ハカナキ者達の宴-Aurora Dream- Ⅱ

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ハカナキ者達の宴-Aurora Dream- Ⅱ  ◆EboujAWlRA



時を戻し、放送開始直前。
場所を移し、バトルロワイアル会場。

「――――私が翠星石を殺す」

殺気。
魔神皇の時代に抱いていた負の感情の一つ。
全てが敵に見えて、全てが苛立ちの対象だった。
少年の時代の劣等感は、姿を変えて超常者の殺気へと変わっていた。
そして、その感情が再びハザマの胸に芽生えていた。

「面白い冗談だ」

自らに向けられたものではないと言え、底冷えするような殺気を傍で浴びせられながらもシャドームーンは平然としている。
世紀王の刃のような視線と魔神皇の氷のような殺気が向けられている対象。
それはローザンメイデン第三ドール、翠星石。
五つのローザミスティカとキングストーン・太陽の石を宿した奇跡の少女だ。

「へ、へへ……そうですぅ。お前なんか、この銀色オバケの後にぶっ殺してやるです」

翠星石は一拍遅れて敵意を感じ取り、薄ら笑いを浮かべながら庭師の鋏を杖代わりにして立ち上がる。
その肉体には損傷が見えて取れるが、致命的なものではなかった。
それでも翠星石の身体に力がないのは、肉体的ものではなく精神的なものに寄るところが大きいのだろう。
なにせ、翠星石の肉体には六つの賢者の石が埋め込まれているのだ。
本来ならば生まれるべきではない少女人形、いわば奇跡のような存在としてこの大地に立っているのだから。

「貴様にその次はない」

シャドームーンの複眼が翠星石を捉える。
完調のマイティアイから伝わる視覚情報によってシャドームーンは翠星石の状態を翠星石自身よりも確かに把握していた。
球体関節が動くたびに見せる音無き軋み。
ローゼンメイデンとして成り立たせている胴体の材質の炙られた痕。
そして、胸の内から溢れる賢者の石の鼓動。

「忌まわしいな……そのまがい物の輝きも、人形ごときに埋め込まれたゴルゴムの秘宝も。
 全てが憎らしいぞ」

激しい怒気が翠星石を襲う。
シャドーチャージャーから翠緑の光が迸る。
そしてまた、月の石の鼓動に共鳴して翠星石の体内に眠る太陽の石も深紅の光を放った。

「くぅ……!?」
「よもや、貴様の扱うキングストーンと我々世紀王のキングストーンと同質だとでも思ったか?
 無様な姿を晒せ、格の違いをその姿で示してみせろ」

キングストーンの発する膨大なエネルギー量に、現在の翠星石では耐えられない。
傷は高速で癒されていき、しかし、その生存へのエネルギーの供給量が多すぎる。
溢れ出すエネルギーは外へと発せられる。
だが、エネルギーの射出口が小さすぎる。
意図的にエネルギーの射出を絞っていた翠星石の身体は、強烈な力によって負荷を強制的に与えられていた。

「キングストーンは王者の輝石、人形ごときでは持て余すのは当然だ。
 あるいは、貴様が人の起こした奇跡だというのならば話は別だがな」

シャドームーンは競うようにしてキングストーンのエネルギーを照射していく。
太陽と月の輝きが夜明けを照らす。
その光は朝陽を破壊し、紅と翠だけが空間を支配していた。
違いは一つ。
シャドームーンは悠然と立ち続けるのに対し、翠星石は苦痛に顔を歪めていることだ。

「太陽の輝きに魅せられた者の末路は哀れなものだ」
「ふぅぅぅうぅぅ……!」

しかし、翠星石が息を大きく吐くと、次第に顔色を戻していく。
五つのローザミスティカが、キングストーンの手綱を取り直したのだ。
突然の力の暴流に対応しきれなかったローザミスティカが、ようやくキングストーンの力に追いついたのだ。
そしてまた、力を上げ続けるキングストーンに引きずられるようにしてローザミスティカも力を増していく。

「……ふん、多少はやるということか」

シャドームーンはキングストーンの共振を利用した翠星石の自滅を誘う戦法は意味が無いと察する。
翠星石が単なるローゼンメイデンの一であるならば、戦いは一瞬で決していた。
いや、それは戦いとすら呼べないものだ。
シャドームーンがキングストーンの力を引き上げるだけで翠星石は倒れるのだから。
王は、奴隷に戦うことすら選ばせない。
だからこそ、王なのだ。

「――――戦ってやろう」

しかし、翠星石はすでに単なるローゼンメイデンではない。
あと二つ、ローザミスティカを手に入れることで完全なる少女へと変貌する超常存在なのだ。
王と言えども、その拳を、その剣を振るわなければいけない相手だ。
シャドームーンは回復した右手にサタンサーベルを握り、前へと突き出す。
翠星石もまた、姉妹の一人である蒼星石の所有物であった庭師の鋏を上段に構える。

「てぃやぁッ!」

先に動くは翠星石。
太陽の石が放つ紅の波動を身に纏ったまま、宙を疾走して庭師の鋏を振り下ろす。
閃光のような鋭い太刀筋。
しかし、袈裟懸けに切りかかってきた斬撃をシャドームーンは難なく捌く。
真に光速を超えなければ王の真眼を、マイティアイを欺くことは出来ない。
シャドームーンの胴体を真っ二つにせんとした庭師の鋏は、サタンサーベルの捌きによって地面へとめり込む。

「フンッ!」

僅かに前傾姿勢となった翠星石の腹部へと、シャドームーンの蹴りが飛び込む。
バリアー状に展開されたキングストーンの波動が、シャドームーンの攻撃を食い止めんとする。
しかし、世紀王の一撃はそのバリアーを容易く乗り越え、翠星石の華奢な身体へと食い込んだ。
まずは腹部へとのめり込み、ようやく現実を飲み込んだように衝撃に翠星石の身体が押し出される。
空中で縦に一回転、二回転、三回転として翠星石の身体が吹き飛んでいく。

