――別荘地帯・ディザスターアジト内――
紅葉が建物に入ると、中の灯りは橙色のランプしかなく薄暗かった。
あたりを見回すと、エントランスの隅に棟耶が立っており、紅葉の姿を確認すると近くの扉を開けて中へ入った。
紅葉は自分が素直に案内を受けていることが内心おかしかったが、棟耶を見失うわけにもいかず、後を追った。
開いた扉の前に立って中をのぞくと、そこは部屋ではなく、地下への階段がのびていた。
暗闇の向こうから棟耶が階段を下りる音が、コツ、コツと聞こえる。
紅葉は振り返って、さっき入ってきた正面の玄関のほうを見た。……もし紅葉が退こうと思ったなら、そのタイミングは今しかなかった。
アジトを出て走り去れば、棟耶は紅葉を見逃してしまうだろう。だが、紅葉には毛頭退くつもりはなかった。
……紅葉がぼんやりと思ったのは別のことだった。
――零さんや模が来たら、私がここにいるのがわかるのだろうか?――
紅葉はハッとして地下への階段に向きなおした。
紅葉(私は今、何を考えていたんだ?誰かがここに来てくれるかなんて関係ないだろ、私が奴を倒せばいいんだから……)
紅葉はそれ以上何も考えないようにして階段を下りていった。
階段の下には、かすかに開く扉と、中から差し込む部屋の明かりが見えた。
扉を開き中へ入ると、部屋にいたのは棟耶一人だった。
部屋は打ちっぱなしのコンクリの壁に囲まれた広い空間で、講堂のようなものだった。棟耶の奥の壁には両端に2つの扉がある。
ディザスターのアジトはもともと別荘地帯に多く建ち並ぶペンションのひとつで、本来こんなに広い地下室などあるはずもない。
この部屋はあとからつくったものなのだろう。部屋の明かりもエントランスと同じ白熱灯だが、こちらのほうが幾分明るかった。
部屋を見回していた紅葉に棟耶が語りかけた。
棟耶「やはり逃げなかったか紅葉。おまえはこれまで、一度も逃げたことがないと聞いている。
西都を含めてな。……向こう見ずともいえるがな。」
紅葉「まあ、褒め言葉と受け取っておくよ。」
棟耶「お前が相手でなかったなら、ここへ連れてくることなどできなかっただろうよ。」
紅葉「どういう意味?」
棟耶「今にわかる……『エル・シド』ッ!!」
ガシィン!!
棟耶の背後に姿を現したエル・シドはすぐさま拳を突き合わせた。
棟耶「さあ、どこからでもかかってくるがいい。」
拳を突き合わせたまま、棟耶は紅葉の攻撃を待った。
棟耶は戦いの際、常に先手を取ることはしない。攻撃を待つことが基本戦術なのである。
その理由は、『エル・シド』のスタンド能力にあった。
紅葉「…………」
紅葉は攻めることができなかった。
相手が何らかの作戦をとっていることは明らかだった。
そして、それが自分の攻撃が前提として含まれていることも……。
しかし、待っているだけでは事態は変わらない。
五代がディザスターの移転先を突き止めたことを知らない紅葉にとっては一刻の猶予もなかったのだ。
紅葉「……『ブラック・スペード』!!」
紅葉はスタンドを発現させ、棟耶に向かって駆け出した。もはや紅葉は自分で攻撃を仕掛けたのではない。そうさせられたのだ。
棟耶「体感せよ……これが、『エル・シド』の世界だッッ!!」
ドォ――――――z_______ン!!
―――紅葉が動き出した瞬間、棟耶の視界の色が反転した。
棟耶にとってのエル・シドの能力の発動のサインだった。
棟耶(いつも通り……いつも通りだ。)
色が反転した世界の中で、紅葉は棟耶に向かって駆け寄ってくる。この世界は能力が発動するための前段階なのだ。
紅葉は駆け寄った後、ブラック・スペードの拳を棟耶めがけ振り下ろした。
しかし、拳が棟耶に当たる直前でブラック・スペードの拳がピタリと止まった。
『エル・シド』の能力は『時をぶれさせる』こと。その能力は、『映像の編集』に例えることができる。
発動するまでには3つのステップがある。
第1のステップは『録画』。
エル・シドが拳をつき合わせることで、能力発動のスイッチが入る。
棟耶の視界は色が反転し、それから起こる事象を観察する。
今の場合においては、紅葉がブラック・スペードを発現させ、殴りかかるまでの事象を録画する。
第2のステップは『分割』。
録画した行動を、エル・シドは最大3つまでの行動に分割する。
この場合、「紅葉がスタンドを発現させる」「棟耶との距離をつめる」「スタンド攻撃をする」の3つである。
この3つの動作を、エル・シドが付き合わせた拳にあるレバーで管理するのである。
第3のステップは『編集』。
切り分けた3つの行動の順序をエル・シドの両の拳のレバーを操作して入れ替えるのである。
棟耶(いつもと同じだ。「距離をつめる」ことと「攻撃をしかける」ことの順番を入れ替えて『ぶれ』させる……!!)
ガチッ!ガチッ!
エル・シドのレバーが左右に動く。
ここまでが、エル・シドの世界である。
色の反転したこの時間は、棟耶以外の誰にもおびやかすことはできない……!
棟耶「"時は再生する"……」
ドォ―――――z_______ン!!
棟耶の視界の色が元に戻る。
色の反転した世界で棟耶に攻撃を仕掛けていた紅葉は、行動する前の場所に戻っていた。
エル・シドの世界は棟耶以外に認識することはできない。
同じ時を繰り返しているように感じるのは、棟耶ただ一人である。
紅葉は、自分がエル・シドの能力の影響を受けたことに気づいていない!
紅葉「『ブラック・スペード』!!」
紅葉は棟耶に攻撃するべく、スタンドを発現させた。
……その行動が、棟耶によって操作されていることも知らずに!!
グオンッ!
紅葉「!?」
スタンドを発現させたその場で、ブラック・スペードの拳は空を切った。
当然、紅葉は困惑した表情を見せる。
そして、意思に反して紅葉の体は棟耶のほうへ向かおうとしていた。
紅葉の行動はエル・シドによって管理されている。
紅葉自身に、止めることはできない!
タタタタタタッ!
紅葉「な、な、な……なッ!」
棟耶「これが、『エル・シド』の世界……」
ググググ……
エル・シドは紅葉が近づく前から攻撃態勢をとり、拳を振り上げていた。
棟耶「先ほどの模のように、パンチの衝撃を操作し、無効化するのならそうすればいい。だが、今度は一発では終わらんぞ!!」
紅葉「く……『ブラック・スペード』!!」
棟耶「遅いわッ、『エル・シド』ォォ!!」
バシィィン!!
紅葉は胸部にむけられたエル・シドのパンチをブラック・スペードにガードさせた。
しかし、能力は発動させておらず、ブラック・スペードはエル・シドに押し負けている!
紅葉「…………ッ!」
パンチの衝撃を正面から受け、紅葉の体はコンクリの壁に向かい吹っ飛ばされた!
……しかし、コンクリの壁には紅葉の背中がつく程度で、叩きつけられることはなかった。
棟耶「ム……?」
紅葉「『ブラック・スペード』……壁に叩きつけられるときの衝撃を吸収させた。」
棟耶「なるほど、あえてパンチを受けることで距離をおいたか。……だがガードしたとはいえ、ダメージが無いわけではないだろう。」
紅葉「くそっ……。」
棟耶「しかし、ここへつれてきたことがかえって仇になったかな。」
紅葉「……どういうことよ。」
棟耶「私の能力によって、おまえの行動をある程度操作することができる……。
この障害物のない締め切られた空間ならばおまえの行動を把握しやすいのさ。」
紅葉「はじめから……あんたに有利な場所だったってことか。」
棟耶「そう、そこへおまえがノコノコついてきたというわけだ。」
紅葉「…………」
棟耶(エル・シドの能力は私の視界の外の行動を管理することはできない。……念には念を入れ、この場で確実に紅葉を始末するッ!)
紅葉「それは……チョット違うよ棟耶。」
棟耶「何だと……?」
紅葉「あんたがはじめに言ったように……この場所は私にとっても好条件なんだ。」
棟耶「…………」
紅葉「ここは、『目測』がつきやすい……あんたとの距離のね。」
紅葉はブラック・スペードを発現させ、共に手を前にかざした。
紅葉「あんた、忘れてない?私はまだ……」
棟耶「『私はまだ、さっきの衝撃を解放させていない』……か?」
ドドドドドドドドドドドド……
紅葉「え………?」
棟耶「忘れているのは貴様のほうだッ!我がエル・シドの能力を!!」
紅葉「!!まずい、ブラック・ス……」
棟耶「"時は再生する"ッ!!!」
ドガァアアアアン!!!
