だんのこまち@wiki
星の水門と、空へ向かう魔術
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朝の船影
名もない島へ流れ着いた翌朝。
夜の間、森の奥で時折見えていた青い光は、日の出とともに姿を消していた。
残ったのは、木々の間を抜ける風と、砂浜へ寄せる波の音だけ。
焚き火の跡では、昨夜釣り上げた魚の残りが温め直されている。
スフレは《シーグラス号》から外した小型魔石炉を使い、火力を一定に保っていた。隣ではルカが食器を並べ、その背後では戦闘用の召喚獣が森の方角を見張っている。
砂浜へ深く乗り上げた船は、朝になって見ると昨夜以上にひどい状態だった。
船底の亀裂。
折れた帆柱。
砕けた操舵魔石。
修理するにも、島にある木材や手持ちの部品だけでは足りない。
エイルは海図を広げ、潮の向きを何度も確かめていた。
「昼までに船影が見えなかったら、島の東側を調べよう。高いところへ登れば、航路を走る船が見えるかもしれねえ」
「島の中の音も気になる」
みたらしっぽは、昨夜青い光が見えた場所を地図へ残していた。
「でも、先に救助を呼べるなら、その方がいい」
アイリスも壊れた船を見た。
「ここから出られないまま、島の探索だけ進めても仕方ないものね」
その時だった。
ガトーショコラが、海へ向けていた長銃を下ろす。
「船が来る」
全員が沖へ目を向ける。
最初は、水平線の上へ小さな帆の先端だけが見えていた。
やがて船体が姿を現す。
白と紺を基調とした中型船。
船腹には、星と魔術陣を組み合わせた紋章が描かれている。
アズールステラ方面から来た魔術観測船らしい。
本来の航路は島よりも少し沖側だったが、甲板にいた誰かがこちらへ気づいた。
船首に立つ一人の女性が、島を指している。
船がゆっくりと進路を変えた。
「本当に寄ってきたな」
エイルが立ち上がる。
「珍しいんでしょうね」
アイリスは、誰も住んでいないはずの島へ並んで立つ一行を見回した。
みたらしっぽたちは、浜辺へ移動した。
少しして、観測船から小型艇が降ろされる。
青い光をまとった船底が海面を滑り、そのまま浅瀬へ入ってきた。
先頭に乗っていた女性が、砂浜へ飛び降りる。
柔らかな桃色の髪。
青い瞳。
黒と茶色を組み合わせた、学院の制服にも見える服。
ただし。
頭には、同じ髪色の猫耳が生えていた。
さらに右目だけが、青ではなく金色に変わっている。
女性は砂浜へ並ぶ一行を見て、驚いたように目を丸くした。
「本当に人がいた」
猫耳が、好奇心を示すように立つ。
「ここ、航路から見ても何もない島なんだけど。どうして全員揃ってキャンプしてるの?」
みたらしっぽは、後ろにある《シーグラス号》を示した。
「海洋巨大都市マレグランディアの領海へ入ってしまって、ラインタリスに追われました。最後は波に乗って、ここへ」
女性は傾いた船を見た。
次に。
沖へ続く大きな波の跡を見る。
「ラインタリスを抜けてきたの?」
「何とか」
「よく全員無事だったね……」
女性は、心から感心した様子で船へ近づいた。
船底の亀裂を確認し、修理がすぐにはできないことも理解したらしい。
「このまま置いていくなら、位置を記録しておいた方がいいよ。あとで回収船を呼べるから」
「助かります」
みたらしっぽが答える。
女性は頷いたあと、自分の猫耳へ触れた。
「あ、ごめん。この姿のままだった」
胸元から細長い巻物を取り出す。
短い詠唱。
巻物に刻まれた術式が淡く光った。
猫耳が粒子となって消える。
金色だった右目も、左目と同じ青色へ戻った。
「私はセシール・マドレーヌ。海上魔術都市アズールステラで、クラス外魔術の研究をしてるの」
スフレとアイリスが、同時に彼女を見る。
今。
目の前で使われた術式。
クラススキルの表示は出ていない。
マドレーヌ自身のクラスは《フォース》だが、外見を変えた魔術はフォースの技ではなかった。
「今のもクラス外魔術ですか?」
ルカが尋ねる。
「うん。登録した外見へ、瞬時に切り替える術式」
マドレーヌは巻物を軽く持ち上げた。
「猫耳や髪型だけでも登録できるし、瞳の色も変えられる。さっきまで船の上で動作確認をしてたの」
もう一度短く詠唱する。
今度は猫耳だけが現れ、瞳は両方とも青いまま。
さらに詠唱すると、耳は消え、右目だけが金色へ切り替わった。
「組み合わせもできるんです」
スフレは、外見よりも術式の切り替わる速さを見ていた。
一つの状態を記録し。
別の状態へ瞬時に変える。
飛行船の姿勢制御へ求めているものと、どこか似ている。
マドレーヌは島へ来た理由を思い出し、観測船の方を示した。
「アズールステラへ戻るところなの。船に乗れる場所はあるから、よかったら一緒に来る?」
みたらしっぽたちの目的地も、同じ都市だった。
断る理由はなかった。
夜の間、森の奥で時折見えていた青い光は、日の出とともに姿を消していた。
残ったのは、木々の間を抜ける風と、砂浜へ寄せる波の音だけ。
焚き火の跡では、昨夜釣り上げた魚の残りが温め直されている。
スフレは《シーグラス号》から外した小型魔石炉を使い、火力を一定に保っていた。隣ではルカが食器を並べ、その背後では戦闘用の召喚獣が森の方角を見張っている。
砂浜へ深く乗り上げた船は、朝になって見ると昨夜以上にひどい状態だった。
船底の亀裂。
折れた帆柱。
砕けた操舵魔石。
修理するにも、島にある木材や手持ちの部品だけでは足りない。
エイルは海図を広げ、潮の向きを何度も確かめていた。
