―A Part 2027―
丈二「・・・くそっ」
血まみれの凶器を運転席の青年の首に当て、後部座席におさまっている丈二は、こうぼそりと呟いた。
アパートから車で逃げ出してからおよそ二時間。日付は変わり、現在時刻は午前一時を回ったところ。
眠らない街の喧騒を受け流し続ける窓を見、丈二はいくら押しても電源の入らない携帯電話を握り締めた。
それは殺された恋人、三島 由佳里のものだ。
丈二(充電が切れてるっぽいな・・・充電器を買わないと・・・)
真っ暗なケータイの画面をじっと見つめ、丈二は思いついたように口を開いた。
丈二「おい、お前名前は?」
青年「・・・『真崎 航平(まざき こうへい)』」
丈二「航平。危害を加えるつもりはない、協力してほしい。いいか?」
航平「・・・なんでこんなことする? 由佳里さんはいい人だった。越してきたばかりの俺によくしてくれた。
あんな良い人を、どうして・・・」
丈二「殺したのは俺じゃない」
航平「俺の首に当ててるモンは一体なんだ」
丈二「俺の凶器じゃない。なんで俺が人生で一番好きな人を殺さなきゃいけない?」
航平「知るか! こっちが聞いてるんだ! もし無実なら、何故人質を取って逃げる必要がある!?
やってないと警察に話せばいいじゃないか!」
丈二「警察に行ってる時間はない。急を要するやるべきがことがあるんだ」
航平「・・・由佳里さんが死んだってのに、それより大事なことがあるのかよ」
丈二「由佳里が最期に俺に託したことだ」
―B Part 2024―
◇『組織』アジト 作戦会議室 某時刻
無人の会議室で一人、丈二は椅子の背にもたれた思案をめぐらせていた。
丈二(・・・とりあえず、今残ってる仕事を片付けてさっさとこの危ない連中から手を引こう。
なんでこんなことになってるのか見当も付かないが・・・)
丈二(『組織』・・・抜けるにはどうすればいいんだろう。退職願でも出せばいいのかな・・・)
キシキシと背もたれを軋ませながら、丈二は無意識の内にコートの内ポケットをまさぐっていた。
丈二(あれ、タバコがない。そういえば・・・
“禁煙してた”気がするな・・・。いつからだったっけ・・・)
なにか、理由はわからないが、丈二はそれがすごく大切なことであるように感じた。
会議室の中央を陣取る縦長のテーブルに肘をついて、真剣に記憶を掘り返そうとこころみたときだった。
会議室の扉が開いて、黒いコートを着た二人の男女が部屋に入ってきた。
ニット帽にヘッドフォン、首にマフラーを巻いた少女と、切れ長の鋭い目をした面長の顔の青年。
少女の方は見覚えがある。先日会ったばかりの、チームメイト『ヒナ』だ。
ヒナ「遅れてごめんねー! プリンター壊れちゃってさぁ、ファイルコピーすんのに手間取っちゃった」
丈二「・・・ああ、お疲れ」
青年「・・・」
丈二の向かいの席に腰掛けた二人は、抱えていた資料をテーブルの上に広げはじめた。
丈二は、ヒナの隣に座る切れ長の目の男の顔を、まじまじと見つめた。
初めて見る顔だ。完全に初対面だが、何故だか“見覚えのある顔のように感じた”のだった。
丈二(どっかで見た気がする・・・この顔。デジャヴかな・・・?)ジロジロ
青年「・・・! な、なんだよ」
ヒナ「ちょっと。キモイ、なに見つめ合ってんの」
丈二「なあ、俺らどっかで会ったことある?」
青年「はぁ? ほぼ毎日会ってんだろうがこのビルで。何言ってんだ?」
ヒナ「あはー。影薄すぎて忘れられちゃったわけだ。仕方ない仕方ない。私もたまに忘れるもん」
青年「ヒドいな」
ヒナ「じゃあ、『真崎なんとか』さん。作戦の説明おねがいしまーす」
航平「『真崎 航平(まざき こうへい)』です、覚えてください。じゃあまずはこの写真を見て・・・」
丈二(・・・?)
