覇悪怒組の通う竹早小学校5年3組は、二学期の終業式を迎えていた。
落合先生が訓示を述べる。
落合先生「諸君! 明日からは、冬休みだ。1月10日の三学期の始業式まで2週間、勉強するもよし、遊ぶもよし! どっちにしろ、しっかりとやることだ。寒いからと言って、こたつでぬくぬくしているような奴はろくなもんじゃないぞ! 寒い時こそほど、よく体を動かし、頭脳を鋭く研ぎ澄まさせろ? 冷たい北風の中に身を置くと、体がさーっと緊張して、遙かなるものに挑戦しようという気持ちがぐーっと強くなるんだな。冬こそ諸君、体の芯を明々と燃やし、夢をともせ!」
ススム「いいぞ先生、その調子!」
落合先生「先生は、梅の花が好きだ」
ヤスコ「私も好きです」
落合「梅の花はいいものな…… 梅の木は、寒い冬の中で、冷た~い雨や雪に打たれながらも、じーっとつぼみをため、やがて来る春を待ち続けるんだ。先生がすごいな~と思うのは、梅の木は春が来ることを信じて疑わないことだ! 必ず春が来ると信じているからこそ、どんなに辛い冬の寒さにも耐えられるんだ。途中でヤケクソになって、つぼみを放り投げたりは決してしないということだ。春が来ると、待ちかねたように、木いっぱいに可憐な花を咲かせるんだ! 素晴らしいじゃないか! 諸君、先生は諸君に、梅の木になってもらいたいと思っているんだ」
タケオ「梅の木に?」
落合先生「そうだ、梅の木だ! 春は必ず来ると信じて、どんなに辛いことにも耐えられる精神を、諸君に持ってほしいということだ。諸君、先生は冬休みの間に、諸君が一段とたくましくなることを心から祈っている」
ヒロシ「なんだよ先生、まるで別れの挨拶みたいなこと言うじゃないか」
落合先生「そんなことはないぞ? 先生は1月10日に、一段とたくましくなった諸君の姿を見たいと思っているんだ。それまで、しばらくのさらばだ」
チャイムが鳴る。
「バサラ、バサラ」とつぶやき、手を振りながら教室を去る落合先生。
ヒロシ「落合先生!」
ヒロシが急に立ち上がる。
サトル「ヒロシ、どうしたんだよ」
ヒロシ「あ…… うん、なんでもないよ」
我に帰ったように着席するヒロシ。
覇悪怒組はいつも通り5人で下校中。
だが、ヒロシの表情は相変わらず優れない。
サトル「ヒロシ、さっきっからおかしいぞ」
ヒロシ「うん、変な気分なんだ。俺な、落合先生には、もう二度と会えないんじゃないかって…… そんな気になっちまったんだ」
ススム「バ、バカ言え!」
タケオ「そうだよ。そんなことあるわけないんじゃないか?」
ヤスコ「考えすぎよ、そんなの」
ヒロシ「そうだよな。俺の考えすぎだよな」
ヒロシが気持ちを切り替えて4人に向き直る。
ヒロシ「どうだ、みんな! 順子先生を誘ってさ、これからみんなで落合先生のアパートに押しかけないか? みんなで料理を作ってさ、一緒に飯を食おうぜ」
さっそく5人は分かれて食材を買い集め始めた。
ヒロシは精肉店、タケオはパン屋、ヤスコは順子先生を連れてスーパーへ。ススムとサトルは自宅のあまりものを持ってきた。
6人が落合先生の住んでいるアパートの玄関先に集合する。
サトル「順子先生! 来てくれたんですね!」
順子先生「そりゃあ来るわよ! 落合先生は普段ろくなものを食べてないから、栄養バッチリつけさせてあげなくっちゃ」
ススム「もう花嫁気分!」
順子先生「ススム君ったら、おませなんだから」
ススム「照れてやんの!」
順子先生をはやし立てながら落合先生の部屋まで向かう5人。
が──
ドアの前には張り紙が。
ススム「せっかくみんなで来たのにさぁ」
サトル「みんなで上がって、料理作って食べちゃおうか?」