「脆い……肉弾戦では王の敵とならんな」

その言葉の通り、翠星石のスペックとシャドームーンのスペックの違いがこの結果となった。
強化手甲・エルボートリガーは敵の攻撃を防ぐだけではなく、全てを破壊する振動を起こす。
強化装具・レッグトリガーは単なる飾りではなく、打撃と斬撃を同時に行える武器ともなる。
金属外皮・シルバーガードは生半可な攻撃では衝撃すらシャドームーンから隔絶させる。
強化筋肉・フィルブローンは多くのゴルゴム怪人を凌駕する一撃を生む。

戦うために、力で頂点に立つために与えられた肉体。
それこそが世紀王の器なのだ。

「うっせーです! 一発決めただけで調子に乗ってんじゃ――――」

まともに直撃したはずだった。
だというのに、痛みに顔をしかめてはいるが、翠星石は平然とシャドームーンへと怒りの言葉を返す。
見れば、火傷痕もすでに消えている。
これもまたキングストーンと五つのローザミスティカの影響だ。
肉弾戦で劣ると言っても、手も足も出ないほどの差があるわけではないのだ。
一撃では致命的な攻撃とはならない。
それこそ、シャドーチャージャーによって全力を引き出されたサタンサーベルの一刀か。
もしくは、ライダーキックと比肩するシャドーキックの一撃か。

「――――ねえ! ですよ!」

翠星石の言葉とともに、背後から漆黒の双竜が黒い羽を撒き散らしながら顕在する。
同時に、無数の薔薇の花弁を生み出した。
薔薇の吹雪の中、漆黒の双竜がシャドームーンへと襲いかかる。
シャドームーンは左手を翳し、シャドービームを放つ。
仮面ライダーインペラー、仮面ライダーナイト、雪代縁、蒼嶋駿朔、仮面ライダー龍騎、仮面ライダー龍騎・正義武装。
多くの人間に傷つけられたシャドーチャージャーは、ハザマの持つ神の力によって元通りに修復された。
一つの損傷もないシャドーチャージャーが引き出す月の石の力は先程までのそれとは違う。
強化された翠星石が生み出した漆黒龍を容易く破壊する。

また、片方の漆黒龍を撃破するだけではない。
余剰分のエネルギーがシャドーチャージャーから放たれ、残った漆黒龍へと襲いかかる。

「んなもん、当たらねえです!」

翠星石が漆黒龍を操作し、出力の弱いシャドービームを避ける。
直撃しても問題はないが、しかし、勢いが弱まるのは事実だ。
全力でシャドームーンへと攻撃するための回避行動。
それもまた、シャドームーンの計算の一つ。
マイティアイで漆黒龍の動きを見切り、紙一重で回避する。
そして、逆にサタンサーベルを振るって漆黒龍の首を斬り落とした。

「ムッ……」

漆黒龍は確かに撃退したが、シャドームーンは僅かに声を漏らす。
シルバーガードに無数の切り傷がついていたからだ。
この程度の傷はすぐに修復できる。
問題はどのような攻撃を、いつの間に食らっていたか、だ。
では、攻撃の正体は何か。

「……薔薇か、小賢しい」

傷の正体は薔薇だった。
宙を舞う無数の薔薇が、漆黒龍の影を蠢いてシャドームーンのシルバーガードを切り裂いていた。
キングストーンの煌めきによって世界を見通すマイティアイの閃光を出し抜いたのだ。
決定だとはならないが、しかし、確かにシャドームーンを傷つける攻撃。
つまり、シャドームーンは動くたびに薔薇によって切り裂かれるのだ。
それを嫌うのならば、脚を止めて迎え撃つしかない。
だが、正面から受け止めようと思えば、さしものシャドームーンであっても幾らかの負荷が生じる。
しかし、それを嫌えば無数の薔薇の花弁に身を傷つける。

翠星石が放った攻撃はどのような行動を取ってもシャドームーンへとダメージを与えるものだった。

「ヒィーッヒッヒ! ほーら、もっと激しく行くですよッ!」

突如現れた一匹の漆黒龍。
地面より伸びる巨大な幹。
無数に舞う薔薇の花弁。
地面に生い茂る無数の蔓。

全てがシャドームーンへと襲いかかる。

「ちっ……」

シャドームーンの丹田に備えられたシャドーチャージャーが激しい光を発する。
そして、全方位へとシャドービームが射出され、薔薇の花弁と蔓を撃ち落としていく。
しかし、巨大な幹と漆黒龍の猛然とした攻撃を遮ることは出来ない。
植物の蔦をシャドームーンは左の拳で迎え撃つ。
振動拳が蔦を破壊していき、その後エルボートリガーが遅れて蔦を完全に裂いていく。
そして、右手を上空に掲げてサタンサーベルからシャドービームを照射。
背後から迫っていた漆黒龍を見事に撃ちぬいた。
死角であるはずの背後からの攻撃にもかかわらず、その動きを把握できたのは全てマイティアイの性能がゆえ。
マイティアイを持つ限り、『本来』はシャドームーンに隙は生まれない。

「死ねええぇぇぇ!!」

しかし、それでも動きの反応に限界はある。
マイティアイで翠星石の動きを把握していても、迎撃する術が封じられている。
シャドームーンはサタンサーベルに増幅させたシャドービームの余剰分で翠星石へとシャドービームを放つ。
だが、キングストーンの紅い波動に身を包んだ翠星石の動きを止めるほどの成果をあげることが出来ない。
シャドームーンの懐へと潜り込んで庭師の鋏を思い切り横薙ぎに振るう。