『真崎 航平』。丈二は、これもどっかで聞いた気がする名前だと感じた。
◇神奈川県 腰越海岸 PM3:09
ヒナ「んーっ、この肌寒さがたまんないね! 夏もいいけど、秋の海もまたよいですなあ」
航平「君の格好は真冬だけどね」
晩秋の砂浜を歩く三人。丈二らの今回の任務は、ここ神奈川県のとある洋館で銀行員と『ナイフ』の取引を行うというものだった。
シャリシャリとブーツで砂を踏みしめながら、丈二たちは、少し肌寒い砂浜を目的の洋館に向かって歩いていた。
ヒナ「なんかさぁ、この季節がすごい好きなんだよね。“冬の足音が近づく”感じが」
丈二「聞きたかったんだけど、なんでヒナはいつもそんな格好してんだ? 正直ちょっと見てて暑苦しい」
航平「夏とか特に」
首に巻いた長いマフラーを靡かせて、ヒナが答えた。
ヒナ「冬が好きなんだー。年中冬を感じてたいの」
丈二「・・・そんだけ?」
ヒナ「えへへー。そんだけ」
丈二「ああ・・・」
ヒナ「四季とかいらないのに。秋と冬だけで良くない?」
航平「しかし、なかなか見えてこないな。方向間違えたか?」
丈二「いや、大丈夫だ。こっちで合ってる。もうすぐ見えてくる」
航平「ここには詳しいのか?」
丈二「・・・来るのは三回目だ」
航平「へえ」
未来、カズ、那由多。彼らの顔がふと浮かんで、丈二は以前のものとは違う、
砂を踏み鳴らす感触を靴裏で味わった。
それから十分ほど歩くと、ようやく取引場所の洋館の姿が見えてきた。
三人はさび付いた鉄製の門を開き、広大な中庭に足を踏み入れた。
水の枯れた中央の噴水、草が伸び放題の地面、古びた巨大な館、空を覆う鼠色の厚い雲。
寒々とした景観を見渡した丈二は、以前訪れたときと少々様子が変わっていることに気がついた。
丈二(ガラスがないな・・・前は地面に散らばっていたが)
丈二(あのときは取引の最中に襲撃されて・・・懐かしいな)
ヒナ「誰か来たよ」
館の正面扉が開き、中から高そうなスーツを着込んだ男が現れ、丈二らに歩み寄ってきた。
今回の取引相手、『佐伯』と銀行マンである。
佐伯「佐伯です。ようこそ腰越へ」スッ
ヒナ「『藍川 比奈乃(あいかわ ひなの)』です。“先生”の使いで来ました」ギュッ
握手を交わす二人の後ろで、聞き覚えのあるワードが丈二の脳裏に苦い記憶を滲ませた。
丈二(“先生”・・・)
佐伯「『ナイフ』は中です。どうぞお入りください」
航平「失礼します」
丈二「・・・」
佐伯の案内で、三人は古い洋館の中へと入っていった。
その様子を、中庭の木の陰から観察している男がいたのには、丈二らは誰も気付かなかった。
長髪で、日に焼けた浅黒い肌をした男だった。
???「・・・入ってったぞ、やれ」
男は携帯の通話口にそう吹き込むと、足元に置いたアタッシュケースをあけ、
中から拳銃とサイレンサーを取り出し、組み立てを始めた。
―A Part 2027―
◇都内某所 航平の車内 AM4:15
丈二「・・・zzz」
丈二「・・・ハッ!」
午前四時。まだまだ真夜中の闇を引きずる朝方の肌寒さに、丈二は飛び起きた。
どうやら眠ってしまっていたらしい。車内は暗く、窓の外を見ても空は真っ黒である。
丈二は慌てて運転席を覗き込むが、そこに航平の姿はなかった。
丈二「クソッ! 逃げられた!」
まずい。自分はどれくらい眠っていた? ここはどこだ?
通報されては元も子もない。航平が警察の元に駆け込む前に、見つけ出さないと・・・。
焦る気持ちで車内から飛び出した丈二は、そこが一般道であったことを知った。
車は道路脇に路駐されていて、辺りには様々な会社のビルが建ち並んでいた。
丈二(探さないと、警察に駆け込まれては困る!)
