だんのこまち@wiki
新しい4人と5枚の地図
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片づかない会議室
四つの中規模ダンジョンを攻略した翌朝。
団ノ子の会議室には、前日の戦利品と記録がまだ広げられたままになっていた。
《逆巻き水門跡》から持ち帰った錆びた固定具。《鳴鉄の吊坑》で回収した鐘の欠片。《浮石機関塔》の小さな重力核。《白霧の樹廟》に生えていた白い枝。
その中でも白い枝は、なぜかエクレアに気に入られていた。
「これ、部屋に飾っていい?」
「まだ何がついてるかわからないから駄目」
スフレは枝を細い工具でつつきながら、迷いなく答えた。
「昨日ずっと霧を出してた木の一部だよ?」
「でも綺麗だよ」
「急に部屋が霧だらけになっても知らないよ」
「それはそれで楽しそう!」
「楽しそうではないでしょう」
アイリスが呆れた声を出す。
少し離れたところでは、ティオが《鳴鉄の吊坑》の鐘を指で鳴らしていた。
ちりん。
もう一度。
ちりん。
「いい音だね~」
「昨日は、その音を鳴らさないように苦労したんだけど」
チロルが苦笑する。
帰ってきたばかりの頃は、全員それなりに疲れていた。
けれど、一晩経てば、失敗したところも困ったところも、少しずつ笑って話せるものへ変わっている。
みたらしっぽは長いテーブルの端へ座り、四枚の地図を見比べていた。
「次は、いつ発表するんですか?」
隣からチョコチップが尋ねる。
「次のパーティー?」
「はい。皆さん、もう気になっているみたいです」
視線の先では、エクレアが壁際に積まれた空白の地図を一枚持ち上げていた。
「これに名前を書くんでしょう?」
「まだ書かないよ」
「えー」
「募集を見て、見学に来たいって連絡をくれた人が何人かいるから。先に会ってみようと思ってる」
今いるメンバーだけで、急いで次の組み合わせを決める必要はない。
これから一緒に遊ぶ人が増えるかもしれないなら、その人たちを空いている場所へ入れるのではなく、全員をもう一度混ぜ直したかった。
「では、しばらくは新しい方と遊ぶ期間ですね」
「うん。合いそうなら、そのまま一緒に遊べたらいい」
チョコチップは、壁際に並んだ椅子を見た。
以前よりずっと増えた。それでも、まだ何脚かは空いている。
その日の午後。
一つ目の空席を見に来た人物が、ギルドハウスの扉を叩いた。
団ノ子の会議室には、前日の戦利品と記録がまだ広げられたままになっていた。
《逆巻き水門跡》から持ち帰った錆びた固定具。《鳴鉄の吊坑》で回収した鐘の欠片。《浮石機関塔》の小さな重力核。《白霧の樹廟》に生えていた白い枝。
その中でも白い枝は、なぜかエクレアに気に入られていた。
「これ、部屋に飾っていい?」
「まだ何がついてるかわからないから駄目」
スフレは枝を細い工具でつつきながら、迷いなく答えた。
「昨日ずっと霧を出してた木の一部だよ?」
「でも綺麗だよ」
「急に部屋が霧だらけになっても知らないよ」
「それはそれで楽しそう!」
「楽しそうではないでしょう」
アイリスが呆れた声を出す。
少し離れたところでは、ティオが《鳴鉄の吊坑》の鐘を指で鳴らしていた。
ちりん。
もう一度。
ちりん。
「いい音だね~」
「昨日は、その音を鳴らさないように苦労したんだけど」
チロルが苦笑する。
帰ってきたばかりの頃は、全員それなりに疲れていた。
けれど、一晩経てば、失敗したところも困ったところも、少しずつ笑って話せるものへ変わっている。
みたらしっぽは長いテーブルの端へ座り、四枚の地図を見比べていた。
「次は、いつ発表するんですか?」
隣からチョコチップが尋ねる。
「次のパーティー?」
「はい。皆さん、もう気になっているみたいです」
視線の先では、エクレアが壁際に積まれた空白の地図を一枚持ち上げていた。
「これに名前を書くんでしょう?」
「まだ書かないよ」
「えー」
「募集を見て、見学に来たいって連絡をくれた人が何人かいるから。先に会ってみようと思ってる」
今いるメンバーだけで、急いで次の組み合わせを決める必要はない。
これから一緒に遊ぶ人が増えるかもしれないなら、その人たちを空いている場所へ入れるのではなく、全員をもう一度混ぜ直したかった。
「では、しばらくは新しい方と遊ぶ期間ですね」
「うん。合いそうなら、そのまま一緒に遊べたらいい」
チョコチップは、壁際に並んだ椅子を見た。
以前よりずっと増えた。それでも、まだ何脚かは空いている。
その日の午後。
一つ目の空席を見に来た人物が、ギルドハウスの扉を叩いた。
動く地図が好きな人
扉の前に立っていたのは、細い眼鏡をかけた青年だった。
灰色がかった髪に、軽い旅装。背中には弓を背負い、片腕には大きな地図筒を抱えている。
「募集を見て来ました。クラウスです。《レンジャー》を使っています」
落ち着いた声だったが、会議室へ案内された途端、その視線は長いテーブルの上へ吸い寄せられた。
「昨日の攻略地図ですか?」
「そうだよ。まだ片づけてないけど」
「少し見ても?」
みたらしっぽが頷くと、クラウスは椅子へ座るより先に《浮石機関塔》の地図を手に取った。
上下左右へ何本もの矢印が描かれ、途中から文字の向きまで変わっている。
「これは……かなり楽しそうですね」
「見て最初に出る感想がそれなんだ」
みたらしっぽが笑う。
「普通の地図なら一枚で終わってしまうので。こういう、途中から地図の方が負け始める場所は好きです」
隣にいたフェンも、興味を持って近づいてきた。
クラウスは《浮石機関塔》の地図を回転させ、その下へ別の記録を重ねた。
「塔そのものが動いたわけではないんですよね?」
「重力の向きが変わりました」
フィナンシェが答える。
「床だったところが壁になって、天井が次の床になったの」
「なるほど。なら、矢印で上下を書き直すより、最初から塔の中心を基準にした方がよさそうです」
クラウスは持参した白紙へ、小さな立方体を描いた。
その六面へ番号を振り、フィナンシェたちが通った順に線を引いていく。
ばらばらに見えていた通路が、一つの塔として繋がり始めた。
「そこ、最初は右へ曲がったはずです」
フィナンシェが言う。
「その時は、こちらが床だったのでしょう」
クラウスは立方体の面を回した。
「塔から見れば同じ方向です。歩いていた側だけが、右だと思っていた」
「ちょっと悔しい」
エクレアも地図を覗き込む。
「ダンジョンに方向を騙されてたってこと?」
「そうなりますね」
「次に行ったら、こっちが騙し返せる?」
「何をもって勝ちなのかはわかりませんが、迷わず帰れたら勝ちということにしましょう」
クラウスは淡々と答えたあと、少し笑った。
フェンは、今度は《白霧の樹廟》の地図を差し出した。
「これは、途中から距離が合わなくなっています」
「霧で歩幅が変わった可能性は?」
「歩数は記録しています」
「なら、通路が曲がったか、地図表示の座標がずれたか……」
二人の話が、すぐに始まった。
一方は罠や仕掛けの痕跡を細かく拾い、もう一方は複数の記録を重ねて、見えなかった構造まで考える。
似ているようで、少し違う。
みたらしっぽは二人の会話を聞きながら、クラウスが持ってきた応募文を思い出していた。
剣龍との戦いより、その前に通るグリーデン洞窟の方が気になる。
そんなことが書かれていた。
「クラウスさん」
「はい」
「今度、一緒にダンジョンへ行かない?」
クラウスは地図から顔を上げた。
「ぜひ。地図を描く前に迷うところから参加します」
「迷う前提なんだ」
「そこを避けるために行くんですけど、最初から全部わかったら面白くないでしょう?」
賢そうな見た目に反して、未知のダンジョンへ入ることそのものをかなり楽しみにしているらしい。
その日は加入の話をせず、数日後に一緒に遊ぶ約束だけを決めた。
クラウスが帰ったあとも、長いテーブルには彼の描いた立方体の地図が残っていた。
エクレアはそれを何度も回しながら、
「次は私、天井から入ってみたい」
と、早くも余計なことを考えていた。
灰色がかった髪に、軽い旅装。背中には弓を背負い、片腕には大きな地図筒を抱えている。
「募集を見て来ました。クラウスです。《レンジャー》を使っています」
落ち着いた声だったが、会議室へ案内された途端、その視線は長いテーブルの上へ吸い寄せられた。
「昨日の攻略地図ですか?」
「そうだよ。まだ片づけてないけど」
「少し見ても?」
みたらしっぽが頷くと、クラウスは椅子へ座るより先に《浮石機関塔》の地図を手に取った。
上下左右へ何本もの矢印が描かれ、途中から文字の向きまで変わっている。
「これは……かなり楽しそうですね」
「見て最初に出る感想がそれなんだ」
みたらしっぽが笑う。
「普通の地図なら一枚で終わってしまうので。こういう、途中から地図の方が負け始める場所は好きです」
隣にいたフェンも、興味を持って近づいてきた。
クラウスは《浮石機関塔》の地図を回転させ、その下へ別の記録を重ねた。
「塔そのものが動いたわけではないんですよね?」
「重力の向きが変わりました」
フィナンシェが答える。
「床だったところが壁になって、天井が次の床になったの」
「なるほど。なら、矢印で上下を書き直すより、最初から塔の中心を基準にした方がよさそうです」
クラウスは持参した白紙へ、小さな立方体を描いた。
その六面へ番号を振り、フィナンシェたちが通った順に線を引いていく。
ばらばらに見えていた通路が、一つの塔として繋がり始めた。
「そこ、最初は右へ曲がったはずです」
フィナンシェが言う。
「その時は、こちらが床だったのでしょう」
クラウスは立方体の面を回した。
「塔から見れば同じ方向です。歩いていた側だけが、右だと思っていた」
「ちょっと悔しい」
エクレアも地図を覗き込む。
「ダンジョンに方向を騙されてたってこと?」
「そうなりますね」
「次に行ったら、こっちが騙し返せる?」
「何をもって勝ちなのかはわかりませんが、迷わず帰れたら勝ちということにしましょう」