「ヒヒッヒーヒ!」
「ぐっ……!?」

シルバーガードに大きな一文字傷がつき、その衝撃によって銀色の月が宙を舞う。
翠星石は追撃とばかりに宙で動きの取れないシャドームーンへと襲いかかった。
しかし、シャドームーンは空中でくるりと一回転をして体勢を立て直し、サタンサーベルの切っ先を走らせた。

「ハイッ!」

翠星石はサタンサーベルの斬撃を避けながら庭師の鋏から手を離す。
そして、シャドームーンへと背を向ける形で懐へと潜り込み、サタンサーベルを振るった右腕を取る。
小さな背中へシャドームーンの巨体を乗せ、ぐるりと円の動き。
翠星石は背負投げでシャドームーンを空中から大地へと叩きつけた。

「ヌゥ……ゥゥン!」

苦悶の声を漏らしながら、しかし、翠緑の複眼を妖しく光らせた。
地面へと叩きつけられたにも関わらず、間髪の間も置かず左腕を伸ばして翠星石の頭部を鷲掴みにする。
そこから右方へと転がるように体を動かし、逆に翠星石を地面へと叩きつける。
位置を綺麗に交換したシャドームーンと翠星石。

「キャ……」

翠星石は思いがけぬ反撃にその身に似合った可愛らしい声をあげた。
追撃にサタンサーベルから手を離して右拳を固めるシャドームーン。
強力な振り下ろしの拳と堅甲な大地のパンズの間にサンドイッチさせることで翠星石の命は消える。

「って、め、めんどくせー奴です!」

悲鳴にも似た声を出したことを否定するように強い言葉を口にする翠星石。
大地から巨大な植物を生み出し、シャドームーンの身体へと巻き付かせた。
突如として成長した幹に押されるようにして強制的に空に舞うシャドームーン。
急襲に際して、選んだ迎撃の手段はシャドービーム。
シャドーチャージャーから拡散された全方位を焼き尽くすシャドービームによって植物を破壊。
それに乗じて翠星石への攻撃も行なっていた。
しかし、キングストーンの放つ紅蓮の波動をシャドービームは貫けない。

シャドームーンと翠星石の攻防は、ともに決定打に欠けていた。

一方で、そんな様子をハザマはじっと見つめていた。

(……互角、か)

シャドービームの余波から上田と気絶したヴァンを守るハザマ。
二人の攻防を眺めながら、ハザマは両者の実力を測っていた。
両者の実力は均衡を保っている。
どちらも『とっておき』がない限り、このままでは持久戦となることは明白だ。

(厄介なことだが……翠星石の力が明らかに増している。
 シャドームーンが力を出せば出すほど、それに引きずられるように翠星石も力を増しているということか)

ハザマが互角と称したのはこれが原因だった。
全快したシャドームーンは正義武装との死闘のダメージを引きずっていた先程までとはわけが違う。
シャドーチャージャーの修復が完全に終了し、キングストーンの力を全開まで引き出せる。
つまり、シャドービームの一撃が増したということだ。
それなのに翠星石がまともに戦えているのは、すなわち翠星石の強さが増したということである。
ただし、ここでハザマが前に出れば、シャドームーンの勝利は揺るがないものとなるが。

(……まあ、いいさ。どうとでもなる。
 どちらが残っても私が殺せばいい、いずれにせよその結果に収束する)

しかし、ハザマは手を出さない。
それがシャドームーンとの契約だ。
シャドームーンが死の危機に瀕しない限り、ハザマがこの勝負に手を出すことはない。

「……どういうことだい、こいつは」
「北岡か」
「おおっ、無事だったのか! ……ムッ、ジェレミ――――あ、い、いや、なんでもない。
 ハ、ハハ、うむ。生きているだけで……そう、なによりだ……うむ」

シャドームーンと翠星石が一進一退の攻防を繰り返していた。
そうして幾つかの牽制と、決まらない勝負手が繰り広げられているところで北岡秀一柊つかさが帰還した。
ハザマは冷静に、上田は素直に喜びを示す。
ジェレミア・ゴットバルトの姿は見えない。
ハザマはその意味を悟り、静かに目を瞑る。
上田は一瞬だけ疑問を口にし、力なく笑う北岡と肩を落としているつかさの姿で察する。
口数を多くすることでなんとか空気を変えようとするが、それも出来ないと知り尻すぼみに言葉を弱めた。

『おはよう、皆』

そして、そのハザマの姿に応えるようにV.V.の声が響き始めた。
シャドームーンと翠星石が繰り広げる激闘のBGMのように流れ始める放送。
ハザマの聡明な頭脳は一言一句違えずにV.V.の言葉を記憶していく。
その中に混じったジェレミア・ゴットバルトの名前。
北岡は一瞬だけ表情を凍らせるが、しかし、いつもの軽薄とも言える笑みを浮かべた。

北岡自身、心身ともに疲労困憊と言った様子だ。

「……ま、放送の通りだよ」

北岡はハザマと視線を合わせて戯けるように、しかし、力なく言い放った。
激闘の背景をノートパソコンから知ることは出来ても、その真実を知ることは出来ない。
ジェレミアがどのように北岡たちの前で死に、北岡たちがそれをどう受け止めたのか。
そこがわからない以上、ハザマはただ静かに目を閉じることしか出来なかった。
ハザマの未熟な人間性では、言葉が出て来なかったのだ。
上田もまた言葉が出ない。
このような状況ではどのような言葉をかけようとも、好転はしない。
ただ黙って前を向くことが最大の効果を発揮するであろうことを上田は知っていた。