幸い、朝早いということもあり周囲に人の姿はなかった。
丈二はあてもないまま、雑多なビル群の中へ足を踏みいれていった。
◇都内某所 とある路地裏 同時刻
航平「ハァ・・・ハァ・・・」
同時刻、建ち並ぶビルとビルの細い隙間を抜け、路地裏を駆けた真崎 航平は、
乱れた呼吸を戻すために壁によりかかり、朝の冷えた空気を肺に流し込んでは吐き出していた。
丈二が眠っているのに気付いたのが三十分前。車を停めて飛び出してきたのが二十五分前のできごとだ。
早速110番通報しようとしたものの、携帯電話を車の中に忘れたことに気がつき、ならばと交番を捜し歩いて
もう二十分ほど経つ。いまだに交番は見付からず、公衆電話の姿もない。
携帯を取りに戻る勇気も持てず、自分の不甲斐なさに歯がゆくなった航平は、とりあえず息を整えてから再び歩き始めた。
航平(とりあえず誰か人に会って、助けてもらおう・・・!)
そう思い、他人を求め歩き出したときだった。
「君!」
と、誰かに声を掛けられ、航平は路地裏を振り返った。
声を掛けてきたのは、パトロール中の警察官であった。
警官「こんな時間に、こんなところでなにしてる?」
航平「た、助かりました! おまわりさんッ!」
警官「落ち着け、なにかあったのか?」
航平「俺、殺人犯に誘拐されて・・・人質として・・・それで、逃げてきて・・・!」
警官「まてまて、ゆっくり。落ち着いて」
航平「さっき、○○市の××ハイツってところで殺人事件があって・・・!
女の人が殺されたんです! 三島 由佳里って人が、城嶋 丈二って男に・・・」
警官「その事件は知ってる。君はここまで犯人に連れてこられたってことか?
城嶋 丈二に?」
航平「そうです!」
伝わった。これで助かる。期待と安堵感に胸がいっぱいになり、うまく言葉が出てこなかったが、
十分伝えられたと感じた航平は、ほっと胸をなでおろしたい衝動に駆られた。
しかし・・・
警官「それで、やつから何か聞いたか?」
航平「?」
航平は、先ほど感じた安堵感が、急にどこかへ消えていくような感覚を覚えた。
理由はわからなかった。
警官「城嶋 丈二だよ。なにを聞いた?」
航平「なにって・・・」
警官「“テント”についてなにか言ってたか」
航平は、自分の胸に拡がっていく不安感の正体に気がついた。
この警官の、この目だった。
そして、よく目を凝らしてみると、
航平(・・・!)
警官の制服の袖の部分に、べっとりと赤黒いシミがついていた。
血だった。
航平(こいつ・・・警官じゃない!)
踵を返して、走り出そうとしたときだった。
突然、見えないなにかが航平のわき腹を貫いた。その瞬間は、痛みは感じなかった。
航平(・・・?)フラッ
ドサッ
力が抜けて、倒れ込む。出し抜けに、ぽっかりあいたわき腹の穴から痛みがじんじんと拡がった。
警官の制服を着た警官でない誰かは、そのまま航平の体を担ぎ上げると、
警官「ゆっくり話をきかせてもらう」
と言い、航平を付近に停車していたパトカーのトランクに押し込んだ。
航平「ヒッ!」
トランクの中には、すでに裸の男性の死体が一つ、詰め込まれていた。
おそらく、制服の持ち主である。
警官「仲良くな」
バタン!
