秘密結社『O』 ~ノーブルウィッチ華麗に参上~

世界は広い。非常に広い。これだけ広いと悪いことを考える奴が一人や二人はいる。
世界各地に悪いことを考える奴らは存在し、悪の組織を結成して、日夜、悪事を働いている。
日本も当然例外ではなく、一見すると平和なこの国にも、虎視眈々と野望を抱く悪の組織が存在するのである。
しかし、悪の栄えた試しなし、この世に悪がある限り、正義を貫く者もまた存在するのである。
彼らは多くの人々の知らないところで、今日も平和をかけた戦いを繰り広げている・・・


『・・・ノーブルウィッチよ。お前に任務を与える・・・』

幾多の調度品に囲まれた広間にて、一際大きな目玉のオブジェから荘厳な声が響き渡る。
ここは日本の支配を目論む組織の一つ、秘密結社『O』のアジトである。
今まさに、首領「ビッグファーザー」から部下の戦士へと恐怖の使命が下されようとしていた。

「お任せくださいお父さ、いえビッグファーザー。このノーブルウィッチ、ビッグファーザーより頂いた力にて必ずやご期待に応えて見せます!」

目玉の前に跪いていた少女が胸元のペンダントを強く握ると、眩い光に包まれ、その中から幹部「ノーブルウィッチ」の姿が現れる。

『お前の初陣の成果、期待しているぞ、ノーブルウィッチよ・・・』


ところ変わってここは郊外のコンビニ。時刻はすでに午前2時を回っており、店内に人影はほとんど無く、店員は眠そうに目を擦っている。そんな閑散としたコンビニを見つめる邪悪な一団があった。
「ふふふ・・・計画通り、随分と手薄な警備ですね。これなら私一人でも大丈夫ですわ、ふふふふ・・・」
邪悪な一団、秘密結社『O』の戦闘員を引き連れたノーブルウィッチは、計画の成功を予測して邪悪な笑みを浮かべる。

「・・・ウチの首領も何考えてだろうな?悪の秘密結社気取っていながらやるのがコンビニ強盗なんて」
「たぶん薫ちゃんが初めて現場に立つって言うから、こんな簡単でセコいことにしたんだろ。」
「社長の一人娘さんか~。来年大学受験だっていうのに、こんなことやらされるなんて可哀想だよな~」
「それに付き合わされる俺たちも可哀想といえば可哀想だろ。残業代は出るけどさ。」
「まあ、俺としては薫ちゃんのあの格好が見れただけでも大満足なんだがな」

「そこっ!今は作戦中ですっ!私語は慎みなさい!」
黒ずくめの衣装に身を包んだ戦闘員たちを一括する薫ちゃんことノーブルウィッチ。本名は「大槻 薫」であり、大企業、大槻グループの社長令嬢にして、父の野望に加担する、花も恥らう乙女である。黒と紫を基調とした水着同然の衣装とマントを翻し、ノーブルウィッチとしての初の任務に赴いたわけである。

「今回は私の初任務ということで、失敗は許されません!一人でも油断しないように気をつけてください!では作戦開始っ!」


外で恐るべき計画が練られているとも露知らず、コンビニ内は至って平和だった。店内には漫画をずっと立ち読みしている男、二つの納豆を持ってどちらにしようかずっと悩んでいる男、そして先ほどから欠伸ばかりしている店員の3人しかおらず、立ち読みをしている男も漫画を読み終えたのか、本を戻すと何も買わずに出て行ってしまった。男が立ち去った方向を店員が恨めしそうに見つめていたその時、

「バレットインパクトッ!!!」
ガッッッシャァァァンッッ!

