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第六章『いばらの世界』その③

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orisuta

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午後7時25分、武田モータース。

この日の操業を終えて静かになった整備場のあたりには風の音だけが鳴っている。

整備場の周りに広がる草原は、伸びた草が風を受けて波打つように揺れていた。

その真ん中に立つ一本の木のそばで……模が一人で立っていた。

模「スー……」

模は目を閉じて深く息を吐いた。

模「……『サウンド・ドライブ・セクター9』。」

バチバチバチッ!!

模の学ランの袖から紫色のいばらが生えた。

           ハーミット・パープル
模「第四の世界、『いばらの世界』。」


ビュオッ!

セクター9が左の拳を前に突き出した。その腕は右腕よりも『若干伸びている』。

           ワン・トゥ・ワン
模「第三の世界、『倍返しの世界』。」


セクター9は引いていた右の拳を思い切り突き出し、木の幹に当てた。

しかし、思い切り殴ったはずの木は全く揺れなかった。『衝撃』がなかったかのように。

          ブラック・スペード
模「第二の世界、『衝撃の世界』。」


パァン!

セクター9が木に放った衝撃は、木の枝の付け根で弾け、枝を大きく揺らした。

ザアァァ……

枝についていた無数の葉が揺れ落ちた。

               オーバードライブ
模「そして……第一の世界、『波紋の世界』。」

セクター9は木に手を当てた。

模「…………」


……しかし、木には何の変化も無い。波紋とは、生命エネルギー。

木に波紋のパワーを送れば、手を当てたところが芽吹いたり、葉がまた生えてくるといった変化が見られるはずだが、何も起きなかった。

模は、病院で出会った老人……ジョセフの言葉を思い出した。


ジョセフ<……もしかしたら君は二度と波紋を使えなくなるかもしれん。>


模「…………」



模はうつむいて、じっと自分の手を見つめた。



紅葉「模………」


紅葉の声に模は振り向いた。

紅葉は草原の丘に建つ武田モータースの整備場からひとりで歩いてきたようだ。

模「紅葉……もう大丈夫なの?」

紅葉「うん、陸さんと『スペア・リプレイ』のおかげでね。」

模「そっか……よかった。」



紅葉「ねえ模、聞きたい事があるの。あんたのスタンド、セクター9について。」

模「……うん。」

紅葉「模のあのいばらのスタンド……どこで手に入れたかはわからないけど、『第四の世界』って言ったよね?

   前聞いた時は、『透明の世界』だった気がするけど……」

模「……『限界』があるみたいなんだ。」

紅葉「え?」

模「僕もジョセフさんに『ハーミット・パープル』を教えてもらった時にはじめてわかったんだけど、

  セクター9が覚えられる『世界』は『4つが限界』みたいなんだ。……そして、『上書きする事もできない』。」

紅葉「……無限じゃあないんだ。『4つが限界』で、『上書きができない』……なら、どうしていばらを使う事ができたの?」

模「セクター9の能力は『他人の世界に入門する』こと……僕が他人のスタンド能力を使う為には、

  『オリジナル』のスタンドが存在していなければならない。つまり、入門したスタンドが消滅……本体が、死んじゃったら、

  そのスタンド能力を僕が使う事はできなくなってしまうんだ。だから……第四の世界が空いた。」


紅葉「………………ねえ、模」

模「紅葉。」

紅葉の言葉をさえぎるように、模は話し出した。

模「僕は家族を、母さんを助けるために……ディザスターの『ディエゴ・ディエス』を倒さなくちゃならない。

  僕も……みんなと一緒に戦うよ。」

紅葉「…………うん、ありがとう。」

紅葉(やっぱり、聞けない。)

先ほど模がセクター9を出していたとき、紅葉はその様子を遠くから見ていた。

セクター9『第一の世界』が、木に何の変化も起こさなかったときも……


紅葉(聞けない………波紋が使えなくなってるのかなんて……)






二人のいるところから少し遠くに見える武田モータースは、一つの部屋だけ明かりがついていた。


陸「アッコ、いいかげんちゃんと説明してくれよ。」

アッコ「………………」

居間のテーブルに陸とアッコは向かい合って座っていた。

陸の言葉に対しアッコはうつむいたままでいる。

陸「……おまえがずっとおれになにか隠してたのはずっと気づいてた。……でも、おまえが無事なら、おれは何も聞かないつもりでいた。

  だけどおまえは急に模と一緒にあの子……紅葉を連れてきて、治してくれと言ってきた。

  傷口を見れば、単に転んだり車にぶつけられたりしてできた傷じゃないってわかる。銃痕なんて……普通の生活じゃありえないだろ。」

アッコ「…………」

陸「いいかげんに教えてくれ。……アッコ、おまえ、何か危険なことに巻き込まれてるんじゃないか?」

アッコ「……ゴメンナサイ。でも、言えナイ。」

陸「どうして。」

アッコ「話せばきっと……リクねえちゃんも危ナイ目にあうカラ……」

陸「ふざけるな!!」

ダン!

陸はテーブルに拳を強く叩きつけた。



陸の声は震えていた。

陸「なあアッコ……おまえは、おれにとってはたった一人の家族だ。おまえにとってのおれは、そうじゃないのか?」

アッコ「…………」

陸「頼むよアッコ……また、おれを一人にしないでくれよ……。」



アッコ「リクねえちゃんは私の一番大切ナ人だヨ……。デモ………だからこそ、言えナイ。」

陸「…………」

アッコ「心配しなくテモ、私は大丈夫だよ……。」




陸(……また根拠もなく「大丈夫」なんて言って、やっぱりあんたは変わらない……。)



陸「アッコ、あんたが話さないのなら、おれはあんたをここからどこへも行かせない。」

アッコ「エ……ダメだよ、そんなの!!」

陸「どうしても行くってんのなら……条件がある。」

アッコ「…………?」






小道の屋敷、作戦室。

ディザスターに立ち向かうべく結集した者達が一堂に会していた。

零、紅葉、五代、九堂、アッコ……

そして……決意を胸にした新たなる戦士の姿もあった。

零「決心……したのですね、模くん。」


模「……僕はもう逃げない。すべてのものに立ち向かい、すべてのものを守りたい。
 
  僕は、強くないかもしれない。敵の力に敵わないかもしれない。

  それでも……少しでも力になれるのなら、僕は、できることをしたい。」

零「…………」


紅葉(「強くない」……なんてことないよ、模。あんたは私を幾度も助けてくれた。)

五代(俺たちを繋げたのは間違いなく……おまえのおかげだ。)

九堂(俺たちがバラバラだったなら、俺たちはとっくにヤツらに殺されていただろう。)


そして模のとなりにはもうひとり、新たなる仲間がいた。

アッコの家族……『スペア・リプレイ』の武田陸。


陸「あんたが、アッコの言ってた桐生零だな。………アッコが世話になったな。」

零「…………ごめんなさい、陸さん。」

陸「アッコが危険な目に遭っているのは間違いなくあんたのせいだ。……正直恨んでるよ。

  おれはあんたに協力するために来たんじゃあない。アッコを守るためだ。」

アッコ「リクねえちゃん…………レイさんは……」

陸「黙ってろアッコ。………でもな零さん、その、杜王町を傷つけようとしている連中のことは私も見過ごせない。

  おれも、できることがあればなんでもする。誰かがケガしたら『スペア・リプレイ』たちがすぐ治してやれる。

  あんたを一発殴るのは……ヤツらを追い出したあとだ。」

零「…………」

零は黙ったまま深く頭を下げた。



模(……みんな、戦う理由がある。

  紅葉は、杜王町を守るため。五代くんは、四宮くんの敵をとるため。九堂くんは、自らの正義に従って。

  アッコも陸さんも、大切な人を守るため。零さんも紅葉と同じく杜王町を守るため……みたいだけど、なにか別の理由もある気がする。

  僕は……ディエゴ・ディエスを倒して母さんを助けるため……だけじゃない。街を守るためでも、大切な人を守るためでもある。

  でも、いちばん大きいのは……『自分のため』。なにごとにも恐れて、なにもできなかった弱い自分を変えたい。
  
  そんなことを言ったら僕は紅葉や五代くんに軽蔑されるだろうか?でも、僕は強くなりたい、変わりたい。)


模(……『成長』したいんだ。)





【スタンド名】
サウンド・ドライブ・セクター9
【本体】
杖谷模(ツエタニ バク)

【タイプ】
近距離型

【特徴】
顔に時計、両手の拳に★のついた人型。

【能力】
相手と同じ「世界」に「入門」する能力。
例えば相手が時間操作の能力を持っているなら、相手と同じ「時の世界」を認識し、動ける。
他にも鏡の世界、夢の中の世界、インターネットの中の世界など、相手が入れる世界なら、本体とこのスタンドも入ることができる。
ただし、最初から相手と同じだけ動ける訳ではなく、例えば初めて「時の止まった世界」に入ったときは、一瞬しか動けない。

※以下、「セクター9の世界」における独自設定

習得できる「世界」は4つまで。一度覚えた「世界」は自分の意思で忘れる事もできないし、新たな「世界」を上書きする事もできない。
覚えた「世界」を発動させるには、セクター9が入門した「オリジナルのスタンド」が生存している事が条件で、
オリジナルのスタンドが消滅すると、入門した「世界」はつかえなくなるが、新たに「世界」を覚えられる席が空く。

模が曽祖父から教わったセクター9の『波紋』を曽祖父が死んだあともつかえたのは、『波紋』とは全世界で数名はつかえる技術であり、
教えた本人が死んでも『波紋』という技術がなくなったわけではないため。

