その後、本当に色々ありましたが、かいつまんで皆さんにお伝えしますと、
反乱軍と国王軍の衝突は止まり、無事にクロコダイルの野望は阻止しました!
ルフィさんはボロボロになりながらも、コブラ国王に背負われて私の下に戻って来ました。

「戦った相手が誰であろうとも、戦いは起こり! ……今、終わったのだ!!!」
「過去を無きものになど誰にもできはしない!!!」
「この戦争の上に立ち、生きてみせよ!!! アラバスタ王国よ!!!」

私達が宮殿に戻る途中、コブラ国王の力強い演説が聞こえてきました。
私達は宮殿の客室に通され、ベッドに身を横たえると、グッスリと眠りこけてしまいました。

「おはよー!」

翌日、目を覚ました私の傍にいたのはファル子さんでした。
それと、王宮のお医者さん達が私の両脚を治療していました。骨のヒビと脱臼がありましたが、
お医者さん達の技術は素晴らしく、五日間もあれば元通りに走れるそうです。

「だいじょーぶだいじょーぶ、王宮のお医者さんはみーんなスゴイんだから!
 だって、あの“ドラム王国”でお医者さんをしてたんだよ?」

――――ええーっ!? ビックリしました。この人達、かつてはドラム王国の王宮医師だったそうです。
なんでも、ワポルに国外追放された後、コブラ国王に拾われて王宮医師になったんだそうです。
あの憎たらしいワポルの悪政が巡り巡って、こんな形で私の治療をしてくれるなんて……。
ふぐぐ……なんだか数奇な運命です。

      ・      ・      ・

「いやーっ、よく寝たぁ~~~~~っ!!!」

あの戦いから三日後、目を覚ましたルフィさんはすっかり元気そうでした。
仲間達が全員揃い、久々の宴となれば王宮の大食堂は大騒ぎになります。

「あっ、おいルフィ! 今おれの皿から取ったな!?」
「うわぁぁ~~~っっ!!! ニンジンのグラッセ、こんなに柔らかいなんてー!!!」
「この料理は何て言うんだ?」 「これはコナーファと言いまして……」
「ほう、グラッセも柔らかい」 「これはコツがありまして。よろしければお教えしましょう」
「……なんて騒々しい食卓だ……」  「見てられん……下品すぎる……」
「ビビ様もよく、笑っていられるものだ……」

近衛兵の方々もドン引きしてますが、今日だけは許してください!
いっぱい食べて脚を治して、また皆さんと一緒に冒険の旅に出たいんですから!
お腹がいっぱいになった後は、宮殿の大浴場へとナミさんとビビさんの三人で入ります。
雨期にしか解放しないとのことですが、今日は特別にお湯を張ってくれました!

「気持ちいいー。こんな広いお風呂がついた船ってないかしら」
「あるわよきっと。海は広いもの」 「私も毎日こんなお風呂に入りたいですー……」

ふにゃー、と湯船に浸かって身体の力を抜いていると、ナミさんに身体を引っ張られます。
ビビさんにも一緒に引っ張られ、脱力した身体が椅子に座らされます。

「ほら、フクキタル。アンタの尻尾にリンスするから、ちょっと後ろ向いて」
「ナミさーん……。私、お風呂から上がったら自分でやるから大丈夫でーす……」
「フクキタルさん。折角だから、この香油入りのリンス、使ってみる?」

ブラシを持ったナミさんに尻尾をワシャワシャされ、ビビさんが小瓶からリンスを取り出します。
ほにゃほにゃするくらい気持ちいいです……。ぼーっとしていると、視線が男風呂との仕切り壁に向いて――――

「ふ、ふぎゃああ!!! 何してるんですかー!!!」
「ちょっとみんな、何してるの!?」

サンジさんだけじゃなくて、ウソップさんもルフィさんもチョッパーさんも、
マツゲさんやイガラムさん、コブラ国王までお風呂を覗いてます! えっ、コブラ国王!?
ちょ、ちょっと、一国の為政者なんですから止めてくださいよー!!!

「あいつら……」  「幸せパンチ!!! 一人10万よ」
「ナミ、ありがとうございます!」
「ナミちゃん、ビビちゃん、フクキタルちゃん、ありがとう!」

ちょっと、ナミさんがタオルを解いて“おはだけ”してます!
慌ててナミさんの前に立ち塞がりましたが、うわー! 背が届きません!
男性陣は全員撃沈です! あっ、私のタオルも解けてます! ふぎゃあああー!

――――この後、タオルを巻き直した私は男湯に飛び込むと、
ナミさんにだけ「ありがとうございます」と告げたウソップさん、
私にもナミさんにもお礼を告げたサンジさん、何で怒ってるか解ってないチョッパーさん、
楽しかったなー、と嬉しそうに笑ってるルフィさん、ちょっと見下した目をしていたマツゲさん、
「わざわざ見たいかね」と呆れてるゾロさん、一緒に覗いていたイガラムさんとコブラ国王には、
たっぷりお説教しました! なんか神妙な話が終わって大笑いしてましたけど、関係ありません!

お風呂から上がった私達は、すぐにアラバスタ王国を出国することに決めました。
確かに長居は出来ません。名残惜しい気持ちもありますが、アラバスタ王国とはお別れです。

「……ねぇ、みんな……」 「私……どうしたらいい……?」

旅支度を終えた私達に、ソファに腰掛けたビビさんが顔を伏せて問い掛けます。
私は……ビビさんと冒険に出たい。優しくて聡明なビビさん。
アラバスタ王国の問題も解決して、やっと自由になれるのに。……違う。
アラバスタ王国の問題が解決したのだから、ビビさんには王女の使命がある。
でも、そんな義務と義務で挟まれたビビさんより、私はビビさんの好きな道を生きてほしいです。

「よく聞いてビビ。明日の昼12時ちょうどに、一度だけ港に船を寄せるわ。
 アンタがもし、私達と旅を続けるのなら、歓迎するわ。――――海賊だけどね」
「君は一国の王女だから、これがおれ達の精一杯の勧誘だ」

ナミさんとサンジさんがビビさんに一つの道を示しました。
王国に残るも共に船出するも、全てはビビさんの判断一つです。
一緒に来るように騒いでいるルフィさんをウソップさんが止めていますが、
私だって、――――きっと皆同じ気持ちです。

「フクキタルさん。――――私の未来を占ってくれる?」
「その結果で決めるわけじゃないけど、……貴方が見える未来を知りたいの」

沈痛な表情が晴れたビビさんは、私に問い掛けてくれました。
私は水晶玉を取り出し、いつもの手順通りに占いました。

「ビビさんは、――――自由に生きて立派な女性になっています。
 どんな道を選んでも、それはきっと同じはずです!」

月並みな結果かも知れません。
でも、仮にビビさんが王冠を被っても、海賊帽を被っても、
私達の仲間なんですから、きっと自由な心のままに道を選ぶに決まっています。

     ・     ・     ・

サンドラ河上流に停泊していたメリー号に乗り込んでいたのはボンクレーでした。
勿論、彼が海軍の海上封鎖を電伝虫でリークしてくれた上、メリー号を密かに運び込み、
私達の逃亡を手助けしてくれたのは間違いありません。それは本当に感謝してるんですけど。
……ちょっと釈然としないです。ルフィさん達は新たな友情の芽生えに喜んでますけど。

「呉越同舟だよ、ポニーちゃん。私達もサンディ島から出られなくなっちゃったんだから」

って、えーっ!? 貴方はフジキセキさん!?
……舞台下から脱出した後は、ボンクレーと合流し、一緒にメリー号を運んでくれたそうです。

「あの、フジキセキさんはどうして、諸島から出たんですか?」
「まあまあ、いいじゃないか。私の目的は唯一つ、理想国家の建国だよ」

笑顔ではぐらかされてしまい、悶々としたままメリー号に積み荷を乗せて、いよいよ出航です。
夜明けと共に海原へと出たメリー号を襲ったのは、海軍の砲撃によって放たれる黒槍でした。

「“黒檻のヒナ”!!! この海域をナワバリとする本部大佐よう!!!
 厄介なやつが出てきたわ!!! さっさとトンズラぶっコクわよう!!!」

本部大佐、苦汁をナメさせられたスモーカー大佐と同じ階級となれば、相当な強敵です!
実際、黒槍の突き刺さったメリー号は痛々しく、このままでは沈没してしまいます。

「ダメです! だって、私達は東の港に行かなくちゃ!」
「ポニーちゃん。いつ沈むか解らないんだ。黒槍の射程外に逃れないと――――」
「まだ港に仲間が残っているんです!」「ああ、仲間を迎えに行くんだ!!!」

強襲する黒槍を弾き飛ばしながら、メリー号は東の港への進路を変えません。
何かを察したボンクレーさんとフジキセキさんは、お互いに目配せをしています。

「いいか野郎共? 及び麦ちゃんチーム……あちしの言う事よォく聞きねい!!!」

     ・     ・     ・

マネマネの実とフジキセキさんの“幻術”を使い、
私達に変装したボンクレーさん達が囮になり、海軍の海上封鎖を突破しました。
ボンクレーさん……。正直言うと全く信用していなかったんですが、
あの時ばかりの“友情”に命を賭けるなんて、きっとそれだけ彼にとっては、
重い言葉だったのでしょうか……。それにフジキセキさんが言い残した言葉。

「君みたいな娘が諸島にいるのなら、私が島を出ることもなかったのかな」

儚げな笑顔と共に告げた言葉には、何処か悔しさが籠っているように聞こえて、
私がその意味を問い質すよりも早く、フジキセキさんの乗り込んだアヒル船は出航しました。

「ボンちゃん!」 「フジキセキさん!」
「おれ達、お前らの事絶っっ対、忘れねェからな゙ァ!!!」

私達の慟哭が響き渡る中、メリー号は東の港へと到着しました。
ビビさんのスピーチが国中に流れ、港には人影一つありませんでした。
ルフィさんが渋る中、海軍の船が追い付くとメリー号を出航せざるを得ません。

「みんなァ!」

――――でも、カルーに乗ったビビさんが、電伝虫を片手に港へ駆け付けました。
船を港に付けようとしますが、国中に響いたビビさんの言葉が、それを押し留めました。

「私……一緒にはいけません! 今まで本当にありがとう!
 冒険はまだしたいけど、私はやっぱり、――――この国を愛してるから!!!」

ビビさんは王族の義務なんかじゃない。本当にこの国を愛しているんです。
国に生きる国民の一人ひとりを愛して、みんなと一緒にこの国で生きていたいんです。
ビビさんは自由に生きて決断したんだ。――――だから、だから泣いちゃダメです。
私達の出国は笑顔でなければ、いけないんです。


「……私は、ここに残るけど……!!」

「いつかまた会えたら!!! もう一度仲間と呼んでくれますか!?」

   ――――いいんだ、バツがいい。なァビビ、カッコいいもんな!!
   ――――うん、私もそれがいい。
   ――――なんでもいいから描けよ。本題はそこじゃねェんだ。

背を向けた私達はビビさんの言葉に何も応えられません。
海賊と王女の関係が海軍に知られれば、ビビさんだって罪に問われます。

   ――――フクキタル! それじゃあ十字じゃねェか、貸してみろよ!
   ――――ウソップさん、ちょっとくすぐったいですよー
   ――――ウソップ、おれにも書いてくれよ!
   ――――チョッパー、お前は毛が多いから、ペンキ使って書くぞ。

だから、私達は示し合わせるまでもなく、無言のまま腕に巻いた布切れを取って、
無言のまま背を向け、印を残した左腕を突きあげました。

   ――――これから何が起こっても、左腕のこれが仲間の印だ。


     ・     ・     ・
.

