第二章「FFF」
「ちょっとすいませェーん!」
旅館の敷地を出て右の角を曲がったところの畑で鍬を持っていたおじいさんに声を書ける。
「はぁ?なんか用かのォ~?」
「人を探してまして…」
携帯の画面を差し出しておじいさんに見せる。妹智恵の写真である。
「うちの妹なんですけど…見ませんでしたか?」
「う~~~ん…さぁのォ…畑仕事に集中しとったから通っとたかもしれんが…どうかのォ…」
「そうですか。ありがとうございました」
「役に立てんですまんの~」
「いえ、では失礼します…」
ジャンプを売ってるといえば本屋とか売店とか?コンビニはないよな…
祐介はとりあえず手当たり次第店を当たって聞込みをすることにした。
―――
――
―
もうかれこれ聞込みを初めて20分が経とうとしていた。有力な手がかりはゼロ。
こんなところでモタモタしてるうちに妹は…と悪い方へ考えてしまう。
「クソッ…!」
ドカッと地面を靴のつま先で蹴り上げる。自分の無力さへの怒りだ。
とぅおるるるるるるるるる
「おっと電話だ…着信は…兄貴からか」
「もしもし、祐介。何か情報はあったか!?」
「いや…それが…さっぱり…」
「そうか…俺の方も全然情報が得れなくて参ってたところだ…
そこで俺は仲間を呼んでローラー作戦を試みる…。俺ら2人で探してるんじゃ埒があかないからな」
「おお!!さすが兄貴!!ところで仲間っつーのは…?」
兄貴の交流は広く深い。期待していいだろう。
「三号室の『五十嵐君』や四号室の『吾郎さん』に声をかけてみるよ
あとツレを1人…」
ツレ…?ああ、あの人か…。俺は彼を苦手としているので口を引きずりながら空笑いをしておく。
「じゃあ切るぞ。何か見つけたらすぐに電話してくれ」
プッと電話は切れる。
ふと、旅館で会ったあの変態オヤジのことを思い出す。
まさかあの野郎が…?一応探してみる価値はあるか。
―――
――
―
俺は織星荘へ戻り、敷地内の庭を捜索することにした。
あのおっさんが吹っ飛ばされたのは確か…このへんなんだよな…。
「お…うおお…」
ん?何だ今の声は…幻聴…ではないよな?
耳を済ませて聞いてみよう。
「うおお…だ…誰か…助けてくれェェェ~~~…」
どこかで聞き覚えのある小汚くて醜い声。
音のするほうへ寄ってみるととんでもない物を発見する。
「あちゃー…」
「おおお…お前はッ!あの時のッ!!も、もう赦してくれよォォオ~!!」
なんとずっぽりと穴へはまっていたのだ。あの衝撃で開いた穴なのか、元々あった穴なのかは分からないが。
盲点というか…確かに部屋から見てたら気づかないわな…上から見ないと。
「俺はアンタがもしかしたらうちの妹を攫ったんじゃないかって…思ってたんだが…そんなことなかったぜ」
「赦してェー!お助け下さいィィイー!!」
はぁ…無性にむかっ腹が立った。本来は自分への怒りだが、ちょうどよく当たれる物が目の前にあるじゃないか。
俺は『U2』を出して拳を男へ向ける。
「ボーノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノ
ボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノボノォォォ―――ジ・エッジ!!!」
「あぶぁぅうおあああああああああ」
ボゴッズンッズシシッズシンッ
『U2』のラッシュを全身に浴びた男はズシンズシンと音を立てて穴よりさらに深く沈むよう落ちて行く。
男の体を約15t相当に重くしたのだから能力を解除するまでは穴から出ることはおろか動くことも出来無いだろう。
「今日一日そこでじっとしてな…妹に手を出そうとした罰だ」
鬱屈としていた気分はこれで少しは晴れたような気がするぜ。
しかし、こんな下らないことで時間を食ってしまったのは痛い。
自分が的外れの行動をしてしまったことに悔恨する。
さっさと妹を探しに行かなくては。まだ行ってない場所…はっきり言って行った場所の方が少ないくらいだ。
兄貴が呼びかけた協力者を期待するしかないのか…。
とりあえず何もしないというわけにもいかないので街のほうへ行くことにした。
見渡す限り、人、人、人。何故こいつらは人混みの中にいることが出来るのだろう?
理解の範疇を超えてるね。全く持ってクレイジーだ。
この雑踏の中を掻き分けて探すのはさすがに無理がある。
それに、こんな目立つところにノコノコ出てきてるはずがない。
木は森の中に隠せと言うが白昼堂々と犯罪者が街中を通ったりはしないよな。
悪人どもは明るい所よりは暗い所を好む性質があると勝手に思い込んでいる。
「暗い場所…屋内に入られたら探しようもないじゃないか…」
時計に目をやると3時を回っていた。妹が旅館を出てから3時間以上が経過していて焦らずにいられなかった。
今気づいたんだが車で移動されてたらどうしようもない。本当に見つけることが出来るのだろうか。
次第に焦燥感に苛まれ出した俺は街中で叫び出してしまう。
「ちっくしょ―――!!!いるなら出て来いってんだ―――ッ!!!」
ざわ… ざわ…
「…何なんだありゃ。キチガイか?」
「良ちゃん、見ちゃいけません!こっち行きましょ…」
「うわぁ…誰か早く黄色い救急車呼べよ(笑)」
思いっきり白い目で見られてます…。何やってんだ俺は…頭冷やさないとな。
とぅおるるるるるるるるる
携帯を取り出して画面を開く。兄貴からの着信だ。
「もしもし!」
「祐介ッ!『五十嵐君』が妹と男2人を目撃したそうだッ!!」
「な、なんだって!?」
「どうやらそこは俺よりお前の方が位置的に近いらしい!
