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『ぼっちやん』

夏目漱石


親譲りの無鉄砲が、私から平穏という二文字を奪い去ったのは、今に始まった事ではない。
世間というものは、得てして「要領」という名の潤滑油で回っているらしい。
私はその油が肌に合わぬ。
曲がった釘を無理に打ち込もうとして指を打つような、そんな不器用な生き方しか出来ぬのであった。
母は私を「下女」と呼び、血の通わぬ道具のように扱った。
父はといえば、ともだちコレクションで住民共を無節操に交配させ産み落とされた、出来損ないの「Mii」と私を評していた。
兄が一人いた。私はこの男をいくら誘惑しようとも、奴は私を一人の女としては見なかった。
誤解されては困るが、私は奴に欲情などしてはおらぬ。
ただ、一人の妹として、或いは一個の人間として、奴の網膜の端にでも引っ掛かっていたかっただけである。
だが奴の眼中に、私という影が終ぞ映ることはなかった。
ある日、近所で往来の馬車が人を撥ねるような、凄惨な交通事故があった。
路上の石ころも同然に転がっている子供の四散した骸を見物しながら、私は群衆の只中でこう叫んだ。
「これを近所の厄介者の家へ、種蒔きのようにばらまこうではないか」
翌日、その厄介者の田中と云う男は、顔を蒼白に引き攣らせ、断末魔のような悲鳴を上げた。
私はその絶叫を、一字一句、冷徹に手帳へと認めた。
後日、私は兄の友人たちの前で、田中の猿真似を殊更に恭しく披露してやった。
「あいつの妹は障碍者(かたわ)だ」
友人たちが抱いた、その確信めいた蔑みの視線が、毒箭のごとく兄の背中に突き刺さるのを見て、私は五臓六腑が洗われるような満足を覚えたのである。
父には殴られた。
兄は顔を真っ赤にして「あいつはうちの子じゃない、下宿の子だ」と周囲に弁明して回っていた。
結構だ。
私はそれで構わない。
私は、最初から「ぼっち」であった。
ただ、清(きよ)という、私の性根を「真っ直ぐだ」と勘違いして愛でてくれる奇特な老婆だけが、私の唯一の未練であった。
その清に別れを告げ、私は物理的にも、また精神の深淵においても、この腐臭漂う家を放擲(とうてき)することに決した。
三円の鞄を買い、山陽鉄道の三等車に揺られながら、私は四国という名の新たな掃き溜めを目指した。
すなわち、赴任である。



その夜、私は月光を背に、校舎の裏手で見てはならぬものを見てしまった。
教頭の赤シャツが、うら若き女子生徒の肉を、まるで熟れた無花果(いちじく)でも貪るかのように、口の端から鮮血を滴らせて喰らっていたのである。
彼は教育という名の「聖職」を纏いながら、その内側には獣を飼っていたのだ。
私は懐から機械を取り出し、そのおぞましい宴を静かに写し取った。
「これを世間に撒けば、貴君の築き上げた虚栄の塔は一瞬で崩れ去る。いかがかな」
私が冷ややかに告げると、先刻までの野獣はどこへやら、赤シャツは土下座をして命乞いを始めた。
私は彼の項(うなじ)に、特製の鉄輪爆弾(かなわ-ばくだん)を嵌めた。
これには一瞬で生命を灰にする仕掛けが施してある。
「手始めに、町へ出て銀行を襲って来い。君の罪の深さを、金の重さで購(あがな)ってみせろ」
しかし、しばらくして戻ってきた彼が震える手で差し出したのは、小汚い財布に入った、わずかばかりの紙幣であった。
「これで、どうか、宥(ゆる)してください」
赤シャツは涙を流し、情けない声で私に縋り付いた。
私の不器用な正義感は、この程度の「妥協」を許すほど安っぽくはない。
私は、彼が差し出した金の額よりも、その魂の卑しさに、心底から愛想を尽かしたのである。
「無能は死ぬよりも重い罪だ」
私は手元の操作機を、一思いに押し下げた。
轟音とともに赤シャツの首は虚空へ飛び、松山の夜空に短い花火が上がった。
するとどうだ。
校舎の影から、腹を空かせた生徒たちが、まるで飢えた狼のように一斉に這い出してきたではないか。
彼らは、昨日まで教鞭を執っていた男の死骸に群がり、それを当然の権利であるかのように喰らい始めた。
私はその光景を、ただ冷ややかに眺めていた。
「なんとも、野蛮な村ではないか」
私は一人、闇の中で溜息を吐いた。
都会の煤煙よりも、この地の血の臭いの方が、よほど私の鼻を突いた。
私はお清に手紙を書かねばならぬ。
この地は教育の場ではなく、ただの屠畜場であったと。


