『井戸の死体』
■ 井戸の死体の朗読動画
※動画と文章は微妙に異なっている場合があります
井戸の死体とは、有名な意味がわかると怖い話(意味怖)の一つです。
短いながらそのあっと言わせる恐怖のオチに、昔から傑作として語り継がれてきました。
解説は一番下部にて。(ネタバレ注意!!)
■ 本篇
ある日、
泣き声がしゃくに障ったので妹を殺した、死体は井戸に捨てた。
次の日見に行くと死体は消えていた。
5年後、
些細なけんかで友達を殺した、死体は井戸に捨てた。
次の日見に行くと死体は消えていた。
10年後、
酔った勢いで孕ませてしまった女を殺した、死体は井戸に捨てた。
次の日見に行くと死体は消えていた。
15年後、
嫌な上司を殺した、死体は井戸に捨てた。
次の日見に行くと死体は消えていた。
20年後、
介護が必要になった母が邪魔なので殺した、死体は井戸に捨てた。
次の日見に行くと死体は消えていなかった。
次の日も、次の日も死体はそのままだった
25年後、
何となく訪れた幼稚園で、園児全員を殺して井戸に捨てた。
井戸の中は小さな死体で埋まったが、翌日になっても死体は消えていなかった。
30年後、
「金を持ってそう」という理由で、エジンバラ大統領をさらって殺した。
死体を井戸に投げ捨てたが、やはり消えていなかった。
35年後、
負けた腹いせにJRAに乱入し、競走馬を盗んで殺した。
巨大な馬の死体を無理やり井戸へ押し込んだが、死体は消えなかった。
腐敗臭が漂い始め、井戸の底からは無数のハエが飛び出した。
40年後、
「この俺が殺人に手を染めてるというのに世界平和だと」という理由で、ノーベル平和賞を受賞したばかりの聖職者を拉致して殺した。死体は井戸に捨てた。
次の日見に行くと、死体は腐り果てた大統領や馬の死体の上に重なったまま、消えていなかった。
45年後、
「走る姿が気に入らない」という理由で、オリンピックの男子100m決勝に出場した選手8人全員を競技場から連れ去り、一人ずつ殺して井戸に捨てた。
次の日見に行くと、金メダリストの死体が一番上で虚空を睨んでいた。やはり消えていなかった。
55年後、
「顔が自分に似ていてムカつく」という理由で、月面に滞在していた宇宙飛行士をロケットで追いかけ、宇宙空間で殺してから地球へ持ち帰り、井戸に捨てた。
井戸はもう死体で溢れ、入り切らない四肢が地上に突き出していた。それでも、死体は消えていなかった。
75年後、
「デカくて邪魔だ」という理由で、山にいたヒグマを素手で絞め殺して井戸に捨てた。
次の日見に行くと、巨大な毛玉が井戸の入り口を塞いでいた。消えていなかった。
80年後、
「魚の癖にまずいとはこれ如何に」という理由で、サメ十匹を仕留めて井戸に捨てた。
次の日見に行くと、クマの死体の隙間に刺さったまま、消えていなかった。
90年後、
「前回のクマより小さい」という理由で、別のヒグマを殺して井戸に叩き込んだ。
井戸からはみ出した死体は、もはや腐敗を超えて乾燥し、異様な剥製のような山になっていた。
100年後、
「死んでる奴らは気楽でいいな」と、近所の墓石を片っ端から倒し、中から遺骨を盗み出して井戸へバラまいたw
次の日見に行くと、白い骨の欠片が茶褐色の死体の山に降り積もっていたが、消えていなかった。
110年後、
「おい、いつまで油売ってんだ。やる気がないなら帰れ、代わりはいくらでもいるんだぞ」
130歳を超えた俺の前に、かつて殺したはずの「ムカつく上司」が現れた。こいつはなんなんだ。
俺は迷わずそいつを絞め殺し、井戸の天辺に放り投げた。
しかし奴はしつこかった。
「何をする。暴力で解決しようとするのは、今の若い奴らの悪い癖だな」「お前ら『Z世代』……いや、『さとり世代』か? そういうとこだぞ」「俺たちの若い頃はなぁ、灰皿が飛んできても笑顔でかわしたもんだ」
首がメキメキと音を立て、顔面がどす黒く変色しているというのに、奴の口は淀みなく説教を垂れ流し続けた。
俺はもう限界だった。
生きたまま斧で滅多打ちにしたあとバラバラにして、皮を剥いで心臓を取り出し、脳髄に硫酸をかけて、やっと絶命した。
死体は井戸に捨てた。
120年後、
俺は高名な科学者を井戸に呼びつけ、「なぜこの井戸の死体は消えなくなったのか」を理論的に考察させた。
科学者は紙とかコンピュータを使って、熱心に研究を始めた。
俺も研究に参加したかったが、専門用語を並び立てる奴とはまさしく『雲泥の差』を感じた。雲泥の差の意味分からないけど。
俺は科学者を強姦した末に絞め殺し、海へ投げ捨てた。
125年後、
天才である俺様は、ある一つの「真理」に到達してしまった。
世界中の誰を殺しても、どんな権力者を捨てても、事態は好転しない。
この井戸の異変は、物理現象ではない。
130年後、
「……もしかして、全部、母ちゃんがやってくれてたのか?」
その可能性に気づいた瞬間、俺は100年分以上の涙を流して号泣した。
「母ちゃん……ごめん、今会いに行くよ」
俺は井戸の底に沈んでいるはずの、たった一人の理解者を探し出す決意を固めた。
135年後、
