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ヒーローは遅れてやってくる

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 ヒーローは遅れてやってくる。

 遅れたらヒーローになるわけではない。

 遅れたのなら、死ぬだけだ。特にこの魔都上海では。

 騒々しく喚き散らす声や車のクラクションは遠く、ネオンの光もこの小さな路地裏には、ほとんど届かない。

 薄汚い配管とドブの匂いに混じったハンバーグの匂い。質の悪い室外機が、空腹のなる音をかき消す。

 水たまりを踏む。

「いたぞ!」

「やべ……ッ!」

 黒服の男が二つ、ライトを持って少年に向ける。少年は急いで曲がり角に入るが、一瞬体が照らされる。

 走る。走る。とにかく走る。
 壁に掛けてある自転車を倒して、通路に干してある衣服をかき分ける。

 店の置き看板を倒し、酒瓶の入ったケースをぶちまける。酒瓶は鋭い破片となって音が鳴り響き、まきびしのように追手を阻む、はずだった。

「げっ!」

 追手は壁を走っていた。壁には『盗まれた清王朝のダイヤを探し出せ』とある。

 もう一方の追手は衣服が架けられた鉄棒に、足を乗せて加速する。

 これでは割れた酒瓶は意味をなさない。

「嘘だろ……!」

 およそ人間技じゃない動きに戦慄しながら、素早く煙玉を懐から取り出す。もうこれが最後の一つだった。

「くそっ」

 十字路で煙玉を地面に投げつける。
 行き先がわからないようにすることで、今まで逃げおおせてきた。

「あ……」

 目の前にそびえたつ壁。行き止まり。とてつもない高さだ。
 『失敗すれば、死あるのみ』。血文字で書かれたその言葉が、今の状況を暗示していた。

 敵の能力か。

 気づいたときにはもう遅い。追手は煙の向こうで冷静に指示を出している。

 今から戻って分かれ道を通るなど不可能だ。必ず見つかる。

 絶望の影は時を待たずにして、煙の中から姿を現す。

「ようやく捕まえた。まったく、手間取らせやがって」

 少年は腰が抜けて、もはや動けない。
 もう逃げ道はない。

 少年は思う。

 ここで終わりなのか。

 この上海で何もできずに終わるのか。

 姉ちゃんを助けられずに終わるのか。

 もうだめか。

 諦めかけたその時、ヒーローは現れた。



「遅刻ちこくぅ~!」



 場にそぐわない気の抜けた声だった。

「ぐわぁあっ!」

「いったぁ〜い!」

 煙の中で誰かが、誰かとぶつかった。
 衝突音だけはやけに大きい。

「なんだ。何が起きた!?」

 少年に襲い掛かろうとしていた追手も、思わず振り返る。
 気を取られている今がチャンスと考え、少年は飛び出した。

「お前はダメだ。逃さない」

 しかし、それが許される相手ではない。

 男は少年の首を掴む。
 通常の大人では考えられない力。
 首筋を掴まれて、体が浮かぶ。

「がっ、ぁっ……」

「別に命はなくたっていいんだ。生き返らせる能力を持った奴もいるしな。早めに処理するか」

 ナイフを腹部に突きつけられる。

 少年はなんとか腕を引き離そうと抵抗するが、力の差は歴然。

 排泄物の香り。

 男の顔に、茶色いドロっとした何かがべちゃりと投げつけられた。

「な、なんだこれは」

「うんこに決まっとるだろうがーッ!」

 投げた主が煙の中からドロップキックで現れる。見事に男の顔面へ、ヒールの両足が突き刺さる。

 茶色の魔法少女だった。
 茶色の髪をツインテールにした、フリフリのドレス。
 うんこのピアスにうんこ色のヒール。なんか全部ぱっとしない色だ。

 彼女は即座に杖のような、ステッキのようなものを取り出した。クラッシックの指揮棒を想起させる。

 奇襲を受けたのにも関わらず、男は素早く体制を立て直す。やはりかなりの実力者。

「誰だお前は」

「必殺、プープダイナマイトォォ!!」

 ステッキの先端から大容量のうんこが勢いよく噴出した。

「ぐああああっ!」

 敵は瞬く間にうんこに埋もれてしまった。

「私は、大地に産み落とされた、ひとつなぎのうんこ。キュアアースホール!」