『じゃあ……直接会って話せる時を、楽しみにしているよ。
 それがどんな形になったとしても――ね』

放送は終わった。
しかし、戦いは終わらない。
翠星石とシャドームーンは溢れ出る力を目の前の存在にぶつけ続けている。

「……翠星石はどうするんだい?」
「殺す……殺さなければいけない」

ハザマの声に色はない。
長い孤独の日々は心を押し殺す術をハザマイデオという人間に植えつけていたのだ。
その冷たい言葉につかさと上田はビクリと身体を震わせた。

「あれはすでに障害となる存在だ」

しかし、それだけに劇中の台詞のような作り物じみた言葉になってしまう。
つかさは表情を凍らせたままのハザマを眺めて、ポツリと呟いた。

「……辛くはないんですか」
「ひ、ひいら……!?」

呟いた後になって、後悔が訪れる。

上田の咎めるような声もまた、つかさの心へと小さな刺をさした。
つかさはハザマが竜宮レナの死を見届けたことを知っている。
そこで何があったのか、その本当の意味を知っているのは当事者であるハザマだけだ。
しかし、それでもハザマが背中を震わせたことを見ている。
目の前の少年は人智を超えた神の力を持ってはいるが、人間なのだ。
人間が無表情になる時は決まっている。
今、まさにつかさがそんな状態であるように。

心を押し殺している時だけだ。

「……」

ハザマは何も返さない。
聞こえなかったのか、無視をしているのか、返せなかったのか。
つかさにはわからない。
しかし、それでも沈黙は後悔を強くしていく。
つかさはハザマから逃げるようにシャドームーンと翠星石の戦闘へと目を向ける。
3Dを超えるリアルが目の前にはあった。
翠星石のことはよく知らない。
人形にしか見えないあの美麗な存在が、憎しみを剥き出しにしてシャドームーンへと襲いかかっている。

「……ッ」

つかさは激戦から目を逸らした。
どこを見ても。
どこに居ても。
世界は血に塗れていた。

「デッキは使えるのか、北岡」
「残念ながらもう少しかかりそうかね……ってわけで、頼りにしてるよ」

今はジェレミアの遺品となってしまったブラフマーストラと贄殿遮那を掲げながら北岡はハザマへと笑いかける。
ハザマは少しだけ目に感情の色を戻し、しかし、何も言わずにシャドームーンと翠星石の激闘に目を戻した。

そこでは翠星石が何度目かとなる漆黒龍を生み出していた。
水銀燈を思い出し、スザクを連想する。
ハザマは短く目を瞑り、感傷を打ち消す。

(……今は考えるな。殺し合いの打破だけに集中しろ)

ハザマは再び目を開ける。
漆黒の双竜が宵闇を連想させる牙を向けて、闇の化身であるシャドームーンを襲いかかっていた。
世紀王に後退はない。
偽りの闇では黒き太陽と並ぶ影の月を覆い尽くすことなど出来はしない。
ならばこそ、後退する必要などない。
深紅の刀身に血の彩りを加えたサタンサーベルを天へと掲げた。
シャドームーンはサタンサーベルを投擲し、黒竜の顎を食い千切る。
黒竜を破壊してもなお疾走を止めようとしない。

「サタンサーベルよ!」

シャドームーンが手を伸ばし、シャドーチャージャーの輝きに呼応して急停止する。
王者の輝石の命により、覇王の剣が世紀王の手へと戻る。
漆黒竜の片割れがその巨大な顎を開き、シャドームーンへと襲いかかる。
シャドームーンは空中で錐揉み回転することで漆黒竜の攻撃を紙一重で回避。
当然、マイティアイで完全に動きを見切った上での紙一重だ。
しかしながら、この紙一重はもはや太陽と月ほどの距離を持つ絶対安全の紙一重なのだ。

「甘ぇです!」

翠星石も漆黒龍を急転回させてシャドームーンを再び襲わせる。
意のままに操られる漆黒龍は一度避けるだけでは完全に回避したとは言えないのだ。

「そんなもので逃げ……られる……と……」

しかし漆黒龍の動きが、いや、翠星石の動きが止まった。
キングストーンの力を使えば翠星石の動きを封じることができるが、これはシャドームーンの御業ではない。
翠星石が自らの意思で、動きを止めたのだ。

「――――あッ…………」

翠緑と深紅の双眸が切り取った風景は、現実のそれではなかった。
世界は色を失い、同時に強烈な炎が翠星石の視界を覆う。
翠星石の脳裏に燃える炎は、紅蓮の炎。
この世から永遠に失われた、36.5℃の炎。

「……なんだ?」

傍目から見ても翠星石の変化が見て取れた。
上田が、怯えながらも、疑問の声を出す。
ハザマもまた翠星石の動揺を読み取れない。
当然、つかさも同様だ。
しかし、ただ一人。
翠星石ほどではないにしても、僅かに動揺を示した者が居た。


「――――ドラゴン……ライダーキック」


その北岡秀一の口から、答えが小さく零れた。

「アッ―――――アアアアアアアアアアアア!!!」

怒りの咆哮か。
哀しみの慟哭か。
それとも、現実を否定する叫びか。
いずれのものともつかない叫声が翠星石の口から零れ出す。
小さな身体から溢れ出る紅の波動。
人の身には大きすぎる、太陽の力。

「シャドーキック!」

しかし、紅の波動を食いちぎって、月の猛蹴が翠星石の身体に直撃する。
翠星石の小さな身体が海面へと向かって吹き飛んでいく。
球技かなにかのようだ、とても人型のものが飛んでいるとは思えない。
常人でしかないつかさの目では翠星石だと認識できないほどに回転していく。
シャドームーンは海へと墜落した翠星石に背を向けて残身。

つかさは、自身の身体が震えていることにようやく気づいた。
未だに薄暗い空間、雲が朝陽にかかり闇が周囲を支配したように感じた。
闇に佇んでいるだけのシャドームーンが、つかさの意識を奪おうとしていた。

いや、つかさだけではない。
北岡もまた意思とは別の部分で身体が震えていた。
それは、人に埋め込まれた恐怖の根源だった。
かつて暗黒の世界を支配していた原初の恐怖。
Cの世界に刻まれた、ゴルゴムへの恐怖だ。