場所は―――」
兄貴に言われた場所を携帯のマップを見て確認する。
どうやらそこは此処から3km先にある倉庫らしい。
「五十嵐さんの『アクロース・ザ・メトロポリス』は本当に凄いぜッ!
同じアパートに住んでてよかったって心の底から思うよッ!」
「俺も今すぐそっちへ駆け付けるッ!急げ祐介ッ!!」
「ああ!分かってる!」
即座に電話を切って、雑踏の中を駆け抜ける。
100m12秒台の脚と野球部で鍛えた持久力は伊達ではなくあっという間に目的地にまで辿り着いた。
倉庫の数百メートル前に俺と同年代と思われる少年が立っていた。
近づけば一目瞭然、よく知っている人物だ。ホッと安堵して肩を撫で下ろす。
「五十嵐さんッ!」
祐介は少年に声をかける。
「ユーちゃん!待ったよッ!!」
俺のことを馴れ馴れしくユーちゃんと呼ぶ少年は祐介達が住むアパートの住人である。
通う学校は違うが一歳年上でそれなりに親しくしてもらっている。
「いきなりお前んとこの兄貴に呼び出しくらっちゃってさァ~~俺だって用事の一つや二つあるってのに」
「いや~マジですんません…今度菓子折りでも持って行き…ってんなこと話してる場合じゃねーッスよ!!」
「そ、そうだな…」
臆してる五十嵐さんを無理やり引っ張って倉庫の付近にまで近づく。
「鍵がかかってますねェ…ま、俺の『U2』ならこの程度十分破壊出来るケド」
「ボノォ!!」
掛け声とともにパンチを繰り出して扉を破壊する。
「な…誰もいな…ッ!?」
「バカめ!」
カランッ!音が聞こえた瞬間、五十嵐さんが倒れこみ、次いで俺の左手に激痛が走る。
左手がまともに動かない。
神経の隅々まで痺れて指一つ動かすことが出来ないのだ。
十中八九スタンドによる攻撃なのだろうが何をされたのか分からなかった。
背後を振り返ると無精髭を生やした男と無駄にイケメンな男の姿が。
「クックック…どうやら庄田の攻撃を間一髪のところでスタンドの手でガードしたようだな?
おそらく無意識による自己防衛…たいしたもんだよ全く」
「ま、俺の敵じゃないだろ濱元」
無精髭の方が濱元、イケメンのほうが庄田という名前のようだ。
「てめェらには色々と聞きたいことがあるッ!」
「あん?」
眉間に皺を寄せて恐ろしい剣幕で濱元が睨みつける。
「いい女だよなァ~!まだ名前も教えちゃくれねぇがよォォォ~~~後でたっぷり調教してやるよォ…イヒヒ」
庄田は醜く顔を歪めて気持ち悪い笑みを浮かべながら話す。
ここまでゲスだと返ってやりやすい。
「なるほどな…とりあえず妹は無事ってこが分かっただけでも十分だッ!『U2』!」
「ほう…そいつがお前のスタンドか…」
濱元はジョリジョリと髭をなぞりながら余裕面でこちらを伺う。
「ボノボノボノボノボノォ―――ッ!!」
『U2』は祐介の掛け声と同時に至近距離で濱元へ向けてラッシュを放つ。
「ちょいと社会勉強をしてやろう…『ジプシー・ロード』!!」
矢印柄のボロ布を纏ったようなボディと、体から離れた6本の腕のスタンドが濱元の体から飛び出す。
ガシィッ!『ジプシー・ロード』は4本の腕で『U2』の攻撃を腕を掴んで止める。
「何ィィィ―――!?」
残り2本の腕の手のひらの穴から『矢印』が放たれる。
「クックック…お前の体に『矢印』を付けて庄田のほうへベクトルを変えたッ!!」
「くっ…体が勝手に…それにこの能力ッ!『矢印』だとッ!?」
「ヘイッ!カモン!!」
俺はどうやら濱元のスタンドによって庄田の方向へ体が飛ぶようにされてしまったようだ。
ヒューゥゥゥゥゥ!!
