大日本共和国(旧大日本王国)独立戦争

大日本王国独立戦争とは

大日本はカンタルシア帝国との戦争に敗れ属国になっていたが大日本王国の内乱にて九州を奪還、大日本共和国として復活した。大日本王国独立戦争は大日本共和国と大日本王国内にいる反政府ゲリラによる四国奪還作戦等の軍事作戦を総称した作戦名である。また、専門家はこの戦争は民主主義陣営と帝国主義陣営の代理戦争の例として扱うこともある。

参加国

大日本共和国(反乱軍)陣営 カンタルシア帝国(政府軍)陣営 中立国
イットリカン民主主義国 アラビア連合帝国 エルトシア諸国及びエントルテ連邦
スティーブ・クラフタリア同盟連邦 トンガ帝国
ラティアンス・レフタニア技巧連合 神聖ラエリア帝国
蒼星連邦国 日ノ出国
ネストニア共和国連邦

背景

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旧大日本王国は第二次冠東近畿戦争で属国化され、大日本王国内乱で大日本共和国として一応の独立を果たしたものの、共和国を承認する国家はCELTOやFAMOT、その他内乱参戦国とその友好国や、カンタルシアの対立国に限られ、その数はそれなりではあるものの、未だ多くの国家が共和国を認めず、また四国はカンタルシアの支配下にあり、旧大日本王国人の多くは完全な独立を強く求め、共和国は軍備と外交関係の増強、四国の人々はゲリラ組織などを作り上げていた。一方、カンタルシアはOFC諸国との貿易を通じた経済援助などで資金を調達し、大日本王国内乱や冠仏戦争で受けたダメージを回復しつつ、大日本王国(四国)の支配を強化するため、大日本王国総督府を解体、大日本王国監督府を設置し、同化政策と政府組織のカンタルシア化を推し進め、同時に完全に消滅していた王国軍を再建、カンタルシア軍の補助戦力として運用した。
共和国は完全独立、カンタルシアは完全支配をもくろみ、軍備増強を推し進めていった。

開戦前夜

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カンタルシアの同化政策は上手くいっておらず、殆どの四国市民は猛反発していた。ゲリラ組織による四国政府やカンタルシア関連施設への攻撃は日常茶飯事と化しており、四国市民の殆んどがこれら組織を熱狂的に支持しており、ゲリラ組織の多くは市民からの物資的支援を受けられた上、市民の連絡網を通して綿密に連携しており、カンタルシア軍の手を焼かせた。さらに、カンタルシアの組織した新生大日本王国軍には徴兵制であったことが原因で多数のゲリラ組織のスパイ、支持者が紛れ込んでおり、多額の資金横流しや、武器密輸が頻繁に行われていた。このような背景の元、カンタルシアは数多くのゲリラ組織に悩まされ、遂にOFC諸国へのゲリラ組織排除の指導を求めるようになるまでに四国での対ゲリラ作戦が上手くいっていなかった。この要請に答えたのはトンガ帝国であった。様々な地形での戦闘経験を持ち、トンガ軍自身少数であり、帝国以前の時代から本土への侵略を考慮し、ゲリラ戦の研究も古くから行われており、四国のゲリラを相手に勝てる自信があった。そして政治経済的にも、太平洋の中央付近に位置し、南米やオセアニアの貿易中継地としてアジアの大国カンタルシアとの関係を強化することで経済的に大きな利益があると踏まれ、アジアからオセアニア、南米への貿易中継などを一手に担うことでの国際社会での影響力の向上という政治的な思惑が絡んでいた。
四国ゲリラのテロからOFC加盟国市民(四国大日本王国はカンタルシアの一部として見られていた)やOFCの利益を保護する対テロ部隊という名目の現地入りした最初の部隊はかなり少数で、本隊が現地入りするまでの繋ぎをする部隊に過ぎなかったため、港近辺のカンタルシア・王国軍への対ゲリラ戦術の伝授や訓練のみだったが、ここから本隊の到着ののち、活動は大幅に拡大した。
具体的には、COIN機等による徹底的なゲリラ拠点の捜索と爆撃、第二次冠東近畿戦争で発生した潜伏拠点となり得る廃墟の除去等を推し進めていった。

