―A Part 2027―
◇都内某所 とある路地裏 AM4:30
丈二「くそっ、どこ行ったんだアイツ・・・」
航平が男に拉致されてから15分ほど経ったとき、丈二は航平を探して彼が連れ去られた現場である、路地裏に来ていた。
冷えたビルの外壁にもたれて、丈二は乱れた呼吸を整えた。
丈二(もう警察にかけこまれたか・・・? だとしたら、こんなところにいるのはヤバイ
探すのはあきらめて、さっさとここを去ったほうがいいのかも・・・)
そのとき、丈二は路地裏の地面になにか赤黒いものが垂れていることに気がついた。
近づいてそれを指でふき取ると、それは航平が垂らした血だった。
丈二(血だ・・・まだ新しい)
地面についた血痕は、どこかへ誘うように点々とのびていた。
それを追って歩くと、血痕は路地裏を抜けたところの大通りに出た。
血痕は、車道脇のガードレール付近でぽっつりと途絶えていた。
丈二(血痕はここで終わってる・・・)
丈二「車か・・・! 車に乗ったんだ、ここで・・・!」
肩膝を付いて、血痕を調べていたときだった。
ふいに丈二は、後ろから誰かに声をかけられた。
???「何か探してるのかな?」
丈二「え?」
振り返ると、赤みがかかった短い茶髪の男が、そこに立っていた。
彫の深い顔立ちで、その瞳は驚くほどに穏やかだった。見た目から推定するに三十代から四十代にかけての男性だ。
男性は知的で緩やかで、それでいて付け入る隙を与えないような、そんな雰囲気を放ちながら、言葉を続けた。
赤茶髪「こんな時間に地面を眺めてるのは、何か探してるか頭がおかしいかのどっちかだ」
丈二「・・・ああ、探し物さ」
赤茶髪「大事なもの?」
丈二「・・・多分」
そう答えると、赤茶髪の男性はふむと鼻を鳴らし、丈二の両目をまじまじと見つめた。
それから、男は目の前に伸びる道路の先を指差して言った。
赤茶髪「なら教える。彼はそこに停めてあったパトカーのトランクに詰められ、向こうへ連れてかれたよ」
丈二は、すぐさま立ち上がって、男との距離を取った。
丈二「! 見てたのか?」
赤茶髪「見てたよ。助けに行くんだろ? これを持ってくといい」ヒュッ
そう言って、赤茶髪の男は懐から、“赤色”のミニ塗料缶を取り出し、
それを丈二に投げてよこした。
丈二「・・・!」パシッ
赤茶髪「きっと役に立つよ」
丈二「・・・なんなんだ? 誰だ、アンタ」
赤茶髪「君こそ誰だ?」
丈二「・・・」
逆に問われ、押し黙ってしまった丈二。
男は小さくあくびをして、
赤茶髪「僕はそろそろ帰るよ。見付かるといいね」
と微笑んだ。
丈二「ありがとう」
赤茶髪「どういたしまして」
言ったきり、丈二は赤茶髪の男の顔を見ずに、背を向けて指された方向に走り出した。
赤茶髪の男は、そんな丈二に背中に、一言ぼそりと呟いた。
赤茶髪「“友達”によろしく」
◇都内某所 とある廃ビルの一室 某時刻
航平「わああああああああああああ」
空気を割るような絶叫が、無人となったビル全体に響き渡る。
血肉を抉るぐちぐちとした音がそれに混じって、その部屋は恐ろしく凄惨な光景だった。
警官「気絶する前に吐いて貰おう」
航平「・・・・・・」ゼェゼェ
警官「・・・」グリグリグリ
航平「うあああああああああああああ」
蛍光灯の切れた薄暗い部屋の真ん中に、椅子が一つ。
そこに縛り付けられた航平は、右のわき腹を負傷していて、そこから血が絶え間なくこぼれていた。
警官の制服を着た謎の男は、航平のわき腹に空いた穴に警棒をねじ込むと、それをぐりぐりと捻りまわした。
粘つく血肉の泡音とともに、航平の顔から血の気が引いていく。
警官「“テント”を城嶋 丈二は見つけたか? うん?」
航平「し、知らないッ! 俺はなにも知らないッ!」
警官「本当かな?」グリグリグリ
航平「うああああああああああああああ」
航平(クソォ! なんでだ! なんでこんなことに!
