フリッセ小麦
広く肥沃な黒土地帯を有したフリッセ平原で栽培される小麦。病害虫や気候の変化に強く、安定した生産力を誇る。ただし成長がよい分、土を枯らすのが早いと言われ、よその土地では栽培が難しいようだ。
その実はグルテンが多く大粒で、上質な小麦として内外に広く利用されており、海外にも輸出されている。特に海風の当たる海岸側の平原で育ったフリッセ麦は「潮と陽を浴びて味濃く育つ」最上級品といわれ、2~3割高値で取引されるほど人気がある。
フリッセ小麦はヒルガドルフ領の豊かな経済力を支える大きな柱であると同時に、食料に乏しい東側をコントロールするための重要な戦略物資でもあるため、伯爵の命により手厚く保護されている。地代も通常より(わずかながら)安い。
フリッセ平原の農民の多くはフリッセ小麦と数種の野菜、そして少数の家畜を飼うという形態で農業を営んでいる。取れ高が他所に比べて高いほか、商業作物(ブドウや野菜)も豊富に収穫できることもあわせ、この地方の農民たちは比較的富裕なものが多い。
<歴史>
フリッセ平原はトーチ・ポートがヒルガドルフだけであった頃から穀倉地帯として有名であり、この付近の領有権を巡る戦は苛烈を極めた。一時期は西方の騎馬民族によりヒルガドルフの町が包囲され、陥落寸前にまで追い込まれた事さえあったという。また戦の度に村々は焼かれ、畑は荒らされ、種もみに至るまでが敵軍によって、そして時には彼らを守るはずである味方の軍にまで収奪されたと伝えられる。
しかし、200年ほど前、フリッセ平原を拝領したコンラート伯が領土防衛のために現在の位置に城砦を築き、自身の旗本隊を中心とした常備軍を置いてからは、度重なる騎馬民族やオーク軍の侵攻を国境川に退け、幾度かの侵略はあったものの、一度として国境川以東の支配を許すことなく現在に至っている。
そしてこの“平穏なる”(と町史は記している)200年の間の血のにじむような努力の結果、フリッセ平原には大規模な灌漑が施され、また同時に他所の麦よりも粒が大きく味も良い“フリッセ小麦”へと品種改良がなされてきた。
その実はグルテンが多く大粒で、上質な小麦として内外に広く利用されており、海外にも輸出されている。特に海風の当たる海岸側の平原で育ったフリッセ麦は「潮と陽を浴びて味濃く育つ」最上級品といわれ、2~3割高値で取引されるほど人気がある。
フリッセ小麦はヒルガドルフ領の豊かな経済力を支える大きな柱であると同時に、食料に乏しい東側をコントロールするための重要な戦略物資でもあるため、伯爵の命により手厚く保護されている。地代も通常より(わずかながら)安い。
フリッセ平原の農民の多くはフリッセ小麦と数種の野菜、そして少数の家畜を飼うという形態で農業を営んでいる。取れ高が他所に比べて高いほか、商業作物(ブドウや野菜)も豊富に収穫できることもあわせ、この地方の農民たちは比較的富裕なものが多い。
<歴史>
フリッセ平原はトーチ・ポートがヒルガドルフだけであった頃から穀倉地帯として有名であり、この付近の領有権を巡る戦は苛烈を極めた。一時期は西方の騎馬民族によりヒルガドルフの町が包囲され、陥落寸前にまで追い込まれた事さえあったという。また戦の度に村々は焼かれ、畑は荒らされ、種もみに至るまでが敵軍によって、そして時には彼らを守るはずである味方の軍にまで収奪されたと伝えられる。
しかし、200年ほど前、フリッセ平原を拝領したコンラート伯が領土防衛のために現在の位置に城砦を築き、自身の旗本隊を中心とした常備軍を置いてからは、度重なる騎馬民族やオーク軍の侵攻を国境川に退け、幾度かの侵略はあったものの、一度として国境川以東の支配を許すことなく現在に至っている。
そしてこの“平穏なる”(と町史は記している)200年の間の血のにじむような努力の結果、フリッセ平原には大規模な灌漑が施され、また同時に他所の麦よりも粒が大きく味も良い“フリッセ小麦”へと品種改良がなされてきた。
<僧侶ディーター>
フリッセ小麦改良の歴史において欠かせぬ存在として、僧侶ディーターが上げられる。