大日本王国独立戦争開戦

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トンガ軍による一連の対テロ、ゲリラ作戦は成功を納め、トンガ軍自体による戦果以外にもカンタルシア軍への訓練の成果も上がっており、着実に四国のゲリラは活動を鈍化させていた。カンタルシアはトンガを通した貿易でも大きな利益を上げ、財政に余裕ができ、軍の拡張が積極的に行われた。
カンタルシアは四国の基盤を整えきったと判断。次なる目標としてやはり共和国を狙った。九州は属国である大日本王国の領土であると主張でき、決して一方的な侵略行為とは見なされないだろうが、よい顔はされないだろう。外交の場で堂々と非難されないよう、口実が必要だった。カンタルシア上層部は確固たる口実を作るため、時間を掛けてレッテル貼りやその他工作を行う予定だったが、昨今の戦争で戦死した者たちと入れ替わりに軍務についた若手将校達は血気盛んであり、軍内で派閥を形成し、度々上層部と対立したり、独断専行を行うことが多かった彼らは、軍主導で行われている偵察活動とは別に、独自に偵察活動を行っていたが
、その内容は偵察というより諜報活動で、共和国内の情報を集めていたものの訓練も受けていない彼らの情報は本職の諜報部隊に比べ劣っているも劣っていた。ここまでは大したことではなかったが、大した情報を手に入れられないことに業を煮やした彼らは、共和国の軍事施設を偵察しようとした。しかし彼らは共和国の兵士に見つかり、町に逃げたが、そこで共和国の兵士がスパイだと叫んだ結果、彼らは市民によって拘束され、そのままリンチに会って死んでしまった。共和国の臨時憲法下の刑法ではスパイは死刑のみとなっており、執行者が違うだけだったが、カンタルシアにおいて若手将校グループは軍や政府より先にこの事件を「民間人」がリンチされた事件として公表、「何の罪もない民間人」がリンチされた事件は瞬く間にカンタルシア国内に広まり、この残虐な事件に対する報復を求める声が急速に広まった。カンタルシア政府は国民の声を押さえられず、なし崩し的に共和国へ宣戦布告をするに至り、大日本王国独立戦争が勃発した。

カンタルシアの初期作戦

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いきなりの開戦となったとは言え、カンタルシア軍は準備自体はほぼ完了しており、一部物資集積、兵力集結が間に合わなかった部隊を考慮して計画を多少修正するのみで侵攻計画を実行に移した。カンタルシア軍の行動はまず海軍による制海権の確保からスタートした。未だに貧弱な大日本海軍は元々精強かつ空母も揃ってきたカンタルシア海軍になすすべなく敗北し、あっさりと制海権を明け渡してしまった。制海権を確保したカンタルシアは、延岡の北の上陸地点を目指し進行、信玄型以下戦艦複数の艦砲射撃によって沿岸の防衛設備を破壊しつくしたのち上陸した。
共和国政府は宣戦布告から数日の間混乱していたが、すぐに状況をつかむと、全軍と予備役を動員し、市民の避難と同盟各国への援軍要請を行った。しかし、3方を海に囲まれているため、沿岸部にまんべんなく配備されていたため、集結に時間がかかり、集結が遅れた結果、延岡に十分な戦力が到着する前に戦闘が開始された。延岡とその周辺に配備されていた部隊は激しい抵抗を見せ、市民は陣地構築に物資輸送、地雷などの敷設を行い、軍の戦闘を重厚に支援したものの、兵力・装備ともに遥かにカンタルシア軍に劣っていた延岡防衛軍は1週間で壊滅し、以後はゲリラ戦へと移行、延岡はカンタルシア軍に占領された。延岡はこれ以後カンタルシア軍の九州征服の拠点として使用され、長く占領状態が続いた。カンタルシアはFAMOT諸国やCELTO諸国による支援や援軍が到着し泥沼化、反撃に転じられる前に電撃戦で一気に攻め落とす作戦を取り、前進を続けた。延岡に続いて日向を陥落させ、順調に進軍を続けていたが、共和国軍は北部を放棄し、耳川を防衛ラインとして展開したため、カンタルシア軍は準備された防衛ラインを突破する事を要求された。そこでカンタルシア軍は幾つかの交通の要衝を確保し、そこから後方へ浸透、共和国軍を各地で包囲、殲滅する作戦で耳川防衛ラインの突破にかかった。