「昼までに船影が見えなかったら、島の東側を調べよう。高いところへ登れば、航路を走る船が見えるかもしれねえ」
「島の中の音も気になる」
みたらしっぽは、昨夜青い光が見えた場所を地図へ残していた。
「でも、先に救助を呼べるなら、その方がいい」
アイリスも壊れた船を見た。
「ここから出られないまま、島の探索だけ進めても仕方ないものね」
その時だった。
ガトーショコラが、海へ向けていた長銃を下ろす。
「船が来る」
全員が沖へ目を向ける。
最初は、水平線の上へ小さな帆の先端だけが見えていた。
やがて船体が姿を現す。
白と紺を基調とした中型船。
船腹には、星と魔術陣を組み合わせた紋章が描かれている。
アズールステラ方面から来た魔術観測船らしい。
本来の航路は島よりも少し沖側だったが、甲板にいた誰かがこちらへ気づいた。
船首に立つ一人の女性が、島を指している。
船がゆっくりと進路を変えた。
「本当に寄ってきたな」
エイルが立ち上がる。
「珍しいんでしょうね」
アイリスは、誰も住んでいないはずの島へ並んで立つ一行を見回した。
みたらしっぽたちは、浜辺へ移動した。
少しして、観測船から小型艇が降ろされる。
青い光をまとった船底が海面を滑り、そのまま浅瀬へ入ってきた。
先頭に乗っていた女性が、砂浜へ飛び降りる。
柔らかな桃色の髪。
青い瞳。
黒と茶色を組み合わせた、学院の制服にも見える服。
ただし。
頭には、同じ髪色の猫耳が生えていた。
さらに右目だけが、青ではなく金色に変わっている。
女性は砂浜へ並ぶ一行を見て、驚いたように目を丸くした。
「本当に人がいた」
猫耳が、好奇心を示すように立つ。
「ここ、航路から見ても何もない島なんだけど。どうして全員揃ってキャンプしてるの?」
みたらしっぽは、後ろにある《シーグラス号》を示した。
「海洋巨大都市マレグランディアの領海へ入ってしまって、ラインタリスに追われました。最後は波に乗って、ここへ」
女性は傾いた船を見た。
次に。
沖へ続く大きな波の跡を見る。
「ラインタリスを抜けてきたの?」
「何とか」
「よく全員無事だったね……」
女性は、心から感心した様子で船へ近づいた。
船底の亀裂を確認し、修理がすぐにはできないことも理解したらしい。
「このまま置いていくなら、位置を記録しておいた方がいいよ。あとで回収船を呼べるから」
「助かります」
みたらしっぽが答える。
女性は頷いたあと、自分の猫耳へ触れた。
「あ、ごめん。この姿のままだった」
胸元から細長い巻物を取り出す。
短い詠唱。
巻物に刻まれた術式が淡く光った。
猫耳が粒子となって消える。
金色だった右目も、左目と同じ青色へ戻った。
「私はセシール・マドレーヌ。海上魔術都市アズールステラで、クラス外魔術の研究をしてるの」
スフレとアイリスが、同時に彼女を見る。
今。
目の前で使われた術式。
クラススキルの表示は出ていない。
マドレーヌ自身のクラスは《フォース》だが、外見を変えた魔術はフォースの技ではなかった。
「今のもクラス外魔術ですか?」
ルカが尋ねる。
「うん。登録した外見へ、瞬時に切り替える術式」
マドレーヌは巻物を軽く持ち上げた。
「猫耳や髪型だけでも登録できるし、瞳の色も変えられる。さっきまで船の上で動作確認をしてたの」
もう一度短く詠唱する。
今度は猫耳だけが現れ、瞳は両方とも青いまま。
さらに詠唱すると、耳は消え、右目だけが金色へ切り替わった。
「組み合わせもできるんです」
スフレは、外見よりも術式の切り替わる速さを見ていた。
一つの状態を記録し。
別の状態へ瞬時に変える。
飛行船の姿勢制御へ求めているものと、どこか似ている。
マドレーヌは島へ来た理由を思い出し、観測船の方を示した。
「アズールステラへ戻るところなの。船に乗れる場所はあるから、よかったら一緒に来る?」
みたらしっぽたちの目的地も、同じ都市だった。
断る理由はなかった。
深い海へ続く二つの名
《シーグラス号》には、回収用の位置情報と所有権表示が残された。
運べる装備。
設計資料。
古い航路演算器。
必要な物だけを観測船へ移す。
島を離れる時。
昨夜の森から、また一度だけ細い金属音が聞こえた。
みたらしっぽは木々の奥を見た。
島に何があるのかは、まだわからない。
けれど。
今はアズールステラへ向かう方が先だった。
小型艇が観測船へ戻る。
乗船した一行を乗せ、船は東へ向けて進み始めた。
島が少しずつ遠ざかる。
甲板では、マドレーヌが最新の海図を開いていた。
《シーグラス号》に残っていた航行記録を読み込み、昨夜の経路と重ねる。
「ここから流されたんだね」
マレグランディアの領海。
ラインタリスが起こした波。
島へ向かう最後の航路。
マドレーヌは記録を確認するうちに、少し表情を変えた。
「本当に、島へ乗り上げてよかったよ」
「ラインタリスから逃げられたから?」
みたらしっぽが尋ねる。
「それもあるけど、この辺りは海の下も危ないの」
マドレーヌは海図上へ、二つの暗い領域を表示した。
島の南西。
渦を巻くように描かれた深い海溝。
<追われる巨大蛇>
島の東。
波の表示さえ消えている、広い静水域。
<封印されし執行者>
「二つとも、海中レイドへ通じる海域です」
海図を拡大する。
「追われる巨大蛇の方は、船の下へ大きな渦が生まれる。海面だけを見ると普通の潮に見えるけど、中心まで引かれると、そのまま海中フィールドへ落とされるの」
画面へ、巨大な海蛇の記録画像が表示された。