クラウスは淡々と答えたあと、少し笑った。
フェンは、今度は《白霧の樹廟》の地図を差し出した。
「これは、途中から距離が合わなくなっています」
「霧で歩幅が変わった可能性は?」
「歩数は記録しています」
「なら、通路が曲がったか、地図表示の座標がずれたか……」
二人の話が、すぐに始まった。
一方は罠や仕掛けの痕跡を細かく拾い、もう一方は複数の記録を重ねて、見えなかった構造まで考える。
似ているようで、少し違う。
みたらしっぽは二人の会話を聞きながら、クラウスが持ってきた応募文を思い出していた。
剣龍との戦いより、その前に通るグリーデン洞窟の方が気になる。
そんなことが書かれていた。
「クラウスさん」
「はい」
「今度、一緒にダンジョンへ行かない?」
クラウスは地図から顔を上げた。
「ぜひ。地図を描く前に迷うところから参加します」
「迷う前提なんだ」
「そこを避けるために行くんですけど、最初から全部わかったら面白くないでしょう?」
賢そうな見た目に反して、未知のダンジョンへ入ることそのものをかなり楽しみにしているらしい。
その日は加入の話をせず、数日後に一緒に遊ぶ約束だけを決めた。
クラウスが帰ったあとも、長いテーブルには彼の描いた立方体の地図が残っていた。
エクレアはそれを何度も回しながら、
「次は私、天井から入ってみたい」
と、早くも余計なことを考えていた。
荷物で全滅しかけている
クラウスが訪れた二日後。
飛行船の長距離試験へ使う物資が、ギルドハウスの搬入口へ届いた。
修理部品、食料、水、回復薬、防寒具。大小さまざまな箱が、納品された順に積み上げられていく。
みたらしっぽとチョコチップが数を確認していると、入口の方から声がした。
「おい、それ一番下から取る箱じゃないか?」
振り返る。
赤茶色の髪をした青年が、崩れかけた箱の山を大きな盾で支えていた。
一番上には回復薬。
一番下には、最初の試験で使う小型部品。
このまま下の箱を引けば、上の薬瓶がまとめて落ちるところだった。
「危なかった……」
チョコチップが急いで箱を押さえる。
青年は盾を立てたまま笑った。
「見学に来たら、話をする前に荷物で全滅するところだったな」
「見学?」
「ああ。ラズフォード。《パラディン》を使ってる。掲示板を見て来たんだけど、先にこっちが気になっちまった」
三人で箱を下ろし、床へ並べ直す。
ラズフォードは勝手に収納場所を決めることはせず、箱を持つたびにみたらしっぽへ尋ねた。
「回復薬はどこへ置く?」
「甲板側の棚かな」
「じゃあ手前でいいな。修理部品は機関室へ持っていくんだろ?」
「うん」
「なら、こっちの台車へまとめよう」
難しい話をしているわけではない。
ただ、必要な時に取りやすい場所へ置こうとしているだけだった。
途中で、食料箱の中から小さな菓子袋が出てきた。
ラズフォードは少し考え、回復薬の隣へ置く。
「それも緊急用?」
みたらしっぽが尋ねる。
「長旅だと、HPより先にやる気が切れる人もいるだろ」
「いるよ~」
いつからいたのか、ティオが菓子袋の後ろから顔を出した。
一つ取ろうとして、チョコチップにそっと手を止められる。
「まだ積み込みの確認中です」
「一個だけ~」
「数が合わなくなりますよ」
ラズフォードは菓子袋を一つ開けると、その中から人数分だけ小さな包みを取り出した。
「じゃあ、今いる人の分を先に使用済みにしておけば合う」
「そういう解決なんですね」
チョコチップは少し笑いながら、一つ受け取った。
荷物を片づけたあと、ようやく会議室へ移る。
「荷物を整理するのが好きなの?」
みたらしっぽが尋ねると、ラズフォードは少し首を傾けた。
「好きというより、あとで『薬どこだ』って全員で箱をひっくり返すのが嫌なんだよ」
「経験がある?」
「何度も。前衛が敵を止めてる横で、後ろが鞄を全部開けてるのを見ると、なんとも言えない気持ちになる」
長い遠征や、途中で補給できないダンジョンへ行くことが多いらしい。
《パラディン》として盾を持つ一方で、戦闘が始まる前と終わったあとにもよく目が向いていた。
「団ノ子は、山の近くまで飛行船で行くんだろ?」
「まだ先だけど、その予定」
「面白そうだな。でかい船に荷物を積んで、山へ行って、洞窟へ潜って、最後に竜か」
ラズフォードは窓の外に見える飛行船を眺めた。
「途中で何か一つは忘れ物しそうだ」
「やめてよ」
「だから俺みたいなのがいた方がいいかもしれない」
冗談なのか、本気なのか。
おそらく両方だった。
ラズフォードとも、まずは一度一緒にダンジョンへ行くことになった。
飛行船の長距離試験へ使う物資が、ギルドハウスの搬入口へ届いた。
修理部品、食料、水、回復薬、防寒具。大小さまざまな箱が、納品された順に積み上げられていく。
みたらしっぽとチョコチップが数を確認していると、入口の方から声がした。
「おい、それ一番下から取る箱じゃないか?」
振り返る。
赤茶色の髪をした青年が、崩れかけた箱の山を大きな盾で支えていた。
一番上には回復薬。
一番下には、最初の試験で使う小型部品。
このまま下の箱を引けば、上の薬瓶がまとめて落ちるところだった。
「危なかった……」
チョコチップが急いで箱を押さえる。
青年は盾を立てたまま笑った。
「見学に来たら、話をする前に荷物で全滅するところだったな」
「見学?」
「ああ。ラズフォード。《パラディン》を使ってる。掲示板を見て来たんだけど、先にこっちが気になっちまった」
三人で箱を下ろし、床へ並べ直す。
ラズフォードは勝手に収納場所を決めることはせず、箱を持つたびにみたらしっぽへ尋ねた。
「回復薬はどこへ置く?」
「甲板側の棚かな」
「じゃあ手前でいいな。修理部品は機関室へ持っていくんだろ?」
「うん」
「なら、こっちの台車へまとめよう」
難しい話をしているわけではない。
ただ、必要な時に取りやすい場所へ置こうとしているだけだった。
途中で、食料箱の中から小さな菓子袋が出てきた。
ラズフォードは少し考え、回復薬の隣へ置く。
「それも緊急用?」
みたらしっぽが尋ねる。
「長旅だと、HPより先にやる気が切れる人もいるだろ」
「いるよ~」
いつからいたのか、ティオが菓子袋の後ろから顔を出した。
一つ取ろうとして、チョコチップにそっと手を止められる。
「まだ積み込みの確認中です」
「一個だけ~」
「数が合わなくなりますよ」
ラズフォードは菓子袋を一つ開けると、その中から人数分だけ小さな包みを取り出した。
「じゃあ、今いる人の分を先に使用済みにしておけば合う」
「そういう解決なんですね」
チョコチップは少し笑いながら、一つ受け取った。
荷物を片づけたあと、ようやく会議室へ移る。
「荷物を整理するのが好きなの?」
みたらしっぽが尋ねると、ラズフォードは少し首を傾けた。
「好きというより、あとで『薬どこだ』って全員で箱をひっくり返すのが嫌なんだよ」
「経験がある?」
「何度も。前衛が敵を止めてる横で、後ろが鞄を全部開けてるのを見ると、なんとも言えない気持ちになる」
長い遠征や、途中で補給できないダンジョンへ行くことが多いらしい。
《パラディン》として盾を持つ一方で、戦闘が始まる前と終わったあとにもよく目が向いていた。
「団ノ子は、山の近くまで飛行船で行くんだろ?」
「まだ先だけど、その予定」
「面白そうだな。でかい船に荷物を積んで、山へ行って、洞窟へ潜って、最後に竜か」
ラズフォードは窓の外に見える飛行船を眺めた。
「途中で何か一つは忘れ物しそうだ」
「やめてよ」
「だから俺みたいなのがいた方がいいかもしれない」
冗談なのか、本気なのか。
おそらく両方だった。
ラズフォードとも、まずは一度一緒にダンジョンへ行くことになった。
見学より先に薬を見つけた姉
さらに数日後。
ギルドハウスへ、今度は二人連れがやってきた。
扉が開くなり、長い金髪の女性が飛行船の見える窓へ駆け寄る。
「本当に家の横に船がある!」
「姉さん。先に挨拶」
その後ろから、橙色の髪をした少年が落ち着いた足取りで入ってきた。
「あ、そうだった」
女性は慌てて戻ってくる。
「シャルネです。《クレリック》を使っています!」
「リュカです。姉ですみません」
「なんでリュカが謝るの?」
「いつもの流れだから」
二人は姉弟だった。
シャルネが募集を見つけ、リュカを誘って一緒に来たらしい。
会議室へ向かう途中、シャルネは調理場の隣にある小部屋で足を止めた。
中ではエリシアが、青い液体の入った薬瓶を光へ透かしている。
二人が会うのは、これが初めてだった。
「その薬、何の薬ですか?」
シャルネが入口から尋ねる。
エリシアは振り返り、瓶の表示を確かめた。
「魔力を少しずつ回復する薬です。今は、飲むと舌がしびれるのが問題です」
「問題がかなり大きくないですか?」
「効果はちゃんとあります」
「舌は戻ります?」
「今のところ全員戻っています」
「今のところ……」
不安そうにしながらも、シャルネの目は薬瓶から離れない。
「クレリックでも、こういう薬は使った方がいいんですか?」
「使わなくても戦えます。ただ、回復魔法だけで最後まで行こうとすると、先に魔力が尽きることもあります」
「じゃあ、魔法で治す傷と、薬で待てる傷を分けるんですね」
「そうです。それと――」
エリシアが説明を続けようとする。
リュカが姉の肩を軽く引いた。
「姉さん。まだ募集の話を一文字もしてないよ」
「でも、気になるでしょう?」
「気になるけど、まず自分たちが誰なのか話そうよ」
「あとで、続きを聞いてもいいですか?」
シャルネがエリシアへ尋ねる。
「もちろん。舌がしびれない薬ができていたら、味見もお願いしたいです」
「ぜひ!」
「姉さん、簡単に引き受けない方がいいと思う」
リュカはそう言いながらも、姉が楽しそうにしているのを止めはしなかった。
会議室では、二人がこれまでどのようにFoFを遊んできたのかを聞いた。
シャルネは弟と一緒にいることが多く、どうしてもリュカの状態ばかり見てしまうらしい。
