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レイドへの挑戦
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飛行船の余韻
団ノ子の飛行船が初めて空を飛んでから、三日が経った。
交易中央都市ターブルロンドでは、まだその話が続いている。
ギルドハウスの横を通るプレイヤーたちは、足を止めてドックの中を覗き込んだ。開かれた天井の下では、深い紺色の船体が組立架へ静かに収まっている。
一度飛んだとはいえ、完成したばかりの船だ。
推進翼の接合部には初航行で受けた負荷が残り、機関室ではスフレが浮揚魔石の記録を何度も確かめている。操縦室ではエイルが着陸時の風向きを見直し、ロウガンは船体を支える骨組みへ歪みがないか調べていた。
大陸を越えるには、まだ試すべきことが多い。
それでも、団ノ子は空へ船を送り出し、無事に同じ場所へ帰した。
その達成感は、ギルドハウスの中にも残っていた。
夕方。
長いテーブルの上には、完成祝いで使った皿や杯がまだ少しだけ残っている。
エクレアは椅子へ逆向きに座り、背もたれへ両腕を置いたまま飛行船の名前を考えていた。
「《蒼空皇帝号》は?」
「すごく壮大ですね」
チョコチップが笑う。
「じゃあ、《団ノ子グレートスカイ号》!」
「さらに大きくなりましたね」
「かっこいいと思うんだけどなあ」
候補は三日前から増え続けているが、決まる気配はない。
スフレは会議室へ戻ってきても、手にした小さな部品を指で回していた。ガトーショコラは窓際へ座り、新しいスコープを取りつけた長銃を整備している。
シュガーシロップは、その二人を見てからみたらしっぽへ顔を向けた。
「それで?」
「何が?」
「名前を決めるだけなら、わざわざ先に集めないだろ」
みたらしっぽは、手元へ置いていた薄い冊子を開いた。
「うん。今日は別の話」
開かれたページから、立体地図が長いテーブルの上へ広がる。
それは、これまで団ノ子が歩いてきたアストラディール中央部ではなかった。
ターブルロンドより、はるか南。
深い谷と岩山が連なる、灰色の山岳地帯。
その向こうには、これまで地図になかった都市や国々が表示されている。
エクレアは椅子から身を起こした。
「新しいところ?」
「先日の大型追加で開放された、アストラディール南部」
みたらしっぽは、地図の一番奥を指した。
そこに映っていたのは、白い石造りの巨大都市だった。
高く伸びる尖塔。
幾重にも重なる橋。
白と青の旗。
街の中央には、太陽の光を受けて輝く大聖堂のような建物が立っている。
「バルディア帝国」
みたらしっぽが、その名を口にした。
「今回の追加で初めて入れるようになった国だよ。新しいクエストも、装備も、まだ攻略されていない地域もかなり多いみたいで、今は南へ向かう開拓者が一気に増えてる」
「ここを目指して、みんな山へ入ってるんだね」
スフレが地図を見る。
「そう。ただし、ターブルロンドから帝国へまっすぐ行けるわけじゃない」
みたらしっぽの指が、帝国の北側へ移った。
切り立った山々の間を、一本の街道が縫うように続いている。
<グリーデン峠>
さらに、その峠道の途中には巨大な砦があった。
高い城壁。
炎の灯された監視塔。
山を渡る橋の先に閉ざされた、重い鉄門。
その向こうには、黒い旗を掲げた別の国が広がっている。
「これは帝国じゃないんですか?」
シュトレンが尋ねた。
今回は加入したばかりの三人も、少し離れた席で地図を見ていた。
「うん。別の国」
みたらしっぽは黒い旗の都市を拡大した。
「シュターダム。山岳地帯の要衝を押さえている国で、黒い旗が国の象徴になってる。バルディア帝国へ向かう主要街道の一つも、シュターダムの領内を通るんだ」
「では、帝国へ行くためには、先にシュターダムを通るんですね」
「この道を使うならね」
ターブルロンドから南へ向かい。
グリーデン峠へ入り。
シュターダムが管理するグリーデン砦を通過する。
そこからシュターダム国内へ入り、さらに南の街道を進めば、バルディア帝国へつながる。
今回の追加地域へ向かう開拓者の多くが、その道を利用しているという。
「でも、シュターダムは誰でも自由に入れる国じゃない」
みたらしっぽは、グリーデン砦の情報を開いた。
「正式な通行書を持っていれば、砦を通れる。ただ、初めて来た開拓者は、砦でいくつかの仕事を受けて、信用を得ないといけない」
「どんな仕事?」
フィナンシェが身を乗り出す。
地図の山肌が透け、その地下へ巨大な空洞が姿を現した。
通路。
地下湖。
縦穴。
広い洞窟が、山の下へ幾重にも重なっている。
<グリーデン洞窟>
「峠の地下にある大洞窟の調査と、魔物の討伐」
みたらしっぽが答えた。