「終わったか」

そんな中でハザマはシャドームーンへと歩み寄る。
翠星石はまだ生きている、紅の波動はシャドーキックの威力を弱めることで翠星石の身を守った。
しかし、戦闘の実行は不可能だ。
翠星石を捕縛にするにしろ、そのまま殺すにしろこれ以上の戦闘は起こらない。
すでに翠星石はまな板の上の鯉、後は仕上げだけだ。

「いいや、始まりだ」

しかし、シャドームーンはサタンサーベルの切っ先を翻す。
戦闘は終わっていない。
魔人皇ですら気づかなかった存在をマイティアイは確かに写し取っていた。
大海の中で一つ存在する異物、不自然なまでに輝く薔薇が一輪。
海柱の中から現れたものは紫水晶。

「何度も煩わしいぞ、人形」

原始の時代、水面は唯一にして最大の鏡であった。
nのフィールドを通り、再度に渡って薔薇水晶がバトルロワイアル会場に現れたのだ。

「申し訳ありません……世紀王……私にも事情というものが、ありまして……」
「目的はキングストーンか」
「……愛、です」

薔薇水晶は気を失っている翠星石をぞんざいに抱え上げて世紀王の言葉に応える。
漏れ出るように響く小さな笑い。
シャドームーンと数度目の相対となる薔薇水晶。
その猛威を何度確認しようとも、込み上がるものは喜びであった。
シャドームーンの強さと、翠星石の強さ。
そこにあるものは究極へと至る道だ。
その道を通る資格が翠星石にあるのならば、当然、薔薇水晶にも存在する。
父の存在を肯定する究極が、そこにあるのだ。

「度し難いな……そんなもののためにこの次期創世王に刃を向けたことがなによりも」
「私からすれば、『創世王』などというものが……『そんなもの』ですが……」

売り言葉に買い言葉といった様子で薔薇水晶はシャドームーンと向き合い続ける。
ハザマ、北岡、上田、つかさは緊張の面持ちで二人に注意を向けていた。
ハザマはシャドームーンが薔薇水晶へ確かな殺意を持っていることを把握している。
ならば、薔薇水晶への対処は一旦任せて、気絶したヴァンを含めた戦闘能力を持たない四人の守りに専念する。
北岡はブラフマーストラを取り出して身構える。
再変身可能時間は迫っているが、変身に気を取られすぎて不意を突かれては致命的だからだ。
上田とつかさはただ無力感に苛まれながら、ハザマの背後に立つしかなかった。

シャドームーンは翠緑の複眼で薔薇水晶を睨みつけたまま言葉を紡いだ。

「愚かだな」
「愚かだな……」
「この世の全ては無意味なもの」
「この世の全ては無意味なもの……」
「ちっぽけな存在が何を求めようとも、何もつかめずに虚空に消えるだけだ」
「ちっぽけな存在が何を求めようとも、何もつかめずに虚空に消えるだけだ……」

クスクスと笑いながら薔薇水晶はシャドームーンの言葉をオウム返しにする。
明確な挑発。
nのフィールドという絶対の逃げ場があるからこその態度だ。
現段階では、nのフィールドへの対処法が存在しない以上は仕方がない。
ハザマは水晶の扉を通って帰ろうとする薔薇水晶へと攻撃を行おうと腕を振り上げる。
しかし、それよりも早く。

「シャドーフラッシュ!」

シャドームーンがシャドーチャージャーから翠緑の光を放った。
世界が翠に、シャドームーンに染まる。
極大の光は薔薇水晶が生み出した紫水晶も染め。
nのフィールドへと手を伸ばそうとしていた薔薇水晶の右腕を拒絶した。

「……え?」

ここで初めて、薔薇水晶が動揺の色を見せた。
当然だ。
絶対の逃げ道と信じていた、戦術の一つとして考えていたnのフィールドの利用。
それが当然のように防がれたのだ。

「そんな……バカなこと……ッ!?」
「知らなかったのか」

カシャ、カシャ、カシャ

威圧的な足音とともにシャドームーンは薔薇水晶へと歩み寄っていく。

「王からは逃げられない」

シャドーフラッシュによってnのフィールドへのゲートは閉じられる。
この世の支配者たるシャドームーンは左の指先からシャドービームを照射。
拡散されたシャドービームは薔薇水晶の右胸を襲う。
薔薇水晶は水晶の粒を発してシャドービームを迎え撃つ。
しかし、威力が違う。
シャドービームは薔薇水晶の水晶攻撃を容易く蹴散らした。

薔薇水晶の命を奪おうとしたその時。
紅の波動が再び世界に現れた。

「て、テメエ……薔薇水晶に、なにを……!」

タイミングよく気絶から目覚める翠星石。
そして、事態を把握すると薔薇水晶へと話しかける。

「逃げるです、薔薇水晶……こいつらは、翠星石が止めてみせ……」
「逃しはせん」

マハジオ、と声が響き海に電流が走る。
翠星石と薔薇水晶は飛び立ち、沖に降り立つ。
そこには白い制服に身を包んだ神が睨みつけていた。

「翠星石はシャドームーンが固執している……が、お前ならば話は別だ」

成せなかった世紀王の決闘。
それを取り返すように太陽の石を埋め込んだ翠星石へと執着するシャドームーン。
そこにハザマが割り込めばシャドームーンは烈火のごとく怒り狂うだろう。
だからこそ、手を出さなかった。

だが、薔薇水晶に限っては別だ。
ここでこの少女人形を撃破すれば、殺し合いという悪趣味な催しの主催者打倒へぐっと近づく。
ハザマは斬鉄剣を翻し、ゆっくりと近寄っていく。