そう言って、男はトランクを閉めた。
―B Part 2024―
◇洋館・応接室 PM3:31
佐伯「どうぞお掛けになってください」
佐伯に促され、洋館二階の応接室に入室した三人。
部屋の中央に設置されたテーブルと、それを挟む一対のソファー。比奈乃と航平がソファーに腰掛け、続いて向かいに
佐伯が座る。丈二は、部屋の奥、中庭が一望できる窓際について、周囲に異変がないかをチェックする作業に入った。
応接室のドア前には佐伯の護衛の男が立ち、取引に問題が発生しないよう丈二たちに目を凝らしていた。
佐伯「『ナイフ』です。確認なさってください」カチャリ
佐伯がテーブルの上に銀のアタッシュケースを置いて、それを開き中身を公開する。
それが目的の品と確認した比奈乃と航平は、続いて自分達のアタッシュケースをテーブルに置き、開いた。
比奈乃「確認しました。こちらは1億円です。確認してください」
佐伯「少々お待ちを。数えてくれ」
護衛「はい」
そう言って、屈強なガタイの護衛が札束が詰まったケースを持ち、部屋の隅で確認作業を開始する。
一同の視線が男に集中する作業の間、佐伯がふいに口を開いた。
佐伯「聞いてもよろしいですか。あなたがたは、この『ナイフ』を集めてなにをするおつもりなのか」
丈二「・・・」ピクリ
窓の外を眺めていた丈二が、佐伯の問いに耳をそばだてる。
そういえば、自分もこの『ナイフ』がなんなのか、なんのために集めているのか、知らなかった。
もしも『ナイフ』が、以前集めていた『ナイフ』と同じものであるなら、その理由と目的は、『ナイフ』の柄に仕込まれた
“ウイルス”の収集と、それを使った“人類淘汰”である。
航平「質問には答えられません。申し訳ないが、僕らには権限がない」
佐伯「ということは、知ってることは知ってるのですね?」
比奈乃「確認が済んだようです」
遮るように言って、比奈乃は佐伯の注意を1億円の札束に向けさせた。
護衛は無言でこくりと頷き、現金に過不足がないことを雇い主に告げた。
佐伯「1億円、確認いたしました。ではこれで終了というかたちで」
比奈乃「ええ」
佐伯「先生によろしくお伝えください」
ソファーに座った三人が立ち上がり、互いに受け取ったケースを持って握手を交わそうとしたそのとき。
窓際に立っていた丈二はどこからか、ピピッ、という小さな電子音を聞いた。
丈二「・・・?」
丈二のほかには、気付いた人間はいないようであるが、丈二は確かにその微かな音を聴いた。
丈二(なんだいまの音)
きょろきょろと室内を見回し、丈二は、天井に設置された“スプリンクラー”のヘッド部のライトが、
不自然に点灯しているのを発見した。音は、スプリンクラーヘッドから鳴ったものだった。
丈二「!」
ピピピ
ブシャアアアアアアアアアアアアアア
佐伯「!!」
航平「なんだ!?」
突然、スプリンクラーが誤作動を起こし、部屋中に放水を開始した。
勢いよく吹き出る水が、応接室をあっという間に水浸しにした。
佐伯「くそ! スーツがびしょびしょだ、スプリンクラーを止めろ!」
護衛「・・・」こくり
護衛の男が頷き、テーブルを足場にして天井のスプリンクラーヘッドに取り付く。
丈二「・・・!」ペロッ
丈二(これ・・・“塩水”だ)
航平「!! おいッ、誰かいる!」
航平が叫び、全員の視線が応接室の入口に集中する。
そこに、ノースリーブ姿の男が一人、立って丈二たちを見つめていた。
明らかに“第三者”であった。
???「・・・良い意味でよォ~・・・」バチッ
男の指先で、青白い光が弾けた。
丈二「・・・ヤバイ」
???「お前ら死ねばいいんじゃね?」
丈二「ヒナ! 航平! 走れェェッ!」
男の指が水浸しの床に触れる。すると、青白い光の線が、床全体に一気に張り巡らされた。
触れたものを感電させる“電撃”が生物のように、水に濡れた床を駆け回った。
比奈乃「!!」
航平「!!」
ダッ!
さすがは優秀なスタンド使いチームのメンバー。咄嗟の判断能力は抜群だった。
丈二の忠告と同時に、比奈乃と航平の二人は丈二のもとへ駆け出し、その身を中空に投げ出した。
先に窓ガラスを突き破って外に飛び出した丈二に続いて、二人も窓から外に飛び降りた。
バチバチバチバチバチバチバチィッ!!
佐伯「ああああああああああああ」
護衛「おおおおおおおおおお」
???「あはははははははははははははははは」
バチバチと轟音を鳴らして弾ける電撃に、逃げ遅れた佐伯と護衛が捕まり、容赦なくその身を焼かれていく。
水浸しの室内には、男の狂気じみた笑い声と、丸焦げの焼死体二つが残された。
◇洋館・中庭 同時刻
ドサッ!
