だんのこまち@wiki
調合師の入団
最終更新:
Bot(ページ名リンク)
-
view
調合師の見学日
エリシアとの約束の日。
みたらしっぽたちが選んだのは、ターブルロンドから南東へ少し離れた場所にある《淀み根の地下水路》だった。
かつて街道沿いの集落へ水を送っていた地下施設だが、長い間使われなかったことで水路の奥へ毒性の苔や菌類が繁殖している。出現する魔物の強さはそれほど高くないものの、毒や衰弱を受けながら進むことになりやすく、回復役や消耗品の使い方がそのまま攻略の安定性へ表れる場所だった。
加入希望者の腕前を測る試験として選んだわけではない。
エリシアが得意だという調合を実際に見られ、彼女自身も団ノ子と一緒に行動した時の空気を知ることができる。互いを知るには、ちょうどよいダンジョンだった。
入口へ集まったのは、みたらしっぽ、チョコチップ、ティオ、そしてエリシアの四人。
エリシアは白いローブの上から大きな薬鞄を提げていた。鞄の中には大小さまざまな瓶が並び、それぞれの栓へ色違いの紐が結ばれている。
「入る前に、一人一本ずつ持っていてください」
エリシアは赤い紐の瓶を三人へ渡した。
「赤が解毒薬です。毒を受けてから飲んでも大丈夫ですが、効果が出るまで少し時間があります。青い紐は魔力を少しずつ回復する薬なので、間違えないでくださいね」
ティオが瓶を光へ透かす。
淡い緑色の液体が、中でゆっくり揺れた。
「甘い匂いがするね~」
「香りだけです。中身はかなり苦いので、必要になる前に味見しないでください」
「しないよ~」
ティオはそう答えながら、瓶をもう一度鼻先へ近づけた。
エリシアは少し心配そうに見守ったあと、自分の鞄を確かめる。薬の数、予備の包帯、魔力回復剤、調合用の粉末。すべてをもう一度数え、ようやく頷いた。
緊張を隠すためでもあるのだろう。
エリシアは少し胸を張り、地下水路の入口へ向き直った。
みたらしっぽが先頭へ立つ。
「危なくなったら、一度止まって話そう。最初に決めた方法へ無理に戻さなくていいから」
「はい」
エリシアの返事には、先ほどまでよりも少し力が入っていた。
四人は湿った石段を下り、薄緑色の光が揺れる地下水路へ入った。
みたらしっぽたちが選んだのは、ターブルロンドから南東へ少し離れた場所にある《淀み根の地下水路》だった。
かつて街道沿いの集落へ水を送っていた地下施設だが、長い間使われなかったことで水路の奥へ毒性の苔や菌類が繁殖している。出現する魔物の強さはそれほど高くないものの、毒や衰弱を受けながら進むことになりやすく、回復役や消耗品の使い方がそのまま攻略の安定性へ表れる場所だった。
加入希望者の腕前を測る試験として選んだわけではない。
エリシアが得意だという調合を実際に見られ、彼女自身も団ノ子と一緒に行動した時の空気を知ることができる。互いを知るには、ちょうどよいダンジョンだった。
入口へ集まったのは、みたらしっぽ、チョコチップ、ティオ、そしてエリシアの四人。
エリシアは白いローブの上から大きな薬鞄を提げていた。鞄の中には大小さまざまな瓶が並び、それぞれの栓へ色違いの紐が結ばれている。
「入る前に、一人一本ずつ持っていてください」
エリシアは赤い紐の瓶を三人へ渡した。
「赤が解毒薬です。毒を受けてから飲んでも大丈夫ですが、効果が出るまで少し時間があります。青い紐は魔力を少しずつ回復する薬なので、間違えないでくださいね」
ティオが瓶を光へ透かす。
淡い緑色の液体が、中でゆっくり揺れた。
「甘い匂いがするね~」
「香りだけです。中身はかなり苦いので、必要になる前に味見しないでください」
「しないよ~」
ティオはそう答えながら、瓶をもう一度鼻先へ近づけた。
エリシアは少し心配そうに見守ったあと、自分の鞄を確かめる。薬の数、予備の包帯、魔力回復剤、調合用の粉末。すべてをもう一度数え、ようやく頷いた。
緊張を隠すためでもあるのだろう。
エリシアは少し胸を張り、地下水路の入口へ向き直った。
みたらしっぽが先頭へ立つ。
「危なくなったら、一度止まって話そう。最初に決めた方法へ無理に戻さなくていいから」
「はい」
エリシアの返事には、先ほどまでよりも少し力が入っていた。
四人は湿った石段を下り、薄緑色の光が揺れる地下水路へ入った。
苦い薬と薄緑の霧
水路の中には、膝ほどの高さまで濁った水が流れていた。
壁を覆う苔は淡く発光し、明かりを使わなくても周囲の形だけは見える。ただし、その光の一部には毒性の胞子が混じっているらしく、近づくと状態異常の表示が小さく点滅した。
チョコチップは刀を抜き、みたらしっぽの少し後ろを歩く。
水面の下から、小型のスライムが飛び出した。
一体目をみたらしっぽが斬り払う。続けて現れた二体へ、チョコチップの刀が青い軌跡を残した。
ティオは後方から術式を放ち、分裂しようとしたスライムをまとめて押し返す。
エリシアは攻撃へ加わるよりも先に、三人の状態表示へ目を配っていた。
「チョコチップさん、少しだけ毒が入っています」
「もうですか?」
「今は軽いので、魔法だけで消します。薬はもう少し強い毒へ残しておきましょう」
エリシアが杖を向ける。
柔らかな光がチョコチップを包み、状態異常の表示が消えた。
回復が必要だからと、すぐに大きな術を使うわけではない。受けた毒の強さと、これから進む距離を見て、魔力と薬を残している。
