いただきます/ごちそうさま

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&font(#6495ED){登録日}:2012/02/03(金) 22:03:17 &font(#6495ED){更新日}:&update(format=Y/m/d D H:i:s) &new3(time=24,show=NEW!,color=red) &font(#6495ED){所要時間}:約 5 分で読めます ---- &link_anchor(メニュー){▽}タグ一覧 &tags() ---- 「いただきます」とは日本における食前の挨拶、掛け声である。 「もらう」の謙譲語「いただく」と同義語であり、全く同じ意味。 「ごちそうさま」は、食事が終わった後に言う挨拶。 「馳走」とは走り回ると言う意味であり、それに丁寧型を意味する「御」と尊敬を意味して敬称である「様」をつけた言葉である。 どちらも手を合わせて大きな声で言うのが正しい。 これは加工や調理をしてくれた人達はもちろん、自分が食べる為に命を落としてくれた動植物に向けての感謝の言葉でもある。 「命」をいただきます、なのだ。 なので、自分で調理した食事を食べる場合にも言うのが正式。 だが、「ごちそうさま」は「自分の為に走り回って良い材料を探し、料理をしてくれてありがとう」と言う意味なので、 これはもしかしたら調理者への言葉かもしれない。 因みに「お粗末様でした」は自らが提供した料理が粗末であったと謙遜する言葉。つまり調理手が言う語。 ■発祥 起源は定かでは無いが、動物や植物、その他自然物に信仰を置く日本ならではの挨拶と言え、驚く程昔から言われてきたようだ。 他の命を奪わなければ生きていけないと言う人間の「原罪」を説いた仏教的な意味合いだとする説もあり、実際仏教圏では割と「食前の挨拶」が存在する。 一方、天上から追放された者の末裔である人間にのみ「魂」があると信じ、他の動植物にその存在を認めないキリスト教圏は食前の挨拶に重きを置いていない。   だが、その中でも日本程「いただきます」「ごちそうさま」を重要視する国も実は珍しい。 アニミズムと仏教、それらの価値観が見事に融合したまさしく日本の美観がよくあらわれた言葉と言える。 現在では手を合わせて唱えるだけの簡単なものになっているが、 本来は一拝一拍手の後に和歌を詠み、続けて「いただきます」もしくは「ごちそうさまでした」を唱えるのが作法である。 数が違うだけで神社参拝の二拝二拍手一拝と同じ作法であることからも、料理そのものが神であることがわかる。 因みに食前の和歌は 「たなつもの百(もも)の木草も天照らす日の大神のめぐみえてこそ」 食後の和歌は 「朝よひに物くふごとに豊受(とようけ)の神のめぐみを思へ世の人」 最初の歌は全ての草木が育つのは太陽の神である天照大御神の恵みを得ているからという意味で、 次の歌は食事をするたびに豊受大御神の恵みに感謝しましょうという意味。 和歌こそ詠まなくともせめて一拝一拍手は試してみてほしい。清々しい気持ちで美味しく食事を頂くことができるだろう。   ■言わない人々 だが近年おかしな事を言う人々が現れた。 小学校の学校給食にて「自分達は給食費を払っているのだから、いただきますなんてコジキみたいな事言わせないで」と、 [[変な解釈をしてクレームをつけたイカれた親>http://www49.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/1872.html]]がいるのだ。 だが、前述のように「いただきます」とは命をくれた動植物に向けての言葉であり、お金の有無は関係無い。 お金を払おうが払うまいが「命」をいただく事実には変わり無いので、理屈から言ってもこれはおかしい。 この屁理屈がまかり通り、日本の美点としての「いただきます」「ごちそうさま」文化が絶えない事を切に祈る。   さて、この項目を見ている貴方も最近きちんと「いただきます」「ごちそうさま」を言っているだろうか? もう1つこの言葉を言わない理由がある。 それは「面倒臭い」「恥ずかしい」からだ。 それは誰にでも起こり得る感情だと言える。 だが、もう一度自分が生きている意味、命を頂いていると言う意味を見つめ直し、そして食前にはそれらへの感謝と共に手を合わせ、口に出して言おう。 「いただきます」( ^人^) 食べおわったら 「ごちそうさまでした」( ^人^) 追記・修正は次の食事ではちゃんと「いただきます」「ごちそうさまでした」と言うと誓ってからお願いします #include(テンプレ2) #right(){この項目が面白かったなら……\ポチッと/ #vote3(time=600,3) } #include(テンプレ3) #openclose(show=▷ コメント欄){ #areaedit() - 自分に子供が出来たらきちんといただきますとごちそうさまを言えるように躾けたいものだ。