「洞窟全体はものすごく広い。隅々まで調べるなら、ひと月近く滞在しても終わらないと言われてる」
「ひと月……」
フェタシェールは、入り組んだ地下地図を見つめた。
「全部回る必要はないんだよね?」
「砦から頼まれる区画だけでいい。ただ、その区画も一つではないみたいだ」
洞窟内へ残された旧通行坑の調査。
ケイブゴブリンによって占拠された中継地点の奪還。
地下から現れた大型モンスターの討伐。
崩落した道の再開通。
それらを終えることで、シュターダムへ入るための通行書が発行される。
「つまり」
アイリスが地図を見ながら言った。
「私たちは、まだシュターダムへ入ることすらできないのね」
「そうなる」
「バルディア帝国は、さらにその先」
「うん」
レイドへ挑む以前に。
南部の山へ入り。
峠を越え。
洞窟を攻略し。
黒旗の国へ入る資格を得なければならない。
エクレアは、それでも楽しそうだった。
「いいじゃん。いきなりボスだけ倒すより、冒険っぽい!」
「旅行の予定ではないのよ」
アイリスが言う。
「わかってるよ。でも、山も洞窟も国もあって、最後にレイドでしょう? 絶対楽しいって!」
その声を聞き、みたらしっぽも少し笑った。
だが、地図を閉じはしなかった。
「問題は、その最後のレイドなんだ」
交易中央都市ターブルロンドでは、まだその話が続いている。
ギルドハウスの横を通るプレイヤーたちは、足を止めてドックの中を覗き込んだ。開かれた天井の下では、深い紺色の船体が組立架へ静かに収まっている。
一度飛んだとはいえ、完成したばかりの船だ。
推進翼の接合部には初航行で受けた負荷が残り、機関室ではスフレが浮揚魔石の記録を何度も確かめている。操縦室ではエイルが着陸時の風向きを見直し、ロウガンは船体を支える骨組みへ歪みがないか調べていた。
大陸を越えるには、まだ試すべきことが多い。
それでも、団ノ子は空へ船を送り出し、無事に同じ場所へ帰した。
その達成感は、ギルドハウスの中にも残っていた。
夕方。
長いテーブルの上には、完成祝いで使った皿や杯がまだ少しだけ残っている。
エクレアは椅子へ逆向きに座り、背もたれへ両腕を置いたまま飛行船の名前を考えていた。
「《蒼空皇帝号》は?」
「すごく壮大ですね」
チョコチップが笑う。
「じゃあ、《団ノ子グレートスカイ号》!」
「さらに大きくなりましたね」
「かっこいいと思うんだけどなあ」
候補は三日前から増え続けているが、決まる気配はない。
スフレは会議室へ戻ってきても、手にした小さな部品を指で回していた。ガトーショコラは窓際へ座り、新しいスコープを取りつけた長銃を整備している。
シュガーシロップは、その二人を見てからみたらしっぽへ顔を向けた。
「それで?」
「何が?」
「名前を決めるだけなら、わざわざ先に集めないだろ」
みたらしっぽは、手元へ置いていた薄い冊子を開いた。
「うん。今日は別の話」
開かれたページから、立体地図が長いテーブルの上へ広がる。
それは、これまで団ノ子が歩いてきたアストラディール中央部ではなかった。
ターブルロンドより、はるか南。
深い谷と岩山が連なる、灰色の山岳地帯。
その向こうには、これまで地図になかった都市や国々が表示されている。
エクレアは椅子から身を起こした。
「新しいところ?」
「先日の大型追加で開放された、アストラディール南部」
みたらしっぽは、地図の一番奥を指した。
そこに映っていたのは、白い石造りの巨大都市だった。
高く伸びる尖塔。
幾重にも重なる橋。
白と青の旗。
街の中央には、太陽の光を受けて輝く大聖堂のような建物が立っている。
「バルディア帝国」
みたらしっぽが、その名を口にした。
「今回の追加で初めて入れるようになった国だよ。新しいクエストも、装備も、まだ攻略されていない地域もかなり多いみたいで、今は南へ向かう開拓者が一気に増えてる」
「ここを目指して、みんな山へ入ってるんだね」
スフレが地図を見る。
「そう。ただし、ターブルロンドから帝国へまっすぐ行けるわけじゃない」
みたらしっぽの指が、帝国の北側へ移った。
切り立った山々の間を、一本の街道が縫うように続いている。
<グリーデン峠>
さらに、その峠道の途中には巨大な砦があった。
高い城壁。
炎の灯された監視塔。
山を渡る橋の先に閉ざされた、重い鉄門。
その向こうには、黒い旗を掲げた別の国が広がっている。
「これは帝国じゃないんですか?」
シュトレンが尋ねた。
今回は加入したばかりの三人も、少し離れた席で地図を見ていた。
「うん。別の国」
みたらしっぽは黒い旗の都市を拡大した。
「シュターダム。山岳地帯の要衝を押さえている国で、黒い旗が国の象徴になってる。バルディア帝国へ向かう主要街道の一つも、シュターダムの領内を通るんだ」
「では、帝国へ行くためには、先にシュターダムを通るんですね」
「この道を使うならね」
ターブルロンドから南へ向かい。