黒い鱗。
長い首。
荒れ狂う海から立ち上がる、巨大な身体。
「船で参加する前提のレイドなの?」
エイルが尋ねる。
「最初は船で入るけど、途中から海中へ降りる。準備している攻略隊ならいいけど、普通の旅客船が迷い込んだら大変だよ」
マドレーヌは、もう一方の海域を示した。
「封印されし執行者の方は、もっとわかりにくい。近づくと海が静かになる」
「静かになる?」
ガトーショコラが海図を見る。
「波の音も、船の機関音も、パーティー通信も消える。何も聞こえないまま船が止まって、海の底から大きな触手が上がってくる」
今度は、深海から現れる巨大な怪物の記録。
無数の触手。
海底へ沈んだ都市を覆うような身体。
光の届かない水中で、二つの目だけが淡く輝いている。
「海域そのものが、レイドへの入口になってるんです」
ルカの召喚獣でも、海中では十分に動けるとは限らない。
準備なしで引き込まれれば、逃げることさえ難しい。
マドレーヌは昨夜の航路を指でなぞった。
「ラインタリスの波へ押された方向が、あと少し南だったら大海蛇の潮へ入ってた。逆に、島を越えて東へ流されていたら静寂域だった」
アイリスが、みたらしっぽを見る。
「無人島で済んでよかったわね」
昨夜と同じ言葉。
ただし今度は、少しだけ重みが違った。
みたらしっぽも、海図に表示された二つの巨大な反応を見る。
「本当に、島でよかった」
「次は、正規の航路を使おうね」
マドレーヌが柔らかく笑う。
「アズールステラからターブルロンドへ戻る便も、ちゃんとした船を取った方がいいよ」
「そうします」
みたらしっぽは迷わず答えた。
運べる装備。
設計資料。
古い航路演算器。
必要な物だけを観測船へ移す。
島を離れる時。
昨夜の森から、また一度だけ細い金属音が聞こえた。
みたらしっぽは木々の奥を見た。
島に何があるのかは、まだわからない。
けれど。
今はアズールステラへ向かう方が先だった。
小型艇が観測船へ戻る。
乗船した一行を乗せ、船は東へ向けて進み始めた。
島が少しずつ遠ざかる。
甲板では、マドレーヌが最新の海図を開いていた。
《シーグラス号》に残っていた航行記録を読み込み、昨夜の経路と重ねる。
「ここから流されたんだね」
マレグランディアの領海。
ラインタリスが起こした波。
島へ向かう最後の航路。
マドレーヌは記録を確認するうちに、少し表情を変えた。
「本当に、島へ乗り上げてよかったよ」
「ラインタリスから逃げられたから?」
みたらしっぽが尋ねる。
「それもあるけど、この辺りは海の下も危ないの」
マドレーヌは海図上へ、二つの暗い領域を表示した。
島の南西。
渦を巻くように描かれた深い海溝。
<追われる巨大蛇>
島の東。
波の表示さえ消えている、広い静水域。
<封印されし執行者>
「二つとも、海中レイドへ通じる海域です」
海図を拡大する。
「追われる巨大蛇の方は、船の下へ大きな渦が生まれる。海面だけを見ると普通の潮に見えるけど、中心まで引かれると、そのまま海中フィールドへ落とされるの」
画面へ、巨大な海蛇の記録画像が表示された。
黒い鱗。
長い首。
荒れ狂う海から立ち上がる、巨大な身体。
「船で参加する前提のレイドなの?」
エイルが尋ねる。
「最初は船で入るけど、途中から海中へ降りる。準備している攻略隊ならいいけど、普通の旅客船が迷い込んだら大変だよ」
マドレーヌは、もう一方の海域を示した。
「封印されし執行者の方は、もっとわかりにくい。近づくと海が静かになる」
「静かになる?」
ガトーショコラが海図を見る。
「波の音も、船の機関音も、パーティー通信も消える。何も聞こえないまま船が止まって、海の底から大きな触手が上がってくる」
今度は、深海から現れる巨大な怪物の記録。
無数の触手。
海底へ沈んだ都市を覆うような身体。
光の届かない水中で、二つの目だけが淡く輝いている。
「海域そのものが、レイドへの入口になってるんです」
ルカの召喚獣でも、海中では十分に動けるとは限らない。
準備なしで引き込まれれば、逃げることさえ難しい。
マドレーヌは昨夜の航路を指でなぞった。
「ラインタリスの波へ押された方向が、あと少し南だったら大海蛇の潮へ入ってた。逆に、島を越えて東へ流されていたら静寂域だった」
アイリスが、みたらしっぽを見る。
「無人島で済んでよかったわね」
昨夜と同じ言葉。
ただし今度は、少しだけ重みが違った。
みたらしっぽも、海図に表示された二つの巨大な反応を見る。
「本当に、島でよかった」
「次は、正規の航路を使おうね」
マドレーヌが柔らかく笑う。
「アズールステラからターブルロンドへ戻る便も、ちゃんとした船を取った方がいいよ」
「そうします」
みたらしっぽは迷わず答えた。
星潮の水門
午後。
水平線の先に、海上魔術都市アズールステラが姿を現した。
最初に見えたのは、空へ向かって伸びる黒灰色の塔だった。
その周囲を。
大小さまざまな建物と尖塔が、海面の上へ重なるように広がっている。
都市の外周は高い防壁に囲まれ、複数の橋と水路が内側へ続いていた。
中でも目を引くのは。
都市正面に築かれた巨大な水門だった。
左右に立つ二本の塔。
その間へ、黒い石で造られた大きな門。
門の中央。
船が一隻通れるほどの水路から、青白い光が絶えず流れ出している。
まるで都市の内部から、海そのものが光となって溢れているようだった。
「正面の水門から入るよ」
マドレーヌが船首へ移動する。
「星潮水門。アズールステラの船は、ほとんどここを通るの」