ノーブルウィッチから放たれた強烈な衝撃波、「バレットインパクト」によって盛大な音を立ててガラス戸が破壊される。一瞬の出来事に思わず呆気に取られる店員、そしてそれを見つめ高らかに笑うノーブルウィッチ。

「オーッホッホッホ!私はノーブルウィッチ!故あってこの店のお金を全て頂きに参りましたわ!素直に差し出せば良し、抵抗すれば命の保障はありませんですわよ!」

「・・・・・・え?撮影?うわ、どうしよ、思いっきり寝起きの顔だよ。髪も整えてないし。ちょっと待って今顔洗うから」
「あ!ちょ、ちょっと!話聞いていなかったんですか?!お金を出しなさいって言っているんですよ!撮影じゃありませんってば!ちょっと!」

「やっぱ薫ちゃんの格好がいけないんだよな、あんな格好する奴なんて特撮ぐらいしかいないよな~」
「いやいや、コスプレ好きの強盗がいたって良いじゃないか。俺は好きだよそんな娘。」
慌てて奥に向かおうとする店員と、これまた慌てて止めようとするウィッチ。そしてその後ろでさも当然といったように頷く戦闘員たち。

「・・・私を怒らせたいんですか? 私は本気ですよ、えいっ!」
ノーブルウィッチが指を食品コーナーに向けると、指から閃光が放たれ「ボンッ!」と食品棚で小さな爆発が起きる。爆発こそ小さいが衝撃が意外と大きかったらしく、その近くにいた男、納豆を持って悩んでいた男が衝撃で吹っ飛び、そのままトイレに突っ込んでしまった。

「・・・・・・も、もしかして、ほ、本物?」
「当たり前です!さ、すぐにお金を用意しなさい!」
「ひ、ひぃぃ~」


ありきたりな悲鳴を上げつつレジを叩く店員、そしてそれを満足そうに見つめるノーブルウィッチ。
こうして人々の苦労の結晶が悪の手に渡るのかと思ったその時、一筋の閃光がウィッチの目の前を走った。

「・・・この世に悪がある限り、正義は必ず現れる。助けの求めがある限り、正義は必ず現れる!」

「な、何者ですっ!姿を見せなさいっ!」

「俺は正義の使者!大地の申し子!ナティーン只今参上!!!」

ナティーンと名乗った男がビシッとポーズを取ると、後ろで意味も無く爆発が起こった。
白と茶色の混じったようなヘルメットとライダースーツに身を包み、背中に書いてある大きな「納」の字、さらに登場時に漂ったアンモニア臭からあるものが連想されて・・・

「・・・あなた、正義の使者って言いましたけど、もしかして、納豆の使者?」
「その通り!納豆から溢れ出るこのパワー、正義の力、思い知れっ!」


「な、な・・・な・・・な、な、な・・・」

何度も何度も「な」と呟いていたウィッチだが、その表情は困惑、疑問、怒りへと変わっていき、ついに大爆発した。

「・・・っ、ふざけないで下さいっ!正義の使者が何で納豆なんですかっ!腐った豆ですよっ!それがヒーローなんておかし過ぎますっ!もっとこう、改造人間とか、機動刑事とかいろいろあるんじゃないですかっ!」

悪の組織たるもの研究のために正義の味方について学ばなければならない、その信念に基づき幼いころから特撮ヒーローものを良く見てきた大槻薫ことノーブルウィッチ。彼女の中では障害となるであろうヒーロー像が出来上がっていただけに、納豆戦士ナティーンの存在は許しがたいものに写っていた。

「もう良いです!こんなふざけたやつ、私一人で十分です!皆さん、手出しは絶対しないで下さいねっ!」

一方的にまくし立てるとナティーンに向かってビシッと指を突きつけるノーブルウィッチ。一方のナティーンも理不尽さからふつふつと怒りがこみ上がってきている。

「・・・よく分からんが悪は許さない!正義の力、納豆の力、味わわせてやる!とうっ!」
状況のつかめない戦闘員+店員を尻目に、怒りに燃える二人のバトルが始まった・・・