グリーデン峠へ入り。
シュターダムが管理するグリーデン砦を通過する。
そこからシュターダム国内へ入り、さらに南の街道を進めば、バルディア帝国へつながる。
今回の追加地域へ向かう開拓者の多くが、その道を利用しているという。
「でも、シュターダムは誰でも自由に入れる国じゃない」
みたらしっぽは、グリーデン砦の情報を開いた。
「正式な通行書を持っていれば、砦を通れる。ただ、初めて来た開拓者は、砦でいくつかの仕事を受けて、信用を得ないといけない」
「どんな仕事?」
フィナンシェが身を乗り出す。
地図の山肌が透け、その地下へ巨大な空洞が姿を現した。
通路。
地下湖。
縦穴。
広い洞窟が、山の下へ幾重にも重なっている。
<グリーデン洞窟>
「峠の地下にある大洞窟の調査と、魔物の討伐」
みたらしっぽが答えた。
「洞窟全体はものすごく広い。隅々まで調べるなら、ひと月近く滞在しても終わらないと言われてる」
「ひと月……」
フェタシェールは、入り組んだ地下地図を見つめた。
「全部回る必要はないんだよね?」
「砦から頼まれる区画だけでいい。ただ、その区画も一つではないみたいだ」
洞窟内へ残された旧通行坑の調査。
ケイブゴブリンによって占拠された中継地点の奪還。
地下から現れた大型モンスターの討伐。
崩落した道の再開通。
それらを終えることで、シュターダムへ入るための通行書が発行される。
「つまり」
アイリスが地図を見ながら言った。
「私たちは、まだシュターダムへ入ることすらできないのね」
「そうなる」
「バルディア帝国は、さらにその先」
「うん」
レイドへ挑む以前に。
南部の山へ入り。
峠を越え。
洞窟を攻略し。
黒旗の国へ入る資格を得なければならない。
エクレアは、それでも楽しそうだった。
「いいじゃん。いきなりボスだけ倒すより、冒険っぽい!」
「旅行の予定ではないのよ」
アイリスが言う。
「わかってるよ。でも、山も洞窟も国もあって、最後にレイドでしょう? 絶対楽しいって!」
その声を聞き、みたらしっぽも少し笑った。
だが、地図を閉じはしなかった。
「問題は、その最後のレイドなんだ」
黒旗の国に眠る剣龍
シュターダムへ入り、国内で一定の依頼を終えた開拓者だけが閲覧できる記録がある。
みたらしっぽが入手したものは、現地へ到達したプレイヤーが持ち帰った映像の複製だった。
まだ完全な攻略情報ではない。
戦場の全体像も。
攻撃の条件も。
何度目の段階で何が起きるのかも、ほとんどわかっていない。
薄暗い洞窟の映像が、テーブルの上へ浮かび上がった。
巨大な石柱。
天井から垂れる鋭い岩。
床へ刻まれた、幾重もの魔法陣。
その中央に、一体の飛竜がいた。
黒く硬質な鱗。
長い尾。
翼の周囲には、数え切れないほどの剣が浮かんでいる。
剣は魔力の輪へ沿って飛び。
あるものは竜を守り。
あるものは地面へ突き刺さり。
あるものは、離れたプレイヤーを追って戦場を横切っていた。
映像の上へ、正式名称が表示される。
<超高難易度マルチパーティーレイド>
<黒旗に捧ぐ万剣>
その下。
<剣龍シザークヴァーリウス>
エクレアが両手をテーブルへついた。
「剣を飛ばす竜!」
声を抑える気はなかった。
「見て、左の剣! 大剣まで飛んでる! あれを避けながら本体と戦うんでしょう?」
左腰のカイザーブレードへ手が伸びる。
「戦いたい!」
ガトーショコラは映像を少し戻した。
剣龍の周囲を飛んでいた刃の一部へ、個別の耐久表示が出ている。
「本体とは別に、剣を壊す必要がありそうだね」
別の場面へ切り替える。
地面へ刺さった六本の剣が、光の壁で戦場を分けていた。
壁の向こうでは別のパーティーが戦っている。
「分断もある」
つきみが静かに言った。
「ずっと全員で同じ敵を殴る戦いではなさそう」
「しかも、本体もかなり動いてる」
シュガーシロップが映像を追う。
シザークヴァーリウスは、飛んでいる剣を盾にしながら戦場を横切っていた。
剣の隙間を抜けて攻撃する者。
離れた位置から魔法を使う者。
地面へ刺さった刃を壊そうとする者。
同じ戦場にいても、それぞれが別のことをしている。
「今ある映像だけでは、何をすれば正解なのかもわからないわね」
アイリスが言った。
「剣を壊しすぎると別の攻撃へ変わる可能性もある。逆に、残したら危険になる剣もあるかもしれない」
「だから、今から編成を決めても意味がない」
みたらしっぽは映像を止めた。
「何人で挑むかも、誰がどの役をするかも、まだ決めない」
チョコチップが、みたらしっぽを見る。
「それでも、団ノ子だけで挑みたいんですよね」
「うん」
答えはすぐに出た。
みたらしっぽは、長いテーブルの周りを見た。
飛行船を造った仲間。
新しくFoFを始め、少しずつ戦い方を覚えている仲間。
長い付き合いの者もいれば。
つい最近、この場所へ加わった者もいる。