観測船が水門へ近づく。
左右の塔から、認証用の術式が伸びてきた。
船体。
乗員。
積み荷。
すべてが淡い光で読み取られる。
<海上魔術都市アズールステラ>
<入港認証を確認>
<星潮水門を開放します>
門の奥で、水路の光が強くなった。
観測船が、狭い水路へ入る。
外海の波が、水門を越えた瞬間に消えた。
船体の下へ青い術式が広がり、水そのものが緩やかに持ち上がっていく。
「水位が上がってる」
スフレが船縁から下を見る。
「都市の内側は、外海より少し高い位置にあるの」
マドレーヌが説明する。
「水門へ入った船を、水ごと持ち上げて内港へ送る。外の大波が直接入らないようにもなってる」
船は青い光の流れへ運ばれ、ゆっくりと水門の奥へ上がっていく。
正面の巨大な扉が開く。
その先へ。
都市内部の景色が広がった。
何本もの水路。
石造りの橋。
海面へ浮かぶ研究棟。
建物同士をつなぐ空中回廊。
塔の上では、巨大な魔術陣が雲の動きを観測している。
水路の脇には、巻物や魔導書を扱う店。
魔石を並べた工房。
プレイヤーが自分で開発した術式を試すための広場もあった。
そこでは。
一人のプレイヤーが巻物を読み上げ、空中へ小さな雨雲を作っている。
別の場所では、石像の形を一瞬で変える術式が試されていた。
失敗した魔術が煙を上げ。
近くの研究者が慌てて消している。
アズールステラは。
魔術が完成した都市ではない。
今も、無数の誰かが新しい魔術を作り続けている都市だった。
水平線の先に、海上魔術都市アズールステラが姿を現した。
最初に見えたのは、空へ向かって伸びる黒灰色の塔だった。
その周囲を。
大小さまざまな建物と尖塔が、海面の上へ重なるように広がっている。
都市の外周は高い防壁に囲まれ、複数の橋と水路が内側へ続いていた。
中でも目を引くのは。
都市正面に築かれた巨大な水門だった。
左右に立つ二本の塔。
その間へ、黒い石で造られた大きな門。
門の中央。
船が一隻通れるほどの水路から、青白い光が絶えず流れ出している。
まるで都市の内部から、海そのものが光となって溢れているようだった。
「正面の水門から入るよ」
マドレーヌが船首へ移動する。
「星潮水門。アズールステラの船は、ほとんどここを通るの」
観測船が水門へ近づく。
左右の塔から、認証用の術式が伸びてきた。
船体。
乗員。
積み荷。
すべてが淡い光で読み取られる。
<海上魔術都市アズールステラ>
<入港認証を確認>
<星潮水門を開放します>
門の奥で、水路の光が強くなった。
観測船が、狭い水路へ入る。
外海の波が、水門を越えた瞬間に消えた。
船体の下へ青い術式が広がり、水そのものが緩やかに持ち上がっていく。
「水位が上がってる」
スフレが船縁から下を見る。
「都市の内側は、外海より少し高い位置にあるの」
マドレーヌが説明する。
「水門へ入った船を、水ごと持ち上げて内港へ送る。外の大波が直接入らないようにもなってる」
船は青い光の流れへ運ばれ、ゆっくりと水門の奥へ上がっていく。
正面の巨大な扉が開く。
その先へ。
都市内部の景色が広がった。
何本もの水路。
石造りの橋。
海面へ浮かぶ研究棟。
建物同士をつなぐ空中回廊。
塔の上では、巨大な魔術陣が雲の動きを観測している。
水路の脇には、巻物や魔導書を扱う店。
魔石を並べた工房。
プレイヤーが自分で開発した術式を試すための広場もあった。
そこでは。
一人のプレイヤーが巻物を読み上げ、空中へ小さな雨雲を作っている。
別の場所では、石像の形を一瞬で変える術式が試されていた。
失敗した魔術が煙を上げ。
近くの研究者が慌てて消している。
アズールステラは。
魔術が完成した都市ではない。
今も、無数の誰かが新しい魔術を作り続けている都市だった。
クラスにない魔術
観測船を降りると。
マドレーヌは都市内部を案内してくれた。
巻物を扱う通り。
詠唱記録を審査する登録所。
魔術の失敗による被害を防ぐため、何重もの障壁で囲まれた実験区画。
一行が目的を話す前から、スフレとルカはあちこちへ視線を向けていた。
「ここにある術式は、全部クラス外魔術?」
スフレが、店先へ並ぶ巻物を見る。
「全部ではないよ」
マドレーヌが答える。
「既存のクラス魔術を、補助なしで再現するための記録もある。でも、ほとんどはクラスでは習得できない術式」
巻物や書物に記録されているのは、単なるスキルデータではない。
詠唱。
魔力の流れ。
手の動き。
発動位置。
失敗しやすい箇所。
開発したプレイヤーの補足。
それらを読み、自分で再現できなければ使えない。
「巻物を買えば、その場で使えるものではないのね」
アイリスが一冊を手に取る。
「うん。使い切りの術具もあるけど、研究用の巻物は教本に近いかな」
「詠唱の発音まで記録されている」
ルカがページを確認する。
「一音違うだけでも、魔力の接続先が変わりそうです」
「変わるよ。だから、公開前に何度も審査するの」
セシールは、都市の中央へ立つ大きな塔を示した。
「研究記録はアーカイブへ集められる。既存の術式から、新しい魔術を組み立てる人も多いよ」
みたらしっぽは、マドレーヌへ今回の目的を話した。
ターブルロンドのギルドハウス。
そこへ内蔵した飛行船ドック。
古代機関庫で見つけた大陸間航行用エンジン。
そして。
複数の浮揚魔石を機械だけで同期させようとした結果、重量と遅延が増えてしまったこと。
マドレーヌの足が止まった。
「飛行船を作ってるの?」
「まだ骨組みだけです」