「テメエ……薔薇水晶に……!」

その姿に翠星石は怒りを示す。
先ほどのドラゴンライダーキックを連想させたシャドーキックによる動揺が尾を引いているのか。
翠星石は一目でわかるほどに情緒不安定の状態だった。

「触れんな!です!」

濁流のように現れる漆黒龍。
しかし、ハザマは目を細めて『メギド』を唱えた。
天罰の力は漆黒龍を食い破り、霧散させる。
圧倒的な力。
この破壊は、ハザマがキングストーンと同等の力を持つことを意味している。
もちろん、ハザマはそれだけで終わらせるつもりはない。

「マハジオダイン」

感電による動きの停止も視野に入れたマハジオダインを唱える。
翠星石を襲う極大射程の雷鎚。
さしもの翠星石もスピードではマハジオダインを勝ることは出来ない。

――――しかし、その瞬間に突風が吹く。

その突風は翠星石の身体を柔らかく包み、マハジオダインの射程範囲外へと運んでいった。
こんなことがデキる男は一人しか居ない。
今まで無表情を決め込んでいたハザマの表情が、ようやく崩れて驚愕に満ちる。

光よりも速く。
光よりも眩しく。
光よりも強い。

最速の男、ストレイト・クーガーがバトルロワイアル会場で再び走り続けていた。

「クーガー!?」
「おおっ……クーガーくん!」

驚愕するハザマを尻目に、ハザマの背後に隠れるように巨体を縮めていた上田が歓喜の表情を見せる。
クーガーはやはりいなせな笑みを浮かべて全員へと向き直った。
貫かれたはずの胸の傷はふさがっている。

「どーも、皆さん。ストレイト・クーガー、復活させていただきまし……たァ!?」

クーガーが言い終わる前に、翠星石は肘打ちを食らわしてクーガーから離れる。
クーガーは胸をさすりながら苦笑を浮かべる。
ハザマはその翠星石の敵対行動で現実を思い出し、顔を引き締める。
そして、クーガーの取った行動の意味を素早く吟味した。
すなわち、翠星石への救出活動の意味を。

「……いや、待て。クーガー。なんのつもりだ?
 なぜ、翠星石を庇った?」
「そりゃあ、まあ……殺すことまでは目的じゃないから、ですからかねぇ?」
「そいつはお前を殺した……あ、いや、お前は生きてるが……致命傷を負わせようとした」
「しかし、俺は生きてます」

そうでしょう?、とクーガーは続ける。
クーガーは伊達男特有の、厭味ったらしくない言い回しと笑みでハザマの問に応えるクーガー。
しかし、ハザマは僅かに苛立ちを募らせた。
クーガーの生を受け入れたからこそ、クーガーの行動に納得が行かなかったのだ。

「それは詭弁だ。
 お前でなく上田や柊ならば、いや、ヴァンや北岡であっても死んでいた。
 ……わかるだろう?
 お前が生きていたから翠星石を赦してもいい、そんな話ではないんだ。
 翠星石が殺意を抱き、その殺意によって巨大な力が人の身を貫いた。
 今大事なことはそれだけなんだ、ストレイト・クーガー」

クーガーは苦笑しながら、力なく肩をすくめた。
ハザマの言葉を理解はしているが協調するつもりはない。
そう言いたげな動作だった。
ハザマは若干苛立ちをつのらせ、言葉を続けた。

「シャドームーンは全てが終われば斃してみせる、この世紀王と和解することなど出来ない。
 しかし、契約を破棄することは出来ない。
 そして、翠星石とはその契約すら結ぶことが出来ず、奴は敵対の意思を示した。
 理由などそれ以上は必要はない」
「それは貴方の理屈だ、ハザマさん。俺は翠星石さんを許すつもりはないが、殺すつもりもなァい」

柳に風といった様子でクーガーは自身の主張を譲らない。

「クーガー……貴様も、私の敵となるのか?」
「そうですぅ……テメエ、どっちの味方なんですか……!」

ハザマと翠星石が同時に同じ言葉を口にする。
神の如き存在である皇と王の輝石を身に宿した少女人形の敵意をまともに受け、それでもクーガーは飄々と肩をすくめる。


「愚問ですなぁ。ハザマさん、翠星石さん」


ニヤリと笑みを深めて。



「俺は俺の味方です」



――――クーガーは確かに、己の『道』を口にした。



「……良いだろう、クーガー。それはそれで良い。お前が生きてるのならば、それが一番だ。
 だが、今は眠っていろ。お前の速さでも私の神の力の前には――――」
「落ち着けって、ハザマ」

クーガーにすら敵意を示さんとしていたハザマを、北岡が軽く諌める。
ハザマの肩を軽く叩き、その肩の上に顔を乗せるようにぐっと近づく。
突然の至近距離に、ハザマは僅かではあるが動揺の色を見せる。

「なぁ、ハザマ。俺はどっちでもいいのよ。
 お前が翠星石をどうしようが、クーガーに対してどう対処しようが。
 ただ、俺はつかさちゃんを放っておけない。
 そう、クーガーじゃないけど、今大事なことは自分のしたいようにするってことさ。
 わかるかい、ハザマ?
 つかさちゃんを守るのならお前の傍に居るのが一番ってことさ」
「……な、なにが言いたい」

北岡の真意が読めない。
僅かに動揺しながら、ハザマは聞き返した。

「あー、もう」

北岡も言っていて恥ずかしくなったのか。
乱暴に頭を掻きむしると、ハザマへと視線を合してはっきりと言い放つ。

「信頼してやってんだよ。
 言わせないで欲しいね。こーいうの、俺らしくないんだから」
「……ッ!」
「北岡さん……」

ハザマの仲間で居ることを明言するで、ハザマの暴走を止めんとする打算はある。
ハザマの力を信用としていたことも事実だ。
しかしそれでも。
レナの死を前にして肩を震わせていたハザマに、城戸真司と同じものを感じ取っていた。
どうしようもないお人好しの姿を。

