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眠れる奴隷の後日談 第一話

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shinatuki

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だれでも歓迎! 編集
第一話「ブチャラティ・冥界発」


「……なるほど、大体の事情は理解した」
「ま、勝手な話よね。よそから死人をわざわざ引っ張り出してねぇ」

話を終えて彼女は、またひとつクッキーをかじった。
ほがらかな表情で咀嚼して、グリーンティーを一口。
話に対して緊張感はないが……
天然ってやつなのか、あえてこのスタンスを崩さないようにしているのか。
その辺の判断には迷うところではあるな。

「ほら妖夢、お客様にお菓子とお茶のおかわりをお持ちなさいな」

ほとんどオマエだろーが食ってんの。
第一、俺は幽霊で、あなたも幽霊だったと思うんだがな。
新たな皿を持ってきてうやうやしく下がる妖夢に目礼すると、
妖夢は軽く首をかしげるような仕草をし、出て行った……

「ん、何か言いたそうな顔ねブチャラティさん。
 疑問を放っておくのは健康に悪いわよ?
 それとクッキー食べなさいな。客人のために用意したんだから」
「いえ……幽霊に健康も空腹もないと、そう思っていただけです」
「あら、それは思い違いというものよ」

新しい皿からまた一口、彼女はさらにかじる。
俺の記憶が正しければ皿三杯目だ。
口ぶりからして、これでも遠慮気味らしいが。

「お供え物はおいしくいただくべきでしょう。違うかしら」
「確かに……それは、その通りだ」
「亡霊としてはやっぱり、喜んで満足してあげないとね」

……何か、論点がズレている。前提からしてズレている。
が、どうでもいいことだな。個人の思想信条だし、
一理、認めるところがあったのも確かだ。

「では、ひとついただこう」
「ひとつと言わず」

仕事の話も小休止のようだしな。
歓迎を無碍にするのは確かに無礼だ。
ヤクザの世界では挑戦とみなされることもある……
申し遅れたが、俺の名はブローノ・ブチャラティ。
生前はイタリアでギャングをやっていた。
組織のボスに叛逆を仕掛けて返り討ちになり、ついには昇天してしまったが……
こうして死んだ後も戦いに駆り出されようというのは『因果』なのかな?
俺としては、残されたあいつらがボスを倒してくれていればそれでいい。
考えながら、クッキーに手を伸ばした。

「確かに、甘い。俺の故郷の味わいとは、また違ったものがある」
「お茶もどうぞ。緑茶もなかなか合うわよ」

自分もカップの中身をすすりながら、彼女は薦める。
このカップは持ち手がないから扱いにくい。
東洋の茶器を見たことがなかったワケじゃあないが。
見よう見真似で口に運び、飲むと、彼女がニッと笑う。
『正座』までは真似していない。
最初に座った時点で「無理するな」と言われた。
今は『あぐらをかかせて』もらっている。

「外の世界はいろいろ便利になって、やっぱりお菓子も違うの?」
「そうですね。一日に数百万個が工場から吐き出される時代だ。
 だが『職人』の魂が滅びたわけじゃあない。手作りはそれだけでステータスとなる」
「ふーん。それってつまり、『職人の魂』を食べたいってことかしらね」
「魂と言うのなら、それは人間の行動そのものに宿っているのでしょう。
 イイカゲンな仕事に魂は無い」
「ふふ、道理ね」

今回の『異変』が説明を受けた通りであるならば、
わざわざ地獄から呼び寄せられた俺を敵に回す理由はない。
あの二人組みが相手では、同じ能力を持ち実際に戦った俺とナランチャの経験を
生かさずに戦う選択肢は無いからな。
それでもつい警戒してしまうのは、さっきからそこでクッキーをかじりまくっている
クッキーモンスター……こと彼女、西行寺幽々子が『やり手』だからだ。
彼女には相手の警戒をはぎ取ってしまう才能があり……
おそらくはそれを打算や計算の上で扱えるだけの能力がある。
向こうのペースに乗せられればいいように使われる。これは確信に近い予感だ。
邪悪な気配はしないが、油断のならない相手。一線は保っておく必要がある。