「いやもう敵埋まってるよ!」

 思わず少年はツッコミを入れてしまう。

「……君は?」

 目線を向けられて思わずドキッとした。可愛い人だ。クラスでもいないほど、整った顔立ちをしている。

 少年は、それを気づかれないように取り繕って答える。

「僕は斉藤和夫。中学二年生。助けてくれてありがとう。あなたは?」

「必殺、プープダイナマイトォォ!」

「うあああああっ!?」

「ぐああああっ!」

 いきなり杖を向けられてうんこの奔流に呑まれたのかと思い、少年は叫んだ。

「あ、あれ?」

 なんともない。
 うんこの流れは少年をぐにゃりと避けて曲がり、背後の追手に大容量のうんこを与えていたのだ。

 先の叫び声は、後ろの追手によるものだったのだ。

「私は、大地に産み落とされた、ひとつなぎのうんこ。キュアアースホール! キュアアースホールと呼びなさい」

「ありがとうございます、キュアアースホールさん」

「気安く名前を呼ばないで!!」

「一行で矛盾するのかよ!?」

 女性の名前は気軽に呼んではいけなかったのかと和夫は内心で驚く。

 上海では文化の違いか、信じられない光景をよく目にする。これもその一つなのだろうかと深く考えるのをやめた。

「私は、いわゆる魔法少女よ」

「なるほど、魔法少女さん……」

 確かに杖からうんこを大放出していたし、何かしらの不思議な力が働いているのだろう。

 ドロップキックをしたときも、ドレスのスカートが捲られなかった。あれも多分不思議な力だ。

「あ、あの。助けてもらってなんですけど。お願いがあるんです」

「聞きましょう。なぜなら私は優しいから」

 あ、もしかしてうざいかもしれないこの人と和夫は思ってしまう。

 しかし、背に腹は変えられない。この人は頼りになる。主に戦力として。匂いはきついけど。

「僕と一緒に、この上海のどこかにいる姉を探して欲しいんです」

 背後から男の声。

「オイオイ、こりゃどうなってんだぁ?」

 和夫は全く気配を感じることができなかった。

「だ、誰だ!?」

 和夫は反射で飛び退く。
 感知することなく接近されるなど、初めてのことだった。

 今までの追手とは明らかに実力が違う。

「部下の連絡が途絶えたと思ったら、少年と可愛いコスプレお嬢ちゃんじゃないか」

「コスプレだなんて、そんな、お上手なんですから」

「照れるとこ、そこなの?」

 一風変わった雰囲気を纏う男は、高らかに笑い出す。

「俺は広間ヒーロー。ちょっと遅れちまったが、駆けつけたぜ」

「もう終わってますけど」

「何っ!?」

 追手はみんなうんこ塗れになっているか、ヒールのドロップキックをまともに受けてやられてしまった。

「お前ら……絶対に許さん!」

「必殺、プープダイナマイトォォ!」

「ぐああああっ!」

「ヒーローであっても、遅れたのなら死ぬだけよ。特に、ここ上海ではね……」

 随分と詳しそうな口ぶりだ。

「地元なんですか?」

「いえ、今日初めてきた日本人よ」

 頼む人を間違えたかもしれない。
 和夫は改めて思った。今からでも訂正しよう。取りやめよう。

 キュアアースホールは糞塗れのヒーローの懐を漁り出した。

「何をしているんですか?」

「ここには、お姉さんのうんこはないわね」

「あるわけないだろ!」 

「お姉さんのうんこが手がかりになるわ。探しに行きましょう」

 やっぱり頼む人を間違えたと思う和夫だった。


 第一話 完。





 前回のあらすじプ。
 これは茶山明日歩が魔法少女ブリキュアになった時の話プ。

 コマネチ全国推進運動を拒否した茶山明日歩は、コマネチ保守派に追われることになるプ。

 冷酷で非情な暗殺部隊、ココーマネチにより追い詰められていった明日歩プ。

「やっと見つけたぞ。茶山明日歩」

「……っ!?」

「人を隠すには、人の中。考えたようだが、それが仇になったみたいだな」

 東京駅のホームで見つかってしまった明日歩プ。

 男はたった一人だったが、ココーマネチはエリート部隊プ。明日歩をコマネチさせるには、十分過ぎる戦力だったプ。

 茶山明日歩には何もないプ。力がないプ。コミュ力もないプ。危険物取扱者乙種4類も合格できないプ。