泥沼化

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カンタルシア軍は敵の薄い地点から順に集中攻撃を行い、幾つかの地点において橋頭堡を確保したものの、多くは山奥であり、それ以上の進出を行うには数が少なく、また広く展開できなかった。時間が命となるこの作戦を成功させるため、がっちりと構えた共和国軍を崩すためには、より大きな戦力を共和国軍後方へ素早く浸透させなければならない。それには平坦な沿岸部からの突破が必要となった。無論共和国軍もそれは承知であり、沿岸部には大戦力が展開しており、一筋縄には行かないことは明らかであった。カンタルシア軍は沿岸部の戦線をより細かく分割し、また周辺を注意深く偵察・測量した。結果、木城町の小さな戦線の突出部は、川が複雑にいりくんでおり、それ故共和国軍は敵の攻撃はないと油断しており、戦力が薄かった。これを見抜いたカンタルシア軍は、ここを突破し、共和国軍戦線の側面から南の海岸まで進撃することで共和国軍の大部隊を包囲できるだけでなく、そのまま共和国の臨時首都への道ができ、戦略的にも優位にたつことができる。膠着しつつある現状を打破する作戦として実行に移された。カンタルシア軍は沿岸部で陽動の為攻勢を開始し、山岳での戦いを幾度となく経験した精鋭部隊を北上させ、木城町を攻撃した。油断していた木城町の部隊を一度は撃破し、耳川をわたることに成功したが、派手な格好の騎兵隊を見た共和国軍は敵が精鋭部隊である事に気づくと、カンタルシア軍の作戦を見破り、当初沿岸部の戦線に投入予定だった予備軍を木城町の戦線へ転用し、大胆に反撃に打って出た。さしもの精鋭部隊でも地形をよく知り、物量で大きく差をつけられたカンタルシア軍は1度目の攻勢こそ予備軍の展開が間に合っておらず退けられたものの、予備軍の展開が完了した2度目の攻勢に敗北、木城町を手放すことになり、更に精鋭部隊に小さくない損害を受け、カンタルシア軍の攻勢が南部に集中している間に共和国軍が防衛線を強化したことで、この戦争はカンタルシアが九州の半分近くを占領したにも関わらず、泥沼化の様相を見せていた。