なんで俺がこんな目に! こんなハズじゃ・・・こんなハズじゃ・・・!)
涙と汗と唾液と交じり合って、航平の足元にぽたりと落ちた。
航平は、こんな風に自分も堕ちていくのか、と絶望した。
そのとき、航平はどこからか、自分の名を呼ぶ声を聞いた。
・・・へい!
航平(・・・)
・・・こうへい!
航平(・・・呼んでる、お迎えがきたか・・・)
警官「? なんだ?」
航平(あれ、なんでこいつにも聴こえて――)
丈二「航平!」
声の主は、自分をこんな不幸に巻きこんだ張本人、城嶋 丈二だった。
息は荒く、額にうっすら汗を浮かべて、パーマがかかった髪は乱れていた。
よくもお前のせいで! と罵詈雑言を浴びせる権利が航平にはある。
あったが、そのときは丈二が来てくれたことが、なによりも心の支えだった。
航平「・・・丈二・・・!」
警官「・・・城嶋 丈二か」
航平は、涙を目一杯に浮かべ、今にも消え入りそうな声を振り絞って、叫んだ。
航平「丈二! こいつ、変な力を使うぞォ! 気をつけろォ!」
警官「!! この、黙れ!」ドゴォ!
男が勢いよく航平の頬を殴りぬいた。航平はぐったりと頭を下げて、そのまま意識を失った。
男が丈二の方へ振り向くと、既にそこに丈二はいなかった。
警官「!! どこだ!?」
丈二「ここだ」
一瞬の隙をついて男急接近した丈二が、小さな猿のスタンドを出現させた。
丈二「『アークティック・モンキーズ』!」
A・モンキーズ『ムヒャアアアアアアアアア』ゴオオオッ!
警官「くッ! 『スルー・ザ・ファイア』ッ!」
TTF『・・・・・・』
同時に、男もスタンドを出現させる。炎を連想させる形相の、人型のスタンドだ。
『アークティック・モンキーズ』と『スルー・ザ・ファイア』は互いに、それぞれの右拳を相手に向け放つ。
タイミングは完全に一致。だが、拳が命中したのは『スルー・ザ・ファイア』で、『アークティック・モンキーズ』の
パンチは相手には命中しなかった。拳を受け止めた丈二が、その衝撃で後方へ突き飛ばされた。
丈二「うぐ・・・!」ドサァァッ
丈二(なんだ!? 今、『アークティック・モンキーズ』の拳が、自然にヤツから逸れた!)
警官「フン!」
TTF『・・・・・・』
丈二(ヤツのスタンド能力か? よし、それなら・・・)
すくっと立ち上がって、丈二は祈るように目を閉じた。
警官「!? なんだ?」
丈二が静かに、力強く、『アークティック・モンキーズ』に気を集中させる。
やがて、『アークティック・モンキーズ』の小さな体がじわじわと発光をはじめ、その光がドンドンまばゆいものへと変わり、
そして極限まで強まった光が爆発するように飛び散ると、そこに小さな猿の姿はなかった。
代わりに、顔の右半分に“ナイフ”が埋まった、中国の伝奇小説の主人公のような人型のスタンドが、そこから男を見下ろしていた。
警官(!! こ、これが・・・)
丈二「『アークティック・モンキーズ:ハムバグ』!!」
A・M:H『・・・・・・』
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
警官(“あの”、『ハムバグ』か!)
A・M:H『ムヒイイイイイイ』シュバッ!
『アークティック・モンキーズ:ハムバグ』は右手に持ったキャンディの袋をあけ、そこからカラフルな飴玉を
一粒取り出すと、それを男に向かって、指で弾丸のようにはじき出した。
しかし、男はそれを避けようともせず、ただ黙って突っ立っていた。
丈二「!」
飴玉は自然と男から“逸れ”、命中することなく部屋の壁に埋まった。
丈二「なんだとおおおお!?」
警官「『害意のある攻撃は受け付けない』・・・俺を殺すのは不可能だ!」
TTF『・・・・・・』ドゴォ!