俺の体は吸い寄せられるかのように庄田の方へ加速して行く。
庄田はプラスドライバーを両手に付けたスタンドを出して待ち構えている。
ドグシャァアアアアアアア
瞬間、庄田の体が横に吹っ飛んで電柱に直撃する。
「ワリィ、遅れちまったな」
「兄貴ッ!」
「そして、やれやれ…『矢印』ってのは俺の専売特許だろうがッ!このドグサレ髭野郎ッ!!」
確かに、被ってるもんな。怒るのも無理ない。
「てめぇ…よくも庄田をッ!!」
濱元は身を乗り出して兄貴の元へ向かう。
「っていうか俺の体を何とかしてッ!
濱元とかいう奴に付けられた矢印のせいで体が止まんねーッ!!」
「やれやれ…ほらよ」
秀彦兄貴は『ステイアウェイ』で俺の上着ごと矢印を破り捨てた。
「助かった…でも、俺の一張羅がァ……」
俺の着る服で一番高価なジャケットが…。
これもあの髭のせいだ。全てあいつが悪い。この服の弁償代はあいつに取って貰おう。
「兄貴にみっともないとこばっかり見せるわけにはいかないね…」
俺は鼓舞して兄貴の元へ駆け寄る。
「クソったれが…オイッ!庄田ッ!いつまで寝てる!!」
気絶していた庄田を揺さぶって無理やり起こす。
「う…濱…元…?」
「ぼけっとしてんじゃねーぞ!オメーは今からあのガキと殺り合うんだよ
俺はあのパクリ野郎と決着を付ける…」
「ああ…分かった…」
「沢村ァー!!この声が聞こえたらすぐに女を連れて行け!!例の場所で落ち合うぞ!!」
濱元は大声で沢村という名の者へ声を掛ける。この倉庫の周辺は工業地帯なので他の人間に声は聞かれないだろう。
倉庫の裏側から人影が出てくる。止めてあった車に妹を乗り込めて逃げるつもりだ。
俺たちが来たときには倉庫の裏口から出て待機していたのだろうか。
「兄貴ィ!」
「分かってる…既に祐介の足元に『矢印』を張り付けたッ!」
俺は足元に張り付けられた『矢印』が向けられた方向に高速で移動する。
「クソ野郎!行かせはしないぜ…『U2』!!」
『U2』で車に触れる。
ギャルギャルギャルギャルギャル…
「車が動かねぇ!!一体何をしやがったクソガキッ!!」
運転席に乗った沢村は何度も何度もアクセルを踏むが一向に車は前進しない。
「車を重くしたからなァ…車体が15tもあったら動くはずがない…それどころか―」
パンッと鼓膜をつんざく音と共にタイヤがはじけ飛ぶ。
「タイヤがその重さに耐えられるはずがない…お前車の外にいたら鼓膜が破れてたな」
ガチャリと車のドアを開けて沢村が出てくる。
矢印の刺青がある体格のいい男だ。
「クソガキが…俺ァキレちまったよ……覚悟しなッ!!」
そういうと沢村は体からズズズ…とスタンドを出す。
おいおい…マジかよ…嘘だろ…。
『矢印』づくしのデザインをしたスタンドが姿を見せる。
そのスタンドの腕は『矢印』の形をしていた。
「あらら…また矢印ね…何の巡り合わせだか…」
チラッと倉庫の前に居る兄貴の方へ目を向けると呆れ顔で肩をすくめていた。
「行くぜッ!『サイン・ポスト』!!」
『矢印』の腕が地を這うようにこちらへ向かってくる。
「何となくだけど…能力の検討はつくね…」
ボロボロのジャケットを脱ぎ捨てて矢印に投げつける。
ジャケットは猛スピードで遠方へ飛んで行き見えなくなった。
なるほど、やはりそういう能力か…。
「『矢印』は8本ある…お前は何本まで対応出来るかな?」
ジャケットを飛ばした腕は『サイン・ポスト』の元まで戻っていく。
車の陰からヌッと男が2人出てくる。やっとお出ましですか。
「祐介はヒデのほうを手伝ってやれ…こいつは俺らで十分だ」
「同じ屋根の下で暮らす人間が困ってんだ…見過ごすわけにはいかないね」
兄貴のツレの真嶋京輔さんと俺らが住むアパート四号室の必腑吾郎さんが登場。これで勝つる。
左のヘッドフォンを着けてガムを膨らませてるのが京輔さんで右の七三分けの髪型で妙な柄のズボンを穿いてるのが吾郎さんだ。
「ありがとうございます!コテンパンにやっちゃってください!」
この人達ほど頼もしい存在はいない。もし敵に回したら俺は速攻逃げるね。
「任せろ!こんなカス一瞬でケチらしてやるわッ!