「前に、シロとエクレアが言ってたでしょう」
シュガーシロップとエクレアへ視線を向ける。
「大部隊の一部ではなく、団ノ子の名前で大きな戦果を残したいって」
「ああ」
シュガーシロップが頷いた。
「覚えてる」
「僕も同じことを考えてた」
みたらしっぽは、剣龍の映像へ顔を戻した。
「このレイドを、団ノ子のメンバーだけで攻略したい」
しばらく、誰も返事をしなかった。
迷っているからではない。
その言葉が意味するものを、それぞれが考えていた。
飛行船は、何度も壊れた。
何週間も作り直した。
それでも最後には空を飛んだ。
レイドも、同じように進められるとは限らない。
相手は、失敗した部品を直せば動く機械ではない。
それでも。
最初に笑ったのはシュガーシロップだった。
「なら、やろう」
「今すぐじゃないよ」
みたらしっぽが言う。
「わかってる。今のまま行っても、峠で散らばって終わるだろ」
「そこまでではないと思いますけど……」
チョコチップが少しだけ困った顔をする。
「いや、今のエクレアなら先に走っていく」
「ちゃんと待つよ!」
エクレアが言い返した。
少し間を置く。
「たぶん!」
会議室へ笑いが広がった。
張りつめかけていた空気が、少しだけ軽くなる。
みたらしっぽも笑ってから、もう一度全員へ向き直った。
「本当に、すぐには行かない」
今度の声は、はっきりしていた。
「出発日は決めない。今いる人数に合わせて、無理にパーティーを作ることもしない」
「これからギルドへ入る人もいるかもしれない。今はレベルが足りない人も、訓練しているうちに追いつくかもしれない」
「剣龍のことも、洞窟のことも、知らないことが多すぎる」
だから。
まずは準備をする。
南部へ行くのは、そのずっと後だ。
みたらしっぽが入手したものは、現地へ到達したプレイヤーが持ち帰った映像の複製だった。
まだ完全な攻略情報ではない。
戦場の全体像も。
攻撃の条件も。
何度目の段階で何が起きるのかも、ほとんどわかっていない。
薄暗い洞窟の映像が、テーブルの上へ浮かび上がった。
巨大な石柱。
天井から垂れる鋭い岩。
床へ刻まれた、幾重もの魔法陣。
その中央に、一体の飛竜がいた。
黒く硬質な鱗。
長い尾。
翼の周囲には、数え切れないほどの剣が浮かんでいる。
剣は魔力の輪へ沿って飛び。
あるものは竜を守り。
あるものは地面へ突き刺さり。
あるものは、離れたプレイヤーを追って戦場を横切っていた。
映像の上へ、正式名称が表示される。
<超高難易度マルチパーティーレイド>
<黒旗に捧ぐ万剣>
その下。
<剣龍シザークヴァーリウス>
エクレアが両手をテーブルへついた。
「剣を飛ばす竜!」
声を抑える気はなかった。
「見て、左の剣! 大剣まで飛んでる! あれを避けながら本体と戦うんでしょう?」
左腰のカイザーブレードへ手が伸びる。
「戦いたい!」
ガトーショコラは映像を少し戻した。
剣龍の周囲を飛んでいた刃の一部へ、個別の耐久表示が出ている。
「本体とは別に、剣を壊す必要がありそうだね」
別の場面へ切り替える。
地面へ刺さった六本の剣が、光の壁で戦場を分けていた。
壁の向こうでは別のパーティーが戦っている。
「分断もある」
つきみが静かに言った。
「ずっと全員で同じ敵を殴る戦いではなさそう」
「しかも、本体もかなり動いてる」
シュガーシロップが映像を追う。
シザークヴァーリウスは、飛んでいる剣を盾にしながら戦場を横切っていた。
剣の隙間を抜けて攻撃する者。
離れた位置から魔法を使う者。
地面へ刺さった刃を壊そうとする者。
同じ戦場にいても、それぞれが別のことをしている。
「今ある映像だけでは、何をすれば正解なのかもわからないわね」
アイリスが言った。
「剣を壊しすぎると別の攻撃へ変わる可能性もある。逆に、残したら危険になる剣もあるかもしれない」
「だから、今から編成を決めても意味がない」
みたらしっぽは映像を止めた。
「何人で挑むかも、誰がどの役をするかも、まだ決めない」
チョコチップが、みたらしっぽを見る。
「それでも、団ノ子だけで挑みたいんですよね」
「うん」
答えはすぐに出た。
みたらしっぽは、長いテーブルの周りを見た。
飛行船を造った仲間。
新しくFoFを始め、少しずつ戦い方を覚えている仲間。
長い付き合いの者もいれば。
つい最近、この場所へ加わった者もいる。
「前に、シロとエクレアが言ってたでしょう」
シュガーシロップとエクレアへ視線を向ける。
「大部隊の一部ではなく、団ノ子の名前で大きな戦果を残したいって」
「ああ」
シュガーシロップが頷いた。
「覚えてる」
「僕も同じことを考えてた」
みたらしっぽは、剣龍の映像へ顔を戻した。
「このレイドを、団ノ子のメンバーだけで攻略したい」
しばらく、誰も返事をしなかった。
迷っているからではない。