「弟以外の人もちゃんと見られるようになりたいです。大人数の回復もやってみたくて」
「俺は、姉さんがいない時も普通に戦えるようになりたいです」
リュカは《ターロン》らしい爪状の武器を見せた。
「小さいところへ入ったり、敵の懐まで潜るのは得意です。でも、深く行きすぎて姉さんに怒られます」
「怒ってないよ。心配してるだけ」
「その心配が大きいんだって」
二人にも、クラウスとラズフォードと同じ日に遊ぶ予定を伝えた。
初めて会う者ばかりのパーティーになる。
それでも、シャルネはむしろ楽しそうに頷いた。
リュカも姉の返事を待たず、
「お願いします」
と答えた。
ギルドハウスへ、今度は二人連れがやってきた。
扉が開くなり、長い金髪の女性が飛行船の見える窓へ駆け寄る。
「本当に家の横に船がある!」
「姉さん。先に挨拶」
その後ろから、橙色の髪をした少年が落ち着いた足取りで入ってきた。
「あ、そうだった」
女性は慌てて戻ってくる。
「シャルネです。《クレリック》を使っています!」
「リュカです。姉ですみません」
「なんでリュカが謝るの?」
「いつもの流れだから」
二人は姉弟だった。
シャルネが募集を見つけ、リュカを誘って一緒に来たらしい。
会議室へ向かう途中、シャルネは調理場の隣にある小部屋で足を止めた。
中ではエリシアが、青い液体の入った薬瓶を光へ透かしている。
二人が会うのは、これが初めてだった。
「その薬、何の薬ですか?」
シャルネが入口から尋ねる。
エリシアは振り返り、瓶の表示を確かめた。
「魔力を少しずつ回復する薬です。今は、飲むと舌がしびれるのが問題です」
「問題がかなり大きくないですか?」
「効果はちゃんとあります」
「舌は戻ります?」
「今のところ全員戻っています」
「今のところ……」
不安そうにしながらも、シャルネの目は薬瓶から離れない。
「クレリックでも、こういう薬は使った方がいいんですか?」
「使わなくても戦えます。ただ、回復魔法だけで最後まで行こうとすると、先に魔力が尽きることもあります」
「じゃあ、魔法で治す傷と、薬で待てる傷を分けるんですね」
「そうです。それと――」
エリシアが説明を続けようとする。
リュカが姉の肩を軽く引いた。
「姉さん。まだ募集の話を一文字もしてないよ」
「でも、気になるでしょう?」
「気になるけど、まず自分たちが誰なのか話そうよ」
「あとで、続きを聞いてもいいですか?」
シャルネがエリシアへ尋ねる。
「もちろん。舌がしびれない薬ができていたら、味見もお願いしたいです」
「ぜひ!」
「姉さん、簡単に引き受けない方がいいと思う」
リュカはそう言いながらも、姉が楽しそうにしているのを止めはしなかった。
会議室では、二人がこれまでどのようにFoFを遊んできたのかを聞いた。
シャルネは弟と一緒にいることが多く、どうしてもリュカの状態ばかり見てしまうらしい。
「弟以外の人もちゃんと見られるようになりたいです。大人数の回復もやってみたくて」
「俺は、姉さんがいない時も普通に戦えるようになりたいです」
リュカは《ターロン》らしい爪状の武器を見せた。
「小さいところへ入ったり、敵の懐まで潜るのは得意です。でも、深く行きすぎて姉さんに怒られます」
「怒ってないよ。心配してるだけ」
「その心配が大きいんだって」
二人にも、クラウスとラズフォードと同じ日に遊ぶ予定を伝えた。
初めて会う者ばかりのパーティーになる。
それでも、シャルネはむしろ楽しそうに頷いた。
リュカも姉の返事を待たず、
「お願いします」
と答えた。
酔っぱらいの地図か、動く洞窟か
出発当日。
会議室の長いテーブルには、同じダンジョンを描いた三枚の地図が並んでいた。
どれも《折脈の旧導坑》と書かれている。
ところが、中央部分の形がすべて違う。
クラウスは三枚を重ね、眼鏡を少し持ち上げた。
「可能性は二つです」
「二つ?」
シャルネが覗き込む。
「別々の人が酒場で思い出しながら描いたか、洞窟の中が動いているか」
ラズフォードが笑う。
「前者だったら、今日行っても何もわからないな」
「三人とも同じ場所で同じように間違えるとは考えにくいので、たぶん後者です」
「たぶんなんですね」
「百パーセントと言った直後に外れると、格好悪いでしょう?」
クラウスは三枚の中央へ、青い円を描いた。
「自然にできた岩壁は一致しています。違うのは、昔の採掘で作られた区画だけです。地脈の脈動に合わせて、人工区画が回転しているのかもしれません」
「回る洞窟!」
シャルネが楽しそうに言う。
「迷う洞窟ですよ」
リュカは予備の魔力灯を腰へつけた。
ラズフォードは全員の荷物を一度見回し、回復薬を前後へ分ける。
「一人へ全部持たせると、壁が回った時に薬まで向こうへ行くからな。みたらしっぽと俺で半分ずつ。小型の薬はリュカも一本持っておいて」
「使わなかったら返します」
「使ったら空瓶で返してくれ」
「どっちでも返すんですね」
「瓶も大事だからな」
同行する団ノ子のメンバーは、みたらしっぽとアイリス。
六人はターブルロンドを出て、岩山の内部へ続く旧導坑へ向かった。
入口を越えると、黒い岩壁の中へ青白い筋が何本も走っていた。
地脈の魔力が流れるたび、光がゆっくりと脈打つ。
クラウスは最初の光を見た時刻だけ記録し、その場では何も言わなかった。
二度目。
三度目。
ようやく口を開く。
「八分前後ですね」
「壁が動くまで?」
みたらしっぽが尋ねる。
「まだ地脈が光っているだけです。でも、過去の記録にあった地鳴りの間隔と近い」
最初の分岐へ着く。
右側には、結晶を背負った獣の足跡が続いていた。
左は狭く、緩やかに下っている。
「左へ行きたいです」
クラウスが言った。
「右の方が道は広いけど?」
シャルネが尋ねる。
「右の区画は、過去の三枚で位置が違います。そろそろ動くなら、入った直後に入口から離されるかもしれません」
「左は動かない?」
「自然岩盤です。少なくとも、この壁ごと回転はしないはずです」
「外れたら?」
ラズフォードが聞く。
「全員で戻って、右へ行きましょう。その時は地図の隅に『クラウス、最初から外す』と書いておきます」
「自分で書くんだ」
みたらしっぽは笑い、左の道を選んだ。
進んで間もなく、岩陰から結晶獣が飛び出した。
ラズフォードが大盾を構え、一体目を受け止める。
衝突の勢いに足を下げながら、盾を斜めへ傾けた。
結晶獣の身体が壁際へ流れる。
「みたらしっぽ、今!」
空いた側面へ、みたらしっぽが踏み込む。
二体目はラズフォードの脇を抜け、後方へ走った。
リュカが姿勢を低くする。
結晶獣の腹の下へ潜り込み、爪が閉じる前に連続で斬りつけた。
「リュカ!」
シャルネが反射的に杖を向ける。
弟のHPは、ほんの少ししか減っていない。
その一方で、ラズフォードは二体分の攻撃を受け、半分近くまで削られていた。
アイリスが横から言う。
「弟だけ、ずいぶん元気ね」
「見やすいので、つい……」
「俺、そこそこ元気じゃないぞ」
ラズフォードが盾の向こうから声を上げる。
「あっ、すみません!」
シャルネの回復魔法がラズフォードを包む。
「助かった。もう少しで盾より先に腕が外れるところだった」
「そんなに危なかったんですか?」
「今のはちょっと大げさ」
「もう!」
会話が続いていても、戦いは止まらない。
リュカが結晶獣の脚を崩し、みたらしっぽが側面から斬る。クラウスの矢が結晶の継ぎ目を射抜き、最後の一体が光の粒子へ変わった。
クラウスは、矢の当たった壁を一度叩いた。
ほかより軽い音が返る。
「この奥、空洞がありますね」
「入口は?」
「今はありません。でも、例の区画が回れば――」
言い終える前に、地面の奥から低い音が響いた。
「来ます!」
クラウスが声を上げる。
「左の壁へ寄ってください。そっちは自然岩盤です!」
六人が移動した直後、正面の通路がゆっくり横へずれた。
岩壁が回転し、先ほどまで何もなかった場所から新しい道が現れる。
リュカが目を丸くした。
「本当に回った」
クラウスは、新しく現れた通路と三枚の地図を見比べる。
それから、我慢しきれないように少し笑った。
「よし」
「かなり嬉しそうですね」
チョコチップはいないが、シャルネの言い方には似たような柔らかさがあった。
「かなり嬉しいです。これで酔っぱらい三人の地図説は消えました」
「まだ三人とも酔っぱらって、偶然別の道を描いた可能性があるぞ」
ラズフォードが言う。
「その可能性は残さなくていいです」
今度は全員が笑った。
会議室の長いテーブルには、同じダンジョンを描いた三枚の地図が並んでいた。
どれも《折脈の旧導坑》と書かれている。
ところが、中央部分の形がすべて違う。
クラウスは三枚を重ね、眼鏡を少し持ち上げた。
「可能性は二つです」
「二つ?」
シャルネが覗き込む。
「別々の人が酒場で思い出しながら描いたか、洞窟の中が動いているか」
ラズフォードが笑う。
「前者だったら、今日行っても何もわからないな」
「三人とも同じ場所で同じように間違えるとは考えにくいので、たぶん後者です」
「たぶんなんですね」
「百パーセントと言った直後に外れると、格好悪いでしょう?」
クラウスは三枚の中央へ、青い円を描いた。
「自然にできた岩壁は一致しています。違うのは、昔の採掘で作られた区画だけです。地脈の脈動に合わせて、人工区画が回転しているのかもしれません」
「回る洞窟!」
シャルネが楽しそうに言う。
「迷う洞窟ですよ」
リュカは予備の魔力灯を腰へつけた。
ラズフォードは全員の荷物を一度見回し、回復薬を前後へ分ける。
「一人へ全部持たせると、壁が回った時に薬まで向こうへ行くからな。みたらしっぽと俺で半分ずつ。小型の薬はリュカも一本持っておいて」
「使わなかったら返します」
「使ったら空瓶で返してくれ」
「どっちでも返すんですね」
「瓶も大事だからな」
同行する団ノ子のメンバーは、みたらしっぽとアイリス。
六人はターブルロンドを出て、岩山の内部へ続く旧導坑へ向かった。