お前はさっさとヒデの所へ行けッ!『デッド・エンド』!」
京輔はハエトリグサの中に頭のある奇妙な造型をしたスタンドを出す。
「ま…あの倉庫の破壊された扉でいいか…」
京輔がそういうと俺の体は瞬時に倉庫の前へ移動する。倉庫の扉と入れ替わって。
「ホント便利な能力だよな…」
京輔さんはちょっと口は悪いけどお節介焼きで基本的に良い人。
兄貴と出会ってから10年以上の付き合いがあるらしいが持ちつ持たれつの関係である。
兄貴が困ってたら京輔さんは助けるし、京輔さんが困ってたら兄貴は助ける。
「な、頼もしい増援だろ?俺はこの無精髭と戦うからお前はドライバー野郎と戦ってくれ」
「オッケー」
兄貴は苦戦を強いられながらも濱元と庄田の2人を相手に戦っていた模様。
「俺の能力と被ってる輩が2人もいるなんてな…
直々にどっちも始末したいとこだが…ま、あっちはあの2人に任せるとしよう」
能力が似てるのがそこまで嫌なのか…。
「そりゃこっちのセリフな!このパクリ矢印が!!」
濱元が威勢よく吠える。
何か次元の低い争いになってきた気がする…。
「俺の相手がこんなガキとはねェ…舐められたもんよ俺も」
庄田は俺のほうへ向かい合い、スタンドを出す。
「ハハ、俺もさ…お前みたいなショボイ奴とじゃつまんねーなって思ってたトコ
開始数秒でK.O.しちまったら観客が満足しねーだろ?」
低次元なら低次元らしく煽り合いでもしましょうか。
「言うねェ…そんじゃま…お前も倉庫の前で眠ってるガキのようになってもらおうッ!」
倉庫の前で眠ってるガキとは五十嵐さんのことだろう。そういえば起きてこないけど大丈夫かな。
っと、他人の心配してる場合じゃないね。どんな相手だろうと…全力で排除しなくては。
「『クレイジー・ガジェット』!!」
プラスドライバーが両手にあるスタンドが攻撃をしかけてきた。
「なるほどね…このドライバーで俺と五十嵐さんを攻撃したのか」
シュンっと攻撃を避ける。驚いたね。だって―――
「何だ…このスっとろい動きは…笑っちまうわ」
そう…致命的に動きが遅い。遅すぎる。
五十嵐さんが一撃でやられたのを見る限りだと破壊力は申し分ないんだろう。俺の左手もこのザマだ。
感覚が戻ってきやしないが…まあこの調子なら右手だけで十分だと思える。
「舐めた口を聞いてんじゃぁねェェェエ―――――――――!!!」
『クレイジー・ガジェット』はブンブンと腕を振り回す。
そんな稚拙な攻撃を俺は脚のフットワークと上半身の反らしだけで巧みに避ける。
野球部で鍛えた肉体がこんなところで生かされることになろうとは。
これはスタンド使いとしては屈辱だろう。
「テメェー!!殺すぞゴルァァァァア―――!!!」
全身の血が頭に昇ったような庄田の、『クレイジー・ガジェット』の動きは完全に読めた。
「取るに足らない雑魚だったようだな…お前みたいな奴と組んでる濱元とかいう奴も雑魚なんだろうなァ?」
スタンドを使わずとも勝てそうだったが何となく悪い気がしたのでスタンドで倒すことにしよう。
「うるせェェェェ―――テメェをぶっ壊してやらァァァァアアアア」
「『U2』!!」
『U2』は『クレイジー・ガジェット』の攻撃を避けてカウンターで右ストレートを顔面にお見舞いする。
「ぐはーッ!!イデエエエエエエ―――!!!」
それだけじゃないさ。
「な!?俺の体が浮かんでる…!?」
「お前の重さを限りなく『0』にした…」
ふわりふわりと庄田は空へ飛んでいく。
手放した風船のように。
「うわぁあああああああああ!!!!濱元ォォォオオオオオオオオ」
お前みたいなゲス野郎は天に近づくことで浄化されることを願うよ。
もっとも…上空の上昇気流で死ぬだろうがね。
生まれ変わったら真っ当な人間に生まれ変わってくれ。
「フン…無様な奴だ…もう少し使えるかと思ったが…雑魚はいらん」
兄貴と交戦中の濱元は飛んでいく庄田を一瞥してからまた視線を戻す。
動けないサイヤ人はいらないと言ったベジータを彷彿させる冷酷さだ。
「兄貴手伝おうかー?」
「大丈夫だって!祐介はそこで見学してろッ!!」
『ステイアウェイ』は地面に転がってる石ころ数個に『矢印』を付けていた。
ビュンっと音を立てて石つぶてが濱元を目掛けて飛んでいく。
「バカが…ッ!こんなもんスタンドで弾けるわッ!!」
「石のガードに腕を4本使ったな?」
「ハッ…!」
兄貴は濱元に接近して『ステイアウェイ』で『ジプシー・ロード』の残り2本の腕を掴む。
そして、『ステイアウェイ』の両足でデカイ体躯をした『ジプシー・ロード』の腹を蹴り飛ばす。
ドカッ
「何を矢印を張り付けれるのは手で触ったものだけじゃない…脚でも可能なんだよ…!」