破壊力-B
スピード-B
射程距離-E

持続力-A
精密動作性-B
成長性-A






杜王町のどこか、『ディザスター』拠点の館。

部屋のテーブルをディエゴ・ディエス、キル・シプチル、棟耶輝彦、ヴァン・エンドの4人が囲み、

テーブルの中央にはスピーカーにつながれたICレコーダーが置いてある。

スピーカーから流れているのは、武田モータースでの模と紅葉の会話だった。

模<………クター9が覚……れる『世界』は『4つが限界』みたいなんだ。……そして、『上書きする事もできない』。>

紅葉<………………『4つが限界』で、『上書きができない』……なら、どうしていばらを使う事ができたの?>

模<セクター9の能力は『他人の世界に入門する』こと……僕が他人のスタンド能力を使う為には、

  『オリジナル』のスタンドが存在していなければならない。つまり、入門したスタンドが消滅……本体が、死んじゃったら、

  そのスタンド能力を僕が使う事はできなくなってしまうんだ。…………>



パチッ

ICレコーダーの停止ボタンをキルが押した。

キル「……これが、武田陸を監視させていた『草(スパイ)』が杖谷模と一之瀬紅葉を発見し、盗聴した会話の内容です。」

棟耶「所詮アマチュアか。外で簡単に自らの能力を話してしまうとは。」

ヴァン「しかしこのあとその監視していた武田陸を連れて行かれたというじゃないか。またしても連中の力を増やしてしまったわけだ。

    やはりスタンド使いだとわかった時点で始末しておくべきだったのだ……。」

棟耶「この街のスタンド使いは廃絶すべき……そこには私も同意だが、今は必要以上に動くべきではない。それはわかっているだろうヴァン。」

ヴァン「ふん、連中の前に姿を現しておいて何を言っているのやら。」

キル「やめろヴァン、棟耶。……ボスの御前だぞ。」


ディエス「……杖谷の能力は、棟耶、おまえの見立てどおり『他人の能力を得る』能力で間違いはなさそうだ。」

棟耶「はい。西都の言っていた杖谷の『いばら』は、おそらくはジョセフ・ジョースターの『ハーミット・パープル』。

   性格からして杖谷がジョセフからその能力を奪ったとは考えられません。

   この録音の通り、『コピーする能力』……と言っても差し支えはないでしょう。」






ヴァン「『コピーする能力』、『衝撃を操作する能力』、『2倍にする能力』、『繋げる能力』……これで我々は敵の能力を大まかに把握できたわけだ。

    杖谷以外はそう恐れる能力ではないな?……キル、棟耶、貴様らにとっては……。」

キル「……」

棟耶「……」

ヴァン「……どうした?」

ディエス「ヴァン。」

ヴァン「はい。」

ディエス「……警戒するべきは能力だけではない。最も恐るべきは『予期せぬ可能性』……つまり『成長性』だ。」

ヴァン「…………」

ディエス「スタンドの最も予期できぬ部分、それが『成長性』……。窮地に立ち、成長したスタンドは我々でも計り知れない能力を発現する可能性がある。」

ヴァン「……それを、杖谷たちは持っていると?」

ディエス「そうだ、可能性はある。それだけは肝に銘じておけ。奴らが我々に刃向かうことができるとすればそれは『成長』によるもの……だ。」

ヴァン「…………」

ディエス「ヴァン、おまえは戦闘要員ではないからわからんのかもしれんが、キルと棟耶はそのことをよく知っている。

     なに、『成長性』……それさえ用心していれば、我々に負けはない。」

ヴァン「……承知いたしました。」

ディエス「キル、他には?」

キル「杖谷たちが武田モータースを離れたとき、『草』もそのあとを追ったようですが、商店街のはずれで見失ってしまったようです。」

ヴァン「満足に尾行もできないとは愚かな部下を持ったものだな。」

キル「……彼曰く、商店の角を曲がった後、消えるようにいなくなったようです。しかし、その商店の角が『無かった』らしい。」

ヴァン「曲がったはずの角が無かった?キル、君の部下には頭のおかしい奴しかいないのか?」

棟耶「黙れ、ヴァン……。」

キル「……しかし、連中の本拠地はこの近所と見ていいでしょう。C・Rが彼らを見た公園も近くにあります。」

ディエス「では、『スタンド使い』をそこへ送れ。本拠地を割り出したあとは、総攻撃をかけよう。」

キル「了解……。『エリック・キャトルズ』と『フォルカー・フュンフユェーン』を送りましょう。

   本拠地を割り出すだけでなく、確実に『一人は殺る』ことができるでしょう。

   彼らの『サウンド・トラック』と『ウォー・ヘッド』なら……。」
 
 
 

暗い空の下、広い草原のど真ん中に建つ建屋を橙色の炎が包んでいた。

火柱は真っ黒な空の中で舞い踊り、炎のあげるとてつもない轟音は市内から来る消防車のサイレンの音さえもかき消すようだった。

建屋のなかでは時折炎がガソリンに引火し、爆発も起こしている。

その建屋から少しはなれたところ……あぜ道にぶどうヶ丘高校の制服を着た少女が目を瞑ったまま横たわり、

傍らには中等部の制服を着たもう一人の少女が座っていて、泣きじゃくりながらその動かない少女の手を握っていた。

その少女の目の前には……市内への道を背にして立つ男がいた。

手には弓と矢を持っている。……その男は自らの名を「虹村形兆」といった。

形兆は矢を引いて少女に向けて構えた。

形兆「選択しろ。このままではその子は死ぬだろう、だがこの矢に射られてもしスタンド能力を得れば……助けられるかもしれない。」

少女「…………!!」

形兆「私の言う事が信用できないのなら、矢を受け入れたくなければ、その子は確実に死ぬ。矢を受け入れるのなら、そのままそこを動くな。」




――― 今になっても思う。あの時、矢を受け入れなければよかったと……。 ―――




ヒュパッ!!

形兆の弓から矢が放たれた。

少女「!!」

少女の胸に、矢が突き刺さった。



少女は声もあげず、胸をおさえてゆっくりと倒れた。




           ――― 覚えられる「世界」は4つまで ―――


――― 一度覚えたら、「オリジナル」が消滅しない限り、忘れる事も、上書きする事もできない ―――


紅葉「どう、思います?零さん。」

零「……………」



小道の屋敷、作戦室。

模と陸が屋敷に来てから3日が経ち、紅葉の体力もすっかり回復していた。

ディザスターとの戦いに万全を期すため、誰か一人でも戦えない時には極力屋敷から出ないようにしていたので、

この3日間、特に大きな行動は起こさなかった。

この日の夜、作戦室には零と紅葉のほかに、五代、九堂、アッコも集まり、

模が紅葉に伝えた「セクター9の限界」について、紅葉は零の意見を聞いていた。

紅葉が零に聞こうと思ったのは、かつてディザスターに在籍していた零がいちばんスタンドに詳しいからというのもあるが、

このことを模自身に聞くのは憚られたからだ。

『限界があるみたいなんだ』と言った模の表情はとても申し訳なさそうだったのだ。



零「『スタンド』とは精神の才能、象徴化……それはみんなわかっていることでしょう。」

零「そして、人間の持つ『精神力』というものは、はかり知る事のできないもの。だれが、どんな力を秘めているかは見た目では誰にもわからない。」

零「しかし……それは『限界がない』ということではない。どんなに強い精神力を持つ者だって、それには上限がある。」

零「例えば、『時を止める』能力を持つスタンド使いがいたとしましょう。このスタンド使いがどんなに強い精神を持っていたとしても、

  『世界の時を止める』という大それたことは、せいぜい1秒……どんなに調子がよくとも5秒が限界。

  スタンド能力には限界がある……それはあなた達にとっても同じでしょう。」

紅葉「そういわれてみると……そうですね。」

零「『ブラック・スペード』……ふたつ以上の衝撃を操作することはできない。

  『ワン・トゥ・ワン』、ふたつ以上のものを『2倍』にすることはできない。

  『アウェーキング・キーパー』、連続して『繋げる』ことはできない。

  『ファイン・カラーデイ』……何でも斬れる光り輝く剣は、体力によって使える時間に制限がある……。

  私の『アンティーク・レッド』だって同じ。『殺されても死なない』能力だけれど、例外もある。」

零「模くんの『サウンド・ドライブ・セクター9』もそう。『他人の能力を得る』能力なんて、『時を止める』能力と同じくらい

  大きな精神力を要するもの。数に限りがあっても不思議じゃあない。もし、無限に能力をコピーするスタンド使いがいたとしたら、

  それは人間じゃなく、悪魔か化け物でしょうね……。彼にとって、『4つ』というのが今の限界なんでしょう。」

五代「『今』の?」

零「スタンドは、『成長』する。もし彼がこの後の人生において精神が成長していけば、

  覚えられる世界が5つかそれ以上に増える事があるかもしれないということです。

  しかし、さっきも言ったように『他人の能力を得る』能力は、それだけで大きな精神力を必要とするもの。

  ディザスターと戦うこの数週間で、使える『世界』が増える事は……難しいと思います。」

紅葉「それじゃあ、模は……」

零「ええ、今の時点では、もう新しい『世界』を覚えることはできない。」



五代(……ディザスターのボスや、弓と矢の男に対抗するには、模の能力が必要だと思っていた。

   強力な敵のスタンド能力を取り込むことで、奴らに対抗しうるからだ。

   しかし、模はもう新しい『世界』をおぼえることは……できない。)

五代「今ある『世界』が消滅しない限り……か。」

零「……その通りです。」

五代「…………」


紅葉「零さん、いや……みんな。もうひとつ確認したい事があるんだ。」

零「……?」






小道の屋敷、談話室。

窓際のソファで武田陸がカップ酒を手にして座っていた。窓の外は、空が雲に覆われていて真っ暗だった。

陸「…………」

陸は持っていたカップ酒を口に運んだ。カップの中の酒はほとんど減っていない。


模「陸さん。」

談話室に模が入ってきた。陸は模の呼びかけに反応して顔を向けるが、再び窓の方へ視線を向けた。

窓の外の何かを見ていたわけではなかったが、ただ、なんとなく視線を向けているだけだった。


陸「……酒飲むって気分でもねえや。」

模「…………」

陸「アッコ……ずーっと前からここに来てたんだな。」


……模がアッコと出会ったのはたった数週間前のこと。

しかし、アッコはそれよりも前からこの屋敷に来て、零の手伝いをしてきた。

アッコがいつから、この屋敷に来ていたのかはわからない。

しかしアッコはそのことを最近まで陸に告げていなかったらしい。


陸「アッコはこれまでおれとずっと一緒にいた。……初めてだったんだよ。アッコがおれに隠してどこかにいってしまうことなんて。」

陸「……なにがやりたくて、こんなことしてんだろう。」

模「…………」


模には、アッコについて思うところがあった。


アッコは、スタンド能力をもつことで意思を持った機械人形……そう、陸に説明された。

模がアッコをはじめて見たのは、アッコが住宅地のゴミ捨て場で横になっていたときだった。

遠くから見たときは人間のようだったが、近くで見てみると、たしかに人形のようだった。

しかし、模と話しているときのアッコは、陸の家で一緒にご飯を食べた時のアッコは、

小道のポストの前で無数の手に『あの世』に引き込まれそうになった模を助けた時のアッコは……人形とは思えなかった。

まるで人間のように振舞っていた。


模には、アッコについて思うところがあった。

人形のはずのアッコは、まるで人間のようだった。

自分と同じ、人間の…………。


模「陸さん、アッコは本当に……人形なんですか?」

陸「…………」



陸はカップをテーブルの上におき、ソファから立ち上がった。


陸「アッコは……人形じゃない、人間だ。『おれがつくった人間』だ。……スペア・リプレイで。」

模「…………!」

陸「嘘をついて悪かった、模。……だけど、アッコは自分が機械人形だと信じきっている。

  でもアッコは『スタンド』を持っている。意思のない人形がスタンドを持つなんて聞いた事がない。

  アッコは……人間なんだ。」






同時刻、オーソン近くの交差点に二人の男が現れた。

ディザスターが模たちの本拠地を見つけるため送り出された刺客……エリック・キャトルズとフォルカー・フュンフユェーンだ。

フォルカー「どうです?それらしい建物は見つかりました?」

エリック「いや、ダメだな。だいたい、どれもすでに下っ端連中が調べつくした建物なんだろ?

