アットウィキロゴ
ダンゲロスSS上海
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

ダンゲロスSS上海

その日、ヒーローは倒れた

最終更新:

dangerousss_shanghai

- view
管理者のみ編集可
「‥勝負あり!!勝者は‥劉炎嵐(リュウ・ホェンラン)だー!!」


岩のような巨漢を叩きのめした炎嵐に、観客がどよめく。

「嘘だろ!?百戦無敗!極神空手の王!鉄山彦斎がここで散るのかよ!?」

「炎嵐、強ぇって噂はあったけど予想以上だ!!これで“雷獣”趙獅涯、“蝶人殺法”エル・カリオストロ…優勝候補を倒しまくってる!」

莫大な金と熱狂が渦巻く闘技場は、普段以上の猛熱が吹き荒れていた。

「これ‥止められる奴いるのか?!“血まみれ侯爵”ブラッディー・マッサーならどうだ?“大鉄槌”キング・ボブとかもいるぞ!」

「馬鹿!お前知らねぇのか?ブラッディーも、キングも…昨日、拳狐って奴にぶっ飛ばされてる!」

「はぁ!?今回の上海大賽…参加者は名の知れた強者ばかりだから大混戦とか言われていたが…気が付いたら優勝候補軒並み脱落してるじゃねえか!!」

「オラオラ賭けた賭けた!お前らが把握している通り、今の大本命は劉炎嵐と拳狐!だけどまだ見ぬ実力者がいるかも…その辺り考えて賭けな!!」

群衆の狂騒の中心にいながら、炎嵐は涼しい顔で歩みを進めた。
そうして、先程自分が叩きのめした岩のように巨大な体を持つ空手家、鉄山彦斎に手を伸ばした。

「あんた、俺が今までやった中でもトップクラスに強かったぜ。ロートル扱いして悪かったな。」

意識を飛ばしていた鉄山はなんとか起き上がると、豪快に笑った。

「ガハハ!負けた負けた!こちらこそお主を若造扱いしてすまなんだ!極神空手の王などと呼ばれ、気が付かぬうちに驕っていたかのう!世界は広い!次は負けんぞ!」

「うぉ…もう立てるのかよ…呆れたタフネスだなオイ!」

強者同士互いを認め合い笑いあう。
達人同士の拳による爽やかな交流が格闘技場に満ちた。
しかしその直後、鉄山は意地悪そうににんまりと笑った。


「お主は儂に勝ったのだから…これを受けとれい!」

鉄山の拳から、キラキラと輝く薄煙が現れた。
一体何事かと炎嵐が訝しがる暇もなく、その薄煙は炎嵐の右拳に吸い込まれた。


「うぉ!?何しやがる!!」

炎嵐の怒りを軽く流し、鉄山は説明を始めた。

「…それは、清王朝のダイヤよ。『出そう』と思ってみよ。」

眉を歪めながらも、炎嵐は鉄山の言葉に従った。
炎嵐自身にも不思議なことだが、何をどうイメージすればいいかは自然と理解出来た。


(…出てこい)

そう思った瞬間、炎嵐の右拳から眩く輝く極大のダイヤモンドが現出した。


(…戻れ)


鉄山に教わるでもなく、自然と炎嵐は心の中でつぶやいた。
するとダイヤは光の薄煙となって再び炎嵐の拳に戻っていった。
戻せることを確認した炎嵐はまたダイヤを取り出し、その輝きに“本物”を感じた。



鉄山が言うことには────
  • 炎嵐に譲り渡したのは正真正銘清王朝のダイヤモンドである
  • ダイヤモンドは自分にふさわしい持ち主を定めると、自身を煙化して持ち主につく
  • 持ち主の死亡、もしくは持ち主が譲渡の意思を示すことで所有権は別の者に移る
ということらしい。

「どうも、魔幇の警備連中の一人にダイヤがついたことで揉めて殺し合いになったそうじゃ。で、人から人にダイヤが移り続けての。儂がこの間ぶち殺した奴がダイヤ持ちだったので儂に移っていたという寸法よ。」

そういうものかと鉄山の話を聞いていた炎嵐は、背中に狂おしいほどの熱が込められた視線を感じた。急ぎ振り返ると、格闘技場の客たちが涎を垂らさんばかりの表情で炎嵐と清王朝のダイヤモンドを見つめている。一瞬の静寂ののち、爆発的な熱狂が格闘技場を揺らした。

「…うぉぉおお!!?清王朝のダイヤ!あの輝き!気品!本物だぞアレ!!」
「…ボス!?ダイヤの持ち主が分かりました!!」
「誰かダイヤにチャレンジする奴いねぇか?」
「馬鹿!今まで何を見てたんだよ!気軽に勝てる相手じゃねぇだろ!」
「なんにせよ大ニュースだ!売れ!売れ!今のうちに!情報を売りまくれ!」

海千山千の曲者どもが、弾かれたように会場を飛び出ていく。

「清王朝のダイヤを持っているのは劉炎嵐!」
「清王朝のダイヤを持っているのは劉炎嵐!」
「劉炎嵐に認められるか、劉炎嵐を殺すかでダイヤが手に入る!」
「劉炎嵐に認められるか、劉炎嵐を殺すかでダイヤが手に入る!」

炎嵐が止める間もなく、観客たちは上海全土に情報をばら撒きに走った。


「…というわけで、お主、これから色々大変じゃぞ!ま!儂を負かしたんじゃから、このくらいの試練は乗り越えて見せよ!なんてな!ガハハハハハ!」


鉄山は一足早く炎嵐から距離をとり、逃げながら叫んだ。

「…あ、あの野郎~!!」


ズン ズン ズン
ギリ ギリ ギリ
ミチ ミチ ミチ

红虎の怒りが会場を震わせた。



■■■



「…そういうわけで俺は狙われることになったから、一旦事務所から離れて…ってもうとっくに離れてるのかよ!!」

炎嵐の事務所に怒号が響いた。

「うーわ…モニター越しでも声デカ…行動が早いなら別にいいじゃんよう。ホェンちゃんがダイヤ持ちって情報が出回った瞬間にはもう場所を移していたよん。今まではホェンちゃんにわざわざ喧嘩売る馬鹿はいなかったけど、清王朝のダイヤが手に入るとなればみんな血眼確定だもんねぇ」

