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ダンゲロスSS上海
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ダンゲロスSS上海

メメント・クレイヴ・マイハート

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dangerousss_shanghai

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上海の路地裏は薄暗く、大通りの喧騒も遠い。
そこに、細身の少女が一人佇んでいた。頭部から犬耳が突き出て、ピコピコと揺れている。
ストレートロングの黒髪を無造作に伸ばし、ジト目で路地の壁をじっと見つめていた。

「おい、どいてくれ。描きかけなんだよそれ」
「おっと、これは失礼」

グラフィティの続きを描きに来たカズマの声を聞いて、少女はひょい、とその場を退いた。

「俺の絵、見てたのかよ?」
「はい。私が立ち止まる程度には見ごたえがありますよ」
「未完成のモン褒められても嬉しくねえよ」

壁に描かれたグラフィティは、あちこちがスカスカで見るからに未完成である。

「いい絵なんですから、もっと目立つところに描かれては?」

そんな無神経な発言に対して、カズマはしかたねーだろ今の上海で見れるところにグラフティアートなんて描いたら速攻で処されるんだから、という事をオブラート3枚ぐらいに包んで伝えた。

「でも消されるまでに見てくれる人はここに描くよりもずっと多いのでは?」
「…いやまあ、そうかもだけど」

歯切れが悪いカズマに対して、少女は斬り込んだ言葉を投げた。

「残らないのが、嫌?」
「…そうかもなあ」

残らないのは、嫌だ。
自分が作ったものがこの世に残らないというのは、なんだか酷く悲しいことのように、カズマは感じた。
それでこんな、誰も見ないところでこそこそとやっているのだろう、とカズマは自嘲した。

「残るモノ、か」

カズマは腐れ縁の友人を思い起こす。
カムパネルラは、この上なくハッキリとこの世に残っているモノであろう。
10年前から、全く変わらぬ姿でジョバンニにくっついている。
カズマの描いたグラフィティは、10年は残るまい。

「…………私も、何か残せますかね」
「?」

何を?とカズマが聞こうとしたときには、少女の姿は無かった。
百年祭の混沌に満ちた上海の路地裏、薄暗く喧騒から遠いソコでの出来事である。


………
…………

がぎぃん!という音を立てて郭亀岩の顔面に吸い込まれるはずだったライフル段が弾かれる。

「四発目~!おじさんのバリア、何発で割れるかな?」
「うるっせえよクソガキ…!」

上海の片隅にある礼拝堂で、郭亀岩は襲撃を受けた。
襲撃犯は二人。ナイフを持った金髪の少年と、姿を見せぬ凄腕の狙撃手。グィエンは知る由もないが、二人の名をカムパネルラとジョバンニという。
『玄武印』は既に四回の致命打を防いでいた。

何食わぬ顔で近付いて奇襲を仕掛けてきたカムパネルラのナイフで一回目。
挟み撃ちする形で撃ち込まれたジョバンニの狙撃で二回目。
狙撃からタオマオを礼拝堂の地下室に逃がすため、盾になって三回目。
屋内に入って狙撃の射線を切ったはずが、恐るべき精度の跳弾が顔面に直撃し四回目。
次の狙撃を防いだら、『玄武印』が残るかはギリギリだ。

普段のグィエンなら『玄武印』を盾に狙撃手のところに突撃するところだが、ここを離れれば眼前のジョバンニがタオマオの逃げ込んだ地下室に突入してしまう。それだけは絶対に防がねばならない。

(正直ヤベェ)
グィエンの頬を冷や汗が伝う。何とか状況を打開するべく、グィエンは口を開いた。
「なあおまえら…ダイヤ狙いか?清王朝のダイヤは劉炎嵐が持ってるって話、聞いてないのかよ?今地下室にいるのはダイヤじゃなくてキュートな女の子だぜ?魔人能力のせいでちょくちょく見間違われるがな」
「ああそういう感じなの?でも…まあ、『そう見える』ってだけでも十分な利用価値はあるし?ってジョバンニが言ってるよ」
「貴様らァ…!」

グィエンが一か八かの突撃を敢行しようとしたその時―

「『死』」
「「「!!」」」

礼拝堂の扉が、崩壊(デスアクメ)した。

「ふむ…この建物に逃げ込んだかと思ったが」
破壊された扉から、漆黒の衣服を纏った男が姿を現す。
「別件で取り込み中だったかな?」
彼の名は、デスアクメマン。



デスアクメマンの乱入より、時間はいくらか遡る。

「タオマオ!狙撃が収まるまでここに隠れてろ!」
「わ、わかったアル!グィエンも気を付けて!」
「ハ!俺が死ぬかよ!」

グィエンはタオマオを地下室に避難させ、一人襲撃者の迎撃に向かった。
(グィエン…)
グィエンは勇ましい言葉をかけてくれたが、襲撃者の手際の良さ、狙撃の精度はタオマオにもわかる。厳しい戦いになるであろうことは、彼女にもわかった。
「…………」
タオマオは祈るように、グィエンから渡された拳銃を握りしめる。
この部屋はどうやら物置か何かであるようだ。なにやら雑然としたものが埃をかぶって積み重なっている。
と、そこから響く声。

「おんや?どちらさま?」
「!!」
咄嗟に拳銃を向けるタオマオだったが、声の主は慌ててそれを制止する。
「わー待って待って!私いまコッソリスニーキングしてるとこだから!銃声鳴らさないでね!」
雑貨の山から這い出してきたのは、藍色の髪の少女。
双喜である。

「あ!グィエンが上海を混乱させてるやつって言ってたやつアル!」
「そうだよー上海の荒らし・賑やかし・混乱の元、双喜だよ!―で、君のそれはどういう能力?場合によっては君を抱えてダブルハピネスキャンペーン第三弾パーティーを開催しようかと思うんだけど」
「私ダイヤじゃないアルよ!」
「私にとっては偽物でもダイヤに見えれば十分なんだよね~!」