「あらあら、なんか引かれちゃってるわね」
「職業病ですよ。下っ端ながらヤクザの若頭をやっていたんだ。
 味方といえど疑わずにはやっていられない。日陰者の稼業なんだ」
「あなたは私から力を供給されて、やっとここに存在できる。
 私はあなたに力をあげてるから全力での戦いは無理だし、
 今回の敵が相手じゃ妖夢も連れていけない。持ちつ持たれつで行った方が建設的よ?」

弱みを共有してるんだから納得しろ。そういう訳だな?
それはいいんだ。俺自身については納得の上でここに来た。
だがナランチャは違う。地獄とやらの不手際に振り回されて、
何一つ知らないまま『幻想郷』に、『二人組み』のそばに放り出されたという。
そして、それを横で黙って見ていたのは……この西行寺幽々子だ。
なるほど、時間がないのは理解できる。あの『二人組み』だからな。
一日の遅れで、それこそローマ壊滅並みの被害になるかもしれん。
だがッ 「オレの部下を」「無知なるままに」「利用した」のは事実ッ!
ここに「てめえだけのために」が加わっていれば、俺は即座に敵に回る決断を下しただろう。
法の僕(しもべ)としての話のみを続けた四季映姫・ヤマザナドゥはともかく、
八雲紫のあまりに勝手な物言いがただでさえ気に入らなかったのだ。

「ともかく、私なんかに頼まれなくても『二人組み』は倒すのでしょう?」

頷く。その通りだとも。
ギャングのケリはギャングがつける。それが仁義というものだからな。
それ以前の問題として、奴らの存在自体を看過できない。

「なら、せっかくついてくる私を便利に使うくらいのつもりでいなさいな。
 ……もっとも、私は『幻想郷のために』動くから、あなたとは食い違うところもあるでしょうけど」

 ・・ ・・・・・・・・・・・
「まず、俺に何をさせるつもりだ?」

さて、仕事の話の再開だ。
向こうもどうやらそれをお望みのようだしな。
クッキーをかじるのをやめて、後ろに用意していた地図を広げている。

「紫が恐れているのは力関係の拮抗が壊れて『戦争』になることよ。
 だからまず異変が動き出すより前に、各地の勢力に釘をさして回らないといけないわ」
「それは、俺とあなたである必要があるのか?」
「私は有力者。あなたは生き証人。直接出向けば話の重さも全然違う。
 とはいってもね、もうすでに紫が動いてるから。
 私たちの担当は、紅魔館と永遠亭。この二箇所よ」

彼女は説明しながら、地図の真ん中付近、下と二点を指差す。
ずいぶん離れているが、大丈夫なのか。それに……

「記憶が正しければ、この魔法の森。
 ちょうど二点の中間にあるここに『二人組み』が潜伏しているんじゃないのか?」
「紫の調べではそうらしいわね。あなたの部下の子もここにいるはず」
「そこを通るのは必然と見ていいのか?」
「あえて避けて通る理由でもあるのかしら。
 敵に直接出会わない限り、私とあなたは決して傷つかないのでしょう?」

リカバリーの方法は向こうですでに用意していたわけか。
これはもう、つまり行けということだ。
ナランチャ・ギルガを回収せよと、暗に指示を受けているッ
幻想郷を守るための行動と何らかち合うことはない!

