異体(いたい)英 allograph, 仏 allograph, variante de graphème, 独 Allograph, Graphemvariante
『言語学大辞典術語』
文字論の用語.また「異字」ともいう.ある文字体系(writing system)において同一の機能的単位として働く字素(grapheme,→字素論)に属し,その具体的な表示として現われる異なった文字形式をいう.このような異体の字素に対する関係は,音韻論における異音(allophone)と音素 (phoneme)との関係から導かれたものであり,異体の形式はそのおかれる環境によって規定されるものとされる.そして,たとえば,ギリシア文字において,小文字シグマは{σ}と {ς} という2つの異なった文字形式をもち,これらはいずれも同じく同音を表わす字母であるが,常に前者は単語の語頭あるいは語中で,後者は語末で用いられ,用法上いわば相補分布(complementary distribution)をなすものとされている.
文字論の用語.また「異字」ともいう.ある文字体系(writing system)において同一の機能的単位として働く字素(grapheme,→字素論)に属し,その具体的な表示として現われる異なった文字形式をいう.このような異体の字素に対する関係は,音韻論における異音(allophone)と音素 (phoneme)との関係から導かれたものであり,異体の形式はそのおかれる環境によって規定されるものとされる.そして,たとえば,ギリシア文字において,小文字シグマは{σ}と {ς} という2つの異なった文字形式をもち,これらはいずれも同じく同音を表わす字母であるが,常に前者は単語の語頭あるいは語中で,後者は語末で用いられ,用法上いわば相補分布(complementary distribution)をなすものとされている.
このような定義に従えば,さらにアラビア系文字体系における子音字の独立形,および語頭,語中,語末における変異形や,仮名文字における{お}と{を},{は}と{わ}などもこれに類するものと考えられよう.
漢字における正字に対する俗字や通行字,繁体字に対する簡体字や略字,また仮名文字における平仮名に対する変体仮名などは,漢字あるいは仮名という同一の文字体系において1つ以上のバリアントがほぼ同一の表語機能を果たすという意味においては一種の「異体」と見なすことができるが,その使用はそのおかれる条件によって規定されはしない.この意味においてはやや趣を異にしている.これらは音韻論における「自由異音」にならえば,「自由異体」とでもよばれるべき性質のものであろう.
なおここに,筆記体と活字体,明朝体と宋朝体,ゴチック体とイタリック体など,同一の文字体系にみられるスタイル(書体)の違いが問題となり,これも一種の「異体」と見なす考え方もある.しかしながら,これらは一般に異種の書体を混ぜては使用しないものであり,字形の違いが同一文字体系を構成する要素のバリアントをなすものではない.したがって,これらは,それぞれが異なった別の文字体系と考えるべきであって,ここにいう「異体」とは区別して考えるべきものであろう.