最初の戦闘を終えたあとも、エリシアは先へ急がなかった。
苔の色。
水の流れ。
魔物が現れた場所。
小さな紙へ記録し、次に同じ毒を受けた時のために薬の使用量を書き加えていく。
「戦いながら研究もしているんですね」
チョコチップが尋ねた。
「同じ毒でも、場所によって少し濃さが違うんです。次に来る時、同じ量を使えるとは限らないので」
「次も来るつもりなの?」
みたらしっぽの問いに、エリシアは少しだけ笑った。
「役に立つ薬が作れそうなら」
団ノ子へ入れるかどうかとは別に。
彼女はもう、このダンジョンで次に試すものを考えていた。
水路を進むにつれ、苔の光は濃くなっていった。
やがて四人は、天井の低い広間へ出た。
中央には、濁った水と毒苔を取り込んだ巨大なスライムが膨れ上がっている。
<澱毒の水塊>
身体の内部には、いくつもの毒袋が浮いていた。
みたらしっぽとチョコチップが左右へ分かれる。
スライムの腕が水面を叩き、毒を含む飛沫が広間全体へ飛び散った。
エリシアの防護術が間に合い、直撃は防ぐ。
しかし、毒は水路の壁と床へ残った。
薄緑色の霧が、少しずつ広間へ満ちていく。
「このままだと、全員へ毒が重なります」
エリシアは解毒魔法を使いながら、薬鞄を開いた。
一人ずつ治していては、魔力が先に尽きる。赤い瓶を配っても、霧の中にいる限り何度でも毒を受ける。
エリシアの視線が、ティオの腰へ下げられた小型の調理炉へ止まった。
「ティオさん。その炉、ここで使えますか?」
「使えるよ~」
「少し借ります」
エリシアは鞄から白い粉末の包みを取り出した。
毒を直接消す薬ではない。液体へ混ぜ、温めることで毒性の胞子を沈める中和剤だった。
ティオが調理炉を設置する。
エリシアは小さな容器へ水と粉末を入れ、火へかけた。
「少しだけ時間をください。霧を全部消すことはできませんが、呼吸できる場所は作れます」
「チョコ、右をお願い」
「はい、先輩」
みたらしっぽとチョコチップがスライムを広間の反対側へ引きつける。
ティオは調理炉を守りながら、近づいた小型スライムを術式で追い払った。
容器から白い蒸気が立ち上がる。
毒霧と混ざった瞬間、緑色の粒子が重くなり、床へ沈んでいった。
広間の一角に、霧の薄い空間が生まれる。
「ここへ戻ってください!」
エリシアの声を受け、みたらしっぽたちは一度距離を取った。
中和剤の蒸気が広がる間に、エリシアは全員の毒を解除する。続けて青い薬をティオへ渡し、自分は回復術へ魔力を回した。
「次に毒袋が膨らんだら、一気に攻撃してください。破裂する前なら、霧は増えません」
澱毒の水塊の内部で、三つの毒袋が大きく膨らんだ。
チョコチップが一つ目を斬る。
みたらしっぽが二つ目を貫く。
最後の一つへティオの術式が命中した。
毒袋が内部で崩れ、巨大なスライムの身体が大きく沈む。
四人の攻撃が重なった。
やがて水塊は形を保てなくなり、濁った水へ崩れていった。
戦闘終了の表示が現れる。
張りつめていた空気が戻ったところで、ティオがエリシアを見た。
「エリシアちゃんも毒になってるよ~」
「え?」
自分の状態表示を確認する。
先ほどから、毒の印が点滅していた。
全員の状態を見続けていたせいで、自分だけを見落としていたらしい。
エリシアは少しの間、表示を見つめた。
「……しっかり者が、自分の分を忘れていました」
ティオは赤い紐の瓶を差し出した。
「ちゃんと残してあるよ~」
「ありがとうございます」
エリシアは薬を一気に飲み、直後に眉を寄せた。
「苦い……。これは、もう少し味を直した方がいいですね」
チョコチップが安心したように笑う。
「効果は、とても助かりました」
「次は効果だけでなく、味も褒めてもらえるようにします」
失敗を恥ずかしがって隠すのではなく、次の改良点として記録へ加える。
みたらしっぽは、その姿を静かに見ていた。
壁を覆う苔は淡く発光し、明かりを使わなくても周囲の形だけは見える。ただし、その光の一部には毒性の胞子が混じっているらしく、近づくと状態異常の表示が小さく点滅した。
チョコチップは刀を抜き、みたらしっぽの少し後ろを歩く。
水面の下から、小型のスライムが飛び出した。
一体目をみたらしっぽが斬り払う。続けて現れた二体へ、チョコチップの刀が青い軌跡を残した。
ティオは後方から術式を放ち、分裂しようとしたスライムをまとめて押し返す。
エリシアは攻撃へ加わるよりも先に、三人の状態表示へ目を配っていた。
「チョコチップさん、少しだけ毒が入っています」
「もうですか?」
「今は軽いので、魔法だけで消します。薬はもう少し強い毒へ残しておきましょう」
エリシアが杖を向ける。
柔らかな光がチョコチップを包み、状態異常の表示が消えた。
回復が必要だからと、すぐに大きな術を使うわけではない。受けた毒の強さと、これから進む距離を見て、魔力と薬を残している。
最初の戦闘を終えたあとも、エリシアは先へ急がなかった。
苔の色。
水の流れ。
魔物が現れた場所。
小さな紙へ記録し、次に同じ毒を受けた時のために薬の使用量を書き加えていく。
「戦いながら研究もしているんですね」
チョコチップが尋ねた。
「同じ毒でも、場所によって少し濃さが違うんです。次に来る時、同じ量を使えるとは限らないので」