その言葉が意味するものを、それぞれが考えていた。
飛行船は、何度も壊れた。
何週間も作り直した。
それでも最後には空を飛んだ。
レイドも、同じように進められるとは限らない。
相手は、失敗した部品を直せば動く機械ではない。
それでも。
最初に笑ったのはシュガーシロップだった。
「なら、やろう」
「今すぐじゃないよ」
みたらしっぽが言う。
「わかってる。今のまま行っても、峠で散らばって終わるだろ」
「そこまでではないと思いますけど……」
チョコチップが少しだけ困った顔をする。
「いや、今のエクレアなら先に走っていく」
「ちゃんと待つよ!」
エクレアが言い返した。
少し間を置く。
「たぶん!」
会議室へ笑いが広がった。
張りつめかけていた空気が、少しだけ軽くなる。
みたらしっぽも笑ってから、もう一度全員へ向き直った。
「本当に、すぐには行かない」
今度の声は、はっきりしていた。
「出発日は決めない。今いる人数に合わせて、無理にパーティーを作ることもしない」
「これからギルドへ入る人もいるかもしれない。今はレベルが足りない人も、訓練しているうちに追いつくかもしれない」
「剣龍のことも、洞窟のことも、知らないことが多すぎる」
だから。
まずは準備をする。
南部へ行くのは、そのずっと後だ。
これから始める練習
翌日の夜。
今度は、団ノ子のメンバー全員へ話をするため、会議室が開かれた。
飛行船の整備から戻った者。
町で買い物をしていた者。
調理場からそのまま来た者。
全員が同じ時間に揃うわけではないため、来られないメンバーにはあとで記録を渡すことになっている。
みたらしっぽは、最初から剣龍の映像を見せなかった。
まず。
今回の追加で南部が開放されたこと。
バルディア帝国という新しい大国が現れ、多くの開拓者がそこを目指していること。
その道の途中に、黒旗の国シュターダムがあること。
そして、シュターダムへ入るには、グリーデン峠と洞窟を越えなければならないこと。
一つずつ説明した。
「レイドへ出る人だけが準備する話ではない」
みたらしっぽは言った。
「遠征には地図も、装備も、薬も、食料もいる。飛行船を動かす人も必要になる」
「本番で剣龍と戦わなくても、攻略へ関われることはたくさんある」
フィナンシェは、映像の中を飛ぶ剣を見つめていた。
「今の私じゃ、まだ難しいよね」
「今すぐならね」
みたらしっぽは曖昧に励まさなかった。
「でも、本番がいつになるかも決めてない。今から練習して、グリーデン洞窟へ向かう頃にどこまで来ているかは、まだ誰にもわからないよ」
フィナンシェは少し考えたあと、弓へ手を置いた。
「なら、練習する」
「私も」
シュトレンも続く。
「飛んでいる剣へ魔法を当てるのは難しそうだけど、やってみたい」
フェタシェールは、戦場を分ける光の壁を見ていた。
「分かれた先で、前に立てる人が必要になるんだね」
「たぶん」
つきみが答えた。
「映像だけでは確定できないけど、別々に動く練習はしておいた方がいい」
そこから。
会議は、少しずつ練習の話へ変わっていった。
普段一緒に遊ばない相手と、小規模なダンジョンへ行く。
強いメンバーが先に全部倒すのではなく、そのパーティーで判断する。
狭い通路。
複数の分岐。
移動しながらの戦闘。
まずは、グリーデン洞窟より安全な場所で試す。
スフレは、飛行船の姿勢試験に使った小型浮遊機関を思い出していた。
「動く標的なら作れるかも」
「剣?」
エクレアの顔が明るくなる。
「本物みたいに攻撃はできないけど、空中を動かすことはできる。急に方向を変えたり、地面へ降りたり」
「作って!」
「まず一つだけ」
「いっぱい欲しい!」
「一つがちゃんと動いてから」
二人の横で、ガトーショコラは公開映像を見直していた。
「遠距離から当てるだけなら、標的は小さい方がいい。剣同士が重なる状況も欲しいね」
「いきなり難しくしないで」
スフレが答える。
エイルは南部までの距離と、現在の飛行船の航行記録を比べた。
「船の方も、先に何度か長距離試験が必要だな」
「グリーデンまで飛んでみる?」
「まだ行かねえよ」
エイルは笑った。
「まずターブルロンドの周りで荷を積んで飛ぶ。次に近くの街まで往復する。山へ向かうのは、そのあとだ」
飛行船も。
人も。
今すぐ南へ出発できるわけではない。
だからこそ。
準備の時間が、これから始まる。
みたらしっぽは、その日の会議で出発日を決めなかった。
訓練用の固定パーティーも作らなかった。
決めたのは。
次の週から、組み合わせを変えながら小規模ダンジョンへ入ること。
南部についての記録を集めること。
それから。
団ノ子の新しい仲間を募集することだった。
今度は、団ノ子のメンバー全員へ話をするため、会議室が開かれた。
飛行船の整備から戻った者。
町で買い物をしていた者。
調理場からそのまま来た者。