私は宿に戻ると、机に向かった。
東京で待つお清に、この地の惨状を報せねばならぬ。
しかし、筆を執るのも億劫(おっくう)であった。
今の私には、感情を言葉にするだけの熱量すら残っていない。
私は懐から文明の利器を取り出し、これに「適当に、お清が安心するような、かつ私の高潔さが伝わる文面を認めよ」と命じた。
機械(AI)は、私の魂など微塵も介さぬ無機質な速度で、それらしい偽りの言葉を綴り始めた。
親孝行な娘を演じるのは、もはや機械の役目である。
一段落して階下に降りると、供された晩飯は、皿の隅に寂しく横たわる「さつま芋の天ぷら」がたったの一つであった。
私は目を疑った。
この地で人を殺め、正義を執行した私の労い(ねぎらい)が、この一切れの芋であるのか。
私は奴隷か。
あるいは、この宿の主(あるじ)は、私の空腹を嘲笑っているのか。
腹の底から、どろりとした黒い怒りが沸き上がってきた。
私は夜陰に乗じ、宿の裏手に回った。
そこには、近隣の農家から運ばれてきたばかりの、生々しい香りを放つ「牛の糞」が山と積まれている。
私はそれを両手に抱え、宿の湯殿へと向かった。
湯気の中に、私はその「大地の恵み」を惜しげもなく投じた。
清らかな湯は一瞬にして濁り、鼻を突く芳香が狭い風呂場に充満する。
「ざまぁみろ」
私は暗闇で独り、口角を吊り上げた。
明朝、この湯に浸かる者たちが上げる悲鳴こそが、私に与えられなかった「晩飯の対価」である。
私は再び部屋に戻り、AIが書き上げた虚偽の手紙を封筒に収めた。
外では相変わらず、生徒たちが肉を喰らう咀嚼音が、風に乗って微かに聞こえてくる。


翌朝、重い足取りで教場へ赴くと、そこには死んだはずの赤シャツが、何事もなかったかのように教壇に立っていた。
風の噂によれば、昨夜、町外れで何者かに喰い散らかされた無惨な死体が発見されたという。
しかし、それは赤シャツではなく、言葉を持たぬ憐れな知的障害者の骸(むくろ)であったらしい。
「しくじった」
私は舌打ちをした。
私の不器用な正義が、あのような下劣な男の浅薄な策謀に後れを取ったことが、何よりも腹立たしかったのである。
授業など、もはや茶番に過ぎぬ。
私は教科書を放り出し、睡魔に身を任せることにした。
「おい、貴様ら。体育倉庫からマットを持ってこい」
私は生徒たちを家畜のように追い立て、運ばせてきたマットを教壇に敷かせた。
そのマットは、数多の生徒たちが流した汗と、長い歳月が醸した黴(かび)の臭いに満ちていた。
常人であれば眉を潜める不潔極まる代物だが、この鼻を突く「生」の臭いが、不思議とお清の膝の上で微睡(まどろ)んでいた幼き日を思い出させる。
私はその臭いに包まれながら、束の間の安らぎに浸った。
ところが、その静寂を破る不埒(ふらち)な手が伸びてきた。
クソガキ共が、私の足や、女としての誇りも薄いこの貧相な胸を、好奇の目で弄り始めたのである。
「おのれ……」
私の体内で、何かが音を立てて弾けた。
私は跳ね起きると、一番近くにいたガキの襟髪を掴み、その濁った眼球に躊躇なく指を突き立てた。
指先に伝わる生温かい感触。絶叫が教室に響き渡る。
すると、どうだ。それまで騒いでいたガキ共は、一瞬にして静まり返り、怯えた獣のようにその場に平伏したではないか。
彼らに必要なのは教育ではなく、ただ「自分を殺し得る力」への恐怖であったのだ。
「貴様ら、所詮は家畜か」
私は血の付いた指を教壇で拭い、呆れ果てて吐き捨てた。
この町では、人間としての言葉も心も通じない。
ただ、喰うか喰われるか、あるいは支配されるか。
その単純極まる法則だけが、この野蛮な空気の中を支配している。