劉炎嵐とPCで会話をするのは、電梟(デンシャオ)の通り名で知られる、王双葉(ワン・シャンイェ)。上海随一の情報屋であり、炎嵐の良き相棒である。

「逃げ足と隠れ方には自信あるから、こっちは心配しないでいいよん。サポートもまぁ十分にできるだろうから、よろしく~」

双葉の気の抜けた言葉に呆れながら、炎嵐は言葉を続けた。


「…はぁ、分かったもういいわ。あー、依頼人さん、入っていいぜ。」


炎嵐は扉の向こうに待たせていた依頼人に声をかけた。
炎嵐の言葉を受け、扉が開く。

神経質そうな痩せ気味の美形が部屋に入ってきた。
男の名は夜死神のイラト。
最近上海裏カジノの運営を任せられた新進気鋭のマフィアである。


「説明の機会をいただきありがとうございます…まずはこちらの資料を見てください…」


そう言うとイラトはカジノの見取り図を出した。
そして、説明のための差し棒代わりに、懐からペンを取り出した。

夜死神のイラトが懐からペンを出した瞬間、事務所全体に熱気が満ちた。

ズン ズン ズン

红虎の足音…劉炎嵐の鼓動が鈍く響いた。

何か気に障ることをしたかと怯えの顔を見せるイラトに、炎嵐は告げた。


「余計な真似するな。ペンを置け」


意味が分からず困惑するイラトに、舌打ちとともに炎嵐は続けた。

「…てめぇの能力は知ってんだよ。少しでも仕掛けそうな素振り見せてみろ。炭にすんぞ」

夜死神のイラトの魔人能力は『死の納刀』。
愛用のペンをもってノートに対象の名を刻むことで、その対象を即死させる強力無比な能力である。ただし条件として対象と会話をする必要がある。

「…嫌だなあ炎嵐さん。ただ説明しようとしただけです。誤解ですって。」

能力が割れていることに動揺しながら、イラトはペンを懐に戻した。

《ペンで即死させる能力者が、ペンを出したらそりゃあ警戒されて当然だよん?イラトさん。…ホェンちゃんのこと邪魔と思って色々動いていたでしょ?そういうのに対しては私が事前に動いてるの。とっくに能力も条件もホェンちゃんには伝えてるよん》

上海随一の情報屋、電梟(デンシャオ)の腕を見くびっていたことに汗を一つたらし、それでもイラトは続けた。

「…確かに炎嵐さんは上海のマフィア全員にとって邪魔な存在ですから、まぁ色々と動いてましたよ。だけど今回はそういう過去のしがらみを抜きに助けてほしいんですよ…武侠飛龍フォン・ゴ・クー、北天の極星ケシロ、星影のジョウロウ、剛夢海賊ディルフィを知っていますか?」

《勢力を伸ばしていたけど刺客に襲撃されて死んじゃった奴らだねぇ~そいつらがどうしたの?》

「…こいつらは、全員私の馴染みなんですよ。全員、馬鹿みたいに貧しいスラムの空き地の出身です。時間が経ってケシロとは対立していたし、ジョウロウとは何度もやりあったし、
仲良しこよしの関係ではなかったですが…。こいつらがやられたってぇことは、多分次に狙われるのは私です。」

「で、護衛を頼むってか?お断りだね。マフィア同士の小競合いも、それに伴う誰かさんの復讐劇も俺には関係ない。もっと俺にはやることがあるからな。」

「誰かさんではないです。襲撃者の正体は分かっています。監視カメラに写っていたんで…魔坊童婦(マーボードウフ)とか呼ばれる凶手が。」

実のところ、炎嵐は果成 いっぽについては既に知っていた。上海大賽の参加者の一人を把握していないはずがない。依頼者とこんな形で線が結ばれることは想定していなかったが。

「…炎嵐さんのダイヤの余波で熱狂する裏カジノの稼ぎだけ頂いたら、私は間もなく上海から逃げて足を洗うつもりです!あと10日…それだけカジノで稼いだらもう悪事はしません!この上海から、魔坊童婦から逃げるので、助けてください!」

悪党全員を無差別に襲っていては長い目で見て自身の身が持たないことを理解しているから、劉炎嵐はマフィアだからと無差別に襲ったりしない。場合によっては依頼も受ける。
そんな状況に怒りを覚えはするが、世界の平和のためにグッとこらえる。

「…前金で500万ドル。依頼達成で1000万ドル。それを飲むなら受けてやるよ。」

マフィアを護衛するデメリット、そのマフィアが足を洗うメリット。
諸々を考慮して炎嵐は依頼料を吹っかけた。
前金が高すぎるとごねられるのはある程度承知の上で提示した依頼料。


「分かりました。すぐにお支払いします!」


しかし、夜死神のイラトはそれを即座に受諾した。


流石の炎嵐も双葉も目を丸くするのを無視して、イラトは依頼内容の詳細を詰め始めた。



■■■



依頼を受けてもらったイラトは自身の事務所に戻るや否や、汚い笑顔をむき出しにして盛大に笑った。

「ギャハハハハ!!馬鹿だぜあいつら!依頼を受けやがった!そんなもん、ぶっ殺すための罠に決まってんだろ!!清王朝のダイヤの価値は、1億ドルって言われてるんだぜ??前金の500万ドルなんて痛くもねぇ!」

現在世界最高額をつけられたダイヤは2017年にサザビーズ香港で落札されたピンク・スター、7120万ドル。清王朝のダイヤはオークションの空気次第ではそれを超えるだろう。

「それに…清王朝のダイヤを手に入れれば魔幇のボスに取り立ててもらえること間違いなし!魔幇の幹部だって夢じゃねえ~!そうすりゃあ、俺はもっともっと成り上がることが出来る!カジノは!あの炎馬鹿の墓場だ!!」

ボスであるイラトの鼓舞に事務所全体が揺れる。
成り上がりのチャンスに熱狂するマフィアたち。

その空気を読めずか、読まずか、酷く怯えた声が熱狂を邪魔した。


「へ、へへへへ…な…なんでカジノなんですくぇあ?」


媚びるような引きつり笑い。
語尾を盛大に噛み倒しながら尋ねる少女。
ボサボサのロングの黒髪とハイライトのないドブのような黒目が卑屈な印象を与える。
その少女の名は大戦持A子。

ダイヤの護衛任務をサボってしまった結果、他の護衛は全員死亡、怠慢を魔幇に咎められ狙われることになってしまった魔人能力者である。ひたすらに逃げ、ひたすらに謝り続けた結果として、魔人能力を買われて新進気鋭のマフィアである夜死神のイラトの客分として扱われることになったのだ。


「あの炎馬鹿はよぉ、意外と常識的というか、ハッキリ言うと善人なのよ。客に満ちたカジノでは、周囲を巻き込むような高火力は出せねえ…!それに、カジノにはドレスコードがある。あいつはそれを律儀に守る。襲撃されたからって、いきなり最大火力でスーツを燃やして場違いな恰好をしたりしないのよ。くだらねえ常識人の隙をついて、一気に銃撃で潰しちまえばいいのさ!!」