入口を越えると、黒い岩壁の中へ青白い筋が何本も走っていた。
地脈の魔力が流れるたび、光がゆっくりと脈打つ。
クラウスは最初の光を見た時刻だけ記録し、その場では何も言わなかった。
二度目。
三度目。
ようやく口を開く。
「八分前後ですね」
「壁が動くまで?」
みたらしっぽが尋ねる。
「まだ地脈が光っているだけです。でも、過去の記録にあった地鳴りの間隔と近い」
最初の分岐へ着く。
右側には、結晶を背負った獣の足跡が続いていた。
左は狭く、緩やかに下っている。
「左へ行きたいです」
クラウスが言った。
「右の方が道は広いけど?」
シャルネが尋ねる。
「右の区画は、過去の三枚で位置が違います。そろそろ動くなら、入った直後に入口から離されるかもしれません」
「左は動かない?」
「自然岩盤です。少なくとも、この壁ごと回転はしないはずです」
「外れたら?」
ラズフォードが聞く。
「全員で戻って、右へ行きましょう。その時は地図の隅に『クラウス、最初から外す』と書いておきます」
「自分で書くんだ」
みたらしっぽは笑い、左の道を選んだ。
進んで間もなく、岩陰から結晶獣が飛び出した。
ラズフォードが大盾を構え、一体目を受け止める。
衝突の勢いに足を下げながら、盾を斜めへ傾けた。
結晶獣の身体が壁際へ流れる。
「みたらしっぽ、今!」
空いた側面へ、みたらしっぽが踏み込む。
二体目はラズフォードの脇を抜け、後方へ走った。
リュカが姿勢を低くする。
結晶獣の腹の下へ潜り込み、爪が閉じる前に連続で斬りつけた。
「リュカ!」
シャルネが反射的に杖を向ける。
弟のHPは、ほんの少ししか減っていない。
その一方で、ラズフォードは二体分の攻撃を受け、半分近くまで削られていた。
アイリスが横から言う。
「弟だけ、ずいぶん元気ね」
「見やすいので、つい……」
「俺、そこそこ元気じゃないぞ」
ラズフォードが盾の向こうから声を上げる。
「あっ、すみません!」
シャルネの回復魔法がラズフォードを包む。
「助かった。もう少しで盾より先に腕が外れるところだった」
「そんなに危なかったんですか?」
「今のはちょっと大げさ」
「もう!」
会話が続いていても、戦いは止まらない。
リュカが結晶獣の脚を崩し、みたらしっぽが側面から斬る。クラウスの矢が結晶の継ぎ目を射抜き、最後の一体が光の粒子へ変わった。
クラウスは、矢の当たった壁を一度叩いた。
ほかより軽い音が返る。
「この奥、空洞がありますね」
「入口は?」
「今はありません。でも、例の区画が回れば――」
言い終える前に、地面の奥から低い音が響いた。
「来ます!」
クラウスが声を上げる。
「左の壁へ寄ってください。そっちは自然岩盤です!」
六人が移動した直後、正面の通路がゆっくり横へずれた。
岩壁が回転し、先ほどまで何もなかった場所から新しい道が現れる。
リュカが目を丸くした。
「本当に回った」
クラウスは、新しく現れた通路と三枚の地図を見比べる。
それから、我慢しきれないように少し笑った。
「よし」
「かなり嬉しそうですね」
チョコチップはいないが、シャルネの言い方には似たような柔らかさがあった。
「かなり嬉しいです。これで酔っぱらい三人の地図説は消えました」
「まだ三人とも酔っぱらって、偶然別の道を描いた可能性があるぞ」
ラズフォードが言う。
「その可能性は残さなくていいです」
今度は全員が笑った。
姉の入れない隙間
新しく現れた通路の先には、巨大な岩扉があった。
操作輪は扉の反対側。
壁際には細い整備路が残っていたが、鎧を着たみたらしっぽやラズフォードでは通れない。
リュカが入口へしゃがみ込む。
「俺なら行けます」
「中に何かいるかもしれないよ」
シャルネも隣へ来た。
「いたら戻る」
「すぐ?」
「なるべく」
「なるべくじゃなくて――」
「シャルネ」
アイリスが名前を呼ぶ。
止めるような強い声ではない。
シャルネは少し迷ったあと、それ以上は言葉を重ねなかった。
「危なくなったら、ちゃんと言ってね」
「うん」
クラウスは壁の厚みを測り、地図へ細い線を引いた。
「十二、三歩進んで右です。その先に小部屋があるはずです」
「あるはず?」
「壁の厚さが途中だけ薄いので。何もなかったら、俺もあとで謝ります」
「今日は謝る予定が多いですね」
リュカは笑いながら整備路へ入った。
ラズフォードが小型の回復薬と細いロープを渡す。
「使わなくても持っていけ。帰ってきたら、どっちも返してくれ」
「空瓶でも?」
「空瓶でも」
魔力灯の光が、狭い通路の奥へ消えていく。
しばらくして、小さな戦闘音が聞こえた。
シャルネの手が杖へ伸びる。
『小さい機兵が一体。もう倒した』
リュカの声が届いた。
「本当に一体?」
『二体に増えたら言うよ』
「増える前に言って!」
少し遅れて、重い操作輪の回る音がした。
岩扉が持ち上がり、その向こう側からリュカが姿を見せる。
頬に小さな傷はある。
それでも、自分の足で戻ってきた。
「ただいま」
「おかえり」
シャルネは戻ってきてから回復魔法を使った。
リュカはラズフォードへ、ロープと未使用の薬を返す。
「薬、余りました」
「よし。空瓶を回収する手間が省けた」
一人で進んだのはリュカだった。
けれど、道を読んだクラウスも、必要な物を渡したラズフォードも、戻るのを待ったシャルネもいる。
誰か一人だけの活躍にはならなかった。
操作輪は扉の反対側。
壁際には細い整備路が残っていたが、鎧を着たみたらしっぽやラズフォードでは通れない。
リュカが入口へしゃがみ込む。
「俺なら行けます」
「中に何かいるかもしれないよ」
シャルネも隣へ来た。
「いたら戻る」
「すぐ?」
「なるべく」
「なるべくじゃなくて――」
「シャルネ」
アイリスが名前を呼ぶ。
止めるような強い声ではない。
シャルネは少し迷ったあと、それ以上は言葉を重ねなかった。
「危なくなったら、ちゃんと言ってね」
「うん」
クラウスは壁の厚みを測り、地図へ細い線を引いた。
「十二、三歩進んで右です。その先に小部屋があるはずです」
「あるはず?」
「壁の厚さが途中だけ薄いので。何もなかったら、俺もあとで謝ります」
「今日は謝る予定が多いですね」
リュカは笑いながら整備路へ入った。
ラズフォードが小型の回復薬と細いロープを渡す。
「使わなくても持っていけ。帰ってきたら、どっちも返してくれ」
「空瓶でも?」
「空瓶でも」
魔力灯の光が、狭い通路の奥へ消えていく。
しばらくして、小さな戦闘音が聞こえた。
シャルネの手が杖へ伸びる。
『小さい機兵が一体。もう倒した』
リュカの声が届いた。
「本当に一体?」
『二体に増えたら言うよ』
「増える前に言って!」
少し遅れて、重い操作輪の回る音がした。
岩扉が持ち上がり、その向こう側からリュカが姿を見せる。
頬に小さな傷はある。
それでも、自分の足で戻ってきた。
「ただいま」
「おかえり」
シャルネは戻ってきてから回復魔法を使った。
リュカはラズフォードへ、ロープと未使用の薬を返す。
「薬、余りました」
「よし。空瓶を回収する手間が省けた」
一人で進んだのはリュカだった。
けれど、道を読んだクラウスも、必要な物を渡したラズフォードも、戻るのを待ったシャルネもいる。
誰か一人だけの活躍にはならなかった。
光より先に来るもの
最深部には、旧導坑を掘り進めるための巨大な機獣が残されていた。
四本の太い脚。
岩盤を削る大きな掘削刃。
背中の動力炉は地脈と繋がり、青白い魔力を吸い上げ続けている。
《穿層機獣ドルガン》
六人が広間へ入ると、掘削刃が唸りを上げた。
ドルガンは地面へ潜り、姿を消す。
床の下を重い振動が走った。
三本の地脈のうち、右側だけが強く光る。
「右です!」
クラウスの声に合わせ、ラズフォードが盾を構えた。
次の瞬間。
右奥からドルガンが飛び出す。
掘削刃が盾へ激突し、青い火花が散った。
「これは……正面から受け続けるやつじゃないな!」
ラズフォードは苦笑しながら、盾を外側へ傾ける。
ドルガンの巨体が横へ流れ、岩壁へ肩をぶつけた。
みたらしっぽが側面から斬り込む。
リュカは腹の下へ潜り、装甲の継ぎ目を探した。
シャルネは今度こそ一人へ視線を固定せず、全員の状態を順番に見ている。
ドルガンが再び地面へ潜った。
今度は中央の地脈が強く光る。
「中央――」
クラウスが言いかけた。
しかし、床の振動は左から近づいている。
「違う、左!」
ラズフォードがすぐに向きを変える。
左側からドルガンが飛び出し、盾へ衝突した。
「光は嘘か!」
みたらしっぽが叫ぶ。
「二回目から誘導に使ってます。見るのは床です!」
クラウスは地面へ手をつき、振動の方向を確かめた。
一度目に当てた規則へ固執しない。
違ったなら、すぐに別の手がかりを探す。
三度目。
二本の地脈が同時に光った。
「正面。三秒後!」
「今度は信じるぞ!」
ラズフォードが前へ出る。
「外れたら一緒に吹っ飛んでください!」
「それは嫌です!」
三秒後。
正面からドルガンが現れた。
ラズフォードの盾が突進を受ける。
角度をつけ、巨体を横へ流す。
「今です!」
クラウスの矢が腹部の留め具へ命中した。
リュカが開いた隙間へ潜り込み、爪状の武器で装甲をこじ開ける。
青い制御石が露出した。
ドルガンが身体を捩る。
みたらしっぽが脚へ斬撃を入れ、動きを止める。
シャルネの回復がラズフォードへ届き、そのままみたらしっぽへ移る。弟のHPにも目を向けているが、今はまだ助けを必要としていない。
「ラズフォードさん、あと少し!」
「その少しが長い!」
それでも盾を離さない。
アイリスの攻撃魔法が、制御石を覆う最後の装甲を砕いた。
クラウスが次の矢をつがえる。
狙いは、リュカがつけた細い亀裂。
弓弦が鳴る。
矢が亀裂の中央へ突き刺さり、制御石が青い光とともに砕けた。
ドルガンの掘削刃が停止する。
巨体が傾き、床へ倒れ込んだ。
戦闘終了の表示が現れたあと、六人はしばらく動かなかった。
最初に声を出したのはラズフォードだった。
「腕、まだついてるな」