両の手をわきわきと動かしながらタオマオに詰め寄る双喜。なかなかに変態的だ。

「ま、待つアルよ!スニーキング中じゃなかったアルか!?」
「優先順位の違い!こんな面白そうな物見つけて放っておけるか!いや、おけない!攫われたくなければもっと面白いものを出せえぃ!具体的には欲望アッピール!」
「様子のおかしい人アル!」

グィエンは現在進行形で大苦戦中だ。タオマオは自力でこの愉快犯ホムンクルスをなんとかせねばならない。

「はいアピールタイム!貴方の欲望を見せてください!さあ!三百億円欲しいとか!世界を平和にしたいとか!家族の復讐をしたいとか!強い奴と殴り合いがしたいとか!ぎぶみーぱっしょーん!」
「いきなり言われてもわかんないアル!」
「何を求め何のために生き何のために殺し何のために足掻くのか!私が知りたいのはそれです!さあ!何が欲しい!いってみろーっ!」
「何が欲しいって言われても…」

激詰めされるタオマオの脳裏に、一人の人物の顔が浮かぶ。
ぴた、と双喜の動きが止まり―

「おやおや~?おやおやおやおやおやおんやぁ~?匂うぞ匂うぞ、欲望の気配だぞ~…これはぁ~…」

にまにまにま~っ、と、双喜の顔に意地悪な笑みが満ちる。
そして。

「ズバリ!恋だね!間違いないねッ!」
「はわーっ!?」

図星!
乙女の秘密を容赦なく見透かされてじたばたするタオマオに、双喜はニヤニヤ笑いをこれでもかと深めながらウザ絡みを敢行する。

「お相手は誰なの?さっきいた護衛のお兄さん?お名前は?関係は?馴れ初めは?デートとかしたの~?」
「あっ、いや、そのっ!」
「先回りして言っておくと私は上海全土の強欲な皆様を愛してるし百年祭のお祭りの一番目立つところで愛を叫ぶつもりだよ!」
「話が早すぎるアル!」
「わははは!私ほど生き急いでいる生き物はそうそういないからね!」

真っ赤になってあわあわと狼狽えるタオマオだが、ひとまず双喜との敵対は避けられた形である。
それはともかくとして、双喜は矢継ぎ早にタオマオへと言葉を投げかける。

「ね!告白はしたの?」
「それは」
「その様子だとしてないね?」
「いや」
「しなきゃだめだよ」

スッ、と双喜の声色が一段低くなった。
「でもっ」
「でも?人間じゃないから?異形だから?受け入れられないのが怖いから?」
「!!!」

酷薄さすら感じさせる熱を帯びた双喜の吐息が、タオマオの頬を撫でた。

「ダメだよ急がなきゃあ!思ってるだけじゃ伝わらないよ?心と心で通じ合うなんて奇跡は起きっこないよ?この物騒な街で万が一にも生涯に悔いが残るようじゃいけないよ?今この瞬間にも手遅れになるかもしれないよ?今すぐにでも思いと秘密を打ち明けなくちゃだよ!?あと私が決定的告白の瞬間を見たい!主に私が見たい!!!」
「あ、いや、その」
「そう!つまり!」
「命短し恋せよ乙女、ですね?」
「そうそれ!って誰?」
「誰アルか!?」

部屋に音もなく立ち入ってきた人物は、長い黒髪を無造作に伸ばしていた。

「初めまして姉さん。三尸といいます」



(…なんか今誰か突っ切って行かなかったか!?)
グィエンはデスアクメマンの乱入に紛れて密かに礼拝堂奥の地下室の扉へと走った三尸を視界の端に捕らえていた。
なんとかして目の前の襲撃者と乱入者を振り切ってタオマオを助けに行かねばならない。

「邪魔だよおじさん!」
カムパネルラの反応は早かった。寸毫の躊躇もなくデスアクメマンの喉首へとナイフを突きこむ。身体能力任せのフェイントも何もない直線的な動きだが、それ故に速い。
並の相手であれば反応すらできず致命傷を負う一撃であったが。

「ふむ」
「―マジで?」
ナイフの切っ先は、デスアクメマンのごつごつとした右手の人差し指と中指に挟み込まれて止まっている。カムパネルラと比較してすら、隔絶しているとしか言いようのない身体能力。

「我が死の恩寵を望むか」
デスアクメマンの残った左手がカムパネルラに伸びる。その動きは戦闘中のそれとはとても思えぬほどに気負いなく、緩慢にすら見える。
だが、それの発散する濃密な―
濃密な、殺気。

(あの手に)
(触られたら)
(死ぬ!)

三人の魔人は、その戦闘経験から同時に悟った。
デスアクメマンの手が触れる寸前、カムパネルラの姿がかき消える。ジョバンニが『銀河鉄道の夜(ハルレヤ・ハルレヤ)』を解除して攻撃を回避させたのだ。
それと同時、デスアクメマンに向かって放たれる拳銃弾とライフル弾。デスアクメマンの危険性を察知したグィエンとジョバンニによる、即興の十字砲火だ。

「『死』」
だが、それもデスアクメマンに傷を与えることは無かった。
デスアクメマンに当たった鉛玉は肉を抉ることなく、体表でぼろぼろと崩れ、勢いを失って落ちた。
『銃弾が死んだ(デスアクメした)。』そう形容するほかない現象であった。