スフレが設計資料を開く。
小型機関の試験記録。
浮揚魔石ごとの出力差。
長い船体が左右へ揺れた時の記録。
機械式の補正装置を追加するほど、機体重量が増えていく計算。
マドレーヌの表情が、案内役から研究者のものへ変わった。
通りの中央で見るには資料が多すぎる。
一行は、彼女の研究室へ向かうことになった。
マドレーヌは都市内部を案内してくれた。
巻物を扱う通り。
詠唱記録を審査する登録所。
魔術の失敗による被害を防ぐため、何重もの障壁で囲まれた実験区画。
一行が目的を話す前から、スフレとルカはあちこちへ視線を向けていた。
「ここにある術式は、全部クラス外魔術?」
スフレが、店先へ並ぶ巻物を見る。
「全部ではないよ」
マドレーヌが答える。
「既存のクラス魔術を、補助なしで再現するための記録もある。でも、ほとんどはクラスでは習得できない術式」
巻物や書物に記録されているのは、単なるスキルデータではない。
詠唱。
魔力の流れ。
手の動き。
発動位置。
失敗しやすい箇所。
開発したプレイヤーの補足。
それらを読み、自分で再現できなければ使えない。
「巻物を買えば、その場で使えるものではないのね」
アイリスが一冊を手に取る。
「うん。使い切りの術具もあるけど、研究用の巻物は教本に近いかな」
「詠唱の発音まで記録されている」
ルカがページを確認する。
「一音違うだけでも、魔力の接続先が変わりそうです」
「変わるよ。だから、公開前に何度も審査するの」
セシールは、都市の中央へ立つ大きな塔を示した。
「研究記録はアーカイブへ集められる。既存の術式から、新しい魔術を組み立てる人も多いよ」
みたらしっぽは、マドレーヌへ今回の目的を話した。
ターブルロンドのギルドハウス。
そこへ内蔵した飛行船ドック。
古代機関庫で見つけた大陸間航行用エンジン。
そして。
複数の浮揚魔石を機械だけで同期させようとした結果、重量と遅延が増えてしまったこと。
マドレーヌの足が止まった。
「飛行船を作ってるの?」
「まだ骨組みだけです」
スフレが設計資料を開く。
小型機関の試験記録。
浮揚魔石ごとの出力差。
長い船体が左右へ揺れた時の記録。
機械式の補正装置を追加するほど、機体重量が増えていく計算。
マドレーヌの表情が、案内役から研究者のものへ変わった。
通りの中央で見るには資料が多すぎる。
一行は、彼女の研究室へ向かうことになった。
登録された状態
マドレーヌの研究室は、内港を見下ろす研究塔の中にあった。
壁一面の書棚。
机へ積まれた巻物。
外見の異なる人物を何十通りも記録した画面。
研究室の中央には、魔術を試すための小さな円形台がある。
マドレーヌは飛行船の資料を、大きな机へ並べた。
エイルが操縦側から必要な補正速度を説明する。
「船が傾いてから直すまでが遅いと、その間に風が入ってさらに傾く。操縦で戻す前に、機関側で最初のずれを抑えてほしい」
スフレも、浮揚魔石の配置を表示した。
「今は一基ずつ出力を測って、制御装置が調整してる。でも船体が長くなるほど、前と後ろで反応に差が出る」
アイリスは、別の問題を示す。
「術者が詠唱を続けなければ維持できない魔術では、実用にならないわ。長い航行中、同じ人物がずっと機関へ魔力を流すことになるもの」
マドレーヌは、しばらく何も言わずに資料を見ていた。
やがて。
自分が開発した外見切替術式を開く。
「私の術式は、外見そのものを毎回作り直しているわけじゃない」
登録された猫耳。
瞳の色。
髪型。
服の一部。
それぞれの状態が、術式の中へ記録されている。
発動した時には、一から形を計算するのではなく、既に記録してある状態へ切り替える。
「飛行船へ、そのまま使えるわけではないよ。でも」
マドレーヌは、飛行船の船体図へ一つの線を重ねた。
「船が水平に浮いている時の状態を、術式へ登録できるかもしれない」
「水平な状態を記憶させる?」
スフレが尋ねる。
「うん。前の浮揚魔石がこの出力。後ろがこの出力。船体の角度は零。全部を一つの状態として記録する」
船体が風を受け、どこか一部の出力がずれる。
その時。
個別の魔石を一基ずつ計算するのではなく。
登録された基準状態へ近づくよう、すべての魔石へ同時に補正をかける。
「クラス外魔術なら、機関そのものへ術式を固定できる可能性がある」
ルカが、自分の召喚術式を開いた。
「複数の召喚獣へ、同じ命令を伝える術式と似ています」
一つの命令。
複数の対象。
それぞれが別の場所へいても、同じ目的へ向かって動く。
マドレーヌは、その契約術式と自分の外見登録術式を見比べた。
「この接続方法、使えるかも」
机の上へ新しい画面を開く。
複数の浮揚魔石。
登録された水平状態。
船体全体を覆う補正術式。
線が少しずつ増えていく。
だが。
途中でマドレーヌの手が止まった。
「問題は、規模」
外見切替術式が扱うのは、プレイヤー一人のアバター。
召喚契約も、術者と数体の召喚獣。
一方。
飛行船は、巨大な船体と何十基もの浮揚魔石を持つ。
「研究室にある小型模型では、同じ術式を試したことがあるの」
マドレーヌは、棚の奥から小さな浮遊模型を出した。
複数の魔石で浮く、手のひらほどの船。
「ここまでは同期できた。でも、大きくすると術式が不安定になった」
「どうして?」
みたらしっぽが尋ねる。
「試すための大きな実物がなかったから」
模型で成功する。
少し大きな実験機では不安定になる。
その先へ進むには。
本物の船体。
本物の浮揚機関。