紅葉「うああああああああああああッッ!!」
壁に叩きつけられたときに吸収した衝撃が、紅葉の足元で破裂した!
紅葉はすでにエル・シドの能力の影響下にあったのだ。
「衝撃を棟耶の足元へ移動させる」「衝撃を解放する」という2つの行動を入れ替えた。
衝撃の操作が目に見えなくとも、棟耶の予想通りの行動を紅葉はとってしまっていたのだ。
棟耶「思い上がるなよ紅葉……。おまえの力など、私とエル・シドの足元にも及ばないッ!」
棟耶は床に倒れこんだ紅葉を見下ろした。
―――カメユーマーケット内―――
搬入口から店内に入った五代と九堂は、従業員口から売り場フロアへ入った。
1階の食品売り場は、当然ながら灯りはついておらず、棚やワゴンにも商品はない。
2人は店内の停止したエスカレーターを上り、上の階を目指した。
五代「…………」
九堂「……なあ、五代。」
五代「…………」
九堂「オマエさ、霊園の共同墓地の前で、言ってたことあるだろ。」
五代「九堂。」
九堂「おまえ、今日が終わったら、どうするつも…」
五代「『メメント・モリ』って……どういう意味だ?」
九堂「は?」
五代「ヤツが……俺に贈る言葉だって言ってたんだ。」
九堂「……知らねェ。英語でもなさそうだな。何だよ、唐突に。」
五代「いや、やっぱいい……。」
九堂「…………」
3階の紳士服売り場に着いた。2階より上はまだ店内は片付いておらず、ラックにかけられたままの衣服と、乱雑に置かれた段ボール箱が残されている。
九堂は、五代の心のうちが読めなかった。
五代はあくまで『弓と矢の男』を倒すことが目的で、杜王町を守ることは関係がないと言っていた。
しかし、そのわりには怒りをふつふつとこみあがらせているようにも見えない。
静かに闘志を燃やしているのかもしれないが、何か別の意図があるような……。
エスカレーターを上りきり、再び周辺を眺める。
多くのテナントが入っていた4階のフロアは、いくつかの棚を残しているもののほとんどが片付けられていた。
五代「あとは5階だけか……。」
九堂「5階にいなけりゃ、あとは従業員の通用路に潜んでるか、もしくはここには来ていないかだな。」
五代「いや、ヤツは5階にいる。」
九堂「……なんで?」
五代「カンだよ、カン。」
エスカレーターを上り、5階のフロアへ足を踏み入れ、先に上った九堂はフロアを見渡した。
九堂はかつて、ヨルゴス・レイヴンと戦ったとき、このカメユーマーケットにきていた。
5階のフロアはそのときからテナントは入っておらず、荷物・資材置き場となっていた。
そしてそれはカメユーマーケットが廃業した今でも、あまり様子は変わっていなかった。
積み重ねられた段ボール箱と資材がまばらに残っている。
九堂「ホントにここがディザスターの移転先なのか……?なんにもねえぞ。」
五代「…………」
五代は九堂の横を通り過ぎて、フロアの奥へ歩みを進めていった。
九堂「あ、おい五代!」
……五代が、弓と矢の男がこのカメユーマーケットにいると確信していたのは、
さっきも言ったような根拠の無いカンによるものでもなければ、
スイップ・ホックの言っていたことを信じていたからでもなかった。
カメユーマーケット内に入ってから、五代は忌まわしい気配を感じ取っていた。
かつて霊園近くの河川敷で、四宮と共に感じた独特の気配を。
五代はずっと、忘れなかった。
気配だけでない。あの時感じた殺気、緊張、畏怖、痛み、痛み、痛みに……後悔。
そして、自分を逃がした友の死に顔、最期の言葉、降る雨の冷たさ。
片時も忘れなかった。
そしてそれらはすべて……『あの男』がもたらしたものだった。
五代がフロアの中央まで進んでいくと、段ボール箱に腰掛ける一人の男がいた。
五代はその男の前で足を止めた。
五代「また会えたな……『弓と矢の男』。」
キル「……五代か。」
『弓と矢の男』……キル・シプチルは段ボール箱から腰を上げた。
キル「おまえがここにいるということは、ヴァンはまだ来ていないんだな。
そろそろ探しに行こうと思っていたのだが、そうもいかなくなったみたいだ。」
五代の後ろから九堂が追いついた。
九堂「おい五代、こいつが……?」
五代「ああ、『弓と矢の男』だ。」
キル「フフ……『弓と矢の男』とは、懐かしい響きだね。せっかくだから、名乗らせてもらうよ。
私の名は『キル・シプチル』。ディザスターの幹部の一人としてボスに仕えている。」
五代「九堂。」
九堂「おう五代、やってやろうぜ!」
五代「コイツは、俺ひとりでやらせてくれ。」
九堂「おうわかった、やっちまえ!!…………ってハァ!?」
五代「これは……俺の戦いだ。お前はそこで見ていろ。」
九堂「なに言ってんだ、ふざけんなよ!」
五代「『ワン・トゥ・ワン』!!」
ゴオオオオ!!
五代はスタンドを発現させてキル・シプチルに殴りかかった。
キル「敵討ちのつもりか……?『四宮藤吉郎』のッ!!」
五代「うるせェッ!!」
キル「愚かだ……まったく愚かだぞ五代!『ラクリマ・クリスティ』ーーーーッッ!!!」
バオンッ!
ワン・トゥ・ワンのパンチはキルの、ラクリマ・クリスティーの体をすり抜けてしまった。
五代の体は勢いあまってキルの後ろのダンボールの山に突っ込んだ。
九堂「く……『アウェーキング・キーパー』!!」
キル「九堂……秀吉ッ!!」
五代「余所見してんじゃねえよ……!」
キルの背後で五代がダンボールの山から立ち上がり、キルにつかみかかった!
ガシッ!
しかし、五代がキルの首根っこをつかもうとする前に、五代はラクリマ・クリスティーに胸ぐらをつかまれた。
五代「ぐ……!」
キル「五代、おまえはわずかながらにも見ていたはずだ、私の能力を。普通に攻撃していたのでは、私は倒せない!」
グオオオオオオオオオ!!!
ラクリマ・クリスティーが五代の体をコンクリの柱めがけてブン投げた!
その強大なパワーで投げられた五代の体は、猛スピードで硬い柱に迫る!
九堂「『アウェーキング・キーパー』!!」
ビタッ!
五代「!!」
九堂はアウェーキング・キーパーの『繋げる』能力により、五代の体が柱に叩きつけられる前に空中に『繋げ』、衝突を防いだ。
九堂「大丈夫か、五代!」
九堂は床に降り立った五代に近寄った。
ガシッ!!