丈二「・・・ぐ・・・ッ!」
ドサッ
お返しにと喰らった『スルー・ザ・ファイア』の強烈な拳が丈二の腹を打ち据え、その体を2mほど後方に突き飛ばした。
突き飛ばされた体は壁に衝突し、丈二は、そのまま冷たいコンクリートの床にうつ伏せに倒れた。
航平「丈二!!」
警官「なんだ、大したことねえな。“『組織』を潰したスタンド使い”・・・こんなもんかよ」
そう吐き捨て、男は倒れこんだ丈二にとどめを刺すため、彼の元へ歩き始めた。
警官「・・・・・・」スタスタスタ
航平「うあああああ、丈二! 起きろ! 逃げるんだァ!」
男は丈二の元へ近づくと、うつ伏せの丈二の体を足で蹴ってあおむけにし、目を閉じた丈二の顔を見下ろした。
『スルー・ザ・ファイア』が丈二の腹の上に右脚をあげ、その腹に大きな穴を穿とうと踏み下ろそうとしたそのとき。
警官「死ね!」
TTF『・・・・・・』ゴオオッ!
丈二「!」パチッ
丈二の両目が開き、丈二は体を転がして、『スルー・ザ・ファイア』の踏みつけを回避した。
警官「!!」ズボッ
ズプズプズプ・・・
丈二「バーカ」
警官「なにいいいいいいいいいいいいい」
『スルー・ザ・ファイア』の右脚が、赤く染まった地面に、吸い込まれるように沈んでいく。
急に避けられたことでバランスを崩した男は、“赤い塗料”で塗りつけられたコンクリートの落とし穴にハマリ、その体を沈めていった。
底なし沼のような赤い穴の中で、男は地面にしがみ付き、自分の体を引っ張る“赤色”に必死に抵抗した。
丈二「役に立ったぜ」
ポケットから取り出したタバコをくわえ、火をつけた丈二が、ぶわと煙を吐き出して、そう呟いた。
彼の足元には、先ほど赤茶髪の男から貰った赤のミニ塗料缶が、蓋を開放した状態で転がっていた。
丈二は気絶したフリをして、うつ伏せになってる隙に赤の塗料をその場に塗りつけたのだ。
警官「くッ・・・し、沈む・・・!」ズプズプズプ
丈二「『害意のある攻撃』ね・・・ま、これは攻撃ではないしな。
『不慮の事故』ってやつだね」
タバコをくわえながら、男の沈み行く様を見下ろす丈二。
必死にしがみつく男に、丈二はある提案を持ちかけた。
丈二「俺の質問に偽りなく素直に答えれば、助けてやる」
警官「・・・・・・」
丈二「“『組織』を潰したスタンド使い”と言ったな? お前、俺のことを知ってるのか?」
警官「・・・・・・」
丈二「由佳里を殺したのはお前か?」
警官「知るかよ、んなヤ○マン女」
丈二の、男を見下ろす瞳は、恐ろしいほどに冷たかった。
丈二はなんの躊躇もなく、指に挟んだタバコを、男が沈む赤色の上に落とした。
“塗料”の赤色に。
ボオオオオオオオオオオオオオオオ!!
警官「ぎゃああああああああああああああああああああ」
タバコの火が、赤の塗料に引火して、そこは瞬く間に火の海となった。
炎の穴の中でその身を灼かれる男の姿は、さながら窯に放り込まれた焼き物のようだった。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオ!!
丈二「『スルー・ザ・ファイア(炎を燃やして)』・・・ぴったりの最期でよかったな」
◇都内某所 とある廃ビルの一室 某時刻
航平「・・・ハッ!」
丈二「大丈夫か? まってろ、今止血する」
航平「!! うわっ、なんだアレ!」
気絶から復活した航平が、丈二の後方で燃え盛る炎を見て絶句する。
丈二は、炎には目もくれず、破いたシャツを包帯代わりにして、航平のわき腹に当てた。
航平「ぐわッ! いてえよ、もっと優しくやれって!」
丈二「悪い」
航平「あの炎なんだ!? あのクソヤローはどこ行った!?」
丈二「始末した。あそこで燃えてんのがそのクソヤローだ」
航平「・・・は?」
丈二「これでよし」
処置を施して、丈二は航平に肩を貸し、共にビルを立ち去った。
直に朝の通勤時間帯に突入する。二人はよろよろと航平の車に戻り、航平を後部座席に寝かせた。
航平「なんなんだあいつ! 君のせいでこんな大怪我をするハメになったぞ!