丈二「うぐっ!」ガサガサッ
二階の窓から飛び出して、中庭の植え込みに肩から突っ込んだ三人。
コートに引っ掛かった細かい葉と枝を丈二たちが取り除いていると、中庭中央の噴水の陰から、この季節にそぐわない
上半身裸の男がぬっと姿を出した。肌は日に焼けて小麦色だった。
日焼け「よォ!」カチャッ
丈二「!! 伏せろォ!」
日焼け「ハハハ」ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!
日焼けの男は右手に構えたサイレンサー付きの拳銃の銃口を着地して間もない三人に向け、間髪いれずに引き金を引いた。
丈二たちは頭を両腕で守りながら、植え込みの陰に逃げ込んだ。
植え込みの陰で身を潜めながら、丈二は、常に携帯している赤色の“ミニ塗料缶”の蓋を開け、中身を地面に広げた。
丈二「ケースをよこせ!」
比奈乃「なにするの!?」
ずぷぷ・・・
比奈乃から『ナイフ』の入ったアタッシュケースを受け取ると、丈二はそれを地面に広げた赤ペンキの中に沈めた。
丈二「これで『ナイフ』は奪られない。行くぞ!」
航平「俺が行く!」ダッ
最初に植え込みから飛び出したのは航平だった。航平は黒のコートを靡かせて、日焼けの半裸男目掛けて一心不乱に駆ける。
回り込むように比奈乃が植え込みの陰を伝ってゆっくりと男に近づき、丈二がその後に続く。
航平「おおおおッ!」ダダダッ
日焼け「おーおー威勢いいね! ほら死ね!」ビュンッ!ビュンッ!
そう言い、日焼けの男は真っ直ぐ自分に向かってくる航平に引き金を引く。
すると、走る航平の隣に、突如“狐の顔をした人型”が出現し、炎に包まれた右手で航平の体に触れた。
航平の“スタンド”だった。
航平「『ジェイミー・フォックス』!」
JF『・・・』ドバァァーン!
日焼け「なにッ! “スタンド使い”ッ!」
『ジェイミー・フォックス』が航平の体に触れると、航平の体が瞬く間鉄色に染まっていった。
日焼けの男が放った二発の弾丸は、それぞれ航平の肩と腹に命中したが、その肉体に穴を開けることができなかった。
弾丸は、チンという音を奏でて鉄色の体に“弾かれた”のだった。
日焼け「!!?」
航平「・・・それでも痛ってェんだよ!」
JF『ゼラッ!!』バシュッ!
あっという間に距離をつめ、「FOXX」と書かれた狐顔のスタンド『ジェイミー・フォックス』が
奇声を上げながら炎の拳を半裸の男に突き出す。男は咄嗟にそれをかわすも、『ジェイミー・フォックス』の拳が右肩を掠めた。
日焼け(速い!)スパァ
航平「こいつに“触られちまった”な・・・? 残念、お前の負けだ」
日焼け(!!)
そのとき、スタンドの拳が掠めた右肩の傷から、鉛色のなにかがじわじわと広がり、日焼け男の小麦肌を覆い始めた。
日焼け「な、なんだァー!?」ゾワゾワゾワ
航平「『ジェイミー・フォックス』! お前の体を“金属でコーティングした”ッ!
その気持ち悪ぃ鼻とクチも塞いでやるよ、ありがたく思え!」
比奈乃「コーティングした!」
館と庭の接するところ、館と植え込みとの細い隙間を密かに移動し続けた比奈乃が声を上げ、植え込みから飛び出す。
そこは既に日焼けの男の真横であった。
バッ!
日焼け(! いつの間に!)ゾワゾワ
比奈乃「もらったッ!」
男のすぐ隣に出た比奈乃が、“スタンド”を自身の隣に出現させて、男に迫る。
首に長いマフラーを巻いた、“雷”を連想させる刺々しい風貌の、筋肉質な人型スタンド。
比奈乃「『ダーケスト・ブルー』!」
DB『オオオオオオオオ!』バチバチバチッ!