全員が同じ時間に揃うわけではないため、来られないメンバーにはあとで記録を渡すことになっている。
みたらしっぽは、最初から剣龍の映像を見せなかった。
まず。
今回の追加で南部が開放されたこと。
バルディア帝国という新しい大国が現れ、多くの開拓者がそこを目指していること。
その道の途中に、黒旗の国シュターダムがあること。
そして、シュターダムへ入るには、グリーデン峠と洞窟を越えなければならないこと。
一つずつ説明した。
「レイドへ出る人だけが準備する話ではない」
みたらしっぽは言った。
「遠征には地図も、装備も、薬も、食料もいる。飛行船を動かす人も必要になる」
「本番で剣龍と戦わなくても、攻略へ関われることはたくさんある」
フィナンシェは、映像の中を飛ぶ剣を見つめていた。
「今の私じゃ、まだ難しいよね」
「今すぐならね」
みたらしっぽは曖昧に励まさなかった。
「でも、本番がいつになるかも決めてない。今から練習して、グリーデン洞窟へ向かう頃にどこまで来ているかは、まだ誰にもわからないよ」
フィナンシェは少し考えたあと、弓へ手を置いた。
「なら、練習する」
「私も」
シュトレンも続く。
「飛んでいる剣へ魔法を当てるのは難しそうだけど、やってみたい」
フェタシェールは、戦場を分ける光の壁を見ていた。
「分かれた先で、前に立てる人が必要になるんだね」
「たぶん」
つきみが答えた。
「映像だけでは確定できないけど、別々に動く練習はしておいた方がいい」
そこから。
会議は、少しずつ練習の話へ変わっていった。
普段一緒に遊ばない相手と、小規模なダンジョンへ行く。
強いメンバーが先に全部倒すのではなく、そのパーティーで判断する。
狭い通路。
複数の分岐。
移動しながらの戦闘。
まずは、グリーデン洞窟より安全な場所で試す。
スフレは、飛行船の姿勢試験に使った小型浮遊機関を思い出していた。
「動く標的なら作れるかも」
「剣?」
エクレアの顔が明るくなる。
「本物みたいに攻撃はできないけど、空中を動かすことはできる。急に方向を変えたり、地面へ降りたり」
「作って!」
「まず一つだけ」
「いっぱい欲しい!」
「一つがちゃんと動いてから」
二人の横で、ガトーショコラは公開映像を見直していた。
「遠距離から当てるだけなら、標的は小さい方がいい。剣同士が重なる状況も欲しいね」
「いきなり難しくしないで」
スフレが答える。
エイルは南部までの距離と、現在の飛行船の航行記録を比べた。
「船の方も、先に何度か長距離試験が必要だな」
「グリーデンまで飛んでみる?」
「まだ行かねえよ」
エイルは笑った。
「まずターブルロンドの周りで荷を積んで飛ぶ。次に近くの街まで往復する。山へ向かうのは、そのあとだ」
飛行船も。
人も。
今すぐ南へ出発できるわけではない。
だからこそ。
準備の時間が、これから始まる。
みたらしっぽは、その日の会議で出発日を決めなかった。
訓練用の固定パーティーも作らなかった。
決めたのは。
次の週から、組み合わせを変えながら小規模ダンジョンへ入ること。
南部についての記録を集めること。
それから。
団ノ子の新しい仲間を募集することだった。
人数を埋めるためではなく
会議が終わったあと。
みたらしっぽとチョコチップは、長いテーブルへ残って募集文を考えていた。
「高難易度レイド参加者募集、では違いますよね」
チョコチップが言う。
「うん。それだと、レイドの日だけ来る人を探しているみたいに見える」
みたらしっぽが欲しいのは、足りない人数を埋めるための助っ人ではなかった。
一緒にダンジョンへ行き。
うまくいかなければ話し合い。
レイドが終わったあとにも、同じギルドハウスへ帰ってくる仲間。
「強い人だけを募集するわけでもないんですよね」
「今の団ノ子にも、始めたばかりの人はいるからね」
「では、そのことも書きましょう」
何度か文章を書き直す。
最初は、レイドの名前を大きく入れていた。
だが。
それだけでは、団ノ子がどんなギルドなのか伝わらない。
最終的に残った文章は、ずいぶん素朴なものになった。
みたらしっぽとチョコチップは、長いテーブルへ残って募集文を考えていた。
「高難易度レイド参加者募集、では違いますよね」
チョコチップが言う。
「うん。それだと、レイドの日だけ来る人を探しているみたいに見える」
みたらしっぽが欲しいのは、足りない人数を埋めるための助っ人ではなかった。
一緒にダンジョンへ行き。
うまくいかなければ話し合い。
レイドが終わったあとにも、同じギルドハウスへ帰ってくる仲間。
「強い人だけを募集するわけでもないんですよね」
「今の団ノ子にも、始めたばかりの人はいるからね」
「では、そのことも書きましょう」
何度か文章を書き直す。
最初は、レイドの名前を大きく入れていた。
だが。
それだけでは、団ノ子がどんなギルドなのか伝わらない。