「点検」という名目で、非番の教員に警備を押し付けるとは、この地の者どもは「文明」という言葉を辞書から削り落としてしまったらしい。
セコムやアルソックといった現代の知恵も知らぬとは、これでは教育などという高等な営みができるはずもない。
カビ臭いマットの上で、私は一人、松山の闇を呪っていた。
すると、闇を裂いて無数の「足音」が近づいてきた。
昼間、目玉を突き潰したあの家畜どもの、逆襲であった。
「喰らえ、ぼっち!」
そんな稚拙な叫びと共に、私の寝床に投げ込まれたのは、無数の油虫(ごきぶり)と蝗(いなご)であった。
黒光りする肢体と、カサカサという不気味な羽音が、私の聖域であるマットを侵食していく。
私は憤りを感じた。
しかし、その怒りの源泉は、不潔な虫を投げられたことよりも、彼らの「復讐のスケールの小ささ」に向けられていた。
「目玉を失った報復が、これか」
私は暗闇で独り、失笑した。
仲間の一人が視力を奪われ、永久に光を失ったというのに、彼らの編み出した反撃は、せいぜい「不快な虫を投棄する」という、小学生の悪ふざけの域を出ていない。
彼らの脳髄には、因果応報という論理回路すら組み込まれていないらしい。
もはや、これは教育の対象ではない。ただの知的欠陥を抱えた家畜の群れだ。
私は、虫に塗れたマットを静かに持ち上げた。


宿に辿り着くと、帳場の脇に妙な男が佇んでいた。
どこかで見た顔だと思えば、火花を散らして世を沸かせた芸人、ピース又吉其人(そのひと)ではないか。
私は無愛想に色紙を突き出し、彼に署名をねだった。
男が筆を走らせるや、私はその色紙を彼の鼻先に突きつけ、 「これを今からメルカリという名の電子の市場へ流し、銭に換えてやろう」 と、意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
男は困ったような、しかしどこか達観したような顔で私を見ている。
私のこの「無作法な冗談」こそが、彼の芸人としての矜持を傷つけぬための、精一杯の礼儀であることを、彼は見抜いていたのかもしれない。
私はその色紙を懐に仕舞い込み、汚れを落とすべく湯殿へ向かった。
昨夜、牛の糞を投じたあの風呂だが、宿の主が必死に洗ったのか、今は辛うじて湯の体を成している。
ガラリと戸を開けると、先客がいた。
茶髪をセミロングに流した、見慣れぬ女である。
湯気に煙るその姿を凝視した私は、思わず息を呑んだ。
なんという、ふてぶてしいまでの肉体か。
私のような、貧相で「ぼっち」の名に相応しい身体とは、およそ造作の次元が違う。
その豊満な胸部は、まるで私の存在そのものを否定するかのように、堂々と湯の上に浮いている。
私は激しい嫉妬の炎に焼かれた。
聞けば、この女も私と同じく、あの野蛮な学校へ赴任してきた教師の一人だという。
私はこの女を、心の中で「やー子」と名付けた。その豊満な(「山」のような)胸への当て擦りである。
「やー子さん、貴女、その体で教壇に立って、ガキ共に襲われぬとでも思っているのか」
私は湯船の端で、己の痩せさらばえた膝を抱えながら、憎々しげに彼女を睨みつけた。
赤シャツの猟奇、生徒の痴愚、そしてこの女の肉感。
松山の地は、いよいよ私の理解を超えた混沌の坩堝(るつぼ)へと突き進んでいく。