あんな危ないヤツに狙われて・・・君は一体何をしたんだ!? “テント”ってなんだよ!」
丈二「“テント”がなにかは知らない・・・が、アイツはそれを探してた。
おそらく、“テント”を探しているのはヤツだけじゃない。由佳里を殺した連中がいる」
航平「なんだって・・・?」
丈二「これから俺は、“テント”を探す。それがなんであれ、やつらに渡すわけにはいかない。
俺についてきたほうが、お前にとっても安全だ」
航平「冗談じゃあないぞ・・・頼む、巻き込まないでくれ。俺を元の生活に戻してくれよ・・・!」
丈二「それはもう無理だ、航平」
航平「なんでだよ・・・クソッ・・・!」
丈二「出発するぞ、鍵はどっちのポケットだ?」
航平「・・・・・・右だ。病院に寄ってくれ」
丈二「それもできないが・・・わき腹の傷は綺麗に治してやる。安心しろ」
そう言って、丈二は後部座席のドアを閉め、運転席に座った。
エンジンをかけて、二人はその場を後にした。
―B Part 2024―
◇洋館・中庭 同時刻
洋館の中から聴こえるバチバチとした激しい電撃音が、航平と日焼け男、二人の注意を引いた。
大食堂の窓から漏れる青白い閃光が、中で何が起きているのかを容易に想像させる。
航平「ヒナだ」
日焼け「河野だ」
二人は、同時に仲間の名を呟いた。
それから互いにじっと睨み合い、日焼けの男が口を開いた。
日焼け「河野は頭は悪いが・・・それでもうちのチームのNo.2だ。あの小娘、死んだな」
航平「あんなのがNo.2かよ?」
くくっと笑みを漏らし、航平はその場に座り込んだ。
航平「ヒナはうちのチームで一番戦闘のセンスがいい。リーダーに次ぐ実力の持ち主だ」
航平「ホンモノのNo.2の力、思い知るといいぜ」
そう言って、航平は地面に落ちていた“鉄色の皮”を広い、それを加工しはじめた。
いったん能力を解除してもとの軟い皮に戻し、造形してからまた金属に変える作業だ。
航平「ふむ。なるほど、“脱皮”か・・・金属で覆った皮膚を捨てたわけだな」
日焼け「ご名答だ。ところで、それはなにをしてるのかな?
我が『ネイキッド・シティ』の捨てた皮で・・・」
航平「これは武器だよ」
航平は、鉄皮を鋭利な刃物の形にすると、それを握って立ち上がった。
そして、右手の人差し指と中指の二本を立てて天を指し、次のように宣言した。
航平「これと、この指二本だけで、俺はお前を殺せる」
◇洋館一階・大食堂 同時刻
河野「ぐふッ!!」ベキベキッ!
顔面を蹴り飛ばされた河野が、勢いよく吹き飛んで食器棚に体を打ちつけた。
中に収納されていた高価なアンティークががしゃがしゃと音を立てて崩れ、砕けた。
比奈乃「・・・」キッ
綺麗な空中回し蹴りを敵の顔面に叩き込んだ比奈乃は、そのままテーブルに着地し、
ダガーナイフを河野のノドに目掛けて投げつけた。ナイフには、『ダーケスト・ブルー』の電撃を帯びさせて。
河野「『エレクトリック・アイ』! ・・・・ぐああああ」ビリビリビリ
自身のスタンドで投擲されたナイフを弾いた河野だが、ナイフに帯びていたおぞましい威力の電撃はモロに浴びてしまった。
電撃は、河野の右腕の皮膚をじゅうじゅうと焼き、病的な赤色に染まった表面にぶつぶつと無数の水泡を発生させた。
河野「うぐう! うぐうううううううう!!」
比奈乃「だから言ったのに」
河野(クソ! どんな運動神経してやがる、この女! まるでサーカスみたいにピョンピョン跳ね回って・・・
あの細い脚のどこに、そんな跳力を生み出す筋肉が・・・!)
比奈乃「『ダーケスト・ブルー』!」
河野が思案に耽っているその一瞬に、比奈乃の『ダーケスト・ブルー』が強烈な“藍色の電撃”を纏った右拳を
驚異的なスピードで打ち出す。皮一枚の差でぎりぎり回避した河野だが、横目で見るその拳の威力に完全に萎縮してしまった。
『ダーケスト・ブルー』の拳を受けた食器棚には大きな穴が穿ち、拳から発生した電撃が棚を焼き尽くした。
河野(・・・あ、ありえねえ・・・ッ!)ゾオオオオッ
比奈乃「おお、よくかわせたね」
DB『・・・・・・』
河野(あのパワーとスピード・・・並の近距離パワー型のスタンドじゃない!