ディーターは万神殿が勢力を拡大し、大陸各地の宗教を吸収していくなか、かたくなにこの地方の土着神である知識と豊穣の神への信仰を守り続けた。彼は「知識こそが人々を救い、知恵は書物として代々伝えていくことこそ神の意志に従う」と信じ、農学書はもちろんエルフやノーム・ハーフリング達の農事の記録、古典や史書までをも読みあさり、寺院の小さな荘園で農法の研究や植物のかけ合わせを行った。そして30年以上の歳月ののち、ついには現在“フリッセ小麦”と呼ばれる品種の原種を作り上げたと伝えられている。また、畑に出ては呪文による灌漑や開墾を行い、それに平行して輪作法や農事暦の普及を行うなど、農民たちの生産性の向上に大きく尽力した。「土の民の耕す姿、流れる汗、そして収穫の喜びの中にこそ神は宿る」とは彼が生涯愛してやまなかったモットーである。
ディーターは変わり者としても知られ、新たな植物を求め異境へと冒険者を伴って旅立っていったり、近隣では話にも聞いたことの無いような奇妙な植物を栽培しては利用できないかを試したり、と言ったことが知られている。
残念ながらディーターの寺院は彼の死後、ヒルガ聖堂による習合に伴い廃寺とされ、トーチ・ポートの地下深くに眠っている。しかし彼の残した農学書は「ディーターの農事書」として広く知られ、多くの写本が作られただけでなく、当時としては貴重だった印刷機によって印刷され各地に広まった。また、字の読めぬ者にもわかるようさし絵を多く使った簡略版や、現代に至るまでに改良された農法を追補した「新ディーターの農事書」など、様々な形で現在に伝えられている。
彼の寺院は無くなってしまったが、彼の精神は今も小麦畑に生きているのだ。
フリッセ小麦改良の歴史において欠かせぬ存在として、僧侶ディーターが上げられる。
ディーターは万神殿が勢力を拡大し、大陸各地の宗教を吸収していくなか、かたくなにこの地方の土着神である知識と豊穣の神への信仰を守り続けた。彼は「知識こそが人々を救い、知恵は書物として代々伝えていくことこそ神の意志に従う」と信じ、農学書はもちろんエルフやノーム・ハーフリング達の農事の記録、古典や史書までをも読みあさり、寺院の小さな荘園で農法の研究や植物のかけ合わせを行った。そして30年以上の歳月ののち、ついには現在“フリッセ小麦”と呼ばれる品種の原種を作り上げたと伝えられている。また、畑に出ては呪文による灌漑や開墾を行い、それに平行して輪作法や農事暦の普及を行うなど、農民たちの生産性の向上に大きく尽力した。「土の民の耕す姿、流れる汗、そして収穫の喜びの中にこそ神は宿る」とは彼が生涯愛してやまなかったモットーである。
ディーターは変わり者としても知られ、新たな植物を求め異境へと冒険者を伴って旅立っていったり、近隣では話にも聞いたことの無いような奇妙な植物を栽培しては利用できないかを試したり、と言ったことが知られている。
残念ながらディーターの寺院は彼の死後、ヒルガ聖堂による習合に伴い廃寺とされ、トーチ・ポートの地下深くに眠っている。しかし彼の残した農学書は「ディーターの農事書」として広く知られ、多くの写本が作られただけでなく、当時としては貴重だった印刷機によって印刷され各地に広まった。また、字の読めぬ者にもわかるようさし絵を多く使った簡略版や、現代に至るまでに改良された農法を追補した「新ディーターの農事書」など、様々な形で現在に伝えられている。
彼の寺院は無くなってしまったが、彼の精神は今も小麦畑に生きているのだ。
<ディーターの寺院>
ごく最近、ディーターの研究所でもあった彼の寺院が聖堂そばの地下深くから発掘されたという。残念なことに、寺院は最近東西町で猛威をふるった“モーデイン蒸気(『不浄なる暗黒の書』所収の麻薬)”製造団の本拠地とされてしまっていた。
しかし、彼の実験室や書庫は、状態は良いとは言えないものの当時のまま残されており、現在魔法院の調査隊によってその復元が試みられている。
麻薬製造団はディーターの残した書物から、通常の場所には生育しないモーデインの葉を栽培する技術を学んだと見られており、魔法院では「ほかにも知識が隠されているのではないか」と残された資料の復元を急いでいる。
ごく最近、ディーターの研究所でもあった彼の寺院が聖堂そばの地下深くから発掘されたという。残念なことに、寺院は最近東西町で猛威をふるった“モーデイン蒸気(『不浄なる暗黒の書』所収の麻薬)”製造団の本拠地とされてしまっていた。
しかし、彼の実験室や書庫は、状態は良いとは言えないものの当時のまま残されており、現在魔法院の調査隊によってその復元が試みられている。
麻薬製造団はディーターの残した書物から、通常の場所には生育しないモーデインの葉を栽培する技術を学んだと見られており、魔法院では「ほかにも知識が隠されているのではないか」と残された資料の復元を急いでいる。