「さみしぃ……」

無事にアラバスタ王国を出航した私達は、
ビビさんとの別れを終えてすっかり気分がダウナーになっていました。
無神経なゾロさんが「力づくで連れてくりゃよかったんだ」と空気の読めない発言をすると、

「うわぁ野蛮人……」「最低……」「マリモ……」「天中殺……」「三刀流……」

勿論、非難轟々の集中砲火を受けました。
――――えっ!? 貴方見たことあります。ゾロさんの背後にいるのは、

「ミ、ミス・オールサンデー!?」 「私を仲間に入れて」

ゾロさんの刀、サンジさんのピストル、私の水晶玉が生えた腕達に払われ、
ガーデンチェアに腰掛けたミス・オールサンデーが爆弾発言を口にしました!
行くところがないから仲間にしてほしい、とのことですが、――――いやいや!?
ボンクレーさんの時とは訳が違います! だって、この人クロコダイルの側近ですよ!?

「心配すんなって!! コイツは悪いヤツじゃねェから!!」

ルフィさんがいつも通りの明るい笑顔で決めちゃいましたけど、
ウソップさんが面接を始めると、あまりにも危険な人物であると判明しました。
ミス・オールサンデーことニコ・ロビン。特技は暗殺って、特技と言えるまでに何人殺したんですか!?
ルフィさんとチョッパーさんは悪魔の実の能力で遊ばれてるし、これはいけません!
一味の占い師として、船長に近づく怪しい方は、私がしっかりと追い払います!

「私はダマされない。……妙なマネしたら、私が叩き出すからね!!」
「そーですよー! 貴方の悪だくみなんて、私の占いでぜぇーんぶお見通しです!」

ふんぎゃー!! ナミさんの言う通り。私達がしっかりしないと、この船が乗っ取られちゃいます!
あれ? ミス・オールサンデーが何か袋を取り出して、バラリと中身を広げてくれました。

「そういえば、クロコダイルの宝石。……少し持って来ちゃった」
「アラバスタ王国に伝わるスカラベのお守りも、ね」

ふぎゃあー!!! こんな大きさのお守りなんて、滅多に見られませんよ!!!
スカラベは太陽神の使いともされる昆虫で、樹液に閉じ込めて乾燥した標本は、
恋愛運仕事運金運美容運自己啓発運健康運勉強運霊性運願望運勝負運現世運その他諸々、
あらゆる運気を引き寄せる万能のお守りなんです! アルバーナでも欲しかったのに品切れで、
まさかこんなところで手にするなんて、うわぁーい! ばんざぁーい!!!

「いやん、大好きよお姉様っ!?」 「ロビンさん、貴方には祝福の相が見えます!」

船長が決めた仲間なのにウソップさんとゾロさんはグチグチと文句を垂れています!
なんでみっともない! それに比べてサンジさんは早速ロビンさんにデザートを用意して、
流石は一味きってのジェントルマンです! ほら、ウソップさんも一発芸で大爆笑してます!
――――ほらほらー、意地張ってるのはゾロさんだけですよー。

「調子に乗るんじゃねぇ」 「ふぎゃぎゃぎゃぎゃ……」

ロビンさんはミステリアスな佇まいですが、笑うととてもキレイですし、
何よりもとっても博識で、遺体の状態からどんな人物かまで簡単に当ててしまいました。
――――遺体? そうなんです。この後、私達は空から落ちて来たガレオン船を目撃し、
それを機にログポースが指し示した先は、なんと遥か雲の上だったのです。

     ・     ・     ・

「それで……私達はルフィさん達と一緒に、ここまで来たんです」

ローグタウンに流れ着いた後、様々な島を経ての冒険の末、
オペラオーに渡された“永久指針”を頼りにトレセン諸島へと辿り着いたのだと。
無論、長尺で仔細に話したわけではなく、ほとんどを省略しての報告であったが、
タイキシャトルはフクキタルの無事を喜んで、ギューッと彼女を抱き締めていた。

「周りの島にもいないから、もう会えないと思ってマシター!!!
 フクキタルー!!! もう、絶対絶対、島から出ちゃダメデース!!!」
「おい、フクキタルはおれ達の仲間なんだから、島は出るぞ」
「ルフィ、お前ちょっとは空気読めよ!」

憮然としたルフィに対し、ウソップのツッコミチョップが炸裂した。
泣き叫ぶタイキシャトルとは対照的に、腕組みをしたままウンウンと頷くバクシンオーは、
一味全員をグルリと見回すと、ピンと人差し指を立てていた。

「なるほど! つまりは皆さん、良い海賊さんということですね!」
「そうね。別にこの島で騒ぎを起こす気はないわよ」

バクシンオーの呑気な発言を受け、ロビンはにこやかな笑顔で言葉を返す。
ふと、気付けば新たに二人、崖から飛び降りたウマ娘が一味の傍に駆け寄って来た。

「――――フクキタル、戻ってたの!?」 「あらあら、お久しぶりですね。フクキタルちゃん」

セミロングの黒髪を靡かせたウマ娘は、フクキタルを見つけると驚きの声を上げる。
赤栗毛のウマ娘はおっとりとした声の通り、包容力のありそうな優しい顔立ちをしている。

「サンジ、女の子がいっぱいいるのに、なんか冷静だな」
「チョッパー、驚くなよ。……みんな可愛すぎてオーバーヒートしてる」
「う、うわぁ!!! サンジ、熱がスゴイぞ!!!」

一周回って理性を保っているサンジに驚愕するチョッパーを尻目に、
集まって来たウマ娘達を前にしたナミが、わちゃわちゃとした流れを断つべく口火を切った。

「見ての通り海賊だけど、今日は観光に来たの。
 それに、お宝も換金したいし、諸島の本島まで案内してくれる?」
「はい、勿論です! いいですよね、ドーベルさん? クリークさん?」
「聞いてから答えませんか、こういうのって……。
 うーん、フクキタルが戻って来たのも気になるから、
 まずはフクキタルごと、皆さんを“チュウオウ”にお連れしましょうか」

ドーベルと呼ばれた黒髪の少女が判断を仰ぐように、
クリークと呼ばれた赤栗毛の女性へと話を振ると、彼女はニッコリと微笑んだ。

「はい、構いませんよ。それじゃあ、私達が“ランウェイ”を回しますから、
 麦わら御一行さんの船まで案内してくれますか?」
「“ランウェイ”?」 「私達の船」 「へぇー、ここまでそれで来たのか?」 「そう」

聞き慣れない言葉を問い返すウソップに対してドーベルは簡素過ぎる返事で答え、
反応に困ったウソップがやりにくそうにしていると、
快活な笑い声を上げるバクシンオーが、二人の間に割って入った。

「ドーベルさん、まだまだ男の人には慣れないんですねー」
「そ、その、そんなところです……」
「それじゃあ皆さん、海賊船までのご案内をお願いしますね。
 ほらほら、タイキちゃんもフクキタルちゃんから離れて、
 私と一緒に“ランウェイ”の運転をお願いしますね」

おっとりとしたクリークが最年長なのか、自然と他の三人を仕切るように話を進めていく。
入り江の中にメリー号を停泊しているとナミが伝えると、一行はメリー号へと戻り、
タイキシャトル達の運転する“ランウェイ”の到着を待つのだった。



+ 【第四話:“ランウェイ”】
「そのような経緯だったのですか……」

気絶から回復したフジマサマーチが四人のウマ娘から事情を聞くと、
釈然としないように眉を寄せているも、とりあえずは納得したのか安堵の息を漏らした。
一味全員がそれぞれ名乗ると、麦わらのルフィの名前を耳にしたマーチは驚いていた。

「さっきはゴメンな!」
「いや、私も銃が効かない人間には初めて会ったから」

屈託のない笑顔を向けるルフィに対しても、マーチはやり切れない表情を浮かべている。
諸島外の海賊を本当に出迎えるとなると、“カサマツ島”を守る防人にとっては、
外敵との実力差を感じたのを含めて、少々複雑な思いがあるのだろう。

「レディー、このクソバカの乱暴狼藉、どうかお許し頂きたい」
「その手を放してくれれば、私は別に構わないが……」

膝を着いてマーチの手を取るサンジに困惑した様子だったが、
ナミに引きずられてサンジが離れると、マーチは物見櫓へと戻ろうとする。

「では、警備隊長の皆様。私は本島に警告解除の花火を上げますので」
「へぇー、アンタ達が警備隊長ってなら、この島は安全そうだな」

ルフィやゾロに対して一歩も引かず、自身のパチンコさえ避けたタイキシャトルとバクシンオーを見比べ、
ウソップは感心したように声を漏らした。負けず嫌いのルフィとゾロが横目でウソップを睨む。

「モチロンです! どんな海賊が来ても安心ですよ!」 「その海賊相手に言うかな……」

自信満々のバクシンオーに対し、ドーベルは呆れたような小声を零した。
去り行くマーチの背中に、ルフィは大声で呼びかけた。

「おーい、マーチ! 畑のニンジンうまかったぞー、ごちそーさん!」
「えっ!? あっ、コイツいつの間に!?」 「あらあら、食べ盛りなんですねー」

マーチが目を覚ますまで一味とウマ娘達がそれぞれ名乗り合っていたのだが、
ルフィは我関せずにニンジンを喰っていたのか、畑の一角からニンジンがキレイに消えていた。
振り向いたマーチが一変した畑の様子に気付き、朗らかな含み笑いを漏らしていた。

「ふ、ははは。一億ベリーの賞金首と聞いて驚いたが、……ふふっ。
 ルフィ、お前はなんだろうな……悪いヤツには見えないよ」
「このバカ! 早速トラブル起こしてるんじゃないわよ!」

麦わら帽子の上からナミの鉄拳が降り注ぎ、ルフィの口からニンジンの欠片が飛び出した。
首を伸ばして飛び出したニンジンに噛み付くルフィ。その様子にマーチだけでなく、
何処か警戒の色を残していたドーベルも僅かにはにかんでいた。

「オグリさんのような食べっぷりですね!」 「悪知恵が回るタイプじゃなさそうね」
「皆さん! ルフィさん達は海賊ですけど、島を荒らしたりはしませんよ!」

フクキタルが念押しし、いよいよ一行はカサマツ島からの出航となった。
ふと、タイキはニンジン畑の一角を見る。自身が削った崖壁を含め、戦闘の痕跡が残っている。
ニンジン畑は無事だ。――――いや、ニンジン畑の傍に抉れた地面が残っている。
タイキシャトルの“惹流・回輪”を拳の連打でルフィが耐え切った場所だ。

「(ストローハットのルフィ、あの時に私の攻撃を避けずにガードしたのは、
  ニンジン畑を庇うためだったのでしょうカ……?)」

先程からの気の抜けた振る舞いといい、フクキタルの言う通りの好人物なのかもしれない。
しかし、タイキはルフィへ理由を訊けなかった。彼がタイキの思うような人物で、
フクキタルがルフィ達を好いているのだとしたら、彼女は諸島へは戻って来ない。
束の間の再会、再びの別れとなるのだとしたら、今の彼女には耐えられなかった。

     ・     ・     ・

四人のウマ娘が小舟を背負ってメリー号に乗り込むと、ゾロがクリークに問い掛けた。

「なんだその小舟は?」 「“ランウェイ”です。皆さんを“凪の海”に渡すための舟ですよ」

カヤックほどの小舟の底面にはギアパドルが搭載され、
小舟の両側には手すりが伸び、舟床には一直線に伸びたゴムベルトが張られている。
早速ウソップとルフィが興味を示し、甲板に降ろした“ランウェイ”を弄っている。