おまけに、あの電撃・・・)
比奈乃「えらい、えらい」
河野(チートなんてレベルじゃねえ・・・ッ!)
引きつった顔を無理やりほぐし、河野は強張った笑みを浮かべて見せた。
それからおもむろに立ち上がり、自身のスタンドを出現させた。
河野「『エレクトリック・アイ』!」
EE『・・・・・・』
河野「へへへ・・・見てろ」
そういって、河野は『ダーケスト・ブルー』の電撃で大ヤケドした右腕を掲げた。
マフラーで顔の下半分を隠した比奈乃が、河野の右腕をテーブルの上から注視する。
すると、突然河野の右腕に電気がパチパチと発生し、それと同時に腕のヤケドがじんわりと回復していった。
比奈乃「!! え!?」
河野「すげえだろ? へへ」
EE『・・・・・・』バチバチ
河野「“生体電流”を患部に流す。すると細胞膜内外の電位が電流によって正常化し、損傷した組織が
細胞レベルで修復されてく・・・難しいか? 勉強になったろ」
完治した腕をぶんぶんと振り回して、河野は比奈乃が投げたダガーナイフを拾いあげると、
同じようにナイフに『エレクトリック・アイ』の電撃を帯電させた。
河野「ヤケドは治せるんだぜ・・・俺に電撃はきかねえ! 今度はこっちの番だッ!」
EE『・・・』シュッ
『エレクトリック・アイ』が電気を纏ったナイフを比奈乃に投げ返す。
比奈乃はそれをなんなくと避けるが、ナイフの柄には『エレクトリック・アイ』のコードが巻きつけられていた。
比奈乃「!!」
河野「バカ女!」
グルグルグルグル
比奈乃の腕にコードが巻きつけられ、そして電気が流された。
河野「ほらああああ!! ン万ボルトの電流だあああああ!!」
EE『・・・・・・』バチバチバチバチバチバチッ!!!
比奈乃「きゃあああああああああああ」ビリビリビリビリビリビリ
一瞬にして、決着はついた。
辺りに焦げ臭いにおいがたちのぼって、比奈乃はそのままふらと床に倒れた。
河野「よわっ」
一言吐き捨て、河野は比奈乃に背を向け、丈二のもとへと向かった。
丈二の心臓が停まっていることを確認すると、
河野「二人も殺ってやったぜ。やっぱ俺最強」
と一人酔った。
河野「ま、念のため~」
そう言って、懐から拳銃を取り出し、丈二の胸に銃口を向けて引き金を引こうとしたそのときだった。
河野の背後で、「バリバリ」という初めて聞く電撃音が響いた。
河野「!?」
それは次第に大きくなっていく。音は、感電死させたはずの比奈乃から発せられていた。
河野が振り向くと、“藍色の電撃”をバチバチと爆ぜさせる比奈乃の姿が、そこにあった。
彼女は怒りとも哀しみとも呆れともとれない瞳をして立っていた。ぼろぼろになったマフラーを脱ぎ捨てた。
河野「バ、バカな・・・生きてるわけがない・・・」
比奈乃「・・・あー・・・ウゼー・・・」ボソッ
ぼそりと呟いた比奈乃は、なんとも形容しがたい表情を浮かべていた。
しかし河野は、それが俗に言う「キレた」状態であることを察知した。
そして、『ダーケスト・ブルー』の全身からオーラのようにみなぎる電撃の藍色が、
もはや別の色といっていいほど濃いものになっているのに気が付いた。
“紺碧”と呼ぶべき色だった。
比奈乃「・・・マジ・・・ウゼー・・・ホントに・・・」
DB『ウオオオオオオオオオオオ』バリバリバリバリバリバリバリバリッ!
河野「・・・!」ゴクリ
空気が震える。
比奈乃の表情と、『ダーケスト・ブルー』の雄叫びと、“紺碧の電撃”の爆音が、人間の本能的な恐怖を煽る。
唾を呑み込んだ河野は、自分が気付かぬうちに失禁していたことを知った。
そして次の瞬間、河野の目の前で、比奈乃の姿が消えた。
河野(消え・・・)
瞬間移動のように、比奈乃は一瞬で河野の眼前まで移動したのだった。
そのスピードは光速の域にまで達していると、河野は目の前の少女の暗い瞳を見据えて、思った。
それが、河野が人生最期の瞬間に頭の中に浮かべていたことだった。
パァァァン!