俺は巨大な工業用ドリルを持ち出し、井戸に詰まった100年分の「ゴミ」(園児、大統領、馬、ヒグマ、サメ、上司)を、ぐちゅぐちゅに粉砕した。
肉と骨が混ざり合い、真っ赤な泥のようになった井戸を掘り進める。
作業の合間に、通りすがりの奴ら数人を景気づけに殺して井戸に放り込んだが、やはり死体は消えない。
「待ってろよ、母ちゃん……」
180年後、
ついに、ドリルの先が井戸の本当の「底」に到達した。
そこには、肉の泥にまみれることもなく、静かに座り込む一人の老女がいた。
20歳の時に殺した母ちゃんは、すっかりよぼよぼで白髪混じりの姿になっていた。
彼女は俺の顔を見るなり、まるで学校から帰ってきた息子を迎えるように、穏やかに笑った。
「なんだ、早かったね。もう少しは時間がかかると思ったよ」
彼女は強がっていた。
160年間、たった一人で暗い井戸の底で、息子が投げ落とすあらゆる業(ごみ)を受け止め、処理し続け、限界が来てなお、俺が降りてくるのを待っていたのだ。
何事もなかったかのように接してくれるその狂気的な優しさに、俺は子供のように声を上げて泣いた。
「母ちゃん……ごめん、ごめんよ……」
「いいんだよ。お腹すいてないかい。アンタの好きなうなぎの塩焼き作ってあげるから」
その夜、160年ぶりに井戸から死体が消えた。
俺が新しく殺して捨てた死体も、粉砕した肉の泥も、すべて……。
◆
190年後、
俺は母と一緒に、井戸に溜まった100年分以上の死体をすべて解体した。
驚いたことに、母はそれらを丁寧に「煮付け」にして処理していた。
かつて消えていた死体は、母の胃袋の中に消えていたのだ。
俺は込み上げる吐き気をこらえ、罪の味を噛み締めて食べたが、母は「あたいがやるよ」と優しく俺の分まで平らげてくれた。
その無償の献身に、俺はまた涙した。
195年後、
俺は残り短い余生を、母と過ごすことに決めた。
ある休日、俺は母と、ハワイへピクニックに出かけた。
金? 心配ない。銀行員だろうが富豪だろうが、殺して井戸に捨てればそれは俺の資産。
200年分の死体を積み上げたあの井戸は、もはや国家の法など届かない俺たちの聖域だった。
暖かい日差し、青空。
ちょうちょが舞い、まどろみが遊びに誘ってくる穏やかな世界。
俺は母が用意してくれた豚の生レバーペースト(2100円で取り寄せた)をフランスパンに塗り、二人で笑いながら食べた。
それを肴に飲むチリワインは、勤労明けのビールよりも五臓六腑に染みた。
母がふと、「これ入れたらオトナのおやつになるんじゃない?」とジャムをレバーに塗って食べていた。
一口もらったが、当然、全く美味しくなかった。鉄臭さと甘ったるさが口の中で喧嘩をしている。
だが、そんなことはどうでもよかった。この至高の幸福を前に、味なんてものはただの記号に過ぎない。
「いつまでも、こんな時間が続くといいな」
そう本気で願うほど、俺たち親子の心は通じ合っていた。
200年後、
再び、介護が必要になった母が邪魔になった。
ボケきった母は、俺の繊細なストレスゲージを毎日正確に逆撫でしてきた。
俺がYOASOBIを聴くたびに、彼女は「いやらしい声だ」「男を惑わす不純な響きだ」「太鼓の達人のオリジナル曲に入ってそう」と一々ケチをつけてくる。
仕事で疲れた俺に「もう鳩のエサはないんだからね」と、毎日出勤してるフリと決めつけてなじってきた。
さらにボケ防止と称して、電話帳を何ページ暗記したかを毎日2時間報告される苦行。
だが、そんな地獄のような日々にあっても、母が作る「煮付け」の美味さだけは、200年前から変わらず神がかっていた。
かつてはついうっかり500発殴り母を殺した俺だが、……もう悪魔に魂は売れない。
俺は最後に井戸へ、悪魔の死体を投げ入れ、コンクリートで埋め立てた。
そして、妹殺しの件で警察が来ることに今さら怯え始め、俺はアフリカへと飛んだ。
何故アフリカを逃亡先にしたのかは分からない。おそらく、ミスタービーストがかつて50個井戸をたてたからだ。
追いかけてきたFBIと世界一のYouTuberを井戸に沈めた末、悠々自適な余生を過ごそうと、俺は計画を練った。
そんなときだった。
「おにいちゃん、もうやめてよ!」
「え?」
震える声に振り返ると、そこには妹──になりすました母がいた。
母がそのしわくちゃで弱々しい手で握っていたのは、一本のスコップ。
……やはり血は争えん。母もまた、井戸を掘る為はるばる日本からやってきたのだ。
「あんたはあたいの息子だよ。辛いのはいつも同じ。何も言わなくていいから、慰め合おう」
「……おふくろ」
俺はこの瞬間にして、人生で初めて、やっと母のことを『おふくろ』と呼べた。
母の、その最後の言葉は、上京した今でもたまに思い出す。
涙はもう枯れ果てて流れない。だが、眠りにつくまで、その言葉は澱のように心に残り続ける。
今ではすっかり廃人同然となり、訪問介護の助けを借りて生きる母。
彼女はたまに、介護士に向かって嬉しそうに、あの懐かしい「井戸」の話を披露するという。
(終)
■ 井戸の死体の解説
知らね。
最終更新:2026年02月24日 19:41