「次も来るつもりなの?」
みたらしっぽの問いに、エリシアは少しだけ笑った。
「役に立つ薬が作れそうなら」
団ノ子へ入れるかどうかとは別に。
彼女はもう、このダンジョンで次に試すものを考えていた。
水路を進むにつれ、苔の光は濃くなっていった。
やがて四人は、天井の低い広間へ出た。
中央には、濁った水と毒苔を取り込んだ巨大なスライムが膨れ上がっている。
<澱毒の水塊>
身体の内部には、いくつもの毒袋が浮いていた。
みたらしっぽとチョコチップが左右へ分かれる。
スライムの腕が水面を叩き、毒を含む飛沫が広間全体へ飛び散った。
エリシアの防護術が間に合い、直撃は防ぐ。
しかし、毒は水路の壁と床へ残った。
薄緑色の霧が、少しずつ広間へ満ちていく。
「このままだと、全員へ毒が重なります」
エリシアは解毒魔法を使いながら、薬鞄を開いた。
一人ずつ治していては、魔力が先に尽きる。赤い瓶を配っても、霧の中にいる限り何度でも毒を受ける。
エリシアの視線が、ティオの腰へ下げられた小型の調理炉へ止まった。
「ティオさん。その炉、ここで使えますか?」
「使えるよ~」
「少し借ります」
エリシアは鞄から白い粉末の包みを取り出した。
毒を直接消す薬ではない。液体へ混ぜ、温めることで毒性の胞子を沈める中和剤だった。
ティオが調理炉を設置する。
エリシアは小さな容器へ水と粉末を入れ、火へかけた。
「少しだけ時間をください。霧を全部消すことはできませんが、呼吸できる場所は作れます」
「チョコ、右をお願い」
「はい、先輩」
みたらしっぽとチョコチップがスライムを広間の反対側へ引きつける。
ティオは調理炉を守りながら、近づいた小型スライムを術式で追い払った。
容器から白い蒸気が立ち上がる。
毒霧と混ざった瞬間、緑色の粒子が重くなり、床へ沈んでいった。
広間の一角に、霧の薄い空間が生まれる。
「ここへ戻ってください!」
エリシアの声を受け、みたらしっぽたちは一度距離を取った。
中和剤の蒸気が広がる間に、エリシアは全員の毒を解除する。続けて青い薬をティオへ渡し、自分は回復術へ魔力を回した。
「次に毒袋が膨らんだら、一気に攻撃してください。破裂する前なら、霧は増えません」
澱毒の水塊の内部で、三つの毒袋が大きく膨らんだ。
チョコチップが一つ目を斬る。
みたらしっぽが二つ目を貫く。
最後の一つへティオの術式が命中した。
毒袋が内部で崩れ、巨大なスライムの身体が大きく沈む。
四人の攻撃が重なった。
やがて水塊は形を保てなくなり、濁った水へ崩れていった。
戦闘終了の表示が現れる。
張りつめていた空気が戻ったところで、ティオがエリシアを見た。
「エリシアちゃんも毒になってるよ~」
「え?」
自分の状態表示を確認する。
先ほどから、毒の印が点滅していた。
全員の状態を見続けていたせいで、自分だけを見落としていたらしい。
エリシアは少しの間、表示を見つめた。
「……しっかり者が、自分の分を忘れていました」
ティオは赤い紐の瓶を差し出した。
「ちゃんと残してあるよ~」
「ありがとうございます」
エリシアは薬を一気に飲み、直後に眉を寄せた。
「苦い……。これは、もう少し味を直した方がいいですね」
チョコチップが安心したように笑う。
「効果は、とても助かりました」
「次は効果だけでなく、味も褒めてもらえるようにします」
失敗を恥ずかしがって隠すのではなく、次の改良点として記録へ加える。
みたらしっぽは、その姿を静かに見ていた。
調合室の最初の棚
地下水路から戻ったあと。
四人はギルドハウスの長いテーブルへ座った。
ティオは攻略中に使った調理炉を抱えたまま、エリシアの調合記録を覗き込んでいる。
みたらしっぽは、すぐに加入の話を始めなかった。
「今日はどうだった?」
エリシアは少し考えた。
「思っていたより、予定どおりにはいきませんでした」
最初に用意した解毒薬だけでは、広間の霧へ対応できなかった。
調理炉を借り、その場で中和剤を蒸気へ変えた。
自分が毒を受けたことにも気づかなかった。
完璧な一日ではない。
「でも、楽しかったです」
エリシアは薬鞄へ手を置いた。
「私が考えていた方法が足りなくても、皆さんが止まってくれました。急いで先へ進まず、別の方法を一緒に考えてくれたので」
みたらしっぽが募集文へ書いたことを。
彼女は今日、実際に確かめた。
「それで」
エリシアは少し姿勢を正した。
「見学だけで終わらず、これからもここで薬を作りたいと思いました」
ティオが隣で頷く。
「調理場の横、少し空いてるよ~」
「薬品を置くなら、食材と混ざらないように壁と換気設備が必要です」
「じゃあ作ろう~」
エリシアは思わずティオを見た。
それから、まだ何も置かれていない調理場脇の小部屋を思い浮かべたのか、表情を緩める。
みたらしっぽはギルドの招待画面を開いた。
「団ノ子へ入る?」
エリシアは迷わなかった。
「はい。お願いします」
承認へ触れる。
エリシアの名前の下へ、団ノ子の紋章が表示された。
その日のうちに、調理場の隣へ小さな薬棚が一つ置かれた。
まだ調合室と呼べるほどの設備はない。
薬瓶も、エリシアが持ってきた分だけ。
それでも彼女は一本ずつ安全表示をつけ、使用期限と効果を書き込んでいった。
隣ではティオが、中和剤の苦みを和らげられそうな香草を並べている。