「聞いておくッ この地点に向かってもいいんだな!」
「その前に私の知っていることをひとつ聞いてほしいわ。
 異変が始まると同時に即死しかねない人物が、紅魔館には二人いる!
 その二人は紅魔館の重鎮で、死ねば主がどう出るか検討もつかないのよ」

何のために出向くのかだけは忘れるなよ。彼女はそう言ったわけだ。
これだけは譲らないと、そう言っている。
地図の上に身を乗り出したまま、こちらをじっと見つめている……

「俺にしても、ナランチャが消滅したらどう出るかわからないぞ」
「……そのとき私は、あなたへの力の供給を打ち切ってしまえばいい」
「即座に消滅というわけでもないだろう。
 万難を排してでもお前を消すぞ……西行寺幽々子」
「お前にそれが出来るのかしら……ブローノ・ブチャラティ」

二人して、すでに立ち上がり相対していた。
鼻と鼻の先端が触れそうな距離から、身構えたまま微動だにせず。
スタンドを抜き放てば攻撃できる。
むろん彼女もただではやられまい……
互いの銃に手をかけたまま、一分以上が経過する。
やはりこの女、底が見えない。
俺の攻撃は当たる、間違いない。
だがその後、俺だけが立っていられるとは思えない。
しかも『亡霊』だ。どれだけバラバラにすればくたばるのか……

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
だが、首と胴体を二度とくっつかないよう泣き別れにしてやることくらいは出来る。

ほぼゼロ距離から右の手刀を繰り出す……そらされた。
扇を開いて受け流された。ヘルメットが弾丸をはじくかのようにッ
だが俺の左手は新たに伸びている。まっすぐ正中線上!
ノドに指先が到達……ジッパーを開くッ!

「やめましょう?」
「…………ッ!?」
「もっとも、最初からそんなつもりはないでしょうけどね……」

俺の身に起こっていたことをありのままに記すと、こうだ。
彼女のノドに指を走らせた瞬間、そのときすでにッ!
やつの左手もまた俺の背に回っていた……この戦い、よくて相打ちだ。

「あなたが口ばかりでないことはよくわかったから。
 『亡霊』に『死』を感じさせるなんて、不思議な人」
「……死人を相手にしたのは、あなたが初めてではないからな」
「どうりで物怖じしないのね」
「幽霊にビビるような信心深いやつがヤクザなどになるものか」

殺気が霧散していく。
こんなところで殺し合うのが果てしなく無駄で無意味ということは共通の認識だ。
まったくもってこいつの言う通りであり、ゆえに互いに『銃』を抜けた。
どっちが早いか試してみようぜなどと、ノンキなことができたのだ。
愚か者ではない。俺も、こいつもな……

「そして、私の首筋の『これ』。
 この『不思議なスキ間』を開くのがあなたの能力というわけね」
「開けば、あなたの首は飛んでいく」
「その前にあなたが死ぬわねー。私が触れているもの」
「であれば心中だな、幽霊同士の心中。誰にも見えず聞こえない」
「ふふ、素敵ね」

内心はどうあれ、俺とこいつはたった今からチームだ。
そして実力と能力とを、たった今ある程度さらし合ったわけだ。
チョットばかり過激にはなったが……どのみちどこかで力を認めさせなければならなかった。
さもなくば、こいつのお情けにぶら下がるだけになってしまうからな。
……ここで、フスマが乱暴に開け放たれた。

「お嬢様から離れなさい、不埒者!」

抜刀した妖夢がじりじりと詰め寄ってくる。
俺と幽々子の位置関係は変わっていない。互いの両腕は交差したまま離れてもいない。
主を人質をとられているも同然の状態というわけだな。
……ま、俺は別になんの拘束もしていないんだが。
幽々子が、くすくすと笑い出した。

「このままさらっていただくつもりだったのに」
「むしろ誘拐されたのは俺たちなんだがな……ああ、気にしないでほしい。
 少しばかり刺激的なスキンシップをとっただけだ」
「わ、私は離れなさいと言った! 聞こえないというのなら!」

大上段に刀を振り上げやがった。頭に血が上りやすいのか、こいつ?
こんな状況でその刀をどうするつもりなんだ? いや、まさか何らかの『能力』を……

「落ち着きなさい、妖夢。 ほら、離れるから」
「?……う、ううっ」

ぎりぎりで、幽々子の声が彼女を止めた。
振り上げたままつんのめってたたらを踏み、後ろに下がる。
幽々子が言った通りに離れた後も、刀はまだ納めない。警戒したままだ。