「ビーンショット!」「フィンガーショック!」
「ワラヅトソード!」「インパクトブレード!」
「カキマゼタイフーン!」「ノーブルトルネード!」


コンビニ店内を揺るがす一進一退の攻防を繰り返す二人に対し、戦闘員と店員はただ何もできずのんびりお茶をすする。そんな状況が10分、20分と続き、ついに二人にも疲れの色が・・・

「・・・はぁ、はぁ。な、納豆のくせに、やけに頑張るじゃないですか・・・で、でも私は負けません!」
「・・・はぁ、はぁ。こんな、こんな露出狂じみた女に苦戦するとは・・・」
「だ、誰が・・・誰が露出狂ですかっ!!!」

やっぱり自分の格好を少し気にしていたらしく、ナティーンの一言に激昂するウィッチ。怒りの衝撃波がナティーンを襲い、壁に激突、そのまま倒れてしまう。


「・・・やった。・・・やりましたお父様。・・・薫は、薫はついに正義の味方に勝利しました・・・!」

「お~、ついにやりましたか~」
「意外と掛かりましたね。おかげで残業代がたくさん貰えそうですよ~」
「汗にぬれるノーブルウィッチ様、良いなぁ・・・」

てんで好き勝手なことを言っている戦闘員を放っておいて、倒れているナティーンを踏みつけるウィッチ。正義の味方に勝利した場合、必ずこれをやるのが彼女のルールである。

「ナティーンとか、中々な実力でしたけど私のほうが上でしたね。所詮あなたは納豆、あんな不味くて臭いものでは到底敵いっこないんですわ。オーッホッホッホ!」

高らかに勝利宣言をするノーブルウィッチ。しかし、彼女の一言でナティーンの瞳に力が宿り・・・


「・・・何、だと・・・納豆が、納豆が不味くて臭いだと・・・!!!」
だっしゃぁぁぁ、と叫ぶや否や、一気に跳ね上がるナティーン。そしてバランスを崩し倒れるウィッチ。

「納豆が不味いだと?!納豆が臭いだと?!栄養!味!香り!全てが完璧な納豆を不味いだと?!臭いだと?!答えろこのヤロー!!」

完全に逆上してウィッチの肩をブンブン揺さぶるナティーン。一方のウィッチは目を白黒させて何がなんだか分からない顔をしている。

「ちょ、ちょっと、やめ、やめてくださいっ。あや、あやまりま、あやまりますっ、からっ、ごめっ、ごめんなっ」

「お前には・・・ハァ・・・先ず、納豆を・・・ハァ・・・味わわせてやる・・・カモン納豆っ!」

一頻り振り回したウィッチを開放すると、スーツの中から納豆を取り出し、喰えと言わんばかりにウィッチの鼻先へ突きつける。本来なら美味そうな納豆だが、スーツ内で暖められたそれは、納豆の域を超える程の強烈な臭いを放っている。

「(・・・う、変に暖かいせいか、すごい臭いです・・・こんな臭いの、私、絶対食べられません・・・)こ、こんなもの、食べられま・・・」
もともと納豆自体好きではない上に、ガンガン振り回されてフラフラなところへ、異臭を放つ納豆である。食べられないと伝えようとするが、ナティーンの強烈な眼差しが「早く喰え」と訴えている。

「と、とりあえず頂きます・・・(一粒だけ、一粒だけ、息を止めて食べれば大丈夫・・・絶対息をしないで・・・)」

震える手で箸を掴むと、納豆を一粒つまんで口の中へ入れて・・・

「(大丈夫臭くない、息をしなければ・・・)・・・や、やっぱり駄目ですぅ!」

息を止めても臭いものは臭い、嫌なものは嫌、とばかりに納豆を投げ捨ててしまうウィッチ。フラフラのまま這いつくばってでも逃げようとするが、冷ややかな表情のナティーンは当然逃がしてくれるはずが無い。