 しかし、うんこの声だけは聞くことができたプ。

「あなたのうんこ、泣いてるよ……!」

「さぁ、やるんだ。コマネチ。コマネチ」

「う、体が……。嫌だ、助けて。コマネチなんてやりたくない!」

 うんこの声が聞こえるだけだったプ。

「コマネチ。コマネチ」

「コマネチ。コマネチ」

 当時16歳の少女は力無く、コマネチを何度も大衆に晒すのだったプ。




「ブリキュアになってないじゃん!」

「プ?」

 過去の話から、現実に引き戻す。
 あらすじを聞いていた和夫が、叫んでいた。

「前回のあらすじって何だよ、荒い筋書きにもなってないよ!」

 コマネチをやっただけ。これでは前回のコマネチだ。

 話していたのは、宙に浮かぶ小さな妖精。全身白色と茶色の毛で包まれたチョコアイスのような姿。

「というか、君は誰なの?」

「ぼくはうんこの妖精、シニョ~だプ」

 黄色と茶色の毛並み。
 頭のソフトクリームのような形が、うんこにみえる。首にはうんこのネックレス。ふわふわの手足。

 何で出来ているのか。和夫は考えた。
 うんこだろうなとすぐ結論づける。

「魔法少女に力を与えるうんこの妖精だプ」

「魔法少女にピンクとかブルーはいないんですか?」

「いろんな魔法少女がいるプ。火の魔法少女、水の魔法少女。彼女はうんこの魔法少女」

 ハズレの魔法少女だ。
 和夫は確信した。

「それに、コマネチ全国推進運動なんてあるわけないでしょ!?」

 茶山明日歩、もといキュアアースホール当人は和夫の横で涙を流していた。

「なんて酷い、酷過ぎるわ。人の心をコマネチるなんて」

「初めて聞いたよコマネチるなんて」

「絶対に許してはならない。そう誓って私は魔法少女になったわ」

「関連性ゼロだよ!」

 和夫は本当に姉を探してもらえるのか、心配になっていた。

 日本の認識も和夫と魔法少女達ではかなり違う。一体何がそこまで分けてしまったのか。これが分断社会なのか。

 とにかく不安だ。なんとかしてこの場を離れないと。お姉さんを探しに行けない。和夫はそう思い、辺りを見渡す。

 ここは先の小さな路地裏を出てすぐの大通り。夕方過ぎの商店街は賑わい、街灯で道が照らされ、安全に見える。

 ぐ〜。和夫の腹が鳴った。

「私の腹の音よ!」

「いや僕のですけど」

「私のよ! 何処か入りましょう」

 これも気遣いのうちなのだろうか。

 信用して良いのか悪いのか、和夫にはわからなくなってきていた。

 一番近くの店へ入ることにした。

 |古魔似《こまね》と書かれた看板を通って店に入る。中華の、油っこい良い匂いが和夫を包む。成長期である和夫には、大好物なものばかりだ。

 店内の様子はしゃれた洋風レストランだ。大きなガラスのおかげで、道行く人の様子がよくみえる。

 壁には白黒の、奇妙な絵画がいくつか架けられている。うさ耳の人の顔、手、両手を交差してカニの影絵を笑顔でする人。

 絵画のおかげか店にはなんだか高級感が漂っている。

「服装、大丈夫かな……」

 普通のTシャツに安めのズボン。場にあってない気がしたが、横にうんこのピアスをした魔法少女がいたので、気にすることをやめた。

 夕方過ぎだというのに、あまり人がいない。

 イートインは比較的割高だからすいている。店に入る時もテイクアウトで料理を受け取る人がいた。

 和夫は少しそわそわしながら席に座る。すると尻からブゥブブブブゥ〜と音がした。

「な、なに!?」

 ブーブークッションだ。一体誰がこんなものを。

「え、今おならしたよね?」

 明日歩がすかさず責めてきた。

「シニョ~と明日歩さんがこれやりましたね?」

 和夫は確信していた。
 こんなことやるのは一人しかいない。

 シニョ~がぴゅーぴゅーと口笛を吹き始める。

「ブブブブブブブ」

 明日歩は随分と下手な口笛だった。
 口にブーブークッションでも入ってるのか。

 腹が鳴ることは庇うのに、おならは冤罪を積極的に仕掛けるなんて一体どういうことなのか。

 和夫の疑問と不安は尽きない。

 この人に頼るぐらいなら、ダイヤでも探して組織に姉を見つけてもらう方がいいのではないかとも考え始めた。