「剣をしまいなさい。お客人に刃を向けないの」
「で、ですがッ……」
「さっきのアレは同意の上よ。色々確かめ合ってたの。
 すごいのよ、彼の指先、彼のワザ」
「う、う、うッ」

おいおい、顔が赤くなったり青くなったりしているぞ。
それを見ながら幽々子はニヤニヤしていやがる。

「おい、そのへんにしておけッ!
 つまらんことで身内に敵を抱えたくなどないぞ俺はッ」
「あらブチャラティ。私が何かウソでも言っているかしら?」
「もういい、俺が説得する」
「そうね、それがいいと思うわ」

ホホホと笑いながら幽々子は下がった。
こいつ、またも最初からそのつもりだったな。
こういうやつだと覚えておいて、いちいち先回りするしかないな。
脂汗をダラダラ流している妖夢の前に、大股で出て行く。
われに返った彼女は、刀のつばと、喉とを鳴らした。

「俺の言うことは、聞こえているか? 魂魄妖夢」
「……聞こえています」
「では俺の首に剣を当てろ」
「っ!?」
「斬るんじゃあないぞ、当てるだけだ。
 捕らえた暗殺者に黒幕をゲロさせるようにな……」

何秒か逡巡した妖夢は、スッと目つきを変えて、
俺の首にその刃を突きつけた。
30cm近い身長差では、こうするしかなかったようだな。

「で?」
「俺がこれから言うことに嘘があったと思ったなら、
 その時点で首を落とすといい……俺なら痛めつけて全部吐かせるがな」
「……わかりました。では喉笛を貫くので、そのつもりで」

本気で殺す目になった。こいつは実際にやるし、ためらわない。
こんな子どもにこんな目ができるというのは、この幻想郷も相当世知辛い世の中と見える。
それとも、単にそういう家に生まれてきたというだけの話か。
俺たちの暮らしていた『現代』とは常識そのものが違うのかもしれん。

「まず、今回の仕事には俺の部下の生命がかかっている。死んでいるがな。
 この意味は、ここで生活している君にはわかってもらえると思う」
「さらなる死は魂の消滅。知っていますよ」
「だが、そこの幽々子としては幻想郷の安全を最優先しなければならない。
 立場の違いだ。それはいい……だが、部下の生命を軽んじさせるわけにはいかない」

妖夢は軽く頷く。
それでも剣にかかる力がゆるむことはない。

「だから俺は西行寺幽々子と一手、立ち会った!
 これからの戦いは『隷属』ではなく『協力』であることを身をもって示すためにだッ」
「ほう……つまり、傷つけたのね? お嬢様を」
「怪我はさせていない。が、傷をつける手段をもって攻撃したのは確かだ」

あどけない目が、糸のように細められた。
少なくとも、彼女が主を敬愛しており、仇なす者を許さないのは確かなようだ。
自身の経験に照らし合わせて……もし俺が客人にナイフをつきつけられているのを
アバッキオかフーゴあたりが目撃したらどうなっていたか?
普通に考えれば即座にスタンドが飛んでくる状況で、彼女の行動は正しい。
今の俺に許されるのは弁解だけだ。

「話は、それで終わり?」
「終わりだ」

刀が、ほんの少しだけ首に食い込む。
その先端は、まったく震えていない。
数秒間、視線だけを交えて無言の時が続く。
そして。

「ここであなたを斬ることを……お嬢様が望んでおられないのは明らかね」

刀を下ろし、一瞬のうちに鞘に収めた。
構えの姿勢も解いたが、視線だけは鋭いままだ。

「それに、あなたの発言に嘘がないことも今の真剣勝負でわかった気がする。
 なら、私があなたを不埒者呼ばわりしたのは勘違いから来た侮辱でしかない。
 そこについてだけは、謝っておくわ」