私は教員室の一隅(いちぐう)に座る、顔色の悪い、湿った土塊(つちくれ)のごとき男に「うらなり」という名を授けてやった。
案の定、その名は一夜にして学校中に蔓延し、知能の低いガキ共は、うらなりを見るや否や口々にその名を唱えて嘲笑い始めた。
ところが、その光景を目の当たりにした瞬間、私の胸中には煮え繰り返るような憤怒が沸き起こった。
「あんな下等な男でも、地を這い、泥を啜り、必死に命を繋いでいるのだ。貴様ら家畜のごときガキ共が、安易に指を差して笑ってよい道理はない」
私は教壇を飛び越え、笑っていたガキ共を、その顔の造作が分からなくなるまで叩きのめした。
私の怒りは、常に私自身の理屈を追い越して暴走するのである。
血塗れの拳を下げて職員室に戻ると、あの「やー子」が、毒々しい緑色の缶――モンエナとかいう、現代の劇薬を煽りながら私を冷ややかに眺めていた。
「あんた、やばすぎ。マジで人間失格じゃん」
彼女は、何故だか激しく嫌悪感を覚える、あの津軽の心中作家の書名を引用して私をなじった。
「黙れ!この……」
「醜女(ぶす)」と言い返そうとしたが、言葉が喉に閊(つか)えた。
やー子の顔は、憎らしいほどに整っており、その端正な輪郭は私の貧相な顔面を暗に否定している。
私は、言葉の代わりに彼女が飲む缶の、化学的な臭いに顔を顰(しか)めるしかなかった。
やー子は、唇に緑色の滴を付着させたまま、嘲笑を深めた。
「その、あんたが擁護した『うらなり』だけどさ、恋人がいるんだよ」
どうせ「私がその恋人だ」などという、低俗な惚気(のろけ)を吐くつもりだろうと邪推し、私は吐き気を覚えた。
しかし、彼女の口から出たのは、意外な事実であった。
「マドンナって呼ばれてる芸者。この町一番の美人が、あんな土くれみたいな男に惚れてるんだって。笑えるでしょ」
マドンナ。
その響きは、この血臭い学校にはあまりに不釣り合いな、聖母の如き清らかさを湛えていた。
だが、この地獄のような松山に、そんな純粋な愛など存在するはずもない。


私はやー子を伴い、闇に紛れてうらなりの後を追った。
「奢ってやる」という、現代の懐柔策を餌にしたが、私の真の目的は、この地における「愛」という名の偽善を暴くことにあった。
うらなりが辿り着いた先で、マドンナと共に観ていたのは、「おっぺけぺー」などという、時代錯誤も甚だしい滑稽な芸であった。
何が面白いのか、その低俗な掛け合いを眺めるマドンナの横顔は、映画のスクリーンから抜け出してきた女優のように美しく、それゆえに私の内臓を逆撫でした。
私の貧相な胸は、嫉妬という名の毒液で満たされ、今にも煮えこぼれそうであった。
「てか、マドンナって、寅さんに出てくるマドンナかよ」
私は宿への帰り道、精一杯の嘲笑を込めてやー子にささやいた。
だが、モンエナの缶を指で弄んでいた彼女は、一瞥もくれずにこう返した。
「お前もお前で、例えが古いんよ」
正論。
これほどまでに人を不快にさせる言葉が他にあるだろうか。
私は正論を吐く人間が、赤シャツよりも、目玉を突いたガキ共よりも嫌いであった。
正論とは、不器用な魂が必死に築き上げた防壁を、無慈悲に粉砕する礫(つぶて)である。
私は宿の薄暗い一室に戻るや、スマホを握りしめた。
画面には、かつて心の拠り所として違法に溜め込んでいた『男はつらいよ』の全記録が並んでいる。
(あんな古いもの、私にはもう必要ないのだ)
私は震える指で、車寅次郎の笑顔を、一枚、また一枚と消去していった。
柴又の風景が、源公の顔が、御前様の慈悲が、電子の海へと消えていく。
全巻を消し終えた時、私の手元には、冷たい機械の感触と、行き場のない孤独だけが残った。
私は布団を被り、声を殺して泣いた。
それは失ったデータへの涙ではなく、自らの手で自分の「古き良き部分」を殺してしまったことへの、弔いの儀式であった。