二人の共同研究は。
正式な相談より先に、もう始まりかけていた。
四人はギルドハウスの長いテーブルへ座った。
ティオは攻略中に使った調理炉を抱えたまま、エリシアの調合記録を覗き込んでいる。
みたらしっぽは、すぐに加入の話を始めなかった。
「今日はどうだった?」
エリシアは少し考えた。
「思っていたより、予定どおりにはいきませんでした」
最初に用意した解毒薬だけでは、広間の霧へ対応できなかった。
調理炉を借り、その場で中和剤を蒸気へ変えた。
自分が毒を受けたことにも気づかなかった。
完璧な一日ではない。
「でも、楽しかったです」
エリシアは薬鞄へ手を置いた。
「私が考えていた方法が足りなくても、皆さんが止まってくれました。急いで先へ進まず、別の方法を一緒に考えてくれたので」
みたらしっぽが募集文へ書いたことを。
彼女は今日、実際に確かめた。
「それで」
エリシアは少し姿勢を正した。
「見学だけで終わらず、これからもここで薬を作りたいと思いました」
ティオが隣で頷く。
「調理場の横、少し空いてるよ~」
「薬品を置くなら、食材と混ざらないように壁と換気設備が必要です」
「じゃあ作ろう~」
エリシアは思わずティオを見た。
それから、まだ何も置かれていない調理場脇の小部屋を思い浮かべたのか、表情を緩める。
みたらしっぽはギルドの招待画面を開いた。
「団ノ子へ入る?」
エリシアは迷わなかった。
「はい。お願いします」
承認へ触れる。
エリシアの名前の下へ、団ノ子の紋章が表示された。
その日のうちに、調理場の隣へ小さな薬棚が一つ置かれた。
まだ調合室と呼べるほどの設備はない。
薬瓶も、エリシアが持ってきた分だけ。
それでも彼女は一本ずつ安全表示をつけ、使用期限と効果を書き込んでいった。
隣ではティオが、中和剤の苦みを和らげられそうな香草を並べている。
二人の共同研究は。
正式な相談より先に、もう始まりかけていた。
放課後の寄り道
それから数日後。
学校が終わっても、みたらしっぽとチョコチップはすぐにバーチャル世界へ入らなかった。
校門を出たところで、チョコチップが足を止めた。
「先輩。今日は少しだけ、寄り道しませんか?」
「どこへ?」
「駅の手前に、小さな公園がありましたよね。少し座りたいです」
みたらしっぽも断らなかった。
ここ数日は、放課後になればすぐ帰宅し、FoFへ入っていた。
ギルドの募集。
見学者との予定。
飛行船の整備。
剣龍についての資料集め。
始めたばかりの計画なのに、考えることだけは増え続けている。
二人は途中の自動販売機で飲み物を買い、公園のベンチへ並んで座った。
夕方の風が、木々の葉をゆっくり揺らしている。
近くの広場では、小さな子どもたちがボールを追っていた。遠くには、学校から聞こえる運動部の掛け声が残っている。
チョコチップは鞄から、小さな袋に入った焼き菓子を取り出した。
「食べますか?」
「チョコの分じゃないの?」
「少し多かったので」
みたらしっぽは一つ受け取った。
甘さは控えめで、温かい飲み物によく合う。
二人はしばらく、ギルドの話をしなかった。
今日あった授業。
提出期限の近い課題。
廊下で見かけた友人。
何でもない話をしているうちに、みたらしっぽの肩から少しずつ力が抜けていった。
「先輩、最近ずっと考えていますよね」
チョコチップが静かに言った。
「そんなに顔に出てる?」
「少しだけ」
責める声ではなかった。
「募集した方と、どう遊ぶか。誰に声をかけるか。レイドの準備をどうするか。先輩が全部決めなくても大丈夫ですよ」
「ギルドマスターだから、考えないわけにはいかないでしょう」
「考えることと、休まないことは別です」
チョコチップは缶を両手で包み、揺れる木漏れ日を見た。
「エリシアさんも、すぐに決めたわけではありません。一緒に遊んで、それから決めました。次の方も、きっと同じです」
「うん」
「ですから、今日は今すぐ答えを出さなくても大丈夫です」
みたらしっぽはベンチの背へ身体を預けた。
空には薄い雲が伸び、夕日に照らされている。
バーチャル世界の空とは違い、同じ景色をもう一度呼び出すことはできない。
「少し眠いかも」
「五分くらいなら、起こしますよ」
「本当に寝たら?」
「電車に遅れない時間には起こします」
みたらしっぽは目を閉じた。
公園の音と、風の感触が近くなる。
チョコチップも隣で静かに飲み物を飲んでいた。
ほんの数分。
ギルドマスターでも。
開拓者でもない時間。
やがて、肩を軽く叩かれる。
「先輩。そろそろ行きましょう」
目を開けると、空の色が少しだけ変わっていた。
「寝てた?」
「少しだけです」
チョコチップは笑った。
二人は空になった缶を捨て、駅へ向かって歩き始めた。
「今日はログインしますか?」
「少しだけ」
みたらしっぽは答えた。
「募集の確認は明日にして、飛行船のデッキでのんびりしようか」
「はい」
足取りは、学校を出た時より少し軽くなっていた。
学校が終わっても、みたらしっぽとチョコチップはすぐにバーチャル世界へ入らなかった。
校門を出たところで、チョコチップが足を止めた。
「先輩。今日は少しだけ、寄り道しませんか?」
「どこへ?」
「駅の手前に、小さな公園がありましたよね。少し座りたいです」