盾を持つ腕を何度か動かす。
「さっき外れそうって言ってましたよね」
シャルネが尋ねる。
「今日は何度か危なかった」
「どこまで本当なんですか?」
「半分くらい」
クラウスは戦場の中央へしゃがみ、三度の出現位置を地図へ書き込んでいた。
最初は光。
二度目からは振動。
外した予測も消さず、その横へ理由を残す。
「間違えた場所も描くんですね」
リュカが覗き込む。
「正解だけ残すと、次の人も同じ光に騙されるから」
クラウスは顔を上げた。
「失敗まで持ち帰った方が得でしょう?」
「それ、団ノ子っぽいね」
みたらしっぽが言う。
攻略記念に、六人でドルガンの前へ並んだ。
シャルネはドロップした掘削用の大きな頭装備を見つけ、面白半分にかぶっている。
顔の半分が隠れた。
「似合いますか?」
「前が見えてないでしょう」
リュカが言う。
「見えてるよ。たぶん」
「その言い方、今日何回目だろう」
写真に残ったのは、真面目に並んだ攻略班ではなかった。
大きな掘削兜をかぶったシャルネ。
それを直そうとするリュカ。
盾を杖代わりに休んでいるラズフォード。
三枚の地図を持ったクラウス。
その横で笑うみたらしっぽと、少し呆れたアイリス。
初めて一緒に遊んだ六人らしい、一枚になった。
四本の太い脚。
岩盤を削る大きな掘削刃。
背中の動力炉は地脈と繋がり、青白い魔力を吸い上げ続けている。
《穿層機獣ドルガン》
六人が広間へ入ると、掘削刃が唸りを上げた。
ドルガンは地面へ潜り、姿を消す。
床の下を重い振動が走った。
三本の地脈のうち、右側だけが強く光る。
「右です!」
クラウスの声に合わせ、ラズフォードが盾を構えた。
次の瞬間。
右奥からドルガンが飛び出す。
掘削刃が盾へ激突し、青い火花が散った。
「これは……正面から受け続けるやつじゃないな!」
ラズフォードは苦笑しながら、盾を外側へ傾ける。
ドルガンの巨体が横へ流れ、岩壁へ肩をぶつけた。
みたらしっぽが側面から斬り込む。
リュカは腹の下へ潜り、装甲の継ぎ目を探した。
シャルネは今度こそ一人へ視線を固定せず、全員の状態を順番に見ている。
ドルガンが再び地面へ潜った。
今度は中央の地脈が強く光る。
「中央――」
クラウスが言いかけた。
しかし、床の振動は左から近づいている。
「違う、左!」
ラズフォードがすぐに向きを変える。
左側からドルガンが飛び出し、盾へ衝突した。
「光は嘘か!」
みたらしっぽが叫ぶ。
「二回目から誘導に使ってます。見るのは床です!」
クラウスは地面へ手をつき、振動の方向を確かめた。
一度目に当てた規則へ固執しない。
違ったなら、すぐに別の手がかりを探す。
三度目。
二本の地脈が同時に光った。
「正面。三秒後!」
「今度は信じるぞ!」
ラズフォードが前へ出る。
「外れたら一緒に吹っ飛んでください!」
「それは嫌です!」
三秒後。
正面からドルガンが現れた。
ラズフォードの盾が突進を受ける。
角度をつけ、巨体を横へ流す。
「今です!」
クラウスの矢が腹部の留め具へ命中した。
リュカが開いた隙間へ潜り込み、爪状の武器で装甲をこじ開ける。
青い制御石が露出した。
ドルガンが身体を捩る。
みたらしっぽが脚へ斬撃を入れ、動きを止める。
シャルネの回復がラズフォードへ届き、そのままみたらしっぽへ移る。弟のHPにも目を向けているが、今はまだ助けを必要としていない。
「ラズフォードさん、あと少し!」
「その少しが長い!」
それでも盾を離さない。
アイリスの攻撃魔法が、制御石を覆う最後の装甲を砕いた。
クラウスが次の矢をつがえる。
狙いは、リュカがつけた細い亀裂。
弓弦が鳴る。
矢が亀裂の中央へ突き刺さり、制御石が青い光とともに砕けた。
ドルガンの掘削刃が停止する。
巨体が傾き、床へ倒れ込んだ。
戦闘終了の表示が現れたあと、六人はしばらく動かなかった。
最初に声を出したのはラズフォードだった。
「腕、まだついてるな」
盾を持つ腕を何度か動かす。
「さっき外れそうって言ってましたよね」
シャルネが尋ねる。
「今日は何度か危なかった」
「どこまで本当なんですか?」
「半分くらい」
クラウスは戦場の中央へしゃがみ、三度の出現位置を地図へ書き込んでいた。
最初は光。
二度目からは振動。
外した予測も消さず、その横へ理由を残す。
「間違えた場所も描くんですね」
リュカが覗き込む。
「正解だけ残すと、次の人も同じ光に騙されるから」
クラウスは顔を上げた。
「失敗まで持ち帰った方が得でしょう?」
「それ、団ノ子っぽいね」
みたらしっぽが言う。
攻略記念に、六人でドルガンの前へ並んだ。
シャルネはドロップした掘削用の大きな頭装備を見つけ、面白半分にかぶっている。
顔の半分が隠れた。
「似合いますか?」
「前が見えてないでしょう」
リュカが言う。
「見えてるよ。たぶん」
「その言い方、今日何回目だろう」
写真に残ったのは、真面目に並んだ攻略班ではなかった。
大きな掘削兜をかぶったシャルネ。
それを直そうとするリュカ。
盾を杖代わりに休んでいるラズフォード。
三枚の地図を持ったクラウス。
その横で笑うみたらしっぽと、少し呆れたアイリス。
初めて一緒に遊んだ六人らしい、一枚になった。
一人目は、地図を置きに来た
その日に、四人がまとめて団ノ子へ入ることはなかった。
ダンジョンを出たあとは、ギルドハウスでティオの料理を食べ、次に遊べる日の話をして別れた。
最初に戻ってきたのはクラウスだった。
三日後。
旧導坑の地図を何枚も抱え、会議室の長いテーブルを半分ほど占領した。
「一枚にまとめるのは諦めました」
「早かったね」
みたらしっぽが言う。
「動く前、動いたあと、もう一度動いたあと。この三枚を重ねる方がわかりやすいです」
フェンも隣へ座り、罠の位置を書き込んでいく。
二人は途中から、地図に使う記号の大きさで揉め始めた。
「罠の印が小さすぎます」
クラウスが言う。
「大きくすると、地図が罠だらけに見えるんです」
「実際、罠だらけの場所でしょう?」
「それでも道が見えなくなったら、地図自体が罠になります」
どちらも譲らない。
けれど、険悪な様子はなく、むしろ楽しそうだった。
みたらしっぽは二人の前にある地図を見た。
「クラウスさん」
「はい」
「これからも、ここで地図を作る?」
クラウスは一度、長いテーブルを見回した。
すでに自分の地図帳を何冊も広げている。
「ここまで場所を使ってから帰るのも、少し申し訳ないですね」
「片づければ帰れるよ」
「では、片づけない方向でお願いします」
みたらしっぽがギルドの招待を送る。
クラウスは少し笑い、承認へ触れた。
名前の下へ、団ノ子の紋章が加わる。
「よろしくお願いします。次は、地図より先にダンジョンを動かしてみたいです」
「それはできるの?」
「まだ方法はありません」
「そこからなんだ」
クラウスのために新しい棚が用意されるまで、地図帳は長いテーブルの端へ積まれることになった。
ダンジョンを出たあとは、ギルドハウスでティオの料理を食べ、次に遊べる日の話をして別れた。
最初に戻ってきたのはクラウスだった。
三日後。
旧導坑の地図を何枚も抱え、会議室の長いテーブルを半分ほど占領した。
「一枚にまとめるのは諦めました」
「早かったね」
みたらしっぽが言う。
「動く前、動いたあと、もう一度動いたあと。この三枚を重ねる方がわかりやすいです」
フェンも隣へ座り、罠の位置を書き込んでいく。
二人は途中から、地図に使う記号の大きさで揉め始めた。
「罠の印が小さすぎます」
クラウスが言う。
「大きくすると、地図が罠だらけに見えるんです」
「実際、罠だらけの場所でしょう?」
「それでも道が見えなくなったら、地図自体が罠になります」
どちらも譲らない。
けれど、険悪な様子はなく、むしろ楽しそうだった。
みたらしっぽは二人の前にある地図を見た。
「クラウスさん」
「はい」
「これからも、ここで地図を作る?」
クラウスは一度、長いテーブルを見回した。
すでに自分の地図帳を何冊も広げている。
「ここまで場所を使ってから帰るのも、少し申し訳ないですね」
「片づければ帰れるよ」
「では、片づけない方向でお願いします」
みたらしっぽがギルドの招待を送る。
クラウスは少し笑い、承認へ触れた。
名前の下へ、団ノ子の紋章が加わる。
「よろしくお願いします。次は、地図より先にダンジョンを動かしてみたいです」
「それはできるの?」
「まだ方法はありません」
「そこからなんだ」
クラウスのために新しい棚が用意されるまで、地図帳は長いテーブルの端へ積まれることになった。
二人目は、菓子箱を手前へ置いた
ラズフォードが再び現れたのは、飛行船の積み込み試験の日だった。
貨物室では、エイルとスフレが船体の左右へ荷重を分けている。
ラズフォードはまだ見学者だったが、普通に箱を運んでいた。
「この箱、右へ置くぞ」
「それ食料だよ」
スフレが確認する。
「左に同じ重さの水があるから、ちょうどいい」
その横で、ティオが非常食の箱を開けようとしている。
ラズフォードは別の小箱を差し出した。
「開けるなら、こっちにしておけ」
「お菓子~?」
「試験中に非常食を食べると、非常時に本当に困るからな」
エイルが小箱を覗く。
「菓子だけ妙に取りやすい場所だな」
「重要度が高い」
「お前、回復薬より菓子を大事にしてないか?」
「遭難した経験があるやつに聞いてみろ」
三人の視線が、みたらしっぽへ向く。
名もない島で一晩を過ごしたことを思い出し、みたらしっぽは少し考えた。
「菓子はあった方がいい」
「ほらな」
ラズフォードは満足そうに箱を棚へ収めた。
積み込みが終わったあと。
貨物室から出ようとしたところで、ラズフォードが振り返った。
「なあ、みたらしっぽ」
「何?」
「俺も、ここへ混ざっていいか?」
思っていたより、ずっと気軽な言い方だった。
「飛行船も面白いし、ダンジョンも面白かった。それに、ここの連中となら、多少寄り道しても全員で帰ってこられそうだ」
