Innocence ◆.WX8NmkbZ6
「なんだ、緋村さんは結局死んじゃったのか」
青を基調にした着物に身を包んだ青年が、柔和な笑みを絶やす事無く呟く。
内容はともかくとしてその口調は柔らかく、『優男』と称された顔には子供らしい幼さが残っていた。
青年、瀬田宗次郎は書き込みを終えた名簿を改めて眺める。
「それに斎藤さんも……。
なんだか拍子抜けだなァ」
放送で呼ばれた知り合い、緋村剣心と斎藤一。
前者は元伝説の人斬りの流浪人、後者は元新撰組の警視庁密偵だ。
志々雄の話と新月村での接触から、両名が実力者だという事を宗次郎は知っている。
その二人が命を落とした事を受けて僅かに驚くが、それ以上の衝撃は無かった。
「でも当然だよね。
緋村さんの不殺なんて殺し合いの場では通じない。
斎藤さんだって、志々雄さんの国盗りに賛同出来ない時点で甘い。
だから生き残れない……僕や志々雄さんにかなわない」
地図と名簿をゆっくりとした動作でデイパックにしまう。
仕草の一つ一つが緩慢で、見る者に緊張を感じさせない――実際宗次郎は緊張していなかった。
明治という時代、志々雄真実の下で片腕として働いていた身にはこの状況は緊張に値しない。
――それ以前に、宗次郎の性格は『緊張』という言葉と無縁だった。
内容はともかくとしてその口調は柔らかく、『優男』と称された顔には子供らしい幼さが残っていた。
青年、瀬田宗次郎は書き込みを終えた名簿を改めて眺める。
「それに斎藤さんも……。
なんだか拍子抜けだなァ」
放送で呼ばれた知り合い、緋村剣心と斎藤一。
前者は元伝説の人斬りの流浪人、後者は元新撰組の警視庁密偵だ。
志々雄の話と新月村での接触から、両名が実力者だという事を宗次郎は知っている。
その二人が命を落とした事を受けて僅かに驚くが、それ以上の衝撃は無かった。
「でも当然だよね。
緋村さんの不殺なんて殺し合いの場では通じない。
斎藤さんだって、志々雄さんの国盗りに賛同出来ない時点で甘い。
だから生き残れない……僕や志々雄さんにかなわない」
地図と名簿をゆっくりとした動作でデイパックにしまう。
仕草の一つ一つが緩慢で、見る者に緊張を感じさせない――実際宗次郎は緊張していなかった。
明治という時代、志々雄真実の下で片腕として働いていた身にはこの状況は緊張に値しない。
――それ以前に、宗次郎の性格は『緊張』という言葉と無縁だった。
突然放り込まれた殺し合いの場。
初めて見る道具、初めて見る建物。
主催者の目的、動機、参加者の人選の意図。
疑問に思うべき事は幾らでもあるが、宗次郎はそれら全てを「ま、いいや」の一言で済ませた。
脇に置いていた剣を拾い上げて一つ伸びをすると、再び歩き出す。
初めて見る道具、初めて見る建物。
主催者の目的、動機、参加者の人選の意図。
疑問に思うべき事は幾らでもあるが、宗次郎はそれら全てを「ま、いいや」の一言で済ませた。
脇に置いていた剣を拾い上げて一つ伸びをすると、再び歩き出す。
『弱肉強食』。
志々雄が宗次郎に教えたこの世の理だ。
国盗りに反発した剣心と斎藤の死。
そして志々雄と宗次郎の生存によって、それは宗次郎の中でより確固たるものとなった。
強ければ生き、弱ければ死ぬ。
剣心と斎藤は弱く、志々雄と宗次郎は強かった。
予め分かっていた事――それだけの事だと、宗次郎はすぐに考えを打ち切る。
『楽』以外の感情が欠落している宗次郎には喜びも怒りも哀しみも無い。
加えて幼少時に「志々雄が正しい」という考えに行き着いた時点で思考停止していた。
だから深く考えない。
少なくとも、普段は。
志々雄が宗次郎に教えたこの世の理だ。
国盗りに反発した剣心と斎藤の死。