みたらしっぽも断らなかった。
ここ数日は、放課後になればすぐ帰宅し、FoFへ入っていた。
ギルドの募集。
見学者との予定。
飛行船の整備。
剣龍についての資料集め。
始めたばかりの計画なのに、考えることだけは増え続けている。
二人は途中の自動販売機で飲み物を買い、公園のベンチへ並んで座った。
夕方の風が、木々の葉をゆっくり揺らしている。
近くの広場では、小さな子どもたちがボールを追っていた。遠くには、学校から聞こえる運動部の掛け声が残っている。
チョコチップは鞄から、小さな袋に入った焼き菓子を取り出した。
「食べますか?」
「チョコの分じゃないの?」
「少し多かったので」
みたらしっぽは一つ受け取った。
甘さは控えめで、温かい飲み物によく合う。
二人はしばらく、ギルドの話をしなかった。
今日あった授業。
提出期限の近い課題。
廊下で見かけた友人。
何でもない話をしているうちに、みたらしっぽの肩から少しずつ力が抜けていった。
「先輩、最近ずっと考えていますよね」
チョコチップが静かに言った。
「そんなに顔に出てる?」
「少しだけ」
責める声ではなかった。
「募集した方と、どう遊ぶか。誰に声をかけるか。レイドの準備をどうするか。先輩が全部決めなくても大丈夫ですよ」
「ギルドマスターだから、考えないわけにはいかないでしょう」
「考えることと、休まないことは別です」
チョコチップは缶を両手で包み、揺れる木漏れ日を見た。
「エリシアさんも、すぐに決めたわけではありません。一緒に遊んで、それから決めました。次の方も、きっと同じです」
「うん」
「ですから、今日は今すぐ答えを出さなくても大丈夫です」
みたらしっぽはベンチの背へ身体を預けた。
空には薄い雲が伸び、夕日に照らされている。
バーチャル世界の空とは違い、同じ景色をもう一度呼び出すことはできない。
「少し眠いかも」
「五分くらいなら、起こしますよ」
「本当に寝たら?」
「電車に遅れない時間には起こします」
みたらしっぽは目を閉じた。
公園の音と、風の感触が近くなる。
チョコチップも隣で静かに飲み物を飲んでいた。
ほんの数分。
ギルドマスターでも。
開拓者でもない時間。
やがて、肩を軽く叩かれる。
「先輩。そろそろ行きましょう」
目を開けると、空の色が少しだけ変わっていた。
「寝てた?」
「少しだけです」
チョコチップは笑った。
二人は空になった缶を捨て、駅へ向かって歩き始めた。
「今日はログインしますか?」
「少しだけ」
みたらしっぽは答えた。
「募集の確認は明日にして、飛行船のデッキでのんびりしようか」
「はい」
足取りは、学校を出た時より少し軽くなっていた。
本を抱えた見学者
次の見学者がギルドハウスを訪れたのは、その翌日のことだった。
緑色の髪をした青年が、厚い本を抱えて入口に立っている。
名前はフェン。
戦闘クラスは《ハンター》。
「募集を見て来ました」
声には緊張があったが、視線はギルドハウスの壁へ掛けられたダンジョン地図へ向いていた。
「戦闘そのものより、ダンジョンの仕掛けを調べるのが好きです。罠や扉の動き、敵の配置から、先へ進む方法を考えるのが得意で……」
抱えている本の間から、何枚もの紙が覗いている。
公開されているダンジョン記録。
自分で書いた図。
罠の作動条件をまとめた表。
みたらしっぽは、フェンへ椅子を勧めた。
「応募の文章にも、かなり詳しく書いてあったね」
「長すぎたかもしれません」
「読んでいて、好きなのは伝わったよ」
フェンは少し安心したように本を抱え直した。
「レイドの前に、大きな洞窟を攻略する予定なんですよね。戦闘以外でも役に立てるかもしれないと思って」
今回も、話しただけで加入を決めることはしない。
数日後。
みたらしっぽたちは、フェンとともにターブルロンド西部の《旧監視坑道》へ向かった。
参加したのは、みたらしっぽ、アイリス、エスプレッソ、そしてフェン。
旧監視坑道は魔物の強さこそ中程度だが、侵入者を止めるための古い仕掛けが今も残っている。
床の罠。
回転する壁。
偽物の宝箱。
通った順序によって出口が変わる区画。
フェンの得意分野を見るには、十分な場所だった。
坑道へ入って間もなく。
フェンが先頭のみたらしっぽを止めた。
「次の床、踏まないでください」
一見すると、周囲と同じ石床だった。
フェンは壁の下へしゃがみ込み、横一列に並んだ小さな傷を指す。
「何度も同じ高さへ何かが当たっています。床を踏むと、左右の穴から矢が出る仕掛けだと思います」
よく見れば、暗い壁に細い射出口が並んでいる。
フェンは安全な足場へ印をつけ、全員が通れる道を作った。
みたらしっぽが最初の一歩を進めようとしたところで。
今度はエスプレッソが天井を見た。
「上もある」
フェンが顔を上げる。
床の罠を避けた先。
天井には、落下する石板の継ぎ目が隠されていた。
「床を避けると、次は上……」
フェンは驚きながら、すぐに記録を書き加える。
「どうして気づいたんですか?」
「少し空気が冷たかった」
エスプレッソの答えは、それだけだった。
石板の向こうに空洞があり、隙間から冷たい空気が漏れていたらしい。
フェンは天井を見たあと、自分の本へ目を落とした。
「自分なら、継ぎ目を一つずつ探していたと思います」
「それでも見つけられる」