「はぁ……」

 どう考えてもダイヤよりも姉の方が見つけやすい。やはり地道に聞き込みをしていく他ない。

 それでも、上海の人口は約2500万人。この中から姉を見つけ出さなければならない。

 先の見えない展望に気落ちしたが、目の前のきらきらしたメニューを見たら全て吹き飛んでしまった。

 和夫はもうまる一日中、何も食べてない。

 中国語は読めないが、食べ物の写真で決めるので問題はない。

 溢れる肉汁。写真からでも芳醇な匂いが香ばしってくるみたいだ。
 餃子、小籠包、巨大ゴマ団子のようなものもある。

「これと、これと、これ! あ……」

 和夫は無邪気に指をさしてメニューを決める。そのあと、お金がないことに気づいた。

 申し訳なさそうに和夫は明日歩を見る。

 その視線を察した明日歩は、にこやかに笑う。

「安心して、私もお金ないから」

「ええっ!」

「安心して、この店は先払いだから」

「確かに罪にはならないけど……!」

 がくりと肩を落とす和夫。

 シニョ~が誇らしげにテーブルに着地する。

 テーブルにうんこが付いてるみたいで嫌だからやめてほしいと和夫は言いかけたが、ギリギリ飲み込んだ。

「大丈夫プ。経費で落とすプ」

「おおっ!」

 和夫には、経費は魔法の言葉に聞こえる。Youtuberが高級車破壊動画を出した時、これは経費だから大丈夫といったのだ。

 だからこの世は経費を使える者が、お金持ちなのだ。

 シニョ~はメニューの料理名を店員に伝える。

 店員はキャッシュレスの読み取り機器を出してきた。上海では先払いの店がほとんどだ。

「領収書お願いしますプ。宗教法人キュアアースホールでお願いしますプ」

「宗教法人なの!?」

「税金が安いプ」

「そ、そうなんだ……」

 和夫は世知辛さを垣間見た。
 魔法少女も税金に苦しめられる時代なのだ。

 教祖ってこんな人なんだろうなと偏見がより凝り固まる和夫。

 店員の持つ読み取り機器にQRコードが表示される。

「支払いは|BuryBury《ブリブリ》で、できるかプ?」

「なんて嫌な単語の決済アプリ」

 よくもそんな決済アプリがこの世に存在するものだと和夫は思う。

 少し考えると、音だけじゃなくて英語で『葬る葬る』と意味も最悪な決済アプリだ。

 シニョ~がスマホを取り出して、QRコードを読み込む。

 するとブリブリ!と可愛くも大きな音声が鳴った直後にブゥブブブブゥ〜と、意味不明なほど自己主張の激しい爆音が流れた。

「え、今おならしたよね?」

「してません」

 和夫はすかさず、おなら冤罪を否定した。
 あの決済アプリ、将来絶対使いたくない。

「あ、店員さん。この人見かけませんでしたか?」

 ポケットから写真を取り出して店員に見せる。姉、斎藤あやめの写真だ。

「あ〜。見たことあるネ」

「本当ですか!?」

「ホントだヨ〜。ホラ、いろんな写真撮ってもらったネ」

 出されたスマホの画面には、確かに姉が映っていた。店員さんと二人。笑顔でピース。魔法少女の姿になっていた。

「お姉さん、魔法少女だったプ?」

「いや、僕も初めて知った……」

 姉に自分の知らない姿があった。
 姉弟という近い関係でも知らないことがある。
 弟から見た斎藤あやめ。他の人からみた斎藤あやめ。

 人の全てを知ることはできないと和夫は知っている。

 姉がこの上海で何をしていたのか。何故ここで消息を絶ったのか。
 その手がかりが、ここにあるのだ。

「もっと、他に写真ありませんか?」

 姉は大の写真好きだ。
 絶対に一枚じゃ終わらない。

「あるネ」

 スマホの画面をスライドすると、別の写真が映し出される。姉がポーズを変えて写真を撮っているのだ。店員さんもノリノリで同じポーズをしている。

 笑顔でピース。
 顔にハートマーク。
 逆さにピースでギャルっぽく。

 スライドすると、どんどん出てきた。

 小顔ポーズ。
 考える人。
 少年よ大志を抱け。
 ジョジョ立ち。
 片思いハートサムズアップ。
 首脳会談握手。
 コマネチ。
 コマネチ。
 コマネチ。
 コマネチ。
 コマネチ。
 コマネチ。