「あー、なるほどな。このベルトの上で走ると舟底のギアパドルが回って、
 走るように船を動かせるってことか……。へぇー、ゴムベルトも頑丈だな」
「ほほう、たった一目で“ランウェイ”の構造を見抜くとは、
 ウソップさんは博識ですね! 委員長の私が“はなまる”を差し上げましょう!」
「さあ、レディー達。椅子を用意しておりますので、どうぞお座りください。
 ナミさん、フクキタルちゃん、ロビンちゃんも、マーチちゃんに貰ったニンジンと、
 ナミさんのミカンのミックスジュース、搾りたて一番をご賞味あれ……」

サンジのエスコートに導かれるまま、四人はガーデンチェアに腰掛け、
一味の女性陣も加わり、七人がミックスジュースで喉を潤している。

「ワーオ!!! キャロットとオレンジのブレンド、ハイクオリティデース!」
「……美味しい」 「サンジさんにも“はなまる”です!」
「今更ですけど、メリー号に七脚も椅子があったんですねー」
「男連中はすぐに壊すから、普段は倉庫にしまってあるのよ」

スーパークリークも美味しそうにジュースを飲む中、その膝にはチョッパーが収まっていた。
当の本人はクリークの膝に乗せられているのに気付いて、慌てて跳び降りようとする。

「うわっ!? なんでおれここにいるんだ!?」   「チョッパーちゃんも飲みますかー?」
「じゅ、ジュースは欲しいけどここじゃ飲まねぇよ」 「あらあら、いいじゃないですかー」

ぬいぐるみのように扱われて気恥ずかしい思いをするチョッパーだが、
クリークがしっかりと抱き抱えていて逃げられず、その様子を眺めていたロビンが口を開く。

「船医さん、似合ってるわよ」 「やめろー、ロビンからかうなー!」
「オーウ、クリークさんの可愛がり癖は相変わらずデース」
「……私も、ちょっと乗せていいかな?」 「な、なんて羨ましいヤツだ。チョッパー……」

すっかり女性陣のオモチャになっているチョッパーに嫉妬の炎を燃やすサンジに、
ルフィとウソップが物欲しそうな視線を向けている。

「なあサンジ、おれ達もジュース飲みてぇーなー」 「おれもだ!」
「ジュースは品切れだ。お前らにはニンジンとオレンジの皮で作ったチップスを食え」

新聞紙を敷いた編みざるに盛られた皮チップスを甲板に置くと、ルフィとウソップは我先にと群がる。
ゾロは二、三枚を口の中に放り込んで寝そべると、ふと雲の流れが気になってナミに声を掛けた。

「おい、ナミ。聞いた通りの海流に乗って、メリー号は進んでるんだよな?」
「そうよ。寛いでたって海流の動きはしっかり見て……」

“ウマコミ海流”の支流に乗って移動すれば、チュウオウ島の近辺に到着する。
諸島を知るウマ娘達からの情報あって、航海士のナミもジュースに舌鼓を打っていたのだが、
ふと雲の動きを見たナミは慌てて指先にツバを付け、一瞬にして顔を蒼褪めさせた。

「風が……止まってる……」 「海流で進むんだろ? 風は関係ないんじゃねぇーのか?」
「そうじゃないわよウソップ! ここはもう、“凪の海”なのよ!!!」

           「「「「なにぃー!!!!」」」」

ウソップやサンジ、ゾロは勿論のこと、ルフィでさえ大慌てで立ち上がった。
フクキタルを含めたウマ娘達は怪訝な表情を浮かべ、膝に乗ったチョッパーも同じだ。

「“凪の海”って……凪だったら、おどろかなくてもいいんじゃないか?」
「チョッパー、お前は“凪の海”の恐ろしさを知らねぇーんだよ!
 “凪の海”ってのはな、“海王類”の巣なんだよ!!!」
「か、かいおうるい!? う、うわぁー、たいへんだー!!!」

“凪の海”は“偉大なる航路”の両側を挟むように位置する海域であり、
名前の通り、風一つ波一つ起こらない平穏な海だ。……そう、気候に関しては。
メリー号は一度だけ“凪の海”に迷い込んだことがあり、その時こそ無事だったが、
メリー号を鼻先に乗せる程の巨大な海王類の群れに遭遇し、命辛々逃げ出した経験があるのだ。
大焦りのウソップが早口で伝えると、チョッパーは慌ててクリークの膝から飛び退いた。

「“リヴァースマウンテン”以来の凡ミスじゃねぇか!」 「うるさいわね! とにかく進路を変えるわよ!」
「あらあら、大丈夫ですよ。船の勢いが止まるまでは、このまま直進してくださいねー」

大慌ての一行を対し、柔らかい声でスーパークリークが制すると、四人のウマ娘が立ち上がった。
風も波もない“凪の海”でメリー号がピタリと止まると、四人は“ランウェイ”を入水させる。

「確かに、トレセン諸島の半分は“凪の海”に位置します。
 ですけど、諸島周辺は浅瀬ですから、大型の“海王類”は現れません。
 小型の海王類も、今日ならトレセン諸島には近づきませんから、
 このままメリー号を進めても、皆さんは“チュウオウ島”まで無事に辿り着けますからねー」

おっとりとしたクリークの説明通り、遠方に海王類の姿を見かけるだけで近づいては来ない。
ホッとしたナミが睨みを利かせる先はフクキタルだ。彼女も“凪の海”の脅威を知って尚、
寛いでジュースを飲んでる以上は、この事実を知っていたのだろう。

「フクキタル! アンタ知ってるなら先に伝えなさいよ!」
「はぎゃっ!? すみません、本当に“チュウオウ”は海王類を見ないので、全然意識したことがなくて……」

もーっ、とむくれているナミを宥めるように、タイキシャトルが声を掛ける。

「ウェールウェール! ナミさーん、怒っちゃダメデース」
「まあ、確かに“凪の海”に入っていたのは私の落ち度よね……。
 でも、ここから先は手漕ぎで進め、っていうの? ――――あっ、まさか」

風が止まれば帆船は勧めない。ナミが視線を向けた先は海上に浮かぶ“ランウェイ”だった。
仕組みを理解しているウソップも“ランウェイ”に目を向け、納得したように問う。

「この“ランウェイ”に乗り換えて、チュウオウ島に進むってのか?
 だけど、メリー号を“凪の海”に放置したくはねぇよなあ……」
「心配ご無用です! チョヤッ!」

バクシンオーが勇ましげに“ランウェイ”へと飛び乗り、手すりに手を当てて走り始める。
ベルトを蹴って走る度に“ランウェイ”の周囲に水飛沫が飛び、メリー号の前へと移動する。

「さあ、ゾロさん! このロープを船首へとしっかり結んでください!」
「あん? ……どれ、これでいいのか?」

バクシンオーは手すりに巻き付けたロープの一端をゾロへと放り投げると、
ゾロは訝しげにロープを眺めてから、とりあえずはメリー号の首にロープを結わえる。
タイキシャトル、メジロドーベル、スーパークリークもそれに倣ってメリー号の前に移動し、
四隻の“ランウェイ”がズラリとメリー号を先導するように進んでいく。

「おいおい、海に浮かんでるとはいえ、仮にも船一隻だぞ……」
「まさか、これでメリー号を引っ張るつもりか……?」

一仕事終えてタバコを吸い始めたサンジと、ロープを結び終えたゾロが事態を見守る。
やがて、ロープがピンと張られた時、“凪の海”でメリー号が前進し始めた。

「うおおおおお!!! マジでメリー号が進み始めたぞ!!!」
「スッゲェー!!!  フクキタル、おれもあれやってみてぇ!!!」
「あ、あれは警備隊長だから出来るスゴ技ですからね!?」

マストに風を受けた時と同じようにメリー号が進み始め、その力業にウソップは驚きの声を上げた。
ルフィは目をキラキラさせてフクキタルに頼み込むが、警備隊長の力量を知る彼女は首を振っている。
ふと、“ランウェイ”で走りながら振り向いたタイキシャトルが、ルフィに挑戦的な視線を送る。

「ルフィさーん! ここはワタシ達に任せて、キャプテンらしくドンと見守っていてくださーい!」
「いやだ!!! おれも乗るぞ、ちょっと代われー!!!」

反骨心と好奇心を混ぜこぜにしたルフィが両腕を伸ばし、タイキの乗る“ランウェイ”の手すりを掴むと、
両腕を一気に引き寄せて、タイキの真後ろに着地すると、回るベルトに流されまいと慌てて走り始める。

「ワタシの背中にタッチ出来たら、ルフィさんとチェンジしマース!」
「よーし、わかった!!! すぐに追い付くからなー!」

二人分の走力を受け止めた“ランウェイ”はグングンと加速し、
ルフィはつんのめりそうになりながらも、タイキの背中を追って走り続ける。
呆れた顔でルフィの様子を眺めていたナミは、ふと意味ありげな視線を男性陣に向けた。

「へぇー、二人で走れば早く島に着くのね」 「ナミ、なんだよその目は……」
「ゾロ、サンジくん、チョッパー。アンタ達も“ランウェイ”に乗ってくれる?」
「鬼かテメェーは!?」 「勿論です、ナミさぁーん!」 「お、おれもか!?」
「キッチリ島まで届けてくれたら、今日のお小遣い三倍よ!」

守銭奴のナミにとっては大奮発の提案となれば、チョッパーは手近なクリークの“ランウェイ”に乗り、
ゾロを見たサンジは逡巡の後にドーベルの“ランウェイ”に、ゾロは残ったバクシンオーの“ランウェイ”に乗った。

「フクキタル、アンタは待機要員よ。今のうちにアップを済ませておいて。
 ウソップ、アンタはルフィが溺れたら真っ先に飛び込んで!」
「わ、わかりました!」 「えぇー!? おまえ、ここ海王類の巣だぞ!?」
「海王類の巣だからよ! ああは言うけど、なるべく早く抜けておきたいじゃない!」

ストレッチを始めるフクキタルに対し、ウソップは鬼畜と化したナミの言動に思わず突っ込んだ。
無論、彼女も計算あっての所業ではあるのだが、ウマ娘の走力に追い付けというのは、外道の発言に等しい。

「そういえばロビン。さっきは落ち着いていたけど、
 博識なアンタでも“凪の海”は知らなかったの?」
「いいえ、本当に驚いたわ。……でも、私は“悪魔の実”の能力者。
 仮にメリー号が沈んでしまったら、どの道みんなと心中なのだから……」
「……そう。アンタ、本当に底知れないわね……」

“凪の海”と解って尚、顔色一つ変えないロビンの肝の据わり方にドン引きながら、
ナミは望遠鏡を取り出すと、遠方に見える海王類を警戒して、周囲を見回し始める。

「あの“海王類”が一番大きいわね。こっちに向かってこないかしら?」
「ナミさん。あれは“ヒッポカムポス”ですから大丈夫ですよ。
 島の付近に小型の海王類が来ないのも、海馬様がいるからなんです」
「へぇー、トレセン諸島の守り神ってところかしら?」
「“ヒッポカムポス”が島の守り神として信仰される、と聞いたことがあるけれど、
 それがトレセン諸島だったとは知らなかったわ。……メリー号では腹の足しにもならないかしら?」
「ロビンさん!? そんな血生臭い神様じゃないですからね!?」
「ルフィー!!! 無理はするなー、むしろ今戻ってこーい!!!」

海王類ウォッチングに洒落込んでいる女性陣を背にしたウソップは、
“凪の海”に飛び込む羽目にならないよう、ルフィに必死のエールを送っていた。

      ・     ・     ・

「さあ、ゾロさん! 今はメリー号を牽引しておりますので、私のスピードは中の中!!!
 いわば、“バクシン”の“バク”くらいではありますが、タイキさんに追い付くため、
 もっともっと加速していきますよー!!! さあ、バクシンバクシン!!!」