     俺たちが探しに来たところでどうしようもないだろ!」

フォルカー「……たとえば、『地下』にあるとしたら……どうでしょうか?」

エリック「アホか、ヤツらフツーの無線機使ってんだろ?地下じゃ電波とどかねーだろうよ。」

フォルカー「何言ってるんです、アンテナだけ地上に出していればいいだけでしょう?」

エリック「…………チッ。」

フォルカー「もう『作戦』を始めて、そこかしこにあなたが『声』を移していけばいいんじゃないですか?」

エリック「ふざけんなよ!100秒でつかまんなきゃ俺が死ぬじゃねえか!!」

フォルカー「その様子もぜひ見てみたいところなんですが。」

エリック「冗談じゃねえよ!!」

フォルカー「………冗談ですよ。」


ポツ……

          ポツ……

空一面を雲が覆っていたのだが、ついには雨まで降り始めた。

エリック「はぁー……家の表札や町の地図にでも書いてくれればいいのになぁ。」

エリックは道端に立てられた近辺の地図が描かれた看板を眺めた。

フォルカー「そんな簡単に見つかるはずがないでしょう。」

エリック「…………おい。」

フォルカー「?」

エリック「おい、フォルカー。」

フォルカー「……まさか見つけたって言うんじゃないでしょうね。私は冗談を言うのは好きですが、

      言われるのは一番嫌いなのですよ。」

エリック「そこ……見てみろ。」

エリックが指差した先は、オーソンとドラッグのキサラの間。……そこには、看板の地図にはない「道」があった。

エリック「その道、さっきはあったか?」

フォルカー「……いいえ、私も今初めて気がつきました。」

エリック「もしかして、掴んじまったんじゃねえか?俺たち。」

フォルカー「……いきましょう。おそらく……いや、絶対敵はここにいる!」





【スタンド名】
ウォー・ヘッド
【本体】
フォルカー・フュンフユェーン(ドイツ語の⑮、フュンフユェーンより。)

【タイプ】
自動操縦型/物質同化型

【特徴】
人間の体に取り付く地雷のようなビジョン。猛烈に硬くて、攻撃を弾く。

【能力】
本体が誰かの目を触ると能力が発動(間接的な接触でもよい)。
スタンドが取りついている人間の片方の瞳が数字に変わり、ドラムロール式にカウントダウンする。
目のカウントダウンがゼロになると、その人間は爆死する。
ただし、このスタンドを付けている人間が射程内の人物の「本名を言う」ことで、その人物にスタンドを移すことができる。
要は「爆弾回し」のようなスタンド。

破壊力-A
スピード-なし
()
射程距離-半径約10m
(取りついている人間から)

持続力-100秒
精密動作性-なし
成長性-なし






小雨だった雨は次第に強くなり、無数の雨粒がアスファルトを打つ音が響いている。


エリック「なんだこの一帯は……ボロ屋ばっかりじゃねえか。」

フォルカー「もしやこの一帯は、ヴァン様の『ピープル・イン・ザ・ボックス』のように、普通の人間には認知できない場所なのかも……。

      非スタンド使いの兵達が見つけられなかったはずです。」


『鈴美さんのいた小道』をディザスターの2人は駆け回っていた。

そして……たったひとつ、窓に明かりの灯った屋敷を見つけた。

フォルカー「…………これは!」

2人は足を止めて、その屋敷をしばらく眺めた。

明かりのついた部屋の中で、人影が動くのを2人は確認した。


エリック「………決まり、だな。」

フォルカー「ええ。どうします?いったん報告に戻りましょうか?」

エリック「……いいや、せめて一人くらい始末してからでも十分逃げられるだろ。

     俺とおまえのコンビなら、『はじめの攻撃には、絶対に対処できない。』」

フォルカー「そうですね。私もそう思います。」

エリック「じゃあ、『作戦』はじめようぜ。」

フォルカー「わかりました。では……」


フォルカーは右手をゆっくりとエリックの顔に伸ばした。

エリックは目を閉じたまま、動かずにいる。

フォルカーはエリックの閉じた左目に右手をあてた。


フォルカー「汝、絞首台への階段を駆け上がれ……『ウォー・ヘッド』。」


ドドドドドドドドドドドドド……

フォルカーがゆっくりと右手を離し、エリックが左目をあけると、そこには丸い瞳ではなく、二ケタと小数点第一位までの3つの数字が並び、

クルクルと数字がまわるようにカウントダウンを始めていた。


フォルカー「念のため急ぎなさい、エリック。」

エリック「わかってるよ、俺だってギリギリまで待ちたくねえさ………『サウンド・トラック』!!」


エリックの傍に、ホログラムの人型が現れた。






紅葉「もうひとつ、確認したい事があるんだ。」

零「…………?」

五代「………紅葉、それは模の『波紋』……についてだな?」

紅葉「そう。」

九堂「波紋……紅葉が、模と出会ったキッカケになったって言ったヤツだっけ。」

紅葉「九堂にもいつか話したことはあるし、零さんやアッコも知っていると思うけど、模には波紋という技術を持っていた。

   ……それもセクター9の能力のうちだけどね。」

零「…………」

紅葉「模は、一度杜王町を離れる前まで、何度も私の前で波紋を使うのを見せた。傷も……何度も模に治してもらった。でも……」

五代「模は戻ってきてから一度も波紋を使っていない。紅葉が先の戦いで倒れた時も、模は波紋を使う素振りすら見せなかった。」

紅葉「武田モータースにいたとき、わたしは見たの。……模が『第一の世界』を使ったとき、何も起きなかったのを……。」

九堂「おいおい、話だけ聞いてりゃそれってつまり……模が、『波紋が使えなくなった』ってことか!?」

紅葉「…………」

紅葉は黙ってうなずいた。


五代は、親友だった四宮藤吉郎が死に面していたとき、模が必死で波紋の生命エネルギーを送っていたことを思い出した。

セクター9の「世界」の中で、「波紋」だけが、模だけが持っている能力だった。

いわば、波紋とは模のアイデンティティーだったのだ。

それがなくなったのだとしたら………



アッコ「模ニ、波紋が使えなくなったかナンテ聞けナイよ……。」

五代「だが模は……いちど杜王町を離れても、自分の中で折り合いをつけて、またここに戻ってきたんだ。

   波紋がなくとも、自分にもできることがあると、決意してきたんだろう。」



零「しかし……これからは、模くんは『波紋が使えなくなった』ものとして、作戦を立てる必要がありそうね……。」




紅葉は、銀次郎と戦った時、そして蜂須賀ナナと戦った時に、模の波紋の生命エネルギーを受けていた。

もしかしたら、波紋が使えなくなっていたのは、思い過ごしだったんじゃないか。

西都との戦闘で倒れた時も、模が生命エネルギーを送ってくれていたんじゃないのだろうか。そう、思っていた。


しかし、五代の話を聞いて、確信してしまった。


もう、模は波紋が使えなくなってしまったのだと……。


それは五代も同じだった。武田モータースで模が『第一の世界』を使ったときに何も起こらなかったのを紅葉が見ていた、という話を聞くまでは

もしかしたら思い過ごしでは……と考えていたのだ。


5人の間に沈黙が流れた。




この、沈黙を破ったのは……この5人の誰でもない、『聞き覚えのない声』だった。



???「   『一之瀬紅葉』    」



九堂「!!紅葉ッ、なんだその左目は!!」

紅葉「………え?」



紅葉は何も映っていない、真っ黒なモニターを見て自分の顔を確認した。

自分の左目には、黒い瞳は無く、「○○.○」の3つの数字が並び、カウントダウンをしていた。

紅葉「『65』……『64』……これは、いったい……!!!」

そして、紅葉の首には虫のような形にドクロのマークのついた生き物がへばりついていた。

ウォー・ヘッド「ゲヘヘヘヘ……アト『60秒』デ爆発スルゾッ!アト『58秒』デ爆発スルゾッ!!」

紅葉「…………!!」


雨の降り続けている屋敷の外では、エリックとフォルカーが灯りのついた2階の部屋を見上げていた。

エリックの左目のドラムロールは消えて、ふつうの目に戻っていた。

エリック「『サウンド・トラック』、俺の声の発生場所を屋敷内に指定した。

     さあ、『爆弾移しゲーム』……死ぬのは誰なのかな?」

フォルカー「ルールを把握できないまま、紅葉が死ぬ……かもしれませんね。」

エリック「まだ1分近く残してるんだ。まあルールくらいはわかるだろ。『他人の本名を言う』くらいさ。」

フォルカー「それならば本望ですがね。……爆弾を押し付け合い、罵り合え。騒げ、喚け、恐れるのだ。

      その様を直にみることができないのが悔しくてたまらないですがね……!!」



ウォー・ヘッド「アト『42秒』デ爆発スルゾッ!アト『40秒』デ爆発スルゾッ!!」





【スタンド名】
サウンド・トラック
【本体】
エリック・キャトルズ(フランス語の⑭、キャトルズから)

【タイプ】
近距離型

【特徴】
ホログラムのような人型

【能力】
音の発生場所を操作する能力
例として手を叩く。当然ながら音の発生場所は掌だが、能力を使用することで『叩いた音』の発生場所を掌以外へ変更できる
(手を叩く→なぜか音は別の場所から聞こえる)
範囲内の音であれば基本的に操作可能。ただし、その音が発生する前に指定しておかなくてはならない

破壊力-D
スピード-B
()
射程距離-E
(能力射程-B)

持続力-B
精密動作性-C
成長性-C






陸「アッコは……『おれがつくった人間』だ。」

模「…………!」


陸の言葉は、模の予想をはるかに上回っていた。

アッコは、人間。もしかしたらそうなのかもしれないと思って模は陸に尋ねた。

しかし、アッコは……陸さんの『スペア・リプレイ』がつくったという。


それでは……アッコは陸さんにとっての何なのか?


それを、陸に訊こうとした瞬間……




バァン!!!!


模「!!」

陸「な、なんだ!?」


その大きな音と共に屋敷が少し揺れた。

銃声よりも重い、小さな爆弾が破裂したような音……!