エスプレッソは先へ進みながら言った。
フェンも、すぐにその後を追った。
坑道の中ほど。
四人は、三つの扉が並ぶ円形の部屋へ出た。
中央には壊れた石像。
三つの扉には、それぞれ違う紋章が刻まれている。
正面の扉だけが僅かに開き、その奥には宝箱の光が見えていた。
フェンは宝箱へ近づかなかった。
床へ残る足跡と、壁の松明を順番に見る。
「正面は誘い込みだと思います」
「どうして?」
アイリスが尋ねる。
「宝箱へ向かった足跡はありますが、戻った跡がありません。それに、正面の松明だけ新しい。誰かが入ったように見せるために置かれています」
フェンは左の扉へ移動した。
こちらには足跡がほとんどない。
代わりに、扉の下から僅かな風が流れている。
「左は別の通路へつながっています。ただ、そのまま開けると仕掛けが動くかもしれません」
フェンは石像の台座を調べた。
四方へ向いた獣の彫刻。
その一つだけ、目の部分へ埃が積もっていない。
押す。
小さな音がして、左の扉から魔力の光が消えた。
「解除できました」
扉を開く。
その先には、正面の宝箱の裏側へ回り込む細い通路が続いていた。
正面の部屋では。
宝箱に擬態した魔物たちが、扉の前を向いて待ち構えている。
フェンは通路の構造を見て、少し考えた。
「こちらから音を出せば、一体ずつ引き寄せられます」
《ハンター》の道具から、小さな音響矢を取り出す。
通路の角へ射ると、乾いた音が響いた。
一体の魔物だけが宝箱の姿を解き、細い通路へ近づいてくる。
みたらしっぽが正面で受け止め、エスプレッソが背後へ回った。
フェンは魔物の退路へ罠を置き、動きを制限する。
一体ずつ。
無理なく倒していく。
すべてを見抜いたわけではない。
二体目を誘い出した時には、壁の中から別の魔物が現れた。
フェンの予想にはなかった増援だった。
それでも。
誰もフェンの判断を責めなかった。
アイリスが攻撃を受けたみたらしっぽを回復し、エスプレッソが現れた魔物の足元へ罠を置く。
フェンもすぐに地図へ新しい空洞を書き加えた。
「壁の厚さを見落としていました。次の部屋も、見えている広さだけで判断しない方がいいです」
「わかった」
みたらしっぽが答える。
間違えたことを取り繕わず。
次の判断へ使う。
フェンの声には、最初より少し落ち着きが戻っていた。
緑色の髪をした青年が、厚い本を抱えて入口に立っている。
名前はフェン。
戦闘クラスは《ハンター》。
「募集を見て来ました」
声には緊張があったが、視線はギルドハウスの壁へ掛けられたダンジョン地図へ向いていた。
「戦闘そのものより、ダンジョンの仕掛けを調べるのが好きです。罠や扉の動き、敵の配置から、先へ進む方法を考えるのが得意で……」
抱えている本の間から、何枚もの紙が覗いている。
公開されているダンジョン記録。
自分で書いた図。
罠の作動条件をまとめた表。
みたらしっぽは、フェンへ椅子を勧めた。
「応募の文章にも、かなり詳しく書いてあったね」
「長すぎたかもしれません」
「読んでいて、好きなのは伝わったよ」
フェンは少し安心したように本を抱え直した。
「レイドの前に、大きな洞窟を攻略する予定なんですよね。戦闘以外でも役に立てるかもしれないと思って」
今回も、話しただけで加入を決めることはしない。
数日後。
みたらしっぽたちは、フェンとともにターブルロンド西部の《旧監視坑道》へ向かった。
参加したのは、みたらしっぽ、アイリス、エスプレッソ、そしてフェン。
旧監視坑道は魔物の強さこそ中程度だが、侵入者を止めるための古い仕掛けが今も残っている。
床の罠。
回転する壁。
偽物の宝箱。
通った順序によって出口が変わる区画。
フェンの得意分野を見るには、十分な場所だった。
坑道へ入って間もなく。
フェンが先頭のみたらしっぽを止めた。
「次の床、踏まないでください」
一見すると、周囲と同じ石床だった。
フェンは壁の下へしゃがみ込み、横一列に並んだ小さな傷を指す。
「何度も同じ高さへ何かが当たっています。床を踏むと、左右の穴から矢が出る仕掛けだと思います」
よく見れば、暗い壁に細い射出口が並んでいる。
フェンは安全な足場へ印をつけ、全員が通れる道を作った。
みたらしっぽが最初の一歩を進めようとしたところで。
今度はエスプレッソが天井を見た。
「上もある」
フェンが顔を上げる。
床の罠を避けた先。
天井には、落下する石板の継ぎ目が隠されていた。
「床を避けると、次は上……」
フェンは驚きながら、すぐに記録を書き加える。
「どうして気づいたんですか?」
「少し空気が冷たかった」
エスプレッソの答えは、それだけだった。
石板の向こうに空洞があり、隙間から冷たい空気が漏れていたらしい。
フェンは天井を見たあと、自分の本へ目を落とした。
「自分なら、継ぎ目を一つずつ探していたと思います」
「それでも見つけられる」
エスプレッソは先へ進みながら言った。
フェンも、すぐにその後を追った。
坑道の中ほど。
四人は、三つの扉が並ぶ円形の部屋へ出た。
中央には壊れた石像。
三つの扉には、それぞれ違う紋章が刻まれている。
正面の扉だけが僅かに開き、その奥には宝箱の光が見えていた。
フェンは宝箱へ近づかなかった。
床へ残る足跡と、壁の松明を順番に見る。
「正面は誘い込みだと思います」
「どうして?」