「ラズフォードが荷物を忘れなければね」
「忘れないよ。菓子も含めて」
みたらしっぽは、その場で招待を送った。
ラズフォードが承認し、二つ目の紋章が増える。
加入した直後、ティオが菓子箱へ手を伸ばした。
ラズフォードは一つ取り、自分の分と合わせて二つ渡した。
「加入祝い。今は数えてあるから食べていいぞ」
「やった~」
補給や在庫の話をする時にも、ラズフォードは難しい顔をしなかった。
皆が楽に遊ぶために、気づいたことを先にしておく。
彼のやり方は、少しずつ団ノ子の中へ馴染み始めた。
貨物室では、エイルとスフレが船体の左右へ荷重を分けている。
ラズフォードはまだ見学者だったが、普通に箱を運んでいた。
「この箱、右へ置くぞ」
「それ食料だよ」
スフレが確認する。
「左に同じ重さの水があるから、ちょうどいい」
その横で、ティオが非常食の箱を開けようとしている。
ラズフォードは別の小箱を差し出した。
「開けるなら、こっちにしておけ」
「お菓子~?」
「試験中に非常食を食べると、非常時に本当に困るからな」
エイルが小箱を覗く。
「菓子だけ妙に取りやすい場所だな」
「重要度が高い」
「お前、回復薬より菓子を大事にしてないか?」
「遭難した経験があるやつに聞いてみろ」
三人の視線が、みたらしっぽへ向く。
名もない島で一晩を過ごしたことを思い出し、みたらしっぽは少し考えた。
「菓子はあった方がいい」
「ほらな」
ラズフォードは満足そうに箱を棚へ収めた。
積み込みが終わったあと。
貨物室から出ようとしたところで、ラズフォードが振り返った。
「なあ、みたらしっぽ」
「何?」
「俺も、ここへ混ざっていいか?」
思っていたより、ずっと気軽な言い方だった。
「飛行船も面白いし、ダンジョンも面白かった。それに、ここの連中となら、多少寄り道しても全員で帰ってこられそうだ」
「ラズフォードが荷物を忘れなければね」
「忘れないよ。菓子も含めて」
みたらしっぽは、その場で招待を送った。
ラズフォードが承認し、二つ目の紋章が増える。
加入した直後、ティオが菓子箱へ手を伸ばした。
ラズフォードは一つ取り、自分の分と合わせて二つ渡した。
「加入祝い。今は数えてあるから食べていいぞ」
「やった~」
補給や在庫の話をする時にも、ラズフォードは難しい顔をしなかった。
皆が楽に遊ぶために、気づいたことを先にしておく。
彼のやり方は、少しずつ団ノ子の中へ馴染み始めた。
三人目は、薬を焦がした
シャルネは、その後も何度かエリシアの調合室へ通った。
初めのうちは、薬瓶を見つけるたびに質問していた。
「これは?」
「毒耐性です」
「こっちは?」
「眠気覚ましです」
「これは綺麗ですね」
「失敗作です」
「綺麗なのに?」
「飲むと三分間、声が高くなります」
「ちょっと試したいです」
「駄目です」
質問の数が減る気配はない。
ある日、二人で魔力回復薬の味を直していた時、火力を上げすぎて鍋から紫色の煙が噴き出した。
調合室から転がるように飛び出した二人を、廊下にいたチョコチップが驚いて見る。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
シャルネは紫色になった前髪を押さえながら答えた。
エリシアは煙を吸ってしまったらしく、いつもより一段高い声で言う。
「まったく大丈夫ではありません!」
その声を聞き、シャルネは耐えきれず笑った。
エリシアも最初は睨んでいたが、やがて自分の声がおかしいことへ気づき、二人で笑い始めた。
失敗した薬は飲めなかった。
けれど、焦げる直前までの配合には使えそうな部分があり、二人はすぐに記録を取り始めた。
その日の夕方。
シャルネはみたらしっぽを見つけ、自分から声をかけた。
「団ノ子に入りたいです」
「今日、薬を焦がしたから?」
「それも楽しかったですけど、それだけではないです」
弟のいないパーティーにも参加した。
最初は不安だったが、別の前衛や遠距離の仲間を見ながら回復することも、少しずつできるようになっていた。
「もっといろいろな人を見られるようになりたいです。薬も、回復魔法も、ここならどっちも試せます」
みたらしっぽが招待を送る。
シャルネは迷わず承認した。
三つ目の紋章が増える。
「リュカには?」
「まだ言ってません」
「驚かせる?」
「自慢します!」
驚かせるより、そちらが目的らしい。
初めのうちは、薬瓶を見つけるたびに質問していた。
「これは?」
「毒耐性です」
「こっちは?」
「眠気覚ましです」
「これは綺麗ですね」
「失敗作です」
「綺麗なのに?」
「飲むと三分間、声が高くなります」
「ちょっと試したいです」
「駄目です」
質問の数が減る気配はない。
ある日、二人で魔力回復薬の味を直していた時、火力を上げすぎて鍋から紫色の煙が噴き出した。
調合室から転がるように飛び出した二人を、廊下にいたチョコチップが驚いて見る。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
シャルネは紫色になった前髪を押さえながら答えた。
エリシアは煙を吸ってしまったらしく、いつもより一段高い声で言う。
「まったく大丈夫ではありません!」
その声を聞き、シャルネは耐えきれず笑った。
エリシアも最初は睨んでいたが、やがて自分の声がおかしいことへ気づき、二人で笑い始めた。
失敗した薬は飲めなかった。
けれど、焦げる直前までの配合には使えそうな部分があり、二人はすぐに記録を取り始めた。
その日の夕方。
シャルネはみたらしっぽを見つけ、自分から声をかけた。
「団ノ子に入りたいです」
「今日、薬を焦がしたから?」
「それも楽しかったですけど、それだけではないです」
弟のいないパーティーにも参加した。
最初は不安だったが、別の前衛や遠距離の仲間を見ながら回復することも、少しずつできるようになっていた。
「もっといろいろな人を見られるようになりたいです。薬も、回復魔法も、ここならどっちも試せます」
みたらしっぽが招待を送る。
シャルネは迷わず承認した。
三つ目の紋章が増える。
「リュカには?」
「まだ言ってません」
「驚かせる?」
「自慢します!」
驚かせるより、そちらが目的らしい。
四人目は、自分で戻ってきた
リュカは、姉が加入してもすぐには続かなかった。
それまでどおり見学者として、いくつかのダンジョンへ参加した。
カイトと一緒に狭い通路へ入り。
チョコチップの横で、攻撃したあとに戻る位置を覚え。
つきみの盾の後ろから、どの瞬間なら深く潜っても安全なのかを見た。
ある日の小規模ダンジョンでは、途中でカイトと二人だけが別の部屋へ落とされた。
「どうする?」
リュカが尋ねる。
「まず出口探すか。敵が来たら半分ずつ」
カイトは気軽に答えた。
「半分って?」
「右半分が俺、左半分がリュカ。多かったら、あとで交換」
「雑ですね」
「でもわかりやすいだろ?」
本当に左右から敵が現れ、二人は背中を合わせて戦った。
リュカは深く入りすぎず、カイトが作った隙間へ飛び込む。カイトも自分だけで敵を追わず、リュカが戻れる道を空けた。
無事に本隊へ合流した時。
姉はいなかった。
それでも、自分で考え、自分で戻ってこられた。
ギルドハウスへ帰ったあと。
リュカは先に加入したシャルネの隣ではなく、みたらしっぽのところへ一人で来た。
「俺も、団ノ子へ入りたいです」
「シャルネがいるから?」
「姉さんがいるのは嬉しいです。でも、それだけじゃないです」
訓練場では、カイトが次に試したい動きをレオンへ説明している。
少し離れた場所では、チョコチップが刀の手入れをしていた。
「ここで、俺自身の戦い方をもっと増やしたいです。姉さんが見ていない時にも、ちゃんと戻れるようになりたい」
みたらしっぽは招待を送った。
リュカが承認すると、四つ目の紋章が名前の下へ加わる。
それを見つけたシャルネが駆けてきた。
「リュカも入ったの?」
「うん」
「私が先だったね!」
「加入って競争だったの?」
「今決めた」
リュカは呆れたように笑った。
同じ姉弟でも、団ノ子へ残ると決めた理由は違う。
それでよかった。
それまでどおり見学者として、いくつかのダンジョンへ参加した。
カイトと一緒に狭い通路へ入り。
チョコチップの横で、攻撃したあとに戻る位置を覚え。
つきみの盾の後ろから、どの瞬間なら深く潜っても安全なのかを見た。
ある日の小規模ダンジョンでは、途中でカイトと二人だけが別の部屋へ落とされた。
「どうする?」
リュカが尋ねる。
「まず出口探すか。敵が来たら半分ずつ」
カイトは気軽に答えた。
「半分って?」
「右半分が俺、左半分がリュカ。多かったら、あとで交換」
「雑ですね」
「でもわかりやすいだろ?」
本当に左右から敵が現れ、二人は背中を合わせて戦った。
リュカは深く入りすぎず、カイトが作った隙間へ飛び込む。カイトも自分だけで敵を追わず、リュカが戻れる道を空けた。
無事に本隊へ合流した時。
姉はいなかった。
それでも、自分で考え、自分で戻ってこられた。
ギルドハウスへ帰ったあと。
リュカは先に加入したシャルネの隣ではなく、みたらしっぽのところへ一人で来た。
「俺も、団ノ子へ入りたいです」
「シャルネがいるから?」
「姉さんがいるのは嬉しいです。でも、それだけじゃないです」
訓練場では、カイトが次に試したい動きをレオンへ説明している。
少し離れた場所では、チョコチップが刀の手入れをしていた。
「ここで、俺自身の戦い方をもっと増やしたいです。姉さんが見ていない時にも、ちゃんと戻れるようになりたい」
みたらしっぽは招待を送った。
リュカが承認すると、四つ目の紋章が名前の下へ加わる。
それを見つけたシャルネが駆けてきた。
「リュカも入ったの?」
「うん」
「私が先だったね!」
「加入って競争だったの?」
「今決めた」
リュカは呆れたように笑った。
同じ姉弟でも、団ノ子へ残ると決めた理由は違う。
それでよかった。
増えた椅子
四人が加わったことで、会議室の椅子はさらに増えた。