「…どういう能力だよ」
「我が権能は我が身に触れし者に等しく齎される幸福なる死である。人も石木も、我が手の前では等しく幸福なる結末を享受する」

デスアクメマンは、悠然と歩みを進めた。

「諸君らは、我が正義に反する存在と見える。だが、恐れることは無い」

デスアクメマンは、英雄的なまでに堂々と立っている。

「如何なる邪悪にも、等しく幸福を呉れてやろう。随喜の涙を流すが良い」

冷や汗を垂らしながら再度実体化したジョバンニが、グィエンの隣に立った。
「やっばいよこの変態、正直手に負えないかも?おじさんはどう思う?」
「手に負えないというのは同感だなクソガキ、だが俺はおじさんと言われるほどの年じゃねえ」
「こういう状況どういうんだっけ?レンコンシュート?呉越同舟!ジョバンニは賢いなあ」
「一時休戦か。通信の向こうの狙撃手殿も同意してくれてるか?」
「おっけーだって~」

こうして急造の対デスアクメマン同盟が成立した。隣に立つ味方同士が、猜疑心の入り混じった視線を交わす。

「よーしクソガキ、俺の能力を貸してやる。10秒稼いでくれりゃとっておきの隠し玉を喰らわせてやるぜ」
「このバリア即死も防げるの~?というか僕が前に立つ感じ?」
「『玄武印』を舐めんなよ、物理攻撃はもちろん、熱冷気電撃に精神干渉、拘束までシャットアウトできる優れものさ。それよりも狙撃手殿に俺を誤射しないように気を付けるように言ってくれ」
「ジョバンニの腕前を疑われちゃ心外だね~。15年組んでるけど、誤射されたことは一度もないよ?」
「15年って。おまえ胎児のころからナイフ握ってたのか?」
「そうだと言ったら?」
「いかれてるな」
「心外だなあ」

『玄武印』を付与されたカムパネルラがナイフを握り直し、グィエンが拳銃を構え、ジョバンニが銃器の再装填を済ませた。デスアクメマンは悠然と歩を進める。

「末期の言葉は決めたか?」
「こっちの台詞かな?変態さん」
「珍しく意見が合ったな、クソガキ」

三者の足が、強く礼拝堂の床を蹴り―

カムパネルラとグィエンは踵を返してデスアクメマンから逃げ出した。

「オイコラクソガキ何逃げてるんだテメエ!」
「あんな奴と真面目に戦ってやるわけないじゃんバーカ!おじさんこそ何逃げてんの!」
「俺は一刻も早くタオマオの安否を確かめなきゃいけねえんだよ!こんな変態にかかずらってる暇はないんだ!」
「ダイヤっ子はボクたちがもらうよーだ!」

対デスアクメマン同盟は脆くも崩壊した。時を同じくしてグィエンが『玄武印』を自身にかけ直し、窓からジョバンニの放ったグレネード弾が飛び込み、床で弾けて白煙を撒き散らす。目くらましのスモークだ。

「どけぇ!」
「どけーっ!」
地下室に向けて並走しながら、グィエンの八極拳とジョバンニの蹴りが交差する。共通の目標へ走る両者の熾烈な足の引っ張り合いだ!

「もぎゃ!」
競り勝ったのはグィエン。『玄武印』のスーパーアーマーと体格差にものを言わせてジョバンニを弾き飛ばす。
だが転倒したジョバンニの姿がかき消えたかと思うと、次の瞬間にはバランスを建て直した姿で再出現する。ジョバンニの『銀河鉄道の夜(ハルレヤ・ハルレヤ)』の瞬間解除と再発動による支援だ!

「しつこいぞクソガキィ!」
「こっちの台詞だよおじさん!」
「………………」
ぎゃいのぎゃいのと罵り合い殴り合いながら廊下を走り去る2人を、スモークの白煙に包まれたデスアクメマンは無言で見送った。
「逃げるか。だが悪が我が正義より逃れ得る道理無し」
そして、ゆっくりと歩みを再開した。



デスアクメマン乱入直後まで、時間は遡る。

「いもうと?妹アルか?」
音もなく現れた三尸を見て、タオマオは目を丸くしながら交互に双喜と三尸を見比べた。
言われてみれば似ているような気がしなくもないが、そもそも双喜の身元に関してはタオマオも聞いている。
妹などという存在があり得るのか?

「………………………………」
当事者の双喜はじっと、三尸を見つめて―

「………あ~そういう感じね完全に理解した!」
「流石姉さん。話が早い」
「どこ制?」
「ガワは姉さんと同じ。中身は魔幇の研究所で偶発的に」
「あと何日くらい?」
「早ければ夜明けには」
「目的は?」
「姉さんに会いに」
「よっしゃ来い」

双喜は大きく両手を広げ、胸に飛び込んできた妹を「ぎゅっ」と抱きしめた。
姉妹の抱擁である。

「………知り合いアルか?」
「いんや初対面」
「初対面アルか?」
「私の察しの良さを舐めるなよ?これでも人間とはちょっと違う脳味噌を持ってるの」
「初対面でも関係性としては重大極まる仲ですが」
「ま、この世に恐らく二人きりの同族だからねー」
「二人きりアルか!?」
「うん。たぶんね」
「………………………………」

タオマオは眼前の人外たちが極めて限られた同胞しかいない生命であることに驚き―
そして同時に、ある感情を抱いた。

・・・・・(二人はいる)アルか」

魔幇に人間を辞めさせられた自分の同族は、この世に一人もいないのに。
この傍迷惑な生き物にはいるのか。
そんな思考がタオマオの脳裏をよぎり―

「では姉さん―戦りましょうか」
「応とも!全霊でぶつかろうぜ妹よ!」
「え゛っ」
物騒極まる姉妹の会話で中断された。

「いやあのその、なにの御相談をしているか教えていただいてもいいアルか?」
「私と姉さんで殴り合いをしようかと」
「魔人らしくね!拳は口以上にものを言いってわけよ」
「蛮族アル」

タオマオ、本音が漏れた。

「ひどいこというじゃーん」
「心外ですね」
「いや、まあ、とくに関係ないところで喧嘩してくれるなら構わないアルが…」
「?」
「?」

双喜と三尸が、揃って「なにいってるんだこの子」的な顔をした。

「えっ何アルかその顔」
「何って」
「この状況で君の争奪戦以外のルールでのバトルとかやるぅ?」
「!!」

タオマオはにげだした!
しかしまわりこまれてしまった!