真剣勝負ときたものだ。確かに俺もそのつもりではあった。
もちろん、ある程度の安全が確保されていると認識した上でだ。
ひとつは、この魂魄妖夢が騎士のような名誉の世界に生きていること。
……サムライと言うべきかな? ともかく、正統な理由なくして人を殺せない人間(?)だ。
ゆえに、見苦しい言い訳をせず自ら刃のもとに身をさらすことで、逆に彼女は俺を殺せなくなった。
いまひとつは、俺の死それ自体が西行寺幽々子にとって損害になること。
妖夢が俺のことを危険と考え殺害を試みたとして、ほぼ間違いなく止められるだろう。
それでもなお殺される可能性はいくらか残ってしまうが、ギャングの仕事とはそういうものだ。
そこにビビッて逃げ腰になっては、逃げた背中を後ろから撃たれるだけのこと。
ならば前に向かって切り抜けるしかないな。

「でも、お嬢様を傷つけるなら、お嬢様がお許しになっても私が許さない」
「俺の部下ナランチャが消滅するならば、その瞬間から君と俺は敵同士となる。
 そのとき……この西行寺幽々子が八雲紫を討つのに協力しないというのなら、
 正統なる血の復讐は主犯格の一人である彼女に対して行わざるを得ないからだ」
「……ッ、あなたは……!」
「ナランチャの『死』は君にとっての幽々子の『死』と同じッ そう考えていただこうッ!!」

刀は抜かず、しかし歯をきりきりと食いしばりながら妖夢はこちらを見ている。
殺す殺さないの話をされている幽々子は未だ微笑を浮かべたまま、
しかし有無を言わせない口調で妖夢を押しとどめる。

「駄目よ、妖夢。 あなたは今こう考えてるでしょう?
 『私もついていけば幽々子様をみすみす斬らせたりはしない』って。
 『部下もむざむざ死なせはしない』って」
「ゆ、幽々子様……でも!」
「駄目よ。あなたは生きているもの。生きていることそのものがすでに弱点なの。
 敵を封じられるのは今のところ、完璧な死人だけ。私や、そこの男のような、ね」
「あるいは、そもそもが生物ではない者。再生力がスゴすぎて殺しきれない者……
 君は、そのどちらでもないようだな」

妖夢は二人がかりの封じ込めに遭って口ごもっている。
が、実際問題としてついて来られたところで、誰にとっても不幸な結果にしかならないのが
目に見えているのだ。彼女自身のためにも我慢してもらうしかない。

「今回の異変に生身の人間が出る幕はない。ここから動かないでくれ。頼む」
「生身の肉体を捨てようとか考えないでね。あなたのこと嫌いになっちゃうわよ?」

肩を微妙に震わせながら、妖夢は出て行った。
わずかに残ったクッキーの皿を下げて。

「……これ以上、あの子を悲しませるべきではないと思うが」
「気に入ってくれたのかしら? あの子のこと」
「そうだな。憎しみで歪む彼女の顔など、見たくはないな」

これは本心からの言葉だ。
あの少女は捻じ曲がってはいない。素直に人を愛せる心を持っている。
世界も違う、常識も違うだろうが……あれは、汚してはならないものだ。
ドブ水につかっていたからこそわかる。
幽々子は、クスッとひとつ笑い、こちらに手を差し伸べてきた。

「行きましょう?」
「どこにだ?」
「魔法の森に、あなたの部下を助けによ」

他勢力への連絡を優先すると言ったこの女は、前言を撤回することにしたようだ。
俺が何か言い出す前に、さらにその先を続ける。

「私もまだこの生活を楽しみ足りないもの。
 殺されるなんて、ぞっとしないわー」

つまりは、俺に全面的に折れてやろうと言っている。
口ではこの調子だが、脅迫で折れたというわけではないようだ。
俺の妖夢に対する行動から、何かが彼女のメガネに適ったと見るべきか。