エクレアが倉庫から運んできた一脚は、座るたびに小さく音が鳴った。
きい。
クラウスが試しに座る。
きい。
「これ、俺の席ですか?」
「一番目立つよ!」
「いらない特典ですね」
「地図を描いてる途中で寝ても、動いたらすぐわかる!」
「寝ませんよ」
そう答えながらも、クラウスはその椅子を使い続けた。
ラズフォードは新しい椅子の横へ、小さな共用箱を置いた。中身は回復薬ではなく、個包装の菓子だった。
シャルネはエリシアの近くへ座ることが増え、リュカはカイトやレオンに呼ばれて訓練場へ向かうことが多くなった。
募集を始めた頃より、ギルドハウスは明らかに賑やかになっている。
それでも、グリーデン峠へ向かう日はまだ決まっていない。
壁の地図には、南部へ伸びる道だけがある。
今はその手前で。
新しい仲間と一緒に遊び、失敗し、少しずつ互いの動きを知っている途中だった。
そんなある夜。
TRustDiamonDのレナートから、みたらしっぽへ五つのダンジョン記録が届いた。
一緒に添えられていた言葉は、意外と短かった。
エクレアが倉庫から運んできた一脚は、座るたびに小さく音が鳴った。
きい。
クラウスが試しに座る。
きい。
「これ、俺の席ですか?」
「一番目立つよ!」
「いらない特典ですね」
「地図を描いてる途中で寝ても、動いたらすぐわかる!」
「寝ませんよ」
そう答えながらも、クラウスはその椅子を使い続けた。
ラズフォードは新しい椅子の横へ、小さな共用箱を置いた。中身は回復薬ではなく、個包装の菓子だった。
シャルネはエリシアの近くへ座ることが増え、リュカはカイトやレオンに呼ばれて訓練場へ向かうことが多くなった。
募集を始めた頃より、ギルドハウスは明らかに賑やかになっている。
それでも、グリーデン峠へ向かう日はまだ決まっていない。
壁の地図には、南部へ伸びる道だけがある。
今はその手前で。
新しい仲間と一緒に遊び、失敗し、少しずつ互いの動きを知っている途中だった。
そんなある夜。
TRustDiamonDのレナートから、みたらしっぽへ五つのダンジョン記録が届いた。
一緒に添えられていた言葉は、意外と短かった。
どれも、普段と違う仲間で入ると癖が出やすい場所です。
合同訓練の前に、一度遊んでみてください。
翌日。
みたらしっぽは五枚の地図を持って、長いテーブルの前へ立った。
みたらしっぽは五枚の地図を持って、長いテーブルの前へ立った。
五枚の地図
会議室へ集まった人数は、前回よりさらに多かった。
ティオは窓際の椅子で半分眠り。
エクレアはみたらしっぽが持っている地図を横から覗こうとし。
チョコチップに肩を引かれて元の位置へ戻されている。
「まだ見てはいけませんよ」
「ちょっと端が見えただけ!」
「見ようとしていましたよね?」
「見えるかなと思っただけ!」
みたらしっぽは五枚を裏返したまま、テーブルへ並べた。
「次は五つのパーティーに分かれる」
「五つ!」
エクレアがすぐに反応する。
「今度も、一回限りの組み合わせ。攻略が終わったら、また入れ替えるよ」
今回はTRustDiamonDとの合同訓練へ入る前の、もう一度の団ノ子内攻略になる。
誰が一番強いかを決めるためではない。
今度はどんな相手と組み、どんなところで困るのか。それを知るためのものだった。
みたらしっぽが一枚目を表へ返す。
ティオは窓際の椅子で半分眠り。
エクレアはみたらしっぽが持っている地図を横から覗こうとし。
チョコチップに肩を引かれて元の位置へ戻されている。
「まだ見てはいけませんよ」
「ちょっと端が見えただけ!」
「見ようとしていましたよね?」
「見えるかなと思っただけ!」
みたらしっぽは五枚を裏返したまま、テーブルへ並べた。
「次は五つのパーティーに分かれる」
「五つ!」
エクレアがすぐに反応する。
「今度も、一回限りの組み合わせ。攻略が終わったら、また入れ替えるよ」
今回はTRustDiamonDとの合同訓練へ入る前の、もう一度の団ノ子内攻略になる。
誰が一番強いかを決めるためではない。
今度はどんな相手と組み、どんなところで困るのか。それを知るためのものだった。
みたらしっぽが一枚目を表へ返す。
第一班――《層刻の地下回廊》
みたらしっぽ、ロウガン、クラウス、エクレアマルテール、ガトーショコラ、エリシア。
上下へ重なった回廊と、時間によって開閉する石門を進むダンジョンだった。
エクレアが、すぐにクラウスの隣へ移動する。
「クラウス、隠し道を見つけてね!」
「まだ入口も見ていません」
「でも、ありそうでしょう?」
「ありそうですけど、見つけた瞬間に一人で入らないでください」
「大丈夫。みんなを呼んでから入る!」
ロウガンが首を傾ける。
「入ること自体は決まっているのか?」
「見つけたのに入らないのはもったいないよ!」
ガトーショコラは地図を覗きながら言う。
「出口へ着く前に日が暮れそうだね」
エリシアも薬鞄を抱え直した。
「迷子に効く薬はありませんからね」
「帰り道は任せてください」
クラウスが答える。
少し間を置く。
「たぶん」
「そこは言い切ってよ!」
エクレアの声に、会議室から笑いが起きた。
みたらしっぽ、ロウガン、クラウス、エクレアマルテール、ガトーショコラ、エリシア。
上下へ重なった回廊と、時間によって開閉する石門を進むダンジョンだった。
エクレアが、すぐにクラウスの隣へ移動する。
「クラウス、隠し道を見つけてね!」
「まだ入口も見ていません」
「でも、ありそうでしょう?」
「ありそうですけど、見つけた瞬間に一人で入らないでください」
「大丈夫。みんなを呼んでから入る!」
ロウガンが首を傾ける。
「入ること自体は決まっているのか?」
「見つけたのに入らないのはもったいないよ!」
ガトーショコラは地図を覗きながら言う。
「出口へ着く前に日が暮れそうだね」
エリシアも薬鞄を抱え直した。
「迷子に効く薬はありませんからね」
「帰り道は任せてください」
クラウスが答える。
少し間を置く。
「たぶん」
「そこは言い切ってよ!」
エクレアの声に、会議室から笑いが起きた。
第二班――《霧鐘の吊庭》
つきみ、スフレ、カイト、チロル、リュカ、ティオ。
白い霧の中へ浮かぶ足場を、遠くから響く鐘の音を頼りに渡る場所だった。
「いいメンバーじゃん」
カイトは地図を受け取ると、壁際の共用鞄を持ち上げた。
「ロープと薬は俺が持つよ。足場で誰か引っかかったら、引っ張れるしな」
リュカが反対側の持ち手を掴む。
「半分は俺が持ちます」
「遠慮しなくていいぞ」
「カイトさんが離れた時、全部一緒になくなるので」
「なるほど。よく見てるな」
カイトは素直に半分を渡した。
ティオは食料の入った箱を抱える。
「おやつは全部こっちで持つよ~」
「それは途中で減るやつだね」
チロルが言う。
「少しずつ減るよ~」
「攻略中に全部なくならないようにね」
スフレは霧鐘の構造図を見ていた。
「鐘の音に合わせて、浮遊足場が動くみたい」
「演奏と合わせられる?」
つきみが尋ねる。
「やってみたい。鐘に負けたら、少し悔しいし」
戦闘より先に、スフレとダンジョンの音楽対決が始まりそうだった。
つきみ、スフレ、カイト、チロル、リュカ、ティオ。
白い霧の中へ浮かぶ足場を、遠くから響く鐘の音を頼りに渡る場所だった。
「いいメンバーじゃん」
カイトは地図を受け取ると、壁際の共用鞄を持ち上げた。
「ロープと薬は俺が持つよ。足場で誰か引っかかったら、引っ張れるしな」
リュカが反対側の持ち手を掴む。
「半分は俺が持ちます」
「遠慮しなくていいぞ」
「カイトさんが離れた時、全部一緒になくなるので」
「なるほど。よく見てるな」
カイトは素直に半分を渡した。
ティオは食料の入った箱を抱える。
「おやつは全部こっちで持つよ~」
「それは途中で減るやつだね」
チロルが言う。
「少しずつ減るよ~」
「攻略中に全部なくならないようにね」
スフレは霧鐘の構造図を見ていた。
「鐘の音に合わせて、浮遊足場が動くみたい」
「演奏と合わせられる?」
つきみが尋ねる。
「やってみたい。鐘に負けたら、少し悔しいし」
戦闘より先に、スフレとダンジョンの音楽対決が始まりそうだった。
第三班――《崩潮の石渠》
シュガーシロップ、フォンダンアイリス、チョコチップ、レオン、フェン。
水路と橋が戦闘中にも崩れ、進める道が次々と変わっていくダンジョン。
シュガーシロップが、チョコチップへ軽く手を上げた。
「チョコと一緒か。前は任せて」
「ありがとうございます。シロさんも、道がなくなる前に戻ってきてくださいね」
「俺が落ちる前提?」
「橋が崩れる場所ですから」
「シロなら、一回くらい落ちても登ってきそうね」
アイリスが平然と言う。
「助ける気は?」
「回復はするわよ。登るのは自分でお願い」
レオンが地図へ目を落とした。
「俺も前へ出ます。今回は魔力もちゃんと残します」
「言う前に使い切らないでね」
アイリスに言われ、レオンは少し困った顔をする。
「まだ何もしていませんよ」
フェンは、崩れたあとの水路図を確認していた。
「橋がなくなった時の道は、いくつか予測できます。チョコチップさんへ早めに伝えます」
「お願いします。私も皆さんの位置を見ます」
前回、初めて進行を任されたチョコチップは、もう「自分にできますか」とは聞かなかった。
少し緊張しながらも、地図を自分の前へ引き寄せていた。
シュガーシロップ、フォンダンアイリス、チョコチップ、レオン、フェン。
水路と橋が戦闘中にも崩れ、進める道が次々と変わっていくダンジョン。
シュガーシロップが、チョコチップへ軽く手を上げた。
「チョコと一緒か。前は任せて」
「ありがとうございます。シロさんも、道がなくなる前に戻ってきてくださいね」
「俺が落ちる前提?」
「橋が崩れる場所ですから」
「シロなら、一回くらい落ちても登ってきそうね」
アイリスが平然と言う。
「助ける気は?」
「回復はするわよ。登るのは自分でお願い」
レオンが地図へ目を落とした。