夜死神のイラトは、部下に大口径の銃を持たせた。

「おい!大戦持!てめえは【加速】してダイヤを奪うなりなんなりで援護しろや。殺されそうになっていたてめえを拾ってやった義理に応えろよ?」

大戦持A子は怯えながら、無言でガクガクと頷いた。


(うぅ…どうしてこんなことに…『精神道奇襲術(マインドコマンド)』を使えるようになったと思って、【熱血】とか【気合】とか…必死にイメトレして自分にかけたのに、結局【加速】しか使えなくてぇ…)

自身の才能のなさに絶望しているうちに、流れ流されこんなところまで来てしまった。

だが、大戦持A子にとっての“こんなところ”はこの後に待ち受けるカジノであった。
彼女はそこで、大博奕をする羽目になるのだ。


■■■

その日、ヒーローは倒れた

■■■


上海某所。

絢爛たる内装に満ちたカジノ。
劉炎嵐はドレスコードに従い、きっちりとしたスーツを身にまといギャンブルに興じていた。

ポーカーのテーブル。
炎嵐はポーカーフェイスなどできない。
カードを引いた瞬間、あからさまに機嫌が悪くなっていた。

周囲の客はほくそ笑む。

(分かりやすいぜ红虎!戦闘では絶対勝てねえが…ギャンブルは弱いみてえだな?)

「レイズだ!!」

機嫌の悪さで手の悪さを察した客は勝負を仕掛けた。
既に賭け金はつり上がっている。
炎嵐が降りるもよし、弱い手で勝負に出るもよし。

どちらであっても問題ないと、男は内心で笑った。
男の手は3と8のフルハウス。通常であればまず負けない手。

「チッ、コールだ。」

さらに不機嫌になりながら炎嵐は勝負を受けた。

「馬鹿め!勝負に乗りやがって!!俺ぁフルハウスだ!」

客は自信満々にフルハウスを出した。
だが、機嫌悪そうに開いた炎嵐の手はAの4カードであった。

「はぁぁぁあああ!!??なんで??なんでその手で機嫌が悪いんだよ!!」

「あ?んなもん来るタイミングが悪いからに決まってんだろ。案の定お前しか勝負に乗ってきてねえじゃねえか。もう2ゲーム手前にこの手だったらもっと大勝ちできたのに、ムカつくぜ」




このように、炎嵐はある程度楽しみながら、カジノを徘徊していた。
イラトの言う魔坊童婦の襲撃を警戒しつつ、他のマフィアの攻勢にもにらみを利かせる。
前金を受け取った以上は、最高の仕事をするつもりだった。


その誠意を、イラトは容易く裏切った。
昼過ぎ。食事に入る少し前を狙いマフィアどもは炎嵐に襲い掛かった。

炎嵐は当然イラトの襲撃を意識してはいたが、前金に500万ドル払う剛毅さと、午前は特に動きもないまともな依頼であることからほんの少しだけ油断をしていた。

大口径の鉛玉が炎嵐の頬をかすり、鮮血が垂れる。

(チィ!こいつら…ムカつくなオイ!)

血液温度を上げようとするが、ここで戦闘を始めてはフロア中の客が巻き添えになる。
炎嵐の能力は攻撃範囲を絞るということはあまりできない。
カジノの客どもに逃げろと促しても、賭けに熱中するフロア中の人間に言葉を届けるのは難しい。

まさにイラトの狙い通り。
だが炎嵐は慌てなかった。
炎嵐は、ひときわ目立つ巨大なルーレットテーブルに駆けあがると

(出てこい…)

と一つ想いを念じ、拳からダイヤを現出させた。
清王朝のダイヤ。人々の心惑わすダイヤ。数多の欲望を一身に受けてきたダイヤ。
その恐ろしく美しい輝きは、ギャンブルの狂騒に夢中な廃人どもであっても思わず目を向けずにはいられなかった。

フロア中の視線がルーレットテーブルに立つ劉炎嵐に向けられた。

「…ちょっと待て…あれ、清王朝のダイヤか!?」
「ていうか、あれ劉炎嵐じゃねえか!?」
「待て待て待て待て…ってことは、ここでダイヤを巡るドンパチが始まるのか??」

フロア全体の視線を集めた炎嵐は良く響く声で叫んだ。


「てめぇら!これからここは戦場になるぞ!巻き込まれたくなかったらサッサと逃げろ!」


カジノの客の反応は素早いものだった。
全員魔都上海で賭事に興じる裏の者。
特大の危険を理解し、弾かれたように逃げ始めた。
それでもこの場にとどまり争いを目に収めようという酔狂も、いっそダイヤを自分の物にしようという命知らずも数人いたが、炎嵐はそういう馬鹿は無視して血液温度を上げていった。

「マズい!撃て撃て!」

マフィアどもは慌てて一斉射撃を試みた。

「あぁ?…これが傷ついてもいいのかゴラァ!」

炎嵐は清王朝のダイヤを盾にするかのように射線上に突きつけた。
彼自身にはダイヤにそこまでの執着はない。
仮に銃撃でダイヤに傷がついたとて、それまでの話だ。

しかしマフィアどもは違う。
ダイヤの価値を貶めたことが分かれば、落とし前をつけなくてはいけないことは明白。
それどころか魔幇に一生狙われるかもしれない。
マフィアどもは射撃を躊躇った。

その躊躇いは、红虎、劉炎嵐を前には致命的な隙となった。


ズン ズン ズン


あっという間に炎嵐の血液は灼熱の温度となり、身体能力も跳ね上がった。


「舐めてんじゃぁねえぞボケども!!そんなへっぴり腰で俺を討てるか!」


躊躇いを見せるマフィアに対し炎嵐が剛腕を振るう。
銃を手にした男たち三人が壁に叩きつけられた。
続けてナイフを振るう男二人も壁に叩きつけられた。

フルハウス(・・・・・)だぜ!オラオラ!役になりてえ奴はかかってこいや!!」

状態の整った红虎を仕留めるなど、魔人能力もない連中には無理な話。
轟音、爆音、怒声とともに、哀れ全員壁や天井にめり込んだ。

「うし!いっちょ上がり!…客は大体逃げたみたいだし、イラトの本性も明らか。じゃあもうコードに従う義理もねえな。」

炎嵐はきっちりとしたスーツを脱ぎ捨て、いつもの赤シャツをラフに羽織った。

「やっぱりこっちのほうが俺は動きやすいな!…さ~て、イラトのボケには落とし前をつけさせねえとなぁ?」

炎嵐は肉食獣を思わせる獰猛な笑みを見せながらイラトのいるオーナールームに歩を進めた。その軽やかな足取りは、マフィアの集団を片づけた直後とはとても思えない余裕に満ちていた。


(ひ…ひぃぃ!?ははは話がちぎゃう!)