九堂「!!」
五代は九堂に礼を言うわけでもなく、胸ぐらをつかんだ。
五代「何やってんだてめぇ……!」
九堂「な、何だよ、助けてやったんだろが!!」
五代「言ったはずだ、テメーは見ていろって……。よけいなことするんじゃねえ。」
九堂「ふざけんじゃねえよ!それじゃ俺はなんのためにここにいるんだよ!」
五代「いいか……テメーを死なせないために戦わせないんじゃない。
さっきも言ったが、アイツは俺の天敵なんだ。俺が倒さなくっちゃあいけないんだ。」
九堂「な……!」
五代は九堂の顔前に指をつきつけた。
五代「もう一度言うぞ、よく聞け……。テメーは、そこで、ただ見ていることに集中しろ。」
九堂「…………!」
キル「作戦会議は終わったか?」
遠くからキルが呼びかけた。
五代「そんなんじゃねえよ。邪魔しねえように釘刺しただけだ。テメーは俺が倒すんだからな。」
キル「そうか。………ならかかってくるがいいさ、気の済むまで。」
五代「『ワン・トゥ・ワン』!!」
キル「『ラクリマ・クリスティー』ッッ!!」
五代がスタンドと共に、キルへ向かい突進する。九堂は、その背中を見ていた。
九堂(五代は邪魔するなと言ったが……今の言葉、なんか違和感があったな……。
『アイツは俺の天敵』……それは確かにそうなんだろう。
親友を奪われたことの恨みがある五代は、ヤツ……キル・シプチルへのこだわりは人一倍強い。
……だからって、俺に『見ていろ』と言うのか?……『見ていることに集中しろ』なんて……)
九堂「……………!!」
九堂ははっとして戦いを続ける五代のほうを見た。
そこで九堂は、五代の意図に気づいたのだ。
九堂の予想通りなら、その五代の意図は、決断は、あまりに重いものだった。
九堂「五代……おまえ、まさか……。」
五代の猛攻はいまだ続き、止まる気配がない。
しかし、その攻撃のほぼすべてが『ラクリマ・クリスティー』の能力によって体をすり抜け、
またあるときはキルが五代の攻撃をガードしつつ、反撃していた。
それを五代はかわして再び攻撃に転ずる……。
その様子に、九堂は見とれてしまっていた。
闘争は、もはや九堂には入る余地のないレベルにまで昇華していた。
――別荘地帯、林の中――
8人の迷彩と、シーチゥの死体が転がる真ん中に零が立っていた。
銃撃により一度からだのすべてを細切れにされていた零は、迷彩の一人から迷彩服を脱がせてそれを自分で着た。
サバイバルブーツ、軍用ズボンをはき、シーチゥの着ていたシャツを羽織った。
零は林の中からペンションの並ぶ道へ行き、あたりを見渡した。
ゴオオオオオ……
零「…………」
生ぬるい風が吹いた。林の間を通り抜けて風はうねり声を上げている。
火薬と、血のにおいが交じり合っていた。
零がこの別荘地帯にいると思っていた紅葉と模、棟耶の姿はどこにも無かった。
連絡を取ろうにも、零が持っていた無線機は銃撃を受けたときにこなごなに壊されていた。
零「困ったわね………あ。」
零は、迷彩が何かの電子機器を持っていたことを思い出した。
それが無線機である可能性はある。
零は再び林の中へ戻った。
血のにおいがいっそう増した。
戦っているときは気にならなったが、気が静まるとにおいがかなり鼻についた。
迷彩の装備を探り、電子機器を取り外した。
……型は違うが、無線機のようだった。
零「よし、これで連絡が………って、誰か応答してくれるといいんだけれど。周波数は………」
ゴオオオオオオオオオオ!!
先ほどよりも強い風が林の中を吹き抜けた。
そして、血のにおいは……風にかき消されるどころか、『さらに増した』。
それが意味することとは……
零「別の何かがある……。この周辺でない、強烈な血のにおいが。」
そして、零は気づく。
先ほどまで8つあった迷彩たちの死体が、一度道路に出て無線機をとりに戻ってきたときには『7つ』になっていたことを……。
ドドドドドドドドドドドドド……
零「…………ッ!」
ザァァァァ……
風に吹かれて、木々が枝を揺らして騒ぎ立てた。
まるで、ここに近づく脅威を恐れているかのように。
ドクン
零(ああ、胸騒ぎがする。ドス黒い……気配を感じる。)
ドクン ドクン
血のにおいがいっそう増す。零は木に背を預け、周囲を警戒した。
ドクンドクンドクン
木の葉がこすれる音、風のうなる音、あたりで鳴く虫の声……
零は集中して、その中から自らに迫る『危機』に備えた。
一瞬、すべての音が止まった。
虫も、植物さえも息を潜めているかのようだった。
その後、零の目の前に上方から黒い影が降りた!
零「ッ!?」
バッ!!
零は木から離れてその影から距離を置いた。
ドチャッ!
その黒い影は、足から着地するのではなく、体を強く地面に打ちつけた。
……落ちてきたのは、『消えた迷彩の死体』だった。
零「これは……!!」
その死体は、ほかの迷彩の死体とは違ってまったく肌に血の気がなく、蒼白だった。
ビュオオオオッ!!
突如、強い風が吹き、血のにおいがかき消された。
「『ミレニアム・チョーク』」
ドグオオッ!!
零「グッ……!」
グチュ……
零の腹から、一本の太い腕が突き出ていた。
零が木から離れた一瞬の隙をついた背後からの攻撃だった。
零「『ディエゴ……ディエス』………!!」
ディエス「久しぶりだな……『零』。」
ミレニアム・チョークの腕をつたう零の血は、滴り落ちずに腕に吸い込まれていった。
零「ぐ……く……」
ディエス「このまま血を吸い尽くしてやるのと……体中の血を固めるのとではどちらがいい?選択しろ。」
零「な……なんでも……やってみればいい……」
ディエス「…………クク……」
零「その程度では……私は、死なないのだから……。」
ディエス「ならば、試してやろう。死ぬ方法が見つかるまでな。」
ズズズズズズズ……
零「ぐうッ……!!」
『アンティーク・レッド』の呪いとも言える能力のおかげで、
零は腹を貫かれようが絶命することはない。しかし身動きが取れないことには変わりは無かった。
零に今の状況を打開する術はなかった。零自身には………
*「……うああああああああああああッッ!!」
ディエス「ん………?」
遠くから響く叫び声……それは、ディエスと零のほうへむけられていたものだ。
『彼』が思っていた状況とは全く違うものだったが、彼は自らの宿敵を見つけ、仲間の窮地を見て、ディエスに飛びかかった。
模「『セクター9』ッッ!!」
セクター9「ウリャアアアアアアアアアアアッ!!!!」
バシィン!!
模のスタンド、『サウンド・ドライブ・セクター9』の放った渾身の一撃だったが、
ミレニアム・チョークの手に防がれてしまった。
ディエス「くく……くくく!!『杖谷模』!会いたかったぞ。……前は、仕とめ損ねたからなあ!」
ミレニアム・チョークはセクター9の拳をつかんだまま、動きを封じている。
模「ぐ……放せ……!」
ディエス「ちょうどいい、杖谷。殺してもしぶとく生き続ける零よりも先に貴様のほうを殺してやるッ!」
ズギュン!!
模「がああっ!!」
模は、ミレニアム・チョークにつかまれたセクター9の右手を通じて右手の感覚が無くなっていくのを感じた。
『血液の成分を操作』するミレニアム・チョークの能力により血小板の割合を増やして血液を右手から徐々に固めていたのだ。
模「ぐっ、手が……!」
零「あ……『アンティーク・レッド』!!」
ブオンッ!
零は力をふりしぼり、ディエスに対して攻撃した。
ディエス「………チッ。」
バシッ!
ディエスはミレニアム・チョークの手を模から放し、アンティーク・レッドの攻撃をガードした。
しかし、パワーそのものはアンティーク・レッドのほうが勝っており、ミレニアム・チョークのガードをはじいた。
ディエスの体は後方に押されて、ミレニアム・チョークの腕は零の体から放され、零は解放された。
模「れ、零さん!」
零「模くん……私は、大丈夫。」
ウジュル ウジュル……
零の腹部の穴はすでに肉がつき、回復し始めていた。
零「あまり見られたくはないものだけど……心配はいらないわ。」
模「くそ……ディエゴ・ディエス……。」
零「模くん、ヤツのスタンドはおそらくは『生気を吸い取るもの』……血も関係している。
つまり、ヤツに『触れられる』だけでまずい……。接近戦は禁物だわ。」
模「なら、どうすれば……!」
零「ヤツの能力が効きにくい相手がただ一人だけいる………。」
模「え……それって……?」
零「私よ……。『アンティーク・レッド』の能力により、ディエスは私を殺すことはできない。」
模「零さん……。」
零「模くん、あなたはサポートに徹してちょうだい。」
模「でも、零さんだって死なないとは言っても、痛みはあるんでしょう!?僕も……」
零「模くん。」
零は模の言葉を遮り、語気を強めて話を続けた。
零「ヤツは、あなたにとって因縁のある人間なんでしょう。……でも、それは私にとっても同じ。」
零「私がディザスターを抜けたのも、杜王町で隠れ続けたのも……すべて今日のこのときのため……ディエゴ・ディエスと戦うためなのよ。」
模「………!!」
零「でも、私一人の力ではディエスに勝つことはできない。なんとか、攻撃のスキを作って欲しいの。」
模「………わかりました。」
零(しかし、わからないことがある……。私は、ディザスターにおいて能力を誰にも明かしていなかった。
だというのに……なぜディエスは、私が『死んでも死なない能力』を持っていることを知っている?)