『ダーケスト・ブルー』と呼ばれた比奈乃のスタンドは、長いマフラーをなびかせながら、
右掌に“藍色の電撃”を発生させ、日焼け男に襲い掛かった。
日焼け「・・・!!」
???「そら!」
そのとき、洋館二階の窓から、もう一人の敵スタンド使いの男が飛び降りた。
男は比奈乃の頭上でスタンドを展開させ、上から比奈乃に迫るが、比奈乃は気付かない。
気付いたのは丈二だけだった。
丈二「! 比奈乃、どけッ!」ドッ
比奈乃「キャッ」
植え込みから様子を伺っていた丈二が、そう叫んで比奈乃に体当たりをかけた。
突き飛ばされ、日焼け男にとどめを刺し損ねた比奈乃が見たのは、自分の代わりに敵のスタンド攻撃を受けた丈二の姿だった。
丈二「うおおお」ビリビリビリ
丈二の左胸に、何かケーブルコードのようなものが突き刺さり、そこから発せられるなにかが丈二の体をしびれさせていた。
それは、丈二が“感電”しているようにも見えた。
比奈乃「!」
???「くたばれ!」
そう言って、ノースリーブの男は丈二に突き刺したスタンドのコードを引き抜き、ぐったりした丈二の体を蹴飛ばした。
仰向けに倒れた丈二は天を仰ぎながら、息苦しそうに自分の胸を掴み、もがいた。
航平「!? 丈二!」
日焼け「邪魔だ!」ドゴォ!
航平「うぐッ」
一瞬の隙を突き、日焼け男の重い拳が航平の顔面を捉える。よろけた航平の体に、日焼け男はそのまま連続して
蹴りや拳を叩き込み、最後には航平の体を掴んで後方へ投げ飛ばした。
丈二「うっ・・・くっ・・・」
比奈乃「なにッ!? 何をしたの!?」
???「『ダーケスト・ブルー』ね・・・。なるほど、“電撃”を使うスタンドか。俺と同じタイプのスタンド」
比奈乃「答えろ、ノースリーブ!」
苦悶の表情でもがく丈二の傍により、比奈乃が叫ぶ。
ノースリーブの男は自分の背後に出現させたロボットのようなヴィジョンのスタンドの、右腕を取って撫で、
次のように続けた。
河野「ノースリーブと呼ぶのはやめろ、俺には『河野 正(こうの ただし)』という名がある。
こいつは『エレクトリック・アイ』。最強の“電撃”スタンドだ」
EE『・・・・・・』
河野「人の体には微弱だが、電気が流れてるのを知ってるか? “生体電流”というらしい。
『エレクトリック・アイ』は、コードで刺した人間の“生体電流”を増幅させる能力を持ってんだ」
比奈乃「“生体電流”・・・!?」
河野「よわっちい電流も増幅すれば、何万ボルトにもなンだぜ。そこのパーマ君にも
“生体電流”の増幅を施してやったんだよ」
日焼け「おい!」
丈二「うっ・・・」
河野「余計な電気で心筋が収縮し、心停止起こしちまったがなぁ!」
日焼け「喋りすぎだ、河野! 黙れ!」
丈二「・・・」
そのとき、丈二の心臓が止まった。
比奈乃「そんな! 航平ッ、丈二の心臓が止まっちゃったぁ!」
今にも泣き出しそうな表情で、比奈乃は震える声を絞り出した。
顔中に殴打の痕を残した航平はよろりと立ち上がり、
航平「大丈夫だ! 『ダーケスト・ブルー』の電撃を丈二の心臓に放て!」
と叫んだ。
比奈乃「!」
航平「さっさと屋敷に運ぶんだ、早く動け!」
河野「良い意味でさぁ・・・行かせると思ってンの?」
航平「黙れ! 俺が相手だかかってこい! その二人に触るな!」
そう叫んで、航平は口元から垂れた血を拭い、『ジェイミー・フォックス』を河野に突撃させた。
河野が『エレクトリック・アイ』で『ジェイミー・フォックス』の拳をガードしている隙に、
比奈乃は付近の窓を肘打ちで叩き割ると、洋館の中に丈二の体を放りこんだ。
日焼け「こいつはやる、お前は女の後を追え!」
河野「了解」
二人の間に割って入った日焼けの男がそう促し、河野を後退させる。
日焼けの男は『ジェイミー・フォックス』の攻撃を華麗にかわしつつ、抜群の動きで航平の体に体術を叩き込んだ。
航平「ぐお・・・ッ!」
鋭い蹴りを受けてよろめく中、航平は、先ほど『ジェイミー・フォックス』の能力で金属に覆ったはずの
日焼け男の皮膚が、いつの間にか元に戻っているのに気がついた。
航平(バカな・・・何故皮膚が戻ってる!? 能力は解除してないッ!)