松山の海は、私の胃袋と同じく濁りきっていた。
赤シャツとその幇間(ほうかん)どもに誘われ、私は一艘のボートに揺られていた。
「ターナー島」がどうの、景勝がこうのと、奴らは知的な余暇を演じているが、私にはそれがドブ川を漂う塵芥(じんかいたい)の囁きにしか聞こえぬ。
私は赤シャツの講釈など耳も貸さず、手元の機械で楽天イーグルスの戦況を注視していた。
この閉塞した地方都市で、唯一私の魂を昂らせるのは、杜の都の戦士たちが白球を追う姿のみである。
「実は……、近々、祝言を挙げることになりましてね」
赤シャツが、耳障りなほど艶っぽい声で言った。
「相手は、例のマドンナさんです」
その瞬間、私の脳内で何かが弾けた。
「マドンナ」というその四文字は、昨夜自ら消去したはずの、葛飾柴又の幻影を強烈に呼び覚ます呪文であった。
さくら、おいちゃん、おばちゃん。そして、私が裏切ったあの麦わら帽子の男。
「うっ!」
猛烈な吐き気が込み上げてきた。
それは船酔いなどという生易しいものではない。
過去を切り捨てたはずの私が、過去の亡霊に内側から胃壁を抉られているのだ。
私は耐え難い不快感をねじ伏せるべく、手近にあった酒の瓶を煽り、そして、海に向かってすべてをぶちまけた。
私の胃から溢れ出たのは、さつま芋の天ぷらの残骸と、行き場を失った私の純情であった。
「ぼっち君、大丈夫かね」
心配そうな顔をして近づく赤シャツの、その緋色のシャツが、今は血に染まった死装束に見える。
私は確信した。
私はもう、渥美清という存在そのものがトラウマなのだ。
あの優しい笑顔を思い出すたび、私は自分がどれほど汚れ、どれほど孤独で、どれほど救いようのない「ぼっち」であるかを突きつけられる。
私は、揺れるボートの縁を掴み、楽天イーグルスの敗北を確信しながら、心の中で絶叫した。


私はふとお清の顔を思い出し、慌てて機械(AI)を叩いて、虚飾に満ちた近況報告を捏造した。
機械が吐き出す「お清様、私は日々、清く正しく教育に邁進しております」という文字列を眺めていると、胃の腑が空虚な音を立てた。
腹が減った。
それも、猛烈に。
私は校門を出るや、そこらにいた家畜(ガキ)の一人を捕まえ、その薄汚れた耳を千切れんばかりに捻り上げた。
「親を殺されたくなければ、金を出せ」
私の瞳に宿る真剣な「狂気」に、ガキは失禁せんばかりに怯え、掌に数枚の小銭を差し出した。
その金で駆け込んだ蕎麦屋で食した一杯は、五臓六腑に染み渡る美味であった。
一杯、二杯。
五杯を数えたところで、私の渇きは収まらぬ。
隣の席で安穏と蕎麦を啜る客の姿が、耐え難い不快感を呼び起こした。
私は懐からナイフを抜き、その喉元に突きつけた。
「よこせ」
奪い取った蕎麦を、私は獣のように胃へ流し込んだ。
店主には絶え間なく茹でるよう命じ、もはや器を重ねる音さえ聞こえぬほどに喰らい続けた。
ついに限界を超えた胃袋が逆流を始めたが、私はそれを床にぶちまけるや、愛用の下駄で無慈悲に踏み潰した。
土の汚れと混ざり合えば、それはただの「床の染み」に過ぎぬ。
揉み消せば、なかったも同然である。
翌日、私はこの武勇伝を、やー子に向かって誇らしげに語って聞かせた。
だが、彼女はモンエナを一口啜ると、ゴミを見るような目で私を見据えた。
「キモ。マジでハブるわ。近寄んないで」
ハブる。
その簡潔極まる拒絶の響きは、私の心に正論という名の杭を打ち込んだ。
正論。
ああ、なんと忌々しい。
なぜこの女の口からは、私の魂を肯定する言葉が一つも出てこぬのか。
私は傷ついた心を抱え、宿の部屋に閉じこもった。
「やー子の言う通り、私は病んでいるのかもしれぬ」
そう自覚した私は、今後の「うつ」に対する防衛策として、機械の画面で『ツレがうつになりまして。』を鑑賞することにした。
画面の中で展開される闘病の記録を眺めながら、私は自分自身の精神が、もはや「うつ」を通り越して、修復不可能な「何か」へ変貌していることを、静かに悟るのである。