「何やってるの? 私の手を握りなさいな。両手でしっかりと」
「握って……その、どうするんだ?」
「あなた飛べないでしょう? 飛べる私につかまりなさいってこと。
 ちょっと重いけど急ぎじゃ仕方ないものね」

なるほど、さっそくブッ飛んだ話だ。
ここでは飛べる人間など当たり前ってことか。
だが重さはしっかりと感じるようだな。
華奢な女が成人男性一人を腕にぶら下げるとなると……脱臼するんじゃあないか?

「ん?……腰にでもつかまりたかったのかしら?
 いくらなんでもダメよ。私はそんな恥じらいのない女じゃないわ」

くすくすと笑いながらそう言う幽々子だったが、
俺が今考えたようなことはどうやら認めているようだ。
普通の人間ならそうだろう。だが、俺も普通ではない。

「いや、幽々子。もっといい方法がある。
 腕にも腰にも負担をかけず、あなたに運んでもらう方法がだ」
「それは、気の利いた話だけど……いったい?」

 ・・・・・・・・・・・・・
「あなたの中に入ればいいのだ、西行寺幽々子」

「……えっ」

手段を選んでいる余裕はない。
余計なダメージを負うリスクもいらない。
このくらいは我慢してもらうぞッ

「スティッキィー・フィンガースッ!」
「え、ちょ、それはない、それはないわよ!
 うぁあっ、開いて、中に……大きすぎるでしょ、入るわけないでしょ?」
「13歳の子どもで試したことがあるが、問題なく『入った』。
 心配は何ひとつ必要ない。異物感はあるだろうが……こらえてくれ」

ことが済むまではほぼ一瞬だ。
妖夢が騒ぎを聞きつけて、フスマを踏み倒して入ってきた頃には
すでに俺の姿はない。

「何をしているだぁぁーーーッ 許さん!!
 ……あれ、幽々子様? あの男はどこに」
「ここよ。ここにいるわ」
「……えっ、お腹? えっ」
「私、もうお嫁にいけないかも。くすん」
「ゆ、幽々子様。何を、みょんなことを……
 お腹? お嫁にいけない? ……えっ」
「行って来るわ、妖夢。戸締りだけはしっかりね。
 ううっ、『身体が重い』。こんな感覚、初めて……」
「!? !? !? !? !?」

「誤解のないように言っておく、俺は『文字通り』中に入っているッ
 これなら飛ぶにも邪魔にならないからだ!」

首の後ろあたりに残した覗き穴から手を振って妖夢に教えてやると、
彼女は目を見開いて立ち尽くし、数秒後ブッ倒れて気絶した……

「あんまり感心しないわねぇ。女の子をおどかして倒れさせるなんて」
「あなたに任せていたら、さらにややこしくなっただろうからな。自衛だよ」
「それにしてもあなたの能力。私たち以上に奇妙だわー。
 何にでもスキ間を作って入り込む程度の能力、か……中で暴れ回られたら、私は死ぬわね」

どうも幽々子は笑っているらしい。そういう声だった。
それにしても、彼女には俺のスティッキィー・フィンガースとジッパーが
見えているような様子だが、妖夢にとってはどうだったのか?
もしスタンドが見えないのだとしたら、幽々子の首からいきなり手が生えてきて、
俺の声が聞こえてきたことになる……そんな光景を目の当たりにしたら倒れるのも当然だ。
このあたりは、考えをめぐらせておく必要があるな。

「じゃ、行きましょうか。急ぐから殺さないでね? お願い」
「『二人組み』を倒すまでは殺さない。その程度の分別は期待してもいい」
「心強いお言葉ですこと……間に合わせましょう?」
「頼んだ」

あくまでもナランチャのために、俺も祈らせてもらう。
俺と、この幽々子が間に合いますように、とな……



to be continued

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