断末魔の叫びもなく、風船の弾ける音に似たこの音だけを残し、河野 正という存在はその刹那に全宇宙から消えた。
“紺碧の電撃”を浴びた肉体が、文字通り粉々に砕け散ったのだった。
無数の肉片が飛び散り、それが至る所に焼き付いたこの部屋で、ことの一部始終を知っているのは比奈乃ひとりだけだった。
比奈乃「・・・・・・」バチバチッ
◇洋館・中庭 同時刻
日焼け「!? なんだ!?」
航平「・・・ヒナだ」
バリバリという今まで聴いたことのない、おぞましい音が館内から響き、日焼けの男は声をあげた。
それに答えた航平も、本能的な恐怖に逆らえず、その表情は怯えていた。
航平「あいつを“キレさせた”のか・・・バカなやつだ」
日焼け「“キレさせた”・・・?」
航平「ヒナがキレたらもう終わりだ。河野と言ったか? やつはもうこの世にはいない。死んだよ」
航平「ヒナをキレさせて、今日まで生きてこれた人間は一人も居ない」
日焼けの男が電撃に気を取られている一瞬の隙を突いて、航平は『ジェイミー・フォックス』の拳を
男の腹に打ち込んだ。
航平「『ジェイミー・フォックス』!」
JF『ゼラッ!』ドゴォ!
日焼け「ぐおッ・・・!」
唾の粒が男の口から飛び散る。続けざまに、航平は男のふとももに先ほど“鉄皮”で作った刃物を、
勢いよく突き刺した。
日焼け「ぐああああ」
日焼けの男が、叫び声をあげる。大きく口が開くその瞬間を航平は待っていた。
その口が閉じぬ前に、航平は『ジェイミー・フォックス』の指を、男の口内に入れた。
航平「はい、終わり」
日焼け「あがっ! な、なにぃぃ」
男の口内が、銀色に染まっていく。
航平「“お前の口内を金属で覆った”・・・口の中は脱皮できないだろう」
日焼け「かはっ! かはっ! かはっ!」
航平「お似合いだよ、アンタ」
金属化した唾液が溢れ、ノドにつまり、呼吸が止まる。
ノドを押さえ、必死にもがき苦しむ日焼けの男を、航平はなんの感傷もなくただじっと見つめていた。
やがて、日焼けの男の顔が青白いものになっていき、そして。
航平「窒息死」
日焼け「・・・・・・」
男のジタバタとした、もがきがとまった。
◇『組織』アジト 医務室 PM10:25
神奈川での任務終了後、三人は回収した『ナイフ』を持って、アジトに帰還した。
そのまま医務室での治療を受け、明日もまたある任務に備え、そこのベッドで眠りに付くことにした。
丈二「・・・・・・」ボーッ
三つ並んだベッドに、航平、丈二、比奈乃という順でおさまる。
ぼーっと無機質な白い天井を眺めていた丈二の手を、左隣のベッドからすっと伸びた白い少女の腕が、掴んだ。
丈二「! どうした」
比奈乃「寝れない・・・手握ってていい?」
丈二「いいよ」
比奈乃「うん・・・」
ぎゅうと力強く握り締められた手。気まずい沈黙が流れ、丈二は間をもたそうと口を開いた。
丈二「ケガは大丈夫か?」
比奈乃「大丈夫・・・丈二は?」
丈二「大丈夫。君が電気ショックを施してくれなかったら、死んでた。ありがとう」
比奈乃「・・・いいよ」
航平の小さな寝息が聞こえる。先に寝やがって。お前も会話に加わってくれ、と丈二は心中に懇願した。
比奈乃「・・・丈二。私の怒ったとこ、見た?」
丈二「・・・見てないけど」
比奈乃「ワケわかんなくなっちゃうの。自分でも・・・」
丈二「・・・」
比奈乃「お願い、嫌いにならないで・・・」ギュウッ
その声は震えていた。布団で隠していたけれど、比奈乃がどんな表情をしているかは、丈二にもなんとなく想像できた。
強く握られた手で、比奈乃の手を強く握り返して、丈二はそのまま目を閉じた。
―A Part 2027―
◇都内某所 コンビニ『オーソン』 AM8:15
コンコン
丈二「・・・ん」
『スルー・ザ・ファイア』との戦闘から3時間ほどたった朝8時。
付近のコンビニの駐車場に停車した車の中で、丈二は仮眠をとっていた。
乾電池式の携帯充電器を買って店を出た航平が、運転席の窓ガラスをコンコンと叩き、丈二を起こした。
航平「買ってきたぜ。あと肉まんとお茶とジャンプも」
丈二「ご苦労」
助手席に座った航平から充電器を受け取り、丈二はそれを由佳里のケータイ電話にセットした。
肉まんをほおばりながら、航平が「電源付きそうか?」と聞いた。
丈二「多分な。いくらだった?」
航平「いいっていいって! 傷のお礼だ」
にっと微笑んで、航平はシャツをめくり、傷跡のない綺麗なわき腹を丈二に見せた。
航平「すげえなしかし。“スタンド”って言ったっけ?