海外諸国の参戦

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共和国の参戦要請にいち早く答えたのは、前内乱にも参加していた蒼星であった。蒼星は自国からの派遣戦力を整えると同時に同盟各国に参戦を要請し、カンタルシアの拡大に危機感を覚えていたクラフタリアとラティアンス、強権的なカンタルシアをよく思わないイットリカン、カンタルシアの勢力拡大がアジアの同盟国パルミシアへの影響を危惧したネストニアが答えた。最初に戦闘に参加したのはラティアンス海軍及びクラフタリア海軍第6艦隊であった。共和国海軍はカンタルシア海軍に対して戦力差が大きく、実質的に海上封鎖を受けているような状態であり、早急に対応する必要に迫られた。カンタルシア海軍は主力が展開しており、アジア最大の戦艦信玄型2隻を含む大艦隊となっている。一方で、59隻の戦艦と巨大空母を擁し、経験豊富かつ最新鋭の空母を持ち一見対等に見えるラティアンス海軍とクラフタリア第6艦隊だが、ラティアンス海軍の一部は任務上(BMD等)本国を離れられず、結果として戦力に劣る状態での交戦を余儀なくされた。 ラティアンス艦隊とクラフタリア第6艦隊は共和国への陸上部隊の派遣と現在は共和国への援助ルート、陸上部隊到着の後補給路とする航路の維持に任務を絞り、クラフタリア及び参戦国の増援艦隊と陸上部隊を待つこととした。 カンタルシア海軍と最初に合いまみえたのは偵察を目的とした無人艦と小型艦艇だった。カンタルシア側も少数の哨戒戦力だけだったため、どちらも被弾する前に早々に戦闘を切り上げ撤退した。カンタルシア海軍はこれを攻撃の予兆と判断し、主力を現地付近に移動させた。一方でクラフタリアラティアンス艦隊も北上を続け、両者は中之島沖において衝突した。双方が航空戦力に乏しい砲撃戦向け艦艇同士の艦隊であったため、激しい砲撃戦が展開された。 勝敗を分けたのは防空能力の差で、防空艦を多数揃えていたクラフタリアラティアンス艦隊に対し、防空火力に乏しかったカンタルシア艦隊はクラフタリアラティアンス艦隊の駆逐艦以下中型、小型艦のミサイル攻撃をまともに受けてしまい、ミサイルや航空機を迎撃できたクラフタリアラティアンス艦隊に対して被害が拡大し、撤退を余儀なくされた。しかし、やはりカンタルシア艦隊を排除するには至らず、にらみ合いが続いた。この間ラティアンスの輸送船によってそう多くないものの援助物資が共和国に送り込まれ続けており、これら物資はのちのカンタルシア軍北部大攻勢を食い止めることに貢献した。にらみ合いが続く海上に対して、蒼星部隊の先遣隊がラティアンスクラフタリア艦隊の開けた航路を通って到着し、今後各国の本隊が合流すれば、防衛のみならず反抗作戦も可能となる見通しがたったことをカンタルシア軍はひしひしと感じており、更なる援軍の到来前に決着をつける必要性にかられた。

北九州攻防戦

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カンタルシア軍は強力な敵戦力が所在する沿岸部から攻略を諦め、歩兵と騎馬隊を中心にした戦力で北部からの突破を狙い、大攻勢を開始した。開戦当初、あくまでも沿岸部への敵戦力集中を防ぐための戦線でしかなかったが、ここに来て山岳地形に頼った敵は数が少ない事が明らかになると、山岳地形を得意とするカンタルシア軍としては絶好の攻勢ポイントと言えた。カンタルシア軍は北部戦線の北端と南端から北部を挟み撃ちにする作戦を策定し、北部戦線において大攻勢を開始した。カンタルシア軍は普段から山岳での戦闘訓練を積んでおり、激しい抵抗を退けながら着実に進み、上下の包囲担当部隊は機械化されていないにもかかわらず、僅か1週間の間に200km以上前進することに成功した。カンタルシア軍は共和国軍の補給拠点でもあった小林市まで進撃。市民総出で建設された即席とは思えないほどの防御陣地でもって行われた激しい抵抗を押し退け、これを占領した。その後もカンタルシア軍は進撃を続け、更に進んだのち攻勢限界かつ激しい抵抗に合い、停止した。撤退が間に合わなかった共和国軍の1/3が包囲状態に置かれたが、現在戦線に並んでいる戦力ではこれの救出が厳しかった。幸い、包囲された地域が広いこともあり、当分は補給を受けずとも戦闘を続行可能とされたが、そこまで長い時間戦い続けることは不可能だろう。