「……どいつも、こいつも!」

翠星石は唇を噛み締め、シャドームーンへと向き直る。
そこでは薔薇水晶が懸命に防戦を行なっていた。
シャドームーンにとって薔薇水晶との闘いは、翠星石との闘いに比べれば児戯のような闘い。
しかしそれでもシャドームーンが薔薇水晶へと決定打を与えてはいないのは、ひとえに翠星石の存在を注視しているからだ。
キングストーンを宿した翠星石を逃すわけには行かない。
そのため、片手間の闘いを行なっていたのだ。

「……今!」

そして、翠星石とシャドームーンが視線を交錯させた瞬間。
シャドームーンは翠星石へと歩み寄ろうとした。
その瞬間を縫って薔薇水晶はシャドームーンから離れる。
翠星石はその逃走を手助けしようと、シャドームーンへと駆け寄ろうとする。

「おぉっと、翠星石さん。逃がしませんよ!」
「邪魔……です!」

しかし、その行動もクーガーによって遮られる。
翠星石を思い切り殴り倒すことに異論はない。
なんなら闘志すらなくなるほどに叩きのめすことも辞さない。
それほどまでに命を弄ぼうとしている翠星石に怒りを覚えていた。
だが、翠星石を殺すとなれば話は別だ。
クーガーの脳裏には、城戸真司と笑いあう姿が未だに刻まれていた。
満身創痍の翠星石がシャドームーンと戦えば、間違いなく死ぬ。
少女を殺すことまでは決心がつかない。

――――あの笑顔までも、怒りの対象には出来なかった。

一方で薔薇水晶は死の渦から逃げ切った、そう確信していた。
ハザマは北岡の言葉によって上田や北岡、つかさと言った弱者の保護に専念している。
翠星石の持つ太陽の石は惜しいが、命には変えられない。
志々雄でも呼んで、翠星石を回収し直すしかない。

「……テメエか」

しかし、その考え全てを否定するように、黒ずくめの男が立っていた。
夜明けを待たずして起き上がった無職の男、ヴァンは風にたなびく柳を連想させる姿で佇んでいた。
その瞳には夜明けの太陽の如き生気はない。
しかし、強烈な殺気と幽鬼のような不気味さを持って薔薇水晶を睨み据えていた。
薔薇水晶の背中に悪寒が走る。
シャドームーンの強烈な覇気とも、ハザマの冷たい殺意でもない。
感情をぶつけられたことでは生まれ得ない、確かなリアルな予感。
死の予感が薔薇水晶へと訪れたのだ。
その予感を肯定するように、ヴァンの長い脚が弧を描いて薔薇水晶の頭部へと襲いかかる。

「ッ!」

咄嗟に右腕を振り上げてヴァンの蹴りを受け止めるが、その細い腕の自由を奪う痺れが走る。
ヴァンは二本の脚で大地を踏みしめ、自身の愛刀を振るう。
その奇異な蛮刀は空中を舐めるように滑らかな動きを見せて、薔薇水晶の左腕へと斬りかかる。
水晶の剣でヴァンの剣撃を受け止める。
ヴァンの剣撃はシャドームーンのそれに比べれば軽い。
完調の薔薇水晶と疲労困憊のヴァンの打ち合いは、薔薇水晶の勝利に迎える。

薔薇水晶の剣撃に弾かれ、ヴァンが小さく吹き飛ばされる。

「あっ……」

しかし、それが隙になった。

――――薔薇水晶の背後に、絶対の月が立ち塞がっていた。

「借りだとは思ってはいない。だが、このままでは気が悪いのも事実だ」
「薔薇水晶!」
「これであの時のことはナシにしてもらうぞ」

痛む身体を無視して、翠星石が声を張り上げる。
薔薇水晶は過去の記憶がフラッシュバックされる。
幾度ものローゼンメイデンの戦い。
全てを倒し、手に入れたはずの力。
手に入れたはずの、父の寵愛。
憎い、真紅への勝利。
それら全てが偽りだからという理由で切り捨てられた。

「死ね」

世紀王シャドームーンの凶刃が、薔薇水晶の腹部へと向けて斬りかかった。

「あっ……」

薔薇水晶の身体が、まるで砂山のように崩れていく。
斬られたのではなく、崩されていく。
薔薇水晶という失われた生命を成り立たせていた『自在法』が切り崩されていく。
斬られるという仮想の死を契機にして、薔薇水晶は死んでいく。

「お前ェェ!」

翠星石が薔薇を飛ばす。
真紅のローザミスティカが翠星石の胸を締め付けたように感じたが、無視をする。

「テトラカーン!」
「おおっと、大丈夫ですか、ヴァンさん」

ハザマのテトラカーンとクーガーのスピードによって翠星石の攻撃は防がれる。
シャドームーンはもちろん、薔薇水晶を追い詰めたヴァンも殺すことが出来なかった。
そして、相変わらずどちらの味方とも取れないクーガーの行動に、ハザマと翠星石は苛立ちを募らせる。
しかし、心の底ではクーガーの真意を理解していた。
クーガーはお互いが本当の敵を見ずに敵対するな、とそう考えているのだろう。
もっとも、ハザマも翠星石もその『考えは甘い』と考えているからこその敵対なのだが。