全員での牽引となれば綱引きと同じく、“ランウェイ”の歩調を合わせるのは必然だが、
ルフィとタイキのレース場となった“ランウェイ”のスピードは無秩序に加速し続け、
必然的に主牽引役のバクシンオーもスピードを増し、ゾロは必死になってその背を追う。

「なんつースピードだ……。だが、面白いじゃねぇか」

バクシンオーの走行方法を真似て、ゾロは前傾姿勢になって地を滑るように走る。
背後へ振り向いたバクシンオーは両目を見開き、追い縋るゾロの動きをまじまじと眺める。

「ややや!? ゾロさん、その走法!? まさかバクシン流の模倣ですね!?
 グッドを超えてマル印! ですが、委員長として追い付かれるものですか!」
「折角だ。ウマ娘の走り方、見せてもらおうか」

“凪の海”を“ランウェイ”が走り、静けさを保った海原に白波を描く。
走行スピードはバクシンオーに及ばないゾロだったが、一味で最も修行に身を費やす彼は、
ベルトを蹴り進める強靭な足腰に加え、無窮のタフネスを併せ持っている。
無論、バクシンオーは一歩も譲らない。短距離部門では伝説と呼べる競争成績を残し、
今も尚、歴代レコードは破られていない。彼女の健脚がベルト床を蹴り、“ランウェイ”を加速させる。

「ハッハッハッ、まるでレースのようですね!!!
 だったら、私は絶対にトップをゆずりませんよー!!!」
「上等だ。どっちがバテるかの根競べだな!!!」

勝気さを残したまま、晴れやかな笑顔で走り抜けるバクシンオー。
その快走を追い続けるゾロ。雲の消えた晴天に二人の汗がキラキラと輝いていた。

      ・     ・     ・

「ドーベルちゃん。おれのことは影か何かと思って、前を向いて走り続けてくれるかい?」

バクシンオーからドーベルの男嫌いを聞いていたサンジは、
努めて優しい声色でドーベルに話し掛け、その態度にドーベルは密かに安心していた。
海賊の男と共に乗船するなど、男嫌いの彼女にとっては身震いするような一時だったが、
レディのエスコートに長け、紳士的な振る舞いを誰にでも見せるサンジの態度は、
改善を試みていた男嫌いを軟化させる手伝いとなった。……タバコの匂いは少しだけ気になったが。

「解った。私とクリークの“ランウェイ”はメリー号の姿勢維持が目的だから、
 あの二人みたいなスピードは出さない。疲れたらフクキタルと代わってくれていいから」
「オーケー。勿論、レディー達だけに力仕事を任せたくないから、精一杯頑張らせてもらうよ」

ドーベルは“ランウェイ”の走行に集中する。目印一つ見えない青一色のターフを駆け抜ける。
潮の匂いが心地良い。抱く悩みが小さく感じる。海原に映し出すのは同じ家名を背負った姉妹達だ。

「(ライアン、マックイーン、アルダンさんも同じ海の何処かで頑張ってるのかな。
  ――――パーマーも、今頃何処の海にいるのかな……?)」

諸島に残るメジロ家のウマ娘は彼女一人だ。海軍への入隊も考えたが、男所帯へ飛び込む勇気はまだない。
前任の殉職あってとはいえ、任命された警備隊長の職務を全うすることが、彼女の精一杯だ。
背後の足音が迫る。物思いに耽って走力が落ちたか、と訝しむ間に足音のピッチが短くなっていく。

「靡く黒髪……離れる背中を追い続ける……これは、これは恋のレースだ!!!」
「う、わあああ!!! 私に近づくなぁー!!!」

ドーベルの“ランウェイ”が加速する。蹴り回るゴムベルトが互いの距離を引き離す。
“かかって”しまったサンジは追い縋る。無論、彼女の男嫌いは紳士である彼には重々承知の上だ。
だが、恋はいつでもハリケーン!!! 例え冷徹な女帝であろうとも湧き上がる情動は抑えられない。

「すまない、ドーベルちゃん!!! おれから逃げ切ってくれー!!!」  「うるさぁーい!!!」

      ・     ・     ・

「あらあら、チョッパーちゃん。ほーら、もう少しですよー」

クリークの“ランウェイ”はメリー号の姿勢を維持する役割を担い、然程のスピードを要しない。
最低限の走力を維持し続ける。クリークは目の前のチョッパーが何時でも胸に飛び込めるよう、
両腕を大きく広げて慈悲深い笑顔を浮かべる。――――彼女は今、バック走で“ランウェイ”を制御している。

「クリーク、お前スゲェーぞ!」  「うふふ、チョッパーちゃんも、もうすぐ私に追い付けますよー」

獣形態となった今のチョッパーであれば、並のウマ娘となら互角の走力を発揮できる。
結果として、クリークの“ランウェイ”だけは最適な速度を保っていた。

「よーし、おれももっと走るぞ!!! ――――だ、だから、前を向いていいんだぞ?」
「あらあら、チョッパーちゃんが落ちないように、ちゃーんと見守っててあげますからねー」

だが、甘く絡め取られそうな彼女の雰囲気に怖気けたチョッパーは速度を上げず、
それを解っているのかいないのか、クリークはチョッパーを気にしてバック走を続けたままだ。
蹄を刻んだ四足は軽やかに伸びるも、クリークに抱き着かれるまいと、チョッパーの速度は落ちる。

「お、おれは一人でも大丈夫だぞ! トナカイなんだから、これくらい走り切れるさ!」
「まあまあ、ワンパクさんですねー。お姉さんが見てるから、思いっきり走っていいですよー」

チョッパーの強がりもウマの耳に念仏。クリークはチョッパーが可愛くて仕方ないのだから。
前方にプレッシャーが掛かるも、チョッパーは久しぶりに何の気負いもなく、生まれたままの姿で走る。
だが、彼にとってトナカイとして過ごした時期は良い思い出ではない。生まれつきの青鼻のせいで、
母親からは見捨てられ、群れからは爪弾きにされ、村の住人達にも追われたチョッパーに居場所はなかった。

「(アイツ、すごく優しいな……。青鼻じゃなければ、おれのママもこうやって可愛がってくれたのかな……?)」

もう少しだけ加速すれば、きっとクリークはチョッパーを抱き留めてくれるのだろう。
だが、チョッパーは地面を蹴る脚を速めなかった。心の何処かで彼女に甘えたくはなかった。

      ・     ・     ・

「ルフィー、レッツゴー! オーウ、まさかギブアップなんデスカー?」
「クッソー、かけっこには負けたくねぇー!!!」

タイキシャトルはミニスカートから伸びる両脚を軽やかに弾ませ、
ルフィは麦わら帽子を押さえながら、一向に届かない背中を追い続けていた。

「ルフィー、フクキタルはずっと元気でやってましたか?」
「ああ! アイツは冒険が楽しいって言ってたぞ!」
「そう、ですか。――――もっともっと、スピードアップしマース!!」

同期の友人であるフクキタルの家出から一年間、タイキシャトルは寂しさを抱えて過ごしていた。
無論、警備隊長である彼女がウジウジと悩んでいては、他の隊員の士気にも関わって来る。
ドーベルもスズカも、フクキタルはきっと無事だと励ましてくれた。そして、その通り帰って来た。

「(そう、ベターなんです……。ハートブレイクなフクキタルよりも、
  今のチアフルなフクキタルの方が、きっとハッピーなはずデース……)」

二年前、“あの事件”からマチカネフクキタルはおかしくなってしまった。
勿論、占いやオカルトを好む彼女にその気があったのは間違いないが、その沼に溺れてしまった。
“あの事件”に胸を痛めたのはタイキも同じだ。だからこそ、前任が島を去った後、警備隊長の座に就いた。
その悲しみを慮るばかりで、フクキタルにキチンと接してやれなかったのか。タイキは常に悔やんでいた。

「(きっと、これはジェラシー……。モヤモヤのままのワタシ、恥ずかしいデース……)」
「ルフィー、サンダル脱いだ方が速く走れるぞー!」 「なにぃー!? やってみる!!!」

一方、“凪の海”を恐れるウソップによる心からの助言を快諾したルフィは、
蹴り脱いだサンダルをウソップの顔面にぶち当て、しっかりとベルトに足底を張り付けて走る。

「スッゲェー!!! おれがゴムだから、床をグングン蹴れるぞ!」
「でしたら、ココからがラストコーナー! 逃げ切ってみせマース!」

生身のゴム足に宿るグリップ力を活かし、ルフィは姿勢を低くしてタイキを見据える。
背中に突き刺さる視線を感じ取り、タイキシャトルも両腕を振って我が身を蹴り進める。
負けられない。ゴムベルトを蹴る為に走力が落ちているなんて、言い訳の材料にはしたくない。

「ワタシ、フクキタルがピースフルに帰って来て、ベリーベリーハッピーなんデス!!!
 だから、ストローハットのルフィ、ユーに負けたくありまセーン!!!」
「おれだって負けたくねぇ!!!」

鬱屈した思いを吐き出すようにタイキは叫び、ルフィは呼応するように大声を張り上げた。
ルフィが一歩、一歩と近付いていく。一バ身差に付けて尚、タイキシャトルの背後に食らい付く。
そして、その掌がタイキシャトルの肩へ触れようとしたその時、

「うわっ!? ぼうし!?」  「バカ、ルフィー!!!」

加速の勢いに負けた麦わら帽子が宙を舞い、慌ててルフィが身を捩った瞬間、体勢を崩した。
伸びた腕がなんとか麦わら帽子を掴むも、ゴムベルトに弾かれた身が宙を舞い、ナミが叫び、

「“六輪咲き(セイスフルール)”」 「“多根咲き(パタ・フルール)”」

ルフィの身体から六本の細腕が生え、“ランウェイ”の手すりをしっかりと掴んだ。
落ちる寸前だったルフィの背中から何本もの美脚が生え、ゴムベルトの上を走り始める。

「ゼェ……ゼェ……ありがとう、ロビン……」 「無理をしすぎよ。船長さん」

麦わら帽子を被り直したルフィがお礼を言うと、ロビンは諫める言葉と共に笑っていた。
振り向いたタイキシャトルはルフィの麦わら帽子を見ると、悔しそうに破顔した。

「オーウ!!! ワタシが追い付かれるナンテー!!!」 「おれ、お前に指一本さわれなかったぞ」
「ユーのストローハット、よく見てくださーい!!!」  「あれ、なんか付いてるぞ?」

ルフィが怪訝そうに麦わら帽子を取ると、そのツバにはタイキシャトルの尾花栗毛が煌めいていた。

「ルフィさんが倒れる前に、麦わら帽子がタイキさんの髪に当たったんですね!」
「ちょっとだけ小島が見えて来たわよ。残り5キロメートルってところかしら」

望遠鏡を覗いたナミが島との距離を目測で伝え、フクキタルが甲板の縁へと足を乗せる。
倒れたルフィは息を大きく荒げ、全力疾走を終えたタイキシャトルも大粒の汗を流している。

「フクキタルー、後はお願いしマース!!! ワタシもルフィも、もうヘロヘロなのデース……」
「わ、解りましたぁー!!! タイキさん、ルフィさん、後はリラックスしてくださーい!!!」

タイキシャトルが“ランウェイ”を蹴り跳び、ルフィも腕を伸ばしてメリー号の船首へと戻る。
そして、満を持してフクキタルが空の“ランウェイ”に跳び乗ると、ゴムベルトを蹴って走り始めた。