アイリスが尋ねる。
「宝箱へ向かった足跡はありますが、戻った跡がありません。それに、正面の松明だけ新しい。誰かが入ったように見せるために置かれています」
フェンは左の扉へ移動した。
こちらには足跡がほとんどない。
代わりに、扉の下から僅かな風が流れている。
「左は別の通路へつながっています。ただ、そのまま開けると仕掛けが動くかもしれません」
フェンは石像の台座を調べた。
四方へ向いた獣の彫刻。
その一つだけ、目の部分へ埃が積もっていない。
押す。
小さな音がして、左の扉から魔力の光が消えた。
「解除できました」
扉を開く。
その先には、正面の宝箱の裏側へ回り込む細い通路が続いていた。
正面の部屋では。
宝箱に擬態した魔物たちが、扉の前を向いて待ち構えている。
フェンは通路の構造を見て、少し考えた。
「こちらから音を出せば、一体ずつ引き寄せられます」
《ハンター》の道具から、小さな音響矢を取り出す。
通路の角へ射ると、乾いた音が響いた。
一体の魔物だけが宝箱の姿を解き、細い通路へ近づいてくる。
みたらしっぽが正面で受け止め、エスプレッソが背後へ回った。
フェンは魔物の退路へ罠を置き、動きを制限する。
一体ずつ。
無理なく倒していく。
すべてを見抜いたわけではない。
二体目を誘い出した時には、壁の中から別の魔物が現れた。
フェンの予想にはなかった増援だった。
それでも。
誰もフェンの判断を責めなかった。
アイリスが攻撃を受けたみたらしっぽを回復し、エスプレッソが現れた魔物の足元へ罠を置く。
フェンもすぐに地図へ新しい空洞を書き加えた。
「壁の厚さを見落としていました。次の部屋も、見えている広さだけで判断しない方がいいです」
「わかった」
みたらしっぽが答える。
間違えたことを取り繕わず。
次の判断へ使う。
フェンの声には、最初より少し落ち着きが戻っていた。
違う見つけ方
最深部へ続く通路には、床一面へ細かな紋様が刻まれていた。
一定の順序で踏まなければ、左右の壁から刃が飛び出す仕掛けらしい。
フェンは入口へ座り込み、模様を一つずつ書き写した。
「同じ紋様が、五つずつ繰り返されています。たぶん、中央から外へ向かう順番です」
最初の三歩は問題なかった。
四歩目へ進もうとしたところで、エスプレッソがフェンの肩を掴んだ。
「そこは違う」
フェンの足が止まる。
「でも、模様の順番では――」
エスプレッソは床ではなく、壁へ耳を向けていた。
「中で動いてる」
微かな歯車の音。
フェンは模様の記録と、歯車の間隔を重ねる。
同じ紋様でも。
仕掛けが一周するたび、安全な床が一つずつずれていた。
固定された順番ではない。
音の周期に合わせ、踏む位置を変えなければならない。
「なるほど……」
フェンは急いで新しい線を書いた。
エスプレッソが見つけた一つの違和感を手がかりに、動く床全体の法則を組み直していく。
「次は右。二秒待って、中央。そのあと左です」
フェンの指示に合わせ、四人は刃の通路を進んだ。
途中で歯車の速度が変わる。
フェンは音を数え直し、安全な位置を修正する。
最後の一歩。
全員が向こう側へ渡りきると、壁の刃が一斉に停止した。
フェンは息を吐き、振り返った。
「エスプレッソさんが止めてくれなかったら、最初の規則だけで進んでいました」
「フェンがいなかったら、私は音に気づいても道順まではわからなかった」
エスプレッソは、フェンが書いた図を見た。
「説明しやすい地図」
短い言葉だった。
フェンは少し驚いたあと、大切そうに本を閉じた。
ダンジョンを出る頃には。
二人が見つけるものの違いが、はっきりしていた。
エスプレッソは、わずかな音や空気の変化から、危険を瞬間的に見つける。
フェンは、見つかった手がかりを順番に整理し、誰でも進める形へ変える。
どちらか一方だけでは。
旧監視坑道をこれほど安定して進むことはできなかった。
一定の順序で踏まなければ、左右の壁から刃が飛び出す仕掛けらしい。
フェンは入口へ座り込み、模様を一つずつ書き写した。
「同じ紋様が、五つずつ繰り返されています。たぶん、中央から外へ向かう順番です」
最初の三歩は問題なかった。
四歩目へ進もうとしたところで、エスプレッソがフェンの肩を掴んだ。
「そこは違う」
フェンの足が止まる。
「でも、模様の順番では――」
エスプレッソは床ではなく、壁へ耳を向けていた。
「中で動いてる」
微かな歯車の音。
フェンは模様の記録と、歯車の間隔を重ねる。
同じ紋様でも。
仕掛けが一周するたび、安全な床が一つずつずれていた。
固定された順番ではない。
音の周期に合わせ、踏む位置を変えなければならない。
「なるほど……」
フェンは急いで新しい線を書いた。
エスプレッソが見つけた一つの違和感を手がかりに、動く床全体の法則を組み直していく。
「次は右。二秒待って、中央。そのあと左です」
フェンの指示に合わせ、四人は刃の通路を進んだ。
途中で歯車の速度が変わる。
フェンは音を数え直し、安全な位置を修正する。
最後の一歩。
全員が向こう側へ渡りきると、壁の刃が一斉に停止した。
フェンは息を吐き、振り返った。
「エスプレッソさんが止めてくれなかったら、最初の規則だけで進んでいました」
「フェンがいなかったら、私は音に気づいても道順まではわからなかった」