濱元は派手に吹っ飛んで倉庫の敷地を取り囲むコンクリートで出来た塀の壁に勢い良くブツかる。
「よぉ~ヒデッ!あんなつまんねー雑魚を俺に当てやがって!!全然戦った気がしねーわ」
「どうやらそっちも終わったようだな…」
京輔と吾郎が無傷でこちらへ駆け寄る。沢村は電柱に縛られたままノビてるようだった。
吾郎の『セファリック・カーネイジ』が妹を抱きかかえてこちらへ歩み寄る。
妹も外傷は見当たらなく、無事だった。俺はホッと肩を撫で下ろす。
「さて…決着をつけますかね…」
兄貴はゆっくりと壁に打ち付けられた濱元の元へ向かう。
「『ジプシー・ロード』!この壁を砕いてアイツのベクトルに放て!!」
「……」
兄貴は『ステイアウェイ』の拳で壁の破片を弾く。
「こっちへ来るなァ―――!!」
「俺の足元の地面に『矢印』を付けた…加速するッ!!」
ギュンッと一瞬で濱元の前まで来る。
「色々とよォ~~~聞きたい事はあるッ!!だがな…とりあえず殴らないと気が済まねェ……アロ―――――クロスッ!!」
ドガガガガガガガガガ
『ステイアウェイ』のラッシュが濱元の体を打ち付ける。同時に矢印を付けて。
「派手に飛びなッ!」
「うわあああああああああああああ」
濱元は向かい側まで吹っ飛び、壁に打ち付けられる。
今度はあまりの勢いで濱元の体を中心に波状して壁に亀裂が入る。
当然頭を強く打ったので気絶。死んでなければいいけど。
「お疲れ様!」
祐介は労いの言葉をかける。
「これがパクリ野郎の末路よ…それより智恵は大丈夫なんだろうな?」
「ああ…寝息が聞こえるから薬品か何かで眠らされてたんじゃないかな」
「そうか…よかった」
兄貴は安堵の表情を浮かべる。
「おい、ヒデ。さっさとそいつ縛り上げろよ」
京輔は気絶した濱元を指さして拘束を促す。
「そうだな。縄まだあるか?」
「吾郎さんが山ほど持ってきてくれたぜ!吾郎さんッ!アンタ大人しい顔してソッチ系の…」
「な!馬鹿言わないでくれよ真島君ッ!!俺がそんなことッ!!」
「冗談のつもりで言ったんすけどねー…えらい動揺しちゃってまあ…」
「まあまあ!そんなことより早く縛りましょう」
俺は喧嘩に発展する前に二人の間に分け入って話題を切り替える。
「祐介、こいつ押さえといてくれ。俺が縛―――」
兄貴が縄で濱元を縛ろうとした瞬間、濱元の胸を何者かの爪が貫く。
「スタンドだッ!!」
人参のような頭をした茶色のカニのような人型スタンドだった。
貫かれた濱元の体は次第に膨張していき、肉片がはじけ飛ぶ。
ブッチャァアアア
「ハイシャニハ…セイサイヲ…クチヲワラレテハコマル…」
「喋ったぞコイツ!!」
この謎のスタンドは一体何者が差し向けた者なんだ!?
「サワムラコウジ…ミツケタ」
沢村の元へ走っていく。
「追いかけよう!」
兄貴の言葉に頷き、皆で謎のスタンドの後を追う。
謎のスタンドはズバッと電柱に縛られた沢村の体を切り裂く。
そして、沢村の体は切り裂かれた部分が膨張を始めて、さっきの濱元のようにはじけ飛ぶ。
俺たちは驚愕した。何なんだこのスタンドは…味方なのか敵なのか…と。
人参頭のカニみたいなスタンドだからこいつは便宜上『カニンジン』と呼ぶことにする。
「ショウダヒトシ…ミアタラナイ…」
カニンジンはキョロキョロと辺りを見渡す。
「庄田…?ああ、あいつなら俺が倒したけど…」
「ソウカ…ナライイ…デハ、ワタシハカエル」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!お前は一体何者なんだ?」
「イズレ…マタアウコトニ…ナルダロウ…イマハ…ソノトキデハナイ」
「待ちなッ!俺はあの男たちに聞かなくちゃいけないことがあったんだ…
代わりにお前に聞かせてもらうぞ…言わねェってんなら力づくで聞くまでだッ!!」
兄貴は身を乗り出してカニンジンの前に対峙する。
濱元らに聞きたがってたこととは一体何だろう?
「ナンドモイワセルナ……
タダヒトツ…イッテオコウ…ワレワレノスヲツツク…レイギシラズナトリハ…シマツスル」
「何だと!?」
「サラバダ…」
そう言い残してカニンジンは場を去ろうとする。
「逃がすもんか…せっかく掴んだのに離してたまるかッ!!」
兄貴は『ステイアウェイ』でカニンジンを攻撃する。
カニンジンはバッと猿のように電柱に飛びつく。
電柱の上まで登って塀の向こうへ飛び降りていった。
兄貴はスタンドを飛ばして塀の向こう側を調べるも既にカニンジンの姿は無かった。
「クソッ…逃げられた…!!せっかく…親父の仇に辿りつけると思ったのに…」
「兄貴…それは一体どういうことだ!?」
親父の仇…それは9年前のあの夜に父親を殺した男たちのことだろう。
しかし、一体どういうことだ?今回の奴らと関係があるのか?