核攻撃

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全軍の1/3が包囲されたことで、各国軍本隊の到着まで戦線を維持することが難しいと判断した共和国軍最高司令部は、議会及び政府に戦略兵器の使用を許可する共和国特別軍事行動法の発動を申請した。前線から伝わる劣勢の報告、全軍の1/3が包囲されている状況は、共和国の滅亡がもう目に見える所まで来ていることを示唆していたが、それでも戦略兵器の使用については憚られた。しかし、共和国への脅し目的で行われた複数の大量斬首事件は、共和国軍と政府、議会に大きな影響を与えた。議会と政府はこれ以上のカンタルシア軍進撃を防ぐための共和国特別軍事行動法の発動を認可し、核爆弾は慎重な協議の結果、掛川市に投下されることが決定された。掛川市はカンタルシアの工業地帯の一角を占める都市であり、武器弾薬その他多数の軍用品、民需物資を生産しており、その戦略的価値は高いものとされ、更に程よく他国との国境から離れており、放射線がカンタルシア外へと流出する可能性も低くいと見られ、まさに核爆弾投下地点として絶好の位置だった。核を投下する戦略爆撃機をスミトラント貸与してもらい、長岡領を迂回し、海上から侵入した爆撃機は、その乗組員の予想に反し、機体の周辺には1機の迎撃機も、1発の高射砲弾も上がらず、作戦機は投下予定ポイントに到達、技術力不足で約100kt程度しか核出力を確保できなかったものの、その威力は十分であり、1発で掛川市は壊滅した。この攻撃はすぐにカンタルシア政府に届いた。カンタルシア政府はすぐさま軍に報復攻撃を命令、軍は四国に駐留していた艦隊に所属しているアーセナルシップを出動させ、多数の対地ミサイルによる報復攻撃を敢行した。共和国の各都市に多数の被害が出たものの、戦略的には失敗に終わり、また前線においては共和国軍の限定攻勢とパルチザンによる妨害により、これ以上の攻勢をかけられず、今後敗退の一途をたどることになった。
距離の近いネストニア軍と、兵力が比較的少なく大急ぎで編成された蒼星軍の本隊が前線に並ぶと、共和国側の戦力状況は大幅に改善した。戦力の増えた共和国側が最初に取りかかったのは、カンタルシア軍の包囲下にある部隊の救出であった。既に共和国軍の限定攻勢により突出部と化していた包囲網は、包囲内と外からの攻勢により、撤退を余儀なくされた。カンタルシア軍は後退し、戦線の建て直しを急いだ。カンタルシアの見立てでは、共和国側は戦力の不利こそ無くなったものの、共和国軍の疲弊はすさまじく、しばらくの間大規模攻勢は不可能と予想していた。

九州反攻

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しかし、ようやく到着したイットリカン遠征軍集団の空挺部隊と、クラフタリアの空挺軍によるカンタルシア軍後方への大規模空挺作戦は、その予想が外れたことをはっきりと示した。カンタルシアの予想通り共和国軍は疲弊していたものの、多くの志願兵が補充されていることに加え、市民による重厚な戦闘支援、蒼星、ネストニア軍が戦線の一部をまるまる担当したことにより、十分な攻勢能力を持っていた。カンタルシア軍は後方のクラフタリアとイットリカン空挺部隊の隙間と通って撤退を行おうとしたものの、機械化され機動力に富む両空挺部隊の隙間は小さく、そして少なかった。カンタルシア軍は少数が脱出できたにとどまったが、今度は沿岸からの撤退を計画、実行した。制海権はまだカンタルシア側にあったため、撤退は順調に進んだが、ここに共和国側の戦力が近づくと、砲撃と空爆にさらされ、更に無防備な撤退予定部隊を守るため、カンタルシアの誇る騎馬隊が殿となって激しい遊撃戦を行った。騎馬隊は奮戦し、各地で敵を食い止める成果をあげたものの、共和国が温存してきた精鋭部隊である海軍特戦隊による徹底的な対騎馬隊戦術の罠に嵌まり、そのまま蹂躙されほぼ全滅してしまっている。しかし、その間にカンタルシアの部隊はほぼすべて撤退を完了し、沿岸部に共和国側が到達するまでには全軍が撤退に成功していた。カンタルシア軍の戦力損耗は激しいものとなり、迅速な撤退のため重装備の多くは放棄せざるをえなかった。一方で、カンタルシア軍が再配置を完了するまでの間、塗り絵の如く共和国の戦線は北へ北へと進撃を重ねた。カンタルシア軍はまもなく再配置を完了したものの、前線での兵力は完全に敵側有利となり、カンタルシア軍は九州からの撤退を考え始めた。共和国側は補給を完了すると、2度目となる大規模攻勢を開始。カンタルシア軍の補給ハブであった日向市近郊の物資集積所をパルチザンの誘導で空爆し、これを皮切りに全戦線において進撃、カンタルシア軍には様々な爆撃機による空爆が仕掛けられ、パルチザンによる超精密誘導により、住民には1人の誤爆者なく次々にカンタルシア軍施設は破壊されていった。これ以上九州にとどまっていれば、危険な状態に陥るのは火を見るより明らかであり、艦隊の重厚な支援の元、徐々に四国へと撤退を開始した。もちろん共和国側がそれを見逃してくれるわけもなく、多数の被害をおったものの、カンタルシア軍の多くは撤退に成功した。