実際の風や荷重。
それらを使って試さなければならない。
けれど。
新しい魔術の実験へ、大型飛行船を貸してくれる所有者はいない。
失敗すれば、大きな損失になる。
「研究に没頭していたけど、ここでずっと止まってたんだ」
マドレーヌは、自分の模型を見た。
「術式を大きくするには実物が必要。でも実物を持っている人は、未完成の術式を使いたがらない」
スフレは、ターブルロンドのドックを表示した。
まだ外板のない船体。
試験用の浮揚魔石。
交換可能な制御装置。
最初から、何度も失敗することを前提に作られている。
「団ノ子の船なら、試せる」
マドレーヌが顔を上げる。
「まだ飛んでいないので、失敗しても機関を止められます。ドックへ固定したまま試験もできます」
「本当に?」
「うん」
みたらしっぽが答えた。
「実験で必要な安全装置も、スフレとロウガンが追加できる。エイルも操縦席で出力を確認できる」
マドレーヌは飛行船の図面を見た。
少しずつ。
表情が明るくなっていく。
「これが成功したら」
登録状態による大型機関の同期。
クラス外魔術を組み込んだ、大陸間飛行船。
これまで誰も完成させていない技術になる。
「私も言えるよね」
マドレーヌは、嬉しそうに笑った。
「大陸を越える巨大飛行船を飛ばした魔術は、私が作ったんだって」
研究者として。
かなり自慢できる。
それ以上に。
研究室で止まっていた術式が、本当に空へ出られるかもしれない。
その可能性を前に、マドレーヌはもう座っていられなかった。
「ターブルロンドへ行く」
すぐに荷物用の収納画面を開く。
「飛行船を見せて。浮揚魔石の配置も、機関の制御線も、全部実物で確認したい」
「今から?」
アイリスが尋ねる。
「アーカイブから必要な資料を借りる。研究許可も取る。それが終わったらすぐ」
マドレーヌは研究机の上へ、持っていく巻物を次々に並べ始めた。
「外見登録術式だけでは足りない。多点同調と、魔術を機関へ定着させる技法も必要。失敗した時に一斉解除する術式も用意しないと」
先ほどまで行き詰まっていた研究が。
急に次の段階へ動き始めた。
壁一面の書棚。
机へ積まれた巻物。
外見の異なる人物を何十通りも記録した画面。
研究室の中央には、魔術を試すための小さな円形台がある。
マドレーヌは飛行船の資料を、大きな机へ並べた。
エイルが操縦側から必要な補正速度を説明する。
「船が傾いてから直すまでが遅いと、その間に風が入ってさらに傾く。操縦で戻す前に、機関側で最初のずれを抑えてほしい」
スフレも、浮揚魔石の配置を表示した。
「今は一基ずつ出力を測って、制御装置が調整してる。でも船体が長くなるほど、前と後ろで反応に差が出る」
アイリスは、別の問題を示す。
「術者が詠唱を続けなければ維持できない魔術では、実用にならないわ。長い航行中、同じ人物がずっと機関へ魔力を流すことになるもの」
マドレーヌは、しばらく何も言わずに資料を見ていた。
やがて。
自分が開発した外見切替術式を開く。
「私の術式は、外見そのものを毎回作り直しているわけじゃない」
登録された猫耳。
瞳の色。
髪型。
服の一部。
それぞれの状態が、術式の中へ記録されている。
発動した時には、一から形を計算するのではなく、既に記録してある状態へ切り替える。
「飛行船へ、そのまま使えるわけではないよ。でも」
マドレーヌは、飛行船の船体図へ一つの線を重ねた。
「船が水平に浮いている時の状態を、術式へ登録できるかもしれない」
「水平な状態を記憶させる?」
スフレが尋ねる。
「うん。前の浮揚魔石がこの出力。後ろがこの出力。船体の角度は零。全部を一つの状態として記録する」
船体が風を受け、どこか一部の出力がずれる。
その時。
個別の魔石を一基ずつ計算するのではなく。
登録された基準状態へ近づくよう、すべての魔石へ同時に補正をかける。
「クラス外魔術なら、機関そのものへ術式を固定できる可能性がある」
ルカが、自分の召喚術式を開いた。
「複数の召喚獣へ、同じ命令を伝える術式と似ています」
一つの命令。
複数の対象。
それぞれが別の場所へいても、同じ目的へ向かって動く。
マドレーヌは、その契約術式と自分の外見登録術式を見比べた。
「この接続方法、使えるかも」
机の上へ新しい画面を開く。
複数の浮揚魔石。
登録された水平状態。
船体全体を覆う補正術式。
線が少しずつ増えていく。
だが。
途中でマドレーヌの手が止まった。
「問題は、規模」
外見切替術式が扱うのは、プレイヤー一人のアバター。
召喚契約も、術者と数体の召喚獣。
一方。
飛行船は、巨大な船体と何十基もの浮揚魔石を持つ。
「研究室にある小型模型では、同じ術式を試したことがあるの」
マドレーヌは、棚の奥から小さな浮遊模型を出した。
複数の魔石で浮く、手のひらほどの船。
「ここまでは同期できた。でも、大きくすると術式が不安定になった」
「どうして?」
みたらしっぽが尋ねる。
「試すための大きな実物がなかったから」
模型で成功する。
少し大きな実験機では不安定になる。
その先へ進むには。
本物の船体。
本物の浮揚機関。
実際の風や荷重。
それらを使って試さなければならない。
けれど。
新しい魔術の実験へ、大型飛行船を貸してくれる所有者はいない。
失敗すれば、大きな損失になる。
「研究に没頭していたけど、ここでずっと止まってたんだ」
マドレーヌは、自分の模型を見た。
「術式を大きくするには実物が必要。でも実物を持っている人は、未完成の術式を使いたがらない」