「ぎゃーっ!グィエンたすけてアルー!」
「ふはははは!恋愛沙汰を煽って遊ぼうと思ってたけど思わぬ妹来訪につき予定変更!ダブル・ハピネス・キャンペーン特別編!スーパード派手に!ダイヤガール争奪戦開幕だー!」
「では私も全霊で参りましょう。最高の一夜にしましょうね!」
「放すアルよー!」
「参りましょう!いざ上海の街へ―」
「のりこめー!」

米俵のようにタオマオを担ぎ上げた双喜が、妹を伴って地下室を飛び出した!
ちょうどグィエンとカムパネルラが並んで地下室に到達しようかという瞬間であった。

「あ!」
「おお」
「は!?」
「何ィ!?」
「たすぐぇ!」

双喜の動きは機敏だった。カムパネルラやグィエンが状況を呑み込むよりも早く身体強化能力を乗せた速度で窓をぶち破り、するすると礼拝堂の屋根によじ登る。僅かに遅れて三尸も続く。
そして大空の下、思い切り大声で。

「ダブル・ハピネス・キャンペーン特別編!御覧の通り説明不要―」
「ダ!」
「イ!」
「ヤ!」
「だぞーっ!!!!」
「ダイヤですよー!」

「なっ、ばっ」
これにたまげたのはグィエンである。
タオマオが人目に触れないようにと頑張って来たのに、訳の分からぬ事態だ。
様々な感情が内側で渦巻き、ぶるぶると震えてから―

「タオマオを離しやがれェ!!」
怒りと共に、吶喊。凄まじい勢いで屋根まで駆け上がり、かつてない力の込められた拳を振り上げる。
と、そこへ。

「ヒャッハー!ダイヤだー!」
「ヒャッハー!ホムンクルスだー!」
「ヒャッハー!ダブルゲットチャンスだー!」

早くも双喜の大声に釣られて集まる、魔都上海の魔人たち!光に惹かれる蛾のように、わらわらと礼拝堂に殺到!

「爆釣だー!」
「来ましたね!」
「退けぇぇぇぇッ!!!」

かつてない怒りの籠ったグィエンの八極拳が、乱入者を打ち据える。
タオマオを担ぎながらも双喜はぴょいぴょいと跳ね、群がる魔人たちを蹴り倒す。
そして三尸は―

「あいつはなんだ!」
「わからんがやっちま、が、あがあががががが」

群がる魔人の一人に三尸の手が触れたかと思うと、突如として悶え苦しみだし―

「がびゅっ」
その頭蓋を食い破って、人間と変わらぬ大きさの大百足が姿を現した。
「おお、流石にダイヤが目の前にあると立派ですね」
うぞうぞと蠢く大百足に笑みを向ける三尸。これぞ『欲病胎蔵回路』。
寄生虫のように人間を内側から操ることも可能だが、ダイヤに目が眩んだ人間に対して加減無しで使えばこの通り、極めて残虐な内部破壊能力と化す。

「私は素体の関係で姉さんほどのフィジカルはありませんのでね!搦手で行かせてもらいますよ!というわけでGO!」
「望むところだばっちこーい!」
「何してんだが知らんがタオマオを放しやがれ!」
「わーお私にフォーカスあつまってるぅ!」

三尸の差し向ける大百足と怒れるグィエンの八極拳が双喜に迫る。
下段を狙う大百足の顎を跳躍回避し、グィエンの拳をスウェーで躱す。やはり『欲心流路』はこの上海の街と最高に相性が良い能力と言える。驚嘆すべき身体能力。
だがそれをもってしても、反撃に移る隙が無い。

「うおーわりと人間一人抱えながら戦うのってきつーい!」
「ぐぃえんたずげで…」

双喜の無茶な高速機動で振り回されたタオマオは既にぐったりとしている。
それを見たグィエンの怒りがさらに高まると同時であった。

「ヘイパス!」
「む!」
「テメッ…」

双喜がタオマオをバスケットボールのように三尸に向けて放り投げた。乱暴極まる扱いである。キャッチする三尸。

「ダイヤガールはあっちだよー!」
「うわ姉さん!かわいい妹を囮扱いですか?」
「タオマオをぞんざいに扱いやがって!貴様は後で殺す!」
そう言いつつもグィエンがタオマオの救出を優先しようとした時である。

「ほばああああああああ!」
「あへええええええええ!」
ダイヤを目掛けて殺到していた上海の魔人たちの中から、異様な悲鳴が上がった。

振り向けばそこには、全身のありとあらゆる穴という穴から体液を垂れ流し、恍惚の表情で固まった死体。
それを投げ捨てる、黒衣の男。

「斯様に邪悪の徒が群がるとは。嘆かわしいことよ。然れども我が恩寵に例外なし」
デスアクメマンが、礼拝堂の屋根の上に姿を現した。



あっという間に近隣の喧嘩っ早い魔人たちが大集合の大騒ぎとなった礼拝堂の中心から少し離れたところで、ドサクサ紛れに襲い掛かって来る魔人を返り討ちにしながらカムパネルラはぼやいた。
「わあ~。あっという間に大混戦だねジョバンニ。どうする?僕らも突っ込む?あの即死させてくる変態に構わないですたこらさっさっていうのもアリだと思うけど」
「………………」
「ジョバンニ?」
「………………」
「ジョバンニ~?」
300m離れた雑居ビルの窓から狙うジョバンニは、狙撃銃のスコープ越しに一点を凝視したまま動かない。
目を大きく見開いて、硬直している。
ややあって、口を開いた。