「それは私から話そう、有嶋祐介君」
背後から声が聞こえ、振り向くとメガネをかけて顎に髭を蓄えたスーツ姿の男が立っていた。
「何から話していいものか…そうだな、この事件は計画されたものなのだよ」
「え…?」
唐突の告白に俺は理解が追いつかなかった。
「奴らがここに来ることは見当がついてたってことだ
そして…君の妹は囮…奴らを誘き出す撒き餌だったのだよ」
「スマン…お前を騙すつもりはなかったんだが…」
兄貴が頭を下げる。
「2日前にこの久坂さんと会ってな…奴らが現れる日付や場所などを教えてもらった。
奴らが起こした時点は目星がついていて…その被害者は皆若い十代の女の子…つまり…」
「じゃあ智恵を利用したって言うのかよォ!!もしものことがあったらどうしたんだよ!!」
俺は激昂して兄貴の胸ぐらを掴む。
「それは…最初から京輔たちに奴らを張っててもらって…俺も…」
「じゃあ何で俺が来る前に奴らを押さえなかったんだよ!」
「君を戦いの渦へ巻き込んでいいのか、お兄さんは悩んでいたんだ」
久坂は俺の手を掴んでそっと兄貴の胸ぐらから離させる。
「祐介君のスタンドが強力のはわかっている…だが、まだ若く戦闘経験に乏しい少年を、弟を巻き込んでいいものかとね。
そこでお兄さんは君が戦うよう仕向けたのだよ」
「ああ…スマン…確かめさせてもらった」
「悪いな祐介君…騙すつもりは無かったんだが…」
吾郎は申し訳なさそうに謝る。
「だからって…」
俺はまだ納得しきれなかった。
「しょうがなかったんだ…許してくれ…親父を殺した仇を見つけるにはこれしかなかった」
「さっきもそれ言ってたけど…一体奴らとどういう関係があるんだ?」
久坂はコホンと咳払いをし、語り始める。
「単刀直入に言うと君たちの家を襲った者と今回の3人は同じ組織の人間だ
そして君のお父さんもその組織に所属していた…研究所の研究員としてね
私もその研究所の研究員として君のお父さん…圭史郎と共に『スタンド』を発現させる素となる『ウイルス』について研究していたんだ
様々な分野の学者や医者などが組織に引き抜かれた。圭史郎は組織に入る前にウイルスの研究でいくつか論文を書いていたな」
「『ウイルス』…!?」
「祐介君の家にあった短剣…あれは剣の部分に『ウイルス』が付着していたんだ
それに感染することによって君たちはスタンドに目覚めることが出来た…」
ふとあの事件の日の父親の言葉を思い出す。
『お前みたいな末端の戦闘員は何も知らないだろうな…
今お前を殴ったのは俺の横に立つ『スタンド』によるものだ。もっとも見えないだろうが。
そして、それを発現するきっかけを与えたのが…お前が壁から取った短剣だ』
何故今まで気付かなかったんだろう…そうか、俺たちは短剣に刺されたからスタンドに目覚めたのか。
父親を殺したのは組織の末端戦闘員…今はどの程度の地位にいるかは分からないが、久坂の口ぶりから察するにまだ組織に属しているのだろう。
父がその研究所でスタンドの『ウイルス』を研究してたとは…研究員だというのは知っていたが…。
「その『ウイルス』を研究してた組織が何故犯罪に及ぶんだ?」
俺は当然抱くであろう疑問を投げかける。
「9年前の事件は圭史郎が組織を裏切ったことが発端だ
事件の数年ほど前から組織の者共は一般人を攫って人体実験を始めだした…
組織の創設者が暗殺されたせいで歯止めが効かなくなったのだ
派閥が出来て勢力は二分三分されていき…それぞれが組織の中で有利に立つには武力を得るしかない
そうして奴らは拐ってきた一般人をスタンド使いにしてそれぞれの戦闘部隊を作っていった
悪人のほうがスタンド使いに目覚めやすいという研究結果があったから組織の者共もこぞって悪人を攫った
悪人どもが集まった組織だ…犯罪も自然と起きてしまう。組織の統率が行き届くほど飼い慣らされた連中ではない
この県の犯罪の5割は奴らが起こした犯罪と見ていいだろう。現に10年前と比べて犯罪が倍近く増えた」
「なる…ほど…」
「圭史郎はそんな組織に嫌気が差して組織を抜けようと考え始めた…
私は怖くてその時は見ているだけだったが…
それを嗅ぎつけた組織の幹部どもは末端の戦闘員に圭史郎を殺すことを命令したわけだ
組織の創設者が殺したのは急進派や過激派の者共だろうと私は考えている
奴らは穏健派や裏切り者を抹殺して組織を乗っとろうと画策し、まず圭史郎が目を付けられた
圭史郎が殺されて私たち研究員は組織から逃亡しようとしたが、私以外は皆殺されてしまった…」
「そんなに詳しいんならさ…今その組織の母体がどこにあるのか教えてくれよ!」
「いや、それが奴らの足取りは掴めないんだよ…
月に数回集会をするそうだがその場所は毎回変わるため特定が困難だ
研究所は既に閉鎖しているしな…
それに組織は相当大きいものになっている。元からいる連中に加えてテログループや宗教団体、ヤクザ等も傘下にあって…
資金提供者もついているらしく、また、企業や政治団体、警察幹部とも繋がりがあるようだ