エスプレッソは、フェンが書いた図を見た。
「説明しやすい地図」
短い言葉だった。
フェンは少し驚いたあと、大切そうに本を閉じた。
ダンジョンを出る頃には。
二人が見つけるものの違いが、はっきりしていた。
エスプレッソは、わずかな音や空気の変化から、危険を瞬間的に見つける。
フェンは、見つかった手がかりを順番に整理し、誰でも進める形へ変える。
どちらか一方だけでは。
旧監視坑道をこれほど安定して進むことはできなかった。
二枚目の地図
ギルドハウスへ戻ったあと。
みたらしっぽはフェンへ、エリシアへした時と同じことを尋ねた。
「一緒に動いてみて、どうだった?」
フェンは自分の地図を開いた。
最初の罠。
見落とした壁の空洞。
エスプレッソが気づいた天井と歯車。
正しい線だけではなく、間違えた推測にも印が残されている。
「自分の考えが外れたところもありました」
「うん」
「でも、止まって考え直せました。誰かが先に答えを知っていて、それについていくだけではなかったので」
フェンはエスプレッソの方を見る。
「自分とは全然違う見つけ方をする人とも、一緒に考えられました」
エスプレッソは壁際に立ったまま、静かに聞いている。
「だから」
フェンは、みたらしっぽへ向き直った。
「団ノ子で、もっといろいろなダンジョンを調べてみたいです」
みたらしっぽは招待を送った。
フェンが承認へ触れる。
彼の名前の下へ、団ノ子の紋章が加わった。
加入後。
フェンはすぐに大きな地図室を求めたわけではない。
会議室の長いテーブルの端へ座り、今日の地図を清書し始めた。
エスプレッソが、自分の持っていた古いダンジョン記録を数枚、その隣へ置く。
「これも見る?」
フェンは顔を上げた。
「いいんですか?」
「うん」
記録には、必要最低限の線と印しかない。
フェンの細かな地図とは、まるで違っていた。
それでも。
どの場所でエスプレッソが立ち止まり。
どこへ罠を置き。
何を危険だと感じたのか。
短い印の一つずつに、彼女の見たダンジョンが残っている。
フェンは嬉しそうに最初の一枚を開いた。
少し離れた調理場の隣では、エリシアが新しい薬棚へ瓶を並べていた。ティオと相談しながら、苦みを和らげる材料の試験表を書いている。
団ノ子へ増えたのは。
回復役が一人。
罠を見つけられる者が一人。
それだけではなかった。
新しい研究。
新しい地図。
これまでなかった会話が、ギルドハウスの中で始まっている。
募集は、まだ掲示されたままだった。
次に誰が訪れるのか。
いつ来るのか。
まだ誰にもわからない。
みたらしっぽは、空いている椅子を数えなかった。
エリシアとも。
フェンとも。
最初は一緒に遊んだだけだった。
その時間の先に。
二人が自分で残ることを選んだ。
剣龍へ向かう道は、まだ遠い。
だからこそ。
急いで人数を揃えるのではなく。
同じ道を歩ける人と、一人ずつ出会っていけばよかった。
みたらしっぽはフェンへ、エリシアへした時と同じことを尋ねた。
「一緒に動いてみて、どうだった?」
フェンは自分の地図を開いた。
最初の罠。
見落とした壁の空洞。
エスプレッソが気づいた天井と歯車。
正しい線だけではなく、間違えた推測にも印が残されている。
「自分の考えが外れたところもありました」
「うん」
「でも、止まって考え直せました。誰かが先に答えを知っていて、それについていくだけではなかったので」
フェンはエスプレッソの方を見る。
「自分とは全然違う見つけ方をする人とも、一緒に考えられました」
エスプレッソは壁際に立ったまま、静かに聞いている。
「だから」
フェンは、みたらしっぽへ向き直った。
「団ノ子で、もっといろいろなダンジョンを調べてみたいです」
みたらしっぽは招待を送った。
フェンが承認へ触れる。
彼の名前の下へ、団ノ子の紋章が加わった。
加入後。
フェンはすぐに大きな地図室を求めたわけではない。
会議室の長いテーブルの端へ座り、今日の地図を清書し始めた。
エスプレッソが、自分の持っていた古いダンジョン記録を数枚、その隣へ置く。
「これも見る?」
フェンは顔を上げた。
「いいんですか?」
「うん」
記録には、必要最低限の線と印しかない。
フェンの細かな地図とは、まるで違っていた。
それでも。
どの場所でエスプレッソが立ち止まり。
どこへ罠を置き。
何を危険だと感じたのか。
短い印の一つずつに、彼女の見たダンジョンが残っている。
フェンは嬉しそうに最初の一枚を開いた。
少し離れた調理場の隣では、エリシアが新しい薬棚へ瓶を並べていた。ティオと相談しながら、苦みを和らげる材料の試験表を書いている。
団ノ子へ増えたのは。
回復役が一人。
罠を見つけられる者が一人。
それだけではなかった。
新しい研究。
新しい地図。
これまでなかった会話が、ギルドハウスの中で始まっている。
募集は、まだ掲示されたままだった。
次に誰が訪れるのか。
いつ来るのか。
まだ誰にもわからない。
みたらしっぽは、空いている椅子を数えなかった。
エリシアとも。
フェンとも。
最初は一緒に遊んだだけだった。
その時間の先に。
二人が自分で残ることを選んだ。
剣龍へ向かう道は、まだ遠い。
だからこそ。
急いで人数を揃えるのではなく。
同じ道を歩ける人と、一人ずつ出会っていけばよかった。