「おい、ロビン! コイツも引き上げてくれ!」 「ふ、ふがいなし……バ、バク……シィーン……」

スタミナ切れでぶっ倒れる寸前となったバクシンオーを手すりにぶら下げたゾロは、
“ハナハナの実”で引き上げさせようと、ロビンへと大声で呼びかけた。
ロビンは結ばれたロープに細腕を林立させ、バケツリレーのようにバクシンオーを回収する。

「剣士さん、貴方は大丈夫なの?」 「なんとかな……」

一味で有数のスタミナを誇るゾロであっても、“ランウェイ”での走行には苦心している。
二馬力で回していた時とは明らかに走力が落ち、主牽引役を欠いたメリー号は推進力を落としていく。

「ゾロさん、後は私にお任せください!!!」 「おおー、メリー号がまた動いたぞ!」

フクキタルが走り始める。既にアップを済ませていた肉体には仄かに熱が籠っており、
一蹴り、二蹴りと双脚が伸びる度に“ランウェイ”は元の加速を取り戻していった。

「フクキタルにだけ任せてはおけないわ。ドーベル、クリーク!!!
 貴方達も“ランウェイ”でメリー号を引っ張って! 姿勢維持はこっちでやるわ!」

「だ、大丈夫ですか!?」 「折角ですから、お任せいたしまーす」

不安がるドーベルに対し、クリークは笑顔で承諾し、二人の“ランウェイ”がメリー号を牽引する。
既にサンジは汗だくになりながらも、燃えるハートが生み出すド根性のみで走力を維持しており、
体毛に熱を籠らせたチョッパーはヘロヘロになりながらも、獣の意地だけで四脚を動かしていた。

「ウソップ、私の言う通りに舵を取って! ロビンはさっきみたいにサポートをよろしく」
「わ、わかった!」 「ええ。ここは任せて」

幾度となく“偉大なる航路”の荒波を乗り越えて来たナミの航海士としての観察眼は、
“ランウェイ”の速度やロープの張り具合によって、メリー号の揺れを完璧に予測し、
ウソップへと面舵の指示を取る度、グラリと傾くメリー号は瞬く間に態勢を立て直した。

「オーウ、ナミさんのナヴィゲーションはオーライデース!
 サポートの“ランウェイ”ナシでのクルーズ、はじめて見マース!」
「にしし、おれ達の航海士だ。船を任せたらアイツに勝てるやつはいねぇーよ」

タイキシャトルとルフィは二人揃って大樽を抱え、グビグビと水を飲み干していた。
一勝負終わったとあれば互いに健闘を称え合い、晴れやかな空の下で笑い声を交わしていた。

「では、今までのクルーズもスムーズ・セイリングだったんデスネー」
「そうさー。でも、アイツが熱出して倒れた時は参っちまったなー」
「オーウ……。ですが、今はエネルギッシュだから、すっかりリカバリーしたんデスカ?」
「ああ。フクキタルの占いで、医者のいる島に連れてってもらったんだ」

飾り気のないルフィの言葉を受けて、タイキシャトルは“ランウェイ”を駆るフクキタルを見る。
船長であるルフィに比肩する程、ナミのリーダーシップがズバ抜けているのは明らかだった。
だからこそ、彼女が倒れた後にフクキタルが活躍したと聞くと、タイキは何処か誇らしかった。

「ルフィ、フクキタルはずっと元気でしたか? サッドなバッドムードもありまシタカ?」
「そりゃあ泣くさー。アイツ、泣き虫だし」 「むむ……。笑うのはダメデース」
「でも、アイツはずっと泣いてるだけじゃねぇーよ」

フクキタルは“ランウェイ”を駆るために懸命に走り、その瞳は真摯に燃えている。
倒れた船長の代役となるために奮起し、両を挟む警備隊長の二人に負けまいと、蹴り足を加速させる。
“あの事件”があってからのフクキタルは、幸運に縋り不運に怯える痛々しい振る舞いしか見せなかった。
それはレースであっても変わることはなく、だからこそ“あの娘”との決定的な断絶は起こってしまった。

「……そうデスネ。今のフクキタル、諸島を出る前よりもキラキラしてマース……」
「なんだ? ハラ減ったか? おれもだ」 「ムー、ワタシはノーハングリー……」

拗ねたような目をするタイキシャトルだったが、小さな腹の虫が鳴いていた。
それ見たことか、とルフィは楽しそうに笑い、タイキもつられるように笑ってしまった。

「後少しよ、フクキタル!!! ――――ゾロ、ペース落ちてるわよ!!!」
「ゾロー、後ちょっとで島だぞ!!! 踏ん張れ!!!」 「テメーも走れ、ウソップ!!!」

「それじゃあ、後はゆっくり進みましょうねー」 「ハァ……ああ、……おい! 抱き着くなぁー!」
「うそ……まだ走れるの……?」 「この恋心が燃え尽きるまで、おれの脚はノンストップだぜ……」
「み、皆さん……委員長の志を継いで……皆様を諸島へ……」 「スゴイ汗ね」

「来てます来てます!!! みなさーん、もうすぐ“チュウオウ島”に到着ですよー!!!」
「うおー、島だぁー!!!」 「カモーン、エヴリバディ!!! “チュウオウ”に帰還しマース!!!」

      ・     ・     ・

こうして、麦わらの一味達と四人の警備隊長はトレセン諸島の首都のある“チュウオウ島”へ到着する。
走り終えたフクキタルはキラキラと汗を輝かせ、満面の笑みで懐かしの故郷へと帰って来たのだ。
かつての友人達との再会に彼女は胸を躍らせ、まだ会えぬ友へ抱く暗い淀みも何処かへ消え去っていた。
このポジティブさが彼女を航海に進ませたといえば、切り替えの早さもまた長所の一つなのだろう。

本日は晴天。風もなく、騒ぐ波もない静かなる海域。
“トレセン諸島”の“チュウオウ島”を舞台に、一行の冒険は始まる――――


「―――――……」

世間を騒がせる“麦わら”の一行が諸島に到着したことさえ知ることなく、
それどころか、警告の花火を見上げた人々の喧騒にさえ、彼女は無関心だった。
寝台に寝そべる身を起こし、窓の外から警告を解除する花火を眺めていた。

「今日はさわがしいのね……」

何の意味も感情も込めていない、希薄な声が一人きりの病室を抜けた。
栗毛の髪を伸ばし、人形のように端正な顔立ちには生気を感じられない。
彼女は眉を下げると、己の片脚を固めているギプスへと視線を向ける。

「……もっと、もっと走りたい……」

彼女は今、旧友がこの地に再び戻ってきた事実を、まだ知らない。



+ 【第五話:“ミルクと牛乳”】
「着いたぞー!!!」

“チュウオウ島”に上陸したルフィは両腕を高々と伸ばし、止まらぬ好奇心を叫び声に変えた。
島の北西部にある入り江へと船を停泊させた“麦わら”の一行は最初に見たのは、
群れなす羊や牛の放牧されている牧場だった。道中、クリークとバクシンオーは一行とは別れた。

「では、大事もなかったことですから、私達は警備の仕事に戻りますねー」
「それでは皆さん、どうぞ“チュウオウ島”を満喫してください! ではー!!!」

すっかり体力の回復したバクシンオーが瞬く間に街道を走り抜けていき、
クリークも穏やかな微笑みを浮かべると、バクシンオーの後を追って走り去っていった。

「ルフィとゾロはプロップス、政府がチマナコで狙うお尋ね者ネー。
 ユー達が“フチュー”に来たら、町の人達もサプライズなのデース」
「だから、皆さんには観光客用の服を着て、歓迎の印を付けておきます」

タイキシャトルとメジロドーベルに案内されるまま、一行は牧場へと到着した。
ピッチフォークで牧草をかき集めている農夫や、馬の世話をするウマ娘達が、
タイキシャトルの到着に気付くと、朗らかな声を掛けてくる。

「タイキさん。さっきの花火は大丈夫だったんですか?」
「タイキさーん! 今度、“ランウェイ”の運転教えてくださーい!」
「オーライオーライ、どっちもダイジョーブ、お仕事お疲れサマデース!!」

タイキが大きく手を振りながら、満面の笑みを浮かべて彼らを労っている。
彼らはルフィやゾロの顔を知らないのか、タイキの後を歩く一行に警戒の色は見せないが、
島外の人間が珍しいのか、怪訝そうな顔をして一行の顔をジロジロと眺めている。

「さあ、この衣装とバッジを付けてネ! ナミとロビンは隣の部屋にカモーン!」
「おおー、かっこいいー!!!」

男達が通された衣裳部屋にはハンガーに掛けられたマントやベスト、
重ねられたテンガロンハットが並び、各々がセンスに任せて衣装を選んでいく。
しばらくすると全員が西部劇さながらのカントリー・ファッションに身を包んだ。

「ウソップー、腰のホルスターかっこいいなー」
「ルフィ、お前が付けたって仕舞う武器がねぇだろーが」
「肉いっぱい入れるんだよ」「入るか!」「ウソップー、背中結んでくれよー」

ホルスターにパチンコを納めたウソップが、人型になったチョッパーの肩にマントを巻いた。
島に降りて町に向かう時のチョッパーは、可愛らしい人獣型から大柄な人型へと姿を変えるのだ。
身に巻いたマントも格好良さもあるが、体毛を隠すために選んだという一面もある。
ルフィもカーキ色のベストにジーンズを合わせ、すっかり様になる出で立ちをしていた。
最も、テンガロンハットやブーツには目もくれず、麦わら帽子とサンダルは一貫していたが。

「フゥー、こういうカジュアルな恰好もたまには悪くねぇな。
 素朴さに隠れた大人の魅力で、ウマ娘ちゃん達もメロメロだぜ……」
「おい、へぼコック。鏡を見るなら、そのぐる眉をなんとかしやがれ」
「テメェこそ、タイキちゃんが用意してくれた服に、ダセェ腹巻きしやがって。
 どんだけクソみてぇなドアホコーデなんだ」

サッパリとしたウェスタンシャツを着たサンジが鏡に見惚れていると、
普段着の上に薄手のコートを羽織っただけのゾロが呆れたように軽口を叩いた。
犬歯を剝き出しにして肩を掴み合う中、慣れっこな三人は二人を置いて部屋を出て行った。

「へぇー、三人共似合ってるじゃない。ゾロとサンジくんは?」
「アイツら、まーたケンカしてるよ」 「よっぽど仲良しなのね」

衣装部屋の中ではドスン、バタンと物音が聞こえていたが、
やがてナミとロビンの声に気付いたサンジが部屋から出ると、開口一番に叫んだ。

「んまー、ナミさんとロビンちゃんのカウガールファッション!!!
 衣装が引き立つ美しさ……。ますます惚れ直したぜ……」
「ありがとう、サンジくん」 「でも、ちょっとキツいわね」

チューブトップに臙脂色のシャツを着たナミだが、胸下まで切り詰めた裾下を緩く縛り、
胸元と腹腰が大胆に露出した上、ミニスカートも合わせて煽情的な着こなしだった。
スエードのジャケットにウェスタンシャツのロビンも、長身の彼女にはサイズが合っておらず、
ヘソが見え隠れし、ジャケット越しにもスタイルの良さが如実に表れている。