「翠星石……」
「待ってるです、薔薇水晶!」

薔薇水晶は様々な記憶を思い出す。
父に抱かれた温もり。
父に話しかけられた温もり。
父に撫でられた温もり。

父・槐への想いが、薔薇水晶の全てだった。

「私は……」
「安心するです、薔薇水晶……私が……姉がなんとか……」

翠星石が薔薇水晶の傍へと近づいていた。
翠星石が薔薇水晶を抱く。
翠星石が薔薇水晶へ話しかける。
翠星石が薔薇水晶を撫でる。

翠星石が、薔薇水晶の最期の全てであった。

「貴方が……」

翠星石。
本物の太陽を宿した。
本物の光を六つもその身に宿した。
本物の、少女人形。
偽りの少女人形にも手を差し伸べる、優しき少女人形。


その翠星石に対し、薔薇水晶が抱いた感情は。


「大嫌いでした……」


不快、そのものだった。



「……えっ?」
「『父』の意思を……否定する貴方が……アハ……ハハ……」

六つのローザミスティカを宿し、しかし、真実の光に耐え切れなかった偽りの器。
太陽に触れることなく、その存在は消えていった。
太陽を否定して、薔薇水晶は消えていく。
『父』という概念を否定するものを、薔薇水晶が受け入れるわけがなかった。


【薔薇水晶@ローゼンメイデン 死亡】



    ◆    ◆    ◆



『私は……貴方が……大嫌いでした……』

薔薇水晶の言葉が翠星石の脳に木霊する。
離れない、拒絶の言葉。
なぜ薔薇水晶の身体からローザミスティカが出ないのか。
薔薇水晶は自分を利用していただけだったのか。
シャドームーンはまだ自分から大事な人を奪うのか。
様々な疑問と怒りが湧き上がるが、それを凌駕する哀しみが翠星石の心を襲う。
妹に、家族に、否定された。
翠星石は本当に一人だった。
もはや、誰も翠星石を許しはしない。

「イヤ……」

翠星石の言葉から、作り物めいた言葉が漏れる。
もはや、その言葉すら自分の言葉なのかわからない。
ただ、それでも。

「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

圧倒的な哀しみの前に翠星石は叫ばざるを得なかった。
そして、翠星石の哀しみを表現するように紅の波動が溢れ出す。
いや、もはや波動などと言う言葉では生ぬるい。
光が塊となって翠星石以外の他者を焼き殺すように出現する。
太陽の石の暴走とも言える輝き。

「ムッ……!?」

その輝きに呼応するように、シャドームーンの月の石も光を放ち始めた。


――――二つのキングストーンが大地を照らす。


深紅と翠緑がストライプ状に螺旋を描き、大地に落とされた太陽と月の光が天を穿つ。


『繁栄に至った人よ』


世紀王・シャドームーンでも。
魔人皇・ハザマイデオでも。
日本科学技術大学教授・上田次郎でも。
ローゼンメイデン第3ドール・翠星石でも。
少女兼巫女兼錬金術師見習い・柊つかさでも。
スーパー弁護士・北岡秀一でも。
無職のヴァンでも。
最速の男・ストレイト・クーガーでも。

誰のものでもない声が響き始めた。

『愚かなる道を往くな』

暖かな声が響く。
人の頭上に輝く太陽の如き声だった。

『幾万年の雌伏を続けたゴルゴムよ、暗黒の道へと進むのだ』

冷たい声が響く。
人の頭上に君臨する月の如き声だった。

ここでハザマイデオは螺旋の光が声に応えるように揺らぎを見せていることに気づいた。

「キングストーン……!」

シャドームーンがその声の正体にいち早く気づく。
マイティアイの視界すら遮り、世紀王の動きを制限する者。
そんなものは二つだけだ。
創世王か、あるいは、キングストーン。
そして、この異常な光の結界と二つのキングストーン保持者。
キングストーンの意思が働いていることを察するには余りある推理材料だ。

ならば、太陽の如き安らぎを与える声は太陽の石。
ならば、月の如き威圧をもたらす声は月の石。


『『賢者の道を往くのだ――――』』


天を別けた重なるはずのない二つが重なる。




















――――その時、不思議なことが起こった。





















キングストーンの行ったことは二つだ。


Cの世界を利用して思考エレベーターへの干渉により、当事者の望む場所へと導くこと。


そして、その導きの妨げとなる首輪の分解。


光りに包まれた首輪は、まるで砂のように溶けていく。


今まで彼らの動きを制御していた首輪は奇跡の光の前に膝を屈したのだ。



八人が跳ぶ。



己の望む存在へと導かれるように、会場を移した。



    ◆    ◆    ◆



「動いた」

V.V.が声を漏らす。
南光太郎の意思を継ぎ人に肩入れする太陽の石。
シャドームーンの覇道を推し進める月の石。
二つのキングストーンの光が枷<首輪>と壁<世界>を壊した。
本来ならば研究所で首輪を解除し、シャドームーンまたは翠星石の力によってnのフィールドを渡るべきであった。
しかし、キングストーンの衝突によって全ては吹き飛ばされた。

「……大丈夫、問題ない」

すでに彼らは首輪を解除する術も、第二会場へと来る術も持っていた。
翠星石に勝利し、薔薇水晶を殺し、いつかは第二会場へと渡ってきていただろう。
その過程が吹き飛んだだけだ。
なによりも、キングストーンがCの世界へとリンクして思考エレベーターによって参加者を運んでくるのならば。
それは参加者が無意識のうちの選択を強制的に拾ったことに他ならない。

「誰が来る……? 誰が、誰と会う……?」

キングストーンは絶対の存在だ。
思考エレベーターを利用した以上、当人の望む存在、場所へと導く。
ならば、誰がV.V.を求める。
誰が、誰が――――!
それとも、誰もV.V.を求めないのか?
それもまた、選択の一つ。

終わりが近づこうとしている。
そのことにV.V.は、笑みを深めた。


    ◆    ◆    ◆


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168:メギド――断罪の炎――(後編) 薔薇水晶 GAME OVER
ヴァン 170:ハカナキ者達の宴-Aurora Dream- Ⅲ
ストレイト・クーガー
上田次郎
シャドームーン
翠星石
167:CODE GEASS――ZERO REQUIEM 柊つかさ
北岡秀一
170:ハカナキ者達の宴-Aurora Dream- Ⅰ V.V.
狭間偉出夫



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