ディエス(不死身のスタンドと、複数の能力をもつスタンド………どちらを先にしとめるべきか……。
実力では杖谷のほうが劣るだろうが……零のほうを先に始末するか。
俺にとっては、杖谷と戦うほうが『試練』なのだ……。)
零「『アンティーク・レッド』!!」
零はスタンドを発現させ、ディエスに向かって駆け出した。
ディエス(零は、すでに俺にとって脅威ではない。確かに、俺を倒しうる能力を持っている。だが……)
ディエス「おまえとの戦い……すでに『リハーサル』は終えている。」
その意味深なディエスの発言は、零の耳には届かなかった。
――カメユーマーケット、正面入り口前――
カメユーマーケットの建物の周囲を陸のスペア・リプレイが監視し続けていた。
今のところ、怪しい人物は現れていなかった。
五代と九堂が建物内へ侵入してから15分後、五代たちがキルと遭遇したのとほぼ同じ頃に、カメユーマーケットへ近づいてくる人影が現れた。
アッコ「リクねえちゃん!」
駆け寄ってきたアッコに、正面入り口前で座り込んでいた陸が気づいた。
陸「あ、やっと来たかアッコ………模はどうした?」
アッコ「バクは……クレハの支援ニ行った。リクねえちゃんこそ、ゴダイとクドウは?」
陸「先に建物ン中へ入ったよ……。ところでアッコ、体大丈夫か?」
アッコ「ア……うん。でも、一応診テもらいたいカモ……。」
陸「よしスペア4、監視は私がやるから、おまえがアッコを診てやってくれ。」
スペア4「オーケィ、新品同様ニシテヤルゼ、アッコ。」
陸「…………」
アッコはスペア4の整備を受けながら、陸との会話を続けた。
アッコ「ドウシテ、リクねえちゃんはここに残ってたノ?」
陸「ああ……ヴァン・エンドにカメユーマーケットを外から隔離されたら、中を制圧したとしても外に出ることができなくなる。
移転先を見つけたとしても、ヴァン・エンドを野放しにしておくことはできないんだ。だから、おれは待ち伏せてたんだ。」
アッコ「ソッカ………」
スペア4「…………」
陸「アッコ、ヴァン・エンドの特徴を教えてくれ。」
アッコ「エート……ちゃんと覚えてナイけど、メガネをかけたオジイさんみたいダッタよ。」
陸「なんだ、『みたい』って。」
アッコ「ゴゴ、ゴメン!実はチャンと覚えていなくテ……デモ、おじいさんみたいだったノハ確かダヨ。
……だけど、オジイさんなのに、すごく足がハヤかったんだ。」
陸「………なんか、あやふやだなあ。」
アッコ「石をブツけて、転ばソウとしたんだけど、肩にアタッタだけで止メルことがデキなかったんだ……。」
陸「石を?」
アッコ「……ウン、拳くらいの大きさの。」
陸「当たったのは右肩か?左肩か?」
アッコ「エ?」
陸「どっちだって聞いてんだ。」
アッコ「………ミギ、だよ。ハシを持つほうの手の肩。」
陸「右肩……な。」
アッコ「ドウシタの?」
陸「アッコ……おまえはカメユーマーケットの中へ入れ。五代と九堂を援護するんだ。」
アッコ「エ、リクねえちゃんは?」
陸「おれは一人でヴァン・エンドを見つけ出す。」
アッコ「ソレだったらアタシもいたホウが……」
陸「いいや、おれだけで十分だ。スペア・リプレイたちなら分散させて探すことができるから数は足りている。
ヤツの能力を鑑みるに、スタンドは近距離タイプではないはずだしな。」
アッコ「…………」
陸「心配するなアッコ……。」
アッコ「デモ……」
陸「『約束』……忘れてないからな。」
アッコ「エ?」
陸「『今日が終わったら、一緒にいろんなところへ行こう』……そうだったよな?」
アッコ「……ウン!」
陸「おれは心配いらねえし、五代と九堂とアッコ……3人固まってれば、負けることもないだろうしよ。スペア4、そろそろ整備終わっただろ?」
スペア4「アア。」
アッコ「アリガトォー、スペア4。」
スペア4「礼ニハ及バネェ……」
陸「よし、じゃあ行ってこい!」
アッコ「ウン!」
アッコは正面入り口前の階段をジャンプで飛び降り、建物裏の搬入口のあるほうへ走っていった。
陸「よし……じゃあおれたちはヴァン・エンドを探すぜ。『メガネのおじいさん』……だったな、たしか。」
陸は立ち上がって周囲を見渡した。
その、陸の視界に入っているかわからないほどの物陰……駐車場の車のカゲから、カメユーマーケットのほうを見ている人間がいた。
*「くそ……また一人入りやがった……。五代と九堂が入ってしばらく経つし、キルも外へは出ていないだろうな……。
あいつの好戦的なところが嫌いなのだ。ヤツらを残し出ていれば、カメユーマーケットに閉じ込めることができたのに……
私の『ピープル・イン・ザ・ボックス』で……。」
隠れている人物は、まさに今陸が探していた『ヴァン・エンド』その人であった。
しかし、陸はこの男がヴァン・エンドだと気づくことはできなかった。
ヴァン・エンドもそれをわかってて近くにいたのである。
ヴァン「エリック・キャトルズ……ヤツが情報を洩らしたりしなければ、こんなことにはならなかったのに!
……だが、あのバカは私の『ピープル・イン・ザ・ボックス』のスタンド能力しか知らぬはずだ。そう……『私の特技』は知らない。」
駐車場の車に隠れているヴァン・エンドは、ニット帽にサングラス……タンクトップにジーンズをはいていた。
その様相は、アッコの見た『メガネのおじいさん』の出で立ちではなかった。
それどころか、顔に多く刻まれていたしわも、か細い腕のところどころにあったはずのしみも無く、『若い男』の服装と肌だったのだ。
別荘地帯であらわした姿とは、別人のように変わっていた。
ヴァン(アルセーヌ・ルパンはおろか、怪人二十面相も顔負けの『変装術』……それが私の特技だ。
私にとってスタンドはオマケでしかない。)
ヴァン「しかし……だからといって、私から仕掛けるわけにもいかない……どうしたらいいんだ……。」
ヴァンはカメユーマーケットの前に立つ陸を見つつ、右肩をさすった。
現在の状況
模 :別荘地帯へ到着後、ディエスに攻撃される零を見つけ救援する。現在零と共に『ディエゴ・ディエス』と交戦中。
五代 :九堂と共に『カメユーマーケット』内へ潜入する。5階で『キル・シプチル』と遭遇し、現在交戦中。
アッコ :『カメユーマーケット』に到着し、陸と合流する。スペア・リプレイの整備を受け、建物内へ潜入。
九堂 :五代と共に『カメユーマーケット』内へ潜入する。5階で『キル・シプチル』と遭遇するが、戦闘には参加させられず、戦いを見せられている。
陸 :『カメユーマーケット』前でアッコと合流する。アッコから『ヴァン・エンド』の情報を聞き、再びヴァン・エンドを待ち伏せる。
零 :別荘地帯で『シーチゥ』を倒した後、『ディエゴ・ディエス』に遭遇する。窮地を模に救われ、現在模と共にディエスと交戦中。
紅葉 :『棟耶輝彦』の誘いに乗り『ディザスターアジト内』へ入る。現在アジト内の地下室で棟耶と交戦中。
【スタンド名】
ピープル・イン・ザ・ボックス
【本体】
ヴァン・エンド(フランス語の⑳ヴァンより)『ディザスター』の幹部で、変装の達人。
【タイプ】
物質同化型
【特徴】
両手だけのスタンド。全部の指に指輪がはめられている。
【能力】
建物に取りつき、その建物の空間を外の世界から切り離す能力。
外からは建物内で何が起こっても見ることもできないし、関心も持たなくなる。
その建物に行こうと思っていた者はスタンドが発動した瞬間にその目的を忘れるか別行動をとることになる。
建物内にいる者は外界との関係を断たれ、外に出ることはできないし、連絡をとることもできない。
スタンドが解除された時、「建物の状態」はスタンドを発動した時の状態に戻る。本体は建物の中にいる必要はない。
警察が『ディザスター』のシッポをつかめないでいるのは『ディザスター』の作戦を秘密裏に行うことと、
作戦を終えたメンバーの雲隠れのためにこのスタンドが一役買っているからである。
外からは建物内で何が起こっても見ることもできないし、関心も持たなくなる。
その建物に行こうと思っていた者はスタンドが発動した瞬間にその目的を忘れるか別行動をとることになる。
建物内にいる者は外界との関係を断たれ、外に出ることはできないし、連絡をとることもできない。
スタンドが解除された時、「建物の状態」はスタンドを発動した時の状態に戻る。本体は建物の中にいる必要はない。