「ソーリー、ロビンの背丈に合わせるとブカブカになる服ばっかりだったんデース」
「タイキちゃんのチョイスだったのか。――――バッチグーだぜ!」

サンジが親指をグッと突き出し、タイキもウィンクと共にポーズを返す。
元来から人好きな性格のタイキは陽気な振る舞いを見せ、すっかり一味と親しくなっていた。

「あれ? フクキタルはどうしたんだ?」
「フクキタルはね、ドーベルと友達のお見舞いに行ったわよ」
「えぇー!? もしかして、ビョーキなのか!?」

姿の見えないフクキタルの居所を訪ねたチョッパーにナミが答えた。
驚いたチョッパーを宥めるように、チョッパーの大きな背中をタイキが軽く叩く。

「ウェールウェール、唯の骨折デース。
 レース中にレッグがブレイク、すぐに治りマース」
「そ、そうなのか。だったら、心配は要らないな」
「おれの頭蓋骨もすぐに治ったくれぇーだ、寝てりゃあ治るだろうさ」

動揺したチョッパーを励ますように、ウソップが自分の頭をペシリと叩く。
アラバスタ王国の一戦にて、金棒のような金属バットで頭部をフルスイングされたウソップだが、
王宮で治療を受けた後、今ではすっかり完治しており、一発芸の鼻皿踊りさえお手の物だ。

「なあ、タイキ。レースと言えば、おれも見てみてぇんだよなー。
 ウマ娘同士のレースってのは、スゲー盛り上がりだそうじゃねぇか」
「オーウ、バッドタイミング……。
 ソーリー、先週からずっと、レースはお休みなのデース」
「えっ!? それじゃあウイニングライブも!?」
「サンジー、レースがなければライブもやりまセーン」

ガックリと肩を落とすウソップ。一方のサンジと言えば震える手でタバコに火を付けると、
動揺を抑えるように深く吸い込み、それから思いっきり倒れこみ、膝を付いて床を叩いた。

「う、ウソだろ……。ウマ娘ちゃん達が懸命にゴールを目指す姿も、
 笑顔のダンスも、可愛いライブ衣装も見られないなんて、おれは何しに島に来たんだ……」
「フクキタルの里帰りだろ?」

サンジの泣き言を切って捨てるゾロだったが、その皮肉にもサンジは答えず、
一吸いしただけのタバコの火は流れる涙を浴びて、瞬く間に消えてしまった。

「ドンビーサッド! サンジ、泣いたらダメダメー!
 首都の“フチュー”はレース以外にもランドマークが沢山ありマース!
 ウマ娘のヒストリーが目白押しの博物館、昼から開いてるバーにダイナー、
 ショッピングにバイキング、ワタシの牧場でバーベキューもできマース!」
「バーベキュー!? 肉、肉いっぱい喰えるよな!?」
「ドンウォーリー! 夜に戻ってくれば、みんなでパーティーしまショー!」
「良かったなー、サンジ。肉喰えるってよ、おまえ普段はメシの用意ばかりだもんなー」

号泣するサンジを慰める気はなく、牧場で見た羊の群れを思い出しては食欲を湧かせるルフィ。
膝の埃を払ったサンジも渋々立ち上がると、ハンカチで涙を拭ってから元の調子を取り戻した。

「サンジ君。私とショッピングに付き合ってもらうわよ。
 荷物持ちも必要だし、私もちょっと野暮用があるから」
「はい、喜んで!」 「博物館、面白そうね」 「おれは酒だな」
「おれ、ウマ娘の医学書が欲しいぞ。フクキタルに何かあったら心配だからな」

ナミ、ロビン、ゾロ、チョッパーも“フチュー”内の目的地を定めると、
ウェスタン・ルックを纏った一行は牧場を出て、“フチュー”へと向かったのだ。

    ・    ・    ・

「船番を置かずに町を巡れるのは、久々じゃねぇーか?」
「そうね。牧場の人達がメリー号を見張っててくれるなんて」

警備隊長のタイキシャトルが麦わらの一味の身元を預かると快く引き受けてくれ、
ついでに近辺に停泊したメリー号の様子も、牧場の人達が見張ってくれるとまで言ってくれた。
整備された街道を進む一行は“フチュー”の入り口にて止まり、乗っていた馬から身を降ろした。

「しかし、馬まで貸してくれるなんて、タイキは相当太っ腹だよなー」
「フクキタルちゃんのお友達だ。あの若さで警備隊長もやってるなんて、立派な女の子だよ」

ウソップは乗っていた馬の鼻面を撫でると、馬はペロペロとその指を舐めていた。
“チュウオウ島”は徒歩でも三日あれば巡れるほどの狭い島ではあるが、
島民たちはウマ娘の脚に追い付くため、移動に馬を利用するケースも多く、
一行はタイキシャトルの牧場から馬を借りて、この“フチュー”までやってきたのだ。

「じゃあ、私達は買い物に行くから」 「はーい、貴方の騎士もお供しまーす!」
「おれも医学書を買って来るからな」 「それじゃあ、夜には牧場に戻るわね」

ナミとサンジ、ロビン、チョッパーが町の入り口で別れると、
ルフィ、ゾロ、ウソップは大通りを闊歩し、手近な酒場を探して周囲をブラつき始めた。

「へぇー、かなり人が集まってるんだなー」
「島の大きさを考えたら、相当デカいんじゃねぇーか?」
「おっちゃん! そのニンジン焼きそばくれ!」

やがて三人が辿り着いたのは、スウィングドアの構えられた一軒の酒場だった。
三人がカウンターに横並びとなり、開口一番にルフィが注文をする。

「おっちゃん、ミルクくれ!」

昼間から酒を飲んでいる男達がルフィの注文を耳にすると、ピタリと動きを止めた。
そして、無言のままルフィ達へ取り囲むように近づくと、――――陽気な笑い声を上げた。

「兄ちゃん、余所者なのに解ってるじゃあねぇーか!」
「この酒場じゃあ、ミルクが一番うめぇーのよ!」 「にしし、そーなのかー」

周囲の機嫌の良さに呼応して笑うルフィを見て、ウソップも同じく注文をする。

「へぇー、それじゃあおっちゃん。おれにも牛乳くれよ」
「……兄ちゃん、アンタ何も解ってねぇなー」
「えぇー!? なんだよそれ!?」

男達が落胆したように肩を竦め、勢揃いの溜息を掛けられたウソップが突っ込んだ。
黙ってミルクを注いでいたマスターが、ルフィとウソップの前にグラスを差し出した。

「トレセン諸島で一番美味しいのは“馬乳”なのさ。
 ウソップ君は“牛乳”って注文したら、みんな落胆してたんだね」
「なるほどな。そういや、あの牧場でもウマ娘が馬の乳搾りをしてたっけか」

カウンターに腰掛ける黒髪のウマ娘が“種明かし”をすると、
ゾロは納得したように頷き、馬乳酒を注文すると、やはり男達は陽気に褒め称えた。

「ドーベルさん。スズカさんがケガって、大丈夫なんですか!?」
「骨折の治療は済んでいるはずだから、今日にでも結果が出るはずよ」

ルフィ達よりも一足早く牧場を出たフクキタルとドーベルは、
既に“フチュー”へと辿り着き、町一番の大病院へと足を踏み入れていた。
二人分の重量を乗せた馬達よりもウマ娘は速く、追う形となったルフィ達も姿を見ることさえなかった。

     ・     ・     ・

「唯の骨折なら何も心配は要らない。でも、……解るでしょ?」
「ええ。もし、“あの骨折”だったとしたら――――」

人族の多分に漏れず、ウマ娘達の“骨折”は治療の難しいケガではない。
特にレースによるケガが起きやすいトレセン諸島では治療技術も発展しており、
諸島外でも完治の難しい関節の負傷であっても、事故前と同じように復帰できる。

「わ、私、全く知らなかったです……」
「無理もないよ。島外で知る術なんて、世経のトバシ記事くらいだから」

世界経済新聞の娯楽欄はトレセン諸島のレース結果を知る唯一の情報源だが、
どうせ島に来る者など僅かと解ってか、それとも経営陣の体質なのかは不明だが、
何かと事実を“盛る”傾向があるため、諸島内では丸ごと信じる物好きは少なかった。

「スズカ、入るわよ。―――ほら、一緒に入って」
「ドーベル? ……警備の仕事は、もういいの……?」

スズカの病室へと入ると、ギプスに包まれた片脚を吊るしたスズカが寝台から答え、
ドーベルが扉の影で躊躇するフクキタルを引っ張ると、彼女はおずおずと現れた。

「す、スズカさん。お、お久しぶりです! ケガ、大丈夫ですか?」
「――――フクキタル!? 貴方、今まで何処にいたの?」

スズカは驚きの余りに開いた口を両手で抑え、見開いた目でフクキタルを見た。
怒り、安堵、動揺、様々な心情が脳裏を駆け巡り、何を言うべきか迷っていた。
それでも、彼女は深く息を吸ってから、一言だけ声に出来た。

「……おかえりなさい、フクキタル」
「た、ただいま戻りました! スズカさん!」

フクキタルはホッとしたように息を吐き、はにかんだ笑顔を見せた。
骨折に苦しむ友達を励ます為に顔を見せたはずのフクキタルだったが、
変わらぬ様子を見せるスズカの姿に、彼女自身が励まされてしまったのだった。


+ 【第六話:“町に歴史あり”】
「ハッハッハッ、悪いなぁ兄ちゃん達。一見さんなんて久しぶりでよぉー。
 どうだい、ヒマしてるんなら俺達と“蹄鉄投げ”で遊んでいくかい?」
「へぇー、その輪投げみたいなのが“蹄鉄投げ”なのか?」

出来上がっている男達がバーの隅で古びた蹄鉄を投げ、酒瓶の首に引っ掛けて遊んでいる。
狙撃手のウソップも興味を惹かれたのか、冷えた馬乳を飲み干し、その傍に近付いた。

「ああ。蹄鉄の隙間に引っ掛けるんだから、酒瓶より上に投げたらダメだぜ」
「よーし、シロップ村では“輪投げ王”と呼ばれたおれ様の腕、見せてやろうじゃねぇか」

意気込みを見せるウソップが蹄鉄を掴み、狙いを定めて手裏剣を撃つように酒瓶へと放った。
ルフィは一杯目の馬乳を飲み干すと、続くもう一杯も一気に飲み干し、骨付き肉を齧っている。

「ぷはーっ、おっちゃん。これうめぇな!」
「タイキの牧場には肥えた牝馬が沢山いるからね」
「そういやお前、何処かで見た顔だな……」

三杯目の馬乳酒を飲み干したゾロが、隣にいるウマ娘の顔を覗き込む。
ショートカットの黒髪を靡かせたウマ娘は身綺麗な燕尾服を纏っており、
ルフィもそれに気付くと骨付き肉を食べ終え、ミルクを飲み干してから、

「……あ、ああー!!! おまえ、ボンちゃんと一緒にいた!?」
「テメェ、ミス・バイセクスタル・デーじゃねぇーか!?」
「やあ、久しぶりだね。“麦わらの一味”御一行さん」

フジキセキはパチリとウインクをして、驚き顔のルフィとゾロに挨拶をした。

「お前、無事だったのか?」
「ボンちゃんは!? 無事なのか!?」

ボンクレーの身を案じたルフィはカウンターの傍から立ち上がる。
フジキセキは困ったように眉根を寄せると、残念そうに首を振った。

「私は、Mr.2……いや、今となってはベンサムだね……。
 私は彼らに助けられて、一人だけあの包囲網から逃げられたんだ。
 ――――海軍と交戦した後、彼らが無事に逃げられたかどうかは……」
「そいつは災難だったな」

ゾロは変わらぬ態度で馬乳酒を飲んでいるが、片掌は刀の柄に添えられている。
一時的に共闘したとはいえ、相手はかつて敵だった犯罪組織の元幹部だ。
一方、ルフィはフジキセキの話を聞き終えると、唇の角を吊り上げた。