红虎の余裕の進軍。
それをカジノの片隅から怯えた目で見つめる少女がいた。

大戦持A子。

彼女はマフィアの襲撃に紛れて、ようやっと開花した『精神道奇襲術(マインドコマンド)』の【加速】をもって炎嵐からダイヤを奪う目論見であった。


(どどどどうしよう??)


目論見は大きく外れてマフィア連中はあっという間に全滅。
酷く混乱しながら、大戦持A子は嗜好を走らせる。

(あ…でも、あの怖い人、別に悪人ってわけじゃない?…そうだよ!イラトだって、あの人は善人って言ってたじゃん。だ、だったら、必死に頭下げてお願いしたらダイヤ譲ってくれるんじゃない?)

現実逃避か、大戦持A子は随分と自分に甘い展開を妄想し始めた。

(そう…そうだよ…あの人、怒ったらめっちゃ怖いけど、私まだ何もしてない(・・・・・・)し…怒られないでしょ…!)

大戦持A子は、自分に甘い理論武装を完結させた。
そうして意を決して、炎嵐に話しかけようとした。

しかし、声を変えるより早く気配に気が付いた炎嵐がギョロリと振り返り、大戦持A子を視界にとらえた。そうして、捉えた瞬間に怒号がカジノに響き渡った。



「大戦持A子!!てめえ!!こんなところにいやがったか!!!」




「うひぃぃぃ!!?」

大戦持A子にとっては悲劇でしかないが、劉炎嵐は既に完全にキレていた。


■■■


劉炎嵐は、夜死神イラトの依頼を受けるにあたってイラトの組に属する人間を調べ上げていた。当然の様に大戦持A子についても調査している。

大戦持A子は臆病者だった。
やる気なし、自信なし、意気地なし、自堕落な生活をしてきた。

怒られるのが嫌で逃げ続け、でも本当に全部ぶん投げて逃げたら本気で怒られるから半端に逃げる、どこまでも怠惰な臆病者だった。

それは、劉炎嵐という、人間に過剰な期待をする男にとってはまさに地雷。
名門大戦持家に生まれながら特に何もせず怠惰をむさぼるなど、炎嵐には全く理解できない。

理解できないが、そういうやつがいる、ということを炎嵐は理解している。
誰もが理想的に動くなど、それこそ夢想だと理解している。
正しい在り方を押し付けるなど傲慢だと、理解はしている。

だから大戦持A子に対して説教をしたりしない。
だが、それはそれとして怒りを抑えることは出来なかった。

恵まれた環境、眠っているかもしれない才能を、怠惰ひとつで無為にしている大戦持A子に対して、それはもうバチボコにムカついていた。何もしてない(・・・・・・)事自体に腹を立てていた。


ズン ズン ズン
ギリ ギリ ギリ
ミチ ミチ ミチ


必死に罵声が口から飛び出ないように堪えるが、それがかえって無言の圧力、恐怖となり大戦持A子に襲い掛かる。


────殺される。


本当はそんなことはないのだが、大戦持A子は心の底から怯えた。
そうして、大戦持A子は。逃げに逃げてきた臆病者は。


精神道奇襲術(マインドコマンド)』【加速】発動。


この期に及んで迄も、ここではないどこかへ逃げていった。




大戦持A子:逃走




■■■


夜死神のイラトの耳に、部下たちが次々と敗れたとの情報が入る。
大戦持A子に至っては戦う前に逃げだした。
イラトのこざかしい策略は真っ向から破られた。

「畜生…畜生!!どうしてこうなった!?想像より強すぎるだろあの炎馬鹿!」

イラトはカジノのオーナールームに駆けこんだ。
もう炎嵐を討つこともダイヤも諦めた。

彼は貯め込んだ財を持って逃げることにしたのだ。
オーナールームの金庫に手をかけたその時。


「ああ、やっぱりお前も────変わってしまったんだ、な。」


幼い少女の声がイラトの背に投げかけられた。
イラトの背を冷たい汗が流れる。
慌てて振り返ると、想定通りの小さな影。
魔坊童婦(マーボードウフ)、果成 いっぽが佇んでいた。

本来であればある程度の守護がイラトにはあった。
果成 いっぽの接近にも気が付けていただろう。
だが、その守護を炎嵐の討伐に割いてしまったことで果成 いっぽの接近を許してしまった。自業自得の窮地。


「お前は頭が良かったよな。『僕の頭脳で新世界を作る』って言ってたじゃねえかよ…」

「…何を言ってるんだ?てめぇ?」

イラトの冷淡な回答をそのまま受け止め、果成 いっぽは続けた。

「皆みんな、変わっちまった」
「それでも――――それでも、だ」
「忘れてもさ、忘れ尽くして『成って』『果てちまって』もさ」
「生きててくれてればそれでいいとも思ったさ。ああ、思ってたさ」
「でもよ。でもよう――――違うだろう?」
「『こんなの』は違うだろう?■■■■?」

自身の名を告げられたことに驚愕しつつも、夜死神のイラトは余裕を取り戻した。

「お前か…スラム街から『成った』俺たちを狩ってるのは!舐めんじゃねえぞ!てめえみてえな餓鬼に負けるかよ!」

イラトは懐からペンを取り出した。
イラトが魔坊童婦(マーボードウフ)に狙われていてもそこまで慌てないのには理由があった。狙われている状況を利用して劉炎嵐をおびき出す余裕があるのには理由があった。


(馬鹿餓鬼が!!てめえの名は割れてるんだよ!!)


そう。夜死神のイラトは魔坊童婦(マーボードウフ)の名前を知っている。
夜死神のイラトの魔人能力は『死の納刀』。
愛用のペンをもってノートに対象の名を刻むことで、その対象を即死させる能力。

イラトは魔坊童婦(マーボードウフ)の名前を情報屋に依頼して調べ上げていたのだ。

「くたばれ!」

躊躇わずにイラトはノートに目前の餓鬼の名を刻んだ。
張三李四、と。



当然、その名は魔坊童婦(マーボードウフ)の名前ではない。
果成 いっぽではない。

能力が発動しないことに困惑しながら何度も何度も、張三李四とノートに刻むが意味はない。


「…本当に、俺の名前すら忘れてしまったんだな。■■■■?お前が俺の名を覚えていたら、ここで討たれてやっても良かったのにな…」


果成 いっぽの声も耳に入らず、イラトは半狂乱でノートに名を刻み続ける。


(何故??何故発動しない??名前が違う!?馬鹿な!情報屋(・・・)から仕入れた確かなネタだ!裏も十分にとったんだぞ!?)