そして志々雄と宗次郎の生存によって、それは宗次郎の中でより確固たるものとなった。
強ければ生き、弱ければ死ぬ。
剣心と斎藤は弱く、志々雄と宗次郎は強かった。
予め分かっていた事――それだけの事だと、宗次郎はすぐに考えを打ち切る。
『楽』以外の感情が欠落している宗次郎には喜びも怒りも哀しみも無い。
加えて幼少時に「志々雄が正しい」という考えに行き着いた時点で思考停止していた。
だから深く考えない。
少なくとも、普段は。
「イライラするなァ……」
感情は欠落している――正確には封印しているのだが、今は苛立ちという形で洩れ出していた。
独り言も自然と増える。
「おかしいなァ……緋村さんは死んだのに、どうしてこう……イライラするんだろう」
口元の笑いはそのままだが、眼はそれまでの柔らかさを失くし剣呑な光を帯びていた。
語調の緩さに対して声質には冷たさが混じる。
そもそもの苛立ちの原因は、不殺を掲げる剣心との対峙にあった。
ここに連れて来られた直後の宗次郎なら、剣心が死ねばそれで不機嫌は収まっていたかも知れない。
しかし現在の苛立ちには別の要因が関わっている。
独り言も自然と増える。
「おかしいなァ……緋村さんは死んだのに、どうしてこう……イライラするんだろう」
口元の笑いはそのままだが、眼はそれまでの柔らかさを失くし剣呑な光を帯びていた。
語調の緩さに対して声質には冷たさが混じる。
そもそもの苛立ちの原因は、不殺を掲げる剣心との対峙にあった。
ここに連れて来られた直後の宗次郎なら、剣心が死ねばそれで不機嫌は収まっていたかも知れない。
しかし現在の苛立ちには別の要因が関わっている。
「泉新一、か」
「シンイチ」と、彼の喋る右手は彼自身に呼び掛けていた。
恐らく名簿にある『泉新一』が彼の名なのだろう。
そして放送にその名前は含まれていなかった。
「無理してでもちゃんと殺しておくべきだったかな……」
ラジコンカーによる爆発はそれなりの規模があったが、あくまで自身の逃走の為のものだ。
「縁があったらまた会いましょう」という言葉の通り、本気で殺そうとしていた訳ではない。
だが沸々と湧き上がる不快感は他でもない新一の言葉から来ている。
思い返し、新一の言葉を咀嚼するごとに宗次郎の神経は逆撫でされた。
明確に生存という事実が示された為に、それは余計に助長される。
「意味が分からない事ばかり言ってきて、本当に……イライラする……」
「シンイチ」と、彼の喋る右手は彼自身に呼び掛けていた。
恐らく名簿にある『泉新一』が彼の名なのだろう。
そして放送にその名前は含まれていなかった。
「無理してでもちゃんと殺しておくべきだったかな……」
ラジコンカーによる爆発はそれなりの規模があったが、あくまで自身の逃走の為のものだ。
「縁があったらまた会いましょう」という言葉の通り、本気で殺そうとしていた訳ではない。
だが沸々と湧き上がる不快感は他でもない新一の言葉から来ている。
思い返し、新一の言葉を咀嚼するごとに宗次郎の神経は逆撫でされた。
明確に生存という事実が示された為に、それは余計に助長される。
「意味が分からない事ばかり言ってきて、本当に……イライラする……」
『当たりめぇだろ! 人の命ってのは尊いんだよ!』
――だったら何であの時、誰も助けてくれなかったんですか?
義理の家族との生活の中で、毎日毎日飽きる事無く続けられる執拗な虐めにずっと耐えていた。
酷い仕打ちを受けるのは自分が妾の子供だから仕方ないと諦めながら。
諦めて、怒る事も泣く事もやめて笑っていた。
政府に追われ全身に火傷を負った志々雄を匿ったのはそんな頃の話だ。
そしてそれが発覚してしまった日、宗次郎は家族に殺されかけた。