「…カムパネルラ?」
「はいは~いなんでしょ~?」
「…カムパネルラ」
「二回言わなくても聞こえてるよ~!」
「あそこで担がれている奴が、()に見える?」
「ダイヤ!」
カムパネルラは即答した。実際そう見えている。グィエンの口ぶりから、屋根上で奪い合いの対象になっているのがそういう能力を持った魔人だとは把握しているが、それはそれとしてどう見えるかと言われたらダイヤに見える。

「…そうか」
「ジョバンニ?何に見えてるの?」
「殺すぞ」
「え?」

ジョバンニは激怒していた。
カムパネルラから見るとなんでかはわからないが―いやなんとなくわかる気もするが―とにかく激怒していた。

「あの・・(偽物)をブチ殺す。グレネード撃ち込むから同時に突っ込め」
「ええ!?殺しちゃうのぉ!?」
「五月蠅い!!とにかく殺すぞ!あんなモノ許せるわけねえだろうが!!」
「うわあ!なんかわからないけどジョバンニがブチ切れたー!言われたとおりにするけどー!」

ジョバンニはグレネードランチャーを発砲すると、突撃するカムパネルラを見送るのもそこそこに新たな銃を取り出した。
その血走った視界には、一人の男の姿が映っている。そう見えている。

「ブッ消えろォ!」

ジョバンニが取り出したのは、大口径の重機関銃だ。本来ならば防御陣地や装甲車に据え付けて使う物を、魔人の腕力で強引に狙いをつけて―
大破壊を、礼拝堂に群がる魔人たちに向かって撒き散らした。



「うひょわーーー!ド派手になってきたぁ!」
歓喜の声を上げる双喜の随分と好みな、大騒ぎの混沌に礼拝堂は包まれた。
ダイヤと双喜の二つのお宝に血相を変えて殺到する魔都の魔人たち。
タオマオを抱えたまま両手足の指を超えた数になりつつある巨蟲群を操る三尸。
額に青筋を立てながら巨蟲や魔人たちを千切っては投げ、タオマオに向けて走るグィエン。
手当たり次第にナイフを振るって道を切り開こうとするカムパネルラ。
近付く者を区別なく即死させるデスアクメマン。
そして殺気満点で襲い掛かる、ジョバンニによる大口径機関銃の乱射。

あらゆる思惑が入り混じる大混乱の中にも、だんだんと流れが生まれて来る。
ある一点から離れ、ある一点に集まる流れが。

「『死』」
「あへええええええ!」
「『死』」
「お゛ほおおおおお!」
「『死』」
「ほべええええええ!」
最大のキルスコアを重ねるのは、デスアクメマン。
有機無機を問わぬ、接触即死の絶対法則。襲い掛かった無謀が辿る末路は常に一つだ。

「何故逃げる?我が恩寵は地上に二つと無き至高の悦楽。拝して受け取るが良い」
悠然とした態度を崩さぬまま、死を振り撒き続けるデスアクメマンの周囲からは自然と群衆が離れ、そして一か所へと殺到してゆく。

「これはこれは、流石は清王朝のダイヤモンド。凄まじい人気ですね」
タオマオを抱えた三尸の元には、続々と魔人たちが殺到する。堅い外骨格の巨大甲虫に隠れてジョバンニの機関銃が吐き出す弾幕を避けながら、三尸は巨蟲たちの指揮を執る。
「あぎゃああああああ!」
ダイヤを狙うチンピラが巨大蜻蛉に頭上から奇襲されて頭を丸齧りされる。
「ひぎゃああああああ!」
弾幕を避けて匍匐前進する解決屋が巨大蟻にはらわたを貪られる。
「あばばばばばばばーっ!」
脊髄に潜り込んだハリガネムシに操られたマフィアが、仲間に向けて拳銃を乱射する。
『欲病胎蔵回路』による手加減無しの大暴れはデスアクメマンのそれに勝るとも劣らない残虐さであるが、ダイヤを前にしてその程度で怯む魔都の業突く張りどもではない。

「行くぞー妹よー!」
「タオマオ!を!離せッ!」
「いやーぼくは恨みはないんだけどなんかジョバンニは恨みがあるらしくてさー!恨むならジョバンニにしてねー!」

3人の魔人が、巨蟲の群れを突破!
「ふむ、3対1は厳しい。のでっ」
ぽい、と三尸はタオマオを放り投げた。

「ぬおおお!」「隙あり!」
グィエンが恐ろしい反応速度で飛びつき確保。流石の執心である。
そこに付き込まれる、カムパネルラのナイフ。今の彼の最優先目標はタオマオだ。護衛対象の安全を最優先したグィエンの無防備な背中にナイフが突き立てられ、『玄武印』の守りを揺らす。

それと同時、能力で猛加速した双喜が三尸が盾にした甲虫に着弾。
機関銃弾を弾き返し続けていた外骨格がぐしゃ!とアルミ缶のように潰れる。

「わお。正面からの殴り合いでは流石に分が悪いですね」
「ふふ!姉妹のスキンシップはお望みでないかな…っとぉ!」

双喜の肘鉄が背後から襲い掛かる巨大ハンミョウを弾き飛ばしたのを皮切りに、巨大昆虫の群れと『欲病胎蔵回路』に操られた魔人たちが双喜に殺到する。

「うっひゃあ!随分と大所帯だねえ!」
「『蟲』は私の手足のようなものですから。姉妹のスキンシップと思ってくださいね。姉さん」
「望むところだー!私の胸に飛び込んでこーい!」