先程犯罪が増えたと言ったが検挙数自体は高い…組織は一般人に犯罪を犯させているからで、その見返りとして組織の犯罪は見逃してもらっている
組織の構成員は末端の者も含めて五百人を超えると見ていいだろう。宗教団体の信者の数まで含めると数千人は下らない」
「はぁ…マジっすか…」
そんなオオゴトに巻き込まれちまったのかよ…。
「奴らは狡猾だ…警察も発見に至ってない事件は数あるだろう…
いや、見て見ぬふりをしてる事件も多い。警察は腐っているんだよ
だが、今回の3人は稚拙な犯行で証拠も多く残していた
3ヶ月ほど前から女を攫ってはここの倉庫で犯行に及んでいたようだ
攫って来た女に興味が無くなると殺して捨てていたと思われる」
俺はこの街に蔓延る闇に戦慄する。
確かに犯罪は増えて街行く人々の顔も暗くなっていた。
学校の生徒の身内が殺されたと言う話も何度か聞いたことがあった。
そんな身近に奴らが潜んでいると思うと背筋が凍る。
兄貴は正義の人だ…この話を聞かされたら心も動いてしまうだろうな。
父親の仇という問題だけじゃなく、この街でのうのうと殺人を行っている奴らがいれば見過ごせない性格。
この世界でもっとも妹を大事に思ってるのは誰でもない、兄貴だろう。
この決断に至ったまでには相当悩んだに違いない。
旅館で時折見せた思い詰めた顔はこのことを考えていたからだと思える。
「現在の組織の目的は…簡単に言うと日本をひっくり返すことだ
私や圭史郎がいた頃はまだそんな力は無かったが今はその力がある
スタンド使いと言えども十人程度なら完全武装した機動隊やSATには到底勝てないだろう
だが、スタンド使いが百人もいるとなれば別だろう?」
スタンドを持つ身としては分かる話だった。
真正面から来る弾丸ならスタンドで弾くことも可能だがあらゆる角度から同時に飛んでくれば対応出来無い。
ましてや閃光弾や火炎放射器などもあればものの1時間もあれば制圧されるだろう。
しかし、百人もいれば…。
「なんスかソレ!!マジパネェー!!」
京輔が若者らしいリアクションで応える。
「他にも聞きたい事はある…あの濱元達を殺した爪を持ったスタンドは何者なんです?
それに…9年前の時も天井に黒い奴がいた…おそらくスタンドだと思うんだけど」
俺は久坂に問いただす。
「さあな…正体までは分からんが、奴らから情報が漏れることを恐れて始末しに来たんだろう
どこかで何らかの手段を使って組織の人間を監視しているんじゃないかな
そして、あのスタンドは『遠隔自動操縦型』だと思う
この敷地内で数十メートルはあるから近距離型は有り得ないし、逆にただの遠隔操作型ならあのパワーは有り得ないからだ」
「なるほど…そうだとしたら俺たちを攻撃しなかったのは妙だな」
「いくら何でも俺たち4人を相手に戦うのは厳しいだろ」
兄貴が答える。
あのスタンドはいくら自身が強くても4人相手では勝てないと踏んだのか。
そうだとしたらいずれ強いスタンド使いを俺たちに仕向けるかもしれないな…。
いやー困った困った。
「へっ!そりゃそーよ!!」
京輔は鼻の下に人差し指を当てて得意気に振舞う。
「そこで…私から君達に…頼みたいことがある」
久坂は神妙な面持ちで俺たち全員を一瞥してから口を開いた。
「目には目を…組織に対向するなら組織をッ!
私は奴らに対向するために組織を作った
私と同じく組織を抜けた者や正義の心を持つスタンド使いを集めている…
そして、君達は十分戦えるし、正義の心も持っている!
どうか私に力を貸してくれないだろうか!?」
やめろよ…そんなこと。
決まってるじゃないか。
「面白そうじゃねーか!ちょうど日常に退屈してたとこッスよ!」
「真島君…」
「目の前に困っている人がいれば助けるのが私の信条ですよ」
「悪人どもは許せない…それに父の仇…」
「必腑君…秀彦君も…」
あー俺待ちですか。分かりましたよ…言えばいいんでしょ。
「怖いけど…俺もそんな組織があると知った以上は見過ごせないですよ…
悪人どもが巣食う街なんざ胸クソ悪くて空気も吸えないッ!この手で壊滅してやる!!」
「その言葉を待ってたよ祐介君…君の力は必ず役に立つ
初めて君の顔を見た時から大物になると確信してたよ」
久坂はニコッと笑って俺の方を見る。
「あ…」
今頃になって思い出した。
「もしかして…昔家に来てた父さんの知り合いの…ガンプラのおじさん!!」
「ハハハ…よく覚えてるね
そうそう、圭史郎の家にお邪魔してはプラモを持っていってたっけ
ユウ君はまだ幼かったから10数年ぶりに会って私のことを思い出せなかったのも無理ないよ
ヒデ君は年上だから2日前に会ったときはすぐに気づいてもらえたけどね」
まるで我が子のように久坂が俺の頭を撫でる。
とても懐かしい感じだ。最後に会ったのは3歳か4歳の頃だろう。
父も母もいた頃を思い出して少し涙ぐんでしまった。
「いやぁ…気づくの遅くてごめんなさい…」
「ハハハ、全然気にしなくていいよ!よく影が薄いって言われるから!