ヤスコ「鍵がないわよ」
順子先生「鍵なら…… 私が預かってるけど」
順子先生が部屋の鍵を取り出す。
ススム「あっ、……通い妻!」
またもはやし立てるススム、サトル、タケオ。
ヒロシとヤスコもニヤニヤ笑っている。
順子先生「そんなんじゃないのよ! まさかの時のために預かってほしいと頼まれたのよ」
それを聞いたヒロシの表情が変わる。
ヒロシ「順子先生、その鍵、貸して下さい」
ヒロシが前に進み出た。
順子先生「ヒロシ君? どうするつもりなの?」
ヒロシ「落合先生が魔天郎かどうか、調べたいんです」
ヤスコ「ダメよ、ヒロシ君!」
ヒロシ「だけど絶好のチャンスじゃないか!」
ヒロシが順子先生の手から鍵を奪い、鍵穴に入れる。
順子先生「ヒロシ君!」
ヒロシは順子先生を無視してドアを開けた。
落合先生の部屋の中は整然としている。
ヒロシ「みんな、落合先生が魔天郎なら、何か証拠があるはずだ。みんなで手分けして探してくれ」
ススム、サトル、タケオ「おう!」
流し場の食器棚やトイレの中に至るまで、部屋中をくまなく漁る覇悪怒組。
順子先生はそれを不安げに見つめている。
ススムが押し入れを開けると、落合先生の洗濯物が雪崩のように落ちてきた。
ススム「うわー、きったねぇ! 落合先生、全然洗濯してないじゃん。順子先生、あんたの責任!」
サトル「そうだよ!」
ふざけて洗濯物を投げつけるススム。
しかし順子先生は先ほどのように反撃せず、ただ泣きそうな顔でうつむいている。
ススム「あれ……? 怒んないの? なんだよ順子先生、何も泣くことないじゃないか。俺、ほんの冗談のつもりでさ……」
順子先生「違うの…… 落合先生が魔天郎だったらどうしようかと思って」
サトル「その時は失恋だね、先生」
順子先生が再びうつむく。
ススム「サトル、意地の悪いこと言うなよ」
タケオ「そうだよ。順子先生、落合先生はシロだから安心しなよ」
サトル「魔天郎だったらどうすんだよ?」
タケオ「そしたら俺…… 悲しくて泣いちゃうよ……」
ヤスコ「私だって、きっと泣いちゃうと思う」
気まずい空気が漂う。
ヒロシ「……やめだ、やめだ! なんだよみんな、俺だって、落合先生はどこまで行っても落合先生でいてほしいんだ。なんだよ、俺一人悪者みたいじゃないか」
そう言うのもつかの間、ススムが押入れの奥に何かを発見。
ススム「おいヒロシ、パソコンがあるぞ!」
ヒロシ「えっ!?」
ヒロシ「パソコンだ。落合先生にパソコンだなんて変だよな?」
サトル「使えんのか?」
言うまでもないが、1987年当時のパソコンはかなり高価なもの。落合先生の安月給で買えるはずはない。
ヒロシ「出そうぜ」
サトル、タケオ「おう!」
ヒロシたちがパソコンを引っ張り出す。
サトル「ヒロシ、ここまで来たら引き下がれないぜ」
ヒロシ「ああ。ススム、電源!」
ススムがコンセントを挿し、ヒロシが電源を入れる。
ヒロシ「毒を食らわば皿までだ」
操作を開始して数分後、パソコンの画面に魔天郎の絵が映し出された。
ヒロシ「これは、俺がパソコンで作った魔天郎だ」
ヤスコ「落合先生、ヒロシ君のパソコンから魔天郎のイメージを盗んだのかしら」
順子先生「だったら…… 落合先生が……!?」
ヒロシ「こんなもの、決定的な証拠になんないよ」
ヒロシが操作を続行。
今度は洋館の写真が映し出される。
ススム「なんだ?」
サトル「魔天郎のアジトかもしれないな」
タケオ「決めつけるなよ」
ヤスコ「場所はどこなの?」
ヒロシが再び操作。
洋館の地図が映し出される。
ヒロシ「高見町の郊外だ! ほら、高見台団地のずーっと向こうのほうだ」
ヤスコ「ヒロシ君……」