模「もしかして、敵スタンド使いが……!?」

陸「お、おい模!」

模「陸さんはここにいて!」


模は談話室を飛び出し、屋敷の玄関に向かった。


模が聞いていた話では、屋敷の各所にはセキュリティが働いており、中へ入れば警報が鳴るはずだった。

勿論、セキュリティをかいくぐり侵入するスタンド使いでもいればセキュリティは意味を為さないのだが、

屋敷に響いたのは爆発音。屋敷の中に侵入された事より、屋敷の外から攻撃された確率の方がずっと高いと模は判断したのだ。


バン!

模は玄関の扉を開け、外へ出た。先ほどから降り出した雨はいっそう強くなってきている。

屋敷の門の前には二人の男が立っていた。

模「……この小道に、人が……!!」

フォルカー「……杖谷模。死んだのは彼ではない……か。」

模「し……『死んだ』!?どういうことだ!」

フォルカー「おやおや、あなたは居合わせなかったのですかねぇ……」

エリック「さっきの爆発音……アレはコイツがおまえの仲間にとり『憑け』た爆弾スタンドが爆発した音だ。」

模「な……に……!」

エリック「俺らにかまうより、確認しにいったほうがいいんじゃねえのか?ホレ、もしかしたらまだ生きてるかもよ。」

模「なっ……!」

フォルカー「いかないのなら……もう一度爆弾をとり憑かせてあげましょうか。」

模「や、やめろ……!」


ガシャアアアアアアン!!!


突然、真上からガラスの割れる音が聞こえた。

屋敷の2階の部屋から、剣を携えた少女が飛び降り、道路に立つエリックとフォルカーの向こう側に降り立った。

アッコ「オマエラか……さっきのスタンドハ……!」

模「アッコ!」

フォルカー「林原温子……。君でもありませんか。やっぱり死んだのは紅葉か……?」

模「な……紅葉が!?」

アッコ「落ち着ケ、バク!!アイツの能力は『名前』を言ウとその人ニ移ル爆弾のスタンドだケド……大丈夫、だれも『死んでいない』!!」

模「え……?」






ウォー・ヘッド「ゲヘヘヘヘ……アト『60秒』デ爆発スルゾッ!アト『58秒』デ爆発スルゾッ!!」

紅葉「…………!!」

九堂「ば……爆発!?」

アッコ「ちょっ、エッ、あ、あ、く、クレハ……!!」

零「落ち着きなさい、みんな!」

五代「スタンド攻撃……それは間違いない、だが、なぜこの屋敷を……!」

零「それを考えるのはあとです、まずはこのスタンドを!!」

九堂「くっ、紅葉!どうにかそれはずせないのか!?」


紅葉はすでにブラック・スペードを発現させ、首に張りついたウォー・ヘッドをはがそうと試みている。

紅葉「クッソ……頑丈すぎ……ダメだ『九堂』!」


バッ!


その瞬間、紅葉の首に張り付いていたウォー・ヘッドは紅葉からはなれ、瞬時に九堂に移った。

紅葉「え……?」

九堂「あ……はずれた?」


ウォー・ヘッド「アト『42秒』デ爆発スルゾッ!アト『40秒』デ爆発スルゾッ!!」

九堂「うおおおおおおおおッ!!今度は俺に張り付いてんのかよおお!!」

五代「カウントダウンが……もどっていない!」

九堂「たぶん自分の力じゃはずせねえんだ、『五代』、おめえの『ワン・トゥ・ワン』で……」

五代「……!」


またも、九堂の顔からウォー・ヘッドが離れた。しかし、五代はすぐにそれが自分に移ったことを理解した。

九堂「う、うわああああ!!五代、今度はおまえにくっついてるぞ!」

紅葉「アッコ、あなたの『ファイン・カラーデイ』なら……!」


ウォー・ヘッド「アト『24秒』デ爆発スルゾッ!アト『22秒』デ爆発スルゾッ!!」

五代「ダメだ……剣を輝かせるには時間がかかりすぎる!」

零「わかりました!『名前』です!とりつかれた者が他人の名前を言う事でそのスタンドは移るのです!」

九堂「……う、移るのはわかったけど、カウントダウンも戻らないんならどうすりゃ……。」

零「五代くん、それを私に移しなさい!!」

五代「な……それは………!!」


ウォー・ヘッド「アト『16秒』デ爆発スルゾッ!アト『14秒』デ爆発スルゾッ!!」


零「早く、時間がない!!」

五代「……………すまない、『零さん』。」


バッ!


ウォー・ヘッド「アト『12秒』デ爆発スルゾッ!アト『10秒』デ爆発スルゾッ!!」

ウォー・ヘッドが零の頭に瞬時にとりついた。

アッコ「レイさん!!」

零「黙りなさい、これ以外に方法はないの。」

零は踵を返し、作戦室の扉を開けた。

紅葉「零さんッ!!」

零「ついてこないで!!」


ウォー・ヘッド「アト『5』……『4』……『3』……『2』……『1』…………」









バァン!!






模(……そうか、零さんの『アンティーク・レッド』なら……)

アッコ「バク、こいつらはあたし達で倒ソウ!」

模「う……うん!」

アッコ(いくら『殺されても死なない能力』デモ、レイさんにも痛みはアル。……レイさんの痛ミ、思い知レ!!)



フォルカー「誰か一人、始末できたのかは確認できませんが、エリック……私たちがどうすればよいかわかっていますね?」

エリック「ああ、わかってるさ。」

エリック(俺たちがすべきことはこいつらを倒す事じゃあない。2人のうちどちらか一人でも、本拠地に戻る事……!!)


バッ!!

先に動き出したのはエリックとフォルカーだった。彼らが駆け出した先は、模のほうでも、アッコの方でもなく、屋敷前を横切る道……

そこを二手に分かれて逃げていった。

模「!!」

アッコ「模、それぞれ追うヨ!そっち(エリック)をお願イ!!」

模「わかった!」

ダッ!

模はアッコに背を向けてエリックを追いかけた。

エリックはこちらを向かないまま一目散に走っていた。






アッコ「頼んだよ、バク……。」

フォルカー「よそ見している余裕があるのですか?」

アッコ「!!」


ゴッ!!


逃げたはずのフォルカーはアッコの真後ろまで接近しており、アッコが振り返った瞬間、裏拳をアッコの顔面に当てた。

アッコ「……逃げたんじゃなかったノカ。」

フォルカー「『逃げる』?……貴女は勘違いをしている。私たちどちらか一方が逃げ切ればよいのです……そう、エリック一人がね。」

アッコ「アンタはあたしの足止めヲする……ッテわけダ。そうハいくかッ!」

フォルカー「『足止め』……ね。また勘違いなさってる。私は貴女を始末するのですよ。気づいていないのですか?

      私が貴女の顔面に拳を当てたとき、『カウント』はもう始まっている。」


ウォー・ヘッド「ゲヘヘヘヘ……アト『90秒』デ爆発スルゾッ!アト『88秒』デ爆発スルゾッ!!」


アッコ「こ、コレハッ!!」

アッコの左目はすでに数字のドラムロールとなっており、虫のような爆弾スタンド……『ウォー・ヘッド』がとりついていた。

アッコ「あの、爆弾スタンド……!!」

フォルカー「さあて、お手並み拝見だ、林原温子。」

アッコ「うおおおリャアアアアアアアア!!!」

ブオンッ!!

アッコはファイン・カラーデイを発現させ、フォルカーに向けて振った。

アッコ「こんなの、カウントが終わル前にオマエを倒せばイイだけダ!」

フォルカー「!!」バッ

ズガアァン!!

フォルカーはアッコの攻撃をかわし、アッコの剣は地面にたたきつけられた。

フォルカー「林原のスタンド能力についての情報はなかったが……『剣』の装備型か……!」

アッコ「意外と身軽ダナ……。」

フォルカー「ははっ、話し方からデスクワークタイプだとでも思いましたか?私はスタンドで身を守ることができないのでね……

      自らを鍛えるべく、CQC(近接格闘術)も習得している!……西都ほどじゃありませんがね。そう簡単には捕まらない!」


ウォー・ヘッド「アト『66秒』デ爆発スルゾッ!アト『64秒』デ爆発スルゾッ!!」

フォルカー「さあ、時間がありませんよ……?」

アッコ「クッソ………」






エリック「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」

エリックは『小道』のエリアを走り回っていた。

しかし、なかなか模を振り切ることができないでいた。

エリック(くそ……意外と体力ありやがる……いや、小柄だからこそ燃費がいいのか?)


グイィッ!!

エリック「お、おおっ!?」

エリックは何かに足を引かれ、倒れてしまった。
 
                   ハーミット・パープル
模「セクター9、第四の世界……『いばらの世界』!」

模は前もやった事があるように、手から『いばら』を伸ばしてエリックの足に巻きつけた。

エリック「っちくしょお!!だが杖谷模、忘れているな、俺たちが裏の組織の人間だという事を!!」

エリックは懐から拳銃を取り出し、模のほうに向けた。

エリック「いまだ、マリオ!撃てッ!」

模(マリオ……仲間か!?)


ターン!!

模の背後から銃声が聞こえ、模は後ろを振り向いた。

模「セクター9、ガードしろッ!!」

しかし、もうひとりの敵の姿を見つけるどころか、銃弾さえ飛んでこなかった。

土砂降りの雨の中では、視界が悪すぎる。


ターン!!

模「!?」

バスッ!

模「くっ……脚に……!」

今度はエリックが拳銃を撃ち、模の脚に命中した。

エリック(ククク……『サウンド・トラック』で銃声の発生場所を模の背後に移した。

     ただ銃を撃てば、避けられるかスタンドで止められちまうだろうが、背を向けていれば別!!)

模「ぐっ……」

模は痛みに耐えかね、膝をついた。

模「いつのまにもう一人敵が……。」

エリック(そして、マリオっつー仲間がいることもウソ!だが、これで模は見えない敵にも気を払いながら戦わなければならない。

     さらには、もはや模は移動すらできない……!)

エリック「あとはこのいばらさえ解けば……!」


しかしそのとき、模の背後にもう一人の人影が現れた。

???「模、スタンドであいつの足に巻いてるいばらを思いっきり引け。」

模「………え?」

???「いいから、やれ!」

模「せっ、『セクター9』!!」

セクター9はある限りの力でいばらを引っ張った。

エリック「うおっ、うおおっ、おおお!!」

引っ張られたエリックの体は宙に浮いて模のほうへ向かっていく。

エリックが模に近づく前に……急に現れた『武田陸』は模の前に立ち、右手をふりかぶった。

陸「うおおおおおおらああああああああっっっ!!」

ガァ―――――ン!!