最終的に残った文章は、ずいぶん素朴なものになった。
ギルド団ノ子では、新しい仲間を募集しています。
普段のダンジョン攻略や新大陸の探索を一緒に楽しみながら、将来は南部の超高難易度レイドへ挑む予定です。
今のレベルやレイド経験だけで決めることはありません。まずは一緒に遊び、お互いに合うかを確かめたいと思っています。
最後の一文は、チョコチップが加えた。
失敗した時にも、次の方法を一緒に考えられる方をお待ちしています。
みたらしっぽは、最初から最後まで読み直した。
「真面目だね」
「大切なことです」
「消すとは言ってないよ」
募集書は、ターブルロンドのギルド掲示板へ提出された。
飛行船のドック近くにも、同じ内容の案内板を置く。
公開したからといって、すぐに誰かが来るとは限らない。
人が集まりすぎればよいわけでもない。
みたらしっぽは空席の数を数えなかった。
本番の人数から逆算もしなかった。
必要なのは。
これから一緒に遊びたいと思える人と、少しずつ出会うことだった。
「真面目だね」
「大切なことです」
「消すとは言ってないよ」
募集書は、ターブルロンドのギルド掲示板へ提出された。
飛行船のドック近くにも、同じ内容の案内板を置く。
公開したからといって、すぐに誰かが来るとは限らない。
人が集まりすぎればよいわけでもない。
みたらしっぽは空席の数を数えなかった。
本番の人数から逆算もしなかった。
必要なのは。
これから一緒に遊びたいと思える人と、少しずつ出会うことだった。
最初の見学者
募集を出した翌日の午後。
ギルドハウスの扉が、控えめに叩かれた。
その時、会議室にいたのはみたらしっぽとチョコチップだけだった。
スフレは工房。
エクレアたちは訓練場。
ティオは調理場で、新しい保存食を試しているらしい。
みたらしっぽが扉を開く。
外には、一人の女性プレイヤーが立っていた。
青から緑へ変わる短い髪。
白を基調としたローブ。
肩から提げた鞄には、大小さまざまな薬瓶が詰められている。
「ギルド団ノ子って、ここで合ってる?」
少し緊張した様子で尋ねる。
「合ってるよ」
「よかった」
女性は小さく息を吐いた。
「私、エリシア。《プリースト》をやってます」
一度、鞄へ視線を落とす。
「戦闘用の薬とか、回復薬の調合もしてて。掲示板に、山と洞窟の長い遠征を考えてるって書いてあったから……少し話を聞いてみたくて来ました」
みたらしっぽは、すぐに加入画面を出さなかった。
「中へどうぞ」
エリシアは会議室へ通され、長いテーブルの端へ座った。
飛行船の見える窓。
壁へ掛けられた新大陸の地図。
使い込まれた家具。
初めて訪れた場所を、少し落ち着かない様子で見回している。
チョコチップが飲み物を置いた。
「今日は見学ですか?」
「そのつもり」
エリシアは正直に答えた。
「大規模レイドの経験は、あまりないんです。掲示板には経験だけで決めないって書いてあったけど、本当に大丈夫なのかなって」
「本当だよ」
みたらしっぽが答える。
「ただ、話しただけですぐ加入を決めるつもりもない」
エリシアが、少しだけ目を丸くする。
「まず一度、普通のダンジョンへ一緒に行こう。その中で、団ノ子がエリシアさんに合いそうかを見てもらいたい。僕たちも、どんな戦い方をする人なのか知りたいから」
「試験?」
「合否を決める試験ではないよ」
「お互いの見学ですね」
チョコチップが言った。
その言葉に。
エリシアの表情から、少し力が抜けた。
「それなら、お願いしたいです」
彼女は鞄を開き、何本かの薬瓶をテーブルへ並べた。
回復を早めるもの。
一時的に毒への耐性を高めるもの。
長い時間をかけて、少しずつ魔力を戻すもの。
「強い薬を一度使って終わりじゃなくて、長い攻略で使えるものを研究してるんです」
一つの小瓶を持ち上げる。
「これは、洞窟みたいに休憩の少ない場所向け。ただ、味がかなり――」
「甘い香りがするね~」
いつの間にか。
ティオがエリシアの背後に立っていた。
手には、調理場から持ってきた木べらが握られている。
エリシアが驚いて振り返る。
ティオは薬瓶の近くへ顔を寄せた。
「果物が入ってる?」
「香りだけです。苦みをごまかすために……って、飲まないでくださいね?」
「飲まないよ~」
そう答えながらも、瓶へ伸びかけていた手を戻す。
エリシアは薬を自分の近くへ寄せた。
「薬は効果と分量を確認してから使うものです。私は、その辺りはしっかりしてるので」
「うん。しっかりしてそう~」
ティオは穏やかに頷いた。
「今度、食べ物と一緒に使える薬も作ってみたいね~」
「食べ物と?」
エリシアは少し興味を示した。
「回復薬を料理へ混ぜるのは、味も保存も難しいですよ」
「だから試すんだよ~」
二人の話は、早くも調合と料理の方向へずれ始めていた。