ノリノリで向かい合う姉妹の間を、「うおおおおお!」と叫びながらタオマオを抱えたグィエンが通過した。その直後に着弾するジョバンニのグレネード。爆炎に阻まれて姉妹は距離を離さざるを得ない。
「ちょっとおじさーん。いいところなんだから空気読んでよ」
「水を差さないでほしいものですね」
「何もかもを巻き込んでどんちゃん騒ぎしてるのは貴様らだろうがァ!!!」
「逃がさないよおじさん!」

もっともなツッコミを行うグィエンに、続けてカムパネルラも姉妹の間に割って入る。姉妹の間で始まる、八極拳とナイフの鍔迫り合い。

「まあいいか行くぞー!」
「やっちゃいましょうか!」
「ぬおおおおおお!タオマオは誰にも渡さんぞ!」
「恨みはないけど、殺っちゃうよー!」

グィエンとカムパネルラの闘いも構わず、喜色満面での姉妹喧嘩が始まろうとした時である。

「『死』」
ばごん、と足場になっていた礼拝堂の屋根全てが崩壊(デスアクメ)した。

「邪悪の徒。一人として逃がす道理無し」
デスアクメマンとて、この程度の攻撃で敵が死ぬとは思っていない。足止めに過ぎない。
だが。

屋根上で格闘していた4人の魔人の内、最も外部への警戒が疎かになってしまっていた一人。
姉との交流の高揚と蟲の並行多数操作に意識を奪われていた三尸は、崩れた足場でバランスを崩した。
そして、倒れ込んだ先がグィエンを狙っていたジョバンニの狙撃の射線であった。

「あっ」
余りにもあっけなく、三尸の心臓を銃弾が貫いた。
「………!!」
双喜の反応は素早かった。猛然と加速すると、妹を横抱きにして一瞬のうちに戦場を離脱した。

「ふーん?邪魔が減ったかな?」
「このまま全員解散ってことになったりしねえか?」
「我が恩寵を拒み、苦しんで死ぬか。憐れなり。せめて貴様らは我が恩寵で逝くがよい」
「「知るかバーカ!」」

双喜を無視して、魔人たちの闘いは続く。


教会の裏手で、双喜は三尸を横たえた。

「ダメそう?」
「ダメですね…あっけないものです」
「そっかー…」

元より三尸は不安定な存在だ。風穴をあけられてまだ生きられるほどタフではない。
双喜はそっと隣に腰かけた。
そして、小さな声で最後の会話を始めた。

「うまく…いきませんね。もっと劇的な最期にして、姉さんの記憶に…しっかり残りたかったものですが」
「私も忘れるほど長く生きるつもりはないし、大丈夫だよ」
「そうでしたか」
「でも、見送るのは少し寂しいかも…かも?」
「迷惑でしたか?」
「ぜーんぜん。私も行き当たりばったりだしね。それよりも、どうだった?人生は」
「夢のよう、でしたね」
「儚いところが?」
「名残惜しいところが」
「そう。」
「姉さんは…どうでしたか?私は」
「そりゃあもう。会えてうれしかったよ」
「大した欲もない、つまらない生き物でしたが」
「それはまあ、私も似たようなものだし。他人の欲を見たいって、主体性に欠けた生き物なんだよ私たちは。それでいいの。」
「私は…」
「なに?」
「私は…………今になって、命が惜しい。もっと姉さんと話したかった」
「私もだよ。もっと妹と話したかった」

双喜は、冷たくなりつつある三尸の手をそっと握った。

「もっと…………話したい。喧嘩したい。触れ合いたい。仲良くして…普通の姉妹みたいに…この街を一緒に歩いて…たくさんの人に喝采を送りたい…………」
「うん、私もだよ。」
「でも…叶わない。私達には時間が足りない。この命は、欲望を叶えるには短すぎる」
「うん」
「だから…こそ!」

三尸は、姉の手を強く握り返した。

・・・・・(だからこそ)、この胸を焦がす欲望には価値があると…!私は、そう思いたい…!叶わないから、強く…!強く!焦がれているから…!そうであることを、私達は肯定するのです…!そうですよね!?」
「うん。その通り。・・・・・・(叶わないから)、一層強く…強く焦がれるんだよ。わたしはそれを…美しいと思う。叶わぬことに夢を見るこの街を、愛している」

ギャラハッド・ソネットが言うには、清王朝のダイヤは存在しないのだという。
今まさに礼拝堂では、偽物のダイヤを巡って血みどろの戦いが繰り広げられている。

その徒労を、双喜は笑わない。美しいとすら思う。愛している。

「私は…叶わぬ夢を見る人が、その欲望が、好きだよ。」
「じゃあ…私も?」
「勿論。大好きだよ。妹よ」
「私もだよ…姉さん…………さよなら。」
「さようならだね…………私のたった一人の家族」

三尸はゆっくりと目を閉じて―
直ぐにぼろぼろと崩壊して、塵になった。
その内から這い出た小さな百足だけが一匹残って、双喜の掌の上で所在なげに触角を揺らしている。
遺品というにも、ささやかな物である。当然三尸の意識の欠片も残っているわけではない。
それを、双喜はそっと袖に仕舞った。

「…………うん」
双喜は立ち上がった。
「やるか」



「「どわーーーーーーッ!!」」
グィエンとカムパネルラは、二人で逃げ回っていた。

「さて。残り四人。我が恩寵を受ける時である」
デスアクメマンの手によって、群がっていた魔人たちは壊滅し、礼拝堂も半壊していた。もはや残っているのはグィエン、タオマオ、カムパネルラ、ジョバンニの4人だけである。

「ぬぐぐぐぐぐ…!」
グィエンは必死で退路を探す。デスアクメマンだけならば自分が死んででも殿となってタオマオを逃がすところだが、カムパネルラとジョバンニも、執拗にタオマオを狙い続けている。率直に言って四面楚歌であり、ここまでタオマオを守り切っただけでも賞賛に値する。