警察が『ディザスター』のシッポをつかめないでいるのは『ディザスター』の作戦を秘密裏に行うことと、
作戦を終えたメンバーの雲隠れのためにこのスタンドが一役買っているからである。
破壊力-なし
スピード-なし
射程距離-A
持続力-A
精密動作性-なし
成長性-C
――ディザスターアジト内、地下講堂――
棟耶「思い上がるなよ紅葉……。おまえの力など、私とエル・シドの足元にも及ばないッ!」
紅葉「……ハアッ、……ハアッ、……ハアッ」
肩を揺らして息をする紅葉。直接攻撃はおろか、衝撃の操作による攻撃でさえかわされてしまう。
身体的な疲弊と精神的な重圧が紅葉の戦意を削っていった。
棟耶「もはや大勢は決した。一之瀬紅葉……しょせん、おまえごときの小娘では、杜王町の空気に絆されたおまえでは、修羅を生きた私に敵うはずが無い。」
紅葉「…………」
棟耶「おまえの力はこの程度だったということだ……。」
立ち上がる力さえ残されていない紅葉は、床にへたり込みながらも視線はまっすぐ棟耶に向けていた。
紅葉は、自身が棟耶に抱いた違和感……それを解き明かしたかった。
紅葉「…………ひとつ、聞きたいことがあったんだ。」
棟耶「……?」
紅葉「私が……あんたの部下の『西都十三』と戦ったとき、アイツは街中で人質を取った。
そこに現れたあんたは……西都を助けるどころか、殴りつけた。あれはいったい、どういうことだったんだ?」
棟耶「…………」
紅葉「大悪党のあんたたちが許さないような行為には思えないけど……悪役らしい、振る舞いじゃない。」
棟耶「一之瀬紅葉……おまえは勘違いをしている。我々は……悪党などではない。」
紅葉「………は?」
棟耶「我々はこの世界の革命を目指しているのだ。無政府という名の世界統治、無秩序という名の秩序、無法という名の世界の法……
すべての者に平等な世界。そのために我々は必要以上に一般人を殺めたりはしないのだ。」
紅葉「何を言って……」
棟耶「現に、我々はこの杜王町においても一般人に手をかけてはいない。誤ってこのアジトに迷い込んだ浮浪者はいたがな。
我々は快楽殺戮者ではない、革命家だ。だからこそ、一般人に手をかけた西都は私の手で粛清した。」
紅葉「バカ言わないでよ!だったら、私が襲われたのは!?五代や九堂、それに模だって……命を狙われる理由なんかないじゃない!」
棟耶「いいや、抹殺せねばならない存在だったのだ。」
紅葉「なんで!?」
棟耶「……『スタンド使い』こそが………この世界のガンだからだ。」
紅葉「…………スタンド使いが?」
棟耶「スタンドとは精神の象徴、力だ。それは一般人とは属性を分かつもの。力には人が集まる。
だからこそ……『ディザスター以外の』スタンド使いは、われらが目指す世界の障害となる者たちなのだ。」
紅葉「話にならない……まるでスタンド使いがみな悪のようじゃない。」
棟耶「そうだ……スタンド使いは皆、自らの力に奢る。」
紅葉「え?」
棟耶「おそらくはおまえが尊敬しているであろう杜王町のスタンド使いたち……彼らが、一度でも悪事にスタンドを利用したことがないと言えるかね?」
紅葉「そんなこと……ッ!」
棟耶「スタンド使いが、一般人にスタンドの存在を知られていないのをいいことに、自分のために利用したことは無いのかね?」
紅葉「すべては……真の善のためだったんだよ……。」
棟耶「その反論は苦しいな紅葉…………最後に言っておこう、ディザスターではない、私個人の目的をだ。」
紅葉「…………?」
棟耶「私がディザスターに加入した理由、本作戦に参加した理由………それは、『杜王町を守るためだ』。」
紅葉「何だって……!」
棟耶「現行の法律では、スタンドによる犯罪は罪とみなされない……証拠が無いからな。
一般人よりも優位に立つだけの能力を持つだけでなく、法にも制限されなくなる……法が秩序を壊しているのだ。
誰が誰にでも、報復が可能になるような!無法、無秩序こそが、真の秩序、健全な社会なんだよッ!!」
それまで淡々と話していた棟耶が、このときだけは語気を強めて話した。
彼自身の、強い思いの表れに他ならなかった。
紅葉「それが……どうして、『杜王町を守ること』につながるの?」
棟耶「私は……私は………ッ!」
そのとき、棟耶の目から一筋の涙がこぼれた。
棟耶「私は……杜王町で生まれ育った。地元に就職し結婚して、子どもも1人授かった。誰の目から見ても可愛く、気立てのよい子だった。
私はスタンド能力をいっさい使わずに暮らしてきた。平穏な、それでいて幸せな日常だった。
仕事と家庭、どちらもないがしろにせずにするのは大変だったが、それ以上に幸せだった。」
棟耶「その日常を…………奪われたのだ、11年前のあの春に……あの男に。」
紅葉「11年前の……1999年の、杜王町……!」
棟耶「『吉良吉影』………私の娘と妻は、あの男に殺された。」
紅葉「吉良……吉影……。」
棟耶「当時大学生だった私の娘は、ボーイフレンドができて、とても幸せそうだった。
娘を奪われた気にもなったが、年頃の娘なら仕方ないと妻にも言われたよ。しかし、その男は……スタンドを持っていたのだ。
娘がボーイフレンドと町を歩いていたのを見たとき……私はかすかにそれを見たのだ。」
紅葉「…………」
棟耶「きっと娘はあの男にそそのかされたのだろう。しかし、娘はそんなことには気づかない。実に幸せそうだった。
あの日の夜、私が家に帰る途中に、あの男とすれ違った。あの男は私に面識が無い。無表情で横を通り過ぎていった。
私はいやな予感がした。男が現れたのは、私の家のある方角だったからだ!」
棟耶「家のドアに手をかけると、カギは開いていなかった。中へ入れば、いつもは妻と娘が明るい声で迎えてくれるはずだった。
だが、中は暗く、だれもいなかった。居間へ入ると、あたりは荒らされて、わずかな血痕もあった。
そして……そして………愛する妻と娘の姿が…どこにもいなかったのだ……!」
棟耶「妻と娘はそれから帰ってくることは無かった。妻と娘の失踪は私が関わっていると見て、警察は私を証拠も無く何ヶ月も拘束した。
その間も……私は忘れなかった。あの男の側に立つスタンドのことを……!
証拠不十分で不起訴となったあと、私は娘が隠していた日記帳を見つけ、その男の名を知った。『吉良吉影』と言う名前を……。」
棟耶「しかし、その名を知ったときにはその男はこの世にいなかった。聞けば救急車の前に飛び出して頭をつぶされたとか……。
私はあの男に妻と娘の命を奪われたどころか……復讐の機会さえも奪われたのだ……。」
紅葉(なんてこと……これが本当なら、私がこの男に見覚えがあったのは、かつては同じ町に暮らしていたからだということなの……?)
棟耶「一般人と属性を画するスタンド……スタンド使いを裁くことのできぬ現代の法では、真の秩序は保たれない……。
だからこそ、ディザスターの掲げる無秩序の世界の形成が要されるのだ。」
棟耶「そして、私個人の目的は……杜王町内のスタンド使いを排除し、『杜王町の平和を守ること』……。
そのために、おまえを殺さねばならぬのだ、一之瀬紅葉!!」
紅葉「あなたが……まさか同郷の人だったとはね……。でも、私も負けるわけにはいかない……。」
棟耶「さあ、私が話しているうちに幾分か回復したか?闘志に火はついたか?だが、それでも私には勝てないだろう。」
紅葉「私の愛する町は……『スタンド使い』がいるからこそ……あたたかい町なんだ。」
棟耶「…………」
紅葉は床に這いながらも棟耶を見上げて、はっきりとした言葉で続けた。
紅葉「あなたは、トニオさんの店に行ったことがある?ほんとうにホッペが落ちるおいしい料理を出すお店……
作品の追求に余念を惜しまない漫画家……陸さんのガレージ……彼らはきっと自分の生活のために、自分のためにスタンドを使っている。
でも、それは町の形成にも一役買っている。そんなスタンド使いを排除しようとしているあんた自身が……町を壊すんだ。」
紅葉「私は『杜王町を守るため』……町の人、スタンド使いを含め一切合切を必ず守って見せる。だから……負けられない!」
棟耶「言葉だけは達者だな……まあいい、すぐにそんなクチを聞けなくしてやる……『エル・シド』ッ!!」
バオンッ!!