あのホームレスに触られただけで、傷が綺麗に消えちまった!」
航平の傷が消えた経緯を書き記す。
まず、丈二がその辺で適当にホームレスを調達。その男に『アークティック・モンキーズ:ハムバグ』の飴玉で
治癒能力のスタンドを与え、1万円で航平の治療を依頼したのだった。
航平「“スタンド”か・・・すげえよ。こんな力さえあれば・・・」
丈二「スタンドなんか邪魔なだけだ。余計な災いを引き寄せる」
航平「でも、さっきみたいなスタンドがあれば・・・俺の妹も助かるかも」
丈二「妹がいるのか?」
航平「10歳下のがな。生まれつき心臓が悪くて、ずっと病院暮らしだ」
丈二「・・・」
航平「手術もできないほど弱ってンだと。まあできたとしても、ン千万ってする手術費は払えないけどな」
丈二「・・・そうか」
そのとき、運転席の窓が再度コンコンと鳴った。
窓を下げると、コンビニ店員の女性が、手に何かを握って待っていた。
女子大生くらいの年齢の店員で、赤い制服を着ていた。胸元のネームプレートに、
『藍川』と書いてある。
藍川「すみません」
航平(おっ、かわいい)
丈二「なんですか?」
藍川「お釣りを忘れていったので・・・」
航平(ヤバッ)
丈二(おいッ)ボソッ
航平(わ、悪い)ボソッ
丈二「・・・すみません。わざわざありがとう」
藍川「いえ、それじゃあ」
藍川の背後で別の店員が、
店員「ヒナちゃーん! レジおねがい!」
と藍川に声をかけた。藍川はお釣りを丈二に手渡して、店に戻ろうと丈二たちに背を向けた。
しかしそのとき、車のラジオから流れていたニュースが、彼女の足を止めた。
≪・・・○○市で起きた事件で、容疑者と思われる同棲中の男は、人質をとって逃亡しました。
車種はシルバーのティーダで、容疑者の男は身長178cm・・・≫ブツッ
藍川「・・・・・・」
丈二「気付くな、気付くなよ・・・」
すぐにラジオは切ったが、もう手遅れだった。
藍川はちらと丈二たちを振り返って見つめると、急ぎ足で店へと向かった。
丈二「くそ!」
A・モンキーズ『ムヒーッ!』
藍川が着ていた赤い制服から、丈二の『アークティック・モンキーズ』が飛び出した。
『アークティック・モンキーズ』が藍川を強引に制服の赤の中に引きずり込むと、その場から藍川の姿は消え、
彼女の着ていた赤い制服だけが残された。一瞬の出来事だった。
航平「!!」
丈二「シャツを拾って来い!」
航平「な、なにをしたんだ・・・」
丈二「はやく!」
なす術なく、航平は藍川が着ていた制服を拾った。
丈二「よし、行くぞ」
航平「待て! 彼女は!?」
丈二「シャツの中だ」
航平「スタンドか!? 拉致するのか!」
丈二「そうだ! 彼女は俺たちに気付いた、仕方ない!」
航平「イ、イカれてる・・・!」
勢いよくペダルを踏み込んで、三人を乗せたシルバーのティーダは駐車場を後にした。
丈二(もう・・・あとには引けない!)