「ねえーっジョバンニ!?マジで撤退しない!?しないの!?あの変態ヤバすぎるよ!」
カムパネルラもかなり大変だった。普段は身体能力とセンスに任せたゴリ押しをしがちのカムパネルラであるが、流石に触れれば即死しかねない相手に対しては無茶な突撃をするわけにもいかない。結果としてグィエンへの攻撃も鈍くなり、標的を仕留め切れぬ。

「グギギギ…!」
ジョバンニも膠着状況に歯軋りを抑えられない。自分の我儘にカムパネルラを付き合わせていることは百も承知である。それで仕留め切れないとなれば苛立ちも募る。やけくそ気味に撃ち込んだグレネードは弾切れで、デスアクメマンに効く見込みのない狙撃しかできない。

そこに、ふらりと。
双喜は何の気負いもなく現れた。
「おーいダイヤのおじょうちゃーん。タオマオちゃんだっけ?」
「「「「!!」」」」

突然の乱入者に、場の注目が一挙に集まる。

「な、なにアルか」
振り回されてグロッキーになっていたタオマオも、名前を呼ばれて反応した。
「はよそのおじさんに告れ。好きなんだから」
「ほわっっ!?!?」
「え?どゆこと?」
「グィエンは何も聞いてない!何も聞いてないアルよ!!」
「お、おう!わかった!何も聞いてない!」
「告れー。愛の告白をしろー」
「に゛ゃーっ!!!」

「「「…………」」」
いきなり目の前で繰り広げられるラブコメに、渋い表情で固まる他三人―いや、カムパネルラの視線は双喜に向いている。
そして、いつになく真面目な表情で口を開いた。
「ホムンクルスの君。似た者同士として言ってくけども」
「はいはい。素直に聞きますよ」
「この世を生きる人間に生きた証を刻むことは、僕らのような死者にとってはとても喜ばしいことだよ。おめでとう」
「…………いやー思った以上に照れますね」
困ったような、はにかんだような表情で双喜は微笑んだ。そこへ。

「『死』」
双喜を狙ったデスアクメマンの一撃が空を切り、すでに崩壊しつつある礼拝堂の床を粉微塵に砕いた。
「うわお!空気が読めない人だ!」
「非常識は貴様らである。混沌を招き、狂乱を望む邪悪ども。だが我は赦す。幸福なる死の恩寵を以て貴様らの罪を濯ぐことが、我が正義なれば」
「正義~?」

双喜はデスアクメマンの言に対して、表情を変える。
片眉を吊り上げて、口元を緩めて―

「つまらないやつ」

思い切り、嘲弄した。

「我が正義を愚弄するか!」
悠然としていたデスアクメマンの表情が、初めて変わる。怒りの色。
「うん!愚弄する~!お前ここに集まったやつで一番つまらない!その有様で口を開いて出てくる言葉が正義って!道化にしても三流じゃない?」
「ならば死ぬが良い!我が恩寵で昇天せよ!」
双喜とデスアクメマンが、衝突する。

「…………」
ジョバンニは、双喜とデスアクメマンの戦いではなくタオマオに狙いを向けた。デスアクメマンの注意がそれた今ならば、そちらにとどめを刺すことができる。
「ジョバンニ。」
「殺るぞ。俺があんな物は認められん」
狙撃が放たれようとしたその時。

「かーしてっ」
「なっ…」
タオマオを狙っていた銃口は、強引に逸らされた。
300mを一息で跳躍してジョバンニの狙撃スポットに取り付いた双喜が、ひょい、と狙撃銃を強奪したのだ。
ジョバンニが対応する間もなく、双喜は狙撃銃を持ったまま超速でカッ飛んで、再度礼拝堂でデスアクメマンに相対した。

「無意味である。我が恩寵に銃弾など効かぬ」
「やってみなきゃわからんでしょうが!」
双喜は銃を構え―
ずに、恐るべきスピードで接近し、逆さに持った狙撃銃のストックでデスアクメマンの側頭部をぶん殴った。

「ガッ…!」
ここまで無傷だったデスアクメマンがたたらを踏んで後退る!
「おの、れ!」
「はっは!やっぱり!お前の能力は触れた者に無差別に働く力じゃない!それじゃあ地面にも立てないもんね!素早く反応して迎撃してるだけ!そのスピードを上回れなぶん殴れる!」
「ヌウウウウウウ!!!」
銃弾をも凌駕するスピードこそが、デスアクメマンを倒すための第一の条件だ。
それを実現する、双喜の速度!

「おのれ!おのれ!速過ぎる!なぜそうも速い!」
「答えよう!我が心臓に刻まれた、たった一人の同胞の遺した叫びあればこそ!」
三尸の遺した思い。その強欲。叶わぬ願いこそが、『欲心流路』を駆動させる。
これまでにない超出力となって、デスアクメマンを凌駕する!
遂に放物線を描いて、デスアクメマンが吹き飛んだ!

「ガアアアアアッ!!在り得ぬ!在ってはならぬ!我が正義が押されるなどッ!!」
「受けろ!この世に刻まれた強欲の叫びをっ!」
瓦礫を撥ね飛ばしながら起き上がるデスアクメマンに、双喜が肉薄。猛烈な勢いを乗せた、カチあげるアッパーカット!
―だが!

「『死』!ねえええええッ!」
デスアクメマンの全身から、放たれる異様な波動!『デスアクメパワー』の全方位放射!
敵対者どころか足場すら崩れ去らせる、隙間なき死の奔流!接触は不可能!
双喜はそれに頭から突っ込み―

『玄武印』がそれを守った。

「さっきから人を見れば邪悪だなんだのと」
密かに双喜に助太刀したグィエンが、デスアクメマンに言い放つ。
「俺たちが何を求めようが、俺達の勝手だろうが!少なくとも俺はタオマオが好きだ!その正体が何だろうが!上海の混乱の火種だろうが!俺がその気持ちを曲げるつもりはねえ!すっこんでろ!」
「き、さま…!」

デスアクメマンが何かを言い返すよりも早く、双喜の拳がめり込み。

「ギャアアアアアアアアアアア!!!!」

デスアクメマンは夜空に高々と吹き飛ばされた。
―が!