四国D-Day

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九州から完全に追い出されたカンタルシア軍が四国へと逃げ帰ったのち、そこに待っていたのは周到な用意をしていた多数のゲリラだった。ひどい所では、一夜のうちに武器弾薬がほとんど盗まれてしまったという部隊もあった。トンガ軍による対ゲリラ戦は確かに効果があったが、あくまでも抑制という形であり、ゲリラ組織の壊滅を望めるではなく、ゲリラ組織は地下に潜伏し、九州の戦いの間ずっと行きを潜めていたのだ。各地の組織が総延長5kmを超える巨大な地下拠点が建設されており、国内外から収集した大量の武器弾薬や爆薬を集積し、挙げ句の果てには農業施設までもが設置されていた。
兵員数では正規軍にすら並び、ゲリラ組織としては十分すぎる武器弾薬を揃えた彼らは、九州から逃げ帰ったカンタルシア軍と数の少ないトンガ軍を襲撃した。トンガ軍は少数精鋭かつ武器弾薬にも余裕があったため、数の差を覆し撃退することができたが、疲弊しきっていたカンタルシア軍は思わぬ被害を受けた。四国の諸ゲリラ組織は明確なリーダーを持っておらず、それぞれが独立して活動していたが、九州の戦いの最中により強化された組織間の連絡網は、リーダーの不在と各組織の基本的政治理念の相違という問題を押し退けて協力体制を築き、相互に援護できるようになっていた。このような強固な同盟と兵士の高い戦意に支えられ、各ゲリラ組織は長期に渡って戦闘を継続し、さすがのトンガ軍も疲弊していった。カンタルシアはOFCと同盟各国に援軍を求め、これにラエリアとアラビア、そして日ノ出が名乗り出た。ゲリラ組織は海上戦力を有していなかった為、陸を日ノ出とラエリア、空からの支援をアラビアが担当し、それぞれの部隊が派遣された。一方で、共和国側の各国は、次の行動について決めかねていた。クラフタリアやラティアンスは、これ以上の戦火拡大を嫌い、カンタルシアとの休戦を望んだが、四国の独立闘争が激化している事と、カンタルシアの勢力を縮小させる目的から、共和国や蒼星は四国への上陸解放を主張した。議論は平行線をたどっていたが、四国にラエリア、日ノ出、アラビア各軍が上陸すると、クラフタリア軍やラティアンス軍からも、四国の人々を見殺しにするかのかという意見が大きくなり、最終的に四国上陸が決定された。共和国の情報部により、西端の小さなゲリラ組織に伝えられたこの情報は、連絡網を通って各地に届けられた。各地のゲリラ組織の目的は、元のカンタルシア勢力の排除から、四国へと上陸する連合軍の準備が整うまで、カンタルシア側の戦力の分散、弱体化、物資の消耗を促進することへと変わり、ラエリア軍とアラビア軍の興味を誘うべく、更に激しい戦闘を繰り広げた。ラエリア軍とアラビア軍は激しさを増すゲリラ組織の攻撃に対し、徹底的な火力と爆撃で対処した。戦場に残されるゲリラ組織の死体は増えていき、ラエリア軍とアラビア軍は、このまま対処を続ければ、半年後にはゲリラ組織は壊滅するだろうと予想した。しかし、ラティアンス海軍の航空部隊が東端の軍港複数を爆撃破壊し、クラフタリア海軍と蒼星海軍が九州と四国の間のカンタルシア海軍を強襲し、イットリカン遠征軍集団を中心とする部隊が西端に大量に上陸すると、ラエリアとアラビアの予想は裏切られること担になった。