ヒロシ「ここに行ってみよう! ここに行けば、落合先生が魔天郎かどうか、わかるはずだ!」
順子先生「ヒロシ君、私も一緒に行くわ」
了承するヒロシの表情は険しい。
翌朝、ヒロシの家──
ヒロシの母「あなた!! あなた、起きて!! ヒロシが……」
ヒロシの父「うるさいなぁ、朝早くからガラガラ怒鳴るもんじゃありません! ヒロシがどうしたの?」
ヒロシの父がパジャマ姿で居間に来る。
ヒロシの母「こ、こ、これ!」
ヒロシの母が机を指さす。机の上に書置きが置かれている。
書置きを手に取り、読み上げるヒロシの父。
父さん母さん 僕たち覇悪怒組は 魔天郎との最後の勝負にでかけます 順子先生も一緒です 男がこうと決心 してやることです 父さん母さんは 何があっても心配しないで下さい
洋 |
読み終えたヒロシの父が卒倒する。
覇悪怒組と順子先生は自転車で洋館へ。
洋館から少し離れた自然公園に隠れ、ジオラスコープ(双眼鏡)で様子を探る。
そして洋館に突入しようとした時──ヒロシが人の気配に振り向いた!
そこにいたのは魔天郎の手下──ではなく、覇悪怒組のライバル・内山重夫率いるパチンコ組。
これまでにも3度ほどやりあった宿敵だ。
ヒロシ「パチンコ組だ……」
身構える覇悪怒組。
内山「ヒロシ、何か面白いことをやろうとしてるようだな。俺たちも仲間に入れろ!」
ヒロシ「内山…… 悪いけど今日は、お前たちの相手をしてる暇はないんだ」
内山「なんだと?」
内山の舎弟の一人がパチンコを構えて威嚇する。
ヒロシ「内山、俺たちは今から魔天郎に最後の勝負を挑もうと思ってるんだ。負ければ、死ぬかもしれない。だけど…… 俺たちは大好きな落合先生のために、戦わなければならないんだ」
内山「落合先生のために? どういうことだ!?」
ヒロシ「理由は、今話せない。分かってくれ、内山……」
静寂──
内山「分かった。行けよ、ヒロシ」
ヒロシ「……内山、元気でな」
覇悪怒組と順子先生は、身を低くして洋館へ向かった。
もはや何も言わず、それを見送るパチンコ組。
内山「奴ら、命がけだぜ」
洋館の中では、魔天郎が何かの図面をにらみながらパソコンを操作している。
「MTR計画設計図」──そう題された図面には、巨大な塔の絵が描かれていた。
ふいに警報が鳴る。
監視カメラの映像を呼び出す魔天郎。テレビ画面に覇悪怒組と順子先生の姿が映される。
魔天郎が計器類を素早く操作していく。
忍者好きのススムが窓の一つに鉤縄をかけ、それを伝って洋館の中に侵入。
縄梯子を下ろし、残る5人もススムに続いて侵入を果たす。
その様子をパチンコ組が陰から覗いている。
内山が、侵入成功を見届けて満足げにうなずいた。
覇悪怒組と順子先生は、魔天郎のマークが書かれた大扉の前に来た。
ヒロシ「やっぱり魔天郎のアジトだったんだ……」
サトル「ということは…… 落合先生は魔天郎だったってことだ」
順子先生が顔を曇らせる。
ヒロシ「入るぞ」
ドアに手をかけるヒロシをヤスコが止める。
ヤスコ「待って、中に入ったら突然空中に投げ出されるかも知れないわ」
タケオ「前にもそんなことあったよな」
落合先生と覇悪怒組が出会ってまだ間もない頃、魔天郎は、空中浮遊の実演と称して覇悪怒組を無重力室に閉じ込めたことがある。
その記憶を思い返す覇悪怒組。
ススム「だけどあの時は楽しかったよなぁ」
ヒロシ「今度もあの時と同じっていう具合にはいかないさ。みんな、気をつけろ」
ヒロシが一同を代表してドアを開ける。
ドアの先は下り階段になっていて、そこを下りていくと薄暗い倉庫のような空間があった。
覇悪怒組と順子先生の前に、