みたらしっぽとチョコチップは顔を見合わせる。
エリシアはまだ、団ノ子のメンバーではない。
今後どうなるかも、わからない。
それでも。
募集を出して最初に訪れた一人が。
既にこの場所で、新しい話を始めていた。
みたらしっぽは予定表を開き、数日後へ小規模ダンジョンの予定を書き込んだ。
参加者の欄へ。
エリシアの名前が、仮登録として加わる。
南部の山は、まだ遠い。
グリーデン峠へ向かう日は決まっていない。
剣龍と戦う人数も。
パーティーも。
何一つ決まっていない。
今あるのは。
これから始まる訓練の予定と。
初めてギルドハウスを訪れた、一人の見学者だけだった。
けれど。
団ノ子が剣龍へ至る長い道は。
誰かを急いで集めるのではなく。
こうして一人ずつ出会うところから、静かに始まりつつあった。
ギルドハウスの扉が、控えめに叩かれた。
その時、会議室にいたのはみたらしっぽとチョコチップだけだった。
スフレは工房。
エクレアたちは訓練場。
ティオは調理場で、新しい保存食を試しているらしい。
みたらしっぽが扉を開く。
外には、一人の女性プレイヤーが立っていた。
青から緑へ変わる短い髪。
白を基調としたローブ。
肩から提げた鞄には、大小さまざまな薬瓶が詰められている。
「ギルド団ノ子って、ここで合ってる?」
少し緊張した様子で尋ねる。
「合ってるよ」
「よかった」
女性は小さく息を吐いた。
「私、エリシア。《プリースト》をやってます」
一度、鞄へ視線を落とす。
「戦闘用の薬とか、回復薬の調合もしてて。掲示板に、山と洞窟の長い遠征を考えてるって書いてあったから……少し話を聞いてみたくて来ました」
みたらしっぽは、すぐに加入画面を出さなかった。
「中へどうぞ」
エリシアは会議室へ通され、長いテーブルの端へ座った。
飛行船の見える窓。
壁へ掛けられた新大陸の地図。
使い込まれた家具。
初めて訪れた場所を、少し落ち着かない様子で見回している。
チョコチップが飲み物を置いた。
「今日は見学ですか?」
「そのつもり」
エリシアは正直に答えた。
「大規模レイドの経験は、あまりないんです。掲示板には経験だけで決めないって書いてあったけど、本当に大丈夫なのかなって」
「本当だよ」
みたらしっぽが答える。
「ただ、話しただけですぐ加入を決めるつもりもない」
エリシアが、少しだけ目を丸くする。
「まず一度、普通のダンジョンへ一緒に行こう。その中で、団ノ子がエリシアさんに合いそうかを見てもらいたい。僕たちも、どんな戦い方をする人なのか知りたいから」
「試験?」
「合否を決める試験ではないよ」
「お互いの見学ですね」
チョコチップが言った。
その言葉に。
エリシアの表情から、少し力が抜けた。
「それなら、お願いしたいです」
彼女は鞄を開き、何本かの薬瓶をテーブルへ並べた。
回復を早めるもの。
一時的に毒への耐性を高めるもの。
長い時間をかけて、少しずつ魔力を戻すもの。
「強い薬を一度使って終わりじゃなくて、長い攻略で使えるものを研究してるんです」
一つの小瓶を持ち上げる。
「これは、洞窟みたいに休憩の少ない場所向け。ただ、味がかなり――」
「甘い香りがするね~」
いつの間にか。
ティオがエリシアの背後に立っていた。
手には、調理場から持ってきた木べらが握られている。
エリシアが驚いて振り返る。
ティオは薬瓶の近くへ顔を寄せた。
「果物が入ってる?」
「香りだけです。苦みをごまかすために……って、飲まないでくださいね?」
「飲まないよ~」
そう答えながらも、瓶へ伸びかけていた手を戻す。
エリシアは薬を自分の近くへ寄せた。
「薬は効果と分量を確認してから使うものです。私は、その辺りはしっかりしてるので」
「うん。しっかりしてそう~」
ティオは穏やかに頷いた。
「今度、食べ物と一緒に使える薬も作ってみたいね~」
「食べ物と?」
エリシアは少し興味を示した。
「回復薬を料理へ混ぜるのは、味も保存も難しいですよ」
「だから試すんだよ~」
二人の話は、早くも調合と料理の方向へずれ始めていた。
みたらしっぽとチョコチップは顔を見合わせる。
エリシアはまだ、団ノ子のメンバーではない。
今後どうなるかも、わからない。
それでも。
募集を出して最初に訪れた一人が。
既にこの場所で、新しい話を始めていた。
みたらしっぽは予定表を開き、数日後へ小規模ダンジョンの予定を書き込んだ。
参加者の欄へ。
エリシアの名前が、仮登録として加わる。
南部の山は、まだ遠い。
グリーデン峠へ向かう日は決まっていない。
剣龍と戦う人数も。
パーティーも。
何一つ決まっていない。
今あるのは。
これから始まる訓練の予定と。
初めてギルドハウスを訪れた、一人の見学者だけだった。
けれど。
団ノ子が剣龍へ至る長い道は。
誰かを急いで集めるのではなく。
こうして一人ずつ出会うところから、静かに始まりつつあった。