四国解放

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四国に上陸した連合軍は各地のゲリラ組織の支援や誘導を受け、素早く進撃した。途中、撤退中のカンタルシア軍と共和国軍が遭遇し、疲弊に疲弊を重ねていたカンタルシア軍は容易く敗北したが、この際に、高級将校として軍の視察を行っていたカンタルシア第六皇子が拘束されてしまっている。四国のカンタルシア軍は作戦能力を失い、東側の軍港がどんな形であれ破壊されていることにより補給や増援もうまくいかなかった。大規模な補給と援軍が望めない以上、ラエリア軍と日ノ出軍はアラビアによるカンタルシア本土からの航空機による補給のみに頼っての戦闘を余儀なくされた。陸上の主力となるラエリアはできる限り土俵を敵と近づけるため、あらゆる方策をとった。まず、本国のリュネジアを中心とする特務艦隊をイットリカンと蒼星の補給線上に投入し、通商破壊を行い、こちらと同様の敵にも短期決戦を余儀なくさせようとし、さらにこれまで役立たずとして放置されていた大日本王国軍の指揮権をカンタルシアから移譲して貰い、前線の予備戦力とした。さらにアラビア軍に更なる航空戦力の派遣を要請し、迫り来る連合軍を迎え撃った。ラエリアの方策は、1つを除いて有効に働いた。通商破壊は輸送船団が1回で運ぶ物資の量を目に見えて減らし、短期決戦を連合軍に強要することに成功した。更に、急行してきたアラビア空軍の新型機を含む増援部隊はクラフタリアを中心とする連合軍の空母艦載機部隊に善戦し、地上の味方をCASから守った。ラエリアの最大の誤算は、大日本王国軍がまるまる寝返ったという事であった。目の前に祖国の解放を目指して前進している軍隊が居るのに、侵略者なぞに与していられるかという事である。思わぬ後方からの攻撃にさらされたラエリアだが、そこはベテランのラエリア陸軍である。適切な撤退路から後退し、戦線を建て直すことに成功したが、前線における戦局は兵力差に押されて日に日に悪くなっていった。カンタルシア側の各国軍は、瀬戸内海側でカンタルシア海軍の迎撃を予想し、爆撃を受けていなかった四国北東部の港からの撤退作戦を開始した。

瀬戸内海攻防戦

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瀬戸内海へ出ること自体は簡単かつ安全にできるが、瀬戸内海からの撤退はそう簡単にはできそうになかった。連合軍艦隊は瀬戸内海の東を封鎖し、四国の南に展開しているため、実質的に西も塞がれたも同然である。そこで、四国の南に展開する敵艦隊を少数の高速艦艇で東に釣りだし、その間に主力艦隊と輸送艦隊は西を突破し、関門海峡を通って日本海からカンタルシア本土へと撤退する作戦に出た。囮の空の揚陸艦数隻とともにエアカバーのない状態で西の出口付近に進出した。エアカバーがなく、無防備な揚陸艦を伴う艦隊を発見した四国の南に展開する連合軍艦隊は食いついた。それを確認すると、すぐにカンタルシア側小型艦隊は反転して味方主力が待つ東を目指した。小型の高速艦艇に対して、大型艦が中心の連合軍艦隊は速度が遅く、なかなか追い付くことができなかった。太平洋から連合軍艦隊が移動したことを確認すると、ラエリアをはじめとして多数の兵士をのせた揚陸艦とともにカンタルシアの信玄型を先頭に関門海峡を目指して強行突破にかかった。この時関門海峡をふさぐ位置に配置されていた連合軍艦隊は空母がなく、戦艦も少数で大半をフリゲートと駆逐艦で占められていたため火力と防御力をいかして無理矢理に突入するカンタルシア側艦隊に押し退けられ、みすみす関門海峡への道を明け渡してしまった。あとから追い付いた囮の揚陸艦を放棄した小型艦艦隊も含め、全艦が日本海への脱出と、そののちのカンタルシア本土への上陸に成功した。

終結

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四国が解放され、これ以上の戦争目標を失った連合軍と、戦力が消耗に消耗を繰り返し、これ以上のの戦争は困難だった。両陣営はアジア地域において有名な中立国であるエルトルシアの仲介により、講和のテーブルについた。

講和条約

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写真

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題名
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最終更新:2022年11月03日 11:55