翌朝、教壇に立つと、黒板には「そば嘔吐」という、血も涙もない文字が躍っていた。
家畜(ガキ)どもの執念深さには辟易する。
私は黙って黒板を消すと、教科書の代わりに、昨晩書き殴った「四肢が四散し、内臓が曼荼羅のように広がる」自作のグロ小説を取り出した。
「いいか、これが真実だ。耳をかっぽじって聴け」
ざまぁみろ、言葉の暴力には、想像力の暴力で応じるのが私の流儀である。
その夜、宿の広間では「教職員慰労会」なる、虚飾に満ちた宴が開かれた。
私が暖簾を潜るや、「うわ、来たよ」 「誰だよ、呼んだの。空気読めよ」 という、正論という名の礫が私に突き刺さった。
私の繊細な自尊心は、その一言で粉々に砕け散ったのである。
そこへ、あの「やー子」が、モンエナを焼酎で割ったような不気味な飲み物を手に、手招きをしてきた。
「ぼっち、こっち来なよ。うちら友達じゃん」
彼女は、聖母のような、あるいは白痴のような微笑を浮かべて言った。
ハブると言った口で友達と呼ぶ。
この女は、私以上に脳の螺子が数本脱落しているらしい。
私はその「足りなさ」に救われ、彼女の隣に座り込んだ。
そこからの記憶は、泥のように濁っている。
私は手当たり次第に酒を煽り、出された料理を食い散らかし、そして案の定、畳の上へ胃液をすべてぶちまけた。
さらには、日頃の鬱憤を晴らすべく、実在する特定政党の名を叫び、その政策と党首の顔面について、口にするも憚られる誹謗中傷を連呼した。
宴の終わり際、衝撃的な事実が告げられた。
あの「うらなり」が、赤シャツの陰謀によって、遠く僻地の高校へ転任させられるというのだ。
事実上の追放である。
「おめでとう」「新天地でも頑張れよ」
教師たちは、一人の男の人生が歪められたことを、拍手喝采で祝福していた。
その光景は、地獄の亡者たちが宴を上げているようで、私は吐き気を催した。
だが、私は「正義」を貫く気力も失い、ただ周囲に合わせて、力なく手を叩いた。
その乾いた音は、私の魂が最後の一片まで剥がれ落ちていく音であった。
私は、転任するうらなりの、あの土のような顔を見ることができなかった。