無実の罪をはらすために、罪を重ねていく丈二の横顔が、
追い詰められてとても苦しそうに、航平には見えた。
◆キャラクター紹介 その2
◇『組織』~城嶋 丈二とチームメイト
藍川 比奈乃(ダーケスト・ブルー)
―A Part 2027―
コンビニ『オーソン』の店員として働く大学生。
客からも職場の同僚からも愛される看板娘だが、口封じのため人質として丈二らに拉致される。
客からも職場の同僚からも愛される看板娘だが、口封じのため人質として丈二らに拉致される。
―B Part 2024―
『組織』の工作員。丈二と同じチームに所属するスタンド使い。
無邪気な笑顔がキュートな愛されガール。冬が大好きで、真夏日でも冬服に身を包む。
無邪気な笑顔がキュートな愛されガール。冬が大好きで、真夏日でも冬服に身を包む。
真崎 航平(ジェイミー・フォックス)
―A Part 2027―
由佳里のアパートの隣に住む青年。指名手配された丈二の人質となり、ともに逃亡生活を送ることに。
歳の離れた妹が居る。
歳の離れた妹が居る。
―B Part 2024―
『組織』の工作員。丈二と同じチームに所属するスタンド使い。
特にこれと言って特徴のない、ごくごく普通の青年。
特にこれと言って特徴のない、ごくごく普通の青年。
◇敵対組織のスタンド使い
不明(男)(スルー・ザ・ファイア)
―A Part 2027―
“テント”を狙う連中の一味。警官に成りすまし、航平を拉致して拷問した。
赤ペンキの中に沈められ、丈二によって火を付けられ焼死。
赤ペンキの中に沈められ、丈二によって火を付けられ焼死。
―B Part 2024―
敵対組織のスタンド使い。ポジション的にはAパートの白髪女。
忍と対決し、NINの能力で床の中に生き埋めにされて死亡。
忍と対決し、NINの能力で床の中に生き埋めにされて死亡。
不明(日焼けの男)(ネイキッド・シティ)
―A Part 2027―
死亡済み。(2024年に未来に殺害されている)
―B Part 2024―
敵対組織のスタンド使い。神奈川での丈二たちの取引を襲撃した。
航平の『ジェイミー・フォックス』の能力により、窒息死。
航平の『ジェイミー・フォックス』の能力により、窒息死。
河野 正(エレクトリック・アイ)
―B Part 2024―
神奈川での取引を襲撃したスタンド使いの一人。「良い意味で~・・・」で口癖。
比奈乃の逆鱗に触れ、『ダーケスト・ブルー』の電撃で肉体を粉々に吹き飛ばされ死亡。
比奈乃の逆鱗に触れ、『ダーケスト・ブルー』の電撃で肉体を粉々に吹き飛ばされ死亡。
※ ―A Part 2027― (2027年。前作のその後の世界)
※ ―B Part 2024― (2024年。前作と異なる世界)
※ ―B Part 2024― (2024年。前作と異なる世界)
第3話 逃亡者たち(The Runaway) おわり
使用させていただいたスタンド
No.113 | |
【スタンド名】 | アークティック・モンキーズ |
【本体】 | 城嶋 丈二 |
【能力】 | 赤い色のものに出入りできる |
No.678 | |
【スタンド名】 | アークティック・モンキーズ:ハムバグ |
【本体】 | 城嶋 丈二 |
【能力】 | 「キャンディ」に触れた者に「スタンド」を贈与する |
No.56 | |
【スタンド名】 | スルー・ザ・ファイア |
【本体】 | 男/警官 |
【能力】 | 害意を持って行われた敵の攻撃を受け付けない |
No.2336 | |
【スタンド名】 | ダーケスト・ブルー |
【本体】 | 藍川 比奈乃(ヒナ) |
【能力】 | 掌から青い電撃を発する |
No.2552 | |
【スタンド名】 | ジェイミー・フォックス |
【本体】 | 真崎 航平 |
【能力】 | 殴った物体を金属でコーティングする |
No.94 | |
【スタンド名】 | ネイキッド・シティ |
【本体】 | 日焼け男 |
【能力】 | 脱皮する。何回でも脱皮出来る |
No.3224 | |
【スタンド名】 | エレクトリック・アイ |
【本体】 | 河野 正 |
【能力】 | 本体の生体電流を増幅させ発電、放電を行う |
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