歩く乙女像
トーチ・ポートの東、フリッセ地方に向けて走る街道沿いにはその神秘的な美しさで有名な“歩く乙女像”がある。
この大理石の彫刻のような乳白色の像は、人間の美しい女性をかたどっていて地面から頭の先までが約20フィートほどもある。
像の膝のあたりから下は土に埋もれており、雑草や苔が腰辺りまで侵食し、さらに植物のツタや蔓などが巻きついている。にも関わらず、滑らかで傷ひとつない表面、まるで清らかな乙女の魂をそのまま封じ込めたかのようなその美しさは損なわれることなく、むしろ自然と一体となったかのような存在感は、道行く行商や旅人、冒険者たちの眼と心を釘付けにし、しばしその行程を忘れさせる。
この大理石の彫刻のような乳白色の像は、人間の美しい女性をかたどっていて地面から頭の先までが約20フィートほどもある。
像の膝のあたりから下は土に埋もれており、雑草や苔が腰辺りまで侵食し、さらに植物のツタや蔓などが巻きついている。にも関わらず、滑らかで傷ひとつない表面、まるで清らかな乙女の魂をそのまま封じ込めたかのようなその美しさは損なわれることなく、むしろ自然と一体となったかのような存在感は、道行く行商や旅人、冒険者たちの眼と心を釘付けにし、しばしその行程を忘れさせる。
この像は大昔から存在しているがその起源は明らかにされていない。
いつのまにか街道沿いの守り神として祭られるようになっており、旅の安全を祈る者たちがお供え物を置いていくようになっている。悪い賊や夜盗たちですらこの像を汚すことはせず、なかには強盗を働いて得た戦利品の一部を供えていく賊すらいる。
いつしか、ぞうの周辺は街道の一角に魔法的とも思えるほど平和な空間を提供していた。
ヒルガ聖堂の聖職者には「旅の領域を司る神に関係する“何か(例えばアーティファクト)”なのではないか」と考えるものもいるという。
いつのまにか街道沿いの守り神として祭られるようになっており、旅の安全を祈る者たちがお供え物を置いていくようになっている。悪い賊や夜盗たちですらこの像を汚すことはせず、なかには強盗を働いて得た戦利品の一部を供えていく賊すらいる。
いつしか、ぞうの周辺は街道の一角に魔法的とも思えるほど平和な空間を提供していた。
ヒルガ聖堂の聖職者には「旅の領域を司る神に関係する“何か(例えばアーティファクト)”なのではないか」と考えるものもいるという。
この像は“歩く乙女像”と呼ばれ親しまれているが、実際に歩いているわけではない。
ただ、ときにその向きを微妙に変えていることがあるという。街道の南に位置し、いつもは北の方角(つまりは道のほう)を向いているこの像は、プラウリット大森林の方角を向いていたかと思えば、フリッセ平野の方角を向いていることもある。まるっきり逆の海岸方向を向いていたのを見たという行商人の証言もある。
旅人たちの法螺話である可能性も高く信憑性に欠ける話であるが、一方で付近を旅する者たちにとっては“知っていて当然のこと”となっている。
夜中に脚を抜き出して散歩している、実は脚が魚の尾で海を回遊してはまた元の位置に戻っている、巨人が大地の穴に蓋をした栓こそがあの石像である、などといった噂話の数々は、今もなお単なる夢物語として片付けることができないまま道行く者たちの好奇心を煽っている。
ただ、ときにその向きを微妙に変えていることがあるという。街道の南に位置し、いつもは北の方角(つまりは道のほう)を向いているこの像は、プラウリット大森林の方角を向いていたかと思えば、フリッセ平野の方角を向いていることもある。まるっきり逆の海岸方向を向いていたのを見たという行商人の証言もある。
旅人たちの法螺話である可能性も高く信憑性に欠ける話であるが、一方で付近を旅する者たちにとっては“知っていて当然のこと”となっている。
夜中に脚を抜き出して散歩している、実は脚が魚の尾で海を回遊してはまた元の位置に戻っている、巨人が大地の穴に蓋をした栓こそがあの石像である、などといった噂話の数々は、今もなお単なる夢物語として片付けることができないまま道行く者たちの好奇心を煽っている。
「なぁ、今回の輸送の旅、行きと帰りで乙女像の向きが変わってるかどうか賭けようぜ」
「よーし、俺は“右から左へずれている”に金貨2枚!」
「なら俺は“変わってない”に金貨3枚」
「よーし、俺は“右から左へずれている”に金貨2枚!」
「なら俺は“変わってない”に金貨3枚」
(kazz)