「お前は、納豆を侮辱した・・・許しはしない、ネバーウイップ!」

ノーブルウィッチが捨てた納豆から無数の糸が伸び、ウィッチの体を縛り上げる。縛り上げるといっても、元が納豆であるため、包み込むといったほうが正しい様子である。

「キャッ?!な、何ですかこれっ?!ヌルヌルして、あぅ、く、臭いですっ!誰か、誰か助けてくださいっ!」

ヌルヌルしている上に、強烈な臭いを放つ糸に包まれて身動きが取れないウィッチ。戦闘員たちに助けを求めるが・・・

「頑張ってくださいノーブルウィッチ様ー。臭いは息しなければ大丈夫ですよー。」
「手伝いたいのは山々なんですけど~、一人で何とかするって言われたんで~。」
「納豆だから食べればいいんですよ~、僕納豆好物ですよ~」
「ぬるぬると納豆臭に包まれるノーブルウィッチ様、良いなぁ・・・」

頼みの戦闘員たちはお茶すすったりお菓子食べていたりで全然助ける気配がない。あまつさえカメラで撮影までしようとする始末である。

「何で、何で誰も助けてくれ無いんですかぁ・・・はむっ?!」

そうこうしている内に納豆の糸によって鼻と目以外がすっかり包み込まれてしまうウィッチ。

「(あぅぅぅ・・・臭い、臭いですよぅ・・・なんで私がこんな目に・・・お父様・・・)」

ぐるぐる巻きの状態で情けないやら臭いやらで思わず涙ぐむ。しかし現実は厳しく、ナティーンからの死刑宣告がついに下される。


「・・・お前は納豆を粗末にした。その罪、万死に値する。よって、お前も、納豆になってもらう!」

ナティーンが剣を掲げると、無数の藁がウィッチの周りに集まってその体を包み込む。その外見はまさしく藁苞納豆のそれである。

「(な、何ですかこれは?!藁がいっぱい集まって・・・な、何か暖かいし、変なにおいがするし・・・)」
「その藁の中の温度は40度、納豆の発酵に最適の温度だ。じきにお前の体も納豆と同じになるだろう」
「(ええっ?!わわ、私が納豆に?!そんな、やめて、やめて下さいっ!)」

必死に脱出しようとするが、藁苞がぶらぶら揺れるだけで解ける気配は一向にない。その間にも発酵は着々と進み、ウィッチの体からも納豆臭が・・・

「ん~?何か納豆臭くない?誰か納豆食べた?」
「いや、誰も食べてないよ・・・ってことはやっぱり・・・」
「ノーブルウィッチ様の体・・・ってことだよね~?」
「納豆臭いノーブルウィッチ様、良いなぁ・・・」

「(違うんです!私が臭いんじゃないんです!私の、私の周りの藁が臭いだけで、私は臭くないんです!・・・あうぅぅ・・・臭いよぉ、納豆臭いの嫌ぁ・・・)」


「(お父様・・・ごめんなさい・・・薫は、薫は・・・負けてしまいました・・・納豆臭い、よぉ・・・)」

戦いの疲労と悔しさと、強烈な納豆臭によってノーブルウィッチの意思は次第に朦朧としていき、ついに途切れてしまう。意識を失うと同時に藁苞が開き、そこから納豆同様、ヌメヌメと臭いに包まれたウィッチがドサッと落ちてくる。


「大変だ~、ノーブルウィッチ様が負けてしまった~」
「俺たちでは到底敵わないや~、ここはいったん引き上げだ~」
「とりあえずここは引き上げるけど、残業代は貰っておくぞ~」
「納豆になったノーブルウィッチ様、良いなぁ・・・」

役立たずな戦闘員はウィッチを担ぐと、お茶とお菓子代をレジで払って帰っていった。

「納豆と同じ身になって、己の罪を悔いるが良い、ではさらばだ!」


こうして、悪の野望は納豆の力によって砕かれた。しかし日本の平和はまだまだ狙われている。負けるなナティーン、頑張れナティーン。明日の朝食も納豆ご飯だ。
最終更新:2008年12月21日 23:48
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