エリック「ぶぐぉおおーーーーーッ!!」

陸は持っていたスパナでエリックをぶん殴った。

陸「ありゃ、ノビちまったか。……裏の組織の人間とは言っても、所詮はスタンド頼りか。全然ケンカ慣れしてねぇーぜ。」

模「り、陸さん!」

陸「脚、大丈夫か?『スペア・リプレイ』!!」

陸の肩の上に、スペア・リプレイたちが現れた。

スペア3「オッ、アッコノ彼氏ジャネーカヨ!大丈夫カ!?」

スペア4「オイマテスペア3、オレハマダコイツヲ認メテネェゼ!」

陸「あーもううるさい!いいから早く模の脚のケガ治せ!」

スペア1「オッケェーーーーーー!!」


バシィーーーーン!!

スペア1「イッチョアガリャア!!」



模「あ、ありがとうスペア1……。アッコのところへいかなくちゃ……!」

陸「待て、治したばっかじゃ傷口が開く。……アッコのところには紅葉と九堂が行った。お前は休め。」

模「…………でも、敵のスタンドは……!」

陸「わかってるよ、五代に聞いた。……そのスタンドなら、アッコを倒せないだろうよ。」

模「…………?」

陸「その理由は……さっきの話とも関係がある。」

模「アッコは、『陸さんがつくった人間』……という話ですか?」

陸「ああ。…………話してもいいか?」

模「……………」

陸「………この空の重さ、さっきの爆発……あの日と同じでよ。話したい気分なんだ。」






ウォー・ヘッド「ゲヘヘヘヘ……アト『22秒』デ爆発スルゾッ!アト『20秒』デ爆発スルゾッ!!」

フォルカー「さあ……もう時間もなくなってきましたよ?もう観念しなさい。」

アッコ「…………モウ、十分だヨ。」

フォルカー「フフ、あきらめましたか。」

アッコ「モウ、十分に……溜まったヨ、オマエへの怒りハッ!!」


ドドドドドドドドド……

アッコの持つ剣のスタンド……『ファイン・カラーデイ』は刀身を黄金色に輝かせはじめた。


フォルカー「………?」


ズギャッ!!

ウォー・ヘッド「アト『14秒』デ爆ハ……ギィッ!」


アッコは黄金の剣を顔に張り付いたウォー・ヘッドにあて、一気に引き抜いた。

斬れないモノはない、その黄金に輝く『ファイン・カラーデイ』は、いとも簡単にウォー・ヘッドを2つに割った。


フォルカー「な……に……!!」

アッコ「相手ガ悪かったネ。アンタのスタンドがどんなに頑丈ダトしても、あたしの剣に斬れナイものはない。」

フォルカー「くっ……!」






『ファイン・カラーデイ』の光は徐かににぶくなっていった。

アッコ「サア、どうするノ?今度は、サッキのようには近寄らせナイ。近づけバこの剣で叩っ斬ってヤル。」

フォルカー「く……くく……ククククク……!!まだ、終わりじゃない!まだ爆弾を貴女にとりつかせる方法はある!」

アッコ「…………」

フォルカー「この手は使いたくありませんがね……仕方がない。」

そういうとフォルカーは自分の左目に手を当てた。

フォルカー「『ウォー・ヘッド』!!」


フォルカーが手を離すと、フォルカーの左目は数字のドラムロールに、そして顔にはウォー・ヘッドがとりついていた。

ウォー・ヘッド「ゲヘヘヘヘ……アト『98秒』デ爆発スルゾッ!アト『96秒』デ爆発スルゾッ!!」


アッコ「自分で……自分ニ爆弾スタンドを!!」

フォルカー「フフフ……さきほどの輝く剣、アレはたしかに私にとっては脅威でした。

      しかし、見たところ光り輝いている時間には限りがあり、輝かせるにも条件がある!」

アッコ「…………」

フォルカー「おそらくは、精神の高揚……集中によって発動するものなのでしょう。ならば、今度は『なにもしない』だけ。

      それだけで、今度は我が『ウォー・ヘッド』を斬ることは不可能でしょう。」

ウォー・ヘッド「……アト『40秒』デ爆発スルゾッ!アト『38秒』デ爆発スルゾッ!!」

フォルカー「さて……時間もなくなってきました。それでは、『ウォー・ヘッド』を貴女に移させてもらいましょう、『林原温子』!!」

アッコ「………!!」

『他人の名前を言う』、それが『ウォー・ヘッド』が他の者に移る条件……。



   陸<11年前……おれが14歳、まだ中学2年生だった時、

     実家の工場、当時は「武田鉄工所」だったおれの家の工場で、爆発事故があった。>



……しかし、ウォー・ヘッドはフォルカーからアッコに移らなかった。

ウォー・ヘッド「……アト『32秒』デ爆発スルゾッ!アト『30秒』デ爆発スルゾッ!!」

フォルカー「なっ、なぜだ!『名前を言う』!条件はそれだけなのに!!」



   陸<原因は今でもわからない。人為的なミスだったのか、誰かが爆発物を仕掛けたのか……

     その爆発事故で、工場にいたおれの親父とおふくろ……従業員も巻き込まれ、皆死んだ。

     隣接してたおれの家にも火が燃え移り、全焼した。>




フォルカー「『林原温子』!『林原温子』!『林原温子』、『林原温子』!林原温子林原温子林原温子林原温子林原温子!!
      林原温子!はやしばら温子!はやしばらあつこ!はやしばらあつこ!はやしばらあつこ!はやばらしあつこ!
      はやばらあらこはしばあらつこやばらあつはやしあつああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

アッコ「…………」

ウォー・ヘッド「……アト『12秒』デ爆発スルゾッ!アト『10秒』デ爆発スルゾッ!!」



   陸<生き残ったのは、家にいた俺と……もうひとり。>




ウォー・ヘッド「ノコリ『9』……『8』……『7』……」

フォルカー「なぜ……移らない……なぜだ、おまえは……」

ウォー・ヘッド「……『5』……『4』……『3』……『2』……『1』……」


フォルカー「なぜだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


ドガァアアアアアアン!!!!



フォルカーの顔に張り付いたウォー・ヘッドは爆発し、フォルカーの体上半分を木端微塵に吹き飛ばした。

アッコはその場に立ち尽くしたまま、つぶやいた。


アッコ「…………ドウシテ、ダロウネ………。」



   陸<もうひとりはおれの『姉』……その名は、『武田空』。………それが、アッコだ。>







11年前……まだおれが中学二年生だったとき、おれの家の工場が爆発し、大きな火事になった。

その大きな爆発音は家にいたおれの耳を刺し、あまりの衝撃の大きさにおれは気を失ってしまった。



目が覚めたとき、まわりは炎に包まれていた。身を焼かれるような熱と、目と肺を襲う煙があたりにたちこめていた。

まず、逃げようと思った。壁に寄りかかりながら玄関に向かうと、途中で居間で倒れている空ねえちゃんを見つけた。

声をかけたが、空ねえちゃんは反応しなかった。もしかしたら……と思ったが、認めたくなかった。

空ねえちゃんの倒れているところのカーペットには赤いしみが広がっていて、左腕も、脚も、真っ赤にただれていた。

おれは空ねえちゃんのところへ向かい、ねえちゃんを背負って外へ向かった。

鉄板の上を歩いているような熱さを感じたが、無我夢中で歩いた。



外へ出て、あぜ道の真ん中でねえちゃんをおろして、後ろを振り返った。

工場と家を巨大な炎が包んでいた。工場は、もはや骨組みしか残っていないように見えた。

おやじも、おふくろも、従業員のみんなも、あの中にいたはずだ。

あまりの悲しみで叫んだが、水分が涸れていて涙は出なかった。煙でのどを痛めてて、声にもならなかった。

そのとき、ねえちゃんがかすかに動いた。……ねえちゃんは、まだ生きていた。

しかし、ねえちゃんは全身が焼け爛れ、ただ、人間の形をしているだけのようだった。

このままでは、生きられない。おれは、ねえちゃんの手を握って、声をかけつづけた。

耳はまだ遠いままで、のども痛い。声が出ているのかもわからない。ねえちゃんも、聞こえているかわからない。

だけど、ほかにできることが見つからなかった。



……そのとき、目の前に大きな男が現れた。手には、弓と矢を持っていた。


形兆「私は虹村形兆……。君は、武田鉄工所の娘の武田陸と……『それ』は武田空だな。」

陸「…………!?」

形兆「不幸な事故……多くの命が燃え尽きた中、君は生き残った……。運、ともいうべきか、精神の強さ……ともいうべきか。

   なんにせよ、『才能』を持っているかもしれない。」

そういうと、その男はもっていた弓矢をひきはじめた。

形兆「選択しろ。このままではその子は死ぬだろう、だがこの矢に射られてもしスタンド能力を得れば……助けられるかもしれない。」

陸「…………!!」

形兆「私の言う事が信用できないのなら、矢を受け入れたくなければ、その子は確実に死ぬ。矢を受け入れるのなら、そのままそこを動くな。」



その男が何をいっているのかはなんとなくはわかった。普通なら、疑うのが当然だろうが、おれは、受け入れようとした。

そのときおれは、ねえちゃんを助けたいと思ったんじゃない。おれはもう死んでもいいとおもったんだ。

もう、どうなってもいい……。


ヒュパッ!!