イラトは諦めきれずに張三李四(名無しの権兵衛)と刻み続ける。



一方、上海某所。
潜伏している電梟(デンシャオ)王双葉(ワン・シャンイェ)

「う~ん、やっぱりイラトのやつはホェンちゃんをがっつり狙うつもりっぽいねぇ。前もって、魔坊童婦(マーボードウフ)についての偽情報を上手くパスしといて正解?」


とっくに詰んでいることも知らずに、無謀にも劉炎嵐と果成 いっぽを敵に回した夜死神のイラトの耳に死刑宣告が迫る。


音が聴こえる。
強烈なギターリフに下支えされた、思わずヘドバンしたくなるようなロックが。
知っている。知っている。こどものころからしっている。どこかで聞いたことがある。

「止めるよ、俺が」

何故聞こえてくるかに意味はない。
ヒーローが怪人に勝つときには勝利のBGMが鳴り響く。それはもはや常識。

「―――――――ッ!!!!」

ビリーが絶望するかのような、
死神のノートを破りつけるような、一度聴いたら忘れられないメロディが脳髄を揺らす。


絶望 ザ ビリー いざ倫理(なんだこれは なんだこれは?)
絶望 ザ ビリー いざ倫理(こんなとこで…僕は正義…世界の人間の希望…)


まっすぐにイラトの腹に蹴りが炸裂する。

そう。
ヒーローに蹴られた怪人は爆発四散する。
それはもはや常識。

爆風とともにイラトは消し飛んだ。
少し悲し気に佇む果成 いっぽの心情を、欠片も理解しないまま夜死神のイラトは、かつての空き地の仲間はまた一人この世から去った。


■■■


一抹の虚しさを帯びながらオーナールーム立ち尽くす果成 いっぽ。
その哀愁を無視するかのように、熱風が吹き荒れた。


「…どういう状況だ?イラトの野郎に落とし前をつけさせようとしたが…とっくに終わってるようだな…」


红虎、劉炎嵐
魔坊童婦、果成 いっぽ


上海大賽に名を連ねる強者二人が対峙した。


劉炎嵐は、果成 いっぽを知っている。
夜死神のイラトを狙い、数多の武闘派マフィアを潰してきた強豪。
今回の依頼を受けるにあたり双葉に徹底的に調べ上げてもらった。
その歪でありながらも真っすぐにヒーローを目指し続ける在り方を知っている。

果成 いっぽは、劉炎嵐を知っている。
あの日の空き地の少年少女を歪めてしまった巨大な欲望。
その象徴ともいえる清王朝のダイヤ持ち。
情報弱者といえる果成 いっぽであっても、その情報は耳にしていた。
ここまで強者をなぎ倒し、上海大賽の優勝候補であることを知っている。


果成 いっぽは、構えをとった。
相手が誰であろうと関係ない。
ダイヤを得ることは、自分たちを歪めた存在を知る一本道だ。
避ける道理はなかった。

劉炎嵐も構えをとった。
無駄な戦いをするタイプではないが、真っすぐな闘志をぶつけられて逃げるほど大人しくはなかった。


特に合図も何も必要なかった。


『THE・炎怒(エンド)』により超高温になった拳と
『Burn new win rock/万有引力』により永遠を約束された拳が轟音を上げて正面衝突する。

ガギン、と。
肉体と肉体がぶつかったとは思えぬ、金属音が響いた。

劉炎嵐と果成 いっぽ。ともに少し驚いたような表情をする。
互いに、自身の渾身の拳を真正面から受け止められるとは思っていなかったのだ。
しかしその感嘆は脇において、互いに即座に次の攻撃を仕掛ける。


「オラァ!」


炎嵐はその長身を生かし大上段から拳を切り下ろした。
彼が身につけし技は劈掛拳(ひかけん)
河北省滄州を発祥地とし、腕全体を上から切り下ろす動作「劈」と下から打ち上げる動作「掛」を組み合わせた遠心と回転を軸とした拳法。

お手本のような美しさの「劈」が果成 いっぽを叩き潰すにかかる。
人間は通常、真上からの攻撃を想定した訓練をしない。

故に、190を超える長身の炎嵐の鉄槌のごとき一撃は、少女と呼んで差支えのない体格である果成 いっぽにはクリティカルに刺さる攻撃であると思われた。

しかし、十字受け。
ズゴンという鈍い衝撃音が部屋全体に響き、果成 いっぽの足元のコンクリにひびが入る。
数多の怪人と、自分よりも強大な相手と戦い続けた果成 いっぽは真上からの攻撃への対策も意識のうちにあった。

果成 いっぽは、攻撃を受けると同時に長身の格闘者が苦手とする、地面すれすれを刈るような水面蹴りを放った。

その幼い体からは想像もできないような、剛、と猛烈な音を立てて放たれた蹴り。
それを炎嵐は何でもないことの様に躱して構えをとった。



普段はどこか余裕を持った表情をする炎嵐が、いつになく真剣な表情をした。
汗が一つ、頬を垂れる間もなく蒸発して塩になった。

常に真っすぐ自分の正義を執行する果成 いっぽが、珍しく相手の出方を待った。
安易に飛び込んでは致命的なミスにつながると肌で理解していた。


ほんの数合の打ち合い。

それだけで劉炎嵐と果成 いっぽは、互いの技量と力量を正しく理解しあい、最大限の警戒をもった構えをとりあったのだ。


(…想像以上に強いな。どんな能力だ?俺の高温をものともしねえとは…)


果成 いっぽの『Burn new win rock/万有引力』は、ヒーローを目指す子供であり続けようと肉体を維持する能力。それは歪な不老不死であり、言い換えるならば肉体をそのままに固定し続ける、限定的な不変能力である。

果成 いっぽは熱さ、痛さを感じはするが、肉体は変質しない。
ヒーローは火になど負けない。
ヒーローは火傷などしない。
武侠飛龍フォン・ゴ・クーが憧れた異星の戦士は
北天の極星ケシロが目指した拳法家は
星影のジョウロウが焦がれた学生服の青年は
剛夢海賊ディルフィが夢想した麦わら帽子の賞金首は

あの日の空き地の少年少女が目指すと決めたヒーローは、火傷なんて負わなかった。
ならば、果成 いっぽが目指し続けるヒーローも、火傷などしない。

少なくとも、果成 いっぽの歪んだ頭脳の中ではそう(・・)認識されている。
魔人能力は強固な認識のなす現実改変。彼女がそう(・・)思うのならばそうなのだ。

だが、高温に耐えたとて体格と馬力の差は歴然。
その歴然とした差を、長年ヒーローであり続けることを目指した果成 いっぽの妄念が埋める。

猛烈な、嵐そのものといってもいいような炎嵐の猛攻を躱し、受け、弾き、ときには逆に一撃を与える。体格の差を無きものとする八面六臂の大奮闘であった。


「――――幸福的结局即将到来(ハッピーエンドがやってくるぜ)


