共立公暦1010年、
セトルラーム共立連邦の首都ルドラトリスは、
ヴァンス・フリートン大統領の失脚による静かな動揺に包まれていた。
アリウス・ヴィ・レミソルトの繊細な策略は評議会を掌握し、フリートン派を一掃。彼女の微笑は国民に希望を与え、背後には冷徹な知性が宿る。声を荒げることなく、優雅な所作で連邦の未来を紡ぐ彼女は、「冷血母公」として畏敬を集めていた。
ヴァンスの敗北は新たな闇を生んだ。ルドラトリスの地下に広がる実験施設に、彼の最後の企みが潜む。
アリウスはそれを暴くため、表向きはインフラ視察として自ら地下へ赴いた。国民を守る責務と、ヴァンスの愚行を清算する決意が、彼女の心を満たしていた。
地下施設は湿った空気と金属の軋みが響く迷宮だった。霊気炉の微かな脈動が、過去の罪を囁くよう。アリウスは黒と金の礼装に身を包み、専用武器「レミソルティス・ファラネヴェ」を携える。イドゥニス晶鋼の長剣は、彼女の手の中で静かに輝いた。背後には5人の特殊部隊員、タクトアーツの精鋭たちが彼女を護る。
「陛下、この先は危険です。ヴァンスの残党が生物兵器を隠している可能性がございます」
隊長のゼルクスが囁くように進言した。額の汗が彼の緊張を物語る。
アリウスは振り返り、穏やかな微笑を浮かべた。
「ゼルクス、ご心配は無用です。ヴァンスの企みは彼の心の脆さを映すだけ。この闇を照らすのが私の務めですから」
一行が貯蔵区画に踏み入れた瞬間、床が震え、獣の唸りが闇から響いた。空気が重くなり、霊気炉の残滓と混じる異臭が漂う。
アリウスの瞳が僅かに細まり、ホログラムシートを無言で展開。指が流れるように符文を刻むと、「レミソルティス・ファラネヴェ」が青白く光った。
「陣形を整えてください。敵は複数です」彼女の指示は静かだが、特殊部隊員たちは即座に円形に広がった。
闇から現れたのは3体の
変異キメラ。
星間文明統一機構の禁忌技術が生んだ怪物だ。
10メートルの巨体に、鱗と金属が融合した外皮。6本の節足と触手が蠢き、赤い複眼が無機質に光る。口から滴る酸性の唾液が床を溶かした。ヴァンスが解き放った最後の復讐だった。
アリウスは動じず、僅かに首を傾げた。「ヴァンス、このような無粋な贈り物とは、残念です」
キメラの1体が触手を振り下ろし、部隊員の結界がひび割れた。アリウスはシートに流線型の符文を刻み、剣を優雅に振る。
霊気の疾風が触手を切り裂き、キメラの外皮に傷を刻んだ。風鳴りが響き、青白い光が通路を照らす。部隊員たちは雷スクリプトで反撃し、キメラの動きを封じた。
2体目が床を突き破り、アリウスへ突進。彼女は「グラヴィス調律器」を起動し、シートに格子状の符文を静かに描く。
重力場が瞬時に増幅され、キメラは地面に叩きつけられた。金属骨格が軋む音が響く。彼女は微笑を崩さず、剣を握る手に僅かな力を込めた。
3体目が酸性の霧を吐き、視界を奪う。部隊員の装甲が溶け始め、ゼルクスが叫ぶ。「陛下、退避を!」
だが、アリウスは静かに首を振った。「退く必要はありません。この程度、私の茶会を乱すには足りませんわ」
シートに浮遊符文を刻み、彼女は無重力となって宙に舞う。霧の上空で剣を振り、複眼を正確に貫いた。霊気の爆発がキメラを内部から破壊し、怪物は崩れ落ちた。
戦闘中、アリウスはキメラの首に埋め込まれたデータチップに気付いた。剣で摘出し、シートで解析すると、ヴァンスの声が響く。
『アリウス、貴様がこの闇を暴くなら、連邦の罪を背負う覚悟をしろ。これが私の遺産だ』
チップは、キメラが市民の遺伝子操作実験の失敗作であることを示していた。ヴァンスはこれを暴露し、アリウスの指導力を揺さぶるつもりだった。
彼女の微笑が一瞬、冷たく深まった。「ヴァンス、愚かな人。この真実も、私が預かります」
チップを握り潰し、彼女は残るキメラを見据えた。
2体が再び動き出す。彼女はシートに円形符文を刻み、霊気炉を静かに稼働。剣を一振りすると、霊気の嵐が通路を席巻し、キメラを粉砕した。瓦礫が舞う中、彼女は優雅に着地。礼装に埃一つ付いていない。
戦闘が終わり、部隊員たちは息を切らしながら、彼女の無傷の姿に畏敬の視線を向けた。
ゼルクスが膝をつき、「陛下、この真実は?」と尋ねる。アリウスは剣を鞘に収め、柔らかく答えた。
「真実は連邦の未来を乱す毒です。私が封印しますわ。民には希望だけを与えればいい」
彼女は瓦礫を見やり、囁く。「ヴァンス、次はお茶会で、ゆっくりお話ししましょう」その微笑は、気品と非情を湛えていた。
ルドラトリスの地下は静寂に包まれた。アリウスの足音だけが、連邦の未来を静かに切り開くように響いた。