棟耶は目の前の紅葉に向けてエル・シドの拳を振り下ろした。
ピタッ
しかし、エル・シドの拳は紅葉の体にピタリとついたまま止まった。
棟耶「そうか、忘れていたよ……『ブラック・スペード』……衝撃を操作する能力でガードできることを……だが!」
ボグッ!!
紅葉「ぐぅ…ふっ……!」
棟耶は自らの足で紅葉の腹を蹴り上げた。
連続しては使えないブラック・スペードの能力では防ぐことができなかった。
棟耶「弱い……まったくもって弱いぞ、ブラック・スペード……一之瀬紅葉!!」
ガシッ ゲシッ ボガッ
棟耶は続けて紅葉の体を蹴りつけた。
紅葉は体を丸めて、背中で棟耶の蹴りを受けた。
紅葉「……『……ック……ペード』……!」
棟耶「おっと」
紅葉がつぶやくと同時に、棟耶は紅葉から離れた。
ドガァアアアン!!
先ほどまで棟耶が立っていた場所が破裂した。
棟耶「これも忘れちゃあいけないな、『衝撃の解放』……エル・シドのパワーは私が一番よく知っている。」
紅葉「…………」
紅葉は床にひざをつき、手をついたまま動くことができないでいた。
棟耶「しかし、一之瀬紅葉……おまえのスタンド能力はたったこれだけなのだ。シンプルな能力……私は好きだよ。
だがな、シンプルすぎる。おまえの考えを読むのはたやすいことなのだ。」
紅葉(くそっ……だめだ、身を隠す場所も無い。行動はすべて読まれてしまう……。)
棟耶「しばらくは立ち上がれぬはずだ、そうだろう?一之瀬紅葉。」
紅葉(……足に力が入らない。どうしよう、どうすればいい……?)
棟耶「勝負は決した。私の信念とおまえの信念……勝ったのは私のほうだった。
『衝撃を自在に操る』能力も……期待していたのだが、たかが知れていた。」
紅葉(『自在に』……ね。ブラック・スペード……私はあなたを、自在に使いこなせていたのかな。こんなみじめな……ことになって。)
棟耶が右手を上げると棟耶の背後の扉が開き、中から軍服を着た男達が6人、銃を携えて現れた。
棟耶「もはやおまえに興味は無くなった。……こいつらには戦いの間手出しはさせないつもりだったが、それももういい……構えッ!」
ザザザザッ!
銃を持った男達は棟耶の両隣に3人ずつ並び、片膝をついて銃口を紅葉に向けて構えた。
棟耶「銃撃の衝撃さえおまえのブラック・スペードが吸収できるかはわからないが、この一斉射撃ならどうかな……?」
棟耶は右手を上げた。それを振り下ろせば砲火の合図となる。兵たちはその合図を待っていた。
紅葉にはもはやこの窮地を脱する策を持っていなかった。
足に力が入らず、床にへたり込んだ紅葉は暗い表情を浮かべて、思った。
紅葉(私が戦うときには毎回、こんな絶体絶命のときがあったっけ……。)
銀次郎「まずは一発ぶん殴ってやるぅあああああああ!!」
紅葉「―――――――ッ!!」
模「セクター9、第二の世界『ブラック・スペード』!」
模「紅葉、大丈夫!?遅くなってごめん!」
紅葉(……ピンチの時にはいつも、私を救ってくれるヒーローがいた。)
紅葉「……バカだね、模。もう私を助けなくていいって言ったのに……あんたも、狙われるかもしれないんだよ?
私から離れな……あいつ…五代からもね。今も、誰かが見ているかもしれない。だから……」
模「バカなのは紅葉のほうだ!!仲間なら、もっと頼ってくれよ!
僕は紅葉に、『セクター9』に本当の意味で会わせてくれた紅葉に恩返ししたいんだよ!!」
紅葉(出会ってからずっと……私は模に何度も助けてもらった。)
模「紅葉……ただいま。」
西都「おまえは……杖谷模!バカな……リタイアしたのではなかったのか!?」
模「休んでて紅葉。あとは、僕が戦う。」
紅葉(ひとりで戦ってきたつもりの私は、実はいつも誰かに支えられて戦っていた。)
棟耶は、床にへたりこんでうなだれる紅葉を見下ろし、ニヤリと笑った。
棟耶「さよならだ……一之瀬紅葉。同じ町を想う者として、最後は一瞬で死なせてやる……。兵士諸君、頭を狙え。」
6つの銃口が紅葉に向けられている。
紅葉は、そのうつろな目で自分の両手を見つめた。
紅葉(私は今まで……たったひとりで勝ったことなんて、一度もない。)
棟耶「撃てェッ!!」
紅葉(ただの……一度も……!)
拳を、ぎゅっと握った。
紅葉(…………!!)
ズダダダダダーーーーーーーン!!!!
銃声の鳴り響いた刹那、紅葉が思ったのは、模や五代……仲間達のことでも、自分が命を賭けて戦っていることも知らぬ家族のことでもなかった。
絶体絶命の瞬間を思い返しているうちに、ひとつ引っかかることがあった。
紅葉が模と出会ってすぐ起きた、鎌倉銀次郎との戦い……。
走馬灯のように、時がゆっくりと進むように感じる中で、なぜかそれを考えてしまっていた。
銀次郎「ポストってのはその一本の足が持つのにちょーどいいぜェ。覚悟しなッ、紅葉!!」
紅葉「フフ……確かに私はもう逃げられない。それなのになんでわざわざポストの影に隠れたか。
それは、あんたに『ポストを掴んで』欲しかったからだよ。」
銀次郎「ゴチャゴチャうるせェーーーーーーーッ!!いっぽおおおおおおおおおおおおん!!!!!」
紅葉「『ブラック・スペード』!パワーを解放しろッ!!」
ドガアアアァァァン!!
銀次郎「うっうおおおおお!なんだぁーッ!?右手がッ、いっ痛え、痛えェ~~~ッ!!」
紅葉「角を曲がってすぐ、ポストを殴って衝撃を『留め』させておいた。」
紅葉「『強いスタンド使い』ってのは、したたかに反撃の用意をしておくものさ。まあ、バカのあんたにはわからないだろうけど。」
紅葉が銀次郎と戦ったとき、紅葉はポストに衝撃をしのばせ、銀次郎が掴んだ瞬間に破裂させた。
ポストは粉々に弾け、中の手紙やハガキが舞い散った。
あのとき、紅葉は衝撃の塊をポストの中に移動しておいたつもりだった。
しかし、ポストの中は空洞である。物体の中に衝撃を潜ませるブラック・スペードの能力では、
ポストの中に衝撃を潜ませたなら、手紙の一つが破裂するか、ポストの一部分だけが砕けるはずなのだ。
しかし、ブラック・スペードは『ポスト全体を破裂させた』。
……この矛盾を解き明かす答えはひとつだった。
紅葉(もし、衝撃を潜ませることができるのが、『物体の中』だけじゃなかったら……!)
紅葉はブラック・スペードを瞬時に発動させた。
銃弾が襲い来る間、反射時間やスタンドのスピード……それらすべての限界を超えて、
紅葉のブラック・スペードは拳を振り上げた。
ドォン!!
銃口から、細い白煙が立ちのぼる。
ディザスターアジトの地下室……銃声はコンクリートの壁に跳ね返って幾重にも重なり、誰の耳にもキーンという耳鳴りが残る。
兵のそれぞれが撃った弾は3~4発。確実に頭部を狙うのと、無駄な弾は使わない理由で、弾倉すべてを吐き出したりはしなかった。
とはいえ、6人の兵達が放った銃弾はおよそ20発。そのすべてが頭部に向けて放たれており、
いくら殺しが稼業ともいえる彼らにとっても、それを喰らった者の姿は見るに耐えないものだ。
しかし、彼らは紅葉から目を離すことができなかった。
目を見開いて……『目の前の出来事』をどうにか理解しようとしている。
しかもそれは兵だけでない、棟耶でさえも……『今、目の前で起こっている出来事』を理解できないでいた。
それは、まるで有名な映画のワンシーンのようだったのだ。
***「ひとりで……たったひとりで勝ったことがないからこそ……『私』はここで勝たなければならない。」
銃声の止んだ後の静寂を破ったのは、ひとりの女性の声。
***「私は、ひとりで勝たなければいけないんだ。……『模』のとなりに立つために!」
棟耶「なんだこれは……何が起こっている?どういうことだ、いったいこれはなんだ……『一之瀬紅葉』!!」
座り込んでいた紅葉は下を向いたまま、拳を地面につきたてていた。
紅葉「『ブラック・スペード』……私は今まであなたの力を、正しく理解していなかった……。」
そして紅葉はゆっくりと立ち上がり、胸をはって、キリッと棟耶をにらみつけた。
紅葉にむけて放たれた20の銃弾は……紅葉の目の前ですべて空中に『停止』していた。
「マトリックス」で主人公ネオが、空中で銃弾を止めたように!