炎嵐の切り下ろしを捌くと、果成 いっぽは重たいボディーブローを劉炎嵐に叩き込んだ。強化された血管の上からでも響く一撃だった。

炎嵐の顔が苦痛に歪む。
それを勝機と見て果成 いっぽは追撃を仕掛けようとした。

だが。
何か嫌なものを感じ、彼女は追撃をやめて距離を取った。
汗が一つ頬を伝う。それは緊張のための汗ではない。
単純に熱いから。室温がどんどんと上がってきているから。


ズン ズン ズン
ギリ ギリ ギリ
ミチ ミチ ミチ


红虎の怒りの音が部屋を占める。
その音が示す怒りの深さと裏腹に、静かに、丁寧に炎嵐は語り始めた。


「…見事だ。体格差をものともしない鍛錬。地獄のような積み重ねが見える。そして何より素晴らしいのは、その地獄を長年、本当に長年繰り返してきたであろうことだ」

炎嵐の表情はどこか穏やかで、敬意に満ちていた。

「鍛え続けて、変わらぬ意思をもって、変わってしまったかつての友を討つ。そんなこと、並の精神ではできない。たった一人で、この魔都上海で、それを為す…あんたみたいな人を、俺は尊敬するし、素晴らしいと思う───」


ズン ズン ズン


「だからこそ!!ムカついて仕方がねぇ!!なんであんたみたいな素晴らしい奴が、たった一人で戦い、傷つき続けなくてはならねぇ!?」


劉炎嵐は、一人で戦い続ける果成 いっぽに、律儀に、本気で怒っていた。
彼女と、彼女を取り巻く世界の冷たさに怒っていた。

「何故誰かに助けを求めなかった?何故誰も手を差し伸べなかった(・・・・・・・・・・・・・・)?ちょっと世界が優しくなるだけで、こうはならなかったんじゃねえのか!!?なぁ!?果成 いっぽ!この白痴(大馬鹿野郎)が!」


自分のために、かつての少年少女ですら忘れた名を呼んで本気で怒る炎嵐に対し、果成 いっぽは不思議なものを見る目で応じた。

余計なお世話だと、彼女は思った。
いまさら何を言っているんだと、彼女は思った。

果成 いっぽは、明確に、劉炎嵐に対して怒りを覚えた。

「…横から綺麗ごとで割り込むな。俺たちのタガを外した醜くデカい抗争の大元のダイヤ持ちが。」

「悪いが割り込ませてもらうぜ。あんたみたいな存在が最強を謳っちゃあ上海はますます歪んじまう。八つ当たりとは百も承知だがぶっ飛ばす!!」

互いは在り方が違いすぎる。
互いの存在を否定しあいながら、戦闘は再開した。


■■■



「ウオラァァ!!舐めんなボケが!!」


怒りをますます深めた炎嵐の猛攻、高熱はさらにさらに上がっていく。
先ほどまでは一進一退であった攻防も、少しずつ果成 いっぽが押され始めた。

(こいつ…さらに出力が?)

それは、それだけ炎嵐の怒りが深く、本物であることを意味していた。
既に炎嵐の能力を理解し始めていた果成 いっぽは、炎嵐の綺麗ごとが本気であると、その拳を通じて理解をした。

『なんであんたみたいな素晴らしい奴が、たった一人で戦い、傷つき続けなくてはならねぇ!?』

この灼熱の大男は、本気でそう思っている。

『何故誰かに助けを求めなかった?何故誰も助けを差し伸べなかった?』

この上海随一の解決屋は、本気で綺麗ごとを叫んでいる。

『ちょっと世界が優しくなるだけで、こうはならなかったんじゃねえのか!!?』

劉炎嵐は、本気で、果成 いっぽとそれを取り巻く世界に怒っている。

理解出来ない在り方であるが、想いが本気の本物であることは果成 いっぽには痛いほど分かった。そうして、果成 いっぽはこう思った。

(このお節介は、こういうことをずっとやってきたんだろうな。誰かのヒーローであったんだろうな。)

思った。思ってしまったのだ。










パリン







軽い、ガラスが割れるような音が響いた。


「…あれ?」


先ほどまで真正面から打ち合うことが出来ていた『Burn new win rock/万有引力』が軋んだ。

『Burn new win rock/万有引力』は、
“ヒーローを目指す子供であり続けよう”とする能力である。
決して、“ヒーローそのものになる”能力ではない。

いつまで経っても発展途上。
目指し続ける、という停滞。
歪んだ現状維持。


────あの日の空き地から踏み出さずに遊び続ける、夕焼け色の不老不死。



ヒーローを目指す存在では、ヒーローそのものには勝てないのだ。
少なくとも、果成 いっぽの認識はそう(・・)であった。

世界が、反転した。

能力が失われたわけではない。
ただ、彼女が勝てないと思ってしまっただけのこと。

そこからは一方的であった。
炎嵐の嵐のごとき猛攻が降り注ぎ、あっという間に痛めつけられる。
見た目だけは能力で維持されたが、骨は何本か折れ、内臓もいくつか損傷した。

「…急にスタミナ切れかオイ!?悪いが遠慮する義理はねぇ!」

そういうと炎嵐は大きく拳を振りかぶると、全力で真正面からぶち抜いた。
劈掛拳とは程遠い、真っすぐな一撃だった。


「締めさせてもらうぜ?『THE・炎怒(エンド)』ォォ!!」


果成 いっぽのボディに無慈悲な一撃が叩き込まれた。
バキバキと音を立て、肋骨が砕けた。
派手な音を立てて少女の体格は吹き飛び、オーナールームの扉を突き破ってスロットマシンに叩き込まれた。スロットマシンは派手に壊れ、コインが果成 いっぽに降り注いだ。



「JACKPOT!!」



果成 いっぽ:戦闘不能






(嗚呼、身体が動かない。)


果成 いっぽは消えゆく意識を必死に繋ぐ。
懸命に立ち上がろうとしたが、それでも指先ひとつ動かなかった。


(でも…負けて当然か…)


諦観が彼女の心を支配し始める。
結局、自分はヒーローを目指すヒーローもどきだ。
あの日の仲間たちを討ち、討ち、討ち続けたが、誰かを助けてきたわけじゃない。

誰に応援されることもなく、顧みられることもなかった。
炎嵐みたいな、背中で誰かを鼓舞できる、応援を受ける、投票があるのならば人気ナンバーワンを取るような奴がヒーローとして相応しいのだろう。