えーと…」
久坂は俺の左手を凝視する。
「そっちの手…敵にやられたの?」
俺は久坂に左手をやられたことを教えていない。
会話をしながら祐介のことを観察しながら様子に気付いたのだろう。
ただものじゃないなと思う。
「凄いですね…ご明察の通り左手は全く動かせません…指も全部」
「ふふふ…大丈夫大丈夫!凄腕の医者がうちの仲間にいるからね
もう少ししたらここに駆けつけてくれるよ」
「よかった…」
「他に傷ついた人はいるかな?」
「俺らは大丈夫ッスよー」
何か大事なことを忘れてるような気がするけど…思い出せないや。
「それじゃ…また会おう!これ電話番号とメールアドレスね」
すっと名刺を取り出して4人に手渡す。
「何かあったら連絡してね。あ、君達の連絡先はもう知ってるから心配ないさー」と言って道路に面してる方へ歩いていった。
ちょうどいいタイミングで黒塗りの車が道路に止まってそれに乗り込んで去っていく。
「ふぅ…一度にたくさんのことを聞かされたせいで頭がショートしそうだよ」
「よっしゃ、皆旅館に戻って食いまくろうぜ!パーッとさ!」
兄貴は意気揚々とした態度でそう言った。
「ヒデ、ちゃんと奢れよな?」
「当たり前だろ!そこまでケチな男じゃねーよ!」
「こう見えて俺は大食漢ですけど…行っていいのかな?」
「うちの弟に加えて吾郎さんも大食い…いや!助けてもらったお礼はキッチりしますよ!」
兄貴がこちらを目配らせして牽制する。お前はホドホドにしとけよと。
分かってますとも…。怖い怖い。
程なくして今度は白いワンボックスの車が止まる。
車の中から出てきたのは白衣が似合う美女だった。
モデルのような体型でポニーテールをしている。
メガネとキリッとした眉が知的な感じを醸し出す。
こういうお姉さんめっちゃタイプなんですが。
「私は白河由衣…ま、見ての通り医者よ」
白河は端的に自己紹介をしてから「誰か怪我したの?」と聞いてきた。
「あ、はい!僕です!この左手が超超超痛いです!!」
いや、痛いどころか麻痺してるんだけどね。
兄貴に「このお調子者が!」と頭をドつかれる。
「ちょっと袖を巻くってちょうだい」
白河は『ホワイト・メディスン』とスタンド名を口から発してスタンドを体の横に出す。
巨大な注射器を持ったナースのようなスタンドだ。
「うおお…」
あまりの恐怖から情けない声を出してしまった。
「男の子だからこのくらい平気よね?」
クールな女医はニコッと笑顔を見せる。
俺の中から恐怖が薄れていく。こんなの全然余裕ですよ、と。
ズブリ…と左手を注射器で刺される。痛くは無かったが不思議な感じ。
「えーと…祐介君だっけ?左手に生命力を与えたわ…これであなたの左手は治癒する」
「治っていくのが分かります…」
1分で指が動かせるまでに回復した。
「大丈夫のようね。それじゃ私はもう帰るわ」
「はい!ありがとうございました!
またケガしたらよろしくお願いします!!」
「おい…お前ら誰か忘れてないか…ホラ…誰だっけ?」
兄貴は顎に手を当てて頭の中を搾り出すかのように考える。
「お…おぉー…い」
どこからか声が聞こえる。
「俺を…わす…ぇ……な…」
確かに声が聞こえる。どこだ?
倉庫の方に目を向けてから気づく。
あ…。
「あ~~盲点だよな~~」
兄貴…本人聞こえてるのに失礼だろ。
「ハハハハハ!!ザ・空気だな!!」
京輔さんは大笑い…この人達と来たら。
「……プッ」
とうとう釣られて吾郎さんまで吹き出してしまった。
お前ら自重しとけ。
「あのーすいません白河さん…あそこに倒れてる五十嵐さんも診てやってもらえませんか?」
「あー…来たときに倒れてるのが目に入ったから敵かと思ったんだけど…誰も気づいてあげないなんて…かわいそうに」
本気で憐れむのもやめてあげて下さい白河さん。
五十嵐さんの目に殺気がこもってきましたから。
―――
――
―
旅館に戻ってからは大宴会となった。
俺と兄貴と妹、京輔さん、吾郎さん、五十嵐さんの6人で朝まで飲み明かした。
もちろん妹には久坂さんがした話は内緒。というか誘拐までされてるというのに妹はあっけらかんとしていて逆に驚かされた。
女は強いなとしみじみ思うのだった。まあ京輔さんが酒を飲ませたせいで夜の9時には寝てたんだけどね。
To Be Continued...