スフレは、ターブルロンドのドックを表示した。
まだ外板のない船体。
試験用の浮揚魔石。
交換可能な制御装置。
最初から、何度も失敗することを前提に作られている。
「団ノ子の船なら、試せる」
マドレーヌが顔を上げる。
「まだ飛んでいないので、失敗しても機関を止められます。ドックへ固定したまま試験もできます」
「本当に?」
「うん」
みたらしっぽが答えた。
「実験で必要な安全装置も、スフレとロウガンが追加できる。エイルも操縦席で出力を確認できる」
マドレーヌは飛行船の図面を見た。
少しずつ。
表情が明るくなっていく。
「これが成功したら」
登録状態による大型機関の同期。
クラス外魔術を組み込んだ、大陸間飛行船。
これまで誰も完成させていない技術になる。
「私も言えるよね」
マドレーヌは、嬉しそうに笑った。
「大陸を越える巨大飛行船を飛ばした魔術は、私が作ったんだって」
研究者として。
かなり自慢できる。
それ以上に。
研究室で止まっていた術式が、本当に空へ出られるかもしれない。
その可能性を前に、マドレーヌはもう座っていられなかった。
「ターブルロンドへ行く」
すぐに荷物用の収納画面を開く。
「飛行船を見せて。浮揚魔石の配置も、機関の制御線も、全部実物で確認したい」
「今から?」
アイリスが尋ねる。
「アーカイブから必要な資料を借りる。研究許可も取る。それが終わったらすぐ」
マドレーヌは研究机の上へ、持っていく巻物を次々に並べ始めた。
「外見登録術式だけでは足りない。多点同調と、魔術を機関へ定着させる技法も必要。失敗した時に一斉解除する術式も用意しないと」
先ほどまで行き詰まっていた研究が。
急に次の段階へ動き始めた。
魔術都市を発つ
その日の夕方まで。
一行はマドレーヌとともに、アーカイブ本部を回った。
大型術式の定着記録。
複数の魔石を同調させる実験書。
建造物へ魔術を固定するための巻物。
飛行船へそのまま使える術式はなかった。
それでも。
組み合わせれば、必要な魔術へ近づけそうな記録はいくつか見つかった。
マドレーヌは研究者権限で貸出申請を行い、複製できるものは自分の研究書へ写した。
翌朝。
アズールステラの港。
今度は最新の海図と領海認証を備えた、正規の大型連絡船が待っていた。
エイルは船の情報を確認したあと、満足そうに頷く。
「これなら、マレグランディアへ引かれても自動で警告が出る」
みたらしっぽは正規料金を確定した。
今度は、金額を見ても別の船を探さなかった。
マドレーヌは大きな巻物箱を抱え、乗船口へ立っている。
猫耳はない。
両目とも青いまま。
それでも、表情には隠しきれない楽しさがあった。
「ターブルロンドって、まだ行ったことがないんだ」
「町も、今かなり広がっています」
みたらしっぽが答える。
「ギルドハウスは中央広場から少し離れた場所。ドックを見れば、すぐわかると思う」
「家の中に飛行船のドックがあるんでしょう?」
「正確には、増築してつなげた」
「それでも普通じゃないよ」
連絡船が星潮水門を通り、外海へ出る。
青い水門の光が、少しずつ遠ざかっていった。
航海中も。
マドレーヌとスフレ、ルカはほとんどの時間を設計資料の前で過ごした。
浮揚魔石へ与える命令。
基準状態を登録する方法。
術式を解除した瞬間、機械制御へ安全に戻す順序。
アイリスも、詠唱の安定性や魔力負担を確認する。
エイルは、操縦席から必要な応答時間を何度も伝えた。
「一秒遅れたら長い。できれば半秒以内」
「模型では、零・三秒」
マドレーヌが答える。
「大きな船体へ広げると、どこまで遅くなるかわからない」
「なら、最初の試験で測ろう」
まだ完成していない術式。
それでも。
誰も、できるかどうかだけを話してはいなかった。
どうすれば試せるか。
失敗した時に、どう止めるか。
話は、既に実験へ向かっていた。
一行はマドレーヌとともに、アーカイブ本部を回った。
大型術式の定着記録。
複数の魔石を同調させる実験書。
建造物へ魔術を固定するための巻物。
飛行船へそのまま使える術式はなかった。
それでも。
組み合わせれば、必要な魔術へ近づけそうな記録はいくつか見つかった。
マドレーヌは研究者権限で貸出申請を行い、複製できるものは自分の研究書へ写した。
翌朝。
アズールステラの港。
今度は最新の海図と領海認証を備えた、正規の大型連絡船が待っていた。
エイルは船の情報を確認したあと、満足そうに頷く。
「これなら、マレグランディアへ引かれても自動で警告が出る」
みたらしっぽは正規料金を確定した。
今度は、金額を見ても別の船を探さなかった。
マドレーヌは大きな巻物箱を抱え、乗船口へ立っている。
猫耳はない。
両目とも青いまま。
それでも、表情には隠しきれない楽しさがあった。
「ターブルロンドって、まだ行ったことがないんだ」
「町も、今かなり広がっています」
みたらしっぽが答える。
「ギルドハウスは中央広場から少し離れた場所。ドックを見れば、すぐわかると思う」
「家の中に飛行船のドックがあるんでしょう?」
「正確には、増築してつなげた」
「それでも普通じゃないよ」
連絡船が星潮水門を通り、外海へ出る。
青い水門の光が、少しずつ遠ざかっていった。
航海中も。
マドレーヌとスフレ、ルカはほとんどの時間を設計資料の前で過ごした。
浮揚魔石へ与える命令。
基準状態を登録する方法。
術式を解除した瞬間、機械制御へ安全に戻す順序。
アイリスも、詠唱の安定性や魔力負担を確認する。