男の放った矢がおれの胸に突き刺さった。

その後は……目の前が暗くなって、倒れた。






目が覚めたのは、病院だった。

あの時は気づいていなかったが、俺は右の手首を骨折していたらしい。

ただ、そのほかは軽度のやけどがあるだけで、目立ったケガはそれくらいだった。

しかし、矢が刺さったはずの胸には、傷が残っていなかった。何かが刺さったという形跡すらなかったのだ。


*「…………………ギィッ!……」


ただ、問題は空ねえちゃんのほうだった。

ねえちゃんは、医学上では「生きている」らしい。

しかし意識は戻らず、自ら体を動かす事もない。

たくさんの機械に繋がれて生命維持活動を行っている……いわゆる『植物状態』だった。

全身は包帯でグルグル巻き。それが空ねえちゃんだと言われても、見た目では誰かわからないほどだった。



*「………ァギャーッ……ギィーッ!」


おやじも、おふくろも、鉄工所のみんなも……皆死んだ。

おれは、もうおかしくなってしまっていたんだと思う。

しかし、おれを止める人間は、だれもいなかった。


*「……ウギィッ!………ギャァーッ……」


深夜、おれはねえちゃんのいる病室に忍び込んだ。


おれは、病院で目を覚ましてから自分の中の『変化』に気づいていた。

おれのまわりでずっと騒ぎ立てる『小人』たち。

あの時は気にも留めなかったが、これが、あの男の言った『スタンド能力』なのだろうか。



陸「……『なお』さなきゃ。………『スペア・リプレイ』!!」

スペア・リプレイ「「「「「   ギ ィ ー ッ ! !  」」」」」


そして、本能的に理解していた。……その、スタンド能力を。






その次の日の朝、空ねえちゃんの病室から、空ねえちゃんと、繋いでいた生命維持装置が消えた。

もちろん、病院は大騒ぎだった。

おれも何があったか知らないかと聞かれたが、知らないと答えた。


本当のことを言う必要はないし、言っても信じちゃくれないだろうから。

その翌日、おれは退院した。



向かった先は与えられた仮の住まいではなく、全焼した、おれの家。

黒コゲの玄関から、家の中へ入る。二階は完全に焼け落ちて、一階の天井からもところどころ日の光が入ってくる。

すすだらけだけれども、形を残していた寝室のベッドには、少女が一人横になっている。

体はツギハギだらけ、耳はなくなってネジが生えていて、頭の一部をステンレスの板が覆っている。

しかし……顔の形はもとのまま。猫のように丸くなっているその少女は、はたから見ればただの人形にしかみえないだろう。


陸「ただいま……空ねえちゃん。」


空ねえちゃんは目を閉じたまま眠っていた。






ザアアアアァァァ………

『鈴美さんのいた小道』に降る雨はいっこうに止む気配をみせなかった。

近くの民家の屋根の下で陸と模は雨宿りし、陸は話し続け、模はそれをじっと聞いていた。捕まえたエリックも傍でまだノビている。


陸「『スペア・リプレイ』の能力でおれが『なお』した空ねえちゃんは、体の半分が機械、半分が人間の体でできている。

  ……おれがつくったのと同じさ。」

陸「それから1年後、空ねえちゃんは目を覚ました。しかし、ねえちゃんは一度脳死した影響からか記憶を全てなくしていた。

  簡単に言えば生まれたての赤ん坊のままさ。勿論、おれのことも覚えちゃいない。」

陸「そのとき、おれは自分がしてしまったことの大きさにはじめて気がついた。……とんでもない、ことをした。

  こんな、姿で、ねえちゃんを生き返らせようとして、おれはなにをしたかったんだろう……。」

模「それじゃあ空……さんは……。」

陸「おれは、自分のしたことから目を背けようとして、空ねえちゃんを、『林原温子』として育てようと思った。

  『林原』は、武田鉄工所の会社の中で結婚した新婚夫婦の苗字、『温子』は、奥さんのおなかのなかにいた赤ちゃんにつけようと

  旦那さんが考えた名前だ。林原さんたちも、その赤ちゃんも、あの火事で死んでしまった。

  赤の他人よりかは、知っている人の子と考えた方が、まだ、責任を持って育てられる、と思ったんだ。」

陸「今考えてみれば、そんなことしても変わりはないのに……!温子が、空ねえちゃんだということには変わりはないのに!!」



陸「あれから……10年が経った。『温子』は、スペア・リプレイで『つくって』からは、当時17歳だった空ねえちゃんの体から成長しないが、

  精神年齢は普通の人間のように成長してきた。だから、背格好は君と同じでも、中身は10歳くらいなんだ。あの幼いしゃべり方はそのためさ。」

陸「スタンド能力はいつ身につけたかわからない。もしかしたらあの火事があった日、空ねえちゃんにも矢を射っていたのかもしれない。」




陸は屋根から外の方へ歩き、雨に打たれたまま模のほうを振り返った。


陸「空……ねえちゃんは、おれになんて言うだろうか?もし、急に記憶が戻ってもとの空ねえちゃんになってしまって、

  おれと会ったらなんて言うのかなあ?」



陸の頬を雫が垂れ落ちた。……それは雨だったのか、もしくは………。

どちらか、模にはわからなかった。




陸「恨んで……いるかなあ?」




家族を一度にすべて失った悲しみ、それゆえの過ち、そしてそれによる今日までの苦しみ……。

それを陸は一人で抱え込んでいた。誰も、知らない。林原温子さえも……知らない。






模「僕にとって、彼女はずっと『林原温子』です。」

陸「……………」

模「陸さんも、彼女の前では『林原温子』として暮らしてきたのでしょう?」

陸「……………ああ。」

模「それで、いいじゃないですか。その10年、そうやって陸さんとアッコは一緒に暮らしてきたんだ。それで、何も問題はなかった。そうでしょう?」

陸「でも、おれはずっとアッコにこのことを隠して暮らしてきたんだ……」

模「……僕は、前にアッコと買い物に行った時、聞いたんです。」

陸「…………?」






数週間前、模が初めて『鈴美さんのいた小道』に入り、零とあった日の帰り……。

アッコ「ねえバク、バクの将来のユメはナニ?」

模「え!?なに、藪から棒に。」

アッコ「イイジャン、教えテよ!」

模「……うう~~~~~~ん…………今のところ、特には……」

アッコ「ええ~~~~~」

模「あ、アッコはあるの?」

アッコ「あたし?………」

模(アンドロイドの考える将来の夢ってなんだろ。)

アッコ「あたし…………はねェ、ミンナと、いっしょニ暮らすことカナ。……あたしと、陸ねえちゃんと、スペア・リプレイと、模と。」

模「なんでそこに僕も入ってるのさ!!」

アッコ「エエ~~、いいじゃん、バクもいっしょニずっと暮らそうヨ。あたしの、旦那サン!」

模「……陸さんとも、ずっと一緒にいたい?」

アッコ「ウン、あたしの大好キな、あたしノ姉ちゃんダモン!!」

模「…………そっかあ。」

アッコ「だからバク、モシ陸ねえちゃんとバクが川でおぼれてタラ、助けルのは陸ねえちゃんだからネ!!」

模「ええ、僕は!?」






陸「…………アッコ。」

模「……アッコに空さんの記憶はないのかもしれません。でも、『アッコ』は、陸さんのことが大好きなんだ。

  一緒に暮らしてきた陸さんに感謝もしている。」



陸「……ケッ、今さら模に言ってもらわなくとも、そんなこと毎日のように言ってるよ。」

模「…………」

陸「……でも、おれの前でだけじゃなく、おまえの前でも、そう言ってたんだな……。」

模「…………はい。」


陸「おれのしてしまったこと……過ちは過ちだ。消すことはできない。なら、おれにできることは、アッコを守ることだ。

  おれが『つくり出してしまった』アッコは、おれの手で、必ず『守る』……。」

陸「おれは、それをずっと心に誓って生きてきた。アッコが行くところ、おれはどこまでもついていく。守っていく。」

模「陸さん………。」

陸「この戦いが終わったら……おれんちでずっと暮らしてもいいぜ。アッコのいうとおりな。」

模「えッ!……あっ、いやっ、それは……僕は……」

陸「ハハッ、バァーカ!本気で赤くなってんじゃねえよ!!」

模「はっ……ははは……あはははは……」


そのとき、雨どいの雫がエリックの顔に落ち、エリックが目を覚ました。

エリック「ん……はっ……おれ……は……」

陸「おっ、目ェ覚ましちまったか。」



ガァ――――ン!!

模「!!」

陸は再びスパナでエリックの頭を殴り、気絶させた。


陸「おまえには敵の本拠地の場所を話してもらわなきゃいけないからな。……だが目を覚ますには早え。」

模「り、陸さん……」

陸「屋敷へもどろうぜ、模。こいつはようやく捕まえた手がかりなんだろ?」


陸は先へ歩いて屋敷の方へ向かっていった。

模は再び気絶したエリックをひきずって、陸のあとについていった。



いつのまにか雨は止み、雲の隙間から星がきらめいているのが見えた。

模たちは自分たちの本拠地まで辿り着いたエリックとフォルカーを、ひとりは死なせてしまったが、もうひとりを捕まえることができた。

紅葉たちが結集してから、はじめて掴んだ手がかりだった。






エリック「……んがっ……う、うおぁああッ!!」

模と陸が捕らえたディザスターの刺客……エリックが目を覚ましたのは木の板で囲われた壁、年季の入ったフローリング……

簡単に言えば木造住宅の一室だった。

エリックは手足を縄で縛られ、身動きがとれなかった。

???「やっと目を覚ましたな。」

部屋のドアが開けられ、人が入ってくる。上下青いツナギを着た……武田陸だ。

エリック「て、てめえッ!なんのつもりだ!!」

陸「おーおー、元気だなコノヤロウ。まあテメエには色々しゃべってもらうからな、そんくらい元気じゃねえと『もたネェ』ってもんだ。」

エリック「も、『もたネェ』……?」

陸が入って来た扉からもう2人、部屋に入ってきた。

五代「テメェにはいろいろ聞きたいことがあるからな。だが質問……というよりは『拷問』になりそうか。」

零「せっかく掴んだ手がかりだからね、なんとしても情報を得なければならない。」

エリック「『情報』……だと。」

五代「手段は選ばねぇ、テメェがしゃべるまでは終わらないぜ。」

陸「舌噛み切って死のうとしてもムダだよ。おれの『スペア・リプレイ』が決して死なせないからな。」

エリック「ふ……ふははっ……俺から聞き出そうってコトか。仲間の能力とか、本拠地の場所とかをよ?」

零「とぼけようとしてもムダよ、あなたの気が折れるまでとことん……」

エリック「いやいや、そうじゃねえよ。」

零「?」

エリック「殺されるのかと思ってたが……そうじゃねえんだな。」

陸「なんのつもりだ?」

エリック「別に痛い目にあわせてくれなくても、教えてやるっつってんだよ。」

陸「…………ハァ?」





エリック「フォルカー……ああ、俺と一緒に来たヤツのことだ。あいつ殺っちまったんだろ?

     俺はあいつとセットになってようやくディザスターの戦力になりえたのさ。

     だからよ、ここの場所を報告したところで、その報酬限りであとは下っ端の役割を当てられるのがオチさ。」

五代「で?」

エリック「よーするに旨みが少ねェんだ。それよりかはこれを機にカタギんなって自由な暮らしをするほうがマシだ。

     『ディザスター』ん入って、自由になんでもできると思ってたのにヨォ!そこでも『幹部』『序列』なんて笑っちまうぜ!!