怒り仮面が立ちはだかる。
ススム「怒り仮面だ!!」
引き返す一同。その行く手をふさぐように、天井から妖怪・千年婆ぁ~が現れる。
タケオ「千年婆ぁ~だ!!」
千年婆ぁ~「遊んでおくれ、遊んでおくれ~」
さらに逃げ、奥の小部屋に退避する一同。
棚の上に、大勢の人間のデスマスクが置かれている。
サトル「す、水道橋博士だ……」
ヤスコ「魔術師テンオーよ! でも、何か変よ……?」
デスマスクを調べる一同。
それはいずれも変装用の小道具であった。
ヒロシ「これは、変装道具だ。魔天郎はこれを使って、いろんな人間に変装していたんだ」
かつらや覆面を着けてふざけあう覇悪怒組。
気を取り直して、一同はさらに先へ進む。
また、魔天郎のマークが書かれた大扉の前に来た。
ヒロシ「ここが魔天郎の部屋かもしれないぞ」
ヒロシが意を決してドアを開ける。
扉の中は防音室のような作りになっていて、壁の一つには丸い窓のようなもの、もう一つには真っ赤な半球体が付いていた。
順子先生「変な部屋ね、何に使うのかしら」
ヒロシ「魔天郎はきっと、この部屋を使って異次元空間を自由自在に行き来してるんだ」
タケオ「宇宙人かもしれないな。きっとそうだよ!」
ススム「だったら…… 落合先生も宇宙人ということになる……」
順子先生「ススム君! 断定しちゃダメよ」
ヒロシ「魔天郎の奴、何を企らんでんのかな?
前に俺が捕まった時、魔天郎の王国を作るって言ってたけど…… 何のことだかさっぱりわかんねーよ」
そこに、魔天郎の高笑いが響き渡る。
丸い窓のようなものに魔天郎の姿が浮かび上がった。
魔天郎「覇悪怒組の諸君! 私は今、私自身の壮大な夢を実現しようとしているんだ。いいか諸君、私は、私の夢の実現を邪魔しようとする者は決して許さない! 君たちは私の良きライバルとして十分私を楽しませてくれた…… だが、それもこれまでだ。君たちには、私の邪魔ができないように、遠い世界に消えてもらうぞ」
ヒロシ「な、何っ!?」
身構える覇悪怒組。
赤い半球体がけたたましい音とともに点滅し、部屋の明かりが消える。
宙に浮かぶ一同。
ヤスコ「空中浮遊装置よ!!」
ヒロシ「魔天郎、俺たちをどうするつもりだ!?」
魔天郎の映像が消え、直後に窓が変形して穴になった。
その中に吸い込まれていく一同──。
その頃、パチンコ組も洋館の中に突入していた。
覇悪怒組と順子先生の悲鳴を聞きつけ、件の部屋に飛び込むパチンコ組。
内山「な、なんだあれは!?」
部屋の中は完全にもぬけの殻。
覇悪怒組も順子先生も、穴の中に引きずり込まれた後だった。
内山「バ、バカな! ブラックホールがこんな所にあるなんて!!」
パチンコ組もまた、穴に飲み込まれていく。
穴の中をただ流されていく一同。
ヒロシの絶叫が異次元空間に響く──
ベッドの中で、パジャマ姿のヒロシの母が目を覚ます。
すでに時刻は深夜を過ぎていたのだ。
夫を起こすヒロシの母。
ヒロシの母「ヒロシが真っ暗な穴の中に落ちてく夢を見たのよ」
ヒロシの父「……何だって!?」
ヒロシの母「助けてくれ、って呼んでるの。あなた、どうしよう?」
ヒロシの父「……やはり明日…… 警察に捜索願を出しましょう……」
順子先生とヒロシたち覇悪怒組、 そして内山重夫とパチンコ組は、 魔天郎によってブラックホールに 飲み込まれてしまった。
魔天郎の壮大な夢とは何なのか? そして…… 魔天郎の正体は、 果たして落合先生なのであろうか……?
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最終更新:2022年02月08日 20:53