政府に楯突いた事に怒り狂って。
政府からの報酬を期待して笑って。
殺人への好奇心に目を輝かせて。
剣を振るう事に興奮して。
家族の中に味方は一人もおらず、宗次郎はただひたすら逃げた。
酷い仕打ちを受けるのは自分が妾の子供だから仕方ないと諦めながら。
諦めて、怒る事も泣く事もやめて笑っていた。
政府に追われ全身に火傷を負った志々雄を匿ったのはそんな頃の話だ。
そしてそれが発覚してしまった日、宗次郎は家族に殺されかけた。
政府に楯突いた事に怒り狂って。
政府からの報酬を期待して笑って。
殺人への好奇心に目を輝かせて。
剣を振るう事に興奮して。
家族の中に味方は一人もおらず、宗次郎はただひたすら逃げた。
宗次郎の命を救ったのは、志々雄から貰った言葉と一振りの脇差だった。
その二つで宗次郎は家族を皆殺しにし、志々雄の理念を真に理解する。
強い者が生き、弱い者が死ぬ。
自分が弱かったから虐められた。
彼らが弱かったから殺された。
自分が強くなったから生き残った。
それは分かりやすい、疑いようも抗いようも無い摂理の結果なのだと。
その二つで宗次郎は家族を皆殺しにし、志々雄の理念を真に理解する。
強い者が生き、弱い者が死ぬ。
自分が弱かったから虐められた。
彼らが弱かったから殺された。
自分が強くなったから生き残った。
それは分かりやすい、疑いようも抗いようも無い摂理の結果なのだと。
少年は何も知らず、縋るものを何も持たず、無垢だった。
故に志々雄の言葉は容易に「刷り込まれ」る。
故に志々雄の言葉は容易に「刷り込まれ」る。
しかし剣心も新一もそれを理解しようとはしなかった。
剣心は幕末の動乱を生き抜いた上でなお不殺を唱える。
新一は何も知らない癖に知った風な口を開く。
どちらも宗次郎には理解出来ず考えれば考えるだけ苛立ちが募り、堪らなく不快だった。
剣心は幕末の動乱を生き抜いた上でなお不殺を唱える。
新一は何も知らない癖に知った風な口を開く。
どちらも宗次郎には理解出来ず考えれば考えるだけ苛立ちが募り、堪らなく不快だった。
――不殺とか、弱い者を守るとか、そんなものは間違っているんだ。
「助けて」と、心の中であんなに叫んでいたのに誰も助けてくれなかったじゃないか。
縁の下に逃げ込んで、脇差を握ってあんなに震えていたのに誰も助けてくれなかったじゃないか。
下の兄に脇差の鞘を抜かれた時、あんなに怯えていたのに誰も助けてくれなかったじゃないか。
あの時すぐ近くにいた志々雄さんだって、助けてくれなかったじゃないか。
縁の下に逃げ込んで、脇差を握ってあんなに震えていたのに誰も助けてくれなかったじゃないか。
下の兄に脇差の鞘を抜かれた時、あんなに怯えていたのに誰も助けてくれなかったじゃないか。
あの時すぐ近くにいた志々雄さんだって、助けてくれなかったじゃないか。
結果として宗次郎は今も生きている。
だから志々雄は正しい。
『弱肉強食』こそがこの世の理であり、摂理。
そこで停止した思考のまま、宗次郎は何年も過ごしてきた。
もし考えたら、疑ったら、何かが壊れてしまう事を無意識のうちに理解していたのかも知れない。
だから志々雄は正しい。
『弱肉強食』こそがこの世の理であり、摂理。
そこで停止した思考のまま、宗次郎は何年も過ごしてきた。
もし考えたら、疑ったら、何かが壊れてしまう事を無意識のうちに理解していたのかも知れない。
『自分を騙して、人を傷つける。それで弱肉強食? 笑わせんなよ』
誰も助けてくれなかったから――僕ハ彼ラヲ全員殺シタ。
デモ――
デモ弱イッテコトハソンナニ悪イコトナノ?
デモ――
デモ弱イッテコトハソンナニ悪イコトナノ?