十一
私がかつて赤シャツに唆(そそ)され、見ず知らずの者を手にかけたあの日から、私の肺腑には消えぬ澱(よどみ)が溜まっていた。
この恨み、ただ赤シャツを討つだけでは足りぬ。
うらなりとマドンナを駆け落ちさせ、奴の面目を叩き潰すと同時に、この腐れ果てた松山そのものを、血の祝祭へと誘ってやるのだ。
私はまず、手始めに「古狸」と呼ばれた校長を、何ら明確な理由もなく撲殺した。
私は発動機(バイク)に跨り、路地をゆく住民どもを見境なく撥ね飛ばした。
そこへ、あの「やー子」が、どこからともなく後部座席に飛び乗ってきたではないか。
「おもろ。ぼっち、マジ天才」
彼女は歓喜の声を上げながら、両手の銃を乱射した。
銃声と悲鳴が、松山の夕暮れを不協和音で彩っていく。
だが、私は喜びを感じる暇もなかった。
背中に押し当てられる、やー子のあの「たいそうな肉体」の感触が、私に猛烈な劣等感を呼び覚ましたのである。
「貴様、その胸で私を嘲笑っているのか」
私は込み上げる怒りを静めるべく、一度撥ね飛ばした赤子の骸を、念入りに、それこそ丁寧な仕事と言えるほどに後退(バック)でミンチ化した。
肉の塊を潰す感触だけが、私の心を微かに癒やしてくれた。
すると、どうだ。
町の至る所で、家畜(生徒)どもが暴動を起こしているではないか。
聞けば、彼らは私の以前の暴言――「悪いと思ってないなら謝らなくていい」という、責任放棄の極致のような言葉に、あろうことか「感銘」を受けたらしい。
「謝罪の不要な自由」を手にしたガキ共は、他校の者どもと、拳と刃物による醜悪な乱闘を繰り広げていた。
「ふん、ブレイキングダウンの真似事か」
私は血飛沫に濡れたハンドルを握り直し、冷笑を浮かべた。
教え子が地獄の入り口で踊っている。
教師として、これほど愉快な光景があるだろうか。
私はやー子の哄笑を背に受けながら、その殺戮の現場へと発動機を加速させた。

十二
私は、その痩せさらばえた指で引き金を引き、遠くの標的を狙ったものの、弾丸は虚しく空を切り、己の不器用さを嘲笑うかのように地面を穿つばかり。
そこへ、あの「やー子」が、モンエナで潤した喉から「死ねよブス」と、正論という名の毒を吐きながら、銃を構えた。
彼女の放つ一撃は、まるで最初から運命が決まっていたかのように、冷徹に、そして正確に肉を捉える。
「すごいなぁ」
私は、自分に欠けている「要領」と「美貌」と「射撃の腕」を同時に見せつけられ、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
結局、この「祝祭」の代償は、生徒たちへの厳重注意と、私とやー子の二人の解雇という、あまりに世俗的で退屈な結末であった。
だが、私は終わらせない。
職を失い、社会から「ハブられ」た私が、最後に果たすべきは、もはや教育でも正義でもない。
「赤シャツ。貴様だけは、その血の繋がりごと、この世から消し去ってやる」
私は、懐に隠した一振りの刃と、やー子から学んだ殺意を胸に、赤シャツの屋敷へと向かう決意をした。
もはや「お清」への手紙も必要ない。
私は、自分の手で、この物語を血塗られた「完結」へと導くのだ。

十三
港の入り口では、うらなりとマドンナが、もはやこの地獄に未練はないと言わんばかりに、一艘の小舟で波間に消えてゆくのが見えた。
それを見送る赤シャツの背中は、滑稽なほどに狼狽し、己の所有物を失った家畜のような足取りで波打ち際へと駆け出していた。
「死ね、赤シャツ」
私は懐から十本のナイフを取り出し、渾身の力で投じた。
しかし、私の指先は最後まで「世渡り」というものを知らず、刃はすべて赤シャツを避けるように、虚しく海へと吸い込まれていった。
「このド無能がぁっ」
やー子の拳が、潮風を切り裂いて私の鼓膜を震わせた。
彼女は正論という名の鉄塊(くるま)を猛加速させ、逃げ惑う赤シャツを真正面から撥ね飛ばした。
肉の潰れる鈍い音。赤シャツは砂浜に転がり、もはや緋色のシャツが自身の鮮血で塗り潰されていくのを待つのみであった。
やー子は車から降りるや、瀕死の男を見下ろし、彼の容姿から精神のあり方に至るまで、根拠のない、しかし致命的な悪口を浴びせ続けた。
赤シャツは震える手で救急車を呼ぼうと電話を握りしめていたが、私はその横で、落ち着き払ってピザハットに注文を入れた。
「マルゲリータ、Mサイズで。ああ、サイドメニューにポテトも」
救急車の代わりにピザの配達を待つ絶望の中で、赤シャツはついに事切れた。
その眼は、最後まで松山の空を恨めしげに見開いていた。
ふと顔を上げれば、そこには目に染みるような日差しと、どこまでも透き通るような美しい海が広がっていた。
遠く、うらなりたちの乗った舟が、光の粒の中に溶けてゆく。
「うちら、青春じゃんね」
やー子が、モンエナの缶を海に投げ捨て、私に微笑みかけた。
その微笑みは、初めて出会った時の嫉妬を忘れさせるほどに、無垢で、かつ暴力的なまでに輝いていた。
「そうっすね」
私は、自分でも驚くほど素直な声を漏らした。
そして、冗談のつもりで、 「好きですよ」 と、彼女の整った横顔に呟いてみた。
すると、どうだ。
それまで「ハブる」だの「死ね」だのと言っていたやー子が、急に頬を染め、私の手を力強く握りしめてきたではないか。
その手は、お清の温もりとは全く違う、しかし確かな熱を持っていた。
(ああ、もう、どうにでもなればいい)
私は、やー子のたいそうな胸に抱かれながら、このまま深い同性愛の沼に沈んでいく自分を想像した。
東京も、お清も、正義も、楽天イーグルスも、もうどうでもいい。
不器用な『ぼっちやん』は、最後に自分を肯定してくれる「破壊神」を見つけたのである。