エイルは、操縦席から必要な応答時間を何度も伝えた。
「一秒遅れたら長い。できれば半秒以内」
「模型では、零・三秒」
マドレーヌが答える。
「大きな船体へ広げると、どこまで遅くなるかわからない」
「なら、最初の試験で測ろう」
まだ完成していない術式。
それでも。
誰も、できるかどうかだけを話してはいなかった。
どうすれば試せるか。
失敗した時に、どう止めるか。
話は、既に実験へ向かっていた。
未完成の船の前で
数日後。
連絡船はアストラディール南部の港へ着いた。
そこから交易街道を通り、ターブルロンドへ向かう。
都市門を越え。
中央広場。
大通り。
建物の隙間から、団ノ子のギルドハウスが見えてくる。
その横へ。
大きな開閉屋根を持つ、細長い建造物がつながっていた。
マドレーヌは足を止める。
「本当に作ってる……」
外からでも。
ドックの中へ伸びる船体骨格が見える。
まだ外板はない。
操縦室も仮の枠。
浮揚魔石は必要数の一部だけ。
それでも。
模型ではない。
人が乗り。
大陸を越えることを前提にした大きさだった。
ギルドハウスへ入る。
ドックでは、エンジンと船体をつなぐ作業が続いていた。
天井から吊られた部品。
床へ敷かれた軌道。
壁一面の図面。
試験機関の記録。
マドレーヌは巻物箱を置き、船体の下へ入った。
浮揚魔石の位置を一つずつ見る。
前部。
中央。
後部。
左右。
その間をつなぐ魔力線。
機械式の補正装置。
「これだけ大きいと、模型で止まっていた理由もわかる」
船体の前と後ろでは。
同じ命令を送っても、伝わるまでの距離が違う。
浮揚魔石の出力差だけでなく。
船体そのもののしなりや、風の当たり方まで考えなければならない。
スフレが、以前の浮揚試験記録を開いた。
「出力を上げると、後ろが遅れて左右へ揺れます」
マドレーヌは、揺れ始めた瞬間の記録を何度も見た。
そのあと。
船体骨格の中央へ立つ。
自分の外見登録術式を開いた。
猫耳。
瞳。
髪。
複数の登録状態。
それらの表示を消し。
代わりに、飛行船の図面を術式の中央へ置く。
「まず」
マドレーヌは船体全体を見上げた。
「この船が、まっすぐ浮いている状態を登録するところから始めよう」
まだ、その状態へ一度も到達していない船。
だからこそ。
機械で少しずつ水平へ合わせ。
正しい状態を作り。
それを魔術へ記録する。
マドレーヌは新しい巻物を広げた。
スフレも操作台へ向かう。
エイルは仮設操縦席へ入り、各浮揚魔石の出力表示を開いた。
ロウガンは固定架と安全索を確認する。
みたらしっぽは、ドックの全員へ試験準備を伝えた。
海上魔術都市アズールステラから持ち帰ったクラス外魔術。
ターブルロンドで造られている、まだ名前もない飛行船。
二つが。
初めて同じ場所へ揃った。
完成までは、まだ遠い。
術式も、今から作る。
それでも。
行き詰まっていた飛行船建造は。
海の向こうから来た一人の研究者によって、再び空へ向けて動き始めていた。
連絡船はアストラディール南部の港へ着いた。
そこから交易街道を通り、ターブルロンドへ向かう。
都市門を越え。
中央広場。
大通り。
建物の隙間から、団ノ子のギルドハウスが見えてくる。
その横へ。
大きな開閉屋根を持つ、細長い建造物がつながっていた。
マドレーヌは足を止める。
「本当に作ってる……」
外からでも。
ドックの中へ伸びる船体骨格が見える。
まだ外板はない。
操縦室も仮の枠。
浮揚魔石は必要数の一部だけ。
それでも。
模型ではない。
人が乗り。
大陸を越えることを前提にした大きさだった。
ギルドハウスへ入る。
ドックでは、エンジンと船体をつなぐ作業が続いていた。
天井から吊られた部品。
床へ敷かれた軌道。
壁一面の図面。
試験機関の記録。
マドレーヌは巻物箱を置き、船体の下へ入った。
浮揚魔石の位置を一つずつ見る。
前部。
中央。
後部。
左右。
その間をつなぐ魔力線。
機械式の補正装置。
「これだけ大きいと、模型で止まっていた理由もわかる」
船体の前と後ろでは。
同じ命令を送っても、伝わるまでの距離が違う。
浮揚魔石の出力差だけでなく。
船体そのもののしなりや、風の当たり方まで考えなければならない。
スフレが、以前の浮揚試験記録を開いた。
「出力を上げると、後ろが遅れて左右へ揺れます」
マドレーヌは、揺れ始めた瞬間の記録を何度も見た。
そのあと。
船体骨格の中央へ立つ。
自分の外見登録術式を開いた。
猫耳。
瞳。
髪。
複数の登録状態。
それらの表示を消し。
代わりに、飛行船の図面を術式の中央へ置く。
「まず」
マドレーヌは船体全体を見上げた。
「この船が、まっすぐ浮いている状態を登録するところから始めよう」
まだ、その状態へ一度も到達していない船。
だからこそ。
機械で少しずつ水平へ合わせ。
正しい状態を作り。
それを魔術へ記録する。
マドレーヌは新しい巻物を広げた。
スフレも操作台へ向かう。
エイルは仮設操縦席へ入り、各浮揚魔石の出力表示を開いた。
ロウガンは固定架と安全索を確認する。
みたらしっぽは、ドックの全員へ試験準備を伝えた。
海上魔術都市アズールステラから持ち帰ったクラス外魔術。
ターブルロンドで造られている、まだ名前もない飛行船。
二つが。
初めて同じ場所へ揃った。
完成までは、まだ遠い。
術式も、今から作る。
それでも。
行き詰まっていた飛行船建造は。
海の向こうから来た一人の研究者によって、再び空へ向けて動き始めていた。