「心配すんなよ。ボンちゃんは生きてるさ」
「……ハハハッ、君に慰められるとは思わなかったよ。――――ありがとう」

フジキセキは柔らかく微笑むと、静かに背を伸ばして立ち上がった。
流石にかつての敵と居合わせるのはバツが悪いのか、マスターへ会計を済ませている。

「よーし、これで三回連続でシュート成功だぁー!」
「スゲーな長鼻の兄ちゃん! 初めてとは思えねぇ腕前だよ!」

祝杯代わりに馬乳酒を奢ってもらったウソップは上機嫌で一気飲みし、
すっかり島民と打ち解けているところに、ゾロが声を掛けた。

「おい、ウソップ。おれ達もそろそろ出るぞ」
「おっ、そうかー? それじゃあ、マスターお会計を頼むぜー」
「ああ。ミルク5杯に馬乳酒5杯。骨付き肉10本で……9000マニーだ」

ゾロとウソップ、ルフィがそれぞれポケットを漁り、ベリー札を掴み出す。
“ランウェイ”の運転を手伝った褒美として、一味はナミから普段以上の小遣いを受け取り、
財布の中身は暖かかった。肉を喰ったルフィが多めに出し、カウンターに紙幣を乗せる。

「……ん? おい兄ちゃん達。これは何の冗談だ?」
「何って、9000ベリーだろ?」
「そうじゃねぇーだろ」

マスターが険しい表情を浮かべ、三人を睨む。
何かに気付いたルフィは得心し、その場でお辞儀をすると。

「ごちそーさまでした!」
「マニーで払えって言ってるんだよ!」

      ・     ・     ・

「いらっしゃいませー。……あれ、人間のお客様ですか?」
「蹄鉄を買いに来たわけじゃないわ。
 ――――これ、鑑定してほしいんだけど」

蹄鉄屋で店番をしていたウマ娘が怪訝そうに来客を眺める。
ナミとサンジ、人間にとって蹄鉄を求めるのは不自然なためだが、
ナミはすぐに用件を伝えると、サンジが麻袋から幾つかの宝飾品を取り出す。

「私の所に来たということは、タイキさんの紹介ですね。
 解りました。――――スゴい、高純度の金細工。飾りからして……。……ええと、確かこのページに……」

ウマ娘は分厚い書物を取り出して頁を広げると、刻印などの宝飾を調べる。
そして、宝飾品を水に沈めたりなど、金の純度の確認などを終えると、
たっぷり十五分ほど掛けて鑑定を終え、ナミの前へと戻った。

「500~400年前に製作された宝飾品ですね。
 歴史的価値もあるとは思いますが、此方では算出出来ませんので、
 そうですね。……この質量なら500万マニーで買い取らせて頂きます。
「相場は十分ね。……ん? ちょっと待って、……マニー?」

提案された数字には満足気だったナミだったが、
聞き慣れない単位に耳を疑い、思わずウマ娘へと問い返す。

「ええ。諸島内で流通している貨幣ですけれど」
「あー、そういうことね。……ちなみに、ベリーには変えられないの?」
「すみません。高額のベリーは用意していませんので……」
「そう、仕方ないか。ゴメンね。手間だけ取らせちゃって」

ベリーは世界政府加盟国内でのみ通じる貨幣であるが、
信用通貨のため、非加盟国内では別の貨幣が用いられる場合があるのだ。

ナミがマニーとベリーの為替相場の確認をしている一方、
サンジは物珍し気に蹄鉄を眺めており、試着用の蹄鉄を靴裏に打ってみた。

「あらら。思ったより踵が重いんだな」
「ウマ娘が走るための蹄鉄ですから、踵が重いんです」
「へぇー、そりゃあどうしてだい?」

外した蹄鉄をサンジが摘まみ上げると、確かに踵の方が分厚い作りをしている。
一般的な人間の走りというのは、爪先から着地する“フォアフット走法”であり、
名称自体は知らなくとも、一般的な知識としてサンジの頭には入っていた。

「ウマ娘の多くは踵から着地する“ヒールストライク走法”なんです。
 だから、踵には柔らかい金属を踵に付けて、足裏全体に衝撃を逃がしながら、
 接地した爪先にパワーを乗せて加速する、そういう走り方なんですよ」
「なるほどね。だからウマ娘ちゃん達は、シューズの底に蹄鉄を付けてるのか」

説明に納得したサンジは蹄鉄を戻すと、ウマ娘の傍へと近付いて来る。

「それにしても蹄鉄作りだけじゃなくて、宝飾品にも詳しいなんてね。
 君は勉強熱心なんだな。……あれって、“海楼石”だよね?」
「ご存じなんですね! とても硬いので加工には苦労しましたけど、
 ある方からの依頼で蹄鉄で拵えるように、……あっ! 内緒ですよ!」

カウンターの奥に置かれた石造りの蹄鉄をサンジが指差すと、
苦労を知る者がいると解ったウマ娘は早口で話していたが、
別客からの依頼は口外できないと気付けば、慌てて口を噤んだ。

「勿論。レディーの秘密を守るのが男さ。
 この黄金細工より美しい君の瞳を眺めながら、
 諸島について色々と教えてくれると嬉しいんだけど――――」
「サンジくーん、用が済んだらとっとと出るわよー」

用事を済ませたナミがサンジの耳を引っ張っていくと、
サンジは宝飾品の入った麻袋を掴み、笑顔を浮かべてウマ娘へと手を振った。

「全く、隙あらば女の子を口説くんだから」
「ナミさーん。どうせ一緒に歩くなら、仲良く手を繋いで歩こうよー」

懲りないサンジに呆れながらも、ナミは摘まんでいた耳たぶから手を離した。

「しかし、人の出入りがない島だと思っていたが、
 “海楼石”が入って来てるなんて、どういうルートなんだ?」
「きっと、作らせてるのはタイキ達でしょうね。
 “海楼石”の蹄鉄があるなら、ルフィを蹴り飛ばしたのも納得だわ」

店の看板を見上げていたナミは、ふと看板の横に吊された小看板に気付いた。
“ホソナ商会取扱所”。何かしら、とサンジに問い掛けた時だ。
路地の曲がり角から猛然と突っ込んできたウマ娘が、二人の前で急ブレーキを掛けた。

「ナミさん! サンジさん!
 そのご質問には、委員長の私からお答えしましょー!」
「うわっ!? アンタ確か、バクシンオー!?」
「バクちゃーん! まさかおれに会いに来てくれたのかーい?」
「違います! 今日は“フチュー”のパトロールなのです!」

デレッとしたサンジの問い掛けをバッサリと切り捨てたバクシンオーが、
ビシッと小看板を指差すと、その指を天に掲げながら早口で説明を始める。

「“ホソナ商会”とはこの諸島で唯一取引のある外海の商人、
 “ホソナ・バッシュ”さんの取り仕切る商会なのです。
 つまり、この小看板があるお店では、外海の品物を扱っているのです!」
「“ホソナ・バッシュ”ね。確か“偉大なる航路”を巡回する、
 “回流貿易路(プレスタールート)”を開拓したとは聞いたことがあるな」
「それは全然知らなかったです! やっぱりスゴい人なんですねー」

サンジの補足に対し、逆に感心の声を上げるバクシンオーだった。
なるほどね、と宝飾品の鑑定できる理由についても、ナミは納得したように頷いた。

「じゃあ、そのバッシュも島に入って来てるの?」
「いいえ。バッシュさんとは諸島外の島で品物の売買をして、
 受け取った品物を船に積んで、私達は諸島へ戻って来るんです」
「結構厳重なのね。私達と違って、身元がしっかりしてても島に入れないなんて」
「……諸島にも色々ありましたからね。仕方のないことなんです」

いつもの活発さに翳りを帯びたバクシンオーに気付いたサンジだったが、
その点を掘り下げるのは止めて、ポケットからベリー札を差し出した。

「バクちゃん。おれ達、この島の貨幣を持ってなくてさ。
 どこか、両替が利く場所は知らないかい?」
「おや、面白いお札ですね。ふーむ、町には銀行がありますから、
 早速ご案内しましょう。さあ、お二人ともお手をどうぞ」

ナミとサンジは言われるままに手を差し出し、それをバクシンオーが両手で握る。
二人の間に立ったバクシンオーが大通りの真ん中へと移動すると、
グッと姿勢を低くし、芝の地面を蹴り飛ばして一気に加速した。

「さあ、急ぎましょう! 早くしないと銀行が閉まってしまいますよ!」
「い、急ぐってまさか……。サンジくん、ちょっと止めて!」
「バクちゃんの掌、柔らかくて指の一本一本が細くて……」
「くぉらー! さっさと止めなさ――――」

ギュオンッ、と地面を蹴ったバクシンオーが二人を引っ張り、急加速する。
辛うじて着地する爪先を懸命に走らせながら、ナミとサンジが追い縋る。
かくして、常人では有り得ぬ速さで銀行に駆け込んだ二人は、
無事に閉店間際の銀行へと滑り込み、ベリーとマニーの両替に間に合ったのだ。

「間に合って良かったですね!」  「死ぬわ!」
「バクちゃん。君と走り抜けた時に、眩い光が見えたよ……。
 どうかな。このまま二人で手を取り合い、島の果てまで走ってみないかい?」
「サンジくん! アンタ、女好きに命賭ける気!?」

両目にハートを浮かべるサンジに思わず突っ込んだナミだったが、
そういえば、と小遣いを手渡した仲間達の顔が頭を過ぎった。

「……アイツら、換金なんて頭にないわよね。
 何処かで無銭飲食なんて、してなければいいけれど……」

「「「ごちそうさまでした」」」
「あははっ、気にしないで。ベリーは後で両替するから」

結局、店を出る前だったフジキセキが騒ぎに気が付き、
ルフィ達の出したベリーを受け取り、代わりにマニーでの会計を済ませたのだ。
三人がお礼を述べると、苦笑交じりに礼を受け止め、三人に背を向けた。

「それじゃあ、私はここで」
「あっ、おい! ちょっといいか?」

その場から去ろうとするフジキセキを呼び止めたウソップは、しばらく逡巡した後に口を開いた。

「その、アンタはバロックワークスにいたわけだろ?
 悪いヤツには見えないし、なんだってあんなところにいたんだ?」
「……私はね、“理想の国家”が欲しかった。……それだけだよ」

フジキセキは振り向くことなく大通りの真ん中を駆け抜け、すぐに背中が見えなくなった。
要領を得ない返答を受けたウソップは首を傾げ、二人へと向き直る。

「なんだそりゃあ? ここだっていい町に見えるけどなぁー」
「さあな。金が使えねぇんじゃあ酒も飲めねぇ。何処かで両替しようぜ」
「おっちゃん! ニンジンジュースとニンジンハンバーガーくれ!」
「金が使えねぇって言ってるだろうが!」

相も変わらずに屋台でメシを喰おうとするルフィを引きずり、
三人は銀行を探して町中を巡り始めた。

大通りから外れた一角に構えられた歴史博物館は閑散としており、
陳列される展示物を眺めているのはニコ・ロビン唯一人であった。
展示物にはかつて存在した地方島のレース場の模型を始めとし、
ウマ娘族の偉人傑物の肖像画が並び、その横にはレース成績や諸島内外での活躍が記される。

「セントライト、トキノミノル、マルゼンスキー……。
 確かに諸島外で名を轟かせる海賊や冒険家ばかりね……」
「あら、珍しいですね。島外の方がいらっしゃるなんて」

ロビンに話し掛けたのは緑色の制服に制帽を被った老齢の女性だった。
片脚が悪いのか杖を付きながら歩み寄り、ロビンは目深に帽子を被り直した。

「ええ。興味深い遺物ばかりで、勉強させてもらっているわ」
「そうですか。諸島の外に比べれば見劣りするかも知れませんけれど」
「いいえ。政府の語る歴史とは別の側面が見えるわ。――――例えば、」