松山の海は、すべてを飲み込んで、ただ静かに凪いでいた。

(完)


エピローグ
松山の地獄を焼き払い、やー子と共に逃げ延びた東京で、私は放蕩の限りを尽くした。
女遊びの果て、己の価値を金に換えようと風俗の門を叩いたが、 「子どもが来るところじゃないよ、お帰り」 と、世間の正論に追い返された時、私はかつてないほどに落ち込んだ。
私は、どこまで行っても「ぼっち」であり、この社会の「大人」の輪には入れぬ異物なのだ。
だが、そんな泥濘(ぬかるみ)のような日々の中でも、お清だけは私の聖域であった。
私は彼女の枕元で、ありもしない、清らかで痛快な松山での日々を語り続けた。
赤シャツを正義の鉄槌で裁き、教え子たちに慕われ、うらなりの幸せを心から願った、そんな、自分ではない誰かの物語。
お清は、その皺枯れた顔に柔らかな笑みを浮かべ、私の嘘を宝石のように大切に聞き届けてくれた。
「ぼっち様は、やはり私の見込んだ通りの方でございます」
その最期の瞬間まで、彼女は私を疑わなかった。
いや、彼女にとっては、私の語る「嘘」こそが「真実」であり、私の犯した「罪」こそが「救い」であったのかもしれない。
お清は今、信州の善光寺の墓地に、静かに眠っている。
私は時折、縁側でお清と分かち合った水あめの粘り気を思い出す。

(終)






後記(あとがき)
ここまで読み進められた諸君に対し、一応の謝意を表しておく。
しかし断っておくが、余はこの一篇を「傑作」などとは微塵も思っていない。
何故なら、これは泥酔の合間に、筆の向くまま放埒に書き殴った、謂わば塵芥の如き代物だからである。

しかし世の中とは不可解なもので、斯様な粗悪品であっても、市井の徒は喜んでこれに銭を払う。
あろうことか、作者が狂気に憑かれた「超駄作」として、曲解に満ちた喝采まで送る始末である。
その上、編集の井沢なる男からは、これを真っ当に書き直せなどと無遠慮な督促を受けている。
したがって、諸君がこの頁を捲っている頃、余はこの駄作の「二度書き」という苦行に喘いでいるに相違ない。

世の中は、太宰治だの川端某(なにがし)だのといった、得体の知れぬ輩が不相応な名声を得ている。
だが、真の傑作とは、余が「本気」を吐露した紙碑の中にこそ存在すると断言しておく。
しかし、そんな魂を削る仕事を成すよりも、斯様な駄作を垂れ流す方が遥かに金になる以上、余は創作者としての矜持を躊躇なく溝(どぶ)に捨てるのである。

(明治三十九年四月)





※私はつい先日、表紙の魔力に抗えず、『坊っちゃん(女体化改変版)』なる漫画に、八百円という決して軽くはない対価を差し出しました。
※絵は上手い。だが中身は薄い。その点において、ChatGPTと驚くほどの相似形を成していました。
最終更新:2026年01月04日 15:59