ヒーローを目指す存在ではヒーローに勝てない。
応援一つ貰えぬヒーローもどきでは、頑張ったがここまでだ。


果成 いっぽの意識は、ついに暗闇に落ちていく。
そう思った刹那だった。



「あ…ああ…が…がんばってくだひゃい…立ち上がってくだしゃいぃぃぃ…!」



か細く、酷く弱弱しい応援が彼女の耳に届いた。

言葉の主は逃げたはずの大戦持A子。




精神道奇襲術(マインドコマンド)』【応援】発動。
精神道奇襲術(マインドコマンド)』【激励】発動。
精神道奇襲術(マインドコマンド)』【再動】発動。



出来ぬはずの『精神道奇襲術(マインドコマンド)』が、大戦持A子にとってのヒーローに降り注いだ。



■■■


大戦持A子は臆病者だった。
やる気なし、自信なし、意気地なし、自堕落な生活をしてきた。

怒られるのが嫌で逃げ続け、でも本当に全部ぶん投げて逃げたら本気で怒られるから半端に逃げる、どこまでも怠惰な臆病者だった。

大戦持A子は炎嵐から逃げたものの、本当にバックレたらマフィアに本気で怒られると思い、こっそりとオーナールームに忍び込みイラトへの土下座準備をしていたのだ。

そうして、一部始終を見た。
雇い主であるイラトが死んだのはラッキーだと思った。
なんかやってきた強い少女。

どうも彼女はダイヤ自体には興味が薄いらしい。
彼女がこのまま、炎嵐を倒してくれたら、そのあと全力でお願いしたらダイヤを譲ってくれるかもしれない。そんな打算で、大戦持A子は物陰から果成 いっぽを応援していた。


大戦持A子は戦闘特化魔人同士の本気の戦いを始めて見た。
それは化け物同士の衝突であり、超局地的な災害であり、理解の外にある暴威だった。

自身の『精神道奇襲術(マインドコマンド)』を魔人能力ではなく精神道の技術であると認識しているA子の目には、ぶつかり合う二人が精神道を駆使しているとしか思えなかった。

劉炎嵐は、さながら【魂】、【覚醒】、【鉄壁】を常時展開しているようなスーパーチート野郎。こんなバカみたいな化け物に勝てるはずがないと、見てるだけで大戦持A子の心は改めてバキバキに折れてしまった。本当に、本当に劉炎嵐が怖かった。

そんな化け物と、自分より背が小さな少女が渡り合っている。
魔人同士の戦闘を見慣れた者からすれば肉体の大小は必ずしも強弱に直結しないと理解しているが、大戦持A子からすればその少女は驚嘆すべき在り方をしており…端的に、カッコいいと思った。
大戦持A子は果成 いっぽに【不屈】を見た。

初めは打算による応援だった。
劉炎嵐よりも果成 いっぽの方がマシ、という程度の浅い応援だった。

だが、気が付けば大戦持A子は、手に汗を握り、果成 いっぽを心の底から応援していた。
巨大な灼熱の暴威に真正面から立ち向かう、小さな小さな背中にヒーローを見た。


だから、果成 いっぽが劉炎嵐に吹き飛ばされた時。
自身の存在がばれるとか、ばれたらまた炎嵐に怒られるとか、そういった懸念が心に沸き起こったが、それでも勇気を振り絞って掠れた応援の言葉を口にした。
それは臆病な彼女にとって一世一代の大博奕であった。

それは酷くか細く、弱弱しく、臆病なものであったが…
果成 いっぽの耳に確かに届いた。


その瞬間、何回イメージトレーニングしても、自身の命の危機にすらあっても発動しなかった『精神道奇襲術(マインドコマンド)』が複数発動した。


大戦持A子は、支援型ユニットだったのだ。
自身を戦闘型と見立てて何とかしようとしたイメージトレーニングでは上手くいくはずもない。

誰かを想い、誰かを応援し、誰かに手を差し出すことで(・・・・・・・・・・・・)初めて花開いた『精神道奇襲術(マインドコマンド)』。

その待望の発動を喜ぶ余裕は大戦持A子にはなかった。
ただひたすらに、無我夢中で、果成 いっぽを【応援】し続けた。



(…誰かが…私を、応援してくれている…)



動かぬはずの指が、ピクリと動く。
たった一つの小さな応援が、小さな背を押す。
果成 いっぽの全身に、僅かながら力が巡る。



(今からでも…間に合うのかなぁ?立ち上がっていいのかなあ?)



大戦持A子は果成 いっぽに【不屈】を見たが、不屈とは、倒れないことを意味するのではない。
倒れても、倒れても、倒れても、それでもなお立ち上がる精神を指すのだ。
それこそが【不屈】。

それこそがヒーローの条件。

軋む身体に鞭を打って、果成 いっぽは立ち上がった。
ふらふらと、頼りなく、それでも、彼女は立ち上がった。

晴れやかな気分だった。
あの日の夕暮れの空き地はまだ目の前にあるが…それでも果成 いっぽは、“ヒーローを目指す子供であり続けよう”とすることをやめた。“ヒーローそのものになる”事を目指したのだ。


痛む身体、飛びそうになる意識を必死につなぎとめ、果成 いっぽは朗々と言葉を放った。


「────果成(はてなし)いっぽ。永遠の坊たる魔なる童女、魔坊童婦(マーボードウフ)ではなく…果成 いっぽだ」


その名乗りは何らかの決意を秘めたものであると劉炎嵐は感じた。
何らかの決意、自体は理解できなくても、その心意気に応えないという選択肢は炎嵐にはなかった。


红虎(ホン・フー)────劉炎嵐(リュウ・ホェンラン)



果成 いっぽ:【再動】
大戦持A子:【応援】



■■■


「ウォラアアアアァァ!!」

炎嵐は直線的なヤクザキックを繰り出す。
砲弾のごとき威力のそれは、大型トラックであろうと吹き飛ばす圧力。
とても真正面から受け止められるものではない。


「あああああああ!!!」


果成 いっぽはそれを、全身の骨にひびを入れながら真正面から受け止める。
消耗を考えると長期戦は不利。
大戦持A子のバフがあるうちに全力で、小細工抜きで勝負することに決めたのだ。
ヒーローならばそうするだろうと思ったのだ。


「がんばって…勝ってくだ…くだひゃい!!」

精神道奇襲術(マインドコマンド)』【応援】発動
精神道奇襲術(マインドコマンド)』【激励】発動

使えるようになったばかりの『精神道奇襲術(マインドコマンド)』を必死で大戦持A子は振り絞った。無我夢中で、自身の精神が摩耗し、喉から血が出ることを理解しながら、それでも振り絞った。