紅葉「『衝撃』を……宙に『取り出した』。風船のように浮かんだ『衝撃の塊』が、銃弾の衝撃を受け止めた。そして……」
紅葉は手を前にかざした。
紅葉「『解放』しろ、ブラック・スペード。」
バシュッ、バシュバシュッ!!
*「うぐっ!」
*「ぐぁああッ!!!」
空中で停止した20の銃弾が、今度は兵士達に向けて放たれた!
ほとんどが外れたが、いくつかの弾丸が3人の兵に当たり、致命傷を与えた。
棟耶「なな、なんのマネかわからんが、追撃だッ!構ええぃッ!!」
ザッザッ!
3人の兵はうろたえながらも、射撃の体制をとる。
しかし、そのときすでに紅葉は行動を取っていた。
紅葉「零さんにもらったこれ……使わせてもらうよ、『煙幕弾』。」
ピンッ
紅葉は煙幕弾のピンをとり、目の前に落とした。
ブシュゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウ……
大量の白煙が噴出し、通風孔の少ない地下室はたちまち煙が立ち込め、
兵士達からは紅葉の姿が見えなくなった!
棟耶「う、うろたえるなッ!動くなよ!足音にさえ注意すれば……。」
バギッ!
*「グァアッ!」
ドガッ!
*「グッ!」
棟耶「な………!?」
棟耶の見えないところで、兵が殴られている。
足音は……聞こえない。
間違いなく紅葉の仕業のはずなのだが、棟耶からは何も見えない!
棟耶「何が、起こっている!?何が!?」
周囲を見渡しても真っ白の煙があたりを包み込み、近くにいたはずの兵達の姿も見えない。
バギィッ!
*「うぐぁ!」
残っていた3人の兵達が、次々と倒れた。
床が軋むような音がするのは兵が倒れたときだけ。
紅葉が壁や床を殴れば、その音が聞こえるはずだが、それもない!
棟耶(クソ……何も見えなければ、私の能力を発動することはできない!)
棟耶「右か……左か……後ろか……!!」
棟耶はエル・シドを繰り出して、紅葉の攻撃に備える。
とはいえ、どんな攻撃をしているのか検討もつかない状況では、迎え撃つことなどできない。
棟耶は、ただ紅葉が姿を現すのを待っていた。
紅葉「こっちだ!」
ブフォオッ!
棟耶「!!」
突如、棟耶の目の前に、紅葉が現れた。
しかし、紅葉の姿を見ても、棟耶はいまだ何が起きているかわからなかった。
一之瀬紅葉は……宙に浮いていたのだ。
スノーボードに乗るように、横向きの体勢で……まるで、宙を滑っているかのように、浮いていたのだ。
紅葉「『ブラック・スペード』!!」
棟耶「しまっ……!」
ブラック・スペード「ドラアアアアァァァァァッ!!!!」
ボグォ――――――ン!!
棟耶「ぐふぉ―――ッッ!!」
ズダァーン!
空中からのブラック・スペードの攻撃に、エル・シドのガードは間に合わずモロに喰らってしまった。
紅葉「取り出した『衝撃の塊』は、足場にすることもできる。さらに、後尾から衝撃を小出しにしていけば、こうして滑空することだって可能だ。
ブラック・スペード……衝撃の『エアライド』!」
【名前】
一之瀬紅葉
【身長】
169.8cm
【血液型】
AB
【好きな食べ物】
そば屋『有す川』のかけそば
【嫌いな食べ物】
カリフラワー
【趣味】
野球観戦(楽天ではなく西武)
【好きなマンガ】
『エースをねらえ!』『ガラスの仮面』
【スタンド名】
ブラック・スペード
【タイプ】
近距離型
【特徴】
スペードの形の装飾を身に着けたモノクロトーンの人型スタンド。
【能力】
スタンドが発生させた衝撃を操作する能力。
たとえば、スタンドが壁を殴ったとする。このスタンドのパワーなら通常壁は粉々になるところだが、
「衝撃を操作する」ことでその衝撃を別の場所に移して開放したりすることができる。
目覚めた当初はそのくらいの使い方しかできなかったが、成長し、能力の扱いが上手くなるにつれ、
衝撃の開放を小出しにすることで内部構造を(多少乱暴にだが)組み変えたり、
殴ったものから「衝撃の塊」を飛び出させ、飛び道具や足場にすることもできるようになった。
たとえば、スタンドが壁を殴ったとする。このスタンドのパワーなら通常壁は粉々になるところだが、
「衝撃を操作する」ことでその衝撃を別の場所に移して開放したりすることができる。
目覚めた当初はそのくらいの使い方しかできなかったが、成長し、能力の扱いが上手くなるにつれ、
衝撃の開放を小出しにすることで内部構造を(多少乱暴にだが)組み変えたり、
殴ったものから「衝撃の塊」を飛び出させ、飛び道具や足場にすることもできるようになった。
破壊力-A
スピード-B
()
()
射程距離-E
(能力射程-C)
(能力射程-C)
持続力-D
精密動作性-B
成長性-A
煙が晴れた。
地下講堂には、倒れたまま嗚咽をあげている兵達と、頭をおさえてうずくまる棟耶、そしてその前に立ちはだかる紅葉の姿があった。
紅葉「なんだかアンタとはずいぶん長い時間戦っていた気がする……。でも、それももう終わりだッ!!」
*「……一之瀬紅葉ァァッ!!」
紅葉が棟耶に追撃を加えるべく向かおうとした矢先、倒れていた兵の一人が紅葉に向け銃を構えていた。
紅葉「……ッ!」
*「棟耶様を……守らねばッ!」
紅葉「……銃を放したほうがいいよ、アンタ。」
*「何だって……?」
ドガァァァン!!
*「うぎゃあああああああッッ!」
兵の持っていた銃が突然破裂し、兵は銃を手放した。
勿論、ブラック・スペードの衝撃の操作によるものである。
紅葉「…………ッ!」
しかし、その間に棟耶はすでに起き上がってしまっていた。
棟耶「くそ……まさかこの短時間に成長してしまうとは……。」
棟耶(パンチの衝撃が……いまだに頭にギンギン響く……。能力だけでない、パワーも成長している。
紅葉はまだ気づいていないだろうが、エル・シドにも匹敵するほどのパワーだ……。)
<ディエス「スタンドの最も予期できぬ部分、それが『成長性』……。
窮地に立ち、成長したスタンドは我々でも計り知れない能力を発現する可能性がある。
奴らが我々に刃向かうことができるとすればそれは『成長』によるもの……だ。」>
棟耶(ボスのおっしゃっていた通りか……。頭ではわかっていながらも、『成長』は確かに予期できぬものだ。)
棟耶「だが……私は乗り切った。空間に取り出す衝撃の塊……目に見えぬチカラの塊はたしかに私にとって脅威だ。
しかし、私の兵の功績により、もはや私に負けはない!!」
紅葉「功績……?」
棟耶「起き上がるだけの時間稼ぎをしたこと……そして、おまえの衝撃を使わせたことだ。」
紅葉「………!」
棟耶「今、銃を破壊した衝撃……アレは先ほどの煙幕の中、おまえが乗っていた衝撃の塊だろう。
一度に操作できる衝撃はひとつ……それは変わらぬはずだ。
でなければ、おまえは私に直接攻撃せずにもう一つの衝撃の塊を飛ばせばいいわけだからな。」
棟耶「すなわち、今目に見えぬ衝撃の固まりは宙に浮いてはいない。新たに作り出さねばならぬはずだ。
だが……それももうやらせはせぬッ、『エル・シド』!!」
ガシィィィン!!