「全部コマネチじゃねえかァ!!」

 以降何度スライドしても、コマネチの写真しかない。肩の位置や手の位置、カメラ角度を変えて、何度も撮っている。

 写真の数は96枚。そのうち87枚がコマネチだった。いくらなんでも多すぎる。

「面白いポーズネ。コマネチ、コマネチ」

「あ……」

 恐る恐る隣の魔法少女を見る。

 その表情は怒りで満ちていた。

 和夫にはこの世の全ての憎悪と正義感が、今ここに集結し、凝縮されているように思えた。

 大気が震え、机と皿が音を鳴らし、掛けてある絵が一つ外れる。

 異常だった。人がここまでの感情を露わにするのを、初めて目撃した。

「こんな浅いコマネチ、私は認めない!」

「そっち!?」

「ケツの穴が切れました!」

「堪忍袋じゃなくて、ただの痔!?」

「私が本当のコマネチを教えてあげるわ!」

 それから、店員にコマネチの指導が始まった。

「手の角度が違うわ。こうっ! こうやってやるのよ」

「こうあるネ?」

「段々よくなってきたけど、まだよ。こうっ!」

「僕は一体何を見せられているの」

 何が悲しくて、魔法少女のコマネチ指導を見せられているのか。汗水垂らして、唾を飛ばして。何がそこまで彼女を駆り立てるのか。

「そうよ。良くなってきたわ」

「ありがとうございます!」

 店員もすっかり生徒役に巻き込まれてしまっている。

「最後にあなたの成長したコマネチ。見せて頂戴」

「はい!」

 店員は意を決する。遂に卒業のときだ。

「え、なんか店内にBGMが流れてきたんですけど」

 〜BReeeeN - キセキ〜

 明日、今日よりも好きになれる〜♪
 溢れる想いが止まらない〜♪

 今まで振り返れば厳しい指導だった。

 腐る時もあった。
 こんなことをやっても意味がない。
 成長なんてできるはずがない。
 こんなものに努力をしたって仕方がない。
 他の客の注文を聞かなくてはならない。

「いやそれは聞けよ」

 でも教官はそんな自分にも向き合ってくれていた。 

 厳しさは優しさ故だとようやく知ったときに、卒業だなんて。

 今もこんなに好きでいるのに〜♪
 言葉にできない〜♪

 君の暮れた日々が積み重なり〜♪
 過ぎ去った日々2人歩いた『コマネチ』〜♪

 運命とは、人生とは、そういうものかもしれない。
 自分が嫌だと思っていたものでも、人が思いやりの末に紡がれたものなのかもしれない。

 僕らの出会いがもし偶然ならば〜?運命ならば?♪
 君に巡り会えたそれって『コマネチ』♪

 教官の期待に応えよう。教えてもらった全てを、今ここで解き放つのだ。

「コマネチっ!」

「必殺、プープダイナマイトォォ!!」

「ぐああああっ!!」

「ええええええっっ!!」

 うんこの奔流が店内で暴れ回る。
 あっという間に、店員を埋め尽くしてしまった。

「人の心をコマネチるのは、私が絶対に許さない!」

「さっきまでコマネチってたのに!?」

 山になったうんこから、手が這い出てきた。
 がばっと体を抜け出す店員。キュアアースホールを睨んでいた。

「さすがは魔法少女。私の正体に気づくとはね」

「え!?」

 もしかして今までの演技もすべて、追手を撹乱するための作戦だったのか。

「そう、この私がここの店長だ」

「う、うーん、意外だけど……!」

 どうせなら、敵の幹部とかであって欲しかったと思う和夫。

「それは斎藤あやめさんが、あの写真で教えてくれていたわ」

「そ、そうなの?」 

「小顔ポーズ。考える人。少年よ大志を抱け。ジョジョ立ち。片思いハートサムズアップ。首脳会談握手。そして大量のコマネチ。それらを全て加味すれば、自ずとあなたが店長だってことが見えてくるわ」

「え、えっと、関連性、どこ?」

「全部嘘よ」

 うざ。

「気をつけるプ。プープダイナマイトでも無事な人間なんて、ただの人間じゃないプ」

 確かにあのヒーロー相手にも、プープダイナマイトは一撃で壊滅させる威力があった。少なくとも、あのヒーローよりも耐久力は上と考えなければならない。

「いえ、もう戦いは終わったわ」

「何を。私たちの戦いはこれからだ……!」

 それが終わりのセリフだった。

 ガラスの外から、ぱしゃりとシャッター音とフラッシュ。

 野次馬のように集まる人々を見て、店長はようやく自体の大きさに気づく。

「あ、や、やめて!」

 店の中がうんこだらけ。
 これがSNSで拡散されたならどうなるか。
 想像に難くない。

「やめてください、写真を取らないで!」

 ぱしゃぱしゃパシャパシャ。

 フラッシュとシャッター音は、和夫にはまるでマズルフラッシュと銃声に聞こえた。
 社会的抹殺。それがプープダイナマイトの強さなのだ。

「ぐあああああっっ!!」

 |古魔似《こまね》、散る。


 ⚪︎


 泡吹いて倒れた店長の懐を明日歩は探る。

「ここにもお姉さんのうんこはないわね」

「あるわけないだろ!」

 ツッコミ疲れた和夫は椅子に座る。
 するとブゥブブブブゥ〜と音がした。

 それはまるでこの店に対する鎮魂歌のようであった。
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