三者が三様に全力を尽くす戦場は、苛烈にして至高の争いとなった。
炎嵐の猛攻を前に何度も何度も打ちのめされ、何度も何度も吹き飛ばされたが、果成 いっぽは何度も何度も何度も立ち上がった。
小さな背中に降り注ぐ応援のために、折れずに立ち上がり続けた。

大戦持A子は初めて本気で誰かのために叫んだ。
自身の臆病さも弱さも自覚しながら、それでも叫んだ。
ここで勝利したとて自身が変われるかは分からないが、そんな事はどうでもいいとばかりに叫んだ。

二人の命を燃やすような猛攻は、上海随一の解決屋である红虎、劉炎嵐に確かに届いた。
何発も何発も会心の一撃が炎嵐に刺さった。
鳩尾に、頭蓋に、果成 いっぽの拳と蹴りは確かに届いた。

だが、ああ、だが、だが!

ズン ズン ズン
ズン ズン ズン

その二人に、劉炎嵐は怒りを覚える。
二人の動きと在り方が素晴らしければ素晴らしいほど、劉炎嵐は怒る。

何故もっと早くそれが出来なかったのか。
もう少し早くそれが出来ていたならば、二人を含めて救われるものがもっと多くいたはずなのだ。劉炎嵐は夢想と分かっていても、人間に過剰に期待をしてしまう。

この期待が過剰なものだと本人も理解している。
「なぜもっと早く動かなかった?」などと言っても意味はないし、余計な一言だとちゃんと理解している。だからそんな言葉を吐きはしない。吐きはしないが、怒ることは止められないのだ。


「ドッゴァラァ!!!」


劉炎嵐が思うとおり、もう少し早く二人が今の境地に達していれば。
果成 いっぽが負傷する前に今の状態になっていれば、勝敗の天秤は違っていたかもしれない。しかし、結果として、劉炎嵐の怒りの前に、二人の体力と精神は先に尽きてしまった。


最後まで必死に【応援】をしていた大戦持A子は、発動したばかりの慣れない魔人能力の連続発動により前のめりで意識を失った。


大戦持A子:戦闘不能


大戦持A子が意識を失った数分後、果成 いっぽは今度こそ完全に精魂尽き果てた。『精神道奇襲術(マインドコマンド)』による援護も消え、身体中の骨は悲鳴を上げ、全身の内臓は深刻な痛みを主張した。
ヒーローになろうと在り方を変えたことによる負担は、耐え難い不快感となって果成 いっぽを襲った。

それでも、果成 いっぽは立ち上がった。
もう何もすることが出来ないと分かってなお立ち上がった。

そうして、ブルブルと震える指を炎嵐に突き付けて、しっかりと告げた。


「…今日の…ところは…お前の勝ちだけど…次は負けない…ヒーローは…ヒーローならば!強くなって帰ってくる!絶対に…!」


それは言い聞かせるような、祈りにも似た宣言。


「リターンマッチを予約する…それまで…絶対に負けるなよ…ヒー…ロー……」


最後の言葉を振り絞ると、果成 いっぽは大戦持A子と同じように前のめりに意識を失った。


果成 いっぽ:戦闘不能



「…負けられない理由が増えちまったなぁ」



劉炎嵐:勝利 ダイヤ所持続行




■■■



果成 いっぽと大戦持A子が意識を取り戻したとき、既に上海の街は夕暮れに包まれていた。


「…負けた、かぁ~。ハハ、俺もやり直しだなぁ。」


負けたにもかかわらず爽やかに笑う果成 いっぽ。


「負けちゃいましたねぇ…」


同じく大戦持A子も、爽やかに泣き笑いをしていた。
今までであればダイヤを奪えなかったこと、以前と同じように自分が至らなかったせいで組織に迷惑をかけてしまったことに怯えていただろう。

だが、全力を出し切った大戦持A子は晴れやかな気持ちだった。
まだまだ戦闘は怖いし、正直すぐにでも日本に戻りたいが…それでも、少し変われた気がした。

二人は、自然と、何も言わずに同じ方向に歩き始めた。

「お腹すいたなあ」
「お腹すきましたねえ」

二人は互いに笑いあったあと、果成 いっぽが店を提案した。

「この先の屋台街に鉄板炒飯の良い店があるんだ。特に双蛋(ダブルエッグ)がおすすめなんだけど、どう?」

「いいですねえ。先のことは分かんないですけど…まずはご飯です!!」







果成 いっぽは、ヒーローを目指し続けることをやめた。
改めて彼女は、ヒーロー自体になると決めたのだ。

果成 いっぽの魔人能力、『Burn new win rock/万有引力』はヒーローを目指す能力であり、ヒーローになる能力ではない。
彼女の能力は、あの日の空き地のまま変わらないことを選んだ停滞の不老不死である。
目指し続ける、という終わらないマラソンを自身に課すことを条件に、成長を拒む固定された永遠を付与する能力である。

だから。
その停滞をやめるとき。
その固定を解き放つとき。


【ヒーローになる】というゴール(・・・)に辿り着いたとき。


『Burn new win rock/万有引力』は解除されるだろう。その時、果成 いっぽがどうなるかは誰にも分からない。歪めた時の反動がどの程度襲い来るか、それは誰にも分からないのだ。

もしかしたら、彼女は酷く残酷なツケ(・・)を支払うことになるかもしれない。
ヒーローに成った瞬間に見るも無残な最期を迎えるかもしれない。

今更ヒーローそのものになろうとすることは無意味な自己満足なのかもしれない。
それでも、彼女は一歩進むことに決めたのだ。
停滞するあの夕焼けの空き地から一歩を踏み出すことに決めたのだ。



────それは、明るいゴールも保障されない、果てなし一歩。



それでも、彼女は一歩を踏み出したのだ。
沈みゆく夕陽に照らされる果成 いっぽの横顔は、どこまでも穏やかで勇壮であった。

大戦持A子はその横顔に一つ、『精神道奇襲術(マインドコマンド)』【祝福】を投げたという。





■■■

その日、ヒーローは倒れた

■■■



だが、立ち上がらないとは誰も言っていない。


彼女は酷く残酷なツケ(・・)を支払うことになるかもしれない?
ヒーローに成った瞬間に見るも無残な最期を迎えるかもしれない?

なんてくだらない、臆病な憶測。



嗚呼、ハッピーエンドがやってくる!

足音立てて、やってくる!




記事メニュー
最近更新されたスレッド
ウィキ募集バナー