――――雨の中泣いている子供が居た。
――――子供は泣いているのかと尋ねられる。
――――でもその子供は笑いながらいいえと答えるんだ。
――――そうだ……この子供は僕だったんだ。
――――子供は泣いているのかと尋ねられる。
――――でもその子供は笑いながらいいえと答えるんだ。
――――そうだ……この子供は僕だったんだ。
本当ハ、初メカラ気付イテイル。
アノ時僕ハ志々雄サンニ嘘ヲ吐イタ。
アノ時僕ハ志々雄サンニ嘘ヲ吐イタ。
――やっぱりこれは志々雄さんに返そう
――僕は志々雄さんみたいに強い剣客にはなれないよ
――弱くても僕は今まで通りでいいや
――僕は志々雄さんみたいに強い剣客にはなれないよ
――弱くても僕は今まで通りでいいや
誰モ殺シタクナンテナカッタ。
強クナレナクテモ良カッタ。
強クナレナクテモ良カッタ。
『お前は弱肉強食に、本当には納得してないって事だろ?』
本当ハアノ時、アノ雨ノ中、僕ハ泣イテ――
「……あれ?」
叫び出しそうな程に思考と感情が高ぶった時、宗次郎ははたと立ち止まった。
歩いているうちに橋に辿り着き、そこで道が二つに分かれていたのだ。
「そっか、もうそんなに歩いてたんだ」
地図を思い出しながらポンと手を打つ。
縮地を使えば島の縦断も容易かったが、特に焦る理由も目的地も無く宗次郎は徒歩で進んでいた。
しかしここで選択の必要が生まれる。
現在の差し当たっての目的は、刀。
そして沸騰寸前だった脳は一時的に冷めたが苛立ちは消えていない。
憂さを晴らす為に手頃な相手が必要だった。
歩いているうちに橋に辿り着き、そこで道が二つに分かれていたのだ。
「そっか、もうそんなに歩いてたんだ」
地図を思い出しながらポンと手を打つ。
縮地を使えば島の縦断も容易かったが、特に焦る理由も目的地も無く宗次郎は徒歩で進んでいた。
しかしここで選択の必要が生まれる。
現在の差し当たっての目的は、刀。
そして沸騰寸前だった脳は一時的に冷めたが苛立ちは消えていない。
憂さを晴らす為に手頃な相手が必要だった。
様子を見ているうちに橋の向こう――E―2で爆発が起きた。
しかし宗次郎に驚きは無い。
爆発は宗次郎自身も起こしているし、東の方角では複数箇所で黒煙が上がっている。
ただ、この世こそが地獄だと語る志々雄の姿を思い出した。
修羅に慣れ親しんだ男は今頃、この状況を存分に楽しんでいる事だろう。
「さて、どっちに行こうかな……?」
たった今爆発が起きたE―2か、大規模な殺し合いが行われていると思われる東か。
縮地を前にすれば、どちらも距離は同じと言ってもいい。
どちらに進んでも退屈する事は無さそうだと、宗次郎は再び顔に笑みを貼り付ける。
しかし宗次郎に驚きは無い。
爆発は宗次郎自身も起こしているし、東の方角では複数箇所で黒煙が上がっている。
ただ、この世こそが地獄だと語る志々雄の姿を思い出した。
修羅に慣れ親しんだ男は今頃、この状況を存分に楽しんでいる事だろう。
「さて、どっちに行こうかな……?」
たった今爆発が起きたE―2か、大規模な殺し合いが行われていると思われる東か。
縮地を前にすれば、どちらも距離は同じと言ってもいい。
どちらに進んでも退屈する事は無さそうだと、宗次郎は再び顔に笑みを貼り付ける。
刃を握ったままの両手では、何をも掴めない。
例え縮地で駆けても、何にも届かない。
人に与えられた答えだけでは、本当の自分にはなれない。
それを宗次郎に諭すはずだった男――志々雄の信条を否定した男はもういない。
皮肉にも否定した言葉、『弱肉強食』の文字の通り強者の糧となった。
その皮肉は宗次郎の行く末を如何に変えるのか、今はまだ分からない。
例え縮地で駆けても、何にも届かない。
人に与えられた答えだけでは、本当の自分にはなれない。
それを宗次郎に諭すはずだった男――志々雄の信条を否定した男はもういない。
皮肉にも否定した言葉、『弱肉強食』の文字の通り強者の糧となった。
その皮肉は宗次郎の行く末を如何に変えるのか、今はまだ分からない。
少なくとも。
殴られただけで痛いのだから、刀で斬られて痛いのは当然だと――
人の痛みを知っていた優しい少年の面影は、今は遠い。
殴られただけで痛いのだから、刀で斬られて痛いのは当然だと――
人の痛みを知っていた優しい少年の面影は、今は遠い。
【一日目朝/D-1 道】
【瀬田宗次郎@るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-(漫画)】
[装備]黄金の剣(折れている)@ゼロの使い魔
[所持品]ゼロのマント@コードギアス 反逆のルルーシュ、基本支給品
[状態]全身打撲、精神不安定
[思考・行動]
1:獲物と得物を求めて徘徊。
2:弱肉強食に乗っ取り参加者を殺す。志々雄に関しては保留。
3:どちらに進むか決める。
【瀬田宗次郎@るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-(漫画)】
[装備]黄金の剣(折れている)@ゼロの使い魔
[所持品]ゼロのマント@コードギアス 反逆のルルーシュ、基本支給品
[状態]全身打撲、精神不安定
[思考・行動]
1:獲物と得物を求めて徘徊。
2:弱肉強食に乗っ取り参加者を殺す。志々雄に関しては保留。
3:どちらに進むか決める。
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067:無知 | 瀬田宗次郎 | 098:あやまちは恐れずに進むあなたを |