「ガァアアアアアアアアアア!最早知らぬ!邪悪!邪悪!邪悪ども!死ね!死ね!全て死ねい!」
ばぢぢぢぢぢ!と異様な音を立てて、上空に跳ね上げられたデスアクメマンが青白い燐光を発している。
全身から超出力で放たれる『デスアクメパワー』により、触れた空気分子がデスアクメ(電離)し、プラズマ化しているのだ!
「コのマま地球の核までもグり!この星全テをデスアクメ(死悪滅)!してクれル!!死ネ!死ね!世を乱ス邪悪ドも!!!正義の名のもトに!!根こそギ死ねエエエエエエエッ!!!!!!」

デスアクメマンは、死の凶星と化した。
彼が大地に着弾すれば、宣言通り地球全てが死滅してしまうだろう。
何者も触れられぬ、滅びの星。
だが。

「それは―」
双喜は、言い放つ。
「正義じゃない。ただの我欲だよ。その証拠に―」

「ギぃッ!ギィィィィィ!!」
デスアクメマンが、上空で痙攣している。明らかな異常。

「その欲を喰って、我が妹の『蟲』が今まさに育っているところだからね!」

「あがばばばっばばばばばばーーーッ!!」
最早デスアクメマンの内側から何かが這い出そうとしているのが、どこからでも見て取れた。双喜が打撃と同時にデスアクメマンの内に叩き込んだ、三尸の遺した小さな百足が姿を変えつつあるのだ。
その心中にある物が正義などではなく、欲望であることは最早明らかだった。

「ギャアアアアアアアアアアア!!!!」
デスアクメマンを決定的に食い殺し、死の星を食い破って、『蟲』が羽化する。

三尸とは、元は道教思想における伝承上の虫である。
人間の体内に巣食い、60日に一度、宿主が寝静まった隙に抜け出して、宿主の罪悪を天帝に告げるのだという。
天上に飛び立ってゆく『蟲』は、誰の生涯を告げに征くのだろうか。
魔人たちは、その飛翔を見送った。


……
………

「返す!」
「壊れてんじゃねえか!」
双喜がデスアクメマンをぶん殴るのに使ったジョバンニの狙撃銃は、完全にぶっ壊れていた。当然である。

「じゃ!私は行くから!タオマオちゃんはとっとと告るんだぞ!バイバーイ!」
「待てやあアアアア!!」
ジョバンニの抗議を黙殺して、双喜は嵐のように去っていった。
ジョバンニはひとしきり空に向けて暴言を吐いた後、もはや全壊した礼拝堂へと意識を向ける。
「…カムパネルラ!本命の目標だ。ぶっ殺さなきゃ気が済まねえ…!」
「ジョバンニー。もうやめようよ」
「うるせえ…!」
「ダイヤっ子が僕に見えてるんだろ」
「…………」
「『ジョバンニと同い年の僕』が見えてるんだろ。違う?」
「違う…俺の望みは…そうじゃない…」
「僕はジョバンニが何を望んでも構わないけど」

カムパネルラは、告げる。

「彼女を殺しても、ジョバンニの気持ちは晴れないと思うよ」
「…………」
ジョバンニは、しばらく考えて―



グィエンは、その言伝をカムパネルラから聞いた。
「次『その面』で俺の前に現れたら今度こそ殺す。だってさ。じゃあねおじさん。僕も二度と会わないことを祈ってるよ」
「俺も…二度と会いたくねえよクソガキ」
去っていくカムパネルラを見送ったグィエンは、その場に座り込んだ。

「…………ふーっ…疲れた…」
「…………」
タオマオは頬を赤らめて、気まずそうにちょこんと座っている。その顔を見ただけで、グィエンは(命を懸けて守ってよかった)と、そう思った。

「グィエン…さっき…好きって…」
「偽らざる本音だ。返事は急がなくて構わねえよ。ゴタゴタが済んでからにしようや…今日は疲れた…」
「うん…でも、私…」
「隠し事は構わねえ」

グィエンは、タオマオの発言を遮った。

「お前の正体が何だろうと、腹の内で何を考えていようと、俺の気持ちは変わらん。それだけで、今日のところは良い…あとロマンチックな話はこんなボロボロじゃねえ状態で聞きたい」
「…………じゃあ、もうちょっと、気持ちの整理をしてから色々話すアルよ…」

そう言って、タオマオは少しだけ結論を先延ばしした。



上海の路地裏は薄暗く、大通りの喧騒も遠い。
そこに、細身の少女が一人佇んでいた。双喜である。

「いい絵ですね」
「だろォ?」
作品を褒められたカズマは、素直に同意した。
「もっと目立つところに…」
「描きてーけどなー。消されて残らないのは悲しいからな。…その点、アイツはいいとこにでっかく残したみたいだな」
「ええ。かけがえのない宝です」
「思い出はダイヤモンドだね、ってか?」
「言い得て妙な話ですね」

ぐっ、と双喜は胸を抑えた。三尸がこの世に刻んでいったものは、そこに確かにある。
そして、双喜もまた、この世に大きな跡を刻みに行くのだ。

「行くのかよ。目立つところに」
「ええ。この街の中心、魔都のど真ん中に、大きく刻みつけに!」

双喜は行く。陰陽渦巻く魅惑の太極、その中心へ。
欲の炎の燃え盛る、その頂点へ。

己の生きた証を、刻みに行くのだ。
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