     おかげでこのザマだ!!」

零「……………」

エリック「いーぜ……なんでも、話してやらあ。俺の知ってる限りでならな。」

零「………五代くん。」

五代「?」

零「みんなを、あつめて頂戴。」






エリックを監禁していた部屋に、模たち……7人全員が集まった。

エリック「これで、全員かい?『ディザスター』では6人の存在は確認していた。……ってことは、アンタが司令役だったんだな。」

エリックは零のほうを見て言った。

零「……そんなことはどうでもいい。まずは、『ディザスター』の居場所から教えなさい。」

エリック「…………」

エリックは下を向いて黙り込んだ。

零「ウソをついてもムダです。脈拍、体温、発汗量でウソをついているかどうか温子がすぐに判断できる。」

エリック「いや違え、ちょっと説明するのが難しいだけだ。……アジトは、ディザスターのスタンド使いによって『隠れている』。

     俺の直属の上司、幹部の『ヴァン・エンド』の『ピープル・イン・ザ・ボックス』によってな。」

陸「『ピープル・イン・ザ・ボックス』……。」

エリック「能力が発動し続ける限り、場所は絶対に特定できないし、もちろん入ることもできないんだ。」

紅葉「なにを言ってるのよ、それじゃあアンタはアジトからじゃなきゃ、どこから来たっていうの!?」

エリック「俺の今回受けた指令は、『敵の本拠地の場所を見つけること』。

     ……俺が任務を完遂するには、一度アジトに戻らなきゃいけない、それはわかるだろ?」

模「それじゃあ、『アジトに戻るまでが任務』ってこと?」

エリック「……そうだ。」

紅葉「どういうことよ、模?」

模「この人……ええと」

エリック「エリックだ。」

模「エリック……突き詰めて言えば僕たちがアジトに入る手段があるってことだよ。」

零「!」

エリック「俺は……ええと、俺が気絶してる間、日付は変わってないよな?俺は、『2日後』の午後6時に『別荘地帯』に行くように言われている。

     その時間だけは、『ピープル・イン・ザ・ボックス』の能力が解除されて、アジトの館が現れる。」

模「ということは……」

エリック「ディザスター側にゃ俺たちが作戦失敗したことは知られてないはずだ。この小道にも、俺とフォルカー以外には入っていない。

     『2日後の午後6時、別荘地帯にアジトが姿を現す』。これは、確実だ。」

零「…………」

アッコ「ウソは、ついてイナい。ホントウのことだ。」



五代「やっと………やっと、掴んだ。ヤツらのシッポを。」

九堂「ようやく、こっちから仕掛けられるってワケだ。」

紅葉「残る敵の数は?」

エリック「俺を除いては『7人』……と聞いている。ボスの『ディエゴ・ディエス』、幹部の『ヴァン・エンド』、幹部はほかに2人、

     ほかのスタンド使いが3人だ。俺が能力を知っているのはさっき言った『ピープル・イン・ザ・ボックス』のヴァン・エンドだけだ。

     非スタンド使いなら……10数人ってとこか。」

五代(幹部の2人は『弓と矢の男』、それとこのあいだ現れた『棟耶』……と考えれば、妥当か。)

エリック「もーひとつ、イイコトを教えてやる。俺の任務が成功し、ここの場所が割れたら、ディザスターはここに翌日……

     今から3日後に総攻撃することになっていた。

     おまえら、俺を捕まえておいてよかったな。もし逃がしてたら……心の準備もないままに倒されてただろうよ。」

紅葉「…………」

エリック「だから今は杜王町各地に潜ませている兵たちもアジトに引き上げさせて、準備を始めているはずだ。その3日後の総攻撃に備えてな。

     スタンド使いはアジトにいるか、杜王町にいるかわからねえがな。」






零「情報をまとめましょう。温子、今までの話にウソはない?」

アッコ「ナイよ。コイツ、『ディザスター』からしたラ、とんでもナク節操ノないヤツだね。」



零「まず、『2日後の午後6時、別荘地帯にアジトが現れる。』

  『残る敵はスタンド使いが7名、非スタンド使いの兵が10数名』、

  そして、『現在から3日後の総攻撃の予定日まで、ディザスターの雑兵は全員アジトにいる。』」


五代「…………」

零「これを踏まえ、私の意見を言います。」

  

零「……『2日後の午後6時、別荘地帯にアジトが現れる時、こちらからアジトに攻め込む。』」

模「こちらから……か。」

零「というより、これしかないでしょう。アジトの場所がわかるのは早くても2日後の午後6時。それ以降は、迎えうつことしかできなくなる。」

九堂「そーだな、待ってたんじゃ今までと同じだ。ヤツらの度肝抜かしてやろうぜ!!」

紅葉「向こうのスタンド使いも7人なら、こちらにも勝機は十分にあるしね。」

五代「『勝機』じゃねえ……俺たちは勝たなきゃいけない、絶対にな……。」



模「そうだね……やろう。やろう!ディザスターをこの町から追い出そう!!」


零「細かい作戦は、私が練っておきます。2日後に……作戦開始です。」

アッコ「やるゾォーーーー!!」



零「明日は、おそらく最後になるであろう作戦の前に、各々の『好きなこと』をしてください。」

紅葉「え?」

零「私は以前、紅葉たちに、一度家族に会うように言いましたね?……そのときはC・Rに出くわしてしまうことになりましたが。

  あれの本意には、あなたたちには『守るべきもの』があることを理解してもらうことがあります。

  家族、兄弟、親友との思い出……。『ディザスター』はいわば『壊す者』です。そして、その力は強大です。

  しかし……『壊す者』よりは、『守る者』の気持ちが絶対に強いのです。『守るべきもの』がある限り、私達は絶対に負けません。」

五代「…………」

零「あしたは……みんなそれぞれ気持ちを整理してきてください。明日なら杜王町内を監視するディザスターの兵もいない。

  どこへ行くのもいいでしょう。明日は戦いが起こりえませんから……。」

紅葉「…………」


零「今日は、これで解散としましょう。今夜はゆっくり休んでください。また2日後、最後の決戦のとき、集まりましょう。」






ディザスターのエリックとフォルカーが襲撃し、そしてエリックを捕らえてディザスターの動きを把握し、2日後の作戦決行を決めた日から一夜明け、

次の日の朝がやってきた。



それぞれの、自由時間。この日だけは小道の屋敷にいなければならない理由はない。

朝10時には、屋敷にいるのは桐生零と、軟禁されているエリックのみになっていた。



杖谷模は、勾当台3丁目の自分の家に来た。数週間前までは、この家で母と二人で暮らしていた。

ディエゴ・ディエスの襲撃があってからは、母はS市の総合病院に入院し、模も杜王町から離れて、自宅は警察の管理下にあった。

今は警察も引き上げており、模は自分で家の鍵をあけて中へ入った。

家の中は、ディエスが襲撃したときのままになっていた。壁と床についた黒い血のしみ、物が散乱したダイニング……。

模「…………」

模がここへ来たのは、母との暮らしを思い出すためでもなければ、ディエスへの憎しみを募らせるためでもない。

模は、この惨状が、自分が引き起こしたものだと思っている。もちろん、実際にやったのはディエスであるし、それを模が予測できるはずもなかった。

しかし、模はそれでもなお、「自分がもっと強かったら」と思うと、悔しくてたまらないのだ。

模はこの戦いで「けじめ」をつけるために戦う。弱かった昔の自分に。家族すら守れなかった自分に。

そのためには、自らの手でディエスを倒さなければならない。

模「……ひいじいちゃん。」

模は割れた写真立てを拾い上げた。そこには、幼少の頃曽祖父に『波紋』を習っているときの模と、曽祖父が写っていた。



模「…………『波紋』。」



模は、昔の自分と決別するために、戦う。






*「あれ、紅葉ちゃん?」

紅葉「あ……久しぶり。」

*「大丈夫だった~?ずーっと休んでたジャン!」

紅葉「え?あ、うん、えーと……」

*「治った?………『ヘルニア』。」

紅葉「…………は?」


一之瀬紅葉はぶどうヶ丘高校に来ていた。

紅葉たちは、ディザスターの本隊がきてからずっと小道の屋敷にいたため、そのあいだずっと学校を休んでいたのだ。

そのため、模・紅葉・五代・九堂・アッコが休む理由を学校にはアッコが適当につけておいたのだ。

紅葉(もっといい理由あるでしょうがアッコ!ヘルニアって!!)

*「どうしたの?」

紅葉「え?あー……うん、大丈夫だよ。完治した。……そういや、他にもずっと休んでた人もいたんじゃなかったっけ?

   ……温子とか、九堂とか。」

*「えー、どうせ九堂や五代なんかただのサボりでしょ?長い気もするけど。アッコちゃんや転校生クンは入院?ってたかな?」

紅葉(ほんとにテキトーなの私だけかッ!!)

*「あー、あと銀次郎もけっこう休んでたけど、今日は来てるよ。」

紅葉「………銀次郎が?」





銀次郎「…………」

学校の屋上で銀次郎が一人、空を見上げて物思いにふけっていた。

紅葉「銀次郎。」

銀次郎「……くっ、紅葉!!」

紅葉「何よ、そんな驚いて。」

銀次郎「いやだって、ディザスターが……」

紅葉「今日は大丈夫なのよ、今日だけはね。」

銀次郎「まだ、戦ってんのか?」

紅葉「まぁね。大変だよ、人形にされたり、腕撃ち抜かれたり。」

銀次郎「…………」

紅葉「なんだよ、なんて顔してんだよ銀次郎。」

銀次郎「なァ……紅葉おまえ、なんでそんな戦えるんだ?」

紅葉「言ったでしょ、『杜王町を守るため』だって。」

銀次郎「それがワカんねえんだよ。ディザスターってのは、今は杜王町にいるけどそれは杜王町にスタンド使いが多いからで、

    支配しようとしてんのはこの国なんだろ?言い方は悪いが……ほっといたって、杜王町が劇的に変わるわけじゃねえだろう?」

紅葉「たしかに……そうかもしれない。でも、大きく変わってしまうことがひとつある。」

銀次郎「ひとつ?」

紅葉「零さんが言ってたんだ。ヤツらは、この町のスタンド使いを殲滅しようとしている。」

銀次郎「………」

紅葉「杜王町は、スタンド使いが多い。レストランのトニオさん、漫画家の岸辺さん……私を助けてくれたことのある警察官も、スタンド使いだった。

   スタンドはもはや杜王町の人たちの魅力のひとつとなっている。それを奪われるのは……」

銀次郎「…………」

紅葉「明日、私達はヤツらと最後の戦いに行く。……その前に銀次郎、アンタはこの町を出てったほうがいい。

   巻き込まれないとはいえないから。」


そういい残して紅葉は去っていった。

銀次郎「…………ま、そーさせてもらうよ。」


四宮「…………五代…『味方なんて言って近づこうとするやつは信用できない』……なん…て、言うな。

   それは……『おまえ』…なんだ。いつ……も、『味方』だ……と……おれに…手を…差し伸べたのは、おまえなんだ。

   そ…して、……おれ……はそれに…救われて……い…たんだ。」

五代「!!」

四宮「………きょう……やっと………今度は、おまえを…救って……やれ…た……。

   ……………お返し…だ。」

五代「……おい、四宮。……待てよ、四宮!!」

四宮「…………ご……だい………………また…な…。」




五代「…………」

杜王町のはずれにある霊園。四宮の名が彫られた共同墓地の前で、五代は四宮の最期の言葉を思い出していた。



五代(四宮……おまえは、満足して逝ったのか?)