彼女いないけど。 -- 名無しさん (2013-08-26 15:45:13) - この世の全ての食材に感謝を込めて・・・いただきます -- 名無しさん (2013-09-11 00:23:45) - おもてなし よりいい言葉だと思う -- 名無しさん (2013-09-11 01:12:09) - 小5の時手を合わす時に音立てたら担任に叱られたんだが、実際の所どうなんだろ? -- 名無しさん (2013-09-19 23:46:48) - 美しい国とかいう前にこういう教育を徹底すべき -- 名無しさん (2013-10-02 10:51:50) - 定食屋とかだと食べた後に店員さんについつい言ってしまう。 -- 名無しさん (2013-10-02 11:02:56) - ドラマ「喰いタン」で、このあいさつがどれだけ大切か考えさせれたぜ。 -- DCD (2013-10-02 12:44:03) - 何より手を合わせるってポーズがいいね、祈ってるようにも見える -- 名無しさん (2013-11-26 22:21:30) - 恥ずかしくて大声では言えない、ただ手は合わせる -- 名無しさん (2013-11-26 22:24:58) - 粗末なコンビニ弁当だろうがインスタントだろうが沢山の命と人の手がかかっているのだし、なにより金さえ払えばいつでも美味しい食べ物にありつける自分の現状には感謝せずにはいられない。 -- 名無しさん (2013-12-02 07:03:23) - 外国人に意味を説明するのがすごく難しい -- 名無しさん (2014-01-17 12:34:18) - 今日の糧を与えてくれたものへの感謝。って説明はどうだ? -- 名無しさん (2014-01-17 12:38:09) - ちゃんと店を出る時は誰か店員に聞こえるくらいに「ごちそうさまでした」と言おう -- 名無しさん (2014-01-17 14:47:44) - >いだだぎまぁず &br()  &br()おいこのタグ付けた奴ちょっと来い &br()妖怪腐れ外道は微妙にトラウマ -- 名無しさん (2014-01-17 14:57:09) - いただきました(方言) -- 名無しさん (2014-06-30 16:53:24) - ↑中学の最初の給食の時間で言って、場が凍りつき、教室が二つに割れたのは今ではいい思いで。 -- 名無しさん (2014-10-29 18:52:58) - 妖怪腐れ外道があってなんとなく安心した -- 名無しさん (2015-02-22 12:08:38) - いただきます言う人は大体良い人の法則 -- 名無しさん (2015-02-22 12:16:26) - 日本の神の性質を例えるのにとても適した言葉、これを言わないことに違和感を覚えたならそこに神がいる -- 名無しさん (2015-03-23 18:39:26) #comment #areaedit(end) }
&font(#6495ED){登録日}:2012/02/03(金) 22:03:17 &font(#6495ED){更新日}:&update(format=Y/m/d D H:i:s) &new3(time=24,show=NEW!,color=red) &font(#6495ED){所要時間}:約 5 分で読めます ---- &link_anchor(メニュー){▽}タグ一覧 &tags() ---- 「いただきます」とは日本における食前の挨拶、掛け声である。 「もらう」の謙譲語「いただく」と同義語であり、全く同じ意味。 「ごちそうさま」は、食事が終わった後に言う挨拶。 「馳走」とは走り回ると言う意味であり、それに丁寧型を意味する「御」と尊敬を意味して敬称である「様」をつけた言葉である。 どちらも手を合わせて大きな声で言うのが正しい。 これは加工や調理をしてくれた人達はもちろん、自分が食べる為に命を落としてくれた動植物に向けての感謝の言葉でもある。 「命」をいただきます、なのだ。 なので、自分で調理した食事を食べる場合にも言うのが正式。 だが、「ごちそうさま」は「自分の為に走り回って良い材料を探し、料理をしてくれてありがとう」と言う意味なので、 これはもしかしたら調理者への言葉かもしれない。 因みに「お粗末様でした」は自らが提供した料理が粗末であったと謙遜する言葉。つまり調理手が言う語。 ■発祥 起源は定かでは無いが、動物や植物、その他自然物に信仰を置く日本ならではの挨拶と言え、驚く程昔から言われてきたようだ。 他の命を奪わなければ生きていけないと言う人間の「原罪」を説いた仏教的な意味合いだとする説もあり、実際仏教圏では割と「食前の挨拶」が存在する。 一方、天上から追放された者の末裔である人間にのみ「魂」があると信じ、他の動植物にその存在を認めないキリスト教圏は食前の挨拶に重きを置いていない。   だが、その中でも日本程「いただきます」「ごちそうさま」を重要視する国も実は珍しい。 アニミズムと仏教、それらの価値観が見事に融合したまさしく日本の美観がよくあらわれた言葉と言える。 現在では手を合わせて唱えるだけの簡単なものになっているが、 本来は一拝一拍手の後に和歌を詠み、続けて「いただきます」もしくは「ごちそうさまでした」を唱えるのが作法である。 数が違うだけで神社参拝の二拝二拍手一拝と同じ作法であることからも、料理そのものが神であることがわかる。 因みに食前の和歌は 「たなつもの百(もも)の木草も天照らす日の大神のめぐみえてこそ」 食後の和歌は 「朝よひに物くふごとに豊受(とようけ)の神のめぐみを思へ世の人」 最初の歌は全ての草木が育つのは太陽の神である天照大御神の恵みを得ているからという意味で、 次の歌は食事をするたびに豊受大御神の恵みに感謝しましょうという意味。 和歌こそ詠まなくともせめて一拝一拍手は試してみてほしい。清々しい気持ちで美味しく食事を頂くことができるだろう。   ■言わない人々 だが近年おかしな事を言う人々が現れた。 小学校の学校給食にて「自分達は給食費を払っているのだから、いただきますなんてコジキみたいな事言わせないで」と、 [[変な解釈をしてクレームをつけたイカれた親>http://www49.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/1872.html]]がいるのだ。 だが、前述のように「いただきます」とは命をくれた動植物に向けての言葉であり、お金の有無は関係無い。 お金を払おうが払うまいが「命」をいただく事実には変わり無いので、理屈から言ってもこれはおかしい。 この屁理屈がまかり通り、日本の美点としての「いただきます」「ごちそうさま」文化が絶えない事を切に祈る。   さて、この項目を見ている貴方も最近きちんと「いただきます」「ごちそうさま」を言っているだろうか? もう1つこの言葉を言わない理由がある。 それは「面倒臭い」「恥ずかしい」からだ。 それは誰にでも起こり得る感情だと言える。 だが、もう一度自分が生きている意味、命を頂いていると言う意味を見つめ直し、そして食前にはそれらへの感謝と共に手を合わせ、口に出して言おう。 「いただきます」( ^人^) 食べおわったら 「ごちそうさまでした」( ^人^) 追記・修正は次の食事ではちゃんと「いただきます」「ごちそうさまでした」と言うと誓ってからお願いします #include(テンプレ2) #right(){この項目が面白かったなら……\ポチッと/ #vote3(time=600,7) } #include(テンプレ3) #openclose(show=▷ コメント欄){ #areaedit() - 自分に子供が出来たらきちんといただきますとごちそうさまを言えるように躾けたいものだ。彼女いないけど。 -- 名無しさん (2013-08-26 15:45:13) - この世の全ての食材に感謝を込めて・・・いただきます -- 名無しさん (2013-09-11 00:23:45) - おもてなし よりいい言葉だと思う -- 名無しさん (2013-09-11 01:12:09) - 小5の時手を合わす時に音立てたら担任に叱られたんだが、実際の所どうなんだろ? -- 名無しさん (2013-09-19 23:46:48) - 美しい国とかいう前にこういう教育を徹底すべき -- 名無しさん (2013-10-02 10:51:50) - 定食屋とかだと食べた後に店員さんについつい言ってしまう。 -- 名無しさん (2013-10-02 11:02:56) - ドラマ「喰いタン」で、このあいさつがどれだけ大切か考えさせれたぜ。 -- DCD (2013-10-02 12:44:03) - 何より手を合わせるってポーズがいいね、祈ってるようにも見える -- 名無しさん (2013-11-26 22:21:30) - 恥ずかしくて大声では言えない、ただ手は合わせる -- 名無しさん (2013-11-26 22:24:58) - 粗末なコンビニ弁当だろうがインスタントだろうが沢山の命と人の手がかかっているのだし、なにより金さえ払えばいつでも美味しい食べ物にありつける自分の現状には感謝せずにはいられない。 -- 名無しさん (2013-12-02 07:03:23) - 外国人に意味を説明するのがすごく難しい -- 名無しさん (2014-01-17 12:34:18) - 今日の糧を与えてくれたものへの感謝。って説明はどうだ? -- 名無しさん (2014-01-17 12:38:09) - ちゃんと店を出る時は誰か店員に聞こえるくらいに「ごちそうさまでした」と言おう -- 名無しさん (2014-01-17 14:47:44) - >いだだぎまぁず &br()  &br()おいこのタグ付けた奴ちょっと来い &br()妖怪腐れ外道は微妙にトラウマ -- 名無しさん (2014-01-17 14:57:09) - いただきました(方言) -- 名無しさん (2014-06-30 16:53:24) - ↑中学の最初の給食の時間で言って、場が凍りつき、教室が二つに割れたのは今ではいい思いで。 -- 名無しさん (2014-10-29 18:52:58) - 妖怪腐れ外道があってなんとなく安心した -- 名無しさん (2015-02-22 12:08:38) - いただきます言う人は大体良い人の法則 -- 名無しさん (2015-02-22 12:16:26) - 日本の神の性質を例えるのにとても適した言葉、これを言わないことに違和感を覚えたならそこに神がいる -- 名無しさん (2015-03-23 18:39:26) - きちんと言わないと飯食った気がしない -- 名無しさん (2016-03-25 01:34:45) - いただきます言わないだけならなんも気にしないのに、言うやつは宗教キチだ!こういうナルシシズムが若者を特攻へ進ませたんだとか抜かすのがいてね…… -- 名無しさん (2016-06-19 19:31:02) - いのちを…いただきます! -- 名無しさん (2016-08-27 09:24:12) - 恥ずかしながら、食べ物や作った人への感謝して意識して言ったことはほとんど無い・・・。 -- 名無しさん (2017-08-05 15:54:10) - ↑追加 食べる前、食べた後の習慣というか形式のような感じかも。特別何か考えてるんじゃないけど言わないと気が済まないというか。俺だけ? -- 名無しさん (2017-08-05 15:59:42) - 「いただきます」の意味から考えると、命を料理としてい食べる事だから料理=命でしょう。尊い命を自分自身の命を繋ぐ糧である料理は、どの様な状況であったとしても「ご馳走」に当たるのではないかと思う。だから、命と言う「ご馳走」を食べた事に感謝を込めて「ごちそうさま」と言うのだと考えていたかな。 -- 名無しさん (2019-01-16 00:54:30) - 「自然の恵みなどという言葉がありますが、他者のために存在している命などこの世界にひとつだってありません。ですから私達は、感謝を込めていただきますと言うのです」 -- 名無しさん (2020-06-07 18:22:12) - ワンテンポ置くことでゆっくり食べる習慣づけにもなるから健康的にもいいと思うんだけどね。 -- 名無しさん (2020-06-07 18:44:27) - ↑×4同じく食事時とそれ以外の切り替えの感覚で言ってる -- 名無しさん (2020-06-07 19:14:23) - キリスト教の場合は「神様への感謝の祈り」ってのがこれにあたるのかな -- 名無しさん (2020-09-21 22:14:53) - 確かに日常的には習慣でしかないのだけれど、なんでそういうの?って聞かれたら答えられる人が案外多い「いただきます」。「ごちそうさま」の方はあんま知られてないが -- 名無しさん (2020-09-21 22:23:25) - この理屈だと合成肉にはいただきます不要だな ディストピア√日本では滅びるのかしら -- 名無しさん (2020-09-22 00:17:58) - ↑合成肉の開発流通に命がけで関わった人たちに感謝しよう!遺伝子組み換えしただけでも騒ぐ日本人だから得体が知れなくて普通に食べられるようになるまで大変そう -- 名無しさん (2021-03-19 13:47:59) - 食育って大事よね、~食と文明の世界像~ 「一滴の血も生かす ~肉~」を見るといいよ -- 名無しさん (2021-10-23 11:24:39) #comment #areaedit(end) }

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