エル・シドが発現し、両の拳を突き合わせた。
『時をぶれさせる』……事象の入れ替えの能力の発動準備を整えた。
棟耶「さあどうする……?床を殴って衝撃を取り出そうが何をしようが、すぐに能力を発動させてやる。」
紅葉「…………」
紅葉は立ち止まった。エル・シドの能力……朧げながらに把握してはいたものの、未だ看破したわけではなかった。
だが、紅葉は……
紅葉「棟耶、私は予告する……。私は、アンタを正面からブン殴ってやる。」
棟耶「……ハッタリか?それは無駄なことだ一之瀬紅……」
紅葉「ハッタリじゃあない、これは予告なんだって。」
棟耶「どちらでもいい……どこからでも、かかってくるがいい!!」
紅葉「どこからでもか……後悔するよ、棟耶!!」ダッ!
紅葉はスタンドを発現させ、棟耶に向かって駆け出した。
そしてその瞬間……エル・シドの能力が発動する!
ドォ―――――z__________ン!!
視界の色が反転し、エル・シドの世界へ入った。
これから起こる事象の、録画の段階だ。
この世界の中で紅葉は棟耶に向かって駆け出した。
棟耶の正面に一直線に近づき、ブラック・スペードの拳を振り下ろした。
先ほどの予告どおりの行動……この間に、小細工を仕掛けている様子は棟耶の目からは一切見られなかった。
棟耶「愚かな……愚かだぞ、一之瀬紅葉。成長の実感による気分の高揚か……勢いだけで私に競り勝とうとしているのか?
やはり、私のほうが上回っていたようだ。成長……おそるるに足らずだな。」
エル・シドの拳のレバーが左右に動いた。
棟耶「結局、いつもと同じだ。『駆け出す前に拳を振り下ろさせ』、『私の元へ近づく』……。
それから私が渾身の一撃でなく、間をおかず連打を放てば、紅葉には防ぎようがない。」
ブラック・スペードが振り下ろした拳は、棟耶の目の前でピタリと止まった。
棟耶「たった髪の毛ほどの差だが……及ばなかったな、一之瀬紅葉!『時は再生する』ッッ!!」
ドォ―――――z__________ン!!
色が元に戻り、紅葉が駆け出す前の時間に戻った。
紅葉「どこからでもか……後悔するよ、棟耶!!」
棟耶「…………」
棟耶は紅葉を迎えうつべく、正面に向かって構えた。
ブオンッ!!
紅葉「………ッ!!」
エル・シドの操作したとおり、ブラック・スペードは棟耶に駆け寄る前に拳を振り下ろした。
棟耶(良し、失敗はない。後は、紅葉が駆け寄ってくるだけだ。)
そして、紅葉はスタンドを発現させたまま、棟耶に駆け寄った。
先ほどと違うのは、ブラック・スペードが攻撃の態勢をとらないまま駆け寄ったことだ。
棟耶「終わりだ、一之瀬紅葉!!!」
グオッ!!
駆け寄ってくる紅葉に合わせ、エル・シドが拳を振りかぶった。
大きく身をそらさず、あくまで腕だけを引いた。
すぐに追撃を放つために。
棟耶は紅葉が正面から駆け寄ってくるのを待った。
棟耶「…………?」
そのとき、棟耶はある一つだけ、違和感を抱いた。
能力を発動したとき、無防備で駆け寄ってくる相手の表情は、いつも驚きか、焦りかのいずれかしかなかった。
それははじめて能力の影響を受けた相手に限らない。二度、三度能力を受けた相手でも、表情はこわばっていた。
だが、
向かってくる紅葉は、
焦っている様子はなかった。
今にも攻撃を仕掛けんとばかりに、
真剣な目を、向けていたのだ。
紅葉「『ブラック・スペード』……衝撃を解放しろ。」
棟耶「何ィッ!?」
バヂッ!!
直後、空気が破裂する音が聞こえ、棟耶の『背中に』衝撃が走った。
予想だにしない、無防備の背中に走った衝撃は、棟耶の前身を大きく開かせた。
棟耶はエル・シド共に身をのけぞらせ、近寄った紅葉に攻撃を仕掛けるどころか、防御すら不可能な体勢になってしまった。
棟耶(何だ……どういうことだッ!私は……今の間にブラック・スペードが衝撃の塊を生み出すのを見ていないぞ……。)
棟耶「…………!!」
<紅葉「取り出した『衝撃の塊』は、足場にすることもできる。さらに、後尾から衝撃を小出しにしていけば、こうして滑空することだって可能だ。」>
棟耶(『衝撃の小出し』……!もし、銃を破壊した衝撃が、衝撃の塊のパワーのすべてでなかったとしたら……!
銃を破壊した後で再び衝撃を空間に取り出し、たった今……私の背後に潜ませておいたのだとしたら……!!
空間に浮かぶ衝撃の塊は、エル・シドの世界で見ることはできない……。)
棟耶(『負けはない』と私が言ったとき、本当はすでに私は……!!)
紅葉「予告どおり……!」
棟耶「ハッ!」
紅葉が棟耶の前で立ち止まった。
同時に、エル・シドが操作していた時間が終わった。
しかし背中に、脊髄に走った衝撃は全身をしびれさせ、棟耶は身動きが取れないままだった。
紅葉「仕舞いだ……『ブラック・スペード』!!」
棟耶「ウウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
ブラック・スペード『ドラララララララララララララララララララララララララララララララ!!!!!』
ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴ!!!
ブラック・スペードの拳が、棟耶の全身に放たれた。
紅葉「うううおおおララララララアアアアアァァァァァァァ!!!!!」
ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴ!!!
棟耶「…………ぐ………お……」
エル・シドが消え、棟耶の体は崩れ落ちた。
ブラック・スペードの拳が棟耶の頭上を空振り、攻撃が終わった。
紅葉「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。」
棟耶「ぐ……う………」
棟耶は床に仰向けに倒れ、うめき声を上げている。
スタンドを発現させる力は残されていないものの、意識は失ってはいなかった。
紅葉「…………」
紅葉は棟耶に背を向け、扉のほうへ歩き出した。
棟耶「待て…………。」
紅葉「…………何?」
棟耶「なぜ、トドメを刺さない………。」
紅葉「…………」
棟耶「……一之瀬紅葉…おまえはスタンド使いであることを除けば、ただの高校生だ。……人を殺したことなどないだろう。
だが、我々が……どういう人間…………なのか、わかるはずだ。…………特におまえにとっては……私は生かしていい人間ではないだろう。」
紅葉「あなたが……『生かしていい人間ではない』?」
棟耶「……私の目的を話しただろう。『ディザスター以外のスタンド使いを排除する』……私はこれからもそれを変えるつもりはない。
………………『杜王町を守るため』にな……。」
紅葉「…………」
棟耶「紅葉、おまえも…………『杜王町を守るため』に戦っているのならば、私を殺さねばならないのだ。」
紅葉「私は、あんたを殺したりなんかしないよ。」
棟耶「怖気づいたのか……ッ!そんな覚悟で……おまえがこの町を守れると思っているのか!?」
紅葉「違うよ。」
棟耶「ではなぜだッ!」
紅葉「あんたが……杜王町の住人だからだ。」
棟耶「な…………!」
紅葉「私はこれからも、スタンド使いを含め杜王町のすべてを守ってみせる。
だからこそ……あんたを救ってやるのさ。」
棟耶「…………」
紅葉「もしあんたがこれからまた杜王町の誰かを襲おうとするのなら、また私が相手になるよ。」
棟耶「バカなッ……バカな……。」
紅葉「じゃあね、棟耶。今度はディザスターじゃなく、杜王町の住人として会えたらいいね……。」
バタン!
紅葉は地下講堂から出て行った。
講堂に残った棟耶は、仰向けに倒れたまま天井を見上げた。
天井の蛍光灯の白い明かりが目に刺すように眩しい。
ディザスターに入ってから、棟耶はずっと思っていた。
死んだ妻と娘が、今の自分を見たら何と言うだろうか。
きっと……いや、必ず快く思ってはいないだろう。
だが、それを言葉にするものはディザスターの中には誰もいなかった。いるはずがなかった。
自分はきっと、自分を止めてくれる人間を、自分よりも強い心を持った人間に出会うのを待っていたのだ。
しかし、まさかそれが自分の故郷……杜王町の人間だとは、それも死んだ娘と歳の近い少女だとは思わなかった。
棟耶「私も含め救ってやる、か……。」
棟耶の目から涙が零れ落ちた。
【別荘地帯→ディザスターアジト内、地下講堂】
○ 一之瀬紅葉 - 棟耶輝彦 ×
to be continued...
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