五代(俺を助けて、それで死んでしまってよかったのか?)



五代(……そんなわけ、ないよな。)



五代は今でもはっきりと思い出せる。

四宮が殺された夜の、空の暗さ、雨の冷たさ、力尽きた四宮の体の重さ。

そして……


五代(だが、一ついまでもわからねえことがある。)



<四宮「…………ご……だい………………また…な…。」>



五代「おまえ、あの時……なぜ笑って逝ったんだ?」




ゴオオオオオオオ…………


きれいに並べられた墓石の間をぬって霊園に強い風が吹く。


霊園にいたのは五代と、ついてきていた九堂の二人だけだった。

九堂「おい、五代……。」

五代「…………」

九堂「おまえさ、この戦いが終わったら、どうするつもり?」

五代「……終わった後のことなんか考えているヒマはねえ。四宮の敵をうつため、『弓と矢の男』を倒す……今はそれだけだ。」

九堂「…………」

五代「おれにとっては、『ディザスター』も、『ディエゴ・ディエス』も、『杜王町』も関係がない。」


五代はそれ以上語らず霊園をあとにした。

その背中を九堂はじっと見つめている。


九堂「五代、おまえ……」






武田モータース、整備場内。

木箱に座るアッコと、アッコの背中を開けて中を見ている陸の姿がある。

陸がアッコの服を脱がせ、スペア・リプレイといっしょに体の整備をしていたのだ。

武田空の体と生命維持装置の融合によって作られたアッコの体は、科学や工学では説明のつかない構造になっており、

しかしそれでいて不調を起こすこともあるので、月に一度は陸とスペア・リプレイが整備をしていたのだ。

しかし、ここ最近の戦い続きの毎日で、アッコの体は痛んでいた。

アッコ「…………」

陸「脚は……コレシャフト替えねえといけねえかもな。スペア2、調達してくれ!」

スペア2「アイアイ!」

陸「スペア4、どうだ?」

スペア4「………外傷ハアルガ、中ハ目立ッタ損傷ハネエ。イツモノ整備メニューデ大丈夫ダロ。」

陸「おう。アッコー、心配ないからなー。」

アッコ「…………」

陸「……?聞いてんのか?」

アッコ「ネエ、リクねえちゃん。」

陸「あん?」

アッコ「昨日の夜来タ、スタンド使いサ、いたじゃん。」

陸「おー。」

アッコ「アイツね、名前を言わレルと、爆弾ガ移ルスタンドだったんだけドさ……『林原温子』ッテ、あいつが言っても、移らなカッタんダ。アタシに。」

陸「………!!」

アッコ「ネエ、なんでかな?」

陸「そりゃ、おまえが………」

陸は少し言いよどみ、続けた。

陸「……『機械』、だからだろ。そのスタンドは、生物にしかうつらねえんだろ?……そういう、ことだ。」

アッコ「ソウダヨネ……うん、そうダ。キット、そうナンダ。」

陸「…………」

アッコ「ネエ、リクねえちゃん。」

陸「……ん?」

アッコ「明日が終わったら、ディザスターを追い出したら、一緒に旅行に行コウ?」

陸「…………」

アッコ「レイさんに、お金モラッテさ、いろんなトコ、一緒にイコウ?

    アタシはリクねえちゃんにイッパイ、迷惑かケタ。だから、これから、イッパイ、思い出作りたイんだ。それで……」


ギュッ

陸が、アッコを背中から抱きしめた。

アッコ「…………リク、ねえちゃん?」

陸「うん、行こう。……そんで、ずっと一緒にいよう。」

アッコ「…………ウン。」


陸(俺は、絶対にアッコを守る。……なにがあっても、絶対に俺が死なせない……。)


陸の腕が、さらにアッコを強く抱きしめる。

陸(アッコの正体なんて、アッコは知らなくていいし、教える必要もない。……ずっと、このままで……。)






紅葉「あれ、模?」

模「あ……紅葉。」

午後3時、杜王町の商店街。

学校から帰ってきていた紅葉と、家から引き上げていた模が鉢合わせた。


紅葉「どうしたのよ、こんなとこで?」

模「ああうん、屋敷に戻りがてら、街を見て歩いてたんだ。じっくり街中を見たのなんて、1回か2回かくらいしかないからさ。」

紅葉「ふぅーん……。」

模「暗くなる前には、戻るよ。」

紅葉「……私もついてっていい?」

模「え?……い、いいけど。」




商店街の中を、模と紅葉が並んで歩く。

紅葉「……あの靴屋さん、見た目はボロいけど、品揃えはすごくいいんだ。

   チェーンのACDCマートよりもちょっと高いけど、みんなクツはあそこで買ってる。」

模「へぇー……。」

紅葉「あのラーメン屋さん、クセがけっこう強いんだけど、すごくおいしいの。あんまり混む店じゃないけどね。」

模「…………」

紅葉「あのクリーニング屋さんは、11年前に主人が死んじゃってつぶれかけたんだけど、息子さんがあとを継いでなんとか持ち直したんだって。」

模「すごい詳しいね紅葉は。」

紅葉「エッ?……ま、まあずっと住んでるからね。」

模「すごく伝わるよ。この町が大好きだってこと。」

紅葉「……なんだか、照れくさいね。」



紅葉「……こっから、見えるでしょ?5階建てのカメユーマーケット。

   あれが一度爆発事故で壊れたあと、大手ショピングチェーンが会社を買収して、大型ショッピングモールとして建て直したのが今のカメユーマーケットなんだ。」

   便利なモノがすべてあそこに集まるから、この商店街も軒並みつぶれちゃうって言われてたんだけどさ……。」

模「…………」

紅葉「でも結局、このとおりつぶれなかった。みんな、人とのつながりが好きでさ、この商店街から離れなかったんだ。

   むしろカメユーのほうがヤバくなって、先週、ついに撤退することが決まったみたい。」

模「へぇー……」

紅葉「あ、ゴメン。模にはあんまりわかんない話だよね。……あ、あの揚げたこ焼き屋!」

グィッ!


模「わッ!」

紅葉が模の手をつかんで、揚げたこ焼き屋のプレハブに引っ張っていった。

店主「いらッしゃい!お、紅葉ちゃんじゃねえか!」

紅葉「おじさん、揚げたこ焼きひとつ。模、頼んだよ!」

模「え、何?頼むって。」

店主「俺にジャンケンで勝ったら10個、負ければ8個だ。」

模「ジャ、ジャンケン……!?」

店主「一回勝負だぜェ、ジャンケン……」


ポン!


模「あ……」

店主「はははっ、ザンネンザンネン。はい、8個で300円!」

模「ご、ごめん紅葉……。」

紅葉「別にあやまることじゃないでしょうがッ!さ、食べながら帰ろ。」

模「……うん!」






小道の屋敷、談話室。

九堂「………あッ!ちくしょう!!」

テレビの前で九堂がひとり、ゲームをしていた。

模「あ、九堂くん。」

九堂「お、模。紅葉は一緒じゃなかったのか?」

模「そうなんだけど、お風呂入るって。」

九堂「ふーん、どうでもいいや。模、ゲームやろうぜ!」

模「あ、うん。……九堂くんは、ゲームよくやるの?」

九堂「おー。まあここでは大抵温子とだけどな。五代もやるけどあいつ強すぎてよ。反面、温子は機械のくせに下手で相手するにはちょうどいいんだ。」

模「へー……でも僕、スーパーマリオくらいしかやったことないや。」

九堂「おー、いいじゃんマリオ。やろうぜやろうぜ!」

模「マリオって一人用じゃないの?」

九堂「いや、今のマリオは4人まで一緒にできるんだよ。」


そのとき、模と九堂だけだった談話室にさらに人が入ってきた。

アッコ「ア、マリオやるノ?アタシもやるー!!」

五代「おい九堂、俺もやるぞ。」

九堂「えッ!?五代、マリオに限ってはスゲー下手じゃん!大丈夫かよ。」

五代「別にいいだろ。」

九堂「まーいいけど……コントローラ投げんなよ。」




『イッツミー、マーリオー♪』

アッコ「なんかスゴい広イ穴だけど……ドウやって越えルの?」

九堂「あーここはよ、この足場の端からダッシュして……」


ピョーン

九堂「ギリギリ届くってワケよ。」

模「難しそうだなぁ……」

アッコ「じゃあアタシからいくよ!」


ピョーン

アッコ「アッ……落ちちゃった……。」


九堂「ハハハ、温子ヘタだなあ!」

模「よし、じゃあ僕が……」
五代「俺が……」


ピョーン
ピョーン

九堂「あ、なにやってんだよ!同時に跳んだらお互いジャマになってどっちも落ちちまうぞ!」


ゲシッ、ピョーン
『アワワワワ……』

アッコ「あ、バクのキャラがゴダイのを踏んづけて跳んだネ。」

九堂「ハハハッ!見事に足場にされたなあ五代!!」

五代「模、てめえ……」

模「え……でも、五代くんがちょっと待ってくれればよかったじゃない!」

アッコ「オ、バクがゴダイに引き下がらナイゾ。」

九堂「五代、今のはおめえが悪いだろ!模にあたるなよ。」

五代「ちっ……」


紅葉「なに、ゲームやってるの?」

頭にタオルを巻いて紅葉が談話室に入ってきた。

アッコ「ア、クレハもやる?」

紅葉「髪乾かしてからね。」

五代「おい、マリオなんてやめよーぜ。桃鉄やるぞ、桃鉄。」

九堂「あッ、さてはてめえサイコロ『2倍』にしてやろうとしてるなッ!!」

五代「ゲームの中まで使えるか!!」

模「あ、五代くんがツッコんだ。」

紅葉「何かヘンね、五代。キャラじゃないよ?」

五代「…………うるせえ。」

アッコ「ゴダイ、顔赤いヨ?」


「アハハハハハハハハハ!!」






小道の屋敷、作戦室。

桐生零は窓際のソファに座り、夜空を眺めていた。


零「明日………か。」



零「『ディエゴ・ディエス』……今度こそ……!!」



静かな夜はいっそう更けてゆく。

まさに、嵐の前の静けさ。

戦士達のつかの間の休息が終わろうとしていた。





to be continued...



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