「俺も前へ出ます。今回は魔力もちゃんと残します」
「言う前に使い切らないでね」
アイリスに言われ、レオンは少し困った顔をする。
「まだ何もしていませんよ」
フェンは、崩れたあとの水路図を確認していた。
「橋がなくなった時の道は、いくつか予測できます。チョコチップさんへ早めに伝えます」
「お願いします。私も皆さんの位置を見ます」
前回、初めて進行を任されたチョコチップは、もう「自分にできますか」とは聞かなかった。
少し緊張しながらも、地図を自分の前へ引き寄せていた。
第四班――《熾火の圧炉坑》
ラズフォード、セシールマドレーヌ、マリーシュトレン、エイル、イグナ。
高温の機関坑を進み、停止した冷却装置を再起動するダンジョンだった。
イグナが、地図に描かれた巨大な装置を見る。
「これは叩けば動くのか?」
ラズフォードがすぐに答える。
「たぶん、叩いたら余計に止まる」
「じゃあ、どこを叩けばいい?」
「叩かない選択肢を最初に覚えよう」
エイルが笑う。
「イグナが壊して、俺たちが直して進むダンジョンになりそうだな」
「それでも進めるならいいだろ」
「よくないです」
シュトレンも笑いながら止める。
セシールマドレーヌは、装置に刻まれた冷却術式を拡大していた。
「古いクラス外魔術が混ざってる。これ、持ち帰れたら飛行船にも使えるかも」
「マドレーヌさんまで、攻略前に持ち帰る話をしてます」
シュトレンが言う。
「見るだけ。たぶん」
「クラウスさんの言い方がうつってますよ」
ラズフォードは四人の会話を聞きながら、冷却薬の数を確認する。
「とりあえず予備は多めに持とう。イグナが何か壊した時の分も」
「まだ壊してないぞ」
「その言葉、出発後にも覚えておくよ」
ラズフォード、セシールマドレーヌ、マリーシュトレン、エイル、イグナ。
高温の機関坑を進み、停止した冷却装置を再起動するダンジョンだった。
イグナが、地図に描かれた巨大な装置を見る。
「これは叩けば動くのか?」
ラズフォードがすぐに答える。
「たぶん、叩いたら余計に止まる」
「じゃあ、どこを叩けばいい?」
「叩かない選択肢を最初に覚えよう」
エイルが笑う。
「イグナが壊して、俺たちが直して進むダンジョンになりそうだな」
「それでも進めるならいいだろ」
「よくないです」
シュトレンも笑いながら止める。
セシールマドレーヌは、装置に刻まれた冷却術式を拡大していた。
「古いクラス外魔術が混ざってる。これ、持ち帰れたら飛行船にも使えるかも」
「マドレーヌさんまで、攻略前に持ち帰る話をしてます」
シュトレンが言う。
「見るだけ。たぶん」
「クラウスさんの言い方がうつってますよ」
ラズフォードは四人の会話を聞きながら、冷却薬の数を確認する。
「とりあえず予備は多めに持とう。イグナが何か壊した時の分も」
「まだ壊してないぞ」
「その言葉、出発後にも覚えておくよ」
第五班――《月影菌糸洞》
フェタシェール、シャルネ、フィリスフィナンシェ、ルカ、エスプレッソ。
巨大な菌糸と発光茸に覆われ、視界だけでなく魔力感知まで乱れる洞窟。
シャルネは自分の名前を確認したあと、すぐに別の班へいる弟を探した。
「リュカと別だ」
「そのための組み替えでしょう?」
第二班からリュカの声が飛んでくる。
「姉さん、俺の状態表示を探さないで、そっちの人をちゃんと見てよ」
「ちゃんと見るよ!」
「俺より?」
「……同じくらい」
「俺はいないんだから、そっちだけ見て」
フィナンシェが、笑いながらシャルネの肩を軽く叩いた。
「大丈夫。私も一緒だから」
「はい。フィナンシェさんも、フェタさんも、皆さん見ます!」
フェタシェールは地図の狭い通路へ目を向けた。
「前は私がやるね。でも見えない敵まで全部止めるのは無理だから、気づいたらすぐ教えて」
ルカは召喚獣の一覧を開く。
「大きい子は通れなさそうです。小型の召喚獣へ変えます」
シャルネは、エスプレッソが背負っている大鎌を近くで見た。
「その鎌、やっぱりかっこいいですね」
エスプレッソが少しだけ大鎌を持ち上げる。
「重いよ」
「持ってみてもいいですか?」
「攻略が終わってから」
「約束ですよ」
エスプレッソは短く頷いた。
狭い洞窟へ大鎌をどう通すかという話より、シャルネの中では攻略後の楽しみが一つ増えていた。
フェタシェール、シャルネ、フィリスフィナンシェ、ルカ、エスプレッソ。
巨大な菌糸と発光茸に覆われ、視界だけでなく魔力感知まで乱れる洞窟。
シャルネは自分の名前を確認したあと、すぐに別の班へいる弟を探した。
「リュカと別だ」
「そのための組み替えでしょう?」
第二班からリュカの声が飛んでくる。
「姉さん、俺の状態表示を探さないで、そっちの人をちゃんと見てよ」
「ちゃんと見るよ!」
「俺より?」
「……同じくらい」
「俺はいないんだから、そっちだけ見て」
フィナンシェが、笑いながらシャルネの肩を軽く叩いた。
「大丈夫。私も一緒だから」
「はい。フィナンシェさんも、フェタさんも、皆さん見ます!」
フェタシェールは地図の狭い通路へ目を向けた。
「前は私がやるね。でも見えない敵まで全部止めるのは無理だから、気づいたらすぐ教えて」
ルカは召喚獣の一覧を開く。
「大きい子は通れなさそうです。小型の召喚獣へ変えます」
シャルネは、エスプレッソが背負っている大鎌を近くで見た。
「その鎌、やっぱりかっこいいですね」
エスプレッソが少しだけ大鎌を持ち上げる。
「重いよ」
「持ってみてもいいですか?」
「攻略が終わってから」
「約束ですよ」
エスプレッソは短く頷いた。
狭い洞窟へ大鎌をどう通すかという話より、シャルネの中では攻略後の楽しみが一つ増えていた。
出発は三日後
五枚の地図が、会議室の壁へ並べられた。
出発は三日後。
それまでに装備を整え、必要な薬や食料を揃え、地図を軽く読んでおく。
けれど、会議が終わった途端に全員が難しい顔で準備を始めたわけではなかった。
エクレアは第一班の地図を持ってクラウスを追い回し、
「ここ、絶対隠し部屋あるよ」
と、まだ現地へ行ってもいないのに主張している。
クラウスは、
「その根拠は?」
と聞きながらも、少し楽しそうに地図を開いていた。
ラズフォードは第四班の薬と一緒に、なぜか辛い菓子と甘い菓子を両方用意している。
「暑い場所で辛い物はいらなくないか?」
エイルが尋ねる。
「食べ比べたくなる人がいるかもしれない」
「誰だよ」
「イグナ辺り」
「俺はどっちでも食うぞ」
予想は当たっていた。
シャルネはエリシアの調合室へ行き、視界が乱れる場所でも飲み間違えない薬瓶の形を相談している。
リュカはカイトとロープの結び方を試し、何度か互いの腕を縛ってしまっていた。
スフレは鐘の音を再現する小型装置を作り、ティオはその横で既に眠りかけている。
人数が増えたことで、会議室は以前より狭くなった。
声も増えた。
予定を決めるだけなのに、あちこちで別の話が始まる。
みたらしっぽは長いテーブルの端へ腰を下ろし、その光景を眺めていた。
隣へチョコチップが座る。
「賑やかになりましたね」
「うん。前の四班を作った時より、だいぶ増えた」
「次は五班です」
「そのうち、椅子が本当に足りなくなるかも」
二人の前を、エクレアが地図を持って駆け抜けた。
「先輩! クラウスが、まだ隠し部屋はないって決められないって!」
「ないとも言ってません!」
少し遅れてクラウスの声が飛んでくる。
「じゃあ、あるかもしれないんだよね!」
「可能性の話です!」
「見つけたら私の勝ち!」
何の勝負なのか、誰にもわからない。
みたらしっぽとチョコチップは顔を見合わせ、同時に笑った。
グリーデン峠は、まだ遠い。
剣龍へ挑む人数も、パーティーも決まっていない。
それでも今は。
山へ向かう前に、次の五つのダンジョンを誰と遊ぶのか。
それだけで、ギルドハウスは十分すぎるほど盛り上がっていた。
出発は三日後。
それまでに装備を整え、必要な薬や食料を揃え、地図を軽く読んでおく。
けれど、会議が終わった途端に全員が難しい顔で準備を始めたわけではなかった。
エクレアは第一班の地図を持ってクラウスを追い回し、
「ここ、絶対隠し部屋あるよ」
と、まだ現地へ行ってもいないのに主張している。
クラウスは、
「その根拠は?」
と聞きながらも、少し楽しそうに地図を開いていた。
ラズフォードは第四班の薬と一緒に、なぜか辛い菓子と甘い菓子を両方用意している。
「暑い場所で辛い物はいらなくないか?」
エイルが尋ねる。
「食べ比べたくなる人がいるかもしれない」
「誰だよ」
「イグナ辺り」
「俺はどっちでも食うぞ」
予想は当たっていた。
シャルネはエリシアの調合室へ行き、視界が乱れる場所でも飲み間違えない薬瓶の形を相談している。
リュカはカイトとロープの結び方を試し、何度か互いの腕を縛ってしまっていた。
スフレは鐘の音を再現する小型装置を作り、ティオはその横で既に眠りかけている。
人数が増えたことで、会議室は以前より狭くなった。
声も増えた。
予定を決めるだけなのに、あちこちで別の話が始まる。
みたらしっぽは長いテーブルの端へ腰を下ろし、その光景を眺めていた。
隣へチョコチップが座る。
「賑やかになりましたね」
「うん。前の四班を作った時より、だいぶ増えた」
「次は五班です」
「そのうち、椅子が本当に足りなくなるかも」
二人の前を、エクレアが地図を持って駆け抜けた。
「先輩! クラウスが、まだ隠し部屋はないって決められないって!」
「ないとも言ってません!」
少し遅れてクラウスの声が飛んでくる。
「じゃあ、あるかもしれないんだよね!」
「可能性の話です!」
「見つけたら私の勝ち!」
何の勝負なのか、誰にもわからない。
みたらしっぽとチョコチップは顔を見合わせ、同時に笑った。
グリーデン峠は、まだ遠い。
剣龍へ挑む人数も、パーティーも決まっていない。
それでも今は。
山へ向かう前に、次の五つのダンジョンを誰と遊ぶのか。
それだけで、ギルドハウスは十分すぎるほど盛り上がっていた。