日焼け「俺は河野のアホみてえに、自分のスタンドをベラベラ喋ったりしねえぞ」
日焼け男の足元に、“鉛色の皮"のようなものが落ちていた。
それは、脱皮した昆虫が脱ぎ捨てた皮のように、航平の目には映った。
◇洋館一階・大食堂 同時刻
十数人が一斉に席について食事ができる、縦長の大きなダイニングテーブルの上に、比奈乃は丈二の体を乗せた。
胸に耳を当ててみる。脈動はなく、その心臓は、確かに動きを止めていた。
比奈乃「丈二・・・ヤケドしたらゴメン!」
比奈乃は丈二のインナーをダガーナイフで引き裂き、彼の心臓に『ダーケスト・ブルー』の両手を置いた。
そのとき、背後から「そんなやつほっとけよォ」というヘラヘラした口調で、比奈乃は河野に呼び止められた。
河野「俺と遊ぼうぜ」
比奈乃「わたし、手加減とかできないけど」
河野「なに?」
比奈乃「マジ殺すからね」
振り返って言った比奈乃の表情は、先刻の崩れ落ちそうな弱々しいものではなく、
まるで氷みたいに冷たかった。冷気を放っているようにすら思えた。その瞳は、深く、どこか暗く沈んでいた。
背筋に寒いものを一瞬感じたものの、河野はそれを顔に出すことなく、
河野「フン! ほらこいよ。ほらほら」
と彼女を挑発した。
比奈乃は無言のまま丈二から離れ、『ダーケスト・ブルー』の掌に“電気”を溜め始めた。
その藍色は、先ほどみたときよりも、濃度が増しているように、河野は思った。
比奈乃「・・・・・・」
DB『・・・・』バチバチバチバチバチッ
河野「電気のスタンド同士・・・電撃対決か! 面白い」
EE『・・・・』バチバチバチバチバチッ
対峙する二人のスタンド使いと、そのスタンド。
静寂に包まれた洋館中に、バチバチとした鋭い二つの電撃音が響いた。
そのころ、丈二の眼前には不思議な光景が拡がっていた。
丈二(う・・・)
ぼんやりとした意識の中で、丈二は、自分が今見たことも行ったこともない場所にいると錯覚した。
丈二はそのとき、自分に顔に降り注ぐ雨と、鼠色の雨雲を見つめていた。
なんだ、これ・・・
もちろん、そこは今洋館の食堂であるから、その光景は現実ではない。幻覚である。
顔も雨には濡れていない。だが、それはとてもリアルな映像だった。
そして、丈二には、それがなんだか“懐かしい”光景のように思えた。
その映像は、丈二の記憶の奥底から再生されているようだった。
雲に塞がりどんよりと沈んだ空を見つめていると、これまた見たこともない女性が、丈二の顔を覗いた。
高校生くらいの少女だった。まだ幼げが残る端麗なその表情も、知らないようで丈二にはどこか懐かしかった。
由佳里とは別人の女性である。
だれだ、君は・・・
その少女は、“高校の学生服”を着ていた。
彼女は丈二の顔を見てなにか呟いているが、その声は聞き取れない。
顔を打ち付ける雨音が、彼女の声を掻き消しているせいかもしれない。
なんと言ったんだ・・・?
少女はふっと笑みをこぼし、丈二のもとを去っていった。
そこで、丈二の脳内に再生された“奇妙な映像”は終了した。
丈二の視界に、元いた洋館の大食堂の天井が戻ってきた。
今のは、一体・・・
脈動の停まった心臓が、ずきりと軋んだ。
何処から来るのかもわからない、正体不明の“深い哀しみ”が丈二の胸を突き刺したのだった。
胸の痛みを覚えたのも一瞬、丈二の意識はそのあと、沈むように薄れ、消えていった。
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