ロビンが指で示したのは威風堂々とした海賊帽を被ったウマ娘だ。
“シンザン”とネームプレートが書かれ、大海賊時代前に活躍した海賊だった。

「“シンザン”は財宝欲しさに島外で暴れ、最後には処刑されたと聞いたわ。
 けれど、この説明を見ると、彼女は名前の通りに“とある罪”を犯し、
 その責任を取るように島を出た。……まるで島を出る気はなかったみたいね」
「諸島の外ではそうですね。処刑の際、遺体も島には戻りませんでした。
 せめて、私達だけでも“本当の歴史”を残しておかなければなりません」

“本当の歴史”と老女が口にすると、ロビンは微かに両目を細めた。
そして、展示物が新しくなるにつれて、存命の人物達の偉業が並べられる。

「メジロ家総帥……。テイエムオペラオー……。シンボリルドルフ……。
 あら、……オグリキャップ? そう、あの娘も歴史の一つになったのね」
「ええ。“七武海代行”は先人に並べても遜色のない偉業ですから。
 きっと、この諸島に光を齎してくれると願って、用意しました」

“芦毛の怪物”、諸島外でその名に相応しい実力を示した彼女が、
“七武海代行”に選ばれたのはつい最近の出来事だった。
ロビンが興味深そうに肖像画を眺めていたが、その視線がある一点に吸い寄せられる。

「……フクキタル?」
「フクキタルさんをご存じなのですね。――――ニコ・ロビンさん」

老女がその名を告げた瞬間、ロビンの動きは早かった。
その全身から生やした複数の腕が彼女を拘束するも、杖に力を込めた老女が、
片脚に重心を掛けて身を捩らせた瞬間、力負けした腕群れが弾かれた。

「なんて膂力……」
「ゴメンなさい。荒立てるつもりはありませんでした。
 ですが、貴方が“オハラ”の出身なのだとすれば、
 ――――見てほしい“石碑”があるのです」

“石碑”と耳にしたロビンは“ハナハナの実”の能力を解除するが、
警戒を緩めることはなく、一つだけ彼女へと問い返した。

「解ったわ。一つ、教えてくれるかしら。
 ――――フクキタルに似た、あの子は誰なの?」
「あの子は“シスター・マチカネ”。二年前に殉職された、諸島の警備隊長です」

二人を見守るようにシスター服の女性が嫋やかな笑みを浮かべ、
その様相はマチカネフクキタルに瓜二つであった。

「いっぱい買えたぞ。それに、あの“ドクトル・ホグバック”の論文まで、
 載ってる雑誌があるなんて、意外と品ぞろえが良かったなー」

書物入りの紙袋をブラ下げたチョッパーはホクホク顔で書店から出た。
マニーとベリーの違いに気付くハプニングもあったが、
“ホソナ商店”の看板を掲げる店では少額であればベリーの用意があり、
お釣りをマニーに変えたチョッパーは、何の問題もなく買い物を終えたのだ。

「あのホグバックも諸島に来て、みんなの治療をしてたなんて、
 やっぱり偉大なドクターなんだな……おれもがんばらないとな!」

微笑ましい決意を胸に秘めるチョッパーだが、マントを羽織った大男の外見で、
ニマニマと笑う姿は道行く人を驚かせ、人々は遠巻きになって眉を潜めていた。
無論、それに気付かぬチョッパーが帰り道を歩いていると、
路地裏でグスグスと泣きじゃくる男の子を見かけた。

「ぅ……ぅぅ……」
「ど、どうしたんだ? ――――お腹、痛いのか?」
「ぅ……ぅん……」
「ちょっと待ってろ、確か胃薬と痛み止めがあるから」

チョッパーが鞄を漁っているが、突然現れた大男に驚いているのか、
男の子はチョッパーに怯えて後退ろうとしている。

「だ、大丈夫だぞ。ええと、こういう時は――――」

胃薬と痛み止め、消毒用の蒸留水入りの瓶を取り出したチョッパーだが、
怯える少年を宥めようと大男への変身を解き、可愛らしい人獣型へと戻った。

「ほ、ほーら。おれは怖くないぞー。
 ドクター・チョッパーのお薬は苦くもないんだぞー」
「ぅ……ん? ほんとー?」
「そうだぞ。ほーら、この水と一緒に飲んでみるんだ」

以前、苦い薬を飲ませてルフィに眉を顰められたチョッパーは、
砂糖で固めた丸薬を作り、患者の負担にならないように、と苦心した過去があった。
チョッパーもどうせなら甘い方が好きだから、という理由もあったが、
結果として、子供にも飲みやすい薬になったのは偶然とはいえ有難かった。

「ホントだ。おいしい……」
「そうだろ? でも心配だな……なあ、おウチは何処だ?
 おれ、おまえの家で診察するよ。パパとママにも話をするからさ」

パパとママ、と耳にした男の子は表情を曇らせるが、
チョッパーが悪人ではないと感じ取ったのか、路地の向こうを指差した。

「あ、あっちだよ」 「よし、おれがおぶっていくから、道案内してくれよ」

元の大柄な人型に戻ったチョッパーが男の子を背負い、
男の子のたどたどしい道案内に従って路地を抜けて到着したのは、
広い庭で複数の子供たちが元気よく遊んでいる、大きな屋敷だった。

「大きな家だなー。君のおウチなのか?」
「ううん。でも、ここでみんなと暮らしてるの」

そうか、とチョッパーは納得した。自分の家ではないが、暮らしているとなると、
ここはきっと、身寄りのない子供たちが過ごしている孤児院の類なのだろう。

「さっきはゴメンな。おれ、気付かなくてさ」
「……優しいお姉ちゃん達がいるから、平気だよ」

男の子が強がるような言葉を口にし、チョッパーは孤児院へと入っていった。
元気そうな子供たちは背負われた男の子を心配そうに見上げていたが、
チョッパーが孤児院のベッドに男の子を寝かせ、医療器具を鞄から取り出す。

「脱水症状もないし、脈も正常だ。胃腸風邪かな?
 この薬を夜に飲んで、ゆっくり眠っていれば明日には元気になるぞ」
「ありがとう、毛むくじゃらのお兄ちゃん」
「こ、これくらい、医者だったら当たり前だぞ!」

二へ二へと笑いながら腰をくねらせるチョッパーの姿を見れば、
言葉とは裏腹に気を悪くしてないのが解り、男の子も安心したように目を閉じた。
気付けば物珍しい来客とあって、何人もの子供たちがチョッパーを囲んでおり、
子供たちがチョッパーのマントを引きずって、外に連れ出そうとする。

「ねぇー、あそんでくれよー!」
「お姉ちゃんがかえってくるまで、たいくつなのー!」
「こ、こら、マント引っ張るな! しょうがねぇーなー、外に行くぞー!」

一味では最年少のチョッパーにとって、年下と触れ合う機会は珍しく、
チョッパーも連れ出されるままに外に出ると、子供たちと鬼ごっこに興じたり、
獣形態となって背中に子供たちを乗せたりと、楽しそうにはしゃぎまわっていた。

「あらあら、チョッパーちゃん。
 子供たちと遊んでくれていたんですね、ありがとうございます」
「あれ、クリーク? お前がひょっとして、この子達の世話をしてるのか?」

子供たちの体力に押し負けて息を荒げていたチョッパーに、
クリークがお茶を差し出し、チョッパーはお礼と共にそのお茶を飲み始めた。

「そうですよー。この子達には身寄りがありませんから、
 私達でお世話をしているんです。でも、みんな忙しいですから、
 中々構ってあげられなくて、チョッパーちゃんが来てくれて助かりました」
「島の警備の他にも孤児院を開くなんて、クリークはエラいんだなー。
 ……でも、こんなに身寄りのない子が多いなんて、どうしてなんだ?
 ひょっとして、島で何か大きな病気でも流行ったのか?」

人心地付いたチョッパーが素朴な疑問を投げかけると、
隣に腰掛けていたクリークは眉を下げて、ややあった後に口を開いた。

「そうですね。……この諸島は、本当に平和な島なんです。
 海流と“凪の海”に囲まれて、外の人達も滅多に近づけませんし、
 海馬様が“凪の海”にいるから、大きな海王類に襲われることもありません。
 それに、七武海代行になった“オグリキャップ”さんが島を守ってくれますから」
「そうかー。本当に平和なんだなー。牧場の羊達ものびのびしてたし、きっといい島なんだ」

静かに告げるクリークの言葉にもチョッパーは頷き、何の疑問も持たずにお茶を飲んでいる。

「ですが、……二年前のことでした。
 この島に偶然にも漂着した海賊達が、この島を襲ったんです。
 ――――諸島全体に被害は及びませんでしたが、この子達の親は攫われ、
 それに、フクキタルちゃんのお姉さんも……その時に亡くなったんです」

チョッパーは手にした湯のみを落とし、呆然とした目でクリークを見返した。
クリークも辛そうに声を落とし、落ち込んだ声色で話を続けた。

「二年前、長年なかった海賊の襲撃があったのです。
 それより前にも、海流を突破した海賊達が攻め込みました。
 ――――この島のログが溜まるのは、諸島間の磁場の引き合いがあって、
 “半年”も待たないといけません。ですから、ヤケを起こした海賊達が……」
「い、いいよ。クリーク、辛そうだぞ。……おれ、変なこと聞いちゃってゴメン……」
「私こそごめんなさい。――――それに、今はもうオグリさんがナワバリを宣言して、
 きっともう、こんな事件は起こりませんから。……もう、大丈夫です」

気の沈んだクリークを慮ったチョッパーが話を止めると、
クリークは元の微笑みを取り戻すと、立ち上がって子供たちへと声を掛けた。

「みなさーん! そろそろお昼寝の時間ですよー。
 起きたらお姉さん達が夕食を用意しますから、楽しみにしてくださいねー」

子供たちが笑顔と共にクリークへと駆け寄り、先程の話がウソのように明るい雰囲気が戻った。
チョッパーは複雑そうな顔を浮かべ、やがて仲間の下に戻るためにその場を離れる。

「おれ、ルフィ達のところに戻るよ」
「あらあら、また遊びに来てくださいねー」

夢の世界に行く前の子供たちにも手を振られ、チョッパーも太い腕を振り返した。
道中、チョッパーは気落ちしたまま空を見上げ、はぁ、と溜息を付いた。

「フクキタル、いつも明るいのにそんなことがあったなんてな……」

フクキタルが諸島から家出をしたのは聞いていたが、その理由までは知らなかった。
フクキタルと姉との死別。家族を知らないチョッパーではあると、
大事な人との別れと聞くと、覚えのある思い出を抱えた小さな胸を痛めていた。

「でも、タイキとバクシンオーはルフィとゾロと同じくらい強いんだ。
 島だって、ナミがいなければおれ達だって入れなかったんだし、
 あの大きな“ヒッポカンパス”がいるなら、怪物だって襲ってこないぞ」

「“七武海”だって、悪いヤツだったけど、
 島を守ってくれるなら、きっといいやつなんだろうし……。
 クリークの言う通りだ。この島はもう、安全なはずだよな」

気を病んでいても仕方ない、とチョッパーは気合を入れ直して大通りへと戻る。
それでもフクキタルを心配して、町の花屋で小さな押し花を買うと、
自分からは知った事情を言うまいが、彼女を勇気付けると決めたのだった。


作中用語集は此方のページから。
https://w.atwiki.jp/luckycomestrue/pages/73.html

第七話以降は此方のページから。
https://w.atwiki.jp/luckycomestrue/pages/80.html

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